2020年07月05日

ヨ−ロッパや中国の精神形成の歴史 (城壁の内と外)

                                              
ヨ−ロッパや中国の精神形成の歴史

(城壁の内と外)

城壁の上をふみしめ歩みつつ城市に住む心知るべし

大陸というとき、まずその地形を知るべきである、そこはどこまでも平坦な地形がつづくさえぎるものがない、そういう地形に生きることは日本の様な山国に生きるのとは根本的に違ってくる
その感覚を知ることはやはりその土地とその場所と城壁を知ることである
それで長安の城壁の上を歩いた、その幅広いし重厚の城壁である
そこに門があり門の外と内とがあり外に住めば無防備になるから危険である
外的がどこまでも平坦な土地からモンゴルの様に大挙攻めてくる
その地勢は前を遮るものがないからだ
だから城の内に逃げ込めば命が助かる、命が守られるとなる
それはヨ−ロッパの都市でも同じである、都市を城壁で囲む、その内に入れば敵が攻めてきても命が守られる、そうでないと命は守れない
するとその城壁内で城と一心同体になる

日本だったら城と町とは町民とは農民でも分離して生活している
敵が攻めてきても城の中に逃げる町民とか農民はいないのである
ここが大陸と日本の歴史を知る大きな相違である
それはなかなか頭の中で理解しにくい、それで旅でもいいからその土地を踏むことにより歴史を知ることができる
つまり血肉となった歴史を知ることができる、それでなんとか50代で世界旅行をしたから十分とはならなかったが知ったことは大きいことだった

中国とヨ−ロッパはやはり大陸であり似ているのだ、城壁があり塔があるというときそれは敵から守るためのものであり塔は敵の侵入から守るための見張りの塔である
だから中国でも塔が多いのである、それも堅固な塔でありそれが仏塔にも発展したのである、日本の塔は五重塔でも見張りの塔ではない、優雅な塔なのである
どこまでも平坦な大陸に住めば何かそうした高い塔が目印にもなる
つまり遠くから塔が見えればそこが目印となりその塔を目指して来る
ともかく大陸ではそうして城壁に囲まれていればそこで安全が保証されたとなる
それが国全体を城壁で囲むとなり万里の長城が生れた
ただ万里の長城はなぜ急峻な山の尾根のような所にあるのか?
そのような山を遊牧民が上って攻めてきたというのも理解しにくい所はあった
やはり山が防壁となりその上に城壁を作ったという歴史があったとなる

civilizationというときcivilは市民である、その市民というものが日本人にはないのである、それは城壁内で作られた共同意識のことである
その城壁内で命を守るための義務と責任のことだった
日本の共同意識は小さな4、5百人の村のことだった、非常に狭い地域の村が村意識が作られてそれが日本人の共同性を作ったとなる

日本の地形がとにかく山が多くて山でさえぎられている、山が障壁となる
山に閉ざされてしまうのである、国のまほろばとなると奈良の盆地のように山に囲まれた地域なのである
また日本の城が要害となる山に作られたのも地形を利用して敵から守るということに自然となったのである
人間の精神の形成もこうして地形が影響して地理が影響して作られてきたのである

何度も言うけど福島県は地形的に一体になれない、ハマ、ナカ、アイヅと別れていてそこで天候も地形も違っている
阿武隈山脈が高原があり中通りと浜通りはさえぎられて見えないのである
福島県はその地形のために不自然な県となっている
それは日本がの国土自体が山にさえぎられてそうなっているのだ
だからこういう国が一つの国となることはむずかしいことである
八百万の神がいたということは隣の村でさえ山でさえぎられて別な世界になりそこに別な神がいたともなる
だから大和王権が海から船で支配した統一したというのもわかる
とても陸地からだと山にさえぎられて道もないときその全体を統一することはむずかしかったからである

ともかく歴史でもその国土と密接に結びついて形成される、その地形とか地勢とか地理は変わらないからだ、阿武隈山脈が高原がなくなり向こう側は見えるようにはならないからだ、もちろん日本を囲む海は依然としてなくならないからである
中国でもヨ−ロッパでも川が大きな役割を果たした、ドイツのライン河は父なる河となっていることも理解しにくいのである
中国の文明でも黄河と長江が作ったというときもそうである
エジプト文明がナイルの賜物というときもそうである
川は水が流れているというだけではない、道ともなっていて結べものだったからである
エジプトの神殿が河岸に作られたのは港の機能があったともなるからだ

日本人が大局的なものの見方ができないというのも地形からそうなる
常に山にさえぎられて遠くが見えないのである、大陸だったらどこまでも平坦な大地があり遠くが見える、ということは当然大局的な見方ができるとなる
大局的に見て戦略をたてる、日本だと戦術になる、その場その場での臨機応変な対応となる、大陸だと時間的にも空間的にも長期的であり空間でも広い範囲に生きる
だから中国の一帯一路に批判があっても中国自体が大きく一帯一路として見るからそうなる、日本ではそんな遠大な計画ができない、大東亜戦争でもそうした巨大な大陸に攻め入ってもとてもその広大さがわからずに大陸に中国に飲み込まれてしまったのである

ともかくまず世界を知るにはその地理を地形をしることである
でもそれが広すぎて知りえないのである、常にいるのは狭い日本でありそこから世界を見るから理解できない、そこに誤解も生れて来る
中国とかアメリカがどれだけ広い国がとても実感できない、そこで島国根性になり無謀な戦争になったりした、日本は海に囲まれでまた孤立しやすい風土だからである


長安春望<盧綸> 

東風雨を吹いて 青山を過ぐ
却って千門を望めば 草色閑なり
家は夢中に在って 何れの日か到らん
春は江上に來りて 幾人か還る
川原繚繞す 浮雲の外
宮闕參差たり 落照の間
誰か念わん儒と爲りて 世難に逢い
獨り衰鬢を將て 秦關に客たらんとは 


千門があり河がありそこは外界とつなぐ道でもある
いろいろ人生を経て長安の城壁内に老いたということである
その城壁内が安住の地だったとなる

長安の城壁

これだけ広いのである


2020年05月19日

日本人は日本語と切り離せずある (日本語の特殊性は何なのか)

  
  日本人は日本語と切り離せずある 
  
  (日本語の特殊性は何なのか)
  
  日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ
            
  金銭や物質をふくめた富には長いこと無縁であり、争いごとから遠く離れ、豊かな自然は数学、理工脳よりも工夫、洗練といった芸術的な質の価値観を育んできた
  
  失われた日本語,失われた日本(林秀彦)

ayametwo111_FotoSketcher22.jpg


perpleyellow1.jpg
  
日本人が日本のことがわからない、日本を知るには外国と対比することで見えて来る
対象的にすると見えるものがある
例えばここに紫色と黄色がある、これは黄色の菖蒲と紫の菖蒲を単純化した抽象画になるつまり色が現すものがある、赤だったら太陽とかイメージするし青だと海とかをイメージする、黄色とかなると何か明るい感じものをイメージする
すると紫と黄色は何を意味するのかとなる
黄色は明るく目立つ、でもその色を目立たせるのは紫なのである
紫は何か謙虚な感覚になり黄色は派手な感じになるからだ
こういうふうに対比することで見えて来るものがこの世界には多い

日本語でも日本語が何かわからない、でも外国語と対比してみると日本語の特性がわかるそれで本居宣長が唐言葉と大和言葉に分けて日本独自の言葉の由来から日本文化を解き明かした
日本語は特殊な言葉であり英語とかと比べると論理的ではないとしている
情的美的言葉であり世界の言葉からすると特殊だとしている
日本語自体が詩的な言葉としている

良くわからないけれどなぜ中国人はIT社会になりアメリカを追い越すような国になったのか?
それは漢字だけだと論理的でありそれが意外とプログラムするのに適していたのかとなる漢字は象形文字でありそう見えないが中国語の語順とかが英語とにている
だからIT社会になることができたのかともなる

日本語の特殊性はかなが作られていたことである
このかなが平安時代に宮廷に仕える女御たちによって発明されたことである
それで最初は漢詩を作ることができる、漢字だけを使うことが優れているとなっていた
大和言葉より漢語が優れているとされたのである
それは日本語より英語が優れているとなるのとにている
だから一時明治維新でもフランス語を国語としろとか英語を使用こせて国際化社会に適応すべきだということが今でもある
でも日本語は特殊であり日本語を使わないと日本人でなくなる
外国語は別にそうはならないと林秀彦は言っている
この人も外国暮らしが長いから外国のことを深く知っているしそれで対比して日本が見えたとなる
そして日本の悪い所もありありと見えたので日本人をこきおろしたのである
一方で日本のいい面も日本語などを通じて称賛している

何か外国暮らし人でも日本の見方が違ってくる
内村鑑三はアメリカに留学したがアメリカは金銭崇拝の国であり嫌悪した
日本は金だけの国ではないとしてその良さを主張した
だから彼はまたアメリカでも宣教師を嫌って武士道に根ざしたキリスト教を説いたのである
アメリカという国はプラグマテズムの実用主義の国であり何か神秘的なことは嫌う、実業家の国である、だからアメリカからは宗教でも哲学でも思想でも絵画でも音楽でも芸術も生れない、一流なものは生まれない、巨大な富を産みだしても精神的に人類に寄与する面が少ないとしている

プラグマティズム(英: pragmatism)とは、ドイツ語の「pragmatisch」という言葉に由来する、実用主義、道具主義、実際主義とも訳される考え方

言葉にしても英語とかはそういう実用主義の言葉、ビジネスの言葉であり詩的なものとはなりにくいとし林秀彦は言っている
それも英語を日常的に外国で使い暮らしていたから日本語が何か見えてきたとなる

日本語は語源とかたどると本当に謎でありどうしてそういう言葉が生まれたのか不思議だとなる

美しい(うつくしい)というときうつは何なのか?

うつむく・・という動詞から来ている、美しいとはうつむくと関係あるのかとなる
日本画とかの美人画ではうつむいているの多いからうつむいている姿が美しいととらえたのか、何か日本語は動詞から形容詞になっているのが多い
動作がありそれが形容化する、しなるという言葉がありしなやかなとかなる
日本舞踏でもそういう感じになる、日本人は動作に重きを置く、その動作はしなやかなということに象徴される、外国のダンスは激しい運動だとするときその対象で相当に違ったものである、しなやかなというとき柳のような感覚になる
とにかく言葉を探求するとそこに日本人が形成した文化を知ることができる
何気なく使っている言葉でもそれがどうして生まれたのかを読み解くと日本人の文化の根源をしることができる、それで本居宣長は唐言葉と大和言葉に分けて日本の文化を探求したのである    

 日本人性の失われた場に日本語が生息できるわけがない
  どこの国の言葉であろうと言葉は環境の産物なのだ
  特に日本語が産みだした環境はその独自の精神生活にあった
  国語を守るのはその日本の生活環境を守ることと同義なのだ  
  
 この言葉を象徴していたのが万葉集の次の歌だったのである

 豊国の企救の浜辺の砂地の真直にしあらば何か嘆かむ 

この場所が今は工業地帯であり全く当時の面影がない、ということは日本人の心も失われたとなる、その地に立ってもこんな境地にならないからである
日本の自然景観は破壊されつづけてきた、それとともに日本人の心も失われてきたともなる 


2020年02月27日

中国は世界帝国を目指しているのか? (洪武帝も中国を物語る代表する皇帝だった―食から考える中国)


中国は世界帝国を目指しているのか?

(洪武帝も中国を物語る代表する皇帝だった―食から考える中国)

例えば、モンゴル支配以前の朝鮮半島では肉食はあまり普及しておらず、モンゴル支配下で、肉食が始まったのです。また、マッコリという醸造酒は、アイラグという、蒸留していないモンゴルの馬乳酒にそっくりですから、マッコリもその頃から飲まれるようになったものだと思います。

 それ以前の朝鮮半島は、日本のお寺の精進料理のようなものを食すなど、日本との文化的共通点が多かったようです。今の朝鮮文化は、モンゴルの影響を非常に大きく受けているのです。

 39度より南は農耕民が住んでいました。新羅と百済に相当する地域で、日本とも通じる文化を持っていたところです。そこが狩猟民と農耕民の分かれるラインであり、人種も違っていたようです。

 皇帝たちの中国史8】明の太祖洪武帝朱元璋〜吹き荒れる大粛清の嵐



ここで言うネズミはタケネズミで
竹しか食べない
ほとんどモグラ

豚肉に近く味するタケネズミ
養殖もされている
江南ではポピュラーな食材

 ネズミは広東料理ではしゃぶしゃぶや火鍋の材料にされる。味はウサギや鶏肉に似ているとか。ここでは猫と同じくらい丸々と太った大人のネズミが特に好まれる。

 現在中国で拡散している
食べてはいけない野生動物の一覧表がこちら



NHKの残虐な農民皇帝・洪武帝を見た、旱魃(かんばつ)で両親が死にその後僧となり乞食して生き延びて反乱軍に加わり皇帝までなり民王朝を作った
中国の歴史でも農民の生活も過酷なのである

農民の家で八宝粥というのをその故郷で日本人が案内されて食べた、それは洪武帝が食べたのとは違う、砂糖が入っていたから甘い、なんでも洪武帝の時代はネズミとか入れて食べていたという
中国に三回行った、八宝粥も食べた、何か大きな黒い豆が入っていてうまいしライチも安いから食べた、海外旅行は本当は食を知ることがその国を知ることである
ただ私の場合はそれはできなかった、最低のありきりのものしか食べてないなからである

中国はそれでも三回も行ったから良く行けたと我ながら感心する
一回でもこうして外国を旅行すれば肌で知ることになる
十数年前のことでありこれもたちまち時間が過ぎてしまった

中国はその時まだ貧しく鉄道でもまだ蒸気機関車が走っていた所があった
そこは砂漠の様な所だった、そして工業化する走りであり農村から都市へ膨大な人が流れていたのである
中国では人が移動するというとき洪武帝でもそうだが飢饉になり大量の人間が流民化するそれが軍隊となり時の政権を倒すようになる
そのエネルギーが凄まじいのである

そしてあれだけの大国となると治めるのに統一するのには10万人も仲間だった人も殺して粛清した、官僚も嫌っていて粛清した
何かこれは今も中国ではつづいている、それが中国という国のカルマだからつづいている習近平王朝もその続きなのである

ただ何でも動物を食べるという時食べるものがないから食べるというのではなく
薬として漢方薬として食べる、だからかえって金持ちが食べているという時意外である
コロナウィルスもそうした武漢の動物市場から出て来たとされる
ただ別な説もあり不明である

何かこうして問題が起きる時必ずその国の風土とか歴史を知ることが不可欠なのである
その中で食は文化であり歴史であり風土と深く関係している
インドでカレーが生まれたのはあれだけ暑い国だからである
つまり料理は必ず風土と関係している、日本のサシミ料理も江戸前料理もそうである
新鮮な物を生ものの魚を食べるのは日本だけだからである
ただ武漢ても海鮮市場とあるからやはり動物でも新鮮なものを生きたままの動物の赤子を食べるとかあり日本がで踊り食いなどあるから共通している
でも魚と哺乳類の動物となるとまた違ってい

韓国では意外である、肉食はあまりしていなかった、モンゴルに征服されて肉食が入ってきた、韓国は淡泊な食事であり日本と共通しているというのも意外である
ただ今の韓国と北朝鮮があり北朝鮮は高句麗であり別なのである
そこは遊牧民が住んでいた場所であるからだ
ただ古代から関係が深かった百済とか新羅は文化的に日本と共通していたとなる
だからこの辺が誤解しやすいのである、文化的にも古代辺りは日本と変わりない一体感があり外国とも感じていなかったかもしれない。

いづれにしろ中国を知ることは容易ではない、その国も巨大であり人間もまたスケールが違う、どうしても英雄が生まれる土壌がある
そして一将功成って万骨枯るという国である、皇帝一人が君臨して治めあとはない
洪武帝が10万人を粛清した殺したというのもそうである
そのくらいしないと治められない、回りから寝首をかかられる
だから中国では対外的より広大な内部を治めることが先決になる

だから日本が中国とどう対処するのか?
それが今問われる、コロナウィルスでもそうであり経済で関係が深くなったからである
それまでは江戸時代であり直接かかわることがないし明治以降でもそうである
ただ大東亜戦争で敵となり戦った、それはヨ−ロッパの侵略によって世界大戦の結果としてそうなったのである
ただ中国とは朝鮮半島をめぐり古代から争ってはいたのである
ただその他は没交渉になっていたのである

経済的に巨大化した中国とどう付き合うのか?それが今問われている
それには中国の歴史を知る必要がある、でもその歴史を知るにしてもあれだけ大きな国となると理解しにくい、とても日本のスケールで計れないからである
でも洪武帝は極めて中国の英雄であり人物だとなる、それこそ中国という風土と歴史から生まれてきた人物だったのである
中国ではとても民主化を簡単にはできない、それは人口と国が巨大だからである
それをまとめるとなると結局洪武帝とか毛沢東とか習近平とか独裁政権になり毛沢東でも何か一千万殺したとか言われる、それは習近平とかにも受け継がれている
天安門事件でも実際は何万人を無惨に殺戮したとか言われる
そういう国柄でありそれは歴史的カルマとして変わらないのである

日本はそういう国とどうつきあうのか、ただ経済力が大きくなり小日本はのみこまれる
中国の観光客が来ないとまた経済関係でも武漢にサプライチェーンがあり衰退している日本では中国から離れることがもうできない、中国は今や日本だけではない世界にとって脅威となる、コロナウィルスでも中国人は世界中に散らばりはいりこんでいるからイタリアまで被害が拡大したのである
中国の負の面を世界でかかえるようになったのである 

とにかくウィルスでもそうだが中国が経済的に巨大化するとき世界から問われる
一体何をもくろんでいるのか?世界帝国なのか中華帝国の復興を目指しているのは確かであるがアメリカのように世界の覇者になることも目指している
そこでアメリカと衝突する
おそらく日本は今度は中国の属国となる、また中国ではそうしようとしている
でも何か中国というのは古代からの中国の歴史として発展したものであり中国は古代から変わっていないのである

近代化とういとき西欧化だったがその時中国は眼中になかった、中国は欧米の植民地化されていたからである
つまり明治維新は欧米化として日本は革新した、その時漢字をヨ−ロッパの思想などを日本風に訳した、それを中国人は今使っているのだ
中国の問題は西欧化が世界の流れとしてあったが今になり経済が巨大化して世界帝国化しようとしている
それは古代への逆行でもある、これは日本が天皇を中心にすえて明治維新があったとにているのだ、つまり皇帝の復活である、毛沢東でも習近平でも皇帝だからである
そして日本も属国になればその皇帝に仕えることになる

だから世界のリーダー国になることが許されるのか?
世界のリーダーとは軍事力とか経済力なのか?
それがまた問われている、みんなウィグルの弾圧のようにされることを恐れているからだ
文明がcivilizationというときcivilは市民のことである
でも中国に市民は存在しない、皇帝が君臨して治める、言論の自由もない
日本もまた天皇が存在して臣民であり市民といなかったから似ていると言えばにている
いづれにしろ国の歴史が継続して国もありうる
だから必ず歴史を知らないとわからない、その歴史にもいろいろあり食の歴史は一番わかりやすいのである

chonesfood1.jpg

竹製の牌を混ぜる時の音が雀の鳴き声に似ていることから付けられたとされる

麻雀は雀のことであり雀も食料だった、ネズミを生で食べるということは日本でぱ考えられない
竹鼠とは竹を食う鼠のことである、パンダも竹を食うからにている
竹は食料になる、ただ竹は南方系である

2020年02月22日

海に囲まれた日本の地理が日本を作った (日本とアジアの地政学―太平洋戦争の意味)


海に囲まれた日本の地理が日本を作った

(日本とアジアの地政学―太平洋戦争の意味)

poceanwar1.jpg

harunam1.jpg

学問の基本に地理があることは間違えない、天の時、地の利、人の和が基本にある
地の利が地政学から歴史でも政治でもある
なぜ日本が外国を理解するのにうといのか?
それは日本が特殊な地理にあったからである
自国の地理がどういうことをもたらしたかそれが基本にある

日本は海に囲まれた島国であり一つの隔離された宇宙である

これが日本の最大の特徴である、つまり日本は必ず海で世界が尽きる、それで最果ての地点が人気になる、日本では海で囲まれているからその外は意識しにくいのである
その特殊な地理が日本を作った、まるで世界とは大陸とは別個の純粋培養した世界を作ってきたのである

日本は世界のことを理解しにくい、例えば中国だとそこは一つの世界であり当然中華思想も生れる、中国には食べ物でも南から北かららゆるものがあるからだ  
中国にないものはないとなる、だから外国から何か輸入して豊かになるとかの発想がなかった、国内ですべて間に合うからである
そして夜郎自大という諺にも中国がすでに世界であることを示している
夜郎国が漢の国をみくびって戦争に勝つと思い込んでいたのである
その大きさと強さを知らなかったのである、それはアメリカと戦争した日本とも似ていた中国とはそうしてもともと大きいから世界であり中華思想が生れた

そういうことは自然現象にも起きて来る、最近アフリカからバッタが大量に発生して食料となるものを食いつくして中国に移動してきているという、それが脅威となる
それは中国にも過去にありアヒルを大量に放ちバッタを食わせてくいとめたという
アヒルは雑食性だったのである、そのアヒルが中国では食べる、バッタを食べたアヒルはたんぱく質をとるからうまいとしている、アヒルは中国ではどこでもみかける
でも今度は農薬を飛行機とかでまくほかないとしている

つまりこのことを見てもアフリカ大陸からアジアへ大陸はつながっているからこういうことが起きる、それも壮大な移動である、そのことはバッタでも起きているが人間にも起きているのだ、モンゴルのように大陸がつながっているからその大陸を遊牧民が軍隊となり移動する、また中国では流民が問題である、飢饉になると膨大な人間が移動するのだ
それで内乱となる、今中国は食料不足になりそういうことがまた起こりかねないとしている、アメリカから穀物を輸入しているのもそのためである

とにかくここでわかることは

バッタは日本には移動できない→海があるから

まさにこれが日本の地理的特徴なのである、海があってバッタも人も容易に移動できなかったのである、海が障壁となり中国のように万里の長城を作る必要がなかったのである
このことが日本を作ったのである、鎖国など大陸ではできないからである
日本はだからこうした地理によって作られた国である
確かにイギリスなども島国であるがドーバー海峡は30キロくらいで対馬海峡とは違う
泳いで渡る日本人もいたように近いのである
ドイツのケルンの塔からライン川が流れていてそれがオランダからイギリスにも通じていると見た、ヨ−ロッパ大陸とつづいているのかとも見た
そういう距離にあり日本は大陸と隔絶してはいないがその距離は遠いのである

だからイギリスはヨ−ロッパの大陸の歴史とも一帯化している
第一もともとゲルマン人が移住して作った国であることは明確である
ドイツ語が英語の基となっていることがはっきりしているからだ
日本の不思議は日本語がどこから来たものなのか未だに不明なことなのである
それが本当に神秘的なのである、だからもともと日本文明があり日本文化があった
縄文時代が一万年あり日本は中国より前から文明があったという人もでてくる
それは中国とかの大陸とつながっていないからである

日本の太平洋戦争の失敗は日本がどういう位置にあるのか地政学的に見ていなかったからかもしれない、それは中国の大陸の満州にこだわったためである
それは日露戦争の時からそうなっていた、あれだけの犠牲を払って満州を守ったのだから手放せなかった、結果的に満州にこだわりそれがひいてはアメリカとの戦争にもなった
中国もロシアも敵に回すこととなったのである

だから日本は大陸進出するべきではなかった、太平洋戦争というように太平洋の覇権を守るものとしての戦争だったら3百万にも死ぬようなことはなかった
中国の西安のような奥まで日本軍が行っていたことには驚く、あんなに広い中国に入ったらまさにのみこまれてしまうだろう、そんなところまで行って死んだということが信じられないのである

日本は海の国とするとき太平洋連合とか東南アジアくらいまでを連合国とするべきであり中国大陸に深入りしたのが失敗だったのである
それは日本の地理的特性を見ていなかったからである

それで不思議なのは済州島の漢拏山である

「榛名山」と「ハンナ山」

群馬県の榛名山は韓国の漢拏山(ハルラ山・叉ハンナ山)からで渡来人が名称と・・・群馬県立女子大学:熊倉靖氏がほぼ間違いないと言及しています。・・「東国文化シンポジュム」より

金井東裏遺跡(渋川市)出土の甲(よろい)着装人骨や日本のポンペイと言われる渋川市の黒井峯遺跡など、榛名山が大噴火していた6世紀中頃、渡来人が噴火の山をみて、済州島の噴火の山を漢拏山(ハルラ山)に連想して、ハンナ(榛名)山と・・

これは興味深い、なぜなら済州島に私が行って漢拏山(ハルラ山)に上らなかったが
その山は2000メートル級るから高い、そして独立峰である
その山を見たときそれが中国と韓国と日本に通じている、その山がそういう位置にあったことで意識した
地理のつながりとはこうして理屈なしで一体感を感じることなのである
韓国が日本と地理的には一番一体感を感じるのである
日本の延長として韓国があるとなる、ただ韓国は大陸とつながっているから大陸の一部にもなる、でも済州島ともなると何か日本の延長の一部のようにすら思えたのである
この地理的感覚はその場に立たない限りわからない、それは日本でも同じなのである

日本の地理の感覚は島国であり海を通じてつながる、陸を通じてつながるのではない
海を通じてつながる、だからこそニライカナイ信仰が生れた、海の彼方にある理想郷であ海のかなたに母なる国があるとかの信仰である、それも当然なのである
なぜなら日本は海で囲まれているのだから海のかなたをいつも見ているからだ
海によってさえぎられるからである、根の国というときは海の底なのである

ともかく日本は海洋国であり山の国でもあった、本来は海とのつながりが深かった
でも江戸時代の鎖国とかで海とのつながりが希薄化したのである
不思議なのは古代の方が大和朝廷ができる前の方が海とのつながりが深かった
古事記の神話でも海洋民が安曇族とか宗像族がその神話を作ったのである
だから相馬地域になぜこれほど綿津見神社と山津見神社が多いのか
それは海洋民がここに移住して来たからだとなる
その人たちが群馬県にも入りこんで榛名山は韓国の漢拏山(ハルラ山・叉ハンナ山)に由来しているというのもわかるのである
そしてまた日本語がポリネシア系統の言葉に由来するというのもそのためである

アジアの地政学というき中華思想の大陸だけではなく海のアジアがある
その海のアジアの中心が日本なのである、だから太平洋岸から沖縄諸島から中国の海岸線から台湾からと太平洋の島々がつながっている
そういう地政学をもてば一つの連合がありえた
それが満州を基盤に中国大陸に深くは入りこんだことが失敗の元だったのである
人間は地理を離れてありえない、だから政治でも地政学なのである

2020年02月09日

格差社会の原因の歴史的考察 (大陸国家と島国日本の根本的相違)


格差社会の原因の歴史的考察

(大陸国家と島国日本の根本的相違)

日本の社会に階級制がないいうとき平等だというときその原因は日本はもともと島国であり小国だった、資源もないし突出した富を産みだせない
殿様と外国の王様は違う、殿様でもそれほどの贅沢をしない
食事の内容でも殿様が鯛を食べたとしても庶民とさほど変わりない食事だった

リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です

食べる者からしてこのように差があった、明確に階級で差があった、それがヨ−ロッパだったのである
韓国にも宮廷料理があり中国にもある、日本には殿様料理など残っていないのである
日本でぱみんな貧乏だったから生活自体に差が生れなかった
また戦争するにしても外国のように異民族と戦争するのではないから民族絶滅するようなジェノサイドも起こらない、敵味方塚を作るように歯止があった
天主閣は殿様がそこで戦争に負ければ討ち死にする場でありそれで戦争は終る
殿様が死ねば戦争は終わる、家来は殺されないとなる

なぜ格差社会になるのか?
それは大陸国家だと桁外れの富がもたらされる、資源であり何であれ富が集中するのである、それはヨ−ロッパでもそうであり中東でもそうであり中国でもそうである
巨大帝国が生まれ富が集中する、ペルシャ帝国であれローマ帝国であれオスマン帝国であれ中国の始皇帝であれモンゴル帝国であれ巨大な富が集中する
そして何かそうした帝国は贅沢になり弱体化してゆく
それが世界史の法則のようになっている
第一奴隷が大陸国家では必ず生まれる、そのこと自体すでに極端な階級制が生まれる所以である

日本の特殊性は狭い島国で等しく貧乏であり大きな富が支配者に集中できなかった
ただなぜ巨大な古墳ができたかわからない、でもそれは支配者が王が贅沢するものではない、それは何のために作られたのかわからない、王の墓なのかどうかもわからないからだ灌漑用のために作られたとかいろいろ説があるからだ

一方始皇帝であれ歴代の中国の王となる桁外れの富が集まりむさぶることになる
地下まで宮殿を作りそこで贅沢して生きようとする貪欲さがある
その贅沢も桁外れなのである、始皇帝陵は大きな山であゃそれは明らかに始皇帝が埋められている山なのである
外国の歴史で共通しているのは階級制とか格差社会はこうして富の集中から起きたのである、またそれだけの富が集中できる結果なのである
また資源でも何でも富が生まれるから必然的に格差社会になったのである

ヨ−ロッパは実際は富がない、資源もない、でもイギリスで産業革命が起きた時、
イギリスが七つの海を支配してアジアから富を収奪して富が集中した
そして大英博物館には世界の遺産が収集されたのである
これは近代でも富が集まる産出する国は格差社会になる
それはアメリカだとロスチャイルドとかでも石油を発掘して巨万の富を築いた
中東でもサウジアラビアなど王族が石油の富を独占していることでもわかる
そこに桁外れの富が生まれ極端な格差社会になる
日本が平等社会になっていたのはそうして巨大な富を生み出せないからである

大陸国家がスタンダードでありルールだというとき世界史は大陸国家の歴史だからである日本は一小国の島国の特殊な歴史なのである
だからこそ日本の生み出したものが世界のルールになりにくいのである
そういうユニバーサルなものスタンダードを作ってきたのは大陸国家だったのである
それは宗教でもそうである、宗教は異民族が交わる時、そこで差別すると普遍的なものとならず広がらないからだ
だからヒンズー教はカースト制があって仏教の平等思想は普及しなかった
キリスト教はユダヤ教の選民思想に固執すると世界宗教にはならなかった

中国でも中国は一つの世界だとするときそこに普遍的原理が生まれる
様々な教訓を残し思想を残すのである、政治思想を残すのである  
日本にはそうした独自の世界的な普遍的な思想が生れなかったのである
神道をみればわかる、一体神社は何を意味しているのか、良くわからないのが多い
ただ先祖を祭ったものだとはなる、また地域の地域の神だともなる
だから明治維新で国家神道になったのはもともとそういう政治思想はないから歪なものでありそれが日本を歪めてしまったのである
そこに日本が近代化する欧米化する時歪なものとなったのである

日本からはもともと資本主義でもマルクス主義でも共産主義でもそうした思想自体が生れようがない、第一マルクス主義だと階級制の打破を唱えていても階級制がヨ−ロッパのようにないのだからその根幹で理解できないのである
資本主義の思想でももともと日本ではそれを理解するための素地となるものがなかった
それも大陸国家の思想である、だから日本の会社が従業員主体の会社であり欧米の会社は株主中心の会社になる
日本の会社は日本的な独自の会社組織になりる、高度成長時代は家族の様な会社だとなり福祉とか家族のめんどうまで見るとされ終身雇用になっていたのである

だからどうしても世界的標準としての大陸国家の興亡と日本の歴史を分けて考える必要がある、日本文化というとき外国文化との根本的相違を知るべきだとなる
日本の文化が世界的普遍性をもたないというとき日本人自身が日本を知らないからだとなる

それでyoutubeで必ず外国に住んだ経験のある人は日本を対象的に見れるから何かを言える、日本だけに住んでいる人はどうしても外国と比較して見れないから深いところでわからないのである、自分自身がそうである
確かに外国旅行して見聞を広めたことは大きかった、でも外国に住んだ人住まない人の差も大きいのである、外国に住んだ人は外国を肌で知っているからである
その相違を肌で知る、ただニュースとかテレビを見るとか本を読んでもわからない
直接そこに住んで肌で知るから理解が深まるのである
それは日常ののささいなことでも違うから理解が深まるのである
            
それは歴史を勉強するときは現代を過去との対象でみるのも同じなのである
今だけ見ていたらわからない、今を見るには過去と対象して見なければならない
今を知るには江戸時代を知るべきでありそこで対象的に見ると理解が深まるのである
日本は明治維新以来江戸時代のことがわからなくなった
明治が偉大なのは江戸時代と新しい西欧文明にふれたことによっていたのである
つまり江戸時代の継続としても明治があったから偉大な時代となったのである
その後は江戸時代は忘れ去られて欧米化一辺倒になったからである
武士道からキリスト教を説いた内村鑑三でもそうである、明治には武士道がまだ活きていたのである、その後武士道は何か不明になったのである
神道が国家神道になったのも歪なものでありそれが国自体を歪めてしまったのである

日本は明治維新から150年とかすぎて新たな社会の思想の構築も望まれている
日本は十分な西欧化とも行われなかった、逆に国家神道とかになり悲惨な戦争で3百万人も犠牲を払った
日本の歴史は最初の異文化の対応は中国の唐から受けた、それが漢字を受け入れて
自家薬籠中の物のものにした、それが奈良時代でありその後は国風文化の平安時代となった、仏教もとりいれた、その仏教も鎌倉時代になり日本が独自の宗教が日蓮宗とか真宗とかで生まれた
ということは仏教でも日本の仏教となるには三百年くらいかかったともなる
それだけの時間を要したともなる、異文化を異文明を消化するにはそれだけの時間がかかるともなる

おそらく日本はこれから世界的普遍的なものを作り出す使命がある
一時は明治維新で西欧文明受け入れてアジアに先進国となった
何か明治時代は一番時代的に高揚していた、これだけグロ−バル化しても明治の方がアジア全体を視野に入れて具体的に行動していたのである
その時アジアの指導者は中国ではない日本だったからである
時代の雰囲気になると高度成長時代がありバブル崩壊がありと何かある
明治時代になると日本が世界史の中に現れて一番高揚した時代だったのである
その後大正デカダンスとかなり荒廃した時代雰囲気になったことでもわかる
今の時代が大正時代に似通っているというときそうなる

ともかく日本は何か大きな変革が迫られていることは確かである
それが何になるのかはわからないにしてもそうしなければ日本はますます衰退して
世界から取り残される衰退国家になるだけだとなる
おそらく技術的なものより思想的哲学的文化的な面での新しい開発興隆、交流の時代となる
それを如実に示したのが原発事故だったのである
そこが科学技術の限界を見たからである

それはまた日本の風土に合わないものであり日本の風土から生まれるものを尊重するようになる
それはグロ−バル化にコロナウィルスとかでも歯止めがかけられ
ナショナルなものに回帰する、グロ−バル化は限定される時代になったのである
グロ−バル化では世界大戦が二回も何千万人も死にいいものではなかった
経済的に資本主義が歪められた結果極端な世界的格差が生まれたのである
つまり思想的にも限界が世界的に生まれたから新しい経済思想でも哲学でも望まれる時代になった
その一翼をになうものとして日本が期待される時代だとなっている



2020年01月18日

式年遷宮の祭りの意味 (日本は生(き)の木の文化)


式年遷宮の祭りの意味

(日本は生(き)の木の文化)

japanesehpouse111.jpg

真新し柱を建てて遷宮の祭りのつづく日本なるかな

真新し宮の柱や緑映えいつかしの森の木々の古りしも

新しき宮の柱と選ばれてとうとし神に祈り切るかな    


縄文時代は鬱蒼とした森が日本をおおっていた、森の国だった
今でも森林が日本でぱ多い、日本の神は鎮守の杜とか三輪山が御神体のように山自体が神になったり木でも石でも神になる
木を伐りだすとき山口祭が行われる、この山口とは神聖な場所だったのである
山の入り口でありそこが結界ともなっていたからである

日本が木の文化だというときこれだけ森が多ければ当然そうなる
でもヨ−ロッパでもうっそうとした森に覆われていた、ドイツだと樅の木に覆われていたそれは黒い森として知られている
そしてその深い森があってそこは容易に入れない場所となり侵入できない場所であり
そこでロビンフットは森に逃れて時の権力者とか対抗できた
森が隠れ家になったのである、また森は国境にもなった

例えば日本でも相馬藩内の双葉とか大熊や富岡地帯は森で覆われていたし野でもあった
だから広野とか大野とかの名がついている
そして夜の森というとき相馬藩の殿様が余の森といってその土地が相馬藩の殿様の所領だと宣言した場所だったのである
明治になってその辺は新しく野とか森が開拓されて人が多く住むようになったのである
ここでも森は国の境になるように森が境界として閉ざされた場所だったのである
鬱蒼とした暗い森をぬけることが容易ではない、その森をぬけたときほっとするのである歩いてしか行けないとしたその森からなかなかぬけられないということになる

日本が生(き)の文化というとき木は呼吸しているし生きている、木材となっても生きているというのが石と違っている
だから大工は木をみて木材をいろいろな用途に使うのである
それで20年に一回の式年遷宮は宮大工の技を継承するためだともしている

生ものをサシミでも魚でも食べるのは日本の文化である、漁師は二日三日過ぎた魚を食べないという、日本でぱ魚でも生きのいいうちに食べなければならないのだ
だから生きたままのイカを食べたりする、活きづくりである、それも残酷だがそれが日本の文化なのである、日本でぱ新鮮なものに価値がある  
それでこの辺でぱ海の魚を放射能で食べなかった
でも松川浦とかでとれたカレイを汁も売っていたので煮魚として食べた
それがうまかったのは新鮮だったからである、これが古くなるとまずくなるのである
それで幸福な時を味わった
この辺では石鰈は贅沢品でありそれの新鮮なものを食べることは贅沢だったのである
それが放射能汚染でできなくなっていたのである
ただ日本人は家でも新築のものもを好む、外国だとヨ−ロッパだと古いものにも価値があり好む
その違いもやはり日本が生(き)の文化だからだとなる

ただ漁業は現実にそれだけでは生活できないと漁業権を東電に売り渡して補償金をもらっていた、そこが原発事故で明るみに出たのである
放射能という時これが残酷だったのは空気から土から森でも木材でもそうした生活の基本となるものが汚されたことが深刻だったのである 
もしそういうことがなければいかにこの土地の恵みは海の産物である
その生きのいいものを食べることでそれが最高の贅沢だったのである
それで会津のみしらず柿をもらって石鰈を送ったとき会津の人は喜んだ
会津の人はそうした新鮮な魚を食べられないからである

とにかく日本の文化というとき確かに木の文化だとなるが縄文時代は木の文化ではない
土器の縄文土器の文化である、森に覆われていて森を意識しない
つまりありふれたものであり意識しないということがある
木の文化ということを木を利用するようになって意識した 

森が豊富な日本に「木の文化」は育たない?

木がありすぎるときは木の文化が育たない、木が希少価値になってくるといかに木を丁寧に利用するかと工夫するというのも一理ある
いづれにしろ日本の風土は森とか木を離れてはありえない文化である  
ただ今は外材を使うから何か森林の木材が無駄になっている
近くの森でも深い森があった、その道は木材を切りだしていた道だった
でも今は放置されているからもったないと見る

自分の家でも姉がいつも自慢していた、橲原の木を切って柱にしたと自慢していた
その頃家を建てることは一大事業だった、三か月くらい家を建てるのにかかった
今は建売住宅で二週間くらいで組み立てて作る、そこに家の重みが感じられないのである人が住む箱のように見えてしまうのである
今はその土地土地から作られる産物が少ない、外から買うだけであり外から買うだけだとその土地独特のものは作れないし残されないのである
確かにグロ−バル化で外国からいろいろな物が入ってきても日本の文化が形成されるわけではないのである、むしろ文化から見れば失われてきたのである
地域創成ということが盛んに言われるようになったけど一旦失うと伝統的なものを回復するのはむずかしくなる
だから式年遷宮とはそうした宮大工の技の継承とかでも意味がある
大工でも十何代とかつづく人がいたりするが今は本当にそうした継続がなくなっているからである

我が家の柱によればふるさとの木にしあればありがたきかな

こんなふうになるのだけど今は外材だからこんなふうにならないのである
それがグロ−バル化で何でも外国から入ってきても便利でも何か充実しないのである
だから日本の森が活かされない、木材が活かされないのは淋しいとなるし大損失である
なぜなら依然として日本は森の国だからである
何か日本が貧乏になるというとき外国からばかり木材でも仕入れたりすることがつづけられるのか?それで豊かになれるのかということである 

第二話:式年遷宮の千三百年 〜式年遷宮の歴史と今〜(フジテレビ)

これを録画できなかった、ここには伊勢神宮の歴史が興味深く語られていた
一応見たのだが録画していなから再考できないのである   


伊勢神宮の式年遷宮とは?「20年ごとに行われる真の理由」
http://urx.red/oMVS(url短縮)

ここが詳しい、要点がわかる








2019年12月23日

精神性を文化を追及すらなら田舎か地方都市 (都会は経済科学技術しかないー精神性は追求できない)


精神性を文化を追及すらなら田舎か地方都市

(都会は経済科学技術しかないー精神性は追求できない


田舎と都会の相違はただ経済とかからしか見ない、都会には多様な仕事がありそれぞれの才能が確かに発揮されることがある
田舎でぱ職業というと農業や漁業や林業とかあってもそれが衰退した
結果としてこの辺では原発を誘致した
原発の経済的効果は抜群だったのである、だから本当に原発で働いていた人が多い
飯館村でも働いていたのである
おそらく日給とかにしても三倍にもなっていたということも聞いた
それだけ原発は金のなる木だからみんな賛成したのである

その経済普及効果は地域にとってあまりにも大きすぎたのである
それで高浜町ではその斡旋するボスが助役が殿様みたいな豪邸を建て利権を得ていたのである
それは知らなかったが漁業権を売り渡した漁業組合とかで船主は原発事故前から原発御殿を建てていて周りからうらやましがられていたのである
港があってもみんな漁業をしているわけではない、船主でもないからだ

とにかく現代とは何か?電気社会なのである、電気なくして日々の生活すらできない
だから貧困者は必ず電気をとめられている、それも毎月なのである
料金をとどこおると即座に電気がとめられて生活できなくなるのである
そして原発事故のとき原発で電気工事関係者1000人も働いていたというから驚きである
それだけの雇用があるのが電気事業なのである  

私は田舎で追求してきたのはそうした仕事ではない、私は30年間ひきこもっていたのだからそうした仕事と関係せずに生きていたというのも不思議である
そういう家庭環境にあり別にとがめられることも一切なかったのである
それだけ家に生活の余裕があったからそうしていたのである
別に親から働かなくてもとがめられたこともないのである
だからこれは特殊な家庭環境でそうなったのである
親にニートが殺されたけどそんなこと絶対にありえなかったのが自分の家だったのであるだから最後は恩返しに懸命に認知症になっても親の介護をしたのである
それで多少は恩返ししたとしてつくづく良かったなと思った
それがなければ相当に後悔したことになっていたのである

田舎とは何か?それはcultivate(耕す)からcultureになったことでその言葉が明確に象徴している                                                          
言葉の生まれる背景にはその背景に生活の現実とか自然の現実があり生まれている
スレーブとはスラブでありスラブ民族から生まれている
それは奴隷の意味だったのである、それでドイツがアーリア人であり東欧からロシアはスラブ民族で劣っている民族だから優れた民族に従うべきものとしてロシアとの戦争で3000万人が死んだというのも驚きである
つまりスラブ民族が奴隷民族だという意味である
説はあるにしてもその言葉が語ることは歴史を語っているのである

田舎とは地方都市でも経済とか科学技術とかでも富を得ようとすることは変わりない
でも田舎の場合はもともと文化が耕すから生まれたのだからそのよって立つべきものが
その大地であり自然だった
実りをもたらすのは自然だったから自然にアイディンティティを求める
そこが田舎と都会の大きな相違である
ただ都会という時、地方都市は言うのではなくイメージするのは東京のような大都会なのでなしる、それはモンスター都市でありそこで追求されるものは何なのか?
もう精神性とかは関係ない、物質的なものしかない、そこにアイディンティティを求めることはできない、東京砂漠とかなってしまうのである

例えば人間は自然があるとする、確かに自然は食料を提供するし材料を木材でも何でも提供する、石でも土台になるし材料としての自然がある
でも一方で自然と一体化アイディンティティ化しようとする、精神性を追求する、
それは山でも崇高さとか厳粛さとか精神性を人間が自然に付与するのである
だから高い山がない所ではそうした精神性が育たないから偉人がでないというのも納得するのである、毎日富士山を眺めていたら何か心も必ず高められるからである
ここにはまず蔵王が見えるにしても高い山がないからそうした精神性が備わらないとなるのだ

精神性を追求する時、これまでグロ−バル経済を批判してきたがグロ−バル経済ではただ地球から物が入ってきてもそこから精神性は備わらないのである
葡萄でもそれが実っている場所にあってこそその実り何でも実感するのである
葡萄が実るに適した場所がありそれは川岸とか湖の側とか何か光でもいろいろ自然が関係しているのである、それは野菜でもその土地と土とから生まれる、そこで特産物が生まれるのである、食料の場合はその土地と一体化して生まれる
文化もまた同じなのである、その土地の風土と一体となり生まれるそれが文化なのであるだからただ物が入ってきてもそこで精神性文化は追求できないのである
だから私の偏見かもしれないがワインというのは日本に合っていない
そういう風土にもないし文化もないからである
何かいろいろな食料でもみんな外国産を輸入しているのは間違っているのかもしれない
それが食料が文化の基本にあることは確かなのである
日本料理は日本の風土とか文化から生まれたからである
ワインとパンはあっているが日本食は日本食であり合わないのである

いづれにしろグロ−バル経済はいすいろな点で限界に来ている
そこには道徳もないしただ物だけが入ってくる
そして世界的に豊かになるからいいではないかとなるが実際は世界的天文学な格差が生まれたのである、世界的共同ではない、富が奪われるシステムだったのである
国際資本家が金融を牛耳るシステムであり公平な市場での取引ではないのである
そして食料でもその国の風土にあったものがありそれも無視されるのである
世界が第二次世界大戦で破局的なものになった、何千万人も死んだというのはグロ−バル化した世界の結果だったのである
むしろ国々はその国の風土と歴史に根ざした国造りをするべきでありかえって貿易はもしかしたら必要最小限の方が良かったとまでなる
それが中国で政治で苦しんできた老子の小国寡民の思想になったのである

なぜなら貿易が盛んになると同時に摩擦が激しくなる
経済戦争になるからである、絶えず食料でも輸入していると何かもめごとがあると食料でも入らなくなる
それは国同士だと信用がない、何かあると戦争までに発展するのが国なのである
そして国が違うと食の安全など関心がなくなる、売ればいいとなるのである
アメリカでも日本の国などなくなってもいいとか中国でも小日本がなくなっても民族が滅びてもいいとなまでなる、それは第二次世界大戦でナチスがロシアに進攻したときそうだったのである
日本は島国で孤立した宇宙だから同じ民族同士だから敵味方塚として戦争しても供養している、中国だと墓を暴いても敵を罰して許さないのである
民族自体の殲滅を計る、それが大陸国家なのである

とにかく東京のような大都会からは文化は生まれない、そこは巨大な胃袋になっているだけなのである
パリの人口でも市内だと300百万くらいであり少ない、だから文化都市でありえた
ヨ−ロッパには東京なような巨大マンモス都市はない
歴史的にも地方都市が繁栄してルネサンスがあった、フィレンツェでもそうである
5,6万しかないとしたら原町とかくらいの人口だったからである
そこからあれだけのものを芸術文化都市になったのである
地方都市の充実がありそこで天才も育まれたのである
ただこれから少子化で人口が日本で減る時東京の人口もへる
すると田舎の地方都市が充実する時代になるかもしれない、江戸時代は江戸があっても
地方がそれぞれに経済でも文化でも育んできたからである
ただ地方といっても大きな地方でなければ今は成り立たない
東北だったら東北政治経済文化圏を作る構想が必要になる
東北という風土と歴史でアイディンティティ化するのである
そうすると精神性が追求できるのである、それを自分は詩とかで追求してきたのである
popuddd11.jpg

ドイツの都市の人口は大きくて300百万人である
後は50万以下が多い
いかに地方都市社会になっているかわかる


いづれにしろ次の時代がどうなるか予測はできない、時代の傾向としてはグロ−バル経済の見直しがありまたもう資本主義が銀行が投資先がなくて破産するとかしきりに言われるようにゆきづまっている
そして日本に成長産業がなくなり農業が見直されているのも時代である
日本の農業は何かきめこまく技術的に優れているからである
だから耕作放棄地がこれから活かされかもしれない、またそうしなければ日本自体が生活すらてきなくなるかもしれない
戦後は引揚者が開墾にいたるところに辺鄙な場所に入った、それは働く場所がなかったからである、でも結果的に半分がつづかずやめたのである
その時高度成長時代になり仕事が増えたからそこに吸収されたのである
原発事故周辺でも街の回りが草ぼうぼうになっている
するとその土地を大規模に利用できる、それで外から農業を始めた若い人がいる
そういうチャンスもは一方で生まれているのである

東京のような大都会では精神性は文化は追求できない、どうして高層ビルとかと精神的に一体化できるのか?建築でもルネサンスのようなラファエロのアテネィの学堂のような壮大な絵巻物は作れないのである
そこにいるのは精神的に高揚された人間がいるのである
東京砂漠には人間はいないのである、ただ経済的単位の数値化した統計化した数量化した人間がいるだけである
宗教はカルト教団であり一票として数として計算されるだけである
そこに一人一人の個性を見ないのである、要するに数としてしか見ていないのである
数が民主主義では権力なるからである
それはすでにギリシャのボリスで始まっていた、世界は数であるという感覚が生まれたのも哲学が生まれたのもそうである
あのようにボリスにしても一二万の規模でもそうなのである
それは貨幣も生れて数量化の思想が生まれたのである、貨幣は人間性を奪ったのである
貨幣が万能になると人間は数量化される運命にすでにそんな古い時代からありそれがグロ−バル経済で極端化したのである

だから次の時代は高度成長とか経済の時代から文化芸術とかの時代である
奈良時代は唐風の文化が入った時代であり次に平安時代がかなを発明して国風文化になり女性が活躍した
次に鎌倉時代になりこれも宗教の分野で仏教は日本化した民衆化した時代であり東国の武士の文化の時代だった
それから戦国時代になり安土桃山時代が国際的な文化があった
そして江戸時代300年がありこれも国風文化であり明治維新でもまた外国文化が入り第二次世界大戦で日本は負けた、それで高度成長時代になり今度はアメリカの物質文化の繁栄の時代なにった
そしてやはり時代のサイクルとして文化の時代、国風文化の時代へ回帰するのが日本の歴史だとなる
明らかなことは文化が華開く時代なことは確かである
つまり高度成長とか経済が繁栄した後に宗教とか思想とか文化芸術の時代になる

みちのくで考えればここも歴史と風土で培われてみちのくになった
関東とは別なの領域なのである
それで平泉の栄があったがこれも三代で短かくして終わった
その繁栄は千年の都の京都とかにはならなかったのである
それがまたみちのく的だとなる

三代に終わる栄やみちのくの枯野のあわれ風唸るかも

旅に病んで夢は枯野をかけめぐるー芭蕉の句はみちのくの枯野だったのだろう
「奥の細道」はまさにみちのくの風土を俳句という短いものに凝縮させたのは驚きであった、そういう俳句は今ではもうできないが何か依然としてみちのくの風土がかもしだすもの歴史がかもしだすものはありつづけている
北海道とみちのくは東北は全く違ったものになっているからだ
北海道はそうした歴史とかないし風土が違っている、むしろ明治以降の開拓の歴史として新天地としてフロンティアとして意識されるのである
アイヌがいたにしても何か北海道の風土は歴史感覚は明治以降に培われたものなのであるただつくづく日本は島国なのだけど多様である
平坦な大地がつづくだけではない、多様な風土に地勢がありあきないとなる
満州のようにな地域はただどこまで言ってもトウモロコシ畑であり汚い大きな川が流れていて何か変化がないのである
だから日本という国は旅するにはいい国だと思う
常に山から海からと変化してゆくからである、だから日本を旅するだけで一生は終わるとなったのである


atenescool1.jpg

2019年12月19日

東西文明の橋渡し役が日本だった-内村鑑三の言葉 (それは今も変わりない、だから米中の仲介役ともなる)


東西文明の橋渡し役が日本だった-内村鑑三の言葉

(それは今も変わりない、だから米中の仲介役ともなる)

東西両洋の間に介して西を招き、東を弁じ,両者の暴を和らげ,後者の迷を解き二者の配合を計るは日本をおいて他に国民あるを知らず余輩は信ず、泰東の六億の生民は我ら日本人の蹶起活動にうながしつつありと
日本は亜細亜の正門を守の国なり
我らの一挙一動は我らの威厳に関すること多し(内村鑑三)

日本の明治時代はまさにそういう時代だった、西洋文明の挑戦を受けて日本文明が応戦した時代である
東を弁じる、両者の暴を和らげる・・・・とかなるのは何なのか?

そもそも東洋といってもそれが一体何なのか、アジアとは何なのか?
それ自体が大きすぎて不可解になる
ただ歴史を振り返れば日本文明とは何かとなればそこに縄文時代が一万年あったとされるそこでは争いがほとんどなかったとされる

それはなぜなのか?
それは老子のいうように小国寡民が実現されていたからである

小国寡民
什伯(じゅうはく)の器有れども用ゐざらしむ。
民をして死を重んじんて遠く徙(うつ)らざらしめば、舟輿(しゅうよ)有りと雖(いへど)も、之に乗る所無く、甲兵有りと雖も、之を陳(つら)ぬる所無し。

民をして復た縄を結びて之を用ゐ、其の食を甘(うま)しとし、其の服を美とし、其の居に安んじ、其の俗を楽しましめば、隣国相望み、鶏犬の声相聞こゆるも、民老死に至るまで、相往来せざらん。

住居跡などから割り出してみると、日本の人口密度は狩猟採集社会としては、世界一高かったといわれる。ところが縄文時代も晩期に入ると、その人口が一気に減少する。それも26万人の人口が、8万人にまで落ちてしまう急激な減少だった。

その原因が自然災害とかあり食料不足などで急激に減ったのである
それにしてもそんな人口で住んでいたということ自体イメージできないのである
そこでの暮らしが本当に貧しかったのかどうかわからない
例えばそれをイメージすると私の家とか戦後何もない時代があった
その時私の父親はアユ釣りとか鰻釣りをしていてオカズにしていた
その時鰻でも鮎でも御馳走だったのである、それは天然の物でありうまかったのである
鰻釣りは不思議だった、田んぼの畦道の穴に餌をつけた棒をさしこんでとる
そんなとこに鰻がいたのかとなる、今は全くいないからである
今や鮎すらいなくなった、津波以降全くいなくなった
鮎の稚魚は放流したのだが育っていない、ただこれは放射能の影響だけではない
鮎が各地でいなくなっているのである

縄文時代の生活になるとそれを具体的にイメージするのがむずかしくなる
だから謎になる、でも日本全国に20万人くらいしか住んでいなければかえって魚でも鹿でも採集する木の実でも豊富だったとなる
おそらく狩猟採集生活だと移動もしやすい、未開の地がまだまだあったからそこで食料を得られる
人間一番の問題は食料を確保することである、それができれば人間はそんなに争わないとなる
そうして縄文時代が一万年とかつづいたのは争いがなかった
それは自然の理の中に治まっていてそうなったとなる
老子の小国寡民の世界が実現していたのである
もちろんそれが理想社会でもない、ただそんなに長く戦争がなかったということが特筆すべきだとなっていたのである、ただ意外と自然災害に弱いから半分以下に人口が減ったのである

人間が弥生時代になり稲作をはじめたとき争いが始まった
稲作とは土地が必要でありそこに定着する、そこで土地の奪いあいや土地をめぐって争いが起きる、アフガニスタンでは水をめぐって争いが起きて中村哲氏が殺害された
そういう争いが稲作では起きる
それが発展して土地を治める主君が殿様がいて封建時代がはじまったともみる

それは大陸だとなぜあれだけ絶えず戦争がくりかえされたのか?
それはまず食料の確保のためであった
モンゴルなど遊牧民は定期的に食料不足になり農耕民の中国を襲ってくるために万里の長城ができた
歴史を見る時、その生活形態の方が大事である、その生活形態が文化であり文明となる
狩猟採集と漁労と遊牧民(牧畜民)と農耕民がいてその生活形態が違うから対立が生まれた
それで聖書でもカインが野菜を神にささげてアベルは羊をささげた
でも神がよみしたのはアベルだったのである、その理由はともかくここに農耕民と牧畜民が分かれたことを示している
そして遊牧民はモンゴルのように馬を使って大陸を移動して征服する民族に自ずとなったのである

世界を見れば必ず牧畜民がいる、遊牧民がいる、ヨ−ロッパにも今でも羊を飼っている
ヨ−ロッパは最初は狩猟採集民族でも牧畜民、遊牧民が先祖だった
それでドイツ語には秋という言葉がないというとき農耕民だったら収穫するということで秋があるのにない、それは狩猟採集遊牧民であったからだとなる
それを民族にするとアーリア人だとなるが遊牧牧畜民という生活形態をもった人たちのことなのである
なぜアーリア人が野蛮で攻撃的で戦闘を好むというけどモンゴルを見ればわかる
そういう生活形態が自ずと戦争に適したものとなっていたからそうなったのである

農耕民のような特定の村落共同体の帰属意識は小さかった
しかし家畜の群れを統率するリーダーが必要になった、見知らぬ人と出会い、異なる民族と接触する機会が多い牧畜民は不測の事態に守る武器を必要としていた

この遊牧民牧畜民はヨ−ロッパでもアメリカでもその末裔である
なぜなら握手を交わすという習慣があるところは見知らぬ人でも握手することで危険ではないとうことを示すからである
握手という行為は敵ではないですよは相手納得させる儀式でもあったのだ

いずれにしろ日本の文化は歴史は世界と比べると特殊なのである
その特殊性は日本という島国で他国から攻められないとかの地理的なものである
縄文時代一万年が争いがなく、また江戸時代300年も争いがないというとき海に囲まれて守られていたためなのである
だからこういうことは本当に世界では特殊なのである

必ず大陸だと民族が混交してくる、他国から攻めてくる、インドでも原住民のドラビダ族とイスラム系の民族がアーリア人なのか混交してできた
西洋的な顔つきを見ればわかるのである、何か東南アジアは西洋的な顔つきの人がいる
だから東南アジアではいろいろ民族が混交したのである
日本でも縄文時代とかでもいろいろな民族が移動して混交した
でも日本の場合はそうした民族の混交がわからなくなったほど一つの民族化した
すでに縄文時代に縄文人は一つの日本人となっていたのである

東を弁じ,両者の暴を和らげ,後者の迷を解き二者の配合を計るは日本をおいて他に国民あるを知らず

明治維新から今でもその課題は日本にあり日本の使命ともなっている
そして中国人がきて敵の死者まで祀っている、敵味方塚があるのはありえないとししている、中国でも墓を暴いても罰しているからである、攻め立てているからである
こういうことがあるのはまさに日本の歴史と文化なのである
それは日本人同士ならそうなっていたのである
ただ日本人は異民族と熾烈な争いを経験していなかったのである
だから異民族にどう対処していいかわからなかった
そしてなぜ大東亜戦争が起きて300百万人が死んだのか?
そのことが今でも大きな問いとなっている
西洋の暴に対して暴と対処したからなのか?
ガンジーは無暴力で独立を勝ち取った、それはまさに東洋的な平和志向で勝ったとなる

東洋というときインドの仏教とかに発している、ただ宗教というときそれはアジアがオリエントが起源だとなる、イスラエルもアジアだからである
だからキリスト教でもヨ−ロッパがキリスト教国家となったときそれはローマ帝国を経て政治的なものとししての支配体制として組み入れられた
だからその宗教はまた別物だともしている

東洋という時どうしてもインドの思想が基になり中国でも老子とかの思想が東洋的だとなる、それは侵略的暴力的思想ではない、平和志向があり暴で治めるのとは違う世界であるそれを実行したのがガンジーのような人だったのかとなる
大航海時代からヨ−ロッパの暴力的進攻により世界が支配された
その暴力に暴力で対抗したのが太平洋戦争の日本だったともなる
そこでは一億総玉砕の危機にあった
つまり民族殲滅の危機にあった、そういうこと世界史では大陸では起きている
民俗と民族の熾烈な争いが聖書に記されているからである
日本もその熾烈な民族の争いの中にまきこまれたとなる

いづれにしろ内村鑑三は日露戦争は経験している、これには反対していた
これも日本人全部が熱狂していたとき覚めて反対していたのである
その日露戦争の勝利が太平洋戦争にも結びついたとなる
日露戦争もそうだが太平洋戦争で本当に世界史の舞台に登場したのだがそれで民族殲滅の危機にさらされたのである
だから太平洋戦争は世界史として日本を見るべきであり日本がだけから見えないのである世界史的に日本の戦争はどうだったのか、その意義はなんだったのかと問うことになるし世界から問われるのである

日本の歴史文化の特殊性は平和を長く継続していたことにあった
それは島国という環境で育まれた一つの文化だったのである
でも欧米の挑戦を受けて日本は応戦して敗れたのである
ただ内村鑑三が言ったことは今でもそういう立場にあるのだ
なぜなら中国とアメリカが対立するとき日本に仲介を求めるいうのもそうである
日本とはそういう立場にある、アジアでそういう立場に最初から明治からなっていたのである、つまり米中の対立を和らげるのは日本だとなる
両方の暴を治めるのは日本だともなる、それが日本の位置でありさすれば日本は重要な要の位置にある
内村鑑三が言ったことは今は通用しているのである

いづれにしろ世界史は小国寡民の全く逆に進行したのである
それが極点に達したのが第二次世界大戦だったのである、グローバル化だったのである
グローバル化は奨励されいいとされるしそれがなくては世界から取り残されるとなって
日本でも明治維新が起きて西欧化に邁進したのである
でもグローバル化はかえって熾烈な世界戦争に発展したのか?
そして老子の言うような結果になった、2000年前にそれを予言していた驚きである

西欧文明に世界史が席巻されたのが20世紀である
その暴に世界が巻き込まれたのである、日本もその暴にまきこまれて第二次世界大戦に突入した、もしヨ−ロッパ列強がアジアに進出しなかったらこういうことはなかった
アジアは蹂躙されることはなかった、
実際にヨ−ロッパ列強がアジアよ進出しなかったらどうなっていたのか?
別にアジアはアジアで戦争は起こらなかった、現実に江戸時代は中国とも韓国とも友好関係にあったというより没交渉だったからである
それで平和が保たれていたからである
だから世界史的に明治維新でもアジアの歴史でも見直すことが必要になっている

グロ−バル経済とか自由市場とか貿易がいいようにみえてもそれが世界的格差となったり衝突が激化して最終的に戦争で解決するようになる
そして民主主義国家とか国民国家とかの弊害も歴史をふりかえり反省する時代になった
なぜ内村鑑三のような人物が輩出したのか?
それは江戸時代300年で培われた日本の文化がありそれは西欧の挑戦を受けてキリスト教を受け入れた、その基に侍というエリート階級がいて成されたともなる
内村鑑三は幕臣であり明治維新というとき薩摩長州ばかり注目されるけど幕臣も明治維新を推進した人たちだったのである
要するに明治維新から国の指導者に侍はいなくなったというとき何かそれが太平洋戦争で敗北した、またはその戦争自体へ突入することを誤ったとなる
だかか内村鑑三は絶えず薩長政府を批判していたのである
そして日露戦争でも非戦論者になっていたのである





2019年11月30日

地理のテーマになる境の考察


地理のテーマになる境の考察

himarayammm1122.jpg

 境界民族,境界線, 境界帯,  国境, 国境貿易, 国境都市, 政治的境界, 
 自然的境界, 人為的境界, 人為的荒廃境界, 障害境界, 海洋境界, 河川境界, 山脈境界, 山狭境界

自然的境界というとき山川海でさえぎられる、そこで例え同じ国でも別な意識をもつのである、それに人為的境界がある、それは例えば相馬藩と伊達藩の境は新地になるけど歴史的人為的境界であり自然的境界ではない
なぜなら平坦な土地だからである、関所でも人為的境界であり自然的境界と一致しない

ただ日本は山が多いから峠が国字となったことでもわかる
峠を越えると別世界が開けるのである、そして山に囲まれてそこは小国となる
そこが一つの国となっているのが日本なのである

白河の関は必ずしも自然境界ではない、人為的境界である
ただ山をぬけるので確かにその山を越えるとみちのくだという意識はもつ
でもそれほどの高い山でもないからそんなに境界だと感じない
ではなぜあそこがみちのくの入り口になったのか?
それはやはり自然的境界より人為的境界だった、大和王権が支配できない地域として大和朝廷に認識されていたからそうなった
それは政治的境界でもあった

境界というとき実際はいろいろある、まず国というものを意識する前に人間は自然を地理を地勢を意識させられて生活する、村でも自然村として発展する
都市だとこの成り立ちもいろいろあるが商業都市として発展するのが多い
オワシスが都市になったのはそのためである
ただ村とかなると自然村が発展して村になった
不思議なのはヨ−ロッパでは城壁内の都市とその外は別な世界である
農民は都市民ではない、異民族とかに攻められるから城壁で囲みその中で戦うのが市民なのである、農民は異民族でも攻めてきたら他国が攻めてきたら城壁内に入らなければ助からないのだ
だから中国も都市国家的側面があり城壁の内と外でぱ分かれている
都市籍がないと都市には農民は住めないのである
城壁も境であり人を分けるのである

人工的人為的境界というとき明治以降の県単位の境界は自然境界とは関係ない、人為的に上から行政の範囲として強制的に決められたのである
だから境界が不自然なのである、みちのくの入り口として白河があり関所があったから一応茨城県とは別れる地域として福島県がある
でも福島県は広いから地理的一体感をもてないのである
磐梯山とかあってもそれが福島県を象徴する山でもない、なぜなら浜通りからは全く見えないからである、ただ霊山に来ると見えるのである

浜通りからすると相馬地域だと飯館とかに行くには峠を越えなければならない
標高が高いからである、それで自転車だと難儀するのである
八木沢峠をみればわかるその高さだと越えるのにいかに障害になっているかわかる
日本にはそういうふうに山で別々に分かれて隔離されている感じの場所が多いのである

外国だと大河がありそこが境界になる、父なる川のライン川がそうである
その大河がドイツを作ったともなるからだ
とにかく大陸には長大な川がありそれが境になるのは当然だとなる、自然境界になる
平原でも川があればそれが境界になりやすい、シーザーがルビコン川を渡ったという故事はそのために生まれた、そこは越えてはならない異郷の世界へ入る川だったのである
みちのくの白河の関ともにていたのである
それは自然境界でもありそれが川になっていたのはいかにも大陸国家らしいとなる

見たまえ、地球が回転するさまを
先祖の大陸たちは遙かかなたに集い
現在と未来の大陸は地峡をはさんで南と北に
ホイットマン(草の葉)

こうなると日本がにそんな巨大な地峡などないから理解できなくなる
ホイットマンの詩はアメリカ大陸を謳っているからスケールが大きすぎて理解できなくなる、グランドキャニオンなどがまさにそうである
アメリカにはインデアンが住んでいても歴史的境界というのがない
アメリカの歴史はそれだけ短いからそうなっている   

また現代で見逃しているのが森である、中世とかまでヨ−ロッパでは広大な森があった、ドイツの黒い森は有名である
それは人も入れない森でありそこに逃れれば追っても入り込めないほどの広大な森だった、そこにイギリスのロビンフッド伝説
生れた、イギリスにも広大な森がかつてあった、そこに逃れればもう入り込めない自由の場となっていたのである

相馬藩では原発事故のあった地点、双葉とか大熊とかは磐城との境目であり森に覆われていた、そこで夜の森とは相馬藩の殿様の余の森のことだったのである、相馬藩の殿様の森だったとなる、ただ境目だから領有権を主張するためにその名がついたとなる
土地に名前をつけるのはそこが自分の土地だという証でもあるからだ

森はしたがって、見える国境というより、緑の海であった。ひとつづきの村や畑、未耕地、そして町は、森の海に囲まれた島であり、島国であった。
当時の西洋人にとっての「森」のイメージは、ちょうど、日本人にとっての「山」のイメージと同じです。山なかには山姥や、妖怪がいます。また、アジール(法喪失者の避難場所)としての機能も共通しています

いづれにしろこの境界は一つの探求するテーマである
地理のテーマである、ただこれは世界は広いから探求することは困難になる
例えばインドと分けるのがヒマラヤ山脈だとなるときそうなる
空からしかその全貌は見えない、わずかに空からその頂上を見たことがあった
これもあまりにもスケールが大きくなって理解できなくなる
日本に住んでいただけではこうして世界の地理は理解できないのである

ただ境は何か節目として記憶する場所になる、江戸時代だったらどうしても関所を通るからそのことを意識した、今は関所がないからその境が意識できない
でもやはり一連の短歌にしたように何か境は意識しやすいのである
歩いて旅したときは常にこうして境となる地点を意識させられた
坂でも峠でもそこで歩いて上ればそれが体に記憶されるからである
今はただ便利に楽に通り過ぎてゆくだけなのである

それで今は何か旅でも記憶に残らないものとなる、まず現代では旅人になるにはかえって歩いたり自転車で行くとか時間で手間暇をかけないとなれない
たいがい旅行でも保養であり旅にならない、旅人は現代ではいなくなったのである
旅人でありえないのである
結局私は暇だから時間があったからこれだけ旅できたとなる
旅するには必ずしも金はかからない、時間はかかる
自転車旅行ならテントで寝れば無料になる、温泉旅館は高いから泊まったことがない
でも日本では安宿は本当に少ない、ヨ−ロッパのようなゲストハウスやユースホステルがないのである
別にユースホステルでも老人でも普通にとまっているから安いのである

私は大学の卒業旅行で資金30万円で3週間のヨーロッパ旅行を計画し、無事実施することができました。
もちろん往復の航空券代や諸経費も全て含めて30万円です。

私もこんなものだった、ただ食べるのはハンバーグとかだけだった
日本と違いここが不便だった、レストランは日本の食堂とは違っている
何倍もする社交の場のようになっていて高いからバックパッカーは入れない
庶民の食堂はわからないし言葉の障害で入れないから困ったのである
グルメの旅などに自分は興味なかった、ただ旅できればいいと思っていたから気にしなかったのである

いづれにしろ境界というのを知るにもそもそも実際に旅しなければわかりえようがないのである
そういうテーマをもって旅すれば論文でも書ける、まず本だけ読んでいても地理はかわらないのである
そして地理の見方がいろいろある、角度をちょっと変えただけで別な風に見えるのであるそれで地理だと地図が必須になるがでもその地図通りではない
その人の旅した経験からか地図を描けばみんな違ったものになっているのだ
だから地図は主観が入ると本当に個人個人によって違ったものになるのである
ただこんなことしいるだけでたちまち時間が過ぎて人生も終わる
それが自分だったのである、旅に終わったとまでなる
それでも外国になるとまだまだ旅は未完に終わったのである、それだけ地球がとてつもなく広いということだったのである

2019年11月28日

現代文明批判ー無職であることは全人間になること (職につくことは専門家になり部品になること)


現代文明批判ー無職であることは全人間になること

(職につくことは専門家になり部品になること)

haguruma1111.jpg

もう歯車は嫌だ

無職というとき批判の的になるし誰も推奨できない、しかしなぜこれほど無業者の時代になっているのか?これも謎である、無業者でありえることが働かなくてもそれなりに生活できるからそうなっている
貧乏な時代だったらそんなことありえないからである
みんなあくせく働いている時のうのうとしていられないからである
それだけ今の社会には余裕があるからそうなっている

団塊の世代はみんな猛烈な企業戦士であり無職の人は極まれである、つまり何百万人も無業者が無職がいるということ自体ありえない社会だったのである
学生運動とかヒッピーとかはやったこともあったがほとんどが会社に就職して猛烈社員となり高度成長時代を生きた
それがなぜこんなに無業者とかニートとかフリーターとか非正規が増えたのか、それも数百人とかの数ではない数百万の数である、まず数百人だったら誰も問題にしないからである、そんな人いたのとなっている

ただ無職であることの効用がある、マイナス面が大きいにしても無職になる効用がある
現代社会ではまず全人間とかになりえない
とにかくまず職につくことはどんな優秀な人でも科学者でも技術者でも専門家となり部品化することだからである
専門家というとき何かそうではない、特別の人のように見えてもそうではない
全体社会の中でわずかな一部分に関して専門家になることである
それで面白いのはトインビーが言っている

王や魔術師や鍛冶屋や吟遊詩人はいづれも「専門家」である
そして鍛冶屋がびっこであったり詩人ホメロスがめくらである事実は未開社会では専門家は変則てあり「万能人」もしくは何でも屋になる資格を欠いた人間になる

王とか吟遊詩人がなぜ専門家のなのか?この辺はわかりにくい、ただ吟遊詩人は職業化したからこそ専門家になったからこそそう言っている
ただ王となると国全体を見る人だから専門家とはなりにくいと思う
市町村長となると専門家では勤まらないだろう、その全体を見る人になるからである

ただ言えることは職業につくこと自体がもう専門家になっている、なぜならそれはささいなことでも一部分を担当して仕事することになるからである
それでまず何々の職業につくこと自体が巨大な複雑なの社会の一部品化したことなのである
それで農業というというとき農民というとき百姓と言っていたのは百の生であり百の仕事をこなしていた人なのである、農業にはそれだけ広範囲な知識でも業でも必要になっていたのである、だから農民というのではない百姓だったのである

それで天才のニーチェとか上野霄里とかヘンリミラーとかアウトサイダーと言われる人はそういう専門家になることを拒否したのである
第一ニーチェを超人をある職業についている姿をイメージできない
会社員であれ公務員であれ銀行員であれ何か員とつくものに従事している姿をイメージできない、完全にアウトサイダーとして社会から逸脱しているのである
結果的に狂気になったともなる
ただイメージすると自然の中の半神半獣とか神話的な英雄とか神になってしまうのであるつまりそういう天才的な人はとても何かの員とつくようなものに適応できないのである
今ではそういう人は天才的芸術家とかになっている
それで社会の中で悲劇的に人生を終わる

ただなぜそういう無業者が無職は実際社会では何も役立たない無能とされる
そしてなぜかブライドが高い、自分は何かできる、ただ活かされないだけだとか不満をもっている、つまり無職となると職につかないから専門家になっていない
無職の世界に開けているのは自然でありまた無限の時間なのである
そこでニーチェのような超人的志向になってゆく、部品として職についていない、すると何か社会は視界から消えて広大な自然が広がることになる
そこで自然と同一化すしようとする、アイディンティティ化しようとする
まず一つの職についたらその職に追われ他はかえって見えなくなるからだ
職義をもつことは専門家になることだからである
つまり社会に超人を受け入れるものはないのである、だから最後は狂気になる宿命だともなる
それほど社会を忌避するのは全人間として生きる天才的資質のエネルギーのある人は耐えられないとういことである

それほど現代文明では人間は無数の部品となり構成されているからである
その時人間は全人間たろうとするときナチスのようなファシズムに陥ってゆく
何かそうした無数の部品が一つになるためにハイルヒットラーと叫ぶようになる
ナチスの原因は文明自体にあった、それは今でもカルト宗教団体がそうである
何かばらばらになった人間が一体感を求めてそういう組織に入る
そこで何か存在感を得ようとしてそうなる、それが現代文明の危険なのである

原発事故でも本当はこれは事故後にわかったことだが自然でもその市町村でも全体にかかわることだったのである
結果的には全体が自然でも市町村でも破壊されたからである
でもその時全体を考慮して作られていない、議論すらしていない、それで今になってこんなに広範囲に被害あることで騒いでいる
例えば宮城県のホヤが風評被害で今でも売れないというときそうである
福島県は漁業組合には原発事故前も後も手厚い補償がある
宮城県には一切なかったのである、つまりそれだけ広範囲に原発は影響あるものとして全体を見ていなかったからである
つまり全体的に見れないことが考慮できないことが致命的な結果になったのである
第一吉田所長がトップにいても復水器のことがわからなかったのである
トップでも全部知る人などいなかったのである
むしろ配管を見ていた人はその配管が古くなって危ないと見ていた
その部分をいつも見ているからそう見ていた、でもトップの人はそのことを知らないのである、それで結局破綻したのである

そして現代文明ではみんな無数の職業につき専門家でありそのことは部品化することなのである、そうなるとどんな優秀な人でも歯車にすぎないとなる
複雑巨大な文明の歯車となるだけだとなる
社畜だというときもそうである、会社の歯車として働くほかない、それ以外生きる道はないとなるからだ
それでそういう巨大な社会の歯車から逃れるのがニートとかフリーターとかになっていたでもそれはロスジェネ世代が氷河期世代がまともに就職できないということでそうなっていたのである
私の言う全人間志向とかではない、そう強いられた世代だとなる

時代をさかのぼればのぼるほど原始人でも全人間だった、一つの職業についているという感覚はなかったのである、それは家事なども仕事が実際は多様だから女性でも全人間的に仕事していた,経済でもその起源が

Economy"というのは「家計の学問」という意味であり、いわゆる「家計のやりくり」から発展して今日の「経済」という意味になったものと思われます。

つまり経済という時家計が始まりだった、それがグローバル経済になったとき世界経済になったのである、そのギャップがあまりにも大きすぎるのである
家計だったら日常的な生活から推し量れるせかいである、グロ−バル経済になったらもう天文学的数字にもなりもう見えない世界になっている

人間は文明社会で不適合を起こすのは当然なのである、それでこそ人間としては正常だとなる、文明社会に抵抗なく適合ししている人は人間ではないとなる
機械かロボットなのかとなる
たからこれだけ働かない人がいるということは文明を否定している人たちなのかとなる
それは異常でもあるがまた今の文明社会に適合している人は異常だともなるのである
ただアウトサイダーというとき世界でも天才的な人でありまさに例外的な人である、だからまた今の無業者とは違ったものである
そんなアウトサイダーが増えたらそれも異常だとなってしまうからである

outsider123.jpg


現代文明は図のように全体に生きられない、結果的そうした無数の人間が部品化する、そのパーツが一体化しようとして全体主義がファシズムが必然的に生まれる、民主主義の弊害は意外と全体主義に通じている
ナチスは民主主義から生まれたからである、民主主義がナチスを生んだ、それは合法的なものだったのである
民主主義は数のなのだからその数を無数の部品を一体化するためにヒットラーとかの偶像を必然的に産む
その対極にアウトサイダーが生まれる、それが巨大化するのである
それが天才的な人であり偶像化する、これはどっちにしろ現代文明が生んだものであり怪物化したのである
一人の人間が異常に巨大化するのはナチスが巨大化したものとまた違っていても対照的に生まれたのだとは思う
ただ全体主義の方が恐ろしいものとなったのである
現代の宗教は宗教ではない、ファシズムになりやすいのだ、仏教ファシズムになったことでもわかる
宗教自体が現代文明にとりこまれて変質してそうなった、本来の宗教とは何の関係もないものとなってしまった
国家でも巨大化するとファシズムになりやすい、ポピュリズムもファシズムだからである
大衆というもの自体が統制できないものとなりファシズムになってゆく
要するに標語をみたいなものを一切に叫ぶだけなのである、それで一体感を感じるのである

つまり現代文明が生んだものであり文明そのもの災厄だったのである
それは原発でも同じである、文明の巨大災厄だったのである
文明自体がそうした災厄を必然的に産むものだったのである
だからグロ−バル経済とか資本主義でも社会主義でもそういうものも異常な格差を生んだり人間的なものでは計れないから富の極端な偏向があり自壊してゆく
必ず大恐慌とか経済破綻が生じて来る、巨大なるがゆえに誰もしることができなし操作できない
何かに常に操作されている、それで陰謀論になって終わっているのである

私が郷土史とか郷土学を追及してわかったことはこれは狭い範囲にしろそこにヒューマニズムとかアイディンティティを回復しようとする試みだった、人間性の回復とかはとてもグロ−バル経済とか東京のような都会とかではありえないのである
大組織でもありえない、それはファシズムになる、それは宗教も今は組織化したらみんなファシズムになっている
そこに本来の人間性の回復はない、巨大な文明にとりこまれてただその中で操作されるだけになる
そしてナチスのようになり偶像崇拝になる、そうしてしか全体に帰属するとか一体感をもてないからだ
でも場の現象学を追及したように人間性の回復は一つの共有の場をもってアイディンティティを造りだすことなのである
そこにこそ人間性の回復がある、だから地方に住む、田舎に住む意義はそこにある
それはグロ−バル経済とか金だけを追求する世界とは違ったもの精神的価値を追求している
グロ−バル経済とか資本主義が行き詰まっているのはそういう時代が終わって別な価値観を求めてるようになっているからである
多少金がないにしろ精神的に落ち着く場所で暮らしたいとか金だけではない物質だけではない
精神的安らぎのもてる場を価値を求めるようになったためだと思う




2019年11月25日

地理と風土が国を作る (日本人の視野は非常に狭い、山に分断されているから)


地理と風土が国を作る

(日本人の視野は非常に狭い、山に分断されているから)

jpplane1111.jpg

jpplane3333.jpg
日本全体で見ても大阪平野と濃尾平野と関東平野が三大平野であり
ここに大きな権力が生まれたのも地理だったとなる
東北だと仙台平野が広いから米も多くとれてそれを商品として石巻から船で江戸に送ったのである
だから地理が歴史でも作っているのである


山で分断され
海で閉ざされ
川は人を結ばない

何か日本の風土とか地理とかが日本人を作った、これは間違えない、日本人の耕作する土地は平坦な土地が少ない、それはヨ−ロッパとか大陸国家と比べると少ない
それなりに領土が広くても耕作できる土地が少ないのである
ドイツでもフランスでも平坦な土地が多いのである
日本の可住地が27パーセントでありイギリスは島国でも85パーセントもある、フランスは73パーセントでありドイツは67パーセントである、イギリスは山というより丘でありそこはゴルフが生まれのもその風土から生まれた地理から生まれた
イギリス全体がゴルフ場に適した地勢だったのである、だから島国でも居住できる範囲が広いのである
日本のように急峻な山がないのである,その差も大きいのである
ただイタリアは意外と高い山があり山国という感じもする、そこからローマ帝国が生まれたというのもどういうことなのか?
ギリシャも山が多いのである、ただ大陸国家は平坦な土地がつづくのが普通である
だからこそエジプト王国でもペルシャ帝国でも中華帝国でも強大な権力国家が生まれたのである
統一しやすいから中央集権的大国家生まれた、そこにファラオが王が絶対的なものとして君臨する
それは大陸国家ではにているのである


そして海で閉ざされているという時、四方を海で囲まれている、だから海によって閉ざされている
それでヨ−ロッパではイギリスが島国でもドーバー海峡は30キロとかであり日本の玄界灘とは違う、それは常に渡れる距離であり日本人が泳いで渡ったとかもある
でも玄界灘はそうではない、簡単には渡れない、モンゴルの船が渡れなかったのもその距離とか海流とか台風とか日本の気候条件にはばられて渡れなかったのである
そして海で閉ざされるという時、ヨ−ロッパだったら地中海での交流が古代から始まりその歴史は古い、地中海は交易の海であり船で行き来できる内海である
そこで船を操作する技術が発達した
そこからコロンブスが大西洋に乗り出したのである
でも日本だと太平洋でありそれはあまりにも広く島国としてペリーが来るまで閉ざされていたのである、だからこそ300年の鎖国もありえて特殊な国なのである

そして大陸の川は中国でもヨ−ロッパでもインドでもどこでもスケールが違う
それは日本のような激流とかにならない、自然の運河になっていて物が運ばれ人が交流する河である、だから四大文明が川から生まれたという時まさにそのことを語っている
川は物が運ばれ人と人を結ぶ川なのである
日本では川は側(がわ)としてしか意識していない、向こう側に渡るのが川なのである
ということは狭い範囲で生活していて向かい側しか意識していなともなる

ヨ−ロッパでも中国でも川は道路のようなものであり常に交通がある
だからヨ−ロッパでは川を通じて都市が結びつきハンザ同盟とか商人の同盟組織が生まれた、それは国を越えた組織でありえたのは川で結ばれていたからである
また川はリバーはライバルが語源であり川を通じて敵対していた
また川はライン川のように境にもなる、それが川が長く大きいからそうなる
川で遮られるからである、大陸には常に大きな川がありその川が歴史と文化を作って来た父なる川がラインでありガンジス河はインドの文化と歴史の源である
中国でもそうである、大陸は広大でも川で結ばれていたのである

川上とこの川下や月の友 芭蕉

この句にしても風流的に川を見ている、現実に船が行き来して生活の場になる川ではないのである、日本の川は常に変化する川である、それは今回の台風でも証明された
流れが絶えず変わる川なのである、だから古川という地名が多いのである
それは流れが変わって古川になり地名として残ったのである

とにかく日本でも外国でも旅行したから地理に興味をもった
日本は本当に山で分断された国である、それで常に感じているのが阿武隈高原とういう山で私の住んでいる相馬地域は同じ福島県でも分断されている
それは福島市の方面が見えないからである、そこで何か地理的一体感がもてないのであるでも原町の片倉のフラワーランドから牡鹿半島と金華山が見えたというとき地理的一体感を感じた、新地から見えていたが原町から見えると思わなかったからである
つまり視界に入れば地理的一体感をもつのである
日本は常に山で遮られ隣り合っても地理的一体感をもてない国である

それで峠というときこれは国字であり日本人が発明した漢字だということもわかる
だから峠を越えると新しい視界が開かれる、そういう峠の国だということが日本だとなる
その国の歴史でも文化でも地理と風土から作られる、これは逃れようがないのである
日本人の故郷がアイディンティティになる場所が海ともならないで「国のまほろば」というとき奈良でありそれは山に囲まれた盆地だということでもわかる
東北の地理を見てもそうである、山に囲まれていて平地がありそこは盆地であり平地があり都市が生まれている、でもその平地が少ないのである
そして青森だと山で津軽藩と南部藩の延長として二つが分断されているのもわかる
それは山が分断して言葉も違っているとなる

つくづく日本人は地理的に海でも山にでも分断されて生活してきたのである
まず大陸の歴史とは違ったものとなるのも当然なのである、大陸だと広い視野が視界が得られる、でも日本では常に山で遮られて広い視界が得られないのである
だから広い視野で視界でものを考えることもできないし防衛とかもできない
大陸でぱ中国でもヨ−ロッパでも塔が発達するのは平原とかで遠くをウオッチする見張る塔なのである、遠くから平坦な平原でも敵が攻めてくるのを見張るためである
だから塔に人間の強い意志が感じられる、それは中国でもその塔は何か日本の優美な塔とは違う、堅固であり強固な人間の意志を感じる塔なのである

日本人はどうしても視野が狭くなる、それが山が多すぎることなのである
山で視界がさえぎられ狭い地域に閉ざされてしまう
何か小さな村で閉塞されたようになる、いい面としてはそこで互いに濃密な人間関係を作って協同することである、でも村という狭い範囲が一つの世界となってしまい広い世界の協同関係は結べないのである
だから明治維新から世界に国を開いた時その世界に適応できない、それが太平洋戦争の失敗だったともなる、世界的にそんな大きな戦争などしたことがないからである
日本の戦争は関ケ原を除いて小競り合いの戦争だったともなる
大規模な戦争はなかったのが日本なのである
大陸の戦争だとものすごい数の兵士が大平原に集まり戦争になる
そういうことを何回も繰り返してきたのである
だから戦争にたけてくる、日本は戦術にこまかいことには気をくばるがそうして大局的戦略的に対処するのが苦手なのである

いづれにしろその国の文化はそれぞれの国土によって作られることは確かである
それは逃れようがない運命なのである、大陸国家だと中国でもそうだが巨大な権力が生まれる、始皇帝であれそれは地下にも都を宮殿を作って生き続けようとしている
日本ではそういうことはありえないのである、巨大な権力が生まれない、それで話し合いで決めるというとき小さな村が生活の政治でも経済でも単位になっていたのである
「話せばわかる」という狭い範囲での生活だったのである
だから法律も必要がない、話せばわかるとなるからだ
狭い範囲での意志疎通が中心であり異民族とかの意志疎通は必要ないからである
同じ民族でも日本が広いとしても村という狭い範囲での精神形成になっていたのである
そうなるとこれだけグロ−バル化したとき適応できないとなる
   
日本人は実際は世界で一番冷たい民族だという時、狭い範囲の村が共同体だからそのウチでは強いつながりをもつ、協同する、でもそこから離れた外になると冷たいとなる、よそ者を歓迎しないのである
外国では対立があっても争いがあってもそこでなんとか折り合うとする文化が生まれる、日本では異民族を受け入れることがむずかしいのはそういう歴史がないためである
日本が外交下手だというとき当然なのである、そういう歴史がないからである
狭い村という範囲でみんな仲良く争わないで協同する生活だった
そこにはよそ者は入れないという世界である
だから限界集落でもよそ者を入れない、入れても追い出すとかなりもう限界集落は後継ぐものもなく消滅してゆく、そういう国柄は簡単に変えられないのである

要するに日本がいいとか悪いとかではなく日本を客観的に見るには外国の理解が必要になる、その対比のなかでわかってくる、それはまた時代的にも江戸時代と比較すると今の時代が見えて来る、つまり日本だけでは日本のことはわからない、また今の時代だけを見ても今が見えてこない
それでたいがい日本に深い見方をするのは外国で暮らした人である
留学した人とか外国暮らしをした人とか外国人と共同で仕事した人とかになる
それは否応なく対象的に日本が見えてくるからである
ただ今の時代になると海外旅行している人が多くなったから戦前のような偏狭なものにはならない、情報でもそうである、太平洋戦争では日本人はアメリカのことなどほとんど知らなかったからである
テレビもなにもないし何も知らないのである、それでアメリカを甘くみていたのである
今でも日本はそういう地理でしり外国の理解ができない、それで失敗するとなる 

一番の問題が日本で山が多くて視界がさえぎられることである、そうなると見えないのだから見えない所を考慮しなくなる
例えば身近なことでも常に家事で台所仕事で失敗しているのが目の前に電気の卓上焼き機でもスイッチを見えない方向にしていたらスイッチを消し忘れているとかまた料理する場所が離れていて見えないと何度もIHヒーターの電気を消しわすれとかある
それで前はガスでそうだったから時間を決めて使えるものにしても電気をつけたままだという失敗がある
その原因が自分の視界内にないからである、見えないから失敗している
そういうことはあらゆるところである、原発事故だって迷路のように網の目のように配管がある
その一部分を常に見ている人はその一部分には詳しいのである、だから配管のことをその現場で働いていた人は知っていたのである
上の人は知らないということがある、要するに原発の全体を知るものは誰もいなかったし知り得ないのである
こういうことはどこでもそうである、こんな複雑な巨大な社会になると一部分を見ていても全体を見通せる人などいないのである
そこが盲点となって事故につながる

地理でも常に住んでいる小地域は見えてもその周りの全体は見えない、特に日本では山に遮られて見えない、するとどうしても見えないからその場所を理解できないのである、日本だと山が多い、するとその山の中に隠れたように田んぼがあったりする
その田んぼが見えないのである、だから隠田というのが普通にあっても不思議ではない
こんな所に田があるのかということを旅してもわかる、山の中に入って開けた地がありそれが意外だったのである
平原のような所だった一望に見える世界である、見えるからこそその広大な平野で戦略がたてられる
軍隊をどう配置するかなど戦略がたてられる、日本ではそういう戦略をたてられない
義経のひよどり越えでも信長の桶狭間でもそうである、敵が山の下に休んでいる時急な坂を一気に駆けおりて勝った
まるで滝のように襲い勝ったとなる、相手から山の陰であり見えない、ところが敵は上から見えていたのである
だから見えるか見えないかの差が大きいのである
日本の地理と風土は大陸国家がユニバーサルとして普遍があるとして日本は特殊なのである
その特殊性を日本人自身が理解していないのである


                                             
参考にした本

国土が日本の謎を解くー大石久和

国土交通省に勤めていた人の本である、日本の国土を知ることがやはり第一にある、日本の国土は外国と相当に異質だからである


2019年10月06日

どうしたら栄るのだろうか? (歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


どうしたら栄るのだろうか?

(歴史をふりかえるー国や市が栄えた理由)


人間は栄えることを求めている、具体的になればみんな金が欲しいとなる
豊かな生活をしたいとなる、これを否定はできない
では歴史をふりかえりどうして国が栄えたのだろうか?
その例としてなぜヨ−ロッパが栄えたのか?
世界を指導する国となったのか?

●資源
●貿易
●産業革命
●資本主義
●天才の多様な排出(教育)
●宗教の影響


なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてなぜイスラムが衰退したのか?
これも大きなテーマとしてある、イスラムがヨ−ロッパより栄えていた、それがオスマントルコだった、ヨ−ロッパはもともと辺境の地域にになっていた
それでヨ−ロッパの女性が5ドルくらいで買われていたとかなる
貧困国は女性が安く売られる、アジアでもカンボジアなどは最貧国であり5ドルだとかなる
つまりヨ−ロッパはこのようにむしろ遅れた国々だったのである
ただローマ帝国が一時栄えた、その後は暗黒の中世時代になった
ではなぜヨ−ロッパが栄えるようになったのか?
これも複合的な原因があり一つではない、例えばその基本になる宗教が栄えをもたらしたともなる
イスラム教とキリスト教国を比べるとイスラム国は衰退した
キリスト教国はヨ−ロッパで栄えたとなる
するとなぜイスラム教では栄えなかったのか?
またなぜキリスト教で栄えたのかという理由が必要になる
だから仏教と儒教も関係していてアジアは宗教のために停滞したとかなる

何らかでキリスト教と資本主義が結びついていたことはウェバーのキリスト教から資本主義が発展したという思想でもありうる
なぜなら資本主義が修道院から生まれたとしているからだ
神に奉仕するために勤勉に働き他者に奉仕するという修道院から生まれたという思想である
ではなぜイスラム教から資本主義が生まれなかったのか?
これも理由があるとするのはその後の歴史でイスラム国が停滞したからである
でもイスラムの方がヨ−ロッパよりも優れていたのである
代数学とかか化学とかいろいろな面で優れていた、ヨ−ロッパは遅れていたのである

ヨ−ロッパ文明が世界を主導したというのが20世紀とかまでであった
それは大航海時代からはじまっていた、この大航海というコロンブスのアメリカ発見とかもヨ−ロッパが世界を主導するものとなった原因である
それは軍事力の征服でもありそれで南米のインカとかが呆気なく滅ぼされた

そして最初はポルトガルがスペインが大航海時代の先駆けとなり栄えたのである
南米から黄金がもたらされ金ぴかの聖堂が作られたのである
ただポルトガルとかスペインは泥棒国家ともされていてたちまち衰退国家となった
栄える国ではなくなったのである

そしてイギリスが七つの海を支配したという時なぜ栄えたのか?
それはポルトガルとかスペインとは違って略奪国家ではなかった
産業革命をしたことが大きかったのである、技術革命があったことが違っていた
それはアメリカがITで栄えたのとにている
技術革新があり栄えた
その前にヨ−ロッパは科学分野でも様々な分野で天才を産みだしてきたのである
だからなぜヨ−ロッパには天才があれほど生まれたのかというのも栄える理由となる
天才というときたいがいヨ−ロッパでありイスラムの国々から名だたる天才の名が出てこない、たいがい学んでいるのは理系文系でもヨ−ロッパなのである
だからこれもなぜなのだろうとなる

そして日本ではなぜ明治以降とか戦争があっても焼野原になっても高度成長時代があったのか?
その理由が何であったのか?
3百万人が死んでその後なぜめざましい経済発展があり栄えたのか?
それはヨ−ロッパのように産業革命があったとわけでもない
ただ電器製品を外国に売ることで豊かになった
それは何か発明したわけではない、イギリスの産業革命のように鉄道の発明とかをしたわげではないのである 

ただイギリスは結構石炭がとれる国でありそれで蒸気機関車が作れた
資源がないと産業革命も起きない、その後石油文明というように石油がとれる中東はイスラムの国々の栄える基となったからだ
ただイスラムの国々でも何か発明したりしていないのである 
何か科学でも学問でも芸術でもイスラムから学ぶということがないのである
ただヨ−ロッパ文明にはイスラム文化が取り入れられているというだけである
そういう国はいづれ石油が枯渇すると栄もなくなることは見えている
資源があるだけでは豊かになれない、その石油でも石油を精製することが自国できない
それは先進国で日本の技術とかでもしているからだ
工業力があって活かせるのである


国が栄えるという時実際はいろいろな要素があるから一概に言えない、それを国内で考察すると長者伝説が必ずある、炭焼長者とかも山ではある
それは木材資源があり炭焼く技術があって長者になった栄えた伝説である
資源が栄えるというとき海だと大漁があり豊かになることがある
日本が栄えたという時江戸時代には新田を開拓して米の石高を増やして栄えたとなる
農業で栄えたとなる、ただ稲作がないときでも栄はあったのである
縄文時代でも縄文土器を作っていたのだからそれが栄の標しだったのである
いつの時代にもその時代時代の栄がありそれが文化財として残っているとなる

日本が栄えるというときなぜ高度成長時代があったのか?
その時は国全体が上昇気分にあった、私の家でも角にありそこで子供向けの店を開いたら繁盛したのである、その頃物がないから物を置くと売れたのである
そして角だったから場所が良かったからはやったのである
なぜかというとその頃車などもっていない、道は舗装されていない、ほこりがたつ道だったのである
でもそんな場所でも小さな店でも繁盛したのである
それは例えば都会だと中小の工場も注文があり繁盛した
それで人手不足になり地方から金の卵として中卒者が集団就職したのである

そういうときは別に特別の才能が必要ない、私の家でも商売に向いている人はいなかった母は内気な人でありとても商売に向いている人ではなかった
でも高度成長時代はそうした個々の能力と関係ない、みんな繁盛したのである
そういう時代は起業すればもうかるとなっていたのである
また貯金すれば利子が7パーセントとという時代であり金は増える一方だったのである
今になると高度成長時代は特別な時代だったのだとふりかえる
その後失われた30年とかなりもう日本は貧乏になり後進国に脱落したとなるからだ
その相違も大きいとふりかえる

でもなぜ高度成長で日本が栄えたのか?それは日本が技術革新したとか技術が優れているわけではなかった、私は理系でないし科学技術のことがわからない
でも今になると韓国でも中国でも日本と同じように家電を作っているしかえってスマホとなる韓国中国が作って日本の作ったものは売れない
ITで日本は遅れをとった、そして原発事故とかあり日本は技術が優れているから事故が起きないというのは嘘だった
しきりに今でも科学者が日本の技術が優れていると自慢しているがそれは右翼の自己自賛に好きなんがたのである
日本が一時的に世界に先んじて電器製品を作ることができた
それは日本人が発明したものではない、日本人は発明が得意ではないからだ
壊れないものとして作る技術はあったとしても発明はなかったのである
エジソンのような人は日本から出てこなかったのである
それはヨ−ロッパから様々な天才が出たのに日本からは出なかったからだ
もちろん江戸時代にもそういう人はいたが実際に実らなかったのである 

ただ日本だけが明治維新で西欧化できたアジアでは唯一の国だったのである
植民地にならない唯一の国だったのである
だからそれは誇ることができるのである、アジアはみんな欧米の植民地化したからである
ともかくなぜ日本が高度成長時代がありその後30年の停滞がありそしてもう没落して衰退国家になる、栄いは失われてゆく
それでなんとかまた栄えるようにと国でもアベノミックスとか金融で成そうとする
でもそれは官製のものであり金融でごまかした景気にすぎないからすぐに限界がくる
現実には給料が上がらないとか少子高齢化で日本がどん底になるとか言われる
もうそういう悲惨な未来しか日本には見えないのである
それで経済の起死回生はありうるのかと模索する

でもそれも見当たらないのである、資源はないし貿易もだめでありその精神も惰弱化している、日本の若者が他国に比べて何か向上心がないという
かえって今はベトナム人とかネパール人などが貧乏だからかつての日本のように向上心かある、だからベトナムなどはいづれに日本に追いつくとなる
そして日本にはもう外国人も来ない国となると言われる、それだけの魅力がない国となるただインパウンドで旅行者は来る、それは日本が旅行できる安い国になったからである
それは東南アジアとかに日本が大挙して旅行したと同じなのである
外国人の方がデパートとかでも歓迎されている
日本人は買い物をしない、外国人が高価なものを買っている
日本人はスーパーの夜の安売りの弁当にむらがっているという
高いものは外国人が買っているうというyoutubeの報告もある
日本はもうすでに後進国であり貧困国になっているのである

それと東日本震災の影響も大きい、ポルトガルでも大地震がありその後海外に出る冒険精神は失われて衰退国家になった、そこで問われているのが冒険精神が進取の精神が喪失したことだとされる
日本の東日本震災の影響も大きい、その衝撃は地元では今でもつづき立ち直れないのである
それに原発事故にもなり立ち直れない、ダブルパンチで立ち直れない
ただ原発でも日本が資源がないから原発国にするということ科学技術の先進国の位置を保つとういことがあった
それは核武装のためでもあり国で支持したのである、それが津波で打ち砕かれたのである
そして原発で栄えることはありえないことを証明したのである
この辺で船主とかは原発御殿が建ったとしても福井県の高浜町でも町の助役が原発マネーで原発御殿をたてていた、そのスケールは違っていた

つまり原発は地方では栄えさせる唯一のものだったからそうなった
その後の処理でも除染でも7兆円とかかかったとかとてつもない金が流れた
そして補償金でもめたりしてかえって地域は分断されてモラルの崩壊になった
その補償金でフィリンピンの女性に貢ぎ仙台に店をもたせて金がなくなったという人も現実にいた
原発マネーは一時的でありそれは栄をもたらさないのである

だからそもそも栄とは何なのか?本当に真に栄えるとは何なのかが問われたのである
科学技術が栄えをもたらすことはあった、でも原発はもたらさなかったのである
何か原発マネーは人間を狂わせてモラルを喪失させるものなのである
モラルを喪失させるというとき現代の強欲資本主義もそうである
金しか価値観がなくなりグロ−バル経済の中で数パーセントの人に金が流れる
ここでもすでに資本主義か崩壊しつつあるのだ
それは資本主義にはモラルがないからである、数パーセントのものに富が収奪されているからである
だから世界中で格差が広がり暴動も起きてくる、日本でも大人しいがこれから貧困がますます激しくなると暴動が起きると予告する人が増えている
自分もそう思う、原発で恩恵を受けてもそれか真の栄にはつながらない
モラルの退廃を生んでいることは福井の高浜町でも同じだった

原発とともに栄えることはありえないのである、豊かになりたいからと原発にすがることは危険だったのである、そして原発では国は栄えないということを国民は知るべきなのである
では何が栄えさせるのか?それが日本の農業だというのも何なのだとはなる
農業では金にならていからと工業化して貿易で電気製品を売り高度成長したからである
でも日本の農業は技術的に優れている、世界でも比べても優れていたのである
だから最近日本でも銀行が農業に投資しているのである
例えば常に国家でも都市でも栄枯盛衰はある
中東のペトラは交易都市として栄えた、でも交易ルートからはずれたりして取り残されて衰退した、貿易で成り立つ国はシルクロードが海の道として栄えても大航海時代で廃れたそういうふうに交易ルートが変わると衰退する

でもペトラは交易都市として栄えたのもそうである
でも都市は廃墟化してもその周りで農業して生き残っていたのである
継続してい生活していた人たちがいたのである、何かオリーブとか果物を栽培していたのである、だから農業は最後に継続するものとしてある
結局人間を最後に支えるのは食料だからそうなる
食料があればまた何か後の栄がありうるとなる

原発事故はその食料となる農業をできなくさせる、汚染させたから深刻だったのである
だから原発では栄がありえないのである

海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首 

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

ここでは栄とは天地とともに栄える自然とともに栄えるということだった
日本の天地国土とともに栄えることであった
でも原発はその日本の国土を汚した、そこに栄はなかったのである

確かに原発マネーで豊かになっても結局活かされないのはやはり金が入るだけでも栄ないこの辺でも原発マネーでモラルは喪失した
補償金で何をしているかというとギャンブルでありある人はフィリピン女性に貢ぎ仙台に店を出させて金がなくなったというからふざけている
そして何か言うとなぜかわいそうな原発避難民を批判するのだと怒る
いつまでも被害者であり援助すべきだとなる、それもフィリンピン女が金が欲しいからだとなる、これは極端にしてもそういうことがある
だから原発マネーがすべていいように働かないのである
金ですべて解決するというわげでもないのである
そのようにモラルが荒廃したときとても栄えるとは思えないからだ、ローマ帝国でも最後は豊かになってモラルが腐敗して贅沢になれて滅びたからである、金が入り贅沢過ぎることが滅びに通じているのである

だから人間は天地からまたは海からでも離れたとき栄はない、栄をもたらすのは天地であり人間の科学技術ではないともなる
それが原発事故で示されたともなる

とにかく世界史的に見れば中東からヨ−ロッパからその延長のアメリカと栄えて次にその原点のアジアにもどってきた、アジアがもともと産物が豊かだったからである
ヨ−ロッパは産物が豊かな国でないから大航海時代になりアジアの富を収奪して豊かになったとなる
そして21世紀は22世紀はアジアの国になるという時大きなサイクルで見ればそうなるただ一時的に日本のように後退して衰退してゆくとなるともみる 、そういう大きな歴史の流れは変えられないということであ

centermjiamap1.jpg

中東が世界でぱ最初に栄えた場所だった
それがヨ−ロッパに移りアメリカに移った
アジアはこことは別にインドがあり中国があり栄えていた



2019年09月06日

世界史でも空間軸と時間軸の考察である (時間軸の思考がむずかしいからそこで問題が起きる)


世界史でも空間軸と時間軸の考察である

(時間軸の思考がむずかしいからそこで問題が起きる)

この世界を知るというとき基本は空間軸と時間軸である
津波というのもそうだった
空間軸というのは津波はその土地の地形と密接に関係していた
前にさえぎる小高い山があるだけで津波の勢いがそがれた
でも前に何もないともろに津波を受けて大被害になった
その圧力がものすごかったからである
つまり空間軸として地形として地理としてその土地のことを知らなければ津波に対処できない
今回の津波ではそれで高台を作るようになったのである

一方で津波は周期的に起きている、その時間軸の考察ができていない、時間軸の考察が人間にはなかなかできないのが弱点なのである
空間軸だったら何億年前と同じ世界が現実に今もあるから把握しやすいのである
大地とか山とか海はなくならないからである
でも時間軸だと村でも街でも消えてしまうことすらある
津波の被害では・・・千軒とかあり千軒の家が消失して何も残さないということがあったそして時間軸となる何か残されるのは祖父母の代くらいまでである
それはじかに聞いたりするから何か多少は実感になる
でも現実は戦争というのはいくら聞かされてもなかなか理解できない
それは日常生活とはかけ離れたことであるから理解できないのである
人を殺すことが日常化した世界はとても理解できないからである

そして津波でも400年前にこの辺に700人溺死として相馬藩政史に二行だけ記録されていたけど誰も注目せずに忘れられていた
今回の津波でそれが発見されたのである
だから専門家ですらそうした400年前のことになると見逃して忘れられる
時間軸での歴史の理解が難しいのはそのためなのである
人間は今の世界が現実であり過去になるとイメージの世界になりそこに必ず誤解が生じるもしタイムマシンで江戸時代とかに行ったら歴史で習ったこととは全然違っていたということなどいくらでもでてくるのである
それだけ時間軸で起きた歴史は理解しにくいのである
外国旅行しても今の世界に目を奪われて過去を歴史を知ることはむずかしい
ただヨ−ロッパとかだとローマでも石造りの建物などが残っているからその物から過去をリアルにたどるということがある
一つの建物の一片でも残っていれば違う、第一ローマと言えば2000年前ともなるからだ、そんな昔のものは日本では残っていない、古墳くらいである
だからヨ−ロッパは歴史をたどりやすく歴史を重みあるものとして受け継がれる
それでもこれだけ現代都市化すると過去を知ることがむずかしくなる

人間の歴史自体が空間軸と時間軸からできている、大陸だと余計に広いから空間の拡大がありローマ帝国をはじめモンゴル帝国とか空間の拡大がある
大航海時代も空間の拡大だった、アメリカはあれだけ広いから西部へと空間の拡大だったアメリカとかヨ−ロッパがなぜか知らないが西へ拡大するというときそのためにアジアへ向かったという人がいる
西部開拓からアジアへ向かって日本と衝突して戦争になったとなる
それはホイットマンの詩にもある
とにかく大陸は空間の拡大が歴史である、ただ古代になるとエジプトなどは時間軸の世界の文明だともなる、三千年も続けばそうなる
ピラミッドは空間の拡大ではなく空間に定着する時間軸の産物だとなる
建築は定着する時間軸の産物である、だから2000年前の建築でも残っている
石造りだから石の文明だから残っているとなる
そこに歴史的継続の思考が常に醸成されるのである
日本では木の文明だから木は残らないから歴史的思考がしにくいのである
だからこそ常に新しいものを受け入れるのだが歴史的に継続するものを見失う
日本の古来の文化とか伝統でも失いやすいのである


移住 ゲーテ

北も 西も 南も 砕け
王座は裂け 国々はふるえる
移り住もう、 清らかな東方で
族長の国の空気を吸おう

その純朴 その正義の地で
わたしは 人類の
原始のふかみに分け入ろう

Break to the north, west, south
The throne rips and the countries tremble
Move and live in a clean east
Breathe the air of the patriot country

In the land of justice
I'm humanity
Let's break into the primordial flock

・・・・・・・・

この詩のようにまさに空間の拡大なのである、大陸はこうして幾多の帝国の興亡があったそれは世界的な空間の拡大としての歴史なのである
大陸は空間に生きる、日本は逆に時間軸に生きるというとき日本は海に囲まれた閉ざされた山国という特殊な環境で歴史が形成されたからである
日本自体が一つの宇宙となり外に空間を生きるにも拡大するにもできない
日本では最西端とか最南端とか最北端とかが人気があるのはまさに海で囲まれているからそうなる、もし大陸のような陸続きだったら最西端とかに行くとなるとヨ−ロッパだったらポルトガルのロカ岬とかになってしまうのである
そして中国からヨ−ロッパまでは陸続きだということである
隔離されてはいない、陸続きなのである

その間に草原とか砂漠があってしも陸続きであり交通路になりやすいからシルクロードとかまた砂漠の民は移動しているから必然的に商業の民となった、イスラム商人となった
それは中国も農業国家でも商人国家だというときイスラムとか草原とか砂漠とかあっても陸続きであるから砂漠でも交通の道となる
そこには絶えず交流が生まれている、日本のように江戸時代の鎖国のように閉ざすことができない国である
中国でいくら万里長城を作っても異民族の侵入を防ぐことはできない
それで中国の歴史は異民族の侵略がありその国の王が変わる、モンゴルが支配したり満州族が支配したりするとなる
日本が萬世一系の天皇があるというときそれは日本が大陸のように海に囲まれているから異民族に進攻されなかったからなのである

君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで

これは時間軸の思考なのである

いづれにしろ人間は空間と時間軸に生きる、でも時間軸から思考することはむずかしい
歴史でもローマ帝国の拡大は空間の拡大時期でありキリスト教の中世は時間軸に生きていたとなる、内にとじこもる内省の時代だったとなる
そして現代はもう空間の拡大は終焉した、資本主義もグロ−バル経済で空間の拡大だったがそれも一段落してこれ以上フロンティアとして開拓する地域がなくなってきた、それで宇宙が空間拡大の場所となる、ここも限界がある
インドとかアフリカが最後のフロンティアになるとしてもそれも大航海時代とは違ったものになるだろう
そして空間的拡大としての投資が終焉するとき中世のような修道院に閉じこもる内省の時代になる、若い時は空間の拡大に生きる

夏の星若人遠くへ行きにけり

one summer star
a young man
go away in the distance

このように若者はとにかく空間の拡大に生きる、自分自身も60歳まで空間の拡大に旅に生きたのである、その憧れが強いものだから50でバックパッカーになり外国を旅行したのである
しかし遂に親の介護とかで十年過ごしてもう年になり遠くに行くの億劫になった
今は仙台すら今年だって一回行ったのかとなる
近間を回っているだけである、つまり中世的内省の時間を生きるようになったのである
老人はどうしてもそうなり安いのである、内省化して内面化する
そこに深い洞察が生まれる、それでつくづく批評家に向いてくる

いろいろな経験から批評家になる、本でもさっと一読するとその内容がもう直観的にわかる、そして自分の文脈で取り入れることができる
ただ読むだけではない、その内容は自分なり新たな創造として展開できるのである
これもだから不思議だと思う、本はただ買うだけで積んでいるだけだった
でも今は違うこうして新たな自分の読みで創造化できるのである
他者のものを引用するにしても創造的引用でありそれはただコピーしているものとは違うのである、つまりあらゆるものを深く読めるということなのである
それは新たな創造でもある、他者のものを何か自分なり新たな角度から創造しているのである、それは抽象画でもそうだった
他者の創作物を絵や写真をソフトで変えてもオリジナルものとは別物だったのである
だからそれも二次製作にしてもやはり創造であることは間違いないのである

2019年07月10日

中国の脅威は世界史の逆行なのか―文明の衝突なのか? 〈古代中華帝国の再興に従えない世界)

中国の脅威は世界史の逆行なのかー文明の衝突なのか?

〈古代中華帝国の再興に従えない世界)


脆弱な内面があると同時に、中国は世界規模の大国になろうとした過去がありません。植民地を持とうとしたこともなければ、他国を支配しようとしたこともない。そしてまた、普遍的な文化を持とうとしたことすらないわけです。普遍的な大国にならずして、世界の超大国になることはできません。

中国に「世界の超大国」になる資質はない
"米中大衝突"が世界に与える悪影響

中国共産党がスローガンに掲げる「中華民族の偉大な復興」である。中国は偉大な過去の栄光を取り戻そうとしている。過去の栄光とは、東アジアに君臨して世界の超大国であった19世紀以前の中国である。中国共産党によれば、19世紀以降、帝国主義者たちは中国に対して侵略戦争を行い、広大な中国の領土を略奪した。習近平・中国国家主席が唱える「中国の夢」とは、偉大な中国を取り戻すことである。

アメリカが、中国と「文明の衝突」か「新冷戦」か「貿易戦争」、あるいは「戦略的競争」を進めている時代において、日本はあらためてアメリカに日米同盟の価値をアピールする機会を得ようとしている。


中国が脅威になる、テレビでも今日中国が太平洋のハワイまで拡大する戦略にあることを知りオーストリアとかが警戒しはじめて具体的に抵抗してきた
それは日本の太平洋戦争とにている
中国とアメリカで太平洋を二分する戦力を具体的にしている
南大平洋諸島に金をつぎこんで勢力下に置くことをしている

中国の台頭は何を意味しているのか?
これを考察する時人類の歴史をふりかえりそれが何を意味しているのかを問うことが必ず必要なのである
つまりこれは世界史の問題だからである
それで参考にしたのが「現代が受けている挑戦ートインビー」という本を参考にする
ここで語られているのは国家主義の歴史である
それは最古の文明の発祥地から楔形文字を発明した中東地域から始まっていた
ただここは複雑でめんどうなのでエジプト文明を見れば具体的にわかる
これも国家主義である、地方の神がありやがて一つの神に統一される
エジプトにも日本のように八百万の神があり地域地域は分裂して統一されていない
それがやがて一つの神にファラオに統一されてゆく
それはエジプト国家の形成になる

そうして一つの文明が大国家が帝国が形成されるときそこには必ず科学技術とかがかかわり神格化される、そこに理系的な技術者がいて神官となる
それはインカとかマヤ文明でも同じだったのである、例えばなぜヨ−ロッパの石の大聖堂を作った石工のギルドがフリーメーソンとかの結社となり世界の指導者がその信者だという時もそうである、そこは秘密結社となっている
それは神官であり力をもったのである、エジプトの神々の像であれピラミッドを作るのには相当な技術力が必要になっていたからである
つまり大国家を形成するには科学技術が不可欠なのである
それは現代でも引き継がれている、この辺で原発を作り従事した人たちはエリートであり神官だったのである、科学技術者は聖職者になったというときもともと治世に科学技術は不可欠だったのである、今でも医者だけは神のように尊敬されているから同じなのである

宗教というとき文明でも巨大な事業を灌漑とか神の像とか巨大建造物を神殿とかを作る技術が生まれたとき権威をもつようになった
そしてそこでは王は神格化される、ファラオとなるのである
それは現代でもその歴史は継続されているのである
エジプト王国がありペルシャ王国がありローマ帝国がありイスラムのオスマン帝国があり中華帝国がありと継続されているのである
アジアだと仏教もそういう働きをしてきた、それは華厳教などの政治思想がありそれが中国でも採用されたからである
日本だと大和王権が日本を統一するために奈良のルシャナ大仏が創建されたのである
その前に巨大な古墳もやはりその地域地域の統一するシンボルだったのである
つまり国家を形成するにはそうした巨大な建造物が不可欠なのである

だから人間はそういう歴史を継続してきて今日に至っている
中国でも同じである、最初は始皇帝が世界国家を形成した、西域で異民族を吸収して世界国家となったのが中国である、その時の大軍団が地下に埋もれていた兵馬俑なのである
それはエジプトともにているのである
地下まで大宮殿を作りその権力は壮大なものだったからである
そして王は神格化される、エジプトでも王が神格化される、偶像化される
国家を支配する者が神となるのである、人間はなんらか人格化したもの、人間を神とするとわかりやすいからである、無機質的なものを神にしにくいのである 

ただローマでは皇帝も神格化されるが統治としてローマ法を法の下の平等を一応追求したのである、それが西欧文明の骨格ともなっているから中国の国家主義とは異なるのである
一見今をみれば過去とは全く違ったものであるように見えて人間は世界史的にも同じことを繰り返している、「歴史は繰り返す」とかカルマだとなる
個々人でもカルマをくりかえし国家的にも世界史的にもそうである
国家主義がナショナリズムがなぜこれほど強力なものとしてありつづけるのか?
例えば共産主義でも結果的にはナショナリズムとなりその幹部はソビエト連邦時代に幹部は神格化されたのである
まるで死んだときファラオのようになって葬られたのである
そして中国でも同じである、共産主義があっても国家主義となりナショナリズムとなり
頂点にたつ共産党の指導者が神格化される、毛沢東はすでになっている

それは日本国内でも起きている、創価は仏教をイデオロギーにしているがナショナリズムにもなる、日蓮を見ればわかる、強烈な国粋主義者、ナショナリストだからである
それで日蓮主義が太平洋戦争の時イデオロギーとして訴えた人がいたのでもわかる
日蓮主義はそうなりやすいのである
そして池田大作が教祖が神格化される、それは政治化したときそうなる
エジプトでもそうだったが政教一致化してくる、ローマ帝国でもキリスト教と政教一致化してカトリックが権力をもったのとにている

共産主義は「万国の労働者よ、団結せよ」というときそれは国家を越えるものとして主張されたイデオロギーである、でも実際はナショナリズムとなり政治化して指導者が神格化して偶像化するのである、政治とは科学技術は人間の力を基にしている
科学技術でありまたは人間の数であり経済力であり物量であり軍事力になる
それらの総力が国家主義となり世界国家を目指すのである
中国でも科学技術力がアメリカをぬくとかなるとそうである、通信技術がそうである
ファウィがそうである、アメリカが世界の支配者になったのはそもそも科学技術力だったからである、世界国家になるには科学技術力が不可欠なのである
エジプトでもピラミッドのような巨大建造物を作り技術がありローマ帝国でも水道や道を作る公共技術を張りめぐらす技術力をもったからである

文明という時西欧文明が世界の普遍性スタンダードとして世界史が展開してきた
でも今度は中国が世界をリードする時どういう普遍性が中国にあるのか?
ただそこには有無を言わせない強大な古代と同じ中華帝国が世界を強圧的に支配する
それは西洋文明への歴史が世界史となっていたのを一挙に時代が古代に逆戻りする現象だともなる
文明とはcivilizationである、civilとは市民のことなのである
その市民というものが日本でもなかったし中国にもない、そしたら文明もない
ただ古代の中華帝国の再興であり世界史は古代に戻るのか?
エジプトのファラオ時代にもどるのか?何かそういうことを感じしてしまうのである
中華帝国の柵方体制になるのかとなる、それは歴史の逆行になる

要するに世界国家といい文明といいただ力だけで科学技術であれ経済力であれ軍事力であれそうした力だけで世界国家になれるのか?
中国に周辺国が反発するのはそのためである、西洋文明というときヨ−ロッパの長い歴史から形成されたものでありその西欧文明の挑戦をアジアで最初に受けたのが日本だったのである、それを受け入れるために苦闘したのが日本だった
結果的には世界大戦となり敗北して終わったのである
その時中国はヨ−ロッパやアメリカの植民地化していたのである
日本だけが西欧文明の挑戦を受けて独立を守ったがアメリカに戦争で敗れたのである

中国は最近急に経済力技術力軍事力が強大化した国である、文明という時それはcivilizationであり、civilとは市民のことなのである、パスポートにシテズンとか所属する市の名を書くことはヨ−ロッパ文明のアイディンティティだからである
ヨ−ロッパでは市長のは権威は日本だったら殿様と同じなのである、市の鍵をもっていて市を治める者の権威は強い
そういう市民社会が形成された歴史がありcivilizationがあった
だから西欧文明が世界化したユニバーサル化したとなる、では中国ではどうなるのか?
言論の自由もない、人権もない、ただ古代の始皇帝のような圧制がある、そういうことで周辺国家が従うのかとなる

そして日本はつくづく東西文明の橋渡し役としてあったというとき何か今そうなっている
米中の仲介役の立場になる、でも日本は確かに西欧文明を受け入れたとしても実際は科学技術とかは受け入れたけど西欧文明の真髄たるものを受け入れていなかったのである、西欧文明がキリスト教文明だというときそうである
科学技術だけが文明ではないのである、それは中国でも同じである、科学技術はいち早く受け入れたけど文明はそれだけではない
共産主義のイデオロギーでありそれはすでに通用しないことが証明されたからである
では資本主義がいいのかとなるとそれも行き詰まっている
だから新しい文明を創造しなければならないとなる、それがどこがするのか?それが実は日本だという人もいる
つまり東西文明の融合の使命を負っているのが日本だ内村鑑三は言っていたのである
でもアジアとは何なのか?アジアの文明とは何なのか?
それも明確化されていないのである

アジアでは自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では欲望を実現するための自由を手に入れることきを望んだのである(ジャックアタリ)

仏教でもそうだが欲望を内面の修行で抑制して自由になる、西洋では欲望を外に向かって求めてアジアに進出したのである
そこに東西の文明の相違があったともなる、だから宗教というのもはもともとアジアから発した
イスラエルもアジアなのである、ヨ−ロッパは地中海を越えた地域だからである
だから最終的にはアジアに回帰するオリエントに回帰する、それが中国の台頭でまず科学技術経済力で欧米を凌駕してゆく
その後にアジアの真の文明の興隆となるのか?
中国が受け入れたのは共産主義のイデオロギーである、それが失敗したことはソ連で証明された
するとそうして古代国家へもどることは世界史の退歩であり逆行だともなる

undergroundddddd112.jpg

中国の地下宮殿の跡

2019年07月08日

姓と名の由来(世界と日本の相違)


姓と名の由来(世界と日本の相違)


「姓(名字)」を表す英語はいくつかあります。

last name
surname
family name
maiden name:結婚する前の女性の「旧姓」のこと

私はパトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです

姓名というとき姓と名は相当に違うものである

姓というとき

血統

地域(村)

欧米では血統を重んじるから姓は地域とは関係ない、ジンギスハーンとなればその子孫ということで姓がつづく、日本でも姓は氏姓(屍ーかばね)でありそれは姓(かばね)は死者のことであり父親から姓を受け継ぐ一族に属するとなる

アラブ人に代表されるイスラム教徒は姓を持たず、「名+父の名+祖父の名…」のように父祖代々の名を繋げて名とします。 

スラブ民族の名前の多くは「名+ミドルネーム+姓」で構成され、ミドルネームは通常、父称です。ロシア語では、名をイーミャ(Имя;Imya)、父称をオーチェストヴァ(Отчество;Otchestvo)、姓をファミーリヤ(Фамилия;Familiya)と呼びます

欧米であれイスラムとなると姓はこのように血統である、父方の姓と母方の姓がまじることもある

姓は血統とするとき原始社会になればトーテムである、犬族とか猿族とかいろいろあり
眷属となる、そのトーテムに属するものとしてアイディンティティがあり属することになる
姓にはそういう帰属関係とか所属関係を示している
例えば現代なら会社名が先に名乗られる、大企業の場合は特にそうである
東芝だとか三菱とか日立とか名乗ればそれで一目を置かれる
つまり姓はもともと官位とも関係していたり特別なものとして上から地位あるものから授けられるものとしてあった、

秀吉の正式名は藤原朝臣(あそん)秀吉です関白になるには藤原氏でなくてはいけません

苗字帯刀でも殿様から姓が農民に与えられて武士の格に引き上げられる
だから姓は名前とは性格が違っている

ただでは中国の姓が先に姓が来るのはなぜなのか?

それは中国では家族がそこから派生した一族が強固の紐帯をもっている、今でも政府を信じないときそうである、一族意識が強いのである、するとその一族を現すものとして姓がありそれで団結する

つまり姓が先に来るとか名前があとにくるとかではなく姓と名は別なのである
姓が後ろにきても姓は姓である、名前とは違った性格のものである
だから名前を先にする、ファーストネームとしてもそれは名前である
後にしても名前である、その後先ではなく姓と名前は区別すべきである
ただ名前はその人個人の個性だとなる、姓はその人個人ではない、血統とか一族とかで繋がるものである
だから欧米だと中東でもイスラム系統だと同じ姓になりやすい、名前は違っても姓は少ない、それは宗教も関係してそうなっている
同じ宗教であり同じ宗派として姓を区別する、それは所属する団体がありそれを示しているのである
それで日本だったら現代なら会社名が姓になっても不思議ではないのである

日本ではなぜこんなに姓が多様で多いのかとなるともともと無数の村が姓の基だったからである、つまりわたしはどこどこの村の出身ですということが姓だったのである
だから日本の姓は必ず地名としてある、…村としてある
でも欧米とか中東ではそうした村から発しているのではない、中国でもそうである
だからそれほど姓は多くない、日本は地縁社会であり血統社会ではないのである
村を共同体としてアイディンティティとしていたのである
そして日本国時代が同一民族として血統を同じくしている
民族同士が熾烈に欧米のように戦った歴史がないのである、日本の姓は無数にあるとしても同じ日本人であり姓は日本なのである
欧米とか中東は多様な民族の熾烈な争いであり血統が違う、だから姓は日本とならないし地域名とはならないのである 

パトリック・ハーランという名前ですが、ハーランというのは、「川の渡り」。だから、ぼくは「パトリック・オブ・ザ・渡り」なんです。ハーラン(川の渡り)に住んでいるパトリックということです。

先に血統の姓がきて土地の名がくる、日本だと先に地名が来て後に姓が来るとなる
ハーラン(川の渡り)が姓となる、渡部とかは渡るから来ているからだ、何か輸送する人たちの姓だった

日本がこうして地縁社会であるとき地縁から脱っすることが困難になる
無数の村があってそれらを統一するには強力な指導者が必要になる
今でも無数の姓があるのはそうして地域の村が依然として日本には残っているともなる
でも村社会が希薄になるとき会社名がアイディンティティになり実質姓ともなる
何か姓を名乗っても聞いても現代ではぴんとこない、別に姓を名乗ってもその姓に所属するとは見えない、過去にあったというだけである
姓は形骸化しているのである、それはそういう社会が喪失したからだとなる
家の重みもなくなって核家族とかなったりすればむしろどこの会社に属しているかの方がアイディンティティとなるからだ 

姓では不思議なのはこの辺では岩松氏が鎌倉から移り相馬藩地域の最初の支配者になったところが鎌倉から従ってきた家臣に子供まで皆殺しにされたのである
そのことは今でも伝えられる、それで相馬藩領内に岩松という姓はないのである
それが歴史を語っているのである、ただ現代では外から入る人が多いから姓から何か歴史をたどることがむずかしいのである
なぜ相馬藩内に荒姓が多いのかそれを尋ねる人がいる
それはツノガノアラシトととうい製鉄関係の技術をもたらし渡来人に由来がある
ツノガノアラシトのアラが荒になったとなる
それは韓国の伽耶国から来た人たちでありその一族の系統だとなる

李氏朝鮮とは李氏一族の朝鮮であり相馬氏一族の相馬市とにているのである

1392年に高麗の武将李成桂太祖(女真族ともいわれる[1])が恭譲王を廃して、自ら高麗王に即位したことで成立した。李成桂は翌1393年中国から権知朝鮮国事(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王の意味)に封ぜられた。朝鮮という国号は李成桂が明の皇帝朱元璋から下賜されたものであり、明から正式に朝鮮国王として冊封を受けたのは太宗の治世の1401年であった

李という姓があり一族がありそれに属したものがあり国とまでなっている
だから朝鮮は中国なのかともなってしまうのである

そして日本の天皇には姓がない!

それはなぜなのか?つまり姓とは何か一族に所属することである、李氏朝鮮がまさにそうである
天皇に姓があれば特定の氏族に所属することになる、そうなればある一族が日本の支配者だとなる
でも姓がなければどこの氏にも所属しないから日本の王だとなる
ただ姓がない王様は世界にはないだろう、必ずヨ−ロッパでも誰かが大きな一族が支配者となる
だから姓がないということありえないのだ

いづれにしろ何でも言葉でも常にその背景となるものが実質が失われると言葉も廃れる、戦前の言葉が国体とか天皇でも一体化していた言葉は失われた、通じないのである、それはその実体となるものが失われたからである
でも人間社会でも人間そのものの本質は変わりない、それで(無常)という言葉は今でも活きている、人間が老いて死ぬのも無常であり人間社会がこの辺でも津波だとか原発事故で急激に変化したように(無常)を身に染みて感じたのである
だから無常の世界は変わらないから言葉も活きつづけている
でも死語となる言葉が多いという時社会が変わってそれが通用しなくなってしまうからである

確かに会社名が現代にふさわしいとしても会社自体が盛衰があり現代はそれが激しい
銀行すらなくなるというときもそうである、そうすると会社名にしてもそれは永続しないともなる、それは何か無数の姓がその実体を失ったと同じになる
原発に屋号があり屋号は会社名だった、私の家は元は酒屋であり屋号があった、屋号は山村でもある
私の家は酒屋の暖簾分けした屋号だった、大きな会社から支社とも言える
そして姓より屋号でその家の人が呼ばれるのは生活の実態が屋号の方にあったからである
姓には生活の実態は消失しているのが多かったからである
とにかく権力とか権威とかも常に変わる、徳川といえば日本を支配するものとして300百年あったが今ではない、徳川というと何か珍しいともなるのも不思議である

とにかく名前は個人そのものである、だからファーストネームで話すときは姓のことが眼中にない、その個人を相手にしているとなる
でも姓を語ればそれは長い歴史を背景にしているとなる、それは必ず外国でも日本でも歴史なのである
姓は受け継がれるからである、ただ名前にしても相馬氏だと胤(たね)という字を必ず入れているから受け継がれている 
そして相馬氏というとき相馬氏一族によってし支配された国だとなる
それは明らかに歴史なのである

ただ日本だと最近は外国性とか名前とか混血したりしてでてきた
でもヨ−ロッパとかと違って単一民族であり姓が多いとしてもやはり日本人だとなる
なぜスリランカでフェルルナンドとい人がいるのか、そのフェルナンドはポルトガル人の王様の姓なのである、それは大航海時代にポルトガル人が一部支配してその姓となった
そういうことは外国では多い、人種が入り混じっているからである
だからフェルナンドの姓は多いのである、フェルナンドの王様の臣下ともなる

ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く、スペイン語ネイティブでなくても理解できやすいと思います
関西弁の人と秋田弁の人が会社の会議の話し合いや討論などはできますが、スペイン語とポルトガル語では無理です。
似てるとは言え、やはり違う言語です
メキシカンの友人とポルトガル人の友人がいますが、彼らはお互いが放す時には英語を使っています 


ポルトガル語はスペイン語やイタリア語などと同様、ローマのあったラティウム地方(Latium)で話されていたラテン語に由来する言語です。

ラテン語は、ご存知の通りローマ帝国の領土拡張に伴い、欧州全域に普及しました。現在のポルトガルとスペインがあるイベリア半島にラテン語が到達したのは、紀元前3〜2世紀のことでした

文法的には、ポルトガル語は古ラテン語を基礎としています。この点で、より新しいラテン語を基礎としたイタリアやガリア(現在のフランスとスペインのある地域)とは異なるのです。


ポルトガル語よりもイタリア語のほうがスペイン語に近く....とあるのはそのためである
ポルトガルはそれだけ古い土地だともなる、ラテン語の古語を基にしている、それは不思議に沖縄と青森に日本の古語が残っているのと似ている、辺境に古いものが残る

津軽弁に「てぎ」→「面倒」の意→「大儀」(漢語の転)

   沖縄の方言

ラテン語の古語がポルトガルに残っているということはこれとにている、何かヨ−ロッパの歴史でも日本の歴史と共通性があるとわかりやすくなるのである、ただ今はどこでもブラジルでも英語で話ししている、コミ二ケーションしているというときやはり底辺労働者でも英語を学べというときそういう人たちが英語を話しているからだとなる
ともかく名前一つからも地名一つからも歴史をたどると興味深いとなる
ただ外国で日本の姓を名乗っている人はいない!
それだけ日本は国際的に孤立していたとなる、国際性がそもそもない歴史だったのである









2019年07月04日

なぜニーチェに魅了されるのか? (社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから))

なぜニーチェに魅了されるのか?

(社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから)

なぜニーチェに魅了されるのか?
この理由は深く現代の文明と関係している
現代文明とは混沌(カオス)である、東京でもそれは何なのか?
もう怪物でありその全体を知るものはない、原発でも複雑すぎて所長すら肝心なことを知らなかったし社長だからといって会社のすべてを熟知することは不可能なのである
人間もそこでは無数の部品になる、膨大なパーツの集合体が社会である
そこで仕事するとなるとただほんの一部品となるだけなのである
それでもそのことに意味があり価値があるとしてもどうしても何かの職につくこと自体一つの部品化するのである
人間はしょせんそんなものでしかない、要するに社会は複雑巨大化して一個人など摩天楼を見上げている大衆の一人にすぎないとなる

それで人間を大きくするときどうするのか?
現実社会にはありえない、何かの職につくときどんな職でも一部品と化す社会である
それで自ら巨大化するときどうするのか?
現実社会ではもうありえない、人間は無数の大衆の一人としてまぎれる
それは名もない個性もない群衆なのである
そこに個人が大きくなれるものはなにもない、それより政治なら数であり経済も数である文明社会は数が支配する、宗教でも数である、どれだけの数を集めるかでそれが巨大化して何ものかとして認識される
創価で700百万票とったとかなるとみんな注目して恐れる
それも前に書いたように幽霊会員が何百万人もいるのだ
ただ一応会員になっているが何にも活動もしていない、だから一票を入れないものさえあるからそういう人たちを回って一票いれてくれと頼み回るのが幹部の仕事だとなる
つまりこれと同じようなものである
膨大な大衆、幽霊会員の集合体が現代の文明社会である
民主主義自体が数であり数がすべてなのである
人間が実体のない幽霊と化しているのである

だからニーチェとかアウトサイダーはそういう文明社会から離脱する、それがヘンリーミラーとか上野霄里(しょうりしょうり)とかなる
ニーチェはその最たるものである、そしてなぜニーチェに魅了されるのか?
それは文明社会から離脱して別な一つの世界を作りあげてそこに自らを超人として配置したことにあった
なぜなら現代文明社会ではそうした統一体はありえない、無数の部品の集合体でありその全体をみれる人などいないからである

だから自らを巨大化して主人とするときそうした別な現実には存在しない一つの理想の世界を作りあげてそこで主人になるほかないのである
それはあくまでもイメージされた一つの世界で主人になることである
するとその中で超人であれ巨人としてふるまうことができる
何よりそこで不思議に言葉が活きてくるのである
第一文明社会ではもう商業語とか騒音語なのかロボット語なのか言葉がロゴスが通じなくなっているからだ、言葉が通じないということは事物と物と結びつかないことなのである
そういうことをピカートが「沈黙の世界」で書いた
そうして言葉がもう通じなくなったという時、ナチスが生まれたと分析している
ただヒットラーと叫ぶことでドイツが一体化した、それも仮りの異常な一体化でありファシズムとなったのである

東京辺りでももう実際の事物を言葉で表わせないのである
巨大なビルの谷間で人は存在する事物と遊離して乖離している
そこに本来の人間はありえようがないのである
つまり人間存在の危機なのである
相馬郷土史研究というときそれは一つの統一体として全体を見ようとする試みなのである
有機的につながる一つの統一体として見る、そこに個々も活きてくる
でもここでももう有機的つながりは失われている
それだけ地方でも田舎でも職業でもなんでも複雑化している、グロ−バル化もしている
だから昔の村のような帰属意識がなくなり原発事故が原因にしろ街自体が雲霧消散したともなる

そういうことからイメージの世界で一つの世界を作り上げた、そこにツアストラが王者としてふるまうことができる
言葉もそこならひびく、通じるとなる
現実に自分自身も自然と岩であれ石であれ木であれ山とかでも一体化してアイディンティティ化することを田舎で試みてきたのである
田舎ならまだ都会と違って自然の事物でも言葉と結びつくからである
まだ沈黙の世界があるから言葉も活きてくるとなる

岩の神殿
          
岩と岩
向き合いて
暗黙の裡に
契りを交わす
その信は
長く深く堅く
動かざるかな
夢疑うこと勿れ
木と木よ
岩と岩よ
隙もなく稠密に
堅固に積み重ねられて
神殿は形成されぬ
その神の意になる
荘厳な神殿は不壊なり
神が建てしゆえに・・
不埒なものは入れず
そこに花は咲き
まことの実は稔る

この私の詩のように事物と事物は結びつき言葉もそこで活きてくる、ロゴスとなる
常に自然にあれば岩とか木とかが事物として全面に出てくる
ビルとか車の洪水とかではない、自然の事物が顕現して言葉として表現できるのである
でも都会ではそれができない、事物と言葉は分離して乖離して言葉は死んだとなる
つまりニーチェがなぜ魅了されるのかというとき超人とかいろいろあっても根本的には文明社会は別な世界を作り上げたからである
それはダンテの地獄とか天国でもそうである
そういう文明社会とは別な世界をイメージで作り上げてそこで思想とか詩を展開したのである
何か自分の場合、石とか岩とか木とかが心にイメージされる、そういう自然の神殿の中にありアイディンティティ化しているのである

だからニーチェは超人ということに魅せられるとかそれで犯罪が起きるとか言われた
それはそのニーチェが作り出したのはあくまでも仮想の世界でのことであり現実に適応できるものではないのだ
一方批判したキリスト教はあくまでも社会に現実には反映して適応したものである
弱者の思想だとして批判したとしても2000年の歴史で現実を作ってきたのである
ただ現代文明社会が混沌化して迷路化してどこにアイディンティティを求めていいかもわからない、そこに明確に一つの別な世界を作り上げて超人を説くとそれがひびきやすいのである
その手法で魅了されるとなる、自分自身も実はそういう別な世界をイメージしてそこに安らぐとかなる、現実の文明社会を否定して拒否してそういう自分自身の理想の世界に天国を作る、そもそも天国と言っても現実の自然から人間が作り上げるほかないのである
ただ神との約束が厳粛にありそれは神の国へと導くものである
ただ神の国がいかなるものかはあくまでもイメージしたものであり見ることはできないのである、ただビジョンとして見える時確かにそれは天国でありえるとなる

正直ニーチェとかアウトサイダーを語ること至難になる、私自身はそこに岩とか木でも詩的なものとしてイメージした自然と一体化したアイディンティティ化したものがあるので魅了されるとなる、このニーチェにふれて危険なのは偶像化することである
自らが神としたのだから偶像なのである
偶像は自ら倒れざるを得ないのである、ただそれでも超越的なものを目指して自ら倒れた巨大な偶像だったとなる、現実社会を離脱して仮想の世界を作り上げてそこで偶像化して倒れたのである、それは自ら演出して自ら倒れたとなる

何か現代では現実と想像の世界が区別がつかくなるのである
三島由紀夫でもそれが自らの演出だったが社会の現実となったときそのギャップにとまどったのである
テレビでマスコミでも有名になったからその人はそうしたブラウン管とかの中の架空の存在にも見えたのである、だからテレビとかメデアというのは何か現実が仮想化するし仮想が現実するのである
テレビの有名なアナウンサーの現物を見たときも不思議な感覚になった
まずそもそもテレビに像が映ることも不思議でありそのこと自体現実なのか?
仮想なのか?そういう問いがうまれる、原始的な部落でテレビを見れば本当に不思議なものとなるからだ
そういう矛盾が生まれたのが現代文明のメデア環境である
それでやらせとか常態化してもそれが現実なのか架空の物のなのか見分けることができないのである
だから三島由紀夫の死とは何だったのか何か不可解なもの、ドラマだったのか現実だったのか今でも明確にできないのである

大分前の映画の「ネットワーク」でもそうである
あらゆるものがショーでありニュースもショーである
それは見世物として視聴率を稼ぐものとしてある
だから予言者役にアナウンサーがなった、それでヒットした
でもそれはあくまでもショーである、そして最後はテレビの中で殺された
それもショーであり視聴率を上げるためになんでもする
そして何がなのか現実なのか架空のかわからなくなる
テレビでもやらせがあるのはテレビという媒体がそうさせる
視聴率を稼ぐためにより過激なものをショーとして提供するからだ
テレビを見ている人はより刺激的なショーを期待しているからそうなる
だから本を読むのでも何か目的をもってみる、それがインタ−ネットだとキーワードを入れて目的のものを捜すということ知識の世界が広がる
それはショー見たいからではないからそうなるのである

インタ−ネットの問題はニーチェでも浅薄な批評にあふれる、言いたいことが言えるからそうなる
沈黙して語れとニーチェが言っているがもう成熟しなくてもネットだと語れる
そこでそうした浅薄なものが検索で無数にててくることで時間の無駄になっていることも問題なのである
そこに良質なものがあればそうはならない、何が価値あるのか判別できずインタ−ネットにあふれてしまっている
ただ学術論文などはそれなりのレベルを保つから参考になる
まずニーチェを語れる人自体が本当に極わずかだと思う
それだけ含蓄ある一つの世界を創出したからだともなる


2019年06月22日

日本語を見直す作業が必要な時代 (言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)


日本語を見直す作業が必要な時代

(言葉はその国や地域の風土歴史があり生まれた)

日本語は日常的に使っているけどその意味を深くたずねることがない
でも言葉にはその背景にその国の風土と歴史とか密接に結びついて生まれている
言葉が文化の最たるものであり外国語が理解できないのはその国の風土や文化や歴史が理解できないからなのである
何気なく使っている言葉にその国の風土や歴史や文化が内蔵されて伝えられている
ただその意味がわからなくなったのである
それで本居宣長が漢語と大和言葉を分けて日本人の日本人たる所以を解き明かしたのである

もののあわれというときそうである、この言葉に日本の風土や文化や歴史が凝集されていることを示したのである
もののあわれとは何なのか?ものとあるときものとはただの物なのか?
ものとは生命全般でありただの物ではない、モノにもすべて命がありあわれだとなる
それは植物にも動物にも及ぶ仏教的なものもふくまれている
あわれと慈悲の心だからである
日本では敵でも一旦争い終わると死んだ人を敵味方塚として弔うのは死んだ者は敵であれあわれだと思ったからである、こういうことは外国にはない、外国では異民族が熾烈な争いとなり中国では死んだ者の墓を暴いても罰するのである
またみな殺しにもするのである、それだけ過酷なのである
だからアメリカで日本に原爆を落としたのもそういう歴史をひきづっているからだともなる、敵に容赦はしないということである

日本語もその言葉ができた背景をたずねれば切りなくなる、その深い意味も不明になっている、そもそもどうしてそういう言葉が生まれたのかとなる
それは日本の風土と歴史から切り離されず生まれている
それはどこの国の言葉でもそうである、それでどうしても明治になったとき日本語に訳しても訳せない、なぜならその言葉の背景となっている風土とか歴史が違うから訳せないのである、ただ漢字で訳したという時、漢字には何か世界的な普遍性が内臓していたから漢字でヨ−ロッパの言葉を訳したとなる、ひらがなでは無理なものが多かったとなる

言葉というのはどうしても外国語になると本当は訳せない、外国語では訴えることができない、通じ合うことができない、ここに文化がグロ−バル化できないものがある
モノのやりとりは自由にできる、でも言葉はできない、そこにグロ−バル化する大きな壁がある、では世界共通語として英語にしろとなる
すると日本人の心も失われて日本自体が消失してしまう、言葉はまたその国の精神であるからそうなる
言葉にはそれぞれに味わいがある、それは日本人にしか通じないのである

味というときこの味(あじ)はどこからきたのか?それは芦が味になったのである
芦原瑞穂の国が日本がの原風景だったからである
ではなぜ芦(あし)が味になったのか?

これも良くわからないが

福島県会津若松と九州の宮崎椎葉村、この遠く離れた二つの場所から、ある、共通す 
るものが発見されました。

実は、つい最近の昭和年代まで国が直接「味耜高日子根神」を祀る神社が、会津若松 
のすぐ近くにありました。東白川郡棚倉町の「都々古別神社」です。

現在食べている米は、遙か な古代、熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの交配に依って「早生」「中生」「晩生」 という様々な品種が作り上げられ、今に至ったのです。その南の国から来た原種の稲の種を持って、一体誰が、遙か離れた、それぞれの場所へ、米を植えたのでしょう。 
血縁で結ばれた民族が、どんな人を中心に動き、どの様に生きたのでしょう。背後に 
」が見え隠れしていることを否定する事が出来ません。

アジとはアヂスキタカヒコネのアジ(ヂ)なのである
アジは鴨だという韓国語由来にしているがこれは芦(あし)から来ていることは間違いない、なぜでは芦が味となったのか?
それは芦原瑞穂の国として日本がありいたるところ芦だらけだったのである
その芦原を水田にして米をとれるようにしたからである
芦が味となったのは米がとれるようになってその味となった、味がいいとなった
味をしめるとかにもなった
とにかく米には種類が多いから味が違うのである、味というときまず米の味だったことは間違いない、縄文人は米を食べていないから、味のはじまりは米だったともなる
そして味真野とかいうと味鋺(あじま)というのは芦の間のことなのである
それが味真野になった、芦の間から見える野が真野のの意味なのである
それで真野の草原の真野をたどるとそこまでわかる
アヂスキタカヒコネとはスキで芦を切り水田にした神だとなる

言葉にはこれだけの由来があるとなる、別な説があるにしても言葉の背景はこれだけ広く深いものがある、そして米の種となる種類は多いのである
だから土地土地によってとれる米の味が違うとなる
最近で人気の米も味が違うから売れている、また狭い範囲でも味が違うのである
それは野菜でも果物でも同じものでも米でも梨でもリンゴでも味が違うのとにている
だから味をしめるということは何か日本的な言葉だとなる
隣村で作る米でも野菜でも味が違う、それより農家ごとによって作る野菜にも味が違うという人もいた
それはその人なり土地の状態とかいろいろそこの土地とか風土が作用してそうなるのである
味はみんな一様ではない、だからこそ文化なのである、cultureはcultivate(たがやす)なのである
その土地土地に違った味がある、料理でもそうだけど風景でも人でも違ってくるのが文化なのである

ところがグロ−バル化社会になると貨幣であらゆるものが交換されて一様化される
料理でもみんなマグドナルドとかコカ・コーラとかなる
それは多国籍企業化するときその国や土地の文化(料理)でも一様化した方がいいとなってしまう、その土地土地の味などと言っていたら多国籍企業のものは売れくなくなるからである
同じ規格化したものを大量に売る方がもうかるからである
つまりグロ−バリゼーションとはそうした国々とか地域の文化を破壊する方がいいからそうなる、その時その土地土地に伝えられた土地の味は破壊される、消失するのである

いづれにしろグロ−バリゼーションはいろいろな弊害をもたらした
確かにいい面もあったがマイナス面が大きくなったのである
それは物質的豊かになってもその土地土地の文化が失われるときかえって貧しくなる
存在するアイディンティティも奪われてしまうのである
するとその国に土地に生きるに値(あたい)しないとまでなってしまうのである
それは国が維持できなくなる危機的状態になる
だから今本居宣長のように自国の文化を見直す作業が言葉の面でも必要になっているのである、日本はこういう国だったのかと再認識することが必要なのである
そこで日本の国に誇りがもてるとなるからだ
そうでないともう日本が日本でなくなり何が日本かもわからずになり日本は消失してしまうのである
明治維新から150年過ぎて奈良時代の国際化から平安時代の国風文化に移行したように今がそういう時代になりつつある
欧米から習うことまねることから日本の独自の国風文化の時代へ移行する時代になる 


あとがき


この秋三軒の隣家から自分の田んぼとれた米を頂戴した
それぞれ味が違うことに驚いた

土が違うのでしょう
種も少し違うかもしれません
作る人によって味が違ってくる

米は作る個人の味がする
彼らはそれぞれ個性的な工夫によって量を求めず質を求めている
日本がは独特な個人主義である、西洋の個人主義とは違う
(この国の終わりー林英彦)

日本がはその土地土地に多様な文化をはぐくんできた、それが三軒の隣同士でも味が違うとなる、とにかく農業はその土地とか水とかに作用されるからみんな違ったものになる
規格化された工業製品のようにならないのである
文化というのはそういうものである、ワインでも土地の名前がつけられるのも味が土地によって違ってくるからである、光の具合とか土地とか水でも違ってくるからである

神田の水で産湯を使い…」「玉川の水で産湯を使い…」とは江戸っ子が啖呵(たんか)をきるときの決まり文句。 実は「神田の水」というのは、神田上水の水ということ。同じく玉川の水は、玉川上水。現在、JRに水道橋という駅がありますが、この「道」が、まさしく、その上水道です。江戸っ子は、川の水や井戸の水などではなく、水道水を使っていることを自慢しているわけで、そうした近代設備のない田舎者を見くだす文句として、この言葉を使ったのです。


下町一帯の神田上水、多摩川上水、千川上水も、みな土中の伏樋を堀り捨てて鉄管にしてからは神田児(かんだっこ)の産湯の水もなくなったわけで江戸っ子と移住人との限界の崩れてきたのも上水によって暗示されているのはおもしろい、(折口信夫) 

ここでも水をとる場所が違っていて水の味が違っていた
それが鉄管にしてから同じ味になった、つまり味が一様化するのが文明なのであるそれはグロ−バル化文明とにていたのである

井戸の話(沢庵和尚の春雨庵から・・・)

2019年06月20日

日本人は特殊な内輪仲間民族 (話せばわかるとだけでは通じない外国)


日本人は特殊な内輪仲間民族

(話せばわかるとだけでは通じない外国)

日本人の特殊性はやはり地理から生まれた、縄文時代から外界と接することなく暮らすことができた、日本に移住した人たちも日本の島国で同化された
それが日本人を作ってきた、人間は地理と風土から基本的に作られる
それを越えることはできないのである
日本の地理が大陸とは離れているから歴史も孤立して形成されたのである
つまり日本人は異民族との熾烈な闘争からまねがれていた唯一の国なのである
だからそこに日本人独特の精神性が形成された

何気なく使っている日本語でもそうなのである
日本人は「話せばわかる」とか普通に使う、でも話せばわかるということは文書にしないことである、文書にしない、明確に文書にして契約しないことなのである
文書にすることは明確に契約することであり話せばわかる、口約束だとそんなこと言っていないとなって証拠にならないが文書にすれば証拠になるのである
この意味はまた別な意味がある、同じ仲間なのだから話せばわかってもらえるとなった、それが通じないで殺された
つまり外国で異民族が交わるというときこういうことが多かった
話したって簡単にわかりあえないのである

そういうことに厳格なのは大陸国家ではヨ−ロッパでもイスラムでも中国でもどうしたら約束が守れるのか?それは話せばかるでは通じないのである
相手は内輪のものでもないし仲間でもない、異体の知れない人たちでありまた遠くから来る人たちだからである

そこで文書の重みが生まれる、書くことの重みが生まれる
また法律でも全然知らない人たちが民族同士が和を保つために不可欠だとなる
話せばわかるとなるのは村内の狭い範囲ならそれでいいが大陸のように広大になると民族も多様でありそういう人たちが混交して和をどうして保っていけるのか?
何か厳しい公平さがなければ過酷な暴力で決着をつけるほかなくなる
ただ強い者だけが勝つ弱肉強食の世界になってしまうし現実に国家間になるとそうなったローマ法が成立したとしてもローマ以外になれば成立しないからだ 

日本では敵があって戦争しても敵味方塚を作り敵も味方も供養しているのは日本人として仲間だからとなっているからである
大陸では中国では墓まで暴いて罰ししているのだから日本は理解しにくいとなるのだ
では敵味方塚は日本では通用しても外国の戦争ではありえなかった、ロシアと戦争してもアメリカと戦争しても日本は三〇〇百万人死んだ、そういう熾烈な戦争になると敵味方塚などはない、原爆にしてもあまりにも残酷だからそんな感覚は吹っ飛んでしまったのである

そういう多民族が混交するときどうしてコミ二ケーションはどうするのだろうか?
話せばわかるとか阿吽の呼吸だとか腹でかるとかにはなりえないのである
つまり言語で明確に説明しなければならない、すると言語に関してその定義というか言葉の意味も共通の認識として追求されて明確にしなければならない
言葉に対しあいまいでいられないのである

話せばわかるというとき文書にしなくてもいい、互いに知っているのだから話せばわかるとなる、でも文書にしないと話したことは一時的で消えてしまうのである
公証人制度とは文書で署名して文書で証拠として保管することである

この公証人制度はドイツやイギリスには存在しませんでした
一般にイタリアの都市からはじまりローマ法の法律が広がっているスペインやフランスなどで定着した

もともとローマ法といんう成文法によっていちおう契約の文書がルールづけられているところで有効に機能したのです
(今ヨ−ロッパが崩壊する)

ローマが文明をヨ−ロッパ文明の基となっているのはそのためである
ドイツやイギリスはその時文明のルールが成立しない野蛮な無法地帯だったともなるのである、そしてローマではラテン語共通の言語となっていたのである

いづれにしろ日本人を知るには日本を知るにはまず地理であり歴史であるが日本は内輪の仲間内のコミ二ケーションでたりていたことが特殊なのである
異民族との熾烈な争いを経験していないから話せばわかるとかになり厳格な文書でのルールを成文化しない、そこに言語の意味を明確にしない歴史と文化かが生まれた
日本は情的文化であり情緒的言語が多いのもそのためである
もののあわれとかに象徴されているのでもわかる
だから本居宣長が漢語と大和言葉を分けたことにより日本の特質を明確にしたことでもわかる
現代はヨ−ロッパ文明だから外国語と特にヨ−ロッパ系統の言語と日本語の相違を明らかにすることが強いられている、それで苦闘したのがヨ−ロッパ文明の言語を翻訳することに苦労しているしその言語が翻訳できなかった
それはその背景にローマから始まる歴史がありそれが重層的になっていて日本人には理解できなかったからである

だから何気なく日本人が日常的に使っている言葉にもその国の歴史や文化がある
「話せばわかる」というがそこに日本人独特のコミ二ケーションの態度がある
文書にしないでもそれで通じるというのは狭い内輪のい村のような社会が世界となっていたからである
日本人の世間とは村なのである、せいぜい四、五〇〇人くらいの単位の村が世間なのである、社会とは全然違ったものである、社会の訳でも(やしろ)に会すであり神社の回りにいる氏子くらいが世間なのである、するとソサィアティとかとは違ったものなのである
つまり日本語では訳せないものだったのである
第一そういうものが社会そのものにないとしたら言語にしようがないからである

正直外国にヨ−ロッパでもアメリカでも暮らしていないものは日本を相対的に見れないのである、だから日本人を何か知っている人は外国で暮らした人なのである
だから留学することはそれだけ価値があったとなる
そういう人も増えているから日本を客観的に相対的に見て批評するから実感があるとなるそれで「日本人はこうして奴隷になった」林英彦などをアマゾンの古本で読んでなるほどと思った、此の人も外国暮らしが長いから日本を相対化して見えたとなる
自分にしても五〇過ぎてから海外旅行したがそれで多少は外国を知り日本を相対化してし見ることができたとはなる、でも外国で暮らしていないからそこにもう一つ日本を客観的に相対的に見れないのである




2019年06月14日

ヨ−ロッパとか大陸国家と日本の歴史的根本的相違 (日本には都市がない、市民がいない)


ヨ−ロッパとか大陸国家と日本の歴史的根本的相違

(日本には都市がない、市民がいない)

ヨ−ロッパとか大陸国家から例えば中国から来た人でも日本に来て不思議に思うことがあるだろう
その大きな不思議が日本に来たら城壁で囲まれた都市がない街がないということである
そしてなぜか城だけがありそこは防御するようになっている
城門もあり厳重に敵から攻められるために備えているのである

でも街全体とかにはないのである、だから戦争という時、城に住んでいる侍と侍の争いでありそこに住んでいる住民は関係ないのである
ただ戦争の勝敗によって殿様が変わるから影響するだけだとなる
別に戦争に負けてもそこの住民は殺されたり奴隷にされたりしないのである

なぜヨ−ロッパとか中国でも熾烈な争いがあったのか?
それは中東でもそうであり大陸では熾烈な民族同士の争いがやむことなくあった
それは近代まで継続していたのである
そうした大陸国家の熾烈な争いに明治維新後に日本は世界史に登場しまきこまれたのである
明治維新からグロ−バル化がはじまったのである
そこで日本は相当にヨ−ロッパにおいつくために無理したのである
その無理がたたって70年後過ぎて太平洋戦争になり大敗北をして3百万人死んだのである、つまり大陸国家の歴史の興亡に巻き込まれたのである
なぜならヨ−ロッパとか大陸国家では戦争の連続であり何百万人の単位で死んでいるからである
それで思想でも中国なら三国志があり戦争の結果としていかに敵に勝つかと孫子の兵法が生れたりまたヨ−ロッパだとマキャベリズムが生まれた

そしてなぜ日本はヨ−ロッパとか大陸国家を理解できないのか?
日本には日本だけで海に囲まれて閉鎖した中で歴史がはぐくまれたからである
このために日本がは大陸国家の興亡を理解できないのである
戦争に負ければ奴隷にされる、そうなれば必死で戦争に勝つための方策を考えるし軍備でも備えるとなる
日本ではそうして他国に攻められて奴隷になる経験がないのである
ただモンゴルが攻めてきたとき一時その恐怖におののいたのである

なぜ大陸で階級制が生まれるかというと民族同士が国同士が絶えず争い優劣を決めるからである、負けたら奴隷にされたり下層階級にされる
大陸国家では必然的に奴隷を下層階級を作り出す仕組みがある
そして様々な民族がいるから混交するからそこで区別しり優劣を決めるのである
それはネパールでもそうだった、様々な民族の吹き溜まりのようになったのがネパールだからである、そこで階級制が生まれたのである
それで外国人まで日本人も階級のどこに属するから決められていたのである

ヨ−ロッパであれ大陸国家だとアメリカでも絶えず戦争がありそれで優劣を決める社会だとなる、また人種が混交するからそれで民族ごとに区別して差別して階級制になりやすいのである
これが世界の歴史であり普遍化したのである
だから日本人は外国で暮らしてメードを雇えない、使えない、なぜならそういう歴史を経験していないからである、武士は階級制ではないかともなるがそれも厳格なものではなく今では士農工商は職業で分けただけだとか見方が変わってしまった
第一侍でも大陸国家のような贅沢をしていないからである
また日本にはそれだけの富を生みだせないからである

大陸国家だと戦争に勝てば莫大な財産を得ることができる、奴隷もその一つであり他にも土地を奪うとしたら広いから莫大な収入になる
だからこそ戦争に勝つか負けるかでその運命も決まる
それで戦争は熾烈なものとなる、また中東などの砂漠では略奪は公然として許されている別に犯罪ではないのである、権利なのである
何かそうした大陸国家の成り立ちとか歴史が日本では肌で感じられないのである

だから大陸から来た人はなぜ城だけが独立してあって街を囲む城壁や市壁がないのだろうとなる、そして戦争でも別に殿様が変わるだけでありそこに住む住民は殺されたり奴隷にされないのである、だから戦争になってもそこに住んでいる人はあまり関心がないともなる
それで会津でもあれだけ悲惨な戦争であってもそこに住んでいる住民はその戦った侍に同情もしていないのである
それよりこれが好機として農民がヤーヤー一揆を起こしたからである
日ごろ税金に年貢に苦しんでいたからこの機に乗じ反乱起こしたのである
あれだけ薩長軍と官軍と必死で戦っている時、別に一緒に街を守るために戦うのではないかえってこの時こそ好機だと一揆を起こしていたのである
つまり城とか侍は一般農民とか庶民とかとは分離していたのである
侍同士の戦争でありそこに庶民とは関係なかったとなる
そして戦争に負ければ殿さまが責任をとり切腹して戦争は終わりになる
それから負けた方でも敵味方塚として供養されているので中国から来た人が理解できないとなるのである

この相違は本当に大きい、例えば資本主義とはこうしてヨ−ロッパから大陸国家から生まれたからこうした歴史を知らないと理解できないともなる
なぜなら資本主義とは資本を投下して巨利を得るということが基本にある
それは戦争とにていたのである、戦争に資本を投下して敵に勝てば莫大な利益を得るとなるからだ、そういうことも資本主義の背景にある
だから大陸国家とは格差社会が歴史的に基本としてあった
それはグロ−バル化経済でも起きている、世界的に格差が生まれる社会が欧米型大陸型の文明だからである、戦争とは敵をうちのめして収奪することでありそれが資本主義にもある、別な見方があるにしてもそういう側面もあることは確かなのである

それも大陸国家の歴史から生まれた弱肉強食の思想だったともなる
マルクスが階級制を打破しろというときそもそも階級を常に意識される社会だからそういう過激な思想が生まれたのである
日本だったら生まれにくいのである

とにかく日本には市民がいない、街を守る市民がいない、ヨ−ロッパの都市はそこに殿様も王もいない、市民だけの都市がある、それは市壁に囲まれていてそうした都市同士が争っていたのである、そういう歴史が日本にはないのである
それでシテズンシップとかはない、市民意識、市民共同体がないのである
パスポートにどこの出身ですかというとき国があって市があるが市が重要だからそうなっている、どこの市に属しているのか市が基本的な共同体でありアイディンティティになっているから大事になる
この点で日本は根本的にヨ−ロッパでも大陸国家の歴史でも肌で理解できないのである
だから外交でも戦争でもそうした大陸国家の熾烈な戦いを興亡を経験しないから何か甘いというか外交下手となる
つまり大陸国家の長い歴史の中でつちかわれた経験がないから他国に対してどう対処していいかわからないとなりグロ−バル化して戦争にも負けるしまた一時は電機産業で高度成長を遂げたがそれも衰退に向かうとなる

日本の特殊性を理解するにはやはり大陸国家の歴史を知りどういうことで歴史的に成り立ったのか知る必要があるのだ
日本は世界で極めて特殊な国の歴史でありそれを自覚する必要がある
だからグロ−バル化するということは日本に向いていないのである
そういう経験をしていないからである、外国人労働者でもどう扱っていいかわからない
大陸国家なら奴隷として階級制を作り対処していたからである
でも日本だと同じ人間じゃないかとなりそういうことはできない、そういう歴史がないからできないのである
だから明治維新後西欧化とかそういう課題は戦後でも続いているのである
何か日本が経済的に技術的にも衰退するという時、それがどういうことになるのか?
グロ−バル化のなかで三等国になり奴隷ともなり階級的に下層民とされるのである
それが大陸国家の歴史であり日本は鎖国もできないからそうされるのである
現実に観光でおもてなしとか言っているけどまさに日本が世界の中で経済的に技術的にも衰退しているからそうなる

金が落とす外国人優先になるのはそのためなのである、まさに外国人の奴隷にもなる
それは東南アジアで一時為替の差で安く女性を買っていたとかと同じである
これも日本人のカルマだったのである
それも世界史で繰り返されているのである、中東が優位だったときはヨ−ロッパの女性が下位になり5ドルくらいで買われていたとかあった
それだ逆転したのもまた歴史である、カルマはくりかえされているのである
必ず国家の興亡があり上になるものが下になり下にあるものが上になる
それで今や中国が日本を経済的にも技術的にも優れていて日本は中国の属国になり奴隷二されるとなるのである
グロ−バル化では鎖国はできないからである
グロ−バル化とはそういう熾烈な戦いから逃れることができないのである



ヤーヤー一揆

新政府軍と会津藩兵との戦いによって数多くの犠牲者が出て、以後会津地方の旧武士階級の人々は薩長土肥に対して恨みを抱いたという話はよく知られている。だが農民、特に戦場にならなかった地域の人々にとっては、かねてからの重税や物産の専売制度による搾取に加え、藩主松平容保が京都守護職として上洛して以来、その経費を賄うために行われてきた増税に対する不満に一気に火をつけることになった。9月22日(1868年11月6日)、会津藩が明治政府に降伏すると、たちまち藩政崩壊による権力の空白状態に乗じた民衆蜂起が勃発した。

B8%80%E6%8F%86

2019年06月01日

統合失調症と引きこもりとアウトサイダー (文明そのものが病理的現象であり異常である)


統合失調症と引きこもりとアウトサイダー

(文明そのものが病理的現象であり異常である)

統合失調症には、10代後半から発症するタイプがあり、ひきこもりをそれと誤ってとらえられてしまうケースがあります。
統合失調症の発生頻度は、あらゆる時代と国を通じて、ほぼ0.5〜1.0%を前後する一定の値を示し、それほどの変動はないとされています。

しかし、統合失調症はその定義や診断基準が極めてあいまいで、単一の疾患単位であるかどうかすら疑われている「精神病」です。
中井久夫によれば、統合失調症だけに見られる特有な症状は存在しないといいます。

あるハンガリーの研究者によれば、ブロイラーが分裂病(当時)という名称を提案した前年にあたる1910年、首都ブタベストの分裂病者たちは、その半世紀後に比べて、より多彩な症状を呈していました。

しかも、当時支配的であった見解とは対照的に、ほとんどの分裂病は、いわゆる分裂病性の荒廃を残さず、比較的良好な経過をたどったとされています。
このことは、たいへん暗示的です。この1910年という時代は、西欧の周縁の地ブダベストには、いまだ、人格荒廃へといたる不治の病としての分裂病という物語が、さほど浸透していなかったことを示しています。

あるいは、現代文明から疎隔された台湾の原住民には、分裂病の有病率が台湾在住の中国人に比べてはるかに少ない、と報告されています。
しかも、彼らの精神病の特徴は、急性に発病し、その病相期は短く、再発や重篤な荒廃に陥る例はまれです。分裂病には再発例がまったくなかった、といいます。


精神分裂病は社会病理としての病気でありそもそもそういう病気がなかったという
文明化されない地域ではブタペストとか台湾ではない、一時的にそういう症状が出ても回復している、その理由は社会に仲間内で回復させるものがあったとなる
つまり社会病理なのであり個人の先天的な病気でないとしている

ともかく社会に適応できないものはすべて病気としてレッテルが貼られる
引きこもりとかニートは働かないからそれでこれは病気なのだとレッテルがはられる
会社に行けない者も鬱病だからとなり病気にされる
本当は鬱病は仮病だとする人もいる、何か社会に適応できないものは病気だとされるのである

ところが社会自体が文明自体がそういう病理現象を生むのでありもともとの人間にはなかったとなるのがこれでもわかる
マクロ的に見れば文明とは病理的現象でありそこで当然異常化しているとなる
そもそもその異常化した文明に適合している人間こそ正常ではないともなる
そこからニーチェとかヘンリーミラーとか

上野霄里

氏などがアウトサイダーが生まれた
現代文明とは病理的現象であり文明自体が病気なのである
その異常化した文明に適合している人間こそ異常だということにもなる
天才的な人間はとてもそんな文明に適合できない、だから全人間として生きようとする
それはアウトサイダーになるのだ、天才的芸術家はアウトサイダーである
ゴッホでもまたタヒチに逃れたゴーギャンでもそうである、タヒチの原住民の中に安らぎを見出したのである
それは現代文明の否定であれ逃れた結果生まれた芸術だったとなる

つまりここで言いたいのは文明の中で適合できる人間は異常でありむしろ適合できない人が正常だともなる
なぜなら統合失調症に現代文明化されている遅れた地域はかえってならない、なっても一時的で回復しているからである
だから現代文明に学校や会社に適合できない人間は病気のレッテルが貼られる
でも逆に現代文明に適合している人間は異常である
それは現代文明がナチスを生んだというピカートの思想でもそれを指摘していた
その全体主義の異常性はそもそも現代文明が社会的病理現象としてあり遂にはナチスのような怪物となり社会は踏みにじられたともなる 

これは原発事故でも「安全神話」が作られそれ異を唱える者は異常とまでされるのともにている、なぜそうなったかというとそれは政府と東電とマスコミが一体化して作り上げられたからである、つまり「安全神話」を作った者たちこそ異常であったのだ
現代文明自体が異常な病理現象として現れたものであり社会自体が狂気と化す危険性を備えていたとなる
その病理現象としての文明から当然統合失調症とか適合できない者にレッテルをはる
引きこもりとかニートは病気であり治療が必要だともなる

ところが全人間として生きようとするエネルギーにあふれた天才になるとアウトサイダーになる、それはまた引きこもりとは違う何か似た所がある
現代文明に適合できない、不適応者として存在するからそうなる
その人は病気であり治療が必要だとなる、そうして文明人は安心するのかもしれない
文明に適合している人はあたかも優れていて正常でありと自認する

私の場合はアウトサイダーだったとなるがそうなるとどうなるのか?
不思議なのは仕事するということはみんなパーツ化することである
現代文明はどんな仕事でもみんな無数のパーツの一部になるだけである
そこで全人間を発揮することなどありえないのである
会社に属さない決まった仕事をしないということは全人間としてあり生き自然でも全体として追求するようになる
だからニーチェとかのように超人的志向とか単独者にもなる、そこに危険性があるのだが文明を否定してしか全人間になりえないからである
だからそこでニーチェのように狂気にいたる人もでてくるのである
でも個人も狂っているが集団も狂っているというとき現代文明も狂っているのである
その文明から生まれるカルト宗教団体もまさに狂っている、それは病理的現象なのであるだから宗教団体には精神病者が多いという時そうなりやすいのである
なぜならそこは現代文明の病理現象として現れたものだからである
本来の宗教とは何の関係もないのである、つまりそれを放っておくとどうなるのか?
オームのようになったりナチスとなって全世界が踏みにじられるのである

いづれにしろ現代文明こそ異常な病理現象なのである、そうだからこそ統合失調になってもおかしくないのである、統合できない病気ということでそれを如実に示している
そして文明に適応できない、学校でも会社でも適応できない者は病気というレッテルを張り治療せねばならないとなる
でも文明そのものが異常な時、文明人は治療の対象にならないのである
むしろ正常であり認められる、それはカルト宗教でもそうである
それは社会で数が多いからと認められると同じである、そしてやがて文明自体の異常性がそういう病的な団体により席巻される、それかナチスだったともなる

文明とは無数のパーツにされた調和がない世界である、そういう世界に正常な人は適合できないとなって不思議ではないのである
適合できている人間こそ異常だとなる、アウトサイダーから見ればそうなるのである
だから自分自身が追求してきたのは自然の全体でありそこに調和があり真の存在の連関性がありそこに神の国があるともなる
文明にはそういうものはない、それは病的現象なのである、だから真善美とかもないのである、またそういうものも追求していないのである
ただ経済的なものしか追求していない、経済力、金がすべてだとなってしまったのであるそれはカルト宗教団体でもそうてある、それは文明の病理現象の中から生まれたものであり病気になったと人たちだともなる、しかし文明では数が多いから正常だと認められているのである

  調和の力
  
本当にこの世で強いものは何か
調和の力である
調和のひびきである
樹々は列して並ぶ
神殿の列柱のように
花と花はどれも調和する
それぞれの色に映える
濃い紫色と白の菊
それはともに長くも映えて咲いている
そこに調和があり乱れない
我々の力は調和から来る
決して争いからは来ない
神の意向するものはと調和である
力強い調和の讃歌である
我々は調和の中で強く不可分に結び合う
稠密に堅固に結び合う
調和の中で歓喜の歌を歌う
調和の中で神を讃える
調和の中に神はいましぬ
それは不壊なるものである
武装しても国土は守れぬ
平和の調和の力が国土を守る
人が乱れれば国土は守れない
国土の調和こそ堅固な守りとなる 
争いをやめるには
神の調和の世界を知ること
力強い調和こそ自然の営み
それを知る時人に本当の力が与えられる
平和は叫ぶことではない
平和は大地から湧きあがり天から下る
実りとなり祝福として与えられる
神の業こそ平和を成さしめる
調和の神殿は決して崩れることは ない
それは神によって建てられたものだから
その礎は盤石にして支えるから・・・


What is really strong in this world
It is the power of harmony
It is a sound of harmony
Trees line up in a row
Like a temple column
Flowers and flowers are in harmony
Shine in each color
Dark purple and white chrysanthemum
Both are shining long and blooming
There is harmony there is no disorder
Our power comes from harmony
Never comes from conflict
What God wants is harmony with
It is an ode to strong harmony
We are inextricably bound in harmony
Closely and firmly connected
Sing songs of joy in harmony
God-fearing in harmony
God is in harmony
It is a crush
Even if armed, the land can not be protected
The power of peace harmony protects the land
If people are disturbed, the land can not be protected
Harmonization of the country is a strong defense
To stop the fight
To know the world of harmony of God
Strong harmony is the work of nature
When you know it, people are given real power
Peace is not to shout
Peace is rising from the earth and rising from the sky
Be fruitful and blessed
God's Work Can Make Peace
The temple of harmony never fails
Because it was built by God
Because the foundation is supported by rock stone ...



調和があるのは自然である、人間の社会に調和はない、絶えず争いと分離なのである
文明自体が無数のパーツであり調和はない、むしろ何かエジプト文明にはピラミッドでも調和があった、それは宗教的建造物であり王の墓ではなかったからである
一つの自然と調和を図った文明だとなる、今の文明にはそういうものがないのである
ただ無数の部分にパーツになったカオス文明である
そこに真善美も追及されていないのである、そこに荘厳なものが美が生まれないことでもわかる、醜悪な大都会が東京などがそれを証明しているのである
そして科学技術文明だが科学を信仰のようにしても原発事故になり森につつまれた飯館村が放射能汚染で住めなくなったように自然を破壊したのである

イスタンブールのソフィア大聖堂でもオスマン帝国でも破壊できなかったのはそこに美があったらだとされている、その建物には威厳があったからだとなる
東京のような大都会だとビルが林立してもそこには破壊衝動が生まれる
それでゴジラによって踏みつぶされるようなものが好まれるのである
もしそこに威厳ある美なる建物があればそうはならない、破壊できないものがあるからだ
 
中尊寺

  宮沢賢治
            
七重(じゅう)の舎利の小塔(こたう)に
蓋(がい)なすや緑(りょく)の燐光

大盗は銀のかたびら
おろがむとまづ膝だてば
赭(しゃ)のまなこたゞつぶらにて
もろの肱映(は)えかゞやけり

手触(たふ)れ得ね舎利の宝塔
大盗は礼(らい)して没(き)ゆる



つまり大盗でも盗まれないものが光輝がありまぶしく去ったとなる
そういうものが今の文明にあるかとなったらない、そういう文明は自滅するのではないか自らの醜悪さに耐えらずに自滅するということもある
一方で自然は威厳のある荘厳な調和の神殿なのである、そこから病的なものは生まれないのである、調和の尽きない美がある、それを発見するのは文明から離れて観るアウトサイダーだとなってしまう、引きこもりはまた違ったものでも文明に適応できないことが病気とされるが文明人こそ異常なのである、病的現象としての文明に誇ることがそもそもできるのかとなる、それはただ経済的てもの物質的なものだけになる
そこに誇るべき文化が生まれているのか?美が生まれているのか?
生れていないからそこは不毛の世界であり病気世界でしかないとなる
そこに病的人間を作り出すだけだともなってしまうのである

  
  
  

2019年05月23日

なぜ日本の技術はITなどで遅れたのか? (日本の文化(言語)と相性が悪かった?)

                                                        
 なぜ日本の技術はITなどで遅れたのか?

 (日本の文化(言語)と相性が悪かった?)


動詞が文末に来る頻度が高い言語の話者は、陶磁器、光学機器、自動車のように、単体で完結する製品やサービスで強い傾向があり、目的語が文末に来る頻度が高い言語の話者は航空機のような大規模なものを作ったり、PCやスマートフォンのように他のさまざまなものと相互作用をこなすものを作るのに強い傾向があります。


ベストプラクティス、テンプレート、こういったものがないと動けないのが日本人の悪いところだと思うのです。これらは強いていえば、すべてコピペです。日本人はある技術が元々あって、それをより良くする、量産するといった、熟達させることは得意です。匠の技というのも歴史のある技術を熟達させたものを指しますよね。それはそれで日本の素晴らしいところではありますが、0から1を生みだすということに関しては、世界と日本とでは雲泥の差があると思います。これを自分の課題としてしっかり見つめることが重要です

言葉が技術と関係しているのか?詩を書いたりしていると言葉自体に興味をもつ
言葉は一番その国の文化をなのである、言葉が文化のアイディンティティなのである
すると言葉の問題もあってITに日本がは遅れたのかとなる
ここでドイツ語と日本語は語尾に目的語くるというが英語の基はドイツ語だとするとそういうことがあるのか?
ただドイツと日本は物つくりは得意だがITに送れていることでは共通しているという
技術でも何か得意分野がありITはまた他の技術と違っているのである
どうしても英語でプログラムでもコンピュター言語化してソフトでも作るのだから英語圏の人は有利になりインドでは英語圏であり数学も得意だからIT分野の人材が出やすくアメリカでソフト制作を委託されるようになっている

私は技術はわからない、文系だからわからない、でも何かパソコンをしていて抽象画を作っていてITとかAIの技術にかかわっていることを意識した
抽象画はソフトの操作で自動化してできるからである
森であれ川であれ電車が多様なシーンを進む地球を進むシーンを抽象画として作ることができたからである

IT化というとき膨大な情報を処理する能力のことでもあった、AIでもそうである
膨大な写真がインタ−ネット上にありそれを処理する能力である
それはきりなくあるから抽象画もきりなく生産できるのである
写真の加工が基本だとするといくらでもビッグデーターとして写真がインタ−ネット上にあるからそうなる

英語は何か数式とにたものがありそれがインタ−ネットやAIやプログラミングするのに適していた、相性が良かった、日本語であれ漢字であれ相性が良くない
でもなぜ中国ではあれだけIT化してアメリカを追い越すまでになったのか?
となると漢字文化圏であってもITの技術進歩はできるとなる
だから言語だけが関係していたともならないのである
ただ中国人は日本人より英語ができる人が多いのである、しゃべれる人も多いのである
語順が同じだということもあるかもしれない、その理由は良くわからない

「I leave A for B.」「I leave B forC.」「I leave C forD.」 

He left Tokyo for Nagoya(東京をたって名古屋に向かった)

これは何か数式のようになっている、英語は数式的なところがありそれてでITに相性が良かったのか、それとも英語的思考がITを生んだのかともなる

動詞が最後に来るとなると

私は森の中に鳥を見た 

私は鳥を見た森の中に

I look a bird in the forest


その相違があるが動詞が先に来て目的語がつづく
結局絶えず動くものを見ているのが動詞が主語の次にきて前になりやすい
でも最初に景色を見ているものは動詞が後になりやすい
森だったら最初に目に入るのは森だからである
その後に鳥でも動物でも動くものをキャッチする

日本では森が多いしドイツでももともと森でおおわれていた国である
それで共通しているのか?
平原とか砂漠だとまず動くものをキャッチするから動詞が先に来る
目的語も動詞の次にきて文頭に来る、そのバックとなる景色はあとになる 
次々に変化するものとらえるということでその変化に適応できるということで英語が有利だったのかともなる
農耕民的だと定着して一つの物造りに励むとういことがある、その物にこだわり作り上げる
それは農耕民ではない、森の民の縄文人でも縄文土器を作ったからにている
ただこれどういう関係になるのか?今一つ納得がいかない

確かなことは縦書きと横書きの感覚は相当な文化の相違だとみる
縦書きと横書きではかなり違ったものだからである
ところが漢字は縦書きである、でも漢字は横書きでも何か英語のようになる
日本語はまず縦書きでないとかなでも表現しにくい言葉である
ここに精神性と文化の相違が生まれる
縦書きということは上意下達のようになる、日本語で尊敬語が多いのはそのためである
英語だとIとYOUであり人間関係も対等となるのである
言葉でもそうだがアメリカのように現実社会でもそうである、特にクィーンズイングリッシュよりアメリカ英語は庶民的なものとなっているというのもわかる
アメリカ自体がリンカーンから始まった平民の国だからである

いづれにしろ日本語自体にも文化にも何かITに適さない言語でありそれで遅れをとったともなるのか?
日本語はかなもあるしカタカナも混在しているからわかりにくくなる、それはまずプログラミングでは使えないともなる
ただ漢字の方が横書きでも通じるし簡潔化されている、、かなが入る日本語はいい面として機能したとしても何か簡潔さに欠けているし上意下達になった
それが英語のようにプロググラムミングするのに適していなかったのかともなる
物造りだったら言葉が関係していたとも思えない、それはただ物を精進して丹精を尽くして作り上げる職人文化が日本がにもありドイツにもマイスター制度があり似ていたのかとなる

つまりIT化とかAI化とかコンピュター関係とかで日本が技術的に遅れた原因は文化的要因がありそれで遅れて世界から取り残されたともなる
だからそれは日本の文化とも関係しているからそれを変えることができないからむずかしかったともなる
それから日本自体が天才を産みだすシステムがない、文化がない
ヨ−ロッパに多数の天才が生まれたのにも文化があった、地方都市で育まれた経緯がある日本には天才を生む土壌がなかった、教育でも画一的であり同調圧力が強いから個性あるものが敵視されて排除される
そうして様々な要因でIT化で遅れとりそれが経済の衰退となっていった

日本が技術的に優れているとか、頭脳が優秀だとか言われたときは電機製品とかを故障しないものを作ったとかで世界に売れたからである
でもそれは何か発明とは違っていたのである、細部にこだわる文化があり精巧なものを作るという文化が歴史がありそれで一時は成功して日本が技術的に優れているとなり日本人は頭いいとされた、今でも日本の技術は優れいるという感覚をもつ
でも日本の技術はIT化とAIで相当に遅れてしまったのである
それを証明したのが安全神話を作った原発だったのである

日本の技術は優秀だから事故は起きないとしていた

これも奢りだったのである
そこに一時は日本の電器製品が世界一だとしていた奢りがあったことで失敗した
日本人は発明とかは苦手である、ただ精密に細部にこだわり精巧なものを作る物造りにはすぐれていた、それはドイツと共通していたのである、原発でも巨大なものは操作するのはアメリカが優れていた、安全管理も優れていた
そこには技術ても戦略的思考があったからだともなる、日本は個々の細部にこだわっても戦略的思考がないからである
結局日本の高度成長時代で電気製品中心になったのはそれはたまたま幸運だったともなる日本人が優秀だからとは言えなかったのである、現実に今や中国があれだけ技術的にも躍進していることでわかる、中国人の方が優秀だと今ではなっているからである
ここには国自体のスケールの相違とかその他にも原因はある、何でも総合的なものとして働くからである
何か総合力で中国が優ったからだともなる

世界史でも技術的な面でも興亡がある、中国が優れていたときもありイスラムが優れていたときもありやがてヨ−ロッパが主導権を技術的に発揮した
そういう技術面でも興亡を繰りかえすのが人間の歴史である
では日本がそうして技術的面で世界で優れていたのか?特別の発明をしたのか?
品質のいい物つくりはしても発明はなかった、それが今日本の衰退となった
そこに日本の文化が世界的になりえないものがあったとかなる
日本語は民族のアイディンティティの文化の最たるものであってもIT化とかAI化の技術には不適合な言語だったともなる
ただ言語がどのようにIT化とかに影響しているのか正直説明しにくいだろう
明治維新ではヨ−ロッパの文明を紹介する時に日本人は漢字を利用して翻訳した
かなだけでは無理だったからだ、そもそもかな自体が漢字から作ったのが日本がだったのである
英語は横書きであり漢字のように日本語化できなかったこともある、そういうことは確かに影響していたのである

2019年05月09日

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか? 有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会

現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的全体的歴史的持続的結合から無機的刹那的部分的接触の現代文明社会 

Organic overall historical persistent bond → Inorganic momentary partial contact

giftrolll1.jpg

人間社会からなぜ今現代文明は結合とか調和とか秩序とかが失われたのか?

有機的でないというとき無機的な社会となる、人間の温かい血が通わない冷たい関係である、それは人間の関係は金だけの関係だとか一時的な関係であり金の切れ目が縁の切れ目とかは別に昔からあったから格言として残っている

ただ生命というのは本質的には有機的全体的歴史的持続的結合の上に成り立っている

また二つに分けるとすると空間軸と時間軸の結合がある
人間はそもそも空間がなければ生きられない、また時間があって人間は生きている
時間という時、それは極めて人間的なものである
時間を作り出したのは人間であり人間にしか時間がないし歴史があるのは人間だけである動物には歴史がないのである、一代ですべての生は消滅する
ただ種の保存があるだけなのである

空間的結合というとき今はグローバルになり世界的結合になる
交通の発達でそれができるようになった
ただここで問題なのは空間という時、世界的に交通が発達して容易に行き来することができるとしても文化的結合とかアイディンティティの結合は不可能なのである
そこには時間が歴史が欠けているからである
時間軸とはその地域地域の空間から時間の積み重ねで作られてきたものだからである
それは地域の風土とかに深く依存して作られてきたからである

たとえば最近しきりに縄文時代のことを言う、縄文時代とは何なのだ
縄文時代が一万年というがそれが今の時代と何の関係があるのか?
それは時間軸の志向なのである、なぜ日本では天皇を近代国家になっても崇めるのか?
それも歴史的時間軸の志向でそうなっている
天皇は日本の国家が成立してからつづいているから継続されている歴史的な象徴だともなるからだ

つまりその土地の風土とか地理とか空間と時間が一体となって作られたのが一つの国を形成する、アイディンティティを形成する、そこには時間的要素が欠かせないのである
だからその時間は長いのである、父母がいて祖父母がいてさらにその前の先祖がいて成り立つのが歴史である

それが村の歴史とかで語られる、先祖は死んだら山に葬られて田植えの時期になると山から先祖が平地におりてくる、先祖は稲作文化と深く結びついてそうなった
それは地域の風土と結びついて長い時間のなかで形成された
空間と時間が一体化したのである

故郷という時それは何なのか?
それは空間的に故郷という場所があって成り立つ、一方故郷は古い郷でもありまた故ある郷ともなる、それは時間の中で作られた故は理由でありアイディンティティの場所なのである、空間だけでは必ずしも故郷とはなりえないないのである
故郷は先祖が関係しているのである、時間の中で生きた人間の物質的精神的営みが関係している

故郷は一時的なものではない、長く継続するものである、山とか石とか木とかの存在と似ている、木は大地に深く根を張りその樹齢が5百年とか千年のもあるからである
そういう長い時間の中で継続して作られたものだからである
故郷というとき狭い一地域だがそれぞれの国も同じである
日本という風土があり土地があり日本の歴史が形成されたからである
だから郷土史というとき狭い一地域でもそこはミクロコスモスの世界なのである
一つの調和したコスモスとしてあった世界なのである
自給自足できた世界だった、村は日本では一つのミクロコスモスとなっていたのである
コスモスというとき地球規模になれば不可能である 

そこには分裂分断にならざるをえない、生態系にしても狭い地域で成り立つ
そこに空気と水と土とか山とか森がないと成り立たない
その基本が喪失すれば原発事故で空気も水も土も森も汚染されて住めなくなったからである、そして長い時間軸で形成された故郷は捨てられて町も廃墟と化して荒地となったからである、そして先祖も捨てられたとなる、それは老人だけが避難区域に残されてその子供たちは流出したということでもわかる
親でも先祖でも時間軸で形成されたものが破壊されたからである

それはここだけではない、そもそもすでに有機的全体的歴史的持続的結合が失われた世界に住んでいるそ→その反対は無機的刹那的部分的接触なのである
そこではまた専門化社会でありそれも部分部分の専門家がいて専門家以外は立ち入れない社会になっている 
だから常に現代人間は無機的な情がないと感じる社会に生きている
そこで金だけが人間を結びつけるマルクス流に言えば人間疎外が起きているのである

なんかあらゆる人と人間として話すことも接触することもできないのである
それぞれが部分的専門的なものとしての存在であり人間は無機的存在となる
どこであれ役所であれ会社であれ大きくなれば様々な分野に専門化して分かれて部分化して全体を見る人なと一人いないしわからないとなる
それで私は専門ではありません、別な課に行ってください、そして別な課に行ってもまた別な課に行ってくださいとなり遂に行く聞く課もなくなる
つまり人間は有機的に結合しないのである

無機的刹那的部分的接触でありそこに結合とかはないのである、ただ一時的に会い別れるだけだとなる、それは無常としてあったがそれでも空間と時間が一体化した有機的ミクロコスモスは存在したのである
そしてこれが喪失するどうなるのか?
ばらばらに村でも町でも市でもなり原発事故の避難区域のようになるのである
それはここだけではない、他でも起きるのである
現実にそういう社会に住んでいるからである
有機的持続的結合ではない無機的刹那的部分的接触の中で生きているからである

だから東京のような大都会になると何か大きな災害が起きると巨大な崩壊が起きてくる
地震であれ事故であれ水でも供給できなくなる
水などいくらでもあるじゃないかとなるが都会には水も供給できなくる
それで東北の被災地では一時的に水も燃料もなくなり裏山から水を運び裏山の木を切り燃料にして生き延びたのである
それが大都会ではできないから巨大な都市自体の崩壊が起きてくる
もう道路も破壊されるから脱出すらできなくなる

大都市には有機的生命的に結合するミクロコスモスがない、食料だって外部からもたらされてかったらもう生きてゆけないからである
そこで成す術もなく死ぬ他なくなるのである
つまり大都会は災害には弱いのである
田舎だったら水を山からとるとかありえた、でも原発事故ではそれすらできなくなっていたから都会とは限らず現代社会は生態系に依拠したミクロコスモスが喪失しているから危険なのである

だから原発事故は空気でも土でも水でも森の木々でも放射性物質で汚染されたから使用できなくなった、つまりそれは生態系に依拠するミクロコスモスが破壊されたからそうなったのである
だからもう故郷であれ何であれそういう場所を捨てて脱出するほかなくなった
その時故郷は空間と時間軸で作られたものが捨てられたとなる
確かに今は移動が簡単だから他に移ってまた家を建てて住んだ人が多い
でも空間は移動できても時間軸で作られてきたものは再構築不可能となった
それは一から始めなければならなくなったからである
また他の時間軸の中で再出発しなけれはならなくなったからである
精神的アイディンティティを失い再構築を強いられたともなる

ただ時間軸で形成されたものは何か目に見えないからそれが喪失したことが何であったか自覚できないともなる、それは精神的要素が多いからである
だから生業(なりわい)を返せと裁判を起こした時、その生業とはまさにその土地と風土のなかにあって長年の時間軸で作られたものを失ったということである
それは500年であれ1000年であれその土地に根付いて成長した木が他の土地に移せないとにているのである
ただダムになったところで桜の古樹を他に移した例はある、でも木とかでもその土地と一体化して長年あったものを移すことは不可能だとなるのである

言葉でもこれも長い時間で作られた歴史的なものである
そこには縄文時代からつづいているとしたら本当に長いのである
だからその言葉は民族のアイディンティティとなる
言葉はただ名前だけではない、基本的に民族の文化なのである
言葉には民族の精神が宿っているとなる

それで恵みというときめぐるなのである、水を考えるとめぐるであり水はめぐって大地を潤し実りを与えるのである
こういう言葉やはり原始的生態系と一体となって暮らしていた縄文人から生まれた言葉だったともなる
また賜る(たまわる)というときタは多いという意味である
すると多くたまわるとなる、ター回るなのである、獲物でも分け合うとういことである
そういう生活を縄文時代はしていたからこういう言葉が生まれたとなる
それは狩猟でも採集でも自然から賜ったものを回すという思想なのである、そういう循環型の生活をしていたからこういう言葉が自ずと生まれたともなる
たかるというときタは多いでありタ、狩るなのである
多くの物を狩るなのである、この狩るが稲作が入ってきたとき刈るになった、つもりもともと縄文時代の言葉だったともなる
多珂神社が多いがこのタカも集る(たかる)からきているのかもしれない、なぜなら大勢で獣にたかり狩りをるからである
言葉の解釈はいろいろあるしても日本語の基本は一語でありそして動詞が基本になる、めぐるは芽ぐわしとかにばなっているが
めぐるという動詞が基本なのである

言葉とは縄文時代までさかのぼるものなのである
それでグロ−バル化して英語にしたらいいというとき日本民族の歴史も文化も失い根無し草になってしまうのである
そこに歴史と文化の重みがある
それを失うことはもうアイディンティティも失い生きる意味さえ失ってしまうのである 




2019年04月22日

国土の70パーセントある忘れらた日本の森林 (小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)


国土の70パーセントある忘れらた日本の森林

(小山田の常磐高速のSAの脇に延々と森がつづいていた)


mapforest1.jpg

oyamaway222.jpg
人がここを通っていたのはコンクリートで作られたものがあるからわかる
rootshida1.jpg

zenmaimori1.jpg

ゼンマイが奥にあった

mokuzaiii11.jpg
倒れ木がありここから人は入っていない
oyadaroot321.jpg
ブナ坂とあるからもともとはブナの木が繁茂していたのである

highwayysa1.jpg
船が行くのが見える

纏向の 日代宮(ヒシロノミヤ)は 朝日の 日照(ヒデ)る宮 夕日の 日翔る宮 竹の根の 根垂(ネダ)る宮 木(コ)の根の 根延(ネバ)ふ宮 八百土(ヤオニ)よし い杵築(キヅ)きの宮 真木さく 檜(ヒ)の御門 新嘗屋(ニイナエヤ)に 生ひ立てる 百足(モモダ)る 槻(ツキ)が枝は 上枝(ホツエ)は 天(アメ)を覆(オオ)へり 中枝(ナカツエ)は 東(アズマ)を覆(オオ)へり  下枝(シズエ)は 鄙(ヒナ)を覆(オオ)へり 上枝(ホツエ)の 枝の末葉(ウラバ)は 中枝(ナカツエ)に 落ち触らばへ 中枝の 枝の末葉(ウラバ)は 下枝に 落ち触らばへ

日本がの国土が原始時代にどういうものだったのか?
それはこのように森に覆われていた、森の国であり山の国である
山と森は一体であるからだ
この森の感覚は意外と日本人はわからなくなっている、まず都会に住んでいれば森はわからない、森は田舎に住んでいても身近に接していない
ところが不思議なのはこの辺では常磐高速道路ができた
そこのSAには良く行くようになった、そこは実際は山側であり深い森に接していたのである

確かに小山田の奥は森がある、それ以上に高速道路の脇を入っていったら延々と森でありそこではもう出口がないのである
主に杉の林だが近くでもこんなに森が深いのかと驚く、その森はまず尽きることなくつづいたのである、だから気味悪くなることがわかる、それは古代でもそうだったのである
なんらかの物の怪(け)が住んでいるような世界である
森というのは暗いのである、闇の世界である、だから一段と不気味な感覚になる
それが意外とすぐに身近にある、第一高速道路となると文明の世界である
その脇に延々と森がつづいていた、山は遠くから見ているとこの森を感じないのである
山は森の世界でもある

山とはヤマでありヤミ〈闇〉でありヤムの世界である、何かそこで止まってしまう、そこから抜けられない世界である、天の岩戸に神が閉じこもった時真っ暗になったというけど森はそもそも暗い世界なのである
特に交通が発達していないと時代は余計にそうなる
現代でも常磐高速の脇ですらそれだけの森が延々とつづいていたのである
そしてその森は今は活かされていない、戦前までは日本は森がまだ活かされていた
燃料が炭だったからである、木材でも国産であり外材は利用されていないからだ
森は重要な資源だった、だから米沢藩と相馬藩と伊達藩で丸森の木材資源をめぐって争いがあったことは有名である、それは飯館村でも伊達藩と相馬藩で境目で森林資源をめぐり争っていたのである、森は生活で欠かせない資源であったからだ

外国でもforestは原始的な森でありwoodは材木であり資源である
日本でも森は原始的な森であり林になるとハヤスであり人工的に植林する感覚になる
日本が木の文化だというときそもそも70パーセントが森だという時当然なのである
鎮守の杜というときもそうである、その広大な森があり社が杜(もり)になったのである

山守の 里へ通ひし 山道ぞ 茂くなりける 忘れけらしも 

しめ(禁)山の山守は山を下りてこない
里へ通う山道が草で覆われてしまった
わたしのもとへ通う道まで忘れたのかしら

この歌はまた違った意味だが今や山守りもいない、山の森が忘れられている
万葉時代は山守りはしげく山に通っていたのである

いづれにしろ森の国である森をアイディンティティとして国を文化を作って来たのが日本人である、それは日本の国土が森が70パーセントもあり当然そうなった
世界的に見てもゲルマンもドイツも森の国であり鬱蒼とした樅の木でおおわれていた
だからゴシックの大聖堂も森を象ったものなのである
そこに重厚な文化が生まれたのである、森は神殿のひな型でもあった
日本がでも真木柱というときまさに宮の基となることが歌われているのだ

日本の森林が老齢化している、それは戦後植林したのが今成長てしちょうど木材用として切る時期になっているからだ、それで日本の木材が利用される時代にもなったという
日本がこれだけ森があるということでこの森を活かさなければ国土の繁栄はない
真木栄(さ)く檜(ひのき)の裂くは栄えるに通じて咲くに通じている
長野県の佐久という地名もそこから来ているのか? 

ともかくグロ−バル経済は何かそうしたそれぞれがもっていた国土の特徴を歪めたのである、文化を破壊したのである、なぜ地方が田舎が衰退したかという時もそうである
そもそももともと資源として豊富にあった、70パーセントが森の国土でもその森が無用のものとされているのも異常なのである
日本がもしその」その70パーセントの土地が平坦で利用されるとなったら全く違った社会になっていたのである、だから自然環境が風土がその国を作るのである
それがないがしろにしたら日本という国が栄えるのだろうか?
グロ−バル化というのは観光だって今や日本人がゆっくり観光できない状態になっている外国人が金があるから優先されて日本人はゆっくり観光できないのである
これもグロ−バル化の競争によってもたらされたものなのである
それが国土を荒廃させた原因にもなっているのである
石油を輸入しなければ生活できないとかなるが日本には豊富な森林資源があった
でもそれを活かすことはしなかったのである

とにかく人間は国土を実感することが今はむずかしい、交通が便利になってなにか電車でも車でもわかったような感じになるがその身近な所でも知らないのである
なぜならそうした近くの森でも忘れられている、人間がかかわらないと人間の手が入らないと忘れられてしまうのである
そして異常に熱心になったのは科学技術でありそれが国の運命を決めるとなっている
それで原発でありトヨタがなくなったら国が終わりだとなっている
そういう社会が果たしていいものなのか?
日本がの国造りをどうするのか戦後70年で見直すこと時代になっている
日本が衰退するというときそれは常に科学技術分野で衰退するとなっている
反れか国のすべてとなっているからである
そうして原発も不可欠だとなっているのである、原発はただ電気のためにだけ必要なのではない、先端の技術をもつために先進国として必要だからである
原発をもてない国は後進国だとなるからである
何かあまりにも科学技術のみが国のすべてだとなりすぎているのである
だから日本の栄が実は森林が70パーセントあって木材を利用したことから栄があったということを再考すべきなのである

御民我れ 生ける験あり 天地の 栄ゆる時にあへらく思へば  海犬養岡麻呂

日本がの場合は天ではなく森だったのである、大陸になると天なのである
国土の繁栄はその民でもそれぞれの国土に養われているありうる
それが科学技術がすべてとなり原発によって栄えると地元の人でもそう思っていた
それが原発事故でもろくも崩壊したのである
それは原発がない前からグローバル化で天地の栄ゆる時は失われていたのである
もちろん科学技術を全部は否定できない、科学技術とは国土があって制限的に使用されるものであった、自然の法(のり)があり科学技術もそれを越えてはありえない
結果的に原発事故で国土が失われて栄も失ったのである

2019年01月06日

無用の空間の効用ー西洋から東洋へのシフトの時代へ (内なる力の時代への変化)


無用の空間の効用ー西洋から東洋へのシフトの時代へ

(内なる力の時代への変化)

orderroom1.jpg

現代は無用な余計な物が多すぎる、それで空間も狭まめられる
そこで余裕も生まれないのである
断捨離(だんしゃり)が必要なのである


大きな冷蔵庫に変えて半分くらいの冷蔵庫にして配置を変えたら台所が広くなった
そこで台所で動きやすくなった、やはり広くなる空間ができるとそれで活動しやすくなる何かものをごたごた置いて部屋を狭くするとそこで活動しにくい
老子とかのいう無用の空間の効用がある
すべてが有用なものとしてあるのではなく何もない空間の効用である
人間社会は有用なものの空間として埋め尽くされているとかえって活動しにくくなる
日本ではそういう空間が作りにくいのである
広い空間が土地がないからである

だから狭い田んぼは最近はソーラーパネルになったけどそこはいつも通る所なので嫌なのである、でもこの辺では小さな田んぼは米をとるのにも放射性物質の汚染で敬遠される
実際にこの辺でとれた米は飼料米になっているのが多いのである
西洋と東洋とは何か?それは非常にむずかしいことである

でも空間の考え方に西洋と東洋の相違がある、インドでゼロが発明されたのも仏教で空即是色とかの教えがあるのもそうである、空という観念はゼロが生まれた、ゼロは何もないことではないからだ、インドではなぜitとかに強いのか、やはり伝統的にゼロを産みだし国だからともなる、数学に強い国なのである
どうしても西洋には空という観念が生まれ得ない、世界は有用なものとして埋め尽くされる世界にしたいのである

そういう空とか無用の教えは老子にもあるから中国もやはりインドと共通したものがあるただ中国とインドは相当に違っている
東洋と西洋は何かとなるとそうした考えたのレベルからいろいろある
それが社会全般に影響している、資本主義でもそうである
time is moneyであり時間すらすべて計り無駄をなくす効率化するのである
その時計に追われて一秒一分を無駄なく効率的に有用に生活というのが西洋の思想であり資本主義の思想なのである
要するに西洋文明に世界は席巻されたのが20世紀であった
資本主義でもそうである、それは西欧文明の所産なのである
ビジネスしている会社員はびっしりと手帳に一日の計画が書いてあるという
それだけで憂鬱になり余裕がなくなり時間に追われている生活なのである
それで鬱病が増えるのもわかる

ただ別に東洋とか西洋というのではなく何か相対的に見る手法はある
西洋だと男女の区別を言葉でも冠詞でしている、自然でも男女に分けてみている
中国でも基本的に陰陽の思想がありそれも西洋の男女に分ける思想とにている
だから二つの世界に分ける手法はどこにでもある
西洋は特にアーリア人は外に向かう侵略的謀略的気質がありそのアーリア人が世界を席巻して二度の世界大戦があり膨大な死者を出したのが20世紀だったのである

東西文明論というとき宗教とか哲学があるがそもそも宗教はアジアから生れたものであるキリスト教とか一神教でもそうである、イスラエルはアジアであり西洋というとギリシャを起源としたものなのである
思想的に西洋を作ったものはギリシャでありその後にローマ帝国だったとなる
そこでキリスト教はローマ帝国に組み入れられたのでありカトリックが政治化したのもそのためである
だからヨ−ロッパのキリスト教は本当のキリスト教ではないという人もいるのである

西洋と東洋の相違は外なるものに向かうのが西洋であり内なるものに向かうのが東洋だともなる、西洋がヨ−ロッパから大航海時代が生まれたのは必然だったとなる
でもそれも世界を一周して再びアジアに回帰する時代となる
それは経済とかだけではない文明そのものがアジアに東洋に回帰する時代となる
それはもう資本主義が限界となりもう経済発展は望めないとか世界的なものとして現象化しているからである
だからこれからアジアの時代の回帰となるとき木の詩で書いたように物質的欲望や外へ外へ移動していた時代からかえって内なる思考を深める時代になる
そもそも文化というとき奈良時代であれ鎌倉時代であれ仏教がそのベースにあったとしてそれは内なる思考から生まれているのだ

いづれにしろ大航海時代から外へ外へ拡張する時代は終わった、それはホイットマンも予言していた、西部のカリホルニアの西海岸から東を望みそれを思ったからである
資本主義もまた大航海時代から船の株主となったとき始まったという説もあり外へ外へ拡張する時代だった、また世界成長する無限の成長原理に基づいていたのが資本主義なのである、でももうフロンティアはなくなった
それが大きな時代の転換期なのである、だから世界の経済の無限の成長を目指す資本主義はもうありえないのだ、金は銀行でもだぶついているし投資先がないのである
だから資本主義が終わったというのは一つの大きな時代の変わり目にきてそうなったのである


その内なる力とは何なのか?それは禅宗にある、なぜ座禅して瞑想するのか?
それは何の効用を生むのか?西洋的思想ではそういうことは起こりえない
常に奉仕しろとか有用であれとなっているのが西洋の思想だからである
つまり資本主義がウェバーのキリスト教に基づいたものから起きたというとき修道院から起きたというときまず何もしないで寺で座禅して沈黙して瞑想していることはありえないからである、そこが根本的に宗教でも違っているからだ

禅宗とは内なるものに重点を置き沈黙の修行をすることである、沈黙することは自然に通じることである、なぜなら山でも木でも石でも大地でも沈黙しているからである
雑念を払い欲をおさえ沈黙することが修行なのである
それが内なるものに向かうことであり自然と一体化することなのである
期せずして社会から離脱して生活していた自分は沈黙の行者のような生活を隠者となり30年間してきたともなる
ただそれは自分が望んだことではない、社会に不適応者でありそうなってしまったというだげである、自分が望んだわけではないがそういう生活を家庭環境でもできたということである、ここにも実際は問題がありそれがすべていいとはならなかったからである 
ただ自然に没入するということではそういう生活は合っていたとなっていたとふりかえるのである

2019年01月04日

2019新年の抱負 (木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)


2019新年の抱負

(木の力(詩)内なる力、国風文化の時代へ)

木は大地に根を張り
木は徐々に成長する
木はあせることなく年輪を重ねる
そしてやがて大木に成長する
せかして成長させることはできない
時間を早めることはできない
木と木はその土地に根付き
木と木とは騒ぐことなく
静かに深い信頼で結びついている
木と木とは並び隣の木を傷つけない!
言葉でもって傷つけない!
口を堅く閉ざして厳守する
木は決して乱れることがない
木々は争うことはない
木はそれぞれの内に充実する
内なる力が木に満ちている
木の力は外に向かわず内に向かう
その内なる力に習い!
木はそうしてその地を離れずに
長い年月そこにありて動かず
一本一本の木は内なる静かな力に満ちて
ここに自立して立ちゆるぎない
そしてその地に一つの荘厳な神殿を形成する
神の良しとする平和の殿堂がそこに成る 

(変わらざる契りにあれや冬深む)

人間には歴史をふりかえると時代を形成するものがある、世界史でもそうである
大航海時代から外に向かう力がグローバル世界と向かうものがあった
それで西欧文明の挑戦を受けたのが日本だった
そのヨ−ロッパが外へ向かう力が世界を席巻した、世界がそのヨ−ロッパの強引な力によってふりまわされたともなる、その象徴的なものがインカとかマヤ文明がスペインの強盗団のような一団によってあっけなく滅ぼされたことである
ヨ−ロッパのアーリア人というか力づくの征服の時代だったのである
そのヨ−ロッパの延長としてアメリカとういう超大国が生まれてアメリカによって世界史が作られることになった

第一次世界大戦でもそうである、最後にアメリカがイギリスに参戦をうながされアメリカが参戦したときドイツは敗れたのである
それは第二次世界大戦でもイギリスが日本にシンガポールなどを奪われたときアメリカが参戦して日本は大敗北になったのである
アメリカによって今度は世界が席巻される時代になったのである
大航海時代から外へ外へとヨ−ロッパが向かい征服する時代でありそこからグロ−バル社会が形成されるようになっていた

なぜなら日本の不思議は鎖国して300年平和を保っていたからである
これも世界史的にはまれだとなる、ヨ−ロッパは戦乱つづきであり300年間戦争がなかったなどないのである、第一次世界大戦でも一千万人以上死んでいる
それも悲惨だったが日本は参戦してもその戦争の舞台はヨ−ロッパだったのである
ヨ−ロッパとは悪い面をみれば絶えず戦争する国だったのである
それはアーリア人的気質からそうなっているというのも一つの見方である
ただアングロサクソンの気質だというのもそうである

ではアジアはどうかというとアジアといってもそれはインドとか中東とか中国とかふくまれて広いのである、だからアジアとは何かとなれば何か明確ではない
中国だってあれだけ広大な国だから戦乱がやまない国で三国志が生まれた
でも何かヨ−ロッパとアジアというとき何が違っているのか?
それは宗教せアジアから生まれたものである、イスラエルもアジアなのである
キリストでもアジアから生まれたというとき東方の三博士に祝福されたというときその東方とはアジアである

ヨ−ロッパはもともと狩猟や遊牧民の国であり移動する外に向かう民族性がある
ドイツ語に秋の言葉がないというのもそうである、秋は収穫の時なのにないのはやはり遊牧民の国だからだとなる、秋は農耕民にとって重要な収穫の季節だからである
その遊牧民的気質が文化がやがて地中海に出たときフェニキア人が船を操作して後悔して貿易する商業の民となったという説もわかる
遊牧民とかは常に移動して外へ外へ向かう気質があるからそうなる

一方農耕民は内に向かう、一定の土地に定着する、そこで力を養いはぐくむ
それは詩にしたように木とにているのである
その相違がヨ−ロッパと西欧文明と東洋文明の相違としてある
ただこの二つが明確に二つに分かれるというものではない
例えば建築を見ればかわる、ヨ−ロッパのゴシック教会が森を象っているという時
それは内面的なものであり木の詩に思考に通じるものがあるからだ
だから中世は内面的な時代であり大航海時代になった時、外へ外へ向かう時代になったのである

そして世界はどうなったのか?遂にアメリカが世界の覇者となったとき大航海時代から世界を一周してグローバル化は完成した
そしてグローバル化の世界はさらに中国の台頭でアジアが興隆して今度はアジアの時代になる
そしてヨ−ロッパでもEUでもイギリスが脱退するとかアメリカでもアメリカファーストとかそれぞれの国が内に籠る時代と向かっている、それは経済的なこと貿易的なことだけではない、世界が内に向かう時代になったのである
この内に向かう時代とは何か?

日本を例にとれば奈良時代は唐の文化を取り入れる外に向かう時代であり、漢字を取り入れて日本と中国文化の融合を計った、次に平安時代はかなを発明して国風文化を築いた時代である、日本でも外来文化をとりいれるグロ−バル化とその後に国風文化が起こる
仏教を取り入れたが鎌倉時代はその仏教を日本化して内面化したということがある
戦後時代は一時信長キリスト教をとりいれたようにグロ−バル化が起きる
その時絢爛なものが生まれる
江戸時代の鎖国の300年もまさに国風文化の時代であり日本の基礎を作ったのである

そして明治維新で西欧文明を取り入れてグローバル化の中に組み入れられた
その時日本はアジアという国へ中国までも外へ向かっていたのである
明治維新から吉田松陰などは韓国も中国へも進出する思想をもっていたのである
それが現実化したのが第二次世界大戦だったのである
江戸時代から明治というときグロ−バル化してゆく日本がはじまったのである
その当時の思想はアジアを視野にしていたということが詩などでもそうである
それもアメリカに敗れて終わったのである

いづれにしろこれからの時代はこうして大航海時代からグロ−バル化した世界は行き詰まり終わる、資本主義とはもともと大航海時代からはじまったという説もある
つまり船の株主を募集してそれが成功すれば莫大な富が手に入る、でも失敗すれば大損失になる、そしてそれが成功したからオランダとか小国にも富が集積したのである
その資本主義ももう投資する先がないとかフロンティアがないとかで金がだぶつく、それでもう資本主義が終わりつつあるというのもわかる
資本主義とは何かそうして外に向かう力だったからである、その外に向かうものが今はなくなったからである
そしてグロ−バル化はいろいろな矛盾をもたらしたからである
グロ−バル化はいいように見えて負の部分も大きかったのである  

だから世界史的にも世界がナショナリズム化してゆくのはそのためである
それはその国の土地に還る、日本国内ですら東京一極集中とかはグロ−バル化も影響している、地方が経済的に衰退したのもそうである
田舎がグロ−バルと関係しないようで深く関係していたのである
林業が衰退したのは外材を輸入して日本にこれだけ森があるのに無用となったからである食料だって麦でも大豆でも外国から特にアメリカから入っていることでもわかる
その影響は田舎の方が大きかったのである
でもそこでいろいろな矛盾が生んだのである

つくづくなぜ原発事故で町でも村でもこんなに簡単に家族がばらばらになり離散して町や村でも廃墟化したのか?
それを考察する時やはりグロ−バル化が影響していたのである
グロ−バル化とは外へ向かう時貨幣の力が大きくなる、世界中金さえあればその金もドルがあれば生活できるとまでなる、土地とかが最大の財産であった時代ではない
金さえあれば日本国内ならどこに住んでもいいのである
そうなるとこの辺では補償金をもらうことこそ最大の関心となりそのために争うようになって分断されたからである
親がいたとしても親は老人は捨てられて若い世代は補償金をもらいすぐに外で家を建てたとかなる、その変わりようが早かったのである     

それは故郷といってもそこに愛着するということがないからである
金があって一時的に住んでいる、一億円もらえば外に出て暮らした方がいいと前からそうなっていたからかえって金をもらったから好機となり若い世代は出て行ったのである
老人は土地に愛着があるから残ったのである
だから絆が盛んに言われけど内部では絆はなくなっていたのである
かえってグロ−バル化と広域社会になると外部との絆があったとなる
それで避難した小高の人が私たちはこの土地の人に金を使って助けているのよということを言った、まさに消費者は王様であり金があるものが王様の社会であるからそうなった
そういう矛盾がこの辺では露骨に現れたのである
それがグロ−バル社会の広域化社会の矛盾でありそれは人間そのものを歪めるものになっていたのである

グロ−バル化で金融資本主義になり一握りの人たちに富が集中するというときもそうである、戦争の原因がやはり金融を金をもつものによって引き起こされたことがあった
第一次世界大戦でも何か金融関係者、株を扱う人たちが大金持ちが戦争を金儲けの手段として奨励したとかある、それも資本主義の負の面が戦争ででてきた
だから世界的にみても資本主義は限界にきているのだ
その格差が大きくなりその不満がこれから爆発するからだ
現実に自分自身がそういう被害を受けた、金ある所から奪えばいいとしか人々の気持ちがなっている、働くの馬鹿らしいとなっているからだ、ただ奴隷にされて働かせられているだけだとなっているからだ
その人たちが金持ちに牙を向くから金持ちも安穏とはしていられない時代になっている
それは資本主義がもう限界にきて破綻するとう時代になっているからである

いづれにしろ時代は常に変わる、その変わりようが早いのである、また気づかないのである、中国があんなに変わるのには本当に驚いた、十数年前はあまりにも貧乏で悲惨だったからである、家畜のようにして鉄道の車両につめこまれていたのである、実際に鞭でたたかれていたというからその時中国人が家畜だったのである
それが新幹線と同じものが走っているとういことに驚くのである
そういう時代の変化についていけなくなる、でも世界史的にはグロ−バル化とか資本主義が矛盾をもたらして限界にきている

その結果としてグロ−バル化は終わりナショナルな志向が強くなりそれが影響して内面化する国風文化の時代になる、自分自身すら旅ばかりしていたグロ−バル化した広域化した世界に生きていたがそれと同時に私は故郷で自然とアイディンティティで化して内面化することもしていたのである                                          
こういう詩が作れるのもやはり定着していないとできない、田舎に住んでいないとできない、つまり内面化の時代は外へ外へ向かう時代ではない、定着して思考を深める内面の充実に向かう時代である

それが本当は宗教なのだけど高度成長時代の宗教はカルトでありそれも外へ向かうあくなき欲望の達成だったのである、時代の影響を受けて宗教もそうなった
だから創価でも高度成長時代とともに会員も増えたのである
でも高度成長時代が終わると会員も減ったのである、そこは欲望資本主義社会とよりマッチした過激な欲望達成のための利権集団を形成したのである、ただカルトだからそこに人間のいろいろな悩みがありそれをただ一票に結びつけたのである
そこには一切内面的思考などない、がむしゃらな欲望の追求ということでグロ−バル資本主義の中に組み入れられた集団であった、本来の宗教と何のかかわりもないものだったのである

いづれにしろこれからの社会は世界でもグロ−バル化は終わる
資本主義も矛盾が大きくなっているからなんらか破綻するのか新たなものが生まれるのかその岐路にある、ただ世界史的傾向としても何か中世の時代や日本でも江戸時代にもどるというとき内面化する時代であり宗教でも文化でも国風文化の時代になるのである
要するにグロ−バル化とは限りなく物質を得るためにのグロ−バル的欲望の社会だった
次は人間の内面の精神的探求だとなる
木の詩でもそうである、大地に根を張る定着した木がまさにその象徴なのである
ただ別に今だけではないそういう時代は常にあったからそういう時代に回帰するということである 



もろもろの静かなる力 その広さをはかり
かたみに 暗く 相まみゆなり

ふるえる手もて われは きみを築かむとす
アトム また アトム と 積み重ねつつ
さあれ、大伽藍よ
何人か よく きみを築きおおせむとす

さあれ おりふしの夢の中にありて
きみの堂宇を大観す
深き土台より
屋根の黄金の先端にいたるまで

はた われは見る 最後のかざりを
わがこころ
造り また 築きつつあると

(リルケ)




リルケは内面を追求した詩人である 深き土台よりといつうときその深き土台は都会ではありえないのである
大地とか山とか自然があってアイディンティティ化されるのである
だから木などどこにでもあるけどそういう木を毎日見ていると自ずと人間の心に反映してアイディンティティ化されるのである
都会の高層ビルを見て何がアイディンティティ化されるのか?内面化されるのか?
そこは自然と遊離した世界でありただ数字化された抽象的な金だけがやりとりされる世界だともなる
毎日株取引でもデイトレダーなどは数字を相手にしているだけなのである、ただそこで巨万の富が流れ込んだりする世界である
そこに生の充実はないのである、ただ別に金でも有効に使えば活きてくる
今はかえっていかに金を有効に使うかの方がむずかしくなっているのだ
それは物質が飽和状態になってしまったからである、内面の精神的な追求は必ずしも金はかからないのである
それは精神的なものであり物質として現れないし金にもならないからである
だから無価値にもされる、でも金にならいもの物質化しないものの価値がこれからは追求される時代になる
だから文化の時代になるのである、車社会はこれも現代的ツールだった、常に外に向かうもの遠くに行くものとしてあるからだ
でも自然を感じて内面化するものではない、風をさえぎり外の空気を遮断する密閉された空間の移動なのである
現代とは交通が異常に発達して遠くと結びついたがグロ−バル化したがこれからは定着して内面化する時代になる
それは文化の時代なのである







2019年01月02日

なぜ正月気分がなくなったのか? (農業が主な仕事でなくなったため―自然から遊離した現代文明の危険)


なぜ正月気分がなくなったのか?

(農業が主な仕事でなくなったため―自然から遊離した現代文明の危険)

なぜ正月になっても正月気分にならないのだろうか?
ただ年が変わるというだけである
それは日本とかアジアでは農業社会でありそこから正月とかの祭りとか様々な行事が生まれていたからである
そもそも日本でも農業社会では密接に自然と結びついた生活をしていた
春は張るであり張り田などがあるとしたら春は張りだったとなる
冬はふゆであり増えるである、これも農業社会だから生まれていたのである
農業している畑を趣味でしている女性は冬は土も眠り土に栄養分を貯えるというのもそうである、冬は農業している人にとっては本当にふゆー増えるだったのである

例えば農業というときいかに農業社会だったかというと小学校の時、「農休み」があったそれは日曜日ではないのである
農家が田植えとか稲刈りとかになって忙しい時学校すら休みになっていたのである
農業社会だからこそそうなっていた、日曜日は明治以降新しくもちこまれた制度である
それは会社員とか工業社会になった時定期的に休めるようになったからである

農業社会ということで社会が成り立っていた時代が江戸時代でも長くつづいた
俳句でももともと農業社会から生まれたものである、誰か芸術家が作り出したものではない、農業社会がありそこで田植えとか稲刈りとかいろいろ季節ごとに仕事があって季節感が生まれた、確かに農業と離れても日本独自の季節感はあってもその基礎は農業にあっただから天皇とは大嘗祭を行うように豊作を祈る司祭だった
日本の神社の由来はいろいろあってもほとんど豊作を祈るものに変わったのである

そもそも農業文化が今では廃れたともなるのは明治以降の工業化とかで変化したからである、でも戦前までは農業社会だった、農民が8割とかだったからである
そして養蚕がどこでも行われるようになったがそれも農業なのである
蚕の餌となる桑を育てることは農業だからである
私の裏の畑にも桑畑があった、それはどこでもあったのだ
それで面白いのは阿武隈高原のどこかで蒸気機関車が通ると桑畑が煙でだめになるとしして反対していたことでもわかる、それだけ養蚕が生活になっていたからである
天皇でも豊作を祈る司祭だった、今でも皇居内で田植えとか養蚕をしていることでもわかる

正月というのは農休みとにているというとき農休みは田植えが終わったころに休むということでもある、一斉に村中で田植えをしてその後にみんなで休むことが農休みでもあった同じリズムで仕事していたからそこに共同性が生れ共同の感覚から共通の自然観が生まれ俳句の季語が生まれたのである
農業社会は密接に自然と結びつくから自然に神が存在してそれを貴重なものとして敬い祭りが生まれていたのである
ただ養蚕が盛んなになった時、貨幣経済が浸透してきて草鞋作りとかの副業がなくなったという、養蚕は輸出産業であり私の母が製糸会社で糸取りとして働いていた
でもその時米十俵とか給料としてもらったというときまだ貨幣経済になりきっていなかったのである、江戸時代と同じで米が貨幣となっていたのである

何か現代は自然と遊離しているというときそもそもが農業社会でなくなったからである

草山の奧の澤べにひとり來てなはしろ茱萸をわが食みにけり 古泉千樫

草山(くさやま):日本国語大辞典だと、江戸時代、まぐさや肥料にするための草を刈る山で、多く一村または数村の入会地であった。草場。とある。古泉千樫は農民だったので、この意味のほうが正しいと考える。

なはしろ茱萸:山本健吉『季寄せ』には、仲夏(芒種6/6-小暑7/7の前日まで)の季語「苗代茱萸」があり、蔓性の常緑樹で、枝に刺(とげ)がある。田植どきに、長楕円形の実が赤く熟するので、はるぐみ・俵ぐみとも言う、とある


ここで解説しているように草山とかの地名はある、萱場とか萱とつく地名の方が多い
それは萱を茅葺の家だったとき材料となっていたからである
それで思い出すのは会津を自転車で旅したときである、山全体に萱がなびいていたのである、萱に埋もれて暮れるという感じになった

そしてこの辺で右田の海側に住んでいる農家の人がやはり橲原(じさばら)に入会権として山をもっていた、そこで草を刈り田の肥料にしていたのである
その当時だと車もないから馬車で運んでいたのである、農業にとって肥料に苦労していたでも遠くから肥料を仕入れることはできなかったから地元でまかなうのがほとんどだったのである

正月に松の内とあるがこの由来は正月ではない農休みと関連していた

幾日も働いたので休みたくなったとき若い衆が部落の総代の家の前に松をたてて馬の鞍のなわをつったり蚕玉様の石塔をたてたりするとお松が立ったとといって総代が農休みのふれをだす所(伊那市西春近小出)や総代の木戸へ松を建てると次の日に仕事を休む所もある
(我が村の記録ー上伊那の明治、大正、昭和―中村寅一)

松の内はこうして部落の人たちが一斉に休む期間のことでありそれが正月の行事になったのである
こういうことは農業社会だからその由来がそうした生活から生まれていたのである
苗代茱萸(ぐみ)というのもそうである、苗代を作る時まさにその茱萸がなるということで農業と密接に結びついていたのである

ともかくこうして農業社会から工業社会に変わった時その変わりようが余りにも激しかったのである
そしてどうなったのか?人間の生活は自然と密着した農業者からか遊離したのである
そのことは原発事故関係でも書いてきた
農業とか自然と関係することが希薄化してまたなくなったとき農業で働く人が一割にもみたなくなったとき農業は軽んじられる、それで父親が農業だけはやるなと言って子供が殴られたという、そしてその子供は原発とか建築とか土木関係で働くようになったのであるそのことは極端にしても現実に農業とかを社会で重んじる人はいない
そこから何が生まれたのか?自然と遊離して自然を軽視する
そして最も大事なのものは科学技術であり工業でありそしてグローバル化社会になった時加速して金が最も大事になる、そうして自然への畏敬など喪失した
漁業関係者は船主は漁業で生活していたのでない
原発の補償金で事故前も事故後も豊かな生活をしていたのである
だからそうなるとどうなるのか?
一匹の魚の恵みに感謝することなどない、その一匹の魚を軽んじる一粒の米を軽んじるとき自然が怒り津波や原発事故を起こしたと私は指摘してきた
この辺は風力発電やソーラーパネル工場のようになった、これだって問題があり景観が破壊されたので嫌だとなる 

でも土地を活かすには農業などしても金にならないとしてそうなった
津波の跡はしかたないにしても小さな田んぼが維持しても金にならないからソーラーパネルになったのである、それでいつも通る所がソーラーパネルになったので嫌だとなった
ただ自分の場合はあまりにも景観を重視していてその景観が農業という基盤があって維持されていたことをないがしろにしていたのである
だから八沢浦が元の美しい入江にもどったとき驚嘆して奇跡だと本当に思った
この辺では入江がないからである、でもそこは明治以降苦労して開拓して田にしたところだったのである
そもそも自分はそういう田より米をとれることより景観の方を優先していたのである
田んぼなどどうでもいい、米など減反政策でありあまっている、いくらでもとれる入ってくるということで軽視していたからである
それはまさに農業社会でなくなったことだったのである
自分自身が農業のことをなにやかにや言っても現代社会に生きる時代の子から逃れることはできなかった
そういう時代感覚は誰でも共有するものなのである、つまり農業とか漁業とか林業とかは価値あるものとならず軽視されているのが現代だからである

天地の寄り合ひの極(きはみ) 玉の緒をの 絶えじと思ふ 妹いもがあたり見つ

天地(あめつち)と相栄(あいさか)えむと大宮を仕へまつれば貴(たふと)く嬉(うれ)しき(万葉集)

 農業社会だったら天地ときりはなせずにある、天地があって人間のつながりがある
玉の緒で結ばれるた人間があり売る、天地とともに栄えるのが人間なのである
でも科学技術社会になると原発とともに栄えるのがこの辺だった
それはここだけではない、社会全体がそうである、そうなると天地から離れているのだからもう天地を敬ったり感謝したりしないのである、そうした祭りも神社でも何でも廃れるのである、崇めているのは神の如くなっていたのは原発だったのである
ただそれが崩壊したときどうなったのか?
水も空気も汚染されて住めなくなったのである、それは天地から遊離した人間への罰だったとなる、また漁業にしても一匹の魚を軽んじたことで神からの恵みを軽んじたことで津波は罰だったともふりかえればなる
科学技術が神のようになる時そこには恐ろしい呪いが隠されていたのである
それは天地から自然から離れたものでありそこに恐ろしい呪いがあることを自覚できなかった、ただそれはここだけの問題ではない、現代文明そのものの問題だったのである
それがここでは何でも極端なものとして事実として現れたのである




2018年12月26日

日本の地理の基本 (関ケ原を境として東西に分かれる―琵琶湖の地理)


日本の地理の基本

(関ケ原を境として東西に分かれる―琵琶湖の地理)

日本地理東西.jpg

fuwanoseki1.jpg

sekigaharayuki123.jpg

関が原で東(あづま)と西に分かれる、これは気候的にもそうである
関ケ原は寒く春でもいつも雪が残っていた、でも関ケ原から近江に出ると春らしくなる
関が原を越えて近江に出ると気候的にも景色も違ってくる
そこは地理的境界線でもあったがまた歴史的境界線でもあった
つまり地理的境界線と歴史的境界線は一致していることがある
ローマ帝国はライン河ではばまれてゲルマン人の世界でありそこは地理的境界線でありまた歴史的境界線となった
そして今でもドイツ人はローマ帝国内に入らないことで文化的後進性があるというとき劣等感をもっているというときそうなのかと思う
ライン河をはさんで明確に気候的にも歴史的にも差が明確なのである

日本でも東はあづまであり明確に関が原が境界線なのである
東は関が原から東であり西と別れる、東はあづまであり歴史的にも違った世界である
日本のはじまりは縄文人が多く住んだ東(あづま)にあった
それが渡来人とかがおしよせて弥生時代がはじまり西が中心になったのである
だから壬申の乱でも

(わが大王の)きこしめす 背面(そともの国)の 真木立つ 不破山越えて 高麗剣 和射見が原の 行宮かりみやに 天降りいまして 天の下治めたまひ 食おす国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御軍士みいくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和やはせと 奉まつろはぬ 国を治めと 皇子ながら 任よさしたまへば 大御身に 太刀取り佩はかし 大御手に 弓取り持たし 御軍士みいくさを 率あどもひたまひ 

背面(そともの国)とは後ろの背面の国となるのが東(あづま)である
ただそれは西から見た時そうなったのである
不破山が関ケ原に関がありそこを境として東西が分かれ国も分かれて戦ったとなる
その歴史は家康の関ケ原の戦いへと継続されていたのである
秀吉は西を勢力下にしたが家康は東だったからである
信長は名古屋であり近江に近く京都に近い位置にった、その地の利で天下をとったともなる、地の利が働いたのである、武田信玄には地の利がなかったのである  

ただ吾妻とはまさに我が妻であり東国の人が吾が愛しい妻を置いてきたからその方向が恋しいとして吾妻になったという、ヤマトタケルでもオトタチバナヒメを亡くした場所でそれが恋しとなり吾妻はやとなったとここで指摘している
これは方向感覚から生まれたものではない、人間が生き別れになるとかの人間の関係から生まれたものであり方向感覚からではない
それだけ吾妻という言葉は方向感覚で小野妹子が外国に国を示すのとは違っていて生々しいものだともなる、庶民感覚から生まれた言葉だともなる

ともかく歴史と地理は一体である、地歴である、だから地理が基本としてわからないと歴史もわからない、その地理には気候も関係しているそれぞれの土地に風土がある
今日テレビで天気予報で後に三日で寒気が来て雪がふると報道していた
その地図を見たら雪になる所は越前から関ケ原に伸びていた
なるほどあそこが雪になる、それから鳥取とか島根も雪になる
雪になる地域はあの辺なのである

それで不思議だったのは琵琶湖の湖西にいて関ケ原の方から太陽が昇ったときだった
方向感覚がわからなくなりここが西となっていたのは東から見て西になるからである
その後ろは比良の山である、西となるとき太陽が沈む方向だから淋しい感じになるのだ
ただ山からも日本では太陽が昇るから方向がわかりにくくなるのだ
私の住んでいる所は大平洋から陽が昇り山に沈むからそういう感覚でいると常に旅して山国に入ると違和感がある

地理が明確に境界線として意識するのはむずかしい、江戸時代は関所がありそれで境界線を意識させられたが今は境界線はなくなった
ただ地理的に宮城県と山形県は面白山がありそのトンネルが長くそれをぬけると山寺であり山形県になる、そこは春でも雪が残っているから関ケ原とにている
平坦な地だと境界線は意識しにくいのである
風土とというとき気候も違う、陽が昇る沈む方向もそうだが風も感じることが風土を知ることになる、この風は旅しても感じることができなかった
風はそこに長く住んでいないとわからない、太平洋から春になると東風が吹いてくる
北風と交互に吹いてくる、それで不運だったのは原発が爆発したのは3月11日でありその時東風が吹いて飯館村や福島市まで吹いて放射性物質を運んで汚染されたのである
でも海岸側は北風が吹くから海に放射性物質が流れて放射線量は低かったのである
ここでも風が影響して不運な結果になったのである

ともかく東西の関係は世界地理でも基本にある、東がオリエントになり西はヨ−ロッパになる、陽の沈む方向が西であり昇る方向が東である
西洋文明と東洋文明に分かれるのが基本にある、ただアジアは東なのだがイスラエルも東にありアジアなのである、だからここが混同しやすいのである
「日出ずる処の天子、書を、日没する処の天子にいたす」という小野妹子が遣隋使として言ったというとき隋の天子が怒ったというのも陽の沈む方向はさびれた感じになるからである
ヨ−ロッパでも西でありもともと後進国だった、イスラムの世界が先進国だった
でもやがてヨ−ロッパが先進国となる

明石城春の夕日に染まりつつ難波に暇なく船の行き来す

明石城に岡山県の方に陽が沈んでゆくのも不思議だったがふりかえると西の方向でありそれが鳥取とか島根の方向になり日本海になる、そこも雪がふると警告していた
そして韓国では日本海を東海といういう時、陽が昇る方向だからそうなった
日本だと陽が沈む方向になる、だから日本の大使が韓国の天子に遣隋使と同じように
「日出ずる処の天子、書を、日没する処の天子にいたす」と言ったら失礼になるのである
とにかく地理をしるというときその地理と歴史が一体化している
それで岐阜県があるとすると長野県の隣である、でも長野県は関東寄りだとしている
愛知県と岐阜県は東(あづま)でも西よりになり方言でも関西弁的なものが入ってきているともなるかもしれない。
ただ明確に岐阜県と長野県の境界線がわからないのである、つま明治以降の県単位での地理の把握だけでははわからない、江戸時代からの藩ごとの歴史を知る必要もある
それがベースになっているからである

いづれにしろ琵琶湖の湖西というときそこは何か淋しい感じになっていた、そこは大阪や京都に近いのだが淋しい感じになる、そして琵琶湖でも雪がふる地域は日本海に越前とかに近い方向である、その辺はあまり人も訪ねない秘境ともなっている
ただそこには行ったことがない、ただ家の作りも越前地方と似たものとなり文化が違ってくる、相馬藩と三春藩では家の作りが違っていたという時もそうである
江戸時代は藩ごとに生活していたから文化も違っていたのである

比良の山やまかぜ寒きからさきの鳰(にほ)の水うみ月ぞこほれる 実朝

何かこれは鎌倉時代だったら本当に淋しく月せ凍れるとなっていた
今はそれほどにはならない、繁華な水商売の地域もありそういう時代とは違っていても
何か湖西は淋しい感じになるのである
現代の感覚では淋しいという感覚が消失する、どこも騒がしいとなるからだ
鎌倉時代を想像したらそれこそ淋しい場所などいくらでもあった
ただ近江となると京都に近いのだからやはりそこが東北などとは違っていたのである

天皇(すめらぎ)の跡を守ると鳰(にほ)の湖(うみ)波し静かに冬の日暮れぬ

琵琶湖が鳰(にほ)の湖(うみ)とするとき感じが違ってくるのも不思議である
鳰(にほ)とはカイツブリであり渡り鳥だから冬の季語になるのか?
菅浦はそういう隠れ里ととしてある場所にふさわしいとなる
ただここには行っていないから想像だけになるからそういう俳句でも短歌でもいいものにはならないのである
ただここは湖西ではない、陽は湖面に反射して比良の山の方に沈むのである
それが何とも言えぬ美をかもしだす場だとなるとイメージするのである

2018年11月30日

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究)

  
  「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」は世界史の大河ドラマ
  
  (なぜイスラムが衰退したのか、その原因の追究) 

osumannn11.jpg


isuramubb1.jpg

歴史は地歴であり地の利である、これは神が定めたものであり運命である
その地理から離れて歴史もありえない、でも地理を知ることは容易ではない
一番いいのはやはり自ら踏査(とうさ)することである
つまりいくら本を読んでも地図を見ても世界はわからないのである
百聞一見にしかずとなってしまうのが世界なのである
世界となると知りえる範囲はどうしても限られるそこで何か的を得ないものになる

「愛と欲望のハレムオスマン帝国外伝」というシリーズのドラマを見ている
これは世界を舞台にした歴史ドラマなので興味をもった
なかなか世界史となると理解しにくいがNHKのような大河ドラマにすると興味がもてる
何かハレムは江戸時代の大奥とにている、そこでの女の戦いは時代劇とにている
あのようなハレムがあること時代イスラムが西洋にヨ−ロッパに遅れをとった原因だと見た、つまりキリスト教の西洋文明とは違った統治でありそれで改革できなかった
その足枷になったのがイスラム教だったのである
イスラムの衰退の原因は何だったのか?
その主要な原因が政教分離できなかったことなのである
政治と経済と宗教が不可分に一体化していたからこそできなかったのである

イスラムがヨ−ロッパより先進国だった、知識でも科学でも技術力でもイスラムが上だった、例えば十字軍はイスラムの富を略奪する強盗団ににていたというときそうである
イスラムの方に富があったからそうなった
面白いのはコーヒーがエチオピアで生まれそれがイスラムにもたらされてヨ−ロッパに入った、その時砂糖も中東経由イスラム商人によってもたらされたのである
アジアの物産はイスラム商人経由でヨ−ロッパにもたらされたのである

その貿易のルートが大航海時代になりヨ−ロッパが地中海がイスラムの海となった時
バスコダガマが喜望峰回りでアフリカからアジアへ航路を開いた
それが一大快挙でありアジアの貿易路ができてアジアの富が植民地を通じてもたらされた紅茶でもそうである、その習慣が生まれたのはアジアから紅茶がもたらされたからである今でもスリランカなどでは紅茶の産地で有名である
そして砂糖もアジアから直接ヨ−ロッパからもたらされるようになった結果イスラム中東経由の貿易は縮小したのである
それは陸の道としてのシルクロードが海の道に代わって廃れたとにている
どこが富む国に地域になるかはそうして交通の発達と交通の要所になることで決まる

小さな地域でも意外と戦争が終わった時はやる店はやはり狭い地域でも場所がいいところだったのである、何か私の家は小さな店をはじめた、家が角であり場所がいいということではやったのだとも言っていた、それで角屋とかの屋号がある
商売は場所がいいと人の集まりやすい場所だと繁盛する
それは前は駅が街の中心でありそこに人が集まっていたから駅前通りが生まれた
車社会になると六号線沿いや道の駅に店ができるようになった
常磐高速ができたらSAに人が集中するようになった
このように交通によって繁栄する場が変わるのである

なぜヨ−ロッパが栄えたのか?そしてイスラムが衰退したのか?
それはなぜイスラムは自爆テロとかイスラム国とか何かそれはやけくそになっている
何かヨ−ロッパよりオスマン帝国が優れていたのに今は衰退している
その不満があのような異常なやけくその自爆テロとかの反抗になっているのである
軍事力だけでは世界史では国は優位にたてない、総合的なものとして国家の形成があり
軍事力はその一部なのである
イスラムはなぜ衰退してヨ−ロッパが興隆したのかというのは世界史の大きな課題になる

●宗教の問題
●政治形態の問題
●交通路の問題

他にもあるにしろ主要なものとしてあった、では逆にヨ−ロッパはなぜ繁栄したのか?

●宗教
●政治形態(ガバナンス)→政教分離
●交通路の開拓(大航海時代)
●科学技術の進歩 
●産業革命

このうよに総合的なものとして文明があり盛衰がある、ヨ−ロッパはこれらが一体として世界をリードするものとなった、イスラム圏はオスマン帝国のようにヨ−ロッパを劣ったものとして見ていたのである
その頃ルターの宗教改革もヨ−ロッパにあり宗教的政治的改革があった
イスラム世界にはそうした改革は成されなかった、イスラム教の縛りの中でできなかった宗教が大きく影響をしていたからそこで改革ができなかったからだともなる

このことを日本に当てはめるとなぜ明治維新が成功したのか?
これも世界史の謎になる、江戸時代から西欧文明の挑戦を受けて応戦して改革できたのか江戸時代というとき相当に世界から遅れた世界だとみているからである
日本が中国などより先んじて西欧化したというのも世界史の不思議なのである

面白いのは日産のゴーン逮捕で騒いでいるけどベトナムのフランスの恨みだということをyoutubeで言っている人がいた、そういうことがあったのかともなる
ベトナムはフランスの植民地になった、でも日本軍に追い出されてベトナムは独立したとなる、その恨みがあるというとき歴史の継続を感じたのである
イギリスが日本軍によってシンガポールやマレイ半島から追い出された
それで捕虜されたりして今でも恨みになっている、オランダでもそうである
これも一つの歴史の転換でありその時世界史的に日本が世界の全面に出て来たためだとなる

ともかく世界史の興亡はくりかえされている、ではなぜある国が興隆してある国が衰退してゆくのかそこに共通の原因があるのか?
それは日本が高度成長を経験して衰退してゆくのか?またこれから興隆してゆくのかの問題にもなるからだ
ただこれには一つの解答はない、ただなぜヨ−ロッパが興隆したのか?
それが政教分離とかにあった、なぜ日本が戦争に負けたのか?
日本を神国とした政教一致政策にもあったとなる
もちろんナチスが生まれたのはなぜかとなるとこれは共通した現代文明から生まれたものだから宗教とはまた別問題である

とにかく文明という時、civilizationなのである、このcivilは市民なのである
市民の文明というのが文明の起源だとなる
でも市民とは何かとなるとそれはヨ−ロッパで生まれた概念であり歴史的に生まれたのである、市民は国民とも違う、国民の概念は近代に生まれた概念でありヨ−ロッパでも存在しなかった、ただ市民というのは歴史的にヨ−ロッパから生まれのである

(軍人・官吏に対して)一般市民の; (聖職者に対して)俗(人)の. 
civil life 民間人[一般市民]の生活
(軍用でなく)民間用の,民間人の. 

市民とは権力に対抗するものとして生まれた、聖職者に対抗するというときカトリックなどは宗教による政治支配体制だからである
だから創価や神道でも宗教が政教一致になるのはイスラムでもそうだったようにその国全体に影響して様々な自由な活動を制限して国自体を衰退させるのである、そういう団体に所属する会員は市民ではないのである 
創価などは何かあると必ず罰があたるとか集団的に権力で恐れさすことでもわかる、それはカトリックがしていたことなのである
他でも宗教が政治にかかわり実際に権力をもてば市民の自由な活動でも委縮させて経済自体も衰退させるのである
イスラム世界には市民というのは形成されないしその概念もない、それが停滞した原因だともなる 

だからもしヨ−ロッパでもルターの宗教革命が起こらなかったら停滞していたともなる
プロテスタントが起こりその精神から資本主義が生まれとなる説はそうである
そして世界をリードしたのはプロテスタントでありそれはアメリカに受け継がれたからである
アメリカの開拓は聖書の精神からはじまりプロテスタントが開いたからである
一方でカトリックが普及した地域はフィリンピンとな南米とか停滞しているのである
それは気候と関係しているともなるがやはり宗教の影響がある

いづれにしろ世界史でもアプローチする方法はいろいろある、コーヒーの歴史からでも興味をもつ、世界史でも興味をもつ方法は無数の入口がある、ただ一つの入口ではないのである、私の場合はトルコに行ったことがありイスタンブールに一週間くらい滞在していたそれで興味をもった、地理でもドナウ川は見ていないがトルコから黒海をさかのぼり東ヨーロッパのキリスト教国に船団を組んで攻め上る、そのために細身の船を開発したりとかしている
ここでも川が重要な役割を果たしていたのである、とにかくトルコは今もシリアとかでもめていて要衝の地である
ヨ−ロッパと関係して中東と関係してロシアと関係してアジアとも関係する
なぜならそもそもトルコの民族は突厥だからアジアは出身だからである、それは今も変わらなかったのである
トルコで最近起きた事件でもそうである、サウジアラビアの記者が殺害されたとかシリアの争乱とかでもトルコが要の国になったことはそういう地理的背景があり変わらないからである


2018年11月28日

アイディンティティ論 (クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)


アイディンティティ論

(クニは国家のことではないー(自然とのアイディンティティから言語化することから始まる)

アイディンティティを考える時まず国家とクニは違う、国家は権力体制でありクニは自然の中で自ずから成ったものでありそれはだから地理的制限があり無闇に拡大しない
ある地域からクニがはじまりそのクニの中で生活して先祖がありアイディンティティ化してゆく、だから先祖が犬だとか猿だとかなるのもアイディンティティになる
猿族犬族とかトーテム信仰がありそれで結束する

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

この歌は会津は一つのクニであったが大和王権という国家ができたときクニから大きな国家権力がかかわったということである、その大和王権という国家は会津のようなクニとはまだアイディンティティ化されていないのである
だから強引な権力によって兵士にされたという気持ちがここにはある

アイディンティティ化するというとき意外と言葉が大きく関係している、そもそもエデンの園でのアダムの仕事は名付けることだったということでもわかる
様々な植物でも名前をつけることが仕事になる、それは詩人的仕事なのである
つまり名前をつけることはそれでもって言葉を通じて自然をアイディンティティ化していることになるからだ
名前が意外と大事であり名は体を現すとか名前を言うことはその名前を唱えて呪い殺されることもあるから名前は簡単に教えないということが古代にあった
そして名をなのることは一つのそのクニを支配することにも通じていた

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [大泊瀬稚武天皇]
天皇御製歌

籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れしきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも

菜摘ます子家聞かな 告らさね・・・家を知り名前を知りたいとなる、まず家を知りたいというのは家が先にあったしそれは明治以降までつづいていたからである
ただ相手の名前を聞いているのとも違うが名前を簡単には言わなかった
雄略天皇は堂々と王たるもので名前を言えたとなる
名を汚すことはキリスト教でも御名を汚すことは許されない
つまり名前は常に汚される、人間は常に世の中にある限り汚され存在なのである
それは神が出現してもそうだった、神とは信じないからである

先に名を名乗る=言霊を奪われる=相手に服従する
という意味が込められている。 
自分の名を知られた途端に相手の支配下におかれる。

婚約の儀式にも受け継がれ、男性が女性の名前を尋ね、 
女性は「人生を捧げてもいい」と思った男性にだけ名を告げる。 

こういう人事的なことの前にそもそも人間はこの大自然に対してどうしてアイディンティティ化したのか?
言葉が神聖化されたり宣(のる)いいう時、祝詞(のりと)というとき何かが言葉を通じてのりうつる、言霊と化すという言葉に対する信仰のようなものが生まれる
では自然の万物が人間にのりうつる時それを現すのは言葉なのである
人間に言葉がなければ大自然の中の混沌の中に置かれる、それは安定しないのである
この大自然とアイディンティティ化するには言葉が必要だったのである
実際はすべて言葉では現せない、言葉の限界がある
それはアメリカのようなグランドキャニオンを見たような時である
そこは地球だと思えなかったからである、その時人間は言葉を失うとなる
言葉で表現しえないとなるからだ
それはホイットマンの詩に現れている、あまりにも広大な故に言葉で表現しきれないのである、
もうそうなると神のような力が必要にもなる

日本だとまだ国土が小さいからそこで言葉でアイディンティティ化しやすかったとはなる
だからアイディンティティというときまず国とか国家とかとのアイディンティティ化ではない、
自然とのアイディンティティ化が先にある
そもそも日本語がどうして生まれたのか?これも未だに不明である
どういう背景で生まれたのか?その起源を外国にたどってもにたようなものがあるとかで終わっている、
その系統が不明である、つまり日本語は孤立語なのである
それでも日本語もやはり日本の風土と関係して生まれている
外国語で表現できないものが日本語にあるときそれは日本の風土が背景に関係しているからだともなる、なにかしとやかにはしとしとと梅雨に雨がふる感じでありつつむとかは森につつまれとかありつつましいとかの言葉として派生する
英語のクリアーというのは良く使われるがそれは乾燥地帯の風土から生まれた言葉であるからっと晴れている晴れる日がつづくからである、だからクリアーとかファインとかフェアーとかの言葉は本当は日本語には訳せないしまた英語も日本語に訳せないのである
その意味が本質的に理解できないからである
そのために詩は翻訳できないとなるのだ

ギリシア人達は自らを「ヘレネス」と呼び,ギリシア語を話さない他民族を「バルバロイ」(Barbaroi:意味不明の言語を話す者)と呼びました。「ヘレネス」とは,ギリシア神話に登場するデウカリオンの子の“ヘレンの子孫”という意味で,ギリシア人は神の血統を受け継ぐ勇敢な民族としてアイデンティティーを形成していきました

いづれにしろこのように言葉が共通していることがその民族のアイディンティティになる言葉が通じないことが一番意思疎通を阻むからである
またアイディンティティは地理的一体感とかからも生まれている
これも重要なアイディンティティでの要素である
それで歴史的地理的アイディンティティがクニの基本としてある
それで廃藩置県はどうしても無理に人工的に作られた所があり地理的一体感とか感じない福島県でもなぜ福島なのかもわからない、そして福島県は広いから一体感がもてない
ハマ、ナカ、アイズと別れていて気候も違っている
冬になれば会津は雪がふりつづけるが浜通りは海に面して雪はめったに降らないのであるだからむしろ相馬地方は浜通りであり海に面した太平洋岸と地理的一体感をもつ
それが証明されたのが津波だったのである
三陸だけに津波が過去にあったのではなく太平洋岸は歴史的に津波がありその歴史を共有する地帯だったと知ったのである

いづれにしろアイディンティティ論というのは人間の存在を問う基本にある
だからアイディンティティには様々なものがあり一つにはならない
ここでは基本的に言葉があり地理がアイディンティティのファンダメンタルなものだとなる 

fundamentalとはfindmentalである、それが過去形になりfind→found→fundamentalになった

つまり発見されたmental(精神的なもの)なのである、実は過去形ではなく常にアイディンティティは現在形のfindである
常に見出されるものである、私自身が郷土と一体化するアイディンティティ化することをしてきた
それを詩にしたり芸術化にするのもそうである、ただ芸術だけではない、そもそも自然からはじまるのがクニだからそこでは農業でも現実の生活と自然とアイディンティティ化しているのである
それで畑で野菜を作る女性は良く冬には土が眠り栄養豊かになるというときそうである、冬(ふゆ)は増えるでありふゆになったからである、それは農耕社会とアイディンティティ化して生まれた言葉なのである
春は張るであり万物が張る状態になるからそうなる、田んぼに水を張るということでも田植えがはじまることでも春なのである 
言葉のはじまりには農業的なものがまたは狩猟とか牧畜的なものがある、それは言葉でも生活から離れてありえないからである


2018年11月11日

川を知らずして世界史も理解できない(川の詩) (大陸の大河が文明を歴史を作る)


川を知らずして世界史も理解できない(川の詩)

(大陸の大河が文明を歴史を作る)

bigriverrrr321.jpg

bigriverrrr111.jpg


幸多きお前の岸の上に
慎ましい貢物を残して置きたいだけなのだ
おお、もし私がボイポスの霊感を受けていたら
お前は天の下で随一の川であり
ガンジスより遥かに高貴な川となろう
お前はその栄光でユーフラテスや
ナイルの崇高さを色褪せさせて
全宇宙を流れる川となろう

我々をその屋根の下に受け入れてくれ
ヴォルガの岸に養われた者たちよ!

壮麗なる歩みの中で
ヴォルガはその流れを広げる
輝ける民族の
北を東と近づける
ロシアの様々な地方に運ばれ行くのは
アジアの産み出す様々な宝
幅広い銀色の水は
町や村を飾り立て
滋養豊かな波が
広漠たる畑を養っていく  


このリンクでは開けません、題名で調べてください、すぐにわかります

川をはさみ民族と国と国が争う
ライバルの意味は川に由来する
川をはさんで敵対する歴史
川はある時は血に染まり
穏やかに流れ歴史は作られぬ
川をさかのぼり川を下り
やはり争いがあり物資が運ばれる
広々とした河岸に都市が生まれる
都市は川によって結ばれる 
いかにも石造りの街は古りぬ
川によって歴史は刻まれる 
川は満々と水をたたえ流れ
山間をぬい曲がり蛇行して
未知の国へと誘い運ぶ
滔々と川は流れ秋の日に
岸辺のポプラの清しも
ラインを船が行く
ケルンの塔は高く屹立して 
遠くまで鐘は鳴り響き渡り
オランダへと船は荷を運び下る
川は都市ならず国を結ぶ
その流れは長大にして国境を越える
ドイツの父なるライン、ロシアの母なるボルガ
川は人を養い都市を作り国を作る
その流れに民族と国の想いが宿る
ナイル川よ,三千年のエジプト文明よ
夕日はその西岸に赤々と映えて沈む 

(自作の詩)

Go up the river and go down the river
Again there is a fight and goods are carried
A city is born on a wide riverbank
Cities are tied by rivers
Stone-made town is getting old
History is engraved by river
The river flows gently and on the autumn day
Poplar tree is refreshing on the banks of the river
A ship goes through the Rine
The tower of  Koln is highly upright  
The bell is ringing far away
The ship carries the load to the Netherlands
The river connects countries, and cities
The flow will be long and cross the border
German father's Rine, Russian mother Borga
The river nourishes people and makes a city and makes a country
The tribe and the feelings of nation live in that trend
Nile River, Egyptian civilization of three thousand years
The setting sun shines red on the west coast of the setting sun


 rival 「ライバル」 arrival 「到着」 river「川」 

rival をたどるとラテン語の「小川」を意味する rivus の派生語の rivalis に行きつきます。  水の確保は死活問題ですから古今東西を問わず水争いがありました。 Rivalis という単語はそれを如実に表しており「同じ川を巡って争う人々」という意味です。 これが水源だけではなく, 一つしかない物を求めて争う人々という意味に発展しフランス語を経由して英語に入ってきたのです。

言葉の語源は歴史を文化を知るには重要である、なぜならその言葉が成り立つ背景がこのようにすでに長い歴史や地理を語っているからである
その民族独自の言葉が生まれた背景に地理とか風土とか歴史があるからだ
だから言葉自体を簡単には理解できないのである

まず四大文明から河から生まれたという時それが日本人には理解できない、なぜならそうした大きな長大な河がないからである、中国であれヨ−ロッパであれ河を理解できない
川は日本だとただ水が流れているという感じになる、でも四大文明の川は人間の営みと密接に結びついている川なのである、それは交通路にもなっているから運河にもなっているから根本的に違っている
父なるラインとか母なるボルガというときまさに河に対する思いは本当に深い
川をアイディンティティとして民族が国が形成されたのである
それはヘルダーリンの詩でもそうである、日本ではこうした河への思いが希薄なのである日本語では川は側(がわ)の意味でありただ対岸を意識していたともなる
長大な河がないからそうなった、川とは渡るものとして意識していたとなる
一つの長い川としての意識がないのである、それは長大な河がないからそうなる

このことで地歴としての世界史を理解できないのである、ヨ−ロッパでも大きな河があり支流がありそれが運河のようになっているのが特徴である
交通路だから川によって人々は結ばれる、日本の川にそういうことがない
日本の川は滝だと外国人が言う時まさにそうである
川の感覚が全く違っているのである

統一ドイツから排除されたオーストリアは東欧・ドナウ志向を強め、1867年にはオーストリア帝国はアウスグライヒをマジャール人と結んでオーストリア=ハンガリー帝国(二重帝国)へと改組された。ドナウ川は二重帝国を結びつける大動脈となり、この事からその当時のハプスブルク帝国を「ドナウ帝国」と呼ぶこともある。

まさにこれこそ河を支配したものが支配者になったとなる
なぜそうなのか?長大な河は都市と都市を結び国境を越えて国と国を結ぶからそうなる
だから川でも交通路であり運河になるからライン河では川を通る船に関税をかけて収入にもできる

オスマン帝国でもベオグラードからブタペストからウィーンまでドナウ川をさかのぼり支配しようとした
黒海から船団を組んでさかのぼって行ったのである、その船は川に合わせて船体を細いものにしたのである
つまり川に適応した技術が生まれたとなる
技術もその地理に適応して生まれる、日本だとトンネルの技術が優れているのは山が多いからそうなる

ともかく長大な河のダイナミズムを日本人は理解できない
ガンジス河でもそうである、ガンジス川からヒンズー教が生まれた、ナイル河からエジプト文明が生まれた

例えば

流氷の海を作り出す水の起源はアムール川の水であると言われています。アムール川は全長4400km,モンゴル高原から中国,ロシアの国境を抜けてオホーツク海に流れています。また,最近の研究ではオホーツク海を栄養の豊かな海にしているのはアムール川から流出する「鉄分」が大きな役割を果たしていることもわかってきています。

アムール川は4000キロもあるとしたらそれは日本ではとてもイメージできない、日本列島より長いともなる
鉄道でアムール川をわたったが広い、あれだけ広いのにそこは激流のようになっていた
とてもそうした河を日本ではないから川のことを理解できないのである

2018年11月09日

アーリア人世界史観が成り立つのか? (武田邦彦氏の世界史観は単純すぎる)


アーリア人世界史観が成り立つのか?

(武田邦彦氏の世界史観は単純すぎる)

そもそも、アーリア人という概念自体が嘘である。それは日本の天孫降臨と同様、作られた物語だ。インド=アーリア語族という言語学上の概念が定説となっているが、それも、18、19世紀の植民地支配を正当化するために「発見」された概念にすぎない。なのに、いまだに日本の高校の教科書は、アーリア人の存在を事実として無批判に記述している。
◆嘘だらけのヨーロッパ製世界史 岸田秀(著)

ヨ−ロッパ人はアーリア人でありアメリカでも大量殺戮した、何千万単位で殺戮した
インディアンをマヤやインカ文明を破壊して大量殺戮した
血も涙もないことを平気でるするのがアーリア人種である
原爆落とすから何でもないのがアーリア人種である、中国人もこれとにている
残酷だからである、文化革命でも何千万殺されたとかそういう人種である
日本人はとてもそういうこときはできない、日本人は天皇を王様を殺したりはしない
ヨ−ロッパでは王様は無惨に殺される、ヨ−ロッパ人はア−リア人種の系統に入りそういう残酷なことができるのである 

それでアジアでも植民地に強制的にされて強奪された、国がもともとあり歴史もある国でもずかずか勝手に入ってきて植民地化した
アーリア人は血も涙もない、冷酷なことを平気でできる民族である
日本人はそもそもそういう残酷なことはできない、日本人は戦争でもただそうしたアーリア人種国に抵抗した唯一の民族であり太平洋戦争はその外国のアーリア人の植民地化されないための戦いだった

それも一つの世界史観である、世界史でも日本史でも別にいろいろな見方があってもいいそれはそれでいいとなる、第一世界史がなんであったかなど実際はあまりに大きくて複雑でわかりえようがない、倫理的に見れば人類の罪の歴史だったともなる
アーリア人は最も残酷な罪深い人間だった、今そうだとなる
原爆落とすくらい平気な人たちだ民族だ、そういう血を受け継いでるのだとなる
だからアーリア人の血がそうさせている、その人たちが世界を支配して世界を作ったのだとなる
これは人種世界観になるのか?

ただ現実としてアーリア人とは何なのかと問うと明確ではない、インド・ヨ―ロっパとしての共通性がありその言葉をもつものがアーリア人だとなる
それとも顔だちとか体つきから判断するのか?
何がアーリア人なのか?それも良くわからない、そもそもアーリア人とか人種で人間を区別してそれで世界史を見ること自体単純な見方である
そもそもこの人種はこういう特徴があるとかでみて世界史を見ることがありうるのか?

そんなこと単純に考えてもありえないのである
なぜなら日本人だって縄文時代から様々な人が日本に来て混血しているからである
日本人は人種の混血した坩堝だともなる、そうししたら純潔としての人種などもう世界にはいない、それをアーリア人がどうだとかそれで世界史を見ているのはあれだけ博識な人にしては疑問なのである
もう今や純粋な民族など人種などいなくなっているのだ、ユダヤ人が最古の民族だとしてもロシア方面の別な人種が混じっていて今のイスラエルにいるユダヤ人は人種的には純潔のユダヤ人ではない、ユダヤ教を信仰している民族であり国だとなる

そもそも人種で区別して世界史を見ること自体、世界史を歴史を勉強しているとなるのかその博識には敬服するけど何か幼稚な偏見がそこにあるように見る
そういう歴史観をもっている人は普通はいない、世界史が何かとなればそれぞれの見方がある、ただ明らかにアメリカは人種差別の国でありアジア人と黄色人種を一段劣っているものとみる、それは確かだからそういう見方があっても必ずしも悪いとはならない
アメリカには根強い人種差別があることは確かなのだ、それで日本人はアジア人を劣等民族人種として原爆を落としたという理屈は理解できるのである

だけど人種論で世界史を見ることはそれは基本的にどんな歴史学者もしていないのである四大文明とあったら文明を築いたものから世界史を見ているのである
だから人種からではなく世界史はどういう文明を築いたかから見るのが普通であり常識である、イスラムが栄えたのにヨ−ロッパより進んでいたのになぜ遅れをとったのか?
それはトルコ人が劣っていたとかではない、かえってオスマントルコはヨ−ロッパよりその時一段と優れた文明であり軍事だけではないあらゆる面で学問でも優れていたのであるイスラム文明がオスマントルコ時代に科学技術でも発達してそれを学んだのがヨ−ロッパだったのである
人種論からすべてを語る、世界史を語るのは常識をはずれているしそれで世界史が語れるのかとなる

もちろんお前が語れるのかとなれば語れない、ただ人種だけからアーリア人が世界を支配したとしてアーリア人のことを批判してもそもそもアーリア人は何かなどわからないのである
そんな人種論で世界史が語れるだろうか?
人種自体そんなに意味がない、日本人がどうだというとき日本人種というのはいない、なぜなら縄文時代以来日本列島には様々な人が住んだからである
そういう様々な人種が混血したのが日本人でありそこに特定の人種はいなくなっているのだ、むしろ縄文人とか弥生人というとき狩猟とか採集していた人たちと稲作した人たちを分けていた、生活の相違で分けていた、それは人種ではないのである

天子問曰。此等蝦夷国有何方。使人謹答。国有東北。 
天子問曰。蝦夷幾種。使人謹答。類有三種。遠者名都加留。次者麁蝦夷。近者名熟蝦夷。今此熟蝦夷。毎歳入貢本国之朝。 
天子問曰。其国有五穀。使人謹答。無之。食肉存活。 
天子問曰。国有屋舎。使人謹答。無之。深山之中止住樹本。 
天子重曰。脱見蝦夷身面之異。極理喜怪。使人遠来辛苦。退在館裏。後更相見。 

五穀があるとか、食肉しているとか聞いている、それは中国でも遊牧民がいて食肉している人たちを異民族としている
そのために万里長城を作られたからそのように蝦夷も見ていたのである
それは人種ではない、場所で分類して次に麁蝦夷(アラエミシ)熟蝦夷(ニギエミシ)とか従順な蝦夷は稲作するようになって服属した蝦夷である、それは今の宮城県までであり岩手県になると麁蝦夷(アラエミシ)となる、活形態から分類しているのであり人種からではない、人種は多様だからである
そもそも古代から人種で人を区別することはしていない、生活形態、狩猟民と漁民とか遊牧民とか稲作民とかで区別する
人種はそれほど人を見る場合重要視されていない

ではなぜアメリカとかヨ−ロッパでは人種差別が起きてきたのか?優生思想が生まれたのか?
皮肉なのは優生思想が生まれたのはもともとユダヤ人からである、聖書の民のユダヤ人が一番差別されてきた歴史がある  
人種差別問題だとユダヤ人が常に問題にされるのである、ユダヤ人だけが人種を主張しているからだともなる
あとは確かに白人とか色で区別して差別する、だから黒人は一番色が違うから差別されるとなる
ただ別に白人でもみんな優秀なわけでもない、白人でも普通の人間のように劣等なものもいれば優秀なものもいる
だから人種で区別した差別したりするのは根本的に間違っている、白人が優秀だというとき科学技術が進んでいると別なものでその優劣を決めているのである

ここでは全部は語れないが人種世界史観など成り立たない、もし今度はアメリカが衰退すると白人は劣等民族だともされる
現実にそういう興亡が世界史だからである、イランがあるとするとペルシャ帝国がありイラン人は優秀だったとかなる
ギリシャ人が優秀だったのは古代であり今はヨ−ロッパの観光の地であり何も優秀なものはないなのである
ただ過去の栄光が遺跡として残っているだけなのである
今は科学技術でも何の貢献もしていないからである

中国人はシナとか日本人に馬鹿にされたこともあった、今になると経済成長してアメリカに伍するようになると誰も馬鹿にしないのである、かえって恐怖の対象になる、だからむしろその国の経済とか科学技術が優れていればその人種でも民族でも一目置かれるとなっているのだ、アーリア人の特性があったとてもそれは全部ではない、むしろ別な要素で人種差別が起きているのである
人種の問題ではなく国を興隆させることがその国でも民族でも人種でもステータスを上げるのである
そして宗教からすれば人種は全く関係ない、全く差別はしない、黒人だろうが黄色人種だろうが誰でも神の霊は宿るしまたキリストを神の子と認めることはできる、それは全く人種とは関係ないのである

ユダヤ教は人種と関係している、でも純粋なユダヤ人などいない、イスラエルにもいない、それは混血した人々でありただユダヤ教を信仰している人たちなのである
人種論からの世界史観など成りたちようがないことは明白である、だからなぜ武田邦彦氏が世界で実際に生活して外国人とそれも科学者とかとまじわり現実に外国を知っている人はそういうのだろうか?

おそらく結局白人に交わり差別されたということ人種差別されたからこうした理論と世界史観をもつようになった
それはわかるがそれからとても世界史観は作りえようがないことは自明ではないか?
ただ正直完全に数学のような科学のように歴史を見ることはできない、私的な感情からでも世界史を見る、日本史でも会津は今でも薩摩長州に恨みをいだき明治維新に否定的になる、でもその見方も偏ったものになる
でも人種論から世界史を見ることは誤っていることは確かである

一方で西洋人自体が反省している、自分たちの野蛮性を指摘している,何か大量殺戮してそのやましさ罪の意識をもっている
ヨ−ロッパ文明が優れているからその支配下に入るべきだというの優越感があった、でもその反面無謀な殺戮による支配でもあったのだ、そこに罪の意識が生まれたのである

 同時代のイギリス人たちと帝国意識を共有し、イギリス人や西欧人以外の人々に対する侮蔑感情を持ちながらも、戦争による心理的荒廃がイギリス人や西欧人の“文明化”された表皮を引き剥がし、“野蛮な”性質を呼び覚ましてしまうのではないかという懸念がここには述べられている。さらに彼は、「略奪本能は文明化された外観で覆い隠されているのだろう。私たちは、『戦争は利益を生み出すに違いない投資だ』と言いかねないのであると述べ、自らを「文明人」だと信じて疑わない当時のイギリス人の“文明度”に対する懐疑を表明している。


文明とは何かとなるとそもそも定義はない、civilizationのcivilは市民である、日本には市民というのはなかった、だから文明がなかったのかとなる

文明とはまたイスラム文明とかキリスト教文明とか仏教文明とか宗教で区別することもできる
イスラム文明はオスマン帝国の時最高潮に達した
科学技術でもヨ−ロッパより優れていてヨ−ロッパ文明の科学技術を推進した、代数はイスラム文明から生まれたからである
文明は軍事力ではない、ローマは軍事力だけで成り立っていない
建築技術やガバナンスにたけた組織した帝国を作った
ローマ文明はのちにキリスト教文明に発展した
ここでキリスト教はローマ帝国の政治組織支配の下に形成された
それは政治的組織的になったのはローマ帝国の中で取り入れられたからそうなったとなる、それがカトリックなのである
もし文明をもつ国が戦争に強いというだけなら文明ではないし世界でも認められない、モンゴル帝国がそうである
そこには文明が起きていない、何か文明となるのもを残していない、ただ通商に便利な広範囲な帝国を作ったというだけになる
だからもともとあった中華文明に吸収されて終わった

日本文明があるのかとなると中華文明の亜流とかに見る人もいる
でも日本文明として認められてもいる
そもそも何が文明なのか定義はない、日本には江戸時代の300年がありそれが全く遅れているというのではなく日本文明の基盤を作ったという見方もある
だからこそ明治維新もその基盤があって成功したともなる
薩摩長州はただ徳川幕府を倒しただけであり実際にその後は幕臣が官僚となり実務を担当して明治維新を推進させた
日本だけはヨ−ロッパの植民地にはならなかった
それは日本文明が西洋文明の挑戦に対して応戦できる文明がもっていたからだとトインビー流に言えばなる




2018年10月08日

精神性を追求する文明にたちかえる (すべてが大衆に迎合しすぎてモラルも荒廃した)

      
精神性を追求する文明にたちかえる

(すべてが大衆に迎合しすぎてモラルも荒廃した)

理念なき政治 道徳なき商業 人間性なき科学 ガンジー

自然がある、そこに人間は真、善、美を見出す、人間によって自然は精神性を付与される人間には心があり精神がありそれで万物に精神性が付与される
エジプト文明は何なのか?アニミズムの世界,あらゆるものが神となる偶像崇拝の世界だとも見る、でも一方で動物でもあらゆるものが神性を帯びたものとして神になる
ライオンがいればそれは人間としては勇気の象徴とかなったり鷺が学問の神になったり
牛は忍耐の象徴になる、それは高村光太郎のような牛の詩になる
虎だったらブレイクの詩として象徴化される
つまり詩によって象徴化された精神性が付与されたのである

現代に欠けているものは何なのか?精神なき文明であり物質化された荒野と化している
マルクス流に言えば貨幣による物神化とかなる
つまり唯物論とは世界を歴史でもまさに唯物的にみる、精神なきものとして見る
ところが過去の文明には精神性から見ることもできる
エジプト文明にも精神性があった、ピラミッドは奴隷によって作られた王の墓だというのは否定されているとき,では一体何なのか?
それは宗教的建造物であり一つのエジプト文明の精神的精華とも見ることができる
マルクスの唯物論だと階級制としてしか見ないからである

ピラミッドはその構築は数学的にも神秘的なものとして作られたのである
正三角形立方体ではないからである
ピラミッドはキリスト教とかイスラム教とか仏教と同じような精神性を備えた宗教的建造物なのである、それは王の墓ではない、民衆が参加して作り上げた聖堂とにているのである
一方で中国の文明には始皇帝でも巨大な権力者の墓として山のような墓が作られたのである、中国では地下まで王の宮殿となっている、死んでも地下で権力を維持して支配しようとしていたのである,そこに精神性が見れられないのである
中国文明にもちろん精神性があるが巨大な権力者が支配するという文明である

歴史を見る時人間の精神の営為として見るか?ただ生産力の増大過程としてみるか?
見方が二つに分かれる、マルキシズムは精神的なもの宗教をアヘンだとか支配階級の道具となり階級を維持するためのものだとした、確かにそういう面もあったから否定はできない、ただ文明という時、エジプト文明でありキリスト教文明であれイスラム文明であれ宗教を基にした文明なのである、その宗教をとったらなにが残るのか?
要するに精神なきモラルなき文明となる、人間には精神があって人間でありただ飲み食いするだけだったら動物と変わりなくなる

そして現代文明とは何なのか?精神なきモラルなき文明なのである
マルクスの言う唯物主義なのは共産主義でも資本主義でも同じである
世界は市場であり貨幣が神の如くなり物神化していることは同じなのである
資本主義と共産主義とは表と裏であり現代では共通した唯物論なのである
確かに宗教は支配構造の中に組み入れられているというのはある
それ以上に現代文明全体がグローバルに唯物化したものとして共通しているのである
そこにはただ世界は市場であり貨幣が神のようになり支配する、ドルが支配することはアメリカが支配することになる
現代の経済とは精神なきモラルなき経済である
すべてが金によって売買される世界市場になっている
そうなると国すら金によって売買される、現実にそうなっている、金融で銀行が世界を支配する、アメリカのドルが支配する、それに逆らうものは軍事力で制圧されるとなる

精神性というのが何かというとき一番わかりやすいのは建築なのである
建築がどこでも文明の象徴としてあるからだ、建築から文明を観るからである
ピラミッドにエジプト文明をみるしキリスト教の大聖堂にカテドラルにキリスト教文明を見るしイスラムだったらモスクになるからだ仏教でもヒンズー寺院がそうでありアンコールワットのような仏像が仏教文明の象徴になり精神性も現されている

それで感嘆するのはルネサンスが起きたフェレンツのラファエロのアティネイの学堂なのである、あのアーチが堅実性を示している、ローマの建築にはそもそもローマ人は農民だから素朴な堅実性があり建築にも反映したのである
だから不思議なのはヨ−ロッパに行くと鉄道の駅がアーチの堅固な駅であり何かその建築によって威厳を持たされるのである
そういうものが無用であり無駄だという意見がある、日本のように機能的であればいいともなる、でも何かそこに駅まで人間に威厳をもたされる空間として創造されていると感心するのである、建築に人間の精神が付与されているからそうなる
まずビジネスだけの世界になるとそこはただ機能的なものしかない、高層ビルだとただ高いというだけでありそこに精神性は付与されていない、人間の精神が欠如しているのである、ただ高いとか機能的美しかそこにはないのである
もちろん機能性が建築では重要であるがやはりそれと同時に精神性が付与されると威厳あるものとなる

現代では機能性は追求されても精神性は追求されない、だから人間の精神が養われないのである、自然があるとして人間の精神性が付与されて意味と価値をもつ、それがゲルマンの森をかたどったゴシック大聖堂になる、その石の柱は樹齢千年とかの樹と同じなのである、柱はエジプトの神殿でも樹なのである、ピラミッドは聖なる山の感覚になる
なぜなら砂漠で山がないから人工的神秘的に創造された山となるからだ
日本でも山そのものが神となり神聖化されたがエジプトには山がないから山を作り出したともなる、それは星辰の位置とも関係して作られたという時、解明されていない神秘が未だになる

ともかく精神性がない世界はもう物質の荒野である、人間はただ商品であり金で売買されるものにすぎない、グローバル化市場ではそうなる、労働力も商品化される
そのマルクスの指摘は現代文明を見る時わかりやすいから宗教のようになった
でも共産主義でもまた同じだったのである、唯物論として世界を見ていることでは同じなのである
これからの課題は精神性の追求である、精神なき世界はもう人間社会ではない
そこに育まれるのは養われるのは富であっても精神なきものでありルネサンスのような文化を創出しない、巨万の富を集めてもアメリカから精神文明が生まれないのでもわかる
巨大な科学技術文明でありそこに精神はない、ただ天をつくように高い摩天楼であり人間はそこでただ蟻のように卑小化されるだけなのである

何か文明というときあらゆるものが連関している、人間の精神性の剥奪なのである
それは報道とかマスコミでもそうである、そこに精神性はない、大衆を操作する下劣なものとしてある、つまりテレビは低俗な大衆に同化して操作するものとしてある
そこに高邁な使命感とかはゼロである、モラルはない、会社から宣伝費をもらい大衆を操作するものしとてある、ナチスとたいして変わりないのである
そこに対話もない、一方的洗脳があるだけなのである、そこで一番目立っているのは司会者でありその人が有名人となる、でもそのアナウンサーとは何なのか?

何の報道の使命感もない、まず大衆を相手に視聴率をとることが目的なのである
要するに大衆化社会には精神性はないしモラルも育まれない
商品を売る消費者として大衆はあり会社の企業が商品を宣伝して売りつけるものとしてある  
現代とは大衆に迎合がしすぎた社会である、そこに精神の退廃が社会全般に蔓延した、マスコミとテレビの影響が大きすぎたのである
マスコミから出る人物はいい加減なのが多いというより大衆にとって必要なのは芸人なのである
芸人でも芸に励むということがあるが芸人がオピニオンリーダーのようになり司会者もそうである

そして事件ばかり追ってそれが大衆の娯楽になったのである
それがお茶の間にもちこまれたから余計にそうなった
この辺だって作家だとか詩人だとかもマスコミにもちあげられた芸人なのである、売名作家なのである
結局現代の問題はアウトサイダーが指摘してきたことである
その人が客観的に社会を文明を見ていたのである
マスコミも大衆社会に組み入れられて精神を荒廃させたのである
ジャーナリストにも高邁な使命感があったかもしれない、それが大衆に迎合することによって失われた
大衆に迎合することが何でもいいのではない、それによって退廃してくる
むしろ大衆と離れて崇高なものを追求する、それが大衆にとってもモラルを向上させる、江戸時代は侍がそうした模範となっていたのである

今や模範とすべきものはない、カルト宗教団体でも大衆に迎合しすぎたのである、だから何ら普通の人と変わりない、かえって強欲になれ拝んでこの世の欲を満たせとなっている
それは大衆にこびて大衆に迎合しすぎたのである、それが政治となり一票に結びつく、数が多ければ権力を得ることになる
そうなると社会全体が荒廃したのである
一方でオウムはエリートを養成しようとしたのだが奇妙なのは大衆から遊離した結果として異常化したのである
人を殺すことを宗教で正当化できない、そうしたのはかえって高学歴の理系の若者だったとなる、つまりかえって創価のように庶民の集まりではないからそうなった、常識すらない状態になっていたのだ 

何でも大衆化することは国そのものも危うくするし荒廃するだけだとなる
原発事故だってそうしてジャーナリストでも権力に迎合するだけであり大衆は大衆で金になればいいしかないとなり故郷にも住めなくなったのである
現代社会にはもうエリートはいない、責任と矜持をもつエリートは大衆によって駆逐されたのである
大衆に迎合しないものはアウトサイダーとなる、だからアウトサイダーはこの文明を冷静にみて批判できるとなる
マスコミは害悪をもたらすものだということを知るべきだということもそうである、そういうことが日常的になっているから見えないのである
マスコミはyoutubeにふさわしい、お茶の間に入るべきではないものだった
子供にも影響するから害悪になるからだ

だから精神性を求めるものは現代では山にこもりニーチェのようになる、アウトサイダーになる、そしてこの現代文明を糾弾するようになる  
そうならざるをえないのである、現代文明社会に真善美は追及されない、ただ物質の追求であり商品を売買する巨大な世界的市場になっている
株とかでも世界市場になればもう巨大な世界市場にふりまわされるだけになる
投資は必要でも何か意味あるものとして価値あるものとして投資はできない
趣味で野菜作りしている人に投資した、そこで得られたのはキュウリが数本だった
でもその畑で作る苦労話を聞いたからその方が投資として実りがあったともなる
グローバル経済で株でもうけたとしてもそこに意味と価値を見出せないからだ
精神なきモラルなき世界だからである、人間はただそこでは金の奴隷、経済の奴隷になっているだけなのである

精神性とは何なのか?それは理念であり思想である、それは理想を追求する
会社を経営するにしても何のためなのかその理念が思想が必要になる
ただもうかればいいとはならない、だから会社を起こしたとしてそれがただ自分が優秀であり優秀さを社会に示したいとしか動機がないとしたら応援できるのか?
つまり理念なき政治道徳なき商売経済になっているのが現代なのである
ただ巨大なグローバル経済にふりまわされているだけの社会なのである
この辺でも復興は精神的なものの復興もあって復興になる

復興の実りや朝飛ぶ鳩の群れ

実りがあり鳩は平和の象徴でありそこに復興がある、実りは米を食べることだけどそこには精神的復興としてもある
そこに実り喜ぶ鳩が飛んでいるとなる、それは精神性として表現されたのである、単に食料を供給するというだけではない、実りとともに精神の復興がある、だからキュウリ一本が一万するとしても荒地になっていることは精神に影響する、復興は荒地のままではありえないとなるのだ





2018年09月29日

東と西の方角感覚 (大阪人と関東(東京人)の対立)


東と西の方角感覚

(大阪人と関東(東京人)の対立)

oosakajinnn123.jpg
SAPIO−9−10月号

秋の陽は湖西に没りて淋しかな東(あづま)の方に陽は昇るかも

東の野に炎の立つ見えて
     かへり見すれば月かたぶきぬ  柿本人麿

旅をして一番不思議なのは方角がわからなくなることである
それは会津のことでも書いた、東西南北がありそれが山が多くて方角がわからなくなる、ただ西会津となると何か辺鄙な感覚になるし実際にそうである
ただ方角という時東と西が基本にある
それはなぜなのか?
世界的にみても陽が昇る方角と沈む方角が基本になるからだ

オリエント【Orient】

 ラテン語オリエンスoriens(〈日出ずるところ〉〈東方〉の意)に由来し,同じくラテン語オクキデンスoccidens(〈日没するところ〉〈西方〉の意)から来るオクシデントOccidentに対する語。本来,ローマ帝国内外の東部を指したが,帝国の東西分裂以降,西ヨーロッパが独自の歴史的世界を形成していくに従って,自らとは異質なビザンティンおよびイスラム世界,さらにはインド,中国,日本などもを意味するようになる

世界史的にはオリエントが古い、ヨ−ロッパは西であり西欧文明であり新しいとなる、イスラムの方が文明的に先進国だった
ともかく方向感覚として陽が昇る方向と陽が沈む方向を意識する
エジプトのピラミッドがあるカイロでもナイル河の向こう岸に太陽が輝き沈むときその方角はエジプト人にとって死者の国になる
黄泉の国になる、それは太陽が沈むということでそういう感覚になるのは世界で共通しているのである
西というと西方浄土であり西行とかもいて仏教でもその思想があり共通している

ただ人間が方角を意識するときグローバルに意識することはむずかしい、だから東とか西とか意識するにしてもローマ帝国内で意識したとか柿本人麿の歌は山の原での歌だとすると狭い範囲なのである、人間は地理的に世界を意識することは容易ではない
ただ日本でも
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という日本史の資料などにおいて出てくる聖徳太子の言葉がある
まず日本でも中国でも方角を意識していた
それは陽が昇る方角と陽が沈む方角なのである
韓国では日本海は東海(トンヘ)なのである
だから韓国から日本海を望んだ時不思議な感覚になる
日本海は陽が沈む所として意識しているが韓国から見ると陽が昇る国なのである
そういう感覚は旅すると常にある
アメリカでもカリフォルニアは西部であり西海岸であり陽が沈む海になる
これも方角として日本から来てみると不思議な感覚になるのだ

私の短歌を例にすると湖西という地域があり琵琶湖の西なのである、湖西線が通っていて何か淋しい地域に感じた
西には何か淋しい感覚になるのは陽が沈む方角にあるからだ
でも湖西から見て東の方は関ケ原になる
その感覚がなじめなかった、日本でも東と西に分かれる
地理的にもそうであり歴史的にもそうなのである
当然大阪とか京都とか奈良は古いから西が中心だという意識を今でも持つのは理解できる、関東とか東京は江戸時代までしかさかのぼれない、鎌倉があるとしても狭い地域であり西の京都の方がその時も中心であり天皇がいて室町時代になったことでもわかる
天皇がいるところが日本では中心であり京都が千年天皇がいたから中心だった

東京が中心になったのは江戸時代であり明治以降である
だから東京には愛郷心がないというのもわかる
地方からの寄せ集めでできた都市だからである
東北でも良く墓を見てきて紹介したが相馬藩では元禄となると相当に古いしめったにない、一番古くて慶長時代の墓が相馬藩の殿様の兄弟の墓があった
まず室町時代とかにはとてもさかのぼれないのである
奈良や京都や大阪になると江戸時代前まで普通にさかのぼれる
そこに歴史の厚みが不足しているとなる

ただ東と西の栄枯盛衰はある、それは世界規模でもある
西欧文明が世界を支配したという時そうである
でももともとはオリエントが起源だというときオリエントが東が古い文明の源である
インドでも中国でもイスラムでもヨ−ロッパより西欧より古い文明なのである、日本文明も謎にしても古いのである
東と西の栄枯盛衰は柿本人麿のひんがしから陽が昇り西に月が傾くということで象徴的に歌われている
でもこれは世界的に言えるのである、東西文明は栄枯盛衰を繰り返してきたからである、それは千年とか二千年とかの時間でみるときそうなる

ともかく大阪人が関東に東京に対抗意識があり大阪京都が中心だという意識は歴史的に形成された
だから大阪人はどこでも大阪弁を使って話してくる
その大阪弁が親しみ安いのである、だから私は大阪人には好感を持っている、京都弁になると何かよそよそしい、公家言葉になる
一見やさしいようで冷たいとなる、それが言葉にあらわれている
公家の文化がありそこから言葉が出てくるからだ

東北弁はズーズー弁であり何か言葉としては洗練されていないのである、でも縄文時代以来の言葉であってそこに正直さみたいなのものがある、それは洗練されていないが原始的な言葉だともなる
言葉は古語にその民族の精華となるものがあり古語を知るべきだとされる、ヨ−ロッパではラテン語を知らないと本質的に文化人にはなれないというのもわかる
ラテン語はヨ−ロッパの共通語となっていたからである
ヨ−ロッパでは言葉で明確に歴史的に合体したことがわかる
日本語は漢字を利用しても古い日本語との共通性はない孤立語なのであり謎なのである

そして関ケ原を越えて名古屋になるが名古屋は東と西の交わる場所であり歴史的にも信長が天下を統一した地の利があった
武田氏には地の利がなかったのである、中心の京都に進出しやすい場所にあったからだ

名古屋人の気風について

「名古屋の男女の風俗はもっぱら大阪になまぶなり、えひしりあけ(男の髪型)、おぼこづと(女子の髪型)などがあり人気の闊達は江戸にならうなり、吝嗇は京にまなぶなり、ゆえに江戸の戯作狂文は名古屋まで良く通じるなり」
名古屋の女子顔色美なるも、腰大いに太し、一人として細腰なるはなし」

滝沢馬琴の見た名古屋人である、京都大阪と近いし江戸とも通じている地理にあるからこうなった
そして腰が太しというとき農民的な体形気質もあったのかともなる、名古屋は京都とか大阪の影響を受けるがまだ未開的なものも残していたのかともなる
名古屋弁とかでもそれは大阪弁とか京都弁とかの影響を受けている場所である
名古屋の人にあったが東北人からみると闊達な人が多いともなる
つまり名古屋には大阪の商人的気質とか京都の公家的気質とか関東の武の気質とかが混交した場にもなる
それはヨ−ロッパでもそうでありそうした地域には天才が生まれやすいという分析がある
東西の文化の交わる場所とかはそうなりやすいのである、そういう刺激を受けるからである

いづれにしろこうして人間は地理によって文化でも文明でも作られるのである、だから地理を知らずして世界でも日本でもさらに地域でもわからないのである
私の場合は日本は隈なく旅行したからだいたいその土地が地理がわかるから話を合わせられる
ネパールでも一回行ったからここに住んでいる人がいて4000メートルの所に住んでいたというときでもイメージできる
ただあそこでは卵すらなくインドから買っているとかまず何を食べているのか?そんなところで住めるのかという地域である
そんなところにも人が住んでいるから驚くのである
だから奥さんを呼んで日本人になり暮らしたいという気持ちがわかるとなる







2018年09月06日

人間の道の回復(詩) (現代文明批判)


人間の道の回復(詩)

(現代文明批判)

道の辺に芙蓉の咲きぬ
ゆったりと大らかに咲きぬ
その道は田んぼの中を
農家につづく
農家の庭は広い
あなたはその道を歩くがよい
今はここに車が通っていない
昔のようにその道を歩くがいい
歩けばその家までは遠い
その道を歩いてやっとつく
そして人は近くでも
道で結ばれていたことをしる
車の通過するだけの道ではない
人と人を結ぶ道なるを知る
芙蓉がゆったりと咲いている
時間と空間をその道を通じて
人は体得する
人は道を記憶して
道も人を記憶している
その時その場所は切り離せない
永続する場所となる

この詩をイメージしたのは小高に行ったときだった、そこはまだ人が住んでいるのが少ない、だから車も通るのが少ない、田んぼはないが草ぼうぼうである
すると芙蓉が咲いている、するとそこは江戸時代にもどったような気分になった
これも変なのだけど街中でも不思議だった
江戸時代に戻りたい知りたいなら車がないと江戸時代になるのだ
感覚的にそうなる、江戸時代に戻れないのだが車がないと空間も時間も違って見えるのだだからどうして時間感覚が空間感覚が作られるのかというとそれは環境が影響していたのである、現代では明治から機関車が走りやがて電車となり特急となり新幹線となる

それからモータリゼーションの時代になる
車時代になると何か常に車が猛スピードで走りぬけてゆくから時間が早く過ぎる感覚になる、そしてキレル感覚になるのだ
道にしても歩いてい行けばそこは人間に空間を体に刻むとか記憶するとかなるが車で突っ走る時体にも脳にも記憶されないのである
つまり空間を体験するというか記憶することができないのである。
だから現代の旅は浅薄なものになりあとでふりかえると記憶するものがなくなるのである
現代の人間は没場所性の中で生きている、都会を歩いていてもそこに何か記憶しない
記憶に残るのがどういう場所なのか?
例えば原町に行く道は自分にとっては日々の生活道路である
そこに一本の松がある、それは変わらずある、そこに秋になり蝉の声がひびく

一本の松の変わらず秋の蝉

そんな句ができる、その松はここに変わらずあったからである
ただそれも回りは相当に変化した、新しい家が建ったりソーラーパネルになり変わった
労務者の仮設も建っていた、この辺はそうして自然すら変わった
右田の松原は永続的な自然だと思っていたが津波で根こそぎ消失したのには驚いた
だから本当に変わる、無常をこの辺では経験したのである。
変わらないものかあるというとき安心するとなったのである

道も人を記憶している
その時その場所は切り離せない

記憶するというとき場所が記憶するのである、場所がないと記憶されないのである
都会では没場所性だから記憶されない、なんか茫漠たる雑然性の中に人工空間のなかに人は埋没して群衆として記憶からも消えてゆく
群衆とか大衆という概念は明治以降生まれたものである
江戸時代には群衆でも大衆でも存在しない、民衆というのはまた違ったものである
大衆化が現代の特徴だというとき大衆はマスコミなどによって新たに作り出されたものである、大衆というとき何百万とかが単位になる
テレビではその何百万を対象として放送する、番組編成する
テレビによってマスメデアによって作り出されたのが大衆だともなる
テレビがなければ大衆はまた存在しないからである。

NHKの大河ドラマでもそうである、NHKがかって歴史像をドラマで作る
そこで歴史の歪曲が起きる、でも見る人が多いからそれで歴史が誤認されるのである
つまり歴史番組でも何の番組でも多様な作り方があるからだ
報道でもそうである、今ではインタ−ネットで自由に報道番組も作れる
すると多様な見方が生まれる、これまではテレビを通じてマスコミが大衆を導く
テレビが判断したものを大衆が受け入れるようになっていたのである。
その中でもNHKが一番影響力が大きいからNHKが言っているかじゃないかということで大衆の権威となっていたのである
それに反逆する者が今度はyoutubeで放送するようになった
それで相対化される、今ではマスコミのマスメデアの報道が絶対化されていたのである

汽車が通るようになり電車でもそして車時代になってもそういう機械は道具はまた人間性を奪うものとして働く、つまりそういう機械によって空間でも時間でも切り取られという感覚になる、電車でも歩く時代からすると空間をきりとることである
歩く経験とは相当に違うのである、車でもそうである、車は空間を切り裂くように走るからである、そこでの空間の体験は記憶に残らないのである。
また空間の体験は電車でも車でもあまりにも早く距離を短縮することは距離感覚がなくなる、すると空間の体験も浅薄になり記憶されないものとなる
だから現代は便利な機械によって人間的な深い体験ができないということにもなる
だから旅でもその場所の体験ができない、ただ空間をきりとり一過性に過ぎてゆくだけだとなる 

だから短い距離でも歩いた方が空間を体験して記憶に残るとなる
何か今や歩くことが新鮮な体験であり人間発見であり自然発見にも通じているのである
それだけ人間の原体験となる歩くことすらしなくなったからだとなる
自分も歩く旅はしていない、自転車の旅が主だからである
ただ自転車で名古屋から伊勢から奈良に行き飛鳥に行ったとき伊勢と奈良が空間的に通じたという感覚になった、それは相当な距離だったが自転車で行った結果結びついたという感覚になった、これは電車で行ったらそうはならないのである

昔の道は一つの場所であり、他の場所をつなぐ一片の土地だった

昔の道は基本的に場所の延長だから、それはその道を通るすべての場所の性質を拾い集めて道そのものや終着地の地理だけではなく道の傍らの地理にも結びついている
現代の道は乗り物の延長でありそれは場所を結びつけることをしない
周囲の景観とも結びつかない

現代の道はどこからでも始まるけどどこへもつながらない・・・
(場所の現象学)

現代の道はただ物資の輸送の距離の短縮なのである
だから高速道路とかなるとただ車が流れ作業のように流れてゆくだけで景観とは切り離されるのである。一種の長いベルトコンベアーなのである
その場所の風景と切り離されてただ距離を縮めるものとしてある
それは物資を車で運ぶベルトコンベアーなのである
それはやがて自動運転で現実に本当に人が乗らない車が物資でも運ぶベルトコンベアーになる、それは近い将来にそうなる
ただそこでは物資を運ぶのであり人間的体験は省かれるのである

2018年09月03日

民族でも国でも衰退する時他国の他民族の侵攻を受ける (世界史の法則を知るべき)


民族でも国でも衰退する時他国の他民族の侵攻を受ける

(世界史の法則を知るべき)

もしもある民族がすでに活発さをを失っているならば、その民族は遅かれ早かれ必ず他のいっそう生活力の強い民族の襲来を受けその結果歴史が示すように大規模な異種交配がまったく自然に行われるいたる
(天才の心理学−E.クレチュマー)

民族の力が衰退する時、こういうことが起きる、それは歴史を見ればわかる
ローマ帝国が衰退した時にゲルマン人の移動がありそれによって新たな文明文化が生まれ天才も生まれる、
国の力でも何か衰退している時、世界史的に考えるとそれは民族の新陳代謝の時だともなる、それは世界的に見たとき一つの国にだけ神は特別なものとして見ていない
世界史という観点から民族の移動とか交代で新陳代謝を計り新たな文明を築くことを望むとなる

個人的ににも経験したのともにている、自分の家が病気とか介護とかでがたがたになったとき弱体化したとき攻めるには一番いいのである
相手が病気になったり何か困っていればそこにつけ入れ安いのである
それが自分の家で起きた、弱体化したことで攻めてくる
家は泥棒に占拠されたり事業に失敗した人は借金をせまる、脅迫にもなる
異常人格化した親戚はこういう場ではとがめられもしないのである
弱者に対するとき一番人間の本性が出やすいのである
それで若い人が父親が認知症になったことで頼った親戚が神のようになったと言って
そのことをインタ−ネットで書いていたことがあった

頼る者がいないから何かに頼らずにいられない、若いから余計にそうだった
家自体が乗っ取られたようになったのである。
そんなときつけこむのがカルト教団でもある、弱みにつけこむとき会員にしやすいからである。その人たちは会員増やして勢力を拡大して幹部が議員になったり地位を得ようとしている、同情など全くないのである
でも藁でもつかむように人は苦しい時頼る者がないとき頼るのである
自分もそういう状態になってひどい目にあったからである

この世界は弱肉強食の世界である、それはなぜなのか?
動物でも弱肉強食である、弱い物は駆逐される、食べられる、子孫を残すにしても強い種を残すために熾烈な争いを雄はするのである
それはより強い種を残すためにそうさせているのである
それは人間でも同じなのである。
民族単位でもなぜそうした異種が交わる時より強固な民族が形成される
日本は島国だが日本語がオーストロネシアと狩猟民で遊牧民のツングースと交わり日本語が形成された経過がある
他にも中国の江南んとかの交わりもあったとなる

そういうことは明治にも起きたのである、西欧列強の侵入によって日本が危機にたたされたとき日本民族は試されたのである。
その時日本民族が西欧列強の植民地にならなかったのはそれだけの民族の国家の力があったからだとなる、でなければ東南アジアと中国のように植民地化されていたのである。
それは信長の戦国時代でも起きた、スペインとかポルトガルとか植民地にされることもあったが侍の時代であり武力があるから怖くてできなかったのである

中国とか朝鮮を見ればわかる、その時中国は衰退して欧米にでもなすがままになっていたイギリスにアヘンを売りつけられて植民地化されていたのである。
朝鮮などは国の体を成していなかったという、だから歴史があってもそういう状態になっていたのだから他国が支配されてもどうにもならない状態だったのである
つまり中国でも朝鮮でも日本の戦争のことを非難するが世界史的に見れば神の摂理が働く弱体化した国は民族は他の強力な民族によって侵入される
それは世界全体からみたとき民族の力を弱ることを防ぐためだともなる
そういうふうに弱体化したとき必然的に強壮な民族が侵入してその民族の力をかえって強化するからである、そしてそこに天才が生まれるというのもわかる
天才というときとても一個人のことではない、バックグランドがあって生まれるからである、そうして民族が文化が交わるところに天才が生まれる
ヨ−ロッパでなぜ天才が多いかというと異人種が文化が交わる地域となっていたからである、それぞれの国が個性がありそれが交わりその交わった地域に天才が生まれたというのもわかる

なぜ今こういうことを言うかとなると今の日本は民族が明治から興隆したが衰退の時期に入っているということが見られるからである
経済的なことだけではない、何か民族の力が弱体化している
民族の力とは経済力だけではない、アメリカとベトナムが戦争してなぜ強大なアメリカに負けなかったのか?経済力だけではない、また軍事力だけでもない、何か民族精神としての力があったからだとなる
ただ民族精神を高揚するのはそれが前のように戦争に結びつくから危険でもある
日露戦争はみんな今も賛美している
でも内村鑑三が日露戦争に反対していたのである。宗教の立場から反対していた
そのことでまた批判された、天皇に対しての不敬事件があった
日露戦争がこれほど賛美されることはまた危険なのである
日本は強いのだという奢りが怖いのである。奢りから滅びにいたることはいくらでもあるからだ、個人的にもあるし国レベルでもそうなのである
太平洋戦争の敗北は日本の奢りがあったからである
原発事故も日本の技術は優秀だから事故はないと安全神話が作られたのである。それは奢りだった
日本は半導体とか他の技術は優れていても原発はアメリカの方が優れていたのである。
日本は未熟な技術で原発を作ったから事故になったのである。
ただ国が民族が弱体化すれば必然的に他国や他の民族の侵攻をうけるのは世界史の法則なのである、要するに日本が侵攻しないなら欧米が侵攻したとなるからだ

そしてこのことを歴史をふりかえるのは今日本が衰退している?
そうならば日本は他国の侵攻を受けやすいということである
それは日本の危機だともなる、その衰退している弱体化しているというとき経済力だけではない、日本の極端な少子高齢化とかも影響する
つまり日本が衰退しているというとき他の国でも民族でも侵攻を受ける
それは戦争でなくてもヨ−ロッパの移民でもそうだが新たな民族が侵攻してくる
それはその国が民族の力が衰えているからだとなる
世界史的にみれはそうして国でも民族でも新陳代謝が行われるのである。
今日本は衰退しているというとき弱体化しているというとき侵攻を受けやすいということである
だから日本を建て直す時でありそれは大きな変革が必要だとなる
それができないとなると日本は他国にまた民族の侵攻を受ける
でもそれが世界史の法則であり日本だけを神は見ていない、世界史として見るからやむをえないとなるのである。







2018年09月02日

ツングース系の言葉がオーストロネシアとの合成したのが日本語 (それは日本語を解析すればわかる)


ツングース系の言葉がオーストロネシアとの合成したのが日本語

(それは日本語を解析すればわかる)

 この形 態 はkalai「 犂 」、kal「 刀 」 と も直接 関係 してお り、 日本語 、ア ル タイ 諸 語 との 関係 も深 い と考 え られ る。 そ の 関係 は農 耕 文 化 と の 関連 で あ るが 、 狩 猟 や 遊 牧 を主 とす るア ル タ イ 系 民 族 の
諸 言 語 に も比 較 可能 な語 が存 在 して い る こ とは この 語 自体 が 借 用 で あ る可 能性 もあ る。


 日本語 のツングース的要 素はオー ス トロネ シア系言語 が全盛 していた 目本列島に主 に後来 のツングース系言語 に交代す るこ とで混成化 し、その ときに先来のオース トロネ シア系言語 の形 態 ・統語 の部分の ほ とん どがツングー ス化す る と同時に本 来の基礎語彙の一部 もツン グー ス化 して 日本祖語 ができた とす る。その よ うに考 えたとき始 めて、 日本語の中にツングース
系語彙 が多 く存在す る原 因が理解で きる

高句麗 の地名 か ら高句麗語 と朝鮮語 ・日本語 との史的 関係 を さぐる

セレンガ川やバイカル湖畔の周辺から来たとする仮説を2人のソ連人(ロシア人)学者が唱えた。モンゴル系民族、テュルク系民族を合わせたアルタイ系民族の祖地もこの辺りと考えられる。
BC%E3%82%B9%E7%B3%BB%E6%B0%91%E6%97%8F


日本語の起源 (狩猟民と農耕民の言葉がまじりあったものか?)の続きだけど日本語の起源をたどる方法はまず日本語である
日本語を今も日本人は使っている、だから言語の起源を探るには日本語を解析することである

それでエとつくのが蝦夷(えみし、えぞ)とかなるがこのエは獲物(えもの)とかなる
そして狩りという言葉は刈りにもなる、狩猟民の言葉なのだが農耕民の刈るという言葉にもなる

kalai「 犂 」、kal「 刀 」 と も直接 関係 してお り、 日本語 、ア ル タイ 諸 語 との 関係 も深 い と考 え られ る

狩りと刈るは一体化したことはもともといた縄文人やツングース系の人々が入る前にいた人たちはいたとして刈る(かる)はその人たちの言葉ではない
でも高句麗とかを通じてツングース系の言葉が入ってきて狩りは刈るとなったのである。狩浜というのもそうである、ただkalは犂とか刀との意味である時農耕とも関係していたのである

ただ日本語では刈るとは草を刈るとか稲を刈るという意味であり犂とか刀とはなりえないただツングース系の人が入ってきて狩りが刈るとなって日本語となった
ツングース系の言葉はアイヌ語にもその痕跡を残している、アイヌ語もツングース系の言葉の一部なのかとなる
縄文語が何かというときオーストロネシア語とツングース系の言葉の合成語だとなる
それは縄文人の採集とか狩猟とかの生活形態から蝦夷とはエミシとかエゾとはツングース系である、アイヌもそうだからである
確かなことは縄文人はオーストロネシアの言葉をしゃべっていた
次に農耕民や弥生人が入ってきたのではなくツングース系が入ってきた、なぜならツングース系とかは古いからである、農耕は新しい技術であったからだ
狩猟とか採集は縄文人の生活でありツングース系の人たちと似ていたからである

日本語 のツングース的要 素はオー ス トロネ シア系言語 が全盛 していた 目本列島に主 に後来 のツングース系言語 に交代す るこ とで混成化 し、その ときに先来のオース トロネ シア系言語 の形 態 ・統語 の部分の ほ とん どがツングー ス化す る と同時に本 来の基礎語彙の一部 もツン グー ス化 して 日本祖語 ができた とす る。その よ うに考 えたとき始 めて、 日本語の中にツングース系語彙 が多 く存在す る原 因が理解で きる

この指摘が当たっていた、それは私は別に言語学に詳しい訳ではない
ただ日本語の謎に興味があり日本語なら今も日常的に使っているからか解析しやすい
普通は別に日本語そのものもを解析しては使わない、でも自分たちの使っている言語を起源をしることはやはり民族のなりたちを知ることで大事である

海(うみ)という言葉はもともとオーストロネシアではうむでありツングース語ではミ(水)である、それが合成すると海(うみ)になる
海はまさに命を産む場だから意味としてもわかる、二つの言葉が合成したものなのであるただ海をワタともいう、これもツングース系でアルタイ語で共通性がある
古代ではワタというとき大海や大洋のことであり海(うみ)はむしろ湖(みずうみ)となり湖水を言っていたのである。それが混同されたのである。
中国の大陸には大きな湖がある、それはまさに海のようになっていたこともあるのかもしれない。

ワタというとき綿の漢字にこだわると見えてこない、綿は海とは関係ない
渡る(わたる)のワタなのである、ワタルが基でありそれが名詞化したのだ
こういうことは日本語に多いのである。動詞が名詞化する、これも日本語の他にない特徴である、英語だと名詞が動詞化することが多い、mountain→mountained stone →stonedとかなる、日本語は動詞が名詞化する

春は張りであり張るになる、張るという動詞が春という名詞になった、夏はなづむでありなづむが夏(なつ)になったのかもしれない
秋はあきなうであり商うが秋になった、冬は(ふゆ)であり増えることから名詞化したのである冬が増えるということは不思議に思うが畑では冬は農作物をかえって栽培しやすいというときそれと関係している、冬の方が農作物をふやしやすいから農民の生活感覚から生まれた言葉だとなる、秋も商うとすればそうである
まず言葉でも詩的な言語でも最初はそうして実生活から生まれたからそうなる
こうした農耕関係の言葉はオーストロネシア語が基本になっているのかもしれない
ただ南方だとすると根菜類は栽培するにしても冬がないからどうなのかともなる
ただ日本語の起源を探求する時に動詞が名詞化していることに注意して分類するとわかりやすいかもしれない、つまり日本語の起源はわからないにしても現実に今も使っていることでこじつ,けがあっても研究しやすいのである
何か研究する対象が残らないともうお手上げだとなるからだ

不思議なのは狩りとあるとしたら借りると共通である、狩りから借りるという言葉が生まれたのか?何の関係もないのか?
狩りをするとは動物を殺すことであるからそれが神から借りたものとして意識したのか?アイヌの熊祭りでは人間界に熊が遊びにきて肉を与えてくれる、それでまた神に返すということで祭りになる、聖書の思想でも何でもこの世の一切のものは神のものとしている
だから土地でもなんでも神から賜ったものであり返さねばならない
何一つ人間の所有するものはない権利はないとしているのである
ただ神から借りて使用さこせてもらっているという思想が人間社会にはあった
食べるというとき賜る(たまわる)であり食べるは賜ぶ(食(た)ぶ)であり食う(くう)は咥える(くわえる)だからまるで違った言葉なのである
たまわるとかなるとそれは神を自然を意識しているからである
狩りでも借りるでも食べるでもそこには人間の根源的な営みがありそれで神とか自然とかを意識していたともなる、ただがつがつ食べるとしたらそれは動物だとなるからだ





2018年08月25日

日本語の起源がわからないのはなぜか? (日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)


日本語の起源がわからないのはなぜか?

(日本語の基礎は縄文時代から早い時期に形成されたため)

言葉は高度な文化であり文化の基礎にある、言葉がない社会は人間社会ではないともなる言葉をもったとき人間になったともなるからだ
ただ言葉はどうして生まれたのかとなるとほとんど解明不可能である

これもこじつけかもしれないが鏡(かがみ)とはかがむという動詞が変化した
かがんで見るからカガミトなった、まず三種の神器に鏡があるときその前に鏡はない
では何かを見るとき写すときどうしていたのか?
それは水に水たまりでもいい,池でもいい、水に写していた、姿見の池とかあるのはそのためである。水は鏡代わりになっていた
その水に姿を映すときかがむ姿勢になる、そこからかがんで見るから鏡(かがむ+見る)鏡になった
どうしてそういう言葉ができたのか本当に不思議であり謎が多い、これも実際はこじつけだともなる

話すという言葉でも離れるとか放つとかなり言葉を話すことは離れる放つと同義語としてある、実際に口から放たれた言葉は離れてゆくからである。
一方で語るは形に関係していて型にはまるとかなる、語ることは型にはまったことを語るともなる、話す語る同じように話すことでも違っている

食うというとき食べるというのもある、この意味は同じではない、賜る(たまわる、
た・ぶ 【賜ぶ・給ぶ】であり食べるは日本語でも意味は同じでも違っている
食うは東日本の言葉でありたぶは西日本の言葉であり貴族の言葉から発しているのかもしれない、食うは何か下賤な言葉に感じるとき西日本の人たちは東日本の原住民の蝦夷を駆逐したからだろう、ても食うでも咥(くわ)えるから発しているとなれば動物が獲物をくわえている姿を見てこの言葉が生まれた、食うとはだから動物を食うことかもしれない
植物だと咥(くわ)えるとはならないからだ、とるとかになる、食べるがたまわるでありそれは農耕民的言葉なのかともなる、ただ食べるは西日本に分布して食うは東日本だとするとそこに文化の相違が生活形態の相違があって言葉の相違が生まれたともなる

面白い見解として日本語では物を数える場合、木なら一本二本であり花なら一本二本であり船なら一艘二艘であり家なら一軒二軒でありあとは一頭二頭とか一匹二匹とか数え方が違ってくる、英語だと関係なくone two threeなのである
英語でこだわっているのは単数と複数なのである。
これも一見たいしたことでもないようにしてもその背景に文化の相違がある
英語の方が抽象化の度合いが高いのである、数学的思考がありそれは高度な抽象化なのである。

言葉でも最初はあらゆるものに個別的に名前をつけてよぶだろう。木でも動物でも花でもそれを一個として抽象化することは高度な抽象化である
その物のもっている属性をただ数としてとらえるからである。
そうして数としてこの世にあるものを数値化される、それは高度な抽象化でありそれによって社会の現象でも数値化されるからである
ただそうして数化されるとその物のもっている属性は失われる、ただ一個のものとして認識されるからだ、人間も名前で呼ばれないで病院で怒った人がいたがそれと同じである
その人間の属性はなくただ一個のものとされるのである

だから言葉の背景には文化があり言葉が高等になればその文化度は高いのである
日本語は混成語だけど漢字も取り入れて相当に高度な言語である
ということは高度な文化が日本語の基礎語から漢字を取り入れて完成していたからだとなる
言葉がただ言葉から高度化するのではない、石器の発展とか農耕が入ってくればそのために新たな言葉が必要になる、言葉は文化や文明の形成とともに新たに作られる
それは西欧文明が明治に入ってきたとき日本人は訳すのに苦労したと同じである
その言葉のバックには西欧の文明と文化がありそれを日本語とか漢字で訳すのに苦労したそういう概念もないから苦労したのである。
rightは正しいという意味でも権利とした前は権理だった、でもこれでは権という漢字からイメージするから違ったものとして現されて誤解しやすいものとなったのである


 およそ1万年から2万年前、古極東アジア語が使われた地域は、日本海を内海として ほとんど地つづきの状態であった。”日本湖”も冬季は氷結して渡りやすい所が多かった
 と考えられる。したがって、この古極東アジア語はある程度の統一性をもっていた可能性 が大きい。


ここのサイトでは日本語の起源の謎を詳しく説明している
日本語は本当に謎である、印欧語のように系統化されないから一体どこから来たものなのか起源をもつものなのかいくら必死になって学者がつきとめようとしてもわからないのである
それはこのように日本語は縄文時代一万年とかあるとしたら古い時代に基礎となる言葉が作られて長いからである。
そしてある程度大陸と陸続きとか日本海が湖になっていたとかあり移住しやすい時移動して住んだ人たちがいてそのあとに海になり閉鎖された環境になったことでその言葉がどこから来たものかわからなくなった、混成後にもなりわからなくなったのである。
それだけ日本語は古い言語だからその元をたどることができなくなったのである。
ということは縄文時代が一万年あるとして日本の文化はそれだけ古いともなる

英語はゲルマン人のゲルマン語が基でありそれがデンマークとかスエ―デンとかイギリスに民族移動とともに波及したことは明確である。
日本もそういう民族移動があってもその元となるものが不明なのは早い時期に日本語が確立して海によって閉鎖されたからだとなる          
だから孤立語のようになりその起源を探ることができなくなったのである
つまり日本では鎖国があったように海に囲まれることで閉鎖されたことによりかえって独自の文化が歴史を形成したということがある
大陸と陸続きだったからこうはならないからである。
つまり陸伝いだと外国の文化でも人でもモンゴルのように一挙に押し寄せる
征服もされる、日本は海に囲まれているからそれができなっかた
ただ海を伝っていろんな民族が日本にまじり混成後となり日本文化を文明を形成したとなる
だから日本人は日本語にアイディンティティがありそれを大事にしなと日本文明は喪失して日本文化も消失する
グロ−バル化社会だから英語にするというのは日本文化の文明の消失でありその時日本は共通の根をもたないアイディンティティでを失った根無し草になる
それで万葉集は日本の宝となる、それは純日本語で歌われたものだからである。
漢語はなく日本人の言葉で歌われたものだからである。
そこに万葉集の大きな意味がある

日本人の起源

ここは相当に詳しい、日本人の起源論を最新の研究で展開している
引用したのもここからである


2018年08月01日

生活形態や地理が異文化交流の障壁となる (蝦夷は狩猟民族だったから対立した)


生活形態や地理が異文化交流の障壁となる

(蝦夷は狩猟民族だったから対立した)

異文化交流というとき何が大きな障害となっているのか?
言葉が一番障害になっていることがわかる、でも言葉の前に何が異文化交流となるとき障害になるのか?
外国人になると何が障害になるのか?それは地理とか天候がわからないということであるそれは別に日本でもそうである、山に囲まれた盆地に住んでいる人も日本では多い
そこでは太陽が山から昇り山に沈むのである 

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。 (枕草子

春の夜は 東山よりくると云ふ 寺寺靄(もや)し月のぼるとき
【作者】與謝野晶子

枕草子では東山から昇る太陽を見る、それが山だからこそ見える風景である
この辺では海から太陽が昇るからこの感覚がわからないのである

与謝野晶子の歌は山から月が昇る風景である、こういう光景は海側に面している人たちは見ることができないのである。

ここで文化というときその土地から培われて育まれ養われる、だからその土地の地理を知らなければその土地の人でも理解できないとなるのだ
日本だとなんとかイメージできるが外国となると山が全然ない平坦の土地がつづき大きな河が流れてそこは運河のようになり船が行き来している
その風景も日本ではなじみがない、そこに異文化交流のむずかしさがある

ここに住んでいるネパ―ルの人は4000メートルの所に生まれ育った
これもどういう暮らしをしていたのかイメージできなくなる
それはあまりにも異質だとなるからだ、言葉の前にそんなところに人間が住めるのかという疑問になるからだ
まず今なら都会に住んでいる人は同じような生活をしている、だから特別なものではない都会の人同士だったらかえって外国人でも同じであり理解しやすい、とまどうこともないでもネパ―ルとかモンゴルの平原で生活している遊牧民とかなると理解しがたくなるのである。その生活がイメージできないからである
東南アジアとか中国でも稲作しているとかえって生活が共通しているから理解しやすいのである、田んぼがあって米を食べているとなるからだ
でも二毛作とかであり隣で稲刈りして隣で田植えしている風景には日本になかった

だから言葉とか外国人という前に意思疎通できない、理解しあえないのとむしろその生活形態が違うときなのである。
それで遊牧民と中国の農耕民は理解しがたいものとなり万里長城ができたのである
遊牧民は食べるものがなくなるとき農耕民の中国に押し入り奪ったからである
なぜそうするのか?それは遊牧民にとっては生きる死ぬかになるから食料を確保するために侵入する、それを止めるために万里長城ができたのである

例えば日本でもなぜ蝦夷との戦争となったのか?蝦夷とは何者なのか?
それはアイヌのように狩猟漁労採集民族であり稲作民族でないから対立した
人種的対立でもなかった、人種よりそうした生活形態の相違が意思疎通できないものにする

斉明天皇5年の遣唐使に、道奥の蝦夷男女2人を連れて行かせ、唐の皇帝に会わせることになり、皇帝高宗との謁見は洛陽でなされました。皇帝は蝦夷を見ながら、遣唐使に尋ねました。以下は、遣唐使に随行した外交官的官人である伊吉博徳(いきのはかとこ)の文書によるもので、かなり信頼性が高いと思われます。

 「これらの蝦夷の国は、どのあたりにあるのか」と皇帝は尋ね、遣唐使は「国の東北のあたりです」と答えました。

 皇帝「蝦夷はどれぐらいの種族からなっているのか」

 遣唐使「3つの種族からなります。ここには熟蝦夷(にぎえみし)がまいりました。毎年、朝廷に貢物をもってまいります」

 皇帝「その国に五穀が実るのか」

 遣唐使「ございません。獣の肉を食べて生活しております」

 皇帝「これらの者が住む家があるのか」

 遣唐使「ございません。山深いところで、樹木の下で住まいしております」
 

 皇帝「その国に五穀が実るのか」

 遣唐使「ございません。獣の肉を食べて生活しております

中国人は羊を追う遊牧民に悩まされていた、そこでこの問答が生まれた
五穀が実るのかということは稲作民族なのかどうかということである
それはなく獣の肉を食べて生活していますということで納得したのである
生活形態を知ることの方が異民族を理解する手段なのである
今でもマタギ言葉にアイヌ語が残っているというとき蝦夷とはアイヌと同じ生活形態をしていた人たちだったとなる、稲作民族の相違がそれだけ大きかったから対立したのである言葉が違うから対立したのではない、生活形態が違うから対立したのである

熟蝦夷(にぎえみし)とは

邪馬台国のころには、アイヌ系のエミシ(クマ祭りをする)、縄文系エミシ(狩猟採集の倭人)、弥生系エミシ(農耕の倭人)、海沿いの海人系エミシ、そして少し後には戦乱をさけ日本海を越えてきた大陸系エミシなどの人々が住んでいたと考えられます

蝦夷には朝鮮系統の伽耶族とかも混じっていたしいろいろな人種がいたがその人種で分けるのではなくその生活形態で分けていたのである。
だからアイヌ語が一部残っていたとしても蝦夷語があったとしても一つではなかった
だから蝦夷語は解明できないのである
熟蝦夷(にぎえみし)とは農耕化した稲作を覚えた人たちで大和王権にまつろう人たちとなったがまつろわぬ人たちは依然として稲作になじまずに狩猟をつづけていた人たちでありそれがマタギとして今にも残りそこにアイヌ語が残っていたともなる

いづれにしろ異文化コミ二ケーションとなると言葉の障壁もあるがまずこうして地理とか生活形態が違うと理解するのが極めて困難になるのだ
それで対立して争いになり戦争になるのである。
例えば今でも漁師と農民は違っている、漁師は農民のことがわからないという
米を作ることに理解がないのである。
古代から海彦と山彦神話があるのはそのためなのである。その対立の方が大きいのであり言葉で対立するというわけでもないのである。
つまりこうした地理とが生活形態が違うと理解ができなくなる
天候でもそうである、日本の文化を俳句でも日本の四季を経験しない限りいくら言葉で説明してもできない、なぜならその感覚は風土によって養われたものだからである。
それが大きな障壁となって異文化コミ二ケーションはむずかしいのである

例えば封建制があるのはヨ−ロッパと日本だけである、それでヨ−ロッパにも城がやたらと多い、日本でもそうである、そこに歴史的共通性があるから理解しあえるともなる
でもそういう歴史がなっかたら外国は理解するのがむずかしくなるのだ
それでマヤ文明などはジャングルに謎として埋もれてしまっていた
そこに歴史として共通なものを探るのがむずかしいから孤立した文明となり理解しがたいものなとる、日本はヨ−ロッパと離れていても共通した歴史があったということでそこから理解するとなる
いづれにしろ異文化でも外国を理解することはむずかしい、中国は広すぎて地理からして理解しにくい、モンゴルのような大平原に住んでいる人もネパ―ルのような4000メートルの所に住んでいる人も理解しにくいのである

そこでの地理的感覚とか気候でもイメージできなくなるからだ
モンゴルに住んでいた人は冬は寒く一回りやせるというときそれだけ過酷だとなる
まず暖房自体が粗末なものであり冬は厳しいとなる
ただその生活も日本の文明的生活からイメージできなくなるのだ
だから都会で便利な生活している人は理解しやすい、今は都会だと同じような暮らしをしているからである、電気を使わない人もいないし車にも乗っているからである
でも全く未開の地から都会に来たからその変化にとまどい理解できなとなるのである。
今はグロ−バル化しているからそういうことはない、ドルがどんな奥地でも価値あるものとして認識している、それだけでもグロ−バル化しているから金の重要さを知っている
金で買えるということそして別な世界の暮らしをしるからヨ−ロッパのようにアメリカでも移民問題が生まれる、気軽に越境できるからである

観光は楽しむものだ。旅行者が楽しみ、また受け入れる側も楽しむことが基本だ。なぜなら観光は、産業である前に交流だからである。
交流は楽しくなければならない。楽しんだ結果、経済もまた潤うことになるかもしれないが、基本はあくまで楽しむことにある。

  
観光とはいろいろあるがもともとは異文化と異人種との交流という側面があった
異質なものにふれて見聞を広め視野を広げることである
観光で利益優先にするのではなく異文化交流を楽しむということにある
ただそうなると小学校の先生のように野馬追いを見に来たフランス人のようにやはり知的興味のある文化人とかだとそうなるが一般人はそういうことはない
でも今は日本に興味をもって外国人がおしよせてくるのである 
それでも東京に来てもそれほどめずらしいものがあるとかなると都会に住んでいればたいして変わりないのである。

今までは海外旅行となると学者だとか特別な人しかしていなのである。
今は大衆化したからそんなことに関係なく外国に人は行くのである
観光で交流としても何を交流するのが問題になる
何か目的をもって交流するとなる観光ではないだろう
技術を学ぶとかなるだろう、農作技術もあるからだ、お伊勢参りでは種を仕入れていたことでもわかる、なかなか遠くに行けないからそこで種を仕入れていたのである。
そういう交流は観光とも違うのである、ただ文化交流となれば付随いしていろいろなものがある 観光というときそうしした実利を得るものではなくその国の光を見るとなっている、交流を楽しむというとき何を交流するのかが問題になるのである。




2018年07月31日

外国の理解は言葉だけではできない (言葉の前に地理とか天候を知るにはその地を踏まないとわからない)

  
外国の理解は言葉だけではできない

(言葉の前に地理とか天候を知るにはその地を踏まないとわからない)


 駅であったフランス人は小学校の先生である、まだ若い
いろいろ文化的なことでも知りたくて日本に来ている
それは先生だからである
日本についての好奇心と探求心がある、だから二回目であり日本語でもしゃべれる
かたことにしてもしゃべれる、まず外国では言葉はまるで自分はわからなかった
ただ英語は習っている、単語でも聞き覚えがあり通じたのである。

だから事前に習わないと言葉は簡単なものでも覚えられない
中国語は発音がわからなくて皆目わからなかったが漢字がわかったので助かった
フランス人は漢字はむずかしいときうそうだろう、見慣れていないからである
漢字は何か謎の絵に見えるだろう、韓国のハングルもそうだった
アルプスベットは見慣れているからわかりやすいのである

フランス語でもは英語と実際は発音でも相当違っている,だからその発音で音の理解ができないので通じないのである。
むしろ文字だったらかえってイメージできるともなる
日本人は外国語でも音ではなく文字から理解している
ところが会話となると音が大事になる、音を聞き取ることが大事になるのだ

言葉とは最初は文字ではない、音なのである、文字は音より高等なものであり文明化して生まれたのである。だからマヤ文明とかインカ文明とかには文字がないのである。
でも高度な文明があった、しかし文字がなかった、日本でも漢字が入るまで文字がなかったが言葉はあった、大和言葉はあった
言葉のない民族はないのである。
アイヌ語は音として残っている、蝦夷の言葉も音として残っている
それで北海道ではアイヌ語を文字化するのに漢字を当てたからおかしなものになった

それは日本語の地名を漢字化したときと同じだった、日本の地名はもともと音で表現されていたのである。それは漢字化した結果そこに誤解が生まれるようになった
漢字を見て意味を感じるからである、でも漢字の意味ともともと音だった意味とは違うのである。
ただ日本語の大和語は音として今日継続している、だから日本人の精神と文化は日本語として継続しているのである。
言葉というとき音の音韻の多様性に注目していない、日本語だと母音が主であり子音は少ない、英語は子音が豊富である、だから日本人は英語の発音が下手なのである
そういう音を聞きなれていないからである、言葉は慣れであありいつも聞いているとその言葉を音から理解する、赤ちゃんは字から理解しているのではない、母親の音から理解している、だからこそ母国語というのである,それはどこの国でも同じなのである。

言葉のグローバル化というとき本当は音からはグローバル化は相当にむずかしい
世界の音としての言葉は理解しにくいのである
でもアルプスベットでも文字ならかえって理解しやすいのである。
ただ漢字になるとヨ−ロッパ人とか他でも理解しにくい,それはエジプトの神聖文字のように謎めいて見えるのである
ここの障害は相当に大きいのである、漢字の表記だと理解しにくいのである
ただ東南アジアでもインドでも文字もなにか謎めいて理解しにくかった
だから文字が必ずしも理解しやすいともならないのだ
日本は英語を文字から読むこととして理解した、会話することもないから音を通じてではなく文字を読み翻訳することで英語を学んだのである

いづれにしろ外国の文化に通じるには言葉が障壁になる、フランスに行っても城があってもその由来などわかりにくい、歴史はわかりにくかった
それは言葉が通じないからである。説明を聞いてもわからないからだ
ただ英語で表記されていればわかるともなる
ともかくグロ−バル化してこれだけ外国人が観光でも来るととうしてコミ二ケーションするのかとなる、それは言葉なら英語しかないのである。
英語なら本当は中学英語を完全にマスターししていれば最低限は通じるのである
観光旅行ならまにあうのである

ともかくこれだけグロ−バル化することは言葉でみんな苦労する
それで共通語になるものが必要になる、それは英語しかないのである
ただ英語だけを共通語とすると他の国や日本でも損なのである。
なぜなら英語を身につけるには日本人はヨ−ロッパ人より何倍の努力が必要になるからだ英語と日本語の共通性がない、英語はヨ−ロッパでは共通性があるからだ
だから英語を理解するししゃべることも比較的に楽にできるのである。
日本は英語で大きなハンデキャッフを負っているのである

ただ日本というのは確かに観光面とかで会話できない、しかし別に英語であれドイツ語であれ翻訳して自家薬籠中の物にしている
それでヨ−ロッパの文明であれ文化であれ取り入れている、だから別に技術にしてもあらゆる用語でも日本語に訳せるのである、日本語で理解できるのである。
観光とかでは確かに不自由があっても高度な文化文明の移入しているのである
アイヌ語とかのようなものだったらまず技術的なものは翻訳できない、日本は漢字を取り入れることでヨ−ロッパの文明文化を理解した
そして漢字を通じて今度は中国に西欧の文化文明を翻訳して中国に与えたのである
だから日本人が発明した漢字を中国はとりいれているのである。
だから漢字は広範囲に多様に表現できる言葉である
ただ漢字の一字一字に意味があるとしてそれは中国の文化なのである
でも日本人は中国人の解釈ではない日本独自の漢字の理解と応用をしたのである
それがヨ−ロッパ文明を取り入れるとき漢字を新しい意味あるものとして造語したのである。

だから観光で言葉がわからないというときと文明と文化とか大きなもので言葉がわからないことの意味は違っている
もしヨ−ロッパの文化でも文明でも入ってきてそれを理解できないとなれば大問題になるそれにあてはまる言葉がないともなればもう外国の文化でも文明でも技術でも理解できなくなる、技術用語も医療でも他でもあるからだ
とてもアイヌ語のようだったら理解不可能になるからだ
だから日本人は英語ができなくても外国語ができなくてもいいというとき別に高度な分野では理解して文明でも文化でも技術でも取り入れることに成功しているからである。

観光でちょとした言葉がわからないのとこうして大きな分野での言葉の問題とは分けて考えるべきなのだろ、観光で言葉がわからない通じない問題と違ったものとして言葉を考えるべきだからである
別に翻訳してもわかるとしたら翻訳を読めばいいしグーグルでも翻訳して理解すればいいとなるからだ
ただ外国人が直接日本に来るということはまたそうしたて文明文化のレベルとは違った問題として考えるべきだとなる
実際はそのことで日本人は大きく困ることはない、でももしヨ−ロッパの文化文明を翻訳できなかったらあらそる分野で日本はヨ−ロッパに学ぶこともできなかったのである
だから人と人が直接交流するのはせ違ったものとして言葉を考えるべきだとなる

そもそも言葉の前に理解するものがある、日本でも日本の風景でも気候でも知らなければ言葉も理解できない、日本の文学で俳句とか短歌を理解するとしたらまず日本の四季を知らなければ理解できないのである。
それはまず言葉ではない実感の世界なのである。日本に少なくとも一年間住んでみないと日本の四季がかわらない、すると俳句も短歌も理解できないのである。
その小学校の先生は曲水の宴のことを聞いていた
何を言っているかわからなかったがそこで短歌を即興で書くことを言っていた
それがすぐわかったのは説明の写真をもっていて自分に見せたからである
写真だと言葉でわからないものが即座にわかることがある
言葉からイメージするのはかなりの高度なの作業なのである

自分が今回そのフランス人にあって英語で説明ができなかったのは短い時間だったからである,駅で待っている時間しかなかったからである
そこで理解しあうことはできない、でももし長かったらまた会ったりしたら説明もできたそもそも外国を理解するには言葉だけではない、そこに一週間でもいればまた一か月でもいれば理解が深まるのだ
何かを理解することは常に時間がかかる、また人間と人間が信頼関係を築くのにも時間がかかる、だから家族しか信用できないというとき家族は長い時間子供の時から一緒に暮らしているから信頼する、それは時間で作られたものなのである

要するに外国でもある国を理解するにはそこにいる時間とか学ぶ時間で決まるのである
あらゆる国に詳しくなれないがある国を知るために時間を費やせばそれに比例してその国を理解することになる、でもあらゆる国を理解することは不可能だとなる
まず地理とか天候とかはその国に行って長い間住んでいないとわからないからだ
日本の気候は変化が激しい、台風がきて驚いたり地震もある、そういう経験があって理解が深まる、だから外国の本をいくら読んでも理解できないのである。
ただ似た歴史があると理解しやすい、ヨ−ロッパには城が多いし騎士がいるから侍とにているということで説明したのである

いづれにしろ英語という言葉の前に俳句とか短歌でも理解することはその国の深い理解が必要である、それより例えば俳句でも短歌でも作っていない人と日本でもいるし日本の文化を知らないものがいくら英語ができても説明もできないのである
それは英語力だけではどうにもならないのである。他の科学的なことでもなんでもそうである、まず学問でも日本で深く理解していないものは英語ができても説明しようがないのである。
ただ数学とか科学的なことは世界共通性があり理解しやすいだろう
でも文科系とか文学とかなると本当に理解するのはむずかしい、その国の歴史とも深くかかわっているからだ、そもそも日本人すら理解していないのである。

東北にいたら奈良と大阪と京都とか神戸の違いがほからない、神戸は須磨でありそこは砂浜と漁師の貧しい家があるだけである、塩焼きしていた浜である
でもそこでも現代になるとそうした面影はなくなる、近代化した港にもなればもう須磨として知られた古典でも理解できないのである。
ともかく日本すら理解することがむずかしい、それで英語ができるとしてもそもそもそうした日本の歴史とか文化を理解しないものが伝えようがないのである
外国人が能に興味あるとしてそれを説明できるのか、そもそも日本人自体が能について知る人がどれくらいいるのかともなるからだ

今回駅であった人は日本には二回目であり日本語もわずかだがしゃべれていたし学ぼうとしていた、だからこれから日本通になるのかもしれない、言葉はマンツーマンでないと覚えられないというのはそうだろう
それは母国語が母親との会話のなかで覚えるのとにている
ただそういう機会が日本では特殊な立場の人しか持ちえないのである。
だから英語を学べ時間は無駄だともなる、使う機会がないからである。
ただグ―グル翻訳ではたりないから英語の基本を知っていればいいとはなる
それは学校英語であり実際の会話英語ではないのである。
でも文学とか宗教とか何か歴史とか深いものを知ろうとするとなると外国人でも少ないだろう、これだけ外国旅行が当たり前になるともうそういう人は少数派になっている
それは日本人が円高のとき豊かな時に東南アジアであれヨ−ロッパであれおしよせたのとにているのだ、知識人とかだけが行ったのではないからである

正直外国は歴史でも文化でもわからなかった、ただ地理的に平坦て地が多く長い大きな川があるとかが印象に残った,それでいかに外国人がヨ−ロッパでも他の国でも世界的に川とアイディンティティ化しているかわかる
詩でも川をテーマにしているのが多いこともわかる、それだけ川と人間は血肉のように一体化している歴史があるからそうなる、だから川について考察を深める作業をしている
まず川を知らなければ外国は知りえないのである。
そういう地理的なもの天候はその地でしか知りえない実感できないのである。
それは日本内でも同じなのである。だから世界の理解の基本は言葉の前に地理だともなるのである。

人の生が終わる
様々のことを成さんとして
成しえず終わる
人の生は短い
学ぶべきものは無限
人はただその住む
一地域すら知らずに果てる
無数の人の生があり
それも知りえない
一つの生が終わる
その成すべきことはわずか
ただ無限の知らざる世界が残る

英語だけでも覚えるのは時間がかかる、するともっと他のことに時間を費やしていた方がいいという反省にもなる
それほどまでに勉強しても社会では使わないとなればそうである、外国に旅行に行くときくらいしか使わないとすれば貴重な時間の無駄だとなるのである。それより日本について深く知ることに費やした方がいい、それは英語を覚えることではないからである
第一日本の古典がいろいろあるけどどれだけ読んで理解しているのか?つまり他に理解することが山ほどあるからだ
結局そうなると英語に時間を費やすよりそっちの方に時間を費やした方が実り多いとなる
人間はいかに時間を無駄にするのか、無駄にさせられるのかそれを最後に反省する
英語だけにこんなに時間を費やして何か実りが特別あったのかとなる
英語をいくら流暢に話せてもそもそも日本のことを知らなかったら何の役にも立たないからである。

2018年05月12日

BSジャパン 日経プラス10 「強権」政治が世界に広がる理由は (文明はそもそも砂社会化してばらばらになっていた)


BSジャパン 日経プラス10 「強権」政治が世界に広がる理由は

(文明はそもそも砂社会化してばらばらになっていた)

sandsociety11.JPG

この社会の分析は面白かった,土社会(地縁、血縁の結びつきが強い)
とか砂社会(固い枠をあてがわないと形にならない)とかの分析である
現代は砂社会であるから強権政治になる
それは文明そのものがそうであり東京砂漠のように砂社会になっていたのである。
人のつながりが薄い社会である。その反面そこに縛られない拘束されない自由があるともなっていた
文明社会は砂社会でありそこからナチスとかが生まれたという分析はされてきた
もうその頃から人間は砂社会の中に生きていたからこそナチスが生まれた
今でもそれはさらに進行しているのである。
民主主義にしても一人一人が砂粒にすぎない社会である。

一票の権利があっても何十万何百万となって権力を得るシステムである。
つまり一票の力は何十万分の一であり何百万の一でしかないのである。
人間はその中で数字としてカウントされる存在にすぎない社会である。
それでカルト教団でも権力をとるために一票をとるために数集めのために一軒一軒回る
今の社会は数がすべてなのである。個人はなんの力もないもたされないのである。

この社会分析で個人は石社会だとか粘土社会だとか言うのは理解できない
石社会となれば石のように結びつく社会である。共同体が石のように組み合わされた社会なのである。粘土社会でも強く結びついて結合した共同体の中に生きている社会である。そういう社会は古代とか原始時代までもどる,なぜなら部族社会は一番人間の結びつきが強かったからである。
現代は石社会,土社会,粘土社会ではそもそもなくなって久しいのである。

だからなぜ原発事故で簡単に町でも村でも離散して崩壊したかとなるとそれはこうした社会に原因ししているとも書いた
田舎でもそうした結びつきがない農村のコミニュティでも崩壊しているのである。
いくら放射線の恐怖があっても町や村ごと廃墟化することがありうるのかとなるからだ
その結びつきは広域化してグローバル化してかえって経済的にも結びつきは希薄になっていた,別に都会と同じように金があれば食料でも何でも入るでないかという世界である。隣人の関係でも希薄なのである。
そういうことで補償金をもらったらこれ幸いと避難した人達は他で暮らしして帰ってこないとなった

それは前からどこでも田舎でもあなたに一億円やります,どこにでも住んでいいですよとなればどうなるのか、早くこんな田舎から出て行きたいと言っていた若者がいたことでもわかる,故郷がどうのこうのというより一億円の価値の方が大きくなっていたのである。だから現実に補償金をそのくらもらったらこれ幸いと故郷を離散したともなる
それを誰もとがめることはできないからである。

ともかく石社会,土社会,粘土社会は人間の結びつきが強い社会である。
それは簡単にばらばらにはならない粘着性の強い社会である。
自分が目指しているのはこの石社会であり土社会であり粘土社会である。
これはただ拘束力か強いから自分でも田舎は嫌だったのであり旅ばかりしていたとなる
そういう矛盾は常に人間にはある。
今人間の関係はすべて金に換算されている砂社会なのである。
だから強権政治でしかもう統制できないというのはわかる
それはナチスのファシズムになりカルト教団のファシズム宗教団体になる
第一何百万人が示威行動すること自体すでにファシズムなのである。
権力を誇示して圧力を数でかけるのが民主主義になった
だから砂社会の行き着く先はかえって強権政治でしか統制できない
それは社会主義でも同じである。文明そのものがそういう砂社会だからである。

かつては石社会,土社会,粘土社会だったのである,自分が自然とアイディンティティ化しようとした社会はまさにそうである。
なぜなら自然はそういうものであり木でも石でも大地に深く根を張り動かないし石でも岩でも動かないからである。密接に大地と結びついて動かないからである。
そういう社会がかつてあったしそれはエジプトでもマヤ文明でもアンコール文明でも石の建築物が多いのは石社会だからである。ヨーロッパでも中世とかなると石社会なのである堅牢な石の聖堂があり宗教的コミニュティがあり地域の結びつきが強いのである。

岩と岩は厳かに見つめ合う
固い約束を交わして不動なり
嘘,偽りのなく
岩と岩は固く結ばれている

自分の詩の一部だがこういうふうに人間は結び合っていたのである。
だから砂社会となった文明の結びつきが薄弱であり簡単に崩壊するばらばらになる危険性がひそんでいる,それが原発避難区域が事故で一挙に崩壊して廃墟化したのともにている要するに文明そのものが砂社会でありそれを結合させることが一番むずかしいのである。無数に分業化してパーツ化されて結びつくことがむずかしいのである。
だから石社会とか土社会,粘土社会に還るべきだとなるがそれはもう不可能である。

簡単に市町村で何か原発事故のようなものがあると崩壊して廃墟化する危険性がひそんでいる,津浪や原発事故で盛んに絆が象徴されたのもそもそも絆が消失している砂社会だったのが津浪原発事故でそれを見直す風潮が生まれたのである。
絆が大事だということは絆が失われていたからこそである。
でももうこれだけの世界が文明化すると不可能になっている,砂社会のなかで人は死んでゆくともなる,数としてカウントされ死ぬことも統計的数字でしかないとなる
共同体のなかでの自然の中での荘厳な死もありえないからである。

タグ:砂社会

2018年05月06日

歴史は必ず教訓を残す (反逆者 北京占領 〜李自成の乱からドルゴンへ〜|中国王朝 英雄たちの伝説)


歴史は必ず教訓を残す

(反逆者 北京占領 〜李自成の乱からドルゴンへ〜|中国王朝 英雄たちの伝説)


明・清の時代3 清の中国侵入


manshuuuu123.JPG

万里長城は満州族などから侵入を防ぐものだった
モンゴルだけではない,モンゴルと満州族は騎馬民族系統である。
遊牧民だった,だから中国は今の中国では歴史的になかったのである。
明の時代は秀吉を明へ侵攻しようとして朝鮮出兵したのである。
それも明の滅亡に通じていたというのも日本もかかわっていた歴史なのである


中国の歴史は三国志以来同じようなことをつづけている,それは国のカルマだとなる
人民が多いこと国が広大なこと異民族が混じり合うことなどで同じことを繰り返しているのである。
興味深かったのは王が贅を尽くして作った地下宮殿が発見されたことである。
中国の王は始皇帝でもそうだが地下まで来世でも栄華を究めようとしていたのである。
中国では強欲な者はその限りを尽くす,酒地肉林にもなる,そのスケールもまた大きいのである。西安の兵馬様の発見もそうだった

日本の天皇と比べると全然違ったものなのである。日本の天皇はそんな贅沢をしていないからである。日本の支配者は武士社会になってもそんなに贅沢はしていないのである。
それだけの財力を蓄積できない国だったともなる
江戸時代でも侍と庶民の暮らしでも食べ物にそれほど差がないのである。
それはヨーロッパの貴族も贅沢で階級を作っていたからその差ははっきりしている

李自成は黄土高原のヤオトンで生まれ育った貧農の出だった,その住んだ跡が発見されたというが土砂崩れでなくなったという,黄土高原で暮らすこと自体容易でない
それに税を高くされた,飢饉になってもそうである。
飢饉になって木の皮を食べて土まで食べた,土を食べて死んでも食べたという
そのことがパールバックの「大地」に書かれていたがそれは事実を基にしていたのであるそしてそういう人達が必ず流民化するのが中国である。
その数が多いからやがてそういう人達は反乱を起こして時の支配者に歯向かうようになる現代でも一時都会へ出稼ぎ者が流民化していた,鉄道の車両に家畜のように詰め込まれて都会へ大量に移動したのである。
とにかく人口が多いからそうして大量に人間が移動する,そのことが引き金になり反乱にもなる

官僚を厚遇して土地を買って大地主になった福王という大邸宅に住んでいた者がこの李自成の反乱軍に殺された,そして肉にされて鍋でにられて食べられたのである。
中国には人肉の習慣があったのである。中国では大陸では異民族間の闘争は激しくなり残酷になる,みな殺しにもする,日本ではそこまではしない,戦国時代にあったとしても敵味方塚とかを作り戦争が終わった跡はあまり恨んだりしないのである。
中国では敵は墓を掘り出しても刑罰を与える徹底したものなのである。
中国では争いは容赦のない過酷なものになる

李自成の失敗は何だったのか?
「均田免賦」とか徹底した平等を目指した,それは共産主義思想ににている
それが北京の紫禁城を占拠して王になったときその統治に失敗したのか?
それがあまりにも徹底していたためである。

李自成は「追賍助餉」というスローガンの対象を有力な官僚や軍人にも広げ、大量の金銀の提供を命じました。ところが、これに多くの有力者が反発。李自成は応じない人々を処罰。呉三桂の父親も含まれていました。このことが呉三桂が寝返る原因の一つとなったのです。

呉三桂の恨みをかって失敗したとなる,つまり徹底した平等を目指すときそれを簡単にはできない,失敗する,カンボジアの徹底した共産主義も失敗した
一見理想主義でありいいように見えても失敗した
その原因は何なのか?
そもそも人間の歴史を見ればわかる,なぜ人間には金持ちと貧乏人がいてなくならないのか?
この理由は何なのか?
それは何か不正をしているために富をもつものと貧乏になるのか?
そういう一面はあるし福王などは極端だからそうなったことは確かである。
でもすべての富者がそうなのか?それは不正のために富者になったのか?

それだけではない,例えは浪江で畑を作り平に今のいわきに野菜を売って財を成した人は篤農家であり農業技術に優れていたから三人もの娘を大学に出すことができた
そうして富者になったのはその人が優れた人であり努力したからだとなる
同じ農業をしていても全くだめな人もいて失敗している
それは事業でもそうである。失敗する人と成功する人の差がある
別に不正していみんなもうけているわけではないのである。
不正して富者になっているとは限らないのである。
もしそういう人達を否定したら徹底に何をしようと平等にしたらかえって不平等になるのである。
それでソビエト連邦は崩壊したのである。カンボジアでも共産主義は徹底して二百万人が死んだとか大失敗に終わり疲弊したのである。

このポル・ポト政権による強制労働、飢餓、大虐殺による死者は200万人以上とも言われています。1970年代の総人口が約700万人と言われているので、約3割がそれにあたります。そして、ポル・ポト政権崩壊後の国民の85%が14歳以下でした。それだけ大人が殺されたということです。

ここでは悲劇の象徴として骸骨が積み上げられている記念館のキリングフィールドがある
これも徹底した平等を目指すとかえって危険なことになる
今まで積み上げてきたものをみんな否定してしまうからである。

人間は不平等になると飢饉とか苦しくなれば反乱を起すようになる,そして盗賊が王になったというのも中国にはある,盗賊が王になるということはその心情が理解できる
なんであいつは金持ちなのにこっちは貧乏なのだ,金持ちから金を盗んでもかまわない,それは悪いことではない,泥棒にも三部の理があるとなる
そういう人間の気持ちは変わらない,だからそれが大規模になると盗賊が王になっても不思議ではないのである。中国ではその格差が大きいからそうなりやすいのである。
権力をもつとものすごき富が集中して酒地肉林になり豪華な地下宮殿に墓に膨大な人民の税が使われるのである

それが現代の共産主義でも継続されているのである。兆の金が官僚が手にする,共産主義なのに平等をめざしているのにとんでもない格差社会になっているのだ
だからまた反乱が起きてくるとかなるし興味深いのは満州族の住んでいる瀋陽軍区が北朝鮮と一体であり北京に向かい反乱するという観測である
なぜ北朝鮮とか朝鮮がこれまで中国に統一されず生き残っているのか?
それは満州族と一体でありそれでつぶせないということもあるとなる
なぜなら満州族の金という国を起こしてその属国になっていたからである。
つまり歴史的継続からみると満州と朝鮮は一体なのである。
だから北朝鮮の核兵器の標的は北京にも向いているのである
満州族は文字がなくモンゴルの文字を採用していたのである。

いづれにしろ歴史は必ず教訓を残す,人間の個々人でも必ず教訓を残す,だから歴史に学べというとき人間はやはり同じようなカルマを繰り返すものだからである。
国にもカルマがあり個々人にも家族にもカルマがあるからである。
中国ではワイロの国だという時も今でもそうだからである。
ワイロによって外国の企業から官僚に金が入る、するとそこには資本主義の公平さがなくなるのである。それはやがて国がまた格差社会となり反乱が起きるということである。
中国はその歴史,カルマの繰り返しだったとなる



2018年03月30日

風についての考察 (自然や風を感じなくなった現代人,文明人)


風についての考察

(自然や風を感じなくなった現代人,文明人)

eastwindd123.jpg

北風の吹くとき山を思いしも東風(こち)吹くときに海を思いぬ

山側の方まで東風が吹いてきたときは春を感じる,この辺では東風は海を意識する
でも阿武隈高原を越えると中通りになるがそこで東風が吹いている
でもその東風に海を意識するかとなるとしにくい
回りが山に囲まれているからだ
でも川俣の峠を越えた辺りでもビュビュー東風が吹いていた
これは福島市まで吹いて原発事故で放射性物質を運んで意識させられたのである。
まず福島市は盆地であり海を意識できない
この風は春になると吹く,3月11日にこの風が吹いたから不運だったのである。

つまりいくら科学時代でも技術が発達しても人間は自然の影響から逃れられないのである津波自体が自然にとっては定期的に起こるものなのである。
ただそのことを忘れていただけなのである。
おそらく科学技術が発達したことで人間は自然のことを実感として知らなくなったこともある
風の影響を受けずに船でも車でも飛行機でも動くからである。
山があればトンネルをほるし自然が障害にならないのである。
そこで自然に無感覚になる,人工的空間で生きることになる
そこに思わぬ落とし穴が待っているのである。

風土というとき風のことである。風が土地によって違ってくる
海側だと海から吹いてくる風が東風があり海を意識するが山だと意識しにくい

菅原道真の歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春を忘るな」

京都は盆地であるが東風が吹いたとき春を意識した,東山がありそこは海を意識するよりは朝日が上る方向として意識された,海は意識されないのである。

風を一番意識するのは船を操る漁師だったというのは当然である。風の影響をもろに受けるからである。それでいろいろな土地の風の名前が生まれた

伊勢で カウヤマ 吉田で ナライ
尾張 北ブキや いつも吹く

同じ風でも土地によって呼び名が違ってくる、カウヤマとは小山であり神山と柳田国男はしている,山から吹いてくる風としてとらいている,ナライとはナラスであり平地から吹いてくる風としての意識なのか?

お伊勢さがるは北のよの西よ,こちゃいなさはもどりの風

桑名四日市から神宮に参る海路は,北の様,すなわち北によった西風を帆に受けて大湊か神社(かみやひろ)の諸港に向かい、帰路は帰路は東風かイナサ風によったのである。

イナサは東南風でありそれは太平洋沿岸伝いに同じ呼び名だというのもやはり海洋民族として言葉を伝えた,それは同じ風が吹くからである。
日本海の風はまた違っているから別な呼び名になっている

ともかく船は風の影響が大きい,風を知らないと航海できないから風について敏感になる

風吹きて進まぬ自転車いづこかな我が旅路を思い出すかな

自転車は風に弱い,すすまなかなる,電動自転車だと風にも強い,その時は電動自転車はなかった、それで峠とか風には苦しんだのである。
今でも風吹くと自転車は出れなくなる

あいが吹かぬ荷が無うて来ぬか,ただしや新潟の川留めか

これもいかに風によって交通も妨げられたかを伝えるものである。川留めでもそうであるこの辺では津浪で新地から一部高架橋になった結果風の影響を受けるようになった
北風が毎日吹く季節がある,相馬の空っ風として有名である。
それで毎日のように電車が風で遅れて困る,一日運休にもなる
それを駅で見ていて経験しているから風の影響は電車でも受ける
電車は本当に風の影響を受けやすくなったのである。
ただバスはまだ原町から仙台まで出ている,バスは風の日も運行しているのである。

風はこうして生活の障害になるのだがまた風を感じることは自然を感じることなのである車では風をさえぎるから風を感じない,ということは自然を感じないのである。
すると旅しても風土を感じないから記憶にも残らないともなる

ともかく現代人は文明人は自然を感じる力がかえって減退している,それは科学技術にみな頼っているからである。みんな機械で計測しているからである。
風をじかに自然をじかに感じることが少ないのである。
旅をすれば方向が気になる,方向感覚がわからなくなる,それは近くでも飯館の山を越えてさまよったときもそうだった,山に入ると盆地だとどこでも山であり太陽が昇るのも山であり沈むのも山だからである。
海側に住んでいれば太陽が昇るのは東であり山側に西に太陽は没するからである。
だから地名の基本が方角地名、東西南北にある,方向がわからないとまず行く先もわからないからだ

航海民は草原とか砂漠で暮らす人達も方向が一番大事であり方向を見失うと死ぬことになる,それで北斗七星信仰が生まれた,それは妙見様であり野馬追いでも相馬藩でも信仰の対象になった,それは大陸からもたらされたものなのである。

自分は旅ばかりしてたから何か航海民とかに興味をもった,移動する民に興味をもった
ただ今になると旅することはしていない,何か体力的にできなくなったのである。
ただ思い出の旅をしているのである。

タグ:風の方言

2018年03月29日

地方が田舎が与えるものは何か? (癒しの場であり文化的なものー飯館村には音楽堂が向いている)


地方が田舎が与えるものは何か?

(癒しの場であり文化的なものー飯館村には音楽堂が向いている)

blackforestttt2343.jpg

東京の人とかは田舎は地方は経済的に非効率だから無駄だとかインフラに金がかかるから税金の無駄だとかいろいろ言う
確かにそれもある,では地方の田舎の存在の意味は何なのだろう。
田舎は農業であり食料を提供する場である,それは物質的な面で地方や田舎の評価であり価値である。

しかし価値観は変わってくる,現代では物質的なものは満たされると次に何を求めるのかまず腹を満たす,それが先決なことは確かである。
でもその次にどうなるのか?人間はがつがつ食べていればいいとういものではない
動物とは違うからである。それで今度はそこで食べる雰囲気とか談笑するとか食べることによって仲間意識を作るとか食べるほかの付加価値を求める
レストランでも内装とかで安らぎを与える,それは食べることだけではない価値である。
今までの価値観は貧乏なときはまず腹を満たすことだとなるが今は違う。
もちろん味も大事である,基本的な価値である。
ただそれ以上に今求めているのがある,それは何なのか?
癒しとなるものである。安らぎとなるものである。
ただ立ち食い蕎麦で腹を満たせばいい,食べ物をかきこめばいいとはならない
それは豊かさではない,だから今は都会的なものより田舎的なものを求めるというとき
食べ物だけではない,田舎は癒しの場であり安らぎの場として求める

例えば森があるとして森をただ木材の供給地として見るのではない
森そのものの価値である。それを追及したのが森の中で暮らしたソーローであった
彼はそうして木材だけを森の価値として見ていた商人を批判していたからだ
森というのは荘厳な一つの世界である。
ドイツではそうした樅の木などの森がおおっていた,その森からゴシック建築がイメージされて作られたことでもわかる
自然を基に文化は生まれる,それはヨーロッパでも田舎に地方都市でもはせいみい4,5万の都市であり回りは自然に囲まれていた,森に囲まれていたのである。

ヨーロッパでは地方都市が充実している,そしてその地方都市から文化が生まれた
ルネサンスが生まれたフィレンツは4万くらいの小都市だったのである
そこからあれだけの文化が生まれたというのは驚きである。
天才もあれだけ輩出したというのも驚きである。
ミケランジェロを生んだのは確かに近くに大理石がとれる場があったからだともなる
だから素材が近くにあったから地産地消としたともなる

地方都市でも都会的要素と田舎的要素があり文化が生まれた
メジチ家が薬を売り財を成してそれで富を得て文化が栄えたとういこともある
やはり何らかと富が蓄積されないと文化は生まれないことはある
では今の東京などは一番が富が蓄積しているのにそこに文化は生まれないのはなぜなのかそこには物質的な繁栄しかないのである。
やはりそこには文化の基になる自然から切り離された完全な人工都市化しているからである。
そこでは自然をイメージできない,ビルの谷間と毎日高層ビルを見上げるだけで自然はないのである。一方で田舎だったらここには高い山がないが高い山を仰いでいたらその心も高まるのである
確かに自然ではない人工的美は存在する,それでラファエロのアテネィの学堂の絵では
ローマのア-チの建築がバックになっていて荘厳さを演出する
それは人工的なものである,ヨーロッパにはそうした人工的な美を作り出した
ただレオナルドダビンチのモナリザのバックは幽邃な巌の谷間になっている
処々に岩が描かれて人が天使が描かれている,そういう自然がまだバックにありイメージされていたとなる

山であれ森であれ川であれ海であれ自然がなければそもそも美でも産み出されない
音楽でも自然と結びついてある,何か自然を川の流れと潮騒とか山とか岩の沈黙とかあり森の中で鳥が鳴くとかそういうものは音楽からイメージされるからである。
クラシック音楽だとそうなる,ポピュラー音楽はただ激しいリズムなのである。
だから音楽を聴くには実際は森の中が一番向いているのである。
そこにクラシック音楽は調和してひびくのである。
都会の騒音の中では向かないのである。

だから飯館村は森に囲まれた村である。すると飯館村に本当は音楽堂があるのが向いている,そこでクラシックの演奏することが向いているのである。
震災以後そうした演奏会が行われた,でも音楽堂は人の集まりやすい都会にある
わざわざ飯館村のような不便な所には行かないだろう
でも音楽のクラシックの演奏を心にひびかせるにも森の中がふさわしいのである。

現代は文明都市でありヨーロッパのように文化都市を形成していない
これから求められるのは文化都市である。
最近良く言われるAI化で人間が働かなくてもよくなる,そしてベーシクインカムになるというのは何なのだろうと思う
これも一つの時代が変わることなのか,そうなると必ず価値観が変わる
人間は今ただ食べることだけではない文化的価値を求めることになる
それでみんなアーティストになるとか言われる

田舎に求めるものも食料だけではない,むしろその食料を提供するとしても付加価値が求められる,田舎が癒しの場としての機能がありそういうものが価値として求められる
自分の場合は田舎で働いていない,農業もしていない,ただ自然の中で森とか木とか岩とかにアイディンティティを求めてきたのである。
ただ文明というときカンボジアのアンコールワットでも森に埋もれている,マヤ文明の神殿でもそうである。それは森と切り離されて存在していなかった
深い森のなかにあった文明都市だったのである。
それが古代文明と今の文明との相違である。

今回の原発事故で飯館村などは悲惨だった,今でもフレコンバッグとかあり景観は乱された,ソーラーパネルなどでも景観は乱された
森も確かに放射能で汚染されたのだが別に森そのものは残っているのである。
ただその森で食べるものキノコとか山菜は食べられなくなったのである。
でも森に囲まれた癒しの場の機能は失っていないのである。
だから音楽堂などがあることが向いているのである。
本当に奥の方に太い樅の木があった,それは神殿の柱のように見えたのである。
飯館村は全体が森に囲まれている,原町からでも飯館村に入るには暗い森の中を通るのである。この辺はまだ森におおわれた自然がありそれが癒しとなるのである。



2018年03月06日

AI化自動化が人間を幸せにするのか? (便利さ効率化を求めて不孝にもなる文明人間)


AI化自動化が人間を幸せにするのか?

(便利さ効率化を求めて不孝にもなる文明人間)

人間の歴史は別に幸福を求めてきたわけではない,第一幸福というのは計ることができないからである。
原始人と現代人の幸福を計ってもできない,原始人が日本なら縄文人が現代人と比べて不孝だったのかというとわからない
そんな時代は食べるに精一杯で幸福もなにもないという見方もある
でも原始人は縄文人は自然に則って生活していて幸福だったという見方もある
原始人ならもう病気になったら死ぬ他なかったから不孝だったともなる
現実に縄文人の寿命は30歳とか言われているからだ
そうなると百歳生きる現代人は幸福だとなる
長寿は人類の願いだったから今実現しているとなるからだ

ともかく人間は幸福を求めてきた歴史ではない,便利さを求めてきた歴史である。
鉄を発明したとき農耕は飛躍的に発展して収穫量も増えたし開墾も容易になり
人間が住む土地が広がって人口も増えたのである。
鉄の発明はそれだけ人類を変えて便利にして生産量をあげたのである。
それで幸福がましたともみるしまた鉄を発明した結果,それが武器となり殺傷力がまして人間が戦争で多く死ぬようになった
それで鉄の時代は人間を不孝にしたという見方もある

人間の歴史はまちがいなく便利さをもとめるのが文明である。
駕籠で人間を運んでいた江戸時代から急激に鉄道ができて蒸気機関車で物でも人でも運ぶ時代になったことの変化はあまりにも大きかった
その技術によって社会もまるで変わった,それは車社会で変わったのと同じである。
通信でも飛脚が手紙を運ぶ時代から電話の時代からインターネットの時代,携帯からスマホの時代と飛躍的便利になった
そういう技術の変化が日本だと明治以降から世界的には19世紀から起きてきた
その変化も激しかったのである。
遂には飛行機の時代となり世界は一気に狭くなったのである。
戦艦大和などは船の時代の産物でありそれが太平洋戦争で飛行機の時代となりアメリカに敗れたとなる
その時原爆が落されて原子核の時代に突入していたのである。
それは恐るべき殺戮兵器であった,人類を滅亡させる威力があることで恐怖した

つまり人間はこうした科学技術を追及してきたのは便利さのためである。
でもそれが幸福を追求するためのものではない,幸福とは何かわからないからである。
ただ便利さとか効率とか生産の増大とかを追及してきたのである。
人間がその科学技術によって幸福になるか不孝になるかなど考慮していない
だから核が発明されてそれが核戦争になって人類が滅びるとしたら最悪であり科学技術は人間に最大の不孝をもたらしたとなる

人間は便利さ効率さ生産の増大とかを求めるが幸福は求めていない
もし幸福を求めるとしたらその幸福とは何なのかが問題になる
でもそれを定義することはできない
飢えるよりはうまいものをたらふく食べるのがいいし寿命が伸びるのはいいとかは幸福として定義はできる,でも寿命が伸びたら伸びたで苦しみも増してくるとしたら寿命は長いのが幸福ともならないのである。
だから本当に幸福とは何かなど計れないわからないからそうなる

人類の願望として飢えとか貧乏とか病気の克服はテーマとしてありそれは克服することは幸福度が増すということは言えた,だから科学技術はそういう点では貢献して幸福度を増したとは言える
でも人間の幸福は計れない,なぜ20世紀に世界戦争で何千万もの人間が日本では300万人も死なねばならなかったのか?
それで人間の幸福度が増したのかとなる,戦争はあったにしても近代以前は局地戦争だったからである。犠牲者も少なくてすんだともふりかえり見る
人間にとって幸福とは何かとなると戦争などないことが幸福であることは間違いないのである。

飢えない
食料は豊かであり保証されている
戦争がない
病気がない
長寿である

この辺が幸福を計ることができるものとなる,でもその他は幸福を計るものがない
便利になったから効率的になったからとかなってもそれが幸福にはつながらないのである旅行でも新幹線で一日で京都まで行ったとしてもそれが幸福な旅だったのかとなるとそうはならない,江戸時代のように江戸まで歩いて旅した人は本当に旅していたと見る
だから旅をするという観点から見るとこれだけ旅しやすいのに不孝だともなる
要するに人間の幸不孝は計れないからである。
何が人間を幸福にするのか不孝にするのか?それは様々な要素があり計れないからである

ただはっきりしていることは人間は幸福を求めてきたのではない,便利さや効率さ生産の増大を求めてきた,その結果として幸福とはなったとはいえない,第一幸福とは何か定義できないし個人的にも違ってくるからである
さほど金にならなくても働きづめなのは嫌だ,のんびりしたいとなる人もいる
でもがつがつ働いても稼ぎ贅沢な暮らしをしたいう人もいるからである。求める幸福はそれぞれ違っているから計ることはできないのである。
幸福というとき苦は楽の種というときもそうである。
苦があって楽があるからだ,楽ばかりだと楽は楽でなくなる
うまいものばかり食べていると本当にうまいものの味もわからなくなる
腹が減っていればなんでもうまい,そういうとき何を食べてもうまく幸福になる
このように人間の幸福はわからない,幸福を求めて生きている訳ではないからだ
また人間は幸福をいくら求めても幸福にならないともなる
幸福を求めたが不孝になったということもある,思わず意外に幸福を感じたということもある,つまり幸福というのはそれぞれ違ったものでありわからないからである。

人間は便利さ効率や生産の増大をも求めても幸福になるとはかぎらない,別に幸福を求めてそうした科学技術を利用するわけではない,科学技術でも人間を不孝にすることがあるだ,何かそれでAI化自動化がバラ色だと見ているがそれも嘘だと思った
それによってもう人間はいらない,ロボットだけでいいとなる世界は人間砂漠であり
悪夢の世界になるかもしれない,なぜなら人間の幸福を求めてそうしたAI化自動化になるのではない,便利さや効率化を求めてそうなっているだけだからである。
これだけは知っておく必要がある,AI化自動化は人間を幸福にするとは限らない
不孝にすることもある,人間はいらない,人間は効率的ではないとかなり人間はAIより無能だとなりもうそういう人間は始末すべきだというSF的な悪夢が実現するかもしれないのだ
そうなるとそんな科学技術は人間を不孝にするのだからいらないとまでなる

車より自転車や歩く方が人間的だとか幸福にするとか今でもある
だからいくら科学技術が発展しても人間は幸福にはならない,必ず悪い面が生まれ人間を不孝にもすることは確かなのである。
そういうことは20世紀で経験済みだからである。
むしろ非効率でスローの方がいいとかもなる,それが人間的だなと人間として幸福だなともなる,スローライフが言われるのも今の高速な極度の効率を便利さを追及するものが決して人間を幸福にはしていないからである。
高齢化社会になると価値観が変わる,なぜなら老人の価値観と若い人の価値観は違うからである。
どうしてもめまぐるしく変わる早いとか効率的だとか合理的だとかよりスローで変わらない世界とか非効率でもそこに人間的なものを見いだす社会がいいとかなる
経済合理性だけを追及することに合わなくなる,人間的なもの金だけではない,情ある社会がいいとかなる,高齢者と若い人の幸福とするものが違ってくるからそうなる
そして現代は高齢者の価値観が優位になる,それは悪いことではない
それは別に年齢に関係なくそういう時代の価値観に転換する時代だともなるからだ




2018年01月22日

樹の思考(一本の樹の立つ地(詩)より)


樹の思考(一本の樹の立つ地(詩)より)


一本の樹の立つ地

樹は大地を信頼し
徐々に深く根を張る
静かな冬の日に信頼を深める
樹は大地に根を張り
その土地土地に根付く
風の日も雨の日も雪の日も
その土地に根付いて動かない
そして最後は大地に朽ちて還る
その根を張った地こそ
還るべき場だから
そして大地に抱かれて眠る
ああ その一本の樹のここにありしを
その樹はなお幻となりて立つ
その記憶をここに留めぬ
祖先の霊も地に眠る

one tree trusts in the earth
Gradually deeply root
Deepen trust on a quiet winter day
Trees are rooted in the earth
Rooted in the local land
Wind days, rainy days and snowy days
It takes root in the land and does not move
And finally decaying on earth grounds
The ground that has established its root
Because it is a place to return
And sleeping in the earth
Oh, that there is one tree in here
The tree still stands as a vision
It certainly keep the memory
The spirit of the ancestor also sleeps on the ground

rootface.JPG
undergggggggggg1.jpg



matukare111.JPG

樹が自分のテーマである。樹を思念するとやはり人間と通じる,人間は万物の霊長だというとき人間は樹でも石でも山でもそこに人間を見る
像で考えよというときそういう自然の事物とアイディンティティ化してゆくのが人間である。
人間は生物の一種だから人間は樹にもなる,人間が樹なのである。
神殿の柱はそれは石としても人間なのである。
こういう生は自然な命の営みである,それは営々とつづけてきたのが人間である。
また生物である,ただ生物は多様だから海となるとまるで違ったものになる
そこは常にゆれうごく不安定なのである。田から津浪が来たりするのである。
大地は全く違ったものなのである。確かに地震があり大地もゆれるから安定しているとはいえないがそれは海とは違っている,山もそうである。

人間の生は基本的に生物の一種だから命でも自然と共にあり朽ちてゆくのがまさに自然だとなる,それに逆らうことはできない,人間が死ぬことは樹が朽ちてゆくことである。
でもその樹の朽ちてゆく場所が地があらねばならない
人間は地からてありえないのである。ただ海があり天がありその志向はまた違ったものなる,地を離れて天に昇る思想があり宗教になった
だから人間は地に朽ちて終わるという思想は農業から生まれ天への志向は砂漠の民とか
草原の民,遊牧民から生まれたのである。

一本の樹が大地に信を深めるというとき何かそれは人間が農業中心になっていたらそういう感覚は人は常にもっていた,そこから二宮尊徳の思想が生まれた
農業は地を離れてありえないからである。ただ現代は地から離れて生活している
東京であれ都会であれ地から離れている,そこには土がないのである。
それでも一千万人が生活できているというのも不思議だとなるし異常だともなる
そこでは人間は大地の志向がないのである。
死んだときも遺骨が団地のような狭い場所に安置されるのもそういう生の延長としてある
今は田舎でほとんど会社員である,例えば銀行員にそうした地銀でも土着的な地の志向などない,グローバル化した中で金を動かす,そういう仕事に地の志向は生まれないのである。そういう人を相手にして自分が株とかしているのも矛盾しているのである。
日本人が貯蓄の志向が強いというときやはり農民であった期間が長すぎるからである。
それがDNAとなっているからである。地は血なのである。

都会での人間の生はこうした自然から離れている,人工的なものに囲まれていて本来の人間の姿を像を失うのである。
だからそこで重厚な文化は生まれない,ただ便利な生活をしているだけで文化は生まれない
なぜなら文化はcultivate→cultureというとき土を耕すことだからである。その土地土地の土を耕すことから生まれているからだ
現代の人間は機械の部品のようになり死ぬともなる、数字化したもの番号になもなる
それで議員が病院で番号で呼ばれて怒ったというのもわかる
名前すらない,みんな数であり番号だともなる
病院での死は物としての死であり荘厳な樹のような本来の生物としての死はないのである。
だから不思議なのはなぜ原発事故で避難者となった人達は簡単に故郷を捨てたのか?
それは田舎でも実質は都会化しているかもしれない,三分の一は原発で働いていたとか?
別に農民ではないからだ,すると土地に執着する人はまれである
ただ老人はやはり長くその土地に生きていたからその土地にいたいとか死にたいとか生物的志向になる
もちろん放射能汚染のだめだとなる,ただそれが全部が全部そのためだけではないと自分は書いてきたのである。

言葉でも自然から遊離した言葉であり像から思考できないのである。商業の言葉とか法律の言葉とか機械の言葉とかなる,そこにもともと言葉が生まれた自然かないから言葉がロゴスが消失するのである。言葉は本来は詩だったのである。そのエッセンスが文明によって失われたのである。

ローマ文明は土木建築が発達して優れていた,道を作るのにもたけていた,それは公共事業が高度成長時代を作り田中角栄が日本列島改造論を実行したのもそうである。
ところがその時その土地土地の文化が失われる,画一化されてくる
ローマ文明は拡大化することによって終焉した
そして中世は地域地域の文化を基にして生活することになった
その時期は長い,でもゲルマン文化,ドイツ人がゴシック建築などを作ったのはやはりドイツの森を基にして作られたのである。

アメリカはそうした大衆のための大量生産方式を生み出した,現代文明はアメリカ式生活の拡大化でもあった,それはローマとは似ていた,享楽的な所もありにていた。
グローバル経済もそうである。それはアメリカ式生活の普及であり食生活でもハンバーグなどが世界中に広がったからである。
それはその土地土地から文化から離れた無視した強引な同一化だったのである。

それぞれの地に根を張る文化は世界にありそれを無視したアメリカ的生活の押しつけだった,だからグローバル経済というのは世界の文化をも破壊する
金によってなんでも買えるという経済一辺倒の価値観に支配されたのである。
それで歴史のある国はこのグローバリズムに対立するようになる
つまりナショナリズムは悪い面にもとられるがその国々の文化を基礎にして重点にして生活するということである。
グローバル経済になれば言葉でも英語に統一すればいいとなりアメリカ式にそれでなる
そするとアメリカスタンダードになりアメリカが世界を支配しやすいということである。現代は中世への回帰の時代だというときそれぞれの地に還り地に根づいた文化の再生なのである。そこからルネサンスが生まれてくるのである。
タグ:一本の樹

2018年01月05日

建築から見る歴史(アテネの学堂-詩)


建築から見る歴史(アテネの学堂-詩)

rafaerooo1.jpg

anciantarc12345.jpg

クリック拡大ーenlarge

anciantarc1111.jpg

ピサの斜塔を変形したらこんなふうになった
これも奇妙である。



 気高いア−チ

 Humans are united with their divine ceremonial hall
  with dignity or nobility
 in the majestic solid foundation hall

ア−チよ、力強いア−チよ、気高いア−チよ
その荘重な堅実なる殿堂よ
そは人を高貴ならしめる
自信に満ちたる人の姿よ
その足よ、その胸よ、その頭よ
それは意味あるものを語りつづける
イデ−を探求しつづける眼よ
南の明るい光の中に
馥郁と香る花々のように
真理探求の友はよりそい耳をこらす
その友は対等にして奴隷の弟子にあらじ
その学問の殿堂をともに自立し歩む
人間はその神々しい殿堂と一体となる
ア−チよ、ア−チよ、気高いア−チよ
その石の殿堂の歴史は古りぬ
威厳に満ちた人間は彫刻と化して 
その殿堂の中に揺るがぬ座をしめる 
建築は人間を飾るものにして主体は人間 
光輝ある人間がその主人
尊厳は人間にあり光は人間から発せられる
ア−チよ、力強いア−チよ、気高いア−チよ
その礎は堅く、不朽のごとくア−チは
尊厳なる人間を永久の記念とする

真と美の殿堂

ローマの遺風堂々と
堅固なアーチの堂宇
一同に天才達の集う
自立する哲学者と弟子
一対一の自由なる問答
建築は人間に威厳を付与する
知的な探求はやむなくつづく
そこに清新の気はみなぎる
自由と自立と規律は調和して
大地の実り,職人の技の結集
ギリシャの知と美,ローマの建築
イスラムの知とキリスト教の精神
一つに統合された美と真の殿堂
平和の殿堂をここに築かむ
神の祝福はここに注がれむ

A god of Roman majesty
Strong arch gate
We gather together of genius
Independent philosopher and disciple
One-on-one free question and answer
Architecture grants human dignity
Intellectual quests continue to be continued
There is a spirit of freshness there
Freedom, independence and discipline are in harmony
The fruits of the earth, the mobility of craftsmen
Greek knowledge and beauty, Roman architecture
Muslim intellect and Christian spirit
One integrated beauty and true hall of fame
Build a Hall of Fame here
God's blessing pours here

 晩秋ア−チの駅

旅人はフランクフルトに着きぬ
そのア−チの荘重な駅に
人々の出会いと別れの交差し
秋はまた深まりぬ
その荘重なバンホ−フは
その人々をつつみ古りぬ
駅にすらその建築は威厳を付与し
人々を尊厳あるものにする
駅は単なる雑踏にあらじ
旅人はその駅に着きて
一つの歴史を刻む
まことに我はここに来たりしと
その存在を建築の中に見出し
人間の存在を尊厳ならしめる

 ヨ−ロッパの都市(建築の意味)

シュペングラーの西洋の没落が建築史から見たもものだった,建築のその時代と国の文化や歴史が凝集されているからそうなった
アテネの学堂は傑作である。そこに西欧文明の神髄なるものが表現されているからだ
エジプト文明がピラミッドに象徴されのと同じである

中心にいる人物がソクラテスだといわれる,その周りを様々な人達,天才達がとりかこんでいる,そして師と弟子は対等に並び問答する,つまり師と弟子は上下関係ではないのである。その相違が東洋とは相当に違っているのだ。
自由,博愛,平等というときそれは上下関係ではない,対等のものとして真理を美を善を追及するのである。
宗教は上下関係になりやすい,そこで人間は精神的に奴隷化されるのである。
カルト教団になると教祖が悪魔でもそれに機械のように従うだけであり偶像崇拝になる
そこに人間の自主性も尊厳もないのである。
師の危険は偶像崇拝になることである。

ヨーロッパを旅すると実感するのは建築が文明であり建築によって人間に威厳を与えているのである。それは駅までもそうした荘厳な建築になっている
それは無駄だというのもわかる,日本では駅は機能的なものとしてしかないからそうなる現代の建築には機能的な要素うかないビジネスだけの建築である
ローマのアーチでもそこには精神性が付与されている
だからルネサンスとしてアテネの学堂の中心として形成されたのである。
ルネサンスは西欧文明の精華としてフィレンツに華開いたのである。
そこにはイスラム文化も結合された,そこには宗教の血なまぐさい争いはない
平和的結合された人類の精華だったのである。
政治は常に対立であり闘争であり戦争になる,文化は違っていても互いに刺激しあい結合して一大殿堂を作るのである。

西欧文明というときやはり今の文明の基礎にある,その源がギリシャにありローマにありと中世のキリスト教にありと連続している,継続している
それ故に一大文化の殿堂がルネサンスで生まれたのである。
マヤ文明とかインカ文明は孤立文明となり森に埋もれて発展しなかったが西欧文明は結合して発展したのである。

ヨーロッパでは都市すら一つの建築物であり計画的に作られている設計されているからそうなる,日本の都市のように雑然としてはいないのである。日本の都市は無計画に作られているからそうなる
西欧文明は規律とか計画とか設計とか人工的なものを理性的に作ることが根底にある
日本の文化は自然そのものを庭でも取り入れる,自然ににせたものを取り入れる
でもヨーロッパの庭も計画的に人工的に設計されたものであり日本の庭とは違うのである
ともかく文明は建築から見るとわかりやすい,必ず象徴となる建築を残しているからだ
日本の伊勢家神宮でもそこに日本の文化を見いだした外国人がいるように精神性を示していた,質素とか簡素とかの日本文化の象徴として伊勢神宮があったともなる
それは建築とも言えないにしろやはりそういう日本文化が文明の象徴としてあったともなる

2017年11月18日

水の力(詩) シーパアーとランドパワー


水の力(詩)

シーパアーとランドパワー

shipseaaa111.jpg

絶えず生々流動する水
万年雪の氷河の峰より滴る水
その水源から川の物語がはじまる
遠大な流れの物語がはじまる
谷間を流れ碧い淀みをなし
その深みにひそむものは何か
神秘の色に静まりぬその川の上
しかし水はまたやむことなくて流れる
その巌の間を激流となり轟く
激しく磐を打ちひびき流れる
青春の暗き激情か奔騰する流れ
遂に滝となり山々に轟きわたる
やがて平野に河は流れ下り
大地を潤し恵みを与える
ナイルは豊かな恵みを与える
三千年の文明の栄をもたらしぬ
そして大河は街と街を結ぶ道となる
物資は運ばれ人々は結ばれる
かくて大河は穏やかに河口になり
老いの安らぎがそこにもたらす
しかし河は終わるも水のドラマは終わらない
水は躍動して活きている
水は絶えず流動する力である
水は時に津波となり河に押し寄せる
陸に押し寄せて街をのみこむ
ノワの方舟を浮かべる水の力なり
津浪の恐怖は人々にその恐怖を植えつける
水は常に生々流動してとどまらない
海は老いることなく水は老いることがない
船は波にゆられ旅人も波にゆられる
その心はいつも波にゆられている
真っ赤なハイビスカスが咲き朝の見晴らす大洋よ
新たな島にまた船でわたる
海は常に未知の世界へ誘う
島には異国の船が漂着する
それが伝説となるも海の成せる業
水平線を望めば船影が見える
海より湧くように千の船が浮かぶ
海は陸のように跡を遺さない
海底深く船の残骸を沈めるも
その宝も沈みし船は幻なりしを
波は高鳴り潮は流れやまず
帆は風を受けて船を進める
かなた波にゆられて未知なる国へ
鳥が翼を休めるは一時なり
マストにとまる海鳥よ
望むは大海と島と船なり
絶えず生々流動する水よ
それは人間の心でもある
深き入江は休息の港
船のごとそこにしばし心を休める
しかしまた船は港を去り大海に出る
朝日は輝き上り海は船を迎える
波にゆられ心もゆられて
旅の日は終わらず探検の日はつづく
旅人は常に新たな島を地を踏む
そこに知られざる花を見て人の生業を見る
沖縄の遠き小島のあわれかな
井戸の水は枯れて村は移りぬ
島は外部との交流なしでは生きられない
島と島を船が結ぶ
水は激しく流動してやまない
河はまた大地を穏やかに流れて
人と人を街と街を結ぶ
河は文明を作り海は島々を国々を結ぶ
海を制するものは陸をも制す
シーパワーにランドパワーよ
世界の雌雄は海で決する
ギリシャはペルシャ帝国に船団を編成して勝つ
七つの海を支配しイギリスの栄あり
陸の帝国は万里長城を作り国境を作る
そのために中国人民は莫大な労役にあえぐ
海には国境は作れない,海は自由に航行する世界の道
だから光りあれの次は水のあれになる
最初に水が地球をおおうなりしを
躍動する水よ,衰える知らぬ水よ,循環する水よ
地球は水のめぐり活きるなり
陸は老いても海は老いることはない
水は万物を浄化する奇跡であり
海は常に若々しく荒々しく陸に対峙する


人間の歴史をふりかえると陸を中心に展開されてきた,エジプト文明がそうである。陸の文明は川と一体となり作られたのである。エジプト文明はナイルの賜物というときそうである。ナイル河なくしてエジプト文明はありえなかったのである。
ただエジプト文明は地中海があっても海には広く乗り出さなかった,陸にとどまったのである。レバノン杉とか利用するためにその辺までは進出したが地中海の航海はしなかったのである。

人間の歴史は陸を中心に長く展開されたのである。海に乗り出す船の技術がなかったからである。ただ地中海がありそこが船の技術を発展させた,そこは海なのだけど大洋とか大西洋とは違う内海だったからである。それが航海の技術を発展させたのである。
それでギリシャは最初の海洋国家ともなった,ローマとか対岸の中東にも植民都市をもったからである。そこからギリシャのコインが発見されるからである。

イタリアのナポリとかフランスのニースでも新しい都市というギリシャの植民都市の名である,ギリシャ語なのである。そしてギリシャは陸の最大帝国ペルシャと戦争して勝った
それは船団を利用して勝ったから海洋国家として陸の帝国に最初に勝ったとなる
ギリシャはまた島が多いから島を結ぶ航海に適していたのである。

それからローマ帝国に対抗したカルタゴも海洋都市国家であり軍港があり船の技術でローマに抵抗したのである。ローマは陸の帝国だが地中海に進出したからカルタゴと争うようになった
ランドパワーというとき中国でもそうである。万里長城を作らねば敵に攻め入れられると国境を作るために莫大な労力を費やしたのである。
ランドパワーを維持するためにはそれだけのエネルギーが必要だったのである。
そこでエネルギーが消耗してしまうのである。

地中海ではベネチアなどの都市国家が栄えたのもシーパアーがあったからである。
ランドパワーの歴史がつづいてもシーパアーの力もあったのがヨーロッパだった
バイキングなども貿易もしていたとういからシーパアーの力をもっていたのである。
ただ野蛮的なものではなく貿易をしていたからそれだけの国ではなかったのである。

その後もやはりランドーパワーの戦いだった,ナボレンでもそうだし第二次世界大戦はやはりランドパワーの戦いだった,ただ太平洋戦争というようにその時アメリカはシーパワーの国となり日本に勝ったのである。
大航海時代からすでにシーパアーは地中海によって養われていた,そしてコロンブスが新大陸のアメリカを発見したのである。
イギリスが七つの海を支配するというときもシーパアーによっていた

日本の歴史をふりかえっても邪馬台国がどこにあったかというと九州や奈良説があるがやはりそれも地理が関係していたのである。
瀬戸内海は地中海とにていたから船の交通があったからである。
ただ不思議なのは大阪から奈良の盆地に都が作られたことである。
そこでは三輪山が御神体になる山の文化となったのである。それが日本的な特殊性だとなる

明治維新でも薩摩とか長州とかが主導権をにぎったのはやはりシーパアーでもあった
薩摩は中国ともすでに貿易していたのである。
海外の進出も九州とか瀬戸内海とかを中心に展開されたからである。
だから会津となると山国でありそうした地の利がない
幕府でもやはりランドパワーに依存していたのである。
坂本竜馬が海援隊を組織して会社のようなものを作り商船をもった
そういうことは会津などではしにくいからである。
東北はランドパワーでありシーパアーをもち得なかったのである。
江戸幕府も船をもったが遅れたのである。

いづれにしろランドパワーの国は河が交通路となり文明を築く,エジプトはナイル河があり中国は黄河があり揚子江がありヨーロッパでは大きな河が交通路になり結ばれて発展する,河が人々を結ぶ,封建制の王権に対してもハンザ同盟とか商人都市国家を形成したのである。それは河で結ばれていたからである。

世界史でも日本史でもどうしても歴史をみるとき地理がわからないと根本的なことがわからないのである。世界となると広すぎるから日本的感覚では理解できないものとなる
砂漠はないし大草原はないから交通の果たす役割が理解できないのである。
シルクロードとなると長大な道だけどそれも砂漠とか草原を通るから自然の道があるから生まれたとなる,ランドパワーは陸の道から形成されたのである。
でもシーパアーの時代になったとき過去のものとなったのである。

日本の謎は海に囲まれていてもヨーロッパのようにシーパアーが発展しなかった
そして不思議なのは山が多いから大和(やまと)というとき山の国から起きたとなる
海に囲まれていても山の国となったのである。
海に囲まれていても太平洋と地中海ではまるで違ったものだったからである。
ただ韓国とか中国とかの交流は古代から行われていたのである。

その後日本が鎖国したのはなぜかなとる,シーパアーとして発展しなかった
それは山国ということもありそれが影響したのかもしれない
海を渡って貿易するというシーパアー国になりえなかった
日本は山が多く盆地のように閉ざされてしまうこともある,海に囲まれていても精神的にもそうなりやすいともなる
日本は平原とかがないから大きな河もないし交流が山でさえぎられ阻まれるのである。
そうなると大きな統一国家を作ることが困難になる

それで面白い指摘は蝦夷国家襞日高見国家が形成されなかったのは日本海側の新潟県とか秋田県とかが山にさえぎられて交流できず大きな国家形成ができなかったためだというのもそうなのかとなる
福島県は阿武隈山脈がありこれは低いにしても福島市とか中通りとはばまれる
それでかえって地理的には仙台に近く交流も活発になるのである。
交通でも便利だからそうなる
人間社会は歴史でも地理的影響が大きくそれで歴史も決まるともなる

伊達政宗は東北ではめずらしく海に展望を求めた,家康に対抗するためにスペインに船を派遣したからである。そういう発想はなかなか東北ではできない,ただ宮城県は良港が多いからそういうことができたのも地理である
福島県にはそうした大きな港はないからである。入江とか島がないからである。

ともかく水の力は驚異的である。それが津浪で実証された,ノアの方舟もありえると実証された,それだけ水は地球を作ったとなるのである。

船の旅は日本で相当にした,東京から沖縄まで行ったのが一番長かった
貨物船のような船で一週間かかった,その時飯食べるのが楽しみであり飽きた
だから世界一周とかの船旅があるが飽きる,だから食べ物が良くないとまた飽きる
同じようなものを食べていると飽きるのである。
この船旅もまた時間の余裕がないとできない,この世の中金だけあってもできないことが相当ある,会社員だと時間がとれないのである。
自分の場合は時間だけはあった,だから旅しつづけたのである。

外国は五十才から行ったから遅かった,でも地中海を船で行った時は気持ち良かったのである。今はいろいろ旅を回想するだけである。
日本は島が多いから島を船でわたる旅は楽しいとなる,それは沖縄が船旅を楽しむにはいいとなる,日本は島国だけど旅するには変化があるからあきないのである。

2017年11月16日

ドイツのライン河の詩 (河の文明−ヘルダーリンの詩を読む)


ドイツのライン河の詩

(河の文明−ヘルダーリンの詩を読む)

kerunnn1.jpg

さわやかなる秋の朝,マインツに船はよる
古い教会のマルクト広場に市がたつ
色とりどりの菊の花が所狭しと並べられる
ラインの岸辺の街の一つ
ポプラの直なる樹々が風にゆれる
悠々とラインは下流へと下る
河は街と街を結び
自由なる商人をはぐくむ
またもの寂びた古城は何語る
城壁は崩れ王の悲劇の物語
ここより下りてケルンの街よ
名高き双塔が天に聳え立つ
その建築の合理性と気高さよ
重々しく貨物船がラインを下りゆく
かなたオランダもイギリスも望まん
一望するドイツの広らかな大地よ
その胸に抱かれてラインは流れぬ
厳かにゴシックの大聖堂に祈りは献げられる
かなたまで鳴り響く鐘の音よ
その千年の石の重みよ
ここにキリストの信仰ははぐくまれぬ
聖歌はここに荘厳に鳴りひびきわたる
バッハのカント,重厚なベートンベンの音楽
ネッカー河畔の晩秋の哲学者の道
落葉を踏みて深い思索にふける
ドイツは生みぬ世界的哲学者を
ハイデルベルグは中世の最古の大学
ここに学びの歴史は始まる
修道士ありて勤め学問の始まる
ドイツの深き森よ,実直なる樅の木よ
その森厳なる大地に育まれしもの
そこより荘厳なる楽が鳴りひびきわたる
ラテンのフランスと分かつライン河
霧深きドイツの大地と黒い森
独自の文化はここに育まれぬ
ドイツにとどまらじ限りなき霊感を生む地球よ
国々の精神はその土地土地の地勢により作られる
それぞれの土地の魂(たましい)を歌いあげよ
剣を捨て国と国は争わずそれぞれの詩を示せ
その時地球はパラダイスとならむ
国々はただ神の与えしもの
国土は神より賜りしものと知るべし
国は国のものにあらじ神のものなり
国はその国のもののためにのみにあらじ
国々はその神に与えられた天分を果たすもの
地球は壮大な一つものにあれ
誠の詩人は大いなる地球を歌うものなれ
天上の国を歌うものなれ地球を讃歌せよ
ただそれぞれの土地は人の心をしばりつける
しかし詩はその鎖たちきり解き放つ
自由の鳥は境を越えて飛翔する
その憧れはやむことなくも
ペガサスとなり大鵬となり天翔る
その翼は不死鳥となりて燃え上がる
そして天空の星座となり連なり
地を離れて永遠に輝く・・・


ヘルダーリンというとドイツの国民詩人になるだろう。それは父なるライン川を詩にしたからである。
日本人にとって外国がわからないというとき例えば四大文明が河から生まれたというとき理解できないのであるエジプト文明がナイルの賜物というときそうであるか。ナイル河と離れてエジプト文明はありえないからであるその他のインダス文明でも中国の黄河文明でもそうである。
インドのガンジス川を理解せずしてインド文明を理解できない、ヒンズー教でもガンジス川をアイディンティティとしているからである。
日本が世界の文明を理解できないというときこうした大きな長大な河がないからである。
日本の川は山が迫り短いし外国人が滝だというときそのことを語っている
外国の川は流れているのかいないかのかわからない、運河のように見える、現実に川は運河の役割を果たしていたのである。それは最初の交通路になっていたのである。
だからエジプトの河岸からピラミッドに通じていた、港の役割を果たしていたのである。
ナイル河を運行していた船はすでに大きな船だった、その距離も長いから河は最初の道だったのである。
その長大な河に沿ってエジプト文明が成立したのである。

ナイル河の岸辺の神殿に船はよりぬ
月影に照らされてヒエログリフの文字何語る
はるかなる遠き日よ、月影に浮かぶ神殿
船は去りゆく、静かなるナイルを下り・・・
星辰はきらめきピラミッドが砂漠に影なす

船でよった神殿は月影に照らされて神秘的だった、こうしてともかく河がいかなるものか日本人にはわからないのである。ナイルが洪水になってもその泥は肥料となり麦が作られたのである。そしてすでにビールも作られていたのである。
ナイル河とかインダス河とか黄河とか揚子江になると長大な河が一本大地を貫き流れている感じになる
でもヨーロッパの河になるとセーヌ河がありライン河があっても支流がありその支流も日本のような支流ではない、船が運航できる河なのである。だからこそ河が交通路となり商人が行き来してハンザ同盟とか商人の同盟がヨーロッパでは生まれたのである。
ヨーロッパは河が道路となり結ばれたのである。

河というときバイキングとかがセーヌ河を上ってきたのである。バイキングは船でイギリスとか地中海とかまで航海した商人でもあった,川は海からの交通路であり入口にもなり出口にもなっていた、だからライン河の出口にオランダが独立した、オランダは河と海で結ばれた国だったのである。
河といきうとき下に流れるだけのものとみているが海から見ると川を上るものとなる、アイヌでも河口は河の尻として地名化している河で怖かったのは津波がまず川から上ってくる、それは早く上ってくる、あの多賀城の小さな砂押川でも津波がさかのぼってきたから驚いた、海というものがその小さな細い水路に海の水を押しだしてきたのである。
海から来る水の圧力がもの凄いものだったのである。

河は気高く泡立って流れている−ライン河こそは
更にこのすばらしい仙境の最大の魅力だ
何千回となく曲がるたびに その都度
前よりももっと新鮮な美を展開して見せる
(バイロン)

雪の峯は大地にそそぐ
この上もなく清い水を 生まれながらに
あなたが純一なのは そのためなのだ
根源の近くに住む者は その場を離れない
そしてあなたの子なる もろもろの街
ネッカルのほとりの街
それらの街はみな思う ここにまさる住処はどこにもないと
(ヘルダーリン−漂白)

雪の峯とはアルプスの峯である、氷河と磐のアルプスから清涼な清水の一滴である。
それがラインの上流であり源である。ここではアルプスに通じている、そして黒海で交わる
あとはギリシャがヨーロッパ文明の礎の国としてある
ただ今と違ってヘルダーリンは世界を旅していない、視界は限られているのである。
今は別に特別な人手でなくても世界旅行ができる恵まれた時代なのである。

ライン河沿いの街をその子として表現しているのは面白い、実際にそういうものなのである。
河が産んだ街なのである。こういう感覚は日本では生まれないのである。日本の国は国造りでは海から生まれたからである。
イザナミ、イザナギは海の神だったからである。

美しきラインの眺め
山を離れたその後で
満ち足りながら よき営みの内に
あこがれる思いを鎮める
父なるラインは土地を拓き 愛する子らを
みずから築いた都市に養う
(ヘルダーリン−ライン)

根源の近くに住む者は その場を離れない

こういう表現もこの時代密接にドイツの大地と結ばれていたから生まれた詩である。
深くドイツの大地とアイディンティティ化されていたからこういう詩が生まれる
それは自分でも自分の住む場所でそうしてきたからである。
根源とはthe fundmental deepest homelandとなる

そして河が街を養うという感覚は河の文明なくしてありえない表現なのである。それはいかにく深く河と結びついているかを知らねばならない,それはナイル川でもそうだがガンジス川でもそうであり黄河や揚子江でもそうなのである。
河がまさに文明を産みだしているからはそういう表現になったのである。
ヨーロッパの都市は一つの国であり街は独立した市民のものだった,そういう都市が多いというときそこから文化が生まれたのもわかる,その都市を作ったのが河だったのである。

■文明はなぜ砂漠地帯に発生したのか?
 
   文明の成立の第一条件は多くの人間が集まり、大社会を作ることにある。集まるための条件の第一は、移動が楽だということだ。砂漠は一般には酷暑乾燥の過酷な土地で、旅行するのも命がけだと思われている。しかし、点在するオアシスを結んで行けば意外と楽である。足もとは砂だからどこでも歩くのは比較的容易だ。砂漠というと歩きづらい「砂丘地帯」を連想させるが、砂ばかりとは限らず、土漠、岩漠などもある。反対に歩くのに難儀するのは、湿潤地帯ではなかろうか?
http://home.e08.itscom.net/21water/bunmei.htm

このサイトでは移動しやすい所に人が集まりやすい所に文明が生まれたという説である。日本はいたるところ湿地帯だから移動しにくい,それで文明を作りにくかった、道がないと大きな国は作りえないからである。大きな国は移動しやすいと作りやすいということがある、それでローマ帝国は道をはりめぐらしたのである。

いづれにしろそれぞれの国はその国土から生まれた,国の精神もそうである。大和魂でもたましいというときその土地から生まれたものなのである。土地から離れて魂(たましい)もありえないのである。日本なら万葉集が日本の国土と一体化したものだった
なぜなら大和とは山の戸口でありヤマトは山を神とする国となるからだ、日本では山にその根源を置いているとなる
三輪山は山自体が御神体になっているからである、それが日本の根源なのである。

ただ日本でもそうだがその国土を歌う詩人は生まれていない、日本の詩人でもそうである。何か芸人的詩人なのである。
ヘルダーリンのような詩人は生まれていないのである。
俳句とか短歌ではどうしても詩としては短いから大きな詩となりにくいからだ
そして現代とは工業とか経済とかに席巻された時代である。
だからシュペングラーの言うように西欧文明の没落とかなる,その本が数からははじまっている
人間は言葉でも商人の言葉となりただ機能的言葉となり本来の詩語だった言葉が数字のようにもなったことを嘆いている
言葉が死んだというときそれが現実の自然の像とも結びつかないからである。
だからそもそも根源なるものから人間は乖離して人間としての像を持ちえないのである。

言葉は本来自然の事物と石でも樹でも山でも一体不二のものだった,だから荘厳なものとして言葉はあった
神聖なものとしてあった,ロゴスとしてあった,言葉は今や貨幣なのである。ただ商業的経済的なものとしての流通物なのである。
そしてその貨幣に人間はけがされて貨幣が神のごとくなってしまったのである。
真実の言葉はそういうものではない、それは大地と自然と一体化したものであり荘厳なものだったのである。
一面言葉をもって人間となったともいえるからだ
だから言葉を軽んじることはできないのである。言葉を軽く扱うことは危険なのである。
それは魂までも心をけがすからさである。だから宗教は山に籠り沈黙の行をしていたというのもわかる

それぞれの国の栄はもともとそれぞれの国土から生まれていた、河の文明は河が都市を街を産んだように河が文明を作ったのである。その大河が日本にないからそもそもその文明を理解できないとなる
外国人が日本は温泉だというときまさに山の国、火山の国、地震の国だからこそ温泉があり日本の国土から生まれた恵みだったとなるそういう恵みはそれぞれの国々に与えられている、砂漠の国にはなにもないかというと石油が与えられていたからである。
神はそういう点公平だったのかともなるのである。

2017年11月07日

城は何を意味していたのか? (城は建築は文明の象徴でありまた権力の象徴だった)


城は何を意味していたのか?

(城は建築は文明の象徴でありまた権力の象徴だった)


●建築は文明を象徴したもの

建築は文明を象徴したものとしてあった,城の美とかを自分も追及した,白壁であり簡素であり質実なものが城にはある,その建築には日本の精神と美がある,建築には必ず人間の精神が反映されている,建築物を見るとその国のまた一時代の文化が具体的にわかりやすいのである。
だからヨーロッパの建築は多様である。教会でもろいろいろに別れている,
ビザンチン建築ゴシック建築ロマネスク建築ルネサンス建築イスラム様式建築とかありその時代をみることができる,ローマ風というとき建築の歴史の基礎はローマにはじまっているからである

arch- の語源を辿れば、古代アテネ ancient Athens の第一執政官 archon に行き着く。archon は統治者 ruler であり、命令を下す始まりの者 begginer である。ここから、
arch-(pre-vowel), archi-(pre-consonant) : <接頭語>第一の、首位の、始まりの →昔のの意味が生ずる。

「首位の」
archangel [ɑ'ːrkèindʒəl] : n. 大天使 cf. Michael the archangel 大天使ミカエル
architect [ɑ'ːrkətèkt] : archi-(統治者) + -tect(造り手、大工 cf. tectonics, technology) → 大工の棟梁 → n. 建築家、設計者、発案者

Architecture

建築はこのように統治するということに結びついている,文明を見るときエジプトであれローマであれマヤであれキリスト教文明であれ建築を見てその文明を見る,建築が文明を象徴しているのである。
だから日本の文明というか文化というか最も象徴しているのが城だとなる
しかし現実に活きていたときの城は明治以降廃止された,その時城は邪魔者扱いされていたのである。あの姫路城が10万くらいで売りに出されていた,貴重なのは城ではなく燃料になる木の方だったというのも今になると信じられないとなる,なぜなら熊本城でも地震で壊れたら何百億円でも直そうとしているからだ,名古屋城で金がかかっても木で作ろうとしている,それだけ城の価値が見直されているのである。
その時時代の変化で城とか侍は一気に価値を失った,その変化があまりにも大きかったのである。だから今になって明治維新を見直す風潮になったのである。
つまり3百年つづいた侍の時代にもいいものがありそれを全否定したことで後悔しているのである。日本人は太平洋戦争でも負けたらころっとアメリカ追従になり文化まで否定する,全否定してしまう,そうなると文化の継続が消失してしまうのである。

城の美学

●城には桜も木も植えられていなかった

桜の名所に選ばれているお城は全国にたくさんありますが、実はお城に桜が植えられたのは明治以降のこと。1873(明治6)年の廃城令で大半のお城が取り壊され、廃城処分で民間などに払い下げられた際、市民に公園として開放されるようになって、桜が植えられたケースが多いのだそうです。

【そもそもお城に樹木はなかった!?】

では江戸時代まではどうだったかというと、そもそもお城に樹木は植えられていなかったそう。なぜならお城が攻められた際、樹木は視界をさえぎり、敵にとっては絶交の隠れ場所になってしまうから。江戸時代に幕府の指示で描かれた城の絵を見ても、樹木が確認されるお城はほとんどなく、あってもほんの数本。それも万が一のときに食糧や薬、燃料になる松、椎の木などだったそうなんです。

城は明治以降は無用のものとされた,でもその後城は公園とかなり庶民の憩いの場所となり鑑賞する場になったのである。
城は鑑賞としてだけ見るようになった,城についての詩歌でも俳句でも短歌でも城がなくなってあとに作られたのが多いのである。
今城には必ず桜が咲いて映えるが桜や木は城に植えられていなかったのである。
いろいろな城の詩でも城がなくなってから作られたのである。

春高楼(こうろう)の花の宴(えん) 巡る盃(さかづき)影さして
千代の松が枝(え)分け出(い) でし 昔の光今いずこ

これもそうだし城がなくなってその城があったときの時代を偲んでいるのである。
明治となるとまだそういうふうに城があったときを記憶している人がいるからだ

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子悲しむ 島崎藤村

これもそうだった,まさにそこはもう城があってもそこに寝ころび休む場所にすぎなくなっていたのである。そして雲がいづこともしらず流れてゆく,放浪の詩人がただ廃墟と化した城を偲んでいるのである。

「不来方(こずかた)の/お城の草に寝ころびて/空に吸はれし十五の心」石川啄木

これもやはり城はただ公園となり遊ぶ場所と化していたのである。

●城があった時城は近寄りがたい怖いものだった


人寄せぬ桜咲けり城の山 

鎌倉や今はかゞしの屋敷守 一茶

絶頂の城たのもしき若葉かな 蕪村

二本松城の跡かや蕎麦の花 子規

城というとき江戸時代に庶民からどう見られていたのか?一茶だとこんな感じになる
一方で蕪村は頼もしとあるから城がありそこで庶民を治めるものを賛美していることになる,これはただ美的にも見ているのである。
不思議なのは芭蕉には城の俳句がないのである。これはなぜなのか謎である。
城というのはともかく一番目立つものだったからである。
今では必ず城を見ることになる,でも城があったときはその城の中には入れないのである城に入れたのは侍でありそれもよその藩の者だったら招かれなければ入れない場所だったのである。

一茶のそこのけそこのけお馬が通るというとき何か侍に対していい感じをもっていなかった,それは侍は当時権力者だったからである。
おそらく庶民は侍に対してはそんな感じで見ているのが普通である。
その時の庶民の気持ちはなかなか今になると察することがむずかしくなる
普通の感覚では「人寄せぬ桜咲けり城の山」ここでは桜が咲いていたから不思議である。桜が咲いていたとしても人をよせつけないというより第一城には庶民など入れないのである。遠くから見ているだけである。居丈高に城が庶民を見ているだけだとなる

時代が変わると何が怖いものか変わってくる,侍の時代は侍が怖いものだった,それはやはり権力をもっていたからである。その前は僧侶や貴族なども怖い存在だった
なぜなら僧侶は教会とかを支配していた支配者であり日本でも僧侶は大寺院を有した権力者だったからである。宗教を恐れる前にその権力を恐れていたのである。
それは今のカルト教団にも通じている,その背後にある数の権力とか権力と通じていることで恐れているのである。
時代によって怖いものは変わる,今は医者などが怖い存在である。医者は今の権力者でもあるからだ,医者だけは尊敬されているからである。
あとは金持ちが今の一番の権力者になる,金さえあればその内容は問わない,一番の権力をもつことになる,昔もそういうことはあったがやはり時代によって怖いものは変わってくるのである。

鎌倉や今はかゞしの屋敷守 一茶

この屋敷も鎌倉に幕府があったときは権力をもった武士がいたから怖い場所でもあった,それが一時代すぎたとき案山子が守ってるだけの廃屋のようになり怖いものがなくなったのである。

牛砲打つ地城の上や雲の峰 漱石

二本松城の跡かや蕎麦の花 子規


1871年(明治4年)9月9日から、皇居内旧本丸で、この大砲により正午を知らせる空砲が発射されていた。
牛砲による正午の通報は、現在の東京都区部の大部分で聞こえ、その音から「ドン」と呼ばれ人々に親しまれていた。

江戸時代には、江戸市中に時刻を知らせるため「時の鐘」を鳴らしていたが、明治時代から牛砲となり、1929年(昭和4年)5月1日にサイレンに代わり、1938年(昭和13年)9月まで続いていた。

漱石の俳句は城が頼もしいものとしてまだ感じていたのか?明治になり時を知らせるのが牛砲になった,大砲を打つ音になった,ただこの俳句は城がまだ当時のように活きている感じになる
一方で二本松の城となるとそこはなにもない蕎麦の花になったのである。
明治維新で薩摩長州軍に荒らされてそうなったともなるのか?
ただ一般的に明治維新後姫城すら全く価値ないものとして売られようとしていたのだから明治の変化はあまりにも大きかったのである。
人間社会は時代によって怖いものが変わる,侍が戦争中は軍人が怖いものであり威張っていたのである。でも今自衛隊の人を怖がっているか?
警察は怖がっているが今庶民にとって自衛隊員は下位のものとなっている
こういう時代は平和でいい時代だとなる,警察が庶民にとって怖いのはやはり今では一番権力をもっているからだとなる,暴力装置でもあるからだ

侍と庶民がどういう関係にあったのかはわかりにくいがこの祭りは面白い

馬威し-武士と庶民の正月行事
80.pdf#search=%27%E5%BA%B6%E6%B0%91%E3%81%A8%E5%9F%8E%27

ここでは侍と庶民が交わり身分も関係なく庶民が馬の邪魔をしている,ここに身分の差別はなくなっている
ところが相馬野馬追いでは御行列とかといって二階から見るなとか何かとうるさいのである。野馬追いは侍時代の身分差別を意識するときでもあるのだ
馬上から野馬追いに出る侍となった人は威張れるのである。
だから野馬追いに出たいという人もいる,野馬追いに出るからといってその人は別に普通は庶民にすぎなくなっているからだ

馬に乗ることが許される者の身分を厳格に定めたことも、馬車がなかった背景の一つ。
馬にまたがって手綱を取って乗れるのは武士のみ。

馬に乗れるのは身分によって決められていたのである。侍しか乗れなかったのである。
そういう身分社会のことを今になると理解できなくなる

ただこういう祭りがあったということはやはり何か侍と庶民が交わるということもあったこういうのは実際は例外的でありなかなかなかったとも思う
とにかく今城を見ているのと江戸時代に城を見ているのとは全く違っていたのである。
歴史を見るとき今の時代から見るから必ず誤解して見ているのである。
つまりその当時を生きることはできないから必ずそうなってしまうのである。
今は城は怖くない,ただその美だけを鑑賞しているのである。


2017年10月26日

白鷺の詩(2) (自然から離れた文明の醜悪 )


白鷺の詩(2)

(自然から離れた文明の醜悪)


天から優雅に舞いおり
地に汚れることなく
白い衣を着せられて
何ものもまとわない
ただ純白の白い衣の映える
光の中に、緑の森に,大空に
何かたりぬとそから聞こゆることなし
その水辺に,野に、大空に・・・・
ただ日々神にありて神に養われる
そにに付け加えるもの一つとてなし
神の造られしそのままに変わるらじ
人よ、そは何故に醜しや
美服を飾りしもそは醜し
汝より純粋な美は生まれじ
汝は営々と働き努力せしも
しかるに地は汚れゆくや
神の成す業は永遠に美し
天より白い衣着せられて
その身は軽やかに地におりて
また天に舞いたつや
地を汚すことなく神の園生にあり
その身は軽く浮上して飛翔する
そに誠の太陽は輝き映える
そは一枚の白い衣を残して
天使のようにかなたに去りぬ
人よ,何を遺さむ
財を遺せば争いの種
一編の詩を遺して去るべしかな

都会と田舎の問題は一つの歴史的にも人間のテーマである。文明とは田舎のことではなく都会のこと都のことだからである。
ただ逆に文明という大きなものではなく文化は田舎から生まれた、civilizationとcultureは別物だからである

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」と語られています

キリストがこう言ったとき一輪の花とは自然にあるものの全体である。だから一輪の花とは限らないのである。自然全体のことでありここで詩にした白鷺のことでもそうである。

常に疑問なのはなぜ東京のような所に人は住んでいられるのか?
それが田舎に住んでいるものには解せないとなる、満員電車に家畜のようにつめこまれてビルの谷間で混雑する人でひしめく都会に住めるのかとなる、しかし現実には東京に日本でも人口の一割は住んでいるし大阪でもあれだけの人間がひしめき住んでいるのである。
確かに都会には都会の良さがある、しかしその良さは自然からかけ離れた世界であり美はない
東京のようなところが文明の成果なのかとなる、文明というときエジプト文明とかローマ文明とかキリスト教文明とか仏教文明とかマヤ文明とかあるけどそれは明らかにやはり自然と融合した文明である,自然と調和した文明である。
エジプトのピラミッドでも砂漠という自然と調和して生まれた、そして動物を神としたアニミズム文明だったということは今の文明とは違う,動物が現代文明では排除してきたからである。
文明は自然の生態系と分離しているのが現代文明の特徴である。それを可能にしたのは石油とか原子力によるエネルギーの創造だったのである。そこから電気も造れたからである。
一面現代の文明は電気文明なのである。だからこそ電気がない社会は考えられないのである。そのために原発事故も起きたのである。

人間は営々と社会を良くするために働き努力してきたのである。その成果がなぜ東京のような大都会でありそれが労働の成果なのかとなるときまさに

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

それは花というのではなく自然が映えない、自然はすでにもうそこにはないてのである。
でも文明の恩恵は田舎でも受けている、都会と同じような暮らしをしているしむしろ飯館村などは一軒が森につつまれていて暮らしていた、それは田舎から比べると贅沢である。でもそのほかは病院がないとか不便だったのである。
だから本当に住みやすいとなると中都市である、そこでは田舎的なものと都会的なものが融合するからである。
ヨーロッパでは中都市が多くそこから文化が栄えたのである。

美というとき何が美なのか?それが人間には見えていないのである。女性の美にしても性欲的美でありそれは美ではない,人間の美は虚飾の美なのである。それに比べて自然の美は神そのものが造った純粋な美なのである。
だから鷺など当たり前にいるものであり注意しないものもいる、田舎に住んでいて田舎の人自体が別にそうした美を見ているわけではない、そこに価値を認めていないのである。
要するに田舎の人でも都会的なものに憧れているともなる、なぜなら田舎の価値を知って住んでいる人とは限らないからである。
だからこ原発事故発は金になるとして受け入れたのである。

そうなると都会と田舎でも変わりないとなる、その価値観は変わりないとなれば都会に住もおうが田舎に住んでも同じだともなる
ただなぜ人間は美に関して鈍感になってしまったのかということである。まず景観などに注意する人は少ない
だからこそ東京のような都会に住んでいても平気なのである。そこで文明の贅沢を享受すればいいとなるからだ

過去の文明は仏教文明でも美を創造している、今の仏教文明はカルトであり宗教とは何の関係もないから美など創造しようがない、
物質的なものだけを追求しているから別にほかの人何の変りもないのである。むしろ宗教によって欲が刺激され深くなっているか異常なのである。それは都会から生まれた宗教だからそうなっている
宗教は砂漠から森の洞窟から山岳か生まれているからである。そういう宗教は健全だったのである。

人間は物質文明の奴隷になると公害が随所に発生する,足ることを忘れ欲望のままに動いていますと大気は汚染され太陽は見えなくなります
汚れた空気が私たちの肉体をおびやかすようになる
人の心もこれと同じです,生まれたときの美しい神の心のままに生きていれば問題ないのですが五官,煩悩にふりまわされ欲望のスモッグを心に作り出してしまう
(悪霊-高橋信次)

原発事故は必ずしも科学だけの問題ではない,人間の心からも生まれた問題なのである。農家の人が親から農業など金にならないからやるなと殴れたというのは極端にしろそういうことが田舎であった,その人は原発で働き工事現場を渡り歩いたのである。

いづれにしろ鷺が津浪や原発事故六年すぎてもどったのはには感激した,それはやはり田んぼが回復したからである。そこに餌があるからもどってきた,人間が避難区域になったところにもどらないのは餌がなくなったからだともなる
なぜなら田んぼがなければ畑がなければ食料もないしそこで暮らせないとなるからだ
そこでの暮らしは廃炉作業とかの街になる,それは故郷とか田舎とは言えないものとなるつまり田園あってこそ田舎だからである。
風力発電とか太陽光発電とかドローンとか何かそうた工業だけの世界になると都会と何ら変わりなくなるからだ。

田舎でも田舎の価値を求めて生きていたとは限らない,都会的価値を求めて生きていたともなる,田舎の良さを何か気づかないで生きていたともなる,だからこそ容易に自然でも破壊されたのである。ただ原発を廃止できないのはそれが労働組合でも一体となりものすごい利権となっていたからである。
官僚でも検察でも天下り先としての利権がありそこが利権の温床になっていたのである
だからこそ原発にかかわっんた官僚でも東電でも誰一人として罰せられないのである。
そもそも罰する人間が利益にあづかっているからできないのである。