2012年08月10日

詩二題(夏の盛りの花々 ひまわりと芙蓉)



詩二題

夏の盛りの花々
ひまわりと芙蓉


詩集の部(花の詩)
http://musubu3.sblo.jp/

自分のテ-マは花だった。最近膨大な詩を書いた。人間は芸術でも絵でも詩でも描けるときは描けるし詩でもこんこんと清水が湧きでるように書くことができる。理解もできる。その人生の最後で追求したものが実ってくる。それは才能と関係ないみたいだ。早く死んだ人がなぜあれだけのものを残したのか?絶えず死期が迫り死を意識していたからあれだけのものが書けた。まだまだ先があるとか思っているときは書けない、もうあとがない先がないというとき人は最後に何かを次代のものに残すために作れるようになる。それは仏に芸術家でなくても最後になり死ぬときになり人は何をか悟るのである。自分は才能はなかった。やっと俳句とか短歌とか書き続けてきたけど稚拙なものだった。
でも真善美を追求してきたことは確かである。特に花を生涯見てきたのである。だから今になって花の詩を作ることができた。


実際はひまわりと芙蓉は挽歌になるかころ見ていた。でもその花がどういうものなのか、人間的内面的に見ていない、人間的にいみづけるように見ていないのである。また見れないのである。ひまわりと芙蓉はおおらかな花でありその花をなんともいえず向き合っておおらかに咲いている。そこに争うことなどありえないのである。それぞれの個性を活かすならば人は争わない、それぞれの個性を際立たせて咲くだけであるからだ。むしろ個性を出さないことには花は映えないのである。個性なきものは自然に映えることはないのだ。夏の花は多様であり個性を出して大調和している。それがなんとも心を豊にしてくれるのである。

 
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2012年08月07日

新しく詩集の部を作りました



新しく詩集の部を作りました

数が多くなったので分類してゆきます
最近大量の詩を書きました
詩も書けるようになるといくらでも書けるようです
ただ最近家事が忙しいので集中できない
ともかく分類すれば読みやすくなる
詩はあまり読まれないが一人でも読めばアクセス解析でわかる
新しいブログにすると一人でも読んだ人がわかるでしょう
それが励みにもなる
アクセス解析がないとインタ-ネットでは全く反応がないから
それがあるのかどうかすらわからないのです
そこが大きな問題なのです

雀の詩
http://musubu3.sblo.jp/article/57473180.html

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2012年04月08日

大和の春満月

大和の春満月



にほふがごとく

若々しく

みずみずしく

したたるごとし

憂いもなく満面の笑み

ふくよかなるおみなの顔

血色のいい、若やぐ顔

ああ かつて我が側にありし女

やさしさの満ちたる女

ああ 人の老ゆるは悲し

健やかに快癒される日よ

老いざる日を人は願う

天なる高見に月は汚されず

静かに慈愛の光を放つ

月光菩薩のそこに見えしや

汚れし世の上に月輪の光

うるわしき大和の国の春満月

このみ国を汚せしものは呪われよ

大和の国の天地海はいかに尊き

神の与えし天地海なりしを

大和の民の慈しみあいかしこくあれ

ああ 大和の国の美しきかな

その天地とともに命長かれ

神の恵みはここに尽きざらむ

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2012年03月04日

地球は遊びの場


地球は遊びの場



大いなるもの

とろえどころのない

つかみどころのない

大鵬は南冥に飛び

呵々大笑して去った

あとにはからりとした青空

笑いが天から木霊する

どこかにぽっかり浮かんだ春の雲

その下の花々で遊ぶ子供たち

地球は労働の苦役の場ではない

大いなる遊びの場、遊星である

千年石のように眠るがよい

大蛇や龍のように眠るがよい

何物にも拘束されることなく

遊びの場として地球は与えられた

神は遊びのために人をまねいた

苦役のためではない

苦役の労働は罰であった

ああ またぽかぽかぽかりと春の雲が浮かび

どこかに気ままに遊びにゆくだろう

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2012年01月13日

蟻と蝶(詩)



蝶と蟻

蝶はどこから生まれるのか
空気から生まれ
風から生まれ
常に軽やかに
ところ定めず
ただよい浮かぶ
絶えず風に流れ
とどまるは花のみ
蝶は地には下りない
花も空中に咲いている
花々の中をいつも飛んでいる
まばゆい光の中を
蝶は神の掌から放たれた妖精
神の業の奇跡の一つ
風に運ばれ風に舞い
花にたわむれ嬉々として
命の喜びを現せり
しかし蟻は労苦の内に
汗と埃りにまみれ
冬に地下に眠り
ようやくに休みに入った
蟻の定めはただ労苦のみなのか
蟻はただ冬になり
地下でようやく眠りに入る
あたかも墓に人が眠るごとく
人はただ労苦のみなのか
延々たる労苦のみなのか
蝶は夢、蟻は現実
人は夢にのみ生きられず
蟻の宿命を負わされている
その宿命は終わることがない
世の終わりまで蟻は働きつづける
それが例え蟻塚を作るだけにしても・・・

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2011年10月27日

電車の来なくなった町(詩)


電車の来なくなった町

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線路は草に埋もれて

半年電車が来ない

電車の音も汽笛も聞こえない

常磐線は5年も復旧しないと

一部は線路がずたずたにされた

なんだか北海道の廃線のようになるみたい

トンネルの向こうに町がある

町の灯が見える

でも電車は来ない

廃線のトンネルのようになる

鉄道マニアがその廃線をたどる

秋の蝉はまだ鳴いている

仙台はずいぶん遠くなった

半年も行っていない

秋の陽が湿地化した田んぼを照らし

阿武隈山脈に沈んでゆく

月の光が線路を照らしている

江戸時代に帰ったようだ

狭い村々で人々は暮らし

めったに遠くへと行けない

もちろん電車に乗って遠くから人も来ない

頻繁な人の出入りはない

自分は車をもっていないから

江戸時代にもどったように感じる

六号線も途中で閉鎖されたから

長距離トラックもこないから

余計に閉塞された感じ

狭い空間に閉ざされた感覚

それか江戸時代だった

常に遠くと交わり

遠くが近い世界とはまるで違う世界

電車でも車でもそれは常に遠くへ遠くへ

物も心も運んでいた

もしそれがなくななればものも心も

近くへ近くへ集束してくるのではないか?

それでも物は遠くから来ているからそうはならない

原発事故で地元で作物がとれなくても

九州の福岡の米がス-パ-に積まれている

江戸時代とはあまりにも違う

ともかく山のトンネルをくぐり電車は来ない

山は徐々に心の中で閉ざされて

今日は深い夕霧につつまれて

電車はもう半年も来ない

隣の町も遠くなる感じ

町の灯も秋に淋しくなる

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2011年10月12日

残る蝉の声


残る蝉の声



天地の静寂


残る蝉の一つ二つ


森の深みに


静かに聞き入る


親の墓所があり


ここを離れえじ


最後まで聞き入る


その蝉の声


ともにありにし


歳月の長きも


ここにともにありて


故郷の土となりゆく


天地の深まる静寂


そを聞き入りぬ

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2011年09月23日

夏菊と蝶


夏菊と蝶


butterfly123.jpg


橙色の夏菊の中にふうわり

揚羽がゆれつつとまるその一時

鮮やかに橙色の夏菊が一面に映え

揚羽はゆれながらとまっている

蝶も鳥もいつも飛び立つ構えでとまる

明るい橙色の夏菊が飛び立ったあとにも

あざやかに映えてまたいづこかへ飛ぶ

新たな花園が待っている

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あなたに向かって花は咲く


あなたに向かって花は咲く



あなたに向かって今日も花は咲きます
あなたに向かって花は熱く咲きます
あなたに向かってあなたのために花は咲きます
あなたに向かって花はほほえみます
あなたに向かって花は笑っています
あなたに向かって花はやさしくおじぎをします
あなたを待って花は人しれず隅に咲いています
あなたはいつも花の中にあります
様々な色の花の中にあります
あなたはこの世になくてはならないもの
あなたに向かって花は咲くからです
花はあなたのために一段と装いを新たにします
その生来の色を豊にします
あなたはこの世で金をかせげなくても
あなたはこの世になくてはならないもの
花はあなたに向かって咲くからです
何よりあなたに向かって咲くからです
花に愛されたければ花に愛されるような人でないと
花はあなたに向かって咲きません
汚れた人に花は咲きません
花はしぼんでしまうでしょう
あなたに向かって花は生来の美を隠さず咲きます
あなたのうよな人がいたから花はしあわせです
あなたは花の中をあるいています
いつまでもいつまでも歩いています
花は尽きることなく咲きつづいています
一重にあなたのために・・・・・・・
その道は天につづいています
あなたは神の花園のへと歩いているのです
天で待っているのも花々です
尽きることなく咲く花々です


 
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2011年03月10日

悠長な時間に生きる(詩)


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悠長な時間に生きる

ゆったりといつまでもそこにいたい
なぜそんなにみんな急ぐんだ
石のようにどっしりと動かない
大地に深く根を張り
樹のようにじっとしていたい
そうしてじっくり仕事をしたい
次から次と変わる
それが人の心を不安定にする
季節の進むはゆるやかだ
まだ春北風(はるきた)が吹いて寒い
でもゆっくりとぽかぽかと春の日が照ってくる
福寿草も光を一杯にあびて咲きはじめた
石は余裕をもってただ在る
みんな余裕がなさすぎる
余裕のない人は必ず他者を乱す
まともな仕事はできない
人間に必要なのは長い付き合い
信頼を培う長い時間が必要だ
急いでは何も成らない
じっくりと時間をかけた仕事
人間も即席には作れない
人は互いに余裕がなければ和むことができない
石や樹のように山のように
どっしりと千歳の歳月の中に休らぐ
時間の単位は一年が一〇年くらい
人も一〇年くらい勤めないとものにならない
一年くらいでやめて転々とする
時間に消耗される忙しい現代
時間の中で成長するものがある
樹は一年で一ミリとか成長している
そういう悠長な時間の作用
その中で育まれるものこそ
未来の礎ともなる

 

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2011年01月07日

遠い記憶の町(詩)

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遠い記憶の町



北風が唸り吹く

一人冬籠もる日々

我が旅して

訪れた街や村を想う

数えきれない街や村

しかし記憶から消えていた

一つの町を思い出した

山々に囲まれた町

そんな町があったのだろうか?

心の中で化石のようなってしまった町

そこも歴史がある古い町

でも奥の細道からもはずれた町

閑却されやすい場所の町

冬は深まり我が年も古りぬ

並べては遠い記憶となり

不夜城の大都会を離れ

化石のように眠るもよし

北風が家を揺すり吹く音

最後に思い出だけが宝となる

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2010年12月25日

年も暮れる冬の灯(詩)

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年も暮れる冬の灯



故郷の刈田の畦に残り咲く

野菊のあわれ日も暮れむ

この世は広き誰か棲む

冬の灯ともりぬ

誰か棲む貧しき家や

豊かなる時代にそぐわず

人は今貧しさに耐えざりき

人知れず貧に耐えて生きられじ

人は貧しく目立たず勤るは硬き

富と誉れを追い求む

欲望の炎は熱く燃えにき

金得ることのみぞ願いなり

人と人との信はなしも

ただ富める人のみ羨み

自らの貧しきに耐えざりき

みな貧しと思いば貧しからず

富むものと富まざるものの差

その差の大きければ人は苦しむ

今はより貧しさに耐ええざるかな

刈田の畦に残り咲く野菊を

我は愛しむも年は暮れなむ

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2010年12月20日

冬は万物の眠りの季(詩)



冬は万物の眠りの季

純白の静謐の衣をまとい白鳥は眠りにつく

鴨の群れも侍従のように眠りにつく

山も樹も石も眠りにつく

互いに傷つけることなく

平和がそこにあり深い眠りにつく

人のみが乱れ心が休まらない

人のみが絶えず傷つけあいぬ

人の騒擾は終わることがない

冬は万物の眠りの季

死者も今は騒がず深い眠りにつきぬ

やがて雪が再び大地を覆い

地上の汚れを覆い隠す

大いなる自然のリズムに合わせるがよし

人のいかに文明に誇るとも

大いなる自然にかなうことなし

自然に人は従い生きるが定め

冬は万物の眠りの季

自然に逆らわず眠るべしかな

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2010年09月03日

遠い幸せの記憶の無人駅(詩)

mujinneki123.jpg


遠い幸せの記憶の無人駅
a happy memorial station in the distance



遠い北の果ての無人駅

気ままにぶらりとおりたその駅が

心の中に記憶されていた

線路を歩むもなかなか電車が来ない

でんでん虫が何匹か眠っている

清らかな流れを魚がさかのぼり

木陰の淵に隠れて涼しも

幸せとは何だろう

でんでん虫は互いに傷つけあうことはない

樹々も石もそうである

生き物はみだりに傷つけ合わない

人はなんでこんなに傷つけあうのだろう

殺し合うまで傷つけあうのだろう

北の果ての無人駅

でんでん虫が安らかに眠っている

誰も傷つけることもなく

じっと動かず眠っている


光はしんとして静寂に満ちている


そのでんでん虫と清らかな淵に眠る

魚を乱し驚かすなかれ

揚羽蝶はまた別な花に移り飛び

立葵は真昼間明るく咲いている

旅人はまたいづこかへ去る

そういう自由な日々がなつかしい

思い出は遠い北の果ての無人駅に帰ってゆく

そこにいたことが私の幸せの時と場

私はいつもそこを思い出し慰められる

人よ、そういう幸せの思い出を持つべし

そこを思い出すと幸せに満たされる

何でもないそんな所に幸せがあった

そこにいつも私の思い出は帰ってゆく

snailwood123.jpg



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2010年08月08日

躍動する夏の雲(詩)


躍動する夏の雲

躍動する自由奔放なる夏の雲よ

今日も空前面にわきあがる

神のキャンバスは空全体だ

無限大の空がキャンバスだ

夏の雲は思い切りその空に

思いのままの形を作る

地上では向日葵に鬼百合にグラジオウラス

今は盛りと競い咲き真昼の陽ざしが明るい

雲の峰はぐんぐんと高くなり雷が鳴る

神の声のごとくに雷が轟きわたる

かなたには大洋が広がり波がひびく

高く飛翔する鳥よ、太陽が眩い

大空に大洋に轟く雷よ

新たなる力を放て放電せよ

神は力に満ちて衰えを知らじも

灼熱の太陽は神の巨大なエネルギ-なり

そのエネルギ-の尽きることのなし

太陽は燃え盛り雲は躍動し樹林に風はそよぐ

壮大なる大空のキャンバスよ

今日も思いのままに躍動する雲の姿

力に満ちて自由奔放なる夏の雲よ

神の声のごとくに雷が轟きわたる

小さき殻を破れ、大いなるものに触れよ

汲々として世を脱しえざるものよ

大空に轟きわたる神の声を聞け

そは何故に地上に綿々と呻吟したる

人は地上に蟻のごとく生きる

大いなるものの声を聞け

停滞と頽廃を打ち破る雷の轟き聞け

躍動する地球の鼓動を聞け

見よ、あんぐりと口を空けて神は空に眠る

そこから大きな笑いが木霊する

自由奔放なる夏の雲よ

自然のエネルギ-は尽きることがない

神のエネルギ-は尽きることがない

神の声は大空と大洋にひびきわたる

神のエネルギ-に満ちた世界に生きよ

そのエネルギ-は無限大にして尽きることがない

常に新たなる力がそこからわきあがる




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2010年07月18日

身近な石と石(詩)

 

身近な石と石

 

石と石

離れずここに

幾年月

雨の日も

風の日も変わらず

ここに定めと

動かざるかな

花もこの台のごとき

石に散るかな

身近にありて

頼もしきものなれ

もの言わずとも

互いに親密に

知り合いぬ石と石

身近にあればこそ

石と石は通じ合いぬ

幾年月の石の重みよ

さらなる日を重ねて

動かざるかな

石と石は語らざるも

親密に結ばれてあり


台(うてな)

 

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2010年07月10日

山の村の石一つ(詩)


山の村の石一つ

 

山の村の道の日陰に休む

そこに石一つがある

誰も責める者はいない

そこを通る人はまれである

お客人ここにゆっくりお休みください

何も売りつけもしないし

客人をせかしたりはしない

あなたはそこにお休みください

誰もあなたをとがめたりしません

森に鳥のさえづりがひびく

悠長な時の流れにまかす

山の村に長い日影がのびる

木の影は日時計のように移る

時計の時間にせかされることはない

あなたはこの村になんのために来たのですか

ただ休むために来たのです

日陰に石一つ安らいでいる

それが平和な村なのである

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2010年06月10日

隠された岩(詩-解説)

stonemoss11121.jpg

 

隠された岩

 

山の奥の常陰に

億年隠されし岩

今我が前に顕われぬ

そは知られるざるかな

世の事を世の移りを

ただここに億年隠されぬ

世に何か意味あれや

虚しく費やされし命の多さ

何故か知れじ

ただ塵と消えにしを

虚しく使役されしものよ

サタンに使役されしものよ

実りとならず消尽されしものよ

この岩の何を語るや

愚かなる世よ、人よ

世の騒擾よ、混乱よ

そは変わらざるかな

この岩の何も成さず

億年隠れて黙すのみ

その威厳ある姿よ

川烏は隠者のごとく

さらなる川上に消えぬ

老鶯の声はここにひびき

ただ常陰に鎮まるのみかも


最近八木沢峠の登り口の御堂のあるところから坂を上っていった、さらに奥まで登るとはじめて見た岩があった。なかなか威厳のある岩だった。あそこも登山道のようなもの作っているのか木を切ったりしていて細い道があった。あそこは今までは道はない、だからあの岩のことはわからない、はじめて人間に姿を現した岩なのである。近くの自然でもそういうのがいくらでもある。特に岩や石はいくらでもあるからそうなる。そして臆年とか長い時間を人間に知られずあった岩などいくらでもあるのだ。でも一旦誰かがその岩に関心をもちあの岩はどうだこうだとかいいはじめると岩は人間化してくるのだ。この岩もそうである。名前を名づけたりすると人間化された岩になるのだ。

雨に濡れて。
独り。
石がいる。
億年を蔵して。
にぶいひかりの。
靄のなかに。
(草野心平)

この詩がふさわしい。そこには日もささない、いつも暗い場所にあったからだ。そういう場に隠されてある岩が多いのである。だからこうした詩ができたのである。川烏はいつも渓流にきれいな水にそって飛んでいる。ちょっと見かけたがさらに上流に消えた。流れがどこにでもありその奥は尽きることがない、川烏はそうした奥に飛んで消えてゆく・・・神秘的だとなる。

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2010年06月06日

日影に眠る森のニンフ(詩)


日影に眠る森のニンフ



森のニンフが深い木陰に

心地よく休み寝入っている

そを目覚めさすなかれ

夢の中で蝶々が舞っている

清らかな水の音が聞こえる

かすかにトウスミトンボが飛ぶ

深い森の常陰に眠っている

そよそよと涼しい風に寝入っている

千歳の苔むす岩を枕にして

冷たい滝壺には岩魚が隠れ

黒揚羽が一羽ダンスをしている

その山の道を通る人はまれ

ただ涼しい風が通りすぎるだけ

鳥は甘い木の実を食べて

葉陰に一時休んでいる

そのさえづりは森の奥深くひびきあい

静謐の森に甘美な歌は高鳴る

何か不足があるのか

誰も不足は言わない

心地よき眠りがそこにある


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2010年05月27日

夕風にゆれる藤の花

夕風にゆれる藤の花

 

藤の花が夕風にゆれる

ぶらんぶらんとゆれる

子供の頃のぶらんこのようにゆれる

その頃時間に追われていたか

時間を意識していたか

長い時間がそこにあった

夕日に影法師が伸びていた

そういう幸せな時は終わり

中学からは時間に追われる

勉強の時間に追われる

すべてが追われる時間になった

それからずっと追われない時間を生きた

自らあえてゆっくりと生きようとした

それでも今は回りから時間に追われる

もう人生も終わらむとしているのに

やはり時間に追われている

藤の花が夕風にゆれている

夕陽はゆったりと落ちてゆく

その時間が今は愛おしい

夕陽を惜しみ見送ろう

騒音と時間に追われる現代の生活

それが幸せな時を作っているのだろうか

なぜこんなにみんな忙しいのだ

みんな時間に追われ疲れている

石のように休んでいる人は一人もいない

ゆっくりその石に休んでいないさいと

言う人は今の時代にはいない

ああ 人生も終わろうとしているのに

人はただ時間に金に追われて疲れる

結局悪魔に追われ時は虚しく費やされる

神は急ぐ必要はない

神はなべて計らい備えてくれた

ただ人のみ勝手に急いでいるだけ

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2010年04月17日

争わない石と石


争わない石と石



石と石は争わない

石と石は傷つけあわない

千年そこにいつもいる

それは奇跡的なことだ!

それが本当の平和なのだ

人はどんな人も傷つけあう

石と石は傷つける言葉を吐かない

石は無駄なことはしない

沈黙して原生圏の静謐を乱すことはない

深い信頼で結ばれそこを動かない

石は特別でしゃばろうとはしない

石は神に与えられた場所に

定められた場所にいて誠を尽くす

人にはそれぞれの定めがある

その定めに逆らうことはできない

与えられた場所で定められた場所で

誠を尽くして生きる他ない

定めの場所を出てもうまくいかない

平和はありふれた場所にあった

平和は特別な場所にあるわけではない

何気ない日々の生活で平和は実践される

石と石は争わない

石と石は傷つけあわない

千年そこにいつもいる

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2010年04月13日

落椿の墓地(橲原-詩)

ochitubahaka1.jpg
jisahaka1112.jpg

落椿の墓所

今年も椿がひっそりと散った

その杉木立に隠れるように

粗末な石くれの墓群れがある

名前も定かではない

ここで暮らしてこの村で死んだ

いろいろなことがあったろう

今は静かに眠っている

今年も椿がひっそりと散った

清らかな流れがひびき

蝶が一羽は流れにそって舞い

細い樹々の影が枝をさしかわす

この道を通る人はまれなるがよし

死者の眠りを乱してはいけない

安らかに眠らすがよし

遂には人はみな永久の眠りにつく

jisaharahaka1.jpg
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2010年03月26日

浜街道春の浪江(高瀬川)の詩


浜街道春の浪江(高瀬川)の詩


高瀬川轟き流れ春の日や
広々と浪江の大地開けたり
大堀に陶工の業は受け継がれ
相馬焼きの一品を買いぬ


高瀬川春の光にきらめきて
山鳩の嬉々と飛びつつ
春の日に二つの川落合いて
太平洋と流れゆくかな


その昔言祝ぐ橋の一つかな
村と村とは結ばれ栄いぬ
浪江の大地を耕すものや
新たなる力を注がむ


流れ入る川や広々と
かなたに望む行く船や
春の日に鴎群れ飛び
請戸の湊に漁船いでゆく


知られたる高瀬の清水や
西行もここに喉を潤しぬ
浪江の宿や相馬の殿も休み
磐城の境大熊に向かわむ


夜ノ森は余の森なりき
森深く小暗き道なり
その森に境を成しぬ
小良が浜もここより近しも


高瀬川轟きその奥そ深しも
葛尾村は山中郷の相馬藩
三春藩との境を成して
野馬追いの旗を伝えぬ


浪江は標葉郷にて相馬藩
野馬追いにその旗連らぬ
その日のまた来たらむや
相馬の武士の心騒ぐかも



inqmiemachu.bmp


高瀬川の魅力は上流にダムがないから自然のままだから川の流れもいいのである。上流にダムができれば必ず自然はそこなわれる。一見下流は関係ないように見えてもそこなわれる。今や日本中ダムだらけだというときダムがない川は貴重なのである。実際そんなに日本では堤防さえしっかり作ればダムは必要なかった。公共事業としてダムが過剰に作られたのである。ダムが作られたことによって川は明らかに何分の一かは死んだ。浪江が川の町としたときやはり高瀬川の魅力が大きいのである。高瀬川の上流の激流となるところは気持ちいいのだ。会津だとこうした激流になるところがかなりあるが阿武隈山地にはそれほどないのである。阿武隈山地の魅力は地形的には山から太平洋に出るところにあるのだ。会津だと海に出ることはない、猪苗代湖が海の代わりになるのだ。浜通りは外からくると平凡で魅力ないというが相馬藩全体の地域を回れば地形的にもかなり魅力ある場所なのである。これはどこでもそうである。一部分しか通りすぎないとその土地の魅力はわからない、六号線だけ通りすぎても浜通りの魅力はわからないのだ。浪江は他に大堀の相馬焼きがあるしあの辺一帯は高瀬川があり広いから気持ちいい、窯元でもあれだけ広々とした地域にない、狭い地域の場合が多い、川と山と海が織りなす所が浪江の魅力だけどやはり高瀬川の魅力は大きいのである。

福島県陸前浜街道の自然と歴史をたどる
http://musubu.sblo.jp/article/27661830.html


浪江の地名と土井晩翆の歌
http://musubu2.sblo.jp/article/19103374.html

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2010年03月25日

春の山鳩


春の山鳩


鳩のように素直になりなさい・・・マタイ

平和はいづこにありや

山鳩が一羽近くの空き地の

草むらにおりたちぬ

梅林の香り馥郁と流れぬ

その身近につづがなき日

家族は乱れなく調和して

近隣相むつみて

石一つ安らぎぬ

鳩は平和の使者なり

春の日に鳩の姿が映える

川は春の光にきらめき流れ

山鳩は枝々を嬉々とわたり飛ぶ

畑を耕す人や新たなる力を出さむ

大地に新たなる力の注がれむ

日々の営みのなかに平和は築かれぬ

平和は訴えるものにあらじ

日々に平和の業を成すことなり

それぞれの職場におきて己が勤めを果たす

看護婦は今日も愛もて病者の手を握り

その温かさは深く心に伝わる

平和の業はそこかしこあり

穏やかな陽は今日も山々に沈む

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2010年03月06日

神話の村 (飯館村の早春)

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神話の村 (飯館村の早春)

森に覆われ家のともしも

その静まる森の上に

その澄むみ空の中に

神の鳴らす弦の置かれみる

そこにただ妙なる楽を奏でる

オルフェスのそこに住むかな

美しき音色に鳴きつつ暮れぬ春の鳥

その声の余韻深まる森の静寂

新たな神話の村にこそあれ

人よここを乱すなかれ

その微笑みを池に写して

春の陽は輝き山間に没る

飯館村の紋章(3)

http://musubu.sblo.jp/article/36057011.html


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2010年03月02日

聖なる調和する樹々


聖なる調和する樹々

枯木の枝と枝の影さしぬ

冬菜の畑に長く伸びにし樹の影

静謐な陽は移りもの音もなし

ここの樹々の列の心にしみぬ

日々ここを行きて何事もなし

しかし我深く思いぬ

樹は樹を傷つけることなし

人はいかに傷つけあうことか

樹は決して他を傷つけない

それが奇跡的である

樹は聖者なのかもしれない

樹は何を語ろうとしているのか?

樹に寄りて耳を傾けよ

その素直なる直ぐなる静粛なるもの

欲少なき簡素な質素なるもの

その下に憩え癒されよ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日も陽はやさしく静かに照っている

樹はそのやさしい光に欲している

神の愛のようなその冬の日の光

そして山脈に満足に陽は沈んでゆく

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

樹は決して他を傷つけない

枯木の枝と枝の影さしぬ

そこにいかに深い平和のありしや

調和の日々はここにある

自然の限りなき静粛の平和を知れ

そを知らずして真の平和なし

その身近にそが探せし平和はあるべし

平和は叫ぶにあらじ沈黙の中にあり

欲少なき質素なる生活にあり

その歩む足音のひそけさよ

今日もゆくさし交わす枝の影の下を・・・

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2010年02月26日

連帯する平和の樹々

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連帯する平和の樹々


大地に深く根を張る樹々の列

樹々は争わない、平和の連帯

互いにののしり憎しみとがめることはない

樹々の枝の影は静かに交差して

熱く強い信頼の握手をしている
脈々と伝わる厚き信頼の握手

人と人との間にも国の間にも争いは絶えない

樹と樹はいまだかつてその争いを知らない

大地の上に深く根を張り力強く連帯する

樹々は何かに向かって攻撃することがない

それぞれ己の内に充足して立っている

敵に向かって連帯するのではない

静かに深く自らに充足している平和の連帯

これこそが正に揺るがざる連帯

その信頼の握手には嘘偽りがない

信頼に満ちているからこそ無言である。

それは一時的なものではない永続的である

ののしりとがめにくしみ恨みねたみがないこと

すなわち争いがないことは奇跡的である

人間はなぜ調和しないのか平和がないのか

そもそも平和がいかなるものか知らないから

平和の見本となるものがないから

その見本は樹々にありその内実を知ること

樹々が造るのは荘厳な神の宮居である

神は争う所には決して存在しない

日々争いに乱される場所調和なき世

人はそこでいくら働いても疲れるだけ

そこに真の実りはなく虚しくされる

人は切なくも連帯を欲し平和を欲している

人の世界には見つけがたいもの

内なるものに力強く連帯する樹々を知れ

その平和の連帯を知りて人の連帯もある

その聖なる神の宮居に日々花は献げられる

花の美は日々そこにこそ映える


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連帯する樹影


連帯する樹影

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田舎の連なる中の一本の枯木

夕日に長い影を帯びている

いつまでも長い影を帯びている

悠長な時間に記憶させるかのように

それぞれの木に癖があり

一本一本が違っている

人間にもそれぞれ性格があり癖があるように

枝と枝の影がもの言わずまじりあっている

互いに触れることもせず交じり合う樹の強さ

大地の上に立ってゆるぎないそのひきしまった姿

大地の上につながっているその簡素な姿

人は絶えず協力連帯を叫ぶ

しかしここでは深い沈黙の中に人知れず

互いに大地の上に強く結び合っている

連帯を叫ぶものに連帯はなし

連帯は声なくもありその連帯は持続的で強い

本当の連帯とは個々に独立した連帯

ここに立つ一本一本の樹は独立して立ち

深い沈黙の中に連帯している

静かなるもののなかに真の力が宿る

騒擾の中に真実は宿らない


真実は静寂の中に育つ


その結びつきは声に出さずとも

根は大地につながり強固である

ここでは連帯を叫ぶ必要がない

連帯は敢えて己を主張することではない

己のエゴを殺すことが連帯に通じる

本当に愛しているものは言葉で言う必要がない

それほど連帯は強固なのだから


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連帯する樹のイメ-ジ



枯木の影が交じり合う写真がうまくとれてなかった。木は影からその表情を知ることができるの一面である。
これネットから拝借した。煉瓦の建物がありマッチしている。建物はここでは消している。

太い樹がありその影と影が交じり合っている。ここにそのイメ-ジしたものがあった。
自分がイメ-ジ受けた樹影はあとでまたとってみてアップしよう。
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2009年11月15日

冬の樅の木二本

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冬の樅の木二本

はじめて踏み入る山の奥

冬の朝日さして日本の樅の木

それは限りなき寂けさの中に佇立していた

まるで千年忘れられて立っていた

神殿の柱のように厳かに立っていた

石の大聖堂の柱のように立っていた

そこには何の音も聞こえない静寂境

その樹には何がひびいたのか

ただ清らかな水の音がひびく

そのあと木枯らしが吹き唸った

木の葉は舞い散り山路に落ちる

その堂々たる樅の木二本の荘厳

その静粛にして静謐な引き締まった姿

その樹はここにどれくらい立っていたのか

ここに私は踏み入ることなく知らざりき

長年ここに住みこの樹を知らなかった

私は一体何を求めてきたのだろうか

騒音と雑踏の大都会を彷徨い

私は何を求め何を得たのだろうか

ただやたらに衝動にかられ動くばかり

もう老いてすでに死も近いというのに・・・

私は何を求め何を得ようともがいていたのか

虚しい徒労はなおつづいていた

そして今この二本の樅の木に出会った

この樹はここにどれくらい立っていたのか

ここで何もせずに延々と立っていた

雨がふり風が唸り雪が降りここに立っていた

限りない静寂のなかに・・・・・

やがて山は落葉に埋もれ雪に埋もれるだろう

あなたはここでただ静に耐えて立っていただけ

静に無言にただ耐えること

そうして長い年月の中にあなたの真価が顕れた

神殿の柱のように厳かな微動だにしない姿

石の大聖堂の柱のように立っていた

私はあなたの真の価値を知らなかった

そうしてここにあなたは無言に立っていた

そこにあなたの価値は形成された

その歳月は長く人の命よりも長い

あなたは山の奥で風の音を聞いた

数知れぬ風の音を聞いた

その風の音とともにあなたは静まっていった

その限りない静粛な姿が胸を打つ

ただ私は人は無益な日々を積み重ねた

人は社会はあなたのような静寂に至ることはない

冬の日の朝に佇む姿を人はまねることはできない

しんしんとそこには静寂のみがある

posted by 老鶯 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般

2009年09月12日

初秋飯館村(詩)


初秋飯館村



農家が木立の中に点々と隠され

道の辺の古木に秋の夕日がさす

森深く淋しく一羽鳥が鳴き暮れる

森の中に大岩が沈黙を深める

山陰に一すじ清い流れがひびく

牛の歩みのように急がずして

ここに実りは静かにもたらされる

爽やかな風がわたる高原の村

秋の星々がさえてきらめく

農家が木立の中に点々と隠され

緑の森に深くつつまれる村

風がそよぎわたり樹々の葉にさやぐ

静寂の中に美しい楽が自ずから生まれよう

あせらずその声に耳を傾けよう

あざみが大地に根を張り

悠々と大岩は動かざるかな

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2009年05月16日

真昼の桐の花(詩)


真昼の桐の花



屋敷林の影が濃く

長い木陰の道

蔵があり前畑が広い

農家が点々とあり

家はひっそりとして

誰も顔を出さない

農夫が黙って畑を耕している

桐の木が一本

真昼に花が咲く

年老いて今は思う

こういう所に安らぎがある

人は隠れているがよし

こうしてただよそ者として

通りすぎるとき平和がある

藪をつつけば蛇がでる

土を掘ればまた虫が出る

人の世は欲の世

人と交われば欲が出る

血縁とて交わればもめる

人と人とに平和なし

この世に災いは尽きることなし

この道を行く人まれに

桐の花はただ天上を向き

わずかにそよ吹く風にゆれ

静謐さ保ち咲いている

この道をさらに行けば

墓所ありて眠る人は幸い

人に世話にならず

人知れず眠るは幸い

そこに永久の安らぎがある

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2009年02月25日

死者の影


 

死者の影

 

冬なお長くぬばたまの

闇の深きに誰ならむ

この道行きしは

ものみなしずまり

家のともしきに

星影照らし

月影照らし

死者は語らず

死者眠りぬ

静謐なる刻

死者の眠りの深きかな

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2009年02月24日

死者は冬の水のように透き通ってゆく・・

 
 
死者は冬の水のように透き通ってゆく・・・・・
 
 

死者はだんだん冬の水のように澄んでゆく

死者は日々浄められて

底まで透き通るように澄んでゆく

死者にはもはや触れることはならず

死者は生者から離れ冬の水のように透き通ってゆく

死者はもはや愚かなることは成さず語らず

死者は人に災いを与えず安らかに

死者の心は冬の水のように透き通ってゆく

死者はその澄みし底に落ちるものを知るだろう

だから死者をその透き通る水を乱してはいけいない

死者はやがて美しき汚れなき花と咲くだろう

その花を水に写して小鳥の歌を聞くだろう

妙なる美しい楽の音を聞くだろう

美しいもののみが映え見るだろう

死するは悪しきことにあらじ

死者は日々浄められて

まことに浄土にあるべきかな


 
posted by 老鶯 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般

2009年02月08日

白鳥の詩


 白鳥の詩


白鳥はどうして作られたのだろう

白鳥はすでに犯しがたい高貴が備わっている

生来の貴族にして高貴と優雅と美質が備わっている

まわりの鴨も侍従のように従い群れる

その数は多く白鳥をひきたたせるだけ

庶民は鴨であり雀でありその差は大きい

水に浮かび白鳥のその純白の静謐さ

その高貴さは生来のものにして神の与えしもの

神聖不可侵のごとく白い衣につつまれている

その心は乱れることなく純白の心を宿している

互いによりそい映えて妬みの心がない

水晶のように透き通る美に浸されている

まるで主・キリストのように至純な心を宿している

内面と外面の美が完全に一致している!


その単純な真理に驚嘆せよ

すでにその頭上には銀河がきらめき宿り

労せずして星座になることが定められている

北極星がその座にすえて軸となす

誠の哲人も北を目指して星となる

その翼は冬の銀河にははだき星になるにふさわしい

北の果ての湖は凍て吹雪くなかに白鳥は鳴き

一層その白さを増して長き冬を耐える

白鳥はやがてまた北の酷寒の地、シベリアへ帰る

そこが故郷にして人跡まれにして広大な地

そこで白鳥を脅かすものはなし

白鳥は我が領土と大空に羽ばたき舞う

白鳥は他の鳥と違いかく格別魅了するのか

それは天才とにているのだろうか

天才には天凛の質が備わっている

我等庶民には天才のことを知りえぬ

神が与えしもの、贈り物、それが天才なのか

モ-ツアルトのように天才の美しい楽が鳴りひびく

白鳥のその純白の静謐さは神の衣

近寄りがたく犯しがたく聖者の後背が光る

後光がさして神秘のオ-ラが光る

白鳥はまもなくシベリアに渡ってゆくだろう

そこでさらに美しく天来の質が映える

荒寥とした太古の静寂につつまれて・・・
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2009年02月05日

スロ-タイムアゲイン(多様な時間への回帰-詩) slow time again


スロ-タイムアゲイン
slow time again

 
 

分割され計られ迫られ追い立てられる時間
文明によって時間も奪われた
大地に根付く樹の時間
のろのろ歩む牛の時間
千年黙す石の時間
種蒔く季(とき)を教える桜の時間
太陽が昇り沈む時間
日の影が移る日時計の時間
水がしたたり落ちる水時計の時間
江戸時代の一刻は二時間
一時間が二時間でもいい
二時が三時になってもいい
一時間のずれは自然では見過ごされる
時間はそもそも分割できない
文明によって時間も消耗される
大地のリズムから離れた機械の時間
人間はロボットに機械にされる
ああ 一万年の時間がほしい
そうすればあせる必要がない
百年は寝て暮らせる
百年は国内を放浪して
百年で百カ国回り
百年は読書して
百年は瞑想する
さらにタイムマシンでエジプトに百年
ロ-マ帝国に百年、中世ヨ-ロッパに百年
江戸時代に百年
そのくらいの時間を過ごせば
ようやく確かな知識をものにできる
誰でも知恵者になっいる
人間が生きるの蜉蝣の時間
すでに持ち分の時間は残り少ない
命の灯は消えかかっている
人生は無常゛変転極まりない
ここにありしモノも人も今はない
何一つとて無常ならざるものない
昨日いた人は億光年のかなたへ旅立ち
もはや永遠に帰ってこない
60年一緒にいても短かった
千年ともに大地に立っている樹からしたら
人間の時間はあまりに短い
人間の時間は蜉蝣の時間
明日はもうこの世にいないのかもしれない
さよならだけが人生だ
老人に大切なのは健康と時間
残り少ない時間に何をしよう
今まで当たり前に見ていたものが価値をおびる
そのうち時間は最も価値あるもの
毎日同じ道を歩いても違う
なぜならこの世の時間は限られているから
道端の石に腰かけて梅の匂いをかぐ
私はもう千年生きて仙人でもなったのか?
この世の中のことが現実味帯びない
文明は幻だったのか
いつの世も人生は一時の夢
うららかな春の日私はどこに行くのか?
私は桃源郷に行くのかもしれない
そこで私はこの世とおさらばして深い眠りにつく
文明こそ夢であり桃源郷こそ故郷だった
だから元きた所に帰ってゆく

 

 

「オラ-見て来たんだよ、空中までそびえてる建物を
百万の人でごったがえししているとんでもない大きな街を
どこもかこも走る車が突っ走っていて
夜はこうこうと灯がともり昼間と同じだった
暗闇はなく夜も眠ることのないとてつもない街だ・・・・・」
「そんな街なんかありえよがない、何ねぼけたこと語っているんだ
とんでもない夢見たな、夢だよ、夢だよ・・・ここの家を見てみろ
これがオメエの家だよ、そんなものはどこにもねえ、夢だよ」
「夢だった、そんなはずがねえ、・・・そんな不思議なことがあんのか」
「オメエは狐にでもだまされたんだよ、馬鹿にされたんだよ」
「これがそこで使った金だけどな」
「なんじゃそれは、」
「これで食うものも何でも買うことできるんだよ」
「それは紙切れじゃねえか・・・そんなものここでは通用せんよ
「オマエはやっぱり狐にでもだまされたんだな・・・・」
百ドル紙幣を出したが通用しなかった
ここでは金は無用のもの
あくせく働くことはない
食うには困らない
自分の行った大きな街はやはり夢だったのか
そうかもしれん、一場の夢だったな・・・・・
ここがオレの故郷だったんだ
馥郁と村の古木の梅が香っている
真昼の村は今も変わりがない
なつかしい人の顔がある
あれ、死んで別れたはずの人の顔ににている
あれ、ここにいたのかい
そしたらいつもいたようににこにこ笑っていた
ここはやっぱりオレの家で村だったんだ
ここでオレは死んで行く、安らかに死んでゆくんだ
ここに小さな墓が残るかもしれん
誰が訪ねてくるのかな、オレが語った夢を求めて
物好きな奴が一人くらい来るかもしれんな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

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2009年01月20日

残される記憶、記憶される物(詩)


残される記憶、記憶される物

そこに大きな花が馥郁と咲いていた
その花が散ったとき花は本当に消えたのか
その余韻は深くいつまでも残る
その花の思い出は消えない
その道に一本の古木が立っていた
その古木が枯れて倒れてなくなったとき
その木のことは誰も記憶しないのだろうか
何かがそこに木の霊のようなものが残っていないか
木はやはりその道の辺に立っている
何百年もあったとしたら簡単に消えるものだろうか
この世あったものは消えてゆく無常である
しかしそう簡単にすべてが跡形なく記憶から消えるのか
何かが残され記憶され語られてゆく
もしみな消えてしまうとするなら生は余りにも無常
無常の世にも無常ならざるもの
それがあってほしいと人は生きる
記憶から消されてならないものがある
60年もとにかくも一緒にいた人の記憶
それは簡単には消えないだろう
また消えてもならないものだろう
すべて良きものとしてあらじも
記憶に存在しつづけるものがある
消しがたく存在しつづけるものがある
それがやはり人間の一生の重みだろう
はかない生にも一生は重みがある
どんな老人もその重みを持っている
それは若者にはないもの
それが老人の言うに言われぬ重み
若者よそもおごるなかれ
やがてはみな老人となるものなれば
それは例えば村の入り口るある石
その石は何百年とそこにあり
謂われある石でありそこを動かない
その石を簡単に邪魔になったからととりのぞけるか
役に立たない石だからととりのぞけるか
その石は村の中で何かを語りつづける石
姥石とか名づけられ村と一体となってあった石
または要石とか名づけられ重しのようにあるもの
石は神としても祀られる
それはやはり長い時間のなかで存在しつづけた
時間の中でその存在感を培った
だから簡単にとりのぞくことはできない
単なるモノではなく村と一体化した石
空間の中に配置された単なる石ではない
時間の中で重みをました石だから・・・・・
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2009年01月06日

みちのくは癒しの地

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みちのくは癒しの地


みちのくの大地の眠り深きかな

病める者よ疲れしものや

今は冬安らかに眠るがよし

みちのくの山の眠りの深きかな

死者よそも今は騒ぐべからじ

ただ安らかに眠るべし

深き大地の眠りに癒されるべし

文明もただ過酷な労働を増やして

ただ大地の重荷となりぬ

冬は大地も休む人も休むべし

人を苦しめるは人なり

無益なる事に費やされて

人を苦しめることあるを知れ

なべて有益なるものとはならじ

無用の用に大いなる用あり

大地(ガイア)は眠る、機械は眠らない

機械は生命のリズムに反する

大地は急がない、千年が一日

億年で神の造形は成る

みちのくの大地の眠り深きかな

ここは癒しの地にして神の休息の場

汝らもここに休み癒されるべし

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2008年07月20日

千里疾走する天馬


千里疾走する天馬


全身に血潮みなぎり健やかなる時

草原の果てしなく悍馬は千里を疾走する

疲れを知らずどこまでもどこまでも疾走する

北斗七星、妙見菩薩や馬は天をも駆ける

神の巧みに天性の足と筋肉は疾走すべく作られる

草原は果てしなく悍馬は走りたらざれ

アレキサンダ−大王を乗せし名馬よ

そも世界制覇は成らず途上に果てぬ

鳥は休むときも飛んでいる

馬は休むときも走っている

魚は眠るときも泳いでいる

思いがけぬ遠くに駆け抜ける馬よ

草原ははてしなく留めるものはなしも

悍馬は思いのままに疾走する

草原にしばし休めば何の花や雲は流れぬ

全身に血潮みなぎり健やかなる時

馬は疲れを知らず疾走しつづける

糧は草原にありて荷はいらじも

精悍なる血潮みなぎる肢体をはずませ

大草原を思いのままに疾走しつづける

赤々と血潮のごとく夕陽は草原に映えて沈む

草原にも海にも北辰は変わらぬ座標

妙見信仰の星にして一際輝く

悍馬よ、そはなお走りたらじも

夢のなかにもそは天にも翼を生え翔りゆくを・・・・
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2008年03月20日

微睡(まどろ)む石

dreamstone1.jpg 
 

a dreaming stone
in spring haze
in a unknown villiage
over many mountains
in the distance

 
 微睡む石

春日さし大きな石は微睡(まどろ)み

いづこの村か霞み隠される

春風に誘われ訪ね来しもの

その大石に寄りて休みぬ

鶯の鳴く声のうららかに

大きな石は微睡み重し

その石の回りに蟻のい出くる

ああ、また労苦のはじまりかと

大石はその蟻を知らじ

自由なる旅人は霞む日に

桃源郷を求め次なる村へ

峠を越えてはるか去り行く

大いなる神は霞みて微睡み

その中より蝶の舞いい出る

病院に苦しむものに春はなく

微罰の日々を生きていしや

その声の哀しく切なし

その苦痛の声は我も苦しめる

石のごとく微睡み眠ることなしや

石は他に害を与えず苦痛もなく

春の日は微睡み眠る
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2007年07月15日

白鷺の飛翔(詩全般)


 白鷺の飛翔

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、
注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。 (マタイ6:28

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

確実に餌を捕らえるその鋭い嘴

そのしなやかな脚は水を乱さず歩む

神の技にそは一糸もまとわず形優美に

均整とれた過不足なく完璧な姿
そは優雅に舞い下りて地を乱すことはなし

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

真昼熱く燃える花がじかに映える

汝は何をも労すことはなしも

完璧に神の技に造られしもの故

そはただ神の御意のままに従順に

神の園にその天然の美を尽くして飛翔する

そは神により造られしものゆえに真の美あり

人により造られしものは真の美を損なう

無益な労苦や装飾をもたらし疲弊させる

真澄の空に白鷺の眩い純白の飛翔!

神により造られしものはなべて奇跡の技

神の御意にかない健やかなる日々を生きている

美は神の造りし天然にありて人の造りしものにあらじ

そはただ神の御業を讃えるが仕事なり

人の前に奇跡の神の技なる美が優雅に舞い下りる

清々しく風はそよぎ緑の野が広がる

その中に花は喜びに赤さを増して燃え上がる


 

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2007年03月30日

春の町の墓所(墓に思う−続編)

春の町の墓所

誰が眠るや
町中の墓所
春の日影に
我が家の墓も
そのとなりに
名もなき石くれの墓
かすかに縁つなぐや
供え物ありぬ
手押し車を押して
墓掃除が勤めや
90過ぎし母もゆく
ここを今日も通りて
ああ 人の世の悲しさあわれ
我も身にしむるかな
人は生まれ死して忘れられる
遂には家からも世からも
切り離されるが定め
最後に世に留めしは墓のみ
今日も町の墓所の前を通い
春の日は暮れぬ


キ-ワ-ドで墓 詩ででてきたのがこの漢詩だった。

訪子陽先生墓

              良寛

古墓何處是,
春日草せんせん。
伊昔狭河側,
慕子苦往還。
舊友漸零落,
市朝幾變遷。
一世眞如夢,
囘首三十年。


墓がどこにあるかわからなくなった。こういうことはかなりあるだろう。江戸時代は墓はそんなに建てられない、庶民の墓は粗末な石くれがほとんどであり名前も定かでない、個々の墓はなくホトケッポとか村の集団墓だった。武士の墓は立派なのが多いし今でも残っている。家の墓でもこれだけ墓が建てられたのは明治以降なのだ。ほとんどの墓は明治以降である。名字をもてたのも明治以降だから墓もそれに比例して増大したのである。

舊友漸零落
市朝幾變遷


これはつくづく感じた。私の親戚すじも破産して工場がなくなった。市も余りにも変わってしまった。自分の住んでいる場所は昔を思い浮かべるものは何もない、全く変わってしまったのだ。これほどまでに変わるものかとなるがこれは60年生きればほとんどこうしたことは古来から経験していたのだ。人も死んだり移動したり変わってしまう、無常の世界である。これは老人になれば誰でも馬鹿でもそう強いられるのだ。

だからうまいこと言う人がいるもんである。なぜインタ−ネットでは普通の庶民が別に文学青年でなくても気のきいたことを言うのを発見するのか?
それは実体験しているからなのだ。認知症であれそういう人に日頃接している人はその方面の専門家に自ずからなっているのだ。私も今や認知症素人評論家みたくなってしまったことでもわかるのだ。インタ−ネットは庶民にはじめて表現の場を与えたのである。

利用者が帰りたがっているところって
そうだね。かつてあった生活、もはや今はない、帰りたくても帰れない
あの頃の生活、あの頃の家庭、あの頃の家族・・・
そして、それがまだ外にあると感じている。
自分を待っている場所があると思っている。


家族さえ家さえなくなっている。これは多くの老人が実感することである。施設に入ったりするともはや家から切り離されるからである。認知症の症状は老人に一般的に現れるものでそれが極端化したのが認知症なのだ。大きな生の喪失感では共通しているからだ。
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2007年03月15日

大地に刻まれた歴史

大地に刻まれた歴史

春の陽ざしのなかを
ゆっくりと歩いてくるもの
遠い道のりを一歩一歩
籠を背負い、馬車に荷をひき、・・・
大地の道を踏みしめてゆく
ゆっくりゆっくり進むほかない道
そこに知らず労働の重みが刻まれていた
坂を越え峠を越え村と村を結ぶ
春の陽ざしのなかを
早められぬ時の神が見守る
一歩一歩歩むことが時を刻む
実りは早めることはできない
一歩一歩歩む堆積のみが実りを生む
大地に結ばれる道
大地に刻まれる労働の重み
あわただしく過ぎる現代の時間
その昔の人の跡をたどるが良い
春の陽ざしのなかを・・・・
忍耐の石が山の道の辺に
春の日を浴びて黙している
その石の重みを知るがよい
あなたが知るべきは
大地に刻まれた歴史なのだ
大地の血肉となりし歴史なのだ


旅の部の詩の文が赤になっていた。このさくらのプログでおかしくなったのはこの文字色の変化だった。黒に指定していたのに赤になっていた。
プログはなかなか自分なりに編集できない、日毎に変わるものだから全体をふりかえってみにくいしあとで見て直すのもやりにくい。
一応赤の文を黒にはしたがどこかで他も文字の色が変わっているのか

旅の部と一般の詩の部を分けた
posted by 老鶯 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般