2018年05月04日

歩くことは基本的な人間の行為-細道を旅人と歩んで) (都築詠一氏は歩いて鍛練して認識を深めた)


歩くことは基本的な人間の行為-細道を旅人と歩んで)

(都築詠一氏は歩いて鍛練して認識を深めた)


小島田から坂を上るところの脇の道は細い,そこを旅人二人歩いた,話ながら歩いた
そこで八重桜を見て今藤の花をみていると歩きながら語った
別にその人は風流とか俳句とか作る人ではないだろう
でも何かそのことだけでも花を見ていたのだと感じた

旅人の行くや道の辺に夏の蝶

旅人と歩きつつ話し夏燕


その道は細いから道の辺の草むらに夏の蝶,揚羽がとまっていた
歩く旅人がその時絵になるのだ,歩く旅人は浮世絵にも描かれたようにそれだけで絵になっているのだ,そんな当たり前のことが現代から消えたのである。
こういう風に感じたのももし六号線の坂を上っていたら感じないのである。
そこは細道ではないからだ,奥の細道というように江戸時代はみんな細道だから人が歩き自然を感じ道連れにになり人情を感じる旅になっていたのだ

旅人が消えたというときみんな車が主役になったからである。
車が国道を流れてゆくだけでありそこに人は主役になっていないのてある。
車に人がいるとも思えないのである。車という機械だけが流れてゆくようにしか見えないのである。車という物体が流れてゆく,通りすぎてゆくだけなのである。
こういう風景が日常風景になったとき人間はそれが当たり前となり何も感じないのである
旅というのは歩きながら自然と共感して一体になることでもある
雲水とかいて修行者もそうして歩いたのである。

人間は今やその基本である歩くとういことをしない,奪われたのである。
だから旅人もいない,ただ車という機械だけが流れすぎてゆくだけの無味乾燥なものとなっている
ただそんなことをとりたてて取り上げる人もいないのである。
そんなことを言うのはもう異常なこの世から離れた世捨て人でもあるとかなる
それだけ人間は人間の基本である,歩くということ,それがなくなったのである。
原始時代から人間は歩くことが基本としてあった,そもそも人間は二本足立った,歩くことで人間になったとされる

木を降りることになりますが、サルは本来の足も手になってしまっているので、歩くのは得意ではありませんので極めて危険です。そこで木からあまり離れたところには行けませんが、この木に登ったり下りたりの繰り返しの中で、認識的には木の上にあやふやに認識と降りてのしっかりとした認識の繰り返しの中で、天空のあやふやの像と地上のはっきりとした像との交互的相互転化の繰り返しによって、その中で、空間的な像が時間的な像へと量質転化していくという発展があって、(心の青雲ー都築詠一氏)

談論サロン天寿道(掲示板より) (立ち歩くことによって人間になったー「心の青雲」の認識論)

心の青雲の著者の都築詠一氏が死んだがそのことを哲学的に追及した,この掲示板にそのことがでている,哲学的になってむずかしいが人間の認識の基礎は歩くことによって培われたとなる
それで歩くことがなくなったとき人間はどうなるのか?人間の認識は浅薄なものとなる
大地から離れたものとなる,しっかりと大地を歩むことにより人間は大地と一体となるのだ,その基本が失われた時人間は自然を認識できないともなるのだ
この辺はもっと考察する必要がある

ここでは人間が歩いて旅するということで人間を見直す人間の認識の根源に還るとなるとおおげさだがそういうことが実際にあると思う
人間の思考が認識が現代人は深まらないのは歩かないからである。
都築詠一氏は重い荷物をもって歩くことを基礎にして空手に精進したのである。
今や歩くことはこのように自らに課さないとできないのである。
彼自身もこのように歩いて精進していた,それで日本兵が長い距離を歩けた体力と精神力に感心していたのである。
またその時は車のない時代だから歩く力があったとなる
心の青雲の都築詠一氏については最近書いていなかった,ただ歩くことによって日々鍛練していたのである。

ともかく自分自身が今回の経験が不思議だった,共に歩く経験をしていないからである
自転車と歩くのとはまた違うからである。歩く方が認識が深まることはまちがいない
歩いたからこそ道の辺の夏の蝶を見たりして心にとどめるのである。
自転車だと通りすぎてしまうということもある
歩くことただ歩くことが今や人間回復の道である。
歩いて自然でもまわりを認識することが人間回復なのである。
これも都会だとあまりにも雑音が多すぎるから深い認識ができないのである。
歩く禅というのもあるから無心になり歩くということが修行でもある
それで山頭火が歩いて旅して俳句を作った

原町に今日泊まれる旅人や明日またたたむ夏の星かな

夏になると旅人が増える,自転車の旅人もふえる,ただ鉄道はまだこの辺はいわきまではつながっていない,だから六号線をずっといわきまでは歩くことができないのである。
途中は放射線量が高いので六号線は歩いては通れない,あと二年後には開通する
その時浪江とか小高でも人が前よりは帰っているし道がつながるし鉄道もつながるとなる日本後となると震災から9年とかなるから長かかったなとなる

なんか自分は旅していないが歩く旅人が来て自分も旅している感覚になった
つまり歩く旅人とは共感するのである。


藤の花(亘理から50キロ歩いて来た67歳の人)


藤の花(亘理から50キロ歩いて来た67歳の人)


今日六号線を歩いていた人は亘理から歩いてきた,その人は大船渡の吉浜から歩いてきたのである。約500キロ歩いたという
その人は67歳である。この年でこれだけ歩くのは相当な体力がある
自分はこれだけ旅しても歩いた旅を経験していないのである。
だから歩く旅がどういうものかわからない,自転車ではしても歩くのはまた違っているからだ
ただ歩く旅は国道沿いを歩くからそこは歩く人が主役ではない,車が主役なのである。
それはどこでもそうだが特に国道はそうなる
どうしても遠くから来るとわかりやすい道を行くことになるから国道になる
そして国道沿いにはコンビニとかあり休める所があるからいい,それは昔の茶店になるからだ
まずほんとうき旅は未知の世界へ旅することだがそれは今ありえないのである。
自分は阿武隈高原を自転車で気ままに旅するときそうだった
どっちの未知を行こうかなと分かれ道を自由に選んで走っていたのである。

今日はこの旅人小島田から坂になっている所の脇道を案内して一緒にずっと歩いた
その人とは話ができた,何かそうしてかかわることを嫌がる人が多い
でもなんとかその人とは話ができて1キロくらい一緒に歩み話したのである。
その人は神戸の人であった
みちのくの旅は大船渡の吉浜からはじまっている,一日平均50キロは歩いている
500キロとすると10日間歩いたのかとなる
江戸時代でも約40、50キロ歩いたとなるからスピードとしてはそのくらい歩いたのかとなる,ただ今は道がいいからそのくらいは歩める
でもつくづく体力の差がある,その人の足を見たら太いのである。
その人はマラソンもやっていて日頃歩く旅をしているからできたという
継続していたからできたという,日頃していれば歩く旅もできるとういことかもしれないでも自分は50キロ自転車で走っただけでも相当に疲れる

自転車の旅だと途中で休むことができるし栄養もとることができるからつづけられる
登山はそれができないから苦しくなる
自分は旅してきたから旅する人に興味がある
でも車とかバイクはだめである。早すぎるからである。そういう人とは話もできなかった自転車の旅の人だと話ができるのである。

とにかくその人は自分は旅しているのではないが一キロを同伴した,そして藤の花がそちこに咲いている
その人はみちのくには桜が散って八重桜の時来て今は藤の花になった
それで芭蕉の句を思い出した

 草臥れて宿かるころや藤の花

まさにこれだった,歩いているからこそこの句ができたのであり奥の細道でも歩いたからこそできたのである。だから本当は歩いて旅しないと芭蕉の奥の細道は鑑賞できないのである。
ただもう奥の細道を偲ぶ道はない,一つだけ白河の関所跡は当時の面影を残している
小暗い森を出ると白河の関所跡に出るからである
あとは国道になるからそうした面影を偲ぶものがなくなる

みちのくの旅路やあわれ桜散り八重桜のあと藤の花咲く

桜は散っていたが八重桜になり今は藤が盛りである。その季節の変化があったが10日間ではそれほど感じない,季節の変化を感じるには相当に長い旅をしないと無理である。
でも八重桜が咲き藤の花が咲くという変化があった

50キロ歩く旅人夏の鳥

歩ききて原町宿や藤の花

原町に草鞋をぬぐや藤の花


原町宿はあった,原町は宿場町でもあった,その絵も残っている
あるいた旅ならこうなるのである。車とかバイクとではこうはならないのである。
歩いてきて疲れて草鞋をぬぎ宿をとるところに人間的なものが生まれるのである。
人間が旅しているのであり車や電車でも何か機械が旅しているとはならないのである。
現代は便利になりすぎて旅も失われたのである。
草履をのぐというときいかにも歩いて旅したときの言葉なのである。
そこにはその当時だけにありえたものでありその言葉の意味をくみとれないのである。
一日歩いてやっと休める宿だなとなるからだ
迎える方もそうしうて歩いてきた人をもてなすのにはそれなりのもてなし方があるとなる車で来る人にはそうした苦労がないからもてなすにしても違うものになるのである。
だから現代には旅人はいないのである。それも淋しいことなのである。

その人は原町に泊まり神戸に帰る,いろいろな所をその人は歩いて旅している
それができるのもやはり体力があるからである。
自分は何か体力がなくなった,だから旅はしていない,遠くにも行かない,仙台にも一年行っていないのである。
介護十年していたときからそうなのである。
でもこれだけ旅したから旅人に興味があり旅をふりかえるのである。


2018年05月03日

トイレの燕の巣を掃除した人 (駅はみんながかかわる場)


トイレの燕の巣を掃除した人

(駅はみんながかかわる場)


近くの人がトイレの燕の巣を掃除していた,あそこは市で建てたものであり障害者団体の人達が毎日掃除しているのである。
でも今回は近くの人が掃除していた、去年は駅舎の中に巣を作って汚れた
その時原町から来た駅員が苦労していたのである。
やはり今頃になると必ず燕の巣の問題が起きるのだと思った

駅は地区の人も相当かかわっている,花壇の手入れなどしているし前の自転車屋ではプラタンの花に水やりをしている,駅内の掃除はJRに頼まれた商工会の観光部の婦人がしている,このようにすでにいろいろな人達がかかわっているのである
駅は公共的空間であり人が交わる場所だからそうなっている

駅の特徴は外部の人がくるから外部の人とも交わる場所なのである。
それが駅の特徴である。外部の人を招く場ともなっている
つまりはじめてくる人だと駅に第一印象をもつ場だとなる
ただ外部でも意外と鹿島出身の人達もくる
外に出た人達である。だから親戚がいて来るのである。
そういう人達はまた違っている

今日駅であったのは自転車で知り合った変な人である,知的障害者なのかしらんがニートであり仕事をしていない,そういう人も今はどこにでもいる
ただあれはこの辺では目立つ人である。
その一人は兄であり後から弟が来た
その兄もなにか弟とにた感じである。
なんでも鮎川まで牡蠣の仕事で行った,それで交通費をとられて金にならないと騒いでいた
電車で仙台まで行きそれから石巻で行きそこから鮎川までバスで行くという
三時間以上かかってしまう距離である。鮎川までも遠いのである。

なぜそんなところまで働きに行っているのか
この辺には仕事ないんだよなという
でもそんなところまで仕事に行くだろうか?
その人はやはりまずコンビニなどで働けない人である。人と接してはとても働けないのである。そういう人は東京に出て建築の仕事をしている人もそうである。
あの人も仕事がないと東京に行ったのである。
何か仕事がこの辺ではなくなってきているのだろうか?そうなっているのだろう
もともといい仕事はなかった所である

一番いいのは東電の仕事だったのである。
あれはほとんど仕事しなくても金になる
まず現場に行ったら放射能が危険なので5分も仕事できない,すぐに交代であり休む時間の方が多いのである。それで休んで寝てばかりいたとか言う人がいた
意外ときついようで楽なのである,それで金は二倍とか三倍になる
だからこの辺では東電で働いた経験のある人が実に多いのである
それだけ金になる仕事だったのである。
そうして東電の影響が大きかったのである。
田舎の問題はまともな仕事が少ないということである。
農業とか漁業では金にならないということで漁業者は漁業権を売り渡して補償金で暮らしていたことが事故後にわかったのである。
それも結局金になる仕事がなければそうなってしまうのである。
そこに危険でも原発が建てられた事情があったのである。
いくら農業がどうだと言っても現実問題としては金が欲しいからそうなったのである。
原発はそれだけ金になる場だったのである。

あの人たちは参考にできない,スマホを弟が使っているし知的障害者とも違う,ただ知的障害者でも器用にゲームをしたりスマホを使いこなしている人がいる
だからどうなっているのかわからない,あの人達はなんらか問題があり福祉の対象になっていて金はもらっているのだろう。
ただそんなところまで仕事に行ったのは父親が死んだとかなり行かされたのである。

とえく駅はみんながかかわる場所だから意外とその街のことも情報も集まる場である。
みんながかかわるということはみんなの駅となりみんなが良くしようとすることで街も良くなる,何かそうした場が今は街でもない
やはりみんなが街を良くしようとすると街は良くなる
そういう意識が大事なのである。そういう意識がまずないと街は良くならない
ただ何かするにも人間は動機が大事である。
自分は鉄道の旅が長いから鉄道がマニアではないにしろ好きなのである。
それで鉄道会社に世話になってるから恩返しだともなる
そういう動機があってしているのである。
まずボランティアになると金もらえないのだから何か動機がないとできないとなる

ただ正直高速のセディティは警備員が十人もいる,この差は本当に大きい
それだけあそこは人の出入りがあるということなのだ
だから商売にもなる,駅はそれで無人駅になる
でも何か駅は人間的な場所でありかえって人が少ないから案内したり何か人間的交流できる場だなと思った
駅でも大きな駅だとできない,すでに原町のような駅は専門に掃除する人もいる
だからあういう場所ではなかなか人間的交流はできない
ただ人が通りすぎるとういだけになりやすいのである。

タグ:駅の役割

summer mountain and sunny beam


summer mountain and sunny beam

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It looks like a net and fish


抽象画は必ず具象画と結びついている,なにかわからないものでもこれは山に見えたり川に見えたりしている,そう見ることで抽象画でも納得するのである。
人間は何かわからないと不安になる,これが山であり川であり花であるというとき安心するのである。
抽象画は本当に何なのかわからないものがある,するとこれは何なのだとなる
森の抽象画を大量に作ったがそれはあくまでも森として見る
しかし全く抽象画だと何を示しているのかわからないものがある
でも価値が高く認められているものがある
その判断をどうしてしているのだろうともなる

今回のは山に見えるし夏の暑い日差しにも見える,赤がそうさせているのである。
これもただ変形させたものなのである。
ゼロから無から作り出したものではない,インターネット上にあるものを変形させただけなのである。


Abstract paintings are always associated with concrete paintings, even if they do not understand, this is visible in the mountains or in the river, so it is convincing even in abstract painting by seeing that.
People feel uneasy if they do not understand something, they feel secure when this is a mountain, a river and a flower.
There is something the abstract painting does not know really, so what is this

I made a large amount of abstract paintings of the forest but it seems as a forest only
But there is something that I do not know what it shows as abstract painting at all
But there are things that are highly valued
I wonder how they are doing that judgment

This time it looks like a mountain and it looks like hot summer sunlight, red is doing it.
This is also just deformed.
It just transformed what is on the Internet, not from zero to none.

時代の変化についていけない (人間は急激に変化することに弱いー ただ変化に対応するものだけが生き残る)


時代の変化についていけない

(人間は急激に変化することに弱いー
ただ変化に対応するものだけが生き残る)

ここ十年の変化は一身上でもあまりにも激しかった,人間は突然来ることに弱いのである一身上では家族が認知症になったときあまりのショックだった
それは徐々になったのではないからである。
突然暴力になって発狂したような状態になったからである。
この時の衝撃はあまりにも大きかった
それから介護になり二人の介護で看取るまで四苦八苦してきた
そのことをプログに書いてきた

その間に津浪があり原発事故がありまわりでも信じられない大変化に見舞われたのである自分は津浪の被害もないし原発事故で避難することもなかった
でもそのまわりい変化も信じられないことだったのである。
人間は激変するとそれにもう対応できない,ただ茫然としているだけになる
津浪でも逃げられずに死んだのは急激なことに人間は弱いからである。

●家族が認知症になる
●犯罪にあう
●親戚が借金して責められる
●自分の病気で二回入院

こういうふうに四苦八苦してきた,同情は一切なかった,ただ金を欲しいという人だけであり大金も失った
こういうことは予期せぬことであり対応できなかった,それも自分のカルマだった
しかしなんとか乗り越えて今になると楽になった
でも最近の失敗は銀行で投資したことだった
よゆうの金でしていてもこの失敗も大きかった

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地銀を信用していたのである。銀行というのが堅実な信用できるものだと思ったいたのである。
ところが銀行はマイナス金利とかいろいろ岐路にたたされて苦しんでいた
だからもうなりふりかまわなくなる,自分を苦しめた人も金で苦しんでいるからなりふりかまわなくなる,かえって相手が弱っているとき好都合になるのである。
それでその弱みにつけこまれて脅迫されるうよな状態になったのである。

明治以降の社会の変化は江戸時代と比べるとあまりにも大きかった
江戸時代だと代々家業を継ぐのが多い,職人ですら十代以上つづいているとかある
そういう社会は変化しないのである。だから精神的に安定しているのである。
そこで飢饉とかありやはり人間社会には何か激変がある
ただ江戸時代は戦国時代が終わりそうした激変はそれほどなかったとみる
もちろん災害はあったが暮らしの基本が変わらないから変化が少なかった時代である。

明治以降の変化は激しかった,そして変化は急激に来る,例えば戦争がはじまると赤紙一枚で招集されて戦地に送られた,これもショックである。
考える暇もなく戦地に送られたのである。これも突然のことなのである。
突然に運命的なことが起きる,ベフートベンの運命である
悪いことは突然に起きてくるのである。
その変化に対応できないのである。

銀行でも営業の人がきてFXのような為替の売買をした,これもいちいち買うと手数料がとられる,売り買いするにも書類を書くからめんどうなのである。
ただ奇妙なのだけどこれはもうけは少ないにしろもうかったのである。
この為替差益でもうけるのはわかりやすいのである。
投資信託の仕組みは素人にはわからないから銀行などの言いなりになるだけである
人間はわからないものには手を出すなというのは心得として知るべきだったとなる
投資について銀行はプロでもなんでもない,銀行は素人と変わりないのである。
だからリーマンショックのときからもっていた株を上がったのに売り投資信託に回したのである。

なぜそうしたか?

銀行にとっては投資信託が手数料で稼げるからである。それが営業のノルマになっているからそうなった,銀行の利益と営業員の利益になるからそうしたのである。
顧客の利益は二の次三の次なのである。
ただそれを知ったのも遅かったとなる,これも銀行が変わったということに対応できなかったのである。

ここに出したように別に銀行に頼まなくてもFXでもうける仕組みがある,それはAIが判断するのである。いちいち営業の銀行員が書類を書いては手数料とられることもない,AIが自動化して判断して売買するのである。
この方が確実にもうかるとなる,つまり銀行とか証券はAI化しやすい分野だったのである人間の判断だったら銀行では手数料が確実にとれる投資信託をすすめる
でもAIの判断の方が銀行より優れているのである。

すると今求められているのはITの技術者だとなり一億円でも払うからと人材獲得に躍起となっているのである。
つまり時代によって求められる人材も能力も違ったものになる
だから今いいとしても技術が進歩して変化すると役に立たなくなるのである。
そういうことは常に起きてくる

AI化で人間の知的仕事もなくなる,失業者が増えるというときもそうである。
静岡の大井川の川越の人足が鉄道ができて失業したときお茶作りをはじめて転職に成功したとかそういうことは常にあったからめずらしくないのである。
でも現代の変化の速度は早すぎるのである。
例えば退職者が高齢化で何もすることがない,居場所がないというときもそうである。
会社一筋に働くことしかしていないとそうなる
でも退職したからと地域にとけこむとか簡単にボランティアすらできない
ボランティアにもやはり何かしらの適格性が必要になる
そういうものを見つけることは容易ではないのである。
遊ぶにしても人間は日頃そうしたものをしていないとできないのである。
要するにここでも急激に変化したことに対応できないから問題になるのである。

だから強いものではなく変化に対応できるのものが生き残るというダーウィンの言葉が活きることになる
若い人が有利なのは最先端のものにふれてそれに適合できるからである。
その変化のスピードが速いときすぐにまた古くさいものとなってしまい取り残されるのである。
まず誰でも百歳まで生きる人生など想定できない,すると金銭的にも困る人々がでてくるもうそれだけ生きる金はがないとなる,政府でもないとなるからだ
こういう変化が常に世の中にはありそれで対応できないのである。
津浪ではそのために死んだ人が多数いたということである。
こんな津浪にとても対応できないということで死んだのである。
変化に対応できないことは死にもいたることになる

必死で変化に対応しなければ銀行でももうつぶれるのである。
そういうことは別に今だけでなく常に言われてきたのである。
「世の中は三日見ぬまの桜かな」である,三日でも大きな変化がある
この辺ではそうだった,新しい家が何百軒も建ちまるで変わってしまったのである。
こんなに変化することが想像もできなかったのである。
海岸の松原はなくなりソーラーパネル風力発電になったのである。
風景自体がこんなに変わることが信じられないとなるのである。


タグ:時代の変化
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2018年05月02日

鹿島駅とセディティの記録 (セディティでナンを食べる)


鹿島駅とセディティの記録

(セディティでナンを食べる)

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東京から来て浜でキャンプした人

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除草している人

駅では重い荷物をもった人がいて弁当を食べていた,右田の浜か海老浜でキャンプした
津浪の前は右田浜にキャンプ場が実際にあったが今となにもない
あの荷物をもって浜まで行ったから体力がある,40代なのか50代なのかわからない
体が大きいのである。東京から来た人だった
それ意外はは何者かわからない,話を聞きたいができなかった

駅ではあと除草剤をまいていた,前にもしていた,今回はコンクリートの割れ目に除草剤をまいていた,聞いたらこれはJRでしている
商工会に委託してはいないのである。商工会で草むしりとか除草はしていないのである。商工会の観光会の人がしているのでありその人たちはJRから委託されているから金をもらってしている
ただごみ箱のゴミをなげるくらしかしていないのである。

次に行ったのが常磐高速のセディティである。
出店がでていてナンとカレーの店だった
ナンは良くインドでも外国旅行でも食べた,このパンは好きである。
アジアではご飯と同じである。
カレーと一緒で500円だった,福島市と仙台市ではナンを出すレストランがある
仙台市では食べたことがある,福島市ではない
でも仙台市にはすでに一年も行っていない,自分は遠くに外出しなくなった
介護十念して旅もしていないのである。それでも二三回はその間に行った
その店をしていたのはインド人だった
カレーはインドのものであり日本のカレーとは違っている,本場のカレーである。
今はいろいろなものを食べるのが楽しみである

なにかこんなことを書いているのは何の意味があるのだろうか?
それは記録することに意味があるかもしれない
新地のガス会社の人と駅で話したのは三年前かと思ったら2017年のはじめのほうだった
それを読んであれ三年前頃だったと思ったがそうではなかった
プログは日にちが記されているから記録するのにいいのである。
プログの大きな価値は記録することにもある
まず自分の書いたことを何でも忘れているのである。
つくづく人間ほど忘れやすいものない
もう一年前でも忘れているのである。

記録が価値あるものとなるのはやはり日付が明確なものなのである。
郷土史研究で良く古い碑とか墓の年号を調べる,江戸時代の年号であれば価値があるのだがそれが例えば


1805年文化2年乙丑  
1818年文政1年戊寅4月22日改元 
1830年天保1年庚寅12月10日改元 
1847年弘化4年丁未  
1848年嘉永1

こんなふうに短い間に元号が変わる,すると文政が先で文化が後の時代だとみているときが普通にあるのだ,これは大正を明治より先にしない,それが江戸時代では時代の後先がわからなくなるのである。
明治大正昭和は時代的に区分されるが平成となると何か今一つ時代区分が明確でなくなるそこに何か特徴がないからかもしれない,天明というと飢饉があった時代だからイメージしやすいのである。

個人的な記録でも人生でもどういう時代を生きてきたのか?それがわからなくなるのである。

記録となると江戸時代の記録なら何でもただ記録しただけで貴重になる
記録は年月がたつと貴重になる場合がある

この駅の記録でももし今日重い荷物をもって駅で弁当を食べていた人がこの写真をみると自分がここにいたということを確認できて驚くかもしれない
なぜなら本人自体忘れるからである。
自分もどこの駅にいたのか覚えていないのである。これだけ旅しても駅のことを覚えていないのである。

ただこういう記録を読んでも他の人は興味を覚えないかもしれない,でも歴史の記録となるかもしれない,なにかつまらないことでもそれが後で意味を帯びてくるかこがあるかもしれない,親は大正生まれだったけど記録したのはわずかでありそれで死んだからわからなくなった,それがもったいなかったなとなる
自分の生きたことをもっと記録でも残していれば親のことをふりかえることができたからである。
今はプログとかで膨大な記録をしている,写真でもしている
でも今の時点ではそれが重要なものとして見ない
ありすぎてもいるし見ないのである。

セディティのナンとカレーの店

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セディティは駅とは全然違う

警備員が10人いた!

これには驚いた,車を誘導する人がいたり他にもこれだけいたことには驚いた
給料はどこで払っているのか?高速の収入で払っているとなるのか?
この差は大きい,駅は無人駅だからである。
それだけ人の出入りが本当に多いのである
一日数千人単位になるのか?まずひっきりなしに人が来ているのである。

資本主義が有効に働く場 ( エコノミストの記事より考える)

資本主義が有効に働く場

( エコノミストの記事より考える)


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カンボジアではアンコールワットでバイクで案内する若者いる
そのバイクは借りている,中国人がそのバイクを所有していて貸している
つまりこの時日本人でも資本があれば経営できる
金の力がこういう後進国では大きく働く
何か商売をはじめるためにも資本が必要とするからだ
インドでは腎臓を売って商売をはじめる資金としたとかある
そういう後進国では資金がないのである。
資本がないのである。

自分の家でも店をはじめるとき資金がなかった,それを借りるのに大変な苦労した
それはわずかな金だったがそうだった,その時は戦後の焼け野原で何もない時代だから物を置けば売れていたのである。
立派な店を作ることもない,自作して店を作っていた
資金はそれぼと必要なかった
インドではバラックの店があったり屋台なども資本がいらない商売なのである。
江戸時代などは棒ふりであり資金はかからないのである。

そのとき工場でも中小企業が東京でも景気が良かった
それで人手だたりなくて集団就職の中卒を使っていたのである。
こういう時代も資本さえあれば商売ができたのである。
でもその時でも銀行は金を貸さなかったのである。
そして今銀行は金を貸すことができない
金は銀行にオーバーバンキングされている
それで投資信託と詐欺的商品を客に売りつけている
これも資本主義が投資先がなくなってゆきづまっていることなのである。

つまり東南アジアがそれもタイとかでなくてベトナムとかカンボジアとかラオスとかでは資本主義が有効に働く,前は中国だったが今は中国でも飽和状態になる
人件費も高くなっているから中国で会社を作って生産しても安いとはならないからだ
ただ東南アジアでは今度は中国の進出があり日本人企業は進出する度合いが低い
経済でも中国人が支配している,その一つの例がカンボジアでバイクを貸して観光でもうけている中国人なのである。
カンボジア人がすればいいのだがバイクを買う金が資本がないから中国人が経営者になりバイクを借りて賃金をもらうほかないのである。
ここに資本主義の生々しい姿が如実に現れている

アメリカの企業進出は下降していて中国の力が拡大している,それでアメリカの影響力は弱まっている,日本の企業進出も低下している,そうういなかで南沙諸島が中国の基地になる,アメリカの影響力は後退しているのだ
世界を見るときこうして経済の分野から見るとわかりやすい
たからアメリカは経済的にも後退しているしトランプの自国経済主義になり世界から孤立する,とういうよりアジアでも中国に押されて進出する力がなくなっているのだ

ただ右寄りの論客は中国経済は危機でありまもなく破産するとか盛んに言っている
でもこれもわからない,アメリカの衰退は確かである
移民も減少しているし経済が縮小しているのだ

いづれにしろ資本主義がゆきづまるというときもう資本が有効に働く場がなくなっているアフリカが最後のフロンティアとしているがそこでは中国が支配している,アメリカではないのである。
そこでドルの価値は低下してゆく,かといって人民元がドルのような貨幣になるとはならない,中国経済はそれだけ安定しているものではないからである。
世界が今や三国志のようにEUのユーロー圏と中国の人民元圏とドル圏に分かれる
ドルが突出して世界マネーになる時代は終わった
それで円高になる,一ドルが80円とかにまたなるとか指摘している
世界が三国志のように三分割して平衡を保つ,平和を保つのもいいのかもしれない
アメリカが今までは突出していたからである。
それが成されるのは経済で均衡するからそうなる

ともかく今は資金があっても逆になにか事業を起すにしてもむずかしい,成功しない時代である。新興国のように投資先があるのならいいがない
腹が満たされれば何に金を使うかとなると内装がいいレストランとか他に付加価値を求める,あそこは景色がいいレストランだから行くかともなる
食べるだけではない価値が求められる
おそらく人の求める価値が多様化するがそれが豊かさになる
それで裁縫ではAI化しても個々人のオーダーメードになるから裁縫にたづさわる人は生き残るというのもそのためである。
つまり個々人で求めるのが価値が違ってくるからそうなるのである。
一律に大量生産して同じものを求める時代は貧乏な時代であり豊かな時代は個々人でも求める価値が違ってくるのである。
そういうものに対処しないと商売も成り立たなくなる時代になる

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2018年05月01日

ローソンのコーヒーを手渡しする是非 (AI化機械化合理化効率化でかえって逆に情が求められる)


ローソンのコーヒーを手渡しする是非

(AI化機械化合理化効率化でかえって逆に情が求められる)

「コーヒー手渡しやってる暇ない」コンビニ人手不足で店員の仕事量増加、やりがいも乏しく

これもわかる,手渡ししているだけで仕事量がふえる,人手不足だからそんなことする必要ないとなる,客も望んでいないとなる
要するに自動販売機の方がいい,コンビニなど店員はいらない自動販売すればいい
人はいらないとなり実際にその実験が中国でもしている

この手渡しをローソンがこだわった理由はわかる,自動販売機ではなくそこに人間の情を通わそうとしたのである。
人間が直接渡せばそこに人間の情が伝えられると思ったのである。
しかしそうなると手間になるからゆきづまることもわかる
ただ現代社会が何でも便利なものを求めて情がなくなっている社会である。
逆に人間は今情を求めている,情というのは目に見えないし効率的ではないのだ
でも人間はみんな経済的効率だけで動くものではない,人間は合理的理由だけで動くものではない,そういうものを極力省いてゆくと社会に人間がいなくなる
そこはロボットと自動販売機しかなくなる

 鈴が音(ね)の 早馬(はゆま)駅家(うまや)の 堤井(つつみい)の 水を給(たま)へな 妹が直手(ただて)よ 」 巻14の3439 作者未詳

 これも直手(ただて)で手で水をすくって与えたから手から人間の情が伝わるとなる生々しいものを感じる,人間からは必ず情が伝わるのである。
まず茶碗でもない,茶碗で水を与えれば情がただてのようには伝わらないとなる
そこに物が介在してくるからである。
これは万葉時代だからこそありえたことである。

ただ2000年前からすでに人間は道具を使うと人間性が失われるということは指摘されていた,道具を使うことによってそこに直接人間の手を使わないから人間が本来もっているものが失われる
例えは人間が本当に通じ合うには言葉があったとしても文章があったとしても直接話あわないと十分に相手に伝わらない,だからソクラテスでもキリストでも文章として残してはいない,後の人が文章として残していたのである。
直接語ることしかしなかったのである。文章にして伝えることを拒否したのである。

だから何かを伝えるときそこに道具が介在すると通じあうことがむずかしくなる
特に情的なものが省かれるのである。
いろいろ文明の利器として電話であれ最近はインターネットからスマホともうそこには直接人間同士があって話し合うということがなくなる
その時そこに情が通じ合わなくなる,その点が実は現代社会で一番問題であり危険なものとなる,ネットだけで知りあって女性が殺されたとか恐ろしい事件も起きている
ラインとかで言葉だけのやりとりでそうなったのである。
パソコン通信のとき文章でコミニケーションするのに違和感を感じた
ついていけないことがあったのはそれはパソコンを通じてしていたからである。
文章だけで話すことははじめてしていることだったからである。

現代では生身の人間と直接あって通じ合わせることは少なくなった,ただ今でもヤクルトとか地銀の営業の人が来ることは直接人と接して商談でもするから違っているなと感じた生身の人間が来るからインターネットで話すのとは違う,そこに地銀の強みがあった
日頃から地元の客を一軒一軒回って信用を築いているからである。
だから逆にそうして対面的営業をしていると悪いこともしにくいとういことがある
投資信託は詐欺的商品であり何か銀行も今苦しくて銀行では確実に手数料とれて客は損してもかまわないものを売りつけているとなり信用できなくなった
これも電話とかインターネットとかでのやりとりだと人間と直接会わないからそういうこともなかったかもしれない。

ともかく現代社会は合理化効率化を極限まですすめてゆく,すると社会はどうなるのか?
街に出るとスーパーまで自動販売になりコンビニでもそうでありもう人がいないのである駅はすでにそうなっている所が多い
駅でボランティアのまねごとのようなことをして感じたことは自動化できるがそこには情がない場となる,人はただ駅を通過するだけの人でありそれを監視カメラが見ているとなる
もともとJRでは人へのサービスはしない会社である。機械を動かし時間どおりに事故なく人を運ぶということだけに働いている会社である。
だから合理化効率化をすすめるために駅は無人化して自動化している,すでに半分は無人駅になっているのだ

そのことで自分は駅で案内のボランティアをして無人駅ではたりないものがあると実感した,そこに人間の手が加わらないと確かにそれほど困ることはないかもしれない,自動化はできる,でもそこに欠けるものがある
そこに人間の情がなくなるのである。だから何か無味乾燥になり駅に来てもそこに人間がいない,ロボットがいるだけだとなる,でももう人間はいらない,スマホを乗客も見ているだけだとなる
そこに会話もなくなる,そして情というとき情報とは情に報(むく)えることが情報だったのである。

旅でも旅情があるとか情緒があるとういことを自分は追及してきた
それは旅だけではない,あらゆる面で情なき社会が現代であるからである。
便利で効率的で合理的なことはいいことである。経済的にそれを追及することはやむをえない,でも人間はそれだけで成り立たないのだ
そこに人間の人間たる所以がある,人間は情を求めている,情は愛にもなる
家で母親が料理してくれるのとただ惣菜でも買って食べているのとは同じものを食べていても違ったものとして感じる,家庭料理にはお袋の味があるから違っているのである。
今はそれすらなくただ買うだけになってしまった
そういう根本的な所でも情が失っているのである。
それがいかに社会に影響しているのか?
人間社会ら情がなくなるときどうなるのか?それは愛がなくなることにも通じている
もう殺伐とした社会になる,情がないから弱い人を見ても同情などしない
そういう社会生活を日々しているとそれが習慣になるからである。
現代社会は確かに便利である,でも殺伐としている
人間を人間と見ていない,ただの物ののようにしか見ていない,情ある人間とも見ていないのである

そういう社会は本当は恐ろしいものとして現象として現れる,戦争でも人間は物ののようにしか見ないからナチスでもあれだけの大量殺戮になったし原子爆弾でも落された
そこまで情ある人間ができるのか?原発事故でもそうである。
科学技術の発展は道具の発展は2000年前に老子が予言していたような現実を作り出したのである。情のない非情な社会である
それは文明社会が日々そうして非情な社会で生活することが習慣としているからである。まわりが自動販売機でありそこに人間がいない社会となったらそこで情をはぐくむことは不可能である。それは学校時代から起きていたことでもある
人間はある面でロボットのように生産されているからである。
社会のロボットのように教育され訓練されているともなる

なぜ江戸時代に人々がいい顔していたのか?江戸時代は今と違ってあるゆる面で旅するにしても旅は道ゆきであり旅は道連れであり旅でも情を伝えあうものだったのである。
何するにしても情がなくては成り立たない社会だったのである。
確かにそこでは便利ではない,逆に不便だから歩いて旅していたから情がはぐくまれていたのである。
だからつくづく人間は何が幸福かわからない,便利でいいなと思っていたらそれが不孝の原因にもなっていたのである。

ただローソンの問題はどっちがいいとかは簡単に言えない,それはローソンでも会社側でも客の側でもそんなめんどうなことをしなくてもいいとなるからだ
ただヤクルトでもそうだがあれも人が直接わたすことにより情が伝わることで逆に成功していたのである。だからすべてを便利にするにしてもこれからの商売でも情が大事になることがある
特にAI化するとき残る仕事はそうした情を重んじる仕事なのである。
人間と直接向き合う仕事なのである。だから医者とか看護師でも介護士でも直接人と向き合う仕事はなくならないとしている,それはコーヒーでも直接手渡しする
そういうことがかえって重んじられる社会になる
ここではコーヒーを手渡してくれたから高くてもいいとかなる
そこに価値を認める人もででくる,むしろその価値が情の価値が高くなる社会になる
機械化合理化効率化をすすめてゆき最後に不合理な効率的ではない情が価値が高くなるというのも逆説である。
人間社会はそうして矛盾したものであり不合理なものして効率的ではないものとして価値がある,それが人間だということを現実社会で生きて知るのである。





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posted by 老鶯 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

駅から相馬市まで歩く人


駅から相馬市まで歩く人


今日は駅から相馬市まで歩くという人がいた,前にもいた,年配の人であり今日は暑いから楽でないと見た
旅行すると今は便利になりすぎている,だからかえって旅しても何か後で思い出してし記憶に残ることがなくなる
六号線を行くと早いが歴史のことがわからなくなる

日立木から松並木を通って相馬市に入れば相馬に来たなと思うだろう
六号線だとそういう感覚がなくなる,旅はそれだけ便利になりすぎて通りすぎるだけになったのである。

七ヶ宿街道を自転車で行ったときの思い出は残っている
芒の原の道を行き鏡清水で夕暮れになっていた,上山に暗いなかを走っていた
その時旅情を感じたのである。あそこに電車で行っては旅情はあまり感じないのである。鉄道と街道はまるで違ったものだからである。
鏡清水に来るともう上山の城は近いなと感じる,だからここで姫が化粧するために顔を写したというのがリアルなのである。
七ヶ宿となると今は鉄道も通らないし辺鄙であるからかえって当時を偲ぶことができる

七ヶ宿の旅(俳句、短歌-自作)


七ヶ宿街道
鏡清水

今日相馬市まで歩いた人はインターネットでプリントしたものをもっていた
おそらくそれが出ていたのはこのサイトだろう
ここは良くできているからだ,ここまで詳細に見るのは地元でもしていないからだ
旅の問題としてそこがどういうところかわかりにくいのである。
本は二冊ももったりしたら厚いとしたらもてない
第一その場に詳しい情報はないし調べられない,今はスマホをもっているから調べやすいが
それでもその場の情報を得るのはむずかしいと思う
検索すること自体めんどうになるからだ,旅は急いでいるしゆっくり検索できないのである。

百街道一歩の道中記

ともかく歴史を偲ぶなら昔の街道を行くことだがそれが今はなかなかできないのである。車で来た人などただ通りすぎるだけになってしまう

後は福島市から来た夫婦である,福島市から来る人も仙台についで多い,その人は松川浦を見に行った
連休だから観光目的の人が増える,駅では無人駅でもあり案内することがありそこで全とした会話が成り立つのが面白いとなる

それからゴミが落ちていたので拾ったりしてホーム内のごみ箱に投げた
あそこにごみ箱があるのを知らない人がいる,気づかないのである。
喫煙所になっている所には今回はボール箱のようなものを置いていった人がいた
それはかなりゴミであったからごみ箱に投げた
仕事といってもそんなところである。
でも自分は毎日一回は駅によって見て回り案内したりしている

ともかく駅の役割には外来の客を旅人を迎えることがある
駅(うまや)は厩(うまや)ともあり馬が休む場所であり旅人も休む場所だった
旅人を迎え見送る場なのである。
鉄道の駅も迎え見送る場である
ただ常磐高速でもそういう場になっていない,ただ車が休息によるというだけでありそこで迎えたり見送ったりすることはないのである。

駅を出て街道歩む旅人を我が見送りぬ夏の夕ぐれ

駅から鉄道で見送るのと駅から歩いて行く人を見送るのは感覚的に違う
あの人は街道を歩いて行くのだなとイメージする,相馬市までは15キロであり遠いのである。
だから常に街道では迎えたり見送ったりする人がいたのである。
そこに出会いもあったし分かれもあった,それが街道を行くことだった
駅にはその感覚がまだ残っているが歩いて旅する人を迎えたり見送ったりするのは違うのである。

2018年04月30日

いつか家族は崩壊して消える (介護などでそれは誰にでも起こる)


いつか家族は崩壊して消える

(介護などでそれは誰にでも起こる)

家族は人間にとって一番の絆である,しかしそれも無常にもいつか崩壊して消える
子供たちが育ち老夫婦となりやがて夫妻でもどっちか一方が介護状態になったり死ぬと一人になる,現代はこうして一人暮らしになるリスクが大きい
一番の絆がたたれるショックがあまりにも大きい
妻に死なれた夫は愕然とする,老後は一人なのである。大きな家に一人なのである。
そのことを嫌がっているがどうにもならない,自分もそうである。
そういう人が老後に増えてくるのである。

何かある時家族が崩壊する,それは自分の家族も崩壊したからショックだった
家族すら無常なんだなとつくづく思った,そのことは予想されていたが予想以上のショックだった,この世にただ一人となった感じになった
そうして過酷な世間に放り出された,そして食い物にされた
今頃そんなことで世間の冷たさを知ったのは遅かったとなる
他の人はそういう世界で生きていたからである。

障害者で父親が入院している家族も崩壊の危機にあるのかもしれない,父親は年金をそれなりにもらっているし障害者だから金はもらっている,だから金には困らないように見える
ただ精神障害者が父親の世話するということで苦しんでいる
それで母親が心配して援助しているがこの母親も金銭的援助は全くできない
人から金をせびりなんとか食いつないでいるだけなのである。
体も悪いし病院通いなのである。

ともかくこうしてある時家族が崩壊の危機に瀕する,障害者は福祉施設に入れとすすめられているが嫌だという,でももう父親をのめんどう見ることが苦しいとしている
ただ症状は軽いのでいろいろわかってやっているのである。
外から見てどこが悪いのかわからない人なのである。

こういう人だけではない何か介護によって家族が崩壊してゆくことが現代では多い
その時もう家族だけでも支えきれなくなる,在宅で介護できるのは極少数なのである。
すると家族だけではもう耐えられなくなり家族自体が崩壊の危機に晒される
それを自分は一人で介護したので実感している

人間は家族も無常のなかにある,家族も死別すればもういなくなる,すると家族のない人になる,障害者は施設に入れるというとき家族でめんどうみれないからそうなる
母親がいてもその母親もめんどうみれないのである。
経済的にぎりぎりでしているからである。
ただ父親は年金をそれなりにもらっているから困らないとういことはある
でも障害者が病院に入っているにしろめんどうみれるのかとなる

他でも家族が崩壊するのは介護になったりするとき多い
だから今は核家族だから余計にそうなりやすい,大家族だと誰か一人が余裕があって病人のめんどうみるとういことがある
だから家族でも今は一人がそうした介護状態になると人手がたりなくなるのだ
自分も一人で二人を介護しなければならなる恐怖を味わった
一人はひとぽ認知症になって一緒に住めなくなったからだ
その時家族は崩壊して自分一人で奮闘していたのである。
誰も助けない,ただそこで犯罪にあったり借金している人に脅迫されたりしたりひどいめにあっただけである。
よわいことにつけこんで責めてきたのである。
介護とか障害者をもつと世間は非情でありそうされやすいのである。
そんな弱みにつけこんでカルト教団なども一票とるために回って歩くのである。

老後の資金でも投資するのも分散投資するという考え方は間違っていない
家族でも本当は三つ四つが家族になっていれば一つの家族がだめになってももう一つ家族があるとか他にも家族があるとなれば介護でも心強いとなる
でも家族が核家族しているとき個々の家族では介護になったら耐えられなくなり家族崩壊するのである。
でも三つも四つも家族になりえない,一つの家族でも精一杯だとなる
でもそれでは介護になったら家族が崩壊するのである。
家族でもそれは他者を排斥する内輪のものである,家族以外は人でもない,ただ金をとる対象にすぎないという時代でもある
だから家族だけに頼るが介護になるとそれができなくなる
在宅で介護しろといっても核家族で家族に余裕ある人はいない,人手がないのである。
そうなると家族崩壊になるのだ

いづれにしろ家族が崩壊するということは老後に普通に起こる
それで老人ホームに入っている人が家に帰りたいというときその家は実はないのである。家族はすでにないのである。ただ家族があったときの時代に帰りたいということなのである。
それで家に帰りたい,帰りたいと言っているが実際はもう家はないのである。
こんなふうに最後はみんななりやすいのである。
自分の場合は特殊でも参考にしにくいにしてもそうなった
だから何か自分は楽な生活に甘んじていてこうなったとも思う
これもカルマだったのである。もっと苦労していればそれなりに助ける人もいたかもしれないからだ

ただ家族すらいづれは崩壊する消えるというのがこの世だと思った
つまり無常でないものがこの世にはないのである。
家族すらこの世で一時的なものとしてあるだけであり仮象だともなってしまう
この世とはそういう場所だともなる,永遠の都は天国にしかないのである。
家族にしてもそうである。肉でつながる家族は本当の家族ではないともなる
だから宗教では家族は否定したのである。

本当の愛ある家族は天国にしかないのである。
そこでは家族は崩壊することはない,それは肉でつながれた家族ではないからである。
ただ家族には天国のひな型としてあるのであり本当の家族ではないともなる
結局家族すら一時期のものして消えるからである。
いくら家に帰りたいと言ってもその家もなくなっているのだ
そしたら帰りようがないのである。
自分も家があっても帰る家族はなくなったからである
今までは家族が待っていたが今は待っている人は誰もいないからである。


老後になると妻に死なれた人も家族がなくなっている、一人暮らしである,普通の家族でもそうなりやすいのである。家族がなくなるということはいろんなことで困る
家族のような絆をもてないからである,他者は弱みにつけんこんで金をとりにくるような人しかいないからである。そうなるもうまわりが野獣に囲まれていると同じになるのである。
だからこの世とは恐ろしところだとなる,それを今までは矛盾していても愛し合う家族でないにしろ楽していたので感じなかったのである。
だから家族が崩壊することはショックだったのである。
ただ自分の場合それもカルマだったとなる

鹿島駅の六号線側の空地を手入れしていた人 (復興のために援助された金は使われなかった)


鹿島駅の六号線側の空地を手入れしていた人

(復興のために援助された金は使われなかった)

kkkstation1232.JPG
ここは細長い土地であり何かに利用できる



駅の向かい側で何しているのか?あそこはどこの土地かと思った
それで向こう側に行き聞いてみた
そこはJRの土地ではない,エネオスとかのガソンリスタンドの土地だった
細長くありそれなりの土地である。

そこで草など刈っていた人は相馬市の駅のことをしきり言っていた
東側を駐車場にすればいいと思うけどしていないとか言っていた
東側は開発されていない,原町駅では東側は駐車場になっている
街が開発されている,エレベーターもある
相馬市のと駅にエレベーターがないのである。

でも相馬市では市で開発に金をかけてやったとか言っている
南相馬市では前にも書いたが鹿島区では百億円とか補償金をもらったが個々人に配られて何か形としては残っていない
それで山梨から来た事業に失敗した人はしきりに駅前の開発をすすめていた
その人が事業した人だけにいろいろ知っていたのである。

鹿島駅の六号線側に駐車場ができるといいとも思った
今鹿島駅の一番の問題が駐車場がないことだからである。
六号線側だと車の行き来もあり入りやすいとなる

何か南相馬市では本当に30キロ内の人達は多額の補償金をもらったがそれは何か街全体として形として復興するものを残さなかった,ただ個々人に配られて消えたのである。
除染費用なども莫大だったがその金はゼネコンに流れて街の復興にはならなかった
だから山梨の人の言うことはなるほどなと思った

相馬市が市政にそれなり補償金などがおりことき使った,街作りに使った
南相馬市は個々人に補償金をばらまいて消えた
かえってその金で若い世代は小高などから流出して帰らないのである。
街の復興のために使われなかったのである。
ただ個々人に配られて消えた,そして街には老人だけが取り残されたのである。

もしもっと街の復興に役立つように金を使えば街も復興しているから帰るかとなったかもしれない,それが個々人に配られたし多額な人もいるから街から人が流出することになっ補償金はかえって有効に街の復興のためには使われなかったのである。
個々人の復興にはなったかもしれないが街全体の復興には使われなかったのである。
それは市政が悪かったのか?市長が悪かったのか?市民が悪かったのか?
誰に責任があるのかわからない
ただみんな補償金ばかりに目が向いてそれを街の復興のために使うということがなかったのである。

ともかくあそこが空地でありそのことに気づいていなかった
こうして不思議なのは毎日駅に来ていたのに気づかなかった
あそこが空地であり利用できるということである。
花を植えてもいい,つつじなどにあうかもしれない,土地としては狭いがまた細長く広くも感じたのである。
ただ六号線とつながらない,前が窪地となっている
でも開発すれば平坦な土地となりつながり利用できるのである

人間はつくつぐ身近なところを良くみていないのだ,ただ自分は駅でボランティアのまねごとして毎日見ていたから気づいた,他の人もあそこの土地について無関心だったろう
ただ向こう側に柿の木があったり合歓の花が咲いていたことは見ていた
それはなごむ風景でもあった
ただあそこが空地で隣のガソリンスタンドの土地だとは気づかなかったのである。
こうして身近でも知らないことがあるものだと思った
駅でも常磐高速のセディティのようにあれだけ人の出入りがあれば何か開発を考える人はでてくる,その差があまりにも大すぎるのである。
ただ駅には人を集める工夫があり開発の余地があることは確かである。


タグ:駅前の空地

2018年04月29日

満月や蛙の鳴いてや田水張る (蛙も同じ命であり復興の象徴になった)


満月や蛙の鳴いてや田水張る

(蛙も同じ命であり復興の象徴になった)


復興団地にタンポポあまり映えにけり

街中の空地にタンポポ咲きまぶし

芸人のボールの高く春の空

自転車に燕飛ぶ影よぎるかな

我が庭のボタン見ぬまに散りにけり

受け継ぎぬ栄華の牡丹我が家かな

満月や蛙の鳴いてや田水張る


受け継ぎぬ栄華の牡丹我が家かな


この辺はまだ復興の途中だということがある,でも蛙の鳴き声もひびくから前のうよな状態にもどっている,今日満月でありすでに夏の月である。
今日も暑かったからである。
それで田水張る田に満月が写り光る,これも人間の営みと自然が調和した姿なのである。その時人間の世界と自然が融和するから美が生まれるのである。

俳句は季語などはこうした稲作とか深く関係して生まれている
だから本当は農業しないと実感が生まれないともなる
なにか田水張る田に満月がふさわしい
復興したなと感じる,そういう光景がなくなっていたからだ
だからこの辺はまだ復興ということを感じないことがあった

やはりこれだけの災害だと復興といっても十年はかかる,もうその時一昔前になる
神戸でも10年たっても以前として復興がすべてにわたってできたわけではなかった
それだけここも甚大な被害だったのである。

ともかく避難区域になった小高とか浪江とかはこうした田んぼがないから復興を感じない自分が復興を感じたのは田が前のように作られて蛙がもどって鳴いた時だったのである。田んぼはやはり復興の象徴だったのである。
田舎では田んぼがないとしたら田舎なのかとなるからだ

ソーラーパネルとか風車とかできてもそれが復興とは感じないのである。
なぜなら蛙は同じ命であり人間と通じ合うからである
人間は機械を利用してもロボットでも同じ命だとは感じないのである。
そこが根本的に違うのである。
蛙は同じ命をもつ仲間だという感じになる
それは理屈ではない,本能的なものである

だから仏教では法華経では草木成仏とか動物も人間と同類としてあわれみをかけたりしていた
それはインドでは今もそうである。動物には人間の情が通じるからである。
それでペットブームになっているのもわかる
ペットは人間の仲間となりうるからである。

機械となるとこれは別なものであり命ではない,そこで人間とは断絶したものであり機械に頼りすぎると非人間的になる,現代はあまりにも機械化して機械に頼りすぎているから人間も非情になっていることはある
牛馬とともに生活していたときは牛馬も人間と情が通じ合うから機械とは違うのである。それで女性でも馬と結婚したとかの伝説が生まれたののである。

避難区域になったところでもやはり田んぼがまた作られて蛙が鳴いたら復興したという感じをもつ,それが田舎の復興なのである
そこにドローンとかロボットの工場ができてもそれが果して復興なのかということもある逆に田畑など金にならないから復興にならないとか言う人もいる
ただ田畑はやはり金になる金にならないの問題ではない
自然の中にあるものであり自然と共生するものとしてある
だからそれを金になるとか金にならないとか経済的効率ばかりから見れないのである。

そうすると今回のように東電によってすべてを支配され,一旦事故になったらすべてを失うのである。町も村も廃墟化して人は住めなくなり老人だけがそこに住んでうば捨て山のようになってしまうのである。
ただ以前として金が大事でありそればかりになるのが現実でもある
でも何が大事なものだったのか原発事故以後見直すべきなのである。

牡丹は庭に今年も咲いた見ぬ間に散っていた,これだけ身近に咲いていてもその花を見ないこともある
この時期はそれだけ変化が激しい,花もいろいろ咲きはじめる
でも何か見逃したなとなる,自分の家も一つの栄華だった,その栄華にふさわしいのが牡丹なのである。
この家にもあとどのくらい住んでいられるのか,この栄華を味わって住んだ人は死んだ
その後に自分がこの栄華の家に住んで終わりだとなる


「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・
(原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

棚田に移る満月の写真



コバケンの料理はそれほどでなかった (煮魚定食は貧弱だった)


コバケンの料理はそれほどでなかった

(煮魚定食は貧弱だった)

この前の焼き魚のブリの鎌焼きは良かった,大きいから満足だった
今回の煮魚定食は貧弱だった,スーバーで売っているような安い鰈だった
ほとんど食べる所がない,タレはうまいにしても肉がほとんどないものだった
これも1000円だったが焼き魚と比べるとあまりに貧弱だった
ただそもそも魚料理を出している所は少ない
でもあれで魚を買った方が良かった

それから天ぷら定食もそれほどのものではない中くらいのものだろう。
ただ近くでやっているから食べに来ることがあるかもしれない
焼き魚はいいが後は本当のところ,料理がいいのかどうかはわからない
料理はその店でいいものとそうでないものがある
あそこで焼き魚とサシミ定食などがいいかもしれない
ただ1000円だと今ではそんないいものは食べられないから文句は言えないともなる

何か自分は一人暮らしになり食べ物にこだわるようになった
外食すると料理したくないからいいのである。
まず料理はいろいろとめんどうなのである。これに労力を使っていると他のことができなくなる
そして毎日のことであり買い物でも手間なのである。
だから料理することではない何を買うかが一番の問題だったのである。
外食でもそうである。何か買うのと同じである。
できた料理を買うことになるからだ,最初が当たったというか良かったので評価が良くなったが三種類食べて最初が良かっただけなのかともなる
ただ1000円では今はそんなものだとなってしまう

要するに食堂が多ければ自分にあったいいものを選び外食できる
でもこれまではできなかった,ある程度できるようになったのでそうする
料理はこんなに手間になると思わなかった
例えば盛りつけだってめんどうになるだろう。
やることが細かいことでもいろいろある
すると料理するだけで時間がとられるのである。
人間はいろいろなことに集中できないのである。

その手間を省くためになんとかしようとしたができない
雇っている人は今では三日に一回皿洗うとしてもそれも数枚であり何もしない
だから雇う必要もないのだが相手に事情があり雇っている
実際その人は金をもらいに来るだけなのである。
自分は介護になってからそうしてみんな自分一人でやるほかなくなったのである。
金でなんでもできるわけではない,金あってもまわりにいい食堂がなければ
やはり自分で魚など用意しなければならないからだ
もし大金持ちだったら原町でも食べに行くとかなるし
仙台辺りだったら外食でほとんどすますことができる
ただ安い料理だと材料もいいもの使わないし仙台でも貧弱だったのである。

食堂とか料理店の評価は分かれる,ある人はいいとしても他の人はそうでなかったりする
だからあてにならないこともある,実際自分も三種類しか食べていないからだ
好みがあるから当てにならないこともある
ただ今の時代はプログとかスマホで何でも評価しやすいのである。
まあ,何回か実際に行って食べて見れば一番いいとなる
でも最初はいいとしてもし客が入りつづけるならそこはいい店となるだろう

なぜある店が混んでいるのか?
そこには何か理由があるのだろうとなるからだ
プログでもyoutubeでもそんなにアクセスがあり見られるのだろうともなる
するとアクセス数が多いものを見る
でもつまらない場合もインターネットの場合はある
なぜならそれは料理とは違うからである。
つまらない大衆受けするものがアクセスがあるからだ
だからインターネットでは必ずしもアクセス数が基準にならないのである。
むずかしい本を普通は読まないし売れないと同じなのである。

タグ:コバケン
posted by 老鶯 at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

障害者などや病人などをもつのは誰の責任なのか? (すべて政治が悪いではないカルマを背負っているため)


障害者などや病人などをもつのは誰の責任なのか?

(すべて政治が悪いではないカルマを背負っているため)


ある人は結婚したらすぐに夫が重篤な病気になり障害世話せざるをえなかった,
その前も貧乏で苦しんでいた,その夫は障害者として一生生きるほかなかった
世話したのは妻だったとなる
ではこれは一体誰のせいになるのか?
この人にはなんらかカルマがあったと自分が苦しめられたので推測した
自分が弱者になった時いじめられたからである。
確かに助けたこともあるが何か家が事業に失敗して借金しているから自分が苦しいとき脅迫するようにもなったのである。
それでこの人がなぜこんなに苦しん一生だったのか?
その原因は何か?

かつて前世であり人を虐待していた?

これはわからないにしろ何かそうも感じたのである。弱者を虐待したから今世で弱者をかかえて苦しんだ,カルマがあったとなる
カルマとは業でありどこかで支払わされるからである
誰でも生まれてきたら業(カルマ)をかかえて生まれてくる
つまり生まれること自体すでにカルマなのである。
そのカルマは一生の内でいつか支払わされ区,苦しみとなって現れるのである。

そもそもなぜ障害者をかかえて苦労する人がいるのか?
知っている人もそうである。今障害者の父親が入院して障害者が病院に通い世話している障害者でもできるのか?その人はなにかいろいろわかっていて軽いのである。
だからなんとか世話しようとしているのである。
でも苦しいから母親がいつも見に行っている
結局その母親も不満であり常にそのことを言う
その病院に入院した人は前の夫であり離婚したのである。

この二人ともその不満をどこにぶつけているのか?

一人は創価に入っていたとかをる,もう一人は共産党に入っているとかある
それほどそこで運動していることはない
でも常にそういう人は政治に不満なのである。
必ず自民党が悪いといい,その障害者をもっていることを政治のせいにしているのである障害者をちゃんとめんどうみないとか不満が大きいのである。
つまり何かこうして別に障害者をもつのはそうしたカルマのせいだとしたら政治のせいではないのである。

でもすべてが

アベ首相が悪い

こうなるのである。不満のぶつけようがなくてそうなっているのである。

そもそもどうして障害者をもつようになったのか?
そのこと自体政治とは関係ないのである。
ただ障害者をもつリスクはみんなもっている,身内で認知症になった人を介護したから自分も障害者をもったのである。
そしてこれから800百万人が認知症になるといわれる,つまり精神障害者になるかリスクが普通の人もこれだけある時代になったのである。

確かにそういう人達を受け入れて何か相談にのる人はいない,何かと世間の冷たい視線にさらされる,それは認知症の家族をもっている人もそうである。
あいつは馬鹿になったとか,何か隣近所でも火に気をつけろとか冷たいのである。
差別もされるのである。だから障害者をもった家族と同じ境遇に置かれるのである。

だから障害者の問題は今や特殊な問題ではない,自分が認知症の家族をもったときそれを政治のせいとかにはしない,自分のカルマだと明確に認識した
ただこれは生まれつき障害者をもつのとは違う,自分は何回も言うように特別世話になったからその恩返しでありこうなってもしょうがいなという自覚があった
そして認知症になっても生まれつきの障害者とは違う
時々正気にもどるのが認知症なのである。まず死ぬころになると正気にもどる
これも不思議な現象であるが二人とも認知症になったがそうだった
そうなるとおろそかにできない,冷たくするとそのことを覚えて恨んで死ぬことにもなる自分はそうならずわかってくれて感謝して死んでくれたからよかったのである。
そうでない人も結構多いからである。
そうなると死んでから後味悪いものとなるからだ

ともかくその苦しみはわかるが全部が政治のせいにはできない,自民党のことを批判するけどそれがすべてではない,創価でも共産党でもでは障害者をのことを一切めんどうみるかとなったらしない,ただ票になるし票としてとりこむために会員として獲得するために政治勢力化するために一応会員にはする
でもなんでもめんどうみるかとなるとしないのである。
まずできないのである。現実にめんどうみるのは病院では医者であり看護師であり介護士とかであり家族ではできない,あと生活保護とか福祉関係でありそこで口利きするにしても別に創価とか共産党とかで全部なんでもできるわけではないのである。

自分もその人には金銭的な面で相当な援助をした,何かにと金を要求してくるからだ
余裕があってので援助してきた,その額も大きいのである。
もう一人の妻が死んだ80歳の男性も援助している
その障害者と直接つきあってなぐさめてもいる
金も援助している,だからその人はここ数年はこうして二人の男性に援助されているのである。
その人は不細工なんだけどまずコミニケーション能力が高いことに驚く
いちいち頼むとき納得させける頼み方をするのである。
だから金を払うとなる,ただ必ず政治の不満,政治家の不満を言うのである。
もともと障害者をかかえたのは政治のていではない
では誰のせいなのか?それは不可解であるがその人の負った業(カルマ)だとしか考えようがないのである。

そして誰でもこのカルマを背負っているしいつか支払わされるのである
苦しみとなって現れ支払わされる,それが人間なのである。
ただ創価とか共産党でも他の野党でもそうした人達を票になるから利用して政治勢力として権力を得ようとしている,でもそれがカルマの解決になるかとなるとならないのである別に他の人でもそれ相応に援助している人はいるし負担を強いられて直接世話しているのは別に創価の人とか共産党とか野党の人でもないのである。
その人たちはただ口利きしているだけなのである
だから障害者問題をふべて政治のせいにはできない,すべてアベが悪いでかたずけられないのである。

2018年04月28日

常磐高速の鹿島のセディティの芸人


常磐高速の鹿島のセディティの芸人

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この人は福島市から来た芸人だった,連休で来ていた
仮設の食堂に行ったらここでたこ焼きしていると張り紙があって休みなので行ってみた
あそこは本当に人が来る,鹿島では一番にぎわっている
あれだけ人が来ると商売になるから芸人も来る
あそこは鹿島で一番活気がある所なのである。

セディティとは英語だと思っていた,そんなむずかしい英語ではなかった
でもなんか英語にしてもあっていた,休む場所だからである。
セディティは連れて行ってというこの辺の方言だったのである。
この方言自分も子供のとき使っていたし聞いていたが忘れていたのである。
方言は最近聞かないし忘れているのがある
年配の人はこの辺では知っていたのである。

とにかくこのセディティから駅に来るとその差が余りにも大きい
でも何人か乗り降りしている,バイクで来た若者がいて桜平山に行くとか案内した
それからやはり時刻を見に来る人がいた
新聞の折り込みで最近時刻表を鹿島でも出したらしい,それは意外だった

連休だけど自分は出かけられないかもしれない
新しい自転車の部品交換は月曜日に注文だ時間がかかる
別に自転車はあるから行けるけど無理だろう

復興住宅の浪江の人に聞いたら75歳の車のない人が自転車で浪江まで行っている
浪江まで遠い,その年で良く行けるなと思う
ただ車がないと自転車で行くほかないのである。
シシドスーパーの隣の復興住宅は浪江の人達だが抽選なので地域的にはばらばらなのである。

あの芸人は連休中ここで芸をするらしい,金をもらうが数人しかやっていない
あれでは商売になりにくい,それだけの芸をしているとも見えない
ただ福島市からきてあんなことしているというのもこの辺ではめずらしい
自分は百円帽子に入れた,でも金にはならない
今出店もでているからあそこはにぎわっている

タグ:セディティ
posted by 老鶯 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

ヤマハ PAS ビエンタ 2018モデル (欠陥か,チエーンがはずれ部品交換に)


 ヤマハ PAS ビエンタ 2018モデル

 (欠陥か,チエーンがはずれ部品交換に)

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ギアが一つしかなくこれがはずれた,これは2016年型だが作りは同じだろう
ただ脇の作りは違っている
こんなふうではない,そこで傷ついて壊れた


 街中を走り短い坂を上った,上りながら曲がったことはあった
 その時チェーンがはずれた,これはチェーンのギアが一つしかない
 普通はギアがいくつかついて変速できる
 これは一つしかない,それがはずれたとき衝撃ではずれた部分が傷んで
 部品が壊れた

 これは買ったばかりでありこんな簡単にはずれるのか?
 これは自分には落ち度がないと思う
 何か無理やりしたことではずれたわけではない
 今まではギアがいくつかついていてはずれても自分で直していた
 これはギワを直すことができなかった

 このビエンタは古くから売っているものである
 ただ2018年型は出たばかりなのである。
 その出たばかりなのは故障しやすいということがある
 どこかに不具合がありそれを修正して故障しないようにしているからである。
 この前のモデルだったらこんなことはなかったろう。
 なぜならすでに修正しているからである。

 ともかくこの自転車はもしかしたら欠陥商品なのかもしれない
 こんな簡単にチェーンがはずれのでは遠くに行ったら直しようがないからだ
 前のはチェーンがはずれても直していたからである。
 こういうことは今まで経験していない
 これも14万とかしたし高いから簡単に壊れては困る

 これは部品を交換してもチェーンがはずれやすいとなると遠くに行くのは危険になる
 簡単にはずれるでも直しようがないからだ
 自転車で買い物に失敗したことはほとんどない
 自転車はやはり作りがそれほど複雑でないからだろう
 今回でもチェーンがはずれてその衝撃でその付着していた部品が傷ついたということは  素人でもわかったからである。

posted by 老鶯 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年04月27日

森の抽象画 (Abstract painting of the forest)


森の抽象画

Abstract painting of the forest

森の中の湖(詩)

a lake in the forest(poem)

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night forest

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a lake in the forest(poem)


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クリック拡大-enlarge

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知られざる
森につつまれ
深い青い湖
やさしく風のそよぎ
広がる波紋
その岸に人の跡もなし
隠されて静まる湖
かしこ奥深く
乱されずあれ
その底に神のすみぬ
時に水面に浮かび
また深く沈みぬ
神秘の花を秘めて
神は眠りぬ
その顔を見し人はなし
湖は青々と静まりぬ
時にまた一片の白雲の
ゆくりなく流れて写り
いづこかへと去りぬ

an unknown place
Hidden in the forest
Deep blue lake
Gentle wind breezes
Spreading ripples
There are no signs of people 
on the bank deep inside
Do not be disturbed
God lurks at the bottom of it
Sometimes floating on the surface of the water
It will sink deep
with a secret mysterious flower
God is asleep in the depth of the lake
There is no one who saw that God's face
The lake quietly gets quiet
with deep blue one
Sometimes another piece of cloud
drafting through
it has leaved anywhere

写真とか絵でもそこからイメージして詩が作られる,逆に詩からイメージして写真とか絵も作られる,そこには芸術だからすべて相互作用がある
芸術の範囲は森羅万象になるからだ,ただそれを表現する手段が違うということである。詩だと言葉になるし目で見るには写真とか絵になるし立体化すると建築とか彫刻になるとかである

ただ言葉は世界的には違うので一番詩は理解しにくいのである。
だから絵とか写真とか音楽でもグローバル化しやすいのである。
抽象画もそうである,これは何かパソコンと相性がいいのである。
パソコンから生まれた芸術になっているからである。
その色もパソコンで見るものだからである。
そしてインターネットのビッグデーターを変形して生まれた芸術なのである。

Pictures and photographs are also imaged from there to make poetry, and from the poems, images and pictures are also made, and photographs and pictures are also made, there is interaction all there because it is art
The range of art will be a whole thing, it means that the means to express it isdifferent. When it is a poem, it becomes a word, it becomes a picture to see with the eyes, and it becomes a construction or a sculpture when it becomes three-dimensional

Just because words are different worldwide, poetry is hard to understand.
So it is easy to globalize pictures, photos and music.
Abstract painting is also so, this is compatible with some kind of personal computer.
It is because it is an art born from a personal computer.
It is because that color is also seen on a personal computer.
And it is an art born of transforming the big data of the Internet.

原発事故で荒地化したことの問題 (占有権から考える)


 原発事故で荒地化したことの問題

 (占有権から考える)


賃貸マンションについて所有権があるのは大家さんで、占有権があるのは賃貸契約をしてそこに暮らしている住民といったイメージです。


住宅の所有権が自分にあることに気づかないまま、Aさんが20年間(※)、所有の意思をもって、平穏かつ公然とその住宅を占有した場合、Aさんはその住宅の所有権を取得することができます

占有権【せんゆうけん】

自分が利益を受ける意思で、物を現実に支配している事実状態を占有といい、占有に基づく権利のことを占有権といいます。
例えば、実際は他人の土地なのに、先祖代々自分の土地だと思い込んでいる人が、その土地に家を建てている場合、その人は土地を占有していることになります。また、自分の土地に家を建てている人も、占有者です。このように、法律上の所有権の有無にかかわらず、物を事実上支配している状態そのものを保護しようとする権利が占有権です。

@の段階においては、物を貸しているだけなので所有権は山田から変わりません。しかし、Aの段階で正式な手続きを踏んで物をお店に売った場合、物の所有権が店に移ることになり、こうなると山田はゲームを取り返すのが難しくなってきます(第192条:即時取得)


法律となるとめんばどうであるが「占有権」というのは意外と生活の中で生じる問題かもしれない,ここで一番わかりやすいのが借りた本を古本屋に売ったとしらもうとりかえせないということである。
つまり借りた人に権利が移っているのである。
これが理屈的に変だ納得しないとしてそういうものしとて法律が作られてきたのである。だから貸しても返さない人には貸すなとここではしている

占有権は例えば誰だかわからない土地を耕して野菜を作ったとする,それを土地をもっている人が何も言わないとしたらその土地は20年とかたつとその土地を勝手に耕した人のものになる
だから荒地がありそのままにしているとそこの土地の所有権もなくなるということがあるつまりその土地を利用した人に価値があり権利があるとなる
それで地主よりそこで耕作している小作に権利があるとなったのが戦後で土地は小作のものになったのである。

なぜこんなことを考えるかというとこの辺では荒地が多くなったからである。
それより町自体が住めなくなり荒地化したのである。
でもそういうふうにして人が住まなくなるとその土地は管理するものもなくなる
荒れ放題になる,とすると誰かが勝手にその土地に住んで耕作した場合どうなるのか?
所有者がまだいるから勝手に耕作するなと言う,でも荒れ放題でありそこを耕作する人の方が価値あるとなる,第一そんな荒地をもっていても何の価値も意味もないからである。ただ土地をもっている人はそれで金にしようとしている
放射性物質の廃棄物処理場にするとか何かそうした金になることがあると思って所有している、だから自分の土地を勝手にはさせないとなる
でも利用されなければ荒地のままであり何の役にもたたないのである。
そういう問題がこの辺では生じている,荒地がいたるところでふえたからである。

「まわりがこんな葦原ではうっとしいでしょう
この葦原をどうにかならないものですかね」
「この田んぼをつくりつづける以外のことが私にできようか」
日本の国家にとって日本本の国民にとって数枚の田んぼにどんな価値があるでしょうか
だからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです
日本国家その荒廃を防ぐこともできませんでした
(農本主義が未来を耕す-宇根豊)

この本ではこう語り農の大事さを説いている、ここでは荒地化しているなら隣の国の人が来て耕すことも歓迎されるとも言っている
これをとりあげたのはまさに原発事故でこの辺が田んぼでも畑でも荒地化したからであるもう土地を所有しても何の価値も意味もないのである。
だから誰かがここに入ってきて田んぼでも畑でも耕作地にすることが土地を活かすことになる
ただ土地をもっていた人は土地をもっている意味も理由もなくなっているのである。
土地をもっている人はすでに多額の補償金をもらった,でもそれで土地を活かすことではない,放棄して別な土地に移り帰ってこないのである。
だからそもそもが町自体に住む権利もなくなったのかもしれないのだ
ただ町に住んだそれで被害にあった、だから永遠に補償しろとまでなっているのは変なのである。

だから復興というときそうして他に移り住んだ人にはその土地や町に住んだ権利を放棄したともなる,だから外からでもいいからそこでその土地を利用して活用する人が権利があるともなる,それは本を借りた人がその本を売っても占有権で罰せられないと同じなのである。何か理不尽に見えても占有権の思想はそういうものなのである。

つまり復興というとき現実問題としてそこに住んでいた人達でも帰らない人が多数なのである。ではその後ををとするのか?
還ることを待てっていても帰らないのである。ではその町とか土地の権利があるのかとなる,もう所有権も放棄したのである。
だから誰かが勝手にその土地を利用しても文句は言えないとなる
むしろ歓迎すべきだともなる,ただ時々自分の土地を見まわりしている人はいる
浪江でも近くに住むとそうしている,だから全く放棄したわけではないのである。
でもその土地を所有してもそれを活用できないものには権利がなくなるのである。
いつまでも荒地化している所があるがその土地を活かせないならその土地をもっている所有権も消失する,でも避難区域にならなかったところでは原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも他でも土地をもっていれば住宅地とかなり売れるから手放さないとなる
ただ荒地が以前として多いから困るのである。

要するにもともとだからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです
日本の国家にとって日本本の国民にとって数枚の田んぼにどんな価値があるでしょうか
だからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです

それは日本の国家でもない国民でもない,その土地に住んでその土地をもっている人がそういう考えになっていたのである。
だからこそ東電に漁業権がある漁師は海を売り渡し補償金をもらい,東電で働いた方が金になるとして歓迎したのである。
農業だけはするなと親に子供が殴られたというのもそのためである。
親が全く農業の価値など認めていないからである。
それだけ農業だけで生活することは豊かになるとむずかしくなっていたからである。
でもそういうことが仇(あだ)となり全く町自体が荒地化したのである。
それはまさに農業を軽視した結果としてそうなっているのかもしれない
そこに住んでいる人達が農業が常に金にならないから跡継ぎもいないとかなっていたからである。
そういう人々の心の反映が現実化したともなるのかもしれない。
農業と電気を比べるとその差があまりにも大きいからである。
まず収入の多いのは電気とかガスとかのエネルギーか関係で働いている人達だからである農業関係では金にならないからである。

ともかく復興を考えるとこの荒地化した問題がある,それは避難区域になったところだけでない,荒地になっているのが多いのである。
それより全国で農業は継ぐ人もいなくなり過疎化して限界集落化して日本全国が荒地化することが多くなるのである。
そして少子高齢化で空家が膨大に増えてゆくし土地は荒地化してゆくのである。
この辺ではそうした未来を先取りして極端なものとして現実化した場所なのである。

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一番高いのがエネルギー関係でありそれから通信関係であり金融業とかなっている
その他は低いのである。だから当然東電社員の給料は高い,事故後も高いのである。
でも金融業とか高いのはおかしいかもしれん、株とかで大儲けしているのは何か理にあわないのである。そのことで格差社会になり社会をゆがめているのである。
いづれにしろこの辺の状況は何か現代の問題を極端化して反映した場所なのである。



posted by 老鶯 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年04月26日

駅で会う暇な老人 (人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


駅で会う暇な老人

(人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


今日案内した人は鹿島の寺に墓参りに来た人だった,そこは桜で有名な所でありでも桜は散っていた帰って行った
年配の女性二人であり何か観光にも来ていた,それで多少鹿島を案内した
その人もタクシーの番号のある場がわからなかったので教えた,タクシーの番号を聞かれるのは駅内に表示していないからである。
駅から出た所ではわかりにくいからである。
それで前の自転車屋に聞きに行ったのである。
その人はいろいろバスの交通とかを聞いていた,鹿島からも原町回り飯館により福島市に行くバスがあると教えた

それを駅内に勝手にはっていたが駅に許可なしでは置けないとして撤去された
その案内があれば説明しやすいことはあった
だからそんなにルールにこだわることもわからないことだったのである。
ただなんらかのクレームがJRに来るのを嫌がっていたのである。
その年配の女性も暇な人達であり何かいろいろ聞いた
何かを鹿島町とかこの辺のことを知りたいからである。
年配の女性が60以上だからこの人たちも暇な人が多いのである
それだ白河の城でもそういう歴女にあったことがある
その女性は大阪の人だったのである。

駅で良く会うのが暇な老人である。その人は大崎市の温泉に行っているという
前も見かけた人である。ただ大崎市はどこというときわからなくなっていた
鳴子のことであったが大崎市は古川市でも合併しているからわからなくなったのである。このことからやはり原町市が合併したとき南相馬市というのは良かったともなる
なぜなら相馬というのは知られているから相馬といえば場所がわかるからである。
ただ相馬市と南相馬市は同じに見られてしまうのが問題になった
やはり大崎市はどこなのとなる,鳴子とか古川だったらなじみがあるから場所がわかるからいいのである。

今日は前にも会った老人と話した,この人たちも実は暇なのである。どうも毎日相馬市とか山下の方に通っているみたいだ,ある人は原町の図書館に電車で通っている
そこで暇つぶししているのである。だから図書館に老人が集まっていることは確かである一番集まっているのは川子のパークゴルフ場である。
そこでは昼間は食事もできるようになったからである。

ともかく日本全国でどれだけ暇な老人が増えたのか?それはもはや全国的な老人の問題である。高齢化の問題はいろいろあるが暇をもてあます老人もまた問題なのである。
なにもするたことがなく妻の後についてゆくというのもなんか淋しい
その人はプロ野球のことを延々と話した,ある人は相撲のことを延々と話した
それは若いときから子供の時からテレビで見ているから今も見ている
まず60すぎても若いときしたことをしたいのである。
だからバイクもするしスキーもするし登山もしている
そういう快感が忘れられないからするのである。

人間は継続的に生きているのであり若いときと断絶するわけではないのである。
若いときしたことをまた80すぎてもしたいしするのである。
人生はそうして老人になったからといって変わるわけでないのである。
今は盆栽いじりなど老人でする人はかえってまれである。
若いとしたことをまたしたいのである。
自分の場合は自転車旅行をまたしたいとなるのである。

ともかく趣味でも若いときからしていないものは老人になってもできない
若いときから継続していたものができる
ただ自分がしているパソコンでの抽象画は最近しているものである。
だから60の手習いというのはある,でもパソコンを継続しているからその延長として抽象画もあったとなる

つまり人生百年時代は金銭面もあるがいかに残りの人生を有益に過ごすかというのも大きな課題なのである。これも若いときからそうした趣味でも遊びでもしていなとできないのである。
とにかく人生百年時代はライフワークが必要になる
何かを素人でも学者のように探求することが必要である。一つのテーマをもってすることが必要になる,そうでないと退職してから暇をもてあますようになる
人生の時間が百歳となればもう一回人生があるともなる
これも経験していないことなのである。
自分の場合は作品の完成をライフワークがある
それは若いときからしてきたことである。会社に勤めていなくてもそういう仕事はある
ただ金にはならない,でも作品化する集大成する仕事がある

でもそういう仕事がもてない人は相当に暇になる,どうしたら暇つぶししたらいいのかとなる,そういう人はただ普通に会社員とかで働いた人だからである。
そうして趣味もない人が多いのである。
すると暇をもてあまし生きがいもない老後になってしまうのである。
老人は何か家にいても一人暮らしが多くなっている,そこで家に一人いるのも嫌だとなる何かそこに一人暮らしの問題がある
ただ集団生活となるとまた簡単にはできない,何かしら人間関係でも問題が起きるからである。
駅でちょっと話すくらいはいいとして駅に行って案内したり話したりしているのである。

タグ:暇な老人

生者も死者も愛を求めている (消えない愛を求めよ-目に見えないものの価値を知るべき)


生者も死者も愛を求めている

(消えない愛を求めよ-目に見えないものの価値を知るべき)

生者は墓参りして
仏様に花や水をあげる
供え物もする
生者から死者に働きかけることは常にある
しかしでは死者はどうなのか?
死者はまた生者に働きかけるのか?
その声も無く姿もないのに
でも死者が寄り添うものは
生者しかありえない!
死者は姿も見えないけど
生者に寄り添い働きかける
親しき人に愛する人に
死者は生者に働きかける
生者に時にその面影が浮かび
死者は生者に寄り添おうとする
生者と死者は見えない糸で結ばれている
死者はないとすればない
でもあるとすればある
死者はいつまでも生者とともにある
死者は生者に寄り添い
共にあることを願う
顔を姿も見えないとしても
死者は生者に何を望むのか?
供え物や物や金なのか?
もう死者にはそういうものは必要ない
でも死者が求めているものがある
死者は愛を求めている
生者も死者も生きている時にあった
愛を求めている
生きている時求めあった
愛を互いに求めている
人はかくして愛を切に求めあう
死者もまた愛を求めている
だから生者を愛をもって見ているし
また生者もかつて共に生きたときの
愛を求めている
こうして愛は消えないものなのだろう
あらゆるものは無常である
在りしものは消えてゆく
その姿すら消えてない
しかし消えないものがある
それは「愛」だった
ともに愛し合うことは人は求めていた
それは死者になっても同じだった
この世にあり見えるものは消える
しかし「愛」は消えない
それは目に見えないものだからである
目に見えないものが尊いものであり
目に見えるものは消える無常にある
だから消えないものを
「愛」を求めるべき
それは永遠に消えることがないものだから?

死者と何かといったら永遠の謎である。死ねば姿も形もなくなる,ではなにもなくなったのか?これもわからない,ただ愛する人が死んだとき人はその人が本当に全く消え去ったものないものとしているだろうか?
墓参りしたり死んだ人を語ったり死んだ人を偲ぶ,それはその人を愛していたからだろうその一つの形として仏様をまつり墓を作り人は死者を偲ぶ
でもそこに本当に死者がいるのだろうか?
ただ生者がそう思っているだけかもしれない,現実に死者の不思議は死者が死んで灰に骨になる,そこに死者がいるかというとそうでもない,むしろ遺影とかに死者を偲ぶ
そこになにかしら生前の姿が面影があるから偲ぶ
骨とかは灰にはありえないのである。

自分は家族のことを語るがそれは他人にとっては嫌なことになるかもしれない、
でも自分にとって家族は母と姉だった,三人は60年間一緒に暮らしたし自分に三食用意してくれたし自分を支えてくれたからである。
だから自分と一番深くかかわったのはこの二人なのである。
いつまでも家族のことばかり言うのはみっともないというのも確かである。
でも特殊な事情でそうなっているのである。

だから死者を思うときは偲ぶときはこの二人なのである。父は中学生の時はやめに死んだから半世紀もたつから過去のものになった,でも60年間一緒に過ごした姉と母は生々しい記憶として残っているから違う
そしてつくづく介護になってから世間の非情を一身にあびた
これほど他者が冷酷なものか知った,そのことでまた一段と自分を愛して支えてくれた家族を思うようになった
今は自分を思ってくれる人はいない,二人は常に自分を思ってくれたのである。
だから二人が死んだことは本当にショックだった

ただそうはいっても自分の家族は憎しみあう家族でもあり矛盾した家族であり模範的な家族でもなんでもない,ただそうした家族でも60年間一緒に過ごしたということが影響しているのである。
人間が深い関係になることは現代では故郷に住んでも少ない時代である。
それで孤独死とか無縁社会とかなる
おそらく原発事故で避難区域になったところがなぜあんなに簡単に崩壊したのか?
ばらばらになったのか,もう故郷などより家族でも補償金のことしか頭になくなったのである。金がすべてになってしまったのである。
だからもともと故郷に愛着するとかなく金の方が大事でありそういう時代になっていたということもある

人間は深い関係をもつのは家族でもあるとはかぎらない,女性でも結婚すれば親より結婚した相手が夫との関係の方が深くなる,だから自分の場合は特殊な事情でそうなった
だからそのショックが大きかったのである。

人間は愛とかいっても現実生活は毎日見えるものを通して生活している
食べることでも食べ物を買うことで生きている,金がそこで現実として重要になる
そこに愛は関係していないのである。愛は意識することがない
いくら物を食べ物を買ってもそこに人の愛があるとは思わないのである。
でも母親が料理して子供に与えるときそこに愛がある,それが家族である
でもまたスーパーからオカズを買って与えるとそこには愛を感じないのである。

人間はこうして毎日の生活では愛を感じない,家族でもそうである。
そして家族が死んで愛を感じたとなる,そして愛という目に見えないものこそ大事だったと意識する,なぜならもうその人の姿も形もないのだからその人をどうして意識するのかとなるからだ
それは愛があり愛でもって通じ合うとういことしかない,いくら供え物しても相手に通じているかどうかもわからない,そして死者が求めているのは何なのか?
死んだのだからもう求めるものは金でも物でもない,死者が求めているのは実は愛だともなる,それは目に見えないのである。
死者もまた愛を求めているともなる,死者は食べ物も何か目に見えるものも必要ではないからである。
でも何か求めているのかとなると愛だとなる
だから死者と生者は目に見えない愛をもって通じ合うとなる
しかし愛がなければ親子でも通じ合わないのである。
現実に親にひどいめにあった人は墓参りすらしないからである。

目に見えるものは無常であり消える

目に見えないものは永遠になくならない

この世では常に目に見えるものに追われ生活している,でも死ぬともうそうした食べ物でも何でも目に見えるものに追われる必要がなくなる,そこで愛が目に見えないけどありつづけるともなる
神は愛だというときその愛は目に見えないから永遠に消えないとなる
人は神に愛をもとめまた人は神を人に愛されることを望む,神すら愛を求めているのである。ただこの世では目に見えるものでしか生きられないのである。
愛があっても食べ物が得られないとなったりするからである。
この世に生きている時はだから目に見えないものの価値を本当に知り得ないのである。

2018年04月25日

禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し (悪いことは良いこととなり良いことも悪くなる)


禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し

(悪いことは良いこととなり良いことも悪くなる)

災いと福とは、縄をより合わせたように入れかわり変転する。吉凶は糾える縄の如し。

人間でもこういうことは人生をふりかえればみんな感じている
苦があれば楽があるというのもそうである。
みんな金持ちに生まれていいとか美人に生まれていいとかうらやましがる
ではそれがすべて人間にとっていいものに働くかとなるならない
金持ちの家に生まれた人がみんな幸福なのか?
金持ちには金持ちの悩みがあり金を持っていることで災いをもたらされる
だから貧乏の方がいいというのではなく金持ちをうらやんでも金持ちがすべていいとはならないのである。

では貧乏がいいのかというとそうではないが貧乏でもそこにいいものがあるということはいえる,貧乏のどこがいいのかとなると反論はあるし普通は認めない
あまりにも金持ちの家に育ったら贅沢を覚えてしまうから節約などできなくなる
金持ちのお嬢さんと結婚したら夫は贅沢をさせてやらないと満足しないとなるからかえっていいものじゃないともなる

金持ちの家では介護になっても子供は直接介護などしたりしない,金があるから施設でめんどうみてもらうとなる,でも貧乏な家でも介護となれば困るが子供は苦労して育ててくれたからと親を直接めんどうみるということはある
だから何か良く働くかわからないのである。
いいと思ったことは悪いことになり悪いと思ったことがいい方面に働くことはいくらでもある
だたら禍福はあざなえる縄のごとしとなる

人間個々人を見ても多様な人がいる,みんな不満が多い,頭が悪いとか体力がないとか不細工だとか不満が多い,でも人間は何かしらいいところがあるし悪い所もある
何か人間には神がいいものを与えてくれのかもしれない
頭が悪いとしても体力があるとかあり女性なら不細工でも何か女性でも力があるとかで力仕事ができるとかある,ある人はコミニケーション能力が非常に高いのには感心する
なにか金をねだるのだがその説明が納得いくものでありうまいのである。
あんなふうにして頼めることが不細工でも何か良くされることがある
美人は何もしないでも良くされるがそれでも苦しい時があり美人だからといって何もできない人もいる,頼むこともできない人もいる
それも能力だなとつくづく思う,金持ちのお嬢さんに育ったら苦しいとき頼むこともできないのである。
それで地主が金持ちだった女性の兄弟が餓死したという事件があったのもわかる
金持ちの家に育ち処世術をもち得なかったのである。

いいと思われていたことは悪くなり悪いと思われたことはいいことにもなる
人間には何か絶対的にいいということはないのである。
いい面と悪い面が交互に来るというのは確かである。
自分は家族に恵まれたが最後は認知症などの介護でさんざんな目にあった
これも良くしてもらったからこそまたそれで苦しめられたもなるのだ
何か人間関係でもいいことだけはない,必ず悪いことも引き受けることになる
夫婦でもそうだろう,良くしてもらっていたら介護になったらひどい目にあう
子供でも親に良くしてもらったら今は必ず介護をさせられる時代だからである。
親孝行したいとき親はなしの時代ではない,長寿時代は必ず親の介護をしなければならないのである。

ともかく人間の運命は生まれつきで決められたわけではない,確かに兄弟でも差があった同じ兄弟でも一人は大学まで出された,それも別に能力があるわけではなかった
ただ金があったので三流大学に入り遊んでいただけだとなる
一方は中卒で集団就職の時代でありその差も大きかった
しかしそのことで恨んでもどうにもならない,そういう運命を呪ってもどうにもならない別に東京に集団就職してその後どうなったのか,それなりに自立して生活をしていて家族をもっている人も普通にいる

今は大学を出ても文系の三流大学では高卒の方がいいし高卒に使われる時代だとなっている,だから学歴でもそうである。それが幸福を決める訳ではないのである。
だから人間は悪いことばかりに目を向けていないで悪いところにもいいことがあるということに目を向ける必要がある

そもそも世界中の国でも地域でも見ればわかる,必ずいい面と悪い面がある
日本という国土は狭いが海の幸に恵まれているとか狭いながら工夫して稲作して食べる工夫をしたとか島国でも良い点があり活かしてきたのが歴史である。
それはどこの国でもそうである。砂漠でなにもないと思ったら石油が与えられていたとか何か神は公平なのである。公平でないと思うのはやはりそう思う人間側に問題がある
悪いことばかり見ているのである。
その悪いことばかり見ていたらもういいこともなくなる

例えばこの辺で原発事故とかで悲惨な状態になった,それはみんな悪いことだとなる
でもいいこともあった,原発事故なら多額の補償金をもらったとかある
そのいいことと思っていた欲しいう補償金でもそれがまた悪いものとして働き市町村は分断されたとかある
つまりここでも補償金は個々人にとって家族にとっていいことなのだが逆にそれによって市町村も家族もばらばらになったとかあり復興もできなくさせているとういことがある
補償金もらえばいいし復興など関係ないともなっているからである。
それも補償金が必ずしもいい面だけには作用しなかったからである。

原発事故で避難区域になったところは住めない状態になった
でもそこでさえいいものがあるかもしれない,それが発見されていないのかもしれない
どんな悪い状態でもいいことがありそれが見いだされていないとういこともある
つまり避難区域などでは何もなくなったとか悪い面だけを見ているからである。
ただ何かいいことがあるのか?
それは言えるがやはり悪いことにもいいことはありうる
ボランティアが来てくれたとかいろいろ援助があったとか何かある
ただ悪い面だけを見ている取り上げるから悪いことしかないともなる

ただ人が住まなくなって町や村を見直すということはあった
様々な外部の人がかかわり援助もあった,そして何が大事なものだったのか再認識したこともあった,いい方面に目を向ければそうである。
悪い方面に目を向ければもうみんな悪いことしかない,だからこんな所を出て行くしかないとなったのである。
もう絶望しかないとなったのである。それがわかるがそこでいい面を見いだしてゆく
そうでないととても復興などありえていからである。
こうなると悪いことばかり目につくし真っ暗な世界になる
そこにわずかの光を見いだすことでいい面を見いだす,そこに復興がありうる
そんなこと外部の人が言ってもどうにもなちらないというのも確かである。
だから自分は何も言いたくないとはなる

でも悪い事ばかり見える,そういう中でもいいことを見いだすことがなければとても人間は耐えられなくなる,生きていけなくなることも確かである。
介護十年で苦しんだが終わればこれにもいい面はあったなとか回想する
実際はこれまで書いてきたようにさんざんな目にあったのである。
その傷痕は簡単に消えないしトラウマになってしまったのである。
他人を信用できないとか他人が求めているのは金しかないとかである
ただ一番良くしてもらった自分だから家族に恩返しできて良かったとは回想するのである何かそれは事故の良心の満足となっているのである。

いづれにしろ人間は悪い方面ばかりを見ていたらもう生きているのも嫌になる
だからどんな悪いときでもいい面がありそれを追及することはある
そういうふうに人間はある,ただではシリアのような戦争にまきこまれたような国はどうなるのか,どこにそこにいい面があるのかともなる
そこには地獄しかないともなる,でもあれだけひどいめにあっているとういことはそこに何かいい面も将来的にあるのかもしれない,償いがあるのかもしれない
ただそこには悪いことしか見えない,それでもいい面を見いださないともう生きることさえできないだろう。

そういう深刻な問題はさておき平和な国でもやはりこういうことはある
良いことでも悪くなり悪いと見えても良いことがある
だから良いことを見いだしてゆくことが必要だとなる
ただ悪い方だけを見ていたら結局絶望しかないし自殺するようになるだろう。
お前は楽だからそんなこと言えるとかはある
でも他者をいくらうらやんでもどうにもならない,いいことにはつながらないのである。それは個々人の人生でもそうだし他の街はいいとかうらやんでもどうにもならない
いい面を見いだしてゆくほかないのである。
それが嫌なら結局他の街に住むしかないとなり若い人はこの辺では流出したとなる
そういうひういう人でありひきとめることはできない
でもそういう人達がではこれからいいことばかりなのかというとまたわからないのである困難の中にとどまった人達が今度は逆に称賛されていい方向に向かうこともありうるかもしれない,将来のことは人間にはわからないのである。
だから禍福はあざなえる縄のごとしとなるのである

2018年04月24日

鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい (鹿島は震災以後かえって良くなった)


鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい

(鹿島は震災以後かえって良くなった)

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20席くらいあって座敷席もある

待つ時間が長いが料理はいい,昼間は問題である

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和彩   和の彩(いろどり)とある

和式の料理店である

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コバケンが六号線のダイユーの向かいにできた,今日はじめて入って焼き魚定食を注文した,これが活きがいいのでうまかった
魚定食は他では出していない,ブリの鎌焼きとかで結構食べる量があったし活きがいい
魚は活きがいいのがなんでもうまい,活きが悪くなるとどんなものでも味が落ちる
前は松川浦の石鰈を売りに来たのを食べていた
それは高かったからぜいたくだった,それを売りに来たのが小高の人だったのである。

魚定食はめんどうだから普通は出さない,自分は一人暮らしになって料理で一番困っていた,それで前はあつみで野菜料理が多いのでそこに通っていた
それも終わりになった,今度は仮設で一軒残っている食堂に週二回は行っている
そこでの定番は餃子定食(700円)とカレー(500円)である
ラーメンが主な店だが自分はラーメンは食べない

今度できた店はメニューが豊富である。まず焼き魚があることがいい,煮魚もある
これも日によって変わるという,だから魚を食べられることは貴重である。
定食で1000円は手頃である。実際に料理すると魚だけでも高いからである。

そしていいのは夜9時までやっていることである。この辺で夜までやっている食堂は一軒くらいである。それも飲み屋になる
あそこは酒も出しているがから9時までやっている
あれだけの食堂兼飲み屋ができたのは鹿島でははじめてである
中には20席くらいあり座敷も予約席としてある

ただ待つのが長かった,一時間近く待っていたのである。
昼間も行ったが一杯であり待つ時間が長くなる
それはやはりそれだけの時間をかけていい料理を出しているからだとわかった
長すぎると昼間とかなると困るだろう
昼間の休み時間が一時間としてそんなに待っていられないからである。

ともかく自分にとってはいいものだった,鹿島では食堂がレストランがない,ラーメン屋は二三軒ある,一軒は駅前にあるとしてもまずあのように多様なメニューはない
まず魚類はどこでも普通は出さないからである。
あそこでは飲み屋でもあるから魚類をつまみとして出しているのである。

ともかくあそこで天ぷら定食とかも1000円で出している,揚げたてが食べられる
スーパーで食べると揚げたてでなくなるからまずくなる
だからあそこには自分はこれから定期的に利用することになるだろう
ただあそこでも野菜だけは不足する,野菜を別に注文するようになると高くなる
1000円とまりでないと利用しにくい。

何か鹿島は震災以後かえって良くなったというのも不思議である。
小池にホテルができてそこでも食堂があり行っていたが今は行かない
今度で来たのは本格的な鹿島で唯一の料理屋だった
それも高いとは言えない,あれだったら原町とか相馬市からもくる
評判になるだろう,隣の席に座った人は原町の人だった
料理が良ければ原町でも相馬市からでも遠くからでも車だからくる
六号線沿いだから入りやすいからまたいいのである。

まず鹿島には原町でも相馬市からでも買い物には来ない,ただシシドスーバーに来た人はいた,それははじめの売り出しの頃だったろう
鹿島でも人は集められることがあの食堂ができたことでわかる
料理は誤魔化すことかできない,味はごまかせないからである。
だから評判になれば客がつく

つくづく小高のことをなんとかんとう自分が言ってきたけど肝心の自分がどうだとなれば小高には住みたくない,現実に70代の小高の人は小高に通っていたと思ったら小高には何もないから山下とか何か別な場所に通っていたのである。
今の世の中こうして便利な贅沢な時代である。
だからいくら金をもっていてもそうして便利なもの贅沢なものでも金があれば利用できる金があっても小高とか浪江とか避難区域では何のたしにもならないのである。

復興のことで自分はなんだかんだと言ったが誰も避難区域だったところには住みたくなくなることはわかる,いくら思い出があるとかいっても現実になると厳しい
第一車がない人は買い物もできないから住めないのである。

贅沢になれたらもう苦労はしたくない

これが人間の偽らざる現実である。
何か自分はかえって年とってから食べ物にこだわるようになった
それは健康のためもあるがうまいものが食べたいということが若いときよりある
若いときは腹を満たせばいいとなっていた
旅行してもほとんど金を使っていない,ありきたりのものしか食べていない
そういうことに金を使う余裕もなかったのである。
外国ではハンバーグを毎日食べていた,レストランは入りにくかったからである。
自分の目的は食べることではない旅行することだからそれでも良かった

今は食べることに気をつかう,やはり老人になると体が弱るから栄養をとらないとならないと思うからだろう,今は旅行しないし後は金を使うものがないということもある
食堂は近くにないと利用しにくい,車がないと余計にそうである。
食事しようかと30分もかかるようなところだと手間で行きにくいのである。
だから近くにないと利用しにくいのが相当にあるのだ

とにかく鹿島は前より良くなったというのも不思議である。
都会化してサービスするものが増えたのである。
一人暮らしだと実は都会の方が恵まれているのだ
そういうふうに何でもサービスするものがあるからである。

posted by 老鶯 at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

AIが神になる日(松本徹三)を読んで (抽象画の創作からAIを考える)


AIが神になる日(松本徹三)を読んで

(抽象画の創作からAIを考える)

Read the day when AI becomes a god (Matsumoto Toruzo)

(Think of AI from creation of abstract painting)

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芸術の分野でもAIが影響してきている,具体的な例として自分がしている抽象画である。森の抽象画がなぜ大量にできるのか?
それはパソコンのソフトの作用で自動的に機械的にできるからである。
それはパターン化しているので大量にできる
その創作過程は人間がしているのではない,AIがしている,なぜならまずインターネット上にある無数の絵とか写真を基にして作っている
それがインターネット上では無限にあるから変化も無限になる
つまりコンピュターの強みはビッグデーターをもっていることにある
そのデーターから抽象画も無限に作り出されのである
色でも百の色があったらその組み合わせは膨大なものになる
それが可能にしているのがパソコンでありインターネットになる
データーが多いということは抽象画だけではない他の分野でも大きな力となる
ただ無限の知識でも人間は活用できないことに弱点がある

本だってせいぜいいくら読んでも理解できるのは千冊にも満たないし深く理解できるのは百冊だとか限界がある,そこでかえって膨大な知識を基に判断するAIが優れているとなる本でも何かのテーマがありそれについていろいろ語られる,一人一人でもその説明は違ったものになる,それで何かわかりやすい説明を読むと理解することがあるがそうした本とかデーターに出会うのがむずかしいのである。
なぜなら本でも膨大でありインターネットの情報も膨大だからである。
だからAIの有利な点はそうした膨大な情報を瞬時に検索できることである。

それは法律だと判例だとか医療の分野では膨大なレントゲン写真だとか症状だとかそれを瞬時に呼び出して検索して適切な判断をする,ビッグデーターがものを言うのである。
人間はその点で記憶することもわずかであり忘れるから劣るのである。
記憶の点では人間はAIが断然に優れているのだ
そもそも人間は自分がこれまで書いたもの創作したものでも忘れているのである。
こんなことを書いていたのと自分でプログなどを読み直して感心していることでもわかるだからこそプログの効用は忘れないように記録しているということにもある
でなければ自分の書いたことも忘れているからである。
コンピュターはそうして膨大な記録を忘れないのである。

ただ不思議なのは

AIは自ら作り出した創作品でも感動しない

抽象画をAIは作り出す,でも百作り出してもとれが芸術的なものなのか?
どれが優れているのか?それが見分けられないのである。
つまり感動しないのである。感動する能力がないのである。
これは何なのだろうとなる
千の抽象画を作ってもそれのどれを選んでいいかわからない
選ぶのは人間なのである。感動して選ぶのは人間なのである。
ただ抽象画自体がわかりにくいから人間だって感動しない人はいる
芸術そのものが感動する鑑賞することがむずかしいものだからである。
抽象画が具象画と違って評価しにくいのである。

ここではAIは人間の道具でありその道具を使って人間が創作している,ただ選択するということでもそうである。これがいいなと一つを選ぶのは人間である。
AIにはそれができない,ただ千の抽象画を瞬時に作り出すがではその中でこれはいいというものを選ぶことはできないのである。
なぜならAIは感動しないからである。

芸術の分野でもAIが利用されるしすでにされている,コンピュターが作り出している
でも森の抽象画を例にとればAIは森がどういうものか理解できるのか?
森が自然の中で意味するものが何なのか理解できるのか?
それが理解できないから感動もしないし芸術の鑑賞もできない
あくまでも人間が創作する道具になる

ただ音楽の分野でもAIが作曲することはあるだろう,なぜなら抽象画と同じく音の配分で音楽ができるからそれをAIは膨大に産み出すからである。
その中から偶然に人間が聞いてこれはいいとなれば感動すればそれで作曲したことになるそれはむずかしい音符などいらなくなる,すぐれた曲の変奏曲がいいくらでもできる
森の抽象画もそうした変奏曲であった
でもいくらそうしてAIが作曲したとしても感動して選ぶのは人間だとなる

ともかくARTは技術の意味だからコンピュターによりAIにより新たなものとして創作されることは確かである。
翻訳の分野でもすでに実用化している,ここでもすでに英語の先生になっているからだ
英語をいくら勉強しても日本語から英語に翻訳することは一番むずかしいがAIはすでにそれを実現しているのだ
英語の先生は語学の先生はAIになっているのだ,他でも先生がAIになることが増えてくるただ翻訳となると詩の翻訳は無理である。
でも骨格は翻訳できているからそれを手直しすることはできる
現実に翻訳家がすでにAIをそうして利用しているのである。


It is an abstract picture that I am doing as a concrete example that AI is affecting also in the field of art. Why can the abstract painting of the forest be mass-produced?
That is because it can be done mechanically automatically by the action of the software of the personal computer.
It can be mass-produced as it is patterned
Its creation process is not done by humans, AI is doing, because it is based on countless pictures and photographs on the Internet
Since it is infinite on the Internet, the change becomes infinite
That is, the strength of computer is to have big data
From that data abstract paintings are produced indefinitely
If there are hundreds of colors in color, the combination will be huge
It is PC and internet that makes it possible
The fact that there are many data becomes a big force in other fields not only abstract painting
There is a weak point in that human beings can not utilize even infinite knowledge

What's mysterious

AI is not impressed even by the creation product that he created by himself

AI creates abstract paintings, but is it one hundred, is it an artistic thing?
Which is superior? It can not be distinguished.
It is not impressed. There is no ability to be moved.
What will this be?
I do not know which one of them to choose even if I make a thousand abstract paintings
It is human beings to choose. It is human being to be impressed.
There are people who are not impressed because human abstract painting itself is difficult to understand
It is difficult to appreciate the art itself is impressed.
Abstract paintings are difficult to evaluate unlike concrete paintings.

Here, AI is a tool of man and it is so that it is just selecting it, which human beings create using the tool. It is human that chooses one if this is nice.
AI can not do it, but it instantly produces a thousand abstract paintings, but in that we can not choose something that is nice.
Because AI is not impressed.

Also in the field of art, AI is being used and already being done, the computer is producing
But taking the abstract painting of the forest as an example AI can understand what the forest is like?
Can you figure out what the forest means in nature?
I can not understand it, so I am not moved or I can not appreciate art
It becomes a tool which the human being creates to the last

Just in the field of music, AI will probably compose music, because AI can produce music vastly because it can make music with the allocation of sound as with abstract paintings.
It accidentally told by human beings that this is good If you are impressed it will be composed by that, it will not be necessary for difficult notes, no matter how many variations of excellent songs can be made
Abstract painting of the forest was also such a variation
But how much it will be to choose human beings when you do so by AI even if you compose it

In any case ART is a technical meaning, so it is certain that it will be created as new by AI by computer.
It has already been put into practical use in the field of translation, as it is already here as an English teacher
Even though you study English, it is most difficult to translate from Japanese to English, but AI has already realized it
English teacher is a language teacher is AI, the fact that the teacher becomes AI is increasing even if it is just translation The translation of poetry is impossible.
But since the framework  can be translated it can be reworked
In fact the translator already uses AI so.






タグ:AIと抽象画

2018年04月23日

強引な営業マンは客に逃げられる? (人の話を聞かずに銀行側の利益だけを考えていた)


強引な営業マンは客に逃げられる?

(人の話を聞かずに銀行側の利益だけを考えていた)

人間関係から生まれる成功と失敗


投資は分散だという方針は間違っていなかった,それでカナダの国債を買って,USリートを買った,カナダの国債は石油が安くなりすぎて損した
為替差益が大きいのも失敗だった,それが重なって失敗した
次にUSリートはもうかっていたがトータルするとそうでもなかった
自分は何か投資を知らないから定期的に利子のように配分されるのかと思っていたのである。これが最大の誤算だった
ただ分散投資するということでは間違っていなかったのである。

一番の失敗はリーマショック前からもっていた株である。それが元の値段にもどり上がっているときその株を売って投資信託に回したことである。
今度は為替差益がないということでJリートに回した
ところがその後株はどんどん上がっていったのである
自分はその時株はそのままにした方がいいのではないかと内心思っていたが
銀行の営業の人が強引に投資信託にその株を売り回したのである。
その理由が今になるとわかる

投資信託は銀行側にとってもうかる

営業する側にとってノルマがありそのためにすすめる

自分はその時銀行は金融のプロだからとまかせたのである。
それも間違いだった,銀行は投資に関して株とかに関しても素人ととたいしてかわりないのである。

要するに分散投資する方針は間違っていなかった,だから株と投資信託とか国債に分散投資していればよかった,株は売る必要なかったのである。
それを自分は株を売るときとうかなと言おうとしたが強引に投資信託に回した
その投資信託はもうかっていないのである。損しているのである。

だから銀行の言いなりになって投資信託をするべきではない
投資信託は銀行側にとっていいものでも客にとってはそうではなかったのである。

まずなぜこうなったのかというとき銀行が今や追い詰められているからである。
それでスルガ銀行のように悪徳な金貸しにもなっている,犯罪にもなる
地銀は追い詰められている,マイナス金利でもそうである。
こうして追い詰められた個人でも会社でも危険なものになる
余裕がないからである。余裕をもって相談にのれない
まず余裕がない人は相談にのること自体できないのである。

自分が介護で必死になっているとき事業で失敗したからと借金にきてどうだこうだとなってもそんな余裕がこっちにはない、でもそういうとき借金をしやすいとなる
脅迫のようになり弱みをもっているからである
自分の所に来た人はそんな余裕のない追い詰められた人だけだったとういことである。
ある人は泥棒であり大金を失ったとかなる

ただ銀行もまさか追い詰められて詐欺的な投資信託を売りつけるものだとは思っていなかったのである。
人間は追い詰められれば善悪もない,今腹へって食べるものがなくなればわずかの金でも殺してでも得ようとする,だからそういう追い詰められた人と会ったら最悪だったとなるだから下手にそういう人を招き入れることは怖いことになる
格差社会でも追い詰められる人間が増えてくれば治安も悪くなるのである。

余裕がないというとき野球でも必ずボールが増えてカウントが悪くなると追い詰められるとどうしてもストライクを投げざるをえなくなり打たれる割合が高くなる
逆に打つ方でもストライクが先攻されると追い詰められてボールで打たざるを得なくなるのである。余裕をもって対処できなくなり負けることになる
結局人間余裕がないということはすでにそこで敗北に向かっているのである。
まず余裕がない人に相談をしてもなにもできない,それは金銭的だけではない,問題をかかえて苦しんでいる人に相談しても何もできないからだ

ただ銀行がまさかそういう窮地にあるとは思わなかったのである。
もう銀行は金の出し入れでも使用しなくなりスマホとかの決済になると余計に銀行の役割がなくなる,銀行は投資先もなくスルガ銀行のように消費者金融のようにもなる
それも追い詰められているからである。
だから投資の相談などすべきではない
すすめられるのは銀行にとって絶対に損しないもうけになる投資信託をすすめるからである。これは確実に手数料がとれる,銀行は何をすすめようと損はしないものなのである。だから銀行は今は客のことを余裕がないから客のために何かをしてやることなどできない客からいかにして金を巻き上げるということしか頭にないのである。
営業の人はノルマを課せられているから余計にそうなる
ノルマを課せられと余裕がないから自分の利益だけしか考えられないからである

ただ別に投資がすべて悪いとはならない,客のためにしている人もいる,それは特別な金持ちができることであり銀行などはしてくれないのである。
友各銀行は今や窮地にたたされて危険なものとなっている
特に地銀が苦しい立場に追い込まれている,それで福島銀行と大東銀行が合併するということも言われるのもそうである。
ただこれも両者ともクラスとして下位になるから合併のメリットは少ないというのもわかる

営業の人が直接くるということで考えたことはやはり人に直接接することはインターネットとかでやりとりするのとは違う,営業の人が若い人だから将来銀行にこのまま勤めていいのか,こんな銀行でいいのかとか心配する
何かどうしても対面的になると人間的情が生まれる
それで頼まれて嫌々ながら営業の人に応じたというのもわかる
だからこそ本当は営業の人はその頼む人に対しても情をもつことが必要になる
ただもうければいいということだと人間と人間の関係はもうありえないからだ

つまり人間と人間のやりとりとなると簡単にはいかない,強引な人が押しの強い人がいいとはならないと思った,そういうことの方が営業に向いているとされるが必ずしもそうではない,つまり本当は相手のことを考え相手の言い分を聞く相手のことを思いやるということが基本にあり自分だけ会社だけが良ければいいではな商売にならないだろう
それは病人に接する医者であれ看護師と同じである。
ただ自分のもうかることを利益なることを売りつけるだけなら押し売りと変わりないのである。
それでも人間は追い詰められたらそうなる,売れなければ力づでも売りつけてやろうとなってしまうのである。
営業で成功している人はそうした強引な人ではなく人間の機微に通じている人かもしれない,それは若い人では無理だろう
ともかく人間が直接やりとりするとなるとそこには複雑な問題がありただ強引な手法だけではだめだと思った
銀行がノルマを営業の人に課するとそうなりやすい,カルト宗教団体でもノルマを課して会員獲得して一票を獲得するために一軒一軒回って歩く
それが押しつけになり嫌われるのである。

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政経東北3月号


地域のコンサルタントであれとここで指摘している
地銀とは地域の経営者の相談にのり地域を活性化する,それが本来の役目だとしている
だから投資信託などを中心にして収益を上げるのは邪道なのである。
一時的にはいいとしても自分のように銀行に不信感をいだき信用しなくなる
銀行から金を引き上げるという人もでてくる
地銀とあるごとく地銀は地域密着型であり地域と一体化してある
それは地域の人ととも一体なのである。
東京の証券会社はグローバルに展開しているから違う,でも地銀はそうういうものではない、その設立の動機も頼母子講とか身近な人達の助け合いから資金を出し合ったことではじまっているからである。


posted by 老鶯 at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年04月22日

水田の効用は米がとれるだけではない (風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の効用は米がとれるだけではない

(風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の役割はイネを育てることだけではない、日本各地に無数にある水田はダムの三倍もの貯水能力を持っている
森林につぐ第二のダムなのである。

水田に貯えられた大量の水は洪水を防ぐばかりでなく、土壌を保温することによって例外を防ぐ効果もある
微生物の活動を促進し,土の生命を守る
・・・他の作物と比べて非常に連作性が強いのが特徴である。
(農に還る時代-小島慶三)

この本でも指摘しているのは水田の効用である。自分は景観から田んぼを見ていた,でも水田は自然環境と融合したものであり様々な効用がある
水田というとき米というとき米を買う人は米を食料としてしか見ていない
だから米が高いとか安いとかうまいとかしか見ていないのである。
それは田舎に住んでいてもそうである。
ただこの辺では津浪とか原発事故で田んぼが荒地化したとき景観が変わったので自分も田んぼとはなんなのだろうと見た
田んぼは別に田舎で普通にある景色だからである。それがなくなったということが信じられないことだったのである。
田んぼは自然景観の一部のように見ていたからである。

俳句の季語で春田というとき春になって田になる前の状態である。
でも田んぼが荒地化したらそうはならない,そこは田んぼにならないからである。
田植えもしないしただ荒地になっているだけである。春田とあればこれから田んぼになるものとして生活感覚で春田となっていたのである。
俳句となると何か実際の生活と離れたような鑑賞するだけのもののように見えるがそもそもそうした稲作とかと深く結びついて生まれてきているのである。
だから芸術が実際の生活から離れてありえないのである。

「げんげ田」で春。「春田(はるた)」に分類。昔の田植え前の田圃には、一面に「げんげ(紫雲英)」を咲かせたものだった。鋤き込んで、肥料にするためである。いつしか見られなくなったのは、もっと効率の良い肥料が開発されたためだろう

この本でそうした農についてその重要性を指摘している,水田は保水能力、第二のダムというのもそうである。
これも意識しないがもし回りに水田がないと乾いた大地だけのもの,畑だけになるどうなるのか?
土があたためられて熱くならないか?水田は水だから空気を冷やすことになる
例えば海側だと夏は海の影響で涼しい,盆地になると福島市のように異常に夏は暑くなるのである。でも水田があると水で冷やす効果があるとなる
土壌を保温することそうである,畑は農作物は土地の温度に敏感なのである。
土の温度によって生育が作用されるのである。

そして連作できるというのがやはり稲作の水田の大きな強みである。
なぜなら麦とか畑を作ることはヨーロッパなどで連作できない,土の栄養分が維持できないから連作できない

農業には連作障害というものがあります。
同じ土地で、同じ作物を作り続けると作物の生育がだんだん
悪くなっていくという現象です。
これは別にヨーロッパだけでなく、世界のどこで農業を行っても
起きる現象です。
(現在の日本でもです)
そのために、一部の土地を休ませて地力を回復させようというのが
三圃制のポイントです。

今は化学肥料があるからしていないとここでは書いてある

日本の米文化は特殊
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牧畜は乳をミルクを利用する,そこからバターとかとる,そして麦文化と牧畜は一体である。なぜなら麦はパンとして食べるしかないし牧畜で利用する乳とかバターとかが食文化になるからである。麦文化は米文化より古い,文明が起きたのは麦文化地帯である
エジプトもそうでありすでに麦からビールを作っていたからである。
広大な麦畑が大陸には見られる,土地が広いことが三圃制農業などを発展させた
稲作は土地集約型農業でありそれが日本では山が多く森林が多く保水能力があるから適していたのである。土地が狭くてもまずどんな山奥までも田んぼがある
こんなところにもあるのか,それは隠れるようにあるからわからないのである。
それで隠し田として税金逃れしていたということを実感する
つまり日本の地形が複雑でありそうして隠された場所があるからそうなる

そして麦文化牧畜文化と肉食文化も一体である。麦だけではまかないえない文化であり肉食が必然的に発達したのである。日本の特殊性は邪馬台国の時代から馬,牛,羊がいないとういことだった,だからタンパク質は魚からとっていたとなる
魚と菜の文化だったのである。そういう風土であり大陸的な荒々しさのない文化がはぐくまれたとなる
例えば馬を飼い馴らすのと田んぼで米をとるのとは人間の気質まで影響する
それは今でも海で魚をとる漁師と水田で米を育てる農民とでは気質が違うのとにている
漁師の性格は荒っぽくなるし一攫千金を目指す,大漁になればそうなるからだ
そういうことは日本では各地で見られるのである。

自分は風土から世界を見るということに興味をもっていた,風土に根ざす生活から人間をみる,世界をみる,ただこれも風土というと世界を見ないとわからないし大陸のことは日本ではわかりにくいのである。
多少海外旅行して理解することがあったがなかなか日本人には大陸のことが理解できないのである。風土は一年を経験しないとまたわからないのである。
冬と夏ではまるで違ったものとなるからである。
最初に文明が発達したのは麦文化と牧畜文化が発達した所でありそこから都市が生まれたのである。川の側だったというとき川にもいろいろ効用があり貿易もあって都市が生まれたのである。

この風土に適合してこそ人間の生活がありうるしそれを無視すると今回のような原発事故とかで自然環境が破壊されて住めなくなった
文明は自然環境の破壊からはじまっている,焼き畑農業でもそうである。農業の一番の問題は肥料だからである。肥料をどうするかということで森を焼き払って灰を肥料にして畑にしたからである。土の栄養がなくなるからヨーロッバでは三圃制農業になったのであるだかち土というのを注目していないけど土が文明を作っているというのもわかる

それでソーラーバネルとかでも必ず自然破壊になっている,まずソーラーパネルで光りさえぎられるからその下の土が死んでゆく,すると農業はできなくなる
ソーラーパネルでは住宅地の側にあるものがあり反射して熱くなる
森の中に作ると土壌が雨で流出するとかになる
だからこれも自然破壊でありいいものではない,ところがなぜいたるところにソーラーパネルが作られるのか?

それはグローバル経済のためだったのである。森の木材はグローバル経済で外材を利用するから無用となる,すると山の森をも荒れる,山をもっていても金にならない,役に立たないとなりソーラーパネルにして金にしようとなる,それはグローバル経済が影響してそうなっていたのである。
つまりグローバル経済はこうした国々の風土とかに育てられた文化を破壊するのである。地産地消ではないからだ,グローバル経済になったのは高度成長時代からである。
自分の子供時代は炭がエネルギーだったからである。まさにエネルギーも地産地消だったのである。もちろん木材もそうだった,それで橲原(じさばら)のキコリから自分の家の柱を使ったとか自慢していたのである。
高度成長からグローバル経済になったとき風土に根ざした生活が破壊されたのである。

ただ江戸時代でも東北地方で飢饉があったのはグローバル化経済とにた現象が起きていたのである。
伊達藩では伊達政宗が米を江戸に石巻とから船で運び売っていた,米が商品作物となり
地元の人が米を食べることができなくなっていたのである。
まず米を売ることを第一にしていたからである。

伊達藩では藩をあげて北上川水系の改修と湿地の新田開発に取り組み,江戸への産米輸送に力を注いでいました。当時,伊達藩では「買米制」という制度をつくり,お百姓さんが年貢を納めたあとの余った米をも藩が買い上げ江戸へ送っていたのです。このため米どころであってもお百姓さんは満足に米を食べることができませんでした。「百姓食物常々雑穀ヲ可用食之事」(米を食わず雑穀を食うべし)という「百姓法度」が出されるほどでした。

ご法度(はっと)から生まれたから法令でそうしたとなる,こういうことはグローバル経済で起きている,タイでは海老養殖して売るために地元では食べないとかなっているしコーヒーだけを作らせて安くなって地元では食料飢饉が起きたとかある
グローバル経済は何かこうして外国からいろいろなものが入ってきていいようでもその肝心の地元で暮らすのに必要なものが喪失する
それで森林でも木材が利用されなくり荒廃するのである。それは日本だけではない世界的に起きている現象なのである。
アメリカでは売るものがないから牛をもっと買いとかオレンジを買いとかなる
それはもともとあったその国々の風土に根ざした文化を破壊するのである。

原発事故はまさにこうしたその土地の自然を破壊して住めなくしてしまったのである。
農業でも漁業でも金にならないと地元の人は東電と政府に金をもらってこうした人間の生活の根幹となるものを売り渡したのである。
それはこの辺だけの問題ではない,そんな農業や漁業より外国に売る車が大事だと国家ではなる,車を売れるからバナナでも食料も輸入できるのだとなる
だから都会では地方の農業などいらない,税金の無駄だとしている
食料は外国から輸入すればいいとしている,その時どうなるのか?
日本の国土は荒廃してこの辺のようになる,人が住めなくなるのである。
そして結果的に都会もやがて荒廃して廃墟化してゆくのである。
外国から食料も入らないということは別に国と国の関係が悪くなればある
何か工業文明がすべてのようになっている,そこに落とし穴があり遂には人間は住めなくなる,それをこの辺は原発事故で証明したのである。




posted by 老鶯 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年04月21日

東京から帰って来る老人が増える (駅で会う人から見える街の変化)


東京から帰って来る老人が増える

(駅で会う人から見える街の変化)


駅で会った人は東京で働いていて故郷に帰って来た人だった
一人暮らしで困っているらしい,風呂がないので福祉の湯を利用している
あそこは前にも自分が利用した,三〇〇円で利用できる
その人はなにもすることがなく暇だと言っていた
そういう人もまた老人で増えているのだ
小高に住んでいた老人とも良くあう,あの人は小高には帰らず鹿島に住んでいる
小高に通っていると思ったら山下とか相馬市とかに行っている
何かわからないが飲み屋とかに行っているのかとなる

ともかく前にも東京にいて故郷に帰った人とあっている,東京から故郷に帰る老人が増えていることは確かである。
するとどうなるのか?この辺では若い世代が流出して老人は取り残されている
さらに今度は東京などから帰る老人がまた増えてくるのである。
そして一人暮らしも増えてくる,近くに子供がいても一人暮らしが多いのである。
そこで一人暮らしだと問題が起きるのである。

でも近くの知っている人は苦労して若いときに家を建てた,立派な庭をも作った
それで妻をなくして十年とかたってもおくさん思いでありその家を離れたくないという
娘が相馬市にいて近くに家を建ててやるとか言っているが自分の建てた妻と住んだ家から離れたくないという,家にはやはり単なる寝起きする食事する箱ではない
長く住んでいるとそこは思い出がつまったかけがいのないものともなる
だから原発避難者でも老人が故郷に帰りたいとなり帰っているのである。

いづれにしろ高齢化社会の問題はいろいろある,東京で暮らした人たちが故郷に帰るというのもそうである。そこでまた老人が増えてくるのである。
人口が増えるからいいといっても老人だ負担になってくる
すでに六〇代で病院通いの人もいる,知っている二人は脳梗塞とかで病気になった
自分も前に病気になったが今はなんとか一人でやっている
ただ体が弱っていいくことが不安になる
霊山まで自転車で行って上ったのはいいが体ががたがたになった
あとから節々が痛くなるのである。

どうしても医療費がかさみ,老人は働かないから負担が増える
生活保護も増える,自治体で四分の一費用を払うから負担になる
老人はどうしても負の部分が大きくなる,負担になるのである。
東京で若い時働いて今度は田舎に帰ってくるというのも矛盾である。
ただ東京自体も実は老人が増えて老いてくるのである。
高齢化はこれは日本全国の問題であり世界の問題でもある。

都会では老人のシエアハウスをしているということもテレビで見た
それも一人暮らしが増えると一つの方法だろう
ただ団体生活になるとなじめない人もいる
自分は団体生活ができないから困るともなる
ただ一人暮らしは一軒の家を維持するだけで大変になるのだ
外出して遠くに出かけるのもむずかしくなる
家を留守にすると不安になるからだ

駅にいるとなにか人の流れがあり街にどんな人が住んでいることがわかることもある
ただそこでも老人が増えている,どちらかというとその東京から帰ってきた人も車を運転できない,車を運転できない人が鉄道を利用する
この前は新地の八〇歳の女性が車を運転をやめた
それは年で危険になるからそうしたのである。それで電車を利用していたのである。
だから高齢化社会になると電車を利用する人が増えるということはある
交通の問題がありそれに応じる政策も必要になる
そこで車社会を見直すということも必要になる

タグ:高齢化社会

2018年04月20日

春の日に霊山に行く(南朝を偲ぶ- 短歌十首と俳句十句)


春の日に霊山に行く南朝を偲ぶ

(短歌十首と俳句十句)

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木の根元石一つあり春日さしこの奥処にそ住める人あり
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クリック拡大(波紋が広がる)
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クリック拡大

かなたに見えるのは何の山だろう
会津の方にも見える山である。


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登山道で見つけた蝶
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霊山の苔清水
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桜は散っていた
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ここは桜が咲いて見どころがある場だった

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谷野原村

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ほとばしる滝のひびきや芽吹きかな

大岩に苔むしあわれスミレ咲く

山鳩や山間の道花の影

苔清水滴り春の鳥の声

岩黒く登山道に山の蝶

山頂の大展望や春の山

霊山の岩黒々と樹々芽吹く

朝桜顕家の像に映えて散る

真近にそ滝のとどろき山桜

山桜ここに散れるや滝ひびく

いづこへと道の分かれて春の暮

夜桜や老舗の味の菓子屋かな

道に出る狸二匹や春の月



川の面に波紋広がりあまたなる魚影を見るや春の奥山

木の根元石一つあり春日さしこの奥処にそ住める人あり

佐須の峠越えてそ望む残雪の吾妻嶺光り春は来にけり

残雪の吾妻嶺光り連なれりかなたになおも高き峰望む

(霊山城)

大岩の苔むし霊山に南朝の昔を語るや春の日さしぬ

春の日に霊山上りあわれかな束の間に消えし南朝の夢

花と散る南朝の夢今になほその傷痕の残り哀しき

南朝の落武者二手に分かれけり春の日あわれ城下にいでぬ

(金谷原村)

玉野村境の桜盛りなり相馬の城下へ我は急ぎぬ

金谷原寺の跡とて集めらる碑のあまたや春の日暮れぬ

碑の古りて椿の散るや誰がたずぬ我は二度ほどここをたずねぬ



五本松なお三本は残りけり帰りよりて春の星見ゆ

春の灯の街灯あわれ城下町古本屋によりまた一冊買いぬ

我を待つ人とてなしも我が家へ帰りゆくなれ春の夜かな




 山上にはかつて慈覚大師が開山したという霊山寺があった。「霊山寺縁起」によれば、三千六百坊を擁していたともいうから、大伽藍であった。南奥州の天台密教の中心であったと考えられる。今は山上の処々に大きな礎石が多数残り、当時の名残りを留めている。後醍醐天皇の皇子義良親王(陸奥国大守、後の後村上天皇)、北畠顕家(鎮守府将軍)らは建武4年(1337)1月8日国府多賀城を棄て霊山寺(霊山城)に移った。霊山城は南朝奥州政府の重要な基地(国府)となった。しかし霊山城は貞和3年(1347)8月ころに落城、霊山寺の建物群も全焼したといわれる

今日真野川をさかのぼり霊山まで自転車で行った
途中滑(なめ)の滝のほとばしるを見てさらに奥に進む
川の流れがとまり水面に樹々の枝の影を写している
その川を見たら百匹以上の魚影が見えた,この魚は何の魚なのか?
ヤマメだろう,なぜこんなにいるのだろうと思った
この辺は飯館村で一軒の家があり住んでいるみたいだ
でもしんとして人気もない,そして春の川面に水の輪が広がる
それがここでは活きているという感じになる
まるで人のいない所で神が遊んでいる感じにもなるのどかさである。

佐須までの道は前もほとんど人は住んでいなかったのである。
原発事故で一軒二軒くらい住んでる家は見かけた
でもなんとも不思議な感覚になった
人が住まなくなるとどうなるのか?そこには魚は住んでいるのである。
これだけ魚がいると食べたくなる,でも放射能汚染で川の魚は食べられないのだ
おそらく誰も魚をとらないから増えたのだろうか不思議である。
ともかく石一つあり春日がさしてここに居つくというとき人もここに居つくとなればいいのである。人が住まないとそういう感覚にならないのである

佐須を通り峠を越えると残雪の光る吾妻嶺が見える,その時春が来たと感じる
ただあそこの峠も道を直したから前とは違っている
なんか原発事故以降新しい道ができる
相馬市から福島市までの高速道路もできた,それで前の道は車が本当に通らなくなった
それで高速はバイクも通れないからバイクと自転車が通るだけである。
だからかえってのんびり見てまわることができた

霊山というと南朝である。霊山はもともと修験者の修行の場として古くからあった
そこに南朝の国府が置かれた,それも十年にも満たない短い時だったのである。
そして夢のように消えたのである。
ただそうであっても歴史的にこの辺では大きな変化だった
なぜなら南朝の落武者が山上の方と前にあった卒塔婆峠を越えて鹿島区の真野へ逃れたのである。そのことは史実であり先祖として明確なのである。
その祭りもある,それで同級生の只野一族が鹿島区に本当に多いのである。
その只野の先祖をたどると郡山近くの多田野村だったのである。
その一族が鹿島区の真野に逃れてきたのである。
それで只野氏はお浜下りの祭りで馬を先導する役目をになっていたのである。
そのように明確に先祖がたどれるのである。

お浜下りに「つづら馬」というのがある。つづら馬とは馬につづらをのせて荷物を運んだ
(お浜下りの祭りのおつづら馬の話)

こういう人が身近にいたという驚きである,だから南北朝の時代はわかりにくいけど確実に系譜として具体的にわかるストリー,歴史なのである。
霊山神社には顕家の像が祭ってある,この青年は二一歳で死んだのである。
特攻隊で死んだ若者と同じである。
朝に咲いた桜が一時映えた見ていたら散ってしまったのである。
そういう人もいたということである。

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朝桜顕家の像に映えて散る

前にこういう句を作ったのを思い出したのである。南朝は本当に束の間の夢のように
消えたのである。ただその傷痕は日本全国に今も残している
どれだけ日本全国を争乱の場にしたかわかる

そして新井白石が相馬の城下を縁戚を頼り訪ねていた,その途中に霊山に寄って詩を残していたのである。


  
    霊山鎮  白石   (「新井白石全集」所収)
  
  霊山開巨鎮、郷月照雄藩、
  鐘鼓千峯動、貔貅萬竈屯、
  出師資上略、刻日復中原、       ※上略は上洛の誤記か
  一夕長星堕、年年哭嶺猿、
  
   (読み下し)
   
    霊山鎮  白石
  霊山、巨鎮を開き、郷月、雄藩を照らす
  鐘鼓、千峯を動かし、貔貅、萬竈に屯す        ※貔貅(ヒキュウ)=猛獣
  出師、上洛を資り、刻日、中原を復す
  一夕、長星、堕ち、年年、哭す、嶺の猿 



学問岩とかありここで学んだ修行した僧とか確かにいたのである。
ただほとんどそれがどういうものだったかわからない,炎上して何も残らなかったのである。ともかく南朝の国府としても短すぎたのである。はかない夢と消えたのである。
ただこの辺では明確に残る大きな歴史の跡なのである。

帰りは玉野村から谷野原村によった,前にもここによった,それでいつも気になっていたのが古い碑のある所だった,神社だと思っていたが寺の跡だった
だから墓があり古い碑が集められていたのである。
ただここの碑は相当に古い感じだ,五輪塔の墓もあったが何か記してあるが読めなかった
相馬市では夜になった,六号線を帰ると夜桜が映えていた,そこはお菓子屋だった
船橋屋とかの店がある
老舗の味というとき最近良くテレビの推理ドラマを見る,そこで京都を舞台にして老舗の菓子屋のことをテーマにしていた
そこの老舗の菓子屋は茶の湯で出す菓子を昔から作っていたのである。
その味にこだわっていたのである。それが頑固なまでにこだわっていた
その味を変えてはならないとこだわっていたのである。

つまり京都ととかなると茶の湯が盛んであり歴史も古い,その茶席には生け花とか菓子とかを出す,そういうふうに一体化しているのが文化なのである。
そこに千年の都の文化がはぐくまれ受け継がれてきたのである。
ただそういう伝統はなかなか京都に住んでみないとわからないのである
ただ夜桜と菓子屋があっていたのである
相馬市の桜はみんな散っていたがここだけが残っていたのである

相馬市の六号線沿いの古本屋ではいつも変わったいい本が置いてある
それでまた一冊買った,あそこでは誰かが選んでいるのかもしれない
本も今はアマゾンで注文して買っているが本は無数にあるからどういう本があるかもわからない,偶然に見つけた「農本主義が未来を耕す」宇根豊著は共感した本だった
こんな本があったというのも不思議だとなる
アマゾンでこうして本との出会いがない,立ち読みもできないことが弱点なのである。

とにかくなんとか自転車で霊山まで行って登山もできた
体が弱ったので行けないと思った
でも今度のクロスバイクは意外といいものだった,バッテリーも長持ちするし早いし
何より安全なのである。まずロードは高くなるので危険である。
このクロスバイクは足がつくし小回りがきくしブレーキもかけやすいとかタイヤも太いとか長距離にかえっていいものだった
まずロードは危険である。近くで人がいないところでスピードを楽しむのはいいが長距離だと危険になる,なぜなら道を知らない所を走るからである。
スピードを出しすぎると危険なのである。
これだとまた遠くに行けるかもしれない,それで今度はもっと遠くへ行ってみたいともなる,ただそうなると一泊とするとかなる,ずいぶん長い間介護で自由に旅できなかった
またそれができるのか?それはしてみないとわからないとなる

今この文をプログにアップしようとしたとき春雷が鳴った,何かこれも自分の心と呼応する
天候により心は変化して呼応するのである。
天候は何か予兆なのである。夜ふけて鳴るというのも何かの予兆だとなる
やはり春になりまた新たな活動へ向かうのかとなる
プログの醍醐味はこうして変化する今をリアルタイムに報告できることなのである。
一日でも朝と夜では全く違ったものとして変化することがある
その天候の変化が俳句とか短歌の創作に影響するのである。






2018年04月19日

一枚の写真(祖父の写真)

一枚の写真(祖父の写真)

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一度も会ったことのない
祖父の写真がある
警察所長だった
俺は偉いと写っている
その写真は捨てるつもりだった
だが置いてあった
墓はあるが墓参りにも行かなかった
母は威張ってばかりいたという
警察をやめてから
機織り工場を経営して失敗した
それで一家離散にもなった
祖父なのに敬わないのか?
確かに不遜である
でも思うに祖父の人生は
ただこんなものだったのか?
もうその子もみんな死んだ
孫は残っているがちりぢりだ
実際に会った人は誰もいない
語る人も誰もいない
私は母から聞いたのは
いつも威張っているということだけ
その母も死んだ
もし祖父でも祖母でも
もっと語ることがあれば
その人生は意味があったのでは
いくら地位があっても今ははかない
捨てようとした祖父の写真が
まだ自分の家に置いてある
なにかわびしく悲しい
もう祖父について語る人はいない
・・・・・・・・・・

母の実家は複雑であった,父は警察所長をしていたが退職してから機織り工場を経営して失敗して一家離散のようになった,警察所長をしたくらいだからもともと経営の才がなくても成功すると思ったのだろう。
事業で失敗する人は何か甘い予測をして失敗しているのも多い
自分が優秀だからと奢りがあり失敗する,そして祖父について語られるのは母が言っていたのは威張っているだけだったということである。
なぜならそうして機織り工場で経営に失敗して母もまた辛酸をなめたからである。
つまりいくら肉親でもそうして子供がひどいめに合うと祖父母でも語ることすらしないのである。
現実にそういう人がいて墓参りすらしない人もいる,肉親でも父親でもしないのである。それだけひどいめにあった結果そうなっているのだ
だから死んでも子供が両親を思うということはあるとはならないのである。
血縁だからといって人間はそれがすべてではない
むしろ親でまともに生きない人は親とも見れなくなるのである。

いづれにしろ祖父にしても死んでから七〇年とかなる,そうなると会った人もこの世にはいない,誰か聞いた話になるが私の場合は母から聞いたが母は百歳で死んだのだから
あとは聞いたという人もいなくなる
するとどうなるのか?誰ももうその人について語らないということである。
自分でも会ったこともないから何か他人のようにその写真を見ているのである
ただ祖父の出自がわからないのが不思議である。
ここで生まれ育った人ではない,転勤してきた人だからである。
それは謎でありもうわからないのである。

人間は祖父母まではわかるがその上になるとまるでわからなくなる
ただ何か功績があれば残り語られる,それがないと全くわからなくなる
結局死んでから七〇年すぎると家族でも語られる人はまれだとなる
みんな忘れられるのである。それが無常の世だとなる

タグ:祖父の写真
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2018年04月18日

パソコンで自動生成される森の抽象画の謎


パソコンで自動生成される森の抽象画の謎

(The mystery of the abstract painting of the forest
which is automatically generated on a personal computer)


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forest in the evening

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森の抽象画がなぜこれだけ作れるのか?
それはパソコンのソフトで自動生成しているからである
そのパソコンの手順は決まっている
するとそこに無数にある写真や絵を自動的に森の抽象画を作る
それは人間がイメージするのではない
これもAI化した新しい芸術なのか?

これが大量にできるのは人間の頭でいちいちイメージして作っていないからである。
本当に機械的に自動的に変化させてできる
そこに人間が筆でいちいち描いてゆくのとはまるで違ったものなのである。

だから大量生産できる,ただ全部が森になるわけではない,それが森になるかどうかはパソコンのソフトで変化させてみないとわからない,一種のこれは化学変化ににているのだそうして実験しているのとにている

ともかくこのような芸術が生まれたのもパソコンが生まれてソフトが作られた結果なのである。
だから今までにない芸術なのかともなる,ただこれも評価が分かれるだろう
そんなものが芸術なのかともなる,二次三次創作になっているからである。
ただ写真とか絵が無限にあるからオリジナルなものを自分で作り出せなくてもいいから無限に自動生成されるともなっているのだ


Why can you make so many abstract paintings in the forest?
It is because it is generated automatically by software of PC
The procedure of that computer is decided
Then automatically create abstract paintings of the forest automatically in myriad photos and pictures
It is not human beings imagining it
Is this also a new art converted to AI?

It is because they do not make it with the human head to make it possible to mass produce this.
It can really change mechanically automatically
It is a completely different thing from human beings drawing with a brush.

So you can mass produce, not all will be forests, whether it becomes a forest or not can not be known unless you change it with the software of a computer, a kind of this is in chemical change I am experimenting with you

Anyway, such art was born as a result of the computer being born and the software being made.
So it becomes an art that has never been before, but this evaluation will be divided
This is because it is secondary tertiary creation, which can also be art.
However, because photographs and pictures are infinite, they are automatically 
タグ:abstract forest

小さな畑の効用 (荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑の効用

(荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑には自分は投資した,一〇万以上払った,肥料代とか種代とかこの前は道具を盗まれたとかいろいろあるのだ,鳥に野菜を食われたとかもありまず小さな畑をするだけで金がかかる,収穫してもらったものはほとんどないのである。

ではそんなものに投資してなになるのか?普通だったら銀行でも利益にならないものに投資しない,ではそれが全く無駄なものかとなるとそうではない
この辺では一時田畑が荒地化したのである。
今でも荒地化した所が多いのである。この小さな畑の回りも荒地化している
その荒地化していることが荒廃したものとなる

つまり農業は景観を作っているというときそうだった,その景観は田畑があって作られていたのである。その田畑がなくなるときそこは草茫々の荒地となる
ただ一時津浪でこの辺が原始の状態になった,湿地帯になったことには驚いた
八沢浦が元の入江にもどったのを見たときほど驚いたことはない
だからその入江を埋め立てて田んぼを作ったというとき実は自然の景観を破壊していたのである。
稲作も文明であり文明は自然を改造したりするから必ず景観も破壊するのである。

文明とはなんらかで自然に逆らうことなのである。
田んぼにしても湿地帯がある,森がある,自然のままだったらそのままだが開拓開墾して田んぼや畑にすればもともとあった自然は改造されてなくなるのである。
ただ農業は自然と深くかかわって成されるから第二の自然のように感じるのである。

小さな畑を維持することはそれは経済的効果としては利益を上げないのだから無駄だからするなともなる,そもそもその金を誰が出すのかとなる
利益にならないものをしているのは趣味だからである。
趣味でも自分が余裕があってしているのはいい,でも余裕がないのにできるのかとなる
でも経済的効果利益を上げなくてもこの世には有効なものがいくらでもある
第一景観でもそうだろう,景観自体が利益を産むということはないのである。
森だったら木材としてみればそこに利益があるが森自体が経済的効果を利益を上げることはできないのである。

でも森には癒しと景観をもたらす,そういう効果がある,でも利益にならないのである。でも最近資本主義がゆきづまり終わるということが盛んに言われる
それは投資先がない,投資してもうける先がなくなっているからだ
それで銀行で地銀でも利益う上げられないので追い詰められて詐欺まがいの投資信託をすすめている,それで自分も大損したとなる

投資先がないということやAIで人間の仕事がなくなるとか最近良く言われるのはやはりそうした資本主義が継続しても社会に大きな変化をもたらすのである。
スルガ銀行ではもうける先がなく何か不正して問題を引き起こした,借金させてアパート経営とかになる,もうもうける先,投資してもうけることができないのである。
だから今銀行は窮地にたたされているから危険なのである。
窮地にたたされれば人間でも会社でもなんでもするようになる,つまり余裕がない人間でも会社でも国でも危険状態になる

だから投資先がないというとき実は別にある,この辺では荒地化した土地を利用して畑にする,それは利益を産まないとしても一応収穫はあり役にたっているのである。
野菜が高いときはそれなりに役にたっていた
だから全く利益を産まないということではない
ともかく資本主義では利益を産まないものは金にならないものは全く無駄なものとされる芸術などでもそれが金にならないなら無駄なものとされる
その人間は無用なものとされ社会的に価値を認められないのである。

でも何かこれからは価値観が変わる,資本主義でもAI化で仕事がなくなりベーシックインカムのことが盛んに真面目に言われているのも不思議なのである。
ベーシックインカムになると一見無用と思われるものでも価値あるものを追及できる
金にならないものでも人間として価値あるものはいくらでもあるからだ
そういうものにむしろ価値が生まれる,ただ必ずしも金にはならない,利益にはならないただそれを認めるものがあれば価値があるとなる世界になる
そういう社会はイメージしにくい,でもそもそも人間の価値は多様であり金になるだけのものが価値とはならなかったのである。

オランダのチューリップバブルでもそうである。そんなものになぜ大金がつぎこまれたのか?これも投資先がなくなった結果なのである。
ただ一方でそんなのんきな社会が生まれるのかという疑問がある
貧困化している社会でそんな余裕があるのか?利益を上げなければ会社など成り立たないとかある
でもAIでもそうだが資本主義が終わりだというときもそうだが今価値観が変わる時代でそうなっているのだ

例えばこれも問題だが八沢浦を考えるとき自分はそこが田んぼであるより入江であった方が景観的に良かったともともとイメージしていたのである。
この辺はともかく荒い波が打ち寄せるだけの荒寥として海なのである。
でも津浪になって入江になったとききらきらと波が光り寄せていたのには驚いた
それはきれいな入江になっていた,古歌にここの入江を歌ったものが残っていたから本当にそうなったのである。
その時確かに死んだ人がいたのだからそんなことを言うのは余りにもひどいとはなった

これまでは米が生活の中心であり米なくしてはありえない世界だったのである。
でも米が減反政策でこれ以上いらないとなる世界は考えられなかったのである。
技術の発達とかで価値も変わってくるのである。
だから小さな畑でもそれが利益をあげなくても土地を活かすとういことでは無駄ではない,効用があるのだ

ともかくこういうことはなんかあまりにも現実離れしているとなるから実現しないともなる,でもベーシックインカムになれば今まで価値がないと思っていたものを追及できる社会になるかもしれない,すべて金にならないものは価値がないとされる社会だったからである。
つまり何か実用性ばかりを追及してきたのが文明だったのである。
むしろ今度は逆に非実用的なものに価値がでてくる,無用の用の時代にもなるのかとも思う
宗教だど禅宗になると瞑想と沈黙が修行である。それも人間的価値の追及なのである。
そういう社会もかつてはあったからである。
そういうものにただ沈黙して何もしないということはなまけものとして拒否される社会だった,資本主義は宗教からプロテスタントからはじまったというとき瞑想などはしない
積極的に働いて他者に奉仕するという思想からはじまった
その価値観が全世界に普及したのである。
どんなことでも勤労は善とされたのである。それがゆきすぎると資本主義は金儲けだけのものとなり害にもなるのである。

とにかく田畑というのは自然の一部でありそれは社会的効用を利益をあげなくても必要なものとして認識することはある,価値があるものとする
景観を維持するものとしてもある,だから利益を上げなくても必要だともなる
ただそうして維持するにも田畑でも労働が必要なのである。
だからその小さな畑すら維持できなくなる,その女性も年であり毎日腰がいたいといっているからいづれ維持できなくなる,この辺で田畑を原発事故以後やめたのは老人が田畑をしていてできなくなったからである。後継者もいないてからである。
前からそれは言われていた,漁業でもそうである。
だから原発事故だけの原因ではない,前から田畑を維持できなくなっていたのである。
それが事故後一挙に荒地化したのである。
現実に隣の畑は老人が這ってまでしていたのである。
家族が車にのせられてきて農作業していたのである,でも遂にやめて荒地化しているのである。こうして誰かが労働しないかぎり田畑は維持できないのである。
するとそこは荒地化してくるのである。景観も荒れたものとなるのである。

人間が平和に感じるのは自然と調和しているときである。

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この写真のように孫とばあちゃんが一緒に畑仕事をしている,これが本当に平和に感じるこの孫もこの畑を受け継ぐということで故郷の風景でも維持できるとなる
世代の継続が感じられるのである。
そういう風景がなくしたのが原発事故だったとなる

農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

これと同じことをここでも書いていたので共感したのである。




タグ:田畑の効用