2018年01月25日

医療介護は負担しきれなくなる (手厚すぎるからいいようでも負担が増えてもたない)


医療介護は負担しきれなくなる

(手厚すぎるからいいようでも負担が増えてもたない)


その人は今度は78才の兄が埼玉で脳出血で手術するから電車賃を要求する
前も親戚が死んだら要求する,何かその人の親戚のために金を払わせられる
何も金をはらわなくてもいいじゃないかとなるから自分が悪いとなる
自分にも払う理由があるからだとなる
その女性は二回離婚しているし極貧であり知的障害者の子供をもっている
ただ知的障害者でも仕事しているから軽いとなる
その人自体がそもそも人の世話をできない状態なのである。

でも埼玉の福祉の人が手術に立ち会う人がいるからなってくれということで連絡がありわざわざその福祉の人が車で迎えに来るという,ただ帰りの電車賃もないから金をくれとなる,そうして常に一万と二万が出てゆく
そんなことしなくてもいいというのはわかる,その女性は会話力があるから払うことになる,その人の不孝は容姿が悪い,若いときだったら近づきたくない,でも老人になってからは違う,容姿よりその女性に会話力があるから払うとなる
容姿はだめでも今になるとその会話力で得しているとなる

ただ別に自分はその兄弟とかと何の関係もないし義理もないのである。
でも福祉の人が来るということでその人は常に金はない
それで払わざるをえなくなる,帰りは上野から普通列車でいわき市まで来るという
それも上野まで福祉の人が送ってくれという
そこまでしてくれるのか,そうなると福祉に金も手間かかるなと思った

その兄は身寄りもないから福祉の世話になることになった,また呼ばれるのではないかと聞いたら今回だけだという,普通は別に福祉の人だけが手術の立会人になることができるそれにしてもわざわざ埼玉から迎えに来ることは手間であり金もかかる
そういうことで負担になると思う
何か今や高齢化社会ではいたりつくせりの医療とか介護は限界にきている
それは数は多すぎるのと負担になるからだ

ここでも社会の負担,税金が払われる,そして手術の負担,それからまた介護の負担となる,生かすのはいいにしてもそれが自分も直接わずかでも負担したことになる
今や犬猫を自治体で殺処分しないと決めたが大量の引き取り手のない犬猫が保護されてもう対処しきれなくなっている,殺処分は残酷だからかわいそうだからとなったのだがこれもまたかわいそうだからだけでは野良の犬猫問題が解決できない
それは人間にも通じているのだ
つまり数が多くなるともう医療でも介護でも負担はできない,限界が来る
かわいそうだというだけでは犬猫でも人間でも対処しきれなくなっているのだ

ただ身寄りがない人が手術したり入院すると本当は怖い,それを自分は経験している
生活保護の人が手術しなくていいの手術されて病院の収入になっていた事件があった
つまり病院とかは無機質な非情な場でありそこにいる医者でも看護師でも実際は情はなく怖い存在なことを知った
それだけではない人間は弱者になったとき本当に怖い,そこにつけいり虐待もあるし
金をとることもある,老人は弱者化したらそうされやいのである。
情なき世界ではそうなるのである。

それで西部邁が癌になり入院したら病院から出れなくなるから自殺したという気持ちがわかる,入院することは刑務所に入ると同じなのである。最後は延命治療とかされて生き地獄になる,病院という場は怖い場所なのである。
そこに人間の情が通わない場所だからそうなっているともなる
病院でも何も病気になったら診てもらい家に帰るとか一時的入院ならいい,病院で死ぬということが怖いものがある
ただそれでも家族が通ってくる短いものならいい,自分の母親は一カ月くらいで別に苦しまずに百才で死んだからである。病院でも一カ月くらいで死ぬのはいいとなるのかもしれない。ただそれでもそこは怖い場所である

そもそも老人の場合は直らないということが多い,寿命だということが多い
それを引き延ばしても胃ろうとかしても苦しいだけだとなる
でも医者にしてみればそうせざるをえないのである。その人を生かしていいのかもうこれで終わりにしていいのか,安楽死させていいのかということがわからないからである。
だから西部邁は妻に二年前に死なれたとかあり介護されたくない,入院するのは嫌だとなったのかもしれない,でも息子もいるし他に娘もいたのかめんどうみる人はいたのであるそれでなぜ自殺したとのか理解しにくいのである。
ただ元気な内に死にたいという願望があった,そしてそのように死んだ
その死をどう考えるかはいろいろである。
都築詠一氏の死は自殺ではない,プログを死ぬ一週間前くらいまで書いていてそれですぐに死んだことには驚いた,最後のメッセージを託していたプログだったのである。
その死は自殺でもない,最後の力をふりしぼりプログを遺言として死んだともなる

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スポーツ日本


病院から出られなくなる

病院で死にたくない

こうここで書いているからそれは自分も経験しているからわかるのである。
それが自殺の原因だったということがわかる,それは本当に切実な問題なのである。

2018年01月18日

老後の金の計算のむずかしさ (積み立てて月に年金五万でももらうと助かる)


老後の金の計算のむずかしさ

(積み立てて月に年金五万でももらうと助かる)

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これは50から積み立てて90まで5万円もらう年金保険である。

一〇年間毎月60-70の期間を4万もらう保険だった,これは十年間だが民間の年金だった,これは親にかけてもらって役にたった
老後の備えは年金が有効である。毎月もらえるから安心感がある
それが4万でもそうだった,年金がいいのは死ぬまでもらえるものがあることだ
これは十年間だったが年金は死ぬまでだし新商品では九〇まで5万もらえるのは大きい
自分の場合は五〇〇百万かけていたから毎年五〇万くらいもらっていたのである。
これは貯金として五〇〇万円あるより安心なのである。
何か貯金は額が大きくて不安なのである。
老後にいいのは年金なのである。
年金を一定額もらえないと老後は苦しくなる,別に五〇〇万貯金と月々支払われるのと同じじゃないかとなるがそうでもない
これもそういう経験して不思議に思った
考えてみると10年間だと一〇〇〇万になると9万くらい月々支払われることになる

ところが貯金には何かそうした感覚がない,確実に使いすぎたりして目減りしてゆくのだ老後の金の計算はみんなしているだろう。
でも死ぬかわからないしいつ病気になるかもわからないし必ず不測の事態が起きるから困るのである。その時出費が増えて貯金は目減りするのである。
ただ正直金は計算できない,一千万あるとしてもその金がどういうふうになるのか?
みんな20年後まで計算するけどその間に何があるかわからないとしたら不安になるのである。

金はいつも同じ価値ではないからだ,百円の価値が半分の50円に実際はなっているとかなる,金の価値は常に変動しているのである。同じ百円でも千円でも同じ価値ではないのである。
だだ年金として支給されるのはわかりやすいというか安心がある
確実に90まで5万支給されるとなるとそれに厚生年金とかもらえれば安心になるのであるだからそういう保険ができたとんうのもわかる,高齢化社会だからそうなる
自分たちの世代にはまだそういう保険はなかったのである。
でも自分がもらったのはそういう保険の一種だった
ともかく何かと自分は親に良くされたのである。だから懸命に介護するのは当たり前だったのである。

高齢化の問題は実際は様々でありその対策はまだ出ていないのだ,こういう商品が出るのも高齢化社会である。
老後に備えないとならないということが普通になる時代になる
まだ自分たちの団塊の世代はそこまでしていない人が多い,そこまで余裕ある人は少ないだから下流老人化してゆくのが多い,高齢化は日本だけではない中国でも今すでに深刻である,一人っ子政策で親のめんどうみるのが大変なことになっているからだ
その制度も介護保険も整備されていないからだ

老後の問題は高齢化社会の問題はいろいろあるが金の問題が中心になっている
本当はそうではないが金がわかりやすいからそうなっている
現代はこれだけ金の支配する社会になったのだからそれに不満をいってもどうしようもない,金を中心に老後をまず考えるのはやむをえないことである。
なぜなら子供でも金は出せないとか大家族で世話してくれるわけではないからとなる

不思議なのは1000万の貯金を10年間で計算すると月々およそ九万にもなるのかということである。
84000×12=1008000となっている,これがなかなか納得いかないのである。
年金にすると厚生年金とか国民年金を加えると結構大きな額になるからだ
だから金をどう計算するかはむずかしい,とても数式通りにはいかないからである。
一千万の価値がそんなにつづくのか維持できるのかともなるからだ
もしかしたら半分にも低下しているかもしれないからだ

死ぬまでの金の計算などしたくない,でも高齢化ではしたくなくても避けられないのである。金が尽きたら人生も終わりだともなるかもしれないからだ
だからこそ年金は老後には大事なものなのだと最近わかってきたのである。
その自覚が若い人にはない,絶対にもう60代では人は死なない
今の40代は90才が男の平均寿命になるかもしれないからだ
すると60からの生活をどうするか金をどうするかが問題になるから高齢化また金がさらに必要な時代だとなる,それは用意していない人が多いのである。
自分は親に用意されていたが金だけではたりなかった,それで一人孤軍奮闘してきたことを書いた,これからもそうである。

人生は短すぎたから長くなることは悪いことではない,ただそこに数が多いから社会の負担が増えて問題になる
ただ個々人をとってみれば長く芸術でも探求してきたことを追及できる時代だとなるのだ芸術家は特に詩人などでも早く死にすぎたからである。
そうするといい作品も残せないとなる,それより芸術はつくづく時間をかけないと理解できないものだった,それだけ深いものがあるからそうなっていたのである。
鑑賞すること自体がむずかいしものだったのである。

要する高齢化社会は日本だけではない人類の課題として与えられたのである。
高齢を生きることで人生を豊かにする社会なのである。
それが人類史上はじめてのことだから問題が起きているのである。
人間の一つの願いに長寿があったのである。
それはあまりにも人間が早く死にすぎていたからである。
だから長寿が今実現するというときそれは人類の長い間の願いがかなう時代になったということでもある,ただそれだけからこそいろいろな問題が噴出しているのである。

はっきりいって株とか投資信託とかは老人向きではなかった
老後のたしにしようとしたがかえって損したりする
つまり老後に高齢化社会に向いたものでないなと合わないということがあった
それが証券会社でも銀行でも用意していないのである。
投資は若い人向きである。知識も経験も必要だし先が長く考えるのもそうである。
ところが老人向きのはそういう商品ではなかったのである。
東京のメガバンクなどでは老人向きの商品を出していたのである。
やはりこの辺は田舎では不利だったなとつくづく思う
高齢化というとき都会では高齢者だけが集まる食堂もあり高齢者用の食事も出している
それはやはり数が集まるからそういうサービスが生まれる
田舎ではそれだけの金がある老人とかが集まらないから老人向きのサービスが生まれないのである。
ただ高齢化社会ではこうしたサービスを銀行でも証券会社でも考慮せねばならない時代になったのである。
その対応がないから自分は安心安全で冒険したくないと言ったがそういう商品を示してくれなかったのであり
また地銀ではできなかったのである。

2018年01月11日

墓は何のためにあるのか? (記憶するためにある)


墓は何のためにあるのか?

(記憶するためにある)


墓は何なのか?墓は死んだ人を埋めたのだから死んだ人をそこで供養するということがある
供養のためにあるとなる,一方で記念碑としてあるのは記念するものとしてある
忠魂碑とかあるがあれは墓ではない,墓は死んだ人の骨などを埋めた所だからである。
一つの戦争に貢献した国のために死んだ人としての記念碑になる

墓が何かというとき墓に行けばお参りすると必ず死んだ人を思い起こすのである。
だから母の実家の墓にゆくと享年25才とかで死亡というときその人は若くして肺結核で死んだ,そのことを必ず思うのである

だから何かそこの墓にゆくとしめつけられるような圧迫感を覚える
「俺はもっと生きたかった,生きたかったが生きられなかった」という叫び声のようなものがいつも聞こえるような気がする
それで何かしめつけられるような気分になる
そのことを何回も母から聞かされていたからである。
つまりこの人はもっと生きたかったが生きられなかった,成仏しなかった
だから圧迫されるようなしめつけられるような気分になる

墓でもこの人は安らかに死んだなとなると別にそんなことはない
母は苦労し人だけで百才で死ぬときも楽に死んだからそういうことはない
姉の場合は認知症で苦しんでしんだから違っているが一応85才まで生きたからそれほどそうした圧迫感は感じない,兄は40才で交通事故で死んだから無念がそこに残った

ともかく墓はこうして必ず死んだ人を想起させる場所なのである。
もし墓がなくなればお参りする人もなくなればその人のことは全く忘れられる
確かに記録として書類ではその人が存在したことがあるとしても具体的に墓としてもないのだから墓で想起するのとは違ったものとなる
死んだ人は無数にいるのであり書類にも記されている
でも墓参りするのとは違ってくる,戦争で300百万人も死んでいるからである。
もうその一人一人のことを具体的に知ることはなくなる
だから過去に死んだ人は本当にこの世に存在したのかとなってゆく

墓はそれだけ死んだ人を記憶させる重みをもっているのだ
ただいづれ墓もお参りする人もいなくなると忘れられる
無縁化したりして忘れられる
でも記憶させるものとしての重みをもっているのが墓なのである。

いづれにしろ兄を知っている人は確かに子供のとき5年くらいここにいたけど知る人はいなくなった,そこに墓を建てたことにより毎日自分はそこを通るから記憶されるのであるだから別に骨は埋まっているわけではない,でも墓がありその人を記念するものともなる記憶するものとしてある,
「あなたはここに存在したんですよ,私はあなたの存在をここで確認します」
そういうことにもなる,それだけで死者はなおまだこの世に存在しつづけるということがある。

ただそうはいっても実家の墓には行きたくなくなっている
これまで書いてきたように不和争いの家だったこともある
そして何か圧迫されて苦しくなるのだ
だからかかわりたくないともなる
間違いないことは死者が墓とともに生きていて何かを訴えていることは確かなのである。もし墓がなくなったら墓参りもしなくなったらそんなこと感じないからである。


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2017年12月12日

母の命日に兄の墓を建てる (これも不思議なの宿縁か?-なぜ人は死者を恐れるのか)

母の命日に兄の墓を建てる

(これも不思議なの宿縁か?-なぜ人は死者を恐れるのか)

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兄の墓




これも偶然だったのか?母の命日に兄の墓を自分の隣にたてた,それなりに立派である。
原町の実家には骨が入っていたが骨壺もなにもなくなり土と化していたからもってきようがない,だからここには骨は入っていないのである。

でも墓を建てたのは母の実家の墓を守る人が確かに兄と5年間一つ屋根の下で一緒に暮らしていたのに知らないというのである。
そしたら供養にもならないだろう,知らない人を供養できない
そもそも墓の不可解はいろいろ書いてきたけど墓というものを供養しているのではない
人を供養しているのである。

その人を知らないとなれば供養もできない,知らない人でも話を聞いたりしてそういう人だったのかと知ればいいがそれすら知らないとなれば要するにその人は存在しないとなるのだ,存在しないものとして消されたのである。
時間がたてばそういう人はいくらでもいる,歴史的になるとその人が本当に存在したのかどうかもわからなくなるのだ,だからこの人が存在していたということが驚きにもなる

娘はいてもひどい目にあったから供養する気もしないし関心もないから自分が供養する他ない,自分の墓はすぐ近くで毎日その前を通っている,すると毎日手を合わすことすらできるから供養するにはいいのである。
墓も遠くになると疎遠になる,墓参りするのがめんどうになるのだ

墓が大きくしていたのは戦前頃まで焼かないで土葬だった,そういう実話として自分の家でも姉の母は自分の母と違っていたが姉がシンガポールに四年間従軍看護婦として勤めて帰ったとき母が死んでいたのである。
それで母をみたいと墓をあばいて見たら顔でもまだ形をとどめていてきれいだったという土葬だったからそういうことができた,これも戦争の悲しい物語である
その姉も死んで8年とかなる

母も死んで3年がたってしまった,時間の過ぎるのは早い,今日は母の命日であり兄の墓を建てることと命日が重なった,これも不思議といえば不思議かもしれない
自分の家は兄には悪いことをしたということがあり自分が供養した
ただその後の責任は全部自分の家にあるとはならない
なぜなら別に不遇でもそれなりに普通に生活している人は多いからだ
それは結婚してその結婚生活に失敗して経済的に破綻したからである。
そして交通事故で死んだのである。
そうしたことが全部自分の家の責任とはならない,だから娘は父親でも供養する気持ちがないのである。

なんか人間は死んでもめんどうである。墓の問題は結構めんどうなのである。
人間の最後の問題として墓がある,その墓でもなくなるとその人の存在はなくなるのか?
別に墓がなくても人間はいろいろと存在し続ける人はいる
英雄とかなると伝説としていつまでも語り続けられるのである。
人間は最後は物語にストリーになりヒ-ストリーになるのである。
必ず家族でも死んだら物語を残すのである。
だから残された人は自ずと語り部になるのである。

いづれにしろ何か宿縁というのはあるのか?母と兄とはいろいろあり兄は母を恨んでいた
でも大人になってからは恨むこともなかった
そして兄は娘を一時児童相談所にあづけることになった
何か本当に母とにているのである。何かそこにカルマがある,カルマとは同じことが運命的にくりかえされることなのである。

ともかく兄の墓を作ったことでまた母の遺言を果たしたことで楽になった
自分の勤めは果たしたとなる,今墓で母と兄も結ばれているともなる
墓は分離するのは良くない,それは実際の家族でも何でも分離していることになる
不和になって分裂していることになる
母の実家のは墓はそうである。みんな不和分裂している,実家の墓でもその墓を守ってくれと長男にあたる人に300百万で頼まれても墓は維持できなくなる
遠いし墓参りにくるだけでめんどうになるからだ
だから自分は頼まれなくて良かったと思う

つまり墓のめんどうなのは墓の因縁を墓にうめられた人たちの因縁を背負うことになるから簡単に墓など金もらったからと継げるものではない
悪い因縁があり祟るということもありうる,だから墓は墓という物を受け継ぐのではない何かそうしたその家であれ因縁を受け継ぐことになるから金だけでは簡単に受け継ぐことはできないのである。
そして心から供養する気持ちのない人も墓を受け継ぐことはできないだろう
そこに墓のむずかしさがあったのである。

墓建てぬ母の命日寒しきも息子とともに安らぐべしかな

神社には、無念の思いで死んでいった人の祟りを鎮めるために、神として祀って慰める神社があります。
怨霊信仰、御霊信仰といわれる神社です。
平将門や崇徳上皇を祀った神社などは、そういうものに該当すると思います。

確かにみんな死者が往生したわけでもないし成仏したわけでもない,そういう人はまれなのかもしれない,人間はなんらか未練を残して死ぬのが多いのである。
それはカルト教団に入っていても同じである。むしろそこの方が不孝な人達の集まりだから未練を残して怨霊になるような人が多いだろう。

自分でも死者ををどうしていいかわからない,ただ恨んでくれるなとなるのは確かであるその不孝な死は本人の責任も大きいがいろいろ事情あって墓を建てた
安いものだったから良かった,でもそれなりに立派なのである。
墓はあれで十分だと思った,あれならあとかたづけるのにも墓を守る人がいなくなったら楽だからである。

いづれにしろ人は死んでもそれで終わるわけではない,その後も墓とか具体的な問題が残る,明らかに靖国神社があるけど死んだ人の霊が靖(やす)かれということがある
死んだ人に対してそう祈る,そして悪いことが死者が祟らないようにする
でも実際に「ひどい娘だわ」と自分に最後言って恨みを残して死んだ人を知っている
そうなると何か死者の霊は休まらないともなる
自分は祈る必要もないが娘はやはり墓参りする,するとそれを偽ることはできない
だから死ぬときでもそうして恨みとか残して死ぬのはあとあとまで祟るとなるから怖いのである。それで怨霊を祭る神社が生まれたのである。

ただ今回の富岡八幡神社の宮司殺人事件のような人は怨霊にもならない,あまりにも利己的な身勝手なものであり怨霊神社となったのは何か理不尽な結果として死んだ人達のことを恐れたのである。それはなぜか?
そこに心のやましさがありそれで死者を恐れたのである。
今回の事件はそんなこと一切ない,あまりにも汚れた宮司の継承問題であり
その悪は一切事件を起こした人にあったからである。
呪われるのはその事件を起こした人達であり回りの人はなんの関係もないのである。
怨霊として祟るというとき一体誰に祟るのか?
自分自身の不徳に祟るからそれは全部その本人にかえってゆく,回りの人は関係ないのである。

ともかく自分の墓なら毎日通る道にあるからそこを通るたびに手を合わすこともできるし何か死者と一緒に暮らしているという感覚にもなる,離れていると墓だって疎遠になる
だから墓でも親の墓は子供の移った先に移動しているのである。
何か自分は責任を果たしたという感じになり楽になった,死後でも死者が安んじるようでないと祟るとはならないまでも嫌な感じになるからだ
死者とは何かわからないしやっかいな問題だったのである。
タグ: 怨霊

2017年12月05日

墓の変転する顛末 (墓も無常をまねがれえない)


墓の変転する顛末

(墓も無常をまねがれえない)

墓は分離してあると良くない,原町でも遠いとなる,なぜ自分の家の方に兄の墓を建てるのか?それは事情があってそうなったのだ,兄は自分の家の戸籍には入っていない
意外と戸籍に入る入らないかはあとあと大事になる
財産の問題にもなる,戸籍に入れなかったということはそれだけ入れたくなかったのである。ただ五年間は一緒に子供のとき同じ家で生活していたのである。
だから覚えているのである。

ところが母の実家で暮らすようになってからは行き来していたが一緒に暮らしていない
その家で一緒に暮らした女性がいたがその女性は兄を覚えていないというから不思議なのである。ただその女性は人格的に異常化して普通の人でなくなったからそうなったのか?

ただ実家の墓はその家継ぐ長男にあたる人が墓を守ってくれと三百万はらって頼んだのである。もともと実家で育った人だから実家の墓を継ぐべき女性だったともなる
ただその女性は実家の姓とは違ったものとなって墓も別にあるのである。
そして住んでいる場所が原町でとなく遠いから困るのである。
何か墓でも遠くなると管理しずらくなるからだ
要するに墓が実家の墓,そこから別れた姓が別になった墓,そして自分の墓がある
何か生前も不和分裂の家だったのだが死んでからもそうなっているのだ

墓が分離していることはやはりその家も分離しているのである。
その女性は狂気のように自分の家に来て別れもう会うことはない
結果的に自分は兄の墓を自分の墓の隣に墓標として建てる

なぜそうしたかというと近ければいつでも供養しているとなるからだ
毎日のように墓の前を自分は通っているからだ,そしたら墓もいつも一体であり死者とも一体だと気持ち的になるのである。

墓でも遠いところから墓参りにきている人がいる,良く仙台ナンバーはみかける,この辺では仙台に移り住む人が多いかである。
広域社会になると全国に散らばりすむようになり家族もばらばらになる
すると墓を守るのは誰かとなり継ぐ人もいなくなり捨てられるようになるのが多くなる

だから墓は立派なものを建てるべきではない,墓標のようなものでいい,そしたら十万もかからないのである。あとでかたずけるのも楽である。
それは家とにているのだ,大きな家は空家になったらかたづけるのが金もかかるしやっかいなものとして負担になるのである。

そして墓は共同的な墓の方がいいとなる,なぜなら十人が一カ所に埋まっていれば誰かが墓参りしてくれるからである。一家族だと絶えてしまうのが多くなるからだ
そして個々人の墓標を建てあとは取り払えばいいのである。
墓だっていつまでも残せないからである。
実家とか長男とかが家族の中心にあったときは家は維持できたが今はできないのである。

いづれにしろ兄の墓の顛末も奇妙なものだった,交通事故で死んだとき運送会社で墓を作ってやると言って自分の家ともめたのである。
その時自分は車をもっていないから事情がわからなかった,ここでも車をもたない人は今の社会がわからないのである。
保険金をもらいたくてそんなことを言ったのである。そして骨を渡さないとかもめたのである。その時妻とは離婚していた
なんでも乞食のような恰好をしてきたのを雇ってやったととかしきりに恩きせがましくいい,墓は作ってやるから代理人にしろということだったらしい
自分は事情がわからないので帰ってきたのである。

ただ兄はその運送会社に入って喜んでいたことは確かである。
仲間ができてその仲間と死ぬ前に仕事で自分の家に寄ったのである。
その時は喜んでいたからその運送会社の社長とか仲間が別に悪い人達でなかった
それは保険金が関係ないときである
人間は保険金とか大きな金になると目がくらみ欲がでて悪魔に変身するのだ
そういうことは世の常である,だから人間の欲は本当に怖いのである。

ただ正直なぜめんどうな問題に事件にまきこまれたのか?
それは自分たちの家のせいではない,夫婦が不倫したり離婚したり経済的に困窮したのは自分たちの責任ではないのである。

とにかく兄の墓がこんな事情で静岡で死んでそして母が骨をもってきて原町の実家の墓にうめた,そして今度は自分の家の墓の隣に墓を建てて供養することにしたのである。
実家の墓はたまに墓参りするにしても将来的には自分はかかわらないかもしれない
兄の墓ともなっていたので墓参りしていた,後は墓をまかせられた女性に託すほかなくなる,その責任は自分にはないからである。
だから墓を守れと頼まれるのも実際は難儀なことだったのである。


ともかく墓の物語は死んだ人の人生の物語だともなっていたのである。
ただ兄の墓を兄を知っているひとはいなくなった,ここで子供のとき遊んだ仲間がいてもそれも年取って忘れる
人間はみんな忘れられる,墓だって遂には誰の墓なのかもわからなくなる
そして捨てられる,その人のことを知る人もいなくなる
それが人間の無常なのである。墓地とは無常の場所なのである。
近くの神社の墓地でもそうである。
子供のときその墓の上で遊んでいた,そこは人が埋まった場所だったのである。

そんなふうにもうその墓に埋まっている人は誰も知らない,江戸時代の墓も多いからだ
ただ自分は墓に関心をもって調べているから江戸時代の年号が刻まれていると貴重だなと思うくらいなのである。
結局墓も無常をまねがれないのである。いつまでも残すことは何でもできない
だから立派な墓など作るべきではない,簡単な墓標で共同的な墓がいいとなるのだ
それなら壊すのも簡単だしまたその墓地は他の人が使うこともできるからである。

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小池の墓地に倒れた墓だがこれも誰も参るものがなくなりこうなった,もしこの墓をお参りする者がいたら倒れたままでなく
立てておく,ということは誰もお参りするものがなくてこうなったのである。
だから無常なのである。

お墓の処分は宗教的な感情対象物として「現時点ではまだ適切な処分規定は定まっていません。」産業廃棄物として指定できる自治体(市区町村)もあれば、地域の関係団体などからは「廃棄物として適当ではない」という意見もでている県もあるようです。

産業廃棄物の品目の規定や解釈は、各地方自治体に任せられておりますので、自治体によって相違することが多いためのようです。


墓は何なのか?それがわからないからこうなる,墓と碑は違っている,墓は供養するものである。碑は記念するものである。だからデザイン墓は墓なのか記念碑なのかとなる

なにかモニュメントのようにしている現代の墓は墓なのかという疑問もある

記念碑にするときは何かに功績があった人であり生前に自分の記念碑を作るというのも変なのである。

なぜなら一旦記念碑でも墓でも捨てることがむずかしくなるからである。

ただ記念碑なら捨てやすいかもしれないが墓だと捨てにくいとなる

墓には骨がなくても霊魂が入っていて供養する対象としてあるものだからである。



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2017年12月04日

老後は減らす生活を目指す (物を買わない,新しい物を買わない)


老後は減らす生活を目指す

(物を買わない,新しい物を買わない)

●スマホはやらない
●ノートパソコンは買わない
●動画はやらない
●印刷はコンビニで
●なるべく物は減らす
●物をなるべく買わない
●新しい本もなるべく買わない
●なるべく何回も同じもの読んだり見たりする
●生活をシンプル化する
●野菜果物は買う

スマホは本当は今の生活では不可欠である。でも老人には目に悪いし疲れるからしない方がいいともなる,パソコンはずっとしていたからしてもいいがスマホは別である。
ノートパソコンもこれも旅行したりすると必要になったりするがそれもめんどうである。何かノートパソコンを三万で買ったが故障して使えなかった

動画をとろうとソニーの日ビデオカメラをアクションカメラを四万で買ったがこれも使えなかった,実際はこのカメラは不良品になっていたのだ
ASUSの三万のノートパソコンも壊れやすいものだったのである。

印刷するにしても意外とめんどうでありインクが消耗してコストがかかる,するとコンビニで10円でも二十円でも印刷した方がいいとなる
機械をもつことが意外とコストがかかりめんどうになる
つまり印刷などはかえって個人でするより自動でも装置がついている場でするのがいいとなる,それは相馬市にあるが遠いのでできないので残念なのである。

自転車でもロードを買ったがこれも早いので危険なことを知った,だから必ずしも老人には向いていない,安定しマウテンバイクの電動自転車の方が向いていた
老人にとって危険なものがかなりある,使いたなせないものがかなりあることがわかった
本でも電子本でも読める機械を買ったがこれも読みずらかった,要するに便利でも使いこなせないという問題が老人にはある
新しい本と古本を集めたがこれもみんな読めない,読む気力がつづかない
そして忘れやすい,だから買ったとしても何度も読んで脳裏に刻む,記憶するのがいい
それはテレビでもインターネットの放送でもそうである。
その点youtube は何度でも見れるからいいのである。一回限りでは頭に入らないからである。

新しいものはなるべく買わないようにした方がいい,本でも古典的なものを何度も読むのである。百回読んでもそういうものは糧になる,ヘルダリーンの詩などは最近読んでそうだった,他にいろいろな現代の詩などは読まない方がいい
ただ今まで研究してきた分野では資料とか本はそろえている必要がある
でも新しい分野のものは買わない,買っても読めないし理解できないからだ

ともかく老人は消費意欲が衰える,消費できないのである。
そして教訓として

あきらめてシンプルに生活しろ

いろいろ買って何かを身につけようにもできない,だから何でも買うというのもあきらめることである。このあきらめるということが大事になる
もういろいろなことはできないからだ
自分は家事を全部しているとそれだけで手間になるからだ
野菜とか果物は健康のために食べていた方がいい,なぜなら老人にとって健康が最も大事なものだからである。

本当は株とか投資信託とかもすべきではないのかもしれない,つまりこれも理解できないからである。基本的なことすら理解できないのである。
若いときからしていれば経験で理解するがそれができないからである。

老人にとって大事なのは本当はいくら利子がつかないにしろ理解できないものに手を出すのは危険である。つまりそうしたこともあきらめろともなる
実際は自分はしているがもうかっていないからだ

意外とこのあきらめるということは今までもしていない
それが老後にきて現実にあきらめざるをえない,しかしあきらめきれないのである。
物を集めたものが捨てられないでゴミ屋敷にもなるである。
何かそれはあきらめきれない結果としてそうなっているのだ

何か物をもっていることが老後は負担になるのである。確かに家があればいい,でも大きい家となると修繕がありまた金がかかる,それで仮設を今壊しているが建てるのも簡単だったし壊すのも簡単だなと見ている
大きな家となると壊すのにも金がかかりこの辺では事情かあって壊すのに二百万くらい市から支援されたのである。

ある人は体が動けなくなり家に住めなくなり車に住んでいた,そして這ってやっとコンビニに買い物に来ていたのである。家が負担になり住めなくなったのである。
家を放置して車に住んでいたのである。
家を維持することが負担になりそうなった,家すらあっていいようでも負担になる
あることが負担になる,九州くらいの土地が今誰の持ち主かわからなくなっているという山林などがそうなっていて困っている,利用するにも土地の所有者に了解をとらなければならい,でもその土地の所有者が無数にいて細分化して利用できないのである。
これもあまりにも明治維新後私有権を認めた結果なのである。

何かもっていること所有していることはいいことのように見えても負担になるのだ
ただ人間はあきらめきれない,いつまでも生に執着して延命してでも生きる
それが本能だからどうにもならない,でも老後はあきらざるをえない,だから生活をシンプル化することがかえって楽になるのである。
それは欲を減らすということが若い内はむずかしいが老後は欲を減らすことが強いられてもいるのだ

禅宗だと無一物だとか無欲を追及してきた,それが老後には強いられる
いろいろなものをもっていることが実際に負担になるのだ,最後は家そのものが負担になるのである。
もし簡単な仮設とかあばら家とかだったら未練なく壊すことができる
大きな家は未練が残り壊すのにも金がかかり負担になるのである。

ともかく老後はあきらめるということが強いられる,その前に自らあきらめるという生活をする,何か執着してもあきらめざるうえないからである。
そして生活をシンプルにしてこれまでやってきたこをやる,やれることはやる
写真を追及していたら継続してやる,でも動画となるとめんどうだからしないとなる
そういうふうにやれることとやれないことを明確にしてあきらめることが大事になる
これを書いたの自戒のためである。

2017年12月01日

介護の後に燃え尽き症候群 (人間は最後まで協力して人生を全うすることが大事)


介護の後に燃え尽き症候群

(人間は最後まで協力して人生を全うすることが大事)


近所の、認知症で透析しているじいちゃんの世話を 
長期間してた娘さんが 
じいちゃが亡くなって一年後にガンで亡くなった 
自分の体は後回しになったらしい 
それ以来高齢者の透析はどこかで線引きが必要と思うようになった

脳梗塞で倒れ、幸いにも軽くて医師からは頑張ってリハビリすれば
また歩けるようになりますよ、と言われたにもかかわらず、
真面目にリハビリしないで結局は車椅子生活に。

その分、老々介護で母の負担は重くなり後に母の寿命を縮めた、
せめて周囲に感謝の一つも述べてくれたらと恨むことがありました。


介護をやりきった後の燃え尽き症候群

介護を最後までやり遂げることに全てを捧げてきた為、介護が終わった途端、人生の意味や目的など、生きる指標を見失い、燃え尽き症候群のような症状から鬱状態になってしまうのです。

燃え尽き症候群はバーンアウトともいい、やる気を高く保っていた人が突然のようにモチベーションややる気を失ってしまう心の病気です。
燃え尽きてしまうと、何もやる気が起きず虚無感を感じたり、自信がなくなったりします。


介護を十年間したけど何か消耗した,燃え尽き症候群になった,まず外に出たくない,旅もしたくないとかなった,これは別に介護のせいではない,年のせいもある
でもこれだけ旅したのにしたくない,それはやはり旅するにもエネルギーが必要だったからだとなる
旅を後押ししてくれた家族がいたことで自由に旅できたのである。

介護の後に病気になったとき寿命を縮めたとかあるのもそうである。自分は介護中に病気になったからひどかった
その時助けるものは一人もいない,ただその病気とか弱ったことをいいことに借金とかその他犯罪にあっただけである。
そういうことをプログで書いてきた

介護はそれだけエネルギーが奪われる,介護が無駄とかではない,介護でも意味があるし自分の場合は意味があり恩返ししたから良かったと書いてきた
ただ介護でエネルギーが奪われてその後に病気になったり寿命を縮めたりすることはある介護の問題は一年とかではない最低で5年でありさらに十年でも普通にあるのだ
その長さの故にまいってしまうのである。

ただ介護から死の看取りとか供養とかを経験すると自分の場合は介護が終わり死んでから感謝している,感謝の念が深まっている
介護は確かに力を奪うのだが自分は親に特別良くされたから違ったいた
そして親の一生はあとあとまで影響する
親がまともに生きず死んだら子供も親を供養しないし墓参りすらしなくなる

自分の場合は親が生きたことかは生きる励ましとなっている,苦労して良く生きたなとか自分のために尽くしてくれたなとかなって死んでから生きる力を与えているのである。
だてから供養もしている,ただもし自殺していたりしたら後味悪いものとなった
母は腰が曲がったときそういうことがあった
でもそれから別に腰が90度曲がっても10年は生きて百才で死んで往生したのである。

だから事故とかで死んだり何か人生を全うしないで死んだ者は生きる励ましとならないだろう。別に平凡な人でもそれなりの人生を全うすれば子供でも後の人にも評価される
ただ不遇に死んだ人,昔だったら肺病で死んだとかなれば同情される,供養される
それは時代だからしょうがなかったのである。

そして夫婦だったら夫婦を全うすることが後の人にとっても子供にとってもいいしそうした家がつづくのかもしれない,家というのは離婚したりして夫婦が別々になるとめんどうになる,その家に繁栄はなくなる傾向が多い,まず離婚してシングルマザーになっている人も今は多いが苦労が多くなるし豊かにはなれないのである。
夫婦が協力しない家で豊かになれるとは思えないのである。

自分の家は複雑であったが両親ではないが二人の女性が争いつも協力した結果,ある程度の財を築き豊かさをもたらした,そして最期は悲劇であり分離したがそれは認知症という病気のためだったのでしかたがなかった
ともかく自分の家は二人が協力したからたいしたことはないにしろ財を築いたのである。
離婚した人は豊かになっている人はまれだろう。一人だけでは人間は協力しない限り豊かにはなれないのである。
だから結婚の誓いで

「新郎(新婦)となる私は、新婦(新郎)となるあなたを妻(夫)とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います。」

死が二人を分かつまでとあるがここが大事なのである。それで夫婦として生を全うしたとなるからだ,それは子供にも良い影響を与えるのである。
結局今は三分の一が離婚するのだからここが一番大事なのである。
そうすると後の人にもいい影響を与えるのである。

自分の家はともかく60年間一緒に生活していたことで最期は悲劇に終わったが遂に死んで二人は結ばれ家族は一体となったのである。
普通だったら分離していたしそうならないのは特別なことだったのである。
だから自分にもいい影響を与えたのである。

母の実家はみんな分離して分裂している,後継ぐべき人が弟だったが姓が変わり墓は別になったのである。そしてまたその実家に埋葬した自分の異父の兄も今度は自分の墓の側に供養のために墓標を作る
何かこうして母の実家の墓はその後ももめているのも分裂しているのもそうした家族だったから争い分離する分裂する家族だったからそうなったとなる
墓参りは一人ではなく何人かでした方がいいというき第一そうしてその後もまとまらなくなる,不和分裂の家だからその後も墓を守るべき人もそうなったのである。
その仔細は前にも書いた

協力しないことは家だけではない地域でも国でも栄えることはない,不和になり分裂して争いになるとその団体でも組織でも地域でも国でも衰退する
それは南相馬市は原発事故の補償金でもめて争いになったことでもそうである。
そのために協力できない,その影響も大きかったのである。
そういう市は自治体は栄えることはむずかしくなる
だから争わないようにすべきだったができなかったのである。
市でもそういうことを念頭に置き対策すべきだったがしなかったのである。

明治維新でも内戦になり日本が二分したら外国が侵略してきて日本は二分されて衰退したそれをなんとかくい止めたから繁栄もあった,不和の影響は大きいのである。
だから天皇があって日本がまとまるというとき天皇の役割が日本では大きいともなる
天皇も批判されるが日本をまとめるものがなくなったら分裂して外国に侵略されるからだだから聖徳太子は「和をもって尊しとすべし」となったのである。

いづれにしろ介護から死から供養は一連のものとしてあった,供養は疲れないが介護でも死の看取りでも疲れる,消耗が大きいのである。
二人を介護して看取りしたことでエネルギーが消耗したのである。
自分の場合は病気も回復したから良かった,母の介護はオムツもしないし他より楽だった最後まで一週間前まで自宅でポータブルトイレに行っていた,オムツはしなかったのである。そして病院に入院して一カ月くらいで死んだのである。
5年間くらいは介護したが母の場合は楽だった,姉の場合はひどい認知症で介護するのも大変だったが二年半であっけなく死んだのである。
そういう点で一人で悪戦苦闘したが楽な面もあったのとふりかえるのである。
そして今では二人に感謝して供養している,恨むことも自分の場合はないのである。

2017年11月28日

死んで人は終わらない (墓の問題は具体的なものとして残される)


死んで人は終わらない

(墓の問題は具体的なものとして残される)

人間は死んでもそれで終わりではない,別にむずかしいこと宗教などのことでもない,人が死ねば今度は死んだ人を葬る墓が具体的に必要になる
その骨とか灰をどこかに勝手に捨てるわけにはいかない,それは法律にも違反する

人間は死んでも終わっていないというとき具体的な問題として墓がある
死んだ後にも墓が人間には残るからである。
そこで現代は墓のことで悩む人が多くなる

そもそも墓とは何なのか?
これがわからないのだ,自分の異父兄弟の兄は事故で死んだ,その墓には骨壺があり骨を入れておいたがなくなっていた,何にもないのである。他の人の骨壺もなくなっていた
土になってしまったのである。
だから娘にその骨壺をもっていけといってもないのだからもっていきようがなくなったのである。

だからそもそも墓とは何なのか?死者とは何なのか?
それがわからないからそうなる
現実に近くの人は金がないので墓に母親の名前を刻んでいないのである。
墓に名前がないと一体それは何なのだとなる
その息子は評判の悪い息子であり親不孝の息子だからそうなった

その親はとてもいい人であり近隣からも慕われていたのである。
そして自分の家族が認知症になったときも受け入れてくれた唯一の人だったので感謝している,だからお礼として自分の隣に墓を造った
それはただ石に名前を刻んだだけのものである。
ただ名前が刻んであるだけなのである。そこに花を挿したりしている

そして今度は異父兄弟の兄の墓を自分の墓に作る,これもただ名前だけを記した簡単なものである。そういう墓が他にもある,卒塔婆だけがたてている墓もある
人間は墓はかえって粗末なものでもいいような気がする
なぜなら跡継ぎがいない時代には墓はかえって邪魔なものとして残るからである。
墓は簡単に捨てられないからである。それでも墓の墓場ができているのも時代である。
もし簡単なものだったら捨てるのも容易になるからいいともなる

人間はそんなにこれがけの数がいるのだから死ねばそんなに残り得ない,みんな忘れられてしまうのが普通である。江戸時代には墓が残ったのは侍くらいだけである。
庶民は墓がなかった,それは経済的な問題もあった,墓を造るには金がかかったからである。今でもそれなりに金がかかる,でも立派な墓を造っても今は跡継ぎがいない時代だから無駄だとなるのだ,かえって邪魔なものとして残りつづけるのである。

なぜ兄の墓を自分の墓の隣に空いているから作ろうとしたのか?
それは実家の墓が原町であり墓参りするにもめんどうなのである。
一人その実家で育った女性がいるが福島市に住んでいる,ただ一年二回くらいはその人は墓参りしている
その女性は実家の長男にあたる人から「墓を守ってくれ」と三百万もらい頼まれたのである。
じぶんはそんなこと頼まれなくて良かった,墓など守れないからである。
いづれ自分だって死んでしまうからである。
そんな頼みを請け負ったから大変なことになったと今では思う

自分の家の墓と兄は姓が違う,すると同じ墓には入れないのである。
江戸時代では実家の姓嫁いだ先の家の二つの姓が墓に刻まれているのもある
でも姓は一つにされたので同じ墓に入りにくいのである。
だから名前だけを刻んで供養することにした
その墓には骨もなにもない,ただ名前だけなのである。

そして墓とは何なのか?それは土地と関係して生まれていた
死んだら土になるというときまさに骨もなにもなくなり土になっていたからである。
その土地の土となった,でも今は土となるとしても広域社会になり遠くで生活して死ぬ人が多いから生まれた土地とも縁がなくなるのである。

そもそも人間は去る者は日々に疎しになる,生前から離れて暮らしているとその人のことが疎くなる,それは不思議だが墓でもそうなのである。
原町にあるのとすぐ近くにあるのとは違う,自分の墓は歩いて五分もかからないすぐ近くに墓がある,その墓の前を毎日のように通っているのである。
すると花が枯れたから淋しいなとか挿したりする
それは墓が身近にあるから墓のことを気にするのである。
墓はそうなると常時近くにあれば供養しているともなるのである。

つまり墓すら遠くにあれば疎いものとなるのである。
江戸時代あたりは農業中心だから農業中心の思想が宗教的なものでも生まれた
それが死んだ人は山に葬り田植えになると山から先祖が下りてくるとかの宗教である。
それは農業中心の社会から生まれた思想であり宗教観である。

人は死んだら土に還るとはまさにそうである。これは農業的宗教観である。
遊牧民だったら天に還るとなるからだ,その思想の相違も大きいのである。
土に還るというとき死んだ人はその土地のものとなりありつづけるということにもなる
それは近くであってこそそうした宗教観をもてるのである。
離れていたら例え隣の町でも何かそうした思想は生まれにくいのである。

近くだと死者もいつもここにいるなと感じる,それは生きていても離れていると特に東京とか離れていると疎くなるのである。それと同じように死者すら離れていると疎くなるというのも奇妙だけど感覚的にはそうなるのである。
だから毎日通る近くに墓があることは毎日死んだ人を意識するから生きている人と死者も共にあるともなる

ともかく人間は介護があるしまた死んでからも墓の問題があり供養がある,何か観念的なものでなくても具体的に墓の問題があり後始末があり死んでも簡単には終わらないのである。だから故郷に住めなくなった原発避難区域などでは墓の問題がありこれも結構むずかしい問題である,墓を移した人もいる,もう故郷に住めないとなるとその土地の土にもなれないとなってしまったのである。
それも一つの問題でありあまり話題にならないが大きな被害を与えたともなる
精神的損害だったということは言えるのである。
ただこの精神的損害を言ったらもうきりがないのである。
いくら補償金を与えても満足が得られない問題なのである。
ただそういう被害は外からは軽く見られることは確かである。

2017年11月27日

死者への供養は愛情である (すべての死者が敬われることはありえない)


死者への供養は愛情である

(すべての死者が敬われることはありえない)

死者を弔う心

日本人は、夏にはお盆をします。先祖の霊を自宅の庭に迎えて、弔い、また家族団らんの時を持ちます。そこには先祖たちの霊も一緒にいる。生者も死者も共に家族一緒になって団らんの時を過ごすのです。あたかも日本人は、死者の霊と共に生きているようだ。また日本人は、神棚や仏壇に食べ物や水など、先祖供養のお供え物をして、死者と共に暮らしている。
 それでラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、そうした日本人の生き方にとても感銘を受けて、日本を「死者の国」と呼びました。これは、日本人は死者の霊と共に生きている人たちだ、という意味です。


死者とは何なのかこれも謎である。確かにこのように日本人は死者を大事にする,月命日とかあるのもそうである。月ごとに死んだ人を供養するというのはそれで死者に対して思い入れがあるということである。
それが仏教では死者の供養の宗教となった,このサイトではそれをキリスト教の信仰と同じだとも言っている,日本人の心は死者と密接に通じたものだというのもわかる

でもみんながそうなのか?そういう日本人の伝統があってもみんなが死者を思っているわけではない,その人は親にひどいめにあったので親が死んでも供養する気も墓も作る気もない,金もないからそうなっているがまず親に対して何の関心もないのである。
親はその子を愛さないわけではなかったがいろいろ問題起こして事故で死んだからであるそれも中学生の時死んだからである。
その人は死んだ親に何の感情ももっていないのである。
だからみんなが死者を思うということはないのである。
いくら日本人の伝統でも個々人では事情が違ってくるのである。

死者というのはまたこれ愛すべき人が死んでみないと何なのかわからないのである。
自分は家族の一人は死んで八年になるしもう一人は二年とかになる
そういうことで死者のことを考える,わかったことは人間はなんでも継続なのだとういことである。人間は死んだからといって突然なにもかも途切れことはないのである。
自分の場合は60年間一緒にいたことが影響した
自分は特別愛されていたからそのことが影響した
ではそうして親が死んだときその愛情もすべてなくなるのかというとそうではない
やはり遺影がやさしく自分を見ているのである。
そして自分も遺影に語りかけているのである。

そこでわかったことは愛されたものがやがて愛する方に回る,それは介護になったときからそうなった,愛される方から介護になり愛す方に変わったのである。
その継続としてまた死者の供養があったのである。
死者は何も答えないしいるのかいないのかもわからない,でも愛情は死んでもとぎれることはない,それは死者でも愛も継続しているからである。
死んだときすべてが無に帰することもない,人間は死んでも継続するものがある

ただそれはあくまでも生きていたときからの継続なのである。だから死んだから死者になったから特別扱して先祖崇拝になることはないのである。
それで毒親のような人は死んでも子供は何の関心もなくなるのである。
生前にひどいめにあったから死んでも愛せない,供養もしないのである。
供養とは愛情のことなのである。

愛情がないかぎり死者への供養はしないのである。死んでからはむしろ生きている人が死者への愛情がなければ供養しない,確かに死者は何も答えない,愛情があってもそれを感じないかもしれない,ただ謎は愛情の交流は死んでもありつづけるのかもしれない
愛が生きている人から死んでいる人に流れてゆく,どっちかというと生きている人から死者へ流れてゆくことが多くなる,それは介護の時からそうなっていたのである。

まず親でも子が愛情がなければ介護もしない,その時からもう親子は愛情もないのだから親子でもなくなっているのだ。だから生前の継続として何でもあり突然に途切れて何か変わることはないのである。
だから日本人の伝統として死者の文化があった,としても全部にあてはまるわけではないのである。
ただ人間が死んだからといって何もかも終わりにはならない,生前からの継続するものはありつづける,生者が死者を偲ぶということはまさにその継続なのである。
でも死んでから偲ばれない人も親もいる,それも生きている時からの継続だからそうなっているのである。
だから人間は生きているときどう生きるかが大事になる,もう俺の人生は失敗だったといってせう一度やり直そうなどできないからである。
ともかく生と死を断絶したものとしてありえないのである。
死んだからといって死者が特別なものとなり敬われることはないのである。
死者が特別扱いされるのも危険なのである。生前がどうであれ死んだ途端に特別扱いはできないのである。

墓をどうするにしろ愛情をもてないことが一番の問題であり墓相がどうのこうのと関係ないのである。

死者とか墓とかいろいろ考察してきたけど前にもこういうことを書いていた

タグ:供養 死者

2017年11月26日

母の遺言は約束は果たした (その責任は重かった、だから軽々しく約束はすべきではない)


母の遺言は約束は果たした

(その責任は重かった、だから軽々しく約束はすべきではない)

約束を守る義務が発生するのは、何かを主張した時に、それが真であることを立証したり保証する義務が発生するのとよく似たことである。たとえば、何かを主張して、後で実際にそうでないことが分かった時には、彼は何らかの仕方で責任をとる必要があるだろう。これは、約束をして、それを履行しないとき、何らかの仕方で責任をとる必要があるのと同様である。

「とにかく、嘘はついてはならん。勢いや気合いを語っても仕方がない。
悪い事もしっかりと伝えよう。約束はしっかりと守る事が大切だ。」という

小さな約束事を守るために、もう約束をしない

「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」  
  マタイ 5:33〜37


  
自分が約束したわけではない,母が死ぬ一か月前に大きな声で孫に金払えと言ったことを守った、死ぬ前に認知症にもなっていたのでそんな大きな声で金額まで指定して言ったことに驚いたからである。
なぜなら認知症になり金のことがわからなくなっていたと思っていたからだ
ともかく人間は死ぬときに言う言葉の重みがわかった、最後に自分に託された言葉だったのである。

実は別に孫に金を払う必要はなかった、事情があり払わなくてもいいのである。払うと法律違反にもなるからだそうはいってもその最後の言葉の重みで払った、金というのはやはりそれなりに重いものをもっている
金の貸し借りでも金が世の中では一番重いものとして働いている
だから金についてはきちんとしていないと後でやっかいなことになる
前に書いたが金というのは何でも受け取っていいものではない、金を受け取れば大きな責任が生まれる

例えば不幸で死んだ人の金を遺産でも受け取ると何か災いが生じる、金は金でありもらえるものはもらえばいいとはならない、金には何か怖いものがある、呪われた金もありそれが後に災いになる
一億円でも拾ったらいいかとなるがならない、その金は得たいの知れないものであり災いをもたらすのである。得体の知れない金は何か不正があり災いをもたらす、どうしてあなたはそんな金をもっているのですか?
その理由が正当でないと災いになる

自分の家は遺産でも両親とか家族がいて受け継いだ,その金は家族が正当に働いて家を建て残した財産である。それを説明できる,店をやっていたし家族は協力して財を築いたのである。
だからそこには不正はないのである。その理由は説明できるのである。
でもそうでない金だとするとどうなるのか?それは災いをもたらす
一見何でも金が入ることはいいことに思う,みんなそれを願っている
でも確実に受け取ってならない金がある、それは後で災いをもたらすからだ

このことで思ったことはせ約束を誓うことを契約を果たす責任の重さだった、社会人として生活しないと何か人間は欠けたものになる、だから現代社会では僧院なようなところで生活していたら社会のこともわからないから指導者にもなれないのである。
僧院で暮らせるような時代があり今はそういう時代ではない
実際に良く聖書で契約のことを言う、聖書は神との契約の書である。
神が人間に対して契約を守るということである。人間は契約しても守らないことが度々ある
ただ社会人として仕事をすれば契約の重みを知っている、ただ日本人は契約を軽く考えることがある
でも契約の基本は責任をとらないこととして細かく書いている、保険でもそういうものを良く読んでいないのである。それで当方には責任がありませんと言われるのである。

約束とか契約の怖さは何か?それを実行するためには命までかけなければならなくる、大損失があっても契約は実行されるからである。
だから誓うなというとき人間はそれだけの責任をもてないからである。
それだけの責任を持てるのは神しかないのである。
必ず〈契約を果たす」というとき神だからできるからそう言っているのである。
神が全能であり成しえないことがないから契約を実行して約束を守るのである

人間は小さな約束すら守れない,軽々しく約束するが守れない,だから口は災いの元になるのである。
むしろ約束しないことが誠実だともなる、軽々しく約束しない人は実行する人でもあるからだ
実行するからこそ実行できないことは軽々しく約束しないのである。

いつれにしろ母との約束ではないが遺言を果たしたので重荷がおりた,何か死んだ後でも人間はいろいろある
その人が死んで終わらない、墓参りのこともあるし供養のこともある
人間は死んでも継続するものがありそれが義務にもなっているのである。
それが長男とか長女が受け継がされるのである。
だからもともと実家があり長男が家を守っていたことにはそれなりの理由があったのである。
それで兄弟でも平等に財産を分けるのはいいかどうかわからない,そこに現実問題として墓とか供養とか継承のも問題が馬さゃているからだ,それで墓の跡継ぎがないとかいろいろ現実に不具合なことが生まれているからである。
墓を守るとか供養するとかが死んだ後も残るからである。それは実家の務めになるからだ
自分は現実にそうなったからである。誰も供養しない、その実の子も供養しないから自分が生きている限り供養することが勤めとなっんたからである。
タグ:契約 遺言 約束

2017年11月24日

老人は死んだ人の方が親しく感じる (認知症とは老人になれば誰にでもなる感覚)


老人は死んだ人の方が親しく感じる

(認知症とは老人になれば誰にでもなる感覚)

認知症の人は日頃親しくしている人のことがわからなくなる,自分の子供すらわからなくなる「あなたせ誰ですか?」となる,でもそれは日頃接していない遠くにいる子供だったらゆうなりやすい,でも毎日継続して接している人は忘れないと思う
自分の家族は六十年間一緒に過ごしていたから忘れなかった
子供のときから六十年間一緒にいたから忘れなかった

ところが何か最近会う人とか親戚でも二年に一回とか会う人は遠い存在となり疎遠なものとなる,それは血のつながった人でも子供ですらそうなりやすいのである。
何か話をししても合わない,遠く離れているからその事情ものみこめないのである。
あることを知るということは離れて暮らしているとわからなくなるのである。
だから近くで日頃接している人だと新しく接している人でも認識できる

つくづく老人になると見慣れないこととか始めて接する人とかは苦手になる
その感覚は認知症になると極端になるのである。
認知症の人は新しい人は認識できない,親しくなれないのである。
それで親しい人とは死んだ人,長く一緒に暮らした人なのである。

だから死んでもその人は死んでいない

夫でも妻でも死んでいないのである。その死んだ人に延々と話している認知症の人がいるそれを今自分が気づいた,何か自分と六十年間一緒に暮らしてきた家族の方が死んでも親しい,生きている感覚になる,だから認知症でなくても死んだ人と話しているのである。返事はかえってこないのだけど別に認知症でなくても死んだ親しい人の方が現実に新しく知る人より親しいのである。
これは認知症だからなるのではなく老人の特有の感覚なことだなと思った

老人は若い人と違ってもう親しくなれないのである。親しさも時間の中ではぐくまれる
六十年間も一緒にいることはそうして親密な感覚を作っていたのである。
だから遺影を見てもそれが親しい,生きている感覚になるのも不思議である。
こっちを見ている,笑ってやさしく見ている,それは一緒に生きていたときもそうだったからである。その継続としてやはりこっちをやさしく見ているのである。

もうそういう関係は新しく作るのは無理である。だからこそ死んだ人は死んでいないのである,認知症は訳のわからない病気だとされる,でも老人特有の心理の反映でもあったのだ,普通でも去る者は日々に疎しとなるように老人だと一層極端化して全く離れて暮らす子供などはわからなくなるのである。

認知症は訳のわからない病気とされるが実は訳があるきだ,徘徊にも訳があるし怒るのにも暴力になるのにも訳がある,だから精神病とは違うものだろう
精神病は訳わからないで暴力になったりするからである。
認知症には必ず訳がないようでよくよく見るとある,そこが違っているのである。

そして認知症が時々正気になる,死ぬときは正気になるというのもやはり完全に馬鹿になったとは違うからである。個々の症状は違っていても人間として何もわからなくなったとはならない,だからフライドを傷つけられると怒るのである。
フライドはもちつづけているからである。

いづれにしろ認知症は本当に病気なのかどうか?それは老化現象であり病気とは違うのかもしれない,今までなら耄碌したとなっていた,つまり病気とはされなかったのである。認知症とは耄碌現象なのである。
老人は新しい人などでも親しくなることは苦手である。
だから死んだ人の方が現実に死んでいない生きている人として話しかけている
それは別に認知症でなくても老人はそうなるのである。
自分も遺影に向かって話しかけているからだ
そして遺影が自分をいつも見ているのである。それは最も親しい関係でありこういう関係はもう作れないのである。それは子供の時から六十年間も一緒にいたからそうなったのである。

六十年間も一緒にいた家族は憎んでいるようでも喧嘩していても親しい愛する関係になっていたのである。だからその相手が死んだ時悲しいとなっていたのである。
その一緒にいる時間の長さがそうさせたのである。
ともかく死んでも以前としてやさしく自分を見ている感覚は不思議である。
ただそういう親や家族をもたない人もいる,ある人は親のことを関心がない
親に苦しめられたからそうなったのである。
自分は確かに介護で苦しめられたけとそれは自分を良くしてくれたから当然だったのである。そのことで恨んだりする関係ではなかった,かえって恩返しできて良かったなと今では思っている
だから家族の関係も一様ではないのである。離ればなれに暮らすようになると子供でも疎くなり認知症になったりしたら「あなたはどなたですか?」となる
近くでも日頃親密に接していないとそうなりやすいのである。

だから認知症は訳わからないというが老人になるとその心理が理解できるのである。
老人がどういうものか理解することが若い人はにはむずかしい,でも老人になると理解するのである。老人といっても七十以上に今はなるがその頃になると老人の気持ちは理解できるようになる,なぜなら自分が認知症ににた感覚を経験するからである。

2017年11月22日

遺された家の問題 (思い出があるから捨てられない)


遺された家の問題

(思い出があるから捨てられない)

家は何か暗い所は良くない,自分の家は北向きに通りがあり店をしていたときはそこは街のメインストリートだった,でも今になると店になったところは広くあるが暗いのであるだから店としては良くない場所だった,ただそういう風水的なものとは関係なく角であり人通りがあったから繁盛した,繁盛する店は立地が関係している
誰でも暗い店には入りたくないのだ,シャッター通りになった所などは何か暗いのである
ただ日本は狭いところに住んでいるから路地裏とか入り組んだ所があり日当たりが悪い所が多い,田舎でも小さな町でも街内は日当たりが悪いのである。
家の間に空間がないから長く伸びている,それは都会だと鰻の寝床とか言われる所以である。

風水的に飯館村などは一軒一軒が離れて住んでいるから庭も広いし森につつまれているから理想的な住まいだった,何か飯館村にゆくと雰囲気が違うからその気を受けるのである花が咲いていてもそれはこの辺で咲いているのとは違ったものに見える,より自然の中で高山植物のように咲いている感じになるのだ
そこは清浄な気が流れているからそうなる
だから飯館村が不便だとしてもそこに住んでいたら心もやはり浄化されることがある
ただ一方人間関係が濃密になり人間の嫌な面が露骨に見えるということもあり嫌になるということもある

いづれにしろ家だけではない,海側に住んでいれば必ず海の気を受ける,それが心に影響する,海はやはり人間の心を開放的にするからだ
山はどうしても閉鎖的にする,だから海側に住んでいる人と山側に住んでいる人は気持ちが違ってくるのである。

家というのはそれぞれの家で作りが違う,家は何かその家の人間関係も示している
だから家長がいた時代は家長中心に家が作られていたのである。
横座とかもあり上下関係が明確にされて家が作られていたのである。

主人が不在のときも他の者はこの席にすわらず,また横座を譲ることは隠居を意味する。

これも時代だった,家長というのは今はない,みんな平等となったのが現代である。
そして個人化して個室化したのである。今は座敷もないから個室化して家族という形態も変わった,ということは家族の結束力もなくなり個々別々になったともなる
家というときイエは日本では建物だけではない,イエがもつ意味は大きかったのである。
家というのも代々受け継がれたり歴史があれば重みが生まれる,代々つづく家はやはり
何かつづく原因がある,ただ外国でもヨーロッパとかでも一代限りであり長くつづく家が受け継がれことはないという,家の重みがないという,個人主義の社会だとそうなりやすい,家が重要なものとはならないからだ

いづれにしろ自分に遺された家の問題は大きい,ただ空家化しているのが八百万軒もあるから消滅する家が膨大になる,それだけ昔のように家が存続できない,受け継がれない時代なのである。
それで近くの家で蔦が家にからまり遂に家に住めなくなった人がいた
家がいたんでそうなったのだ,それで車で生活していたのである。
買い物はコンビニに車で来ていたのだ這ってコンビニに来ていた,でも誰も助けるものがなかった,そして最後はどうなったのか?
わからないがその老人は死んだのである,今は更地となっているだけである。
つまり自分の家に住めなくなることもあるのだ
それは片づける力も掃除することもできなくなればそうなる
買い物するのもやっとであり後は何もできないとなれば家は汚れ放題になり住めなくなる

現実に自分の家はいたるところゴミがたまっていた,布団は汚れて落ちないものとなり腐るような状態のもあった,使わないとそうなってくるのである。
布団も干したりしないと使えなくなるのである。
とにかく無駄なもの捨てたい,でも捨てるのにしのびない,それで遺品を整理して泣いていたというのがわかる,やはり人間は簡単に物でも捨てられないというときそこに思い出が残っている,家には特に残っている,だから家には霊が住んでいるともなるのである。死んだ人は家から離れられないともなるのだ

エプロンの出てきてあわれ六十年我が家に働く母なりしかも

つまらないものでも何かそうした思い出が遺されたものにあるから捨てにくいのである。

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2017年11月17日

切れる老人はなぜ? (役割喪失が認知症になる恐怖)


切れる老人はなぜ?

(役割喪失が認知症になる恐怖)

東京・中野区の有料老人ホームで、入居者の83歳の男性を浴槽で溺れさせて殺害したとして、25歳の元職員が逮捕された事件で、元職員は「男性が風呂の床を汚して掃除しないといけなくなり、怒りがピークに達した」などと供述していることが警視庁への取材でわかりました。警視庁は、突発的に暴行を加えたと見て調べています。

亡くなった藤澤さんは、大阪・箕面市にある現在の関西学院千里国際中等部・高等部の設立に携わり、平成3年から7年間にわたって初代の校長を務めていました。 


切れる老人になるのはなぜか?がまんする抑える働きは前頭葉にあるといわれる,前頭葉は理性を司る,脳に命令する働きがある,感情的なものを抑える働きがある
認知症になると前頭葉の力が衰えて感情が爆発して切れて暴力になるのである。
認知症でもいろいろ性格があるし症状が違うのである。

なぜ今高齢化社会で老人がこれほど問題になるのか,それはこれだけ大勢の人が長生きすることを歴史上経験していないからである。
そしてそうした老人が長生きすることに社会でも備えられていないからなのだ
それは日本だけではない世界的ににも長生きに対して備えがないのである。

それは経済的な面だけではない精神的な面でもそうなのである
退職してから20年30年生きるとしたら長いのである。それに経済的にも精神的にも備えられる人は極わずかなのである。
切れる老人というときそれは老人の精神的問題である。

今の社会は老人にやさしくない,敬ってくれないとか老人は邪魔扱いだとか不満になる。能力中心の社会になると能力がないものは老人は無駄であり邪魔であり経済的にも負担になるだけであり社会にとっていらないものだとなってしまうのである。
会社を退職すると老人の居場所は家になるがそこには妻しかないない,すると妻を相手にしか威張れなくなる,誰も会社のときのように部下がいて敬ってくれないのである。

もう人間は年取っただけでは誰も敬ってくれないし特別扱いはないのである。
ただ現代社会だと金がある老人は金があることで表面的には尽くしてくれる
でも教育関係で校長とかしていたいろいろな役職を経験した老人が施設に入って25才の介護士に無惨に殺されたのである。そこは金持ちが入る地位ある人が入る施設だったのである。だから必ずしも金があっても地位があった人でも特別扱いされるということはないのである

かえって低姿勢で世話になるという謙虚な気持ちの人がやさしくされるとうことがある
おばあちゃんでもいろいろいるが私は介護され安いように努力しているんですよと言っていた女性がいるけどそういう人はそんなひどい目にあわないだろう。
何か世話になるのに地位があるとか金があると傲慢になっていたからそんなひどいことになったのかもしれない,その事情はわからないが金持ちは親を金がかかる施設に入れることが多いのである。だから金持ちだからといって老後は幸福になると限らないのである。

はっきりいって本当に病院とか施設とか恐怖である。老人が弱りいじめられる場所だということを経験しているからだ,それは金持ちでも地位ある人でも変わりないのである
そこに高齢化社会の暗黒面が露骨に現れるのである。
だから孤独死で誰にも世話されずに死んだ方がいいというのもわかる,特に身寄りがないとかそういう人が増えると本当に病院とか施設は恐怖の場所になるのだ

ともかく切れる老人とか邪魔になる老人とかが膨大にこれから増えてくる,すでに増えている,そして認知症になる人が800百万人とか空恐ろしい時代になる
認知症になる原因はわからないけど大きな要因として社会で家族でも役割がなくなることなのである。
自分は家族で女性二人を介護したけど一人はひどい認知症になって無惨に死んだ
そのことが今でも自分のトラウマとなり自分自身もそのことでその衝撃が消えないのである。

それは優秀な女性だったが最後の死に方があまりにも無惨だったからである,その優秀さも最後があまりに無惨だったのであ帳消しにもなった,それだけ人間の最後はやはり影響する,だから成仏にこだわる仏教のこともある程度は理解する
でも人間の最後はみんなみじめであり無惨なのが多いのである。
自分の母親は百才生きて最後も安らかに死んだ,楽に死にたいということをいつも言っていたがその願いだけはかなったのである。

いづれにしろ切れる老人の問題は社会的にも家族的にも役割が喪失することなのである。女性でも家事をししていれば家族に役立つものとしてワーキングする,機能する,すると認知症の予防になることは確かなのである。
何もしないテレビばかり見ているとかなると認知症になりやすいのである。
脳が働かなくなるからである。料理するのは結構脳を働かす,一人は料理もなにもしなかった,もう一人は94才頃まで料理していたし家事をしていたからだ

だから男性でも女性でも役割がなくなることは深刻なものになる,楽でいいというがそうはならないのである。そして男性の場合は会社とか退職すると社会的役割も喪失する
地域で何か役割をもつこともできないしボランティアでもなかなかむずかしいものがある社会ではそういうものを受け入れにくいからだ。
これまでは長生きした老人は少ないし価値があった,村とか狭い社会ではその土地のこに通じていて長老とかなり敬われたのである。
その土地に根付いた農業の場合はいろいろ教えることがあった,今はそういう社会ではないから何か地域で教えることもないのである。

自分の場合は会社勤めしていないがライフワークとして追及したものがあり今それをプログで表現している,だからこれからは会社一辺倒ではなくそれぞれかライフワークをもつ必要がある,退職してから長いからである。
ただそこまで人生設計している人は少ない,それは高齢社会と長寿社会というのを人類史上でも経験していないからである。
だからそれに備えられないのである。経済的にも退職してから百年生きることに備えられる人がどれだけいるのかとなる
それは経済的にもそうであ精神的にもそうなのである。

2017年11月13日

東京から地方へユーターンする老人 (東京の高齢化が深刻になってくるから)


東京から地方へユーターンする老人

(東京の高齢化が深刻になってくるから)


地方へ住みたいという人が増えてくる,それがNPOで東京で募集しているが最近は二十代と三十代が増えているという,そしてみんな真剣だというから退職して田舎でのんびりしようとする人達だけではない,地方で仕事をもって定着したいという人が若い世代でも増えているのである。
これは意外でありそういう傾向が生まれてきたのも現代である。
なぜならみんな地方には仕事がないとかなんとか地方を離れたい田舎を嫌だというのが言われてきたからである。

ただ退職した人かが移住する場合はまた違っている,松山市が一番人気があるということでもわかる,松山市は三十まんととかの都会である。仙台並である。
そういう地方の都会に移住するのは東京からでも抵抗感かないのである。
まず辺鄙な田舎など今はとても住めない,医療でも福祉でも買い物でも東京と比べたら差が大きすぎるからである。そうした生活した人が辺鄙な田舎で生活することは無理であるそれも体力も弱る老人になれば余計にそうなる
松山市などは市電も走っているしそこに花曇りの日に三日遊んだがいい場所だった
だから人気があるのがわかる

でもそうした地方の都会だけではない最近この辺でもユーターンする六十代以降の人が増えているかもしれない,この前合ったのは集団就職した人であり東京弁をしゃっべっていたからわかった,土地のなまりがなくなるのでこの人は東京に長くいたのだとわかる
なまりはやはり国の手形だともなる,標準語化しても地方ではやはりなまりが出るからである。

最近聞いた話ではその人は東京の土地を売って帰ってきた,ここに住んでいた人であり事情があり夫婦で帰ってきた,妻の方がここに住んでいて兄弟も住んでいるからここに帰ってきて住むことになったのである。
一人は東京生まれだからこうした地方の田舎都市に住むのは違和感があるかもしれない
その人は介護とか家の事情があり帰ってきたからまた違っているがそういう人も増えるかもしれない,つまりここではすでに原発事故で若い人が流出して65才以上が齢化率が35パーセントとか他より高い,そしてこうして東京から地方へ60代以降の人が移住する人が増えるとなるとますます高齢化率が高くなるのである。
その人も70に近いからである。

これも地方都市で問題になる,つまり老人ばかり増えることは自治体の負担が福祉とかの関係で増えるかもしれないからだ,福祉関係では人手不足である,特に小高などでは介護士などが集まらなくても施設を再開できないのである。
それは全国的にそうなのだがこの辺はさらに65才以上がさらに増えてくるのである。
ただ人が増えれば金を落とすから経済的にはいいのかもしれない,しかしその反面福祉関係で金を使うこになるからいいことばかりではないだろう

都会から地方への高齢者の移住」へ向けて政府・自民党が本格的に取り組み始めた

東京の「待機児童」数は約1万人だが、東京の「待機老人」数は約12万人である*4。そして今後、東京の「待機老人」数は急増すると予想されている。なぜなら、東京は地価が高いから、東京にはもはや余っている土地がないからである。

団塊世代のなかで進学・就職期に3大都市圏に移動した者のうち、地方に戻った者は4人に1人の割合であり、その大半は20歳代後半から30歳代にかけて戻った者である。残る4人に3人は、3大都市圏にそのまま定住し、老後を迎えつつある。

こういうこともあるからやはり一旦都会に生活基盤があると元の田舎にもどることがむずかしいのも事実である。
何か移りやすい人のコネが家族でも親戚でもあればいいがそういうものも変わっているからむずかしくなる

地方に若者が移住しやすい所が人がよそ者を迎える体制ができている,世話する人が周りにいる所だというのもわかる,このことは田舎では不可欠である。
田舎の案内人になる人がいてその人を頼れば楽になるからだ
ただ老後になると精神的には田舎の方が環境的にはいいとなる
それは好みなのだけど騒々しい所が嫌になるからだ,だから東京とかの都会に介護のためでも子供に呼び寄せられたのは認知症になるとか悲劇になる

自分はもともと静かな所でないと住めない,老人になってますますその傾向が強くなってきた,老人は一般的にそうなりやすいだろう,騒々しい所が苦手になるのだ
だから今は旅行すらしない,介護で消耗したこともあるが原町辺りまでしか行っていないのである。
どうしたって老人は精神的には内省的になる,内面の充実に向かう,これまでの経験したことの意味を深めるということに向いているのである。
だから住んでる場所でも家でも定着する所が安定していることが必要になる
ある程度の金の余裕も必要になる,ただ老人は金を使わなくなる

自分が最近今までの延長で電気製品とかビデオカメラとか他にも買ったが使えないのである。要するに今までしていることはできるが新しいものを取り入れることができなくなったのである。だから老人は消費できないとなるのだ
ただ本など前よりアマゾンで安いの買っているのである。
それも全部詳しく読むのではなく拾い読みしているだけなのである。
いづれにしろ老人のライフスタイルは変わる,だからこれだけ高齢化社会になる老人のライフスタイルが一般的になることもありうる
高度成長時代は若者向きの消費とかなになっていたのはそれだけ若い世代が多かったからなのである。高齢化社会は何か落ち着いた生活とか成熟した社会に変化する
それは悪いことではないのである。

2017年10月25日

認知症の人の対処方法 (プライドを維持させる)


認知症の人の対処方法

(プライドを維持させる)

認知症の人を介護して何か謎が残った,一体何が病気なのかわからなかった
ふりかえると

認知症の人は痴呆になったわけではない

痴呆になったとしたら人間として扱いないという恐怖になる
それがなぜ恐怖になるかというと家族だからであり家族として尽くしてきたし長く一緒にいたからであり愛し合う関係でもあったからだ
それが人間ではなくなるということは恐怖である。
そういうことを一時思ったから恐怖だった,気がふれたのかともなる
そうなると人間として接することができなくなる
親であり兄弟とかそうなったら恐怖でありショックである。

ただふりかえると認知症の症状は人によって違うから一概には言えない
自分の経験では認知症の人は何もかも人間としてわからなくなるとは限らない

認知症の人は最期まで強いプライドをもっている

認知症の人の最大の特徴というべきものがプライドを強くもっている
それは死ぬまで消えない,自分が何をしてきたか,その家族でどういう役割を果たしたかそういう自負をもっている,だから忘れるという症状があるとしてもそれを馬鹿にすると怒るし暴力にもな
今までのように親として普通の人として扱ってもらいたいとなる
軽い精神障害の人も普通の人と同じように扱ってもらいたいと言っている
ただ生まれつき精神障害の人と認知症の人はどこが違うのか?

認知症になっても自分がしたことにプライドをもっているから軽蔑したりすると怒り暴力になる,つまり忘れるとういことでその人格が異常として否定されると怒るのである。
それで扱いがむずかしくなるのである。
だから演技しておだてるといい気分になり症状が良くなることはある
ただ演技してもその人に対して家族でどう思うかが問題になる
例え認知症になってもその人を功労者として扱えば満足するのである。
自分の家ではそういうことがあったので今まで同じように家で持ち上げていたのである。そのために犠牲があったのだがそれも二年間くらいで終わったから助かったとなる
長くなるとそういうこともつづかなくったろう。

ともかく認知症になったとき家族でもその人のプライドを維持させることができるのかがかなり重要な問題にな,施設ではなかなかそれができないから症状が悪くなるかもしれない。その人のことと家族でもないからそんな扱いはできないとなる
自分の家で家族が犠牲になったがしかたのないことだった
それはやはり家にも自分にも尽くしてくれた人だったからである。

ただみんながそうなるかとなるとならない,別に認知症にならなくてもひどい親がいてそのために苦しんだ子供は親のことなど恨んだりさえしているからだ
毒親は子供はめんどうみない,死んでからも墓参りもしないとまでなる
だから認知症になったりしたら無惨なものになる
それも結局カルマだともなる
やっぱり日頃の行いが人間は大事になる,そして人間は突然良くなったりしない
日頃の積み重ねで人間は作られてゆくからである。
だから原発事故で避難した人達でも日頃ちゃんと仕事していた人は避難先でも仕事しているということがある,大工などはそうである。
人間はそもそも老人になって何かすぐに新しいことはできない,日頃していたことならできるのである。
認知症の人でも今までしてきたことはできるのである。

そして認知症の不可解なことは

正気にもどる時がある

これは不思議である。一人は最期に自分のことをわかってくれてうなづいて死んだ,その時言葉がなかったが何か察して死んだのである。
もう一人は最期に

孫に金をやれと大きな声を張り上げて言った

それは死んだときから一カ月前のことだった。その時まで金に無頓着になっていた,金のことがわからないと思っていたのだ
正常なときは金にこまかくこだわっていた人だったからである。
大金を盗まれても笑っていたから驚いたのである。
まず一円にもこだわり働きためるだけの人生だったからだ
それが金額まで指定して金を払いと大きな声を張り上げたのでびっくりしたのである。
だからとにかくその約束は守ることにした
最期に遺言のように言い残した言葉は重いし怖いと思った

認知症は不可解であるが完全に痴呆になった,人間でなくなった,何もわからないとはならない,それで扱いが余計にむずかしくなる
だからよほどの動機がないと介護しにくいとなる,それが施設では介護する動機がないからさらに]むずかしくなることもある,ただ施設で症状が良くなった人もあるからいちがいには言えない

結局これも日頃の生き方が最期も認知症になっても影響するのである。
だから日頃から家族でも尽くしていないと子供でも認知症になったら余計に見放されてしまうのである。
ただ正直認知症の介護はそうはいってもこんなふうには普通はできないだろう。
あまりにも負担が大きすぎるのである。自分も最後は鬱病になったし限界だったからだてある。ただ意外と早く死んだので救われたのである。
やはり人間は死ぬときに死なないと自分自身も家族にも社会にもただ迷惑かけてやっかいな奴が死んでくれて助かったとなってしまうだろ。
そうしてまで生きることは子供にも恨まれるとまでなるのが認知症だとな

2025年段階で認知症患者だけでなんと800万人を超えると推計され、都市が徘徊する人であふれるという“認知症パンデミック”が起きるという懸念も示されています。

この数字は恐怖である,イギリスでは認知症の患者が減った,

「心臓病の治療、心血管リスクの予防、減塩」です。心臓病の治療が認知症の予防に繋がるという標語をつくり、禁煙キャンペーンを展開し、業界団体にも協力を仰いで10%の減塩を実現したのです。

これもわからないにしろまず90すぎたら半分は認知症になる,90以上生きる人が多くなれば当然その半分は認知症になるのである。それはどうにもならないのである。

2017年10月22日

世の中なんでもケースバイケース (介護もあらゆる問題がそうである)


世の中なんでもケースバイケース

(介護もあらゆる問題がそうである)


人間社会の問題は数学のようになっていない,数式で解くようになっていない,統計学があり平均的なものとして社会を見る,それも一つの手法である。
それでは万事をみることはできない,例外的なものは必ずあり無視することになるが
その例外のなかに重要なものがふくまれているかもしれない。

なぜ長生きするととしない人がいるのか?
この原因を探ってゆくと個々別々であり何が原因なのかわからなくなるだろう
肉を食べている人が多いというのは良く聞く統計的なものとしてあるからそうなのかともなる,でも必ず肉を食べない人も野菜中心の人でも長生きしているかもしれない。
そして人間の健康とか体はみんな同じではない,顔違うようにみんな違っているのだ
だからその人に合わない食べ物がある

自分はラーメンはほとんど食べない,それがスーパーで食べたらインスタントのレンジであたためるだけのラーメンを食べたらはいた,実際にそのラーメンはまずかったのであるそれはもしかしたら自分の体に合わないで吐いたのかもしれない,自分は吐いた経験が何十年とないからである。
人間は好き嫌いだけでなく食べられないものがある
自分の母親はサンマが嫌いであり食べない,でもイクラが好きであった
自分はイクラが食べられない,気持ち悪くなるのだ
最近スーパーの弁当をみると必ずイクラがのっているので困っている
人間には明らかに好き嫌いではなく生来体に合わないものを受け付けないことがあるのだ
人間の問題の複雑さはこのように健康で体でも個々に違ったものなのである。
その個々にあったように社会はしてくれない,みんな一様に平均的なものとして対処する教育でもそうだし個々人は相当に違ったものなのに平均的教育しかしない
それでその人の個性は埋もれてしまう
第一人間は自分の才能すらわからない,何に才能があるのかもわからないのである。
老人になってから自分の才能を発見することだってある
最近自分がインターネットではじめた抽象画がそうである。
絵を全く描けないのに絵を描いているという不思議があったからだ

社会のむずかしさは個々別々な問題として現れる,警察の職務質問のことで抗議したが
警察では「あやしい」と通報されれば何であれ理由も聞かずにかけつけて職務質問するという,それは個々別々の対応はしないのである。
ところがそれに自分が怒ったのはその時ちょうど駅に人が集まっている時であり職務質問されたら周りの人がどう思うかである。
なんだこいつあやしいいかがわしい人なのかと見られてしまうのである。
警察ではそのことを言ってもとりあわなかった
これも個々別々の問題として人間があるからそうなる
そして自分は駅に前のように自由に出入りすらできなくなったのである。
またあやしいと通報されたら来ると言ったからである。

あらゆる問題がケースバイケースなのである。介護にしても個々の事情が違っている
例えば延命治療などしない方かいいということもあるしないこともある
医者でその判断がむずかしいから延命治療している
それは個々の事情が家庭でも違ってくるからそうなっている
介護でもだから80才なったら安楽死させろとはならないのである。
別にピンピンしている人もいるし社会に貢献している人もいるからである。
逆に安楽死してもいい人はいるのも事実である。本人もそう了解している人もいる

現代社会は個々に対応する力が弱まっている,江戸時代の方が寺子屋で自由があり個々に対応していた教え方をしていた,学校になるとみんな一律なものとして平均を追及するようになる,平均点が大事になる,学校の目安も平均点なのである。
人間を統計として数字として見るのが現代なのである。
選挙でも数は力となる,それで権力を得るのだからただ数を集めることに奔走する
宗教でも数である,数が集まれば社会の影響力がまして権力を得るからである。

江戸時代あたりだと狭い範囲で生きていたから個々別々の対応ができたかもしれない,なぜならその人のことを知っていたからである。
て長屋でもみんな長く住んでいた人が多いのである。移動しないからその人のことを熟知するから個々別々に対応できたともなる
現代はケースバイケースに対応することが本当にむずかしい社会である。
ところが何でもそうしないとうまくいかない場合がある

家族でもみんな事情が違っている,これが家族なのかという家族もある,それは絶対に他から理解できないものなのである。
まず自分の家族を理解できる人はいないと思う,そういう家族もある
だから人間の不幸がみんな違っているというとき家族がみんな同じような家族ではないからそうなるのである。
その個々の違った家族の事情から問題が起きてくるから一様に対処できないのである。

認知症などもみんな同じ症状ではない,生い立ちとか性格とか環境とかでみんな違っているのである,だから同じように対処できないのである。
同じ薬をのませてもいいというわけではない,その家の事情を知ることが必要になる
しかしそれを知ることが容易ではないから問題が起きるのである。
かかりつけの医者だとそういう事情がわかることがあり対処しやすいということはある
大きな病院だとその人のこをここに理解することがむずかしくなる
つまり現代は大きな病院でみるようになっているから個々にケースバイケースとして対応できないのである。

2017年10月17日

あなたの実体験から得た「宇宙論」聞かせてください (私の介護についての返答した人に問う-稲妻捕り様へ)


あなたの実体験から得た「宇宙論」聞かせてください

(私の介護についての返答した人に問う)

稲妻捕り様へ

介護では「早く死んでくれないかな」と誰でも思う
(それは非情ではない,それだけ辛いからである)



経験論から一歩も出ていませんね。これじゃ「早く死んでくれないかな」と思うはずです
寝たきりでただ食って寝て、そんな形で生きていたって何のねうちもないし可哀そうなだけ。

それだけの生ではないのかと、みつめつつやがて自分もおいつめられていく。

こういう自分が求めていたのは、決して介護論でも心理学でも福祉設備の充実だけではないのです。

なぜ生きているのか、それをつきつめればなぜ宇宙に生命があるのかという問いを問うところへゆくのです。

その問いの前で、介護していた自分はまさに宇宙論に直面していたのです。



この人にも言い分があるからその背景がどういうことで言っているのかわからない

経験論から一歩も出ていませんね

人間は実体験がなければその語ることが浅薄になる,人間の真実は実体験からはじまるのだ,介護だって何でもそうである,実体験なしで何も語られないのである。

私が岩手県の介護している60代の男性と90代の母親を介護して60代の息子が病気になり共倒れになったことを書いたのは自分もにた状況に陥ったからである。

あなたは何かそうした経験があるのですか?

あなかたにどんな深刻な経験をして「宇宙論」まで説くことができるのですか?

おそらく都築詠一氏の「弁証論」とか何かのことで言っているのだと予想します

私も彼には感銘して詩も書きました,ただそれは彼の実体験が訴えるものがあったからです,弁証論についてはわからないし「宇宙論」についてもわからない
ただ自分が感銘したのは彼の実体験なのです

空手に精進する姿だったのです,日々裸足で歩く,重い荷物をもって歩く訓練をしていた
そのことが訴えるものがあり詩にしたのです


寝たきりでただ食って寝て、そんな形で生きていたって何のねうちもないし可哀そうなだけ。
それだけの生ではないのかと、みつめつつやがて自分もおいつめられていく。

これは介護もしたことがない人が無関心に無責任に言っているのです
他人の苦しみなど関係ないからそう言えるのです
そんなのは税金の無駄使いだとなるが家族にとってはそれぞれ事情がありそうはならないのです

家族にもそれぞれの歴史があるのです,家族はみんな同じではないですよ
とても他者からは理解できない家族というのものがあるのです
歴史があるというとき家族はやはり長い時間で形成されてきたものだからです
家族の不幸はみんな違っているというときそれは家族がみんな違っていて歴史をもっているからです

つまりあなたはそれぞれの家族の事情を見ないで一般論で見ているだけなのです
介護したこともないだろうし老人はみんな邪魔だ,早く死んだ方がいいとかいつも言っている若者と同じである

でも家族にもそれぞれ事情がありみんながそうはならないのです
国には国の事情が歴史があるように家族にもそれぞれの事情がある
それは他者からわかりえようがないものがあるのです
家族というとき何か単純に考えるけど両親がいて子供いるとも限らないのです
家族の形態はいろいろであり複雑なのです

ではあなたは経験からどんな深遠な宇宙論を展開できるのですか?

それに答える義務があるでしょう

そのご高説をうかがいたいです

でも心の青雲の都築詠一氏とか弁証論とか受け売りではだめですよ
それはそれとして価値があります,でも自分の言葉で語ることが大事なのです
都築詠一氏は一貫して自分の言葉で語っていたしそれはそれで学ぶところがあったのです
あなたはあなたの言葉で語るべきなのです

あなたの体験からどういう深遠な「宇宙論」が生まれたのか?

それを是非知りたいですね

タグ:介護論

2017年10月15日

介護では「早く死んでくれないかな」と誰でも思う (それは非情ではない,それだけ辛いからである)


介護では「早く死んでくれないかな」と誰でも思う

(それは非情ではない,それだけ辛いからである)




2015年1月14日,岩手県の地方紙「胆江日日新聞」の一面に記載された記事に目が釘つけになった,寒い冬90代の母親と介護していた60代の息子が同時に遺体で発見されたという記事である。

単身介護,連鎖の最期最後

頼りの息子自宅で病死 年老いた母も息絶え

(老後親子破産ーNHKシペシャル)


都内在住の主婦・松山綾さん(仮名・39才)に悪性リンパ腫が見つかったのは5年前。 
以降、商社勤務の夫と5才の息子と過ごす幸せな毎日は崩れ去った。 

「告知されてすぐ入院、手術でした。一命はとりとめたものの、その後に転移がわかり、抗がん剤と放射線治療をして体調が悪化しました。 
夫は最初こそ心配して一生懸命に看病してくれましたが、次第に自宅でぐったりする私を見て見ぬふりをするようになりました」(綾さん)

私が家事をできないことにイライラした夫が子供にきつく当たることも増えて、家庭が極端に不安定になり、ある日、夫から離婚を切り出されました」(綾さん) 

がん闘病で体力の衰えた綾さんに抵抗する力は残っていなかった。結局、抗がん剤と放射線治療の終了を機に夫婦は離婚を選んだ。

世の中はふたりのような強い絆を持つ夫婦ばかりではない。昨今、冒頭の綾さんのように、どちらかががんを患った夫婦が離婚するケースが増えている。 
特に目立つのは、妻ががんを患い、夫から“捨てられる”ケースだ。 



介護はきれいごとではすまされない,負担が大きいからそれが愛情がどうのこうのというきれいごとではすまされなくなる,介護している人が夫婦でも親でも早く死んでくれないかなと思うのは普通なのである。
そんな不謹慎なことを言えるなと良く外から他人は言うが介護している本人にすればそう思うことは人間として非情でもなんでもない,人間として普通のことなのである。
そもそも負担が大きいからそうなっているのである。
自分も介護しているとき何度も死んでくれたらな思ってそれを口にも出していた
一人重度の認知症だった,でも意外と早く死んだので助かったというのが本音である。
介護の問題は長くなることなのである。
自分は家族二人を約十年間介護した,一人でも十年介護しているとかめずらしくないのである。その十年は長いのである。そのために自分はエネルギーを吸い取られ奪われて気力を喪失したとなる
何か正常な感覚が失わせるのが介護なのである。

39才とかで妻が癌になり介護となると仕事も何も手につかなくなるかもしれない,介護は24時間であり見守ることでもありエネルギーを費やすのである。
だから夫婦でもそうなると介護することは容易ではない,若いとなるとかえって仕事のこともありそうした障害かある人の介護することはさしつかえる
仕事をすることはやはりその仕事にエネルギーを費やすことである。
でも介護になったら介護する人にエネルギーを費やさざるを得なくなる
それは別に社会的には何も認められない,夫婦だったら当たり前じゃないかとか親子なら当たり前じゃないかとなるだけである。
そして他人はそんな人を見ても無関心である,むしろそれを見て楽しんでいるような人もいる,自分のことでない限り人間は他人の不幸は関係ないのである。
自分の身にふりかかったとき関心をもつようになる
自分も十年介護してきたからこういうことに関心をもつようになったのである。

岩手県の64才で90代の親を介護していて介護する人が病気になり介護された親も死んだのは悲惨である。自分ともにた状況にあった
自分も介護中に病気になり一カ月入院したり手術もした
だから自分もそういう状況とににたことを経験しているのだ
その時何の助けもなかった,むしろ弱者になったことで金の無心をされ盗まれたり脅迫されてきたのである。
岩手県の人の場合は金がなくて苦しんでいた,では金があるから介護になっても安心かとなるとそうでもない,なぜなら自分が経験したようにその金があれば金だけをとろうとしして近づいてくる人が多いからだ
現実に自分はそういう目にあってきたからだ
金だけで人は人を助けないのである。
人を助けるということ愛情をもつということは金があるからとすることは愛情ではない
金が目当てだとすればそれは愛情ではない,家族の関係はそもそもそういうものではなかった
何でも金に換算することはできないのである。

自分の場合は今ふりかかると確かに早く死んでくれないとか思っていた
それでも自分は一番良くされていたから介護するという動機があり愛があった
だからできるかぎり懸命に介護した
でも内心では早く死んでくれないかなと思うことは常にあった
それは別に非情なことではない,そう思うのが介護という負担をかかえたとき人間として普通の感情なのである。それを責めることはできないのである。
関係のない他人だからそう言うのである。
だからいくら家族でも夫婦でも介護は簡単にできない
自分の場合は特殊な家庭環境でそうなったのである。
ただこれが40代とか介護となると自分の人生も奪われたからどうなったかわからない
親を恨むということもあったろう,自分にはそういうことはなくてすんだのは自分はやりたいことをやらせてくれたということでそういうことにはならなかったのである。
40代くらいで介護になったら人生が奪われるから後で恨むということもある
なぜなら人生で一番貴重なのが時間だったからである。
その時間をはとりもどせないからである。

ほんのかたときも母親から目を離すことができない

介護の一番の問題それは正常な感覚を失ってゆく,日々見守り介護する人にエネルギーを費やす,エネルギーが奪われることなのである。
40代とか50代とかだと仕事盛りにもなる,すると社会的にもっとも油がのっているとき介護のためにそのエネルギーが奪われるのは辛いことなのである。
そして介護したからといって社会では何の評価もないのである。そんなの当たり前じゃないかとなるだけである。
芸術家とかでももし絵を描くことに専念して集中して傑作をものにしようとするとき介護とかしていてできなかったらその本人にとっても悔しいし社会的にも損失となる
エンジアとして活躍していた人が親の介護でそうなった人もいる
それは実は社会的損失にもなっていたのである。

岩手県の人は別に息子が変わった人でもない,懸命に介護しながら働いていたのである。田舎で回りにも仲のいい友達とかもいたのである。そういう田舎でもこういうことが起きているのはまず田舎の人がみんな助け合う時代ではなくなった,それより人間はそうした病人とか介護しているとかになると寄りつかなくなる,それはなぜか?
負担を課せられることが嫌なのである。そういう家にいくことは暗黙の内に負担を強いられるからである。だからよりつかなくなるのである。

そして息子の場合は女性とちがって外部に訴えないし仲間を作ることができない
男としての意地があったりと不利なのである。だからSOSを発信しなかったから回りの人はそんなに困っていたことがわからなかったのである。
その女性は困っていると常に困った困ったと訴える,それで嫌だけで金を与える
男だったらあんなふうに嘆願しにくいだろう。プライドがあるからできないだろう。
事業に失敗した人が金を上から目線で命令するように金を要求してきたのは自分が弱者と化していたからできたのである。
「お前世話してやるから金をだせ」と実際になっていたのである。
その人も金に困っていたからもう相手を思う気持ちも何もないのである。
追い詰められていた人間は人を思うことすらできない余裕がないからである。
自分の所に来たのはそういう人達ばかりだったのである。

いづれにしろこれから介護問題ではこういう事件がもっと起きてくる
日常的に起きてくる,それだけ介護の問題は深刻なのである。
その解決方法は簡単にはない,だから早く死んでくれたらなというのは別に非情なことではないのである。早く死んでくれると楽になるからだ
そうでなければ延々と負担がありその苦しみから解放されないからである。
自分も最近介護が終わって何か正常な感覚がもどってきたなとも思う
でもやはり介護で費やされたエネルギーは大きく回復しないということもある
それはもう年だからということもある,だから自分の場合は親を恨んだりもしない
かえって一面一番良くされたから恩返しできて良かったなとも思っている
親が残してくれ財産がありまた生活には困らないからである。
会社勤めもせず楽に過ごして老後も今は金の面では困らないのである。
例えば十年間保険をかけていて一カ月4万をもらっていた,それは今年で終わるが
金の面では自分は恵まれていたのである。ただ家族では親戚もいないから助けるものがいないから苦労したしこれからも苦労する
ただ人間はあらゆるものが満たされる人などいないのである。
金があるからとすべてがまかなえるわけでもないのである。

人間の一生をふりかえれば

人間は必ず負の部分を背負うことになる

人間いいことばかりではない,結婚してもそうだし何にしろ負の部分がある
その負の部分を負ってこそ絆が生まれたり愛情が深まったりもする
ただそう言われても現実問題となると人間は耐えられなくなるのである。
結婚式でも「苦しいとき悲しいときも助け合いとか・・・」誓っても現実に妻が癌になったとかなると離婚する男性が多いのも現実だとなる
その負の部分を負うことができなくなるからである。
それを責めることもできない,だから「早く死んでくれないかな」というのは誰でも思うことだしそれが非情だとは責められないのである。
ただそういう男性が後で後悔することもある,そういう男性は誰と結婚してもそういう人であるとしたら男性でも女性でも
結婚とは互いの利益と欲でしているだけなのかとなるからだ
人間の問題は老人になってから見るのと若いときの見方が違ってくる
それで人間はみんな後悔しているからである。 

2017年10月10日

老人は田舎など狭い所で住むのがいい (なぜ江戸時代の盲人が旅できたのか?)


老人は田舎など狭い所で住むのがいい

(なぜ江戸時代の盲人が旅できたのか?)


昨日はサイフを忘れた,でもたいがいサイフはもどってくる,もう10回くらい忘れているどうしてもスーパーとかで忘れやすい,今回もコンビニによってそこではサイフがあった次にスーパーによった,あの時忘れたなと思っていたらそうだった
狭い場所だと行った径路も覚えている,だからその記憶をたどりやすいのである。

それで認知症の人は狭い一室に住まわせてそこで暮らせば忘れ物してもすぐに見つけやすい,必ずなくしてパニック状態になりすぐに見つける必要があるだ
狭い一室で暮らしていればすぐに見つけやすいからである。
二階に忘れたとき,物がなくなったと泣いて騒いでいたからである。
一階と二階で暮らすとそうなりやすいし大きな家は認知症の人には向いていないのだ
徘徊するときも田舎のような狭い場所だと発見されやすいが都会だとまずそこで生活すること自体が複雑になり向いていないのだ

老人というのも都会になると生活しにくいだろう。ただそこで暮らしてきた人にとってはそうでもないかもしれない,かえって便利だということもある
ただ今回のようにサイフを忘れるとかあると探しにくいだろう。
田舎だと狭い所だからどこに寄ったかなどその径路を覚えているからである。

老人だと特に認知症とかなると狭い範囲でわかりやすい,人でも知っている人がいるといい,それが今では田舎でもない,江戸時代のような村だったら認知症の人でも住みやすいとなる,不思議なのは座頭市でも盲目の人が江戸時代には多かった,人口の一割近くいたでもそういう場所で良く歩いて旅などできたと思う
それはやはり江戸時代がそういう環境にあったためだろう。
道なども狭い危険なものがある,琵琶転がしとか座頭転がしとか狭い道だから転がり落ちることがあった
でも車などがないのだからなんとかたどって歩けたということがある
今は盲人用のブロックとかあるが盲人がとても隣町までも歩けないだろう。
そこが何か不思議なのである。

盲人が車社会では危険である。電車にのるのにも危険になる
でも江戸時代なら意外と安全だったのかとなる,盲人は旅することができたということである。盲人を助ける人もいたのかもしれない,そういう親切な情ある社会だったのかもしれない
現代は福祉は進んでいてもとても盲人が一人で旅はできないからだ

老人は今の社会には向いていない,認知症になるとリモコンのボタンを押してテレビも見ることができなくなる,機械が苦手になる,一般的に老人は機械が苦手である。
ただ60代でも今はスマホでも何でもしている,自分もしているのパソコンをしていたからその延長としてしている,みんながパソコンを使っているわげではないから使えない人も多い

そして現代は情報過多でありその情報を理解することがむずかしくなる,変化が激しい社会は老人に向いていない,江戸時代はみんないい顔をしていたというとき意外と貧乏でもストレスがなかった,都会の長屋でもそこに長く住んでいた,突然見知らぬ人が引っ越してきたりしないのである。すると人間関係も安定するということがある。
今は人間関係でも広域化しているからいつも同じ人と生活することがない
すると精神的にも安定しなくなる
やはり同じ村でいつも変わらない親しい人と暮らしていれば心も安定する
会社でも変われば安定しない,派遣とかの暮らしは安定しない,経済的にも精神的にも安定しないのである。

江戸時代はいろいろと今からみると不思議であり理解できなくなる。
どうして盲人が旅できたのか?それも目の見える補佐役もいないのできたのかとなる
今は福祉関係で必ず補佐役がついていて移動しているからだ
江戸時代にはそうした補佐役なしで旅していたのである。
そういうことができること自体不思議だとなる,また江戸時代にはそういう環境があったともなる,ともかく車にぶつけられないからそういうことができたともなる
それにしても盲人が旅できること自体が今になると理解できないのである。
そこに大きな時代の差があった

こんなことを考えるのは高齢化社会というのは栄養面などでは恵まれているがその他ではかえって江戸時代の方が住みやすかった
老人にとってはいい環境だった,ただうば捨て山とかあり貧乏だから老人を養う経済力がなかった,でも今のように長生きするのはまれだから長生きした老人は敬われたしかえって今より幸福だったとなる
つまり認知症になってもそれほど困らない環境にあったともなる

現代の高齢化社会はその江戸時代とはあまりにも環境が違っている
栄養とかとれるのだが老人はこういう社会では適合しにくいし不幸だともなる
だから江戸時代がすべて悪いとかとはならない,ただ時代は元に戻すことはできない
現代は老人にとってはともかく住みにくい社会である。

2017年10月05日

安らかに死ぬためには・・・・ (若いときにすでに死の準備をするべき)


安らかに死ぬためには・・・・

(若いときにすでに死の準備をするべき)


人間の死に方はいろいろだしそもそも死と生を分けることはできない
生と死は連続している,だからどんな人でも死んだら神となり礼拝の対象になるとかはない,ただ死というのは生から死の変化があまりにも大きいからその死が何なのか理解できなくなるのだ
骨となり灰となり全く存在が消失することが生きているものにとって変化が大きすぎるのである。世の中でもなんでも変わるけどこれほどの変化はないのである。

前に書いたけどなぜ人間は死ぬと美化されやすいのか?
死ぬと現実にあったものがなくなる,すると死者はどうなるのか?
死者は何も語らない,語るのは今生きている人なのである。
それで明治維新の吉田松陰とか坂本竜馬は司馬遼太郎という小説家によって作り出された虚像だともなる
それはなぜそうなるのか?本人は死んで語ることもない,となるとどういうふうに後世の人が見るのかとなるとどいふうに見ても勝手だとなってしまうからである。
つまり死んだとたんにその人の存在のリアリティがなくなるからだ
そして歴史上の人物とは誰もその事実だって直接接してもいないのだから皆目わかちないのだから美化されやすいのである。

家族だとかはいつも身近に接していたから家族でもその欠点とかを知っている
自分もそういうことを嫌というほど知っているから美化しにくい
家族の場合はいい面でも悪い面でもリアリティあるものとして死んでも見ているから美化しにくい,それが全然知らないとなると小説家でもそれが作られたものでも信じるとなる歴史考証など普通簡単にできないからである。

ではなぜ人間は死ぬのか?
それは哲学でも学問でも解決できない,ただそれは納得させる方法ではある
死を解決する方法は宗教しかない,それもキリスト教しかないかもしれない
「永遠の命」を説いたのはキリストしかないからである
死んで蘇ったのもキリストしかない,それを信じない人もいるし信じる人もいる
それは自由だし無神論者もいるしそれも自由である。

ただ人間は結局今の社会は自由ではある,その自由の責任もとらされるのである。
別に無神論者でも立派な人はいるし宗教団体に入っているような人はかえって
自堕落な人も多い,だから無神論者だからといって人格的に悪いとはならない
むしろ宗教団体にいる人は人格的に相当に歪んでいる悪い人が多い

だから宗教からだけで今や人間は判断できない,もし人格が歪んでいて心も悪いとしたら何宗教でもその人が「心が清い」ものとして神の意にかなう人になるとは思えないのである。悪人は宗教で人はかえってさらに極悪な人間になるというのもそうである。
神の名を語り仏の名を語り悪いことをする人などいくらでもいる
そういう人がやっかいなのはこの世で善人と崇められるからである。
カルト宗教団体などがそうである。
それで宗教から人を判断するのも間違いだとなる

ともかく生と死が極端に断絶しているから問題なのである。死というのが例えば肉体がありその肉体のままにすーと消えてゆくような状態になると違っているかもしれない
骨となり灰となるから生と死が極端に断絶するから困惑する
肉体をもったまま消えるとなると死んで霊界に去ったのだとかなるかもしれない。
そして人間は肉体が消えたときすべてが消えてしまったのか?
そう思う人はいない,そうしたら死んだ人を供養したり墓参りしたりもしないだろう,
以前として何かあると思っているから墓参りをしている,死者が何もないものでもないから墓参りししているのである。

なんか不思議なのは死者に供え物するがそれが一旦供えるとそれを食べるとき何かそこに死者の霊がついたという感じになる
だから食べたくないというのもある,その供え物というとき意外と大事なのかもしれない自分の経験では父親が貧乏で死んでサシミを食べたいというとき病気になり食べたくないといって死んだ,そのことが頭に残っている,だからサシミを供える
何か供えものは死んだ人に捧げるものであり生きている人は食べてならないという感覚になる,それは理屈ではなく一種の直感である。
こういうことを感じるもの死者は完全になくなったものではなく何か存在するものとして感じるからそうなる

死について考えるとき老人になってから遅い,老後の暮らしとかいろいろ考えるがありううるが死については遅い,若いとき考えねばならないものである。
だから若いときの求道が大事になる,その時期を逃すともう求道もできない
すると死の準備とはすでにもっとも生命の盛んな若いときするものであり老人になってからの求道はありえない,つまりそれはまた別な問題である。
青春時代の大事さを自覚している人が本当に少ないのである。
老人の問題は老人になったから起きているのではない,若い時からすでに起きているのだ若者も急速に老いてくるからである。
死とはすでにもう子供の時からもはじまっているのである。
死の恐ろしさを子供のとき見た人はショックである,だから求道しやすいとなる
人間は生まれると共に死がはじまっているのである。
生まれることは死ぬことなのである。
そして死のない世界はある,永遠の生命はある,人間はこの世では死ぬが来世では死なないのである。

人間の矛盾は死ぬために生まれてきたともなる,生を受けたのに結局死ぬことは必定であり逃れられない,そういう生は矛盾なのである。そんなら生まれない方良かったとなる
死がすべて無に帰するとなれば生きてもしょうがないのいのである。
そこから信じられないニヒリズム思想が生まれて最後はやけくそになり銃乱射するような老人も生まれてくる
人間は死んで何もなくなるとなればいかなる希望ももてないではないか?
そうしたら生まれない方がいいし生きていてもしょうがないとなるからだ
進化論とか唯物論とか無神論では何の解決もないのである。
そんなことで人間が納得する人などいないのである。

2017年10月01日

老後(定年後)に変わる人生の価値観 (最後は金で買えないものの価値が大きくなる-思い出などの価値が)


老後(定年後)に変わる人生の価値観

(最後は金で買えないものの価値が大きくなる-思い出などの価値が)


今の時代みんな会社員である。会社で人間関係も会社が生活になっている
価値観も会社で作られる,でも一旦会社をやめるとどうなるのか?
会社で培ったものが人間関係でもなんでもなくなってしまう。
これは本当にショックなことだが意外と自覚できない
人間は将来のことを自覚できない,来年のことを言えば鬼が笑うとかなっているからだ
だから結局人間はなってみないとなんでもわからないのだ

自分なんかも介護十年で苦しんだけどそれは予測されたことだった
自分の生活は何か普通とは違う,異様なものだったと思う
こんな生き方をした人は今はニートとか普通だがいるが団塊の世代ではいない
自分の場合は特殊な家庭環境でなってしまったのである。

まず定年後どうなるのか真剣に考える人もいない,それより老後がどうなるか考える人もいない,若い人は60くらいで死ねばいいとか楽観的に考えている
80までは普通に生きる時代に今の若者は高齢者を見ているのにそう言っている
自分は60くらいで死ぬと思っているのである。それがいかに今の時代ならおかしいかわかるはずである。でも若者は老人になったらどうなるなど考えれられないのである。
体力や知力やなんでもそのままつづくと思っているのだ。
病気にならない人は自分は病気にならないと思っているし常に人が死んでいるのになぜか自分だけは死なないような気がしているのが人間なのである。
だからこそ人間は生きていられのだと思う,もしその将来を未来をリアリティをもって見せつけられたら生きていられないとなるからだ

ただ高齢化社会というのは価値観を変えなければなくなる,会社をやめてもその後が長いすると会社を退職して何もすることがないとかなると問題なのである。
地域で活動するといっても簡単にできないからやめろというのもわかる
そんなことが今の時代に用意されていないのである。
ボランティアでもこれもなかなか簡単にできない,日本ではボランティアを受け入れるようになっていないのだ。法整備もしていない。
だからお前はそこで何をしているのだとかかえってあやしまれて自分のように駅でボランティアしてもその価値が認められないのである。

ボランティアはみんな受け入れられるものだと見ているが実情は全く違うと思う
要するにそういう席は社会に用意されていない,だからその席を確保するとなると容易ではなくなる
駅のボランティアをしても誰も認めない,JRではしょっちゅうあっても一言もありがとうなど言わない,こいつ何しているんだくらいしかないのである。
それは回りの人だってそういうことがあり誰かがあやしい警察に連絡して職務質問された要するに自分のしていることは誰も認めなかったとなる
その誰も認めないことをつづけることはむずかしくなる
なぜならそうじゃないか?だからこそ警察にあやしいと通報されたからだ
つまり回りから見て価値が認められないことは遂にお前はそんなところで何をしているのだいるなとまでなるのである。
だからへたにボランティアはできないということもあるのだ
社会でボランティアというのが受けいる体制がないとできないことがあるのだ。

そうなると老後というのは長いしそこで何か生きがいを見いだすことはかなりむずかしい作業になると思う,会社をやめて地域活動をするとか地域を見直すとかもできない時代である。つまり問題は会社で培った技能とか何か活かしにくい社会なのである。
だから会社をやめたとたんに無用化して家でも邪魔者扱いになる
誰もそうした老人など若者でも回りでも尊敬したりしない時代だからである。
かえって無駄飯くらいで早く死んでくれとかいつも若者が言っているからだ

人生の価値観など会社をやめたから何かまた新しいことをはじめるとかなると容易ではない,人間60年生きたらそれで培ったものが後半に生きるならいい,継続するならいいのである。
だから何か経済的問題,老後の金だけの問題がとりざたされる,でも精神的なものが意外と定年後は問われるのである。それは金で解決しないのである。
原発避難民などは故郷を失った,そこで故郷を家を失ったことの精神的被害が実際は大きい,それは金で買えないものだったのである。
それは何十億の金をもらったとしても変えられないものだったのである。
それは故郷で暮らし歳月の記憶であり家での家族の暮らしの思い出とかになる
そういうものが老人になると大事になる,だからみんな老人は家に帰りたい,故郷に帰りたいとなっているのだ。
みんな金の時代だから老後も金だと思っているが精神的なものがかえって大きな課題となる

老後で老人になってい大事なものが何か?それはむしろ精神的価値であり金でそれは買えないのである。例えば思い出を老人になって買えるか?金で買えるか,失われた青春を金をで買えるか?それも何十億金を出しても買えないのである。
例えば芸術などでも学問でもそれは長い間培ってきたから老人になって実るとういことがある。俳句のようなものでも老後にはじめる人がいるがそれでうまくなるかというとむずかしいだろう,何でも老後からはじめたらうまくいかない,継続していたものがうまくいくのである。

そして老後が金がすべてでないというとき一体はあなたは何をしたいのか?
あなたが社会に示せるのは何なのか?
俺は金をたんまりかせいだから金で人を使うことができるしこの世の中年とっても金だよとなる,でも人間は生きる時間が死ぬことが迫ってくるのは長生きの時代でも感じる
明日死ぬかもしれないというのが現実になっているのだ。

それで「心の青雲」のプログを書いてきた都築詠一は69才で死んだのには驚いた。
それは同世代だったからである。ずっとプログも読みつづけていたからである。
人工透析を17年間もしていたというから驚くのである。
その人は透析で金をかけているしなんとか社会に役立つことをしたいとしてプログを懸命に書いていたのである。そういうことが自分にはわからなかった
死んでみてわかったのである。
でもそうしてプログに書いたことで何らか社会に役立ったということがある
自分もそのプログを読んで参考になったからである。

フログなど書くのに金はかからない,金の問題ではない,そこで最後に死ぬ前に自分の思っていたことを書いたのである。学識もあったからそれを参考にした人はいる
ただそのログを自ら消したのか死んだとき消えたのは残念だった,一部残っているのでそれを参考にして自分はレスポンスを書いた

あなたは最後に何をすべきなのか?

だらだらだらと生きながらいて死んでゆくだけなのか?
それは金の問題ではない,画家だったら最後に傑作をものにしようとするだろう。
何か他でもライフワークがありそれを完成しようとするだろう。
何か追及したものがあり残そうとする
だから金だけではない,金がなくてもいいというのではなく老後は人生の総決算としてその人の価値を示す時なのである。
精神的な要素が大きくなるのである。
それに備えている人は少ない,金だけの心配をしているからである。
明日死ぬというとき金の心配する人がいるだろうか?
それが人生の誤算なのである。
人生はどんな人でも老人は後悔している,これすれば良かったとなんとか後悔する
その大きな原因が老人になると老後になると定年退職後は精神的なものの価値が大事になってくるからだ
その人の生きた思い出とか記憶が宝になる,だからこそ原発避難民の老人は思い出がある故郷に家に帰りたいとなるのである。

ともかく老人の問題は老人だけの問題ではない,若者の問題でもある。
なぜなら若者も老人に確実になるからだ,だからこそ老人になった人はどう考えているか知るべきなのである。
老人の言うことなど聞いていられないとはならない,あなたも老人になるからだ
老人になってどう生きるかなど考えることはできない,すでに結果が出たのであ青春時代などかえってこない,二度と帰ってこないのである。時間を元にもどすことだけはできないのである。
そこに老人になってから深刻さがあるのだ。
人間はどう生きるかなど老人になって考えることも何することもできない
老人は人生の結果であり若い内ならできてもできないからだ
ただとりかえしつかない後悔だけが残ったいるだけだとなるのである

結局若者でも今生きていることが老人になって結果として現れる,ふしだらな生活を罪なる生活していれば確実に老人になって後悔する,老人になればそういうことが結果として現れる,そしてもうとりかえす時間もなくなる
宗教でも求道は若い内からしなければ信仰は得られない,老人になってからの宗教は慰めにすぎない
若い内にはじめたものが継続してす老人になって実るのである。

2017年08月30日

個々人家族によって違ってくる介護の事情 (社会的な負担と家族の問題)


個々人家族によって違ってくる介護の事情

(社会的な負担と家族の問題)


介護というのは家族の事情によって違ってくる,家族はみんな違っているからである。
トルストイのいうように家族の不幸はみんな違っているのである。
ただ家族でも家族内で介護とかしていればそれほど社会に負担にはならない
自分の場合は姉は病院に半年以上入院した,母もトータルではしたかもしれない,でも死んだからそれほど自分でも社会で負担にならなかったかもしれない
そして自分としては介護して良かったなとつくづく思う
なぜなら自分ほど家族に良くしてもらった人はいないからである。
だから恩返しできて良かったなと思う

そして苦しかったけど最期に姉が死ぬときうなづいてわかってくれたことせ救われた
認知症の謎は完全に馬鹿に痴呆になったのとも違う,正気にもどるときがあり意識不明になるときその直前に正気にもどったのである。その後意識不明になり一カ月後に死んだのである。だから自分の場合は老人は介護に金がかかるから早く死ねというが自分にとってそうではなかった,百才で死んだ母もそうである。
百才まで生きる意味があったのである。

生きる意味があるというとき家族内での生きる意味があり社会から見るのとは違っている社会では無駄だと思っても無駄でないことがある。
家族内の価値観と社会の価値観は違うのである。
たから社会の価値観を家族におしつけるのは問題になる
社会の負担蜷というときやはり家族内の問題が社会の問題になる
それは主に金の問題である。社会に負担をかけることはそこで不満が大きくなっている
金だけではない労力の問題もある

例えば障害者がいる家族の苦労は並大抵のものではない,そういう人を知っているが結果としてそういう人にそれだけの労力を払うのになぜ自分には払われないのだろうとか思う自分は家事でもなんでも全部自分一人でしているからだ
障害者にそんなに労力を払ってなんの意味があるのだろうというときまさに介護ともにているのだ,何の益もない死ぬだけの老人にそんなに金を使って延命治療したりして長生きさせるのは無駄だとなる,それは社会で負担するとそうなるのである。
家族と社会の価値観は違っている,家族なら障害者でも母には愛がありめんどうをみるのである。ところが社会というとき他人であり愛をもつことがむずかしくなる
それは金食い虫の無用なものとなるからだ
だから障害者を家族でめんどうみるならいいが施設に入れると社会で負担することになるから問題が起きるのである。

ともかく家族の事情は不幸はみんな違ったものであり家族のことは外部の人が見てわかりにくいのである。それは家族と社会の価値観が違うからである。
家族にとって意味あるものも社会にとっては意味のないものとなる
ただ金と労力を負担するものとなる,そしてどちらかというと介護はもう家族の負担で負いきれないから社会の負担となる,そこに膨大な金がかかり国では限界だとなったのである。

社会では金がかかるから延命治療はやめろといっても家族ではそう望まないものもいる
それは個々人でも事情が違ってくる,社会というのは個々人の事情は考慮しないのであるだから社会は非情だとなる,でもこれだけ老人が増えて介護でも病気でも費用がかかればもう社会では限界だとなる,その負担は若い世代にかかれば国すら介護で弱体化してゆくともなる,高齢化社会で国が弱体化して衰退してしまうのである。
だから社会では非情になるのはやむをえないともなる

ただ自分の家族の場合はそれほど負担になったと思えない,姉はなったが病院に半年ほど入院していたが死んだからである。それも負担にしろそれよりずっと長くなる人もいるからである。
母の場合はほとんど社会的負担になるものはなかった,入院してから一カ月にもならないで死んだからである。こういうものは社会的負担となっているとは思えないのである。
だからどこまでが社会的負担が許されるのか?
介護とか医療にはそういう問題がある。姉は確かに胃ろうになったがそれも半年くらいであり死んだ,胃ろうでは3年とか生きている人もいるしもっと生きている人がいるからだだから人によって負担が違ってくるのである。
だから胃ろうもいちがいにすべて悪いともならないというのがむずかしいのである。
要するに個々人で家族で事情が違ってくることが問題なのである。
それを社会では考慮しえないのである。
80才でみんな安楽死した方がいいというとき個々人ではまだまだ仕事をしている人もいるしいちがいには言えない,90でもそうである。
そういうふうに社会ではしたいとしても個々人の事情を無視すると困るのである。

障害者でも社会的には無用でも家族にとってみればそうでない場合がある,それは老人の介護と同じである。介護になると障害者とにてくるのである。
ただ自分でもそうして障害者に払われる労力とコストは大変なものだと思う
例えば何か家族でそんなことを負担させられて若い人がやりたいこともやれないとしたら悲劇であり障害者を老人をうらむともなる
自分の場合はそういうことはなかった,特別良くしてもらったしやりたいことをやらせてもらったからだ,だからこそ自分は最期は恩返しできてつくづく良かったなと思ったのである。苦しかったけど良かったなと思っている
そして加護された家族もそれを納得してもらったから救われたとなったのである。
認知症でも正気にもどったりしていたからである。
ただこれから自分がどうなるかわからない,体も弱っているからどのように死んでゆくのか不安になる,なるべく社会の負担にならないように死んでゆきたいとなる
いづれにしろもう一人暮らしだとそうならざるをえなくなる,社会は非情だからそうさせられるのである。それもカルマでありやむをえないとなってしまうのである。
タグ:介護の負担

2017年08月29日

日本では認知されないボランティア活動 (法律的にもあらゆる面で排除されている)


日本では認知されないボランティア活動

(法律的にもあらゆる面で排除されている)


日本ではボランティアが法的に認知されていないということがある。アメリカにはボランティア振興法があって、連邦政府によるボランティア支援が財政面でも組織面でも体系的に整備されており、また、歴代大統領が、法令を制定してボランティア振興のための財団その他の組織をつくり、運営を支えてきている。イギリスには、チャリティ委員会がある
日本のボランティアは、法的な居場所がないだけでなく、サービスの対象者から実費や謝礼金を受け取ろうものなら、たちまち各種の事業法令によって締め付けられる。


駅でのボランティアで感じたことはここに書いてあった,これはボランティア全般の問題である。ボランティアの地位が確定されていない,認知されていないのである。
だからボランティアしていても何をしているのだろうと社会では見る
いくら無償で働いても認知されない,自分の場合はただあやしい人というだけになることもある

それは自分がボランティアを見ていたとき同じだった,この辺ではボランティアが今でも来ている,でもボランティアは何しているのとかなる,それは駅で自分が案内とかその他時刻表を作って配ったりしていても駅を利用しない人は近くの人でも何をしているのとなる。
ボランティアとして熱意がありしていても認知されないのである。

その原因は様々である。ボランティアは何か気まぐれなのだ,何か災害があると寄付があるがその時は寄付してもあとはしない,たいがい一時的なものであり継続的にしている人は少ない,だから海外の援助でも定期的に援助しないと実際に外国で働く人は医者でもなんでも困るのである。
定期的に継続してボランティアは資金でも労働力でも援助しないと援助される方も困るのである。

この辺ではだから自転車旅行でぶらりと立ち寄りボランティアになった人などが結構いたその泊まる場所も近くにあった,しかし地元では必ずしもボランティアを認知しないということもある,それはどこでもそうなのである。
川俣の山木屋ではいろいろな人が来たけど大学でも継続しているのは一つだけになった
つまり定期的継続的に支援してくれるのは本当に少ないのである。

またボランティアというのはせ法律的にも社会的にも権限は全く与えられていないのである。だから街の防犯をしているものは警察から嫌がられる
お前は何しているんだ,ここは俺たちが見回りしている所であり外部のものは入るなとかなる,ヤクザの縄張りのようにな所に勝手に入ってきて防犯であれ警察の代わりのようなことはするなとなる,それでもめていたのである。
警官は法律でも権限もあり守られているがボランティアには日本では全くないのである。だから日本はボランティアがしにくいのである。

そうなると社会全体にとってもいいことではない,ボランティアが必要であり活気をもたらしたりすることがあるからだ
ボランティアは社会的に確実に必要なのである。でもそれは法的にもあらゆる面で認知されていない,それは社会からも認知されていない
あいつなにしているんだ,あやしい奴だと警察に通報してやろうくらいになる
そしてその善意はくじかれてしまう。
ボランティアは社会自体が認知していないのである。
それが確実に必要でもそうなっている

JRの人とも何度も会い話しているけど全く認めない,ただ公安委員会の人が言うには知っていて黙認していることは認めたことだという,でなければ拒否されることやめろと言われることになるからだともなる
つまりボランティアは居場所がないのである。誰も社会でも認知されないとなるとただあやしい人として警察に通報されるだけだとかなる
それも法的に守られてもいない,居場所もないからだとなる

ボサンティアは必要でも日本では社会的に受け入れるような体制がないのである。
ボランティアでも医療関係でもボランティアしようとしても定期的に継続的にチームとなって働かないと邪魔だともなる,
だからボランティアの居場所自体を確保するのがむずかしいとなる
日本にはボランティアと受け入れる素地がないのである。
それはやはりキリスト教の国である。そういう伝統があるからだとなる
日本にはボランティアというのも歴史的社会的に育つ土壌がなかった

だからそもそもボランティアは社会的に認知され受け入れられること自体むずかしいのである。それが社会にとって確実に必要であってもである。
そうなるとボランティアを受け入れない社会は大きな損失にもなる,ボランティアは社会に不足しているものを補う役目が確実にあるからだ
それが受け入れない社会はかえって社会全体にとって損失になる

今回の駅での経験はいろいろ考えさせるものがあった,だから自分にとって社会勉強になったし面白かったとなる,ただあやしいとか警察に通報されたりしたのはショックだった自分にしては外部の人でも道案内されればありがとう絶えず言われていたし内部でも時刻表を作ったりして配ったりその他教えることもあった
それと駅は様々な人の行き交う場所であり社交の場であり広場の役割も果たしていたのである。

いづれにしろ日本ではボランティアは居場所かないというとき特に老後にボランティアしたい人は本当に多い,でも老人だとまた受け入れるのがむかしくなる
体力的にもそうだしいろいろ問題が生じる
するとまた社会から老人は排除されて不満になり社会に居場所がないとなる
それは深刻になるとキレル老人となり社会に害悪をもたらすのである。
ボランティアにも老人にも居場所がないのが今の日本なのである。
日本の社会は何か硬直的社会であり柔軟社会でないということもあるのだろう。
社蓄とかいう言葉にも現れている,

「人間を幸福にしない,日本というシステム」カレル・ブァン・ウォレフレン
ここでも書いてあるが本当に日本は窮屈な社会なのである。
奴隷社会なのである。そうしてみんな社蓄なんだよというときそれを是認しているとき
社会全体奴隷社会であり暗い抑圧的なものになっているのである。
それは文明そのものがそうでありそこからアウトサイダーが生れたのである。

ボランティアこそ実は事故実現とか生きがいを与えるものなのである。
自由意志でやるのであり奴隷のようにするのではないからだ
芸術などの創造は自由意志であり自由がなければありえない
ボランティア精神こそ人間を人間たらしめるのである。
だからボランティアが否定される,認知されないとかの日本のシステムがそうなのであり日本人を幸福にしないシステムだと見るべきである。

2017年08月16日

死者の不可解 (死者が残すものは何なのか?ヒストリーはストリーのこと)


死者の不可解

(死者が残すものは何なのか?ヒストリーはストリーのこと)

人間の最大の謎は生きていることから死者になることである。その変化があまりに大きいから愕然とする,死者となると残るの骨だけでからである。その骨すらなくなっているのだ,一人の身内の骨は土になってなくなっていたのである。
それで娘にその骨をもっていって供養してくれということができなくなった
骨もなくなるのである。
最後に残ったものとして骨にこだわるけどその骨すらなくなっているのだ。
すると人間が残すものは何なのか?

最後に墓だとなるがその墓すら跡継ぎがなければやがて捨てられ今ではそうして捨てられた墓が山と積まれているのである。
ある島ではその墓の墓場になっているのである。
墓は簡単に捨てられないからそうなっている
だから墓を残すことはやっかいなものになる

そもそもそうして焼かれた骨がそんなに大事にされるものなのか?
第一そこに生前の人間が宿っているものなのか?
いづれは土に還り土となってしまうのである
死者がどこにいるのか?何か遺影を見ていると死者がいる感じになる
位牌にいるのかとなるより遺影に死者でも生前のままにいるという感じになる

人間が死ぬと急速に忘れられる,あれほど存在を主張したものが消える
そしてもう何も語らないのである。
要するに生と死の落差が大きすぎるから人間は死の前に茫然としているのである。

墓参りしたとしても骨をうめた墓に死者がいるのか?それも疑問である。
一人の骨は土になりそこには何人か一緒に埋まっている
となるともう個人として識別はできない,一家の墓のなかに骨も一緒になったのである。ただ名前は記されているからかえって墓にその名前が残りそこに埋められたことを示している,最後の記録となっている

でもそういう人がいたということは戸籍を見ればわかるのである。
そしたら戸籍がその人が存在した最後の証拠なのかともなる
戸籍は死後も長い間残るからである。
その戸籍とは系譜のようなのもかもしれない,系譜だと何百年も残っている
そしてわずかにその系譜から名前が残りそういう人がいたことを知る
でも名前だけでありそれ以上のことは何もわからないのである。
天皇だって名前だけしか知らない天皇が古代にはつづいているのである。
その諡号からその人となりを探っていたりする
それは戒名とにている,戒名しか残らないものがいるからだ

歴史上の有名人,偉人の墓でもいくつもあちらこちらにある場合がある,ではそこにその人が実際に埋まっているのかといとそれすらわからなくなったいる
骨がない場合もありそこに埋まっている証拠がないのである。
ただ伝説化してこれがその人の墓だと後世の人が勝手に言って墓を作っている場合もある
だから何が死者なのか不可解なのである。
死者というとき骨のことではない,その肉体が消えても残るのは何か?
歴史でもストリーというとき物語のことである。
すると個々人の物語(individual story)のことかとなる
そういうものを人間は必ずもっている,それは家族でもそうなのである。
兄弟でも全く異なった運命を生きることも普通にある
人間が生きたというときその物語にあるとなる
でも墓に興味をもってもそこから個々人の物語は探れないのである。
個々人の物語でも人間は複雑だからその物語を知ることはできない

老人が昔を延々とかたるときそれはなんのためなのか?
自分がこう生きたと知ってもらいたいからである。
それぞれの一生が語ることによって伝えられる
だから認知症になると遂に同じことを千回も聞かされることになる
それは自分はこう生きたんだと伝えたいからである。
一生とはその伝えたいことにあったからである。
死んだ途端に骨となったときそこに読み取るのは何なのか?
化学物質としての分析なのかとなるがそうではない
ストリーにこそその人の一生があったとなるとその物語を知るべきだとなる

自分の家族は五人いたがみんな死んだ,残ったのは自分一人だけである。
それぞれが家族で全く違ったストリーをもっていて死んだのである。
それは同じ家族でもこれほど違った物語をもっているのかということである。
でもその物語を全部知るのは自分しかいないのである。
だから最後は墓守ではない,その物語を伝える語り部となるのである。
老人はみんな語り部になる,そこに老人の生きる意義がある

その語ることがうまい人が伝説とか昔話を作り後世に残ったのである。
小高の老人から聞いた話は面白かった,その人は話がうまいのである。
話がうまい人とそうでない人がいる,その人を別に知識人でもなんでもなかった
でも自分が経験したことを語ることがうまかったのである。
だからそのことをプログに書いてのである。
今なら小説家とかなる,最後に残るのは骨はなく墓でもない物語だともなる
それは代々伝えられるからである。
歴史とはヒストリーだというときストリーのことだからである。
それぞれの人生は一つの個々の物語として残されるとういことである。

いづれにしろ自分の家族の一生をふりかえると不思議になる
それぞれが全く違った運命を生きたからである。

2017年08月15日

人間の評価は生前の評価である (死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


人間の評価は生前の評価である

(死後に変わることはない,生前の評価で決められる)


親を看取ったが人間の評価は生きている内はわかりにくい,でも人間の評価は死後にもつづいている,死後にかえって冷静に判断できる
それは肉親でもそうである。親子でも他人でもそうである。
親子だと介護から看取りから葬式からその後の供養とつづく,そして死後何年かして冷静に死者をみる,人間は死んで終わりではない,ここで言うのは死後の世界がどうのこうのというのではない,生前その人がどうあったのか生きたのかという問題である。


そもそも死後のことを考えてもわからない,スピリチャルでも勝手に死後の世界を想像して言っているのである。聖書だとあくまでも約束のことであり様々なことをイメージしてはいない,その天国も実際はこの世の延長としての天国なのである。
全くこの世と違った世界を人間が想像できるのか?それはできない

例えば花園の中にあるのは天国である。その花園を別にこの世でもあるから花に囲まれた神の庭園をイメージできる,そこが天国なのである。
この世と全く違った世界を人間はイメージできないのである。
もちろん地獄も同じなのなのである。この世でまさに人間がみんな地獄を経験しているから地獄がどういうところかイメージできるのである。

人間が死後に裁かれと聖書で言われているがすでに生前に裁かれてはいないか?
人間の死にざまをみればわかる,たいがい断末魔の様相を帯びて死ぬのである。
成仏するとかしないとかこだわるけどカルト宗教団体などでもその死にざまは同じである

人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。
(マタイ7)

常に日本は悪者としてアメリカでも裁いているけどアメリカも原爆など落としたことで裁かれる,神によって裁かれる国なのである。
個々人でも国でも人間には裁く力がないのである。
人間は他者評価するとき必ず自分も評価される運命にある
お前はそんなこと良く言えるなとなる,自らの不正を正さないで他者をとがめているのである。


死ぬ前に何か後悔してとりもどせない恐怖におののいている姿を見た
ある人はママ母でいじめていたので死ぬ前に悪かったとして悔いていたのである。
その人は目が見えなくなりいじめた子供に看取られて死んだ
すでに生前に裁かれていたのである。

ただ人は人を裁くことは不可能である。裁く力は人間にはない,だから裁くなと神は言ったのである。それは国と国の争いでもそうなのである。
どちらが悪いかなど裁く力は国にない,アメリカにもない,裁く力は神にしかないのである。

果たして人間は死後に特別評価されることがあるのか?
すでに生前に評価されてはいないか?夭逝する天才は別にして一般的にはそうである。
自分が言っているのは特別に功績がある人のことではない
ノーベル賞などをもらうような人のことではない

普通の家族のなかでも功績がある人はない人がいる
普通にふしだらな親というのがいてそういう人は肉親でも子供がどう評価するかである。そうなると子供すら供養の心もなくなっているのである。
さんざん親にひどい目にあったからそうなってしまったのである。
だから肉親だからといって必ずしも親だからとして何でも是認されることはないし尊ぶこともないのである。
ふしだらな一生を送った人を肉親すら敬うことはないのである。

人間が死んだからといって死者を見るとき常に生前のことを見ているのである。
死後のことはわからないからである。ふしだらな一生を送った人が死んで特別な人に変わるわけがないのである。
人間を作るのは死後ではないということである。
生きているときに作られる,人間の評価は生きている時にすでに成されているのである。すでに老人になっていればもうすでにあらゆる面で評価されているのである。

自分にとっては家族は自分が正当に評価している,結局自分に尽くしてくれたということで評価して感謝している,最後は一人は確かに悲惨な死だったが生きているときは家に尽くした人だから功績があったのである。
自分が自由に生きられたのは家族があったからだとなる
過酷な社会に放り出されたら自分は何の才能も伸ばせず終わりだった
それだけ生き抜く力がないからである。
何か家族に守られて自由に生きていたのである。
その結果として代償として介護と自分の病気で十年間塗炭の苦しみを味わったのである。
だから必ず苦あれば楽がありであり楽なだけの人生などこの世にないのである。
どんな裕福な家に生れてもどこかで苦しむことになる
それが人間の定めなのである。
ともかく人間の死後というけど実際は生前の延長として死後がある
生前と死後は切り離せないのである。
死後全く別な世界に生きることなどありえないのである。

だから実際は死後のことより今生きていることそのことが大事なのである。
死後のことをとやかく言ってわからない,今を生きることこそが大事なのである。
その今の時間を人間は常に無駄にしているのである。
そして老人になりみんな後悔しているのである。
死後は生前の延長であり生前に刻印されたものが死後にも刻印されているのである。
人間の一生を見る場合必ずそうなるからである。
人間の評価は生前の評価であり死後になると冷静に判断できるというだけなのである。

2017年08月14日

お盆もすたれる? (何でも時代の影響を受ける)


お盆もすたれる?

(何でも時代の影響を受ける)


そもそもお盆に先祖の霊が帰ってくるということそのこと自体が維持できないものになってきたのかもしれない,その感覚がのみこめなくなった
ただ慣習としてお盆があるから墓参りするとかとなる
それが若い人に顕著になったというときお盆自体がすたれてゆくのか?

墓の跡継ぎもなく,墓を維持できないとかある,墓とは何かというとき江戸時代あたりだと庶民に墓はない,この辺だとホトケッポというのがあり共同墓地であり村の人を埋めていた場所である。そこには墓はなかったのである。
そして今そうした墓をもたない共同墓地を志向しているのも昔に回帰しているとなる
ただそれは昔と同じではない,墓友達とかいっても村のコミニュティは根本的に違う。

家制度ができたのは明治以降である。・・・家の墓というのは江戸時代にはない,武家でも個人墓である。墓とは特定の個人を思い出すものとして作られた
だから一家の墓とかでも知らない人がいると供養するにもしにくいのでてある。
自分の場合は父親と姉と母と兄は知っているから供養しやすい
一番かかわったのは姉と母であり終生忘れることができない生々しいものしとてある
一家の墓でもやはりその人を知らないと供養しにくいのである。

現代の社会は広域化している,昨日駅に来た人は宮城県の主審で大阪の会社に勤めているという,ここに来たのは営業のためだという,墓参りに来る人もいる
前に来た人は小高の出身で鹿島にきて新地にも墓参りしていた,その人は仙台に住んでいる,駅にいると仙台に住んでいる人が本当に多い
自分の墓地でも実家の原町の墓地でも仙台から来る人が多いのである。

故郷に代々生活する人が少なくなっている,だから家でも墓でも跡継ぎがなくなる
ただ江戸時代辺りは家は代々つづくものとしてあった
あまり変化がない農業社会だからそうなっていた
でも別に一家の墓はないのである。
墓を作るだけの富がなかったともいえる

現代人が墓に執着しなくなったのはなぜかと問えばもともと墓に執着していない
その昔にもどったのかともなる,お盆に墓参りというけどこれも江戸時代なら墓がないのだから墓参りはしていないとなる,ホトケッポという村の共同墓地に墓参りしたともなるのか?それは村人が埋まっているのであり個々人や家族の墓ではないのである。


ただ墓というのは家がなくなっても墓地にある,ここに生きていた証のように墓だけが残っていることがある,近くで事業に失敗して一家離散になった人の家の墓も残っていた
それでその人のことを思い出した,その人のことを知っているひとはもう若い人にはいないのである。
人間は死ぬとすぐに忘れられる,それより生きていても退職したりしてなにもしないと会社からも忘れられ地域でも活動しないといるのかいないのかさえわからなくなる
退職して何もしないで20年くらいたつといることすら忘れられる
それが実際は怖いことだった,それは一つの死だったのである。

今の時代高齢化社会そういう生きながら死んでいる人を大量に産み出しているのである。
家制度の上にお盆が成り立つというときそれもすたれるのかもしれない,社会が変わったからである。それとともに風習とか慣習も維持できなくなる
あらゆるものが変わることをまねがれない,ただ死んだ人を偲ぶということは変わることがない,人間であるかぎりそうなる,ただ先祖とか一家とかなると偲ぶとしても抽象的になるからすたれる
妻をなくした人が毎日あたたかいご飯をあげているというのには感心する
自分はずぼらだからそんなことはしていないからだ

ただ自分は姉と母のことは終生忘れないのである。
争いがあったにしても何か自分にとってはいいものだったのである。
姉と母がいなかったらこんな自由な生活などできなかったからである。
自分にとってはいいものだったから死んでも思っているとなる
でも親子でも必ずしも親を思うとは限らないのである。
親にひどい目にあった人は供養すらする気がないのである。
だから親だからといって親を思うとは限らないのである。
つまり親にもいろいろあるからである。毒親も普通にいるからその子は親を思わないのである。。

人間の心は偽れない,供養するにしてもそうである。死んだからみんなかわいそうだともならないのである。墓参りをしても実際は何もえられないから死んでも墓参りもしたくないというときその人は死んだ人に対して何の思い入れもないからである。
別に墓がなくても死んだ人を思っている人は思っている
それが墓参りとなり供養となっているだけなのである。
そもそもその心がない人は供養する心ももてないのである。
一番大事なのは墓があるとないとかではない,心があれば墓が無くても供養するのである
だから別にお盆がなくなっても死者を偲ぶということはなくなることはない,個々人でもそうであり供養するからである。ただ集団で国の行事のように供養するということがなくなるだけである,故人を偲ぶということはなくならないのである。

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こうして捨てられる墓が全国的無数に増えている


タグ: お盆

2017年07月31日

ボランティアにも動機がいる (介護でも犯罪でも動機が必要)


ボランティアにも動機がいる

(介護でも犯罪でも動機が必要)


仙台の松島の人が今回の九州の水害にあった所にボランティアに行っていた,そんな遠くまで行ったのかとなるがこの辺でも福岡市から来た人がいた
交通費だけでも大変だろうなと思っているがそれはどうなっているのかわからない
その人が言うには津浪で世話になったから恩返しだという
それが動機になっていることが災害の時など多くなった
もちろんこうした動機がなくてもボランティアしている人はいる
でもそうした明確な動機があるときボランティアも報酬無くてもできる

何か人間は動機がモチベーションが何するにも必要なのである。
働くにしてもそうである。ただ金をもらいたいというだけで働いているのはまさに奴隷なのである。何かしら動機があって働く意欲が生れる,その時人間は本当に働いているとなる
そういうことは介護では本当に動機がないとできない,肉親でもなんても介護は辛いから動機がないとできないものだろう。
自分がやれたのは動機があったからである。一番自分は親であれ家族に良くされたのである。だから恩返しだったから必死にした,介護のとき兄弟でもお前は一番かわいがられたからお前が介護しろとか言われる,それもそうだと思った
兄弟でも動機がないとできないからである。
遺産目当てが動機となるだけではなかなか介護もできない

動機というとき推理ドラマでは常に動機が重要なものとして追及している,人を殺すくらいだと恨みだとか何か強烈な動機があるはずだとなる,だからまず動機をさぐる
関係者を探して動機を探るのである。犯罪でも動機があって成り立つとなるから動機を探す

ボランティアは自由意志でするから報酬もない無償の労働だというとき動機がないとなかなかやれないだろう。水害の後片付けなど結構重労働になるからボランティアでも辛いとなるからだ,何のためにしているのかとなるからだ

ではなぜ自分が無人駅のボランティアをしているのか?
それはたいしたことではないし誰も別に自分が働いているとも認めていない
ではなぜそんなことをしているのだろうか?
暇だから生きがいを求めてというのもボランティアにある,それが60代以上が多いことでもわかる,生きがいを求めてするとういのも動機なのである。

自分の場合は鉄道旅行が長い,すると今になると鉄道会社には世話になったということを思うようになった,すると鉄道会社に対しての恩返しなのかと思うようになった
もう一つは駅は鉄道とだけ関係しているわけではない
その街とも関係している,そこに住む人々とも関係しているのである。
だから地元の人のためにするということが動機になる,地元に生きるならなにかしら世話になるから働くという動機になる
自分が駅でたいしたことでなくてもボランティアしていることは動機があった

要するになにかしら動機がないとボランティアもやれない,つづかない
ボランティアをしても報酬がないからそうなる,余計に報酬のある労働より動機が大事になる,趣味の畑をしている女性もボランティアである。
毎日嫌だ嫌だと言っているけど農業が好きだから自由意志でしているのである。
金銭的には損失になっているからそれはボランティアなのである。
でも農業が好きだからこそしている,それでとても生活の足しになるわけでもないからだ野菜でも何でも買っているからだ

いづれにしろ人間が60とかまで生きればなんらか世の中に世話になったことを自覚する
一番自覚するのは親には世話になったということを自覚する
それは人によりけりだか一般的にはそうなる,恩を感じるのである。
その恩は実は死んでからも感じる,意外と死んでからそういうことをその人のありがたみを感じる,その人がいるときはそういうことを感じないのである。
だから妻でも死んだときそういうことを感じる夫が多いのである。
それでいつまでも何回忌だとか毎日仏壇に祈っている男性がいる
それはやはり妻をなくしたショックがあり妻のありがたみを知ったからである。
それは宗教でも信仰でもないがそうなるのは死んではじめて妻のありがたみを知ったからである。

自分の場合もそうだった,60年間食事でもなんでもしてくれる人がいて自分はなにもしなかったのである。これほど恵まれたことはなかった
それが一転して介護となり自分が今度は世話する番になった
そして毎日今でも台所にたち料理して自分のことは一切自分でしなければならなくなったそのことは悲しいことであり自分を世話してくれた親に感謝したのである。
死んでからもその感謝の念が強まっているのも不思議である。
人間は死んでもやはりすぐに忘れるわけではない,自分を愛してくれた世話してくれた人のことは忘れない,かえって強まってくることがあるのだ

痛切に思ったことは自分のことを思う人が一人もいなくなったことである。
自分を思うとしても他人は金しかないのである。
それは本当に悲しいことである。皿二三枚あらうことさえ他人はしない,そのためになぜこんなに金を払わねばならないのか
と今も思う,人は他人を思うときもう金しかないのである
ただ今になるとそれも自業自得だったとなる
そういう非情を十年間経験したことで親のことをさらに思うようになったのである。 

ただ親を供養する気がない人もいる,それはあまりにも親のために苦しんだためである
それは親子でも恨みしかなくなっていたのである。
だから別に親子で恩を感じるとかみんなならないのである。
親でもよほどのことをしないかぎり感謝するとか恩を感じることはないかもしれない
自分の場合は特殊な事情で親に恩を感じて死んでも供養しているのである。

2017年07月17日

ちょっとした親切はしやすい (でもタイミングが大事)


ちょっとした親切はしやすい

(でもタイミングが大事)


自分が駅でしていることはちょっとした親切である。道案内したり無人駅だから乗車証明のとり方とか教えるのはそうである。
それから中学生が仙台の方から試験に来てちょうど昼間に腹が減っていた、その時近くのお菓子やで柏餅をくれた、そういう時は腹が減っているのだからタイミングが良かった
例えば砂漠のような所で水がないとき水がある場所があったら救われたとなる
乾いた土に雨がしみこむような感覚になる

今回は冷しタオルというのがアマゾンで売っていた、今暑い時期だから買ってみた
これが意外といい、ただ汗をふくだけではない、水にひたすと冷えたままになっている
だからそれでふくと汗をとるだけではない、ひんやりとして気持ちいいのである。
それを太っていて汗かきの女性にくれた、千円くらいだかやれた
その人は畑で仕事するのですごく汗をかくからだ
これは今の時期にいいものだった、相手も喜ぶものである。

こうしたちょっとした親切はしやすいのである。負担も少ないからだ
でも一方でなぜ人は病気になったり介護状態になったり借金とかしているとか重いものをもった人に近づきたくない、それはなぜなのか?。
自分も重い負担を強いられるからである。
例えは駅で盲人を電車にのせるのはちょっとした親切であり楽である
でも障害者の世話をするとなると特に重度となると負担が重いからしたくない
それで大量殺人までになった、その負担を負うことが重すぎるからそうなる

外にも金持ちでも貧乏人とつきあうことは負担を負うことになる
常に金がないという状態の人は相手に負担をかける、お前は金があるのだから金をよこせということを言わないまでもその人がいるだけで要求しているのである。
実際そういうことを経験しているからお手伝いさんとか家政婦とか家で働いてももらうことは負担になる
だから普通は金持ちは貧乏人とはつきあわない、アメリカとは極端であり富裕層と貧乏人は一緒に住まない、住む場所が分かれている、そしてその富裕層が住む所は門があり警護していて入れない、アメリカのような広い所だとそういう棲み分けができているという。つまり貧乏にとは極力接しないのである。そういう社会なのである。
日本では狭いし富裕層でも貧乏人でも混在して住んでいる
田舎だとまず徹底して平等を追及してくるから特別な富裕層は住めない
田舎だとそういう人は目立つからである。

良く親切にしなさい、愛をもちなさいというけどそれを実践すると簡単にはできない
ただちょっとした親切はしやすいのである。
それでもその機会はそんなにないのである。タイミングが大事なのである。
冷しタオルは今の時期に最適の贈り物だった、贈り物でもその人にあったものその時期にあったものだと喜ばれる
物でもこのタオルを発明した会社がありそしてその物を活かす人がいて物も活きる
物に愛が加わってその冷しタオルが活きたとなる
これはスーバーなどではただ買うだけでありそういうことを感じない
また通販という便利なインターネットが生まれてできこことでもある
その人はパソコンなどしていない年寄りだからである。

ともかくちょっとした親切はしやすい、負担も少ないからしやすい、ただ問題はそうした機会があまりない、タイミング良くできないことである。
一方で病人の世話とか介護とかなるとこれはちょっとした親切ではとてもできない
負担が大きいから誰でも敬遠するのである。そういう家にはみんな近づかなくなる
それは重い負担を背負っていからその負担を強いられることを嫌があるからである。
借金している人もにも近づきたくない、その借金はやはり大きな重荷を背負っているからそういう人とつきあうことはその借金を背負わされるからである。
ただ借金している人はわからないから知らないで近づく人は相当いる
病人とか老人の介護とかなると見てわかるから近づかないが借金の場合は隠しているからわからない、それが実際は怖いことなのである。
なぜなら借金の標的にいつされるかもしれない、その機会をねらってもいるからだ
そして何かの機会に借金を要求してくる、それは断りづらいときだといいわけである。
そういう経験をしたから借金ある人は危険なのである。

つくづく人間はこうしてちょっと親切くらいですむならいい、後腐れもないし負担もないそれが福祉でも病人とか老人介護とか障害者の世話とかその他でも負担が重すぎるから誰もしたくないのである。
医者とか看護師は給料が高いし地位も高いからいい、介護士とかなると給料も安いし負担ばかり多いから人が集まらないとういのもわかる
福祉でも認知症の話し相手くらいならしていいが下の世話となるとしたくない
そういう仕事は誰もしたくない、家族だったらしかたなくしているし動機もある
でも他人だったらそうした動機もないからだ
いくら愛だとか言ってもそれだけではもうすまされない、負担が大きいからもう耐えられないとなる、そして相手を殺したりまでするようになる
その人が愛がないとか責めることもできないことである。
それだけ負担が大きすぎるからそうなっているのだ。

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タグ:親切心

2017年07月13日

姉の死はいいものではなかった(死ぬ前の形相の恐怖) 10年間書いたプログをふりかえる


姉の死はいいものではなかった(死ぬ前の形相の恐怖)

10年間書いたプログをふりかえる


@ 集まった自分の身内に対しても、険しく猛々しい目つきで睨む。
A 手で空をつかんで、もがき苦しむ。
B 筋道の通った思考を失う。
C 恐怖のあまり、涙を流して泣き叫ぶ。
D 大小便が垂れ流しとなる。
E 苦しみのあまり、目を固く閉じてしまう。
F 苦しみのあまり、手で顔面を覆って悶絶する。
G 異常な食欲が出て、狂ったように飲み食らう。
H 身体や口から腐敗臭が漂い出る。
I 恐怖のあまり、手足を震わせて怖れおののく。
J 鼻筋が曲がって、凄まじい形相となる。
K 白目を剥きだしてしまう。
L 目が血走って真っ赤に変色する。
M 顔面を伏せて、苦しみ、うめく。
N 苦しみのあまり、身体を屈めて悶絶する。
(守護国界主陀羅尼経)

そもそも認知症になるとB筋道の通った思考を失う、ただ認知症でも時々正気になる、姉は意識不明になったときこのような状態になったとしても自分では意識がなくなりわからなくなっていた
とても正直なところいい死に方ではなかった
でも意識不明になる前は普通のように見えたし正気にももどった、普通に陽気な性格だから笑っていたという、それも不思議なことだった
ただ意識不明になった一月はこんな状態だった
でも本人は意識がないのだから苦しいというのがわからなかったかもしれない

この項目で10くらいあてはまっている、とても成仏の相ではない

ある人は死ぬとき恐ろしい形相で

スシもってこい

こういったという、これも餓鬼の状態になった、何か死ぬとき以上に食欲とか性欲でもでてくることがある、最後の欲がその体の奥から噴出するのである。
つまり人間の欲というのはそれだけ強いものである。食と性の欲は死ぬまでもあるとなるこれは個人差が大きいが一般的にみんなそうなっているのだ
欲を断つことは一番むずかしいのである。

ともかく姉は悶絶して目が赤くなったりこれと同じ状態だった、でも意識不明なのだから苦しいとしても自分で意識していたかどうかわからないのである。
そして一カ月で死んだからである。
姉は業が深かったのか?普通の人間であり家には貢献した人だった
自分には一番良くしてくれたのである。

ただ確率的に一般的にこういう状態で死ぬ人が多いはずである。死とはこの世との欲とか一切のものを断ち切ることだから容易なことではないのだ
肉体が消失すること骨と灰となること自体がそうである。
だから生から死への変化は最も人間にとって恐怖なのである。
だからこういう変化があっても不思議ではないし一般的に死者を見ていればこうなっているだろう。

母の場合は2時間くらい留守にしているとき死んでいた、どういうふうに死んだかもわからないが第一2時間前は普通だったのだからそんなに苦しむこともなかったろう
もともとおとなしい性格であり穏やかに死んだとなる
姉は気性はものすごく激しいからその死に方も普通ではなかったともなる
母はいつも眠るように死にたいということを言っていた
それだけはかなえられたとなる、百歳まで生きた人は老衰で死ぬのであり枯れるように死んでゆく、その他の人はやはりこうした状態で死ぬのが多いだろう。
医者や看護師は死を見ているから確率的にもこういう状態で死ぬのが多いだろう
これはカルト宗教団体に入ってもいても同じである。
むしろこういう死に方の方が多い、祈っても無駄である。
そもそも根本的に誤った信仰であり根本的に欲は断ち切れないからである。
要するに宗教は人に恐怖を与えるものとしてある
その恐怖が故にカルト宗教団体から離脱できないのである。
宗教に呪縛されてしまうのである。それは幹部でも同じだからである。

母は別に信仰もなにもないし性格がおとなしいからそれが極端になると異常にもなる、
その人の性格は老いると極端化する、それが死のときも継続している
母の死に顔は安らかであった、でも姉の死に顔死んだときは安らかである
死んだときはやはり人間から肉の欲望が消えるから安らかになるのではないか?
死ぬ前の一カ月とかが苦しいのである、肉体が生きていれば苦しむからである。

いづれにしろ前に書いたものをまた再検討して考察を深めるのがいい
ただプログは記録しにくい、だからプログはもう一度再検討してまとめる必要がある。
ともかくインターネットは記録が消えることが最大の恐怖であり
今回のように書き込みが一つのバソコンでできなくなるとかそういう外部からの操作もされるから怖い、安心がないのである。

臨終の相にこだわる疑問

統計では70パーセントが安らかだったという、それは死後のことであ死ぬ前には苦しんでいるのではないか?
死ねば肉の欲が消えるから安らかなのである。死人は何か欲望することがないからだ
死人はだから害がないのである。
死ぬまでが問題でありその時は一般的に誰しもこのような状態になるのが多いのではないか?
肉体が消失して骨と灰になるとことはあまりにも変化が大きい
だからこそこれだけ苦しみやっと死んで安らかになる

2017年07月09日

認知症の最大の謎 (プライドが消えない)


認知症の最大の謎

(プライドが消えない)


認知症に接して最も不思議だったのは死ぬまでプライドが消えないことだった

なぜ認知症の人は怒りとなり暴力となるのか?

それはプライドが消えない、人間としてのプライドが最後まで残っている
だから「馬鹿にされた」ということに敏感に反応する

でも日常生活にも支障をきたすし現実に直前のことを忘れるなどまた痴呆の傾向もでてくる、とすると馬鹿にされてもしかたない状態になる
銀行に行って自分の金をおろせない、それで笑われた
それが笑い話ですまされているのならいい、当人はそれではすまない

馬鹿にされた

そのことが感情的なものとして残りそれがやがて怒りとなり暴力となる

自分が認知症になるまえは社会的にも家族的にも指導的な役にあった人はとくに不満が大きくなる、自分の姉は優秀であり一家の長の役割を果たしてきた、社会的にも活躍していた、それが一転して認知症になるとと馬鹿扱いになる、そうでなくても実際に普通の人のように生活できないのだからそう見られてもしょうがいなとなる

その不満が大きい、自分は社会的にも家族でも役割をもち働いてきたという自負がある。それが根こそぎ認知症になり無視され否定されることに耐えられなくなる
その不満が怒りとなり暴力となる

だから認知症の人を扱う時、このプライドが一番問題になる
プライドをそこねるような扱いをすると危険になる

あなたは社会にも家族に尽くしてきました、立派な人です

そういうふうに接しないと相手は満足しない、不満が爆発する
普通の知的障害者はこんなプライドをもたないだろう。
ただ盲人と聴覚障害者とか精神の病気でない人はそれなりにプライドをもっている
人間は誰でもプライドをもっているのである。
だからこれが認知症特有の問題ではない

でも認知症になるとそうしたプライドが根こそぎ否定される
最初親戚の所に行ってまだらぼけになったと言われたことを異常に気にして怒っていた
実際まだらぼけになっていたのである。でもそこでプライドが傷つけられたから怒ったのである。そうなると感情的にしこりができてしまう
それで演技でも元社長だった人は部下としてふるまうと喜ぶとなる

認知症を扱うのに一番の問題がここにあった、だからどう扱うは家族によっても違ってくる、自分の場合は姉は一家の長であり家を支えてきたのだから認知症になってももちあげていたのである。だからあとからは穏やかになったのである。
でもみんなそうできるかとなると家族の事情により違ってくるのである

認知症はそもそせ謎である。精神的狂気になって人間として通じなくなったのかと言えばそうでもない、確かに直前のことは忘れる、ただ忘れるという病気ならいいが痴呆になったのかということもある
ただ二人介護して認知症は時々正気にもどることを体験した
とすると人間として全くわからなくなったとも言えないのである。
その辺は生まれつきの知的障害者とは違うし扱いも違ったものとなる

認知症の最大の謎は人間としてのプライドが消えない、だからそのプライドを尊重しないといい介護はできない、でもそれが他人がするとなるとむずかしくなる
この人は痴呆となって馬鹿になっている人とだけ見られるといい介護はできないのであるでもそこまで介護するとなると介護する方も苦しくなり犠牲となる
現実に自分も鬱状態になっていたのである。

ただ認知症の症状は人によって違っている、激情的な人は激情的になるから介護しにくくなる、暴力にもなるからだ
ともかく認知症で一番気をつけねばならないのはフライドをそこねるようなことをしないことなのである。でもそれは非常にむずかしいのである。

2017年07月02日

危険な老人の熱中症


危険な老人の熱中症



外出時は、体への負荷が高まることに加え、汗で水分が失われたり、日差しや熱の影響を受けやすくなったりします。服装を工夫する他、水分や休憩を十分とって体を守りましょう。


年齢別では 65歳以上の高齢者がもっとも多く
2013年では 27,828人で全体の47%を
占めています。

 熱射病など入院して治療が必要な重症 

 けいれん 意識障害 高体温 手足の運動障害など

 熱中症を疑った時には、死に直面した緊急事態であることをまず認識しなければなりません。重症の場合は救急隊を呼ぶことはもとより、現場ですぐに体を冷やし始めることが必要です。



今回は救急車を呼ぶような状態だった、痙攣があり吐き気があり全体の体の痛みがあった対処方法として体を冷やすことが大事とあったからクーラーの部屋に寝ていれば良かったのかもしれない、緊急の場合どうしていいかわからないで失敗する
その時インターネットが役に立つ、前もそうして病気の対処方法を見て助かったことがある
人間は緊急事態に弱いのである。緊急のときかえって間違った対処方法をすることも多いのである。
前にも何度か熱中症になったがこれほどひどくはなかった
体が高温になっていたことは確かである。

それにしても曇った日でも危険である。特に10時から2時は危険だある、その時曇っていたので外出していた、自分はしょっちゅう自転車で外出している
動くないでいられないからだ。
ただ今回の熱中症で自分も老人になったと思った
老化現象としての熱中症だったからだ

ただ自分は筋肉は弱っていない、それだけ運動しつづけているからだ。
なんかこれで老人の仲間入りしたという感覚になる
暑いときはまず外出ができないからだ
健康年齢が70才というときそれが当たっている
個人差はあってもそれが平均的に割り出されているからだ

ただ夏は老人は家にいても熱中症になる、だから相当に気をつけないといけない
家のなかでも暑い所がありそこが危険になる、クーラーとかなくて老人が死ぬというのはそのためである。

こうなると秋になるのがいい、秋だったら外出しても熱中症にはならないからだ
老人にとって夏は危険であり外出もできない状態になる
老人は今日本中どこでも暑くなっている、自分の住んでいる所は涼しい方である
だからそれほど気にしていなかったのである。
こう考えると老後は気候がいいところが向いている
ここは気候的に向いていたのである。
北海道がいいとしても冬があるから厳しすぎるからだ

熱中症の怖いのは死ぬこともあり後遺症でパーキンソン病になっている人もいるという
自分は胃が直らずに吐き気がする、だから結構危険なのが熱中症だったのである。



2017年06月30日

日射病で痙攣 (すでに5、6回日射病になっている)


日射病で痙攣


(すでに5、6回日射病になっている)

今回の日射病はひどかった、痙攣したからである。体全体も痛くなった
ただ曇っているからたいしたことがないと出歩いていた
自分は一日自転車で相当に走る、近くでも何度も走っている
だから筋肉は弱っていないのである。

ただ体が弱くなったことはわかった、なぜ日射病になったのか?
汗が出なくなくなっているだ、それで汗をかいたら直ったのである。
老人は汗が出なくなる、代謝機能が弱ってくる
汗が出れば日射病になりにくいだろう
汗が出ない代謝機能が弱ることで老人は日射病になりやすいのである。

こういうふうになったのは二年前からくらいである。
それまではこんなふうにならなかったからである。
曇っていても紫外線が出ているし結構強いのである。
それで昼間は外を自転車で走っていて日射病になった

でも自分の場合は動きたいとなる、それが徒になった
なんらかの老化現象かもしれない、ただ若い人もなるから体質的なものかもしれない
自分はもともと暑さに弱かったからである。

ともかく以前としていろな難がつづく、老化するというとき体の難が起きてくるのが辛い自分は筋肉はそれほど弱っていない、絶えず自転車で動いていたからである。
ただ日ざしを受けると弱くなっている
そうなると日中は出れなくなる、すると運動不足にもなる

特に、乳幼児と高齢者は熱中症になりやすいとされています。汗腺が少なく汗が出にくいということに加え、体温調節機能が低下しているため体温が上昇しやすいからです。

こういうことはある、老人は熱中症になりやすいのである。
だから暑いときは危険になる、注意が必要である。

2017年06月15日

認知症のリスクも増加!? お酒を飲み続けると脳が萎縮って本当? 「アルコールが脳に悪いことはまちがいない」


認知症のリスクも増加!? お酒を飲み続けると脳が萎縮って本当?

「アルコールが脳に悪いことはまちがいない」


20〜30代は浴びるほど飲んでいたそうです。過去に飲んでいた経歴が40〜50代になって出てしまうこともあります。

毎日の飲酒は認知症の原因に?脳の萎縮を防ぐアルコール適量とは


 認知症の原因は本当のところはわからない、最近気になったのが認知症はすでに20年前からはじまっているという記事である。
80才でなるとしたら60才から認知症になる原因が作られていたとなる
さらに40代からも20代からも認知症になる原因が作られているという。
そんなに前から認知症になる原因が作られているのか?
それはどういうことなのか?

これを認知症ではなく一般的なこととして60代の老後のことを今は盛んに話題にされる高齢化社会だからである。
ところが60代から人間が変えられるのかというとむずかしい、人生はそれぞれ継続であり積み重ねたものである。特に老人は何でも経験したものとして結果が現れるのである。
金の問題も老後には大きいがこうして積み重ねてきた人生が60すぎて新たに変えられることはできない、継続であり結果でありもう変えられないというのが老人なのである。

それは人間の体にも影響している、酒を飲みつづけると何らか体にも特に酒は脳に影響している、なぜなら素人でも脳を麻痺させることはわかるからである。
脳が麻痺するということは一時的に正常な状態を失うことである。
それは明らかに脳が正常に働かないのだから脳が損傷しているのである。
酒を飲み続けることは脳を損傷させるということは理屈的にわかりやすいのである。
もちろん肝臓とかも酒を飲み続けると弱ってくる
習慣が人間を作るというときそうした悪い習慣も人間を作っているのである。
それは心身共にそうである、だから病気というのは生活習慣病とか日頃の積み重ねの結果として現れる、ただ遺伝病がありすべてではない、でも明らかに心身ともに60以降にその人の人生の結果が心身ともに現れやすいのである。

ただ別に酒を飲んでいなくても認知症になる人はなるから酒がすべての原因ではない
でもそもそもなぜ20年前とか40代とかに認知症になる原因があるというのだろうか?
生活習慣病からすると実際に公務員とか先生とか裁判官とかは認知症になる率が大きいのである。とするとここにも因果関係があるのかとなる
こういう仕事は何か創造性がないからだという、決まりきったことをしているからだという、それが脳の働きに影響しているから認知症になるとなる
生活習慣病として認知症になるということを統計的に見たのである。

例えばデスクワークしている人は猫背になりやすいというときそういう姿勢で長年仕事してきたからだという、それも生活習慣病なのかとなる
そもそも日本人の姿勢は体型は良くない、短足であるので何かそこが日本人の特徴であるそれは長年正座するとか無理な姿勢で暮らしてきたからそれが日本人の足を短くしてきたとか米を穀物を食べるために腸が長くなりそれが体全体に影響して短足になったという説もある、それはそういう生活習慣が民族的習慣でありそれが受け継がれて短足になったともなる、風土とかにも適応して人間も作られるというのはある

自分の姉が認知症になった原因は明らかに20年前にその原因を作っていた。
退職してから家事もなにもしない、自分にあったこともしない、看護婦をしていても退職して以来そういう関係も何もしていない、いつも食事も用意する人がいたから何もする必要がなかったのである。料理も何もしないのである。
なまけものになっていたのである。知的な活動もしない人だから頭も鈍化したのかもしれない。だから生活習慣病として認知症になるというのはある。
ただ退職する前は公務員であり結構頭を使っていたのである。
たから公務員だから認知症になるとも限らない,ただなりやすい傾向はある

いづれにしろ人間は後天的に作られるものである。先天的なものも大きいが人間の特徴は長く生きるから後天的な影響とか環境因子が大きく作用するのである。
才能がないにしても何か60以降になり華開くということがある。
自分はそうだった、第一本を読んでも理解できないことが多かった。
それが即座に理解できる、本を全部読まなくても拾い読みして深く理解できるのである。それだけ理解力がついたとからだともなる

いづれにしろ酒を飲むことは明らかに脳にとってはダメージである。それが積み重なれば余計にそうなる、脳の働きが悪くなり鈍化してゆくことはさけられない
酒は少量でも影響が大きいかもしれない、自分は今はビールでもコップ一杯でも酔うからである。酒を飲まなければそうなるのである。

人間は生まれつきの差も大きい、でも人間の特徴は心身ともに後天的に作られる度合いが大きいということである。経験でも恐るべき危機を脱出したとか何か大きな経験した人はその後の人生にも影響する、何かのきっかけで人間は大きくなる
それはその人の先天的なものではない、後天的なものとして心身を作っているからだ。
だから才能ある人でも体の丈夫な人でも酒を飲んだり不摂生したり努力を怠ればそれが心身に影響して自分を活かせないのである。
天才は例外でありそれはまねできないから参考にはできないのである。

だから教育というのは本当は相当に影響するし人間を作るともなる、なぜ侍が優れていたか?それは知識だけではない文武両道であり江戸時代の社会なのかでエリートとして作られていたからである。それで明治維新を成したのが侍がいたからだとされる
今は教育はない、教育はその社会全体で成すものであり学校だけでは成し得ないからである。結局自分を教育するのは自分しかなくなっているのが現代である。
他人の人生はいくらその人が優れていても他人の人生なのである。
自分の人生は自分で作り上げる他ないのである。

ただ大学でも個性があるのか?慶応ボーイと早稲田のバンカラとかそこに学べば校風に染まるということも環境因子なのである。朱に染まれば赤くなるということは常にある。
だから本でもくだらない本を読んでいたりテレビとかの漫談とかばかり見ていたりそういうことも難でもないようでも積もり重なって人間の心に影響してくるのである。
テレビは洗脳のメデアだから自分で考えることができなくなる
だから極力テレビを見ないとか自分に課さなければ酒と同じようになるのである。
それも麻薬なのである。酒なのである。人間の心を麻痺させているのである。
それが認知症にも通じるとまでなるから怖いのである。

でもなぜこれほど認知症が増えてくるのは解せないということもある
何が原因なのか?生活習慣病もあるが何か他の原因があるのか?
薬で治せるようになるのか?脳の損傷があり薬で直せるならやはり遺伝的なものもあるのか?
認知症は本当になんといっていいかわからない不可解な病気なのである。
自分が経験したことでは正常心をもつことがあり我にかえる時がありそれが一番不思議なことだったのである。

2017年06月06日

延命治療の中止の判断のむずかしさ (人間は意識があるうちは生きている)


延命治療の中止の判断のむずかしさ


(人間は意識があるうちは生きている)


それでは機械の「認識」と人間の「認識」との違いは何かと問われると、それは正に「意識」を定義できるかどうかという問題に帰着するのではないでしょうか。

コンピュターではどうしても意識をもたせることができないという、そこが人間と機械との根本的相違である。意識があることが人間であり機械はその意識をもつことができないそもそもでもこの意識と何なのかというときまたむずかしい。

私の意識が大宇宙を感じ、地球を感じ、妻や子を感じ、親兄弟を感じればこそ、それらのものは存在できたのです。その意識が無くなれば、その瞬間すべてのものは消え去ってしまうはず・・・!?

意識のなぞは死んだら意識がなくなる、死者は意識をもっていない、灰となり原子となり消えたとなる、死者が生者を見守っているというとき生者がそうして死者に意識をもたせているともなる、死者が果たして意識をもって見守っているのかとなる

自分の肉親の死で感じたことは認知症の不思議は以前として意識をもっている
時々正気にもどる、正気の意識をとりもどすということである。
誰か息子でも娘でも意識できないこともあるが意識することもある
記憶障害になっても意識は存在して誰かを認識する、それが死ぬ前に正気になることがあるのが不思議なのである。

身内を二人を看取ったが一人は典型的なアルツハイマー型認知症だった、激情的な人だったから暴力的にもなった、そういう人でもその人が意識を失った訳ではない、ずっと自分が誰かを意識していた、ただいろいろなことがわからなくなっていた。
そして最後に意識不明になる前に何かこれまでの事情を察してうなづいたのである。
いろいろ暴力的になったりして身内でも不信感をもっていたが敵対的な感情がなくなり
しゃべらなかったが何かを察してうなづいた
そしてすぐに一カ月間意識不明となり死んだ
意識不明となったときもう何も通じない、完全に死んでいたと同じであった
ということは意識があるうちは人間は生きているのだ
意識がなくなったとき人間は何であれ死んでいるのである。
だから植物人間は意識がない、体が生きていても意識がないから死んでいる状態なのである。
もちろん植物人間から生き返ったというとき意識を取り戻したということである。
植物人間の状態ときは死んでいるのである

もう一人は百歳まで生きたけどひどい認知症ではなかった、だいたい90以上になると半分は認知症になる、認知症の症状も様々ななのである。
そして死ぬ一カ月前とかに孫が一人いてその人に金をやれと自分に大声で言ったのであるそれには驚いた、離れているから自分は関心がなかった。
でもそれが遺言であり孫には言われた金は払ったのである。
最後の言葉は重いものとなるからだ、払わないとしたら死者に恨まれるともなるからだ

ともかく人間の最後をどうするかとなると家族でも死ぬ人自身も苦しむ
死の側面は社会関係とか家族関係とかの中の死がある
それと同時に死そのものがある、人間が死ぬということは社会関係とも家族関係とも関係ない絶対的死がある、これはまねがれないのである。
もう一つは社会関係としての死がある。社会的に一個の人間が消滅するということである家族関係の中で親兄弟と息子娘と孫とかと永遠に別れることである。

不思議なのは社会関係とか家族関係とかの中での死というときすでにそういう人が生きながらいる、天涯孤独の人はすでに家族関係がないのだから家族関係の中の死はないのである。社会関係でもすでに社会から見捨てられた人はもう社会関係の中で見捨てられて死んでいる、そして孤独死となる、だから何々の関係、人間関係の中ですでに生きながら死んでいる人はいる、それとまた絶対的死は別なのである。
この世の人間関係が切れることが死なら生きながらそうなっている人は結構いるからだ

だから死とは何なのかとなる、それは明らかに意識の消滅なのである。何かを意識することがなくなる、それが死なのである。人間関係でも親兄弟があり娘息子がいて孫がいて友達がいて意識できなくなる、何か花を見ても意識できない、自然を見ても物を見ても意識できない状態が死なのである。だから逆に意識がある限りは生きているとなる
つまり社会関係や家族関係がない仙人のような人がいたとしてその人は以前として生きているのである。自然でも意識をもって見ているからである。ただそういう人も意識がなくなれば死んでいるのである。

この人もう生きていても苦しむだけだから死なせた方がいいという判断をするときむずかしいのは苦しんでいても意識があるうちは生きているからだ
だから意識がなくなったら死なせても何の問題もないのである。
自分の身内の一人はうなづいた時は言葉を発しなくても意識があり生きていたのである。でもそのあとは目は死んで意識不明になったのである。何にも意識もできない状態になったのである、この時は死んでいたから延命治療しても無駄であり死なせても良かったのである。

いづれにしろ人間の最後をどう迎えるかはむずかしい、ただ全体的死から救われるとしたら信仰しかないのである。人間は死なないという永遠の命のあることを信じる
それがキリスト教だったら根本にあるからだ、肉体は死んでも必ず蘇るという信仰である絶対的死はまねがれえない、ただ社会関係家族関係の中での死は死そのもの絶対的死とはまた別なのなのである。
結局死は社会関係家族関係からの離脱でもある、いくらこの世の関係に執着しても遂に死をもって断たれるのである。

2017年06月04日

破獄」のドラマを見て・・犠牲となる看守と介護殺人 (子供の貧困は高齢化社会の問題でもある)


破獄」のドラマを見て・・犠牲となる看守と介護殺人

子供の貧困は高齢化社会の問題でもある


「破獄」というドラマだけどそれはまさに現実に起きていた「昭和の脱獄王」をドラマ化したものだった、たからリアリティがある
ドラマでもそれを見る目は一部でもいいからリアリティを経験から感じることである。
このドラマでリアリティを感じたのは看守だった若い人がこの脱獄王を見張るために
労力を費やしていた、それで家族ともゆっくりできないとかなにか大きな不満があり
その脱獄王に襲い殺そうともした
「お前のために犠牲になっているんだよ」とか叫んでいた
この看守は戦争になり死んだがこの脱獄王は戦後も生き延びたのである。

お前のために犠牲になっているんだよ」

このことが他でもある、それは介護でもそうである。介護殺人が起きるのは親でも子が犠牲になるからである。何かしたいことがあってもできなくなる
脱獄王を殺そうとした看守もそうだった、お前みたいもののために俺の人生は犠牲になっていると殺そうとしたことは介護殺人でも起きているからである。

こういうことは障害者をもった親にもある、その負担はあまりにも大きいからその家族はお前のために犠牲になっていると殺したくなる
そうしして実際に障害者を家族でなくても世話する若者が大量殺人にいたった
それはあまりにも凄惨なものである。

何かそこには俺の人生がこんなもののために犠牲になっていいのかということがある
こんな何も役立たないもののために労力が費やされることに耐えられなくなった
看守でもこんなろくでもない犯罪者を看守するだけの仕事が嫌気がさしていたのである。
こういうこもNHKで放送していたけど子供の貧困とかでもある
なぜ老人のために子供に金が回らない、すると老人は早く死ねと若者は叫んでいるからだ子供の貧困とか教育費に金がかかるとかは実は高齢化社会がもたらしている側面がある
団塊の世代でも今までは生産する側であったからよかった
それが今度は大量に非生産的なものとして社会の負担になるからだ

だから今度は老人のために俺たちの人生が犠牲にされる、老人は死ね

こうなっているのだ。もし60代くらいで老人が死んでいれば新陳代謝が行われこういうことはなかったかもしれない、その分年金をはらわなくてもいいからだ。
すると若者の負担もないわけである。
それは結局高齢化社会がもたらした負の面なのである。
中国ではすでに親は子に捨てられて自殺している人も多い、社会保障もないからだ。
その息子娘でもその子の教育に金がかかると親には手がまわらないのである。
それで親が捨てられてゆくから高齢化社会の問題は世界共通なのである。

正直自分も10年間介護して時間がたちまちすぎてしまった
ただ自分は親を恨んでいない、やりたいことをやらせてくれたし恩返しでできて良かったと思っている、でも若いときに介護させられていたらこうはならなかった
親戚の人が病気になったとき自分は輸血を頼まれたりしたが断った
その時登山に行って異常に疲れていたからである。その人は自分を恨んで死んでいった。でもその時激しい運動である登山をして良かったと思う
そのあとなかなか登山でもできなくなることがあったからだ
介護とか看病であれ何かしたいことができないということは若いときだったらその時にしかできないことがあるからその機会を逃してしまのである。
介護の問題は最低でも五年かかるし二人だと十年になる、もし一年くらいの看病とかだったら耐えられるかもしれない、その時間の長さの犠牲が大きいのである。

まず普通の社会だったら子供優先である。若い世代が優先になる、なぜなら未来を作るのは若い世代だからである。老人はもう死んでゆくだけだとなるからだ。
その老人に国の予算で費やしていたら国自体が衰退してゆくのである。
それは生物の理にかなっていないのである。
ただ高齢化社会は人類で今はじめて直面した問題なのである
だからその解決方法は今模索されているのである。
それが今子供の貧困とか若者の負担となっているが高齢化社会はこれからも続くし人類的課題なのである。
人類はどこの国でも高齢化する、そのことを否定はできない、それで高齢者は死ねということはその課題の解決ではない、なぜなら今の若い世代も同じ課題に直面するからである

だから高齢者は高齢者でどうして子供の貧困をなくすか、若い者の負担を減らすかを考えねばならないのである。そういうことが高齢者世代にもないことも問題なのである。
いづれにしろ医療でも進歩するしますます人間は高齢化するからこれをとめることはできないしこれも進歩だとなる、高齢者を抹殺しろと言ってもそれでは人類はその進歩をとめることになる、これからもずっとやはり長生きする時代だからどうしても高齢化社会が常態になるとしか思えないからである。
90くらいが女性で平均寿命になるが男性もやがてそうなる
だから人生90年として生きる心構えをもつことが必要なのなのである。
それは若いときからそうである。自分は60で死ぬと良く若い人が言うけど今の若い人は確実に90まで平均的に生きる、癌でも病気も治すことができくようになるというからそうなるのである。それは悪いことではない、ただ社会全体の歪みをもたらしていることでその課題を解決する必要がある。それがどういうものか模索される時代なのである。



2017年05月29日

高齢化社会で買物難民が深刻になる (移り住んだ小高の老人が買物に困っていた)


高齢化社会で買物難民が深刻になる


移り住んだ小高の老人が買物に困っていた

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ここは空家ではなかった

買い物弱者、全国で高齢者700万人と増加。栄養状態の悪化も・・



街中の空き地が多いなかにあった家はてっきり空家だと思ったが空家ではなかった
手押し車に座ってばあちゃんがその前で二人話していたのである。
それで聞いてみてわかった、寺内の方に一時的移り住んでいるだけでありここにもどってくるという、だから庭の手入れに来ていた
それでも6年すぎたとか本当に空家の感じになっている
ただ庭は手入れしていたから荒れなかったのだ
こういうふうに空家でも時々帰ってみている家が近くにもある、だから荒れた感じではない、他にもまだそういう空家を知っているからだ。
でもこの家はいかにも外の壁がはげ落ちたり空家だと思った

そのばあちゃんが二人で話していた。一人は最近この辺に新しい家を建てて移り住んだ人だった、小高の人だった、家族で移り住んだ、だから家が狭いというとき曾孫とかいて五人いるからである。でも庭はもう一軒家が建つくらい広いのである。
その人が言うには買物に困っているという
近くに店もなく困る、シシドスーパーまで手押し車でも行ったという
そうなるとかなり遠いのである。それで買物に困っている
近くの食堂でオカズだけ売っているというのも意外だった
回りには買物する場がない、魚など売りに来るんだよとかも言っていたしキクチスーパーで頼めばもってきてくれるよとか言っていた

小高の人の話を聞くと七回転々として移ったという、そういう人は多い。
そうなると老人にとっては負担になっていて体を壊した人もいるかもしれない
関連死というものがかなりあったからだ
小高のばあちゃんは何か風呂に入るときなど気をつかって嫌だという、そのことをしきりに言っていた。家族と一緒にいるからいいとういものでもないらしい。
何か家族でも外孫だとかなんか気を使う事情があるみたいだ
家族と一緒に暮らしていても今は老人は暮らしにくい事情がある
そうなると家族のなかでも孤独だともなる

あそこにいたばあちゃんは土地の人だからくわしい、駅の掃除をしているんだよとも言っていた。商工会関係でしているんだよと言っていた。駅とかかわる人がいる
この前は花を植えていた人がいるから地区として駅にかかわっているのである。

あそこの空家と思った地域は五六軒家がなくなり空地化したけど実際は土地を求める人が多いから家がまた建つらしい、つまり鹿島区では外に流出した人はそれほどない
鹿島区内を移っているならそうなる、それより小高とか他から移り家を建てた人もいるし今は浪江などの人たちが復興住宅に移っている
だから人口は減っていないだろう、むしろ多少は増えている

小高のばあちゃんは携帯電話を持っているのだが使いにくいとか台所でも電化しているので使いにくいと言っていた、それもわかる、年寄りは機械の操作が苦手になるのだ。
でも携帯などないと今の生活はできなくなる、それで自分の母親も九二歳で携帯を覚えたのである。もう一人の地元の人は九二歳の人だった、郵便局に勤めていたとか言うことがまだはっきりしている、頭の回転が早い、ただ今は九〇歳などざらにいる
その二人は十分に話できる、近くのことでも自分も老人だから話して通じていた
お互いに古いことを知っているからである。

いづれにしろ買物難民が意外とこれから深刻になる、街内に住んでいても近くに店がないすると手押し車で行くとなると例えスーパーがあっても遠いのである。
だからその人は小高にいたとき九人乗りのタクシーとか予約して買物などしていた
何かそういうものが明らかに必要になってくる、配達してくれるのもいいがそれではたりないからである。
これは全国的な問題である。老人が増えてくるからそうなる
都会ですら東京のようなところですら近くに買物する店がないのである。
高齢化社会というのはだからかえって昔のように近くに店があるのが暮らし安かったのである
結局度々書いているように車社会になった結果として近くに店がなくなりそれが高齢化社会になり不便なものとなって老人にしわ寄せがきている

買い物弱者から栄養事情の悪化

生鮮食料品店までの距離が500m以上 かつ自動車を持たない人を買物困難者としている。
(METI/経済産業省参照)

さらに75歳になると、多くの場合、体力がより低下し始める。団塊世代は、10年後、75歳以上となり、自ら運転できない人口が一気に増え、先に述べた行動範囲が狭くなってしまうのだ。

コンビニがその代わりになるとしても五〇〇メートル以内にはない、その付近にはコンビニはない、パンなど売っているところがあるにしても生鮮食料品となるとつまり野菜とか果物とか魚類がない、魚屋がなくなっているからだ
ここには一軒魚屋があるが遠いのである。
要するにこれも車社会の歪みが生れてこうなってきたのである。

何か高齢化社会でかえって重要になってくるのが近隣なのである
近隣に買物ができて用をたせれば暮らし安い、昔はそうなっていた
そして隣近所で助け合うとういこともあった
一人暮らしとかでも隣近所がみていてくれると助かるとかある
介護でも隣近所が少しでも気づかってくれるとかだと助かる
特に認知症の人のいる家族はそうである。何かと迷惑になるが近くで見ていてもらうと助かるとなる

結局高齢化社会で今までも車社会の構造がかえって不便なものとする、老人には生きにくいものとなる、それは車社会というのはもともと高度成長で若者向きの社会だからであるバイクでも何でも吹っ飛ばし快感を得るのは若者なのである。
それが老人になると全く違った感覚になる、歩いて行ける範囲が便利だといいとなる
第一手押し車なのだから500メートル範囲内でも遠いとなるからだ
自分は十年間介護したから老人を世話したからそういうことを身にもって感じていた
車社会は車をもっているものでもそれが使えなくなったとき社会的弱者に転落するのである。
だから老人に住みやすいとなるとき車を使う社会ではなく歩くと近くで暮らしやすいことなのである。それはまた昔は不便だというけど昔にもどるということにもなる
それは江戸時代のことを書いてきたがここでも同じなのある。

タグ:買物難民

2017年05月26日

南相馬市の10年後2030年の恐怖 すでに南相馬市では65歳以上が33パーセント


南相馬市の10年後2030年の恐怖


すでに南相馬市では65歳以上が33パーセント

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2030年には約1.8人で1人を扶養することになることを意味している。

首都圏以外の地方経済はますます地盤沈下が続き、行政サービスを維持できない限界集落が急速に増加。車を運転できなくなった高齢者世帯は、買い物難民・通院難民と化している。地方自治体は、経済特区による企業誘致やサービス効率化のためのコンパクトシティなどを推進しているが、税収不足もあって思うように進まない

日本の大企業は年間1200社ペースで減っている。このまま進むと、あと15年程度で大企業はなくなる。これは大企業の税率が高いためで、先日1200億円の資本金を1億円にしようとしたシャープも、税金を何とかやすくしたかったからの奇策だった。


南相馬市の65歳以上人口は29.4%(19072人/64941人)、実人口ベースで33.2% (16485人/49664人)となった。

介護負担が大きい郷里に戻ることを躊躇する若年世代が増えることが予想される。



インターネットで調べたら何か2030年の未来像がイメージできた。

日本の大企業は年間1200社ペースで減っている

10年後にそうなのとなるが現実に東芝やシャープとか電器関係でそうなっている
あんな大企業だったのが消滅するなど考えられなかった
大企業が安泰ではない終身雇用などもうなくなっている
大企業から革新的技術革命がないというのもそれに呼応している
でも今でも大企業信仰があり受験でもそのために勉強している
するとそうした旧来の勉強方法とか安全志向とういうかそういものを目指していても
無駄だとなる、darkness duoでは盛んにそのことを言っている。
ただそれが10年後というのは早いと感じるが現実に大企業が没落しているのを見ているからそうなのかとなる
そもそも年間1200社の大企業が減っている?こうなったら日本社会自体が崩壊してゆくような恐怖になる、統計だけからはわかりにくいものがある。
数字だけが先行して内容がよくつかめないからである。
ただ大企業が日本の屋台骨であったからその影響は計り知れないとなる

南相馬市とか原発事故周辺は何かそうした日本の衰退を先取りした極端化した地域であるただ奇妙なことは補償金で例えば飯館村とか葛尾村でも一般的に倍の所得増加に今はなっているのである。この辺は補償金バブルになっている
それがいつまでつづくのか、5年なのか10年なのか?その頃に補償金の貯えもなくなってくる。すると仕事がこの辺になるのかとなる
浪江町から復興住宅に南相馬市で2000人くらい移住しているかもしれない
南相馬市ではそういう人たちを人口に入れていないから実際は南相馬市の現在住んでいる人は外部の工事関係者も入ってきているので減っていないのである。
鹿島区の人口はそうした浪江とかの移住者がいて増えている、ただ戸籍がないから人口に数えられないだけなのである。

高齢化でもこの辺は極端である、33パーセントとはすでに2030年の日本と同じなのである
車を運転できなくなった高齢者世帯は、買い物難民・通院難民と化している。

今でも80くらいの人が運転している、これも運転するのが危険になる、90歳でも運転しているのが田舎の実情なのである。これもだから危険になる
車社会は高齢化社会に向いていないのである。そこで何らかの対策が必要になる
高齢化社会向きのインフラ整備が必要になる、鉄道などやバスの利用が必要になる
仮設住宅から小型のバスが出ていたり9人乗りのタクシーとかそうしたものの利用を促進する必要がでてくる

介護負担が大きい郷里に戻ることを躊躇する若年世代が増えることが予想される。

若い世代の流出というとき何か姑と一緒にいるのが嫁が嫌だから出る、それに文句は言えない、放射能のことをもちだせば何も老人は言えないからだ
すでに若い世代との生活は別になっているのだ
原町の復興団地に入った人は子供世代は東京に出た、多摩地区だとか言っていた
すでに孫は六年がすぎて中学高校をそこで学んでその土地に就職した
妻もそこで暮らしているという、その人たちは帰ってこないのである。
そこは川崎市であり川崎市は人口が増えている
ボランティアで来た人がいたけどこの辺とは全然違った都会である。

武蔵小杉が住みたい街に選ばれるのは訪れた人がみんな街の雰囲気の良さに圧倒されるんだよ。 
住民が若い!! 
日本中で見かける手押し車の婆が武蔵小杉では全部ベビーカーの若い女に変わる。

川崎市とか横浜市は人口が増えるが埼玉とか千葉は減少してゆくことはやはり距離の関係だろう。川崎市は東京に40分とかそれより近いからである。

この辺で乳母車を押している人より手押し車押している老婆が多い
65歳以上が3割ということは三人に一人が65歳以上なのである。
老人と会う確率がそれだけ多いのである。若い人がみかけるのは駅で高校生であり
通学の中学生と小学生が駅前を通る時くらいである。
あとは老人が多いのである。
その相違は大きい、団塊の世代が子供時代は子供であふれていたし若い人の熱気で満ちていたのである。

この辺は何か何でも極端な現象として現れている、ただ東京でも高齢化の増加率を見ると一番高いのである。東京ではだから伊豆に杉並区が老人ホームを作ったようにそこにうば捨て山のようにして入れる、都内だと土地が高いとかで作れないからである。
この東京の高齢化も大きな問題となる。その数が多いからとても東京だけで解決しなくなっているのだ。
でもそうした過疎地域に老人ホームができても活性化するかとなると問題がある。
そもそも老人の介護を若い人がするのが向いていないのである。
なんか死んでゆく人間を若い人が見ているのはそぐわないのである。
もっと別なものにそのエネルギーを費やすべきだと思うからである。

いづれにしろ2030年というとまだ自分も生きている可能性が確率的に大きい、その時のことをこの辺の実情から見ると恐怖になる
今は震災バブルのように補償金とか工事関係者とかで活気がある。でもそれも減ってきているし2030年になったらどうなるのか?
相当にさびれてしまうだろう。
そして今でもそうなように病院でも看護師不足とか介護士不足とかが深刻なのである。
すると救急車も来ないとか病院に入院できない、施設にも入れないとかなる
それは全国的に起きてくるがこの辺は極端でありさらに深刻になる
そして流出した若い世代はもう生活が別になり介護したくないとなり余計に帰ってこなくなる
つまりうば捨て山のようにこの辺がなるかもしれない、それだけ取り残された老人が多いからである。

ただ自分は都会には性格的に向いていない、田舎で精神が安定する、だから別に都会のような便利な生活を特にしたいとは思わない、今は通販などあるから文化的な面でも本でもそれから映画でもアマゾンで安く見れるのには驚いた。一回の視聴だけど安く見れる
こうしてインターネットは東京との文化格差を縮小したのである。
むしろ文化というとき何度も言っているけど地方からしか起こらない、自然から離れて文化はないからである。
ただ又同時に田舎でも都会的なものが必要なのである、活気をもたらすためにはやはりまた老人がこれだけ多いとなるとアンパランスになるのである。

年金30パーセント減額

消費税20パーセント

預金封鎖?

何か経済的にも老人には厳しくなる、物価が上がることは年金とか貯金の人は苦しくなるからだ。
何かいい未来は見えてこない、とういうより老人は未来より過去に生きているのでまた別である。
ただこうした10年後でも予測はどうなるかわからない
もっと深刻になるかもしれないしまた何か別なことが起きて違った未来になっているかもしれない
ただ人口的な面から見る未来はやはり現実をリアルに反映する
避難区域で二割にくらいの人口しかもどっていない、それも半分以上は老人である。
それは町や村が存続できるかどうかの瀬戸際になっているからだ。
だから10年後も生きるとしてその時生きているのはこの辺では相当に厳しいとイメージする
個々人でも肉体的に厳しくなる、それに追い打ちをかけて回りでも老人には厳しい環境になっているからだ

2017年05月24日

老人の「救世主症候群」で詐欺にあう (老人の生きがい、社会的役割喪失がそうさせる)


老人の「救世主症候群」で詐欺にあう


老人の生きがい、社会的役割喪失がそうさせる


羽鳥慎一モーニングショーで老人か「救世主症候群」になっていることを放送した
老人が話し相手もなく社会的役割もなく孤立している、そこで相手のために何かをしてやりたいとなりだまされる、そこに会話があり何か頼られているとなり感謝されるから
だまされる、その老人の心理を功名につくのがだます方である。

これも現代老人の問題を象徴している、老人は暇で金ある人もいる、金もなく困窮している人もいるし様々である。一般的には暇であり健康であるが家族でも社会でも用なき人となりただ無駄飯食べているだけの人に見られる
老人はただ若者の負担なんだよなとなり早く死ねとかなる
それで若者を困っているのを見て同情するのが人のいい老人だという
その老人もある程度金に余裕があるからそうなる
金があってもどう使っていいかわからないとも言っている

確かに家族から社会から役割がなくなるとき自分が家族で経験したことはそういう人が認知症になりやすくなるから恐怖なのである。
人間はやはり役割がなくなる家族のなかでも社会のなかでも役割が仕事がなくなるということは無用の人となることである。
無用には無用の意味があるが人間は生きがいが必要なのである。
だから家族の中で90すぎても家事をしていた人はボケないで何でもしてもらっていた家事もしない、退職して社会的役割がなくなった女性はぼけたのである。

認知症の原因はわからないにしてもそうして家族でも役割がなく社会でも役割がなくなると頭も働かないし生きがいもなくなりボケやすくなるのだ
だからこれから認知症が増えてくるかもしれない、すでに何百万人が認知症になるという時代である。それも社会の負担が増大するのである。

そもそも高齢化社会というのはみんな経験していないのである。高齢なにることも未知の世界なのである。
小高の人は75歳くらいなのか話して面白い、何か気があう人である。
体も73歳くらいまでは60代の延長である。60代はまだ青年だとか言っていた
体の面からすると73くらいが限界らしい、その人はやはりふけていて足と首が痛くなっている、自分もだからそろそろ苦しくなってきている、ただ後2、3年は60代の延長であり
60代は今は老人ではないのである。本当の老人は後期高齢者の75歳だなと言っていた。
でも80までは生きることはイメージできる、90までもなんとかできるが100まではできない、確かに100までとなると本当に未知の領域になる、90まででもそうだろう
つまり人間はそうなってみないとわからないからそうなるのである。
高齢化社会はそれぞれがその年齢を生きることが未知の世界なのである。

「救世主症候群」とはボランティアをしたいということにも通じている、何か社会の役にたちたいということである。何か自分が存在している意味を見いだしたいということである。そのことが老人になると強くなってくる、一人暮らしとかなると余計にそうなる
話し相手もなくなるし淋しいとなるからだ
それは自分も家族をみんななくしてから感じている、それで今までは人と話しなかったが話するようになった、家に誰いずガランとした家にいることが淋しいのである。
ただ二世代所帯でいたという82歳の女性は息子がかまってくれないとかで淋しいから携帯のメールに答えて詐欺にあっていたのである。
だから家族と暮らしているからといってそれでたりるとはならないし満たされないものがあった

無人駅のボランティアをして自分で実際にこれは奇妙にいつも思っているのだ
こんなことをしている自分が何なのだという奇妙さである。
盲人が一人が通勤しているのかなにかわからない、その人を導いてやる
遠くから来た人の道案内をしてやる、意外とあそこでわからないのがタクシーの番号なのである。入り口に番号を書いたのが張ってあるのだが気づかないのである。
それで前の自転車屋とお菓子やに行って聞いていた
そしてそこからタクシーに乗った人がいる
自分はそのタクシーの番号を教えるときがある
それから近くの食道も駅からわからない、看板があるが見えないのである。
それを教えたら行きと帰りにありがとうと言われたのである。

意外と駅ではちょっとした案内をするとありがとうと言われる
こんなにちょとしたことでありがとうと言われることを自分は経験していない
人にありがとうと言われたことを経験していないのが自分である。
おそらく消費者は王様だというときいつもありがとうと言われる立場にあったからかもしれない、そんなちょっとしたことでありがとうと言われるのか意外だったのである。
ただ今はスマホでそういう情報を見ている、でもそれだけではたりないことがある
やはりどこでもすべて機械ではすまされないのないのである。
何かかにか用がある、例えば今は田植えでも機械でしている、ところが機械でできない縁(へり)は人間でしているのである。
また中国でコンバインで麦刈りをして出稼ぎ者の仕事がなくなったがコンバインが麦刈りできない平坦な土地でない所は人間がしていたのである。
つまり人間の仕事は必ず中にあり機械だげではできないのである。

ともかく老人はありがとうと言われたことがない、感謝されることに飢えているというのもわかる、そのことは用がないということである。
そこで救世主症候群が生れる、助けてやりたいという感情である。
その感情にだまされてもそれがだまささたとも思っていないというからそれだけ自分が他人に何かしてやったという感覚になってるしそうしたいということである。
だから老人のボランティアが多いけどその人たちは何か助けてほしいという要望よりボランティアをしたいという老人の数が膨大になっているのだ
それがないそれがた見つけられないということでそうなっている
ただあらゆる仕事は誰でもいいということはない、適性が必ずあるからだ
そこがボランティアのむずかしさである、いくらボランティアしたとしても仕事している人にとっては迷惑になる場合だってあるからだ
だから意外とボランティアでもそういう仕事が見つけにくいとなる

つくづく何で道路の側の何か金属片のようなものを探していたボランティアがいた
その人は道路公団を退職した人であり道路のことをいろいろ言うのもそのためだった
そんなことしているのもそのためだった、つまり退職した結果仕事がなくなり
道路公団の仕事をしていたから今はボランティアで道路の掃除のようなことをしていたとなる、人間は人生で今までしてきたことにこだわるからそうなる
道路公団で勤めていたからその延長として道路に関心があり掃除のようなことをしていたのである。

いづれにしろ高齢化社会というとき社会全体でもそうだが高齢になること、90までも生きるということが未知の世界なのである。それが優れた人が90まで生きるというのではない一般の人が普通にそうなってゆくのが高齢化社会なのである。
未知の領域だから社会的にも個々人にも問題が起きる
でも老人になったからといって何か急に変わるわけではない、人生は継続であるから老人の生も今までの継続としてあるから何か急にボランティアしろと言っても簡単には見つからないだろう。

つまり人生設計をすでに老人になる前に準備しておく、それは金銭的な面もあるが精神的な面でもそうである。でもそんな設計をすること自体がむずかしいとなる
結局人間は日々のことに追われているのが現実だからである。
でも90まで生きるとしたら60から人生の成果を出せばいいとなるとあせる必要がなくなる
長い目で長い人生設計ができるということは確かである。60くらいで死ぬとなると何もできずに成果を出せずに死ぬということがある、遊んでいてもあっというまに時間はすぎるからである。
つまり人間の経験が限られていてそれで知見も広がらないし深められないからだ

ただ老人というとき

「90歳になって老後が心配とか、わけの分かんないこと言っている人がこないだテレビに出てた。オイいつまで生きてるつもりだよと思いながら見てました」と麻生大臣が語った。

こういう時代だということである。



2017年05月16日

政治家も医者も弁護士も金か (庶民のことは眼中にない)


政治家も医者も弁護士も金か


(庶民のことは眼中にない)


 「心臓手術のスーパードクター」としてマスコミにたびたび取り上げられている埼玉医科大の心臓外科医、新浪博士(本名新浪博)教授に手術を依頼したのに別の医師が執刀したとして、手術から半月後の2014年5月に死亡した埼玉県の女性=当時(64)=の遺族が16日、大学と新浪教授らに総額1億円の損害賠償を求め、さいたま地裁川越支部に提訴することが15日、分かった。 

医者のほとんどは拝金主義で人の命なんてなんとも思ってない。 
自分だけ名医にかかりたい奴が大勢いる以上、裏金渡す奴が大勢出てくる。 

身内に有力者が居ればね…。 
向こうから変わって来るよ。 
うちの母親の膵ガン手術も父が市の要職とバレた途端外科部長に執刀医変わった。 
市立病院長からそこの院長へのホットライン。

結局、弁護士が金儲けの為に 
遺族の悲しい悔しい気持ちに付け入ったって事かな…

3000万も包めば執刀してもらえただろうに 
医者も人間だから包む額でやる気が違ってくる

金が少ないとか払わなかったんだろ 
私大は裏金や謝礼なんか当たり前 
親の場合は大学病院ではないが300万包んだよ 

医者にしてみりゃ、小遣い程度だろうけど


事業に失敗した山梨の人は言っていることはまともである。政治家の運転手をしたことがあるという。その人たちは一万もする料理屋にゆく、寿司店でもそうである。
そういう人たちが庶民のことを考えるかという、回転寿司に何回行ったとかそうした庶民のこを考えるかとか言うのももっともである
つまり政治家が気を配っているのは自分たちの利益になることだけでありその取り巻きに利益を配分することで支援を受ける
政治家と金持ちのことの方が金になるので富裕層につき貧乏人の庶民のことなど考えないというのもわかる。

こういうことは一見たいしたことがないようでも一万の料理を普通に食べている感覚がすでに庶民と感覚的に離れているのである。
田舎では自分も外食しているけど千円くらいのしかない、まず一万の料理などどういうものなのかイメージもできない、そういう料亭は東京だと普通にあるから違っている
そういう金持ちは別に政治家でなくても東京にはいる。
ただ自分は食べることにそれほどこだわらないそれなりの料理を食べれればいいとなる
だから別にうらやましいとも思わない。

弁護士にしても庶民の味方ではないという、そもそも庶民の相談にのっても金にならないからだ、ただ何か遺産相続と会社経営とかでも何かもめごとがあると仲裁で大きな金になる、自分の親族で交通事故があり死んだがその時結局弁護士は何もしなかった。
でも漁夫の利で百万が弁護士に支払われた、実際に請求したのは保険会社の人だったのである。弁護士は何にもしないのである。何の役にもたたなかった
でも百万を手にしたのである。わからないから頼んだのだが結果的にそうなった
つまり弁護士は漁夫の利を得ただけである。

この世の中何かそうして富裕層に地位をるものに権力あるものが得するようにできているそして医者でも弁護しでも政治家でもそういう富裕層とか地位あり権力あるものを優先する。庶民はなるべく相手にしない、選挙の時はただ口だけいいことを言うだけなのであるこの世とはそういう場であり「悲しむものは幸いである」というとき庶民は損するのがこの世である。
医者にしても自分の場合は地位もなにもないし付け届けもしない、家族もいないからそこまで気がまわらなかった。金はあっても身寄りがないとかなると弱者なのである。
弱者に冷たいのがこの世である。

スーパードクターに頼むならそれ相応の金を払わないとしてもらえないというのもそうだろう。64才ではまだ若い、今は老人は80才以上である。
だから若い人の感覚では60以上が老人と思っているがそうでもない、60代はまだ現役である。60代が小老人、70代中老人、80代が大老人となる、この区分けが必要なのが現代である。60代は死んでもいいとかはならないのが時世である。
これからの若い人もこういう考えをもってもらわないと困るのである。
60代の婆が死んでもしょうがないとはならないのである。

いづれにしろ人間は本当にこうして命を大事にすることもわかる、でも本当に死ぬときはみんな平等である、あっけなくころりんと死ぬ、どんなに苦しんでも死んでみればあっけないとなる、それはどんな金持ちでも地位あるものでも同じなのだ。
老人になるとなにかあきらめがつくことがある。
だから飯館村の老人が全く放射能を気にしていない、水も飲んでいるし山菜も食べているそれだけあきらめがついている、どうせ長いことないなとなってあきらめがついているから住めるのである。

自分も入院二回して手術もしてひどいめにあった。研修医の実験台となって手術された。それでも医者は手術するにしても最初からうまくなるはずがないから誰かが実験台になるのである。
だからスーパードクターにしもらいたければ金払いとなるのもわかる
ただ人間の幸不幸などわからない、徳州会の徳田虎雄氏をみればわかる、病院をもっていてあれだけの治療を受けていても身動きもとれないしゃべることもできないからそれが幸福だとはならない、最高の治療を受けても直らないからだ。
結局人間の幸不幸はわからない、最後までわからないのである。

別に孤独死でも野垂れ死にでもそれがすべて不幸なのかもわからない、病院で延命治療されている方が残酷である。
結局人間はみんな死ぬということでは平等なのである。
そしてそのことであきらめることも肝要だとなる
いつまでもこの世に生きる命にこだわっているのも見苦しいともなる
金がなければないで別に‎スーパードクターにかからなくてもいいとかあきらめることも必要なのである。
ただ70以下では今はこういう心境にはならないかもしれない、今は60代はまだ老人ではないのである。女性でも若い人がいる、個人差も大きいからである。

ともかくこれからは老人の命は軽くなる、数も多いしこれ以上金をかけられないからだ。すると金をかけないで死んでくださいとなる。そういう時代である。
だからあまり命に執着するのは良くない、いづれみんな死ぬ
あっけなく死ぬ、だから老人の命は軽くなる、もう治療もしないから死んで下さいという時代が来ているのである。数が多いから老人の価値が低下しているからだ
昔だったら90とか100才まで生きれば貴重な存在になるが今はありふれているとなるとただ重荷だとなってしまう。

そして自分も10年介護をしたがこの介護の労力が並大抵のものではない、正常心も奪うのである。それで介護殺人になるのも増えているのだ。
つまり若者の将来さえ犠牲にしていることがある。それは生命の法則に反しているから
もう老人は健康でとないなら淘汰されてもしかたがないともなる時代である。
お前はそれでいいのかとなるとわからないが自分は介護も終わり健康も回復したから言えるのかもしれない、人間はやはり最後まで生きたいというのが本音だからである。
ただそうはいっても本当に死んでみると人間の命はあっけないのである。
それはどんな人でも金持ちも地位ある人も貧乏人も同じなのである。
死んでみるとあっけないなころりんと死んで終わりだなとつくづく思うからである。

2017年05月15日

鹿島区のの独居老人死亡 ( 増える独居老人)

鹿島区のの独居老人死亡

( 増える独居老人)


コンビニにきていた這って買い物していた老人が死んだ
這っていたがコンビニの人は助けないし何もしない
それで自分が車まで助けて乗せた
車に乗れるから買い物に来れた
そして家は荒れて住めなくなって車で寝起きしていたという
その家は蔦が這って伸び放題だった

もう買い物もできない、するとどうなるのか、誰か助けなければ生きていけない
姉か妹かが東京にいたらしいが遠くて援助できない
そしてその後どうなったのか?

それはわからないが車の中で死んだのか?どうして死んだのか?
これが独居老人の恐怖である。
誰も助けない、隣近所も助けない、福祉関係が来てめんどうみたのか?
それも今はこの辺は特に人手不足だから施設に収容できたのかどうかわからない
遠くの親戚はあてにならない、そして最期は孤独死になったのか?

孤独死でも近くに親戚とか子供と兄弟がいるといい、東京辺りではどうにもならない。
ともかく独居老人は増大している時世である。
特に原発事故周辺で避難区域になったところでは若い人たちが流出して復興団地に取り残されたのは老人が多い、一人暮らしが多い
この辺では全国平均より10パーセント65才以上が多いのである。
そして介護関係とか看護師不足だから余計にめんどうみきれないとなる

そこで老人は独居老人は野垂れ死にのように死んでゆくほかない時代になる
這って歩いて買い物にしても誰も助けもしないし関心もないのである。
そういう時代になったとき放置されて孤独死が増えてくる
田舎でも隣近所などあてにならないのである。

同級の人は脳梗塞になり脚をひきづって歩いて買い物していた
あの人も車は運転できるから車できて買い物している
となると車があれば脚が悪くても買い物はできるのか?
自分のように自転車だとのれなくなったりする
歩けなくなったら買い物すらできないから一人で生活できなくなる
一人暮らしにはそういう恐怖がある。

今はとにかくそういう人を見ても田舎でも無関心である。
それで自分はひどいめにあったことを書いた。
病気になり介護になったら来たのは強盗と変わりない女性だった
そこで大金を盗られた、次は事業に失敗した人であり自分が弱ったときチャンスと借金を要求するだけだった
ただ相手も金で苦しんでいたからそうなった

こういう時代に買い物もできないような状態になったらどうなるのか?
同級の人は兄弟が近くにいて見ているからまだいい
身寄りもなにもない人はこの人のように放置される
あと来るのは金にならないかと金を求めて来る人だけだとなる

いづれにしろ死ぬ人が多くなる、十年介護していた知り合いの人もあっけなく死んだ
十年は長いなと言っていたが死んだ、それでやっと重荷から解放されたとなる
その女性も相当に疲れた感じだったからである。
自分も介護から解放されて最近余裕が出たので駅で案内などのボランティアをするようになった、それは余裕ができたからである。
介護となるとひどいのは認知症とかの介護となると24時間拘束される
何か絶えず介護している人に気を集中しなければならないから他のことができない、関心を向けられないのである。
そのことを介護が終わって気づいた
いろろいな方面に関心をもてるようになったからである。

いづれにしろ人間はあっけなく死ぬのもである。ころりんと死ぬ、そのころりんと死ぬというとき何か死というのが奇妙になる
ころりんと死んだら人間は楽になる、つまりあっけなく死ぬということはこの世の苦から解放されることなのである。
この世は苦海でありその苦海から逃れる道は死しかないともなる
それで死んでみるとなんだ、人間なんってあっけなく死ぬもんだと思う
それで気が楽になることがある、若い人が苦しいと思うのはエネルギーがあるし生きたいと思う念が身体ともに強いからである。老人は死が身近になる
なぜなら同年代でも世代的に次々に死んでゆくからである。

人間はあっけなくころりんと死ぬな

人間なんか生きているとき悶え苦しんでいるけど結局はあっけなくみんな死ぬんだなと悟りみたいものもが生まれてくる
だからこの世のことにいろいろ拘泥しなくなるのである。
孤独死でもいいや、野垂れ死でもいいや、どうせころりんとあっけなく死ぬのが人間なんだよとかなる、それで苦海から解放されるんだとなるからである。

2017年05月09日

高齢化社会の課題 健康、金、暇、介護やボランティアの問題など?


高齢化社会の課題


健康、金、暇、介護やボランティアの問題など?


高齢化社会というのはそれは世界的に起きている、中国でも起きている、中国は最も高齢化で影響を受ける、世界で一番の高齢化社会になるからだ、その用意もされていない、年金もなくてもう子供も援助しないなど自殺までしていることが問題になっている
人類は高齢化社会を経験していない、60くらいまで死んでいれば高齢化の問題は起きていない、80以上になると起きてくる

高齢化で問題になるのが金であり暇であり健康である。何か異常なほどの健康ブームになっているのは老人は健康を気づかうからである。
健康だけが関心の人もいるだろう。何か自分も病気になったせいもあるが健康を気にするだから食べ物とかも気にしている、今までは食べ物など気にしていなかった
もちろんその時は与えられたものを食べているだけだったこともある
自分で買って料理するとなれば食べ物を気にかけるようになる
とにかく買うものでも料理するとき種類が多すぎて困るのである。
だからなるべく買ってすませるようになる

高齢化の課題で一番の問題は健康である。まず60代以降健康がそこなわれたら高齢化社会の脱落者になる、でも60代以降病気になる人が多い、重篤なものになるともう急速に老いて普通の生活すらできなくなる、そういう人も近くにいる
そして死ぬ人も次々にでてくる、高齢化社会をのりきることは健康の面でも容易ではないなんらかどうしても体が弱ってくるからだ
ただ高齢化に備えるといってもむずかしいものがある。
人生そのものの積み重ねたものが結果として現れるのが健康面である程度そうであり精神面でもそうである。
だから老人になってから何かできるとか変わることができないのである。

老人にとって金があることも大事である。でも金だけではない意外と暇の問題がある。
高齢化社会とは暇が時間が増えるということである。
それは予測されていないしそれに備えることも簡単にできない
なぜなら趣味でも何でも人間はこれまで生きた延長としてしか生きられないからである。知識だって凡人は積み重ねであり何かを積み重ねて行けば詳しくなれる
それをしてないものはすぐに何か年取ったから理解するようにはならない
ただそうして積み重ねてきたものがあると老人になると理解が深まる
なんか自分は詩でも理解できないが今になると深く理解できる
芸術そのものが何でも理解する、鑑賞すること自体がむずかしいのである。

退職すると暇になりその暇になることが意外と苦しむ、それがボケに通じることもあるかもしれない、駅に毎日行っていると近くの人が自動販売機のジュースを飲みにくる、その人は80近いのか年齢はわからない、目がとろんとして反応が悪い、目が死んでいるのだ。こういう人はボケてくのかという不安がある
そして今なぜシニアのボランティアが人気になるかというとシニアは暇であり生きがいを探しているのである。そういう人が本当に多いのである。
でもボランティアも簡単に誰にでもできるものではない、その人の向いたものではないと長続きしないだろう。
でも何か生きがいがないと老人は目も死んでだんだん生きながら廃人のようになる恐怖がある。だから老後は生きがいが意外と大事である。
それは金でも得られないものである。生きがいを簡単に金では買いないからである。

金にならなくても何か生きがいをもつ必要がある。知り合いの女性は農業が好きだから小さな畑でしている、それは農家の出でありその人は農業が好きだからしている
金にもならないしかえって金がかかっているのである。
でもそれでも生きがいとしてはいい、自分が駅に行ってボランティアしているのもそうである。これは別に無人駅でも困らないがでも何か用がありしている
駅は実際にかかわると本当に不思議な場所であり様々な人が人生が交差する場であることを発見したのである。
つまり老後になっても新しく発見することがある、それはボランティアでもそうである。ボランティアを通じて発見するものがある、人との交わりから得られるものがある
老後は利益を追求するより生きがいを追求することになるからだ

自分も介護しているとき関心が介護する人に向く、ひどいのになると24時間も介護する人につききりになる、それは肉体的なものだけではなく、精神的に常に介護する人に向けられていたことにきづいた、今は関心がいろいろな方向に向くようになることになってわかった、だから介護というのは社会からも隔絶されるし社会との関わりもなくなってしまう危険がある。介護はだから相当な労力の無駄にもなる
自分の場合は介護することがカルマだと自覚していたからしていた
それにしても十年となると長かったなとなる、十年一昔になるからだ
この介護の問題も高齢化社会の大きな課題である、介護殺人が次々に起きていることでもわかる、老後が介護になったときその介護でエネルギーを消耗してしまうことにもなる
すると老後の時間を有効に活かせないのである。

生きがいがないというときそれがボケに通じることが怖いのである。
自分の家族の一人は退職してから何もしていない、食事すら用意するものがいてしていない、そのうちボケたのはそういう原因もあったことは確かである。
一人は100歳まで生きたが確かに寝たきりになってからはボケていたがそれまではボケなかったのである。
それは火事を93才頃までしていたからである。趣味もなにもない女性だったけど家事をしていたからボケなかったのかとなる
一方食事を用意されていた何もしない女性はボケたのである。
田から一見働いている人がひどいな苦しいなと見るが何もしないで与えられた人が実はボケたから見方が変わる
つまり生きがいがないという今年後とがなくなることそれがボケに通じるから怖いのである。

駅で目が死んでいる、ぼやーとしている老人はもう死んでいるのかもしれない、そういう老人も多くなっているかもしれない、暇だから南相馬市のパークゴルフ場に百人もいたのには驚いた、この辺は他より10パーセント老人が多いからである。
ただ若い人は駅では会う、子供にも会う、駅は世代間でもそうだがいろいろな人が出入りして会う場所なことに気づいたのである。
今は病院だったらほとんど老人である、子供は学校であり、仕事している人は会社でありみんなばらばらでありそうした人たちとは会わないでも駅ではそういう様々な人が交差しているのである。
だから駅は意外と面白い場所だなと気づいたのである。
だから介護が終わったから駅のボランティアは面白いことに気づいてしている

自分は他にいろいろしているがパソコンの抽象画も発見したことである。これもありえないようなことである。これが芸術なのかともなるがやはりパソコンから生れた芸術なのである。絵が描けなくても絵を楽しめるからだ、これもパソコンをしていたからできたことである。
つまり人間は年をとっても新しいものを発見することができる、また発見することが大事なのである。それは人によって違うものになる
なんか自分は鉄道の旅が長いから鉄道に思い入れがある。

でも鉄道を利用してただ乗客になっているのと駅でボランティアしているのとは全く違ったものだった、だからこれも不思議だった、人間は何でもそうだけどサービスを提供するものと受けるものとは違う、サービスを与えるものは奴隷だとなるがでも与える方でも学ぶものがある、与えられているだけでは社会のことも何もわからないのてある。
いづれにしろ老後の問題はすでに若いときからはじまっているから備えることがむずかしい、金は備えても今度は老後をどうすごすかとなると用意はできないからだ
ただ健康などもある程度備えることができる
自分の場合は学校にも社会にも適合できない、でもそうして自由にしていたから運動をかなりしていてそれが良かったのかとなる、デスクワークなどばかりしていたら体に悪い
からだ

いづれにし老後に備えるとしても金だけではない、今50代でも未婚率が異常に高くなっているとかありこういう人は自分と同じように老後に備えていないのである。
自分がそのことを書いたけど本当に家族がないことがいかに悲惨なことになるか
それを予測していないからのんびりしているのである。
病気なにったらもう地獄である。介護になってもそうである。
頼るものがない、頼るのは誰もいない、そして自分が書いたように頼った人は金しか求めない、病気の時もそうであり介護でもそうである。その時どういうことになるのか?
それは本当にそら恐ろしいことなのである。

ただ人間はとてもあらゆることに老後に備えることはできない、何かしら欠けてくる
だから高齢化社会をのりきることはいかに大変なことかわかる
しかしそれがみんなに課せられている時代なのである。
高齢化社会は確かに負の面も大きいのだけどもし人類がこの課題をのりきれば大きな進歩なことは確かである、それがプラスに作用すれば人類の大きな進歩になる
なぜならそれは何か技術的なものではなく精神的な面が大きいからである。
生きがいを求めるということもそうである。それは金だげではない、精神的な要素が大きいからである。

2017年04月18日

老化は防ぐには筋力が大事 (自転車は効果的だったのかも)


老化は防ぐには筋力が大事


(自転車は効果的だったのかも)


 体の中には発汗の際に働く汗線周囲の筋肉や、視力を調節するレンズ周囲の筋肉など小さな筋肉も含めると650種類もの筋肉があり、その全てが連動して生命活動を支えています。これら全ての筋肉には共通点があります。それは、筋肉は神経を介して脳とつながっているということです。

 特に鍛えたいのは、「大腰筋」

鍛えたい太もも周辺部の筋肉のうち、特に重要なのが「大腰筋」です。大腰筋は股関節と骨盤をつなぐ大事な筋肉。歩行時に足を引き上げたり、階段の上り下りをしたり・・と日常動作で大きな役割を果たしている筋肉です。

自転車をこぐ時に、競輪選手のように頑張って自転車をこぐのではなく、あまり急な坂道ではない位の平坦な道で、頑張らない程度にこぐと、大腰筋が良く使われます。

大腰筋が重要なのは、大腰筋が、背骨と骨盤をつなぐ姿勢を保つ要の筋肉だからです。
大腰筋が衰えると、骨盤も歪みやすくなります。


人生の結果が老人にでる、しかしそれは予測できないものなのである。老人になってはじめてそきことを知り愕然とするのである。
それはあらゆる面でそうでありカルマの総決算が現れるのが60代以降である。
なぜなら人間はどんな人でもカルマを積んでいるからである。
カルマとは行為のことでありそき行為が結果として老人になり現れる

だからその人生は行為の積み重ねであり想き結果が老人に現れる、それが自転車と何の関係があるのかとなるとやはり自分の場合はあったのかと思う。
自分はサイクリング旅行したりしたのは40代でも車がないのだから自転車にのっていたからである。
ただ最初は20代でも電車でずっと旅行していた。そして自転車で旅行している人をうらやましくみていた、あんなことできないと思っていたのである。
それが電車の旅行がものたりなくなり40代からするようになった。
海外旅行もできないと思っていた、それを50代ではじめたのである。
人間は何か最初から思い込みがある、自分にはできないと思ってしまうのである。

新地駅であった老人は体は小さいのだけど何か言うことはわからなかったが盛んに自分の体の自慢をしていたのだと思う。そして俺は体は丈夫なんだ、見ろこの筋肉をと言って触らせた、それが本当に筋肉が盛り上がって堅いのである。ボディビルダーのような筋肉をしていた。自分の筋肉はさわると柔らかいのである。
あの人は肉体労働をしていた。そういう生活の積み重ねで筋力が鍛えられたのかもしれない、そういう人は他にもいる、体が大きいから体力があるとは限らない
船乗りだった人は体が小さいのである、あんな体で船乗りに漁師になれるのかと思った。でもその人は体が機敏なのである。だからゆれる船ではかえっていいのかと思った。
それから鳶をしている人も体が細いのだけど機敏なのだろう。高い所で細い鉄骨のような所を歩くの怖くないしかえってあっているというから驚きである。

いづれにしろ人間は生まれつきの資質は一生を左右するのも確かである。そういう資質は変えられないし作れないからである。
だから人間は本当に学歴ではない、資質が左右して仕事ができるかできないかで決まる、収入も決まる、鳶の人はやはり収入がいいし仕事ができる人は収入がいいのである。
大工だって何だって仕事には資質が作用している、東大でようが資質がなければ仕事ができないとなる、だから学歴で人間は評価できない、ただ理系となるとそういう素質が資質が関係しているからある程度は見れるのである。
文系となると東大と三流でもほとんど関係ないのである。
ただやはり学問でもなんでも積み重ねだからそれが影響してくるのである。
得手不得手があったとしても長年積み重ねがあれば詳しくなれる、第一あらゆることに精通などできないからである。

だから老化という問題もそうした人生の結果として現れるともなる、60代すぎると10年くらいの差ができる、特に病気したりしたらもう急激に老化しているのである。
だから老後は60代以降は病気が一番怖いのである。でもなんらかの資質でまた素質で病気になるのである。
自分は自転車にのりつづけていて悪い結果としても現れたかもしれない、自分の病気は自転車にのっていたためだっかもしれない、ただいい面として「大腰筋」が自転車だと鍛えられていたのかもしれない、何か若く見えるというのもそうかもしれない
自分は20代で60に見えていたのである。老成していたのである。
だから奇妙だけど今になると自分はその20代と変わりないともなる、顔でも変わらないとなるのである。
自分は母と同じように体力がない、だから激しい運動はできないのである。
自転車は登山のような激しい運動ではないからできたのである。

そして結果的に「大腰筋」が鍛えられていて筋肉が強化されていたのかもしれない、姿勢がまだいいからだ、ただ別に自分だけではない一般的に今は老人はそうなっている
病気になったりするのはまだ少ないからである。だから比較はできない。
ただ人間の体では筋肉が一見腕の力こぶとか目だった所をみるが全身が筋力でそれが脳にも影響しているというとき筋肉が神経とも連携している、となると筋肉は体にとって大事だから老化をふせぐためには筋肉を鍛えろとなっている
筋肉が大事だというとき寝たきりになると筋肉が急激に衰えて立つことも歩くこともできなくる、そのことによって介護する人は過重な負担を強いられるのである。

自分の母親は死ぬ一週間前までホータブルトイレにベットから起きてしていた。
それまでも這ってトイレにまで行っていた。なぜ寝たきりで動けなくならなかったのか?
それはやはり細身だったけけど筋力がまだあったからだったのともなる
筋力が弱ると起き上がることも立つこともできなくなるからだ。
こういうことで自分は介護してもなんとかできたのである
オムツもしてなかったからである。
だから介護されるにしてもこうして楽だと迷惑をかけないことがある。それには筋肉が働く必要があったのだ。

長寿社会というのは先が長いとなるとき金の問題も大きいがまた健康の問題も大きい、
どうしたら健康に長生きできるとか、どうしたら楽に死ねるとかなる
自分の母親はその点百歳まで生きたけどさほど迷惑をかけないで死んだなと思う。
ただ母の人生は何の面白味もない人生だったからそれがいいかどうかはわからない。
ただ健康面から見れば良かったとなるだけである。

ともかく老人になれば60代以上はやはり何でも日頃の生活の積み重ねが現れる、それはカルマでありそれが結果として現れる、それは肉体面でもそうだし精神的面でもそうなのである、それは刑法で罰せられるか罰せられないとかではない、その内面に刻印されるものがあるから怖いとなる、顔に責任をもてとかなるのもそうだろう。
人間はなんらかカルマを積むしそれは精神面でも体の面でもそれが結果として老人になり現れる、自分が十年間の自分の病気とか介護とか他者から苦しめられたのもカルマだったのである。
このカルマは誰でも相当に厳しいものとなる、ただ自分はそのカルマを十年間で清算したのかもしれない,それはまだわからないにしても何かそういう感じはする

2017年04月14日

人間は70才まで老化しない? (百歳生きた母の例では・・・)


人間は70才まで老化しない?


(百歳生きた母の例では・・・)



本当は70才まで老化しない(武田邦彦)


これはまちがいないだろう、現代では栄養が十分であり70才までは老化しない、ただ60才以上は病気になる、なにかしら病気をかかえた人が多いのである。
それはいくら健康に注意してもその人の素質で病気になる
老化するというときスポーツ選手などが若いときのように体が動かないということであり普通の人はそんな激しい運動をしないから筋肉も衰えていないのである。
だから現代では70までは老化はしないというのは本当である。
ただ病気になるからそこで体が衰えるのは老化とは違うのである。

病気と老化は違う、老化は病気しなくても体が衰えることである。
例えば認知症は何なのかわからないけど脳の病気である。
それは老化ではないのである、老化による脳の衰えは記憶が悪くなることなどがある
腰が曲がったりすることもある、それは老化であり病気とも違うのである。
病気と老化は分けねばならない、認知症は最近発見された病気なのである。
認知症はこれまで病気とは認定されていない老化現象だとされていたのである。

老化と病気の相違は何なのか?それは老化は直らないが病気は直るということである。
だから認知症も病気だからいろいろ治療をためしているし薬も発明されている
病気だから直るとして研究されているのである。
もし老化だったら直らないのだから治療しても無駄なのである。

自分の母親は百歳まで生きたけど例えば血管に異常がなかった、病気がなかったのであるだから脳梗塞であり脳出血になっていない、それは病気なのである。
ただ腰が曲がった、90度に曲がった、それも病気とは言えずそれでも普通に生活していたからである。腰が曲がるとき苦しんだからそれは病気とも言えるが老化して曲がったのである。

老化とは脳だったら記憶が悪くなるとか誰でも起きてくる、耳も遠くなるとかもある
でも老化と病気は違う、病気は直るものとしてみる、だから研究しているのである。
老化は直らないから治療しても無駄なのである。
人間はたいがいは病気で死ぬ、病気で死なないものが老衰で死ぬのである。
それは正に寿命が来たから死ぬのである。動物でも何でもそうだが普通は病気で死ぬのである。老衰は病気で死ぬのとは違う、老化で死ぬから枯れるように死ぬのである。
だからさほど痛みも苦しみもないのである。
老衰の死に方が一番いい死に方である。百歳まで生きればたいがい老衰で死ぬ
その他はみんな病気で死ぬのである。

自分の母親が百歳まで生きたのはなぜか?体は細く重いものをもてるような女性でもなかった、まず激しい運動などできないのである。
ただ細く長く生きた女性だった、大正生まれで粗食であり苦労はしたが戦後から十年すぎて高度成長期になるとみんなと同じくいいものを食べていた
栄養は良くなったことも影響している
若いときは粗食だったということはそもそも細いのだけど体力がないのだけど基礎的に細くても生きる力があったとなる

ともかく何か過度に運動はしない、家事であり店などしていたが過重なことは無理はしていない、そもそもできないのである。体に負担をかけないことは確かだった
スホーツ選手が早死にするのは過度に体に負担をかけるからである。
母は平均的に毎日同じような生活をしていたのである。それも面白くない人生だったとけどそれが百歳まで生きた原因になる

大事なことは病気にならなかったことなのである。老化はしても病気にはならない
なぜならほとんどの人は病気で死ぬからである。
病気にならなければ老化してゆくが最期は老衰であり枯れるように死ぬ、痛みもなく自然な死になる、だからいつも眠るように死にたいと言っていたけどその願いはかなったのである。
老衰は仏教でいえば成仏することかもしれない、なぜなら苦悶も苦痛もないからである。
人間は自分でもそうだが60代で病気になったがその病気はたいしたことはなかった
だから自分は病気ではないし筋肉も衰えていない、ただ今は筋肉が衰えている、疲れるからだ。でも普通に生活できるから老化したともいえないのである。
忘れッぽくなっているのは確かであり人の名前などが覚えられない、でもそれで脳が退化したのか老化したのかとも思えない、なぜならあらゆることに理解力が深まっているからである。人間は脳が老化するということはなかなかないのだろう。
老人になってますます脳が働くということもありうるのである。

人間はこれからは70才ではない80才まで老化しなくなると思う
そういう環境に生きているからである。
60代で病気になってもならない人も多いし軽い人も多いから80才までは普通の人とたいして変わらずに生きられるかもしれない、ただ一番怖いのは病気なのである。
病気がなければ百歳まで生きて老衰で死ぬとなる、ただ百歳まで生きるとなるととうなるのかイメージできないのである。あと30年かとなるとその年齢がイメージできないのである。
ただ百歳もめずらしくなくなり人間は長寿になるから人生を長い目で見られるといういい面が生まれる、人間は仕事を完成しようとするとき百歳くらいまで生きないとできない
それで天才の北斎は

70歳までに描いたものには、ろくな絵はない。73歳になってどうやら、鳥やけだものや、虫や魚の本当の形とか、草木の生きている姿とかが分かってきた。だから80歳になるとずっと進歩し、90歳になったらいっそう奥まで見極めることができ、100歳になれば思い通りに描けるだろうし

江戸時代の平均寿命となると人生50年だろう、そういう時代に90まで生きたとなると例外的な存在である。
このことは平凡な人でも現代だったら言えるのである。
自分は天才ではないけど時間をかければそれなりのものになるということである。
まちがいなく年を重ねれば理解力は深まるのである。
何か自分は若いときは詩でも何でもたいしたものが書けないというよりは若いとき詩でも何でも文学的作品を書いている人が多いがそういうものが書けなかったのである。
そういうものが書けることがありまた理解力が深まってるからたいだいのものは理解できる、鑑賞できる、若いときは鑑賞もできなかったのである。

脳とは何か?それは人生の中で積み重ねで経験で作ってゆくものである。
脳に回路を人工的に作ってゆくのである。脳とは誰の脳も完成されたものはないのである資質はあるにしても未完のものとして与えられているのである。
それを生かすも殺すも本人次第だとなる
ただ天才はそうした積み重ねで成すのではない、すでに作られているのが天才だともなってしまう。
だから北斎は天才だからこういうことを言うのは何なのか?
やはり天才でも年を重ねてしか自然でも絵の上達はないということなのである。
要するに何かを理解するにはそれだけ人間は時間が必要なのである。
認知症のことなども経験して書いてきたがあれはこういうことだったのかとかあとで理解するようになる。その時は夢中であり理解できないのである。
だから何でも理解するのには時間がかかる、人間でも死んでからその人のことを理解することがある、それだけ理解すること自体がむずかしいということなのである。



2017年03月26日

私たちのこれから認知症社会 (NHKの番組では厳しい現実を示さない)


私たちのこれから認知症社会

 (NHKの番組では厳しい現実を示さない)


 今回のNHKの認知症社会はあまりにも現実からかけはなれていた、統計的には数としてはその厳しさを示していたがその内容は甘いものとして見ているしそういうものしか示していない、家族が認知症になったら社会でどうみるのか?
それがあまりにも甘いものであり現実を見ない無視したものだった
認知症になったらその人は人として見られないし馬鹿になったと差別されるし家族すらそうである。それは知的障害者をもつものと同じになる
社会がそんなにそういう人に配慮したりやさしく接したりしない

この世の現実を自分は介護十年で自ら病気にもなり嫌というほど味わった
むしろ人間は弱者化すると食い物にされる、相手の弱みにつけこみやりたい放題になる
人間のその恐ろしさを味わった、人間はそうした残酷さをそうして弱者になるときむきだしになるのだ、それは戦争とか異常な状態でも起きてくる
シリア難民は女性が食い物にされるとか弱者につけこまれるのと同じである。

この世が認知症になったからといって回りが社会が親切にするなどありえないのである。特に現代社会はもうそうした義理人情とか隣近所とか助け合うとか全くない。
相手が弱者化したら財産を奪ってやろうとかそんなことを考える人はいる、自分は現実にそういうことを嫌というほど味わってきた
相手はこいつから金をとってやろうとしかなかった。弱者は最もやりやすくなる
それが人間の実体でありどうして認知症の人に親切にするのか?


行方不明者が一万になったとか誰もそんな人のことをかまわない
そしていつも若者は叫んでいる、老人は早く死ねと安楽死させろとか言っている
それが本音であり認知症の人にやさしくする心など全くない、介護士などでもただ安月給でしかたなくやっているだけである。
それは看護師だって老人にはやさしくない、病院でそれは経験した。
病院は体を物体のように見るが心はみない、無機質な冷たい空間である。

認知症の人が安心して暮らせる社会などありえないのである。その厳しい現実を見ていないのである。そんな社会があるとしたらその社会は天国かもしれない
実際はこの世は弱肉強食の地獄である。そんなことみんな実際の生活体験しているのだから今回のNHKの番組はなんら認知症についての将来の危惧に答えるものでもない何の役にも立たない番組だった
現実を見据えない番組はただ絵空事でしかないのである。
NHKには現実を見据えた番組もあるが今回のように現実とまるでかけはなれた番組もある

認知症に家族なった人や本当に認知症になった人の現実は厳しく過酷である。
人間は弱者になることは何でも厳しい、シリア難民とかもそうでありそういう人たちは食い物にされるのである。
人間とはそうして本来そうした悪質なものなのである。
それが相手が弱者化したりする露骨に現れるのである。
人間の本性が現れる、戦争のときとか異常な事態の時、その獣の本性が現れる
それで沖縄で日本兵が怖いというより地元の人、隣の人にでもレイプされるのが怖かったとかいうのは本当かもしれない、一番身近な人が最も質が悪いのである。
そういう人間社会が認知症のような弱者になった人に親切にするのか?

認知症の悲劇は社会的に優秀な人、貢献した人でも馬鹿になってしまうという恐怖なのである。そのことをプログで書いてきた。
こんなに優秀な強い人がこんなになってしまうのか?これが人間なのかという恐怖だった
そしてあえなく死んでしまった。人間ははかないなとつくづくなってしまう。
ただ認知症になったからといって人間でなくなってしまうわけではない
記憶障害だとしても人間としての何か基本的なものは失わない、そして不思議なのは時々正気にもどることだったのである。
特に死ぬとき正気にもどる、だから馬鹿として扱えないむずかしさがあった。
正気となると介護している人でもその人をみているからである。
特に家族だとおろそかにできないことがあるから苦しいとなる
全然わからなくなった人ならそうはならないからだ。
良く世話してくれたなとかわかる場合があるからだ、何かそういうことはわかるのだ
この人はいい人だとかもわかる、ただ記憶障害がありそれでわからなくなったのかと錯覚する。

いづれにしろ認知症の人が安心して暮らせる社会などこないし作れない、そんな親切な社会があるとしたら現実が弱肉強食の社会になっていない天国になっているだろう。
つまり別に認知症がふえるからといって老人が増えるからといって親切な社会なとこないからである。
弱肉強食の社会の延長として老人社会もあり認知症社会もある、ただ違うのは人間は必ず年取るから弱者と化す、今は強者でもなんでもそうである。
例え大金持ちであっても認知症になったら金の管理も銀行からおろすこともできないのだから何にも役に立たないのである。その驚きを経験したからである。
最後にいかに強者でも弱者になるのが人間の運命なのである。
弱者化した老人をいためつけるのもいいがその痛めつけるものも最後は弱者化していためつけられるのである。それがカルマなのだ。
人間はそういうカルマを生きる運命にある。そのカルマから逃れることができないのである。

いづれにしろ認知症の人か安心して暮らせる社会はありえない、ではどうするのかというと自分にもわからない、ただ何らか孤独死でも覚悟しておく必要がある。
介護状態にならないようにして死ぬとういことである。一番いいのは働いているうちに死んでいたいうのがいい、そういう死に方をしている人もいる
仕事していたが一週間くらいして入院して死んだとかである。
そういう死に方は弱者化して死ぬとも違っているのである。仕事しながらたちまち死んだともなるからだ。弱者化するとは長い間病気になるとか介護状態になるとか認知症でいつまでも生きているとかになることである。
だからそういう死に方が理想的なのである。認知症になって差別されて馬鹿にされて生き恥をさらして生きるのは恐怖なだけなのである。


農民なら農作業中に死んだとか、画家は絵を描いている内に死んでいたとか、作家は文章を書きつつ死んだとか、普通の人でも自転車屋は修理していたがそのあと急に病気になり一週間後に死んだとか、医者でも90歳まで患者を診ていて一週間くらいで死んだとかあった。平凡な女性でも料理を作っていて死んだとかなればそうである
人間はだから仕事する、仕事を持つということが大事である。
仕事がなくなると認知症になる傾向が強くなるのである。
社会から無用化して廃用化してゆくことが危険なのである。

体を動かすための神経系の調整能力などもそうであり、考える力、などという能力にも廃用萎縮があると思う。

私が行っているのは、その萎縮している機能に気づかせて活性化させているにすぎない。http://blog.sakura.ne.jp/cms/article/edit/input?id=179217012

知的な面でもこういうことがある、それはパソコンのソフトを使うことでもわかる、パソコンのソフトは使いこなすこと、その機能を十分に引き出せないことなのである。
抽象画をしてみてそれがわかる、ソフトを使いこなすのむずかしいのである。
それは絵の才能が全くないとしてもソフトを使いこなせば抽象画ができるからである。

だから認知症の予防の幼稚な運動とかバズルとか計算とかは役に立たない、むしろ料理をしづづけるとか仕事をすることが大事になるのである。
死ぬ間際まで仕事をもつことが大事になる、それが現代だと会社をやめると社会的役割まで終わりにされてしまうことが危険でありそれが認知症にもつながる
それで老後は仕事を持つ人ともたない人では大きな差がでてくる、一見遊んで暮らせるからいいと見えてもそうではない、金のない差も大きいがその人が仕事をもつかもたないかの差も大きい、それは老後はもう金になる仕事というのではなく仕事そのものをもつということである。金にならなくても芸術家のように作品の完成のために生涯精を出すということである。それは平凡な仕事でもそうなのである。

そういう仕事をもつということがやはり老後の課題なのである。
なぜなら退職してからも老後が20年とか長くなっているからである。
その仕事がどういうものになるかはその人によって違うからどんな仕事をしなさいとかは言えない、仕事は他人の仕事の価値もわからない人も多いからである。
老後は金で計れないものにも価値がでてくる場合があるからだ
ともかくWORKというとき作用しているとか機能しているとかの意味がありそれは脳を活性化しているということにもなる、それがなくなると廃用萎縮してくるらか認知症になりやすくなるのである。







タグ:認知症社会

2017年02月08日

自殺の怖さ(後世に重いカルマを残す)



自殺の怖さ(後世に重いカルマを残す)


自殺することがなぜいけないのか?別に自分で自分を始末するのだからいいんじゃないかともなる、ここでは宗教的問題としてでなく自殺が怖いのはその子供とか後世に残す影響が大きいからである。
身内で自殺者を出すということはその家系に重いカルマを残しているのである。
その家系に家族に暗いものを残しそれがカルマとなる。
だから自殺した家から自殺者がまた出るとかなる

最初は彼の母親であった。彼女はホテルで38口径のピストルで自殺した。彼の兄弟の一人は散弾銃で地下室で自殺した。彼のもう一人の兄弟は下宿で服毒自殺した。彼の一人の姉妹は寝室で自殺した。そして3年前には父が銃口を自分に向けて自殺した。アレン・ボイド・ジュニアにはボイド家の暗い歴史が付きまとっている。

20世紀にアーミッシュ部落で起きた自殺の半分(僅か26人)が2つの家族とその親戚で起きていたのを発見している。その内の73%が4つの家族に集中していた。アーミッシュの部落は小さいから、4つの家族の人数は部落全体の16%を占める。

人間はどんな人であれその一生で残すものがある。それがいい見本ともなり悪い見本ともなる、そして教訓を残すから庶民の間でも諺が生れた、その諺(ことわざ)が廃れないのは人間は同じ業(カルマ)を繰り返すからである。
「金の切れ目が縁の切れ目」だとかこれをどれほど経験しているか?
人間の関係なんてみんなそんなものかということを嫌というほど経験しているし変わらないから諺も普遍的不変の真理なのである。

百歳の間のことを書いたが自分の母親も実際は自殺の危険があった。それは腰が曲がるとき苦しみ自殺未遂になった。それは自分にとって恐怖だった
自殺したいということは自分だってあったし誰にでもある、でもなんとかしないですんだとなるのが人間の実情なのだろう。

自殺の怖さは何か?。それが本人が自殺することだけではない,その後の回りへの影響が大きいからである。自分が死ねばそれでかたづくというものではない、だから自殺した家系とかあり家族は苦しむのである。
そのカルマが暗雲のように後世の子供たちに影響するから怖いのである。

例えは自分の母親が百歳を生きたことで「百歳の間」ということで書いた。
親が百歳を生きることはどういうことなのか?
自分も百歳を生きるのか、生きられるのかとなるのだ
これは理屈ではなくそういう目標を親から与えられたともなるのだ。
別に長生きすることはすべて悪いことではない、ただ負担になるから嫌われるだけである介護の負担も大きいからである。

自分も家族二人を看取ってその後また考えることがある。
人間は死んだからといってすべてが終わるわけではないということである。
必ずいい悪いにしろ後世に残すものがありその影響が大きいのである。
人間の生は一代だけで終わるものではないのである。
子供に後世にも責任を課せられているのが人間である。
何も一代だけで今の代だけよければいいとかならないのである。

そして人間は死んでみるとそのあともその人のことを考える
その人が残すものがいい悪いにしても必ずあり死んだからすべて終わるわけではない
もし自分の母親が自殺していたらものすごく後味悪いものとなり自分に影響した。
また自分が介護しないで恨まれたりしてもそうである。
そこに介護は苦しいのだけどむずかいしものがあった。
そうして子供を恨んで死んでいった親を知っているからである。
それは必ずその子供に悪い影響を残すことはまちがいないのである。

百歳を母が生きたということはやはり後世への子供へ長寿の目標を与えたことなのである自殺したりしたらそれと全く反対のものとなりただ親は呪われて自分も呪われたともなるからその相違が大き過ぎるのである。
単純に今は母が百歳生きたな自分も生きるのかなとか思うのも不思議である。
それは理屈ではない、何かそういう感覚になるのだ。

もちろん超高齢化社会になるとき様々な問題がある、そんなに長生きされても困るということも現実にある。ただ自殺のことを問題にするときそれが後世に子供にさらに孫にも残す影響が大きすぎるのである。
今自分が母を介護した「百歳の間」に安らかにいれるのも母が自殺しなかったからであり自分もそれなりに介護したからである。
母は問題もあったが祝福を与えて死んだともなる、姉は姉なりに自分は尽くしたから最後に正気にもどって死んだから救われたとなり自分は苦しかったけど今になると良かったなとなり心が安らかなのである。

ともかく人間はどんな人でもカルマを残し教訓を残す、本当に母は自殺しなくて良かったとか思ったり認知症でも苦しんだが最後は姉も正気にもどってわかってくれたとかなり自分自身が救われたとかなる
認知症の問題もこれも介護してみると本当に複雑であり簡単に何もわからなくなったとは言えない病気だったのである。これは明らかに病気である、でも認知症の人が正気にもどるということがある、それは二人を介護して自分は経験したのである。
だから認知症という病気は本当に不思議なものでありわけわからないものなのである。

人間はどんな人でも何かをその一生で残す、それがいい面と悪い面があり後世に影響するカルマの怖さはこの辺での放射能被害がありプルトニウムが二万年消えないというカルマを残したことでもわかる。それだけ恐ろしいものが人間が作り出したカルマなのである。そのカルマにこの辺では苦しまねばならなくなったのである。
それは人類的カルマですらあったのである。

ただ先祖霊がどうのこうのとかかかわるものは金もうけだから危険である。徐霊などもカルトであり危険である。今の宗教はほとんど金儲けしかない、利権しかない、カルト教団だからである。そういうところに入るとまた後世に子供に悪影響残すのである。
結局地獄に落ちるとかなんとか恐怖だけ残される、与えられるだけなのがカルト教団である。それでもそんなに入る人がいるというとき宗教に対して安易なためだろう。
何か多少でも援助してくれる、相談にのってくれるとか軽い気持ちで入るから後で怖いことになる。触らぬ神にたたりなしである。軽く触った結果祟りだけをもらうのがカルト教団なのである。

ともかく自分はこの十年介護とかいろいろなことで苦しんできた。
でも今は何か心が安らかになっている、介護した甲斐があったともなる
自分の苦労が報われたという感覚にもなる
それは自分が特別に良くされたのでありそのことで恩を返そうとしていたこともある
子供でも兄弟でも親に良くされなかったら介護でもしない、お前が親にかわねいがられたから介護しろとなっているのを聞くからである。
金持ちの親だと子供はみんな施設に入れる、子供は何もしないのである。
それが幸福ともいえいないのである。だから人間の幸不幸は最後までわからないのである最後の最後に不幸に死んでゆく人もいるからだ。
そして死んですべてが終わるわけでもない、延々とやはり死んでもやはり残された人に末代にも影響しているのが人間なのである。


  家と死者

 窓の外に蝋梅が咲いている
 母は百歳生きた
 今介護した部屋に自分がいる
 「百歳の間」となづけている
 母は窓からこの部屋を見て
 笑っているように見える
 姉もこの家に育って良かったと思っている
 それで自分も心安らかである
 この家になお死者は生きているかもしれない
 この家に嫁いで来て良かったとか
 この家で暮らして良かったとか
 それで我が家には死者がなお住みたいと思う
 我が家には死者が見守り祝福があるかもしれない
 ただどんな家族でもそこに影の部分がある
 自分の家族にもある
 それがまた人間の業(カルマ)であり
 そのカルマは消えることなく
 どこでもつづいているのが現実である
 でも何か自分は恩を返したとかなり
 心安らかになっている



蝋梅(百歳の間)

タグ:自殺

2017年01月23日

納得いかない死 (生者と死者のつながり)

納得いかない死

(生者と死者のつながり)


死とは個人的な死であれ家族としての死であれ国家的な死であれ戦争で死んだような死であれ死そのものが納得できないもの了解できないものとしてある
死んだ時、燃やされて骨と灰になりなにもなくなる、この変化があまりにも大きいので納得することも了解することもできなくなる
死はみんなこういうものだとしても納得いかないのである。
そもそも人間が死ぬということそれ自体が不自然でありあってはならないと思うのが普通である。死とは本当に理不尽なものなのである。
こなことがっていいのか、死を前にすべては無だとなりただ死の前には人間は無力だとなる、生あるものは死ぬものだとか言ってもそれに納得している人はいないのである。

今になると自分の家族の死は何なのかと問いつづける、それは自分の場合は特殊であり60年間三人が一緒にいたということがそうしている。
そして自分のために二人は無条件で尽くしていくれたのである。
それは実際は母と子だったなっていなかった、特殊な関係でそうなったから他の家族とは比べることができないのである。
だから自分は家族に対しての思いが他の人より強いのである。
だから余計に死にたいして納得がいかないのである。

人間はそうして愛するものが死んだときその人が以前として死んだとは思えない、それは時間によってだんだん忘れてゆくとはいえ60年一緒にいたものが生者から消えることがない、人にもよる、すぐに肉親でも忘れる人はいる、だからその人の事情にもよる
20年すぎて死者を偲んでいる人はそれだけ愛情があったということにもなる
だから個々に違うものとしても死ぬということは人間は納得しないしあきらめることも本質的にはできない、だから死後も死者のことを永遠にいないというよりいるものとてし扱うということがあり供養がつづいている、ただ親子でもその関係はまちまちだから忘れる人も関心もなくなる人もいるのである。

死ということは哲学では解決できない、宗教でしか解決できない、もちろん弁証法でも解決できない、そこに哲学の限界がある。死ななかったのは主、キリストしかいないとなる、お釈迦様死んだからである。
だから死を克服できる宗教はキリスト教しかないともなる
仏教では死を克服できない、ただ仏教には深いものがあり哲学とは違うものがある
無神論者が日本では多いけど無神論者でも立派な人はいる、むしろカルト宗教団体とか戒名仏教とか死者とばかりかかわる宗教は問題である。
日本人が仏教徒とかいうのは嘘である。ただ葬式するためにそうなっているだけなのである。葬式のための仏教なのである。

哲学にしても死者をどうみるかとなると死をどう解決するかとなると解決しようがない、生あるものはみんな死ぬとしかならないだろう。
ただそもそもそうした宗教とは関係なく人間は個々人でも家族でも共同体でも死というものをどう扱っていいのか?また生者と死者の関係はどうなのかということに悩む
死者が死者であることであることに納得しないのである。
墓があるときそこに実際は骨が土となり何もなくなっていた、ではそこに死者がいるのかどうかもわからないのである。でも墓には死者がいるとしてお参りしているのである。
つまり生者と死者は以前として墓を通じて結びついている、切り離されていないともなる死者でも全くないものとしたくないのである。、でもやがてその墓すらお参りするものがなくなるときもうその墓は捨てられ生者との結びつきが断たれるのである。

例えば死者というとき戦争で死んだ300百万人と生者の結びつきはどうなるのだろうか?
つまりこれもいくら死んだとしても死んだものとして生者と切り離して考えられないからどう扱っていいかわからないからそうなっている。
国に尽くした英霊として祀るというときもそうである。
戦争を経験した人は90以上でまだ生きている、その人たちは死んだ戦友のことを今でも思っているのである。戦艦武蔵が最近海の中から発見された。その無残な悲劇がNHKで放送された。生き残った者がそこで死んだ戦友のことを思い涙を流していたのである。
自分の姉も従軍看護婦で4年間シンガポールに今のマレーシアのジョホールバルにいたから死ぬときまで戦争のことを語り死んだのである。認知症になってもそのことだけは忘れずに死ぬまで語っていたのである。
そのことを叫びつつ死んだともなる、それだけ戦争のことは忘れられない記憶として残っていた。
そういう人は戦友が死んではいない、心の中で生き続けているのである。
ただそうした戦争経験者も死ぬと戦死者をその後の世代をどうあつかうかということはさらにむずかしい問題になる

自分の家族だったら母はまだ一年すぎたばかりであり生々しいとういことがある。
そして不思議なのは死者との結びつきがありその関係は強固になった感じもある
自分は家族が死んでから家族のありがたみを知ったのである。
そのことを書いてきた、誰も自分のことを思うものもなく病気でも他者は親戚でも責められるだけだった、それほど他者が非情なのかということでますます家族のことを思うようになった。
それから他者は金しか求めていないこともわかりそのことでも家族を思うようになった。母は自分が60までも食事の用意をしてくれたからである。
今になると全部自分でしなければならない、そしてがっかりするのは皿二三枚洗ってもらうのに金が10万近く払わなければないことである。これも自分が一人だということでしょうがないとしている
それは自分が介護しているときもそうだし病気になったときもそうである。
家に来た人は金を要求するだけで何もしてくれなかったのである。
それだけ自分のことを思ってしてくれる人は一人もいなくなったことで余計に家族のことを思うようになったのである。
今になると母に食事を作ってもらったら涙を流して感謝して食べるだろう。
今年も雑煮も食べられなかった、コンビニのインスタントの雑煮だったからである。

だから奇妙だけど死んでから死者に感謝しているし結びつきが強くなったというのも不思議だとなる
家族がいたありがたみが骨身にしみてわかったからである。
病院では見舞いもなく看護婦から虐待されたし何か自分に対して情をかけてくれたという人はいないのである。これほど他人が非情なのかということで家族への思いが感謝が深まったのである。
だから人間は家族でも死んでみてそのありがたみがわかるのである
それは妻でもそうだったり死んでみないといなくなってみないとありがたみわからない
それは人間はそもそも空気のようにあるものに感謝などしないのである。
それはこの辺が原発事故で故郷に住めなくなったことでずっと書いてきたことである。
失ってみてその価値がわかる、死んでますます家族で結びつき強くなるということもありうる、なぜなら今までは感謝もしなかったが感謝してその本当の価値を知って結びつきが強くなるということである。

原発事故で避難してもし避難した先でユダヤ人のように苦しめられたら差別されたりしたら故郷のことがどれだけなつかしく思うかもしれない、そして故郷あることがどれだけ幸せかと思うかもしれない、それは故郷に普通に暮らしていてもわからないことなのである失ってみて本当の価値がわかる、国だってもしシリアのようになって難民化したら国があることがどれだけ幸せなのかとなる
いづれにしろ生者と死者の問題は人間にとって深刻なるが故になかなか簡単には解決できない、ただ死者が全く無きものとはできないことは確かである


生者と死者は
生前より強く結びつく
その真の価値を知りしがゆえに
寒夜の星のように
星座のように結びつき
永久に輝く

タグ:生者と死者

2016年12月05日

デンデラ野の現代的意味 (そこが不幸だったのかどうかわからない)


デンデラ野の現代的意味


(そこが不幸だったのかどうかわからない)


「六十を超えたる老人はすべてこの蓮台野に追い遣るの習ありき」。つまり、口減らしのため高齢者を追放した場所だった。「いたずらに死んで了うこともならぬ故に、日中は里へ下り農作して口を糊したり」。お年寄りたちは身を寄せ合い、わずかな耕地で自給自足しながら死期を待ったのだ。

デンデラ野といいうときなぜかうば捨て山のイメージになる。
ただこれも昔のことになると常に誤解が生じる、現代からイメージするからそうなる。
飽食の時代に昔のことがイメージできなくなる、食料も満足に得られない時代に、口減らしは別に間引きとか生れる子供にも行われていた。
食料が限られていればそうならざるをえない。だからそれが残酷だとはならない
そうする方でもぎりぎりでそうなっているからである。

ここでの老人はそういう生活が厳しいためにそうなったのでありそれが子供が残酷だとはならない、それをわきまえてそういう風習が自然と生れたのである。
ではこのことが全く不幸であり残酷だったのかというと現代からイメージするからそうなる
現代の延命治療の方が残酷だともみる、生き地獄を経験させられているからだ。
豊かさの中でかえって人は地獄を経験する、そういうことも人間社会にはある
だから常に人の幸不幸は計れないのである。

お年寄りたちは身を寄せ合い、わずかな耕地で自給自足しながら死期を待ったのだ

こういうことができたのはそういう共同体の中で暮らしていたからである。
日々暮らしをともにしたから自然と最後も仲間と一緒に暮らしたのである。
そうした人のつながりは簡単にはできない
農家が三代で農家と認められるというときそれだけの時間がかかって仲間としで受け入れられるということである。
自分の家のことでも二代目にしろ店をやっていたとき良くきていた人が大正生れの人が自分の母親をふくめ三人死んだ。その親の代からの人のつながりが生れる
ただこれもみんながうまくいくとはならない、人にもいろいろいるからだ。
ただ人のつながりは一代くらいではなかなかできないということもある
街内は農家と違って代々住んでいる人は少ないから余計にそうなる

このことで示唆しているのは老人自体が何を思ったかというと
子供たちに迷惑をかけてはいけないということがあった。
それは生活が厳しいからそうなった。食い扶持を確保できないから自ら自給自足しようとしていた。子供たちに頼らないようにして最後を迎えようとしていたのである。
これを現代と比べるといかに今は老人があらゆる面で医療であり介護であり若い世代に負担させているので老人は早く死ねと若い人たちに言われるのである。
それはまた現代が豊かになっここともあるがそれでも若い世代の負担に老人がなっている

でんでら野では医療も介護サービスもなにもない、食料さえ援助がない、自分たちでまかない仲間とともにあって死期を迎えたとなる
ただそれが不幸かとなるとまたわからない、そこには仲間がいたということが慰めになるそういうことができたのはその村での暮らしの継続がありできたのである。
だから都会から老人を田舎に移すということを批判する人がいるものわかる。
全然知らない老人が田舎に押し寄せてもとまどうし第一それだけの世話する人材もいないのである。
田舎に都会の老人をまかせる、捨てるともなるのかとなる。でもその人たちはもともと田舎に暮らしをともにした人たちではないのである。
だからこれも何か不自然でありやっかいものを田舎にまかせて捨てるという感覚になる
これはいくら都会の人たちが金があってもやってくれるわけではないのである。

何か原発事故でも補償金でもめたけどなぜ船主などが漁業権などを東電に売り渡して多額の補償金を事故前も事故後もさらに手厚くもら立派な家を建てていることに回りのものが不満になる、避難区域の人たちもいわきではいやがらせまでになった。
それは世の中なんでもすべて金になっても金では解決できないからそうなっている
まず人間のつながりは時間がかかり一代だけではできないとかなる
デンデラ野でともに老人が身を寄せないとか助け合い暮らしたのはそういう暮らしの継続としてあったからできた

ともかく何か老人問題というとき人間は結婚して子供をもち家族をもつ、ところが子育ても終わり夫婦だけになるとか夫婦でも夫が妻が死ぬと一人になる
自分も親が死んで一人になりまた切実に一人暮らしで求めているのは実はまた新しい共同なのである。
家族がいないということはそれに代わるものを求めることになる
それが村とかの共同体にはあったが現代ではないからそこに孤独死とかの問題が起きる
デンデラ野では医療も介護もないが仲間がいて看取るということがあった。
孤独死はなかったともなる、だから時代によって幸不幸はわからないのである。
そしてなぜ葛尾村とかではあんな不便な所なのに帰るという人が多いという。
そこはやはり飯館村と同じように人とのつながりが濃いからかもしれない、小高は別に放射線量など高くないのに帰る人が少ないというのはなぜなのか?
人とのつながりがそれほどなかったからなのか?何かこれも考えさせられる

意外と老人とか一人暮らしでもそうだが金も大事だが人とのつながりが大事になる。
なんか夫婦でいて妻が死んで何か事件を起こした老人がいた。
ゴミ屋敷とか猫屋敷とかなるのも一人暮らしもそうである。
何か一人暮らしには問題が起きやすいのである。
一人暮らしというのは親が死んでわかったが何か新たな共同性を求めるのである。
それは家族でもない、夫婦でもない、つまりデンデラ野のように老人だけが集まりそこでともに暮らすというのは今は老人ホームになっているがそれとにている
そこが家族ではないにしろそういう機能をもっているし期待されている
デンデラ野というとき何か今からするとマイナスイメージになるが現代にも通じるものがある。
ただ老人ホームとかのその形態が変わったのである。何でも今あったことは昔もあった。ただ形態とかが変わっただけなのである。
老人ホームで若い人の世話になることは何か本当は後ろめたいこことなのかもしれない
デンデラ野では生活条件の厳しさからそうさせられたがそれが現代でも何か老人問題で示唆するものがある。
だから何でも現代的な問題でも歴史的に考察する必要がある
人間そのものは変わらないということがあるからだ。

タグ:デンデラ野

2016年12月03日

団塊の世代が介護難民化する深刻 (誰も負担しきれない介護の重圧)



団塊の世代が介護難民化する深刻


(誰も負担しきれない介護の重圧)


近くの自分の家で店をしていたとき良く来ていた女性が95歳で死んだ。
その人は90歳までまっすぐ立っていた。自分の母は90度に腰が曲がっていた。
腰が曲がるとき苦しんで死にたいと言っていた、相当に腰が曲がる時痛いし苦しむのである。でもその後も20年くらいか腰が曲がったまま普通に生活していたのである。

今回死んだ老人は腰が曲がることがなかった。それで89歳でこの辺が原発事故で避難したとき一緒に避難したという、その時は丈夫だった。
しかし90歳からか91歳なのか介護状態になり95歳で死んだ。

そして驚いたのはその同級の息子が脳梗塞がひどくなりやっと歩く状態だったのである。筋肉が柔らかくなり弱くなって歩けないという、それでも車をなんとか運転している
運転しないと一人暗しだから買物もできないという、今は買物できないともう生きていけない、買物できる内は弁当でも食べてなんとか生きることはできるからだ。

その人の状態を見たらこの前コンビニまで車できて這って歩いて買物していた人を思い出した。その人はヘンスに車をぶつけて事故を起こした。
その家は蔦がはい二階は住めないような状態だった。
その人も一人暮らしだった。

ともかくあんな状態で母親も介護していたのは驚いた。ただ救われたのは弟がいて隣の街から来ていた、今も来ている、自分の場合は誰も助けるものがいなかった。
ただ弱みにつけこまれて責められただけだったのである。
その弟にしろ一週間に一回しかきていないという,あの状態で自分で買物から料理までできるのかというように見た。歩くのやっとだし起き上がるのも辛いのである。
もう実際は介護状態なのである。でも誰も支えるもものがいない一人暮らしなのである。いづれは誰かが介護せざるをえない、おそらく簡単に福祉で世話する訳にはいかないから弟がめんどうみさせられるかもしれない、農協で見に来ているがもう介護状態なのであるでも介護する人がいない、何かそういう人が増えてくる

問題は団塊の世代がすでに病気とか介護状態の人が増えてくることで75歳以上になると深刻になることが憂慮されている、たいがい60以上になると何かしら病気がでてくるのである。自分も病気になったし同級でもすでに死んだり脳出血になった人もいる。
だから75歳になると急速にそういう人が増えてくる,そしてもう介護する余裕が国にも家族にもどこでもなくなっているのだ。
金でなんとかしろというけど施設に入ると20万以上かかる
隣の人は買物を頼んでいたができなくなりいわきの施設に入った。
それはそれだけの金を息子とかが出したからである。
それだけの年金とか金をもっている人は今はわずかなのである。

自分がその人を心配していたのはその人の親と自分の親が店をしていたとき良くきていたしいい人だったからである。もう一人も前に書いたが姉が認知症になったとき世話になったこの人もいい人だった。
だから死んだ三人のことを思い出すのである。
それは親の代からのつながりでありそうなった。
人間のつながりはなかなか簡単にはできない、やはり親の代からのようにつながりが今になると大事だったなと思う

地域のつながりもそいうことがあるからユニットバスでも仙台の業者には本当は頼むべきではなかった。今回はいろいろ事情がありできなかった
なぜなら畳屋がいてその人も病気になりすでに十年介護しているとかなるとその人のことを思うからである。
自分の家の畳を作ってくれた人として今になってもつながりを感じていたのである。
それは自分の家で店をしていたときのことを今思い出しているのと同じである。
そういう地域のつながりがありそれが何かこういうふうに苦しい介護とかなると隣近所で助け合うともなる

ただ実際問題として介護はこれは助けるにしても重度になったら無理である。買物手伝うにしても手間になる、だから隣の人は施設に入ったのである。
では施設に入らない人はどうなるのか?特養などとても入れないとなるとどうなるのか
結局コンビニに車で買物に来て這って歩いていた人のようになり事故を起こした人のようになる
そのあとはどうなったかしらないがもう一人では生活できないのである。
そういう恐怖が一人暮らしにはある、自分も経験しているからわかるのだ。

これはここだけの問題ではない、全国的に起きてくるしすでに起きている問題である。
介護は平均的には五年はかかる十年だってざらにいる
その重圧は大きいのである。

それを誰が負担するのか?

本当は家族でも地域でも国でも協力しないとできない問題である。でももう団塊の世代はそうなると数も多いから放置される、野垂れ死にしろとなる、そういう兆候がすでに出ているのである。
なぜこの辺で原発事故で避難区域になったところが復興できないかというと公務員でも人手たりない、公務員が激務になってやめたいともなっているしもうつづけられないとなっているからだ。若い人も流出して老人だけが取り残されているのである。
そんなところで復興はできないとなる

いづれにしろこの介護の問題は自分だけではない、みんなにふりかかってくる問題だったのである。自分は病気も直ったし元気であるがいづれどうなるかわからないから自分のことでもある。一人暮らしは本当に現代のような時代が生き地獄になる。
ただ金しか求めなない時代である。金がないなら野垂れ死にしろともなる時代である。
また金があっても介護する人が金目あてでくれば盗られてしまう、そのことが自分も経験している

ともかく団塊の世代が七五歳以上になると本当にあちらこちらで放置されて死んでゆく老人が目立って増えるかもしれない,助けようがないとなる。
車で買物に這ってゆきついには買物もできなくなり食べることもできなくなり野垂れ死にのうよになる。それがどこでも起きる、介護難民というよりもう介護できない、それだけの負担を負えない状態になっているのだ。
だからこの世代は病気になることが最大の不安になるのである。
一人暮らしは特に病気になったらどうにもならなくる恐怖かある。
それを自分は経験しているから恐怖なのである。

タグ:団塊の介護

2016年11月12日

昨日のローソンのヘンスに車で突っ込んだ老人(2) (その家は廃屋化していて住めなくなっていた)


昨日のローソンのヘンスに車で突っ込んだ老人(2)

(その家は廃屋化していて住めなくなっていた)


昨日ローソンのヘンスに突っ込んだ車の老人は近くに住んでいた。
今日見たら蔦が絡まり廃屋化していた。
その人は車の中で寝起きしていたという、つまりもう家が廃屋化して住めなくなり
車に寝ていたとなる、車になにかいろいろ積んであったのはそのためか?

これは何を示しているのか?
ゴミ屋敷ではないが家に住んでいても家に住めなくなった
その原因がその人がもう這って歩くのがやっとでありそれで自分で食事とるのに
ローソンにきていた。
這って歩くとなるとまず料理も掃除でもできない、するとどうなるのか?
家に住むこともできなくなり廃屋化する

これも高齢化で取り残された老人である。
全国で空家が800万軒とか増えるとき何かそういう象徴的である。
街中でも空家が何軒かあるのを知った。
そこは500万で売り出していた、でも今は新しい家は街中より外に新住宅街に建てている
だから街中は住まないで放置されるかもしれない、ただ借りて住む人もいる

その人の家は二階建てでありそれなりの家である。
でも家を維持することが意外とめんどうであり金もかかるのである。
そして体が弱りついに自分の家にすら住めなくなった悲劇である。
回りの人は無関心であり車で寝起きしていたが事故を起こした
家があっても家に住めないというのも悲惨である。
家はかえって年取ると重荷になる場合があるのだ。
一人暮らしでゴミ屋敷になるのは家を維持することができない
その力すらなくなってきてそうなる場合もある

その人は這って歩くことしかできないのだからそうなった。
一人暮らしで体が弱ると悲惨な結果になる
それは自分も経験してきたからである。
今の時代回りで近所でも助けない、かえって人が弱ると楽しんでいるとかそれよりその弱みにつけこまれて犯罪にもあう、そういうことを自分は経験していたからである。
だから老人は一人暮らしの人などはどうしても施設に入るとなるがここも安住の地ではないが一応助ける体制はあるあ、あんなふうに這って歩くまで放ってはおかない
今の社会では放っておかれるのである。
だからテレビでも放送していたがぎりぎりになり救急車で運ばれたとき助ける
それまでは放置されていると放送していた。

あの人もぎりぎりになり事故を起こして警察が来てなんかまた他に市役所の福祉関係がかかわるかもしれない、ともかくあれは高齢化社会の象徴的なものかもしれない。
自分の家があっても自分の家にすら住めなくなりついに車に寝起きして辛うじて食料をコンビニに買い這ってゆき、また車にのったが事故になった。
高齢化社会はそういう人が増えてくる、一人暮らしが増えてくるし増えている
近くに息子や娘がいない場合も多い、すると放置されたままになるのである。
福祉といってもそれが簡単にかかわるということもないのである。
福祉にたすけてもらへと言ってもではすぐに特養に入れるかとなるとこの辺は原発事故とかで以前として人手不足とかで入れない
それであのように這って歩き車に寝泊まりして家に住めなくなるまで放置される

結局家は必要でも家は人を助けてくれない、かえって重荷になることがある。
人を助けるのは人である。ただその人が今は無関心なのである。
だから金がないとかになると施設にも入れないで放置される
近くの人は買物ができなくなり息子がいわきの施設に入れた
それだけの金があったからできたともなる、施設に普通に入れたら20万は月かかるらしいそのくらいの金がある人がどれくらいいるのか?
その負担も大きいのである。するともうこの人のようにぎりぎりになるまで放置されてしまう。

あの人のことはみんな知っていたのである。でも誰も助けないのである。
福祉の人も回っていなかったのだろう。
とにかく高齢化社会ではこういう人が膨大に増えてくる、それが高齢化社会の現実なのである。野垂れ死にのようになって死ぬ人が増えるかもしれない。
近所だって助けないし助ける余力もないとか無関心であり放置される
最後は金がある人は金に頼むしかないという冷たい社会になっているのである。
つまり老人は死んだ方がいいとか若い人もいつも言っているのだからそうなる
障害者の大量殺人の次はこうして増える老人の大量殺人とはならないまでも見殺し放置になる、そういう覚悟も必要なのが高齢化社会だともなる

タグ:廃屋と老人

2016年11月11日

鹿島区のローソンで車がヘンスにつっこむ事故 (高齢者の一人暮らしの危険)


鹿島区のローソンで車がヘンスにつっこむ事故

(高齢者の一人暮らしの危険)

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この事故を起こした人はみんな知っていた。ローソンにきて這って動けないとき助けて車にのせたことがあるからだ。
その人はいつもそうしてローソンに買いものに来ていた。
それでみん知っていたのである。まず動けないで這ってやっと車に乗っていたのである。這ったまま動けなくても車に乗れば運転できると言っていた。
でもなんか店の人もそういう状態でもなにもしていない、でもみんなその人がそうしていつも買物にしていたのである。
そして今日ローソンに行ったらヘンスにつっこむ事故になり警察が来ていた。

その人のことはどこに住んでいるかもわかっていた。
やはり一人暮らしでやっと買物をしていた人だった。
あんなふうにしてまで買物するということは誰も助ける人もいないからそうしている
隣の女性は買物ができなくなり頼んで買物してもらっていた。
でもついに一人で暮らせなくなりいわきの方に息子が連れていって施設に入れた。
結構高いけどそれだけの金があったから入れたともなる

最近良く高齢者の交通事故が話題になる、事故が起きるのが増えている、その人はとてもすでに運転できる状態ではなかった。
でも一人で助ける人がいないから這って買物していたのである。
これは福祉関係の人が見回りしてなんとかするべきものだったのだろう
なんかこういう人が高齢化社会でこれからも増えてくる
そういうことが自分にもあてはまるしだから一人暮らしは恐怖なのである。

この人はそもそも運転できないのに運転せざるをえなかった

高齢者でも簡単に車をやめるわけにはいかない、一人暮らしだから這って店に入りでてゆく、車がないと買物ができないとしたら死ぬほかない、買物は意外と重要なのである。
買うことができれば別に今は料理することもない、弁当だけでも食べて生きていけるのである。
だから隣の女性は買物ができなくなり施設に入るほかなくなったのである。
警察が来るというよりこれは福祉関係の人が来る必要もあった。
もう一人では生活できないからである。

何か高齢化社会ではこうしたことが頻繁に起きてくる
高齢者の車の事故が増えたのはそのためなのである。
車をやめさせるといってももしこの人のように買物もできなくなったら死ぬことにもな
だからやめることもできな人もいる。誰か助ける人がいればいいがいなかったらそうなるそういう人も増えてくるのである。
這って歩いていても無関心だという時代でもある。福祉関係に連絡するとか必要だったのだろう。
自分は一回だけ助けたが他の人も店の人もそのことを知っていたけど無関心だったのである。コンビニとかなると店の人は客に無関心ということもある
今の社会は何かそうして無関心なのである。そういう社会になっている
だから一人暮らしとか身寄りがないとうなる本当に恐怖である。
誰も助けてくれないという時代である。
ただその人の名前を知っていたということはどこに住んでいるかもわかっていた人もいたのである。

とにかく高齢者の交通事故は社会問題になっている、この人もヘンスにたまたまつっこんだだけですんだけど大きな交通事故を起すこともあったから危険である。
でも免許をとりあげたらどうなるのか、買物もできないとなる。
そういう一人暮らしなどの高齢者は増えているのである。
一人暮らしでもいろいろあっても別に近くに息子や娘もいる人も多い
でも誰も助ける人もいない高齢者も増えてくる、その人は車で這ってまで買物して事故を起こした、回りの人は無関心だったとなる
最後は買物できなくなり力尽きて死ぬとまでなる
これが高齢化社会の現実だともなる、ただ回りで見ていたのだから知っていたのだから何か福祉とか何か対策をとる必要があった。
その人は近くに住んでいる人だと思わなかったのである。