2014年03月01日

不便な所から離れてゆく現代の生活 (田舎でも都会と小さな町と村ではまるで違ったものとなるー医療が一番の問題)


不便な所から離れてゆく現代の生活

(田舎でも都会と小さな町と村ではまるで違ったものとなるー医療が一番の問題)

●田舎の田舎で困るのは病気の時


現代社会の生活そのものが原発事故などで問われた。
過疎化とか限界集落とかがいつも問題になっていた
それは現代生活が便利になっているから
便利な都会から離れた所は不便であり住みたくないとなった
それで大内村の人が補償金がもらえると郡山市に移り住むと
大内村には帰りたくないとなってしまった

この気持は自分でもわかる。

例えば南相馬市といっても最近小高町と原町市と鹿島区が合併してできた
原町市は5万くらいあって都会だったのである。
5万が都会なのと10万とか30万とか50万とか百万都市に住んでいる人からみたら
そこも田舎だよとなるが住んでみれば全然違う。
原町区と鹿島区がどれだけ違っているのか?
それは病気のときわかる。

また母が小便が出ないと夜に厚生病院に行った
そこは近くタクシーだと600円である。

でも前は歩けないから介護タクシーで行くほかないとなっていた
でもこの介護タクシーは鹿島区にはない
だから原町区とか相馬市から呼ぶことになる
すると一万くらいかかるというからがっかりした
それも理由ははっきりしている
普通のタクシーでも原町に行くと4000円くらい片道でとられるのだから
呼べば当然それだけの金がかかることは普通なのである
タクシーはそもそも長距離になると馬鹿高くなるのだ


そしてここで泌尿器科がないので原町の専門の開業医でみてくださいと言われた
その医者は原発事故以後支援のために入った医者だった
その他に何人か入っているが看護師の支援はないてので看護師不足である
ここでは開業医でも二軒しかないからたりない
原町と相馬市は開業医が多いから病気の時は恵まれている
車があれば楽なのだが車がないとまた通うことも大変になる
田舎では車がないと暮らせないというのは
病気になったらこういうふうに遠くに行かざるをえなくなるからだ


●田舎は広く車がないと不便で危険にもなる


例えば買い物でも海老村から街の方を見たらかなたに見えた。
そこから自転車で行くとしたらかなりの距離になると思った。
街から少し離れているからさらに遠いのである
その離れた距離感が街内に住んでいるとわからないのである
田舎に住んでこの病院や医者の問題が一番困る
健康であればいいが病気になったらへたするとみてもらえず死ぬ
そういう恐怖を何回か自分自身が味わったのである


だからなぜ大内村の人が帰りたくないとなるかというと
まさに高齢者が多いから病気のことで通うに楽だし
先進的な医療も受けられるから郡山市の方がいいとなった
つまり大内村と郡山市の差はあまりにも現代では大いすぎたのである
高齢社会になるとどうしても医療や介護の充実した所に住みたいとなるのがわかる

それがやはり5万の都市や10万の都市や20万の都市では格差が生れる
何かむずかしい病気になったらもお手上げになるのが過疎地域である

その過疎地域というとき南相馬市は市だから都会だと思っているが
その範囲は広いのである。

鹿島区は原町とか相馬市とすると急に田舎の村とすら感じる
その一番の要因が開業医や病院の差だったのである
もちろんその他レストランでもいろいろあり便利なものがある
それらはいいとしても病気だけはどうにもならないから困るのである


●田舎の人間関係は狭く陰湿でも抜け出せない


原町が都会だという時やはりおそらく人間も街内に住んでいれば
都会的になりあまり他人を詮索するようなことはないかもしれない
人の出入りが多いとやはり都会化して他人に無関心になる
それはいい面と悪い面がある

隣の人の関係は良くなくても水道管が破裂して水が流れだしていた時
水道の元栓を閉じてくれたのは助かった。
田舎ではいつも見ないようで見ている人がいるからだ
隣にも迷惑かかるときがあるからそういう面ではいい


でも街内といっても一万くらいの街内とまた少し離れたところは農家が多く
その人はそういう中で暮らしているので親戚も多く見張られていて
年取った女性でも中には入れないという
その人も75才だから相当な年である
それでも見張られていることでだめだとなっている
それだけ回りがうるさすぎるのである
監視カメラが田舎では人間になっているのだ
逐一人間が監視していて報告されるのである


田舎は物凄く陰湿です。

住民間の陰口は頻繁にありますし、親戚が何らかの問題を起こそうものなら、白い目で見られた上に徹底的に誹謗中傷されます。ですので、足を引っ張られないように、身内の恥をとかく隠そうとし、それが田舎の隠蔽体質へと繋がっていくのです。
更に。金持ちなどは、事件の揉み消しや隠蔽を平気でやります。最悪の場合、被害者が悪かったかのような中傷まで流れ、被害者側が住んでいられなくなって土地を出て行くなどという信じられない蛮行が起きたりもします。
こういう田舎では殺人事件だって起きますよ。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q111198476


くだらない噂好きな老人も多いです。毎日暇なのでしょう。私の母親が親戚のおじちゃんと一緒に車に乗ってるだけで不倫の噂が。親戚ですよ?親戚。呆れて怒る気にもなりませんでした。
http://loco.yahoo.co.jp/qa/11110744421/


山口県周南市金峰地区郷集落で起きた連続放火・殺人事件があったがこれは地理的には相当に辺鄙な所だった。
まるで閉塞された山間の少人数の高齢者が多い村だったのである。
こういう場所は地理的にもそうだが狭い人間関係から逃れられない
すると出れないとなると相手を殺すまでなる
そういう怖さを田舎は秘めているのだ。


最近つきあった人はまるで絶えず周りの人に追い回されて窮地にたたされている。
なにかやと噂をたてられ逃げ場がない状態になっていた。
でもここから出て行くことができないから狭い場所で耐えているかほないあわれさである
自分の場合は田舎でも田舎の人間とかかわっていない
ただ家族が一人死に一人は介護になり全部家のことを一人でとりしきるようになって
外部と接触せざるをえなくなり犯罪にもあうしまたそうした田舎の人間関係の窮屈さを知ったのである。


ただこの辺は津波原発事故であらゆるものが急変してしまった。
だから外部からも人が相当数入り田舎の閉塞的な人間関係でないものも生れた
村自体がなくなるような激しい変化で今までの村だけの人間関係も破壊されたのである
そういう大きな変化の中で人間関係も変わった
村のコミニュティすら破壊されてしまったのである
だからこういうときは新しいものが生れやすい
古いものが全部失ってしまったらなくなってしまったら
そこには新しいもの作るほかないからである
ただその変化があまりにも大きすぎて以前としてとまどっているだけなのである


2014年02月28日

百才生きる人の謎 (99才で血液の酸素濃度が普通の人と同じだった)


百才生きる人の謎

(99才で血液の酸素濃度が普通の人と同じだった)




酸素は血行を良好にする働きがあります。血液中の酸素が増えると血管の内壁に付着した コレステロールなどの不純物を一緒に流し、血液そのものを浄化し、清浄します。


血圧の安定


酸素は血圧を調整する中枢神経に好影響を与え、自律神経が安定するため、血管が自律 神経の働きにより拡張します。またヘモグロビンの活動を高めるため血圧を安定するには 酸素は必要条件の重要な物質となります。

心臓は生きている間拍動し続けますが、毎分70回として1日約10万回、80年間に換算すると約30億回も全身に血液を送り続けます。そして、そのエネルギー源は冠動脈から与えられる酸素だけなのです。つまり、血液を送り出す効率は心肺機能にとって死活問題なのです。運動不足や悪食などから生じる血中酸素濃度の低下は、細胞の働きを鈍らせ、やがてさまざまな成人病の原因となります
http://www2.tokai.or.jp/yamatoseitai/yamato/omote/oxas/oxas01.html




自分の母親は99才だけどなぜこんなに長生きしたのかわからない。
まず体力はない、細身であり力仕事はできない
胃腸がいいからじゃないかと言われたが胃腸は弱い
実際に胃腸の病気になっていた
細身の人は一般的に胃腸が弱い
自分も母とにているので細身であり胃腸が弱い
たからなぜこんなに長生きしているのかわからない


性格は真面目であり大正生まれで働くことしかしらない
紡績工場で若い時は十年間働いていた
その時環境が悪いから肺病になっても不思議ではない
それもならなかった
ともかく食事している様子を見ると食べることを真面目なのである
こつこつと一つ一つかみ砕き丁寧に食べている
自分は雑でありがつがつと食べるのとはまるで違った食べ方をしている

80まで店で仕事していたし80以降も家事をしていたし
90過ぎてもアパートの一人暮らしができていた
92才でこれだけのことができることは凄いことだろう
93才頃から弱りはじめて介護状態になった

今回入院したのはトイレに行けずホータブルトイレにも行けず
食べることもできなくなったためであった
けれども点滴したりして栄養補給してリハビリまでして
また前とは違うが回復した
トイレまで大便の時は歩いて行っている
距離は短くてもこれだけ歩くことはかなり大変なことである


そもそも何が長生きする要因なのか?
それは人それぞれであり環境も影響しているのか?
様々な因子が作用して百才生きる
母の場合は体の何が長生きする要因を作ったのか?
血液が酸素濃度が平常だということがそうなのか?
酸素がいかに人体にも大事かはわかる

運動して疲れると酸素不足からきている。
だから激しい運動したあとは酸素を注入すると元気になる
だから自転車でも疲れたら酸素水を飲んだらいいとなる
どうしてもこの頃筋肉の疲れがひどくなる
すると酸素水が効果あるのかなともなる


ニコチンが体に悪いのは血管収縮して酸素が十分に運ばれないためである
一酸化炭素も出すから酸素がとりこめなくなる
絶えずプカプカタバコを吸う60才くらいの女性がいる
その人の肌は皺が寄り10才ふけてみえる。
皮膚の色もつやつやしていない、老化が早く進んでいる
それよりその肌の感じはタバコ吸っているとみんななりやすい
タバコを吸っているとあんなふうな肌にみんななっている
その人は人より苦労しすぎてストレスが大きくタバコがやめられないのである
ただその人ととなりは悪い人ではない、性格はいいのである
だからタバコを吸っている女性がみんな性格が悪いとはならないと思った
ただ見た感じは本当に普通より一段と老けているからいい感じを与えないだろう。


ともかく百才まで生きる人はなぜ生きられるのか
その要因も一つではない、何事も原因と一つではない
例えば犯罪でも決して一つの原因ではない
いくつかの要因があってする
単に人を殺してみたいというだけでも人を殺していた人がいた
それも動機になるから人間の心理はあまりにも複雑なのである
別に金がないから盗んでいるということにはならない
病気も一つが原因でなるとは限らない
最後はたいがい合併症で死ぬ
事故だってなんだって一つの原因は起こらない
いくつかの要因が重なって事故も犯罪も起こる


長生きできるのはやはり医療の進歩もあり栄養もいいとか
やはり現代の環境が長生きができるようになっている
誰でも生活保護者でも食べるものはさほど他と変わりないのである
母の場合は性格的に何かこつこつと無駄なく生きるタイプであり
それが性格的な長生きなのか遺伝子なのか
兄弟でも姉は89才とか弟も89才とか生きた
でも一人は60才でガンで死んだ
だから遺伝子が影響しいるのかどうかはわからない
人間はみんな遺伝子では決められないからである。

いづれにしろ母はこの調子だと百才は生きるのだろう。

ただ元気でも次の日死んでいたという人もありこの年になるとわからない
トイレまで歩いたことや多少回復したことを見ているとそう思う
でもほとんど食事は朝はモチを切ったもの一つとか
ご飯にゆで卵一つとかあとはわずかの菓子くらいしか食べない
そんなで栄養がとれるのかとなる
栄養をとらないと弱ってくる
病院では点滴して栄養がとれて回復したことでもわかる


ただ人間は百才まで生きるとどんな感じになるのだろうということはある
自分にしてもこれから30年生きるということが考えられないだろう。
その時頭が正常でいられるのか、どうなふうな考えになるのかとか不思議である
30年は相当に長いからである
ただ百才の人はこれからも相当増えてゆく
一方で団塊の世代は栄養のとりすぎで糖尿病などがふえ早死にだという人もいる
これは結果を見ないとわからない

百才は一世紀だからこれだけ生きれば十分だとは言える
でも母は人生を生きたとは言えない
働きづめで花にも興味あるものが何もない
殺風景な索漠とした風景である
何かに感動することもない
ただ長生きしたということだけなのである

そういう人が人生を生きたとなるのだろうか?
それはその生い立ちが不孝だったからそうなったのである。

まあ、自分の家では百才まで生きたということは家では勝者になった
一人は若くて早く死んで敗者になったとは言える
大正生まれが百才だということはその前に明治が30年くらいあるから
それだけの月日がすぎたということなのだ

ただ津波や原発事故が起きたことを教えても何にもわからない
だから認知症になってからは世間のことはわからないのだから
生きたとはならないかもしれない
何か世間のことでも理解していればまだ生きている
認知症になると世間のこともわからなくなるから
生きているとも言えなくなる
百才まで生きてなお世間のことも自分のこともわかっていれば生きている
そういう人はやはり本当に百才を生きたとなるだろう
そういう人はいるから百才の時代とは言える

タグ:百歳

2014年02月24日

看護、介護がなぜ在宅がいいのか (病院や施設で人間を数として見ている)


看護、介護がなぜ在宅がいいのか

(病院や施設で人間を数として見ている)

家で介護している限りはその人は家の価値観の中でその人をみている。
家族でも千差万別だからその人が家族でどういう立場にあったの人なのかわかりにくい、
最近つきあった人も本当にわかりにくい、前の夫とともつきあっているし
障害者の息子ももっているしなんかわけわからなくなる
家族関係は本当はその家族しかわからない人間関係をもっているのかもしれない
だからその人が家族でどういう立場になったのかはその家族でないとわからない

自分の家族も外から見たらどんなことしても理解できない家族だった
そんな家族関係があるのかと不思議に思ってしまうだろう。
でもそういう家族の中で自分は育ったし最後も看取ったのである。

介護の時はその人の価値づけは家族の中で行われるのである。
家族の中でどういう働きをしたか立場にあったか、
家族にどいうふうに尽くしたかとがが問われる。

だから実際の親子関係でも全く親の働きをしなかった人もいるから
介護の時は粗末に扱われることは普通にある。
ただ害を残しただけだとそうなってしまう。
介護で自分が世話になった分しか介護しないというのもそのためである。
だから兄弟でも姉妹でも一番かわいがられたものが介護しないとかなる
親でも価値づけが兄弟姉妹で変わってくるからである。


この家族から一旦外に介護になるとまた違ってくる
ただそこではそうした複雑な家族の関係や価値づけとは違ってくる。
家族という価値づけの世界から社会的公平な価値づけが働く
それは個々の複雑な家族の価値づけではなく平等の原理が働く
その人が家族の中でどういう立場にあったのかなど関係なくなる
一人の介護者でありそれは誰々の家族というものではない
一人の病人であり介護者である

それはただその病人の様態で介護度で決められる
少しでも歩ければ早めに退院してくださいとなり
まだ重傷で歩くこともできなければ長くなる
その人がどういう家族の中で生きて来たかなどは関係ない
だから今では特養でも介護度が優先順位になる
前は身寄りがない人が優先的に入れた
今は介護度で決まりやすい
その他いろいろなことを考えても他人にはわからないからである。


結局病院や老人ホームでもそれは頭数で考える
病院では収入を増やすために一人一人の事情など考慮することはできない
10日入院だと収入が多くなるから少しでも歩けるようになったら出てくださいとなる
そして新しい人を入れることに力をそそぐのである
一人何日入院していくらだと絶えず頭で計算して対処しているだけなのである。
それは老人ホームでも同じである。


例えば経済活動でもレストランでも頭数をふやさないと利益があがらないから
一人は単に定価分を払う数にすぎない、それが経済活動である
同じ金額を払うのだからその人が特別な人とはどこにもならないのである。
数をふやせば利益もあがる。それが日常の経済活動なのである。
これは政治活動でも同じである。
一票は頭数であり数を集めない限り選挙には勝てない、
だからどんなに社会に貢献している人でも生活保護の人でも何でも一人一票なのと同じである。
カルト宗教団体でもこれは同じ考え方で人集めをする
頭数が集まればそれが数として社会へ反映させられる
それも経済活動の一環と同じなのである。
社会活動や経済活動ではその人が特別だということにはならないのである


だからそんなふうにただ頭数として計算され処理されることはわびしいとなる。
病院では死んでもそうなる。すぐにかたづけてください、葬儀屋は呼んでありますとか
ただ金として頭数で計算されて火葬場に送られる
その人をいたむ心はないのである。
でも現実に家族でもないとしたら看護するにしろ介護するにしろ
家族のようなまた何かその人への思い入れをもつことはできない
だから介護度で判定してあとは数で処理するのである。

だから議員ですら番号で呼ばれたとうことがあって怒った。
つまり病院や施設では本当に番号として処理されても不思議ではないのだ。
その個別の人間として扱う余裕もないし患者も介護者も番号として処理される

医者でも看護師でも介護士でもその人に特別思い入れをもつことはなかなかできないだろう。
次々に患者は苦し病人も苦し介護者も来るからである。
だから病院では金の計算が先になる。
早く退院させて回転率を良くしてゆくと金は効率的に入ってくるからである


ただ人間にはそれぞれの人生が個別的人生がありそこに価値がある。
それを病院や施設では考慮できない、病院では病人でありその病気をみる、
施設では介護者としてみるだけである。
家族でみるときは複雑にしろ家族的価値観でみている。

また人間には個別的人生があり価値観がありそれが本来の人間を価値づけている。
そういう方面の価値は誰かみるのかとなる。
自分はその人の話しを聞いてそういう苦労をしたんですねとかあいづちをうったりして聞いたりしているとき
相手の人生に入りその価値を認めているのである。
認知症の人でも最後まで人間としてのプライドをもっている不思議がある。
だからあなたは戦争で苦しみいろいろと辛いことを経験して生きてきたのですねとか
話を聞いてやると満足するのである

こういうことは医者も看護師も介護士もしているのはごくごくまれである
そんな余裕がないのが現場だからである
そこで人間がモノのように処理される
だから病院とかで死ぬのは嫌だとなるが最後は病院で死ぬのが8割になる

かといって在宅介護は家族にとって重荷になりすぎている。
家族が少ないからできないのである。でも国では在宅介護がおしつけているのである。
本来はそうあるべきなのだがそうできない、そこがまた介護の大きな問題なのである。
いづれにしろまた退院したら前より介護は苦しくなる
介護とが増しているからそうなる。
ただ介護される方にとっては家がいいとなるのだろう。

食事の面では病院の方が良かった
食べやすいものが出されたからである。
家だと自分はそうしたものを作れないからである。
介護を家でするのには人手が必要なのである
人手はあまっているけど活用されていない
介護士とか専門の人だけに頼るの無理がある
隣近所で昔はしていたというのもわかる
介護はそんな専門家ばかりに頼っていたらめんどうになるだけだからである。


いづれにしろ現代社会はみんな経済的には頭数として計算され個別的なものとして価値を認める所はない、
江戸時代あたりの方が人間を個別的にそれぞれの立場を尊重してみていたかもしれない、
それは人間同士が濃密に交わる社会だからそうなった。
交わる場所も村とか狭い場所だからそうなった。
ただこれもいろいろ見方がありわからない
ただ江戸時代がすべて貧困などばかりでいいことはなかったなどとはみれない
江戸時代には江戸時代なりの人間の価値観がありそこではかえって現代のように
数としてだけ処理される経済活動だったとは言えないものもあった。
ただそれを言うとまたその見方も否定される
ただ時代をみるには江戸時代でも今を見るのに参考にはなるのである。

2014年02月22日

東日本大震災から2年 追い詰められる介護現場 ―福島県南相馬市からの報告―


東日本大震災から2年 追い詰められる介護現場

―福島県南相馬市からの報告―


南相馬市の北部にある介護老人保健施設「厚寿苑(こうじゅえん)」です。震災直後、一時は休止に追い込まれましたが、
市内でもいち早く活動を再開しました。

現在、およそ20人の介護職員で、50人を超える入所者のケアに当たっています。

この地域は、以前から介護の人手不足に悩まされてきました。震災以降介護を必要とするお年寄りが急増し、
今まで以上に厳しい運営を強いられています。58床あるベッドは、ほぼ満床状態が続き、260人を超える人が空きを待っています


100床ということで、12月に新しい施設が開設予定なのですが、未だ働く人が集まってきていません。先ほども話したように、30分でも、1時間でもいいんです。利用者さんとゆっくりお話していただけるような、ボランティアの方でも良いので、この地域で今困っている人のために、一人でも多く働きに来てくれる仲間を期待して待っております。よろしくお願いします。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/summary/2013-03/11.html

今問題となっている療養型病床である。療養型がなくなると「介護難民が出る」という言い方は間違いである。いわゆる老人病院から療養型を整備する時に、収容するための箱をつくりすぎたのである。



震災以後この辺の病院介護は危機的状態になった。介護する人も増えた。避難中に認知症を発病した人もいた。もちろん病気になり介護状態になった人もいた。
そういう状態の時、若い看護師介護士が南相馬市から流出した。
それも大きな痛手となった。その後も看護師と介護士は集まっていない
それで新しく建てた老人の施設も人手不足で100人収容でも機能していない

それはこれまでもここだけの問題ではなかった。老人施設はどこも人手不足に悩んでいた
箱ものは作ってもそこで働く人がいないのである。
病院とか介護では建物より人の方がより大事になる。
人手が多ければ多いほどいいのである。
介護する方も介護される方も楽になる。


在宅で苦しいのは今や家でも人手がない
一人で介護している人も多い
一人で二人を介護している人も多い
この辺では別に人手がないというわけではない
現実に3000人くらいの人が仮設に入っているけど
この人たちはほとんど働いていないからである。
毎日昼間から酒飲んでパチンコして遊んでいるのが多い
東京の方まで遊びにでかけている老人もいる

こういう危機的な状態の時
バチンコ屋で人がたりないとか言っている人がいた
これも馬鹿らしいのだけどそういう現実もあった
自分は介護していてもそんなこと見てみぬふりである
これは個人的でも今は南相馬市全体に起きていることなのだ


ボランティアの方でも良いので、この地域で今困っている人のために、一人でも多く働きに来てくれる仲間を期待して待っております


こういう危機的場があるのに遊び暮らしている。
補償金で遊んでいればいいという意識がある
こういうところに復興などあるのかと思う

遊んでいる人は南相馬市から出ていってくれ

これは自分にも問われているがここはそういう余裕のない場所になっている
遊ぶといっても数が多いのだからどうなっているのかと思う
要するに生活保護特区のようになってしまったということである。

そこではこれからも精神的荒廃がひどくなる
働くことがすべて価値あるものではないにしろ
南相馬市民の半分くらいが働かない人となるとどうなるのかということである

病院では入院したらすぐ退院してくださいというのには驚いた。
近くの人は本当に入院して三日くらいで抗議しないから退院させられた
何か看護師に愛想もなにもない、ぴりぴりして早く出したいというだけなのである。
それだけ他とは違い余裕がなく逼迫していたのである。


川内村に移住した外部の人は補償金で郡山市などで贅沢している村民を見てこんなところでは住めないと出て行った。
そういう生活はいいように見えても精神的に荒廃してくる
だから川内村のいい所があって田舎のいい所があって移住した人も出て行った。
何か前は貧しくてもいいものがあったがそれも失われた。
そういう荒廃が起きて経済的なものだけではなく精神的にもこの辺は荒廃して衰退してゆく


ナーニ、補償金で暮らせばいいんだ、何か努力しようにもできないよ
もう年だからあきらめるたよ

こんな精神状態が子供に影響してくる
そういう雰囲気は街自体にも影響してくる
そしてこういう場所は外部からのものにも嫌われてやがて来る人もいなくなる
震災から三年後の状況はもうかわいそうだだけでは解決しない
そういういつまでもかわいそうだかわいそうだというときそれに甘えてしまい何も解決しない
そういう甘えから脱することが復興へつながる。
でも現実は悪い状態に向かっている


2014年02月20日

在宅介護を強いられて共倒れになる (津波、原発避難者優先で施設にはこの辺は入れない)


在宅介護を強いられて共倒れになる

(津波、原発避難者優先で施設にはこの辺は入れない)

なぜ原発被災地域で老人ホームなどに入りにくいかとかいとう津波、原発避難者が優先されるからである。
在宅でできないからどうにもらないなと優先される。
そもそも津波被害者は家がなくなっているのだからもう在宅ではできない、
そうすると相当数の人が被害にあって仮設に入っているのだから余計にこの辺では入れない、
これは津波の被害にあった地域では共通している

ただこの辺では原発避難者がそれより多い。

特に南相馬市の問題は小高区の人たちが大勢避難していることである。
原発避難者は優遇されている時、それはイワキの方で良く言われて
双葉や大熊の人たちの車が傷つけられたりした
南相馬市では起きていないがこれから不満が大きくなって同じようなことが起きるかもしれない

一年二年は大目にみていたが三年目になると回りの人の目が一段と厳しくなる

現実に
津波被害者と原発避難者が優先して老人ホームに入れるので入れない人がいる


二人も介護していて施設に入れない人がいるのもそのためである。
それはこうした事情があったからである。
つまり南相馬市では小高区の人たちが優先的に施設に入れるが他は入れない
そのこともやむをえないとしても他では不満になる
そして小高区の人たちは補償金をたんまりもらってパチンコなどだと遊んでいる
南相馬市のために何かするわけでもない
金があるから遊んでいればいいのだとなる
そうなると小高区の人たちへ憎しみさえ生れてくるだろう


そして100人収容の新しい老人ホームでも10人介護士を募集しても来ない
建物ができても中で働く人もいない
だから民主党の「コンクリートから人へ」という政策は実際はまちがっていなかった
コンクリートという建物より働く人の方が大事なのである。
コンクリートの建物がなくても働く人がいれば介護などはできるのである
最初に人を集め次に建物を作れば良かったのである。
それが今やどこでもできないのである


全国的にも在宅介護を強いられて共倒れになる恐怖


ここだけではなく全国的に介護は在宅が強いられて老人ホームには建物が建っても人手がたりないとか入れない、
政府では在宅を奨励しているがこれも在宅でも核家族化などで
人手がない、一人暮らしも多い。つまり在宅で介護できる人は金銭的な面だけでなく人手の面でも余裕ある家なのである。
これはここだけの問題ではないすでに深刻な問題となっている
だから介護殺人も日常的に起きてくる時代になる
いづれにしろ小高区の人たちはもう小高に帰るべきである

放射線量も低いのだから放射能の問題はない
帰って自宅に住むと補償金がもらえないから仮設に住んでいるとか働かないというのは許されなくなっている


要するに南相馬市の負担を減らすには小高区の人たちは小高に帰れ!


つまり原発避難者は特に帰れとなる。復興住宅に入れるのは津波被害者であり原発避難者ではない、
原発避難者は早く小高に帰れとなる。
なぜなら土地を取得するのも大変だし南相馬市で小高区の負担を全部を背負うことはできない、
国で援助するといっても負担は地元にかかってくる。
土地の問題でも小高には土地はあるし家もある人が多いのだから小高に帰るべきである


小高区の人たちはもう小高に帰れ!

帰らないならなんらか自立する方法を考えよ、補償金頼りで遊んでいる人は帰れ!

2014年02月18日

病院は看護師不足、老人ホームは介護士不足で入れない (南相馬市の病院、介護の危機的状態)


病院は看護師不足、老人ホームは介護士不足で入れない

(南相馬市の病院、介護の危機的状態)

震災前は入院してすぐに退院してくださいとかならない、まだ余裕があったのだろう。
今日入院した近くの知っている同級の人は兄が心不全となり入院したが土曜日に退院しろと言われてそうなる。
自分は25日でありそれでも退院許可が出たのですぐに退院してくださいという時は驚いた。
退院支援援助で一週間伸ばすことができて余裕ができた。
男のベッドは空いていないとか男より女性か優先されているのかもしれない。
近くだから悪くなったらまた入院してもいいとは言っていた。

その同級の人がなぜ老人ホームに入れないのかもわからない、
最初は兄と二人で障害者一級の人と92歳の母を介護していた。
その後一人になり兄が病気になり今や三人も介護している。
これでも老人ホームに入れない、7年前から申し込んでいるとかこんなひどい人が
特養でも入れないとしたら自分などここでは絶対に入れないと思った。
南相馬市では特養など老人ホームに入るのは絶望的だとなる。
老人ホームの問題は空きができるのは死ぬときしかないとしたらなかなか空きが出ない

確かに100人収容の施設が鹿島厚生病院に連結してできた。
それもすでに入っているという、でもそこで働く人がいないのだから収容できない。
看護師不足で看護助士というのが何人か働いていた。
おそらく介護士募集しても来ない、するといつまでたっても施設には入れない
建物ができても何の役にもたたないとなる。
建物がなくても人がいれば介護などはやれのである。

兄二人その一人が障害者一級で92歳の母の三人を介護できるのか?
これだけの人が施設に入れないということは相当な危機的状態にある。
本当に見捨てられて野垂れ死にか共倒れになる。

この辺では津波や原発事故で若い人の流出や看護師不足で介護士不足で危機的状態にある。

こういうとき原発避難者が毎日パチンコでパチンコ屋で働く人がいなてくて困っているなどといっていることが腹ただしくなる。
補償金をたんまりもらっているから遊んでいればいいんだいう時は三年目で終わっている。
もうかわいそうな人たちではない、かわいそうな危機的状態の人は他にいる。
だからもうそういう人たちに同情する必要はもうない。
なんとか自分たちでするべきでありボランティアに頼る時も終わっているのだ。
復興にしても外部の人頼りで自分たちただ補償金をもらって遊んでいればいいとなっているの異常である。
そんな人たちを外部の人でも助けたくなるだろうか?
二年目くらいまではしかたないという面はあり一年目とかでそういうことは酷だった。

三年目からそうはいかない。もうかわいそうだという同情の時は終わったのである。

いづれにしろ介護は全国でも危機的状態になってくる。国で在宅でしろといっても人手がない家族が多い。
そうなるともう野垂れ死にとか共倒れとかそういう悲惨なことが現実になってくる。
それはもう身寄りがないということだけではない、もうそれだけの老人を世話することができなくなっている。
そうなるとめんどうだから早く死んでくださいということが現実化してくる。
安楽死だって容認されるし医者も看護師も見放してしまう。
それが非情でもめんどうみきれなくなっているのだ。

それだけ追われると医者でも看護師もそういう目で見ている。
一人へれば死ねば病院も空いて楽になる。
同情する余裕もないわ、次から次と老人が入ってくるんだから
そういう病院に入院してももう早く死んでくださいとなれば
病院に入る前に死んだ方がいいともなる
そういう時代に突入している
もう増えすぎる老人のめんどうは見切れない時代に現実になっている

2014年02月16日

介護もカルマだった (親の介護は個々人によって対処が違う)


介護もカルマだった

(親の介護は個々人によって対処が違う)

私ならば、母さんに面倒を見てもらった年数を数えて、その年数お母さんの面倒をみて、「借りは返しました。出て行ってください。」と言います。トピ主さんがまず自分を大切にしないと、他人を大切にする事は不可能です。
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0723/008828.htm?o=0


インターネットには様々な意見や体験が述べられている。
探すのがめんどうだけど確かに参考になる

介護は兄弟がいればかわいがられた方が親の介護しろとかなり
自分はかわいがられなかったからお前しろとかなる
つまり親と子供のかかわり方によって変わってくる
親を嫌っている子供も普通にいるからそうなる
つまり介護はそうした親子の関係が現れやすいともなる
だから義理の母とか父になると介護したくないというのもわかる
何ら世話されたこともないからである

つまり介護になるとそうしたカルマが如実に否応なく現れる
そしていくら介護を強いられてもしたくないという人はしたくない
それはカルマが関係していた

母さんに面倒を見てもらった年数を数えて、その年数お母さんの面倒をみて、「借りは返しました。出て行ってください。」

ここまでカルマを数字でさえ計るのは借金を返すカルマとにている。
カルマはこれほどまでにきちんと計られ受けたらその分と同じものを返すことを要求される。
カルマは借金のとき一番わかりやすいのである。
10万借りたら10万のカルマが生じて百万借りたら百万のカルマが生じ千万借りても同じである。
おそらく10万盗んだら10万のカルマが生じ・・・となっているかもしれない
そういうふうにカルマの掟は厳しいものがある
一方的に過剰に要求したりまた返さないこともカルマをさらに負うことになる

奇妙な話だけどある雇い主が従業員に給料を払わなかった、その分をある家で世話になり何故か無料で援助してくれた。その人は何度も雇い主が払わないことを抗議していたのである。それは正当な抗議であり労働基準局に訴えるとまで言っていたしそういう権利もあった。それは半年以上給料をもらわずに働いていたから怒りがおさまらなかったのである。ただ雇い主は払う気がないし今ではその店は客もめっきり減ったので払えないという状態にある。繁盛していた時は給料は払っていたのである。
ただ払わないという時そこに何かは従業員に対して申し訳ないとかこれは少しだけどもらってくださいとかという心使いがなかったことも怒らせる原因になっていた。

でも不思議なのはその人に対して援助する人があり多少の金は払われたのである。
するとカルマの関係は複雑となる。

三者の中にカルマの因果関係ができていたのである。

karumamamam11.jpg


この図のようにカルマを負ったのは店の雇い主である。
それは客であった第三者が雇い主がはらむなかった給料の一部を払ったのだから
実は客である人に店の雇い主はカルマを負っているのだ。ただ雇い主はこのことに全く気付いていないのである。
またそれを知らないからそうなる。
つまり従業員にもカルマを背負ったし援助した客にもカルマを背負うようにっていたかのである。
こんなことを何も思わないし何も考えないだろう。
今でも別にその援助した客は店を気に入って行っているしその客自体も雇い主にカルマがある、
借りがあるとも思わないしまた雇い主もこの人はただの関係ない客の一人だと思っているのだ。

カルマは実際は複雑な社会で人間関係でどこに発生しているかわからないし気付かないのである。
でも気付かなくてもいつか気付かされきっちりと払わされることが怖いのである。

介護に関しても自分が家族を介護したのは複雑な事情があった。
60近くまで食事でも何でも世話してくれた。
それが当たり前だと思っていたのである。
しかしそのことは他の人より大きなカルマを知らずに背負っていたのである。
つまり介護はそれだけ世話になったとなるとせざるをえないし文句もなかなか言えない
そういうカルマがありそれを今自覚させられたのである。
カルマは本人が気付かないことが多いがいづれ気付かされそのカルマを借りを返すことを要求されるのである。
もちろん返さなくてもいいがするとさらなるカルマを負いいつかまた何倍にもなってカルマの借りの返還を要求させられる



もしカルマを借りを返せないとどうなるのか?


それは来世で返すことを要求される
生まれ代わり返すことが要求される



つまり今の不孝な状態はカルマを返していないとまでなるのだ
こうなったらカルマも何代もつづくとなると怖いことになる。
前世の因果でカルマでお前はそうなったとなることが言われると同じである。

おそらく客がその雇い主の店を気にいってまだ行っているというのはそのカルマと借りと関係しているかもしれない、
カルマを返してもらいたくて行っているのかもしれないということである。


カルマの法則
●この世ではカルマ(借り)を返さない人が実に多い
●カルマは気づきにくいため
●でもカルマは確実に返すことを実際の生活で要求される

●できない場合は来世へまたは次の代へとカルマは(借り)は引き継がれる

家系の因縁とか興味ある人が多いし調べている。それはなぜか?
人間の出会いとか親戚関係とかいろいろなことが謎が多いからそうなるのだ
それを解きあかそうとしても不可解なものが多すぎる
だからどうしてとなるのだ?
その一つに確かにカルマの法則がありうる
すべてではないにしろそういう法則が人間に働いていることは確かである

人間は必ずどこかでカルマを作っているしそれが気付かなくても
実際の生活で自覚させられる
なぜこんな苦労するのだというとき
それはカルマが関係していることがある
ただそれを解きあかすことが数学でないのだから複雑すぎるから気付かないのである




2014年02月03日

近くの病院で入院してすぐに退院を要求された (それには国の診療報酬の仕組みのためだった)


近くの病院で入院してすぐに退院を要求された

(それには国の診療報酬の仕組みのためだった)


理由は個人の入院期間が短期なほど「基本入院量」が高いのです
そして入院患者全体の「平均在院日数」が短い病院ほど
「基本入院量」が高いのです

平均在院日数を10日以内の病院と30〜40日の病院では
1人1日当たりの入院基本料は大変な差が出ます
入院患者は誰でも出来るだけ早く退院させた方が
高額の入院基本料が稼げる仕組みになっています


入院基本料は看護師の配置人数によって異なり、1人の看護師が受け持つ入院患者が7人だと一番高くなります。
そして、患者が10人、13人、15人と増えるごとに、基本料金は安くなっていきます。
看護師の配置が7対1の施設基準を届け出るには、入院患者の平均在院日数が18日以内で、
入院患者のうち重症患者が15%以上という条件もあります

http://yukan-news.ameba.jp/20131112-115/


治療不要な(=入院の必要性が無い)患者を預かっていても、病院側は利益が殆ど無いどころか
その患者が転倒してケガをする、食事を詰まらせる、無断外出する等々のリスクだけは
しっかり背負わされ、病院側は大変な負担です。
更なる退院の引き延ばしには一切応じない姿勢で臨むのは、必然なのです。

病院でのケアは家庭のようにいかないので、痰にしてもすぐ取ってもらえるわけでもなく、
家にいるときより悪化してしまい、あっという間に終末期になってしまう人もたくさんいます。
連れ帰って、元気になってるかたもたくさんいます。


岩手県議・小泉光男氏が、
病院で名前ではなく番号で呼ばれたことで
「ここは刑務所か?!」と怒りをブログに掲載して話題になってますね



鹿島の厚生病院はは忙しい、看護師もあわただしく動いている。そして患者を良くみていない。
母はポータブルトイルになんとか自力で行けるからオムツが必要でなかった。
でもオムツとか他にも必要ないものを買わされた。それですぐにそれはいりません、
リハビリパパンツ買ってくださいとなった。それでまた出費がふえた。
おむつば6000円くらいかかった。

そして今日はもう先生が退院を決めたので退院する準備をしてくださいといわれた。
三日しかたっていないのにもう退院しなければならないのかとあせった。
一週間くらい伸ばしてくれと言ったがもう先生が決めたのでだめです
ケアマネジャーと相談してください

それでしかたなくケアマネジャーのところで相談したら自分には何の権限もないです
医者と看護師さんが決めることですと言われた

入ったばかりで出されるのは困るのです、まだふらふらしていますし無理です
はい、わかりました、明日先生に診断してもらい決めます
一週間くらいなら延長可能でしょうと言われた


それにしてもその看護師の態度が性急すぎる、
入院したら退院してくださいと頭の中にすりこまれている
数をこなさなければならない、次々に患者がきて入れ換えしなければならない
そういうことに毎日に追われているから
「入院したら退院して下さい」
という感覚が身についてしまっているのである。
もう相手の状態さえゆっくりみていられないのである。

もちろん病院はどこでもそんなところだということもある。
患者が番号で呼ばれて議員が怒ったというのもわかる
それは病院は次々に患者をいれかえないと収入にならないということがあり
もうそういうことが医者でも看護師でも頭にすりこまれているから
そんな言葉がぽんぽんと遠慮なくでてきていたのである。


病院と死んでもとむらうことなど医者も看護師しもない邪魔になるから早くかたづけてくださいづ、次がひかえていますからとなる。
人の死は見慣れているし何の感懐もないのかもしれない、人間はモノ化しているのかもしれない、番号となれば数字にもなる。
それはここの病院とは限らないだろう。
一丁あがりとかの感覚なのかもしれない、そんなふうに病院では死ぬのも当たり前だからである。

ただこの辺は原発事故などで特殊な事情があり他の病院よりそんな性急な態度になっているのかもしれない、だから医者と看護師がいるだけでいいということであまり不満はいえないのである。
ただ今回はあまりにも性急すぎてこっちも大迷惑したので文句を言ったのである。
文句を言っても謝りもしないしかえってめんどうなやつだとかなくだけである。

今や病院でも施設でも建物は新しく建ってもこの辺では中で働く人を看護師でも介護士でもいないから
百人収容する施設が病院に隣り合ってできても一部しか入れないのである。
この辺は特殊な事情があるにしろこれから高齢化社会ますますこういう状態が極端になってくるかもしれない、
国ではもう老人をめんどうみる予算もないから早く死んでください、
治療はそんなにできません、病院は早くでてください、では施設に入れるかというと入れないのである。
百人入れる施設でもこの辺は特に若い人が流出しているから働き手がないから
立派な施設を作っても宝の持ち腐れになるという危機がある。

これからこの辺はどうなるのか?老人は病気になったら治療も満足に受けられず早く死んでくださいとなるかもしれない、
そういう政策を国では現実にとりはじめているから病院でもこんな対応になっているのである。


つまりもう病気になったら早めに死んでください、元気ならいいです、
介護状態なったら手のかからないうちに早めにしんでください、
・・・・そんな対応になってくるのだろう高齢化社会に国でも対応仕切れなくなっているのだ。

そして最後は中世のように鎌倉時代のように野垂れ死にがふえるかもしれない、
うば捨て山がふえるかもしれない、前にも書いたけどそういう覚悟も高齢化社会では必要になる時代の到来なのか、

一方で102歳の自転車乗りがフランスにいたことには驚きである。
自分もあんなふうにして走り続けられれば最高だなと思った。
あういう人なら別に社会の負担とはならないからである。
ともかく超高齢化社会はすでに否応なく突入しているのだ。
それで様々な問題が現象化しているのである。


痰をつまらせて南相馬市立病院ではそれをとるのに悶絶して大声をあげて苦しんでいる90歳くらいの老人がいた。
隣だったから眠れなかった。
家でした方がいいというのは意外だった。それも家族の負担が大きい。
看護師はその痰をとることで苦しんでいる老人をみて笑っていたから悪魔でもあった。
その人は身寄りのない隣の老人ホームにいる人だったのである。
身寄りのないということはこういうことなど悲惨なことになるのだ。
それは自分も経験しているからわかる。
患者でも家族でもみていないとそうなるのである。
実験材料にもされるし看護師にぞんざいにモノのように扱われるのはどこでもある。
病院でも老人ホームでもある。それが高齢化社会の現実なのである。


もう野垂れ死にを覚悟せよ!


病院の方/か残酷だということもあるからだ。
そういう覚悟をしていればその方が楽だともなるそういう死に方さえ要求されている時代になっている。
延命治療とか介護でも今はぜいたくすぎるのだろう。
昔はみんな悲惨に死んだのである。
オムツがなくて藁だったという話しも聞いた。

病院には病気はみても人間はみないところと知るべき
病院には医者でも看護師でも病気はみているが情はない
だから死ぬなら情のある家族にみとられるのが幸福だとなる
延命治療なんかしない方がいい
ただ苦しめられて情のない医者と看護師が冷たくみているたげだからである


それなら野垂れ死にの方がましだとなる


病院はただ死体をかたづけるだけの場所であるとしたら何ら変わりないからである。
そういうことでこれからはなんらか老人は死を迎えるのに覚悟が要求されている。
もちろんみんながそうではない、102歳まで自転車に乗れる人もいるからだ。
ともかく病院がどういうところかは知っておくべきである。

2014年01月30日

母がつまづいて動けなくなりまた入院 (認知症になって白痴化して仏様のようになるというのもありうるのか)


母がつまづいて動けなくなりまた入院

(認知症になって白痴化して仏様のようになるというのもありうるのか)

トイレまで一人で押し車でで行っていたが何らかの調子でつまづいて足をいためて動けなくなった。トイレに一人で行けなくなった時点で本人も介護する人も一段と苦しくなる。トイレに自分で行っていること食事を自分でできることは寝ていても自立できるのである。そこから自立できなくなるから苦しくなるのだ。
老人にとって一番怖いのが転倒でありつまづいたりすることである。
その衝撃が大きいのである。弱っているからそこで寝たきりになる度合いが強いからだ。オシメに変化することも大きな変化でありそれは自立できない状態への変化なのである。ただトイレに行くとポータブルトイレに座るがそこから立てないので夜でも呼ばれるので一人では苦しいと救急車を呼んだ。

近くのかかりつけの病院に入れたので助かった。最初診療してもらうき思ったが介護タクシーが一万だというのには驚いた。介護タクシーがそんなに高くなったのは原町からと

相馬市から来るとするとその時点で普通のタクシーでも原町でも四〇〇〇円近くとか相馬市だと五〇〇〇円だった。だからそのために鹿島区ではこんなに高くなっていたのである。一割払うだけでいいとかではない、この金額がまるごとかかるのである。
だから鹿島区に南相馬市で介護タクシーをおくべきだというのもわかる。


病院は意外とすいていた。空室が多いからすんなりと入れた。双葉の方からも若い医者が入ってきて意外と医者が多いと思ったがそうだった。原発事故で双葉の病院や浪江の病院が閉鎖したからそこから医者が南相馬市の方に移ってきていたからだ。
一時は混乱していたが満員だったが落ち着いたので今はかえって空いているので助かった。ただ病院には長くいられないのが弱点である。長くても三か月であり診断では一カ月くらいだとするとすぐにだされてまた介護である。

ただ母の不思議は認知症になって耳もほとんど聞こえず話が通じないのだが全く通じないというのではない、大きい声で話したり何度も話すと感でわかるときがある。
口を読むなどという人がいたが要するに何か今までのつちかった感が働いているからわかるということもある。
だから全くわからないということではない。

母は性格的に素直でひかえめでおとなしい性格である。何か人に逆らうようなことはしない、従順である。それは自分の性格ともにていた。自分もまず人を指導するような上に立つより何か人に命令されている方である。
そういう性格だからあれだけ金にこだわっていたの「金のことはわかんねえ」と言って笑っている。大金を盗まれたと言ってもそのことが何なのかわからないのである。

一方で認知症でも最後まで金にこだわって盗んだと猜疑心が強くなる人もいる。自分の家族の一人はそうだった。つまり認知症の症状は多様であり一つの療法などないのである。人間の生い立ちや環境や性格は違っているからだ。

母のようだとずっと介護でめいわくかけても楽だなということは自分でも他人でもあるだろう。わめきらさしたり迷惑かけないということがあるからだ。
認知症になって仏様のようになったとか言われる人もいる。
金にこだわらないことにこにこ笑っていることは馬鹿なのだけど何かそういう感じもする。白痴に神的なものがあったなどという小説もあったりするからそういう面が出ているのも不思議である。
金に異常にこだわっているのは欲望が金にあることを知っている。だから認知症になっても欲望が強い人は以前として銀行のことが何かわからないにしても金の大事さを知っていてそこにまだ深い欲望があるから盗ったともなるのだ。


母の場合は自分でためた大金を盗まれても怒っていない、笑っている。
母は金にはシビアだった。やはり金、金、金と言っていたのに不思議である。
認知症になっても金のことを忘れない人はいる。だからもの盗られ妄想が激しくなるのだ。
馬鹿になったからだというのもそうだが認知症になってもかえって
もの盗られ妄想は金の欲望がありこだわるからそれで暴力とかになったりする人もいるから
その相違は大きいとなる。認知症にはその人の性格がでてくる。
感情の起伏の激しい人は認知症になると悪化しやすい。おとなしい人はおとなしいぼけ方になるようだ。


2月4日が99歳の誕生日で市から一万の商品券がもらえる。
それは病院でもらえることになってしまった。


午年もまた波瀾なのか、株は波瀾含みの乱高下している。自分も何か一月からそれなりに波瀾はあった。何かやはり走っているのだ。
ただ今の自分の健康状態は普通であり良くなっているから負担でものりきれるという自身がある。身体障害者だったときその負担が何倍にもなっていたのだ。
自分自身が病気で介護することは楽じゃない、何倍もの負担がのしかかるのである。
人間の最大の負担は病気である。老いというのも機能が衰えるから一種の病気であり
自分自身が負担になるから辛いのである。

ともかく今年も午年で駆けめぐるようにして一年が過ぎるかもしれない、そんな予感もする。

2014年01月24日

遊興老人(金と暇があっても有効な消費ができない老人・・)


遊興老人(金と暇があっても有効な消費ができない老人・・)


あまされる老人、貧乏老人 犯罪老人、精神を病む老人・・・
http://musubu2.sblo.jp/article/85043583.html


●70歳の遊興老人


パチンコに熱中するお年寄りが急増している。独り暮らしの寂しさを
まぎらわせるためだったり、 定年後の毎日の退屈しのぎだったり。
3年前の規制強化でギャンブル性の高いスロット機が 禁止され、客離
れが深刻になっている業界も、高齢層からの集客に「生き残り」への
期待を寄せる。借金を重ねて大金を浪費する依存症も目立ち始めてお
り、新たな 社会問題になろうとしている


原発事故周辺で仮設で避難生活している人がパチンコで毎日遊んでいるということが問題になった。今日聞いた人は70歳の人だった。あの人とは前に一度話ししたような気がする。その時は20代かと思っていた。小柄であり良く見なかったから勘違いして見ていた。
その人はパチンコはしていない、ただギャンブル老人である。競馬に詳しく一カ月無難なところで20万円を稼いでいるという。相当に競馬歴が長いからそんなことができるのだろう。その競馬でも東京の方まで行ってしている。そのついでに伊豆の伊藤辺りの温泉に行って遊んでいる。あそこは桜が一面に咲いてきれいなんだよなとか盛んに言っていた。

他にも遠くに出かけて楽しんでいる。女遊びもしている。小柄だからそんなことまでしているのかと思う。今の70歳は個人差があってもそういう方面もまだ残っている人もかなりいる。この老人は遊興老人なのである。「俺は金をもらってもためたりしない、今がいいければいい、楽しむのがいい、金は残さない、あとは生活保護になるよ」とか言っていた。ただ補償金にしてもそれほどもらっているわけではない、ただ仮設では暇をもてあますから遠くへ遊びに出歩いている。そして70才では働く気がしないしそれだけの力もない人も多いだろう。ただ昔の老人の感覚と今の老人はかなり違っている。70歳でも男女とも若いということがあるのだ。これは個人差があるからいちがいに言えなくても平均するとそうなる。


老人は金をもっているのに使わないから消費しないから景気が良くならないんだと盛んに若者から言われる。するとこの老人は消費に貢献している人なのだろうかともなる。
金はためずに残さずに今が楽しければいいんだというからである。消費に問題があってもそうなる。ただ使った後は生活保護というのも問題である。ただこの辺は原発事故で住めなくなった所があるから生活保護は受け入れやすい、事情が事情だけにそうなりやすい、だから生活保護が南相馬市などでは相当に増えると思う。これもこの辺の大きな問題になってくる。ただこの老人の問題は別に原発事故とかだけの問題ではない、もともとこういう老人になるようになっていたのである。ギャンブルはすでにベテランだしそういう延長として仮設で暮らすようになり拍車がかかったのである。


●老人は金と暇があっても簡単に有効な消費はできない


人間は金があってもでは一体に何か使うかとなると結構むずかしいのである。その消費でも大金を使う家を建てるとかではないものに使うとすると意外とむずかしい。高級車を買うという人もいるだろうがその他に何か老人が消費するということはむずかしいものがある。趣味でもそれほど金をかけるのはない、20万のデジタルカメラを買う人は買う、でもそこまでしなくてもカメラは今は楽しめる。性能が安くても良くなっているからそうなる。昔だったら何十万のものが何万円になってしまっているのだ。だから趣味でもそれほど消費できないということがある。


消費するにしてもただギャンブルだな女だとか金をばらまくことは江戸時代にもあった。花街で大金を使う旦那様がいた。それもまたこの世である。いいわ類は別として金があればそういう使い方で消費するのも人間の世である。それで潤う人たちもいた。
それも経済効果があったとか言う人たちもいる。
消費という漢字が良くないのである。消は消すであり費やすだから何も残らない無駄なことが消費になる。浪費という観念が消費の漢字には多いのである。
でも本を買うことはむずかしい学問や研究の本を買うことは消費と言えるのか?
それは明らかに投資なのである。若者だったら明らかに本を買うことは投資である。勉強するための投資だから消費とは言えない、一見遊びと思えるものでも投資になる。
旅をすることは投資である。ただギャンブル旅行や女遊び旅行はまた別である。

旅することは意外とむずかしい。旅人になることは現代ではほとんどなれない。旅人は日々旅している人であり芭蕉のようになると人生そのものが旅だとなってしまった。
そういう生涯を送る人はまた旅に生きたとなり人生を消費したとは言えない。

自分でもふりかえっても旅することは登山でもそれは修験者が六根清浄と山に上ったようにこの世の欲から脱して山の空気に触れることなのだ。それは今でも同じである。
山に登るにしても旅行するにしてもいろんな雑念が色欲でもでてくる。
旅で出会って恋愛して結婚したなどという人は旅はしていない、そんな余裕が自分の経験ではない、旅することは次々に変わる景色を見るのにも集中しないといけないからそういう余裕がないのである。そうしてまで集中して旅しても大方は忘れてしまうのである。
旅では自然を感じて記憶に留めるにはその場で集中力を保たねばならないのだ。だから団体旅行は話ししたりして気が散るから覚えていることが少なくなるのだ。
旅で見た景色など忘れているのである。


現代では旅でも登山でもそういうものが全部消費で無駄だとは言えない時代である。
だから山を占領している中高年などは健全な方だろう。そういう場所も老人の場になっているしパチンコ屋にも白髪の老人が多いとか白髪のライダーも見かけるのも時代である。自転車になるときついからまれである。
前にも何度も書いたけど人生は何であれ何に時間を費やしたかで決まる。消費でも何に時間を費やしたかでありすべてが無駄だとはならない、むしろ現代では労働がすべて価値あるものとはならない、無駄な労働も膨大にあるのだ。そこでこき使われる若者も多いから不満になる。ブラックな会社で働かせられるから若者の怒りが生れる。

例えばエステなんかで働く意義がどこにあるのだろうかと自分には疑問である。
その労働だって楽ではない、それはただ金持ちの贅沢に使われているだけではないかという疑問がある。もちろん金持ちだけではないにしろそんなことに時間を費やさせられることがいくら金をもらっても貴重な時間を浪費しているのではないかと思う。
そういうことを批判したのがソーローであり森で一人生活した。
そういう時間を別なものに自然の美にふれるためにも使われるべきだということもあるからだ。世の中金になる金にならないですべてが判断できない、特に現代では無駄な労働が膨大にあるからそうなる。おそらく何らか金に強いられてしいる労働は本来の労働ではないと思う。

不思議なことは老人になると本当に働くことの意義が問われている。ある程度の金と時間の余裕ができると金に強いられて働かせられることがなくなるからだ。それで何か有効なことをしようとするとき消費しようとするときとまどうのである。
金と時間もできた、では有効に社会のために消費しようかと思っても簡単にできないのである。
なぜなら人間は若い時から誰でもなんらか精進してきたのもがありその延長でそれぞれの価値を求めて消費するからである。

その人も買うものにしても本一冊にしても価値を認めるから買うのである。花なんか価値がないという人は花屋などに行かない、茶の湯をやるにしても茶碗などに価値を認めない人はやらない、茶碗の価値を認めるにはそれなりの感性が必要なのである。消費するにもやたら何でも買えばいいとはならないのである。読書にしてもそれまでの積み重ねがあって理解力が生れてまた本を買っているのである。

バソコンなど老人はやらないのはめんどうだからである。老人になると面倒なことがやりたくなくなる。
特になんかバソコンにはそうしためんどうな設定などがありそれがめんどうになるのである。老人になると何かするにも億劫になるのである。特に細かいことが意外と疲れるから嫌になる。だから書類作成とか事務関係などが苦手になる。


●消費も過去の人生の延長でしている


老人が消費したいものは何かなどキーワードでくるがそれは老人がどういうものか理解しないとできないだろう。仮設住宅に住む遊興老人は問題があってもあとの余生はやりたいことはやり楽しむだけ楽しみ金は残さないという考えである。もうあとがないのだからやりたいことをやる、楽しむだけ楽しむ、そのあとのことは考えないというのも老人の考え方の特徴である。先がないということでそういうふうになる人も多いから犯罪でも犯してもやりたいことをやるとなり問題になる。それも老人には先がないということがもう死ぬんだということがあるからである。この気持が若い人にはわからないのである。

老人になるとき消費はその人のこれまでの人生で培った価値観が反映してくるからいくら金と時間があっても簡単にできない、ギャンブルや女遊びをするというのはその人はもともとそういう人生たったのである。それ以外の価値観がないのだからその延長としてそうなっているだけなのである。その人に学問だ芸術だとか言ってもわからない、それでも桜がきれいに咲いているんだよなと言う時、何か全然美を感じないということでもない、でもそれもついでに桜が咲いているから見ているだけかもしれない、目的はギャンブルでありギャンブル人生だったともなる。

そして老人のそうした話を聞いていると人間ってつくづく結局酔生夢死だと感じてしまう。精神を病んだトラック運転手でもそうだった。今やただ夢の中で過去を話す時、トラックが走っている。その過去を話す時生きていたことがよみがえってくる。
その人の人生はトラック人生でありトラックに乗っていたときに生きていたのである。
だから認知症になってもそうした過去のことを話すと生き生きしてくるのである。

小さな畑を耕している女性のことを書いたがあの女性も農家の生まれでありあの小さな畑を耕している手入れしているのは人生の延長としてしているのだろう。何かあの小さな畑に思い入れがある。農家の人にはそういうことがある。農家の人にとっては畑であれ田んぼであれそれが例え野菜でも買うことかできても金があっても自分で作ったものを食べたいということがある。田畑をもち食料を自ら得るということに価値観をもっていることがある。だからそういう時間はすべて苦労とはいえないかもしれない、ただあまりにも強いられた労働となると何でも苦痛になるのだ。

消費だって強いられては消費できないのである。だから変な話だが有効に老人が消費できないなら未来の若い人に消費させるべきだ投資させるべきだとなる。老人は有効に消費できない、だから若い人に金を回すべきだというのはわかるのである。有効な消費が簡単にできないからそうなる。

自分も自転車が好きだったけど実際は40以後からはじめたから詳しくない。
十分に自転車を楽しんだとはいえない。まずロードを知らなかったしそれは50代の後半で一台買ったけどほとんど乗っていない、他にもいい自転車を買ったけど乗らなかった。
そのうち体力がなくなり電動自転車にしか今は乗っていないのである。
つまり時間切れになり自転車もいろいろのりこなしてしいないのである。
自転車のりこなす消費するといってもこれも体力も消耗するしエネルギーがかなり必要である。車で旅行するのとは違っている。40以後はすでに自転車旅行は変人にもるなるからだ。人間の生きる時間は限られているから何でもこうなりやすいのである。
つまり人生は何に時間を使うか消費するかで決まるのである。
そして結局何にするにしても十分に消費できずに終わっているのである。

老人が何がほしいかという時個々人でも違っている。なぜなら多様な人生を反映しているからである。これがいいなどというものはなくなっていくだろう。若いときならいい車だとなっていたかもしれないがそういうふうに一つには決められないだろう。
自分にしても介護老人であり肝心な家事も手伝ってもらう人もいない、金があっても肝心なものに消費できないということがある。
だから金持ちでもなんでもない、介護老人であり下男であり金が多少あっても何ら有効に消費できないのである。

2014年01月10日

あまされる老人、貧乏老人 犯罪老人、精神を病む老人・・・ (高齢化社会の問題が深刻化する)


あまされる老人、貧乏老人 犯罪老人、精神を病む老人・・・


(高齢化社会の問題が深刻化する)


・1/7 18:14速報!泉修一容疑者(62)を殺人容疑で逮捕

・ストーカー相手から「結婚したい」「一緒に死にたい」などと言われていた
・角好江さんは、1年ほど前から合計9回にわたり警察に相談していた
・角好江さんは警察に「男に付きまとわれている」とストーカー被害の相談をしていた
・角好江さんが何者かにより殺害された後に出火

●居場所がない老人


前にもあったけどスーパーの前にベンチがありそこで酒飲んでいた老人は72歳とか言っていた。ただ若く見える、50代で仕事しているように見える。その人はトラック運転手であった。だから地元で働いたというより東京のちくじ市場に重に通っていた。他に市場があり通っていた。だから東京のことをしきりに言う。朝早く仕事が終わりすることがないからあとは酒飲んでいたという、歌舞伎町辺りでも遊んでいたのかもしれない、三島由紀夫が乗り込んで死んだ自衛隊の防衛省のある所が靖国通りがありそのことを言っていた。
東京に大学の時、4年間住んでいても地理はわかりにくい、特に山手線沿線しか自分にはわからなかった。あとは隅田川はまだ川があり自然があるのでいい所だった。春の日に百羽もの鴎が川に群れていたのも東京らしい。
東京都交通局都営地下鉄・大江戸線築地市場駅とかあるがこの大江戸線から電車が隅田川に出てくる時は何か春らしいものを感じた。東京で自然を感じる場所はあまりない。
浜離宮というのが近くだったことが地図でわかった。東京は長年住んでいてもなかなか地理はわかりにくいし歴史だってよほど興味をもたないとわかりにくいだろう。

その元トラック運転手は両国橋や蔵前通りのことを言っていた。両国橋は知っていても
蔵前通りは通った記憶がない、車で運転していれば記憶されるのだろう。
車では何々通りというのが大事だから頭に記憶されていた。電車の旅だと駅名が記憶されるやすいがまた忘れやすいのである。
そのトラック運転手の人生は東京まで行き来することであり東京が主な生活の場でもあったのだ。だから現代で錯覚しやすいのは田舎に住んでいると田舎でその土地を中心に生活していると思っている。でも実際は今の社会はどこでも広域化しているから地元だけで生活している人は少ないのである。農業が主な産業じゃないかと思っているが農業は一割にも満たない産業になっている。その他はみんな会社員なのである。
だから田舎は地元が中心の生活かと都会の人が思うけどそのトラック運転手は東京が生活の中心だったのである。こういうことは田舎に住んでいる人でも結構多いかもしれない。

●精神を病む老人も増える


こういうふうにその人は実際は農家であっても働いているのは会社である。その家は広く車が四台もあるという、そうなると広い庭がないと置けない、また孫も大人にっていて何人もいる大家族である。でも自分の部屋があり離れ家だってありそれだけの大家族でも部屋に困っているということはない、老人の部屋がないという人もいる。その人は住宅を借りていたから家族が多いから追い出されようなことになった。それで不満が高じて犯罪者になって自分が被害者になったのである。ただ別に同じ田舎で今も暮らしている。
その人は住居の問題であまされた老人だった。元トラック運転手はなぜあまされているのかよくわからない、ただ精神病院に一時いたり何らか精神を病んでいるのだろう。
でも話してみれば普通の人である。ただ何もすることがないと昼間から酒飲んでいる。
家でもあまされている、のけものにされていることは確かである。だから部屋はあり家が広くても家にいたくないという。この辺の詳しい事情はわからない。
相馬市の道の駅にたむろしている老人も家にいるのが嫌であそこでひがな何することもなく部落の人とたむろしているのだ。そういう居場所のない老人も増えている。

なぜ老人があまされたり居場所がなるかというと家が狭いというのも一つの問題ではあるがそれ以上に現代の老人は田舎でも仕事がその土地に根付いた農業などではない、みんな会社員であり広域社会で仕事している。そうなると一旦会社をやめるとその生活の根が農業ではないのだから継続できないくなり何か伝えるものもなく無用化することが多いのである。その老人は金には困っていない、ただ年金をもらったときだけニコニコ孫でもよってくるという。それだけしか金しか用がなくなっているともいえる。
前に書いた生活保護の女性は貧乏老人の問題であった。家からあまされて犯罪老人になってた人もいて自分が被害者になった。現代きの老人問題は老人が増えても社会的な役割をもてない、家での役割ももてないことが大きな社会的問題化する。
老人が少なく昔だったら老人の家でも社会でも役割をもてたのである。


●社会的家庭でも役割がなくなることは老人にとって非常に危険


その役割をもてないことが老人にとって意外と深刻なのである。それが痴呆症、認知症になる要因かもしれないからだ。自分の身内はそうだった。公務員をやめてか30年くらい何もしていない、家事もしていない、趣味にしてもそれはあっていなかった。あっていたのは看護婦や保健婦をしていたから人を世話する仕事だったのである。でもそんなことは全くしないし家事もしていない、そのうちボケてしまったのである。
人間は年取るといつのまにか黙っていても無用人間になりやすいのだ。

社会で無用化するといつのまにその人の存在さえ忘れられる。保健婦であれ看護婦であれ何であれ社会で活躍している時はそういうことはない、会社員でもそうである。でも一旦そういう社会的役割がなくなるとその人は実は社会から消えるのである。

そしてもうその人自体の存在さえ忘れられる。そして認知症になりボケたりして社会に迷惑をかけたとき迷惑かける老人として社会で認知されるというのも変だがそうなってしまう。だから人間はともかく会社をやめても何でも何か社会的役割をもく仕事をつづけねばとならないのだ。それは個々人によって違ってくる。でも高齢化社会ではこれは大事なことである。そうしないとその存在さえ忘れられ認知症とかなり社会の重荷負担になることが怖いのである。その原因はわからないにしても老人になっても何か社会的役割をもたないことは非常に危険なことである。

老人ストカーとかになって殺人までになっているのはよくわからない、72歳の女性に62歳の老人/かそんな激しい恋愛感情をもつものだろうかとも思う。

でも62歳でもまだ現代では若い人はいる。その差はあるにしてもそういう気持はわかる。なぜそういうふうに思いつめるかというと老人には後がないということである。何するにしてもこれは最後だとなるときの心境は若い人にはわからないのだ。これが最後の恋だ、あと生きるのも短い、何とか恋をなし遂げたい、できなければ一緒に死んでもいいとなるから老人は一面怖いわけである。それはドラマでもやっていたから現実にもあったとなる。ただドラマでは若い女性だったから違っていた。


60過ぎるともう何かする時間がない、だから何するにしてもこれが最後だとなり思いつめることはわかる。だから犯罪を犯しても恐れない、どうせまもなく死ぬんだ、やりたいことをやって死んだ方がいいとなるから怖い。この女性がだめだったら別な女性がいいとかの余裕もないのである。この心境は若い人も見習えばいい方に作用する。もう一年しか生きられないとなったら人間はどうなるのかそうなったら人間は何でも真剣になるだろう。
でもまだまだ生きられる時間は無限にあるように思っているからだらだらと時間を浪費する。そしていつのまにかみんな年取って時間がくなったことをしる。
それはもういくら金を積んでも過ぎ去った時間を取り戻せないから深刻なのである。


自分もここ7年間は全く旅行もできなかった。家の近間でも余裕をもって出かけられない状態だった。こんなことになるとは思いもよらなかった。なぜなら一カ月くらいいつでもぶらりと出かけて帰らなかったのが自分だったのである。それが一日たりともできない、6時まで帰らねばならないとかなっているからだ。そして誰も代わってくれるものもいないのである。そして一番思ったことはもう一度富士山を見てみたいと思ったことである。富士山がきれいに見えるところでもう一度見てみたいと心のそこから思った。
やはり日本に生れたら富士山を見て死ぬのがふさわしいとなる。富士山は日本の象徴でありそれは日本人の心ともなっていた山だったからである。
これが最後だとなるとどんな人でも見る目が違ってくる。しかしそういう日はついにみんなに来るのである。

2013年12月28日

今年の自分の十大ニュース (人間は弱者化したとき虐待したものを絶対に忘れない)


今年の自分の十大ニュース

(人間は弱者化したとき虐待したものを絶対に忘れない)

●身体障害者,病気から解放ささた
●近くの親戚の縁を切った
●遠くの親戚の縁を切った
●相馬市の花屋でフォトブックを作った
●新しい人と知り合った
●一回だけしか仙台に行かなかった
●ヤマハの電動自転車を買った
●ウィンドウ8を買った
●株があがり少し利益が出た
●庭の小松を一本切った


今年は去年までと比べるとかなり余裕があった。去年までは苦しみの連続だった。去年は手術もしたし苦しかった。でも身体障害者から解放されたことが最も楽にしたことだった。あのままだったら自分は悲惨な境涯から抜け出れなかった。
何であれ人間最大の不孝が病気であることを知った。
病気になれば金があってもどうにもならない、不孝のどん底になるのだ。
金で直るかといえは直らない、いくら金を積んでも直らないものは直らないのである
だから単身者とか身寄りがないとか頼るものがない人は病気ほど怖いものはない
介護もされないし同情もされない
医者や看護師でも家族をみていないとぞんざいにされるし虐待さえされる
それは老人ホームでも起きている。
病人が虐待されるほど怖いことはないし辛いことはないのだ。

そういう仕打ちを受けたものは絶対忘れない
一方で親切にされたとか恩を受けたとかそういうことは忘れやすいのである
弱者を虐待したものは絶対に忘れない

だから韓国でも中国でも日本人に虐待されたとうらみ続けている
それは過度なものであっても虐待された恨みは人間は忘れない
そう思い込んでいる人たちは必ず復讐してくる
その復讐は実際は怖いものなのである
つまり弱者はいつまでも弱者ではない
逆転して強者になるとき怖いのである。
親でも最初は子供でも絶対服従だけど必ず年取ったりする弱者になる
その時子供だからと親か同情したり介護するとは限らない
その時しかえしをされる恐怖がある。
それは虐待された妻なども夫が弱った時、虐待されるのである

つまり看護師とか介護士でも医者でも弱者ばかり相手にしているひ職業は意外と危険である それは弱者を相手にしているからいつでも強者としてふるまう
だから弱者の気持が意外とわからない人も多い
特に看護師などは若いからそうした弱者の痛みを知らないことが多い
それて平気で弱者をいためつける無神経さがあるのだ
それは無神経でもあるといえるがやはり弱者のことを知らないからそうなる
かえって強者には気をつかう、社会的地位のあるものには気をつかう
でもなにもないものは平気でふみにじるということもある
福祉関係の仕事は相手が弱者だということで何か歪んだ性格の人が多いという
それは弱者を知らず虐待していることもある
だから看護師は天使にも悪魔にもなるという
弱者を扱う職業だからそうなりやすいのである

今年は親戚の縁を二つ切った、こさも結構苦しかった。
なぜ一方的に自分に対して要求することが多いのか
借金をかかえているから入院している時も脅迫まがいのことを言ってくる
全く同情がないのである。
借金に追い込まれているから普通の感覚でなくなっている
借金から犯罪に走る人が実に多いのだ
社内で情報がもれたとき、まず借金している社員を探せとドラマであった
借金している人はともかく追い詰められているから一番犯罪者になりやすいのだ

そして自分が苦しい目にあったことを話したら遠い親戚の人は笑っていたから信じられない、その人は全く相手のことなど考慮しない、何か病気でないかとさえ思う
ただ金をもらう権利だけを主張してくるのだ。
確かにわずかでも権利あったけどその権利すら実際はなくなっていた
そんなことてどかまわない金をもらう権利があるから裁判まで訴えるという
金に困っている人間は追い詰められているから脅迫まがいのことをしてくるのである

いづれにしろ縁を切るということは結構楽じゃない、離婚した女性を世話したけど離婚もなかなかめんどうなものである。若かったらあいてかストカーとかになり殺人までなっている。いかに深い縁を結んだら簡単に切れないかがこのことでわかる。
一方で「捨てる神があれば拾う神あり」というのも本当である。
世の中必ずそうなっていることが不思議なのである。
諺は人間が生きてきたことで繰り返し起こっていることだから諺になっていたのだ。
縁をきってもまた新しい縁はできる。人間はそういう繰り返しなのである。

今年の自分のニュースの最大のものはこのことであり他はたいしたことがなかった。
仙台に一回しか行かないということも今までなかったからニュースである。
何か小さな町を巡り歩いているだけだったともいえる。

後半になって新しいバソコンを買ったこと12月になってヤマハのマウンテンバイクの電動自転車を買ったことなどがありこれは良かった。
買い物はすでにアマゾンで百万以上しているかもしれない
計算はしていないけど家事の電化製品などを買っているからだ
家事をいかにうまくやるかかずっと課題だった
料理のコツを多少わかるようになった。
でも実際はほとんど料理はせずいかに買ったものですませるかが料理である。

今年は11月になり株があがってもとをとってわずかだが利益をあげた。
半分になったものをそのままにしていた。
でも株は下がるものということをあまりにも長い間に習慣化してしまった。
だから来年は株が下がる前に売ることが大事である。
「株は下がる」何かそういうふうにすりこまれてしまっている。
それだけ不況が長くつづきすぎたきである。

まあ、今年は自分にとって余裕がでた年だった、それでも日々追われていた。
来年はもっと余裕がでてほしい、でも介護などで追われ苦しいことが起きてくる予感はある。

6年間は苦しみの連続だったか今年は余裕が出たし来年はもっと余裕がでてほしい。
それが自分の願いである。

牛年(うまどし)だからやはり躍動的に走るということがあるのか?
新しい自転車でまだ走りたいということが自分にはある。
ただ筋肉の疲れがひどくなったので近間になってしまう
介護で行けないとういこともある
ただ自分にとって自転車にのることは最大の喜びなのだ
それを最近年取ってからも自覚するようになった
自転車に乗れなくなったら死にたいとさえ思うようになった
人間は年取ったからといって今までやってきたことをやめるわけにはいかないのだ
それはあらゆることに通じているのだ。
車に乗ってきた人はやはり死ぬまで乗りたいと思っている人もいるだろう。
旅してきた人はどこまでも旅したいと思う
ただついに体力が衰えできなくる。
そうなったら死にたいと思うのが人間なのである。

2013年10月27日

病気と貧乏の戦いの歴史 (結核で死んだのパリでも同じだった)


病気と貧乏の戦いの歴史

(結核で死んだのパリでも同じだった)

●昔はパリも日本と同じく貧乏だった

E. シュー『パリの秘密』に登場する人物のなかに,ラ・ロレーヌとジ
ャンヌ・デュポールというふたりの若い娘がいる。ラ・ロレーヌは洗濯婦, フサ
ジャンヌはカーテンの総を造る女工だったが,ともに過労と栄養失調など
が因で肺癆を病み,喀血をくり返し,やせ衰え余命いくばくもない。


先生,番号1は今朝4時半に死にました。
―そんなに遅く?驚いたね。昨日の朝,一日はもつまいと思っていたが。遺体を
誰かひきとると云ってきたかね。
―いいえ,先生。
―そりゃよかった。美しい死体だ,誰か解剖する者はいないかな。そうだ,誰か
を喜ばせてあげよう。(そこで医師は後に続いている学生の一人に向かって)
親愛なるデュノワイエくん,ずっと君は遺体を望んでいたね,君が最初に登
録したのだから,この遺体は君にあげよう。
―あぁ,先生,なんというご厚情でしょう。
―私は君の熱心さに何かご褒美をあげようと,いつも考えていたんだ。遺体にき
ちんとマークをつけて,確保しておきなさい。奪い合いになるとずる賢い輩が
多いからね。(と云って医師は別の場所に移動した)。
学生は,医師に云われたように,遺体を確保するために女優の遺体の腕に,メスで
F と D (François Dunoyer) の文字を精密に刻んだ。[Sue, 1843, p814]


19世紀パリの病院は病気の研究と医師養成の機関であり,病人はその
ための素材であった。ことに無料で入院している各種患者は,さまざまな
治療の実験台であり,また死亡すれば病理解剖の素材として医学の進歩に
貢献させられた

フランスにおける結核流行と公衆衛生(大森弘喜)
http://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/181/181-oomori.pdf

病院のことを入院して書いたけど病院は次々に死ぬ場所だから死がめずらしい場所でないから今も変わりない、病院は死体処理場のようになっている。これだけ豊かになり設備も整っても病院そのものの体質は変わっていなかった。
病院は人間の死にたいしては無関心なのである。病気を直す治療したりする場であり人間の死を看取る場所ではない、だからもののように死んだら早くかたづけてくださいとなるだけである。家族だったら死をいたむということがあるが病院ではないのである。
病院は何か無機質な場所なのである。


その総死亡に対する割合はパリが12−14%,ロンドンが15−16% で,逆にロンドンの方が数%高い


肺病と肺炎で死んだ人が一番多いのだ。だからパリだというと華やかに見えるが実情は日本の戦前とかの貧乏時代と変わりなかったのである。人間の歴史は世界的に共通していることがかなたある。


ラ・ロレーヌは洗濯婦, フサジャンヌはカーテンの総を造る女工だったが,ともに過労と栄養失調などが因で肺癆を病み,喀血をくり返し,やせ衰え余命いくばくもない。


この洗濯婦はインドだけでなくパリにも多かった。なぜならセーヌ川で洗濯している女性の集団の絵は洗濯婦だったのか?洗濯が大きな仕事をしめていた時代があった。
カーテンの総を造る女工だったというときやはり製糸工場で働いていた戦前の女性と同じだった。洗濯が仕事という時、女中が女性の主な仕事となっていたのも同じである。
自分の母親はこの二つを仕事にしていた。今でもたいがいこの辺では女性が福相に勤めていることでもわかる。これは近代化しても着るものの需要があるから女性の働き場となっている。人間の歴史は貧乏と病気と戦争の悲惨な面が常にどこでもあった。
それは日本だけではない世界の歴史でもあったのだ。ただ歴史だと宮廷の華やかな場面とかばかり出てくるから錯覚しているのだ。パリのベルサイユ宮殿など観光に行くとパリは華やかだったな錯覚しているのだ。現実の世界はまるで違っていたのである。
だからこそフランス革命などが起きたということを実感する。貴族と庶民の生活がかけ離れていたから庶民から革命が起きた。日本では武士といっても貧乏だから庶民とたいして変わらないとなるとそうした階級闘争は起きないのである。


●肺病で死んだ文学者が多すぎる

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病人ばかりでは二階暮らしも不便で、啄木一家は小石川久堅町に移り住む。
移るとまず母が死亡。
重症の身を押して母のなきがらを送り出した失意の啄木は、気力をふるいおこし、未刊の歌稿の出版を土岐哀果に頼み、あとを追うように一ヵ月遅れて、明治四五年四月十三日、永眠した。
二七歳の若さだった。

結核はまるで「死に神」のように啄木の家族に取りつき,彼の母も,妻も発病した。まず1912(明治45)年3月母親が痼疾の肺結核で没し,後を追うように,啄木も翌4月に波乱に富んだ生涯を閉じた。27歳という若さだった。妻節子も翌年同じく肺癆で斃
れた。

肺病というと実家の墓に25歳で死亡という一字だけ刻まれた文字がいつも見るので意識する。肺病で死んだのである。別に啄木でなくてもそれは珍しいものではない、多くの人が肺病で死んだ。特に若い人が死んだし文学者がこれほど死んだことも驚きである。
正岡子規は有名だけど肺病と戦うことが人生だった。若い時肺病になり半分肺をとった人も知っている。


悪くなっているところは狭い間でとおっしゃった。それがだんだひろがって一方の肺破壊してしまい、さらに進んで他の一方の肺を破壊してしまわねば死なれないのでしょう。


森鴎外も若い時肺病にかかってこんな言葉を残していたのである。

その人は一生障害者で終わっている。何であれ病気になることは一番悲惨である。だから創価などでもカルトに入る人は病気の人がかなり多いのである。
今でもガンであれ直らない病気があり病気は一番怖いものなのである。
自分の母親は原紡で十年働いていたけど病気にならなかった。肺病にならなかった。体が細いし体力ないから病気にならないのが不思議に思えた。栄養だって味噌汁とタクワンだけでありまともにとっていなかったからだ。そういう人が戦前には多い。
江戸時代は栄養不足で一割近くが盲人になっていた。これも悲惨だったのである。
戦前は肺病の重圧があり戦争中は戦争の重圧がった。これらは相当な重荷であり呻吟したのである。現代は鬱病の時代でありこれも時代を反映している。でも昔と比べるとどうなのか、やはり戦前の方が過酷だったろう。若死にする人は今はまれであるからだ。
平均的には健康で長生きしているのだ。そこにもいろいろ問題があっても恵まれた時代となる。



せいし 0 【製糸】 - goo 辞書

繭を煮て糸を繰り、数本集めて一本の糸にする工程。
「―業」
→ぼうせき ばう― 0 【紡績】 - goo 辞書

1)短い繊維を平行に並べ、引き伸ばして撚(よ)りをかけ、一本の糸にすること。
「鉱山を開掘し綿毛を―する等…/露団々(露伴)」
(2)「紡績糸」の略。


紡績と製糸工場
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20051029/p2



原町紡績工場というのは紡績だったとするとどうだったのか?糸取り仕事だったというがこれは製糸だったのかな、紡績に勤めていた人が圧倒的に肺病になった女性が多い。
すると製糸の方で働いて肺病にならなかったのかよくわからない、ただ体が弱い方だから肺病にならないのが不思議に思ったのである。

実家では25歳で死んだ人がいたが母にもその他の兄弟にも伝染しなかった。啄木の一家は母も妻も伝染してたとなると悲惨だった。自分も病気になり家族も病気になったりしたら悲惨である。実際を自分もにた経験をこの六年間してきたのだ。自分が病気になり介護しなければならなかった。重い病気ではないにしろ病人が障害者が病人の世話するとなるとその重圧は大きい。健康であればなんとかのりきれるが金があっても健康でないとのりきるのは苦しくなる。それだけ悲惨な状態で短歌を残して死んだのである。

だから文学といってもやはりこれらの文学は病的なのである。病人になったら健康的な文学にはならない、病んで文学である。その病んだ文学の方がもてはやされる。健康でも病んだ方がいいとされたこともあった。文学はそういうものだということはこれだけの人が若くして肺病で死んだことが影響ししていたのである。今はそういうことはないから健康的な文学が生まれてもいいが今も病的なものが文学だとかされている。それを上野霄里氏などが激烈に批判した。今は「心の青雲」のプログの著者が批判している。その人も腎臓の病気になっているのに病んではいないのも不思議である。空手の師範だから病弱な文学者とは違っている。


●病気も貧乏も現代も継続している問題


人間の歴史は明らかに貧乏と病気の戦いの歴史でもあった。それは今でも継続している。貧乏の戦いは戦前と比べればないようなものだがやはり格差社会とか新し貧乏時代になっている。貧乏が格差がなくなることはこの世にはないように思う。それはどんなに豊かになってもみんなが金持ちになることはない、貧乏人は必ずいる。その貧乏人でも昔からしたら食べ物でも贅沢しているのだ。卵も食えない時代のことを書いたが今は誰でも卵くらいは食べているからである。現代の問題はまた別な所にある。
人間は今だけではない必ず歴史的経過をたどって今を考える必要が常にあるのだ。
病気の問題でも過去と対比して現代を考えるのである。

これだけ豊かなのに金が欲しい欲しいと心が歪んだ人がいかに多いか?

一人は犯罪者になり一人は自分を脅迫してきた。それなりに国から保護されて金はもらい補償されているのちたりないたりないと金ばかりを要求してくる。身の丈にあった生活をせず大きな借金をしていた人もいた。確かに金がなければ今の時代にあった生活ができないというのも確かなのである。それだけのものをそろえる金がないと貧乏だとなってしまうのが現代である。高齢化で高齢者の貧乏人が増加の一途なのである。
老人はたんまり金をもっている貯金しているというのも事実だけとそれも数パーセントなのである。貧乏な老人の方が圧倒的に増えているしその人たちはたいして年金ももらえないからそうなっている。それで60歳以上の人の生活保護が増えているのだ。これからもそうした人たちが増加の一途なのである。

ただそうした豊かな中の貧乏で心が歪んでモラルもなくなっているのが現代である。
原発事故だってそういう風潮が関係していたのである。豊かになるためには原発を積極的に地元の人が誘致したのである。

ともかく人間にとって病気ほど恐ろしいものはない、それは死に直結しているし病気になるともう自立できなくなる。家族が肺病で次々に倒れて死んだというのはやはり伝染病だった。肺病の人は蔵に隔離されて看病されたとかある。蔵は今でもあるが蔵は隔離する場所としてはいい場所だったのである。


いづれにしろ大正生まれとか戦前生まれとかはこうした極端な貧乏を経験しているし戦争も経験している。その重圧は今とは比較にならないだろう。今は貧乏でも違った貧乏なのである。贅沢な貧乏ともなる。こういう歴史をふりかえると自分などは相当恵まれていた。体が弱くてもこれまで生きられたのは一重無理をしなかったからである。まず自分は学校でもわがままだから適応できなかったし勤め人にはなれなかった。一日机に座っているのか耐えられないのである。だから旅ばかりしていたのとなる。勤め人になっていたらこんなことはできない。体を無理すると必ず60以降に何らかの影響がでてくる。疲れてもゆっくり休めるなら意外と病気になりにくいのである。

こうして自分は啄木と比べたらまるで才能がなかったのだか今になると啄木のように短歌でもすらすらできるのが我ながら不思議である。凡人でも時間をかけると才能が開花するということがあるのだ。ただ大器晩成というのは嘘である。大器が晩成するのではない、凡人でも長く探求しているものは晩年になると実る開花するということである。

それは雑学類でもそうである。一見雑学なんかなになるのだというが雑学でもやはりそこに何かしらの知識がありそれも哲学的なのもとして深いものとして応用できるものとなるのだ。結局学問とはむずかしい本を読むことではない、哲学など別に庶民が残した諺のなかにもふんだんにある。庶民の残した民俗、昔話や伝説などにもいくらでもあるのだ。
ただ発見されていないだけなのである。老人になるといろんな面で見る目が備わってくるのである。だから何か平凡なものでも意味あるものとして深いものとして見るようになるのである。

人間の歴史はなにかというとそれは犠牲の歴史でもあったとなる。結核は今では直っているけど直らない時代があった。様々な病気でも昔も今も直らない病気がある。それで犠牲になる。戦争で300万死んだというのもその是非はともかく犠牲だった。マルスの神に生贄として捧げられたともなる。それは過ちであってもやはり犠牲にされたのである。カルト宗教団体でも同じである。人生を青春をだいなしにさせられたりするのと同じである。過ちの犠牲になる数も莫大なのである。災害でも犠牲になった人が数限りなくいる。津浪などはその犠牲がいかされなかったのである。今回の大島の土砂崩れでもそうである。犠牲になった人たちがいてまたその予防が検討されることになるのだ
人間の歴史はとにかく無数の犠牲の歴史でもある。そういう犠牲の上に成り立っている自覚が必要である。

何か才能が花開くとしてもそういう犠牲の上に才能も開くのである。
つまり才能てもそれだけの環境が整わないと開花しないのだ。
音楽にしてもピアノでも広い家がないと置けないし防音装置も必要だしとそれなりの家がないととても練習もできない、だからピアノは貧しい家では無理だろう。
電子楽器くらいは楽しめるだろうが本格的なピアノは無理である。
旅行でもそれだけの暇が与えられなけさばできない、旅は遊びではない、旅は旅に集中する必要がある。旅で見るべきものを見ることは相当にむずかしいのだ。団体旅行などでは見るよりも料理を楽しむことになっているわかるのだ。
ただ若くして死に直面したことが若くても深い文学を創造できたことがある。現代はそうしうた死と真剣に向かい合うこと長寿社会で遅くなりすぎたのでかえっていい文学が生まれないということがある。何か緩慢として緊張感がないものとなっているのだ。
ただ今回の津浪原発事故はあたえない無常か現実となったから日々驚きの世界となってしまったのである。

 

2013年08月12日

墓とは死者とは何なのか(続編)


墓とは死者とは何なのか(続編)
墓のことで考察してきたけど墓がなにのかは死者が何なのかになるからわからないのである。


〇骨(屍-姓(かばね)が死者である

〇名前が死者である(戒名をふくめ)
〇死者はその土地の土と化す(土地のものとなる)
〇物語が死者の存在を示す
〇生者が死者があるとすれば死者もある


●骨は屍は姓となり特権利益財産と結びついていた


お盆だけど墓か何かがわかりにくいのは死者が何かなのかわからないからである。死者は骨だというときそれも昔から言われてきた。骨が屍-姓(かばねね)の起源であり意外といかなる姓に属するかが重要になる。苗字が違うと一族の関係にならないということもある。この骨が屍が姓が重要視されるのはその姓を引き継ぐことは武士だったら家名を引き継ぐことでありそれには俸祿が与えられ特権が付与されていた。骨を大事にして一つの姓に属することは古代から何かしらの利権、特権が付与されていたためである。だから骨から生じた姓でももし何かしらの特権が付与されたものでないのなら引き継いでも何も利益が得られないということで引き継ぐこともしないだろう。平家源氏を名乗るのは平家一門であり源氏一門であるという身分を得ることだったのである。


それは自分の家で実の兄ではないが20数年前に交通事故で死んだ。その墓が実家にあり名前も刻まれている。でも兄には娘がいるからその娘が骨をもってゆくという、それが筋だからというのもわかる。でもその娘は自活していないし問題があり金もない、交通事故のとき保険金がおりたがそれももうない、20数年すぎて何もなくなっていたのである。残ったのは骨と実家もない墓だけだったのである。そこから得るものは骨しかなくなっていた。でも交通費もいつも自分の家で払っていたし業者に頼んで墓の中をみてもらう金すらないのだ。そこには何ら財産権も特権もない、骨と消失した実家の墓だけがある。そういうものを引き継いでも何ら得がない、特権も利益もない、そしてその骨を東京にもってゆくにしてもその金すらないのである。となるとそういう骨が父親の骨でも何の利益もないならかえって金がかかりかかわらないという人もでてくる。息子でも娘でも同じである。みんながそうでないにしろ故人が財産と結びつくときなお故人も重要視されることがありそれは財産のためである。その人自身を供養するのとはまた違っている。


現実に兄が交通事故で死んだとき大きな保険金がおりることでもめた。それは死者を思うということよりその金のためにもめたのである。死者もまた金のために利用されるだけだとなる。心から供養するということとは違ったものとなるのだ。財産が関与するともう死者の供養とかどうでもよくなる。それが欲で争うこの世の実体でもある。


●死者の問題は実は生者の問題だった


名前が死者であるというとき最後に残るのは墓石と名前だけだとなる。墓石が消失しても名前だけが残っているのはいくらでもある。それは歴史的な人物だから残っている。そして墓に骨が入っていても名前がないものがあった。それは名前を刻むのに六万とかかかるからその金がないので刻まない、ただそれ以上に名前を刻み供養する心もないともいえる。

今回の津波でまだ行方不明の人が2000人以上いる。死体が見つからない、骨がない、それで骨がない墓がある。まだ死んだと確定されないから墓があっても虚しいとか言っていた。骨が入らない墓が墓なのかとなる。でももう死体は見つからないのだから死んだものとして骨は入らなくても名前だけ刻んで死んだものとして供養することになるだろう。


結局墓とは何のなのか死者とは何なのかなのである。骨に死者があるのか?名前に死者があるのか?
田舎だと死者は土に帰り故郷の土となる。死者は祖霊となり山に葬られ山に眠り村の守り神になる。そういうのも死者とは何かを伝える日本独特の文化である。死んだら千の風となるというのも死者が一体何なのかわからないからそうなっているのだ。骨に本当に死者が宿りつづけるのかというのも疑問である。骨だっていつかは消えてしまう、灰となり土となり消える運命にある。


結局死者とは何かというときそれは死者の問題ではない生者の問題である。死者は何かできるのか?何もできない、確かに祟りがあるということが言われるけど現実としてそれもわからない。死者は永遠に沈黙しているのだ。死者は何も主張できない、主張するのは生きている人間である。死者をめぐっても争うとき生者が争っているのであり死者はどちらの味方でもない、味方につけないのである。例えば靖国参拝でもめるのは死者に対しての生者の態度が別れているからである。戦争で死んだ人は国の御霊になるということで祀られている。一方で左翼は戦争で死んだ人でもあたかも犯罪者のようるな扱いになると両極端でもめることになる。生者の都合でも死者の行方も決まるのである。死者は何も主張できないし権力もないからである。


●死者は生者がそこにいると思えばいる


そして奇妙なのは死者がそこにいると思えば死者がそこにいる。生者がそこにいると思えば死者はいる。実際なぜ墓参りするのか?そこに死者がいると思っているから墓参りしている。当たり前の事実だけど墓にすでに骨はなく土になっているのも多い。だから本当に墓に死者がいるのかとなるとわかないのである。ただ死者がいると思っているから墓参りしている。生者でも死者がいると思えばそこにいることになるのだ。だから津波の被害で死んだ人でも骨がなくても名前を刻み死者いるとして墓参りすれば死者はいることになるのだ。現実に骨をもってゆくからと言われたとき骨をもってったら死者も墓からいなくなるのかというとそれもわからないのである。骨に死者がいると思っているからそうなるのであり別に生者がまだ死者はそこにいると思えば死者はいるのである。


生者の思いによって死者がいるかどうか決められているのだ。いつまでも死者を忘れない人がいるとすれば死者は常にその人ともにいることになるのだ。でも実の親でも迷惑ばかりかけたとか問題があれば親でも供養しない人だっている。だからいつまでも死者でも思われる人は生きているのである。
現実に死者がみんないて欲しいと思うわけではない、肉親でもそうでさんざん迷惑をかけた親ならいてもらえたくないとなる。その人は死んでもいてもらいたくないとなるから実質は死者はいなくなる。夫婦でもすでに一緒の墓に入りたくないとなればそうである。どちらかが死んでもいてもらいたくないとなるし供養もしないとなれば死者はいないのである。


だから死者は物体化したものではない、墓でもない、骨でもない、名前でもない、生きている人がそこにいると思うとき死者はいるのだ。靖国でも死者がいると思えばいるしいないと思えばいない、ただ無数の名前だげがあるのであり骨とかそうしたものはすでにない、ただ国の御霊として国民かあるとすればあるないとすればないのである。国民の心が二つに分かれているからあるともないともいえないのである。そのことを誰が決めるのかというと生きている今の国民なのである。死者がいくら靖国で会おう靖国で祀られようと言って死んでも生者がそうみなければそうはならない、死者にはすでに主張できない、権力もないからである。

2013年08月01日

ディオバンのデーターを製薬会社の社員が捏造 (原発事故と同じ構造、科学者と会社の責任問題)


ディオバンのデーターを製薬会社の社員が捏造

(原発事故と同じ構造、科学者と会社の責任問題)


●科学が実用技術一辺倒と結びつく危険

 東京慈恵医大と京都府立医大の研究は、数ある降圧剤の中で、ディオバンと既存薬のどちらが患者に有益かを調べた。いずれもディオバンを使えば、血圧値の抑制のほか、脳卒中や狭心症も減らせるとメリットを強調する結果だった。


病院と医者が崩壊寸前だ。全国の病院の半数以上が赤字になるなかで、崖っぷちに追い込まれた病院で、信じがたいことが起きている。
暴力団(=在日)と手を組み、ホームレスに生活保護を需給させ、青天井の診療報酬を吸い上げる病院。
過剰な治療や診療を施し、不正に診療報酬を得ようとする病院。「患者はカネの成る木。悪くいえば餌食ですね」。



腎臓とか前立腺とかいろいろ病気になってここ三年くらいディオパンというのを飲み続けていた。これは必ず飲まされる。血圧を下げるから他の病気でも必ず飲まされる度合いが高い薬だった。その理由が他の薬より臨床実験で効果があったというデーターが論文で出ていたからである。その論文のデーターが会社員が研究者として入り込み捏造されていたのだ。医療も今は金になる一大産業でもある。薬は昔から丸儲けというくらいもうかる。病気になれば祈るようにして薬をみんな飲んでいる。
人間の一番の弱点は病気だった。自分もここ四年くらい病気だったから苦しかった。病気でも介護しなければならなかったから苦しかった。誰も助けるものがいないで一人だったから苦しかった。
プログに書いたように南相馬市立病院に一か月入院して公立相馬総合病院に二週間入院した。
その苦労を書いてきた。そして一番なじみの薬がディオパンだった。これは他の人も一番飲んでいる薬なのである。何しろ老人は血圧が高いからこの薬を飲むのである。だから薬の会社としてはこの薬だけで相当な収入となる。データーの捏造でも効果がマスコミを通じて宣伝されていたから余計に売れたのである。


ここで問題になったことは会社と大学の研究所との連携で利益供与がなされていた。研究には今では多額の金がかかるから会社がかかわりそのために大学でもその金が欲しくて会社のデータ-捏造にかかわることがある。産学協同というのは今は普通にある。今は大学と会社は一体化しやすいのである。もともと科学は哲学からはじまり技術と実用とにはかかわらない理念の追求があり科学者というとき今の科学者とは違っていた。ニュ-トンでもキリストを信仰して神の摂理を科学を通じて解きあかそうとしたのである。実用とは何の関係もなかった。ただその理念の追求が重力の原理などとして宇宙開発に利用されたのである。科学と技術は実用とは別なものだったのである。

一般的には鉛から金への物質変成など「利殖」が目的とされるイメージが強い錬金術ではあるが、生命の根元たる「生命のエリクシール」を得ること、つまりは不老不死の達成こそが錬金術の究極の目的であった。


金を生むという意味から転じて、安い元手から高額の利益(この時点では金の意味はgoldからmoneyに転じている)を生むようなビジネスモデル・投資や、資金洗浄に利権を指して「錬金術」と称する場合がある
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%AC%E9%87%91%E8%A1%93


一方でprofessionとは


ある宗教または信仰を受け入れる確言
(affirmation of acceptance of some religion or faith)


a profession of Christianity キリスト教信仰の告白
ある信念または意見の公然の(真または偽の)言明


神との約束を受け入れ実行する誓約する」の意味だったという。ヨ-ロッパでは常にキリスト信仰の上に職業も科学もあった。だから神との誓約が何でも第一に置かれた。科学者もそうであり神の前に誓い不正を行わない、神の御意(みこころ)を実行するために職業があった。そこに極めてモラルが高いものとして職業もあった。資本主義もそうしたキリスト教のモラルから生まれたのであった。

そのモラルが欠如したとき実益第一主義になり社会は会社となり会社の利益第一主義がグロ-バル化したのである。神の前に誓うということが利益第一主義に暴走しないものとして社会を誓約していたのである。会社には利益第一主義しかなくモラルが欠けるから問題を起こす、でもそれを制御するもの、思想であれ哲学であれ宗教であれないのである。鉛から金に変える錬金術はあまりにも魅力的であり悪魔の誘惑でもあったから悪魔の言うなりになり世界はサタンのものになってしまったともなる。

●原発事故と同じ構造があった

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錬金術はなぜいかがわしいとされたのか?それは科学者ではないもちろん哲学者でもない、鉛を金に変えること利益を生み出す魔法とも考えられていた。科学が哲学から発しているように科学者は錬金術師でもないし技術者でもない、技術者は職人であり職人ギルドの中で培われた。現代の科学はかえってみんな錬金術になっている。そうされているともいえる。それはもともと病気は深刻だから信仰が仏教でもキリスト教でも病気を直すことからはじまったようにその切なる願いが要請されて錬金術師が生まれた。誰でも病気になればなんとか直したいとなりそれか切実なるが故にただ理念だけを追求する哲学科学では満足しないのが人間である。だから実用の技術と錬金術化するのは必然の流だったともなる。それが過度な要求となり大学も利益追求を第一とする会社と一体化して不正を働くようになった。現代は会社社会であり会社が社会になっているのだ。社会の一員より会社の一員として生きているのが現実である。となると会社員は会社組織に従属して会社の利益追求を第一とした戦士としてあり会社には逆らえないのである。それで大学にも研究員として送り込まれデーターの捏造が行われたのである。これがマスコミで宣伝されて病院でも当然信用されるから過剰に売れたとなる。
ここでもやはりその不正を審査するものはなかった。公的機関もないし誰もその研究データーを疑うものもなかったのである。マスコミなどただ金がもらえればいいというだけでありここも利益供与、宣伝費で成り立っているのだから会社から金が入らなければ成り立たないのである。

この構造は原発事故が起きた原因と一致している。東大を中心とした核の研究所も東電に買収されていたし科学者は御用学者となっていた。国も東電に買収されて保安院は原発の安全性など関知しなかった。ただ東電の命令のままに見過ごしていたのである。また原発の安全性を計る能力もなかったのである。現代の科学実用技術崇拝社会の危険性は常に会社の利益第一主義から起こりそれに歯止めをかけるものがいないことなのだ。東電のような何百億もマスコミに金を使ったり大学の研究所にもふんだんに金が使える、もちろん天下り先として検察までもとりこむことができる。そうした巨大な国家並の権力をもっていたのである。これはもう国家の中の国家となっていたからその権力を制御するものはいなくなっていたのである。だから安全神話までになっていた。コストカッタ-として清水社長がのしあがったのもそのためである。利益第一主義でありそれが社会を席巻して歯止めがきかなくなる。もう利益第一主義のために科学の危険な暴走もあえて行なっても見逃される。それをとめることができない、だからこそ安全神話は形成された。それはこの巨大な東電の権力によって形成されたのである。核技術も錬金術であり核を研究していた科学者が会社と国の権力と一体化したとき作られた。アメリカで戦争目的で科学者に核開発要請した。それでアイシュタインも核開発にたづさわり責任者だったとして批判されるようになった。科学が技術実用一辺倒になったときそれにはどめがかけられず長崎広島の原爆の惨事となった。それは過度に会社の利益第一主義と科学が結びついた結果だったのである。


●会社がグロ-バル化して国家も制御できない


現代の問題はあらゆるものがすべて利益第一主義になりかつての哲学や科学のもつ意味が失われた。科学者は国家の会社の巨大権力の一歯車と化して利益第一主義となり科学は技術は暴走してもとめることはできなかった。つまり利益を生むということは鉛を金に変えることでありその魅力があまりにも大きすぎたからその虜(とりこ)になってしまう。そこに大きな危険がひそんでいたことが見逃されるのだ。現代は利益だけが金だけが社会を動かす原理となっている。だからこそ会社が社会となり利益優先主義がグロ-バルにすすめられて環境破壊も起こる。会社がすでに国家より巨大化したのである。それを抑えるものは国家にもないグロ-バル企業として世界を支配するまでになっている。常にアメリカを支配しているのはロックフェラーだとロスチャイルドだとか言われるのはそのためである。会社のためにアメリカが動かされ世界は巨大な会社のために利益第一主義のためにある。そうなると環境破壊などとめられないのである。国家も会社の利益を推進させるためにもあるのだから国家でもとめられないからもうとめるものはいないのである。原発事故もそういう構造の中で起きてきた現代の文明の問題立ったのである。

医療にも過度の実用技術信仰が起きていて巨利を生むから原発と同じような問題が起きる。また病院でも利益第一主義にならざるをえない状況も生んでいる。すると会社の利益のために過剰に薬を供与したりすることが普通に行われている。これは公共事業でも同じ構造がある。ゼネコンのために会社のためにいらない道路が作られて税金が無駄使いされる。それもゼネコンから自民党に献金がありそのためにゼネコンに仕事を提供して票も獲得する。そうした利益見返りの政治が復活した。民主党のコンクリートから人と言う理念は悪いものではなかったのである。ではなぜ崩壊したのか?それは理念と現実の乖離だったのである。理念を実行しようとしても民主党には現実対応能力がなかったのである。政治力、行政能力がなかったのである。そのことは小沢一郎氏も指摘していた。政権を運営する能力が民主党にはないと言っていたことでもわかる。長年政治にたづさわっていたからそのことを経験から知っていたから言っていたのである。民主党は共産党だったのである。反対を言っていればいいだけの政党だったのである。現実に対応できる政党となっていなかったのである。

2013年07月24日

人間の最後とは何か (認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)


人間の最後とは何か

(認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)


90才を越えてゆくと認知症気味になりやがてどんどん忘れ方が激しくなる。今母が覚えている人間は自分と60年間一緒にいた姉だけである。三人は60年間変わった家族でも一緒にいた。だから姉のことを死んで忘れたかと思ったら名前も覚えていたし忘れていなかった。もう最後はその名前を覚えている人は数人になる。顔もわからなくなる。例え子供でもそうである。子供でもいつも一緒な人は覚えている。孫でもそうである。遠く離れてたまにしか会わない人は全く忘れてしまう。
その人はもう認知症の人にとって存在しないと同じなのである。例え子供でもそうである。
一方子供でなくても施設で認知症の介護している人は覚えている。それも親切にしてくれた人は覚えているのだ。親切にした介護の人が移動してしまって悲しんでいたという。


これは何を意味しているのか?もう子供でも血縁でもそうしたものがすべてではない、人間は愛情をもって接してくれた人を最後に覚えているのだ。それは子供でないことも多々ある。施設の人でも虐待する人もいるがまた愛情をもって接する人もいる。そういう人はまれなのかもしれないがそういう人がいたら認知症の人でも覚えているのだ。そのことは何を意味しているのか?
それは人間は血縁ではない、愛情ある人を認知症になってもわかる。そういうことにかえって敏感になっているかもしれない、だから嫌いな人はよせつけないし嫌いな人の言うことはきかないから扱いにくくなる。一面子供に帰ってしまうのかもしれない、子供は敏感に愛情があるかないかわかる。


自分としてはいろいろいがみあいがあっても最後は悲劇でも姉のことを名前も覚えていてくれたことにがうれしかった。もう死に際になるとほとんどのことは忘れる。ただその時忘れない人こそ最後まで覚えていた人でありその人は来世でもあっているかもしれない、そういう人は最後に数人しか残らない、もう二人しか覚えていないからだ。そして三人は家族だったことを確認した。遠いたまにあった孫など全く忘れている。それも悲しいのだが60年間いがみあいつつも憎しみあっても一緒にいたということは離れて暮らした人とは余りにも違っていたのである。だから憎しみ合っても家族は家族だということもあるのだ。


ただ人間は忘れるということは結局これも無常なのである。家族さえ死んでしまうとたちまち忘れられて何か思い出せないものとなる。嫌なことを忘れるということは一面いいことである。しかし忘れるということはすでに生きていたということすら忘れるのだからもう死んでいるのかもしれない、何を経験したかもわからないからである。そして結局無常というとき、血縁家族ですら無常でありその関係もはかないのである。人間の縁も最後は金の切れ目が縁の切れ目だということをつくづく経験した。金の縁が切れれば本当にもうつながりは全くなくなる。最後はそうなりやすいのだ。兄弟すらそうなっている場合もあるだろう。この世の縁もまたはかないものであり永遠ではない、切れてしまうのである。そういうことを実際に還暦すぎると否応なく現実として処理を強いられるのである。

あらゆるもののこの世の縁の清算みたいなことを強いられるのである。墓というのもまた一つのこの世の縁の場としてあったがこれもまた実家がない無縁化してゆく墓なのかとも思いそのことを書いた。「墓を守ってくれ」という切実な遺言があってもそれも守られないだろう。
この世はまた新しい生があり次々に世代も変わってゆき人も変わり世も変わり無常化しているのだ。特に津波原発地域の変わりよう無常は未だに信じられないのだ。


自分の家族ももう終焉を迎えようとしている。はかないといえばはかないがそれも無常の世だった。家族でも結局は別れてしまうのがこの世である。終われば一時のことだったともなる。栄華もまた一時だった。立派な御殿に住んでもそれも一時の栄華だったのである。たちまち夢のように消えてなくなっているのだ。ねこにいられたのは一時だったとなる。その御殿も夢でありまるでこの辺が草原化したように津波で土台しか残らなくなったように茫然自失してたたずむ他なかったように夢のように消えてしまった。


認知症はそうした人間の最後に無常として現れる。もう記憶するものはない、みんな忘れてしまいわずかに数人のみが家族の記憶として残りその記憶とともに死んでゆくのである。誰かがわからなければその人は死んだと同じなのである。認知症は生きながら死ぬことなのである。母の場合は別に忘れても暴れたりしない、ただ大人しく寝ているだけなのである。それはもともと異常なほどおとなしい性格であったからかもしれない、それは自分の性格とにている。岩のようにじっとしているのがあっている。人とつきあうことが苦手なのである。激情的な性格ではない、大人しい性格だから認知症になって忘れても別に騒がないのである。認知症でもみんなが手がかかるとはならない、性格によってそうなるのかもしれない、暴力とか徘徊するのはやはり病気であり母のように大人しい認知症は病気でもないみたいだ。ただ人間の最後は記憶を失うということである。そしてあの世にゆく,嫌なことを忘れるということではいい面はある。おそらく母の場合は安らかに死んでゆくように思える。

これは性格の相違だったのである。激情的な人はなかなか安らかに死ねないかもしれない、あまり死にざまが良くないかもしれない、姉は死にざまが良くなかった。何かそういう業をもっていてそうなったのかもしれない、性格が一番影響してそうなったことは確かである。


「私のこと誰か覚えていますか」
「あなた誰、知りません」
「私のことを忘れたのですか,息子の一郎ですよ」
「知らないな、見たこともないよ・・」
「馬鹿な、息子の一郎ですよ」
「・・・・・・・・」

「おばあちゃん、私のこと誰かわかりますか」
「ああ、いつも親切にしてくれる人ですね、わかりますよ
いつもありがとうね、あなたのことは覚えていますよ」

「お母さん、息子の一郎のことは忘れたんですか」
「・・・・・・・」


こうして母親は息子のことは忘れ最後まで親切にしてくれた介護してくれた人のことは忘れなかった。そしてあの世に旅たったのである。

人間の最後はこんなふうになり息子でも忘れられ記録されずあの世に逝ってしまうことがある。生きていてももう息子でもなくなっていたのである。あの世に行っても覚えていたのは息子ではなく最後に親切にしてくれた介護してくれた人だともなる。つまり人間にとって血縁ではなく愛情こそ大事なものでありそれが人間をつなぐものだったともなる。この愛情は猫でも犬でもわかるのである。
だからペットの動物は人間化したペットであり野生の動物とは違っているのだ。人間の愛情を知って死んでゆくのである。人間化した動物であり家族でもあったとなる。

2013年07月23日

墓とは何かは死者とは何かである (骨なのか、名前なのか、物語なのか、何なのか?)


墓とは何かは死者とは何かである

(骨なのか、名前なのか、物語なのか、何なのか?)


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自分には親戚というものはなかった。ただそれでも遠い親戚でもあり東京にいてそれでまだ切れていなかった。その人はいろいろ問題かかえている人だからかかわりたくないしかかわるのをやめた。
ただ墓の問題で変なのは死んだときかかわり実家の墓に骨壺を入れた人はもうみんな死んでしまった。そして骨壺にしても一つだけではない三つあるかもしれない、そしたらどれがもってゆく骨壺かもわからないかもしれない、これも困ったものだと思った。

前にも書いたけど墓に名前がない人がいても骨が埋まっている人がいて困った。その人は世話になった人だから自分の墓の脇に石を置いて名前を刻み供養している。なぜその世話になった人の墓に名前がないかというと墓に名前を刻むだけで六万とかかかる。その金がないからしないのである。
自分の場合もいつも家に来てもらうには親の代からこちらで交通費を払っていた。子供の代になってもそうである。それで骨をもってゆくといっても業者に頼まなければできない、すると金がかかる。だから自分の金でもっていってくれと言った。


ここで問題なのは骨が死者なのかということである。骨をもっていけば墓にはもう死者はいないのか?ただ名前と戒名が刻まれている。死者とは名前なのか骨なのか一体何なのかとなる。屍(かばね)は姓のことだとすると屍(骨)から先祖が決まり一族としてのル-ツが決まる。でも骨がでは死者なのかとなるとそれもわからないのだ。ただ戦争で死んだ人の骨を拾いにゆくというとき骨が死者として最後にこだわるものになっているからそうなる。そして変なのは骨をもってゆくというとき墓にはまた死者はいないという感じになる。骨は東京にもっていったら東京に死者はいることになるのかともなる。

確かに骨はもう墓から出されもっていったのだから骨はないのだから死者もいないと思うのも不思議である。ただ名前は以前として墓に刻まれているのだ。だから死者自体本当に不可解なものである。ただ地元に墓があって墓参りしていれば死者はそこにいるとなる。骨がなくなったのだから死者がいなくなり墓参りもしないとなると死者ももういないとなる。それでも死者とはすでに目に見えないのだからどこにいるかなどわからないのだ。千の風になってというとき自然葬にすると死者は風になったのかとなりその人特有の歴史は消失するだろう。個々の歴史を語っているのが墓でもあるだ。


死者は土地と一体化してあるという思想もある。死んだ人は山の神になるというとき田んぼと深く関係していた。先祖は山に眠り神となり田んぼを見守り子孫を見守るという思想は信仰は土地は密着して生まれたのだ。つまり墓は土地と深く関係してある。でも都会のようなロッカ-型の墓もありもう都会では墓自体作ることは金がかかりすぎるからそうなる。そうなると土地とのつながりもないのである。もともと都会は東京のような所では土地とのつながりはない、だから墓も土地とのつながりはないのである。


墓でも原町の橋本町の墓地は広く実家の墓も直したので広いから墓参りして気持ちいいとなる。墓は一般的に狭いのが多いからだ。だから都会のロッカ-型の墓に墓参りするというのは何か窮屈に感じてしまうだろう。でも供養は大事だというときそれでも墓として機能している。
とにかく人間の結びつきは血縁だけではない、意外と土地との結びつきは深い。日本人の姓がそもそも土地の地名に由来していたのはそのためである。そして土地は一代で終わることなどない、延々とつつぎ土地は消えない、人間は次々に消えてゆくのだから土地の方が永続性があり土地と一体となり人間の歴史は伝えられてゆく、古墳にしても墓でありそれが今も意味あるものとして伝えられている。土地と一体だから消えなかったのである。


ともかく墓とは何かというとき答えがないのは死者が何かということがわからないからだ。死者は生者の都合によっても決められる。戦死者でも今でももめていることがわかる。それも両極端になっている。死者についてはその評価も別れる。ただ生前のことが死者にも影響している。まともに生きなかったものはまともに死んでから扱われない、死んでもかえって迷惑にすらなる。だから夫婦でも同じ墓に入りたくないとかもめている。家族墓というのも問題なのである。家族としてまともであり一体感があるのはいいがみんなそうとは限らない、最近は家族でも昔とは違っている。核家族化して細分化しているのからだ。また家族墓は小子化で維持できなくなっているのだ。跡継ぎがいないということが多くなってくる。家族が細分化るというときまた墓を作ると墓ばかりふえてくるのだ。


いづれにしろ生前に人間関係も分裂していると死んでからもそうなる。生前のことが確実に死者になっても影響する。でたらめな人生を送った人はやはりあとあとまで影響するし死者になっても大事にされない、死んだからといってその人が特別なものになるとは思えないのだ。ろくでもない人間が死んで突然立派な人になることなどないのだ。そして確実にまたそういう悪い人やろくでもない人生を送った人は子孫に影響しているから恐いのである。自分だけのことではない、あとあとまで死んでもその悪いことが影響して与えているのだ。逆に立派な人生を送った人は後々の人に影響して良きものを与えてくれるのである。だから突然死者になったから偉くなったとはならないのだ。そういう人は供養さえしたくないだろうし家族だってそうなのである。死者はいいにしろ悪いにしろ必ず一つの物語を残す、それもまた死者である。だから歴史がストリ-であり物語でもある。最後には骨も名前も残らなくても物語が残る。それが無数の民話として残されている。それは偉人ばかりを語るのではなく庶民が語り教訓を伝えているのだ。


ただどうしても死者が普通の人でも生前に言った言葉とか遺言でもそれはかなりの重みがある。死んだら何もできないというがその生前に言っていたことが死んで重いものとなる。だからそれを無視すると祟りがあるとか死者を恐れるのはやはり死者がなお生きて存在しているから恐れるのである。
それは不思議には人間の良心を死者が見ているともなるかもしれない、だから死者に対しては偽りはできないと言われる。生者に対してはいろいろ偽りがあっても死者にはできないとなる。
だから死者を供養するにしても偽りの心ではできないとなる。

2013年07月19日

家系の謎 (悪い因縁は簡単に切れない、結婚すれば相手の家系の因縁を受ける)


家系の謎

(悪い因縁は簡単に切れない、結婚すれば相手の家系の因縁を受ける)

この世で人間の運命ほど不思議なものはない、運命とかは出生の不思議は何なのか?そこには神の関与もあるのかとも思う。家系でもそうである。なぜ夫で苦しんでいた親がいてその娘も同じ様に苦しんでいるのだろうか?別にそういう夫を選んだわけではない、結果的にやはり夫に苦しめられるようになった。親と子が同じ運命になった。なぜそうした夫を選んだのか?見合い結婚だとするとそんなこと結婚するときはわからない、でも結果的にはなっていた。

母親の違う兄の父は工場で事故で死んだ、その後その父系統の親戚とは音信不通となった。その息子も今度は交通事故で死んだ。これもなぜなのだろうとなる。祟りだといっても自分の息子には祟るということはありえないのだ。二代にわたって同じような運命になりうることは多々あるのだ。

カルマだと言えばカマルになる。カルマといってもせいぜい三代前くらいまででありそれ以上はカルマは継続しないと思う。だから前世からの因縁だというのはわかりにくい。
明らかなことは二代くらいはそうしたカルマが悪い因縁はつづく、因縁とはなかなか断ち切れないものである。親戚でもめる人が多くても縁を切れないのはそれだけ親戚になると甥姪子でも結構因縁が深いものとなっているからだ。

一旦夫婦になったらその因縁は深いものとなる。だからなかなか因縁を絶つことはむずかしくなる。別れても追い回され殺されている妻もいる。だから一旦因縁を結ぶことは恐いことなのである。
簡単には切れなくなるからだ。だからこそ結婚の相手は相当に問題になる。その家とか家系とかの影響を受ける因縁を引き継ぐといかことがあるからだ。因縁は実際は相当に恐いものがあるのだ。

結婚することは二人だけの問題ではない、必ず相手の家庭や家系とも関係してくるから恐いのである。二人が愛し合っていればいいではないかというのが現代の結婚だけど実際は結婚することは相手の家族や親戚や家系と深く関係してしまうことなのである。そして一旦結婚したらその因縁の中に否応なく組み入れられるから悪い因縁でも断ち切ることはできなくなる。もちろん相手のいい因縁も受ける。ただ悪い因縁も受けたらその影響は大きいのである。


ただ悪い因縁でも二代くらいまでだろう。祖父が事故で死に息子も事故で死にその娘も不幸でったが四代目の曾孫くらいになるとそうした悪い因縁も断たれてきていい因縁に変化することもある。
余りにも悪い因縁はつづくことは良い因縁に変化するということもある。悪いことがつづいてもいつまでもつづくとはならない、そういうものは一つの膿(うみ)みたいなものかもしれない、一度出してしまうと体が良くなるように好転することもありうる。

自分もここ6年間はどうにもならない悪い因縁の中に組み入れられて苦しんだ。凶運は五年くらいはつづく。そういうときはどんなことしても悪いことがつづくのである。悪いことが重なるのである。そういうことは誰にでもどの家族でもありうることである。
その家族か特に呪われたというものでもない、そういう運命に誰でも陥る時があるのだ。
そういうときカルト宗教団体に入っても解決しない,かえって悪い方向に悪い因縁の中に組み入れられてしまう。


ともかく地震であれ津波であれ原発事故であれ本当に凶運だった。なぜこれほどはの凶運になったのか?人間が非情なとき自然も非情無情になったのかもしれない、地震や津波は規則的に襲う自然現象であり人間のこととは関係ないというけどそうでもない、人間が乱れるとき自然も乱れるのだ。
江戸時代が比較的平穏だったのは貧乏でも人間の心はそれほど乱れない、素朴さをもっていたからかもしれない、今は人間の心は冷たく異常であり非情化している。明治維新後の変化は大きすぎたのである。大きな戦争が二つもあり犠牲が多すぎた。それも異常な時代だったのである。


人の運命もあまりにも不可解だから誰かが神が人生に関与しているとさえ思う。自分にしてもある時死んでいたかもしれない、そこて死ななかったのは神が見守り助けてくれたともなる。そういう経験をしている人は結構多いのだ。ただすべてが宿命だとか運命だとかはならない、いくら不遇に生まれてもその人の努力によって運命は変わるのだ。不遇を嘆く人は多いけどその不遇を嘆いてばかりいて呪っていると結局その不遇から脱することができないのである。

ただ人間の運命は不可解でありそれはなぜなのだろひうとなると前世の因縁だとかいろいろなことを言う人がいる。

人間はこうして人生もそうだが自然でもわかっていなかった。人間を超えた力が働いている。科学もそうした大きな力を越えることはできなかった。科学がいくら発達しても人間の謎は解けないし自然の謎も解けることはないのだ。だから神の前に謙虚になることが要求されるのである。
原発でも核のことなどまだわかっていなかった。だから一旦事故になったら終始がつかないものとなったのだ。


自分の凶運は一応終わったように見える。やはり健康が回復したことが一番大きかった。健康でありさえすればたいがいの凶運ものりこえられる。健康がなくなるとき人間はどうにもならなくなる。

まあ、なんとか客を迎える準備はできた。それだけの余裕もできたから客も迎えられる。
とても余裕が客をもてなしたりできない、相手もきづかったりすることもできない、自分が健康でないかぎり相手をきづかうこともできない、また借金している人もできない、借金している人は本当は相当に恐い、暴力団に借金で追われ自分の妻や子供まで保険金をかけて殺すとかそれほどまでに追いつめられる。それは架空の小説にしてもそれだけ追いつめられるから借金している人は恐いとなる。そういう人が自分のんにはいなかったことが最悪だったのだ。そういうとき相手も必死だから自分の弱さにつけこんで病気のことなどかまわないし入院しても脅迫するようなことをしてきたのである。だからそういうふうに追いつめられている人間は恐い、それで凶悪な殺人も起きているのがこの世である。


ともかく悪夢の時はすぎた。これからは良い方向に向かうのか、まだ不安材料があり介護しているからわからないけど何かそうした最悪の凶運過ぎた夜討ち思える。

2013年06月29日

墓の跡継ぎは簡単になれない (怨霊となることもあり責任が重すぎる)


墓の跡継ぎは簡単になれない

(怨霊となることもあり責任が重すぎる)

●墓は簡単に捨てられない

跡継ぎがいない
親戚の墓を将来面倒を見てくれ
と言われましたが
かなり遠方です
遺産を貰う訳でもありません
安易に引き受けないほうが…
友人にはと言われました
何か アドバイスをお願い致します。


とんでもない事です。

単なる善意とか思いやりで解決するものではありません。

これからは子供のいない人も多くなるし、いたとしても子供に負担のかからない永代供養墓を選ぶ人さえいます。
質問者様が善行のつもりで是非やりたいのなら仕方ないですけど、関わらない方が身の為だと思います。
遺産もくれないのによくもこんな事を頼めるものですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1317218823


還暦すぎるといろんな問題か人生の総決算のようにでてくる。墓の跡継ぎ問題もそうである。人が死んだら普通はかわいそうだからとその人がどんな人であれ思い供養する。墓も立派にすれば供養になると思っている。自分もそう思っていた。でも墓は相当にめんどうなものである。前にも書いたけど墓は簡単にモノのように片づけられない、一旦墓に納めるとそうなる。そこに何もないわけではない、骨壺にまだ骨が残っているかもしれない、すると簡単に捨てるわけにはいかない、墓があるかぎり誰かかが供養し続けねばならない、現実に墓地には必ず無縁仏がありそれらが集められて供養されているのだ。その墓地に来た人がその人と関係なくても供養したりしている。墓は簡単に捨てることができないからそうなっているのだ。墓の跡継ぎになってくれというのはモノの跡継ぎではない、建物の跡継ぎでもない、死んだ人の何なのか?骨を守ってくれということでもない、骨はやがて土になってしまう。すると墓とは何なのか?それは死んだ人がなお生き続けている証だともなる。霊魂がそこに宿っているともなる。モノだったら簡単にかたづけられるが霊魂か宿っているとしたら簡単に他人だって片づけられないから無縁仏になっても捨てられず墓地にあり供養することになる。

つまりそれだけ墓というのは他のものとは性格が違ったものであった。それを意外と自覚している人が少ないというよりある年にならないと自覚できないのである。人間の問題は自分のことになると自覚できるが実際にそういう責任をもってみないといろいろなことがわからないのだ。つまり墓の意味が何なのかわからなかったのである。

墓が簡単に捨てられないというとき、それは必ずその家の問題がそこにある。それが他からはわかりにくいのである。その家の事情は他からはわかりにくいから困るのだ。自分の家も複雑だから他からはわかりえよがない、兄といっても父親が違っている。その父親が事故で死んだ。その子供もなぜか42才で交通事故で死んだ。父親が死んだときやはり金でもめた。今度も交通事故でその息子が死んだときも金でもめた。そこに因果関係があるかどうかはわからない、でも父親とは全く関係しなくなり供養もしなかった。それだ不気味なのである。供養しないということがその息子に事故を起こさせたのかともなる。良くいう先祖の祟りとかになる。自分の息子に祟ることがあるのかとなればそんなことはないとも思うが不気味なのでる。だから自分は今墓があり兄の骨を納めているので墓参りして供養している。でも自分も死ぬのだからあとは供養できない、それで東京に住んでいる娘に骨をばせっていって東京で供養してくれとその金をわたすことにした。


東京だと別に墓がなくても格安で納めることができる便利なものがある。そこでともかく供養すればいい、それでも供養しているのだから罰はあたらない。つまり墓の問題は墓というモノの問題ではなく供養するということにある。それは死者への畏れなのである。死者が祟るというときそれはわからないにしろ不気味になる。死者というのは何かわからないからだ。死んだら何もないとされないのが人間の死なのである。だからこそ戦死者を供養しているのはそのためである。国のために戦った、それが間違いにしろ死んだ人たちは命をかけたのだからそう思っている。それを無視できない、もし無視すれば怨霊ともなることが恐いのである。だから本当に死者とか墓の問題は実際は相当にやっかいなものだった。それを自覚していなかったのである。


●怨霊となり祟りとるな死者の恐さを考えるべき


死者の問題が墓の問題がやっかいだというときそれは生前とも通じている。例えば生前に親族でも恨みを残して死んだ人がいる。介護でも冷たく扱われとかなるとそれを恨みに思い死んでゆく人もいる。それは親子の間でも起こる。だから介護の問題もめんどうなのである。親が恨まずに子供に感謝して死んでくれればそのあとの供養も楽になるのだ。そうでないと恨みを残されると死んでからまた墓参りするのだからスム-ズに墓参りして供養できなくなるのだ。そういう人を実際に親戚で知っている。その人は親にひどい仕打ちをした。自分はあまり関係していないからわからなかった。だか最後になってわかったのである。その人は本当にひどい人だったのである。あまり関係していないからその親の方がひどい人だと思っていたのだ。実際はその子の方がひどい人だった。何らか病気になったときもひどい仕打ちをした。「だからひどい人だ」と言って死んだ。それが死ぬ時ようやくわかったのである。明かに子供に恨みを残して死んでいったのである。それは他の人にはわからない、長く患わないで死んだので他からはわからない、たまたま自分の家では最後の一本の電話でわかった。
「ひどい娘だわ」と言ってきてすぐに死んだのである。そして自分の家にも信じられないひどいことをしたからそれに納得したのである。それでも母親だし父親も埋まっている墓に墓参りする。


そうなると墓参りする供養するのも苦しくなるだろう。墓に埋まっている人が恨んで死んだからである。それが墓として残っているから墓がめんどうなのである。具体的なものとして残っているからだ。恨みが墓として残ったさえなるからだ。でも墓を捨てるわけにもいかないし供養しないわけにはいかない、それで墓の側に「怨霊供養」という立て札をみかける。それは家族内で恨みを残した人の怨霊を鎮めるためのものだろうか?一般的に歴史的に怨念を残した人は無数にいるから今でもそれを祀り供養している。家族内でもそういうことがありそうしている。不慮の事故とか怨念を残した人は成仏していないからこの世に恨みと怨念を残しているから祟りになる。そういう人はおそらく「なぜ自分が死んだのだ」ということもわからないかもしれない、なぜなら突然の死だから自覚されない死だからそうなっている。それでこの世に執着してさまよい祟りになるということもある。こんなこと迷信だといえばそれまでだが何か不気味なものを理屈なしで感じるからおろそかにできないのである。


●墓の跡継ぎには簡単になるべきではなかった


そしてその人は家がなくなった実家の墓をひきついだ。それは300万で実家の長男だった人に頼まれたのだ。「墓を守ってくれ」というのが遺言でありそれを頼まれたのである。子供もいるから頼まれたのだ。その人は300百万でももらえるからいいと軽く思ったに違いない、自分は頼まれなくて今は良かったと思う。墓参りはするにしてもその後まで延々と供養することは大変なことになる。その後の霊と化した墓の責任を持つことは容易なことではない、何故ならそれはモノではないからだ。墓を粗末に扱いば祟りがあるとかなってしまう。「墓を守ってくれ」という声がのしかかってくる。これは本当に冗談でなくてあまり責任が重いものだったのである。だから3百万で引き受けるようなものでもなかった。これはいくら金がもらえると引き受けることができるようなものでもなかった。でも金がもらえるならと安易に引き受ける人もいる。でもそれを安易に今度は捨てたり供養しないと恐いとなる。祟りがあるとなれば簡単にモノのように始末できないのである。


だから今回自分は兄の墓は供養は娘に責任があるということで金を払いまかせることに決めた。
まともな娘ではないのでそれもしないことはわかっている。でも死んだ父親の父親も事故で死んでいる。二代にわたり事故で死んでいるのだ。それが不気味なのである。だから供養の責任は一応娘に言って自分に責任はないことにしてもらう。地元に住んでいれば別だが東京でありもともと交流もなかったのだがらどうにもならないのである。その娘はそんなことをしない人とわかっていても自分には責任はないということだけは言っておく、自分に墓の霊魂の責任をもたされることはできないのである。祟りまで引き受けることはできないのである。ともかく墓の跡継ぎ問題などは本当にめんどうでありそれを自覚している人が少ないのである。

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2013年06月26日

金は思った以上に公平に分配されるものなのかも (金の総決算も還暦をすぎるとやってくる)


金は思った以上に公平に分配されるものなのかも

(金の総決算も還暦をすぎるとやってくる)


●金の貸借表も偽ることができない


死んだ人はもう死んでいて何の力もないと思われる。でもそうでもなかった。前にも書いたけど兄が死んだのは20年も前になるしいろいろ事情があっても今頃金についてまた兄のこと思い出した。
「母の金の半分は自分がもらえる」と言っていた。それは確かにそうだった。ただ20年もたって忘れていた。でも最近母の金を自分で手にしたときまたそのことを思い出した。そしたら意外とその言葉も重いものだったとことに気づいた。別に死んだのだから自分のものにしてもいいしそれをとがめる人も今はいない、でも何か兄がそう言ったので自分だけ使うのに心がとがめたのである。おそらくもう別に自分が全部もらっても誰もそれをとがめる人はいない、いろいろ事情があってもそれを知る人もいないしとがめる人もいないからだ。ただ娘がここ何年かつきあいができてそのことを考えた。
音信不通だから関係ないと思っていたが6年前から家にも来たので考えるようになった。
その娘には孫もいるし高校に入るので金がかかると言っていたのでそのことで兄からの金だといえば兄もうれしいし娘も孫も喜ぶかと思った。しかしまたそこにはいろいろ問題がある。


ともかく金でもめるのが人生であり金にはじまり金に終わるというのが今では人生となっているような時代である。あと何年生きるのか金次第だとかなるか医療費もかかるから病気になったら金がないと治療費がないと生きられないと早く死んだ人もいた。これも金で助かる命も助からなかったとなる。老後でも長生きになれば金が必要になる。それで年金でもめることになる。最低で10万もなければ生きていけない、それだって今の時世ではむずかしい。何か還暦をすぎると金でも貸借表が明確にされ決算が迫られる。金の面でも決算が迫られる。借金を隠して事業の成功者を装っていた人も嘘つけなくなってくる。不摂生した人は病気になりやすいとか健康の面で現れてくる。それでそんな不健康な生活をして60代くらいで病気になるのはその人が悪いしそんな人に保険料を払わされるのはごめんだという政治家もいた。


事業で借金した人も見栄を張り無理をしすぎためである。別に質素にやっていればそうはならなかった。病気になったから借金したとかではない、成功を装い見栄を張り借金をしていたのである。そういうツケが最後に逃れようなく払わされる。最後はそうした借金でも人生のツケが支払わされる。それは誰にでも起きてくる。自分も全くそのツケを支払わされた。
ここ6年の苦しみはそうだった。別に悪いことを特別したからでもなかった。成り行き上そうなってもやはりツケを支払わされた。苦が楽の元というとき苦しい人生はあとで楽な人生になる。

だから今苦しいなと思ってもがまんしていれば後で楽になる。今楽をしているとあとで苦しくなる。だから苦しいから嫌だと苦しいことをさけていると後で苦しみをさけられなくなる。いろいろ事情があるにしてもニ-トなんか今はいいにしてもあとで苦しくなるのだ。ただ人生は目先のことに追われ
長い目で見れないのである。今ここで我慢して何がいいことがあるんだとはならないのである。今がすべてになるからである。

ともかく楽ばかりの人生はほとんどない、一見恵まれているようでもその恵まれたことが楽なことが仇となり最後に苦しむことにもなる。人生の貸借票が還暦をすぎるときっちり具体的に現れる。金もそうである。借金しか残っていないというときはやはりその人生の総決算が現れたともなる。最後に人生の総決算となりいいことも悪いことも現れる。


●金の分配も公平な面がある、その管理は神がしているのかも


金は運だと前に書いた。fortune(運、財産)だったと書いた。しかし意外と金は公平に分配されているかもしれない、金なんか不公平だよ、濡れ手で粟でもうけるものもいるじゃないか、株などでもそうだよ、公務員はもらいすぎだよ,手厚い社会保障あるじゃないかと不公平ばかり言われる。
でも何か金というのはごまかせない正直なものでもある。濡れ手で粟と言うのは別にして一億円とか以下の金については公平化もしれん、大金持ちはこれは普通の人には計れない金でありイメ-ジすらできないのだ。なぜそんなに金があるのだとその生活すらどういうものなのか知り得ないのである。だからそのことについてはいろいろあっても書けないのである。例えば一千万くらいの金だと何か公平に分配されているように見える。母の残した金はそもそもどういう金かと言うと国民年金保険だった。これは2万5千円だけど一銭もかけていないのだから無料でもらっていた金だったのである。
35年前頃もらったのは一銭もかけなくてもらっていたのである。それで35年も積んでいたら一千万とかなったのである。だからそれは国民の税金をためた金だともなる。だからこの一千万は誰のものかとなるとその財産をもらう親族のものとは限らない、国民のものだったともなるからだ。
その金が全部親族にわたるというものも不公平にもなる。法律では遺産が親族にわたるのは公平でなくても法律上の規則として平均的に過ちがないものとして決めたのである。だからそこにも不公平がある。

自分が経験したことでは何か奇妙なんだけと公平だったのかもしれないと今は感じている。一部は不正であり刑務所行きの犯罪者が盗ったとしてもそれまた変な話だけどうにもならなかったのかとさえ思う。ただこれは犯罪だから責められずにはいられない。他にも金は消えたがそれは公正なものではなかった。だからどこかのプログで書いてあったがそういう不正に金をもらっものや得たものは必ず返還を要求される。その本人が知らなくてもそのツケは払わされる。他者の取り立てが過酷なものになり請求されるとか書いてあった。金は意外と人間が管理しているようで神が管理しているような所もあるから公平な面も明かにあるのだ。不正な金で本当に金持ちになるのは無理だろうし良心の呵責を感じるだろう。何らか分配すべき金だから分配しないと何か悪いことが起きてくるともなる。
金は欲しくてもみだりにそんなに大金をもてるようには思えないのだ。確かに遺産などがあるがそれももめるし災いの元となり独り占めにはならないのだ。


●民主主義の平等原理がかえって不公平にした


金は遺産でも親族に法律で割り当てられるのは不公平である。まず兄弟で平等にしたのはかえって平等でなくしたのである。なぜなら実家をになう人はそれなりに家を維持するために財産も必要であり農家では田を分割したらやっていけなくなる。実家はまた墓の管理などもするし兄弟でも違った役割が昔からあった。だからそれを否定したことはかえっていろいろな問題を引き起こす元となったのである。つまり長い歴史で受け継がれたものを否定すると必ず何か問題が起きてくる。長子が重んじられたのはこれはどこの国でも同じであり何か意味があったのである。民主主義がそういうものを古いものとして否定したとき一見平等に見えても不平等にしたのである。戦後の民主主義は何かそうした古いものあらゆる面で否定してしすぎたのである。


例えば介護でも実際に介護している人が多くもらえないというのは変なのである。兄弟で何もしない人が平等にもらえると言うのはかえって不公平なのである。介護してくれる世話してくれる人がいれば他人でもその人の財産を得る権利がでてくるのだ。それを自覚しない人が多すぎるのだ。自分の経験では全く何もしないのに遠く離れたところから金だけを要求してくる。近くの人でもそういう人が多い。そこで親戚関係でももめる。遠く離れて介護でもなにもしない兄弟はそんなにもらう権利がないのである。介護は結構大変だし何もしない人が財産を得るのは不公平なのだ。例え打算でも介護している人はもらって当然なのだ。まず水一杯も運ばない人が財産の権利を主張すること自体おかしなことなのである。自分が経験したことは何もしない人がただ金の要求、権利だけを主張してくる。

戦後民主主義の弊害も大きかった。権利だけを主張してやることをやらない人が増えすぎたのである。それはあらゆる面でそうだった。だから犠牲的精神とかはなくなった。相手を犠牲にしても自分は絶対に得をするということしかないのである。金にならないこと絶対にやらない、人だけ助けもしない、自分の場合、得することであり金になることでもやってくれなかった。そんな人がどうして商売でも成功するのだろうか?人からしぼりとることしか考えて考えていないとしたら成功するはずがない。やはり戦後の民主主義がこうした人間を作ったのである。それはまちがった民主主義教育だったのである。

2013年06月25日

死者とかかわるめんどくさとむずかしさの自覚 (墓の跡継ぎがないとか死者の扱いのむずかしさ)


死者とかかわるめんどくさとむずかしさの自覚

(墓の跡継ぎがないとか死者の扱いのむずかしさ)



松山市御幸の浄土宗「弘願(ぐがん)寺」境内に、宗教・宗派を問わない永代供養の共同墓地が造られた。創建800年の古刹(こさつ)だが、少子化や非正規雇用の増加などを背景に、「墓が維持できない」との相談が相次いでいるといい、同寺は「現代社会で、求められる寺のあり方を考えた末の形」としている。(原典子)

 同寺によると、境内の墓地には墓が約250基あるが、親族・親類から「墓を処分したい」という相談が増加。リーマンショック後の2008年秋以降は、「子どもが就職できず、将来の墓の維持に不安がある」「リストラに遭い、墓のことにまで手が回らない」といった電話が月に最低1件入るようになった。「骨を処分して」と電話で依頼したまま連絡がつかなくなるケースもあるという。
 
墓の処分後に遺骨の引き取りを拒まれ、墓地内に無縁塚を造った1999年以降、75人分の遺骨を移した。村中信章・同寺住職は「骨を骨つぼから出す『ガラガラ』という音を聞く度、やりきれない思いになる」といい、安価で生前申し込みもできる共同墓地を造ることを計画。また、「宗教・宗派にこだわっていては、行き場がない無縁のお骨が増えるばかり」と垣根を取り払うことにしたという。
http://b3.spline.tv/inochi1/?thread=1878&command=REPLY&id=1878



兄のことを書いたけど交交通事故で42才の若さで死んだ。すでに20年とかたち忘れられつつあった。しかしまた今になって問題になっているのか?それは別に遺産はないのだけど母の残した金がありその金を半分はもらえると常々言っていた。すると本人は死んだからそんなことにこだわる必要などないのだがどうしても自分はそのことについてこだわる。死んだ人にも兄とは他の人とは違った事情がありその娘がいて孫もいるのでそっちが困っているので金をだけが全部もらうとうしろめたいというか何か死者が見ているようで恐いのである。「なんだ、お前より苦労したのにまた俺の半分の金を使うのか」と死者に言われる気分になる。死者はそういうことでも死んでいないのかもしれない、生者を見ているのかもしれない恐さがあった。かえって死者になっているから恐い、死者には偽ることができない恐さを感じてしまった。ここまで義理堅くするのはあまりないだろう。たいだいもう忘れて金のことなど考えないだろう。その方が良かったかもしれない、そういう昔の因縁をぶりかえすと何かめんどうになるのだ。特にその娘はまともな人でないから余計にそうなる。常識もないし普通ではない、ええ、またこんな人とかかわるのかとなると嫌になった。ただ孫がいるので中学生になったが娘とは違っている。


なぜこんなことがぶりかえしたのか?それはそもそも交通事故で死んだときそこの運送会社から兄が事情あって雇われた経緯があった。だから凄く恩に着せて死んだとき代理人になってやるからと保険金のことでそう言ったのだろう。でも静岡とか遠くて何が起きたかわからなかった。本当にこれも何がなんだかわからなくなっていた。その時夫婦は離婚したり一騒動があったからだ。そんなところに巻き込まれたら大変だった。子供をどうするとかなんとかもめにもめたのである。その時娘は中学生だったからだ。それでともかく娘は大変な苦労をした。ただもともと遠いから向こうの親戚でやってくれるばかりだと思ってかかわっていなかった。兄もそういうつもりだった。ところが離婚したりして兄が一人になり運送会社に勤めた。そこで交通事故になったのだ。その後始末が思った以上大変だったのだ。墓を運送会社で作ってやると骨を母親によこさず延々と責めてきた。代理人になりたくて責めてきたのだ。そんなとき弁護士に頼んだが弁護士は裁判になるわけではないから実際はたいして役にたっていない、ただ百万とか払った。保険会社の人がなんとか運送会社と交渉して書類を書いてもらった。書類を書かないとかこちらでも弁護士をたてるとか大騒ぎしていたからだ。それがどうしてなのかのみこめなかった。そのときもやはり保険金が欲しくて騒いでいたのである。でも運送会社には金はおりない、だからそうそうに骨をひきとってくださいで簡単に終わるはずだったのである。


そうしてやっと実家の墓にうめた。実家といっても今度はその家もないのだから困った。一応まだ実家の系統の人が残っていたので許可を得て実家の墓にうめた。でも今になると骨とか死者とかかわることも大変だなと今になって気づいた。
実家の墓に埋まっているのは兄だけではない、実家の一族が埋まっている。その長男が「墓を守ってくれ」という遺言を残して姪にあたる人に3百万残して死んだ。その実家の長男だったのでそういう家を残したいという思いがあったからだろう。それで自分は地元にいたので墓を直して作った。
でも姪は福島市にいたので墓作りにはかかわらなかった。今になると簡単に墓のことを考えすぎていたのだ。そのあとの維持が墓はあまりにもめんをとだったのである。でも何でもあれ個人の遺志が尊いと思って墓を直したのである。墓参りをしたり墓が問題になる。墓が簡単に捨てられない壊されないというときなぜなのか?そこには死者が一つの墓という物になって定着して動かないものとなっているからだ。死者といっても普通は骨になり灰になったらもうどこに行ったかもわからない、それならかえって楽だろう。一つの墓という石の物体に納まったときこれを簡単に動かしたり取り除いたりできないから困るのだ。それは跡継ぎのない墓が今相当に増えてくるのも問題なのである。
墓の跡継ぎがないことは無縁化するのだがそれにしてもそれを簡単に取り除くことができないから管理する市町村でも困るのだ。自分には身内が死んで自分だけが後始末をさせられるようになった。

兄のこともそうである。近くにその娘でも住んでいれば別だが東京に住んでいてこっちのことは何ら関心がない人である。もちろん自分のことなどばしちゃんでも赤の他人と同じなのである。一緒に育っていないから親しみもないのだ。だけど兄の墓はあり自分が墓参りしなければならないしその後始末をまかせられる結果になった。それは自分の家のことでも墓でもそうである。跡継ぎがいなかったら無縁化するとか心配する人が増えた。いろいろな所で跡継ぎ問題があった。


自分はやはり兄だから骨をもってきて墓に治めるのは別に大変なこととも思っていなかった。それは当然のように思っていた。しかし墓というのは実際は相当にやっかいなものである。墓という石化した物体は死者が宿るのだから簡単にとりのぞくことはできないし墓参りを欠かすこともできない、それは別にいいとしても実際は跡継ぎがいなければその重い石化した物体が死者と共にその霊と共にありつづけるとしたら他人ですら簡単に無縁化して捨てるわけにはいかない、無縁化してもその無縁仏を祀っていることでもわかる。人間は焼かれれば灰になるあとに何も残らない、しかし墓になれば物体として死者は残りつづけるのである。墓のない死者も多いがそれらの人は架空のものとなり具体的なものとしてはない、有名人をのぞいては何もなくなる。墓がある限り死者は物体化した墓と共にこの世にありづづけることになる。これも一面結局やっかいなことだなと思った。そんなに後の人が供養し続けることが少子化ではむずかしくなるしめんどうになる。一代くらいだったらできるけど次の代はもうつづかないのである。


死者の問題は別に個々人だけではない、例えばいつも問題になる靖国問題に象徴されているのだ。3百万人以上の人が戦死した。その死者についてどうすればいいのか、そんなものなかったとかもう忘れようとかならない、それだけ死者の問題が重いものとしてのしかかっているのだ。なんらか供養しなければならないから天皇中心にして国民が供養しつづける行事を行っている。それをやめるわけにもいかないのである。他国から犯罪人を神と祀ってどうするのだと批判されても日本国民からしたらそんなことにはならない、やはり日本のために死んだ人たちとなるからだ。個々人でもそうだが死者とは一見簡単に死ねば忘却され消えたように思うけど実際は違っていた。死者は簡単に消えない、今度は逆に死者が生者を凝視しつづけるという恐さがある。

死者はもう愚かな時の生者とは違う、何か恐ろしいものに感じる。死者の祟りだとか畏れのはわかる。怨霊となっているとか恐れのもわかる。確かに死者はそうしてみんな簡単に灰になって消えた訳ではない、死者は現実のこの世になおかかわりつづけているのだ。それを象徴的にしたのが墓だった。墓は簡単にとりのぞくことができない、また供養を欠かすことができないのだ。墓としてある限りそうなるのだ。そこに墓の重みがあったのだ。だからそもそもみんな簡単に墓を作りすぎるということもある。墓を作るとしたらあとあとの問題が重い責任としてのしかかっているのだ。なんか立派な墓があるけどそんな墓を作ったら後々の供養も維持も手間がかかるものとなる。だから墓は本当はそうした記念碑のようなものであり特別なものでり誰でも建てていいものだったか疑問になる。その維持と継承が大変なものになってることがわかったのである。

残される記憶、記憶される物(詩)

http://musubu.sblo.jp/article/25679315.html

確かに墓はこれとにている。簡単に捨てられなくなる。ただ今になるとみんなそれほどの生の重みをもっていたのかともなる。
みんながそんな生の重みをもったとしてらこの世の中墓で身動きできなくなる。
墓はだからそんなにみだりに作るものでもなかった。後の始末がやっかいなのである。

2013年06月21日

認知症の誤解 (認知症は人様々であり誤解が多い)


認知症の誤解

(認知症は人様々であり誤解が多い)


さて、私の祖母も認知症です。
現在84歳。81歳のころに本格的に認知症になりました。逆に祖父は90歳で亡くなるまで、認知症にはならず、すごい記憶力をたもったまま周りをおどろかせました。

この二人を比べておもったこと、そして「認知症になりやすい人」の条件について考えてみると祖母はやっぱり「認知症になりやすい人」にあてはまっていました。

具体的には、


・毎日同じことの繰り返し 

 特に趣味もなく家にとじこもってばかり。毎日朝おきて⇒昼食の用意⇒買い物⇒夕飯用意⇒寝る の繰り返しばかりだったそうです。

・近所づきあい、友達がいなかった
祖母は自宅にいることがおおかったので、両隣ふくめ、近所に親しいお友達や茶のみ友達がいませんでした。(道ですれちがうと挨拶する程度)


・趣味がない

若いころは通信講座をならったりしたこともあったそうですが、認知症になる20〜10年くらいのあいだは、趣味らしい趣味もなかったようです。
http://sai15.net/ninchi-syou.html



自分の母親は98にもなっていて認知症に確かになっている。でも症状は別に人にやっかいをかけるものでもない、物が盗られたか騒ぎもしない、もともと大人しい静かな人とつきあわない性格だった。それは自分と良くにている。自分も人とつきあえない、友達ももてない、静かにじっとしているのが好きであり自然観賞しているのが向いている。もともと世間から離れているような性格だった。
だから大正生まれで働くことしか知らない、趣味は何にもない、働くことしかない、特に尋常小学校でも一回も休まずに賞をもらったことを自慢していた。


そして80才まで店屋をやっていたりその後も家事を93才ころまでやっていて今も寝ているのだけどときたま起きて洗い物などしているから驚く、耳はほとんど聞こえないから話ができない、金のこともわからないからボケているけど金がなくなったなど騒がないのも不思議である。だから極端な認知症の症状がでていないのだ。もともと性格的に大人しく激情的な性格でなかった。だいたいこの年になれば90パ-セントは認知症になっているしならなくても何か通じなくなりボケているのだ。
だから認知症というのは人様々であり性格もみんな違っているし育った環境も違っているし家庭環境もあるしそうした様々なものが影響している。もちろん遺伝的なものもある。だからこういうふうに一つの型に決めつけることは危険である。


もう一人は複雑なのだけど年はさほど変わらないが典型的な認知症になった。家事もやらなかった。家事をすることは相当に自分でやってみても頭を使うのである。特に今では機械を使うことが多いから昔の人はできない、認知症になるとテレビのリモコン一つも押すことができなくなった。機械が最も苦手になる。今は台所でも機械を使うものがあるからこれは使えなくなる。洗濯機が使えないので昔のように手で洗っていた。魚などは前から料理していたからできた掃除も簡単なことはできた。でも家事は片づけたり意外と工夫も必要でありそういうことはできない。でもそういうことをしていたら症状が改善した。自分の姉はこの正反対だった。人つきあいはいいし、外向的な陽気な性格であり頭も良くてしっかりしていて何でもできる人だった。事情があり複雑だけど母とはあまり年は違っていなかった。だから認知症は老人特有の病気であり姉は典型的なアルツハイマ-だった。激情的であり物盗られ妄想から幻覚から暴力からアルツハイマ-の症状が露骨に現れたのである。それは性格が多分に影響していた。怒りっぽくなったのももともと気性が荒く激情的だっかからである。

だから認知症はその人のもっている性格とかが顕著に現れる病気である。パタ-ン化することはできないのだ。

だから趣味がないとか人づきあいがないとか友達がいないとか社交的でないとかもそれが認知症になる要素でもない、なぜなら人間は社交的な人もいるし社交嫌いな人も母や自分のようなものもいるからだ。社交嫌いでも芸術や内面の追求には向いている。自分は自然の中にひたり自然観賞することは向いている。それはかなり創造的な精神の性向でもある。だ2から人づきあいがないから社交的でないから認知症になるとは限らないのだ。それは人それぞれの性格がありそれに応じて人は生活するのが向いているのだ。母は全く無味乾燥な働く機械と同じであっても認知症にはならなかった。もちろん遺伝的なものがあるのかもしれない、ただ認知症になったときはその性格によってかなり症状が違うしまた家庭環境などによっても出方が違ってくる。そういう総合作用として認知症の症状がひどくなったり軽くおさまったりする。


でもテレビで見たけど夫婦で認知症になりやすいというのは不思議である。そこにいかなる因果関係があるのか?これはやはり夫婦して遺伝作用とはないから何かそこにあるのかもしれない、夫婦関係はわかりにくいが何か夫婦とか家族は一体であり一方が良くて一方が悪いとかない、夫婦は同じ様に妻が変だなと思うとき夫も変なことがある。だから認知症でもどっちもなってしまうのかもしれない、相互作用があって認知症になるのかもしれない、何かそこに因果関係がある。何か双方向にマイナスに働くものがあるかもしれない、プラスに働けばプラスになる。それか夫婦なのだろう。


結局人間の脳を問題にするとき人間と死ぬまで創造性を追求するものとして神が作ったことがわかった。最近自分自身絵の才能がまるでないのにパソコンのソフトで抽象画を相当作ったことでもわかる。これは才能というのではなくパソコンのソフトを通じて偶然に開発されたものだったのである。
これによって脳も活性化したという不思議がある。脳は生涯で二割くらいしか使われないというとき開発されないからそうなる。脳は自ら引きだす-educateしないと退化してしまうのである。
人間の感覚はすべてそうである。感覚を磨かなければそれも退化してしまう。自然への感受性も日々の訓練だったのである。毎日の季節の変化を知り敏感になり積み重ねてゆくことによって感受性が作られてゆくのだ。だから俳句でも退職して簡単にできるものではないのだ。日頃の積み重ねが何でも作り出すからである。


人間の脳は一生かかって作り出してゆくものであることがわかった。天才は別にして普通の人はそうである。だから自分は60すぎてから詩も膨大に書いた。ただまだ発表していない、すらすらと書ける不思議があった。例えはその土地に長く住んでいるとそこから自然の霊感を受ける。でもそれには相当な時間が必要だったのである。認知症は本当は何が原因かわからない、でもなにかそうした日頃の生活の積み重ねが影響しているかもしれない、だから脳を使うこと家事でも継続的にすること、脳の開発を怠らないこと、継続的にすることが大事である。今も一日中寝ても習慣となって機械のようにときたま忘れず洗い物をしているのは習慣化していたからだ。怠けることが習慣になると認知症になる恐怖があるのだ。一人は退職後なまけて何もせず認知症になった。これも不思議なことである。
二年間は洗い物も手でしたり魚をさばいたり簡単な掃除をして自分は役に立っていると何か生きる意欲もでてきた。それも不思議なことである。だから嫁に「おばあちゃんは何もしなくていいですよ、テレビ見ていて下さい」といわれると認知症になりやすいというのは本当なのである。


ともかく認知症は多様でありパタ-ン化することは危険である。認知症はそれだけ複雑な病気でありその介護も人それぞれによって違うし家庭環境も相当影響するから外部からなかなかいいアドバイスを得られない病気なのである。型にはまってみれないからそうなるのだ。それほどやっかいな病気だったのである。

2013年05月21日

弱者を相手にする職業は権力を持つものは人格がゆがむ (医者、看護師、介護士、福祉関係の仕事)


弱者を相手にする職業は権力を持つものは人格がゆがむ

(医者、看護師、介護士、福祉関係の仕事)

家族が看護師から虐待、虐めを受けています。
詳しくは書けないのですが、当分の間、他へ移る事は難しく、
看護師の虐めを公的機関(役所、保健所、法ム省)に相談しても
何の対応もしてくれません。
弁護士に相談しても証拠がないから他へ移るようにと言われ、
困っています。すぐには移れないので。


このままだと家族が看護師から何をされるのか?と思うと恐怖で
なりません。家族にまで電話をしてきて意味不明な暴言を吐き
まくり、家族に対しては健康や医療行為を妨げる行為を
平気でしている看護師に対して厳しい処罰を施したいのですが、
何か良い方法ないでしょうか?
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/hosp/1293579580/l50


医者と看護師を比べたとき医者の権力は看護師よりだんとつに大きい。それでも看護師が力がないかというと医者に対してそれなりに力をもっている。看護師に医者も協力してもらわないと仕事ができないからだ。病院では看護師の数が多いし看護師も結構力をもっているのだ。看護師の評判が悪い医者は仕事がスム-ズにできなくなる。


ではなぜこれほど医者とか看護師の悪口が多いのか?ここに明かに何らかの根本的な問題がある。
それは弱者を相手にすいる職業はどうしても人格がゆがんでくるということでてある。
医者とか看護師とか福祉関係は常に病人であり身体障害者であり精神的障害であれ弱者なのである。その弱者を相手にすることが人格を自ずとゆがめさせるのである。
医者と患者の関係は看護師でも普通の関係ではない、絶対的強者と弱者の関係になり強者に絶対服従の奴隷的関係になるのだ。そこに医者や看護師や福祉関係でもまた権力をもっているものは警察でも人格がゆがんだ人が多いのは相手を奴隷のように服従させることができるからなのだ。


普通の社会の人間関係は別に強者と弱者に明確に別れていないのである。ただ一般的に商売しているような人は常に客には低姿勢になっている。コンビニであれ小さな商店であれビジネスにたずさわる人でも客との関係で低姿勢になっている。ところが医者とか看護師や福祉関係は相手は病人だったり老人だったり身体障害者だったりと常に弱者を相手にしているから高姿勢になり謙虚さがなくなるのだ。ほかの職業は社会ではどうしても低姿勢にならざるをえないから謙虚さが自ずと身につくというより威張ることもできないのである。だから弱者を相手にするものは何らか人格に必然的にゆがみが生まれる。


自分が身内が病気になったりして自分も病気になり二回も入院してそのことを嫌というほど体験した。弱者になったとたんに人の態度はまるで変わってしまうのである。普通に差別があるしその弱みにつけこまれて火事場泥棒にあったり精神的にも虐待されつづけたのである。弱者に対して人間は同情するということもあるが逆に優越感にひたり虐待することもあるのだ。田舎でわかったことは「他人の不幸は蜜の味」ということがあからさまに現れるのである。都会では無関心だが田舎では狭い人間関係の中で露骨に人間の悪い性格が現れやすいのである。田舎では他人の不幸が楽しみになりやすいのである。


自分の親戚というものでもなかったが最初はわからなかったがだんだん虐待になってきたのである。二年間は身体障害者になっていたし相手がどんなことを言ってきても逆らうことができなかった。
自分が弱者になって相手が強者になったのである。それは医者や看護師と患者の関係とにていたのである。「お前は俺たちの言うことを聞かないならめんどうみない・・」とかなんとか入院しているときも恐喝してきた。もちろん相手も借金などで困っていたからそうなっていた。でも自分は病気であり身体障害者になっていたのだから相手のことを気づかう余裕がなかったのである。でも相手はそんなことをかまわないのである。一旦弱者になると人間の悪い性根が露骨に出やすいのである。
強者だったら低姿勢になっているが一旦弱者になると責めてくるそれが人間社会には常にあった。
まさに弱肉強食が人間の世の中でもあった。


いつも低姿勢の中で生きているのが大多数かもしれない、ただ医者とか看護師とか福祉関係や警察などは違う゛公務員などもそうかもしれない、常に上にたち権力をもつものとして威張れる。そこで性格がゆがんでくる。「俺は偉いんだ・・俺の言うことは聞け・・」とか一方的な強圧的な性格になりやすい、謙虚さがなくなる。一方いつも低姿勢で生きざるえない人も実は一旦権力をもつと高姿勢に変わる。いつも虐げられていた弱者として扱われていたから今度は逆に強者になったとき相手を虐待することがありうる。いつもいじめられていた人はまた強者になったとき弱者をいじめやすいのである。親戚の人はそういう人だった。いじめられていたから強者になったときいじめるということがあった。


そもそもそれは誰彼というのではなく人間性の悪質性がありそうなっていることがわかった。人間とはそういう悪質なものなのである。それが相手が弱者になったとき隠された本性が一番現れやすいのである。医者や看護師や福祉関係や警察官などは日常的にそうなっているから人格がゆがんでくるのだ。相手を奴隷のように扱いやすいのである。それが当たり前の世界になっているから当然その職業によって悪しき人格が形成されるのである。だから職業が人格を作るというときまさにその職業につけばそうなりやすいということである。


結局人間の歴史自体弱肉強食の世界だった。国と国同士も食うか食われるかの世界だった。今でこそヨ-ロッパが優位にたっていたけどヨ-ロッパ人の女性がイスラム社会に5ドルで買われていたという時代があった。まさにイスラム社会が優位にヨ-ロッパは辺境人だったという社会があったのである。それが逆転したのである。歴史でもそうだが強者がいつまでも強者ではない弱者に転落する。

アメリカがいつまでも強者ではない、必ず弱者にいつか転落する。個人でもいつまでも強者でありえない、そういうことをまじかでまざまざと見たら驚きだった。体も健康優良児で頭もいい人が認知症になってしまった。完全な弱者となってしまった驚きである。それはもう年とればみんな弱者に転落する。いくら大金持ちでも地位があろうが権力があっても体も頭もだめになって弱者に転落するのである。どんな人も弱者になるということである。例え金があっても高額な施設に入っても優遇はされない、福祉では施設では金持ちだからといって威張ることはできない、家族とは違うのだから金持ちも施設では虐待されたりするのである。悲しい末路だとか週刊誌にも書いてあった。金持ちはどうしても家族でめんどうみる人は少ない、金で高額の老人ホ-ムに預けられ弱者に転落するのである。


具体的に病院に入院した経験では南相馬市立病院と相馬総合病院しかないが相馬総合病院では一人の看護師に虐待された。泌尿器系統はどうしても汚すことがある。それをものすごい剣幕でしかられたのである。この点では南相馬市立病院の方が看護師は優しかったのかと思う。ただそこは医者が一人若いのしかいず患者を診る体制がなかったのである。相馬総合病院は三人もいたし回診も二回だから全然違っていたのである。ともかく一人でもそうした印象悪くする医者でも看護師でもいるとそのことが全体に影響する。だから南相馬市立病院の看護師はそういうことを一か月入院して経験していないから意外と親切だったなとふりかえるのである。それはあくまでも二つの病院しか知らないからそうなっている。一人でも印象が悪いと私的なものだが印象が悪くなるのも事実である。だからといって南相馬市立病院の看護師がすべていいとはならない,隣では特養の身寄りのない老人をオモチャのように扱っていたからである。ただ病院の評価は個々人で違ってくる。
一般的にはどうしても強者と弱者の関係でありそこからゆがみが生まれてくるのである。
その関係は正常な関係ではない、健康なものの同士のつきあいでもないから異常な関係になっているのだ。

2013年03月28日

アマゾンで安易に注文したホルモン剤の危険 (TPP、グロ-バル化は安全が無視されやすい)


アマゾンで安易に注文したホルモン剤の危険

(TPP、グロ-バル化は安全が無視されやすい)

●薬には必ず副作用がある


手術後にホルモン剤を飲むなとかどこかで書いてあったことを思い出した。筋肉を強化する薬はアメリカ製でありアマゾンで直輸入できる。でも飲んだ人は体の調子がおかしくなったと書いた人が一人いた。あとはやる気がでてきたとか効果があった。ただ自分が失敗したのは手術後でありその影響を考慮しなかったことだった。健康だったら副作用もたいしたことがないかもしれない、手術後はこれはまたわからないし危険度が増していたのである。薬は安易に飲みすぎる。病院にゆくとやたら大量の薬を飲まされる。十種類の薬を飲んでいるとか言う人もいる。それは明かに過剰な薬の投与なのだけど病気になるとやはり藁をつかむ思いで薬に頼るのだ。精神病系統の薬はたいがい副作用があり悪いと言うのは本当だろう。精神系統はまだ良くわかっていないからだろう。薬で常に頭に入れて置かねばならなかったのが副作用があるということであった。効く薬はまた副作用が強い。抗ガン剤でも副作用がありかえって悪くする人もいる。薬の使い方はやはり慎重であらねばならなかった。


ただ医者が飲めという薬は飲まないとは言いにくいから困る。つまり薬の利用はむずかしいのである。筋肉系の薬でも一人は副作用があったとしても他の人は別にそういうことはなく良かったとかなる。それは体質とも関係しているし他にも何か個々人で関係しているものがあり全部に効いたりしないしまた副作用があるわげはない。ただ薬は慎重にしないと副作用が必ずあるということなのだ。
それから医者は手術をしたがるという批判もある。日本の外科医は特にその傾向があるという。

切りたい切ってみたい、切って腕をあげたい、切って優秀なところ見せたいとかの気持ちがあるのかもしれない、手術も成功すると効果が大きいからそうなる。失敗すると逆に薬の副作用のようにその影響が大きすぎるのだ。手術には必ずミスがつきものなのである。人間の体を傷つけるのだらいくら慎重にしてもそうなりやすいのである。ともかく患者も薬に頼りすぎるし手術にも頼りすぎることがある。手術が万能のような感覚に陥っている面がある。手術で致命的障害を負った人はいくらでもいる。ただすべて手術を否定することはできない、手術でしか治療をほどこせないものも多いからだ。

●安全は保証できない




 Q 混合診療を解禁すると、米国にどんな利益があるの。
 A 米国の巨大な製薬会社や保険会社は日本でシェア拡大を狙っている。解禁で保険適用が認められれば、自由診療を利用する人が増えて、高い薬も売れる。高い診療費をカバーするため、民間保険に入る人も増える。


ドラッグラグ・未承認薬が発生する直接的な原因は、次の2つに集約される。

日本の制度では効能・効果毎の承認を受けないと保険適用されないため、保険診療では承認されていない効能・効果には使えない(効能拡大問題に限る)。
未承認医薬品は、何時まで経っても、製薬会社が申請しようとしない。




自分がアマゾンからアメリカ制の薬を買おうとしたがこれは未承認の薬なのだろう。そういうものも販売されている。安全性が保証できないものも販売されている。インタ-ネットでそういうものが買える時代でもある。そこにまた落とし穴がある。グロ-バル化は安全性の面ではかなりマイナスな面があった。ウィルスが世界中に蔓延する危険や家畜の伝染病など世界中にたちまち蔓延してしまう。グロ-バル化のデメリットはかなり看過されていた。アメリカ人にヨ-ロッパ人でも食生活が根本的に違っているからその体質から特定の病気になりやすいものがある。アメリカ人は肉食に適したように酵素がでるという、日本人は穀物などを消化するので牛のように腸が長くなった。その土地の風土によって体まで作られてきた。だから風土にあった生活していると体にはいいのである。人間は世界中の食べものを輸入して食べる必要はないのである。牛肉などは本当は食べなくても他でタンパク質はとれていた。むしろ日本食が健康食として見直されたのは肉食民族と違った郷土料理があるためなのだ。

食生活は世界史にも大きく影響した。肉食民族のヨ-ロッパでは胡椒が不可欠になりアジアとの貿易を必要としてアジアに進出した。ヨ-ロッパはアジアより食生活で貧しかったのである。

ヨ-ロッパにはもともと資源や富はなかった。それでなぜ豊になったかというと知識や技術力だったのである。産業革命がそれを成し遂げたからこそイギリスが世界を七つの海を制覇した。工業化の結果として世界を制覇した。資源はない食生活も貧しかったけれどヨ-ロッパには知識と技術の集積ができあがった。ヨ-ロッパには天才が多いのも特徴である。天才もただ個人が傑出しても生まれない、やはりそれなりの全体の環境があって天才も生まれてくる。アフリカから天才は生まれないのはそうした知識技術の集積がなかったからである。日本が明治維新に西欧化に成功したのは江戸時代までの知識技術文化の集積がそれなりにあったから成功した。中国やインドもあったが遅れたのは日本のようにコンパクトな国でなかったからかもしれない、でも今や追いつきつつある。大きな国を改革するのは時間がかかるということもあった。


●原子力発電も安易に日本にとり入れたための失敗


ともかく現代の病気は栄養のとりすぎで糖尿病になったり体質にあわないのに欧米化の料理になったり肉食過剰になったり薬の飲み過ぎとかそういう贅沢から病気になる。一方で江戸時代辺りは脚気など栄養不足と薬のないことかなっている。一方で糖尿病のようなものはなかった。江戸時代に一割近く眼病があったというのも栄養不足だったのである。今は栄養過多から病気が起こりやすいのである。TPPの問題はアメリカのものが安易に入りやすい、薬でも危険な物が入りやすい、食糧でもそうである。遺伝子操作された食糧でもそうである。中国の食品は危険だから食べないという人も多くなった。日本の売りは安全だったのである。日本は外国と比べて治安も良かった。バッグを忘れてもどってくる国はほとんどないだろう。日本では警察に届けられることがある。田舎では忘れ物はほとんど届けられている。これは外国人も驚くだろう。ただ大きな犯罪は田舎でもありそれはまた別な所にあった。人と人が向き合うところに大きな犯罪が起きてくる。これは田舎でも同じである。

ただ原発事故のことでずいぶん書いてきたけどなぜ日本で事故が起きたのか?技術力があり安全の国ということで外国の評価が高かった日本でなぜ起きたのか?それはやはり日本の独自の風土と文化が根底に関係していた。原子力というのを何かわからずに明確に検討されずに安易に導入したのである。コストが安いからとか安全の面を考慮されていなかった。外国料理でも日本人にあう料理になる。技術もやはりその風土にあったものとしてとり入れることが必要だった。日本人は外国文化を入れるとき取捨選択して入れていたのである。それがグロ-バル化でなくなった。ただ便利だからいいということで無防備に入れてしまったのである。グロ-バル化でもTPPでも安全がないがしろにされることが一番恐い、でも安全は保証できない、すると原発事故のようにとりかえしがつかなくなる。
国さえ滅びかねないともなる。グロ-バル化は安全に対しては無感覚にしてしまった。あまりにも自由にヒトもモノも出入りすることを許してしまった。それが致命的なものとして事故が起きる。
原発をとり入れたことは日本では致命的だった。地震国であり津浪がある国ではどれほど危険だったか?また事故が起きたら国土が狭いのだから逃れる場所もない、原発は日本国土にあっていなかった。TPPさらなるグロ-バル化であり安全性は保証できない、原発のような落とし穴がある。薬のように副作用が大きくそれが致命傷になるということがあるから恐いのである。

2013年01月21日

寒烏(介護でわかる人の心、弱者として責められつづけた六年間)


寒烏

(介護でわかる人の心、弱者として責められつづけた六年間)


今日も見る寒烏一羽介護かな


寒烏が一羽電線にとまってじっと今日も見ていた。いつまで介護はつづくのだろうか?人間は今や寝たきりになってもなかなか死なない、なぜかわからないが寒くても一日エアコンしているとかそれなりの手当てをするから簡単に死なないのだろう。また死ねないということもあるのかもしれない、延命治療しても死なない、介護になると誰かがつききりになり離れられない、ここずっと6年間そうだった。家事には休みがないのだ。食べないわけにはいかないからだ。ただ介護していなければ外で食事するとか休むことができるのだ。そして別に旅行でも前のように自由にできる。介護は全く自由がなくなるのが辛い。誰かが代わってくれることは余程めぐまれないとない、介護は誰かにまかせられおしつけられるのである。遠い親戚の人は口でなにやかにやいってもほとんど何もしなかった。


それなのにお前は頼るものがないとかそんなことで弱者となったとき脅迫するように責めてきたのである。あの人たちはずいぶん虫のいい人たちであり弱者を脅迫までするのだから質の悪い人だった。あんたの財産は親戚がいないから俺たちが全部もらうけど何もしない・・・実際に借金の型にとられて働かせられているけどここでは金をやっても何ら助けることがほとんどなかった。ただうるさく口で言うだけだったのである。これは一般的に親戚はそうであり他でも言っているから介護となるとだから介護している本人はそこで怒っている人が多いのである。兄弟でもそうであり介護したくないけど親の財産はもらいたいと口だけはだしてくるのである。ともかく弱者をいためつけ脅迫するということは相当に悪質なことだろう。弱者になると何も言えなくなる、二年間は身体障害者であり大きな不安がつきまとっていた。それだけで苦しかったから何も言えなかった。手術してその不安がとれたことが自分にとっては大きかった。これで頼る必要がないということが大きかった。


人間はやはり人の弱点とか弱みにつけこむのは最低のように思うがそういうことか自分とつきあった人にはあった。一人は本当に刑務所に何年か入らねばならない大きな犯罪者であるけど平気で同じ町に住んでいるから腹ただしくなる。別に襲う気なら簡単に襲える、その恐怖もないらしいから太々しい、そのくらいだからそれだけの犯罪もできたのである。一人はたいしたことをしていないと思っているが自分は大きく傷ついた。やはり弱者だと思い何も言えない状態で入院したときも脅迫してきたのだからひどい。その人は口だけでありその口で責めてきたのである。言葉も実際は恐ろしい、言葉は心から発する、その心が言葉となって現れるのである。弱者に対して陰険な言葉の暴力がつづいたのである。相手は何も感じなくても弱者になった本人にとっては恐怖だったのである。


言葉はいくら美辞麗句で飾ってもその人の心を隠すことはできない、心から発する言葉は子供でもみぬくし愛なき同情なき言葉をいくら言ってもわかるのである。だから病人とか弱者にそういう言葉だけの人が近づくことは危険になる。一方何もしなくても心が同情心にあふれているとか穏やかな愛をもっている人はいるだけで影響する。言葉は心からででくるからわかるのである。何も言わなくても心は回りに影響するのだ。だから弱者をいじめて喜ぶような心の人がいたら病院とか施設ではすでにその人がいるだけで悪い深刻な影響がある。でも実際はそういう人が平気でそうした弱者の場にいるのも現実なのである。そもそも同情心とか愛とかをもっている人はまれである。医者にしたって技術は優れていても愛は別なものだからである。愛がなくても医者でも看護師でも介護士でも何でもなれるのである。そんなこと試験で試されたりしないし必要ないからである。この人が何かを信じている宗教を信じているから愛とか慈悲があるとか全くない、カルト宗教教団は相手の弱みを見つけて脅すような人たちだからそういう人がいるだけで恐ろしいことなのだ。


人間は弱者に対しての態度でその人間性がわかる。弱者に対して虐待するまでとなるとその人は相当に人間的に問題がある人であり近づくべきではない、ただそういう人が結構この世には多いようだ。もう一つは人間は権力をもつとその人間性がわかる。露骨に欲望が前面にでてきて実行するからだ。だから革命が起きても権力をもったら欲望を実現できるから悪いことも平気でする。ロシアでも中国でも巨額の富を権力を手に入れたものはそうなっている。結局人間の悪質な面を嫌というほど介護でみてきた。いづれにしろこれからの老いてゆく、弱者になってゆくことは現代では恐怖である。
弱者をいたわる気持ちがない社会である。また老人が多すぎるからそういうモラルも醸成できないだろう。ただ邪魔な金だけ浪費するととられてしまうのだ。現実に自分がこれまで介護しても本心ではそう思うことがあるからだ。ただ家族の場合は個々に事情があり違ってくる。子供が親に対してどういう感情をもつかは違っているのだ。自分の場合は好きなことをさせてくれたとか思っているから介護している。何かしら家族には動機がある。これが施設なるとなんでこの赤の他人の老いぼれを世話しなければならないのだとなり動機がないから虐待までになる。みんなに聖人のようなことは要求できないからである。


寒烏が一羽じっと見ている。その一羽に存在感があるのが田舎である。それはやはり都会の烏とは違っている。その烏はいつでもそこにいる。誰かが同じ場所にいつでもいるというのが田舎なのである。都会だとめまぐるしく変わりやすいのである。介護しているということは介護する人をそうして見ていることなのである。だから介護する人から離れられないのである。

2013年01月19日

高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する (弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する

(弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


●高齢者虐待の時代


「死ね」「海に飛び込め」「生活保護費を切る」などの入所者への暴言があったとの指摘も出たという。
http://jgsdf74tk.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-b9ff.html


高齢者虐待は看護不足や介護放棄といった行為から、乱暴な対応、殴る、揺さぶるといった身体的な攻撃にまで及ぶ。また、怒鳴る、いじめる、脅すといった心理的な虐待を受けることもあり、時には金銭をせびられたり、奪われたりするケースもある。
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=30995594


自分は体も満足に動かせない状況で他人様のお世話になるのは忍びない。出来れば家族である息子夫婦と一緒に暮らしていきたいと考えていたので、数々の暴言を甘んじて受けていたのですが、息子夫婦の態度はどんどんエスカレートしていき、最近ではAさんに対して暴力を振るうようになました。1ヶ月前にはとうとう、骨折や打撲で緊急入院しなければならない事態になってしまいました。
退院後ケアマネージャーの勧めで施設に入り、今はリハビリを受け徐々に平静を取り戻しつつあるのですが、息子夫婦との関係は修復不可能な状態となりました。Aさんには、事業家で既に他界した夫が残した3000万円の預貯金があります。自分に何かあったときに、この財産をあの息子夫婦だけには残したくないという気持ちが芽生えてきました。
http://yuigon-souzoku.jp/case/case_j.html


高齢者とか病人とか障害者とか児童とか女性は弱者になりやすいから虐待が起こり安い。これから高齢者虐待が日常的に起きてくる。毎日のように若い人が老人は死ねとか言っている時代である。金のない老人は死ねとかも平気で言っている。もうかつての老人とは全然違う。なぜそんなに長生きして金かけてめいわくかけているんだという意識しかなくなった時代である。だからもう日常的に老人への虐待は増大してくる。特養での虐待も実際は表に現れない、つまり常に弱いものは訴えることすらできないのである。だから病院では医者や看護師には逆らえない、そこは刑務所ともにているのだ。そういうところで虐待があっても医療ミスがあっても表に出にくい、医者というのは今一番権力をもっているのだ。病気になったらもう医者には逆らえない、絶対服従みたいになるから医者が傲慢だと批判される。人間は誰でも病気になるとき一番弱者になるのだ。高齢化社会では老人は病人ともにているから虐待される標的になりやすい。体も弱くなるし頭も働かなくなるからだ。


老人とか子供は一番虐待しやすいのである。だから何らかストレスがあると八つ当たりされるのである。特養とかの老人ホ-ムでも虐待は日常的に起こっているかもしれない、そこは閉鎖的空間だからである。病院も閉鎖的空間でありそういうことが起きる。自分が一か月入院した病院でも90才の老人が看護師におもちゃのように扱われていた。痰がつまって苦しんでいた。その苦しみが隣にいたので息がつまるようで眠れなかった。その痰をとりだすのに悶絶するような苦しみがあり大きな声を出していたのである。でも看護師は笑ってそれをしていた。あれをみていたら今の時代は長生きすることはかえって地獄を生きることだとつくづく思って恐怖した。その人は特養の人でつきそいもないからそうなった。誰も見ていないからやり放題となる。それはプログで虐待を録音したのとにていた。その人はしきりにおくさんとか家族を呼べとか言っていたから家族がないわけではない、でも老人ホ-ムではやはり閉鎖的空間であり強者と弱者が病院のようにはっきりしている刑務所ともにているのだ。今や別に老人ホ-ムだけではない、家族内でも老人が虐待されて息子娘でも財産をゆずりたくないとなるから高齢化とはそういう時代なのである。そうした老人虐待、弱者虐待は表にでにくいからその数は膨大なものとなっているに違いない。


●人間は誰でも弱者化するから虐待は他人事ではない


まず家族が認知症とか障害者をもったら家族自体が弱者化して虐待される。認知症などでも必ず回りの差別がある。そもそも人間は絶対的強者はいない、必ず弱者に転落する。なぜなら老人になることは弱者化することなのである。自分の身内は本当に認知症になりあんな弱者になったということが今でも信じられない、常に強者だったからであり家族も弱者となったことがないからだ。その後自分も病気になったりして弱者化して辛い目にあった。弱者化するというときいろいろな事情でそうなる。金のないとかも弱者になることである。借金したりしたら弱者になり借金の型に人間が売られる。
遊女にもされたのが昔である。今でもやはりそうされた女性がいる。それは自業自得だからしょうがないと思った。その人もやはり自分のように長い弱者となっていなかった。ただ人間はいつ弱者に転落するかわからないのだ。誰でも病気になるしその時弱者に転落するのだ。今若くて力があっても老人になればいくら金をもっていても弱者化するのである。若い人は金がなくてもまだ病気にならないし社会に適応できるから弱者ではない、老人になると社会そのものに適応できなくなる人も増えてくる。だからどんなことをしても老人はやがて若い者には勝てなくなるのだ。そこで弱者になったとき虐待されるのである。

自分も家族が認知症になってから家族自体が弱者化して虐待されるようになっていった。一番ひどかったのは姪子だったけど「おばちゃんは金あるんだから金で介護させればいい」と狂気のように怒鳴りつけて去っていった。これは日頃交流のなかった人だからしょうがないという面もあったがこれも強烈な虐待だった。福島市に住んでいるけどこいつのことは絶対に許せない、こいつは世話になった育ての親も虐待していたのだ。親が虐待していると思っていたら逆だったのである。そして恨みを残して死んでいったのである。その恨みは必ず虐待した女性にふりかかるだろう。もちろん虐待される女性にも問題があったが自分の家族は何らそんな虐待をされる謂われがなかったのである。こういう狂気の世界が自分の家族が認知症になってから延々とつづいたのである。それは40代の父親が認知症になり20代の息子が親戚に頼りひどいめるあったことをプログに書いていた人がいた。これも並大抵の苦労ではなかった。それで父親も恨んだし介入した親戚も延々と恨みプログにかいた。そういうことは訴える場が今までなかったがインタ-ネットでできたのでしている人が増えたのである。


●個人的に弱者を脅すことはカルト教団と同じ手法だ


弱者というとき自分自身が病気になり弱者化した。二年間は身体障害者であり入院したときは火事場泥棒にあったのも家族がいなかったせいでもあった。家族がいない、身寄りがないということも最大の弱者なのである。頼るものがいないからだ。それで今回手術で入院したとき親の代からつきあいのあった人に延々と言葉の虐待を受けた。「お前は家族がいない、親戚がいない、頼るものがいない、俺たちしか頼るものがいない、俺たちに世話になるしかない・・・」脅迫するように手術してからも言われた。この人はもちろん何の愛情もなかったし金目あてだった。最初はわからなかったがあとでわかった。口だけでなんやかんや甘いことを言っているが何の愛情もないし同情もなかった。
だから人の弱みにつけこんで脅迫するようなことを平気で言ってきたのである。この人も弱者として信じられない体験があるからそれがトラウマになって相手が弱者になると虐待するようになるということがある。いじめられたり虐待された人はまた弱者を虐待する負の連鎖があるかもしれない、姑と嫁の関係もそうだった。姑にいじめられた嫁は姑になったらまた嫁をいじめる。今では姑は嫁にいじめられている。


本当に弱者になったとき虐待されることは最高に恐いことである。なぜなら抵抗できない、服従しかできないからである。何言われても抵抗できない、だんだんカルト教団のように「お前は俺に俺たちに頼るしかないんだ」と脅迫的になるから悪質化する。だけで弱者は抵抗できないからそうなると奴隷のようにされるかもしれない、借金の型にとられ遊女とされて働かせられとにているのだ。カルト教団の手もこうした弱者を食い物にする。だから障害者とか一旦弱者になるといろんなカルト教団が入りこんできて蹂躙されるのである。それも弱者になっているから抵抗できないのである。カルト教団というとき別に団体だけではなく個人的に虐待する人も実はカルト的になることがわかった。「お前は俺たちしか頼るものがいない・・」こういうふうに脅されると現実そうなっていたら恐いことである。その人は弱者に対して本音がエスカレ-トしたのである。今は借金の型にとられて働かせられているがそれも当然だと思う。相手は何も感じていないかもしれないが弱者にとってそうした最大の弱点をつかれて脅されるようなことをされたら恐怖である。それは集団ではなく人間一人一人弱者に対してカルト宗教団体化していたのだ。カルトも先祖の霊が不幸にしているとか脅すがそれとにているのだ。弱者というのはそういうことが信じなくても信じやすくなるのである。
その人も弱者の経験があるからそんな人ではないと思っていた。しかしつきあっているうちに本性があからさまに弱者に対して現れたのである。

2012年12月26日

相馬総合病院の入院(俳句まとめ) (看護婦は鳩をイメ-ジするんだけど・・)


相馬総合病院の入院(俳句まとめ)

(看護婦は鳩をイメ-ジするんだけど・・)

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海の方から朝日が上る、ただ海は見えない



同室の人はや去りぬ朝の蝉

同室の人みな地元秋の蝉
同室に軽度の人や朝の蝉
相馬市の病院の隅月望む
同室はみな直る人夏の月
海よりの朝日のさして夏つばめ
看護師の勤めや秋の朝の鳩
朝焼けや海より飛び来る鳥を見ゆ
葉のそよぎ病院に木蔭鳩の飛ぶ
病院の屋上に鳩秋の空
秋の空看護師の卵白い鳩
相馬市や朝の山にかかる秋の虹
看護婦(師)と虹を見につつ快癒かな

虹の弧の伸びゆく朝や希望かな

看護師(婦)のイメ-ジは鳩なのである。男もいるから今は違っていても多数は看護婦なのである。
南相馬市立病院に入院したとき10月だから秋だった。その時も鳩がとまっていたとき看護婦をイメ-ジしたのである。鳩は平和の使いというときまさに看護婦にふさわしいのだ。ただ一人にはいじめられたということもあった。鳩ではあっても看護師は汚い仕事であり厳しいから鳩というイメ-ジとまた違った印象ももつ人が多い。看護師を恨んだ事件も起きている。それぞれの対応によってはそうなりやすいのである。いつもやさしくできるわけでもないし忙しいということもあり仕事に追われるからそういう余裕もない、あまりにも過酷で忙しければやさしくすらできない、それはどこでも同じである。


相馬総合病院の特徴は確かに海の方が見えるのだが景色は良くなかった。海も三階の方に行くと原釜とか沖に船も見えた。あそこは地理的にわかりにくいのだ。海側と山側の方角がわかりにくくなる。海に近いと思っていたが実際は山側に近かったのである。迷路のようになっているから余計方角がわかりにくくなるのだ。ただ病院は外の景色がいいと救われる。外の景色もみえないと一日寝ているとしたら嫌になるだろう。そういう点南相馬市立病院は理想的であった。だからそのことを短歌にしたりした。病院は長くなると相当に外の景色が見えないと嫌になるだろう。外の景色が見えるだけでいやされる。今度できる新地の病院は山で高いところにできるとすると海も広々と見えるから気持ちいいだろうとなる。今の相馬総合病院は迷路であり閉ざされているから迷路になる。ただ小窓から山側に虹を見たのである。山側に虹を見るのはめずらしい。たいがい海側でしか見てない、虹はめったにみられないものだから縁起いいとなる。


これも手術した後も歩いて運動しないと言われたから病院内を毎日歩いていたのである。病気らしい病気ではなかった。むしろ南相馬市立病院の方が腎不全であり体重も15キロくらいへったのだから結構重傷だったのかもしれない、三日間は40度の熱がでた。
バイ菌に感染したのである。これも怖いことだったのである。こういうとき犯罪にもあったから身寄りがないと病気になったら最悪である。一人は病気で家で寝ていて一回も連絡できなかったのである。これも急に腎不全になったから苦しかった。つまり身寄りがないというとき急に病気になったりしたら誰も助けるものなく放置される恐怖があった。相馬総合病院には十分な準備期間があり二週間で退院できたから楽だった。でも手術というのが厳しかったのである。たいした手術でなくてもやはり誰もみるものがいないのだから厳しいものとなったのである。そのまま死んだりしても誰もかまわないという恐怖があるのだ。


ともかくこの6年間どれだけ災いがつづいたか、それもやっと一応終わったという感じはしている。
そして人間がいかに非情なものか知った。弱みにつけこまれたからである。人間弱みにつけこむのが一番非情だと思うがそういうことは普通にある。戦国時代でも今でも他国になると弱みを探してつけいるのが人間である。人間を愛せというときそんな弱肉強食の世界でどこに愛があるのかともなる。現実の厳しさを経験したものはそんな甘いことでは生きていけないと残酷にもなる。食うか食われるかになったらそうである。そういう目にあっている人が多いから人間はまた犯罪があり残酷な事件もたえることなく起きてくる。ただ人間は絶対的にいつまでも強い人はいない、強い家族も団体も国もない、必ずいかなるものも弱るときがある。その力はいつまでも持続できない、どんな優秀な人も最後は認知症とかなり痴呆なって死んだという驚きがあった。どんな強い人もそうなる。ニ-チェは超人をめざしたけど最後は精神病になっり世話されるだけの弱い人間になったのである。今栄えている強いといういっても人間の場合は一時的である。今勢力がある団体もたちまち衰退してゆく、
「おごれるもの久しからず」それが人間の宿命なのである。

2012年12月24日

老人の欲は消えない-権力+欲望が悪を産む (女性への欲望も消えることはない)


老人の欲は消えない-権力+欲望が悪を産む

(女性への欲望も消えることはない)

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●老人の長生きの問題はすでに古くからあった問題


人を食った話

 14世紀に編纂された書物である「神道集」にはこのような話が収められています。第二代・綏靖天皇は毎日朝夕に人間を七人ずつ食らったため、臣下は自らが生き残れるか恐れおののくと共に天皇が長生きする事によって多くの人民が滅んでしまうのではないかと心配しました。何しろ、天皇の祖父・鵜茅葺不合命は八十三万六千四十二年、神武天皇は百二十年にわたり国を統治したとされていますからこの天皇もどれだけ生きるのか、と考えると苦悩に余りあったでしょう。そこで、ある臣下が天皇を饗応し、その席で「近いうちに火の雨が降る」と奏上しました。諸国にも同様の触れを出して人々を岩屋に避難させた上で、頑丈な柱で出られないようにした岩屋に天皇を入れて幽閉。天皇の姿が見えないのを確認したうえで代理の人物が国を統治しようやく国は平和になったということです。
http://www.geocities.jp/trushbasket/data/nf/cannibal.html


高齢化社会というとき人類はじまってこれだけ大勢の人間が高齢化することは歴史上なかった。ただ今起きていることでも歴史上にはそれとにたことが必ずあったのである。これは天皇が権力者があまりにも長生きしてその配下のものが国を治められなくなった。これは今の時代にもあてはまる。
若い人が高齢者をまた寝たきりの金だけかかる老人を批判しつづけているのとにている。
実際に一つの家でも今は90才くらいまで生きるとするとまだその家の実験を財産をもっている場合が多い。財産が次の世代に譲られない、60代でやっと親が死に財産が自由になり自分のしたいことをできるようになったという人も多くなっている。そのことはすでに60代では遅いのである。
親が長生きしすぎた結果、家を継ぎ次の世代の時代を作ることができないのである。


これは自分も経験している。自分の親に当たる人が死んだのは86才でありそれまで財産をゆずりうけていなかった。だから自分で庭作りで2百万くらい使ったのははじめてだった。自分は百万という金を自由に使ったことがない、金が自由にできないことは跡を継いでも何も自分でできないということなのである。ともかく何も文句も言われないで自分のしたいことをできるには財産を譲り受けねばならない、それが親の長生きでできずにやりたいこともできなくなっていたのである。
もちろん自分の場合はやりたいことをやらせてもらった。ただ家のことでやらせてもらっていない、
親が長生きすることはやはり古い時代がいつまでもつづき新し世代の時代を作れないことなのだ。
これは一つの家の問題だけではない、社会全体の問題になっているのが高齢化社会なのである。
それは会社であれ政治の世界であれ学問の世界であれ芸術の世界であれどこにでもあてはまるだろう。高齢化とは新人が出にくい社会である。特に政治や企業などでは権力を譲渡されないと何もできない、ただ肩書だけ与えられても実権を与えられなかったら何もできないのである。実験は以前としてその高齢者がもっている場合がある。橋下氏か石原氏と組んで失敗したのはまさにこの例のように
高齢者が下のものの足かせとなり真の革新出来なかった事にあった。こういうことは高齢化社会全体の問題としていたるところで起きているのだ。


●女性の欲望は死ぬまで尽きない


テレビの時代劇のテ-マは決まっている。権力をもっている役人や商人でも若い美人の女性をものにしようとして権力に金にものいわせて従わせようとしている。それは露骨なものとして権力と欲望が結びつき悪が誰にでもわかるように演じられる。これはしかし昔から人間である限り起きていたことである。若くても女性にしても金持ちの家に嫁ぎたいとかなると女性の方も権力を望む。自ら権力に従う権力を利用するのも女性である。ただこういうパタ-ンは人間の悪として見慣れたものである。
これは欲望としてわかりやすいから悪が見えやすいから庶民的なドラマとして受ける。ところが現代になると権力+欲望が見えなくなっている。人間の欲望は女性とか性だけではない、様々なものがあり全部の欲望を否定はできない、ただ一番わかりやすいのが性の欲望だから昔からそうした事件はあった。


悪魔のメフィストーフェレス(以下メフィストと省略します)が、ファウストを堕落させて地獄に落とすことができるという自負心から、ファウストと契約を結び、ファウストを若返らせて、官能の享楽に溺れさせようとするが、純真な娘グレートヘン(グレーチヒェン;マルガレーテと訳し方は様々)に一目惚れをし、愛し合うが、以後、グレートヘンは悲劇の一途を辿り、ファウストはメフィストの力で助けようとするが、彼女は神の審判に身をゆだねる。
その後、美を追求することにより生の意義を把握しようとするファウストは、ギリシアのヘーレナ(ヘレナとも)を地下の冥界まで追い求め結婚するが、

魂まで売り若さを求める、地下の冥界まで追い求め結婚する・・・まさに女性に対する欲望ははてしない、老人になると枯れるというのは昔もなかったのだろう。老人になると若さの価値が宝石のように高いものとなる。なぜなら若さはもはやどんなに金を積んでも手に入れられないものとなっていたのである。女性など20代とその後30代40代さらに60代になるととても同一人物のように見えないほど変わってしまう。20代の輝きはあまりにも眩しかったことにその時気づくだろう。もうその若さは絶対に手に入れられないものとなっていたのだ。だからそれを手にいれようと躍起になるのも自然なのである。そのことで人間は最後の妄念が激しさをます。これは女性でも灰まで女性は女だということで人間の男女の欲望は消えないのである。70才の女性のストカ-がいたというのも驚きだがこれも高齢化社会の事件である。そういう事件はこれからますます増えてくる。老人の暴走はますます増えてくる。10倍にも犯罪はすでに増えている。老人になると性の欲望が消えないしかえって最後にその欲望が妄執のようになる。枯れるというのはほんの少数のものである。老人になるとかえって若さの価値がどれだけ高いものかしるのである。若いときはそんなもの当たり前だと思っていた。しかし老人になるとその若さの価値は黄金にも何よりもまさるから魂まで売って手に入れたいともなるのだ。

久米仙人も女性の脚を見て落下したとかダビデも晩年、女性に魅惑されて罪を犯した。若い女性と一緒にねて若返りを計ったとかやはりそういことはいくら優れた人でも起きてくる。つまり女性の魅力がいかに大きいものか、特に若さの魅力は本当に老人から見るとあまりにも眩しい輝きなのである。そこから権力をもっているとその権力で若い女性をものにしようとするのである。それは悪の典型的なパタ-ンなのだ。


●権力+欲望が悪を産む


権力+欲望というときそれは女性への欲望だけではない、権力そのものが人間の欲望である。権力をもつものがこの世で得して威張ることができる。権力なきものは虫けらのように扱われるのがこの世である。警察でも権力あるものには手加減するし権力をもっていないとまともに扱ってくれない、検察も警察も権力機構であってもさらに政治や政党などの権力がありその権力に屈する。だからこの世の権力集団は権力でもって権力を操作するように躍起になる。創価でも絶えず権力を操作するために検察や警察や政治でも圧力をかける。すでに集団化している団体は権力集団であり権力+欲望の集団である。中国の共産党でもそうなように革命は銃口から生まれるというときまさに権力は力で倒さない限り得られないということを露骨に言ったのである。戦国時代なら露骨に殺し合い戦争で権力の奪いあいをしていた。民主主義社会になると権力というのは別に武力だけではない、様々なものがありそれらがわかりにくくなったのである。なかなか目に見えないものとなってしまった。法律だって権力であり法律を知るのは容易でないから権力が東大出の官僚の派閥で支配されるようになったというのもそのためである。法律もすべて善用されるわけではなつ悪用もされるのである。それは人間の欲望がからむからそうなるのだ。

今度の原発事故でもわかったように権力+欲望が事故を起こすことに通じていた。すべての人が欲望をもっているのだから当然そうなる。東電ではもうけたい利益をあげたいから安全神話を作り安全のコストはカットする。コストカッタ-と言われた清水社長がのしあがる。さらに政治家検察官僚もマスコミも天下り先や金でその欲望をみたしてやる。地元の人も金でその欲望を満たしてやる。
人間は権力と欲望が一体になると危険なのである。欲望があってもその欲望を満たすことができないならば欲望も前面にでてこない、おさえられるのである。でも権力をもったらその欲望が前面にでてきて露骨に悪代官や悪徳商人などが若い女性を権力でものにするということがある。人間はみんな欲望をもっているゆえ、権力をもつと悪が増大するのだ。共産党も革命の後、権力を手に入れたときもともと権力を望んでいた。革命といっても自らが犠牲になることではない、権力でおさえられていた欲望がありそれを満たしたいという本心があるから権力を得るとその権力で欲望を満たすようになる。またその権力を簡単には手放したりしないのである。老人が権力をもっているというとき老人の力はもはや若さにはない、ただ権力のみが老人の力になる。家でも金がないと相手にされないとか今は老人を敬ったりしない、数も多いし敬いきれないいうこともある。老人に希少価値など全然ないのである。すると若者に対抗するには権力しかない、金しかないということにもなるのだ。だから金をもっていても手放さない、次代のものにゆずらない、長生きするから余計にゆずられなくなっているのだ。


ただ若さがすべていいかとなると若さは未熟であり知恵も備わらない、若いときはいろいろなものを理解できないのである。いくら本を読んでも自分は平凡な人間だから理解できなかったのである。
芸術でも深く鑑賞できないのである。老人になると若さを失うが深く理解力、鑑賞力が深まるということがある。だから若さがすべてではないにしろやはり若さというのは老人から消えたものだからもう手に入れられないものだからそれが特別なものに見えるのだ。恋というのは実は一生に一度しか経験されないというときそういうものなのだろう。それも20代前半でしか経験さないというとき人間はあらゆることを経験できない、経験できることは限られているのだ。ともかく人間のあくなき欲望、権力欲が尽きることがない。まず宗教が権力化していることこそ全く宗教から離れていることはない、そうではないか、シャカでもキリストでも乞食で住む場所もない生活をしていたのに宗教を説く人が今は誰一人としてそんな生活をしていない、巨大な権力集団化政治化して圧力団体となり逆らうと罰が当たるとか脅したりしているのは異常である。それは暴力団とたいして変わらないのである。


それがこの世にまかり通っていること自体何なのだろうと思う。つまり権力+宗教というのが人間として最悪なのである。それがカルト宗教団体である。ヨ-ロッパではカトリックでそういう歴史を経験しているから政教分離の法律ができた。宗教が権力で強制されることが最悪なのである。宗教は良心に訴えている。それを巨大な政治団体として個々人に圧力をかける。宗教心もないのに権力でもって強制する。むしろ人間は権力をもった時すでに清い心をもつことができなくなる。欲望が権力で達成されるとなるとおさえられないからである。宗教は集団的なものでありえないのだ。経済を良くしろとか景気を良くしろとかそういう経済的欲望はあってもいい、ただ宗教は別なものである。
カルト宗教団体はほとんど権力+欲望の集団であるからそこに宗教心の欠片もないだろう。
ただ集団でもって圧力をかけるためにある。確かにうまいものを食いたいというのを否定はできない、でもそれが宗教と結びつくはずがない、でも実際はうまいものを食べたいために祈っている。
うまいものを食べられなくても満足しようといかのが宗教心である。山尾三省のうような生活が宗教心だったのである。

2012年12月19日

相馬総合病院に入院、短歌まとめ (津浪、原発の被害の大きさを実感)


相馬総合病院に入院、短歌まとめ

(津浪、原発の被害の大きさを実感)

病院の外に夾竹桃の花赤しその花見つつ今日もすぎゆく
病院の窓に夾竹桃の赤き花風にゆれにきいでられじかも
津浪にて家を流さるその人と病室ともに秋となるかな
朝焼けの雲を写して病院の窓や相馬は海近しかも
丸森の人は去りにきそのあとにしばし思いぬ秋となるかな
菜花という名字の人の一時を同じ病室にはや去りにけり
草むらに月見草咲き病院の窓より見えて相馬市にあり
散り散りに町民なりぬ帰れざる人の悲しき虫の鳴くかな
病院に見守る人もなきにしにかすかに聞こゆ虫の声かな
病院に隣り合いつつ一時や相馬市にあり虫の鳴くかな
日に二度の回診ありぬ病院の心やさしも励まされるしかな
掃除する人にも感謝し退院の病院なべて患者に尽くす
病院の食事にも我感謝する独り身なれば買うこと多く
身よりなき人の悲しみ人知らじ看護師も知らじ虫のなくかな
弱きもの知るは弱きもの剛き者心知らじも虫の鳴くかな
人はみな今病院の死に場なりそのこと深く思うべきかな
請戸の人飯坂に住み雪ふりていやになりしと相馬市に来る
津浪のこと語りつくせぬ一年をはやすぎてまた秋の来る
相馬市の屋並を見つつあわれかな朝にひびける秋の蝉の声
頼るべき人とてなきに病院の朝より聞きぬ虫の声かな


二週間の入院は意外と短かった。入院すると長く感じるのだ。今回の入院は病人のようにみんな思えなかった。たいがい二週間以内でありある人は入院ではなかった。検査入院の人もいて二日くらいで去る人もいた。毎日話ししているのも笑いがあるのも病院らしくなかった。ただ病気は病気なのである。それが必ずしも軽いともいえないのである。前立腺癌の手術はそれなりに重い。現実に将棋の
米長氏が69才で死んだことは死ぬということもありうるのだ。ガンになったらやはり相当に重傷だろう。今回の病院は本当に津浪の影響を受けた人が意外と多かった。原発の被害者もいた。浪江の人はそうだった。相馬市には浪江の人がかたまって仮設に住んでいる場所がある。特別室に入っていた請戸の人は一時は飯坂にいたが雪がふるのが嫌で相馬市に来た。山元町の磯浜の人も津浪の被害にあっていたし、新地の人も家が流され仮設に住んでいるし松川浦の和田の人も津浪の被害にあった。
小高の人もいた。津浪原発の被害者が相当数入院していたのである。丸森の人がいたのも相馬市である。菜花というイワキの人は二日くらいで去った。苗字がめずらしいので覚えていた。

ともかく病院であんなに話すことはない、病人だから静かなのが普通である。ただここでは病気は一応みんな直って退院している。その期間が短いからあわただしいということがあった。

自分は身寄りがないから今回も辛かった。南相馬市病院に入院したときもそうだった。そこで酷い仕打ちにもあった。今回も一回あった。身寄りがないということはいかに怖いことか?それは病気になったときわかる。そうでないとこれも実感としてわからない、自分だって病気になっていなかったら犯罪にもあわないしそれなりにのりきれたのである。つまり病人が病人を世話するとか介護するほど過酷なことはないのである。でも実際そういうことが老々介護で起きているのだ。夫婦だって一方が病気になればどっちかが介護になる。今は子供が田舎から離れていたり遠くに嫁いだりとなかなか田舎にいるとは限らない時代である。だから田舎でもそうした老々介護のようなことが起きてくる。


病院は今や実際は社会にとって大事な場所になっている。それは今は家庭より病院でほとんど死ぬからである。そこが看取りの場所となる。でも病院は死ぬ場所としてふさわしくないのだ。何か無機質であり医者でも看護師でもやはり看取りするとしても数が多いんだしまた一人死んだくらいの感想しかもてないのである。人間がモノののように順送りに処理される場になる。死んだら早くかたづけてしまう。次が待っていますよとなる。そして死んだ人を覚えている医者も看護師もそんなにいないだろう。そこは家族とは違っている。家族は死んでも長く死んだあともかかわるのである。
自分は今や身寄りもないからもう病院には入りたくない、病院は身寄りがないとしたら恐怖の場所になる。別に病院でなくてもそうだが病院はやはり刑務所とにているのだ。家で介護されて死ぬのが理想であるがそれが確かにむずかしくなっている。理想的死に方は例え病院に入院しても長居しないで二週間くらいで死ぬことである。そういう人を身近で二人くらい知っている。そういう人は別に身寄りがなくてもそんなに苦しむ必要はない、これは別に身寄りがなかろうが長く介護されることはかなりの苦痛である。無理に生かされることが生き地獄になっているのが現代なのである。


南相馬市立病院には一か月いたし相馬市の病院にも二週間いた。どちらも秋になるころだった。南相馬市立病院は10月であり今回は9月だっ
たから違っていた。まだ本当は暑く夏だったのである。ただ
冷房しているから涼しいから病院内は秋になっていたのである。外は夏の盛りだったのである。
ただ確かに蝉は秋の蝉であり虫も鳴き始めたから秋ではあった。ただ外にいたら真夏だったのである。10月ころになればしみじと秋になっていた。するとより感傷的になっていた。今回はあまりそういうことはなかった。でも相馬市は秋の蝉がにあっている感じでもあった。相馬市は原町とはずいぶん違った感じを何度来ても感じていた。病院でも同じだった。


いろいろ医者や看護師や患者や病院を話せば尽きないものになるだろう。それぞれの体験も違っている。相馬市の病院の最大の特徴はそこが迷路のようになっていた。本当に古いし建て増しして迷路なのである。相馬市の病院は新地に新しい病院ができたら患者がへるから問題にしている。新しい立派な病院に行きたいともなる。入院だったらそうなりやすい、ただ建物があっても今や南相馬市立病院は機能していない、医者も看護師もいないのだからそれだけの人員を確保できるかどうか問題になる。建物だけ立派にしてもまたそれだけいい病院とはならないのである。


病者を非病者の社会から隔てる
高い城壁の一隅に
小さな目立たぬ城門があり
そこから細長い塹壕が伸び出て
病者のまじかくまで届いている
そして病者の友人や縁者が
時折この壕をたどって病者を見舞う
・・・・・
(細川宏 遺稿詩集)


この人は人間的にも相当優秀だった。自ら医者でもあり東大に入っている。柔道もインタ-ハイとかに出るような人だった。その人があえなく病気になり44才で死んだのである。自分にはスポ-ツができてさらにこれだけ頭いいという人を理解できない、普通は体育系の人は頭は良くない、勉強できない人が多いからだ。それなのにこれだけ体力もあり頭がいいということが理解できないのである。
なぜなら自分は常に自分を標準として他人を考えるからである。凡庸な人はだから天才や偉人を理解しにくいのである。自分は体力もだめだし頭もだめだった。高校も理数が苦手で勉強が嫌いだったから本当は卒業すらできない状態だった。それでも大学に入ったといっても三流であり優秀な所は一つもなかったのである。性格的にも甘やかされたところがありだめだった。だからそういう優秀な人がいることが理解できないのである。
こういうのは生まれつきの天才型なのだろう。そういう優秀な人でもこういうふうに病気になったらすべて台無しになってしまうのである。ただ最後は病院で呻吟して終わった。こういう運命も不思議だなと思う。体力があっても病気はそれぞれの人に備わっているのだろうか?病気もまたわかりにくいのである。


ともかく相馬総合病院はこの詩のように迷路そのものだった。あそこで迷わない人はいない、迷路の中に閉ざされてしまうのである。

 

2012年12月04日

「エホバの証人輸血拒否事件」 (他人の血でも命が助かることは感謝すべきだ)


「エホバの証人輸血拒否事件」

(他人の血でも命が助かることは感謝すべきだ)

人の血を我が血に入れぬ人はみな血族のみにて生きることなし


 日本でインフォームド・コンセントが注目されるきっかけになった事件に「エホバの証人輸血拒否事件」があります。1992年に東大付属病院で起きた事件で、患者の了解を得ないまま、担当医が手術の際に一方的に輸血をおこなった行為をめぐって、民事訴訟で最高裁まで争われました。今回はこの「エホバの証人輸血拒否事件」を考えたいと思います。
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/yhwh.htm

宗教というのは霊的なもので、「人の魂に与える影響」を語るものです。
体内に摂取するものの是非を問うたり賛否を唱えたりすることは、医者や栄養士の仕事であって、本来、宗教が携わる仕事ではないものと考えます。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1547428.html


エホバとかもカルトなのである。アメリカに本部があったり韓国に本部があったりするは独自性がそがれる。内村鑑三とか手島郁郎はアメリカを拝金主義だとかいろいろ嫌っていた純粋国産で培養するキリスト教を教えた。韓国とかアメリカが本部があり団体だということは政治的に影響されるのである。たいがい政治化した経済化した宗教はカルトになる。愛国心をあまりに鼓舞するのもカルトになりやすい。政治とか経済は一番わかりやすい,腹のたしになること欲望を限りなく満たすことをでありそれはすべて容認されるし奨励さえされている。創価などはその典型である。だからこそあれだけの数が集り権力団体、圧力団体と化して世の中を権力を我が物にしようとしているのだ。そして仏の神の権威を楯にして罰あたるとかなんとか脅してくる。もし権力がないのならかまわない、一人が言うならそれもいい、しかし実際に一千万人の人間が集団化して罰あたると叫んで権力をもったら、警察でも動かせたら恐怖である。実際にそうなっているから未だに恐怖なのである。


やはりこの世では常識をもっていればカルト団体にはひっかからない、なぜ常識が逸脱してくるのか?信仰のためには集団を組織を守るためには他者を殺してもいいということが正当化される。でも宗教で他者を殺すことを容認する教義はないだろう。どうして人を殺していいのか?そう疑問に思ったら考え込んだら簡単に人は殺せないけど集団催眠にかかっているとそういうことが見えなくなる。
そこに集団の恐ろしさがある。エホバにしてもそうした集団でありそういう教義が常識的におかしいと思っても集団の力でそうではないとされるときそれを実行するから怖いのである。宗教は常識を逸脱する。内村鑑三なとが説いた信仰は実に理性的であり常識的であることがわかる。その上に信仰を説いているのだ。集団的になるとき常識を逸脱してもそれが正しいとなるし他者の意見を聞かなくなるのだ。


自分は手術中ではなくても手術の後に輸血した。輸血したのははじめてでありなんとなく嫌な面はあった。でも自分の常識的な考えでは他人の血で助けられたという意識をもった。他人の血が入って良くなったと常識的にそう思ったのである。自分の血液型は変わっていてそんなに同じ血液型がないと言われた。だから血液が貴重だったのである。自分は自ら輸血したことはない、体が弱いこともあり親戚の人が手術するとき輸血してほしいといってもしなかった。若いときでも何か自分が体一時かなり無理して衰弱していたのである。その後今まで生きられたのは無理をしなかった一語につきる。楽な生活がつづいたからである。無理して栄養不足になったりした人はみな早く死んでいる。戦前までは長生きしていないのはそのためである。栄養をとり無理しなければ病気にならなければ長生きするのである。


自分は輸血されて単純に思ったことは他人の血で元気になり生きられるということであった。だからその血を提供した人に感謝せねばならぬと思った。病気ではだから他人の臓器でもそれでその人が生きられるとしたら他人に感謝する。自分は他人のおかげでいきられるとなる。そもそも人間は様々なことで他人の犠牲やら奉仕やら何やらでじかに感じなくても生かされているのだ。そして人間だけではない、様々なもの肉食をしているから動物の犠牲の上に命がある。だから本当はニワトリでも自らしめて殺して食べればこれは動物の犠牲の上に生きているのだと実感する。そういう過程が文明では省かれたから命の尊さのようなものがわからなくなった。人間は他者であれ動物であれ犠牲があって生かされているのだ。だから他人の血でもそれで生き延びたとなれば感謝することが当然でありそれを医者に訴えるのはカルトだからである。

カルト宗教団体は常識が通じないのである。輸血されるのが嫌ならば医者にかからなければいいのである。医者側にとってただやっかいなお荷物になるだけなのである。人間は血族とか一族とか血筋とかにこだわるけどそういうものがすべてではないし宗教は逆に血縁と肉なるものから生まれたことを否定している。つまり結婚も否定しているのは肉からではなく霊から生まれることが肉より大事とするからである。兄弟となるのは肉とは血縁とは関係ない、愛し合うものが兄弟なのである。だから誰彼の血だとか他人の血だとかこだわるのはまさにそうした血にこだわっている。別に助けてくれるならどんな人の血でもいいのである。その血にこだわるこことは肉にこだわっている証拠である。いづれにしろカルトには何を言っても通じない、盲目の国である。集団で鎧のように身を固めていて異物を入るのを拒むのである。客観的な評価を拒みすぐに宗教の批判は許されないとかなり一千万人が同調して罰当たるの大合掌になり排除されるのでてある。


カルト宗教団体でも宗教を信じる人は信じられない非常識な人もいるし冷酷な人も普通にいるのだ。だからどの宗教を信じていようとその人間をみなければならない、宗教ではわからない、どんな宗教を信じようが悪人はどこにでもいる。悪人が宗教を利用することも普通なのである。それがたいがいのカルトなのである。あの人は宗教信じているからいい人だなどと思わないし信じることもできないのである。むしろ常識を逸脱する人が多いからつきあうこともむずかしいとなるのだ。自分のいたらなさ愚かさから災いをもたらしてもそれが神仏のせいだとか信仰がたりないとかなったり変なのが多いのである。普通に嘘つきも性格の悪い人もいろんな人がいる。おとなしい人もいるからみんなが悪い人とはかぎらないがカルト宗教団体に入ったらすでにその人はその色にそまり常識を逸脱するのである。教祖様に従うというのも異常であり常識を逸脱する。その教祖様自体が欲の塊りのような俗悪なのが多すぎるのだ。だからこそ多くの人が集められるということである。精錬潔白な人はこの世では一番煙たがられ嫌がられるのが普通である。だから団体化した組織化した宗教はすでにこの世の汚れどっぷりとつかったものなのである。

2012年11月02日

相馬総合病院から見えた看護専門学校への道


相馬総合病院から見えた看護専門学校への道

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病院に看護学校へ行く道の今日も見えつつ蝉の鳴くかな
ひまわりに夏菊映えて相馬市の看護学校の道を知りにき
今日も見ゆ看護学校へ行く道にカボチャの花と露草の咲く
病院に看護学校の生徒かなその瞳にそ励まさるるなれ
我が姉の看護婦なりき病院に面影偲び看護師を見ゆ
病院に看護学校への道見えて実習に励む生徒すがしも
我が姉の従軍看護婦忘れじも死の間際まで戦争語りぬ



相馬看護専門学校(そうまかんごせんもんがっこう)

  校長 金田寛之(公立相馬総合病院 副院長)


相馬市・南相馬市・新地町・飯舘村の2市1町1村で構成される相馬地方広域市町村圏組合が21世紀における医療技術の高度化・高齢化社会の到来を踏まえ、地域保健医療の担い手となる看護師の養成機関として開設し、住民の保健・医療・福祉の充実を図るとともに、相馬地方の振興発展に寄与していくことを目指して平成13年4月に開校いたしました。





相馬の看護学校は病院から見えた。相馬総合病院は迷路だった。方角がわからなくなる。相馬は山の方に近い所だった。海も見えるから山が遠いと思っていたが山が近いのである。新地も山が近い、人間は意外と住んでいても近くのことが地理でもわかりにくい、相馬総合病院でも入院したりしないとどういうところなのかわかりにくい、海の方が近いように見えたがかなり遠くでもある。ただ火力発電所が見えるからさぼど遠いとも見えないが原釜が見えても遠かった。看護師学校は山際にありこんなところにあったのかと不思議だった。隠されるような場所にあった。老人養護施設もあった。相馬市というとわかったようでもまたわかりにくいのである。ここの看護学校は地元で看護師を養成して地元で役立ってもらいたいと設立して養成する。だから地元の人は授業料も安い、外からくる人は高くなる。ただその差はそんなに大きくはない、入院したとき実習中であり何回もそこの学生がきた。その中に男の看護師がいた。その人は浪江から鹿島区に空家を借りて避難している人だった。今は必ず男の看護師がいる。珍しいからいろいろ同室の人が聞いていた。もともと男の看護師から看護がはじまっているから看護が女性ばかりやるものとは限らない、男性でももともとできるし必要なものだったのである。女性は看護士のような慰めの役にはいいが男性は向いていないとしても男性には男性の仕事が看護師でもある。それなりの役割が与えられている。今や病院内仕事も多様になっているのだ。


理学療法士:リハビリの指導を行う技士さんです。歩行訓練など身体を動かす訓練をして社会復帰をたすけます。[理学療法士免許]
作業療法士:理学療法士とよく似た仕事をしているようにみえますが、日常の作業をとおして社会復帰の訓練を指導する技士さんです。[作業療法士免許]
視能訓練士:視力を回復するための訓練をする技士さんです。よほど大きな病院か眼科の専門病院でないと勤務していないと思います。[視能訓練士免許]
言語聴覚士:脳卒中の後遺症などの言語障害の機能訓練、嚥下障害のリハビリテーション、人工内耳手術を受けた患者さんなど聴覚障害者のリハビリテーション、各種の聴覚および音声検査などを助ける技士さんです。[言語聴覚士免許]


こういう人と南相馬市立総合病院に一か月入院していたときあった。脳出血でしゃべれなくなった人が訓練してしゃべれるようになってゆくのも見た。看護師の仕事も分化して専門化しているのである。これらはもともと看護師がやっていたのである。


今回のように相馬総合病院に入院して地元の看護学校の生徒の実習などを見ていると地元に密着している、土着性があるから仕事が見えてくるということがある。そういう人たちを指導するにもこの人たちは地元の病院で働き将来年取ったら助けてくれるとか具体的に見える仕事なのだ。すべての仕事が土着的であるべきだと書いたときまさにこれは明かにそういうふうに見える仕事なのである。地元に貢献するということが目に見えてわかるのである。昔は狭い範囲で生きていたから仕事が何を意味しているかわかっていた。理屈で言わなくても肌で感じていたのである。大地があり農民が収穫して食料が地元に供給されていた。そういう仕事が自分を支えているのだと見えていたのだ。実習している生徒を見ると何か頼もしいと感じた。ただ全部が地元で看護師になるわけではない、原発事故で現役の看護師も流出している現状では余計にそうなる。でも本来は地元のために貢献する看護師を養成する場所なのである。現代はグロ-バル化社会であり仕事が世界的に拡大化して仕事のかかわりがどうなっているのか見えにくいのである。中古車の島商会などはロシアと関係して原釜の港から輸出している。それだけでなくグロ-バル化は田舎でもどこでも同じである。前にも書いてきたけど人間というのはいろいろな仕事の関連が見えると一つの世界として自己を把握しやすいのである。そこに一つのアイデインティティを見いだして連帯を感じるのである。それは理屈の世界ではない、みんなで平和を追求しようとか連帯しようとかデモしたりしても現実は理屈であり格好だけでありむしろ平和がない、連帯がないから声高に集まり騒ぐ、平和や連帯は生活の中で自ずと騒ぐなくてもあった。


看護学校の道には森がありあそこには蝉がかなり鳴いていた。夏菊が映えカボチャの花が咲き露草も咲いていていかにも田舎らしいのである。ただあそこが山の方に近いとはわからなかった。近くでもわからない場所はまだまだある。死角のような場所がある。日本の地形はそれだけ複雑なのである。看護学校というとき自分の姉は看護婦であった。日赤の看護婦でありその頃かなり優秀でないとなれなかったし看護学校もこの辺になかったので東京の方で視覚をとったのである。その後、日赤で優秀だから従軍看護婦になりシンガポ-ルに4年間いて辛酸をなめた。戦争に負けてジャングルに逃げた時が一番苦しかった。あとは船で命からがら逃げてきたのである。地元でも二十代の看護婦が死んでいる。そういうこともなかなか忘れられてゆく。ただその四年間は忘れられないので死ぬ直前まで語りつづけていた。戦争のことは強烈な体験だから忘れられないのである。ちょうど青春の真っ盛りだから余計にそうなったのである。姉は特別優秀だったから相馬の女学校に行きたかったと何度も行っていた。優秀だから金さえあれば入れたからである。大倉から親戚を頼り住み込み通った人の話しも書いた。看護師でも地元であれそういう歴史も学ぶべきだろう。そういう歴史も郷土史として記録されるべきなのである。相馬市はやはり城あるところで原町より学校でも歴史が古く城下町として学ぶにふさわしい場所ともいえる。女高生でも行き交うとそれなりに情緒が生まれるのである。原町はまた雰囲気が違っていたのである。


ともかく旅ばかりしていた自分が土着的なものを志向するのも変だがやはり現代はアイデインティティを見いだすのが容易ではない、それでカルト宗教団体とか様々な団体組織にアイデインティティを見いだそうとしている時代でもある。それはそもそも根源となるアイデインティティを喪失しているから誤った異常なものでもそこに何かに所属したいという願望がそういう異常なものを作り上げているのだ。本来のアイデインティティはそこになく土着的なものに人間の本来のアイデインティティがある。それを郷土に求めることがあった。万葉集などはまさに日本人の土着的アイデインティティの根源の集成であった。人間は今はそうした存在の根を求めているのだ。これだけ巨大な文明のなかで自分を見失うなかで狭い郷土の中で価値や意味づけする。やはり人間は東京のようなものになるともはや巨大な迷路に入り込んで自分が誰かも何が価値があるのか何がどう連関しあっているのかもわからないのである。だからこの辺では原発事故で故郷を喪失することは深刻なのである。アイディンティティの根が失われるからである。

南相馬市総合病院ではながめが抜群だったが相馬総合病院は迷路であり眺めは良くなく何か牢獄に閉ざされたような感覚になっていた。でも二週間の入院はやはり大きな体験となった。病院は何か地元の連帯の要のうよになっていた。今は田舎でも何かそうして連帯を感じる所が少ない、祭りとか参加していないと連帯を感じないのである。それだけ仕事がグロ-バル化で分化しているからである。
病院は人と人が直接接するところだから人間が見える場所だったし話し安い場所だからそうなっていたのである。


土着なくして職業も学問も芸術も報道もない
(故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)

http://musubu2.sblo.jp/article/55759722.html

2012年11月01日

病気は生活習慣病が多い(認知症も生活習慣が作用している) 認知症になりやすい3つの条件-週間新潮より



病気は生活習慣病が多い(認知症も生活習慣が作用している)


認知症になりやすい3つの条件-週間新潮より

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連関、連環する脳の方が脳を有効に使うにはいい


●生活習慣が病気の原因

病気の原因は遺伝的なものもあるがその人の生活習慣が病気の元を作っている。だから60代以降どうしてもその生活習慣の堆積が病気を引き起こす。病気にも原因があり突然に病気にはならない、病気になる要因が体に堆積して病気になってくる。一見突然病気になり死んだりする人がいるがそれもやはり日頃の生活の中で病気が実は進行していたけど表に現れなかっただけである。これはあらゆることに言える。人間の事件でも突然起こったりしない、よく事件を起こす人を観察していれば見えないにしろこの人を見ていればあんな事件を起こすこともありうるなと納得がいくことが多いのである。自然現象でもそうである。今回の地震でも津波でも突然にこんな巨大な津波が起こるということは良く観察していればなかったかもしれない、何か予兆があったが科学者が気づかなかったのである。
なぜなら頻繁に今回の地震が起こった場所で地震が起きていたからである。ただそれがこんな巨大な津波に結びつくと判断できないだけだったのである。


病気が生活習慣病だというとき例えば食生活が明治以降さらに戦後は欧米化して極端に肉食が多くなり変化した。欧米では肉食に向いている体になっている。肉を消化しやすい体になっている。狩猟、牧畜民族がそうなっている。日本人は胃が弱い人が多い、胃ガンも欧米人よりも十倍多いという。
欧米人とは体の作りがそもそも違っている。だから肉を消化できないから欧米人のように太らないという。消化酵素が日本人より多く出るから肉を消化できる。日本人の腸が長いのも穀物を消化するために牛が反芻するように長くなった。生物はその環境に風土に適したように長い間に作られてきたのである。日本人は縄文人からそうして体が日本の風土に適するように作られてきた。海産物主体の食生活が日本人の体に適するようになっていたのである。日本には牛、馬、羊がいないということが
魏志倭人伝に記されているように日本の特徴を外国人から見たとき記されているのだ。海産物が主体だというとき今回の原発事故でヨウソが海苔などからとっているから不足しないから甲状腺ガンになりにくいというのもそのためだった。外国ではヨウソが不足する食生活だったのである。ただ日本では眼病とか脚気とかの病気が多かったということはやはり何らか栄養が不足してそうなっていた。
それは欧米化してなくなったのである。戦後十年くらいまで卵すら食べられなかったのだから日本人は総じて栄養不足だったのである。戦後は栄養過多になり糖尿病がふえてきたのである。これも生活習慣病なのである。前立腺ガンが増えたのも欧米の食生活、肉食などが関係していると言われる。もともと欧米には前立腺ガンが多かったからである。


生活習慣病というとき喫煙や酒の飲み過ぎが体を無理させることを長年つづけていれば60代以降その結果が必ず体に現れる。体の丈夫な人は無理ができるからそんなことを考えないが60代以降にはその無理が蓄積されて体に現れるのである。だからといって体にあまりにも気遣いやりたいことをやらないというのも問題である。体力のない人は無理ができないから冒険ができないからつまらない人生ともなる。やっぱりきつい登山などができる体あることにこしたことはないのである。ただ会社員でも何でも体を無理させるとそれが蓄積して60代以降病気になりやすいことは確かである。自分を例にとれば自分は勤めていないのだから無理したことがない、疲れたらいつでも寝ていた。多少自転車旅行とか登山で無理したけどそれもぐったり疲れてあとは何日も寝ていた。そういう恵まれた生活だったのである。だから無理しないから今日まで体力がないのに今病気になったにしろここまでやれたなと我ながら思う。これが会社勤めとかなると自分は全く集団生活にも向いていないからストレスがたまるし疲れたからと休むわけにもいかないから疲労が蓄積されてもともと体が弱いから病気になりやすかったことは確かである。


●認知症も生活習慣病が原因の側面もあった


認知症にもいろいろありいちがいに言えない,若年性のアルツハイマ-と老年のアルツハイマ-は症状はにていても違ったものらしい。老年のアルツハイマ-は生活習慣病の側面があるようだ。認知症になる人が統計的に割り出されている。公務員とか先生とか裁判官などに多いというのはやはりこういう職業が型にはまっていて創造性がない職業になっているためである。先生でも歴史とか国語関係の人が多く理系の実験をする科目の人には少ないとかあるのはやはり型にはまって同じことを教えているかもしれない、美術とか科学とかは日進月歩であるけど歴史とか国語は型にはまってしまった教え方しかしないのかもしれない、ただ数学の先生が認知症になったりとその実体は多様であり複雑である。認知症というのはその人の個性がかなり反映されるから症状が人によって違っているのだ。
激情的な人は激情的になるから扱いにくいし大人しい人は大人しい認知症、ボケになるから扱いやすいのである。認知症は千差万別なのかもしれない、同じ型にはまった症状があるにしろその人の家族関係とか個性で変わってくるのである。

週間新潮の記事で指摘されたことは面白いので読んだ。なぜレ-ガン大統領、サッチャ-首相やシラク大統領など特別優秀な人が認知症にアルツハイマ-になったのか?この人たちは一番脳を使って優秀な人ではないか?なぜそういう特別優秀な人がなったのかという疑問に答えている。身内で自分もこのことを経験している。学校を一番で卒業して活発な性格であり体は太っていても運動能力があり人間的にもただ頭がいいというだけではない、性格がしっかりしていた。それで日赤の看護婦となり従軍看護婦となってシンガポ-ルに四年も過ごした。その頃は日赤に入る人は優れた人だった。看護婦になることもなかなかできなかった。この辺では看護学校もないし東京で資格をとった。一緒に60年生活して人間的にもしっかりして頭もいい人がどうして認知症になったのか不思議だった。

その原因は生活習慣にもあったことは言える。公務員だったということがあり看護婦や保健婦の時はそれなりに張りがあって働いていたがあとは事務の方に回り怠惰になり早めに退職してそのあとは30年くらい働いていない、何もしたくないと家事すらしない、家事をする人がいるから趣味のようなものをやっていたがそれは向いていなかった。何かもともと体が丈夫なのだから自分にあったことをしていれば良かったが何もしなかった。ただ怠け者になってしまっていたのである。そういう生活習慣が影響したことは確かである。なぜなら死ぬまでの二年間は家事をした。洗い物や手で選択したり掃除もした。そしたら自分は役に立っていると元気になり症状が改善したのだからこれは明かに認知症の改善に効果があったのである。一番ボケ安いのが「ばあちゃんは何もしないでいいですよ、テレビでも見ていてください、全部自分がやりますから・・・」こういうふうに嫁に言われた人だ言うのがわかる。何もしなくていいということは役割も何もない、生きがいもないということである。家事は結構頭を使うし体も使うし家族のために働くということで生きがいにもなるのだ。それを自分でやってみてわかった。自分が家を家族を支えているんだという生きがいをもつことができるからだ。


●優れた人がなるにはそれなりの訳が・・・


ただそれではレ-ガン大統領やサッチャ-首相のような仕事一筋の人がどうしなったのかという疑問がある。サンデ-毎日の解説では「仕事中毒」「達成感」とかあった。二人とも政治脳に特化して脳が偏ったためだという。人間は今はどこでも専門家して仕事してしいる。すると脳が法律脳とか数学脳とか国語脳とか英語脳とか医学でも分化して心臓のことばりとか胃腸のことばかりとかそこだけに注意を払う人が増えてくる。全体をみない、一部分だけに人間の脳が集中する特化しやすい、江戸時代ころまでは全体的視野をもつ全体に機能する能力が発達した。バランスのとれた総合人間になれる環境があった。今はみな専門家してある部分に特化して能力を駆使すると脳が偏るということありえる。

だいたい脳は生涯で二割くらいしか使われていないとか言われるように人間はいくら能力がなくても開発しない限り自ら引き出さない限り能力は発揮できないのである。芸術だって視覚的絵画から音楽から彫刻から文章からその分野が多岐にわたる。でもその一部分しか能力を発揮できない、俳句だけやっている人は俳句脳にっなしまうかもしれない、だから俳句の専門家で私は俳人だなどという人は偏った人間になってしまう。俳人などは今の時代には存在し得ないのである。

人間の脳がなぜ二割くらいしか使われないかというと人間が生きている時間が短いということもある。生きている時間が短い十分に活用できないということもある。高齢化になるとその使われない脳が使われるということもありうる。ただ人間はどうしても一芸に秀でてもあらゆることをこなすことはできない、そこが人間の弱点なのである。一部分の脳の能力が特化するより連関、連環的に作用するのが理想だがそれがむずかしいのである。社会がこれだけ複雑化すると専門分野を究めるだけで時間をとられるしそうしなければその方面で一流になることは無理だからである。

認知症の謎はどうしてあれほど優秀な人がなったのかということである。その謎は実際は相当に深く簡単には解明できないだろう。そしてそういう特別優秀な人がなると本当に悲惨なものとなる。認知症は馬鹿になった,痴呆になったというのだから信じられないとなってしまう。そのことを身内でまざまざと見たとき人間に与えられた神からの罰かもしれないとも思った。そのことは前に書いた。

この世に優秀な人はいる。体力もあり頭もいい人がいる。人間的にしっかりしている人がいる。学校の同級生でも運動ができて頭もいいという人がいることはみないるだろう。自分はあらゆる点で劣っていた。勉強も体力もなにかもだめだった。だから体力があり運動能力にたけて勉強もできるという人がいる。そういう人がきること自体理解できないことがあった。でもそういう人は常に存在した。天才的な人はいる。しかしこういう人の盲点は「俺はできるんだ、特別なんだ」という奢りになり他者を馬鹿にするのである。レ-ガン大統領にもサッチャ-首相にもそういことがあったに違いない、こういうふうにできる人はまた悪人にもなる。悪人にしてもやはりそれなりの能力がなければなれないのである。そういう人は悪人になれば大きな悪人になるということである。


正力松太郎とかは原発を誘致した読売新聞社の社長になった。この人も体力的にも能力的にも優秀な人だったからこそ政界でも財界でも重きを成すものとなった。そういう社会で重きをなす人はまた何かをできる人だからそうなる。そういう優れた人はいい面に働けばいいが悪い面に働くとまたその影響は大きいのである。
科学者にしても実際は原子力を発見した人は核兵器を作ることにもなったのだかち怖いということにもなったのである。能力がなければ優れていなければそんな危険なものを人類が扱うようにならなかったからである。そういう優れた人間への罰が認知症となったのかもしれない側面はあった。ただこれも本当のところはわからない、体自体の病気であり脳の細胞の病気だからやがて直すことができるという人もいるからわからない、ただ自分が身近に介護したりして見た限りはそういう人間への罰的側面があったと感じたのである。ただこれは千差万別だとするとその原因は特定できないのである。

2012年09月17日

病院の恐怖(実験台にされる弱者)


病院の恐怖(実験台にされる弱者)


あたしは、身よりが無いから、もし、あたしが死んだら、どうなるか、根ほり葉ほり聞いてきましたまず、病院と葬儀屋が、供養してくれるらしい。
その後、どっかの大学病院に送られ、研修生たちの実験台になるらしい。

それで…
やっと、人の役に立てるかな…


大学病院ではないけれど大きな総合病院は研修生がいっぱいですね。
長男が怪我をしたとき近くの外科を知らなかったので大きな病院へ行きました。
診療時間外だったこともあり研修医の実験台に・・・
一針縫ったところで担当医師と交代して縫い直されました。
その病院に手術入院した近所の人の話では歩くとき医師の並ぶ順番が決まっていたそうです。
手術室へ向かう廊下で若い医師が部長先生を追い越して激怒されたとか・・・


「手術やらんと死ぬ」 奈良・山本病院理事長

奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」が生活保護受給者の診療報酬を不正に受給していたとされる事件で、
医師でもある病院理事長(51)が来院した生活保護受給者の症状を十分確認せず「これやらんと死ぬで」と
心臓カテーテル手術を熱心に勧めていたことが23日、病院関係者への取材で分かった。


架空の手術による診療報酬の詐取容疑のほか、不要な手術をして診療報酬を得ていた可能性もあり、県警捜査2課は経緯を詳しく調べる。

病院側は取材に「対応できる者がいないので分からない」としている。
むかしもてはやされた術式がどれだけあわれな後遺症を持つ患者を生み出してきたか。
手術が上手なだけの医者はいない。その影に泣かせたあまたの患者あり。


実際、私自身が市立病院に入院中に焼身自殺未遂で緊急入院したホームレスが治療途中で追い出されたパターンを直に見ていますよ。




病院には実際いろいろな恐怖がある。手術にしても不安がある。自分の場合、手術中に笑って手術していた。これはたいした手術ではないから笑う余裕があるのかと思っていた。でも何か不謹慎に思えた。結構出血が多くあとで輸血した。手術が長びいたのは前立腺肥大が大きくなっていたからである。手術はどんな手術でもリスクがともなう。前立腺肥大でも手術で死んだ人はいた。ともかく医療というのは医療ミスが交通事故と同じ様にある。親戚の人は一年くらいたってから手術で残したガ-ゼが膀胱からでてきた。これもありえないことだがこういうことは他でも普通に起こっている。何らか医療ミスにあわない人はいないのである。それほど医療ミスは日常的に起こっている。自分も幼児の時注射されたところが股の所に広く残って火傷したようになっている。これも注射の医療ミスだった。医療ミスの怖さはあとあとまで傷や後遺症を残してしまうことである。医療ミスがあったとしてもそれで責任を問われる医者は極わずかである。必ず隠蔽される仕組みになっている。そうでもしなければもはや医療はできないとまで医療ミスは日常的に起こっているのだ。手術ミスで病院の前で焼身自殺した人もいた。それほど医療ミスは深刻であるからそうなった。命さえ奪われるからそうなる。

医療は常に実験の上に成り立っている。花岡清州が麻酔の実験で親族が失明したりしたのもそのためである。麻酔は今でも危険だという。何らかの副作用かある。薬も人間でどう効くのか実際に飲んでもらわなければわからないからそれの副作用で苦しむ人もでてくる。研修生はまず手術するのは生きた人間であり誰かが実験台にならなければ一人前の医者とはなれない、その研修生の実験台にされるのは弱者である。これはアメリカのことなのか自己負担で払う人は研修医ではない、担当医にみてもらい手術もしてしもらえるが自己負担をしていないと研修医になるという。自己負担している人は70歳以下では三割負担の人である。そういう負担をしない人がいると研修医の実験台にされる。保険もちゃんと払っていないと怖いとなる。


手術が上手なだけの医者はいない。その影に泣かせたあまたの患者あり。


手術は失敗が多いということである。研修医の実験台にされればよけいそうなる。自分も手術後二週間もたっても血がとまらないので不安になった。手術が失敗したのかと不安になった。血止めの注射と薬を飲んだらぴたりととまった。今のところはほぼ普通の状態に回復している。病院では医者には何かと聞きにくいのだが手術する人は誰なのかくらいは聞いてもいいだろう。ただ医者は忙しいから聞くことがしにくいのだ。何か聞くにも診察は二三分で終わりだからゆっくり聞くことができないのである。特に相馬総合病院の泌尿器科はこみすぎる。8時に外来に行ってもすでに30番以降である。5時ころすでに病院に診察券をだしているという。ゆっくり聞く余裕がないし答える余裕もないのである。


あたしは、身よりが無いから、もし、あたしが死んだら、どうなるか、根ほり葉ほり聞いてきましたまず、病院と葬儀屋が、供養してくれるらしい。
その後、どっかの大学病院に送られ、研修生たちの実験台になるらしい


身寄りない人は本当に悲惨である。特に病気になると実際にわかる。誰もみるものがないから病院でも医者でも看護師でもそんざいにあつかわれやすい。手術するにしても一応保証人が必要であり書類に記される。その保証人がいない場合もある。自分はやっと遠い親戚だけどなってもらった。ただ名前を借りただけであり何かあっても責任はとらない。身寄りのない人は病院ではさらに危険になる。病院や医者のいいようにされてしまう。重篤な病気になったら自分の意志を表明することはできなくなくなるのも恐怖である。自分は二回入院しても全く健常者と変わりないからのりきれた。それでも今回手術となると厳しいものがあった。身寄りがないということは本当にこの世の非情を一身に受けることになるのだ。自分もこういうことは予想していなかった。余りにもめぐままれた結果そうなっしまった。今若い人で結婚していな人がふえている。すると自分のような身寄りのない人が膨大にふえてくる。その人たち60代以降病気になりやすい、その時大量の研修医の実験台になる。それは笑い事ではない、そういう未来がリアルに見えないからのんきなのである。両親は必ず死ぬし身寄りがないということは誰も助けないということなのである。その将来を深刻に考えている人はない、せめて兄弟がいる人は助けてもらえるかもしれない、そうでないと悲惨なことになる。


自分の親戚で養老院、昔の老人ホ-ムで長い間暮らしていた人がいた。その人のわがままでもあったが最後眼が見えなくなり異常になったのかと思った。その人の遺言は「解剖を献体を志願していた」。
施設に世話になったから医学の用にたててもらいたいとそう遺言していた。そして解剖されて大学から遺骨が自分の家に来て墓に葬った。墓はあったからほうむることができた。その人は乱暴な人でもあったけど最後はあわれだった。その人の墓参りは今でもしている。その人は全然身寄りがないというのではなかった。ただその人自身のわがままもありそうなってしまった。血のつながらなくても子供がいたしその子供に愛情をそそいでいたりしていればそうはならなかった。ただこれも複雑だからいちがいには言えない、最後は本当にあわれであり悲惨だった。医学のために献体したのでありこの意志は医者も重んじなければならないだろう。医者はやはり尊い命を犠牲にして成り立つということがある。施設に世話になっていたから何かに役立ちたい、何もないけど自分の体を役立ててくださいとなったのである。もちろんすでに90近いし十分に生きたからもう自分の体などどうでもいいともなるがやはり献体するということは何かみんなできない面もあるだろう。病院とか医者とか看護師でもこうして人間の命と直接かかわるからそこは常に深刻な問題の場所となるのである。

いづれにしろこの辺では病院に行ける、医者がいるだけでいいとかなっている。だから放射能の実験台にされたり病院でも医者でも選ぶこともできない、医者でも看護師でもいなくなっているのだからどんな医者でも看護師でもいるだけでいいとなっているのだ。何か文句を言ったりすることはここではできなくなっているのも損である。それが嫌なら他に移るほかないのである。本当に他の病院で医者でみてもらったら直るかもしれないとなれば移住する人はいる。それだけ病気とは深刻だからそうなってしまうのである。

2012年09月06日

病院でさらに病気が悪化する (病院は刑務所とにている)


病院でさらに病気が悪化する

(病院は刑務所とにている)


実は病院に行けば行くほど病気になります。
これは間違いなく正しいことで真実です。

実際に病院に行けば行くほど病気になるんです。
それとは逆に病院に行かなくなれば病気にならなくなります。
なぜなら病院は治療院でなく病の院
つまり病の建物なのです。

弱った人を薬の毒性でさらに弱らせて
また来てもらうための処置をする所です。
なぜなら病院も金儲けのためにやっている所なので
健康な人は一切必要なく邪魔なだけなんです。
なので健康な人でも病気にする、それが病院なのです
http://blogs.yahoo.co.jp/willpow_thresh_trant/27338940.html



病院がどういう場所か二回経験している。南相馬市病院で一か月入院していた。本当は二週間で退院できた。ところが感染病になり三日間40度の熱がでた。隣の人も高熱をだしていた。バイ菌に感染していてそうなり自分もなった。ばい菌が移りやすいのも病院である。一面病院は危険な場所でもある。今回は二週間で退院できたからいい、それでも長びくことはありえた。病院は退院を遅らせて病気を悪くさせることもある。別に金のためではない、病院という場がそうさせるのである。病院は丁度刑務所ににている。南相馬市病院では点滴を一か月はずすことができなかった。その点滴がまるで手錠のように思えた。それは確かに必要だったにしても病院で病院を悪くすることもある。もちろん医者とか看護師は病院を直そうとして懸命に働いている。それでも病院は病気を悪化させる場ともなりうる。病院にいると何か健康でも苦しいものを感じないか?一時的に見舞いにきても何か苦しいものを感じるだろう。それが入院するものはさらに病院で何か苦しいものを感じるのだ。病院は何か死臭も感じる。現実に病院では死ぬ人が必ずいるのが普通だから不思議ではない、そこに健康的なものを感じることはタブ-とさえなる。お前は病気になって入院したのだから病人らしくしていろとなる。

今回救われたのは同室の人はほとんど病人ではなかった。病気を感じない人たちだった。みんな二週間で退院できる健康な人たちだったのである。ここが病室かと入って最初から思った。20代くらいの若い人もいた。つまり病気を感じさせない部屋だった。泌尿器科はそういう人たちが多い、たいがい治るのが多いのである。変なことだけで病室には笑いに満ちていたのである。こんな病室は普通はないだろう。だからもっと病人らしくしていろとなる。だからそこでは暇なし話ししていたのである。
女性の看護師をからかっていた人もいる。

これはおかしいなと思って病人らしい病人を探し廊下を歩いた。すると病人らしい人がいた。青ざめてやっと歩いている。三か月もいるけどまだ治らないんです、家は近くても家に帰れないんですという。それもそうだとその顔を見れば一目瞭然である。死相さえ顔に現れていた。そういう人がいるのが病院である。それは丁度朝方に残っている残月だったのである。病院から見える景色がまた違っている。閉ざされた空間から外の明るい自然の空間をながめているのだ。自分は絶えず病院を歩いて外の景色を見ていた。運動して尿を出せと言われていたからだ。相馬総合病院もいい景色をみる場があった。それをまた俳句とか短歌にした。ただ病院からみる景色と外でみる景色は違っている。病院には自然そのものの風は入りこまないのである。だから特殊な状態に置かれる。健康的に自然を歌うのとは違っている。そこには別な感受性がはぐくまれるのだ。それは健康な感受性ではない、でも文学的には啄木のように特殊なものとして作られるのである。

窓にとまっている枯れたカマキリ、俳句では枯蟷螂というがそれがふさわしいのが病院だった。
窓にはりついて死んでゆく蟷螂である。そこには蜘蛛もぶらさがりさらに不気味さをましていた。
何かそういう世界が病院にはふさわしいのである。ただ自分は直ぐに健康になったから健康的なものも作った。でも病院は独特の雰囲気があり空気が流れている。それは病人からでてくる空気でありまた死人からでてくる死臭かもしれない、何か陰気な空気が流れているのが普通である。するとたとえ回復していてもさらにそうした陰気な想念がたまっていて病気を悪化させるということもある。病院は病人によってさらに淀んだような空気を作り出す。特に重傷者が多いとそうなる。あんなに笑って話ししているのは病院ではない、もっと病人らしくしろとなる。病院ではどうしてもそうなりやすい、別に看護師とか医者のせいでもない、病院とはそういう場所なのである。


陰気なものが流れていてそれに影響されるのである。病院はだから長居するところではない、そうはいってもそうならざるをえない人がいるがまだよくならないという三か月いた人も近くの家に一旦帰ったりしたら帰って回復するかもしれないと思う。病院では外のように健康な気をもらえないからかえってまた病気になるというのは別に誇張ではない、そうなる人が多いことは確かなのだ。医者や看護師がまるで囚人を監視するように見えるのもそのためである。そしてどうしても医者や看護師が患者を一方的に縛りやすいのである。つまり罪人のようにされてしまうのである。病院はそういう場だから本当は病院で死ぬことはあまりいい場所ではない、何か必ず病院では死んだ夢を見る、それは自分だけではないだろう。なんだか極楽に向かって魂が飛んでゆく夢をみた。これなどもすでに病院にいると死がかえって近くなるということもある。病院は監獄であり死に向かう場所でもある。棺桶のようにさえ思うこともあるだろう。だから病院で死ぬことは人間にとって自然ではない、でも今はほとんど病院で死ぬ。それが問題なのである。


窓の外くもぶら下がり枯蟷螂

看護師と患者の問題 (相馬総合病院は患者への気配りがある)


看護師と患者の問題

(相馬総合病院は患者への気配りがある)

●看護師も患者が嫌になる


看護師の言い分


私も、看護師としてではなく、一人の人間として心の底から嫌いになりました。
だいたいのことなら「まあ、患者だからしゃ〜ないか」と、腹を立てながらも、自分の給料の源である患者だからってことで気を落ち着かせています。

心底、死ねばいいのにと思ったときは、きっと他のスタッフならもっと大人な考えをするのかな、自分は看護師として失格だ、自分が精神的に未熟なんだ、と、思いました。仕事なんだし、こんな患者を相手して本気で腹を立ててる自分が幼稚だと。しかし、月日がたった今思い返してもむかっ腹が立ってきます。

本当は明日、目茶苦茶仕事行きたくないです。その嫌な患者と顔合わせたくないから。とりあえず避けることも可能なので明日は側に行かず、避けることを選択します。本当なら、患者様々だから私が「先日はすみませんでした」と謝罪したほうが丸くおさまるような気がするけど、なんかそうすることで相手は調子にのりそうだし。


患者に様なんて付けだしてから
勘違い患者が増えた気がする。
医療はサービス業じゃないと私は思う。


「採血が下手」「注射が痛い」などのクレームが寄せられるようになった。何度か注意して指導したが、当の看護師は頑固な性格で改善が見られないため、辞めてもらった方がいいだろうという結論になった。採用から2カ月後の話である。


佐用共立病院(兵庫県佐用町)で女性入院患者=当時(85)=が肋骨(ろっこつ)を折られた事件で、傷害容疑で逮捕された同病院の看護師羽室沙百理(はむろ さおり)容疑者(26)が、動機について「患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」などという趣旨の供述をしていることが12日、捜査関係者への取材で分かった。看護師として自信がなかった、とも漏らしているといい、仕事への不満と不安の矛先が、一方的に寝たきり患者に向けられた可能性がある。




なぜ看護師と患者がトラブルになりやすいか?医者と患者も同じである。それは結局、人間と人間が直接向き合う現場だからである。物を売ればいいとかではない常に直接人間と向き合うから問題が起きないことなどありえない、人間と人間が向き合う場には必ずトラブルが起きる。だから看護師にも患者にも双方に自戒が必要なのである。患者側から見る看護師と看護師から見る患者の言い分がある。ここに引用したのは看護師の言い分だった。自分も今回の入院で看護師に嫌な思いをした。
泌尿器科だから下のことがあり汚すこともある。その時ひどくしかられたのである。でも患者の言い分としては手術後でありもうろうとしていたし実際に要領をえなかった。でも知っている人に聞いたら汚してもこういう科ですからしかたないですよと看護師が言ったという。その人は妻が見ていたから看護師もひどいことを言わなかったのである。自分の言い分としてもう少し配慮があってもいいと思った。どうしてしもその看護師を嫌になったし口も聞きたくなくなったのである。ただこの辺の病院の事情は違っている。看護師が原発事故などで流出している状態では看護師がいるだけでいいとかなってしまう。現実に南相馬市病院では看護師などの流出で二病棟しか使っていないからだ。そういう状態では患者は看護師や医者でもいるだけで恵まれているとかなる。そうなると文句を言えないということも頭にあった。それで黙っていたがなんかトラウマになったことは確かである。
自分は看護師に感謝しないなどない、掃除婦までに感謝して退院した。看護師に虐待されるような患者ではない、ただ事の成り行きでそうなったのである。


●相馬総合病院は患者への気配りに優れている


看護師長母をきづかい声かけぬうれしきことかな隣も知らじに

相馬総合病院は全体的には患者に気づかっている好感がもたれる病院である。回診が一日二回があるのも普通はないだろう。患者に対するサ-ビスは他よりいい、南相馬市病院は若い医者が一人だけでありその一人が「おい、どうだ、水を飲んでおけよ・・」とかで終わりである。看護師もついてこない簡単な挨拶程度の回診なのである。なぜそうなっているのか?そもそも若い医者一人しかいないし医者がいないからまかせてしまった。泌尿器の専門の看護師も少ないこともあるのだろう。それに比べたらここがいかに手厚いサ-ビスをしているかわかる。そして泌尿器科の専属がそもそも院長先生でありその他中堅と若い医師と三人もいる。南相馬市病院の泌尿器科の医師はここの中堅の医師のように弟子としてついて技量を磨く立場にあったけど誰もいないからまかされたのだろう。そもそも浜通りは特に相馬地方は医師不足の地帯だったのである。それが原発事故とかでさらに医者も看護師も減ってしまったのである。看護婦長も一人で必ず回って様子をうかがいにくるのも好感がもてる。
それで自分に対して「お母さんの介護大変ですね」とか気づかってくれた。こんなことはなかなかしない、患者の心のケアまでしいてる。ただ一人だけ悪い印象をもってしまった。その一人によって悪い印象をもつということはある。ただすべての評価は主観的なものである。誰にでも好き嫌いはあるからである。

結局看護師という職業は宗教的修行じゃないが忍耐心が特に必要な場所になる。自分のいいような患者などいないからだ。まだ看護師側からすればいつも聖人のように対応などできない、また望むのも無理である。患者側にも確実に問題がある。ただ患者は病人であり弱者だとういことで患者側につくことが多いのである。看護師と医者と患者は強者と弱者の関係になりやすいのである。ただ最近は患者様とかなりあまりにも患者側につきすぎる傾向がありその不満がかえって看護師側からでてきているのである。結局こういう問題が生じるのは病院とか医療とかが単なる体をみるだけではない、心にも深くかかわるからそうなるのだ。特に老人は人生の兵(つわもの)がいる。経験も豊かな人でありそううい人が若い看護師が対応するのにむずかしい面がある。相手の心にかかわるとなるとやはりそれなりの経験をつまないとできないからだ。看護師は総じて若いから年よりの心によりそうことはむずかしいのである。


いづれにしろ病院という場は看護師が多く看護師にとりかこまれる世界である。すると看護師の質も問題になる。医者の質もそうだが看護師の質もそうだしそれが全体の雰囲気を作っていく、そういう場にふさわしくない人はいるし注射でもうまくならない人もいる。そういうことでそういう人がやめさせられたりやめてゆくのはどこにでもある。ただこの辺では看護師がいるだけでもありがたいとかなっているから文句は言いにくいのである。相馬総合病院は全体の雰囲気は全体的にいい、上の指導でそうなっているという人もいる。南相馬市病院は建物は立派でもそうした指導がたりなかった。でも特別看護は劣っているということではない、それより医者がたりないとかで回診もできていなかったのである。病院は建物から医者から看護師から掃除婦までが全体の雰囲気を作っているのである。患者のためにつくすようになっているのだ。

相馬総合病院を退院しました

相馬総合病院を退院しました
ただ退院後は自転車にのれないと言われてびっくりした。二か月以上はかかる。どうしても前立腺がふれると手術したところだからさわり悪い。あぐらをかくことも悪いというから困ったものである。幸いス-パ-は歩いて行ける距離だから助かった。

つくづくこの辺は津浪から原発事故と問題が山積みでありそれがどこでも話題となる。
この辺は極めて政治的、経済的、自然環境問題かち最先端の科学の問題からあらゆる現代の問題が噴出した場になってしまった。だから宗教もそれに関係してくる。文学も哲学もこういう所から想像でない、現実の場として実感として新しい学問すら起こりうる場になっているのだ。

自分はこれまでそういうことを追求して書いてきた。それは今までのように想像して他人事ではない、現実に生活する場で起きているから真剣にもなる。いろいろな問題が切実なのである。


今回の二週間の入院でもそうだった。津浪の被害にあった人に四人もあった。原発の避難者もそうだった。そこで生の声を聞いたからさらに実感したのである。だからまた結構書くことが増えたのである。

2011年11月11日

医者の傲慢の危険 (人間の傲慢に神の恐ろしい罰が与えられる)


医者の傲慢の危険

人間の傲慢に神の恐ろしい罰が与えられる

> つまり金持ちが優遇、優先されるということか
> 外国での臓器移植も割り込むために大金がいるみたいだしな


日本だって、謝礼さえ出さないような無礼な患者は
練習のための稽古台に過ぎん。モルモット扱いが当たり前。

コネがないなら、金を出せ。



こういう医者が現実にいることが怖い。自分もモルモットにされた。研修医に治療してもらってそれがミスしたことはまちがいない。管の交換だったけど小便でなくて三回も死に目にあった。タクシ-で行ったり一回は真夜中で救急車を呼んだ。小便でないと人間死ぬことある。研修医の明かにミスだった。一回は開業医が偶然まだやっていたので管を交換してもらい助かった。原町ではその時週に何回かしかやっていないかった。もしそこでやってもらわないと大変なことになった。その頃この辺は原発事故で医療崩壊していたからだ。福島市の方まで搬送された人もいた。明かな研修医のミスだったけど文句も言えないのが病院だった。病院には医者には本当に文句も言えない、あとあと怖いということがある。この辺はそもそも医者を選ぶことができない、病院はもう限られている。そしたら何か文句言って断られたら死んでしまう。現実救急医療を断られたのだからそうなる。研修医でもそういうとき患者にわびてもいいような気がする。そういうことをしないと医者の卵の時代から人間に対して傲慢になる。患者は単なるモルモットにすぎないとなってしまう怖さがある。この人は確かにそういう医者だった。そういうふうに育てられた医者は患者にとって怖い。もちろん医者にもミスはある。そのミスをとりたてて患者が追求するとは限らない、問題はこうした傲慢な態度で患者に治療する医者がいたら患者もなんなんだ、この医者はと思う。それは技術以前の問題だろう。医者には人格的におかしな人間がいるというとき謙虚さがたりない、傲慢な人が多いということである。


医者だけではない、人間はその職業によって傲慢になってしまうものがある。地位でもそうである。医者などはそうなりやすい職業である。お医者様でありいつも礼を言われている。それは命に直結しているからそうなる。だから手術でも良くしてもらいたいから謝礼に金を払うということもある。この世の中弱い人間は自分をふくめつくづくお礼ばかりしていなければならいなことがわかった。
ちょっとした手違いだ致命的な傷を受けることもあるし死ぬことだってある。そういう職業だとするとき研修医の失敗でもそれが死につながることだってあるんだよと指導すべきなのである。ともかく病院の問題でもあるから研修医には謝らせない、それが医者は多少ミスしてもいいという安易な考えになってしまうかもしれない、必ず病院がミスしても守ってくれるという考えになる。人間は医者でも科学者でも官僚でも会社の社長でも上に立つ地位があると権力をもつと傲慢になる。医者は病院は大きな権力をもっているのだ。患者は弱い立場である。すると医者に謙虚さがなくなってしまうのである。科学者もまた傲慢になる。原発事故でわかったように謙虚さがない、東電では莫大な金で官僚だろうがマスコミだろうがおさえることができる、思いのままにできると思い上がったことが大きなミスした原因でもあった。人間はまたかえって優秀な人が謙虚さをなくしてしまう。有能なできる人間はどうしても有能でない人間を馬鹿にする傾向がある。才能に奢り美貌に奢りとか男女でもいろいろ奢りがあり謙虚さを失う時、そこに危険が生じる。

神は人間の傲慢さを許さない、人間の奢りを神は厳しく罰してきた。人間は英雄的な有能な人間を神の使いとして選ばなかったのは人間は傲慢になるからだ。何も自分はもっていない、有能さもないという人を選んだのである。

何も誇ることがないという人を選んだのである。つくづく人間は何に誇っても無力をしらされる。あれだけ健康で優秀だった人間が認知症になりすべてが崩壊したことに驚いた。そのことをまじかに見たので書いてきた。人間がいかに体が強いとか言ってもそれも必ず最期は崩れてしまう。必ず病気になってしまう。いかに頭がいいと言っても認知症になったりしてこれも全く頭脳が崩壊して痴呆になるというほど驚いたことがない、レ-ガン大統領でもサッチャ-首相でも認知症になったからでてある。人間はそれだけ優れた人でも最期は弱い人になってしまう。だから聖書では自分でやったということを言わせない、神が成したものとして神をたたえていた。自分がやったとか言うときそれは非常に怖いことになるか。激しい神の怒りをかったのである。原発事故も人間の科学者などはじめあらゆる上に立つ人の奢りの結果として事故が起きたともいえる。ともかく医者とか上に立ち権力をもつと人は奢り高ぶる。その奢り高ぶることが必ず神の怒りをかうのである。


ただ奢(おご)るにも奢れない人はいる。そういう人はそもそも謙虚になるというよりおごりうるものがないのである。自分なんかも全く体力もないし才能もないからそうであった。だから天才はキリスト信者になれないというとき天才は余りに天分にめぐまれすぎているのだ。だからニ-チェのように自分が神だとなってゆく。キリストに従うことができない、そういう人が天才でなくても一番医者はなりやすい、医者には謙虚な人が少ないというのはそのためだろう。そういうふうに回りからされていることもある。医者が全能の神のように何でも直せるならいい、実際は直せない、そういう点やはり謙虚になるべきなのである。原発事故の原因も奢りがあった。謙虚さを失っていった。学者が千年前の津波のことを忠告したときも東電では聞かなかった。いろいろな面で忠告しても聞かなかった。事故など起こらないと思っていたし危険を隠していたのである。また隠す権力ももっていたのである。そういうことは医療の分野でも常に起きている。ミスは人間につきものであるのは人間が万能ではないからである。そういうことで謙虚にならなければなちないのだが人間は必ず傲慢になるのだ。そして大きなミスを犯す。それが原発事故でもあったのだ。人間の奢りに対して神は恐ろしい罰を与える放射能などの問題もそうである。ミスしたら住めなくなったり遺伝子が破壊されたりと本当に放射能の恐ろしさを知った。それは核を破壊したりするなんても科学で操作することへの人間に対する恐ろしい罰だったのである。

 

2010年12月31日

醜い老婆に情をもてないのなぜ?
(一人の老人を知ることは歴史を知ることに通じている)


醜い老婆に情をもてないのなぜ?
(一人の老人を知ることは歴史を知ることに通じている)

人知らぬ母の悲しさ我知りぬ病院に通い年も暮れにき


母はは確かにボケている。金のことを何度言ってもわからない、だまされたこともわからない、老人を見るとき今の無惨な姿だけを見てはわからない、そこには長い人生があった。その長い人生を知ったとき同情が生まれる。それぞれ歩んだ人生は違っているし外からはわからない苦労を背負って生きてきた。そうした苦労が顔に刻まれている。しかしよくよくその話を聞かないとわからない、一人の人間のその人生を理解することはむずかしい。人はなぜ老人に辛く情がなくなったのか?ただ金目当てでありその子すらそうである。老人側にも問題がある。それほどに長生きしてボケてめんどうをかけることにうんざりするからだ。自分はすでにそうして二人もめんどうみている。老人に同情が生まれるのはやはりその人とともに人生を歩み知る人しかいない、その人がどういう苦労をしたのか家族でどう生きて来たのかはわかりにくい、ちょっと話し聞いたくらいではわからない、そこでこの醜い老婆を見も知らぬものがなぜ世話しなければならぬかとなるのだ。金さえもらいばいい、できればたんまりためこんでいるならその金をだましてとってやろうとなる。そういうふうにしか老人を見れないのである。もちろん寝たきりとかなるとその世話は大変だからそんなに老人のめんどうをみなければならないのかと怒りにもなる。


ここで自分が言っているのはそういう重い負担をかける老人ではない、老人をどうみるかどう接するかということである。別に健康な老人でも嫌って死んだ方がいいとか言う人は特に若い人には多いからだ。それがなぜなのか、それはその一人の老人を今の時点の醜い姿しか見ないからである。そうした老人もそれぞれ長い人生を歩んできたのである。そしてそれぞれの老人には必ずそれぞれの事情がある。家族でどういう人生を送ったか違っている。家族なら長い目でみる。60年間一緒だったから子供なら生まれた時からそしてその親の育った時から見ることになるのだ。そういうふうに長い時間で見ることが物事を見るには必要なのである。歴史とは長い時間でも物事を見ることなのである。90才とか百才とかなると一世紀を生きたのだからそういう人は本当に生きた歴史を語ることになるのだ。今の時点からだけ物事を見ていると浅薄になる。郷土史研究などもやはり長い目で見る目を養うことなのである。人間は生きることはやはり歴史を生きることであり継続することを生きることである。日本人なら日本人の歴史を生きるのだから歴史を知らなくては日本人として失格だとなる。それは一人の自分の祖父母であれ親であれ知ることと共通しているのだ。だから郷土史は祖父母や親の話を聞くことからはじまると何度も書いてきたのである。


だからやはり郷土史でも何代も家が継続しているところは価値があるとなる。松江の石谷家は石工の職人だったけどそれが江戸時代からつづいていた。職人でもそれだけ家がつづいているとその家に価値がでてくる。農家は三代つづかないと農家ではないというときやはり自然に土地に根ざしているものは長い時間をかけて作られるからそうなる。木が育つのに50年とかかかるから今のような余りにもめまぐるしい社会とは違う。50年たたなければもうけがでないとなると相当に気を長くしないとできない仕事だからである。そういう社会は急速に変化しないから落ち着いて安定していた。相互の信頼も作られた。明治以降は余りにも変化が激しすぎたのである。日本人は結局その激しい変化に翻弄されて自らを失った。それは世界の影響が余りにも大きすぎたこともある。江戸時代の鎖国から世界へ開いた結果でもあった。さらに戦後は経済のグロ-バル化でますます激しい変化にさらされて自らを見失ったのである。次の時代は逆に平安時代や江戸時代などの国風文化に向かう。日本人の伝統に還る志向になる。いづれにしろ歴史は実際は忘れられている。この世には無数の歴史がある。別に偉人だけが歴史ではない、無名の人の歴史がありそれが無数に埋もれているのである。それは老人の一人一人の人生を知らないと同じなのである。

2010年12月23日

福祉関係の仕事は移動型社会より定住型社会に向いている


福祉関係の仕事は移動型社会より定住型社会に向いている

移動と定住を考えると江戸時代は定住型であり安定していた。人々の信頼度も高い。そこではすべてが金ではない、金の力がすべてではない社会である。


みんな貧乏だった時代の話は、逆に豊かな時代を表している
http://tsunoken.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-26f5.html


今日のように金が万能となった時代には金だけがすべてではない社会を想像しにくい、金を通じなくても協力する何かがあった。金で雇わなくても無償の労働があった。あなたに助けてもらったから助けてやるとか相互互助関係があった。特に農家では今のように機械力ではないから人力で仕事していたから田植えであれ互いに協力して農作業をすることがあったからそういう互助関係があった。結いとかの労働も金で雇う労働ではない、金抜きで協力し合う労働である。それは代々一カ所に定住して生活しているからこそそれが慣習となって行われる。人間が協力するというとき定住していないと本質的にできない、都会のように隣が何をする人ぞとかなるとなかなかできないだろう。絶えず人が変わるときも協力はしにくいだろう。信頼関係も築きにくいのである。江戸時代あたりだと何代も家がつづき継続している。そういう関係の中で協力や信頼関係が築かれてきた。農家は三代つづかなければ認められないというのは本当だろう。
農業や林業はそうした息の長い仕事の性質があったからである。


現代は移動する遊牧民的志向になっていると書いたが移動が激しく流通が激しい文明である。だから小さな町の経済活動は極端に縮小化する。車で外へ外へと大きなス-パ-に出てしまうからである。一カ所に留まる必要はない、生活の範囲が拡大化してゆく、村のような小さな閉ざされた世界で活きる必要はない。それはそれで自由であり活動範囲が広がりいいということもある。いちがいにそうした移動する社会を批判はできない、でもこれが福祉などの面から考えるとマイナスなものとして働く、狭い範囲であれ移動しないで協力して暮らしていたなら福祉関係ならうまくいく、そもそも福祉には賃金労働だけではない、何か無償の動機が行為が必要とされているのだ。認知症になっても回りが理解があれば見ていてくれるから安心だとかある。でもそうしたことは日頃から何か協力関係ないならスム-ズにはできないのである。


そのことをつくづく感じたのは今は外から家で働いてもらうときである。ヘルパ-であれ手伝いであれ何か家の中で働いてもらうとき病人の世話であれ高齢者の世話であれこれは福祉的労働だから金だけではうまくいかない労働である。やはりずっと長く移動しないで住んでいてあのおばあちゃんは子供のころから知っているよとかなるといい、村が大家族のようになっているとやりやすいのである。手伝いさんなども家の中で働いてもらうには昔の金持ちのように長く働いているならいいが今は信用できない、田舎でも信用できない、デイサ-ビスでも何でも盗まれとか信用できない、信用関係がないのである。日本で働くというとき端を楽にすることからきているからこれは狭い範囲での労働を見ていて少しでも労働の苦労を楽にしたいと思うからそうなった。それは狭い世界でのことでありこれが賃金労働になるとその動機自体が全く違ってくる。とにかく金が欲しい、もっと金が欲しいしか動機に頭になくなった。働く動機は金しかないのだ。これは明らかに福祉関係では向いていない働き方なのである。


今はこうした江戸時代のような地域社会が崩壊した。田舎でもそうである。金万能な時代が極限まで拡大化して世界中を席巻した。金意外で何か協力し合うことが非常に困難になった。田舎でも今は金の力が大きいから人間の関係は金を通してしか作れない社会になった。老人の施設で働く人も動機は金しかない、老人をあわれみ愛をもって接しなさいといってもそれは普通はなかなかできない、普通にそうした協力関係ないからできないのである。福祉関係ではどうしても動機が大事になる。その時みんなに宗教的高い動機を要求するのは無理である。結果的にはここもやはり金だとなる。つまり福祉関係は江戸時代のような金だけではない日頃から協力関係があるときうまくいく仕事なのである。現実に端を楽にするとして大家族で人手があまった人が病人の介護のようなこともしていたのかもしれない、そういうことがしやすい社会だからである。現代は移動社会でありそういう関係が築きにくい、農民的定住社会ではない、金さえあればあらゆる用はたせる、福祉も介護も病気になっても金だと思っている。


でも福祉関係はそもそも互いの協力とか人情がある社会だと機能しやすかったのである。金だけでやってもらうとすると問題が起きてくる。実際に他人の家に来て何か目ぼしいものがないかと盗むために探しながら働いている人には安心できない、でも現実は田舎でも本当にそういう人が多くなった。目的は金しかなくなったのである。日頃からそもそも協力関係がないのだから金しか働く目的はなくなったのである。だから全く油断できない信頼できない、安心できないとなってしまった。かえって金だけ働く人はもう信用できない、動機がそれしかないからだ。人間はモノをやるにしても単にモノを与えるのではないそこに心がこもっているときモノも生きてくる。でもモノを与えるときただ義理で返すだけだとか何か心がこもらなければモノも活きてこない、そういう心のこもらない贈答が多くなった。母親が手編みで子供の着るものを作っているときそれは粗末でも心がこもっているから温かいとなる。そういう労働自体がない、金で買えばいい、金があれば何でも買える、金がないから子供にも何も与えられないとかなっているのが現代なのである。すべてが金の原因にしているしなっているのだ。

金だけがすべてとなるときそこは殺伐とした社会である。江戸時代は貧乏でもそれを補うものがあった。過去を理想化するのは危険だけど人間は便利になり豊になってもモラルとか後退するしすべてが良くなるとはならなかった。江戸時代が見直されるとき現代が失ったものが逆にそこにあったからである。いづれにしろ人間は本人が困らなければこうしたことに気付かない、自分も別に他人と協力しなくてもここ何十年は困らないからそんなこと真剣に考えなかったのである。しかし一旦困ったとき深刻に考えるようになった。誰も助けがない、助けられようとしたらその人は金だけで雇う人だからひどい目にあった。

金だけでは人は協力しあない、協力しえないものだとつくづく思った。雇う人も雇われる人も金だけは協力しえないのだ。金意外の動機がないとき福祉関係は特にうまくいかないのである。

安心だとか信頼だとかは本当に金だけで得られるものだろうか?現代は得られると思っている。金があれば豪華な施設にも入れる。金のない人は入れないとかすべてが金で得られる。ある大金持ちが田舎に大邸宅を建てて住んでもでも都会ならいいが田舎だといろいろ寄付したり田舎のためにすることをしないと協力はされないだろう。また金だけばらまいても信頼と尊敬が生まれるとはかぎらない、信頼ある、安心な社会とは江戸時代のような相互互助社会であったかもしれない、あくまでもそれは想像にすぎないがそういう社会の方が安心はあった。何かあったら助けてもらえるとかなるからだ。金さえあれば何かあったらすべてまかなえるという社会が果たして安心なのだろうか?
それでアメリカでは女性を裸にして家で働かせるというまでになっているのだ。そんなふうにしてまで働かせるとなると働かせる方も心が休まらないのである。安心できないからそんな社会がいいとは思えないのだ。ただ現実的問題としてどうすればいいのかとなると具体的にはわからないというのが現状である。それほどに金の力が大きくなりすぎたからもはやそれ意外の社会自体考えられなくなっているからだ。


2010年01月06日

名医のうそ」児玉知之を読んで・・・自分の経験から納得


「名医のうそ」児玉知之を読んで・・・自分の経験から納得

 

「名医」のウソ・・という本を読んだけどいかに医者に対応することがむずかしいか実感したからわかる。それなりに症状とか正確に伝えないといけないとか質問してもいいとか書いてあるけど医者に下手に質問すると嫌がられるし相当にうまく聞かないと気分を害される。医者とはそもそも対等に話せない、気を使いすぎる。ここには確かにその方法が具体的に書いてあるからわかりやすかった。薬も医者がわからない薬剤師もわからないとかめんどうなものなのだ。でも勝手に素人判断で薬を飲むことを中断することはまずい、実際に血のめぐりがよくなる薬を原町の心療内科からもらっていた。それをやめたのがまずかった。脳出血になったのはそのためだったかもしれない、薬はやはり大事なのである。それから紹介状を書くことでその医者のことがわかるというのも本当だろう。原町の皮膚科専門医では南相馬市立病院の麻酔科に紹介状を書いてくれた。神経ブロックの治療はそこでしかできないからだった。そこではもう治療できなかったからである。でもそれは入院しないとできないものだった。だから救急車で麻酔科のあるところに帯状疱疹は入院しないとだめなことがわかった。その南市立病院の麻酔科では薬の副作用を良く説明してくれた。他の薬ではだめだからこの薬を飲めというのも説得力があった。薬の副作用のことを詳しく説明する医者はいい医者なのだろう。その人は研修医らしいが研修医がすべて頼りにならないということではない、研修医は若いから情熱があり一生懸命みるというのも本当だろう。麻酔科の研修医はそうだった。だから副作用について熱心に説明したのかもしれない、年寄りの医者はそういう患者への病気を直すことへの熱情が薄れてしまっているかもしれない、適当にみるということもできる。若い人はどこの分野でも最初は仕事に熱心なのである。

 

それから胃ろうの手術のとき南市立病院で合併症のことを詳しく説明していた。私たちは万全を期してやりますが万が一失敗あります、合併症は万が一生じますと説明していたから手術について詳しく説明する医者は病院はいい病院だというのも本当だろう。でもその医者は一言質問したら「では手術をしない」とにらめつけて言った。その時こちらも医者は怖いと思った。一言だけ質問することはこのように怖いことなのである。だから医者に何かを聞くことは細心の注意が必要である。実際はこの本に書いたように気軽には聞けない、かなりの危険性をともなうものなのだ。「手術をしない」ええ、医者にそんな権限があるのかというのにも驚いた。危険だからやめてくれというのでもない、年だから失敗してもしょうがないとか思っていた。老人は医療ミスししてもあまり責任を問われないから医者は楽だと書いている人もある。一言質問しただけで「じゃ、手術はしない」と怒鳴られたときはびっくりした。そんな権限が医者にあり患者はその時手術をしてくださいともいえないのか?だから医者は怖い存在であり簡単に質問などできないと思った。そんな権力を権限ももっているのかとそれで病院の事務に不満を言ったら名前と住所を言いなさいとさらに脅されたのである。つまり病院には一言も不満など言えない仕組みになっているのだ。権限はすべて病院側にありそこでにらまれたら診療すら受けられないというのが現実である。

 

ただここで私が言っていることはかたよった見方ではない、この本を読んで確かに合併症のことをあれだけ説明していたのだからそれは信頼できると納得したのである。私自身別に他の人でもいい面は誰でも認めるのである。故意に中傷しているのではない、ともかくいくら医者とうまくやれと言っても本当にこれはむずかしすぎる。そこがやはり患者側としては納得いかない、ともかく医者とは仲良くしておけというのは本当である。相手も人間だから好感をもっていればいろいろ良くしてくれるからである。ただ自分はそういうことが苦手だからなかなか医者とは打つくつきあえないだろう。医者だけではないそうしたコミニケ-ションがへただからだめだとなる。

2009年12月14日

田舎では医者は選べない、一番不便なのが病気になったとき

田舎では医者は選べない、一番不便なのが病気になったとき


病院に行って疲れた。前もそうだったが病院はいるだけで疲れる。車椅子を押したりするのも疲れる。帯状疱疹で三カ所で医者に診てもらった。でも実際診てもらったのは原町の皮膚科だけだった。ここもここでは治療できないということで市立病院の麻酔科に行けと言われて今日行った。すでにウィルスに犯された傷は黒くなり細菌は死んでいる。でも痛みがあるからその痛みをとるために麻酔科で診てもらうことにした。神経ブロックという傷そのものに注射して痛みをとるのは入院しないとできないという。この病気は入院した方が治療がしやすかった。緊急の措置も大事だからである。それも麻酔科のあるところが良かったのである。鹿島区にはそうした大きな病院がないから不便なのである。
三カ所でみてもらったけど一カ所はいつも研修生でありまともにみていない、研修生自体、専門の皮膚科でみてもらった方がいいですよと言っているのだから当然である。今回はむずかしい病気ではないからすぐに傷をみて病名がわかった。それで応急措置ができた。これは研修生でも誰でもわかりできるものである。でも近くの・・・・医院はこれはわからないから皮膚科でみてもらいというのは疑問だった。なぜならこの病気はわかりやすい病気であり専門外でもない、その科で治療している人もいる。だからなぜそこで病名を言い応急措置してくれなかったのか不明である。これは医者の常識として知っておくべきものだからである。専門とは関係ないもののように思える。この結果は医者に行くのが二三日遅れたからである。そして近くに皮膚科がないので週二回ほどくる研修生にみてもらうほかなかった。

田舎は医者に関しては相当不便である。また田舎でも5万の都市に住むものと一万とかの町に住むものと山村の村に住むものとではまた不便の度合いが違っている。医者は通わねばならないのでかなりの手間である。いづれにしろこのように最初からいい医者を田舎では選ぶこともできない、医者そのものがいないのである。麻酔科は原町区で二つしかないからもちろん選ぶこともできない、ここも今日みてもらったがやはり研修生が来ていたのか?でも薬について良く説明していたから一番良かったように思える。副作用について良く説明していた。普通薬の副作用について詳しく説明する医者はまれである。ただ薬をたくさんよこして副作用の説明はしない、そしてわかったことは医者はそれぞれみな診断を違っている。これまでの薬は良くきかいない、この薬が一番きくんですよと言われた。その説明をきいてそうなのかもしれないと思った。
こんなに薬の説明をした人がいない、薬飲んで食欲なくなったんですよというとそのことも説明した。高齢だから薬の量を減らして飲ませますから言われて一種類の薬をもらった。眠くなるとか副作用のことも説明してくれた。こういう医者はやはり一番いい医者だったのかな?薬の知識については医者もまちまちでありわからない医者もかなりいるから薬の副作用などをインタ-ネットで調べている人がかなりある。

いづれにしろ医者がどういう医者なのかみるのもむずかしいし医者と応対するのもやっかいである。まず質問されることが嫌がったりこうじゃないですかなどと患者が言うとお前みたいな素人に言われることがないとあるものは怒り嫌がられるだろう。質問しただけで怒られて手術すらしないと言われたことを前に書いた。手術の失敗を責任をとられることを極端に恐れていたのだ。だから私たちは責任をとりません、とりませんということの契約をさせられたと同じだった。
そして老人は甘くみられる、年ですよということで直りませんとかなる。それも90以上になるといたしかたないとなる、そして病気は薬で治らない、薬をなるべく使わないようにして直せともある。今は薬を余りにも多く多用しすぎるからである。ともかく医者に関しては田舎は不便である。
名医など探すようべくもないしそもそも専門の医者にかかること自体容易でない、ただ医者にも力量の相違がある、でもいい医者がまれだとすると田舎では医者の力量は都会よりかなり劣っていることはまちがいない、都会なら切磋琢磨があるが田舎ではない、田舎では互いに才能でも競い合うとか切磋琢磨する場に欠けているから若い医者は都会にいることを望む。

結局「遠くの名医より近くの藪」とか言われようにどんな医者でも近くの医者の方が役に立つ、そして医者は命にかかわるから大事なのである。応急措置をとらないと致命傷になる場合もある。帯状疱疹は一週間以内に治療しないと薬も一週間以内でないときかなくなるなるものがある。いろいろ医者では苦労した。近くで不親切な医者がいても他でみてもらえばいいとかもならない、ここでは二軒しかない、つまり医者がいないよりいいとかなる。それだけ医者は必要だから医者とは仲良くしておけとなるがこれもむずかしい。いづれにしろ医者の不満も田舎では言えないのである。あいつは医者に文句を言う生意気なやつだとか目をつけられたりしたら医者にもかかれないようになる。それだけ医者に関しては田舎は不利なのだ。

注意-自分は車をもっていない

2009年11月29日

老人の価値(家族内価値から社会的価値の問題に)


老人の価値(家族内価値から社会的価値の問題に)

●家族から見捨てられた人は施設でも価値を認めるのはむずかしい

老人の価値を見出すのは施設などではむずかしいだろう。老人の価値は過去にありその過去を良く知らないと価値が見出せない、だから介護でもモチベ-ションがないから嫌になる。単に介護の給料が安いというだけではない、こんな役たたない老人を世話して使役されて何の意味があるのかとなるのも当然である。現実、子供からも見捨てられた不倫とか迷惑かけただけの女性が最近死んだけど娘は死んでも行くことがなかった。でもそういう人を国では世話しつづけていた。事情を知らなければかわいそうな人となるが実際は大変な迷惑をかけただけの人だったとなる。やはり家族からも見捨てられる人は家族内でも価値あることをしていなかったのだ。老人は社会的に価値あることをした人でなくても家族内で価値を見出すことができる。
男性の場合は社会的価値ある仕事をしたかで判断されるかもしれないが女性は家庭内で価値あるものと認められる。自分にしても家族内で家族を支えてきた過去があるから認知症になっても世話していた。他にも世話になったという人が認知症になっても正常なときと同じ様に接してくれたのはそのためである。老人の今を見れば無惨な姿でも過去をみれば立派であり社会に家族に尽くしてきたとなれば簡単に捨てられない、価値がないものとは見れないのだ。

問題は一旦病院とか施設に入るとその人がどういう価値があるのか見出せなくなる。社会的に価値あるといってもそれを判断することは簡単にできない、だから福祉の観点からただかわいそうだからめんどうみるとかなる。そうなればその人の過去は関係なくなるのだ。でも自業自得でかわいそうな人になっている人もいる。生活保護なども今やかわいそうとは限らない、本当に自活の道を探す前に簡単に受けられるから受ける人も多い、親戚に頭を下げるのが嫌だとかもあり身勝手なことも多い、個々に違っているにしろそういう人も今や相当多い時代なのだ。
個々の事情から人の価値を見分けることはむずかしすぎるのだ。家族だったらそういう価値判断は容易にできる。子供のときから一緒に生活しているし親のことを知り尽くしている。前の例のように子供にただ迷惑ばかりかけた親も普通にいる。そういう人を社会的にめんどうみるとき
「なぜ家族は施設にも来ないとか病院に来ないのか、赤の他人がこれだけめんどうみているのに・・・」となってしまうのはわかる。子供に問題がある場合もあるが大方は親に問題があったからそうなっているのだ。

●高齢者の価値判断は新しい問題


普通老人は必ず社会的に価値は認められない人でも家族の中では何らか価値を認められるからである。第一社会的に価値ある人と認めることはかなりむずかしい、何が社会的に価値あることなのか?例えば戦争を経験した老人80代でまだいる。「俺たち死ぬほど苦労して戦争して日本のために尽くしてきた」と言われてもその戦争は無駄だったとか、かえって日本のためにならなかったとか価値判断する人もいるからだ。では「俺は社長だった、議員だった、弁護士だった、教師だった・・・」いろいろな職業に従事した人もいる。そういう人は金をもっていても本当に尊敬に値する人なのか、価値ある人なのかと老人になって価値判断することはむずかしいのだ。むしろ下働き薄給で掃除婦や農民や職人での方が価値あると判断することもあるからだ。人間を社会的に価値判断することはそれだけむずかしいのである。家族内だと容易になるが社会的価値判断はむずかしいのである。
だから福祉の場合、施設などでは病院などではともかくそうした個々の事情を考慮せずにとにかく患者なのだから病人なのだから弱い人なのだから愛の心をもって分け隔てなく接する、看護する、介護するべきだとなる。例えその人は悪人でも病人だからいたわり介護しなければならないとなる。しかし今問題になっているのは老人は価値がない、そんな価値がないものを若い人が世話してどうなるという問題が高齢化で極端にクロ-ズアップされそれが行き着く先は安楽死させろということまでなる。老人が家族内では価値あるものでも一旦施設などに入ると家族がめんどうみないような人をなぜ赤の他人が苦しい思いして面倒みなければならないかという問題になっているのだ。介護過剰の問題もある。寿命の限界を越えて科学の力で生かし金ばかりくうのが老人だという社会的批判もでてきている。生命はただ伸ばすだけに意味があるのかとか社会的価値判断として老人が問題になっているのだ。昔なら老人は家族なの中で介護されて死んでいったから社会的問題になることは少ない、そんなに高齢で死ぬ人もまれだった。社会的問題としての高齢化問題は存在しなかったのである。老人問題は昔からあったにしろ今のような高齢化社会としての問題はなかったのである。要するに高齢化社会の問題は新しい問題でありだから価値判断もできていない、ただ若い人にとっては負担ばかりふえるから経済的問題として高齢化の問題がクロ-ズアップされているのだ。老人が価値ないというとき、老人に社会の金を税金をそんなに使うべきではないということなのだ。そもそも豊だからこそ介護問題が生まれた。貧乏な時代だったらこんなに長生きもないし老人は早く死んでいたから問題は起こらなかったのである。

2009年09月08日

老人に死者に敬意もてないことの不幸


老人に死者に敬意もてないことの不幸


●家に入る労働はまず祀られている人に敬意を払う


人間敬意を持つというとはどういうことなのか?老人に敬意をもって接しなさい、老人を敬いなさいとう言われても若者は敬意をもちえない、むしろ老人を軽蔑するさげすむ心でみちみちている。「こんな老人何が価値があるのだ、生きている価値がない、死んだ方が世のため」とか思っている若者が多い、老人に対する敬意はもはや喪失した。ましてや認知症の人への敬意となるとほんとんどもちえないだろう。相手は単なる痴呆であり馬鹿でしかない、そんなものに敬意がはらえるのかとなる。老人へ敬意は今もあるが過去に根ざしている。過去に何をしたかにある。それで価値が決められる。だから認知症の人にも過去に価値があるとすれば過去に社会のために尽くした人ですよと言われれば価値ある人と認識するだろう。過去が価値であるとするときそれは歴史が個々人にありその歴史的価値を認識することなのだ。そして気づいたことは家族には必ず死んだ人がいる。仏壇に死んだ人が祀られている。最近死んだ人もあり遠い過去に死んだ人もいる。その人たちへの敬意をはらうことが家族で行われているか、仏壇に花をささげ供え物をささげることもそうだがその祀られている死者を語る、死者が何をした人なのか、ただ死者なるが故に祀られのか?死者だから誰でもおそれられ敬意がはらわれるのか?そうはならない、死者もみんな敬われるとは限らない、家族でも何ら家族に貢献しない、迷惑ばかりかけた人を親や祖先を敬うことはできない、そして家族には必ず親がいて祖父母がいて先祖がいる。家族とは今だけではない歴史的継続としての価値をになっているのだ。だから死んだ人に敬意をはらえないとしたらやはりその家族は大きなもの欠けたことになる。それは日本の歴史にも言える。日本の歴史を否定的にばかりとらえたら日本人としての誇りも失いアイディンティティも失い愛国心もなくなり日本国自体なりたたなくなる。


●家族も死んだ人、祀られた人の敬意がないと成り立たない


家族もそうだった。まず親への祖父母への敬意がないとしたら家族というのは成り立たない、死んだとしてもそうである。それで手伝いさんとか家に入ってきたとき、他の仕事の人でも家に入るとき仏壇に霊前に祈り仕事をする、それはとりもなおさずその家の死んだ人に敬意をはらい仕事をする、敬意は意外と大事なものである。敬意がないと仕事として成り立たないかもしれない、現実は賃金労働者でありお手伝いさんでも掃除であれ、洗濯であれ、これをしたからいくらもらえる、金をもらえればいいとして働いているのが普通かもしれない、ところが家のことになると仏壇に花をささげることをしてもらうことがある。その時ただ花をささげることを命じられたからやる、金をもらっているからやるというだけではその労働の価値はでてこない、つまりその死んだ人の遺影に花をささげているのだから死んだ人に多少知らないと敬意をはらわないとできない、それで死んだ人は父母を特別思っている女性でしたとか何かその人の話をする、それで多少その死んだ人につい知り敬意を払うかもしれない、それはまず今生きている家族が死んだ人に対して敬意を払っていなければできない、でもお手伝いさんがその家の祖先とかに敬意を払うのはむずかしいかもしれない、でもお手伝いさんの仕事はその家の中に入ってくる仕事は他の仕事と違ってくる。遺影に花をささげてもらうこと自体、死んだ人に敬意を示す供養することになるからだ。


●死者に敬意がもてないことは深刻



仕事というとき金になればいい、それも高ければ価値があるというのが一般的だが介護分野などでは世話をする介護する老人に敬意をもてないとその労働自体苦痛になるだろう。そのことがまた普通の労働とは違う、直接人と人が向き合う仕事だからそうなる。一般的に労働は金になればいい、金が多く得られれば価値があり少なければ価値がない、敬意などと関係していない、でも天皇に使える人々がいる、その人たちが天皇に対して敬意をもっていないとしたらその仕事に精をだせるだろうか?金が高いというだけでモチベ-ションが保てるだろうか、ここに仕事のむずかしさがある、自分は死んだ人に対して家族でも敬意をもっている、最後は認知症という無惨な結果になったが家に尽くしてくれた女性だったことは変わらないしその価値は死んでも継続されるから他人にも語る。死んだ人に対して敬意をもてないことはかなり深刻なのである。それが戦死者、靖国問題として解決しない問題としてある。一方では無駄死にとか言え、一方では英霊となりその価値観が極端すぎるからだ。一方ではただ迷惑かけただけの祖先となり一方は神ともなる英霊となるのだからこの価値観は余りにも極端だからまたとまどうのである。つまり日本人が戦死者に対して心からの敬意をはらえないことに最大の問題があるのだ。敬意をもてないことが根本的な問題としてある。それほど敬意というのは人間を左右する。人間がただ金という実利だけで動かされるときそこに価値を見いだすことはできない、先に金でありあとにそうした精神的価値がでてくるものだともなるが最初にそうした敬意がなければ実利もともなわない、人間があることにたいして人に対して敬意をもちえないことは精神的価値も受け継がないことになる。精神的価値は過去の人々によって作られたのでありそれが歴史だからである。現代の深刻な問題は老人に対して敬意がもてないことにあったのだ。だから老人はただ金だけもっていて若者は損しているとか老人に対して金だけで価値が計られる。逆に老人も金をもっていなけれは若者に全く相手にされない、弱者とされて虐待もされるとかいう時代になっているのである。老人に対して敬意など微塵もありません、ただ老人の遺産は金は欲しいですとだけなっているとしたらこれは老人にとって最高に不幸なことである。でも実際そう扱われている老人が多いのである。無益な老人は早く死んでくれ、金だけは残して死んでくれと親でも接しているのが多いのが現状なのである。

2009年07月31日

身近な話(老人が買うもの、老人をサ−ビスする仕事はふえる)


身近な話(老人が買うもの、老人をサ−ビスする仕事はふえる)


●自動販売機の場所による値段の差

鹿島区の自動販売機でダイユ−は10円高かった。農協の脇は同じ商品でも10円安い、ダイユ−は外部の人も来るし目立つ、目立つところは高い、高くても売れる、農協の脇の自動販売機を利用する人はどんな人なのだろう、まず通りすがりの人は利用しないだろう。あんなところにあること自体知らなかった。目立つところ人の集まるところでは高くても売れる、でも地元だったら安い所を探すだろう。あそこは地元すらわかりにくい、最近わかったのである。商売というのは人の集まるところだったらその商品が同じでも高く売れたり多少まずくても売れたりする。でも地元ではそうはいかない、味を吟味するようになるからだ。それで・・・の店の菓子はうまいとなり日常的に売れることになる。つまり地元の商売はごまかすことができないのだ。通りすがりの人は観光客だと一過性でありわからないからお土産でも中味が悪くても高くても売れることがある。しかし地元では何がうまいかいいものか知っているからそういうものを買わないのである。つまり地元に密着しないとわからないことがかなりある。地元密着型になるのは介護や福祉もそうだろう。介護や福祉は人の性格が大きく左右する。お手伝いさんでもあの人は性格がいいからと気にいられて仕事を頼まれる、仕事自体はむずかしくないが性格が良くないと性格があわないと家庭で仕事をすることがむずかしいからだ。そういう人は地元でも価値が高まりうまい菓子のように売れるというのも変だが仕事に困ることはないように思う。

●ヘルパ−やお手伝いさんに向いている人

古い住宅にしろ二間で3400円の市営住宅があったことには驚く、3万の民間の住宅の十分の一になっているから驚く、これなら田舎でも貧乏人でも暮らせる。田舎の住宅は格安なのである。要するに東京の六万の家賃で田舎では暮らせるのだ。その差は大きい。人間は意外と身近なところがわからないというのが盲点である。灯台下暮らしなのである。家に来るお手伝いさんは性格がいい、陽気で快活である。貧乏暮らししてもそんなこと引け目になっていない、生まれつきなのか、あういう性格だと人に好かれる。それで気にいられた所から仕事を頼まれたとかなる。お手伝いさんとかヘルパ−は性格が大きく左右する、レジとかの仕事はその人の性格はそんなに関係しないだろう。機械的にしているだけでありその人の性格をどうこういう人はいないだろう。でもお手伝いさんとかヘルパ−は雇う家の人に気にいってもらわないとつづかない、それでうまくいかない人が多いのだ。気が合わない人もいるし性格が問題になるのだ。今どき仕事がないと日々騒いでいるが企業とか会社からの仕事はなくても老人は結構金をもっている。だから老人を助ける仕事は個々にあるかもしれない、介護の仕事がいつもあるのはそのためである。ただこれは向き不向きがかなりある。誰でもできるわけではないのだ。仕事自体は掃除とか介助とか楽なのだが性格が大きく左右する。人にじかに接する仕事だからそうなる。

●老人をサ−ビスする仕事はふえる

今の時代、仕事がない時代だがかえって個々に対応した仕事はある、だからあのお手伝いさんは性格もいいし仕事には困らないしそれなりに稼げるとみた。会社に正式に入社して正社員となることはむずかしい。でもこうした仕事はかえって増えていくかもしれない、高齢化社会は老人を助ける仕事がふえるし老人は金をもっている、その老人が使う金はモノを買う金ではない、老人にじかに接して介助してくれる仕事なのである。
仕事がないないと言うが仕事は常にあるし需要もある。ただこうした個々に対応する仕事となるとトヨタが大量に派遣を雇うというわけにいかないから仕事として認められていない、手間仕事くらいにしかならないからだ。リホ−ムしてもらったがこれも個々に対応した仕事であり老人相手の仕事が多いのだ。老人が住む家は古くなっているからそうなる。家が古くなるだけでなく人間も古くなる。人間のリホ−ムができれば一番いいとなる。仕事は常に新しく開拓されていく必要がある。老人が金を使わないという時、老人が金を使うようにさせていないということもある。老人はあまりモノは買わない、ただ老人を直接介助する仕事には金を払う、それは極めてメカニカルなものではなくヒュ−マンなものでありだからお手伝いさんやヘルパ−のようにその人の性格が問題にされる。介護の現場でも老人にまず気にいられるような性格の人でないと勤まらないというのもそのためである。だからこれもだれもかれもできる仕事ではない、モノ作りとは違っているからだ。福祉施設を作ってもその中でサ−ビスする人は簡単に作れないのだ。

2008年09月15日

敬老の日

二階の療養型の部屋は四人部屋で広いからゆったりしていい、でも三階の治療室は六人だから狭い、市立病院もそうだった。治療室を回ったら鼻から管で栄養とっている人が多かった。脳出血で倒れた時点で鼻からの栄養になるから治療室では多くなるのだろう。しかしそこから今ではまだまだ生きる。点滴もあるし胃に穴あけて栄養をとれるからすぐには死なない、江戸時代だったら脳出血で口から食えない時点で死んでいたのだ。認知症の世話もやっかいである。一人はひどいと思ったがもっとひどい人が入ってきた。何かされると病院中にひびくような大きな声を出すのだ。女性だからきんきり声だから頭にひびく、他はぐったりしたように何も表情もない、私が見た限りではこの人は認知症としてはもっともひどい人だった。老人になっても今は病気では簡単に死なない、死なせられない、認知症の人だって簡単に死なない、これはいい面もあるんだがその世話の負担は増大するばかりだ。介護難民200万人とは病院も施設も満員で入れなくなる 。自宅で世話できる人は今はまれだ 。その人たちは介護地獄、心中とか自殺とかなってしまう恐怖だ 。これはみんなかかわることだから真剣に考えないと大変なことになる 。南相馬市の市立病院も非常事態宣言を出した。図を見ればわかるように老人の病人がふえれば介護する老人がふえれば倍になれば倍の医者や看護師や介護士などが必要になってくるのだ。すぐに倍の病人の老人であふれる、そしたら施設はすでに入れない、病院も入れない、入れない人たちは在宅でやれとなっても在宅でやれる人は相当めぐまれた例外的な家族なのだ。その人たちはどうなるのか?そういう追い詰められた恐怖を一人援助もなく味わった。認知症の介護はほとんど援助がなかった。病院に入れればやっと看護師が相手してくれる、本来は施設に入れればいいのだが施設にはなかなか金の問題やらいろいろあって入れないのだ。

飯館村で道路作りの予算を調べると国とか県からの援助がありそれで道路作りはまだ行われている。村の予算を出す必要がないからだ。ここの近くの立派な地下歩道も国とか県からの援助がありできる。これは地元の土建会社を維持させるための工事の面もあるし今やそういう面がふえてきたのだ。こんなところにまた道路作るのかと地元でも過剰なことがわかる。それは自然破壊や文化財の破壊にすらなっている。一部塩の道は破壊されていた。それより第一の問題はやはり医療とか命にかかわることはそれも高齢化で無駄だと言ってもやはり命の方が優先的になるのだ。飯館村などでは診療所くらいしかないのだから誰も住みたくないとなってしまう。病院は近くにないと家族が入院したら私のように車がなかったら大変だった。隣の市まで行くのに大変だった。近くだと自転車で5分くらいだからつくづく隣の家に行くようで楽だった。だから近くの病院に入れなくなると大変になる。だから車なしではもはや飯館村には住めないのだ。飯館村は3割の高齢化率である。南相馬市は24パ−セントとかであり会津でも金山町は50パ−セントだからこれは町自体老人を支えきれなくなる。なぜなら病院にしたって若い人でないと看護師がいないと支えきれないからだ。

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2008年03月16日

なぜ回復したのに「胃瘻」がすすめられたのか? (病院から転院させるため・・・)


なぜ回復したのに「胃瘻」がすすめられたのか?
(病院から転院させるため・・・)

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 今回の改定で「障害者施設等入院基本料」の算定要件から「脳卒中の後遺症患者及び認知症の患者」が除外された。この入院基本料は、疾病の原因にかかわらず、重度の身体障害者に対する看護労働の評価である。特に、脳卒中後遺症の患者は、重篤な肺炎等になる場合が多く、「障害者等病棟」の疾患対象から除外することは、その受入先がなくなり、重大である。

説明で医者が「後遺症」は病院ではめんどうみませんと言ったのはこのことだったのか?国の支出を減らすために重傷患者を病院が受けいれない、病院から出してしまうのは金の問題だった。

最も重症の方々は回復期リハビリ病棟に入院できたら、2〜3割は驚くほどの回復をして自宅に戻るのに、そのような方々は回復しないために寝たきりになる
最も重症の方々は回復期リハビリ病棟に入院できたら、大多数の方は少なくとも食事をすべて口から食べることができるようになるのに、一生涯食事できなくなる

急性期病院は例えば平均在院日数が20日を越えると診療報酬が減額されるため、最も重症の方々をなんとかして、自宅退院させたり、療養病院に移す様に家族に圧力をかける
療養病院は「胃瘻」という手術しないと受け入れないので、必要のない胃瘻手術がたくさん実行される(医療費の無駄: 胃瘻手術は食べるためのリハビリを何ヶ月かやって、口からすべての栄養を摂取できないという結果が出てからするべきもの
最も重症の障害者の方々が急性期病院でどこか別の病院への転院を待っている間に肺炎で死亡する数が増加する

http://d.hatena.ne.jp/zundamoon07/searchdiary?word=%2a%5b%b4%c7%b8%ee%c9%ac%cd%d7%c5%d9%5d(リハビリ医者の独白)
 
回復したのになぜそんなに性急に胃瘻の手術を急いだのか?「思ったより回復したので口から水くらい飲ませられないでしょうか?」それさえ聞くことができず手術されたのはこういう背景があったのだろうか?でもここの病院が悪い病院とはいえない、口から食べさせる専門のリハビリの人が一人いてゼリ−状のものを食べされるリハビリをしているというから私の家族の場合重傷だったので胃瘻はやむをえなかったのかもしれない、口の中も毎日掃除しているから他ではそれさえしていないというから病院の差は大きいのだ。要するに問題は医療費削減のために金のかかる重傷者とかを病院から出したりして病院を回転率を良くして金が入るようにする。医は算術になってしまった。実際に病院にいるのは退院できる軽い人が多く重傷の人は少ないのはそのためだったのか、医は算術といってもそれは高齢化のゆえだから昔とは違う、病院にいるのはほとんど高齢者であり高齢化社会の問題として病院が問題になっているのだ。病院自体も収入源倒産する限界にきているのが自治体病院で多い。政府ではふえ続ける高齢者の患者に金を払いたくない、切り捨てをする。これからもこれはひどくなる。行き場のなくなったリハビリ患者は劣悪な安い施設に収容されて拘束などの問題が起きた。在宅介護のすすめとかともかく国では金を極力金を払いたくない、その結果として在宅で介護させられ無理をおしつけられ事件が起きてくる。施設も順番待ちなのも特養など施設は何年も入れないかもしれない、病院にもいられずにどこにゆくのか?それが深刻な問題になっていたのだ。
 
高齢化問題は個々には違っているがやはり金がないと成り立たない、社会化すれば人件費とか膨大になる。だから介護士などの給料をおさえねばならない、そもそも福祉や介護は利益をあげるということに向いていない、教育とか福祉とか利益を追求することに向いていない分野がある。でも高齢化は医療費が安いとかいろいろ無駄も多い、その無駄が今やできなくなった。公共事業も無駄もできなくなった。高齢化の社会的負担をどうするのかという切実な問題となっているのだ。長生きには金がかかる、高齢化すればするほど病人は確実にふえるし負担が増大する。高齢化の重圧はすでにリハビリ患者が重傷患者の行き場がなく命が縮められるという具体的な問題として社会化している。


金のかかる病気の高齢者は早く死んでくれというのはすでに政府の政策で実行されているのだ。これは団塊の世代まで待って起こることではない、すでに高齢者は病気になったら捨てられつあるのだ。高齢者の切り捨てはすでに病院では実行されているし現実の問題なのである。現実に病院から強制的に医者により出された患者もいたから金にならない老人は捨てられる。中世の野垂れ死の時代にさえなる。これが高齢化社会の現実だったのだ。これは医者の傲慢として書いたが政府の政策を非情に実行しているのが病院であったためであった。金をうまないものは去れという国の政策が変わったのである。

2008年03月15日

団塊の世代が介護難民になる高齢化社会


団塊の世代が介護難民になる高齢化社会

 
●早く誰か死んでくれないと施設(特養)などには入れない
 

「早く死んでくれないかな、そうすれば空ができて施設に入れる、いつまで待つんだよ、そんなに長生きさせてどうなるんだ、こっちは在宅で切羽詰まっているんだ、なんとか早く空がほしいんだよ・・・・」
「そういったって死なすわけにいかないよ、今はなるべく一旦入ったら手厚い介護するから余計簡単には死なないから空はできないよ、あんた誰かに死んでほしいのかい?あの入りたい人がたくさんいるので順番があるので入所者は早く死んでもらいませんか?そんなこといえますか?」
「施設の回転率を高くするにはこれ以上の長生きは困るとなるね、みんなが長生きすることは無理なんだよ、大勢の人が長生きすることは国にも負担がかかる、そんなに手厚い介護して長生きさせて金と手間をかけて他に税金を使わないとどうなるのか、若い人から責められるよ」
「これは蜘蛛の糸じゃないか、自分だけ長生きしようとしてあとからあとから這い上ってくる高齢者が団塊が増えてくる、団塊はともかく若い者には重荷なんだからとっととあの世に逝ってほしい、消えてほしい・・・」


団塊世代、特に全共闘でイキがってた方々へ。
あなた方が要介護になっても、私はあなた方を介護してやる気はありません。
将来の税収減少や年金制度の破綻が予測されていますが、そのような状況下で
あなた方を支えられるわけがありません。
あなた方が年老いた時、ボケようがどうしようが放置されることになるでしょう。
そして、可燃ゴミのように処分されることでしょう。
いままで打算的に自分勝手に振る舞ってきたツケが、人生の最後の最後で
回ってくることを、いまから覚悟しておきなさい。


団塊に介護は不要だ
団塊にはのたれ氏にしてもらおう
お似合いじゃないかね


●老人施設は団塊のために増やせない
 
団塊の世代は高校にも入れないとか大騒ぎだった。急に増加する生徒数に高校を新設することが追いつかなかったのだ。それで馬鹿みたいな勉強させられて私の場合は無駄な受験戦争で青春を浪費したのだ。これは私の特殊な事情にしろ団塊の世代は常に席取り競争を強いられた。中学卒はクラスに多く金の卵として集団就職して高度経済成長の一翼をになったのも団塊の世代である。その時は数が多いということが歓迎され経済も好調で人手不足だったから団塊の数を経済界も吸収できたのだ。大学もマスプロ教育で行動に三千人も入って講義を聞いていたのだからやる気をなくした。50人クラスからそんな数の大講堂になるとその差が大きくとまどってしまう。だからやる気がなくなり学生運動に走るのもマスプロ教育が一つの原因だったのである。つまり学生はその時エリ−トではなくなったのだ。東京にものすごい数の学生があふれだした。新宿で石を投げれば学生にあたるとか一日マ−ジャンししていると質の低い学生があふれたのもその頃であった。(私もその一人だった・・)駅弁大学とも言われた。
 
ともかく激しい席取り競争が団塊の宿命だった。電車も満員であり人をおしのけて席をとらなければ座れないのが団塊の世代だった。退職して高齢化してゆくと今度は団塊の世代は施設の席取りが競争になる。これはあまりにも狭き門であり高校のように急増できないし国の経済も下降経済に入ったので介護には金は使えないから施設自体総量規制で増やすことができないのだ。このことが致命的となり介護難民200万人とかそら恐ろしい時代になる。それが自分の家族にもふりかかってきたのだ。団塊の世代は親が80以上でも生きているから介護する人も多くなっている。親を介護したあとは自分の介護が問題となるのだ。まだ今の80以上には戦争で苦労したとか老人に対する尊敬があるが団塊にはないのだ。だから野垂れ死にしろとかやっかいものだとか金食い虫だとかろくなことを言われない、若い人の老人に対する態度は全く昔とは違ってくる。だから長生きすることは確実に悲劇になる。現実孤独死とかも増えているし悲惨な最後を遂げる老人が増大する。誰かが生きる価値、長生きする価値と権利をもつのか?それも蜘蛛の糸のように他者を蹴落として生き延びる他ないのが高齢化の現実になるのかもしれない、施設の席をとれないものは野垂れ死になるのか?そういうことが極めて現実的な問題となるのが高齢化なのだ。
 
●団塊の世代にも化野の無常の時が・・
 
化野の露……人の世の無常をあらわす枕詞だ。古来、この化野では風葬が行われており、うち捨てられた無縁仏が散乱していた。その惨状を嘆いた弘法大師空海が里人に土葬を教え、一宇を創建したことがこの寺の起源である。その後、法然が念仏道場を開いたことから念仏寺と呼ばれるようになった。

あだし野の露消ゆる時なく、鳥辺山の煙立ち去らでのみ住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏のせみの春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年(ひととせ)をくらすほどだにも、こよなうのどけしや。飽かず惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心地こそせめ。住み果てぬ世に、醜き姿を待ちえてなにかはせん。
 命長ければ辱多し。長くとも四十(よそじ)にたらぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ。そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはん事を思ひ、夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん浅ましき
(徒然草)


無常とは突然にやってくる。あれほど元気だったものが肉体も健康優良児のようであり頭も優秀だったと人が一転して認知症になり見る影もない信じられない脱落した姿を書いてきた。老人になると病気などになると突然そうなりやすいのだ。白が真っ黒に反転して高見から急降下して転落して在りし日の姿が見る影もなく消失している姿には愕然としてしまう。「命長ければ辱多し。長くとも四十(よそじ)にたらぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ。・・ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん浅ましき・・・」90まで生きればどうしても恥が多くなる。50が寿命の時代だったら40で死ぬのがいいとされたから人生85才が女性では寿命だとすると75で死ぬのがよく男は65〜70で死ぬのを目安とすればいいのかもしれない、ただ個々には百才までもかくしゃくとして生きる人もあるから一概には言えないが現代の高齢化の問題もあまりにも長生きする人間の無惨さが顕著になっているからそう感じた。いづれにしろ団塊の世代も化野念仏寺の無常が迫ってくる。膨大な団塊の墓の山が築かれる。そして団塊の葬儀がふえたりその方面では経済的効果があったとか言われるだけで団塊の評価は若い人には低いのである。
 

2008年02月29日

高齢化社会の命の価値は低くなる(何が幸不幸か決められない)


高齢化社会の命の価値は低くなる(何が幸不幸か決められない)

 
余命いくばく、その枕元
チュ−リップの赤さ映えぬ
生きたしと思えど生きられず
うら若き乙女の切なく哀し
生きられぬ命の心残りや
チュ−リップの赤さ映えぬ

燃焼されざる命の赤さのごとく
 

33才癌になった女性の短歌
http://www.morimuraseiichi.com/miyata/aitoshi_06.html

 
これは33才で癌にかかった女性の短歌を読んで作った。若くして死ぬときはこれから生きようとして生きられなかったものの無念の歌となる。肺病で死んだの若い人である。そこに悲劇があったし戦争でも若い人が多数死んだ。それは生きたくても生きられなくなったものの切ない叫びである。でも死ぬということでは老人も若い人も同じことなのだがそこに命の価値が違ってくる。今日も「まだ死にたくない・・・」と88才の老人が来たが人間はどんなに長生きしても死にたくないのである。しかし若い人の命の価値と高齢者の命の価値はかなり違う、老人は十分に生きた人だから命の価値は若い人が死ぬのとは違う、90まで生きたとしたら誰もあまり惜しまないだろう、でも33才で死ぬとなると悲劇であり誰もその命を惜しむ、命の価値は老人とは全然違った価値を帯びているのだ。高齢化社会の命の価値はどうしても低くなる。かえって重荷となり早く死んでくれともなる。若い人の命は惜しまれる。高齢化社会ではあまり命が惜しまれない、だから救急車で運ばれた90才の老人が断られたのは仕方がないとまで言う人がでてくる。ここに人間の逆説がある。人間はただ長生きしたからといって全部が価値あるものとはならない、かえって若くして死ぬとき命の価値は大きくなる。そして自然も全然別なものとして見えてくる。ただ単に側においたチュ−リップでも全然別なものに見えてくる。それはまさに自分の消えゆく命がチュ−リップになって赤々と咲いている。チュ−リップを普通はそうは見ない、チュ−リップでも余命いくばくの人が見ているとそれも若いとなると生きられざるものの命が託されている
 
やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに 啄木
 
というのもやはり柳が青みて故郷に春を迎えるその春を生きられないという無念が強烈に歌われた。若くして死んだからこそ老人が歌うのとは全然違った価値を帯びるものとなったのだ。価値とは必ずしも長生きしたから生まれるわけではないのだ。かえって若くして死んだときどんな人でも惜しまれる、長生きしていたらうとまれて死んだかもしれない、そこに命の価値の逆説、パラドックスがある。命の価値は別に寿命の長さでは計られないのだ。若くして死んだからすべてが不幸ともいえない、その命はみんないとしまれ惜しまれて死んでゆくからだ。それはあとあとまで惜しまれる。
 
一方あまりに長生きしたものの命は惜しまれない、やっとやっかいものが消えたとくらいしか思われないとしたらこれも不幸なのだ。だから人間の幸不幸は何なのか本当に決められない、境遇でもすべて決められない、不幸が幸福だったということが実際に長生きしてふりかえると確実にある。あんなに不幸だったのに今ふりかえると今の幸福につながっていたということがいくらでもある。90才くらいになってそのことがわかったりするのが人生なのである。何が幸不幸になるかその基準はない、なぜなら幸不幸は絶対的なものではなく相対的なものなのだ。人間の幸不幸には絶対的なものはない、金があれば幸福だとか、美人だったら幸福だとか、才能あれば幸福だとか、家族に恵まれれば幸福だとか・・・あらゆるものが実際は幸福の基準にはならない、幸福と思っていたものが不幸に反転するのはいくらでもある。そもそもそうした世俗的幸不幸を基準にすることがあやまりなのだ。絶対的幸福を求めるならそれは宗教的なものとなり哲学的なものとなる。それは世の中のめまぐるしい変転に左右されないものだからだ。そこでは水とパンだけで幸せだともなるし犠牲になっても幸せだとなる。


 

2007年10月07日

高齢化社会で問われる遊びの価値(認知症の原因は遊ばないから?)

 
高齢化社会で問われる遊びの価値(認知症の原因は遊ばないから?)−時事問題36へhttp://musubu.jp/jijimondai36.html#asobi
 
認知症の原因はわからなんにしても高齢化社会は未だ人類が経験していない様々な問題を提起している。90まで普通に生きる時代を想定することができなかった。個々の問題として高齢化があると同時にそれだけ大勢の人が長生きするのだから全体の社会の問題になる。昔も確かに老人の問題はあったが全体社会の問題とはなりえない、例えば老人を供養した地蔵は少ないが地蔵は子供が幼くて死んだのでその子供のために建てたのが多い。老人の問題より子供が幼くして死ぬのが多かったから地蔵信仰が広まった。姥捨山とかあるが全国でもそれは極一部でありそれほど問題にされなかった。長生きする老人そのものが少なかったからである。間引きとか子供の方を殺し人工調整を計ることの方が多かったのだ。
 
高齢化社会は認知症になる老人の数の多さも半端じゃないし90以上生きる老人が百万とか信じられない高齢化社会なのである。長生きしても80がやっとでありそれでもわずかしかいない時代であった。この長生きの中で人間の生きる意味が問われる。働くばかりでは残りの長い人生を生きていけないという問題がでてくる。暇(スコ−レ)からスク−ル(学校)が生まれたとすると学校とはそもそも実用の学ではない、遊びの学として生まれた。実用的職人的な仕事は学校とは別にあった。学校は暇ができてその暇から学問が生まれたとすると実用的でないのがそもそも学問だったのである。その暇が高齢化で老後にもたらされたという皮肉がある。その暇は働く時間ではない、実益の必要ない時間として老後に与えられる。その時間が長いのである。そこで純粋に実益とは関係なく遊ぶことが老後に求められる。でも遊ぶことは無益として働くだけ実益だけを追求してきたら遊ぶことはできない、会社をやめたら実益の仕事もない、遊びは馬鹿らしいとなりやることがなくなるのだ。夫婦などでも趣味がないなら話すこともないと知的停滞が起こりそこから認知症になってくるという恐怖が生まれた。60くらいで死んでいればそうはならないですんだがそのあとの人生が長いからそうなる。ここに価値観の転換が求められるが簡単にはいかないから大きな問題となる。

2007年09月06日

時代によって変わる価値観(大正生まれの老人は不幸か?)


時代によって変わる価値観(大正生まれの老人は不幸か?)


●親のために働かせられた大正生まれ−戦前の親


時代によって国によっても価値観が変わる。だから老人介護とか障害者問題でも昔は簡単に殺していたとかよく言うけどそれも参考にならない、子供は昔は貧乏人の子だくさんなのは幼児期に死ぬ確率が多いし労働力として子供を生んだ。子供は親のために働かせられていた。親に尽くすものとして子供があったのだ。今でも外国の貧乏な国では親を楽にさせたいために働く、送金するというのが多い。それだけ親の貧乏生活を見ているからだ。一方で現代は逆になった。子供は少子化で親は子供のために働かせられる。子供に尽くすために働かせられる。この不満は戦後の団塊の世代からはじまったのだ。団塊の世代の親は大正生まれとかが多い。今も85から90代で生きている人が多いのだ。こういう人たちは親のために働かせられていた。親のために身を売るということもかなりあった。今でも貧乏な国では同じことが行われているから貧乏だとそうなるのだ。だから大正生まれの親などは非常に子供に対して不満をもっている。全く自分たちが生きた時代とは逆になっているからだ。嫁姑の関係でもそうである。嫁は姑に仕えるのが順序であるが今は姑は嫁に気を使っている。私たちの時代は姑には逆らえず従っていたのに今は逆だから不満になる。そこに時代の差による価値観の相違がでてきたのである。少子化というのも今は大学まで出すのが普通であり何かと金がかかるから大勢の子供を育てるわけにはいかないから必然的に少子化になっているのだ。
 

●「親孝行したいときは親はなし」の諺は廃れる

その時代時代により価値観は変わってくるから昔はこうだったから今はこうすべきだとはならない、戦争の時代はみんな若くして犠牲になった、今の時代の若者は戦争時代の若者よりどれだけ恵まれているかとか言う老人がいる。でもこれもその時代の価値観の中で生きていたのであり今の時代にそれをあてはめるのは酷である。今の人はどれだけ恵まれているかだから文句を言うなとは言えない、では大正生まれの老人が今不幸かというと今が一番幸福なのである。長生きしても贅沢できるし病気になっても手厚い介護をされる。「親孝行したいときは親はなし」とはならなくなった。親孝行は子供が60になっても親は90で普通に生きているのだ。親孝行は必ず介護とかでされるのが義務にもなる。親孝行してもらえず死んだ昔の親とは違い必ず親孝行を要求して実際に親孝行をしてもらい死んでゆくのが今の大正生まれの親なのである。私たちは子供のために尽くすだけでつまらないとか思っていたが認知症になっても介護される、子供がそういう義務を負うようになったのだ。すると子供に対して不満だった大正生まれの親も長生きして良かったとなる。ただ子供に尽くすだけではなかったとなるのだ。だから世の中はうまくできているなともなる。その不満の償いがあったとなる。
 

●手厚く介護される大正生まれの親は今は幸せ


障害者の問題でも昔は産婆が障害児が生まれたら簡単に殺して始末していたとか言うがこれも現代にあてはめることはできない、障害者に対する価値観も変わるからだ。今は障害者は特権を受けすぎるとかの不満が健常者に大きくなっているのもそのためである。50代60代の軽度の知的障害者は障害者とも認められず社会に放逐されて刑務所に出入りしていた。障害者手帳すらもらっていなかったのである。家族からも見捨てられてホ−ムレスとなっていた。これも戦後まもなくは貧乏だから社会保障が行き届かなかったためである。人権の思想だって奴隷は実際は戦争で皆殺しになるよりは奴隷として生かされることは人権としての進歩だった。当時の価値観としては進歩的なものとして奴隷制があったのだ。時代によって変わる価値観は現代に適応することはできないのだ。老人問題もそうだったのである。江戸時代の間引きとかうば捨て山とかがあったとするとそれは極限の貧乏からそうせざるをえなかった。豊かになれば考え方も処遇も変わってくるのだ。人権の問題も中国では人権意識は軽い、日本などでは人権意識が高いから中国人の犯罪者は刑務所は待遇がいいからたいしたことないとまでなる。国によっても価値観は変わってくるのだ。だから幸不幸というのは昔の人は貧乏だったから不幸だったとか今の人は豊かだから幸福だとかはいちがいに言えないのである。時代により価値観が違っているし何を幸不幸の基準にするかでも変わってくる。だから時代によって幸不幸は計れないのだ。ただ戦争に生まれ合わせた人は不幸だったとはなる。でもその人たちの不幸から今の人は見習うべきだとはならない、戦争は異常なことであり異常を基準にはできないからである。