2017年07月10日

涼しさ(ロードが気持ちいい)


涼しさ(ロードが気持ちいい)

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涼しさやロードに走る早朝に

涼しさや夕べロードに走るかな

六号線夕日の赤く夏雲雀

五六輪薔薇に映えにき夏の月

黙(もだ)深く花に月影死者眠る



暑くて昼間ぐったりして眠くなる、早朝が涼しい、ロードに走ると気持ちいい
やはり自転車はロードに乗らないと醍醐味がわからない
それが自分の失敗だった、自転車のことがわからなかったのである。
ただロードは遠距離ようだと思ったがそうではなかった
ヤマハの電動のロード(YPJ-R)は坂を上る馬力がない、だから遠距離になるとかえって苦しい、ただ近くでスピード感を楽しむのには良かった

今は遠くに行かないから買って損はしなかった、遠くに行くと坂が多いから前の馬力がある方が役に立つ
ともかく早朝と夕方走ると涼しさを感じる、あとは暑くてぐったりして寝ていたりする
何か体に答える、この辺は涼しいにしても暑いと感じる、梅雨はどうなったのか?

墓地の前をいつも通るから花をさしていないと淋しいとなる
造花は何か嫌なのである。造花は死んだ花なのだからなんとなく嫌になる
でもそんなに花はさせないから造花にしておくのである。
それは墓とは彼岸にかかわるだけで日頃はかかわっていないのである。
それも手間になるからだ、ただ常日頃墓地が近くにある人は時々花を挿すのである。
だから墓も近くにないと活きていないということはある
ともかく死者は眠るだけである。一旦死ねばもう騒がない、語ることもない
語るのは生者だけになるのだ。

真野川の夕日の写真はいかにも暑い感じである。コンクリートだから情緒はないが木の橋だったら絵になる、浮世絵に橋の絵が多いのはそのためである。


駅で感じた全国との連帯感 (必ず外から来た人がいて話して感じた)


駅で感じた全国との連帯感

(必ず外から来た人がいて話して感じた)


今回の津浪や震災でいろいろあったがプラスの効果としては全国の人が仕事であれボランティアであれ集まったことであった
昨日も駅で横浜から来た人と話した、野馬追いのことを聞いたので答えた
その人は野馬追いの期間にいるから見る
野馬追いはみんなに知られて見ているわけでもない
でもここに来たらそれを意識する、宣伝にはなる

こういうことは今までなかなかなかった、全国の人が集まるということはなかった
一旦これだけの災害とかなると全国から人が集まる
その時感じるのは人間が全国的につながっているという感覚である。
駅にいると必ず外部の人がいてそのことを感じる
それはどう影響するかというと全国的につながっている、日本を意識する
外国人も来れば外国も意識する

とにかく日本人といっても何をもって日本人と感じるのか?
それを感じるのは戦争やこうした大災害のとき感じる
それは国難であり国をあげて全国から人が集まりとりくむからそうなる
ここに日本人というか日本国というかそういう大きなものを意識する

これは別に知識人だけではない、現場で働いている人も全国から来ているのだからそういうものを感じる、もともとそういうふうに広域化社会にグローバル化社会に生きていても物が入っているだけでは感じない、人間が入ってくると違ったものになる
外国人でも一人の人間がくるとその国を意識する、それが物が入るのと人が入るのとは違うものとなる

小高辺りとか他でもいろいろな人が全国から来てかかわりかえって外部の人と話して面白いと感じた書いている人がいたがそれも今までは閉鎖的な内部だけで生活していたからである。ただ外部のもの拒否する傾向が田舎には強い
でもこういう状態になるとそういう意識が変えられたとこともある
全国の人が来るし南相馬市の桜井市長が世界的に有名になったように世界的にも影響したのである
全国的にも世界的にも交流が活発化したのである。
するとこの辺の閉鎖的なマインドが心が解放して全国に目をむけるという効果はあった

自分の場合は駅でそれを経験したのである
もともと駅はそうした外部との接点の場所であり交流の場でもあった
それまではあまり意識しなかった、第一外部の人がそれほど入って来なかったからである今もまだ外部の人が来ている

そして自分が外部へ興味をもつというとき全国を隈なく旅してある地域のことをイメージできる、どこから来たかを知るとその場所がイメージできる
外国でも全部ではないにしろある程度イメージできる
やはり一回外国に行ってその地を踏むのと踏まないとの差は大きい
ネバールでも一回行ったからどういう所か実感しているからだ

いづれにし全国意識、日本意識、グローバル意識でもこの辺は大災害によって養われた
それはプラスの効果だった、マイナスとして作用することもあったがプラスの効果もあった、これだけ外部からの人が流入するということはこの辺では経験していないからであるそれで精神的に開かれた地域になったということもある
まず物だけが入ってきても世界でも日本でも目を向けることはあまりないだろう。
人間が入ってくると別なのである。

これはまた観光ではない、仕事を通じて入ってきていたから違っていた
外国の人でもそうである。観光だとただ表面だけを見て通りすぎる傾向がある
仕事となるとその土地と深くかかわることにもなる
ともかく災害が日本は本当に多い、その時必ずボランティアとか来たり自衛隊が活躍したり外部からの援助が必要になる、その時日本全国との一体感を感じるのである。
それは不幸でもプラスの面として働くのである
原発事故は別にして日本は災害が多いからそういう助け合う意識が全国的に必要な国なのである。

2017年07月09日

空間認識から時間的認識へ (二つは不可分に結びついて人間は存在する)


空間認識から時間的認識へ


(二つは不可分に結びついて人間は存在する)


人間が出会うとき遠くになるとどこの出身かとまずきく、外国でもそうである。
Where are you from?と必ず聞く、外国だと国の名前になる
それは地理的空間的認識なのである。
一方地元だとその人を知るとき親の代からさらに祖父の代からさらに歴史をさかのぼる
それは時間的認識なのである。時間というときそれは一代だけではないのである。
野馬追いとかなると四〇〇年前までさかのぼり野馬追いに出る人をたどる
それは時間の認識である。

外部から遠くから来た人をたずねるとき空間的なものからはじまる、長崎か遠いなとかなる、今では外国からも来るからスリランカか、ネパールか、ベトナムかとかなる
ベトナムで面白かったのは川だったのかそれが海に通じていて日本まで通じているとか土地の人が言うとき海はつながっているからそうなる
もちろん陸もつながっているのだがベトナムから海を通じて日本が近いと感じる
陸だと相当に遠く感じるだろう。その距離感覚は陸と海では違っているのである。
世界となると空間認識をすること自体が相当にむずかしい
それは地図を見てもわからないからだ、中国だと距離感覚は日本とは違っている
常に移動している距離が違う、青森が東京から遠いというとき中国人の感覚では近いのである、日常的な距離感覚が違うのである。

この遠さの感覚は乗り物とかにも影響する、歩いて行けば本当に近くでも遠くなる
芭蕉の旅でもみちのくは遠い所だった、ところが平泉まで二時間とかなると距離感覚がなくなる、すぐ近くだとなってしまうのである。
それは新幹線で青森まで行き津軽鉄道で終点の中里まで行ったとき感じた
そこでタクシーに乗って十三湊を見て帰ったがそこが遠い感じもしなかったのである。
それは新幹線だったからそうなったのである。
もちろん飛行機だと中国でも東南アジアでも日本国内より近いという感じになる
でも飛行機など途中が眼前に省かれているから地理はわからないのである。
船で行くと地理的感覚は身につく、沖縄は中国と近く中国文化の影響を受けていたことでもわかる

国内でも遠くなると外国とかでも地理的空間認識が先になる、なかなか時間的認識はできない、遺跡などは古いがそれは時間で作られたものだから認識しにくいのである。
それは日本だってそうである。城などがあるとそこから過去への記憶をさかのぼる
でもその時代がどういうものだったかを知ることは容易ではなくなる
空間の中に城があるということは誰でも認識できる、ではその城があったときの時代を生きていた人をイメージすることは簡単にできないのである。
城もほとんど新しくなっているからそこに時間を感じることがなくなる
何か真新しくて博物館のようになっているし実際そうなっている
だから廃墟趣味があるとき廃墟の方が時間を感じて人間の無常を感じる
石垣だけになっていたりするとかえってそこに時間の経過を感じる

夏草や兵どもが夢の跡    五月雨のふりのこしてや光堂   芭蕉

この芭蕉の句は空間的認識としてのみちのくがありそれより時間的認識からこの句ができた、昔の栄えたみちのくの武士の都は夏草に埋もれたというとき時間がそれだけ経過したということである。五月雨の句もそうである。金色堂が自然の風化にもめげず残っていたというのは時間感覚なのである。
一方で

荒海や佐渡に横たふ天の川

これは空間的に認識から生まれたのである。佐渡島を天の川が結ぶというときまさにそうである。
どちらかというと芭蕉の句は時間的認識の句が多いだろう。江戸時代は閉鎖された世界だから時間的認識に生きていたからである。
職人でも十何代とかつづいたとかあり代々技も受け継がれて変わらなかったのである。
それなりに世の中は常に変化しても現代のようには変わらなかった
その変わらないことが人心を安定させていたのである。
狭い地域でもソトとウチは明確に分かれていたのである。

現代は常にソトととの交流がありウチとの交流はかえって希薄になる、それは空間的拡大化した世界に生きているからである。
「福は内、鬼は外」というとき現代では逆である。外から福がきて内から福が来ることは少ない、豊かになるには外に絶えず視線を向けねばならないのである。
それはグローバルに世界的にそうなっているのである。

時間的認識もむずかしいが地理的空間的認識だってむずかしい
相当に旅をしないと実感できない、北海道を地理的空間的に理解するとなるとむずかしいそれだけ広いからである。おおよそ自分はその空間を認識している
人間は世界まで広がると空間認識だけで一生はたちまち終わる
それだけの時間が人間には与えられていないのである。

いづれにしろ駅にいてこの辺ではいろんな所から全国から労働者が来る
するとまず出身地を聞く、そこで地理的にイメージする
でも横浜の人が今日来ていて野馬追いのことを説明した。
では野馬追いの歴史となると平将門が相馬氏の系統なのですよと説明するとそれは時間的認識のなのである。その人は知識人でも何でも普通の労務者である
でも平将門は知っていたのである。そうなるとそこで時間的認識が生まれる、歴史をさかのぼることは時間的認識だからである。

人間はこうして常に空間的認識と時間的認識をしているのである。
外国になると時間的認識がむずかしくなるのは城があったとして私の家はこの城と関係していました、その王の子孫なのですなどと知れば時間的認識になる
そういうことは外国だとわかりにくいのである。
ただヨーロッパとかは石の遺跡がローマ時代のものが残っているから時間的認識がしやすい、日本だと木の文化であり二〇〇〇年前となると縄文時代であり柱の跡としか残っていないからである。日本では連続した歴史感覚時間感覚が磨かれないのである。

文明というとき距離を空間を征服する、現代だと蒸気機関車からはじまり飛行機になり車になりとモバイル時代になった、でも文明というときやはり時間の中で作られてきた
エジプト文明でもそうでありピラミッドには時間を感じる、ローマ帝国でも石造り煉瓦造りの建物に時間を感じる、中世のキリスト教の聖堂でもそうである
マヤ文明でも石造りの天文台のような遺跡が残る、そして異常に暦に時間にこだわる文明だったのである。こうした文明は寿命が長いのである。
千年とかもつづいているのだ、一方で遊牧民は移動することであり定着しないから文明が築かないのである。モンゴルでもそうである。
農耕文明は時間の文明だから長い寿命を保ち継続して文明を作る
遊牧民は一過性に空間を地理を拡大しても文明は残さないのである。

ただイスラム文明はそれなりにモスクとかを残している、そこは地理的空間的な商業都市として栄えたのが多い、オワシスとして貿易するのに都市が必要となり生まれた
だからそれも地理的空間的なものとして結ぶものとして作られた
だからエジプトとかマヤ文明のようなものとは違う、寿命としても短かったとなる
ISでもイスラム帝国でも過去の時間認識歴史の再興だと宣言したのは時間的認識があったでも空間的認識としてカリフ帝国の再現を夢見た
だから遊牧民地帯でも空間認識と時間認識がありそれは人間である限りどこにでもある
この二つは一体であり切り離せないからである。


結ばれる世界

すでにはるかな遠き日
フェニキア人は言葉で結ばれる
ギリシャ人はコインで結ばれる
植民都市は地中海沿岸に
ギリシャの壺のその海に沈む
点々と島々は結ばれる
オデッサの冒険の島
仙女の棲む秘められし島
魅せられて故郷への帰還は遅れる
ローマは道で結ばれる
アルプス山脈をも越えて
ヨーロッパは河で結ばれる
ハンザ同盟の商人都市
封建領主に反抗す
否が応でも空間は拡大する
それをとめることはできない
そこに新たな血が混入して活性化する
それが自然の法則である
この世は常に交じり合い生成発展する
文明の生き延びる道なり
変化しないもの交わらないものは滅びる
「挑戦」と「応戦」の中に生成発展する


現代とは二〇世紀はグローバル化して地球が地理的空間的に一体化した
ただ実際は地理的空間的認識は容易ではない、これまでは大航海時代までは世界の認識は狭かった、そこで中世的閉鎖的世界観しかなかった、それは時間的認識の世界である。
大航海時代から世界的認識が拡大したのである。
それはアメリカに波及して西部開拓となりフロンティア精神になりさらにアメリカは空間的拡大としてアジアに侵攻したのである。それは暴力的侵攻だったのである。
アジアはもともと古い、インドでも中国でもそうである。そこで培われたのは時間的認識である。地理的空間的拡大はモンゴルのジンギスハーンがあったがその後はない
それは一過性の拡大だったのである。
二〇世紀はこうして地理的空間的グローバル化の世界を作った、それも限界にきた
資本主義がゆきづまったというときもう投資するフロンティアがなくなりゆぎ詰まったのである。地理的空間的拡大のグローバル化は限界に来て終焉する
次は時間的認識の文明の再興になる、それはアジアで起こるのである
日本なら奈良時代から平安時代ような国風文化の再興なのである。

男性と女性の認識も違う、女性は定着的時間的認識になり男性は地理的空間的認識になる女性が地理が不得意だというとき道に迷うというときそうである。
男は絶えず空間を拡大してゆく、そのために大航海時代のような冒険になる
女性は土地に定着して子供産み育てるということで時間認識に生きる
だから双方の認識がずれるのだが両方の認識が必要なのである。
そういうふうに男女も作ったとなる、脳も根本的に違っているからである。
奈良時代は日本全国統一の地理的空間的拡大の世界でありその後はコ御殿にとじこるも女性文化の国風文化になったのである。
アジアは女性でありヨーロッパは欧米人はアングロサクソンは男性的文化で地理的空間的に拡大する征服文明だったのである。
だから次はアジアの時代であり女性的平和的文明が創出されるとなる
ただカルト宗教団体とか今の宗教には一切そういうものはない、政治化した物質化したかえって西欧化したものであり
キリスト教すらそうである。征服的イスラム的宗教になっていたのである
欧米文明は暴虐的文明であり特にアメリカはそうである。征服することが第一とする暴虐的文明でありそれに習ったのが日本でありそれがマイナスとして作用したのである。
ただ日本も地理的空間的拡大として太平洋戦争があったことは確かである。


posted by 老鶯 at 17:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

changes of mountains(山の変容)


changes of mountains(山の変容)

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一つの絵から多様に変化するのがコンピュターのソフトで操作する絵である
その変化がコンピュターだとしやすいのである。

こういう芸術は今までなかった、できなかっ、コンピュターが生まれてできたのである。この絵は三つのソフトを使っている

山を高くするソフトがありそれを覚えた、するとまた多様な変化の山ができる
その一つのやり方を覚えると大量生産できる
ただ抽象画というより山という具象画を作ろうとしている
元は抽象画でも山という具象画を作ろうとしているのである


When the change that is the picture which it operates by software of computer
from one picture to change variously is computer, it is easy to do it.

As for such art,which there was not, computer were born so far and were able to do it. This picture uses three software

As for the cause that is going to only make the representational painting called the mountain rather than an abstract picture that I can produce in large quantities when the mountain of changes various again learns one way that it is possible for when I do it that there is software raising a mountain, and learned it, even an abstract picture is going to make the representational painting called the mountain
タグ:山の変化

認知症の最大の謎 (プライドが消えない)


認知症の最大の謎

(プライドが消えない)


認知症に接して最も不思議だったのは死ぬまでプライドが消えないことだった

なぜ認知症の人は怒りとなり暴力となるのか?

それはプライドが消えない、人間としてのプライドが最後まで残っている
だから「馬鹿にされた」ということに敏感に反応する

でも日常生活にも支障をきたすし現実に直前のことを忘れるなどまた痴呆の傾向もでてくる、とすると馬鹿にされてもしかたない状態になる
銀行に行って自分の金をおろせない、それで笑われた
それが笑い話ですまされているのならいい、当人はそれではすまない

馬鹿にされた

そのことが感情的なものとして残りそれがやがて怒りとなり暴力となる

自分が認知症になるまえは社会的にも家族的にも指導的な役にあった人はとくに不満が大きくなる、自分の姉は優秀であり一家の長の役割を果たしてきた、社会的にも活躍していた、それが一転して認知症になるとと馬鹿扱いになる、そうでなくても実際に普通の人のように生活できないのだからそう見られてもしょうがいなとなる

その不満が大きい、自分は社会的にも家族でも役割をもち働いてきたという自負がある。それが根こそぎ認知症になり無視され否定されることに耐えられなくなる
その不満が怒りとなり暴力となる

だから認知症の人を扱う時、このプライドが一番問題になる
プライドをそこねるような扱いをすると危険になる

あなたは社会にも家族に尽くしてきました、立派な人です

そういうふうに接しないと相手は満足しない、不満が爆発する
普通の知的障害者はこんなプライドをもたないだろう。
ただ盲人と聴覚障害者とか精神の病気でない人はそれなりにプライドをもっている
人間は誰でもプライドをもっているのである。
だからこれが認知症特有の問題ではない

でも認知症になるとそうしたプライドが根こそぎ否定される
最初親戚の所に行ってまだらぼけになったと言われたことを異常に気にして怒っていた
実際まだらぼけになっていたのである。でもそこでプライドが傷つけられたから怒ったのである。そうなると感情的にしこりができてしまう
それで演技でも元社長だった人は部下としてふるまうと喜ぶとなる

認知症を扱うのに一番の問題がここにあった、だからどう扱うは家族によっても違ってくる、自分の場合は姉は一家の長であり家を支えてきたのだから認知症になってももちあげていたのである。だからあとからは穏やかになったのである。
でもみんなそうできるかとなると家族の事情により違ってくるのである

認知症はそもそせ謎である。精神的狂気になって人間として通じなくなったのかと言えばそうでもない、確かに直前のことは忘れる、ただ忘れるという病気ならいいが痴呆になったのかということもある
ただ二人介護して認知症は時々正気にもどることを体験した
とすると人間として全くわからなくなったとも言えないのである。
その辺は生まれつきの知的障害者とは違うし扱いも違ったものとなる

認知症の最大の謎は人間としてのプライドが消えない、だからそのプライドを尊重しないといい介護はできない、でもそれが他人がするとなるとむずかしくなる
この人は痴呆となって馬鹿になっている人とだけ見られるといい介護はできないのであるでもそこまで介護するとなると介護する方も苦しくなり犠牲となる
現実に自分も鬱状態になっていたのである。

ただ認知症の症状は人によって違っている、激情的な人は激情的になるから介護しにくくなる、暴力にもなるからだ
ともかく認知症で一番気をつけねばならないのはフライドをそこねるようなことをしないことなのである。でもそれは非常にむずかしいのである。

posted by 老鶯 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

2017年07月08日

今朝の写真二枚(朝日と馬)


今朝の写真二枚(朝日と馬)

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朝早み馬の歩むや陽の昇る

朝早み青田の中を馬の行く


朝日の昇る写真をとった、今日も暑くなる太陽である。
馬が散歩しているのは野馬追いに馴らすためである。
こういう風景はこの辺らしい

何か馬というときなじみがない、馬が生活の中に生きていない
だから実際は馬というのが実感できなくなっている
ただ競馬の中で馬を見るだけだからである。

馬と暮らした生活があったのは戦前まではあった、農耕馬とか荷馬車とか利用していたからである。そういうことがなくなったとき馬は生活から消えた
すると馬というものがわからなくなる、ただ野馬追いの時あれだけの馬が出ると圧巻になる、馬が生きていた時代を彷彿とさせるのである。

世の中なんでも日常として活きないものは死んでゆく、牛はまだ牛肉として乳牛として利用されるから活きている、馬は何か利用価値がなくなりせいぜい野馬追いとか競馬でしか見ないのである。
ただこの辺は野馬追いがあるから馬に関心をもつときがある。


8時9分 地震を感じた、昨日は突き上げるような地震で震度4

その余震らしい、これは気づかない人もいるだろう

やはり突き上げるにきた、震度1にもなっていないだろう。

タグ:馬の写真

2017年07月07日

夏の月(木蔭の道と家の畑)



夏の月(木蔭の道と家の畑)


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夏菊や少女等走る土手の道

畑仕事休みてくつろぎ風涼し

街中の家の畑や夏の月

畑仕事終えて眠るや夏の月


田舎の夜静かにふけて夏の月窓にのぞきて安らかなるかな

紫陽花咲き木蔭の深き道の奥石造りの蔵のあるかな


毎日土手の道を中学生が走っている、暑いのに走れるから若いとなる
畑仕事している所で休む、風が涼しい、昨日は雨降って土がしめっていたから涼しいということがあった

今日は暑かった、それで紫外線を計る計測器を買った
いろいろ試してみたが危険領域を越えるのは昼間である。
角度によっても違う、今日はそんなに危険ではなかった
何か計測すると安心になる、それは放射線量でも同じである。
でもこの機械は目安であり役に立たないかもしれない

小池に行く木蔭の道は気持ちがいい、紫陽花が咲いて奥に石造りの蔵の家がある。
石造りの蔵は古い、何かこうした田舎の風景になごむ、それは何でもものだが心が安らぐしかしここではそこはダンプが通るから落ち着く道ではない
ただ木蔭になる道だから気持ちいい道である
田舎は特徴がないようでもそうした自然と織りなした絵のような風景がどこにでもある
ただ発見されていないのである。新地辺りはそういう風景がある
木蔭を感じるのにはやはり車ではできない、自転車ならできる

夕方になり満月が出た、新しい家の庭が畑になっていた
これもなんとも心がなごむ、畑があるということでなごむ
それも家の前にあるからいいのである。手入れする人がいるからできる
何か庭でも何でも手入れするのが手間なのである。
自分は何でも一人だからできないのである。
この辺は街からはずれている、でも街からそれほど離れていない所である

田舎では夜は静かにふける、窓から覗いているのは月だけである。
田舎ではただ人間ものぞいている、それは監視して見張っている目である。
そこに田舎の矛盾がある、その目は相手を思う目ではない
相手のあら探しをする目なのである。
畑でもいつも言っている、じろっとあの人はこっちを見る、あの人は腎臓が悪くて
人工透析している、黒くなると死ぬんだよという。
たしかにじろっとこっちを見ていた
畑でも隣同士でもそうした目があるのが田舎である。
だから人間に関して田舎がいいということはないのである。むしろ田舎の人間は根性が悪いというのも本当である。

ただそういう人間関係を無視すればただ夏の月がかがやき窓からのぞいている平安がある何か月は平安の象徴である、この辺は平安が失われていたのである。
ともかく暑い一日だった、今や熱中症を恐れるようになった
昼間の10時から2時ころは紫外線は強くなるから出ない方がいい
でもその後は計測器では低くなっていた、だからそれほどでもいなのかもしれない
まあ、機械からだけではわからないことがある。
身体が疲れていたりしたらやりやすいからである。

北海道化した原発事故周辺 (その対処方法にも共通点が・・・)


北海道化した原発事故周辺

(その対処方法にも共通点が・・・)

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1月1日時点の北海道の人口(日本人)は前年比3万3593人減の534万2618人と、減少数が全国最大となった。 
高齢化による自然減や道外流出によって減少ペースが加速した。10年前と比べた減少数は約26万人に上り、道内で3番目に人口の多い函館市の人口規模が消失した計算だ。 



廃墟と更地だらけ、これからも変わらない 
老人がドンドン消えていく、若者などいない


いっそ道東あたりをベーシックインカムの実験地にしてみたらどうだろう 
最低限やるから1から街作ってみろやみたいな

韓国より少し狭いけど北海道は面積が韓国に近いくらいあっても 
韓国は人口が6000万人だっけ?いるよね?北海道は530万人てほんと少ない

廃村に熊が住み着いて自炊を始めるのですね

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

生活保護なら北海道の太平洋側は間違いなく魅力のある土地だよ。 
釧路の生活保護率が全国一なのも生活保護世帯が釧路を離れたがらないから。 
函館はもっとそうで本州のホームレスが函館に定着して生活保護を受給したりする。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

無理に過疎の自治体を維持するよりも重要でない自治体は移転して重要な地域へと統合した方がいい

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います。 
財政が破綻するだけだから、無理して大きな規模を維持しても仕方がない。


最初にこの辺で驚いたことは津浪で北海道のようになったと報告した、それに原発事故が加わって田畑が放射能で汚染されて放置され原野化した、津浪と原発事故の二重の影響で原野化した
海岸地帯は一時釧路湿原のような湿地帯にもなり縄文時代にもどった
その光景は驚くべきものだった、今でも海岸地帯は一部田んぼになったが草原化したままである。
そこに雲雀がないているとき雲雀は田んぼより草原にふさわしいものだったことを知ったまず自然までがこれほど変化するのに驚嘆したのである。

北海道というとき自分は十回くらい行っているからしほとんど回っている、最初は電車でまわり次に自転車で回った、確かに5月から6月はじめで根室の方はストーブをしていた。稚内は6月になっても桜が咲いていた、それだけ寒い地域だった
ただ今は気候的は温暖化しているからどうなっているのか?やはり根室辺りは寒いだろう。

そして北海道のようになったというときこの辺も以前として北海道とにた状況がある
北海道は札幌に200万住んであとは350万ほどが他に住んでいる
札幌に極端に人口が集中している、札幌はそれだけ住み安いのである。
でも函館から札幌までは電車でも遠いなと感じていた、普通電車で行ったからそう思ったのか遠い、それだけ広いということである。
なにか途中に黒松内という駅があり黒松内というペットボトルの水を飲んでいる
その土地をイメージして飲んでいるのも不思議である。
自分は全国隈なく旅しているからその土地のことがイメージできるのである。

時々2chでも面白い深い議論がある、表面的なものが多く深い議論はない、でも今回の議論は面白かった、なぜ函館と釧路に生活保護が多いのかということが気になっていた
釧路では生活保護の収入が市を運営する財源となっている、国から支給されることもあり財源となる、太平洋側は魅力ある土地だというのはその理由なのかとなる

ともかく北海道の現状はこの辺とダブってみえる、津浪と原発事故で人が住まなくなり原野化したのはまさに北海道のようになった、そこの住人はイノシシやサルにもなった
北海道になると熊になってしまう。熊のために高速道路作るのかと揶揄されたのも北海道である。

ただ北海道の状況は全国でも少子高齢化で起きている現象である。限界集落が各地に増えて維持できなくなり廃村にもなって廃墟になってゆく、その全国的日本の現状が北海道に顕著になり津浪原発被害地では極端化したのである。
小高でも帰って住んでいるのは老人がほとんどであり浪江ではまだ人がほとんど住んでいない、一体そこをどうするんだというとき北海道の現状とにているのである。
それはここだけではない、もともと農業が衰退してそうなったのである。

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

農業は極端にしても跡を継ぐなと子供が殴られたとか聞いた、それだけ割りにあわない
例えばベーシックインカムでも畑をやってくれと言ってもやりたくないだろう。
金を払うからやってくれといっても毎日草取りであり天候に左右されて虫に食われる鳥に食われる、この前は虫に食われたから薬が必要になりまた金がかかる
結局いろいろあって土地にあわなかったとかネギもみんなだめなになったとか収穫がない金だけかかる、その金を自分が払う、それはまさにベーシックインカムで農業をさせているのである。
でも実際はそうしてまでも農業はしたくないとなる、その女性はもともと農家の出で農業が好きだからしているのである。
ではそんなことをして無駄かとなるとそうでもない、回りは荒地が多いのだから荒地にしているとまずいのである。土地を有効に利用する必要があるからだ。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

これだってこの辺と事情は違うがにている、漁業では生活できないと東電に漁業権を売り渡して船主などは原発御殿を建てて成り金になっていたのである。
事故後も手厚い補償金があり船主は真っ先に高級住宅地に家を建ててすんだ、明らかに船主関係の家が立派なことは確かである。
ともかく補償金の額は違うし継続して補償金が出るから生活に困らないのである。
北海道だってどうすればいいんだとなり原発でも建てれば裕福になるとなっていたかもしれない、現実に泊原発などはそうである。そこの周辺は豊かになっているからだ。
双葉大熊とかこの辺でも過疎地域だったというとき原発で町作りしたからである。
それは一時的には成功したが悲惨な結果になった、いくら船主か補償金をもらっても今では回りの目があるかから苦しい、住みずらいとなる

ただこの辺と北海道の相違は新し家が次々に建ったということである。新しい街がいくつかできた感覚になる、だから南相馬市でも鹿島区などはかえって発展したのかとさえ思うのである。それは人口が原発避難区域から流出してきたからである。
その人たちは補償金で金があり家を建てたりアパートに住んだりする工事関係者が住んだりする特殊事情のためにそうなったのである。
ただそれで思ったのは

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

一つの拠点化して期せずして「コンパクトシティ」が生まれたのである。現実問題として小高でも浪江でも避難区域になったところはそういう街を構想している
そうならざるをえない、中心部にコンパクシティ化して浪江だと廃炉の作業員のため宿泊所の街を作るとかである。
小高でも農業するにしても会社運営にしたように街に住んで郊外の田畑は会社が管理するようになる、そもそも人がいないのだからそうならざるをえない
そして人がばらばらに住むとコストがインフラでも水道でも何でもかかりすぎる
福祉にしても田舎だと一軒一軒回るのが手間なのである。まとまっていれば車がなくても回れる範囲にあり効率的になるのである、看護でも楽になる
それよりもう小高でも浪江でもあれだけ人口が減り若い世代が帰らないとしたらもうそこに人が住むというより原町とかに統合して住むという選択もありなのかとも思う、現実に復興住宅に住んで今はそうなっているからだ
それは北海道の現状とにている、とてもインフラでも維持するだけで容易でくなる、現実に水道は金を払う人がいないなくなり維持できないともなっているからだ。

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います

そういうこともこの辺では現実としてそうなった、飯館村などはもう元の森にかえるほかない、蕨平とかでも40軒あっても一軒しか帰らないとなればそうである。
元の森に還ってゆくく他ないのである。
自分の住んでいるすぐ近くでも海側は草原化したままである。
ただメガソーラ場になっているのは北海道とは違っている、北海道に向いているのはメガソーラ場なのかもしれない、ただ観光面からすると景観を破壊するからいいとはならないというのは北海道は外国人の観光地として人気がありリゾート化しているからだ
観光の面では北海道はもともとそうだったけど外国人がかかわりさらに有望になっているからだ

いづれにしろ少子高齢化の問題はさらに深刻化する、近くの中学校で野球の練習をしている生徒を見ていた、そこは小高の生徒も入っている仮設のプレバブがとりさられて広くなった、でも生徒数がへればスボーツでもチームでやるのは人が集まらなくなる、もちろん人が少なくなれば優秀な人もへる、すると強いチームが作れないのである。
隣ではサッカーをしているがこれも人数が必要でありそもそもそれだけの人数を集めるのが苦しくなる、つまり人数の多いチーム編成のスボーツはしにくくなるのである。
だから小高の生徒と一緒の方がスボーツでは良かったともなる
少子高齢化は教育にも影響してくる、それは様々な分野に影響してくる


posted by 老鶯 at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年07月06日

80歳の労務者(駅で寝ていた人) (高齢化社会の影響が大きくなる)


80歳の労務者(駅で寝ていた人)


(高齢化社会の影響が大きくなる)

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野馬追いの旗にはいろいろある、これは茶壺である




その人は駅で寝ていた、そろそろ電車来るよと言ったら自分はバスで行くんだと言った
福島市までバスで行ってそれから夜行のバスで横浜に帰るという
その人はいろいろなことを話した、妹が精神病院に入って出れなくなった
医者はわざわざ薬で症状を悪くさせる、なぜかというと家ではとても置けないからまた病院に入れるためだという、精神病院は実際はそうして人をさらに廃人にさせる恐怖がある病院自体が何か怖いものをもっている、医者でも怖いものをもっている
それはなぜかとうと権力をもっているからである。
医者と警察の権力は一番大きいから怖いのである。
医者だと自殺していても自殺ではないようにできる
それも医者の裁量でできてしまうのである。

それから横浜で戦争を経験した、銃弾が飛んできて逃げたとかそういう戦争経験をしている、昭和11年生まれだと子供でも経験が生々しいだろう。都会は爆撃されると火事になると怖い、逃げ場がなくなるからだ
都会だと65歳以上はバスは無料だという、その定期パスを見せた、こういうところは都会のサービスはいい、そしてヨコハマとかなると車がなくても暮らせる、交通の便がいいからだ、福祉の面では田舎より都会がサービスがいいということはある


その老人は鹿島から飯館回りで福島市に行き横浜へ夜行バスで帰る人だった、新幹線は高いからは言っていた。それにしても荷物をもっているし移動するのも80となると楽ではないだろ。そして仕事までするのか?そういう人を受け入れたのか?
それは人手不足からきているのか?普通だったら断るだろ。
外人も受け入れているから受け入れる側の事情でそうなっている
この前は74歳の川崎から来たボランティアがいて驚いたがその人はボランティアである。この人は働いて金をもらっているのである。
その人は自分は丈夫だというとき体つきが80には見えない、体が筋肉質で強く見えた
そういう仕事をしてきたからかもしれない、まだ仕事をできる体と見たのだろう。

それにしてもつくづく今は高齢化社会である。80歳の作業員がこんなところまで来て働いている、その人は必ずしも金が欲しいから働きに来たのではない、体を動かさないと弱るとかも言っていたから働くことで体を弱らせないようにしている
車に乗っている奴は体が弱くなっている、死んだのも多いとか言っていた
その人は体が丈夫なのである。でも80歳で肉体労働しているというのも驚く
建築現場でも老人が多いというとき人手不足でありまたそれだけ老人が多く金も欲しいとなるそうなる、そして若い人はそういう建築現場を嫌うから余計に人が来ないからでもある、だから建築現場のような所でも老人が多くなっている
この人は現代の高齢化社会を象徴していた人である。
こうしてはきはきもの言う人は話を合わせやすい、相手がどういう人物なのか察しがつくからだ

ただなぜ前科者といって役所と交渉しろとかその人は言っていた、役所の人も言うことをきくとか言っていた、怖いからそうなのか、その人が前科者なのか?そうではないみたいだ、暴力団だどうのうこうのと言っていたから脅しとしてそういうことを覚えたみたいだなんかそういう方面の人かとも思ったが普通に盆栽しているとかもあり何か良くわからない人だった
高齢化社会では都会の老人が多いからそういう人たちが田舎に来る、田舎から都会への移動は少ないが都会から田舎への移動は増えてくる、ただ80歳で働きにくる人がいるとは思わなかった。

ともかく無人駅は寝ていて電車を待つのにふさわしいともなる、自分も旅してそういう駅で寝ていたことがあった、それは北海道でありなつかしく思い出す。
ふらふらとどこに行くとなく旅していた時が長かったからだ、それがここ十年は全くそういうことはない、介護していたから近くに自由に出れない身になった
そしてもう年になり外を出歩くのが億劫にもなった
でも80歳で仕事に遠くまで来る人がいることには驚いた

高齢化社会でイメージしているのは寝たきり老人とか認知になった老人とかである。
でも逆に80歳でも働く元気な老人がいるのも高齢化社会なのである。
だからそういう元気な老人がいるという面からも見る必要がある
その人は働いているのだから労働者としてなお現役であるとなるからだ
人手不足を補っているということでもあるからだ。

バス停には休む場所がないと言って駅で寝ていたのである。バス停には休む場所かあったとして狭い、駅は広いしホームにも休む場所がある。
そして駅は駅前も駐車スペースもあり一つの人が集まり休息する場にもなっている
だからあの人も駅に来たのもそのためである、ここには道の駅がないからそうなっている街の中心として駅が機能していたのである。

平均年齢72歳!高齢化が進む工事現場の「高齢者用ルール」とは?




私の会社は建設業ですが、高齢化が進んでいます。
20代の社員はおらず、60代の社員は2人います。整備工場には、80歳の人がいます

学歴で形成されない人格 (人間を作るのは体験)


学歴で形成されない人格


(人間を作るのは体験)


東大だとかなれば誰でも一目おく、その人は人格的にも優れていると見る
自分なども劣等生だから特別な人だと見る、何か体力的にも意志的にも性格的にも違っているとみるからうらやましいとなる
そういう人は天才的な人かともみる、現実に相馬地方では東大に入った人は何十年もいないだろう。東北大さえなくなっている
学歴は何か理系と文系はまるで違っているとみる
理系は自分ではFランでも文系よりは優れているとみる、文系の知識は本当にいい加減だからである。

ただ人格形成からみると一流大学の性的な不祥事が連続したようにやはり知識だけからは形成されない、Fラン大学生ではなく一流大学のエリートから起きたということは何かを語っているのかもしれない、Fラン大学は女性にも相手にされないうというからだ
それで謙虚になっているというのも奇妙である。
でも一流大学もそれも医学部だとかなるともう天狗になるだろう。
誰もが一目をおくからである。

人間は若いときうぬぼれる、それは別に大学生とかなると世間を知らないそうなりやすい自分なども苦労をしらなかったからそうなっていた
ただ世間に出て自分の非力を知って底辺層でしかありえなかった
そしてうちのめされたということがかえって謙虚になったのである。
つまり人間は一度でも二度でもうちのめされる、激しくたたかれる
何かそういう失意の経験とかないと傲慢になってゆく
それが一流大学生とかは学生の時から起きているしその後も医者とか高い地位につくと
傲慢になってゆくのである。それが人格をゆがめる

謙虚になれといっても一流大学とか高い地位についたらなるのがむずかしい、いつも持ち上げられている立場になればむずかしい。
だから社会では学歴がすべてではなく通用しないというこを知ることも大事である。
それは人を使う立場になるということは相手の身になることでもある
ところがそういう人はいつも何でもできる学歴もある、知識もある。
でもそういうものがない人のことを知り得ない、それであれほどまでに豊田真由子議員で秘書をもう人間扱いしないのである。
つまりそういう人格形成された人が下々の人の心もわからない、そういう人がどうして指導者になれのかともなる、いくら学歴知識があってもそうである。

あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさいーマルコの福音書

上に立つ者の心得である。世の中はこうはなっていない、上に立つ者は露骨に下のものをこき使う、人間とすら見ない、こういうことは使う者と使われ者の間に起きやすい

結局人間の危険は傲慢になることである。奢りになることである。それが身を滅ぼすし国すら滅ぼす、奢れるもの久しからずである。
原発事故だって奢りから生まれた面がある、政治家の奢り官僚の奢り科学者の奢りマスコミの奢りが権力を持つものの奢りが集積して事故につながった
科学者は日本の技術は優秀だから事故は起きないという幻想をいだかせていた
それは原発に関してはそうではなかったがそういう幻想をいだかせていたのである。
その奢りを生むのがこれらの人々が権力をもっていたからである。
だから難であれ権力は奢りをうみ、絶対的に腐敗するとなる

だからどうしても権力者はまともな人格形成が成すことがむずかしい
なぜ「悲しむ者は幸い」なのだろうか?
悲しむ者は常に不満であるのは権力がない、金もないからである。
では権力者が幸いだとは言わない、そこに人間の逆説がある
つまり人間が権力を持つと奢りに陥ることが人格をゆがめるからそう言っている
王様のような人はとても天国に行けるような人ではなかったとなる
権力をもっていて謙虚であることはむずかしいということである。

いづれにしろ若いとき権力ももったり高い地位につくことは最大の危険である
世間的に成功してもそうである。それが奢りになるからである。
ある人は理系で資格をとり優秀だから事業をはじめて失敗した
それも奢りをもったからそうなった
人間の優秀さとといっても多様であり人間は確かにあることには優れている
あらゆることに優れいてる人はいない、理系で仕事しているのと事業を経営するのとはまるで違った才能が必要になる、そこに人間の限界がある。
おそらくその人には理系の能力があっても人間的常識すらもっていなかったのかともなるこの人もただ人をこき使うというか人を使えるような人ではなかった

現代は知識を過度に追求する社会である。すべてが知識だともなる
その他人間の人格などは見ない、学歴には知識に優劣をつけられる点数をつけられる人格というのは何かとなると点数がつけられない、点数がつけられないものは無駄なものとなる、教育自体が点数をつけることであり点数によってすべて評価される
そこに異常な人格が形成されても関係ないのである。
江戸時代だと人格が形成されたというとき知識だけではない社会に生きていたからである現代は膨大な知識を追求する社会である。遂にはもうそれは人間の能力を越えているのでAI化するようになる、AIの判断の方が人間より優れいてるというときもう人間はとても膨大な知識を処理できなくなっているからだ
ただAIにはコンピュターには人格形成はできない、人格はそもそももてない
そのようなものに指導されたらどうなるのか?
それは非情な機械に支配された悪夢の社会となってしまう。

人格形成に失敗するというとき学歴でも知識でもできない、体験を積んで謙虚な心になる奇妙なのは本当は学問すること自体人格形成することが目的だった
まさか悪人にになるために学問しろなどとは言わないが金儲けなら学問しろとなっている金儲けがすべての目的化しているのが現実である。
そういう社会であるとき異常人格者が増えて当然だとなる
人格から見れば今の人間は最低であり異常人格者が目立つ社会かもしれない。
要するに豊田真由子のようなとんでもない人間が生まれやすい社会だとなる
学歴知識偏重社会だからそういう人間が生まれても不思議がないからである。









2017年07月05日

夏の雲(駅の風景写真)


夏の雲(駅の風景写真)

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一人待つ駅舎にあれや夏の雲

高校生夕べあまたや夏の雲


今日は結構乗り降りがあったが何か語るべきものはない、夏の雲が夕方に湧いていた、
駅というのは駅にただより見に来る人がいる、車でくる
野馬追いの写真を見ている人があった。何か様子をさぐりにくる人がいる
駅は広場的機能がある、ここでは道の駅がないから街の中心として外からの人もよる
一番利用しているのはトイレである、ここのトイレはきれいである。
JRが障害者施設の人に委託して掃除させているからだ
新しいこともある。これも実際は市でも関与せねばならないものである。

だからJRだけに金を払わさせるというのは良くない
鉄道は駅と一体としてある、その駅は街と一体としてあった
だから駅前通りになっていたのである。
それが車社会になったとき街と分離してしまったのである。

今日は夜に9時ころ10人くらん原町に行く人がいて乗った、めずらしいと思った。
何かここで会合なのかわからない若い人が集まったらしい。
夏だから人が夜も乗り降りすると活気がある
夏の月が輝いていた

三日くらい熱中症になり駅によらなかった、駅も日立木のような駅だったら淋しい
一人くらいしか乗り降りしない、それこそ無人駅なのである。
やはりある程度人が乗り降りして交わると活気がでてくるのである。
鹿島駅はそれなりに乗り降りがある、仙台に行く人がかならずいる
一番多いのはどこでもそうだが高校生である。
小高には高校生が300人とか中学生なども加えると500人とかいるといっていたから
駅もにぎわっているだろう。それだけが活気があるとなる
鹿島駅より高校生を見れば活気があるだろう。
その他は乗り降りする人はまれだから淋しいとなる

夏の雲がでていたけど写真では実際見た感じがでていない、何か平凡である。
そういう時がある。写真も万能ではない、ただもし入道雲のようにもくもくと湧く雲だったら目立つ、そういう写真をとることはむずかしい。
その時々の様子をリアルタイムで報告するのがプログの醍醐味である。
ただたいして報告することもなくなっている



タグ:夏の雲

残れさるべき神秘の領域(サンクチュアリー) (飯館村への道の詩)


残されるべき神秘の領域(サンクチュアリー)


(飯館村への道の詩)


神秘の領域

深い森の中に
揚羽が一羽
美しい羽を広げる
そを見る者は誰か
そのたまゆらの美
揚羽は森深く舞いさる
深くつつまれた森に
宝石のように
秘められて
たまゆら現れて消える
その森へ行く道は
草むして
あると思えば消える
人間の入るのをこばむように
そういう神秘の領域
サンクチャアリーとして
心に平安を与える


人間の思想形成は自然と離れてありえないだろう。政治とか経済の話ばかりになるのも耐えられないだろう。そういう世界の中でオワシスとなるべき所が必要である。
都会になるとそれがなくなる、ただ都会にも規模があるから10万くらいまでは郊外があり自然もある、相馬地方だと相馬市と原町と鹿島とか小高とか浪江とかでは感覚的に違っていた、飯館村となると森におおわれた神秘の領域になっていた、そこから発想されるものは自然と深く結びついていたのである。今も別にその自然が消失したというのではない
森は残っているからだ。

飯館村というとき飯館村に入る所も森がつづいている、南相馬市でも浪江でも相馬市でもそうである。この辺は高い山はないが森がつづいている、丸森が森とあるごとく森が深いのである。ただ杉林にはなる
そういう森が現実にあるというときそこから詩でも思想も生まれてくる

飯館村に入る道はいくつもありそこは深い森を通ってゆくのである。
そこは深い影をなす道である。飯館村は森の国だった、70パーセントが森だったから除染もできないのである。
この辺の自然の魅力としては飯館村は欠かせないものとしてあった
もちろんその村が消失したとかはない、でもその村があまりにも変貌してしまった
メガソーラ場とか田んぼでも土が削りとられるとフレコンバックがつまれているとかで
森の国としての自然と融合した昔の村ではない
それはこの辺でも山の方はそうなっている

ただこのサンクチュアリーはかなり日本でも消失している、ただ北海道は全体的にまだ残っている、自分はそうした自然から詩を発想して書いてきた
それは相当な量になるがこれはその一部である。
芸術は都会からは生まれない、自然が最大の芸術品であり人工的な風景にばかり接していたら心は荒廃して安らぎもないのである。
だから飯館村とかは貴重な場だったし他に橲原(じさばら)村なども心の中に常に反映してきて安らぎを与えるのである。

確かにサンクチュアリーとなると観光資源にはなってもなかなか経済的効果がない
その経済的効果がないことに価値がないのかとなるそうではない
精神的な価値がある、自分が古代文明に魅力を感じるのは自然と結びついて文明が作られれてた、マヤ文明でもカンボジアのアンコールワットでもエジプト文明でもそうである。そこに神話が生まれるというとき自然と融合していた文明だからである。
現代文明はただ経済の規模の増大であり技術の発展だけを追求している

今からふりかえるとアニミズム的文明とかなるがそれも自然と深く一体化していたからそうなったのである。科学技術文明とはそうしたアニミズム文明とは正反対のものにある
でも自然から遊離しているから危険な文明ともなっていたのである。
アニミズム文明とはそれぞれの地域に生態系があり必然的に発生したものである。
もちろん偶像崇拝として拒否するべきものでも自然と切り離せない密着した生活していた人々にとってはそれは必然だったのである。

この辺では葉山(端山)信仰などは稲作と密接に関係していて生まれたのとにている、水の管理が必要でありそれが山に負っていたから生まれた
もし本当にそうした自然と一体化して生活していたら原発など拒否していたろう。
そういう生活が遅れているとかと見るのは現代文明からの見方でありそれが災いを生んだ
夏でも飯館村にゆく道は木蔭の道がつづき涼しい、ただ自転車でそこまで行くのが日射病になってから怖くなり行けない、でも心の中にいつも近くの自然は反映されているのである。

posted by 老鶯 at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

2017年07月04日

押しつけられた強制された人生 (それでみんな人生を後悔する)


押しつけられた強制された人生


(それでみんな人生を後悔する)


人間は生まれたときから何かおしつけられる、第一親からおしつてされる、何々しなければならない、勉強しなければならないとかいろいろなことをおしつけられる
それは必要なことであるからしかたがない、ただ人間は成長しても以前として何かを押しつけられたものとして生きる、親の押し付けが一番にある
親は別に必ずしも子供のことを思うというけど自分の対面や見栄のために子供に勉強でもおしつける、そもそも勉強とは何かといったら親の対面のために見栄のためにするものでもないのである。

子供にとって大人は何かを常におしつけるものとしてある
あなたのやたたいことをやりなさいという親などいないのである。
だから自分は親に関していい感情をいだいていない、ただあなたの思い通りにしないということが家族の中でありそうなったのである
一般的にこういうことせありえないことである。
医者の家に生まれるともう医者になりなさいという押しつけの中で育つことになる
医者になるしかないとまで人生のコースが決められる
そういう押しつけの中で生きることは相当な圧迫感になる

そもそも人間とは他者に対して絶えず何かをおしつける存在なのである。
年頃だから結婚しなさい、お嫁に行きなさい、就職しなさいとかもそうである。
それは別に本人のために言っているのではない、自分の体面のために言っていることが多い、確かにそういうことは社会的に必要であり否定できないしいいことである。
ただ押しつけられるということが何にでもこの世ではある

例えば働かない奴は生きている価値はないとか働いている人は言う、働かない人は泥棒は同じだ、他人の労働によって生きているからだ、そんな奴は許されないとなる
働くことを否定しているのではない、働くことが強制されておしつけられていることを問題にしている
この世の中で別に働くなくてもいいということがあっても生きがいのために働く人はいるボランティアがそうである。働かなければこの世が成り立たない、働かない人はこの世に生きる資格がないとまでなる
働けという押しつけ圧力がこの世で最大のものなのである

押し付けというときそもそも金がなければ暮らしていけないから金がないということは何かをおしつけられる、嫌な仕事でもしなければならない、だからみんな俺たちは奴隷なんだよ、社蓄なんだよと嘆いている
それは社会の最も大きな圧力、プレッシャーが働けということだからそうなる
でも不思議なのは金があれば親の遺産でもあれば働かなくてもいい人は必ずこの世には少数でもいる、その人は働くことを強制されないのである。
そういう身分の人はいる、でもそういう人に対しても働くことの強制がある
そもそも誰かが働いているということはプレッシャーになっているからだ。

この世に生きるというとき絶えず何かこうして他者のおしつけによって生きているのが普通である。宗教なども他者のおしつけである。カルト団体とか組織になるおしつけなのである。それは大きな押しつける力が働いてそうなっている
そのおしつける力は何なのか?別に本来の宗教の求道とかは全く関係ないのである。
政治的組織としてのおしつけなのである。

それは目に見えて社会で勢力をもっているものはみんな押し付けであり強制なのである。戦争だったみんなが戦争をしたいわげではなかった、もちろん戦争したい人たちもいたし戦争にロマンを感じる人はいるしそれはそれで否定はできない
戦争するなということもまた今や押しつけなのである。
戦争をするなという団体が組織化して行動すればおしつけになるのである。
だから右も左も団体化すれば押し付けなのである。
民主主義はただやむをえないものとして多数決で決める、その多数とは押し付けなのである。少数者は多数によって押しつけられるからである。

人間二人でも必ず双方のおしつけがある、双方の価値観のおしつけがある。
そこに対立が生じる、結婚でも対立が生じる、それは様々な押しつけの結果としてそうなる、何かをおしつけないものはいないしまた押しつけられないものはこの世にはない
そしてこの押しつける力が社会で最大限になるときどうなったのか?
ファシズムとなりナチスとかになる、誰ももう戦争を否定はできない
それは強力の圧力となり死が強制されるのである。
その時戦争するという押し付けが圧倒的になりもうその押しつけに逆らうことはできなくり逆らうと社会から殺されるとまでなる

自由を探求してゆく

あなたの思想でも存在でも他者からおしつけられて作られている

すると個としての自由な存在はない、なぜなら他者から押しつけられたものだかである。押しつけられたもの中で思想形成もしている、その本人の思想は何もないとなるからだ
現実にカルト宗教団体でも左翼系の団体でも右翼系の団体でもそれは強力な押しつけるも権力としてさえ強制するものである。
本当に自分の価値観と思想で行動するならいい、他者からの押しつけがあり行動しているすると結果的に右でも左でも操り人形にすぎないともなるのである。

あなたが行動を起すときそうした押しつけられたものではない
真に自主的なものとして自らその価値を知り思想をもって行動する
そうなればその行為は押しつけられたものではない
その行動の価値と意味はその時ゆるがいがないものとなる
ただ右だ左だとおしつけられるものとして行動していれはどっちにしろ操り人形だとなってしまう。

人間はいくら自由社会だといってもこうした押しつける力によって強いられ生きている
真に自由に生きるとしたら労働だって金のためとかにはならない、そこに費やす労働の真の価値を知って労働するのである。そこまで現代で労働していることに価値を見いだしている人はまれだろう。そこに人間の労働の荒廃がある
理不尽な労働が強いられるのは自ら選んだものではなく押しつけられた強制されたものだからである。
趣味のような畑をしている人はその労働は押しつけられたものではない、でも他人の家事手伝いはおしつけられたものだからしたくないのである。
実際はしなくもいいものだからその畑がつづけられている
でも実りはわずかでありそれで一人分の野菜もとれないのである。
でもその女性はその労働を嫌っていないのである。
ただその畑はマイナスの収入でしかない、普通だったらやめているが援助があってつづけいるのである。

結局人生をふりかえるときただ押しつけられた人生を生きているとどうなるのか?
その本人を生きたのかともなる、ただ押しつけられた人生がすべて悪いとはならない
見合い結婚して押しつけ結婚して幸福になっている人もいるからだ
ただ本当に生きるとは他人や組織の強制に生きるのではなく自主的な思想と意志と判断で生きることである
そうして生きた人は不満がないはずである。
不満があるのは他人の押し付けで強制された人生を生きたという人がほとんどだからである。俺は医者になりたくなかった、でも家が医者だから医者にさせられたのだ
別に医者になりたくてもなれないのが普通だから贅沢だとみる一面もある
ただ何でもあれそうして強制された生を生きると後で後悔する
俺は大芸術家に本当はなれたとかなんとか言ってもどうにもならない、人生は一回しかないからである。

そもそも99パーセントは押しつけられて人生を生きて自主的に選び判断して生きた人生はまれだろう。実際はでは自分と一体何を求めているのか?
それさえ良くわからないからそうなる、自分の才能すらわからない、だから才能を開花させた人もまれである。本当は自分にはもっと才能があったというのは本当でもでは自分の才能を追求した人はまれなのである。
こうして不本意な生に終わる人がこの世ではあまりにも多すぎるのである。
結果的にこの世の中はメタンガスのように不満のみが噴出して空気を汚しているのである
自然だと花でも花は自分の本然を余すことなく出して咲いて散ってゆく
そこに後悔はない、自然には人間界のように押しつけるものがないからだ
すでにどういう花として咲くか定められていてそのように確かに花開くのである。
人間にもそれぞれにこうした個性があり花開くのが理想だけどほとんどできていない
別にそれは才能がなければできないというのではない、自らさえ才能の発見が成されていないのである。

清浄の空気の高みに
清廉の花は開く
高峰を望み
夏の日ざしを受けて
本分を尽くして
花は神の御意にかない
天に向き咲き開く
そして天の園でも花は開く






2017年07月03日

なぜ疑心暗鬼になるのか? (犯人が特定できないから)


なぜ疑心暗鬼になるのか?


(犯人が特定できないから)


今回の自分の家で起きた侵入でも金庫が確かに閉まってあけられなくなっていたのに開いていた、このことは一番の謎である。金庫がこんな簡単に開けられるものかと思ったからだ、まず金庫は小さいものはほとんど役に立たない、自分のは小さな金庫だった
それにしてもこれも不可解なのである。

すると犯人は誰なのか?それも探り得ようがない、外部のものか内部のものか、一体誰なのか?一回内部のもの犯行であり手痛い目にあったがそれは犯人が疑いようもなくはっきりしていたのである。それで自分は津浪が来る前の半年以上その人に対して呪いつづけていたのである。
額が大きいからそうなった、その人に呪い続けたというときその人だと疑いようもなくはっきりしていたからである。
これも呪うというときはっきりと呪う対象が明確化されないとできないのである。
その後は自分はあきらめた。

今回のまた別だった、誰なのか皆目検討もつかない、そこが不気味なのである。
こうなると疑い内部のものへ、回りのものへとあらゆる人に疑いをもつようになってしまう。これもまた困ったものになる
そう疑われる人も嫌だろう、実際は関係ない人が多いからである。
そこでなぜ警察では犯人の逮捕急いだり犯人でないものまで犯人にしたてたりするのか?
それがわかった、市民に不安をもたらすからである。
誰が犯人かわからない、すると住民は不安にかられる、その不安が実際に相当広い範囲に広がる
もし犯人が特定されてそれが真犯人でなくてもつかまえると安心することがある
それは人間の心理なのである。

加計学園問題でも東京都が利権化されていたがそれが闇につつまれている、それも明らかにされないということが疑心暗鬼をもたら国民に都民に不信感をつのらせる、はっきりさせてくれとなる
それをしないから不信感がつのり結果的に選挙で大敗したりする
苦しくてもこういうことをしましたと党なりで明確化して謝罪するとかすれば安心はする
でもその時信頼を一挙に失うからしない、しないとまた疑心暗鬼になってゆく
そういうことが最近の問題にもあり常にあったことでもある

このことは良く世界を操っているのはロスチャイルドだとかなにか常に言われる陰謀論とにている、その正体が実際はわからないからだ。
本当に世界を操るほどの力があるのか?それもわからない。
だけどそれが根強く存在するのは犯人が特定できないことにある
すると人間の心理として誰かに特定のものがその犯人だとしたい心理が働いているのである。

疑心暗鬼の問題の深刻さは厚い雲となって社会をおおい晴れないことなのである。
暗雲となってたれこめて消えないのである。
もしその暗雲が晴れるとするとともかく誰かが犯人であり特定される
そしてその人を弾劾して死刑にしてでも罰すると何か安心して暗雲が晴れるとなる
だから犯罪というのは無数にあるし犯罪を犯さない人もいない

ただその犯罪がもたらす影響について考える人はいない、もちろんそんなことを考える余裕があるなら犯罪など犯さないのである。人のことなど考えられないから犯罪を犯すのである。そして犯罪に対して理解を深めるというときそれは犯罪を受けた人が犯罪でいろいろな被害が受けるわかるのである。
人間は何かこの世で事件があっても無関心である。それは自分とかかわならいからドラマのように見ているだけなのである。
病気にしたって自分が病気を経験していない限り他人の病気には無関心なのである。
ただ今回の自分の熱中症のように誰にでもなる可能性がありそのことを書いたら警戒する人がでてくる

いづれにしろ副島氏が実際に盗難の被害にあって考え方が変わったというときそうである今までは他人事だったがそうでなくなったのである。人間は理論上は理屈は言えるのだが体験から語るのとただ理屈として語るのは違ってくるのである。

元日弁連副会長の岡村勲弁護士(71)の自宅で、 
夫人の真苗さん=当時(63)=が訪れた男に殺された。 

犯人(66)は山一証券との株取引で損をし、 
そのうらみから同証券での交渉相手だった岡村弁護士宅を訪ね、 
応対に出た夫人を用意したナイフで刺し殺した。

岡村弁護士は犯罪の被害者になって初めて「司法と被害者の距離を実感した」という。 

ここで死刑廃止論者が死刑を望んだのである。死刑廃止というのは理論的には人道的でいいとかなる、でも自分の身にふりかかったとき全く違ったものになる
株の恨みも怖いものだと思った。

疑心暗鬼になるとみんな信用できなくなる、それが深刻なのである。
もし誰か特定されればそういうことはない、それは病気でもそうだろう、何か病名判断してこういう病気ですからこの薬を飲んでくださいというとき安心する
あなたの病気は何の病気かわかりません、一応この薬を飲んでくださいとなると安心できないのである。
これは明らかに人間の心理なのである。人間は心理的なものがかなり影響する
人間の心理を知れば営業などでもうまくいく、まず体が弱っているときは薬を売りやすいそれが効く効かないではなくその時とにかく何か処方されて安心したいという心理があるからだ

いづれにしろ疑心暗鬼状態は影響が大きい、側近でも回りでも信じられなくなるからである。だから国を攪乱するには内部からすると効果的である。
日本の国内には在日であれ中国系であれまぎれこんでいて日本を操作していると常に右の人がいうのもそのためだろう。マスコミはそういう操作するものとしてある
でもなんかそれも明確化されていないから疑心暗鬼になるのである。
スパイがまぎれこむとみんなスバイに思いこんでしまうのである。
そうして疑心暗鬼になることで戦国時代であれば一つの藩の結束が失われる
国でもそういうことが起きてくる、内部攪乱されることの怖さがある。


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2017年07月02日

hard joined mountains(接合した山)


hard joined mountains


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接合した山

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タグ:山の変化

危険な老人の熱中症


危険な老人の熱中症



外出時は、体への負荷が高まることに加え、汗で水分が失われたり、日差しや熱の影響を受けやすくなったりします。服装を工夫する他、水分や休憩を十分とって体を守りましょう。


年齢別では 65歳以上の高齢者がもっとも多く
2013年では 27,828人で全体の47%を
占めています。

 熱射病など入院して治療が必要な重症 

 けいれん 意識障害 高体温 手足の運動障害など

 熱中症を疑った時には、死に直面した緊急事態であることをまず認識しなければなりません。重症の場合は救急隊を呼ぶことはもとより、現場ですぐに体を冷やし始めることが必要です。



今回は救急車を呼ぶような状態だった、痙攣があり吐き気があり全体の体の痛みがあった対処方法として体を冷やすことが大事とあったからクーラーの部屋に寝ていれば良かったのかもしれない、緊急の場合どうしていいかわからないで失敗する
その時インターネットが役に立つ、前もそうして病気の対処方法を見て助かったことがある
人間は緊急事態に弱いのである。緊急のときかえって間違った対処方法をすることも多いのである。
前にも何度か熱中症になったがこれほどひどくはなかった
体が高温になっていたことは確かである。

それにしても曇った日でも危険である。特に10時から2時は危険だある、その時曇っていたので外出していた、自分はしょっちゅう自転車で外出している
動くないでいられないからだ。
ただ今回の熱中症で自分も老人になったと思った
老化現象としての熱中症だったからだ

ただ自分は筋肉は弱っていない、それだけ運動しつづけているからだ。
なんかこれで老人の仲間入りしたという感覚になる
暑いときはまず外出ができないからだ
健康年齢が70才というときそれが当たっている
個人差はあってもそれが平均的に割り出されているからだ

ただ夏は老人は家にいても熱中症になる、だから相当に気をつけないといけない
家のなかでも暑い所がありそこが危険になる、クーラーとかなくて老人が死ぬというのはそのためである。

こうなると秋になるのがいい、秋だったら外出しても熱中症にはならないからだ
老人にとって夏は危険であり外出もできない状態になる
老人は今日本中どこでも暑くなっている、自分の住んでいる所は涼しい方である
だからそれほど気にしていなかったのである。
こう考えると老後は気候がいいところが向いている
ここは気候的に向いていたのである。
北海道がいいとしても冬があるから厳しすぎるからだ

熱中症の怖いのは死ぬこともあり後遺症でパーキンソン病になっている人もいるという
自分は胃が直らずに吐き気がする、だから結構危険なのが熱中症だったのである。



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2017年07月01日

空間的拡大の世界から時間軸の世界へ (時代の変化で日常も変わる)


空間的拡大の世界から時間軸の世界へ


(時代の変化で日常も変わる)


人間の思考でも志向でも歴史でも必ず空間軸と時間軸で展開されている
それは卑近な日常でもそうなのだ、人間の生活そのものが空間軸と時間軸で日々展開されている
まずどんな人でも空間の中を生きている、その空間も日々生活する場は市町村単位であり狭い、戦前から戦後十年までは自給自足的生活でその生活範囲は狭い
だから主に時間軸の生活が行われていた、農業とか林業は時間軸の生活である。
野菜が果物が実るのにも時間がかかる、それは木を植えて実りになるまで時間がかかる
「桃栗三年 柿八年」とかなるし木も育つまで50年とかかかる
農業とか林業は時間軸の生活なのである。

こういうことは一年間の生活でもすでに時間軸になる、いや10分でも時間軸になる
電車を待つ時間など待つ時間が時間軸なのである。
駅というのは一つの空間であるがスペースであるが待つというとき時間軸なのである。
その待っている時間が実は充実した時間になっていたのでそのことを書いてきた。
待つ時間が意外と記憶される時間なのである。
だから駅でも長く泊まっているとそこが記憶されるのである。
早く過ぎ去るから今は記憶されずにただ空間を過ぎ去るだけの時間となる

逢隈駅蝉なく声のひびきけりせわしげにのる人見つ待ちぬ

あそこで3分くらい電車交換のために待つ時間があり蝉の声がひびいていたのである。
前の新地駅ではここも電車交換で5分くらい待つ時間があった
そこで虫が鳴いていたのである。津浪のくる前はその前に海に面して新地の家並みがあった、その待つ時間が記憶される時間になっていたのである。

今日書いたコンビニで新聞の立ち読みのことでもそうである。


この人は時々新聞を買っている

一カ月の間に10回かっているときもあった

今は立ち読みしているが買うかもしれない

だから注意をしない方が良いかもしれない

なぜなら一回注意したら買わなくなるから


こういうふうに継続した見方ができないのがコンビニでありスーパーなどである

こういうふうに身近な所でも空間と時間軸の見方がある、そこには時間で積み重ねられたものがある、でも時間軸では見ていない、つまり現代は空間の拡大化した社会であり時間軸では見ていないのである。
そもそもグローバル社会というのもそうである。空間が世界的に拡大化した世界である。国内でも広域化した社会である。車社会になれば常にその空間を移動する社会になる
そのためにそもそもコンビニはその空間を結ぶものとして設置された
国道沿いに車の便宜のために作られたのである。
一つのネットワーク化された店である。それは空間的志向から生まれたのである。

だからなぜ時間軸の思考に志向に無頓着になるかというと空間志向から作られたものだからである。

カスタマーというとき習慣化しているというときそれが客になるというときそれは時間軸で見ているのである。一年間も通う、すでに5年間も通うとかなると時間軸としてその客を認識する、いつも来る客となる、そういう客をまず大事にするのは当然だとなる
だから京都では一元さんはお断りとなるのはそのためである。
時間軸から客をもてなしているのである。それはお得意さんの思考なのである。

現代は空間的拡大の社会だった、海外までも拡大化してゆく社会だった
そこで欠けたものは時間軸の思考である。
高齢化社会というときどうしても老人は空間的思考が苦手になる、第一老人は記憶に生きるというときすでに時間軸の思考が主になっている
青年は荒野を目指すなどというとき世界旅行とか空間を拡大する志向になる
老人は過去を回想することが仕事になる、それは時間軸に生きていることなのである。
時間軸で見るから深い見方もできる

これからの社会は空間拡大の社会から時間軸の社会になる、それは中世的な世界ともなるこういう時代は宗教とか哲学とか芸術文化の時代なのである。
それは歴史をみればわかる、日本でも大和王権国家の統一の時は蝦夷征服とか日本の国家が空間的に拡大した時なのである。その時唐とかの交流もあり奈良時代の文化が生まれた次に今度は狭い閉鎖的な都の宮殿での時間軸の文化に移行した
それが平安時代の国風文化になった。

世界史的にもそうである。歴史は絶えず空間を拡大するものとしてあった
大帝国は空間の拡大である、ローマ帝国でもそうである。「すべての道はローマに通ず」というときまさに空間の拡大の文明だった、そしてまた時間軸として300年とかつづいたものとして形成されたのである。
モンゴルとかはジンギスハーンの世界帝国はただ空間を拡大化しただけであり時間軸で形成されるものはなかった、遊牧民の社会は空間の拡大に向いていたのである。
砂漠と平原は道になった、そしてそこに商人が行き来した、商業が発達した
イスラムが商業の世界だというとき遊牧民の社会だったからである。
商業や貿易は空間の拡大であり大航海時代もそうだった、アメリカの西部へのフロンティア精神も空間の拡大から生まれたのである。

人間の歴史は常に空間の拡大の歴史だった、それと同時に時間軸で文化は形成されてきたのである。
そして20世紀はグローバル社会であり空間の拡大化をめざした社会である。
21世紀は時間軸の社会になる、その土地土地で耕す文化の時代になる
宗教や哲学や芸術や文化の時代になる、それが普通の社会生活にも及んでくる
コンビニとかは空間の拡大とともに車社会とともに生まれたものである。
だからその限界が見えてきた、車社会もまた飽和点に達してそれによって失われたものが見直されるようになる。
だから今まであったものがこれからあるとは限らないのである。
人間の社会は常に変化だからこそ無常なのである。
変化に対応できないものは滅びてゆくのである。

空間の大きさは三重だ
休みなくたえまなく
長さは伸びようとつとめる
とこまでも遠く、はてしなく広さはそそがれ
底しれず深さは沈みゆく

それらはきみに一つの姿を示している
きみが完成の姿を見たいと思うなら
休みなくきみも前進すべきだ
疲れてたちどまることを決してするな
世界を形成させたいなら
広さの中に己を展開することだ]本質の啓示を願うなら
深さの中へ降りてゆくことだ
粘り強い前進のみが目標に導き
己を充実させることのみが澄明にみちびき
底の底に宿っているのが心理なのだ

(シラー)





タグ:空間と時間
posted by 老鶯 at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

2017年06月30日

日射病で痙攣 (すでに5、6回日射病になっている)


日射病で痙攣


(すでに5、6回日射病になっている)

今回の日射病はひどかった、痙攣したからである。体全体も痛くなった
ただ曇っているからたいしたことがないと出歩いていた
自分は一日自転車で相当に走る、近くでも何度も走っている
だから筋肉は弱っていないのである。

ただ体が弱くなったことはわかった、なぜ日射病になったのか?
汗が出なくなくなっているだ、それで汗をかいたら直ったのである。
老人は汗が出なくなる、代謝機能が弱ってくる
汗が出れば日射病になりにくいだろう
汗が出ない代謝機能が弱ることで老人は日射病になりやすいのである。

こういうふうになったのは二年前からくらいである。
それまではこんなふうにならなかったからである。
曇っていても紫外線が出ているし結構強いのである。
それで昼間は外を自転車で走っていて日射病になった

でも自分の場合は動きたいとなる、それが徒になった
なんらかの老化現象かもしれない、ただ若い人もなるから体質的なものかもしれない
自分はもともと暑さに弱かったからである。

ともかく以前としていろな難がつづく、老化するというとき体の難が起きてくるのが辛い自分は筋肉はそれほど弱っていない、絶えず自転車で動いていたからである。
ただ日ざしを受けると弱くなっている
そうなると日中は出れなくなる、すると運動不足にもなる

特に、乳幼児と高齢者は熱中症になりやすいとされています。汗腺が少なく汗が出にくいということに加え、体温調節機能が低下しているため体温が上昇しやすいからです。

こういうことはある、老人は熱中症になりやすいのである。
だから暑いときは危険になる、注意が必要である。

posted by 老鶯 at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

2017年06月29日

野馬追いの旗が飾られた


野馬追いの旗が飾られた

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これだけ場所をとっていると狭くなる



紫の色を深めて駅前の花壇の花や電車待つかな

駅前のタクシーと書いてある場所は駐車できない感じになる
でも花壇の方はほとんど駐車していない
今日聞いてみたらタクシー会社でJRからその場を買っていたのである。
金を払って駐車場を買っていた、そこはJRの土地だったからである。
そこの権利はタクシー会社にあった

でも他の車がタクシーと白線で囲ってあるからそこに駐車するの
を遠慮する、でもそこにはほとんどタクシー会社の車は止まらない
せいぜい一台とまればいい、客がないからだ。
でもタクシーと白線で囲っていれば知らない人はとめないのである。
別にあそこはとめてもいい場所だったのである。

なぜそのことを言うかとみんなあそこは駐車するには狭いからである。
あそこだけでも自由に利用されるようにしていればそれなりにスペースが広くなるからだでもあの線を消さないことには外から来た人は遠慮する、すると駐車場として狭い

野馬追いの旗が駅に飾られた、通りにも飾られた
駅に飾られたのは6年半くらいぶりである
それまで駅は開いていても相馬市までしか行けなかった、常磐線が開通したのは去年の12月だったからである。
野馬追いには駅に来る人もいる、だからにぎわうことがある。
その時は確かにタクシーも利用される
でもその他はほとんど花壇の前の駐車スペースは利用されないのである。

駅は何か待つ空間としてもある、その待つ空間が人間的なものを産み出す
それが時間軸のことを書いたが時間をもつということでただ移動するだけの時間ではない人間的時間を産み出しているのである。

コンビニの立ち読み(新聞)を注意された (コンビニやスーパーは御得意(おとくい)さんにならない)


コンビニの立ち読み(新聞)を注意された


(コンビニやスーパーは御得意(おとくい)さんにならない)


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この人は時々新聞を買っている

一カ月の間に10回かっているときもあった

今は立ち読みしているが買うかもしれない

だから注意をしない方が良いかもしれない

なぜなら一回注意したら買わなくなるから

こういうふうに継続した見方ができないのがコンビニでありスーパーなどである

この「立ち読みお断り」システム、かえって売り上げダウンになっていませんか。

立ち読みさせろ」って言ってるのではありません。買う前にすでに買ってある本と重複してしまわないかどうか(単なる増刷版だったり、単行本→文庫化だったり)チェックしたいのです。

コンビニより先行して立ち読みをお断りを全面に出したことで売り上げが上がりました。


大体この店の雑誌コーナーには立ち読みはご遠慮くださいという注意書きもなかったんや
なのにこのクソ店員にわしの立ち読みを妨害する権利があるんかいな!
わしは客はやぞ、客が居心地よく買い物出来るようにするのが店員の役目やろうが!


コンビニでもスーパーでも量販店でも問題になるのはおとくいさんとか常連客とかになれないことにあるのだろう。ただ人は物を買う人でありその人がいくら買ってもおとくいさんではない特別の人ではない、ただ多く買えばそれで商品券などがもらえるとかだけである。

人間の歴史をみれるとき言葉を調べるといい

客というときcustumerでありカスタムは習慣のことである。習慣のように常時通ってくる人である。そういう人が客なのである。

前に十年間コンビニに通ってもパン一つ間違ってボケットに入れた犯罪者扱いにされたことがあった、つまりコンビニとかでもスーパーでも電気量販店でもお得意さんになることがない、ただ電気量販店ではカードでその人がどれだけ店から買っているかわかるから多くかっていると違った目で見るかもしれない

今日はセブンエレブンで新聞を日刊現代と日刊フジとかを立ち読みして注意された
新聞は読むのは禁止されているみたいだ、でも新聞でもどんな記事があるのかと見ることがある、自分は結構買っている、ニュース関係に興味があるし自分もプログで書いているからだ。今日は卵とパンも買っていたから何も買わないわけではなかった
新聞に関してはローソンでも注意されたから禁止されているのかもしれない。
ただ自分は時々買っているから買わないということはないのだ
その日によって記事を見て買っているのである。

何かこういう問題は現代の商店の問題がある、つまりいくら買ってもお得意さにならないコンビニでも外部の人がくるしコンビニの店員も変わる、でも田舎だと同じ人がいる
その人は前にもみかけたのである。
現代は今までの社会を見直す時代に来ているのだろう。
確かに便利なものを追求してきたしそれはそれでいいものであった
でもそこにも何か足りないものを感じるようになった、車社会も飽和点に達したとき車社会で失ったもの自覚するようになった。
人間社会というのは商売でも同じ形態がつづかないという
それはなぜなのか?人間の求めるものが時代によって違ってくるからだろ
一時代はそれで良かったのだがまた何か欠けたものを意識して見直される
豊かになれば便利なものを安いものだけを追求しても売れないとかなってくる

自分が新聞の立ち読みは禁止にしろ感じたことは一応時々新聞でも買っている
するとその人が何を買っているかを量販店のように見れるといいのである。
カードだとスーパーでもコンビニでも何を買ったとか買った履歴が出てきてわかる
それは通販ではしている、何を買ったかを履歴でわかりそしてその人にあったものをすすめる、でもこれもあくまでも対面ではない
ある人はしょっちゅうキクチスーパーに対して文句を言っている
店員の対応が良くないことをしきりに言うのである。
シシドスーパはいいといつでも言っている、よほどキクチスーパーの対応に不満だったのである。別に自分はそんなものだと思っているから感じない
女性は細かいことにこだわるからそうなるのかもしれない
でもこれもいくら買ってもお得さんにならないということに問題があった
店員にとってお得意さんなどない、店員もまた変わりやすいからである。
ただクレマーというのもいて店員だけ悪いということない場合がある
その人はクレマーの面もあったからだ

それで確かに武田邦彦氏の言うシャッター通りが回復するという、メーカーが量販店と同じ値段で店に売らせるというのだ、そうなると個人的にサービスを受けられる方がいいという人がでてくる、特に老人にはいいのである、老人は電気製品でも使い方などいろいろわからなくなっている、すると説明されたりどういうものを買ったらいいかなど相談できるからである、これもまた時代の変化でそうなってくる
スーパー、コンビニ、量販店などで欠けていたものが補えるからだ
そもそもスーパー、コンビニ、量販店でもいつまで続くとは限らないという人もいる
また新たなものに変わってゆく、その一つが通販が盛んになったことである。
またそれと同時に小さな個人商店も復活することもありうる、それは前のようなものではなく新たなものとなって復活する

ただ雑誌が見れないようにして紐でしばっているとかえって売れたというのも不思議である。あのようになれば自分は買わない、自分が買うときはどういう記事なのか、ある程度知らないと買わないからだ、それは本でもなんでもそうである。
田から新聞でも今日はどんな記事があるのかと買う時買わない時がある
ただ今回新聞は立ち読みが注意されたからもう買うか買わないとなると買わないとなる
別に買わなくてもいい方が多かったからそうなる
ともかく問題はその人がどういう客なのか10年間通っても関係ない、おとくいさんにカスタマーになれないことが問題にある
それは店の方でも客になる方でもいいとならない、双方にとって良くない
ただこれも時代でありそういう売る方と買う方両方に見直すものが生まれてきたのである
個人の仕様に従って作られる

(made according to the specifications of an individual)

これからの売る方と買う方の関係はこうなってゆくのではないか?
個々人に対応する売り方である。個々人の求めるものが多様化したからである。
例えは食堂に毎日のようにゆくとする、すると同じメニューではあきる、それで今日はあたのために一品違ったものをそえましたとかなるとうれしい、またあなたの要望によりつくりますとかなるとうれしい
ただそうなると作る方もめんどうになる、金もかかるとなるからむずかしい面はある
都会だといろいろオカズを用意するがそういう需要が田舎にはない
人が少ないからないのである。都会では老人様の食堂もできているからだ。

そうした多様性に答えるものとしてキーワードで調べるインターネットの情報システムに移行したというのもそうである。
実際はやはりインターネットで日刊新聞でも読む時代なのだろう。
ただそうなると月いくらと払わねばならない、他にも読むものがあるから金がかかりすぎるのか問題なのである。それでいくつもの雑誌を読めるというサービスが生まれたのも時代である。
ともかく時代は常に変わっているのである。その変化に対応できないと商売でも何でもうまくいかなくなる、その変化をなかなか読めないのである
だからいつまでも今までの商売の仕方が変わらないということはないのである。

シャッター通りの大変革!(武田邦彦プログ)
posted by 老鶯 at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部