2013年06月06日

ベ-シックインカムは可能なのか (人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカムは可能なのか

(人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカム研究所
http://blog.basicincome.jp/


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生産性が上がり効率化された日本の土地の利用


●戦後十年までは貧乏のどん底だった日本


そもそもベ-シックインカムということが本気で論議するようになったことだけでも現代の豊かさを象徴している。人間の歴史は労働の歴史でもあり労働によって酷使されてきたのである。労働は人間に神から呪いとして課せられたという労働感もある。そうした呪いの労働の解放が実現されるとなるとそれは人類の理想の一つが達成されるともなる。それを可能にしたのは一面現代の文明だというのも確かである。例えば高齢化でもすでに65才以上の人が四千万いるとかなるとその人たちは年金とかで働かない人でありさらにニ-トとか無職の人が普通にいる、働かないでも暮らせる社会が現代なのである。高齢化も働かない人がこれだけいるのもありえない社会だった。

貧乏は戦前から戦後十年まで延々とつづいていた。日本の戦争の原因だって満州に農民が土地を求めて移住したことからはじまっている。日本は狭いからもう開拓する耕地もないからそうなった。
人類史上これだけの豊かさを実現した時代はなかった。特に日本は江戸時代であれ明治以降から戦後十年までは貧乏しか経験していな人が大多数だったのである。戦争だって東北の農民は白い飯が食えるからと志願した人さえいる。戦争の原因が貧乏でもあったのだ。だから日本は豊かさの欲求が激しかった。アメリカに戦争で負けたのも貧乏国だったということを負けて知ったのである。

アメリカは日本では考えられない豊さだったのである。

それは日本の養蚕業が絹織物が戦前はアメリカの輸出品となっていた。それはアメリカでは贅沢だから輸入できた。日本ではその絹製品を使用できない、みんな貧乏だから安い綿の着物とか着るものでも貧しいものだった。女工哀史などあるのもそのためでありその絹の輸出製品で外貨をかせぎ軍事費に使い戦争で使われただけだという人もいる。こういうことは後進国では今も起こっている。アジアでも貧しい国ではエビを養殖しても自分たちは食べられないとかそういうことはいろいろある。
輸出するものがないからそうなる。日本は資源もないし輸出するものがなかったのである。
その輸出するために女工哀史が生まれた。なんかよくわからないけど母も原町紡績の(原紡)で働いていて昼の休みが30分しかなくその時遊びたくて早食いした人が病気で死んだという。それだけ休み時間が待ちどおしくてそうなった。ゆっくり食べていたら30分で休むことすらできなかったのである。そういう貧乏のことは何度もプログで書いてきた。


●技術の発展で人間は働かなくても良くなった


人間の労働感は高度成長経済をへて相当に変わった。豊かさをもたらしたのはいろいろあるがやはり機械化とか技術の発展があった。アフリカ辺りで貧乏なのは広大な土地をもっていてもその土地の生産性が極端に低いのである。日本では戦後、米の収穫量が増え品質が良くなったのはは技術の発展のためだった。土地が狭くても前より何倍も米の収穫量でも増えたから減反までなった。だから農家では野菜とか果物とか花の栽培とか商品性が高いものを作らないと生活していけなくなった。米だけでは農家はなりたたなくなった。それはあらゆるところで技術発展の影響を受けたのである。情報分野でも目ざましい革新があった。新聞であれ本であれこれを出すのには設備もかかり金がかかるから簡単にはできないものだっ。本だって一つ一つ活字を拾っていた時代があった。そうした分野の技術者がいてもてはやされた。そんな時代があったが電子化で活字の時代など終わった。今はこの分野では何十倍の効率化をしている。文字が電子化してIT化すれば何十倍の効率化であり一人の人間でも新聞社やテレビ局や出版社にでもなれる時代なのである。


そういう自分がこれだけ忙しいのにプログに写真まで出してやれるのはIT化だからできているのだ。家事から介護からやっているのだからもしパソコンやIT化していないならできない、だから自分は今一人で3,4人分の労働をしている。暇なく絶えず何かをしていてそれでもこれだけ書いているからだ。それができるのはパソコンで書いているから忙しくてもその暇になんとか書けるということがある。そもそも家事だけで昔は一仕事であり一人がかかりきりでないとできないものだった。
その家事もやり介護まで一人でしているのだからすでに三四人分の労働をしているのだ。
そして現代では4千万人が働かないように働かない時代である。この辺でもそれが顕著に現れている。仮設に入っている人が3千人とかいたとしてもその人たちは補償金をもらっているから働かない、
それからゲ-トボ-ルとかパ-クゴルフとか健康な老人も働かない、東京まで競馬に行ってギャンブルしているしこの辺でもまた競輪のサテライトが開設される。パチンコが繁盛しているようにギャンブルが暇で金がもっている人が増えるから繁盛する。まさに原発避難者は働かないことで批判されているけど金があれば人間は働かない、そういうことが原発事故周辺では起きている。
それも豊かさの象徴であり極端化してこの辺が問題になったのである。


●すでにベ-シックインカムが現実化している時代では?


ベ-シックインカムになったら働かない人が膨大に増えて経済が成り立たないというけどそもそもすでに高齢化で4千万人が働かない時代は現実にそうなっているのではないか?確かに高齢化社会だからそうなっているが人間が技術の発展による機械化や効率化でそういう高齢者でも生きていける高齢者医療のために膨大な金を使っていて若者から批判されている。昔だったらとても無駄な老人は養えないからうば捨て山があったとか間引きがあったとかなる。それよりも老人はみんな早めに死んでいたのである。でもよくよく考えてみると介護士とかの仕事ができたのも現代の豊かさを象徴しいるのだ。それだけの介護する余力があるからそこに回す経済力があるからそうなっているしその医療とか介護福祉分野での仕事が増えて働く場を提供しているのだ。技術の発展で失業した人も膨大なのである。家事も機械化したから女中は必要ないし事務もパソコン化したら必要ないしとか自動販売機で売り子もいらないとかいろんな分野で機械化して人手を省いているからだ。そこで介護分野に仕事があるとなりそこに就職できる。それが若者がするべきものではない、無駄だといっても他に仕事がないからそこで働く人もいるのである。機械化されて人間の仕事がなくなるからそこに仕事が生まれた。そして介護関係の仕事は極めてもの作りとは違って人間と人間が向き合う人間的な仕事でもあるのだ。そんな老人の世話なんか無駄だというのも言える。では失業した人たちの仕事かどこにあるのかとなるのだ。

いづれにしろ原発事故周辺で起きていることは何か未来を先取りしたような地域になっているのだ。

●働かないで暮らせる人が膨大に増える
●自ら価値を見いだせない人は働かない
●介護する老人が他より増大している
●自然エネルギ-地帯を目指す(ソ-ラ発電)
●米以外の産業の振興
●花栽培などは放射能に汚染されないからできる
●津浪で住めなくなり市町村がコンパクトシティ化ししている
・・・・・・・・・


他にもあるが津浪や原発被害地は何か価値の大きな変化を求められているのだ。何らかの発想の転換が求められている。だから何かの特区にしようとするのもわかる。自然エネルギ-特区とかコンパクトシティ化とかは他でも言われてきた。花栽培というのもこれは盛んになってもいた。
つまり豊かな時代は文化の時代だから花の需要が増えるということもある。「森の花屋」というのが鹿島区の六号線にできたのも新しいことだった。あれだけ大きなものができれば何か心が豊になった気分になった。

オランダでチュ-リップバブルがあったけどそんなに花に価値があるものかと思った。でも豊かな時代には文化の時代となり花にも価値が生まれてくる。米など食糧は余っているとなるとそうなる。
つまり一つの土地が米をとり野菜を栽培してその余力があるから花の栽培にできるのだ。花を楽しむこともできるのだ。土地の効率的利用ができる時代だとなる。今までだったら全部田んぼか畑にするほかなかったのである。だからそういう点で働き方も変わってくるのである。

ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村
(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)
http://musubu.sblo.jp/article/68953271.html

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2013年06月01日

家事とはまず道具を機械をそろえること (将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)


家事とはまず道具を機械をそろえること

(将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

●家事も職人も道具が大事


家事のコツはなかなか会得しにくい、家事は職人ともにている。職人にとって道具が大事である。コケシ職人であれ昔からそうした器を作るものであれ道具が大事だった。それは大量生産するだけの型にはまった道具では使えないその人独自の道具を開発したりして使っていた。特別その用途にあった道具が必要になってくるのだ。農家でもまだ昔の鍛冶屋のことを四国の山国でしていたがその鍛冶屋は農家の人の注文で鍬などの道具を使っていたのである。つまり人間にとってどんな職業であれ道具が必要なのである。道具は機械でもあり現代が何でも機械化したというとき昔から道具に頼っていたにしろ機械に頼る割合がものすごいスピ-ドで増大したのである。あらゆる職業で機械をいかに使いこなすかが問題になる。医療分野でもここも高度な機械化でありコンピュ-タ-を駆使した高価な機械で人体をみる。そして人間よりロボットの手術が正確だとまでなっている。こういうところはかえって人間の細かい作業が必要だと思っていたがロボットを操作する手術が正確にできるというのも不思議である。もちろんそのロボットを操作するのは人間にしろコンピュ-タ-ができてそういうものが開発された。コンピュ-タ-ができてまた人間は頭脳の仕事もコンピュ-タ-に頼るようになった。
最近プロバイダ-が安いから変えてみないかと連絡があって変えた。その変えることも簡単だった。
パソコンを遠隔操作して変えていたのである。本人は一回だけ文字を入れるだけであとはなにもしないのである。こんな簡単にできるのかと驚いた。遠隔操作というのはまさにコンピュ-タ-に頭脳がつながってできることである。なんか自分の頭脳まだ遠隔操作されるのではないかと思った。


ともかくあらゆる分野でまず人間から教えられるより機械の操作が大事になる。そこに問題があるにしろ現実はそうなっているのだ。まず人間に頼ることより家事も機械に頼ることが第一になる。一人暮らしなどは特にそうである。今は女中とか手伝いさんとかは簡単に雇えない、そういう生身の人を家庭に入れることは非常に危険であるしそんな便利な人はいない、人は機械と道具とは違うからめんどうすぎる。信頼だって簡単に築けない、何か昔の村の共同体のようなものだったら人の手を借りることもできるが今はできない、人間は信用できない時代になった。機械は嘘をつかないからかえって機械の方が人間よりいいとまでなっている時代である。人間を信用するということは昔の小さな村のような共同体があればそうなりやすい。でもこれだけ広域な社会になったとき人間は今や誰を信用していいのか?人間だって広範囲に交わっているのだからまず昔の村の共同体のような感覚では生活できなくなった。だから家に入ってくる人は一番危険なのである。田舎だってどんな人間が入ってくるかわからないしそもそも田舎だって信用関係はなくなっているのだ。するとまず頼るのは人間ではない、道具や機械になってしまうのである。それは人間との信用関係は長い時間でしか作れないということもある。でも自分だけでやるのは家事だけでもむずかしい。すると頼るのは道具であり機械の方が便利だとなる。


●人間との信頼関係が失われた社会では機械と道具に頼る


今回買ったのはカタログが店に置いてあったのでそこからキッチン用の道具を選んだ。インタ-ネットでは意外と何を選んで買っていいかわかりにくいのだ。アマゾンで言葉で検索したらみんな売っていた。アマゾンで買う場合もまず検索する言葉が大事になってくる。言葉がわからないと検索しようもないのだ。インタ-ネットでは検索する言葉、キ-ワ-ドが重要になる。そこを手がかりとして情報を拡大化深化しているのだ。
ステレンス洗い桶、匂いのしない、生もののごみ入れとかみそを計量してとかすみそドラマ-とか
料理したものをはさむちょことトングとか料理したものを切るハサミとかである。これらは必ず家事をしていれば必要不可欠なものとなっていた。だけどこういうものがあるということ自体近くに店屋があってもわからないのだ。インタ-ネットでもまず言葉がわからないと検索しようがないのである。インタ-ネットではそうしたものが混雑して選べないということかある。意外と調べにくいというのも盲点なのである。


今の世の中は人間の信頼関係が失われた時代といえる。それは昔の村のような共同体とはあまりにも違いすぎるからだ。昔の村では名付け親とか何か一つの家族のようになっていた。こういう村は介護とか福祉の面ではやりやすかった。なぜなら介護の医療福祉の関係は機械ではすまされない、人間的なつながりが必要になっていた。つまりケアマネとかよくくるけどこれは若い人が多い、すると家に入ってくるのだからそのめんどうをみるのはおばあちゃんとかその曾祖母とかになってしま。そこで家族のようにおばあちゃんとかなるとやりやすいわけである。それがないとただその関係は金だけで仕事するとか動機がなくなってしまう。家で仕事してもらうことは何か家族の一員のようになる。
するとどうしてもそういう関係が基礎としてある社会だとやりやすいのである。金だけ雇われる現代にはそぐわないということもある。だからいくら高価の施設でも金持ちの人が入っていてもそれを世話する人は介護士などは金だけだとなりうまくいかない、その世話する人がおばあちゃんとかおじいちゃんとか思えないからである。福祉関係はどうしても人間と人間が直接向き合う場だからそうなる。それは医療にも言えるのだ。病人でも老人でもモノのように扱うというときそういう人間的関係が喪失した社会だからそうなりやすいのである。


いづれにしろ今の職業は農家だって機械に追われて機械貧乏で失敗しているし小さな会社でも機械の設備投資の額が大きいからそれで失敗する。またそうした機械の設備なしでは仕事もできなくなっているのだ。あらゆる所で機械を介して仕事している。人間より機械の役割が巨大化して機械に道具に使われているというのも現実である。戦争だってもう人間の戦争とはまるで違う。機械同士の戦争であり鉄腕アトムのロボット同士の戦争というのも現実化している。遠隔操作されたロボット同士が戦う戦争になる。


●家事でも機械の安全が大事だった


自分も家事は機械との格闘だった。そこで問題になったのが安全性があった。介護でモチを食わせるのに自動で消えない古い形のヒ-タ-を使っていたのでそれを消し忘れることで火事になるところだった。ガスでもつけ忘れるのがあり何度してもそれができないのである。だからIHヒ-タ-を買った。これはガスや他の電気製品より便利である。これだったら付け忘れもないし料理しやすい、こうした最先端のものを使わないと危険だということに気づいた。これは原発でもマ-ク1という古い型の原子炉を使っていたことで事故になったと同じなのである。技術は日進月歩であり安全性も向上してくる。それを使わないと安全は補償できないのである。パソコンのウィルスでもやはりそうである。機械には常に安全性も便利さと共に大事になってくる。家事の道具でも機械でも火事とかになりやすいのである。パソコンが安全でないとということはデ-タ-が一瞬にして消えるとういことはこれまでもあったから恐いのだ。こんなに機械に道具に頼る文明はやがて機械に操作されて機械とともに滅びる、原発も機械だったからそうなるというのも現実にある。でももう機械なしでは生きていけない社会である。家事にしても人間がもはや助けてくれない、遊んでいる人が膨大にいても雇うことなどもできない、金があれば誰も働かないし雇うにしてもその人間をどうして信用していいのか現実に大損害になった。これは機械の損失などというものではない、財産すらなくしてしまう危険が人間を雇うことにはあったのだ。また殺人にまでもなりうる、人間関係は機械の関係より恐いのである。


例えばA地点からB地点まで物を運ばせる場合、機械だったら忠実に文句も言わず運ぶ。
でも人間だったらそうはいかない、
「こんな仕事したくないんだよな、給料も安いしな、
他ではもっと高いらしいよ、ここの社長はいい暮らししている、俺たちはこうして奴隷のように働かせられるだけなんだよ、そしてこんな仕事して誰が感謝してくれるんだよ
金も安いのになんのためにやっているかもわかんねえんだよ、つまらないよな
結局奴隷なんだよ、俺たちはな・・・ 」
人間なら働くものの不満はどこでもきりがないのだ。機械だったらロボットだったら一言も文句も言わない、雇い主の操作する人の通りに運ぶだけなのである。別に感謝しなくても気を使わなくてもいいのだ。

だから人間より機械の方が正直だとか本当に思う人が増えてもいるのだ。だからもう人間は信用できない、ロボットを使って足りないところを補おうとなる。これも人間不信が極端化するとそうなる。外国人を労働者として受け入れるにしてもそこでは給料がたりないとか殺人まで発展している。
必ず回りとか雇い主と生活を比べるからそうなる。雇い主では機械のように安上がりに便利に仕事してもらいたいけど人間はそうはいかないしそうさせるべきものでもないからだ。だから労働は常に奴隷的な側面がつきまとっていたのである。最後は人間より機械の方がいいとなり人間は事務でもコンピュ-タ-が代わりをして重労働も機械がして人間は不用だともなるかもしれないしすでになりつつある。人間はみんな失業するのだ。だから遊んでいる人が今や日本では全人口の三分の一はいるだろう。仕事しているのは機械だともなる。そこで人間の役割は何かとなる。みんなが機械より創造的な仕事ができるわけではない、ただの無用な人となる人も膨大になってくる。一部のエリ-トが金をかせぐ仕事をしてあとは機械が仕事してあとの三分の一はただの無用な社会の邪魔者無駄飯くらいになってしまうのかもしれない、問題はあるしろそういう社会を目指しているのは確かなのである。


家事の機械化の意味するもの
(人間はあまりにめんどうだから機械に仕事させるようになった)

http://musubu.sblo.jp/article/68282810.html

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2013年05月24日

家事の機械化の意味するもの (人を雇うのはめんどうすぎるから機械化になった)


家事の機械化の意味するもの

(人を雇うのはめんどうすぎるから機械化になった)



私なんて専業主婦なのに家事が嫌いです(爆)
もう19年にもなるのに・・・
嫌いだし正しいやり方かどうかも自信がなくて、
娘4人もいるのに家事を教えることができません。
こうして家事ができない女が増殖していくのです。

あまりのダメっぷりに、夫はいろいろ機械を導入してくれました。
機械のほうが信用できるそうです(私の信用ゼロ!?)


高齢者です。
やらなければいけないから仕方なくやってきました。

特に料理、なんで人間は一日に3回も食事をするのか
それも365日延々と続く。
せめて3日でもいいから家事から解放されたら、などとも
思いましたが夢のユメでした。


私たちの子どもの世代では、子どもを持たない割合が38%、孫を持たない割合は50%になるだろうと言われている。家族で支え合うことが難しくなるということです。

 その結果、世帯構成が変わり、例えば一人世帯が増える。ならば、どうするか。生活の中での効率化という視点が意味を持ってくる。人がするべきことは人がするべきですが、人がものとかかわるような場面で、人でしなくてもよいことは機械がやればいい。そうすることで、さまざまな負担が軽減できるようになるわけです。
http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001539


●女中は戦前は家事手伝いとしてあったから抵抗感がなかった

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女中というのは戦前までは女性が経験するものとしてあった。それは嫁入りの修行とか単に賃金をもらうだけではないメリットもあった。家の中で働くことが若い女性の働き口であった。そういう社会では女中であることはめずらしくないし女中を雇うことも抵抗がない、一つの歴史として文化として女中という仕事があった。それはどうしても家事が機械化されていないから骨の折れる労働になっていたからだ。洗濯自体が洗濯機がないとき洗濯板でごしごし洗っていたのだからその労力は大きなものだった。家事自体が女性の仕事の大半をしめていたのだ。だから若い人は結婚前の女性は嫁入り前の仕事として女中を選ぶことは社会慣習としてあったのだから雇う人も雇われる人も抵抗感がなかったのである。


戦後は社会が急速に変化した。家族は核家族化して大家族が消えていった。高度成長時代になり人手不足の時代になった。そこで若い女性は工場労働者となったり働き口が増えたのである。それで家事に手が回らなくなり家事は機械化され外注されるようになった。
オカズも惣菜屋とかでまにあわせて家事は洗濯でも掃除でも機械化した。女性はその分外で働き稼いだ金で電化製品を買うようになったのである。
機械化というとき別に家事だけではない、あらゆるものが機械化がどんどん進んだのが戦後でありそれは今なお継続中である。もう理想はロボットで家事をやってもらうことなのだ。介護でもロボットにしてもらいたいという願望があり開発されている。結局こうしたあらゆるものの機械化は何を意味しているのか?


雇う側からすれば個人の家だろうが会社だろうが人を雇うことほどめんどうなことはないからである。特に家の中で働いてもらうことが一番めんどうなのことなのである。そのことが後進国の人がフィリンピンであれ手伝いとして雇用されるがそこで問題が起きる。
日本でもアジアなどの後進国でどうしても人を家事のために雇わねばならないから問題が起きる。この世で人間ほどめんどうなものはない、人間は使う方から見るとどれほどめんどうなものか?
機械化する原因はやはり雇う方にすると人間があまりにも要求が多くて仕事させるのがむずかしいからである。

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https://www.gcoe-intimacy.jp/
images/library/File/working_paper/New%20WP/
WP_NextGenerationResearch_11_YAMAMOTO_s.pdf


家の中で働いてもらうには機械のようにはいかない、いろいろと気を使うし信用もできないからさらに疲れる。戦前のように嫁入り修行だとかモチベ-ションがあればいいが今は賃金しかないから余計に気を使う。そして人間と人間の信用関係は長い時間がかかる。すると何かしてもらうには機械の方が便利だとなる。それが人間が機械化する大きな要因でもあったのだ。


別に今家族の中で働く人手がたりないということではない、働ける60代の人が相当にいる。でもその人たちはゲ-トボ-ルとかパ-クゴルフとかして働かない、原発事故地帯では働ける人も補償金もらっているから働かない、そういう働けるのに働かない人も今の時代は膨大になっているのだ。いくらそういう人がいてもその人たちは金があれば無理して働かないのである。それでますます機械に頼る生活になっている。電化製品はそれで実際はますます必要になってくる。料理するにはガスよりIHヒ-タ-が便利である。安全装置があり今度は自分も安いのを買うことにした。ガスだとガスを消すのが忘れやすいのだ特に自分の家は台所と食事するところが離れている古い家だから特にそうなのである。だからなんとか家事をやりやすくするために機械に頼らざるをえないのである。いろいろ験してみたがおかゆメ-カ-は使えなかった。機械も使いこなすのがパソコンのように馴れるまで結構手間がかかるのである。


●時間給とか人生の時間を切り売りしたくない


ともかく人間は一つの機械のように部品のうよに使えないめんどうなものである。人を使うということはその全人間が問題になってしまう。それを無視して派遣だとかアルバイトだとかパ-トだとか一時的に便宜的に人間の時間をさいて働いてもらうのはそれは雇用主側の要求でそうなっているのだろう。人間はそんな時間を切り売りするような働き方をしたくないというのが普通である。人間は時間ほど貴重なものはない、その時間を部分化され賃金のためにパ-ト化されるのは人間を無視していることなのだ。ただ雇う側からするとどうしてもそんな全人間を相手にするようなことをしていられない、便宜的に効率的に安く雇いたいとなる。それで今のような人間の時間を人生を切り売りするような労働形態が生まれたのである。だからこそ雇用する側からすると人間より機械の方がいい、いっそうロボットの方がいいとなる。現実的にパ-トとか派遣とかアルバイトとかの雇用は人間のロボット化なのである。現代の雇用形態自体が無数に部分化した労働になっているのだ。そこから人間疎外が言われるようになったのである。ス-パ-でも労働力不足になると自分で機械を操作して計算してカ-ドで金を払うとか自動化する。それは雇い主のためというより客のためにもなる。そうして労働力を省けば品物のコストが安くなるということもある。


労働は雇う側と雇われる側ではそこに大きな溝があり埋められないのである。実際は雇う側も雇われる側も一体化する、区別がないような労働形態が理想でありそういう会社を小規模ながら目指している所が紹介された。そもそも一時間いくらとか時給制という働き方自体が人間を無視したものである。人間を雇い主の都合によりロボット化機械化したものなのである。それより戦前のように雇う人も使用人も一つの家族のようになっているのがかえって全人間的な働き方だったかもしれない、現実に一つの墓に使用人の名前が記されている所が一緒に墓に埋められているのがある。それは墓まで一緒だったとなりそれなりに家族のようになっていたとなる。ただこれもいろいろな見方がある。そんなものは一方的に奴隷のように地主にでも働かされたのだろうとかともなる。

ロ-マ帝国のような奴隷制でも結局人間を奴隷として扱うことはできないからこそ主人と奴隷でも人間的なものが生まれたし奴隷制は廃止されたのである。現代もやはりロ-マ帝国のように露骨ではないにしろ社会組織の中で奴隷制が生まれているとも言える。それで働くこと自体に抵抗を感じるから働かない人もニ-トなどもでてくる理由にもなる。もし働くことが自らの価値観で自ら求めてその働くことに満足するならいいがほとんどの人は満足していない、自分は奴隷だよとなっているから問題があるのだ。ただこうしたことは何千年前から継続された人間の問題であり簡単に解決しない、その解決方法として機械化がロボットに労働を代行してもらうということになったのである。


それにしてもあまりにも機械化された結果、農家でも昔は村のもの総出で田植えとか稲刈りをしていたときそのとき協働することで連帯が生まれていた。今でも家族総出で田植えしているときそういうものを感じる。大家族で労働しているとき協働しているとき家族の連帯も生まれたのである。
つまり労働を通して家族のつながりや地域のつながりが作られていたのである。
労働は単に便利になればいいというものでもなかったのである。だからいくら人間の労働を機械化してもロボットにしてようとしてもそこに必ず欠けたものが生まれ矛盾が生まれる。
何でも便利に使用として機械化しても何にしても人間はうまくかないものなのである。
どんなことしてもすべてを機械に代行することなどできないのである。

 
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2012年10月14日

労働の価値は労働してみないとその価値がわからない (料理することも運ぶことも労働だ)


労働の価値は労働してみないとその価値がわからない

(料理することも運ぶことも労働だ)

佐用共立病院(兵庫県佐用町)で女性入院患者=当時(85)=が肋骨(ろっこつ)を折られた事件で、傷害容疑で逮捕された同病院の看護師羽室沙百理(はむろ さおり)容疑者(26)が、動機について「患者が感謝の気持ちを示してくれなかった」などという趣旨の供述をしていることが12日、捜査関係者への取材で分かった。看護師として自信がなかった、とも漏らしているといい、仕事への不満と不安の矛先が、一方的に寝たきり患者に向けられた可能性がある。


この事件が何か突拍子もない、異常な事件のように見えたがそれなりに理屈があり通り魔事件のように全く理不尽なものとも言えないことが自分の経験からもわかった。
ずっとこの五年間家で介護しているから食事の用意をすることでそのことを感じた。
料理することと別室に料理を運ぶことが結構手間なのである。実際に食事がゆっくり余裕をもってできなくなった。お茶わかすにしても別室にもってゆくから手間になり自分の食事をゆっくりできないのである。別室で寝ていることはそれだけ運ぶ手間が必要になってくるのだ。

つまり料理をすること、運ぶことで二重の手間になっているのだ。だから自分の食事をゆっくりできない、食事の途中で立ったりすることが多いのである。食事もゆっくりできないことが何とも悲しいとなる。今までは三食用意されていたからだ。ただこれもつくづく自業自得だと思った。母も店をしているときゆっくり食事できなかった。店に客が来ると食事の途中でもしょっちゅう立っていたのである。母は自分の家では奴隷のように働かされてきたのである。それが今度は自分にふりかかってきたからしょうがないきとあきらめている。人間はつくづく他人が苦しんでいることが自分の身にふりかかってくる。この人は病気でかわいそうだなと思って自分は関係ないとその時は思っていてもみんなやはり病気になっているのだ。人間はもし誰かを虐待したり苦しめたら必ず自分も同じ目にいつかあう。それは生きている内にあう、死んでからではないのだ。


ともかく料理して運ぶから食べ残したりすると気分悪くなる。なぜせっかく料理して運んだのに食べ残しているのだ、贅沢だと思う。ただ病人だから違っているにしろそんなこと思ったこと今まで一度もない、相手のために労力を使ってるから食べ残したり感謝しないと不満になるのだ。それは金を払ったからといって解決する問題でもない、金持ちの施設で「オレは大金払っているんだよ、もっと親切にして働けよ、お前たち奴隷なんだよ」などと横柄に対処されたらいくら金をもらっても嫌になるし金持ち相手が嫌になったというのもわかる。料理して運び世話するということは相手のために尽くしていることでありそれがすべて金を払えばいいじゃないかでは人間の関係は成り立たない、働く方にするとそこに不満が生まれるのだ。これは看護師が患者に対して不満をもつのもわかる。苦労して嫌なことをしているのに感謝もないとか相手が横柄だとなると仕事する気にもならなくなる。
ただ一方で手術したばかりなのに手荒くあつかわれるのは患者からするとひどいな残酷だなと自分は思った。


人間は絶対にサ-ビスを受けているばかりだったら労働の価値がわからない、消費しているばかりだったら労働の意味もわからない、食料でも金があるからス-パ-に行けばいくらでも買える、金さえあればなんでも手に入るとなるが実際は食料でも誰かが手間をかけて作り出している、それが見えないことが問題なのである。ただ医療関係、福祉関係はあからさまに見えるから自分はこんなに苦労して尽くしているのになぜ感謝しないでこの人は横柄なのだとかなってしまう。それは介護でも同じである。なぜそれなりに苦労して料理を作り運んでいるのに食べ残したりしているのかとかなる。これは病人だからしかたがないが病人でなかったら家族でもそう思うだろう。


結局労働とは何でもそれなりに苦労するからその苦労することで労働の価値が生まれる。苦労もせずに何もかもできるなら何にも感謝しないし感謝しろとかならない、だから人間は自ら労働しない限り労働の価値も物の価値もわからないとなる。それは知的労働でもそうである。プログ書くにしてもそれなりに努力している。苦労して買いているところがある、でも実際は何の報酬もないのが現実である。つまり情報を与える方にならなければその苦労はわかってもらえない、ただ記者でも取材で死んだ人が結構いるからその時報道でも命懸けで知らせているのだと自覚させられる。その情報は命に変えて与えたものだとなりその価値を認めるようになる。


オレはこの料理を苦労して作ったんだぞ
そしてこうして運んできた
なぜ食べ残したりするのだ
なぜうまいと食べないのだ
買うにも金がかかっている
買い物でもそれなりの労力なんだよ
それだけじゃない、
この食料を作っている人の労力も大変なものだよ
だからこそ食料は無駄にしてはならないんだよ


相手が病人でなければこうなる。それでも日本などではゴミが出すぎるのだ。ゴミ出しに毎日追われているのだ。その中に無駄になった食料がありその量は日本全国になるとものすごい量になる。
人間は作り出すものの苦労がわからないとその価値もわからない、電気にしてもボタンを押すと使えるが実際は石油を運ぶのにどれくらい労力がかかり危険を犯しているかとか考えるとやはり料理して運ぶ労働とにているのである。そういうことが現代ではリアルに感じられないのである。

大工さんとか看護師とか医者には労働が目の当たりに見えるので感じるが他はなかなか感じにくいのが現代なのである。人間はただ与えられ消費するだけだったら人の労働の価値は何もわからないとなる。「働かざるもの食うべからず・・」というのは基本的にはあたっている。
食料を生産しなくても料理してそれを運ぶということ自体手間である。それは労働してはじめてわかることなのである。ただすべての労働が価値あるとは限らない、ブラックな仕事も相当この世にはありそれらが価値あるとはならない、そういう労働でも無価値な労働もまた多いのである。ただ蟻塚を築くために営々と働くということもあるのだ。無益な労働も膨大なものとなっているのだ。

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2012年05月10日

土着なくして職業も学問も芸術も報道もない (故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)


土着なくして職業も学問も芸術も報道もない

(故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)

●土着の思想
土民生活に於ては一切の産業が土着するが故に農工業や交換業が或は分業的に或は交替的に行はれて鞏固な有機生活が実現される。

鍛冶屋も土民なら、大工も左官も土民だ。地球を耕し――単に農に非ず――天地の大芸術に参加する労働者はみな土民だ。土民とは土着の民衆といふことだ

土民思想に於ては、職業によつて軽重を樹てない。たゞ総ての職業が土着することを理想とする。自治は土着によつてのみ行はれる。然るに他の諸々の職業人と有機的に連帯しない農民のみの土着は不可能だ。その土着生活は必ず他の職業に依頼せねばならないので、再び動揺を起さねばなるまい。総ての職業が土着するには、金融相場師がなくなるを要する。総ての職業が土着すれば、そこに信用が確立し、投機が行はれなくなる


底本:「石川三四郎著作集第三巻」青土社
http://www.aozora.gr.jp/cards/001170/files/46455_25648.html


土着性とは何かというときこれも奥深い問題である。土着というときそもそも人間は土着しなければ生きていけないということからはじまっている。縄文時代はその土地に動物のように土着して生きていた。回りにあるものだけを食べて生きていた。どんぐりまで食べていたとすると猿とさほど変わらないものであった。それしか生きる道がないし神は動物でも人でもそこに生きる糧を与えていたのでありそれで生きていた。弥生時代になり稲作がはじまっていても基本的には土着なくして生きてはいけない、農民的土着的生き方が江戸時代までの生活だった。今日のように高度に文明化したとき、改めて土着性が問題になった。それはとりもなおさず人間は土着的なものから余りにも離れてしまったからである。当たり前のように土着的に生きていたものが土着的でなくなった。東京辺りだと土すら見ることがない、そこでは土着という言葉さえ通じなくなってしまう。土から離れて生きる人が何千万人と今ではいる。江戸は百万都市でも回りは農家であり農家の人が町中まで深くかかわって暮らしていた。だから江戸に住んでいてもやはり土着的な所があった。

土着的というとき人間も自然の中に生きるのだから当然土着なくしてありえない、誤解しているのはあらゆる職業が土着的なものとしてあるべきなのが自然なのである。土着的であってこそ生の充実と生きがいが見いだされる。土着的とは全体的と同じである。職業には土着性が必要なのである。

勤務医は土着性がなく転勤しやすいとかいうときやはりそこに何か職業として欠落してくるものがある。開業医は土着性がある。何代も医者をやっていたりしたら農家と同じくなる。この辺で看護師が不足して他の県から派遣されて働いている人がいた。でもその人は期限付きだから困るという。ずっとここで生活して働いてもらわないと困ると言っていた。それもまさに看護師も土着的でいなと勤まらない職業だということになる。何代もつづくということは土着性があることになる。職人でも十何代もつづいているのが江戸時代であった。職人も大工でも地元の材料を利用して家を建てていたらより土着的になる。庭作りは地元の石や植物とかに精通していないと作れないとかなると極めて土着的である。庭は故郷の自然と直結していたのである。庭作りは農耕ともにていた。花作りは野菜を栽培するとたいして変わりないのである。


芸術もこれも土着なくしてはありえない、cultivate(耕す)がcultureになったことでわかる。その土地に根ざしてできるのがア-トである。山や海や大地や川がなくてどうして芸術がありうるのかとなる。都会には芸術家は生まれない、天才も生まれないという、それはそういう基盤が故郷をもたないからである。その人が大地から自然から遊離していたら芸術が生まれ得ようがない。芸術の霊感の源は自然だからである。その自然のないところで芸術が生まれようがない。音楽だってベ-トベンの音楽がドイツの森や大地から生まれたというときまさにそのことを物語っているのだ。ベ-トベンの音楽を理解するのにはドイツの大地に立たないと理解できない。すべての文化の根源には土着性がある。それぞれの国そのものが土着して生まれた。大和(ヤマト)自体が奈良の一地域の名前だった。一村が日本という国になったのである。奈良が国のはじまりだというときまさに奈良という山と大地に土着したものが日本の国となった。封建時代はそれぞれの藩が国でありそれも極めて土着的でありそれぞれが一つのミクロコスモスとなって生活していた。そこでの職業もすべて土着的なのである。

●地人論の思想

政治家でも銀行家でも実際は土着的である。地域に通じなければそもそも政治家になれないし融資するにしても地域の経済に通じなければできないから土着的になる。報道というものも実際はこれも土着的なものなくてしてありえない職業である。今回の津浪や原発事故でそのことがみんな理解した。そもそも情報が東電や巨大なマスメデアによって支配されていたことが事故につながっていたのである。マスメデアは報道すること自体莫大な金があるから宣伝費をもらって成立している。だから東電では莫大な金をマスコミに流していた。そして情報は統制されて安全神話が作られていた。福島県の地元のマスコミ、新聞雑誌も同じだった。土着的に独立している報道機関ではない、他の巨大な財力、権力あるものの一機関なのである。カルト教団から金をもらっていたりとか報道するのに莫大な金がかかるところは巨大な権力に頼らざるをえないから地元民に密着した土着的な報道となりにくいのである。あらゆるものは土着的なものの追求なのである。土着的なものから離れたとき今回のような原発事故も起きてくる。公害事故も起きてくる。災害にも対処できないとかいろいろな問題が起きてくる。東電は土着的ではない、それ故土地の歴史を津浪を考慮しなかった。東北電力は地元であり土地の歴史を重んじて高台に原発を作り辛うじて津浪の被害をまねがれたことでもわかる。


地を離るれば人なし、人を離るれば事なし、故に事を成さんと欲する者は
まさに地理を究むべし 吉田松蔭


われわれは、各地に生まれてから昇天するまで、各地に固有の地の理
を究め、産業や経済を起し、政治や行政を行い、子や人を育て、美や文
を追求し、自然や神に祈る。
「仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める」‘営み’によっ
て、先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える。内村鑑三(地人論)


ユダヤ人が土地をもてない、国をもてないから金融業に頼ったというのはわかる。そこから世界は金だけの世界になったと批判するのもわかる。マルクスの人間疎外が貨幣が神のようになったということもわかる。現実的に今は人間をどうみているかはいうと物-金(人間)-物・・物を交換する媒体として金がありそれが人間なのである。普通に人間を金としてみてしまっている。この人がいくらの金がもたらされるのだとしか考えない、それは親族の間でさえそうなっている。それが普通の状態になっているのだ。それほど貨幣の力が大きくなりすぎた。それをいろいろ批判しても現実がそうなっている。だから否定できない力として貨幣社会がある。江戸時代まではそういう貨幣万能の社会は生まれていない。貨幣はやはり土着的なものから人を切り離すことにも大きな力を発揮したのである。今はただ金のために働く生きるというときそこで労働の本質が見失われたのである。


●働くことなくして人間の存在価値はない


農民は土を耕し種をまき作物を育てるとき力が湧く
その実りを自らの手にするとき力が湧きあがる
大工は工夫して家を建て完成したとき
自らの力を自覚して力がわき上がり喜びがある
土木業者は道を作り土台を作り力が湧く
医者や看護師も患者の病を直し助けて力が湧く
手伝いさんも自ら料理して掃除して家事をして力が湧く
料理人はうまいものを食べさせたとき力が湧く
教師はうまく生徒をに教えられたとき力が湧く
旅人は困難な旅をしているとき力が湧く
画家はいい絵を描き力が湧く
詩人はいい詩を書けたとき力が湧く
何もしなければ例え金をもらって生活はできても
何の力もわき上がらない
金のために働く前に働くことはその人が活かされること
その人の能力が活かされることにあり

労働とは本質的には金のため消費のためではない、生きがいのためでありまた各自の能力が活かされることである。その能力は別に特別の人がもっているものではない、あらゆる人が能力をもっている。例をひいた土民思想はそれを示している。なぜ今働くことが拒否されるのか?それは土着的なものとして意識されないからである。ただ一つの部品のようにされ全体の中で生きるという自覚がもたらされない。人間はいくら仕事してもそれは一部である。でも全体に通じているとき力がでてくるのである。仕事がしたくないというとき生きがいが見いだされないということが根本的な問題としてある。貧乏な時代は生きがいもなにもない、ただ食うために働かされるという時代であった。そういうとき働くことがどうのこうなどと考えない、働かねば飢死するという窮迫だけがあった。今は働かなくも食べて生ける、その数が何千万人にもなっていると思う。こういう時代はただ金のために働けといっても働かない、郷土史いうときもこれミクロコスモスの探求であり土着性の追求である。郷土史は別に特殊な好事家のものではない、すべての人にとって不可欠なものである。土地のことに通じなければ市町村長になることはできない、今回の津浪でもそうであった。いかに土地のことに通じる必要があったか思いしらされた。また何百年前のことも知っていなければならないか思い知らされたのである。


この辺ではともかく働くというとき働くこと自体を奪われた。それで昼間から酒飲んだりパチンコしたりと外からも批判される。それでも別に補償金をもらっていれば生活はできる。でも生きがいが喪失してしまいその存在自体が無用とされてしまう。だから働くとは何なのかということを当たり前のことが別に普通は考えない人も考えざるをえなくなったのだ。そしてその働く場としての土着の場としての故郷が喪失したとき人はすべてを失ったのではないか?補償金として一億円もらっても自分たちを活かす場が喪失した。「先人から学び、経験を蓄積し、次世代に伝える」その先人も経験の蓄積である歴史も失われた。次世代に伝えるものはその故郷という場すら喪失したのだからない。
ただ金だけをもらい故郷に蓄積されたアイディンティティをすべて奪われた。それが原発事故の悲劇だったのである。

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2012年01月03日

禁欲生活から始まった資本主義にもどる必要がある (宗教は人間の欲望を抑制するために生まれたことを再考せよ)


禁欲生活から始まった資本主義にもどる必要がある

(宗教は人間の欲望を抑制するために生まれたことを再考せよ)

●働くこと自体、欲念や欲望を避けるためだった


宗教はそもそも禁欲からはじまっている。道徳というものはすべて何らかの欲の抑制と禁欲を教えている。資本主義すらもともと修道院の禁欲主義からはじまった。神に奉仕して民衆に奉仕することが動機となっていた。そのためにこそ働き利益をあげることが神から許されたのである。修道士は利益をあげてもそれでもって享楽したり贅沢などしない、家庭ももっていないとしたら日々食べるだけで満足しているのが修道士である。そうしていれば自ずから利益が上がり利益は蓄積され資本も蓄積される。ではその利益が蓄積されその資本をどう使うかが問題となる。消費をしない倹約、禁欲を守るのだから修道士は消費しない、でも生産が増加すればもの余りになるだけである。資本主義は勤勉の宗教、哲学なのだからいつかはそうして日々働いていたら誰かが豊になり裕福になることに運命づけられている。一方で富は富裕になることは修道院では禁止されている。そういう矛盾が資本主義にはあった。


日本人が勤勉だというとき本当に明治から大正生まれの人は良く働く、そして消費をすることを悪いものとしている。それが極端になると働くことだけを価値となしあとの一切の消費を悪いものとして否定する。食べるものは贅沢したりして認めている。しかし庭とか作ったりしたら全く価値を認めない、他のものにも認めない。趣味的なものも認めない、花を買って挿したりすることは多少認めていても庭に花を植えたりして鑑賞することも認めない、一切遊びもしない、趣味で遊ぶことも体験もしていない。そういう環境にもあり労働が子供の頃から強いられた世代である。すべてがもったいなという世代である。だから食べ物で今贅沢しても食べ物で何か文句を言ったりすることもないのである。どんなものでもありがたい、食べられればいいという世代である。そういうことは感心する。しかし自分の家族のことは極端だから一般化はしにくい。しかし何のために働いたのかというと奇妙なことは働くために働いたということになる。たいがい今は消費するために働いている。食べるほかに家が欲しい、いい車が欲しい、大きいテレビが欲しい、海外旅行がしたいとかそういう消費がグロ-バルに広がったからそういう消費で満足するために働く。そういう欲望が限りなく広がって来たのがグロ-バル化経済の欲望資本主義である。


なぜこれほど労働に重きをキリスト教のプロテスタンシズム、修道院では置いたのだろうか?それはおそらく働くないと気が散りかえって様々な欲望や享楽の誘惑に負けるからだったともいえる。働くことに夢中になっていれば別に消費しないでも誘惑からまねがれるからいいとなる。そうでないと怠惰な時間があるとそこに欲望や誘惑が入りこんでくる。それを修道士は恐れたのである。それは別に厳格なキリスト教でなくても仏教でも禁欲であり禁欲こそが宗教であり哲学であり道徳なのだ。ただ仏教では働かない、洞窟で座禅を組み禁欲にはげむ、僧院にこもり修行するのも禁欲である。インドなど暑いから木蔭でじっとすることが暑さに耐えることも関係していた。蓮の花のあうのはインドである。その蓮の花がエジプトでもロ-タスとし象徴的な花となっている。蓮の花はもともと暑い国の花である。

プロテスタントシズムが起こったのはドイツとか北欧とかでありそこは寒い国だった。寒い国は勤勉になる。暑い国はどうしても怠惰になる。だから座禅を組んで働かないで禁欲を実行したが座禅しても気が散り欲望は目覚める。かえって強く目覚める。一方働くことは気が散らない欲望を忘れられる効果があった。それで修道士は働くことに勤しんだのである。働くために働くということとある程度共通していたのである。自分の家族の場合は異常だったけど修道士はそうではなかった。神に奉仕しているとして働いていたのである。時計というものが修道院内で発明され時の鐘を鳴らすのは修道院でありそこで時間の感覚が養われたのである。


●キリスト教では座禅する代わりに働いて禁欲した


宗教というのはどうしても禁欲が不可欠なのである。例えば女性と交わらないというとき女性はあらゆる面で欲を増長するものとしてあることがいなめないのだ。その衣裳で飾り様々なもので誘惑する。それは女性が悪いというのではなく極自然な行為としてしている。それでその女性の贅沢のために男性が働くということも普通にある。するとそうした労働は贅沢のためであり宗教的にはしてはならないものである。だけど働くということに重点が置くとその意図とは違ってそうした贅沢なことに消費されるのである。そこにまた矛盾があった。それでソロ-が働くことを拒否したのは金持ちのために金持ちの浪費のために働いているとかを見て働くことをその場合は無意味としたのである。確かに現代の労働となるとすべてが本当に必要なものなのだろうか、これほどの労働が必要なのかという疑問がでてくる。貧しいときは労働は必要だった。おそらく機械化も関係している。コンバイン一台で千人分の麦刈りをしてしまう時代である。人間の労働はある程度機械が肩代わりするようになった。すると人間は機械と比べるとこれだけの差があるのだから人間の労働が無力になったから働くことが必要なくなったという一面はある。ただ労働の分野は無限に増えている。介護とか新しい分野ではいくらでも必要になっているのだ。家事などは機械化して消費化しやすくなっているから金でまかなうことができる。自分でもほとんど買ってまかなっている。風呂も自動だし洗濯も自動だから一人で何とかやっていけるのだ。ごはん炊くこともしていない、インスタントの米をレンジであたためて食べることができる。これが昔のように電気釜もない時代だったら家事だけで一日が終わっている。洗濯にしても骨の折れるものであった。昔の労働は大きな部分が家事に費やされていたことは確かである。女性の主な労働は家事だったのである。


人間は強いられて働いてきた。日常の糧を得るために追われ働いてきたのが普通である。でも豊になると働く必要もないのに働いているように見えるようになった。明治維新後は欧米に追いつくために富国強兵とかがむしゃらに働かされたのだ。豊になることを追求してきたのだ。戦後の焼け野原になってからも物質不足でありその物を充たすために団塊の世代はがむしゃらに働いたのである。それが今働かない人が人口の三分の一くらいもあるような時代になった。高齢化の人も年金暮らしで働かない、ニ-トや若い人でも働かない人口が多い。これほど働かない人がいた時代はないだろう。ただ働かない人達が働きたくないということではない、自分の生き甲斐となるものがあれば働く、ぶらぶらして何もしないということも楽でないからだ。そしてそういう暇な所に欲望や享楽の誘惑がはいりこみやすい、また小人閑居して不善を成すとなやすいのである。働くことは修道士のようにそういう欲望を抑制して逃れるためにもあったのだ。特にに若いときは欲望の力が爆発的になるから余計にそうである。そこで禁欲を実行することは至難である。


ところが懸命に労働しているとある程度逃れられるとういことがある。座禅などしていてもかえって欲望が増大するからむずかしい。ともかく人間の生活には明かに禁欲が必要だからこそ昔から宗教や哲学や道徳が生まれたのである。欲望のままに生きる人間は野獣と同じになってしまうからである。結局人間の悪は性であれ何であれ抑えられない欲望のために起こるからだ。だからあくなく消費を刺激する現代の資本主義は全くプロテスタントシズムからはじまった禁欲の資本主義と正反対のものである。消費がすべて悪いものではない、消費も生産につながっているものもある。旅をしたことは知らない世界を見聞することであり本を買うことも知識を得ることであり消費は生産につながるものでもある。だからいちがいに消費は無駄とはならない。ただ絶えざる性を刺激するようなファッション産業などや様々な消費が奨励されるのかとなるとそうは思えないものが増えてきたのである。車だって本当にこんなに必要なのかと疑う、そんなことを言う人は今は異端であり誰も相手にしない。もし車が過剰で無駄だとなるとき車を生産していることにで働くことも無駄だとなるのだ。働くことが疑問になったのはあまりにも物がふえすぎた結果だろう。そしてさらに足りない足りないと欲望を刺激するものが過剰に作られているからだ。


●現代は昔の禁欲生活が必至になった


江戸時代から戦前は貧乏だから別に宗教のように禁欲を強制しなくても強制させられていたのである。禁欲が大きな価値となっていた。宗教的には享楽的消費より禁欲が推奨される。それで魂は汚れから逃れられる。そして実際に禁欲というのは現代文明には不可欠となっているのだ。原発事故がなぜ起きたのか?その原因はいろいろあるにしても人間の欲にあったことはまちがいない。原発は人間の欲望に答えるものだからこそ危険なものでも作られてきた。原発は人間の欲と深くからんでいる。だからこそ廃止することもむずかしいのである。すべての人の欲を抑制させることはむずかしいからだ。地元にしても原発からの恩恵があるから積極的に誘致したという経緯もある。だから原発も宗教ともからんでくる。双葉町辺りで何キロしか原発から離れていない所では家族がばらばらになりその主人が家族が一緒に暮らせるならロウソクでもいいと言っていた。まさにそうした極端な禁欲的なことを言うようになったのはその被害が大きすぎたからである。こんなに害を及ぼすものだとは思っていなかったのである。


原発を拒否するには生活そのものでは昔のように禁欲的にならざるをえない、俗社会では耐えられないということになればまた原発事故が起きて住めなくなる。以前として欲望を拡大化する欲望資本主義が継続されたらまた原発事故が起きる。社会全体に禁欲が要求されているのだ。もちろんロウソクにしろとか車をもつなとかは言えない、しかし禁欲はある意味で強制的にすら必要な時代になっている。そして禁欲がすべて悪いとはならない、禁欲はかえって満足をもたらす、幸せをもたらすことにもなる。江戸時代の人々が幸せそうに見えたというのは今より欲望が抑えられて禁欲的だったからである。人間の欲望は限りないし決して満足をもたらさない、結局人間は何ら本質的には変わってない、欲望から脱しない限りこの世に平和はこないし人間は欲で滅びるということは変わっていない、原発だって人間の限りない欲望が作り出したものである。原発は科学の問題であり科学がやがて解決するというがそうはならない、今回の津波はこれ以上原発をもつなという天からの神からの警告だった。これを無視してさらる原発をつづけるなら日本は滅亡する。地震国であり津波国であり危険すぎるのである。アメリカの科学者が日本では狭いから原発事故になると逃れる場所がないと言っていた。二三ケ所事故になったら日本は滅亡して外国に逃れるほかなくなる。


いづれにしろ人間は常に少数者であれ禁欲を実行する人達を必要としていた。それが今のように全く世俗化した社会になったとき欲望のみが放置され拡大化してゆくときそこから原発事故でもあらゆる害が抑えようなく起きてくる。カルト宗教にしてもそこもぎらぎらした人間の欲望を増長するだけの団体である。宗教はあらゆるところで厳格な禁欲を実行する場ではなくなった。神社にしてもそうでないか、賽銭にはこの世の欲がこびりついている。何を祈るかと言ったら何かのこの世の欲望を実現したいが為にお参りしているだけではないか?だから現在は神聖な場はすべて欲で汚ごされている。寺もまた戒名商売とか観光商売とか世俗の欲と離れた世界ではない、宗教は本来世俗の欲と離れることを志向した。世俗の欲を絶つことが出世であり信仰の場だったのである。そんなところ今はどこにもない、宗教的な場所に行けばそこは常にそうである。なぜ山の上まで行ったらそこに神社があって賽銭のようなものが要求されるのかわからない、どこでも賽銭が要求されるのが宗教的な場所になっているのだ。それは商人にかけた関税なのかとも思う。だから今は自然そのものにじかに接することが身を清めることであり宗教的な場に行くべきではない、そこには常に人間的な欲がまとわりついているのである。昔のように禁欲的な修行をしているということもないのだ。ただ賽銭をもらいたいという人が形だけ僧侶になったり神主になったりしているように見えるのだ。宗教はそもそも禁欲を実行する場でありその原点に帰るべきなのである。

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2011年11月09日

モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している (働かない人が増えるのそのため)


モラルなき欲望資本主義はすでに崩壊している

(働かない人が増えるのはそのため)

●修道院からはじまった資本主義


当面生活に必要なお金が手に入れば、それ以上働かないというのが生物としてはむしろ自然な行動だと思います。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


キリスト教の信仰から、近代資本主義に必要な「勤勉」「契約の遵守」「所有権の確立」「資本の蓄積」という考えが出てきたのです。


カトリックは一般信者を甘やかしたので、この精神も希薄ですが、プロテスタントは厳しくキリスト教の原則を守りました。


http://plaza.rakuten.co.jp/sailmssn/40000


人間はそもそも本来は怠け者であり働かなくてもよければ働かない、勤勉になるのはそれなりの理由があるのだ。資本主義は修道院の中から生まれたというときまさに宗教と特にキリスト教と関係していたというときその基になるのが宗教だった。神に仕え人に奉仕するために勤勉になったのである。人間は豊になりたくてもそんなに働かない、働かないことを選ぶ場合だってある。労働は過酷でありすべての人が過酷な労働に耐えられないし選びもしない、貧しくてもそれなりに暮らせればいいとか考える人がいるのだ。江戸時代は会社に勤めていない、職人は一人一人であり商人も棒ふりなど一人一人の零細な商人だった。大きな商家はあっても底辺の多数は一人一人の商いであり職人だった。だから会社のように何時間働けとか強制されない、今日はこれくらい稼いだからあとは休もうとか働く時間もル-ズなのである。分刻みで働かせられる現代とは違っている。工業会社社会ではそういう圧力から逃れることはできない、会社員でないものは人にあらずとされるからだ。ただそういう会社社会の勤勉ももともと修道院からはじまったのだから宗教的なものとして出発したのである。その宗教的モラルが強制力をもつようになったのが社会全般に普及したのである。侍のモラルが民衆のモラルとなったのと同じである。商家でも奉公するというとき侍が主君に奉公すると同じなのである。

●侍はモラルの模範であった


侍のモラルを習って商人のモラルもあった。修道院のモラルが一般社会に普及して人々は勤勉になるようになった。それは最初は自主的なものであり強制されるものではなかった。信仰はいくら信じろと言っても信じない人は信じないからだ。どんなことでも人間はすべて強制してやれるものではない、奴隷すら強制的に使用はできない。その人が何か有効な価値を見出すとき自主的に働くことになる。その時その人は本当に金だけではない労働自体の価値を見出しているのだ。そういうことは本当に特別なことではなくあらゆる仕事にある。ヘルパ-とか掃除婦とか卑近と思われる仕事でもある。

ただ労働は今や一般的に苦役であり強いられた労働となっている。初期の自主的にはじまった資本主義の精神とは違ったものとなっている。それは宗教意識、信仰の堕落だともなる。働くモラルが低下したのである。また初期の信仰心から発した労働と今はまるで違ったものとなってしまった。ただ欲望を満たすだけための労働となった。最初は勤勉であり節約が美徳とされ労働はあまり消費に重点を置いていなかったのである。そもそも修道士は禁欲を実行するものだからそうなった。仏教でも修行者は禁欲を実行する者である。だから修道士や僧侶がぜいたくすることは禁止されるし他からみても許されないのである。


労働そのものに価値を見出し、経済発展を遂げた国はプロテスタントの国と日本だけです。


日本人がなぜこんなに働くのか、勤勉ななのか不思議である。労働自体が救済であり労働自体に価値あると見なしているからだ。働くことが勤めるとは仏教のお勤めのことである。お経をあげることである。それは宗教と関係していた。働くも端を楽にするということは他人を楽にしてやりたいということは助けたいから働くということは宗教的と言えないことはない、働くにはそういう動機があったのである。働くことは自分もそうだが他人を益すること他人を助けるということがあった。奉仕とか奉公とかはそういうことがあったから出てきた言葉である。自分も無化してただ仕える奉仕するということがあった。そういう仕事は今でも家事とかに残っている。家事するのは無報酬の愛が基でありそれがなければ成り立たない、その家事を切り離して利益労働にするとただ利益だけを追求するようになる。家事から離れるとそこに愛は必要なくて利益だけを追求するものとなる。

つまり労働でも動機が大事でありその動機が失われたときその社会は崩壊する。「神は人の心を見ている」というときいかにあらゆる所で動機を見ているかわかる。犯罪でも故意なのかどうかまずみる。盗むにしてもコンビニなどで知らずにカバンにパンを入れてしまったことがある。週刊誌を読むのに気をとられてそうなった。全然盗む気がないのにそうなった。そういうのは犯罪にはならないが外から見れば盗んだように見える。殺意なくて偶然殺人になることだってある。そういうものも犯罪にならない、明確な動機がなければ犯罪にならないのだ。だからもし具体的に犯罪にならなくても恨みを抱き殺意をもったらすでに犯罪だというのも言える。それほど動機は大事なのである。


●モラルを実行する模範とすべきものがいない社会の荒廃


資本主義は修道院からはじまったのだから動機は今とはまるで違っていた。神に仕え奉仕するというのが先にあり禁欲であり節約であり勤勉があった。大金もうけてやりたいことをやるというのとは欲望を満たす資本主義とは違っていたのである。現代の資本主義はすでにこの動機、モラルの点で崩壊している。すべての働く人の動機はすでに不純でありただ金が欲しい欲望を満たす何か消費したい、贅沢したいという動機しかない、だから手っとり早いのは働かず盗んだ方がいいとさえなる。みんなそういう気持ちになっているのだ。現代はもうモラルが崩壊している。経済の基礎は道徳だというのは本当である。その基礎が崩壊しているのだから資本主義自体崩壊しているのだ。それは下々のものまでそうである。下々のものもモラルは江戸時代だったら侍を模範としてモラルを形成していた。

それで奉公ということが商家でも習ってそうなったのである。今や習うべきものがない、金をもうけることがけが最優先される。欲望を満たすことだけが追求されている。教育からして他人を蹴落としてまで受験戦争に勝ちいい会社に就職して楽をする得をするということを教えられる。その結果として東大を頂点とするヒエラルキ-が生まれた。官僚が身分だから壊せないというときそれは江戸時代の侍の身分とは違っている。侍は庶民と同じく貧しかった。


ただ模範とされたのはモラル的なものとして精神的な徳を実践するものとして見習ったのである。今は上に立つ人はモラルがない、官僚であれ、政治家であれ、会社であれ、あらゆるところで金さえ得ればそれでいい、利益を得ることが第一とされる。そして模範とするべきものはない、ただ金持ちを庶民はうらやむだけでありそのうらやむのは欲望を満たすことができるからいいというだけである。官僚の天下りとかそういうものを見れば誰もうらやましがるのはそういう身分になれば得をするということだからである。濡れ手に粟で金を入る立場になるということがうらやましがられているだけである。実際に上に立つものの腐敗がモラルのなさが原発事故につながっていた。ただ金を得るということで人々は働いていたのである。マスコミも宣伝費をかせぐためにそうなり官僚も巨大な天下り先だから監視が甘くなり地元も金になるということで見逃されてきたのである。技術的問題もあったがモラルの崩壊としても事故は起こっていたのである。


●資本主義はモラルが喪失したからすでに崩壊している


資本主義が修道院からはじまったとういとき余りにも今は変わりすぎた。強欲資本主義とか欲望充足のためだけの資本主義であり土地転がしとか金転がしで金融業がアメリカの産業だというときアメリカの働くモラルも最悪である。西部開拓時代はホイットマンのように働く人は実業に働く人でありその人たちが讃美されて詩になっていたのである。金転がしのようなことで巨万の富を得るような人達ではなかった。その時代は働くことでも健全であったのだ。資本主義はもう崩壊しているのだ。それは恐慌とかそういものではない、経済の基礎となるべき道徳が崩壊しているからだ。日本はそうではないというが日本も同じである。日本には明治時代あたりにあった義理人情とかまるでない、ただ金だけが

唯一の価値となってしまった。だからこそ今働かない人がニ-トなどがふえたりしているのは
働くことに意義を見出せない人々がふえたということもある。働かないということが価値観にすらなっている。働く奴は負けだとかさえなっている。それは余りにも働くということが金だけの欲望充足のための経済となったためである。唯一の価値基準は金しかない、金があるものが一番偉いのであり金がある人が一番責任がある社会である。金がすべてになればそうなる。金によってすべてが動くとなればそうなる。庶民も見習うべきは金持ちでありかただ金持ちになりたいというだけである。そうすればすべての欲望や願いもかなえられると思っているのだ。そのことが資本主義が崩壊していることなのである。そういうことが極点に達すればモラルがないのだから崩壊する。人間社会は基礎に何らのモラルがないともう維持できない、無秩序の弱肉強食の社会になってしまう。そういうふうにもうなっているから崩壊してゆく。


人間は明かに働くにしてもモラルが必要だったのである。ただ金だけ欲しいという動機の人は実際はヘルパ-でも家政婦でも家の中に入ってくる場合本当に怖い。家の事情がわかるから大きな犯罪に結びつきやすい、昔の奉公するというモラルもないとすると働く動機が金しかなくなれば人など簡単に雇えない、そういうことは金では福祉関係などでは助けてもらえないということである。社長が借金ある人は側近に雇うには信用しないとか金のない人は危険だというのもわかる。金に飢えている人は犯罪予備軍なのである。そういう人を簡単に信用したら大変なことになる。虎視眈々と財産をねらっているという怖さがあったのである。そういう恐ろしい時代にすでに入っているのだ。だからこそ資本主義はモラルの喪失から崩壊してゆくし実際に崩壊している。それが今や恐慌からではない、働かない人がふえたり上に立つものから下々のものまでモラルはなくなり崩壊しているのである。庶民にしてもモラル的に模範とすべきものなど何もない、今一番偉いのがお医者様になるけどお医者様にしても病院では利益第一主義でありいらない薬とか金のために無用な手術までしたり怖いことが起きている。それは金のために殺人するとさほど変わりないけど医療の現場では隠すことができるし許されるのである。医も算術になったのである。


●モラルが崩壊すれば法律も役に立たない


そういうモラルの荒廃が社会全般に起きているからこそ資本主義は崩壊する。原発事故もそうしたモラルの崩壊も原因して起こったのである。危険をかえみみずただ利益になればいいというだけである。それは社会全般にそうである。宗教はカルトとなりこれも利益追求を第一としてとても修道院からはじまったモラルなど皆無である。教えることは贅沢ができることでありそういう身分になれとはいうことで権力を追求しているのだ。そのために毎日祈っている、禁欲など全くないのである。モラルが崩壊することは社会が崩壊する深刻なことだとまだ認識していない、これは法律だけの外部からの強制では成り立たない、人間は自主的なものがなければ成り立たない、自主的に働くことや自主的に社会に参加して働くことがないかぎり成り立たない、強制では成り立たないから共産主義は崩壊したのである。

民主主義はそうした自主性を育つものとして作られた制度であるけどそういう自主性もモラルも喪失するとき最悪になる。自由は自由なエゴと各人の欲望を充足するためのものであり権利だけを主張して義務は実行しない、とにかく金だけはよこせというだけになる。ボランティアが震災で起こったがその時やはりその時働くこと自体人を助けることに意義と喜びを見出しているからこそできるものであった。その労働は修道院からはじまった資本主義の理念とか動機と一致していたのである。そこに働く意義をかえって見出したのはそのためである。ただ物資を運ぶことが人助けになっていたのである。まさに働くことが奉仕だったのである。
震災の負の面も大きかったがそういう点で助け合うのが経済だったということを見直したのはいい面として働いたのである。


資本主義の堕落がここに書いてある。
http://www18.atpages.jp/hisao123/newpage16.htm

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2011年01月23日

昔をふりかえる意義(移動過剰が社会を荒廃させた)


昔をふりかえる意義
(移動過剰が社会を荒廃させた)

現代と昔の相違の盲点は昔は人は移動して生活していない、江戸時代でも長屋の大家が親同然というとき長屋でもそこで一生を終える人たちであった。今のアパ-トのように移動するのが普通になっているとそうした昔のことが誤解するようになる。時代劇で浪人が長屋に住んでいるがひょいとどこかに行っていなくなってしまう。長屋はそんな住人もいたのかと思ってしまうが長屋の人はほとんど移動しないで同じ場所で同じ長屋で変わらぬなじみの人たちと暮らしていたのである。江戸時代は明治以降より移動しない、移動しないだけではない、職業も親を受け継ぐのであり結婚も親に決められた家同士の結婚である。分相応というように階級があり武士は武士、農民は農民、職人は職人とそれぞれ暮らし方が決まっていたし職業選択にほとんど悩むことのない社会だった。社会が固定化して安定してていた社会でありこういう社会では犯罪は起こりにくい、ウチとソトも明確に別れていて村のウチでは協力して安定していた。ソトと交わることがない社会であった。
移動しないということは身近で生活を成り立たせねばならない、遠くに行けないのだから身近が大事になる。前田、門田、前畑・・・・とかが重要だったというとき家の前の田こそ生活を支える場所だったからである。歩いて行ける範囲で生活は完成する自給自足社会だった。これは町だってそうである。買物でも歩くとなると隣近所が便利になる。車社会になるまでみんなそうだったのである。移動するにしても馬とか牛が荷を運ぶのだから遠くに運ぶとなると一日かかりとかなるから基本的な生活は身近でできるようにしていないと生活が成り立たない、だから必ずしも貨幣が今日のように万能とはならない、貨幣がこれほど力をもつようになったのは交通が発達して外部との交流がグロ-バルに広がったからである。金があれば何でも買えるとなったがでも交通が発達していなければ原町区でも大原から市街に買物に行こうとなると簡単には行けないから自給自足の生活が基本になる。つまり金に頼らないでも生活できるようになっていないと昔は生活が成り立たなかったのである。移動することがどれだけ大変だったか車社会になったとき想像できなくなったのである。移動するのは基本的には歩くことであった。不思議なことに人間が歩くことがなくなると歩くという人間の基本的な感覚も喪失する。浮世絵では下駄を履いて歩きその足元に雪がふってくる。浮世絵を見ると人間が歩くという情緒があふれている。そんなことが当たり前だとなるが車社会になったら歩く情緒がなくなったことでもわかる。人間から歩く姿の美というかそうした感覚が喪失したのである。

手前味噌という言葉よくお使いになりますね。自分のことをほめる言葉です。これは自分の家の味噌汁なんです。味噌ではないんです。ですがもう少し前に行くと味噌も自分の家で造っていた家庭が沢山有りました。私の家でも私が中学生頃までは作っていました。
http://www.kanda-zatsugaku.com/070615/0615.html


醤油は味噌よりも手間がかかり、醤油絞りの職人を頼まねばならないため、早くから購入するようになりましたが、戦前まではほとんどの農家が自家製の醤油を造っていました。
http://www.hirahaku.jp/hakubutsukan_archive/minzoku/00000065/23.html


手前味噌という言葉も使ったことがないから死語になっているかもしれない、昔は味噌でも醤油でも自家製で作っていたのである。何かを買うということはよほどのことでないとしていなかった。農家では特に自給自足だったろう。町だと買うことが多くなるのは近くに買う店があったからである。それでも卵すら戦後まもなくして農家が放し飼いの鶏から商品として売るようになったのである。それまでは農家では鶏の卵を家でとって食べていたから農家の方が豊だった。卵自体贅沢なものだったからである。自分の家で店をやっていたとき自転車で卵買いに農家に行かされていたことでもわかる。卵すらまだ商品化されていなかった。1961(昭和36)年の流行語で「巨人・大鵬・卵焼き」だったのである。玉子焼きがこの頃やっとみんな食べられるようになった時代だったのである。玉子焼きを弁当にもっていたときうらやましがられたこともあった。学校でも玉子焼きを食べられない人はいたのである。その頃中卒や金の卵の時代だからやはり相当貧しかったのである。でもその頃から急速に高度成長時代に突入していたのである。


着物は仕事着、子供の着物など、ひとえものはすべて手織りでやっていた、糸を買い、これを染めて織ったのである。


越後平野の代表的な農村においては醤油は日常つかわれるようになったのは大正の後半期からであり鮭は今なお客用、正月用だった。 地方生活(島木赤彦)


こういう生活は江戸時代の継続であり基本的な生活そのものが変わっていなかった。なぜなら町でも囲炉裏があり燃料は炭だったからである。醤油すら使っていないということは意外である。醤油は外国旅行でももっていくと便利である。魚がでても醤油がないので困ったことがあった。醤油はそれだけ役に立つのに醤油すら使っていなかったということはいかに貧しい生活だったかわかる。醤油は広く売られていないから自家製でも作れないと使われないということになるからだ。人間の生活これだけ貧しかったのでありこの貧しい時のことをふりかえり今を見直す作業が必要なのである。


人間の共同が地域でもどこでも失われて無縁社会化ししているというときその原因の盲点が交通が発達していない時代は自給自足が基本であり身近ですべてをまかなわねばならないから身近で協力すまことが必要になる。そしてそこで金の力は大きくはまだなっていない、とおくから外部から交通が発達していろいろなものが入ってくると金が大きな力となる。もちろん金はすでに明治以降になると地租も税金も米ではない金になったのだから大きな力になった。でも生活そのものは戦前までは自給自足が基本だったのである。そういう時代は人間は身近で協力しあって生活していたしそうならざるをえなかったのである。だから現代の生活を見直すときこれまでも書いてきたがモラルが低下したというときそうしたほとんど移動しない自給自足的生活だったら犯罪も起こりにくいし古い日本的道徳も守りやすいものとなる。現代のようにグロ-バルに生活範囲が拡大するととてもそうした狭い世界で旧来の道徳を維持することは不可能になる。そこで外部から外国人まで入ってくるから犯罪はふえて治安は悪くなる。身近で協力するというより金の力が大きくなりすぎると近隣より金さえあればいいとなり近くの人も信用できなくなる社会になったのである。金がすべての価値観になってしまいやすいのである。


そして今は高度成長期と違って働いてもフリ-タ-、派遣、パ-トととかこれらは時給でありたいして金にならない、使い捨てのような人間性無視の雇い方であり労働のモラルもかなり低下している。働くのが馬鹿らしいという風潮が大きくなっている。逆に一方でモノあまりであり豊かな生活を維持しようとするとき車も一人一台とか必要であり手放せない、それで借金してでも今までの豊かな生活を維持しようとする。人間がそこで余裕のない人であふれている。そういう人たちは自給自足の貧乏な時代より汲々としている。心に余裕がないのだ。借金している人はまず心に余裕がないから交際したくない、でも借金している人が実に多いのである。それだけ家を借金で建てたとか余裕がないのに贅沢してきたのである。別に車がなくても一万の町でも町内ならス-パ-もあるし買物もできる。原町とか相馬なら本当に車がなくても医者も近くにあり便利だなとつくづく思う、ザイは車がないと今はやっていけないことは確かだが町内だったら別に車がなくても生活できるのである。こんなに人間が頻繁に移動する社会というのは人間的でなかった。そこからモラルの低下、治安も非常に悪くなったのである。田舎でも隣ですら油断できないと身構えなければならない、本当に怖い社会である。だからこうした社会にどうしてなったのだろうというとき昔はどうだったのだろうとふりかえる必要があるのだ。そこからもう一度社会を見直してみる必要があるのだ。郷土史というのもそういう面からも研究する必要がある。

人間は豊かさを追求してきた。それ自体は悪いことではないだろう。その結果としていろいろな負の部分が大きくなったことも確かなのである。移動しすぎる社会、豊さを追求して心に余裕がなくなった社会、これはやはり豊かさの過度の追求の結果だった。高度成長期とか戦前でも江戸時代でも貧しいときの方が日本人は道徳的には高いものをもっていて治安も良かった。

明治に来た外国人が日本人はほんとうにいい顔している、満足している顔しているとかその表情を見て感心していた。それは社会が貧しくても身近に協力しあねば生きていけない社会だったからかもしれない、それに豊さを過度に追求しないからかえって少ないものでたりるとしているからそんなにあくせく働く必要もないとかあった。今は豊になってかえってあくせくして心に余裕がない人が実に多いのだ。金がない金がないと金欠病になっている人が実に多い、それもあまりにも豊かさを求めた結果だったのである。ある程度の貧しさでいいとしていたらこんなことにはならない、豊かさの餓鬼地獄になっているのだ。これでいいとか満足することがないのである。

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2010年11月08日

職業を金だけで計ることの疑問


職業を金だけで計ることの疑問

毎日問題にされるのは給料の問題である。働いていくら金をもらえるかが問題になる。医者はいくらだ、弁護士はいくらだ、公務員はいくらだ、恵まれているとか毎日が金の計算しかない、こんな金でこんなひどい仕事してられるかとかそうした不満が延々とメタンガスのようにふきだしている。それはそれでいいとしてでは人間はもしあなたは仕事しなくていいですよ、金は十分に与えますからとなったらどうなるのか?毎日安い金で働くことがない、遊んで暮らすというのも結構楽ではない、社会的にも認められない生活は結構楽ではない、人間はそもそも仕事しないでいられるものだろうか?農家の人にしても農業など金にならないからやりたくないといつも言っている。でもでは何もしないで暮らせる金を与えたらどうなるのか、あなたはこれから自分のやりたいことをやってくださいと言われたらどうなるのか?医者にしても看護婦にしても激務で給料が安いと言うとき、では医者をやめてどんな職業につけばいいのだろうか?金になるだけならいいのかとなる。医者は社会的にも尊敬され感謝される職業である。仕事は辛くても他の仕事とは全然違う。もっと金になる職業につきたいとして医者をやめたら他の仕事で生きがいを見出されるのか?社会的にも尊敬される職業なのであり他にそんなに尊敬される職業があるだろうか?ベ-シックインカムが導入されると働かない人がでてくるというけどそういうことは絶対にない、人間は仕事しないでいられないのである。


人生とは仕事が生きがいなのだ。本当に画家になりたい人は金にならなくても絵を描いているのに間違いがない、金にならないから画家はつまちらないとして絵を描くことをやめるような人は本物の画家ではない、別な仕事に向いているのだろう。ともかくどんな人でも能力があるにしろないにしろ人間は仕事が必要なのである。家事手伝いとか掃除の仕事でも立派な仕事だった。病院を掃除している人は60才すぎているけど金は安いけど緊張があるからしているという、シルバ-センタ-でも金を得るより実際は老人の生きがいを作るためだった。人間は六〇才で会社を退職させられることは残酷だというのは本当である。人生が会社とともにあったのにその会社から断絶し切られてしまう。地域社会などに生きがいを見出すのは至難である。なぜなら地域社会自体崩壊しているからだ。人間はまず金を計り金が優先される。しかし仕事をすべて金で計られるのだろうか?仕事の理想は仕事に使命感、ミッション、をもつことであり天職に従事することである。天職というと何か医者のような高級なものと思っているが家事手伝いのようなものでも立派な天職であり実はそれしか活かす道がない女性が結構多いのだ。掃除も天職なのである。


もしそういう仕事もないとしたら何をしているのか?ただ遊んで暮らすのかとなる。退職して何もしていないことは本当にかえって苦しいということがわかる。退職金をもらい、多額の年金をもらって遊び暮らせるからいいではないかとなるが本当に趣味などの世界で生きがいを見出せる人は少ないだろう。芸術家は別にして一般的にはそうではないか?人間に生きがいが必要である。生活は保証されても生きがいがなかったら淋しいものとはならないか?ただ毎日他人の給料をうらやみ仕事を金だけ計っていることは何か変ではないか?金からしか計算できないことが何か変なのである。仕事にはそれに見合った収入はあるべきである。でも仕事そのものにも生きがいがあるはずであり掃除婦にししても今日から病院の掃除はしなくていいですよ、家の掃除だけでいいですよとか言われたら淋しいものとなるだろう。病院の中で掃除することは患者にも眼をとめられ患者を励ましたりして患者とかかわる掃除婦なのである。つまり医者や看護師だけではない掃除婦も患者を助ける一員として共同で仕事しているのである。だから緊張感があり生きがいあるということになるのだ。

タグ:職業
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2010年08月22日

金持ちと貧乏人


金持ちと貧乏人

●金持ちは運命的なのか?(財産はFORTUNE)

 

お手伝いさんというと昔は女中であり家事が機械化されていないから掃除、洗濯、料理とかそれ自体が大きな仕事ととなっていた。ヨ-ロッパでも「洗濯女」という商売が成り立っていたから洗濯は一仕事であり洗濯専用の仕事があったのである。洗濯は主に川でしていた。だからセ-ヌ川で大勢の女性が選択している絵が残っている。もともと人間の歴史が始まって以来、召使とか手伝いする人は存在した。人間の歴史をマルクスが階級制から解きあかしたのもそれだけ人間の歴史はすでに上にたつものと下で働くものに別れていたのである。その階級制の起源はやはり財も持つものと持たざるものに必ず別れることなのだ。なぜ財を持つものと持たざるものに別れるのかそこにはいろいろな要因がある。技術的な要因もある。一早く先進の技術をとり入れた国は豊になる。そういう大きな側面からの考察ではなく個々の家でも豊かな家、財を築く家と築けない家がある。そもそもなぜこの世には貧乏な家と金持ちの家があるのだろうか?
その疑問も実際は解けていない、金持ちの家の人はなぜ自分は金持ちなのだろうかなどと考えない、貧乏な人はなぜ自分は貧乏なのかと絶えず考えている。そもそもなぜその家が財を築き豊になっているのか?それにはそれなりの理由があるだろう。ただ幸運だけでそうなったのか?やはりその家の積み重ねられた努力もあった。

ただ昔から財はfortune(運命)だから運が作用しているというのも確かである。いくら真面目に努力しても財を築けない人はいくらでもいる。努力しなくても運で財がある時入ってくることがある。道路工事や公共事業の住宅工事でこの辺では家など建てる金がなかった人が土地も与えられ家が建てられた。何千万という金が市からもらえたからである。これは運というほかない、他でも火力発電所ができたとき漁業権で億の金をもらったとかで近くの呉服屋が高価な着物を売れたとかある。大きな金は必ずしも努力しても入ってこない、親が死んで財産相続で大金が入ったりと運が良く大金が入るのが多い。その人の努力とは関係ないのである。なぜ金持ちと貧乏人がいるのか?その疑問は解けていないからインドではまさに運命だとなり前世の宿縁だとなりカ-スト制が生まれたのである。つまり洗濯する職業の家は代々洗濯を仕事として他に仕事を持てないとまでなっている。それは運命だから受け入れざるをえないとなる。そういう人たちは金持階級の暮らしを羨む時、前世の宿縁であり運命だからあきらめるほかないと納得する。もしそれに納得しないなら中国やロシアやその他の共産主義国家のように革命を金持ち階級、資本家を倒して財を奪いとなる。

●成功しなかったマルクスの階級制の否定

なぜこのこの世に金持ちと貧乏人がいるのか?その疑問は解けていない、それを運命論的なものとして受け入れのを拒否して階級制を打破して金持ちも貧乏人もない理想国家を作ろうとしたのがソビエト連邦であり中国であった。しかしその試みは失敗した。カンボジアなどでもかえって何百万人もが粛清されたことでもその試みは失敗したのである。中国では経済発展が著しく豊になったが貧富の差は日本では考えられないものになっている。その差があまりにも大きすぎるのである。平等を目指した共産革命がこれだけの貧富の差を生み出したことが皮肉である。共産党幹部は大金持ちになりまだまだ膨大な貧民が中国にいる。共産革命がこれだけの貧富の差を作り出していることでもわかるようにいかに貧富の差を解消することがむずかしいかわかる。だから中国では金持ちになるものは先に金持ちになりあとにその金持ちにつづけとなった。その思想は的を得ているのだ。誰もが一気に金持ちに離れない、一部のものが金持ちになりつづいてみんなが金持ちになって行く。その方法が正しい方法であり金持ちを倒してその財を奪うというやり方はまちがっていたのである。

相馬地方でも飢饉で人口が3分の一になったとき越中などから移民を募集した。その移民は最初は草分けというその土地の旧家の下で働いた。最初は悪条件の下で働かされたが徐々にその努力が実り豊になって土地に根を下ろすようになった。こういうやりかたが豊になる方法であり最初から貧富の差があるからと言って財産あるものを否定して奪って豊になれというのはまちがっている。財産は資産はその家の代々の努力によって築かれた場合であるのが普通である。幸運だけでは財産は築けないのだ。一代で財産を築くのは無理だろう。何代も家が続けばどんな貧しい家でも家を買ったりと財産をもてるのである。

●不遇な人、貧乏人は不満を言っても解決にならない

この世には不遇な人や貧乏な人はいくらでもいるし人間の歴史が始まって以来そういう問題は生じていた。それでマルクスの階級制の否定の歴史理論が生まれた。でもそれは実際に社会に適応したとき失敗した理由はそれが実際の社会を生きるものにとって不具合であり適さないからそうなったのである。豊になるにはまず相馬に移民した人のように草分けの旧家の下で地道に働く他なかった。それはヨ-ロッパでも同じである。パリの革命のように一気に貴族階級を倒してしまい、貴族を抹殺してしまいとなった結果、悲惨な殺戮の世界になってしまった。それでみんなが金持ちになれるわけではなかった。そういう革命は無理があり社会的に大混乱をもたらす、一部に今でも官僚の天下りとか批判すべきものがある。それは王政社会にもあった。

ただでは貴族を金持ち階級を否定して抹殺してみんな金持ちになれるかとなるとそうはならなかったのである。個々の問題としても不遇な人がいる。なぜそんなに不遇の星の下に生まれたのかと思う人もいる。ではその不遇な人が恵まれた人を羨みその不遇が解決するのかとなるとしない、むしろその不遇を運命的なものとしてとらえ金持ちの人、恵まれた人を羨むだけではなく地道に努力していればその人もやがて財を築くのである。不遇な人は貧乏な人は他者を羨みその不遇をいくら嘆いても解決しないのである。かえって悪い方向に向かってしまうのだ。不遇でありさらに不遇にしてしまうのである。そういう人はその原因をその運命に社会の不平等とか外部に求めていることが多いのである。確かにそういう側面はあったとしてもやはり自分自身にも不遇を産む原因を作っていることが見逃されているのだ。個々によって事情が違うにしろ文句ばかり不満ばかり他者に社会にぶつけても解決にならないのだ。お前は恵まれたからそんな呑気なことを言っていられるのだというのも一理ある。それは否定しない、でも不遇だった人がどうしてさらに不運を招いたのかは不遇の星の下に生まれたからではない、その人がさらに不運を招きよせたのである。

●お手伝いさん召使の仕事

台所に菊の香満ちる手伝う女(ひと)

そもそも金持ちでないからお手伝いさんとか召使がどういう仕事なのか庶民では知る人は少ない、たまたまお手伝いさんというのを家でわずかの時間でも働いてもらってこういう仕事もあるのかと思った。なかなか仕事に対して理解をすることをむずかしい。仕事の苦労はわかりにくいのだ。よそからみていれば重労働でもそれを見ている人は感じないのである。そこに人間の弱点がある。他人が苦しんでいてもその苦しみはわかりにくいのだ。だから傍観的になってしまうのだ。でも一度介護とか認知症の介護とかしてみれば大変だなと身をもって経験するから同情できるようになる。それまでは人の仕事の苦労はわからないのである。ただ昔なら働くが(端を楽にする)からきていたように身近で働く姿を見ていたから理解した。今は身近で子供でも働く姿を見ていないから余計にわかりにくいのだ。お手伝いさん、召使はその家と深くかかわる。その家の一員のようにまでなってしまう。住み込みになればそうである。仏壇に菊の花を捧げる時、その菊の花が台所に満ちてくる。そのことはその家の先祖とも深くかかわっていることなのだ。

ともかく人類の仕事で昔からお手伝いさん召使の仕事はあったし家事が機械化されないとき女性の仕事としても男性でもそうなっていた。それだけ働く場としてあったのである。武士の家でも相当数の家来をかかえておりその中には女中や召使も多かった。それだけ家事が大きな仕事だったのである。戦前までも女中の仕事の需要があった。母が東京に出て女中になった。女中が嫌だったかというと嫌とは言っていない、住み込みで食事も出されるし何より給料もらえるから良かったと言っている。女中は結構当時ではいい仕事だったし需要があった。だから女中とかお手伝いさんは卑しい仕事とはならない、その家と深くかかわる工場とか会社とかで働くのとはまた違ったものなのである。

ただ今のお手伝いさんはまた役割的には昔と違っている。介護関係でヘルパ-などが家に入ってくるとき庶民でも家の中で他人に働いてもらうことがどういうことなのかみんな考えるようになるのである。このお手伝いさんにしても女中にしてもその家で仕事するとき身の不遇や不満ばかり言っていたら勤まらないだろう。むしろその家に忠実に仕えて富を分けてもらうとか富にあづかるとかしようとするなら勤まる。不遇、不満ばかり言っていたらどんな仕事も勤まらない、そして地道に努力していれば報いられる時がくるだろう。

そこにfortune(運、財産)も味方するだろう。それを金持ちを否定してその財を奪って豊になるのが豊になる道だというのは無理があり失敗する。財産はfortuneだとしても運だけでは財産は得られない、確かに生まれつき努力しなくても大金持ちの家に生まれる人はいる。それこそ運なのだけどその財を他者のために運用しないものはその財も消失しやすい、運命的なものが財でもその運用は勝手にしていいものではない、そもそも財そのものが共有的なものであり個人のものではないからである。財はとても一個人の努力ではできない、みんなの協力がなければできない、大金持ちがいたとしてもそれはみんな努力してくれた結果なのである。一個人でお金持ちになることはありえないのである。自分のことを言えば自分は別に金持ちでもないしお手伝いさん雇えるような金もない、ただちょっとだけお手伝いさんに家で仕事してもらったのでその感じたことを書いたのである。現実今や介護などで自分自身がここ5年くらいは今や家のお手伝いさんであり給仕である。だから金持ちの家とは全く違うのであることを考慮してください。

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2010年07月02日

桑の木陰にて(ベ-シックインカムの思想の検討)


桑の木陰にて(ベ-シックインカムの思想の検討)


甘美かな桑の木陰に実を食す


いつも休んでいた近くの木陰は桑の木だった。桑の実がなっていたからだ。桑の木はこんなに大きいのかと思った。実際に桑の木は大きくなる。大木にもなる。

高さ五丈の、盛り上がったその頂は、あたかも天子の乗る馬車の天蓋のように立派だ。
樹齢は、もうどのくらいになるのだろうか、どれだけ多くの人々の暮らしを見てきたのだろう。この巨木は、平凡な人々が住む平凡なこの村の、ただ一つの名物だった。旅人たちに木陰を与え、子供たちには良い遊び場となってくれる憩いの場だった。
http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/san1.htm


桑の葉は蚕をしていた時代は裏の畑は桑の葉でおおわれていた。どこでも桑の葉だらけだった。その実を食べていた。でもこのような大きな木の桑の木があると思わなかった。これだけの木だと相当な実がなる。ただ黒ずんでいた、でもうまかった。こうして無料で食べられる自然の木の実の味はなんともいえない、それも木陰で食べているとエデンの園にいる感覚になる。労せずして木陰に休み甘い木の実を食べる、それは人の手から渡されたものではない、自然から神からじかにあたえられたものだから甘美なのだ。そうじゃないか、この世にいろいろなうまいものがあるけどかならずこれを作るのにどれほど苦労したか、手をかけたか、この食べ物にはそうした苦労の賜物だとして渡される、だからそれ相応の金は払ってもらおうとかありがたくいただけとかなっている。お前みたない遊んでいるような怠け者は食べる資格なんかないんだよとか食料は額に汗して得るものであり遊んでいる怠け者には与えられないとなる。今ではさらに遠い外国からも運ばれるからさらにどれだけ苦労して運ばれてきたかを知れとか無償でえられるものではない、確かにそうした労働の恩恵で得られたからこそその対価が要求されているのである。

でもエデンの園では食料は労せずして無償で得られていた。労働は呪いとして人間に与えられた。罪の結果として与えられた。動物は鳥でも労せずして得ている。もちろん餌を毎日とるのも命懸けだとか大変だとかあるが人の労働によって与えられるものではない、自然から神からじかに与えられるのである。そこが根本的に人間社会と違っているのだ。人間は本当にこんなに労働が必要なのだろうか?何を言っているんだ、毎日働かずして食べていけるのか?そんな天国がどこにあるというのだ。例えばベ-シックインカムなどを民主党などが検討するというのもやはり豊になればそういうものも是認されてくる。そんなことしたら誰も働かなくなる、嫌な仕事をする人もいなくなる・・・・・とか夢物語として見なされるのも確かである。人間そんな甘いものじゃないとかなる。働かざる食うべからずでもある。でも労働の理想は自主的に働きたいものが働くことなのである。現実そういう人はいる。大工とか庭作りとか技術者は自分の腕を磨き働きたい、仕事をしたいし、自分が仕事をしていること自体楽しそうにしている。確かに苦しい面はあるがやはり何かを作り上げることに喜びを見出しているのだ。

こういうことは人間にはある、だからworkは作品となっているのだ。職人でも単に賃労働ではない、職人になると自分なりの作品を仕上げたいということがあるのだ。ベ-シックインカムになっても誰も働かないとはならないのだ。自分も何の収入もなくてもいろいろ書いてきたのはwork-作品を仕上げることに生きがいを持つからである。人間は誰しも生きがいが必要である。だから働く人がいなくなるということはない、ただ無駄な仕事はしなくなることはありえる、働いて人がいやいや働いていたら現代のように鬱病の時代になっている。好きで生きがいで働いていればそうならないのだ。現実に人間は働かないと退屈で体をもてあます人もいる。つくづくあれだけ頑丈な体をもっていて何もしないとなるとその体も活かされないからかえってそれなりの肉体労働も必要なのだと思う。そういう体力をもっている人はそういう仕事が必要なのである。変な話だけど体力のあるひとがいてその肉体をもてあましているような人もいる。そういう人にはそれなりの仕事を与える必要がある。
人間は働かなくてもいいから毎日なまけて何もしないでいられるか?実際は働かずにいられないのが人間なのである。


そんなもの夢物語だ、この不景気の時勢に馬鹿げたことをと言うのもわかる。でも理想的にはそうだし現実的にそういうことがあてはまっている人もいる。力仕事もしたいという人もいる。力ある人は力を出したいということがあるのだ。なぜならその時俺は力あるんだと自分を誇ることもできるからだ。何かしら自分ができるんだということを示したい人はいくらでもいる。だからベ-シックインカムでも誰も働かなくなるということはないのだ。それだけは一面確かなのである。
お手伝いさんとか職場でも確かに金のために働いているのは確かである。でもあの家で働くのは楽しいとか職場でみんなで働くのは楽しい生きがいだという人も普通にいる。家でぶらぶらして食べることができても楽しくないということもある。自分の家の状態は今は別にお手伝いさんはなくてもすむ。簡単な掃除と家事だから自分でも今はできるのだ。そうでないときは介護のときはあった。でもそういうときは援助はほとんどなかった。今は別にお手伝いさんとかヘルパ-とかなくても自分でそれなりにやっていける、つまり働いてもらう方にしてもそれほどその労働は必要とは今はなっていない、とすると私はあなたのために働いて尽くしている、だからそれ相応の対価を収入を与える必要があるとはならない。でも相手はそう思わない、金がない場合は余計にそうである。ベ-シックインカムになればあそこの家では職場では働きたくないから働かないということが多くなる。そうすると働かせる方でかえって働く場所の魅力を作らねばならなくなる。これは今までの労働観とは相当違ったものとなるのだ。いやいやながら働かされているのが現状であり今度は逆に職場に魅力がないなら人が来ないとなる。そういうことがベ-シックインカムで起こってくるかもしれない、ただこれは本当に未知であり夢物語にもなるからどういう社会になるか検討つかないのである。
何故なら労働は労苦として人間に与えられたものとしてこれまで継続された固定観念があるからだ。その労働観を根本的に変えること自体がむずかしいのである。ベ-シックインカムという思想自体なじみのないものだから夢物語とされるのである。思想として深く検討されていないのだ。ベ-シックインカムの思想の由来は聖書のエデンの園からはじまっていたのである。エデンの園では食料は無料で得られていたからである。

エデンの園の木の実((詩)
http://musubu.sblo.jp/article/39405512.html

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2010年02月10日

製糸工場女工の労働から働く価値観の変化を歴史的に考察


製糸工場女工の労働から働く価値観の変化を歴史的に考察(時事問題の深層40へ)
http://musubu.jp/jijimondai40.html#seishi



母が原町の製糸工場で10年間働いていた。この10年間はそれなりに長く重いものがある。でも必ずしも女工哀史ほどの悲惨さとは思えない労働だった。自宅から通っていたこともあったのだろう。今でも流れ作業などは労働として苦しいから同じである。食べるものなどは味噌汁とタクワンくらいだから違っている。でも現代でも労働は楽ではない、女工だけが特別辛かったともいえない、丸森町の新潟から来た女工は20才前であり名前を記した墓があるがずいぶん死んだものだから何か悲惨だった今になると思う。やはり結核にかかったからこんなに死んだのである。ここで死んだ人を思うとやはり辛かったろうなとは思う。とにかく15才から20才と若いからである。ただ別に結核は国民病といわれ製糸工場でなくてもかかっていた。だから特別製糸工場で死んだから製糸工場のひどい労働のせいだとはならない、その辺が女工哀史として特別に搾取されたとか言われるようになった。確かに製糸工場は生糸の輸出で日本は明治維新以後富国強兵を成すことができた。輸出するものは生糸くらいしかなかったからである。だから国のために働く、奉仕するという働く価値観が生まれた。それは戦争中の歌とにていたのである。みくにのために命をささげる、製糸工場でも支配者側ではそうしむけた。支配者側の意図が大きく働いていたのだ。


明治以降はすべてが国家のための労働であり欧米に追いつくためにそうなった。だから今になると批判されるのはやむをえない、今は働く価値観が全く違っているからだ。でも戦後はすべてが会社のための労働となった。国の代わりに会社になったのである。その会社一辺倒も批判されるようになった。ニ-ト、フリ-タ-がこんなに多いのは何なのだろうとなった。これは団塊の世代の価値観の反映であり子供には自由に個性を伸ばす生き方をしてもらいたいという親の願いからそうなったという分析もうなづける。すでに団塊の世代でも個性的趣味を生きる時代になっていて実際にそれを実現した生き方をした人もいる。でも大方は会社人間の企業戦士となったから会社の犠牲になった。戦争中の国の犠牲になったということと同じでありそれで子供には自分の個性を伸ばし生きてほしいとなりその結果としてニ-トとかフリ-タ-が増えたのである。ここでまた労働の価値観は変わってきた。それがグロ-バル化とともない労働の価値観は今までにないものとなりどうなってゆくのかわからいようになった。個性を伸ばす生き方といってもグロ-バル化で日本が衰退してゆくとき個性どころではない、ただ職にもつけない失業者の群れでありこれは高度成長時代とは比べることができないような悲惨な状態にもなりつつある。個性を伸ばす生き方などいつの時代でもほんの少数者が幸運でできたのであり何百万の人間ができるものではない、ただ労働の価値観そういう方向に向かっていることは確かである。


これは論文のように長くなったからホ-ムペ-ジの時事問題の深層に書いた。ここはずっと継続していた。ただアクセス状況など見るのにはプログが便利なのでプログ中心になった。長く論文的になるとホ-ムペ-ジの方が書きやすい、インタ-ネットはインタ-ネットの中の情報を編集すると明らかに論文を書くことができる。著作権に違反しないようにして論文を書くことができる。ただインタ-ネットを丸写しでは著作権違反になる。その辺のかねあいがむずかしいことは確かである。でもインタ-ネットは自ら編集して読むと意味あるものとなってくるのだ。ただ情報を集めていたのでは意味あるものとならない、部分であり断片にしかならず意味がないものとして消失しやすいのだ。編集して読むことはこれはかなり労力と読む力と書く力がないとできないのである。インタ-ネットを創造的に利用することは相当むずかしい作業なのである。
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2010年02月01日

腕一本の誇りに生きた時代と仕事を嫌い鬱病になる時代

腕一本の誇りに生きた時代と仕事を嫌い鬱病になる時代

江戸時代の職人の世界では腕一本で勝負していた。 大工調べでは、ある大工のところへ同僚がいくのだが この前俺がいったらあいつ本を読んでいるんだ 字が読めるだけじゃなくて書けるのだ ヤナ奴だね ことによると算盤もはじけるんじゃなかろうかと問いただしたらすまねえって謝るのだ
要するに、学があるのは職人として恥ずかしいという感覚だ。

http://www.nescom-asuka.co.jp/teacher/soliloquy/japan/beautiful.html

例えば、飛騨には昔から「貧乏したけりゃええ大工になれ」という諺がある。高山に近い国府町の岡村利衛門邸を作った広田藤兵衛という大工は、施主から与えられた材料で仕事を始めたが、どうしてもその材料に満足できず、色々工夫してみたがうまくいかない。そこで施主には黙って、高山八軒町あたりの材木店へ足を運び、やっと気に入った材料を見つけて普請した。そして、何喰わぬ顔で仕上げて帰った。
どっちみち、大工は貧乏するようにできている」という言葉を残して。こういう言葉の奥にひそむのは、すさまじいばかりの「誇り」なのである。

(飛騨の匠)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~fujii/s_hidatakumi.html

 男一匹、銭を持ってる訳じゃない。境遇に恵まれてる訳じゃない。ただ自分を信じて、腕一本で、たくましく根を張る伊佐次の生きざまに胸がすく。

戦前は職人が腕一本で多くの会社を渡り歩くのが当たり前であった。これくらい短い歴史の中で年功序列・終身雇用・首にされにくい制度が日本の文化によるものだというのは無理があると思う。
昭和の日本には、旧きよき時代を腕一本で支えつづけた男たちがいた。 頑固一徹に磨き上げられた熟練の手技。 愚直なまでにひたむきに昔ながらの手仕事 ... 昭和の男たちは自信と誇りに溢れていた


職人は腕一本の人であり今でもそういう人はいる。そういう人をまじかで見たとき今も腕一本の人がいると実感した。前にも書いたけどその人は庭作りもできるしリホ-ムできる大工であった。いろいろできるからめずらしいし仕事できる人だと見ていた。腕一本というとき腕が太くないと力仕事になるから職人にはなれない、畳職人でもそうだし職人は腕を使うのである。戦前から江戸時代にさかのぼるとそういう腕一本の職人が巷にあふれていた。その人たちは気っ風が良く威勢が良く職人気質であり町の中を誇らしげに自信に満ちて歩いていた。こんなことをなぜ今思うのかというと今はそういう仕事に誇りをもっている人が少ない、見えない、絶えず聞こえてくるのは仕事への不満、こんな仕事したくない、給料が安くてやっていられないとか不満ばかりなのである。職人の世界でもそうだろう。「大工は貧乏するようにできている」・・・貧乏より仕事に誇りをもち仕事にひたすら精を出す、そんな人がいたこと自体不思議になる。大工でも今は会社に雇われている人がいるのだから月給を給金をもっと高くしてくれとなる。自分の収入に今の時代満足している人はいないのである。「腕一本オレはどこに行っても食える」昔は一つの会社に勤める終身雇用などない、そんな保証を求めない、腕さえ良ければ仕事はある、それが誇りとなっていたのだ。一般的に仕事に誇りをもつというとき戦前から江戸時代の方がそういう人が多かった。まだ仕事は細分化されていない、職人でも一つのもの完成品として作っていた。一つの部品を作るのではない、完成品を作っていたことにある。字が読めなくても算盤ができなくても良かった。腕一本仕事一筋に励んでいれば良かったのである。仕事に誇りがもてないということはかなり深刻である。仕事が人生でもありもしその仕事に誇りがもてないとすると人生そのものが否定されるからだ。それで仕事しないニ-ト、フリ-タ-などが増えたのかともなる。


仕事してオレは仕事に誇りをもっている、腕一本で生きている、給金は安いけど仕事が生きがいなんだという人は極めて少ない、嫌々ながら仕事して鬱病になったとか鬱病になる人が実に多い、それは仕事に誇りがもていない、仕事に充実感がないことなど日々の仕事に原因しているのだ。仕事に満足しない人は賃金が安いと訴えることになる。目的は仕事ではなく賃金を多くもらい別なことをすることなのである。なぜ現代の文明の空気が濁っているのか?爽快感がないのか?仕事に誇りをもてない人があふれているからだ。こんな給料で仕事していられるか・・・そういう声しか聞こえてこない、それは否定できないにしろ社会全体がどんよりとした曇り空、鬱病的空になっているのは仕事に満足している人がいないことなのである。仕事がいやでも金のためにはしょうがないとかそういう人が日々仕事しているからこの世はますます鬱病的になっている。出版社で売れる本を作れと言われできないからとやめた人が鬱病になった。売れなければ価値がない、その人の作るものも価値がないとなることが多い社会である。売れなくても価値あるものを作り出すことに意義がある、それができれば鬱病にはならない、現代はまさにそういう点で病的であり社会の空気も鬱病的に濁っているのだ。「腕一本どこでもオレは生きてゆく」そんな颯爽として生きている人がいないのである。ニ-ト、フリ-タ-、派遣と比べると余りにも違っている。そういう人たちがあふれている社会と腕一本で生きてゆくという人があふれている社会はあまりにも違っている。仕事に誇りをもてない人が余りにも多すぎるのである。

働いたら、負けだったのか。
俺はマンホール開けては中に入る仕事をしているが、
もう腰をいつやられるか心配で心配で。
着ている服は役所と同じだから公務員と思われているかもしれんが、
派遣会社からの契約社員で、保険も、年金も手取りの17万から出さなければならない。
腰など痛めてしまったら、労災も出ないだろうし、会社からは放り出されるだろうし
考えると鬱になる。
もう安月給でマンホール持ち上げて臭い中に入るの嫌なんだよーっ。
こんな仕事についた俺はまさに負け。
働かない方がまだいいかも。

マンホ-ルだけではない、こういう人が現代では多いのである。月給が安いこともある。それより仕事に誇りがもていなことが日々憂鬱になっている。それは医者の世界でもあれだけ崇められている人でも給料が少ないとかいろいろ不満なのである。それは逆な見方として自分の腕に誇りがもてないからなのだ。むしろ医者自身より機械の方が優秀なのじゃないかとか思っているかもしれない、オレなんか偉そうにしているけど人間のほんの体の一部しかわからない、でもわかったように偉そうにしていないと医者はまずい、医者もこんな給料じゃやっていけないよ・・・とか必ず金の問題としてすべてが提起されるのが現代なのである。年収一千万でも不満なのか?やはり不満なのだから今の時代、自分の仕事に心から満足している人はいないのである。
要するに自ら働いているのではない、働かされている、働きたくないのだけど金のためにしょうがない、食うためにはしょうがない、人に使役されてもしょうがないとかそうしたいやいやながらの労働に満ちているから鬱病の時代なのである。その影響は社会全体に及んでいるから空気まで濁ってしまうのである。

秋日和(かっこいい、粋な鳶職)
http://blog.sakura.ne.jp/pages/my/blog/article/edit/input?id=33101295

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2009年07月11日

金のたまらないのはなぜ(人間は10年、20年間隔の計算ができない)


金のたまらないのはなぜ(人間は10年、20年間隔の計算ができない)


60歳から90歳までの30年間…

2万×12ヶ月×30年=720万円
3万×12ヶ月×30年=1080万円

約一千万になる、一見2万5千円は少ない気がするんだけど塵も積もれば山となる
こんな計算とてもできないよ、でも90まで生きるとなるとこんなこともできる



これだけの小額でも 長い年月をかければ金はたまる。金がたまる人は金を使わないのだ。
金を使う人はいくら金を稼いでも金がたまらない仕組みになっている。そして人間は一年とかの間の金の計算ができるが10年となるとできない、20年となるとさらにできない、それが金がたまらない理由なのだ。何故なら10年で金の計算ができないということは結果的に金を浪費しているのだ。ここで問題にしているのは金をためて使っていいとか悪いとかではない、なぜ金がたまらないかということだけを問題にしている。

例えば車を持つことを10年単位で考えると百万で買い一年で50万かかるとすると10年で5百万かかっている。
10×50=500万となる。20年だと20×50=1000万
この額は思った以上大きいのだ。自分は車を使っていない、使ったのは旅行代金でも一年に50万にみたない、それでも車なみに20年になると一千万は使ったことになるのだ。人間はどんなことにでも金を使えばたまらないことがわかる。その逆に金を使わないでわずかでもためれば10年20年でその額は思った以上の額となり驚くのだ。これに複利とか利子がつき利子がついたとき10年20年で倍になっていたのだ。
都会のように家賃が10万とかしたら30年で三千万以上なるロ-ンが買った方がいいというのも説得力がある。ただこれの盲点30年という長い年月の間に価値の変動があるから問題なのである。
人間は10年20年の間隔でものを考えたり金を計算できないことが大きな落とし穴となり金がたまらないのである。またその方がいいのかもしれない、金は時価であり金の価値は変動するから金はいつも同じ価値ではない、その時々に金を使わないで投資しなかったら晩年は索漠としたものとなっている。現実わずかの金をためた老人は何のためにためたのか最後に介護のためだったのだ。あとは何の楽しみにも使わなかったのである。こんな人生誰もすすめられないし嫌になるだろう。そういう人とつきあうのも嫌になるだろう。身内でしかたないということで世話するのである。
人間の盲点は長い年月考えられない、木を育てるのに50年かかるとかしたら一代で林業でもうけることは無理だとなる。代々仕事を受け継ぐことで利益がでてくる。そういう気の長い計算は全く現代向きではない,現代すぐに利益を出すこと優先するからだ。実際ス-パ-のカ-ドでもその度に割引してくれるカ-ドの方が得な感じがする。何百回も買ってやっと金になるのはまどろこしいしやる気もなくなるのだ。その場で金が割引されるのが得した感じになるのもまともな感覚である。その時々買って得になる感じだからあとからまとめて清算して割り引かれるより得な感じになるのだ。それが正常な感覚なのである。金で人生を図ることはできない、一億ためてもその人生が豊だったとは限らない、晩年金がなくても金なんかなくても自分は自由に生きたから満足だった、別にこれ以上長生きする必要がないとなれば金の計算などする必要がないのだ。人生はそもそも金の計算どおりではない、私が知っている人は金だけの価値しか与えられていない、その事情は複雑だが金だけを目的として施設にあづけられ施設を転々している。軽い認知症であり自分のことも良くわからないのだろう。ただ金持ちだったため一応赤子のときだけ育てた娘やら養子やらがいるが全く愛情がない、ただ金だけを目的にされていてその老人を愛している人はいないのが悲劇なのだ。ただ本人は気づいていないのである。一方金がなくても苦労して子供を育てたから子供が介護でめんどうみるという人もいる。金なくても幸福な人はいるし金があっても不幸な人はいる。
人生は金の計算どおりにならないから10年20年で金の計算できないように人間をしているのかもしれない、人間の先はどうにもならない、金があっても金がなくても先はわからないから10年とか20年で金の計算をできないように人間を作っているのだ。ともかく時間は金では買えない、時間が過ぎ去ったらその時間は金をいくら積んでも買えない、そこに青春の大きな価値がある。30年間ひたすら金だけをためて老後を豊に生きるなどと考えたら絶望になる。60以上になると予期せぬ運命が待っている。本人が体力弱り旅もできない、頭脳も老化して本も読めないとか、したいこともできなくなる。若いときにできることしなかったらとてもじゃないが老人になってできるわけがない、時間こそ最も貴重なものだったことを知るだろう。老後に金がなくても青春、人生を生きたものは満足なのである。だから瞑目して安らかに死ねる。人生は機械を生きるロボットを生きるのではない、意外な展開があり意外な結末が人生のドラマに待っている。それを自分の一番身近でまざまざと見たからショックだったのである。
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2009年07月08日

庭師の労働から考える労働の対価とは


庭師の労働から考える労働の対価とは

●庭師へのもてなし

まだ庭作りがつづいている。今度は水場が必要になった。そしたらまた何日かつづく、でもそこを作らないとつながりがなくなる。全体の庭として完成するには水場を作らねばならない、毎日おやつの時間があるのでそれを自分が担当しているので結構疲れる。もてなすのは自分なのである。何かするたびに話もしている。庭師はここをこうしたらいいとか提案してくる。そうだなとそれもいいだろうとか絶えず打ち合わせも必要になる。こんなにして何か作ってゆくことはなかった。もちろん話があうというか相手が話しやすい、話を合わせやすい人だったからもある。大工さんとかでも今まで話したことなどほとんどない、作られたものを利用しているだけだった。もちろん大工さんを接待などしたこともない、今度は毎日もてなしの役を自分がやっている。それも疲れる。でも庭師の人に四六時中くいているともっと大変だと自覚させられる。百キロ以上の石を車から下ろして立てたときこれは力が入った。あれだけの石を動かす力は並の力ではできない、だからその労働が大変な労力だと身近で自覚させられる。俺はこれだけの労働をしているんだよと見せつけられている。その他でも毎日じかに労働している現場にいてついているのだからその労働は例えばバナナが地球の裏側から運ばれて買って食べているのとは違う、バナナを炎天下てとるのも大変だったとあるがその労働のことは実感しえない、その苦労は実感しえないが恩恵に欲している。 その人をもてなすということは労働の対価としている。ごくろうさんということでしている。そういうふうにもてなされれば報われたとなる。家に入ってくるリホ-ムとかヘルパ-とかは相手と直接接するから人がもてなしもてなされることになるからわかりやすい、他はただモノが流れてくる、そのモノがどうして作られてきたののかその過程もわからないし商品は人間の労働を離れて物神化するとかマルクスのモノによる疎外論になる。確かに世界がグロ-バル化したからといって労働の対価は正当でなく不公平が助長されたのである。

●労働の対価として不公平な金

金で買うということは何か労働の対価を払っているという感覚がない、何の苦労もせずそこにあるから金があるから買うという感覚である。別にそんなに苦労してここにあるのかということを思わない、私自身も一番辛い労働の経験は冷凍庫の中で働いたことである。零下20度にもなりあれをつづけていたら体を壊す、しかしそういう労働があってアイスクリ-ムでも冷凍食品も食えるとなる。その労働を自覚している人はいないのだ。そういう辛い人間の労働の結果として商品があることを自覚できないのである。働く-ハタラク-端を楽にするということは誰かが苦しい労働をしているから楽にしたいが働くになった。庭作りでも一人で大変だと思い補助をしている。一人では大変だから楽にさせたいからそうなるし一人だけではできない面があるからそうなる。働く人に直接に接していればそうなるのだ。

労働の対価として貨幣がある、みんな労働の対価として金を求めている。これだけの苦しい労働しているのだから一日2万くれともなる。金を労働の正当な対価として求める。でも金は労働の対価としては公平ではない、金自体が不可解なものなのだ。金はどんなに苦労した人でもその分多く入るということはない、全然労働しない人でも金は入る、親が金持ちなら遺産が入ったりすると働かなくても金があるから働く必要がないのだ。自分にしても金がたいしたものでもないにしてもコンビニとかで時間給700円とかで働く気がない、一応今のところ金があるから働く必要がないし今までもそうだった。なぜ働かないのか、働くことを強要されなかった。だから自分の好きなことを追求した。それが旅であった。「働かざるもの食うべからず」というけどすべての労働に価値があるわけではない、例えばパチンコ屋で働けば時給も高いとかなるがそこで働くことに意味があるかとなると疑問である。そこは賭博と遊びの場である。そこで働いて金になっても社会的には本当は有益なことはしていない、パチンコ屋を仕事するものとして尊敬する人はいないいだろう。でも金は他の人より数倍ももうけているのだ。金とはこうしていたるところに不公平なものとしてある。正当な労働の対価として機能していないのである。その象徴がアメリカの暴利をむさぼった証券マンにあった。とてもそれが正当な労働の対価ではない、世界的な詐欺として莫大な利益をあげていた。金はそうして世界的にも不公平なものとしてある。

●人は金だけではない、自分のwork(作品)を認めてもらいたい

なぜ人が働くかとなると金のためだというのが普通である。しかし金のためにだけ働いている人はいない、金で買えるもののために働いている。車が欲しい、家が欲しいとなれば金が必要である。でも車欲しいとなれば車を作っている人がいてその労働を買っているのだ。家が欲しいとなれば家を作る人の労働を買っている。その媒介として金がある。金がほしいのはそうしたモノが欲しいことや他に金でしてくれるもの助けてくれるから金のために働くとなる。でも金になるためには簡単に金にならない場合と簡単に金が入る場合もある。時給700円くらいで働いていては金はたまらない、ところが遺産などになると簡単に労働もせず莫大な金が入ってくることがある。株でもうけるというのもそうであった。金は労働の対価としては不公平なものである。だからなぜあの人が高い賃金でこっちこんなに苦労しているのに賃金が安いのかと絶えず不満が社会には渦巻いている。庭師の労働でも大工の賃金の方が高いと不満を言ったりなぜ医者は賃金が高いのかとか言えば医者はそれだけ命かけで労働しているとか反論される。また介護士は労働の割りには安月給なのだやっていけないとかつまり金だけで労働の価値が計れないことに常に不満があるのだ。労働の賃金がどうして決まるのかは不可解だからである。

労働が今回のように直接的だと一個人に向けての労働だとなるとわかりやすい、壁塗るにも手が痛くなるとかいろいろ労働の苦労が直接的なものとして訴えてくる。それだけではない、庭師は自分の作ったものを認めてもらいたいことがわかった。自分のwork(作品)を認めてもらいたいのである。私は価値ある仕事をした、work(作品)をしたことを認めてもらいたい、それは金としてではなく庭を作ってあげた人に認めてもらいたいのである。だから絶えず自分の庭のでき具合を訪ねるからいい庭だすばらしいと何度も言っているし認めている。おせじではない、一応石などに前から興味をもっていたし本当にそう思うからwork(作品)を認めている。それならもっと賃金を高くしてもらってもいいのではないかともなる。金の問題もそこにあるのだがやはり職人は自分のwork(作品)を認めてもらいたい、そういう要求が強いから芸術家とにていた。芸術家も作品の価値を認めてもらいたいのである。金をもらわなくても自分の芸術を理解する人がいれば幸せだとなる。それも何度も言うから認めているしここからもてなし役にもなっている。それでこうした直接的労働だとそういう点では償われることが多いかもしれない、地球の裏側で苦労して働いた産物を送っても金をもらっても何か報われないというのが現代の労働だからである。

君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ 春さらば いかなる色に 摺りてば良けむ  

君がため、浮沼(うきぬ)の池の、菱(ひし)むと、我が染めし袖濡れにけるかも

月草に衣そ染むる君がため 斑 ( まだら ) の衣摺らむと思ひて

君がため 手力疲れ 織りたる衣ぞ・・・・大石を渾身の力で動かす、壁をぬる、手力疲れになる。春になったらこんどはどんな色に染めれば満足してくれるのだ、ここに石を置き木を植え花を植えこの次はどうすればあなたは満足してくれるのだ・・・・君がための労働になっていたのが古代である。労働は目に見えて直接的であるからこそわかりやすい、そうなれば相手もその労働に答えねばならないと目に見えてわかりやすいのである。

 

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2009年06月25日

仕事はやはりWORK(作品)の追求だ

頑丈さ、耐久性、美観はどうだとかその仕事にこだわる、ここにただプロックを積むだけでいい、機械的ではない、もっと頑丈に美観にもこだわる、庭作りなどは極めて芸術家的感性が要求されている。芸術家は画家でも詩人でも小説家でもその作品のできにこだわる。もっといいものにしあげるためにこだわる。レオナルドダビンチなどのモナリザは何年も描きつづけて未完だったように悠長な昔の時間の中で自分の納得いく作品を仕上げようとした。職人気質は今は何でも機械的規格製品をつくる事だから仕事へのこだわりがなくなっている。江戸時代は職人気質というとき自分の仕事にこだわっていた。つまり自分の納得のいく作品を作ることが仕事でありそうでないと売ることもしない、作っても捨てるということもある。それは大量規格生産でないからである。大量規格生産なら別にみんな同じなのだからそんなこだわりが生まれない、下駄一つとっても職人の名前がつけられた下駄や櫛などがあるように手作りの時代は一つ一つが文字通り-作品(work)であった。一つ一つにその職人の個性が刻まれていたのだ。そのためには一品作ったら一年くらい暮らせるとかならないとそうした仕事へのこだわりはうまれないかもしれない、納得いくものを作るにはそうなる。一つ一つが芸術品になってしまう。昔の製品が籠一つとっても今では芸術品になっているのをみればわかる。手作業だからその苦労は手間が大変なものである。大量生産できない仕組みになっていたからである。

ブロック塀が30年くらいたち一部から砂が出ていた。最初の作り方が悪かったのも原因していた。それで上の三分の一くらいをコンクリ-トでぬりそこを壁のように塗装することにした。造園の仕事から庭作りから外溝のコンクリ-ト固めからいろいろできるのだ。コンクリ-トのブロックをセメンで塗り固めるにしても壁をぬる経験がないとなかなかできないがこの人はやっていたから思い出してやっているという、壁塗りの仕事は最近は需要がなくいなくなっているらしい。昔からいろいろやっているからできる。これをこうすればこうなんだよとかこれはもっとこうできるとかいろいろ自分なりに工夫して語ってくれる。今どきなかなかこういう仕事はないだろう。家でも出来合いの注文して買うのでありここをこうしてくれとかこの模様はこれがいいとかいろいろ注文するの家作りはそんなにしていない、めんどうなのでできあいの買う、いろいろ注文するとなるとその度に金がかかりすぎるのだ。だから地元の棟梁とで建てる建て方は敬遠されるようになった。ただ今回は自分が金を出してこうすればいいとかこうしますかとか言われたので作らせるものと作るものとの対話が生まれた。その人はいろいろできるからそれも可能だった。その人もここをこうしたらいいとか自分もそれができるならいいとか言って作り上げてゆく、作る人も楽しんでやっているし注文する人も自分なりの欲求が満たされる。作る人は芸術家であり注文する人も何か作る人の面白さを工夫を活かしてやる。これはルネサンスのラファエロとかミケランジェロの才能を活かした法王ににている。その規模は比べようがないにしろにている。庭作りでも家作りでも芸術的センスが必要になる。でもそこにハ-ド的なもの技術の制限を受けるからなかなか個人的には自分の希望通りの家とか庭はできない、設計者と作る人と注文者が一体となり作った家の紹介などがあったがそれと規模は小さいにしろ同じだったかもしれない、ただこういうことは金をケチるとできにくい、ある程度の金の余裕がないと作る人も答えられないのである。

仕事はやはりwork(作品)作りなのが理想である。それも協同での作品作りとなるとさらにいい、ただ日本の庭はヨ-ロッパのような公共的空間として作られていない、外からも隠されてプライベイトな私的な秘密的なものである。外から見えず楽しむ隠者的空間である。そもそも茶室自体がそうした隠されたものであり隠れて合う、選ばれたものが談合する場所であった。ヨ-ロッパのような広々とした大勢の人々が集う場所ではない、そこに相当な文化の差がある。ともかくとんな仕事でもその人なりの工夫や創造性が発揮されるとき仕事自体が楽しくなる。それは作っている人だけではなく見ている方でも楽しくなる。ああ、この人は仕事に生きがいをもって取り組んでいることがわかるからだ。今までそういう人を見ていない、仕事をいやいやながらしているのが普通だからだ。そういう仕事はやはり本当のその人の仕事ではない、ただその場稼ぎの食うためだけの仕事になってしまう。仕事は仕事自体楽しまないとそういう余裕がないと奴隷の労働になってしまうのだ。何かを買うための労働ではなくwork(作品)を完成させようとする仕事が本来の仕事である。
posted by 老鶯 at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題