2017年11月06日

深野から石神の旧家に嫁いだ女性 (紙漉きをして古い鎧があった)


深野から石神の旧家に嫁いだ女性

(紙漉きをして古い鎧があった)


郷土史とかは家の歴史が基本にある,誰でも家のことに一番関心があるからだ:それでおじいちゃんとかおばあちゃんから聞いたか話が郷土史に興味をもつ
だから郷土史でも古い旧家に生まれると郷土史に興味をもつのである。
そうでなくても一軒一軒の家には二代くらいでもそれなりの歴史がある,謂われがある

深野(ふこうの)から石神の旧家に嫁いだ家は古い家だった,野馬追いにもでていて鎧が博物館に飾ってあるという。この辺では野馬追いがあるからそういうことがある

遠き粗(おや)の片身の鎧萬代にいかで我が名を伝えてしかな

これは柳田国男の家の歴史をたどり兄が残した短歌だった,野馬追いにでている家は相馬氏一族につながり相当に古い,戦国時代までさかのぼる,ただなぜか野馬追いの旗の由来はわからないのが多いのである。
なぜなら旗印は鎌倉時代からはじまるとしたらその源をたどると古いからわからなくなる紋を基にしてもそれが古代にもさかのぼる

例えば只野家の由来は郡山の多田野村に由来して南北朝時代に霊山が炎上したとき落ち延びてきた末裔なのである。その旗印は杉だった,その杉の旗印の源をたどると奈良の三輪山にいたる,奈良の三輪山は雄略天皇時代からの信仰の山である
杉が神聖化されていた,杉の旗印はそこから生まれていたのである。

味酒(うまさけ)三輪(みは)の祝(はふり)がいはふ杉手触(てふ)れし罪(つみ)か君に逢ひがたき

杉は神聖なものだった,三輪山は山自体が神になっているから祭るものがないのである。
古い家というとき深野から石神の旧家に嫁いだ女性は紙漉きをしていた家である。
紙漉きは相馬市の山上に紙漉き沢という地名が残っているからどこでも生業となっていたただその古い家を新しい家にした,それは原発の補償金が入ったからだとなる
その女性は深野出身であり実家の母親は臼作りをしていたという

臼作りというとき餅を作るには必ず必要だから各地で作られていた

船引のけやきの森で臼作りで

欅(けやき)は硬いから臼に向いていた,槐(えんじゅ)というのアイヌのお土産屋で聞いたら灰皿にも使えるという,それだけ硬いから火も消えるとなる
ただこの辺で杉は多いけど欅は少ないかもしれない,ただ材料があったから作られたのである。材料がなっかたら陶器でも作れない,相馬焼を庶民化した左馬という人か大堀で陶器になる土を見いだして左馬茶碗が大堀で普及したのである。

木はもともと器として作られていた,茶碗でもなんでも地元の木を利用して作られていたそれで木地師の伝説が生まれたのである。山の奥地に箸だけを作る村があるとか分業化もされていたらしい,船引では臼だけを作っていた
中山道の昔の街道ではおろく櫛というのが有名である。そこでは櫛だけを作っていたのである。
何かそうした生業というのものが今はほとんど忘れられている,生業とは生まれついてする職業のことである。だから自ずと地元に密着したものであった
原発事故で「生業を返せ」東電や政府に訴えた,その生業は農業なら今も通じるが何か工業化自体になると通じにくいのである。
戦後十年くらいは炭焼きもしていたから生業は地元にあるもので生活していたのである。
そしてともかく物は道具でもお碗一つでも貴重なものだった,そこからもったいなという言葉が生まれた,片身分けというのも衣服でも貴重だから片身分けになる
今は物を遺しても貴重なものとはならない,金の方が大事になる
「生業を返せ」というけども何か地元に密着した生活は喪失していたのである。

いづれにしろ郷土史は家の歴史をたどることからはじまる,一軒一軒の家から見えてくるものが郷土史なのである。
注意すべきは深野は大原より古いことである。館という地名が二つあるのはこれは中世のものだからである。大原は相馬氏が開墾に入った場所だったのである。
最近は畑が牧草地になったり小池の親戚が荒地になった所を耕しているというとき近いからそうなる,深野と小池は山があるにしても近いのである。

只野姓の由来
南相馬市鹿島区に多い只野(但野)氏の謎 
タグ:家の歴史
posted by 老鶯 at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 相馬郷土史関連

2017年11月05日

馬が好きで東京から来た女性 (野馬追いで馬を飼っているから馬が見れる)


馬が好きで東京から来た女性

(野馬追いで馬を飼っているから馬が見れる)


今日駅であったのは折り畳み自転車で旅する人だった
その自転車は小さいもので重さは12キロあった
それを袋にいれていた,結構そういう人はみかける
でもロードとかであり小さな自転車ではない

だからめずらしい思って話しかけたら,その人は馬が好きで馬を見るために三連休を利用してきたという
東京の人であり馬が好きというのもめずらしい,競馬が好きなのかとも思ったが馬自体が好きなのである。だから北海道とかにも馬を見に行っている
この辺は野馬追いがあるから馬を飼っているきで馬が見れるから来た

もう一人青森出身の人であり下北半島の尻屋崎に「寒立馬」がいると教えた
下北半島は鉄道で行ったが終点からかなり遠い,馬に興味があるとしたら行きたいとなるのか?

鉄道の問題は駅からの足がないことである。その人もバスがないかと探してもないとか言っていた,都会だと結構バスがあるからだろう
折り畳み自転車は鉄道で遠くまで行けるが自転車が重いしかさばるので嫌になるのであるその女性は相馬市まで行こうとしたが坂があるので嫌なので電車を利用して相馬市に行った

なぜか結構鹿島駅でも遠くから来る人に出会う,遠くから来た人は無人駅になったので
切符代わりの乗車証明書をとるのがわからないから教える
スイカをもっていればいいがもっていな人もいる
だから外から来た人には教えることがある

ともかく馬が好きで馬を見に来るという人はまれだろう,東京辺りではそもそも馬は競馬でしか接しられない,競馬が好きな人は馬も好きだいうことがある
確かにそこでは毛並みのいい馬を見れるからである。

馬が一番あっているのはモンゴルのような草原なのである。
そここそ馬が一番あっている場所なのである。
馬が好きだという女性になると遠野辺りの民話で馬と結婚したという話が伝わっているからそういう女性もいるのかと思った
ただそれは馬と一緒に曲屋で住んでいたからそうなった
東京だとそんなことありえないからなぜ馬が好きになっているのかわからないのである。
ただこの辺が野馬追いということで馬を見に来る人がいても不思議ではない場所である。ただ馬だけを見に来る人はまれだと思った

像で考えろ,図で考えろ (抽象化された社会で生きる術)


像で考えろ,図で考えろ

(抽象化された社会で生きる術)


抽象化することは具体的な事物から離れてしまう,なぜ勉強嫌いになるのか?
それは学校はまさに抽象的空間しかない,何か具体的に学ぶことがない
教科書中心でありそこに具体的な現実にある事物を通じて学ぶことがない
実習として畑とか花作りなどをすればいいがそういうこともほとんどない
抽象的空間とは言葉がまずそうである。
言葉は現実にある事物を抽象化したものだからである
なぜ英語が身につかないかというと言葉でも実際の生活から具体的なものから
無意識的に覚えているのだ,

だから英語でスティディ(stedy)というのを馬が落ち着かず暴れるのを「スティディ)と言ったのを映画で見た時理解した,「落ち着け」とかの意味だがその他堅実になどいすいす意味がある,言葉そうして現実の生活の中で覚える
英語の場合にそれが結びつかないから身につかないのである。

そして現代はあらゆるものが数値化した世界になっている,数字も抽象化したものであり人間も数値化される世界である。科学は数字で現す,また化学記号化するからこれも抽象の世界になる,まるで人間は記号の中で生きていて人間自体が記号のように数字のようになっている,それで議員が病院で番号で呼ばれて怒ったというのもわかる
人間はおそらく学校でも会社でも工場でも番号化しているのである。
この人は俺は議員様だということ言いたかったのかもしれない,番号だったらどの人も同じになるからである。地位も個性もなにななくなるからである。

今の社会はこして数値化された社会である。銀行などもそうである。
金は実は数字にすぎないというのもわかる,金がもし小判とか銀でもいい金自体が価値あるものだったらその金をもったとき財産をもったとなる
数字だったら一瞬にして消える恐怖があるからだ
そして数字は抽象的だから金をもっていることが実感できないのである。
だから毎日札束を見ていたら実感できる
そしてわかったことは数字をグラフ化すると図形化するとわかりやすくなる
数字だと実感がわかないが図形とグラフ化すると実感として感じる度合いが強くなる

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この辺の放射性物質の被害もすべて数字でしかわからないものだった,それだけ抽象化した世界だから実感がわかないのである。どこに危険があるかも実感できないのである。
0.2と0.3マイクロシーベルトの相違がどれだけあるのか?
それも実感できない,放射能物質に色がついていればわかりやすいにとかなるった
水は透明であり空気もそうでありどこで汚染されているのかわからないのである。

自分は数学とか科学は苦手である。でも今ふりかえると数学の場合,子供のときから試験ばかりであり考えることがなかった,やはり考えることが学問に興味をもつことなのである。
算数も図形で考えれば具体的になり興味をもっていたのである。ただ暗記ばかりだから興味がもてなくなり勉強嫌いになる
不思議なのは一旦興味をもつとのめりこむ,そういうオタクのような人は興味をもったものに集中できるのである。そういう人が理系の人に多いというときなるほどと思う。

ともかく学問は学校で興味をもたなくても現実社会でもし役にたてば興味をもつ,そもそも数学だって実用のために生まれた,土地を計り建物を建てるのにも計測することは不可欠だからである。それはエジプトですでに生まれていたからこそピラミッドが作られたのである。知識とか技術はエジプトが起源になっているのが多いのである。

実用というとき原町の歯医者に行ったら例えば年齢により一割分や二割分や三割分がとられる,だから千円はらったとしたらそれが二割分はらったとなると実質に全部でいくらはらったことになるのか?
それが数学がわからないからなかなかわからなかった

二割ということは0・2であり分数に直すと10分の2であり数式にすると

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となりあらゆるものがこの数式にあてはまる,3割り負担になると10分の3×Xとなる
このように現実社会で役に立つと数学でも興味をもつのである。
いかに現実社会で生きるかがもともと学問だったからである。

それから保険証はもっていったが高齢者用のものをもっていかなかった,でもすぐ近くが市役所だったので市役所の人が連絡して事務ができた,それは市役所でできたのは南相馬市として合併したからできたのである。そういう点は便利になったのである。
その日はどしゃぶりの雨だったら助かったのである。

いづれにしろ現代は数字と離れずにありえない社会である。あらゆるものが数値化されるのである。絶えずどこでも経済でも数字の世界になる,科学は基礎は数字である。
数字の世界を生きているのである。
だから数学ができないと今の社会はいきずらいとなる,でも今や暗記だけの教育ではもうやっていけない,世界の競争に勝つにもそうである。
考える力が創造力がなければ世界から取り残されるのである。
posted by 老鶯 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2017年11月04日

本の整理に苦労する (本が整理できないのではなく知識が整理できない)


本の整理に苦労する

(本が整理できないのではなく知識が整理できない)

本の整理に苦しむ,本はかさばる,本は重い,整理しにくい,本は物になっているから整理しにくい,読んだ本でも忘れている
なぜそうュのか?本は知識であり知識は物ではないが本だと物となっているから整理しにくいのだ
電子化すれば膨大な本が検索できることが効率的になる,それはインターネットでしている

ただインターネットには本のような専門家の詳しい知識は見つかりにくい,それなりに知識が膨大になっているが専門的な知識は本にある
ところが本は千冊あってもどこに何が書いてあるのかもわからない,ただ本屋の立ち読みのようにランダムに読んでいるとその数行がこれはいいとなり利用する引用するのである気ままにいろいろな本を全部ではなく拾い読みする,するとそこに新しい発見がある
新しい発見があるのはそれは読む方が発見するのであり読む方が引用できるとなると
読む方が独創的になっているからできる

本のあるページの数行からイメージをふくらませて自分なりの文を書いてゆくのである。10冊の本があるとしたらそれが歴史関係だったら世界史とか日本史とかに分類してまとめておいて拾い読みすると相互のつながりが生まれてくる,その時本が活きてくる
だから何かを調べるとか書くとするとき本はその分野のものが多く内容が濃いものだと
自ずと独創的なものが書けるのである。
それはAIのビッグデーターの手法なのである。膨大なデーターから探れば自ずと研究するには有利になるのである。

とにかく知識は膨大である。一生の間に読める本も限られている
千冊読んだとしても忘れるのがまた多いのである。
本でも内容が濃いものは何回も読む,何かあきずに読む,つまらない本はもう何回も読まない,とするともういらない本になっているのだ。
そういう本も多すぎるのである。何か自分は本の中味を読むより本を集めた蒐集家になっていた,本は物だから骨董品のように集めるという人間特有の真理は働く
本を買ったら知識が増えたような気になる,でも実際はそうはなっていなかった
知識は何か物ののように財産とはなりにくい,かつては本が希少価値があったからそうなっていた,今は本はそれほど希少価値がない,情報は本の外でも膨大になっているからだ
ただ本は全部読むのではなく一部分を読むのでも知識の吸収に効果がある
だからものを書くとしたら私設図書館のようなものが必要なのである。
書くときは必ず参考にする本があり知識があるからだ
本が整理できないというとき本ではなく知識が整理できないのである。
一冊の本を読むときでもそこに何が書いてあったのかも忘れているからだ
線を引いていても忘れているから読んだことにもならなかったのである。

本に埋もれてしまったが実際は膨大な知識を消化できなかったのである。
それで本に書かれたものも忘れたとなる
知識も無限だから何かしら消化する必要がある,でもその知識も一部にとどまるのである消化するということは自分なりに自分の体で消化して栄養分にすることである。
ただその栄養となるものも知識の場合は知識の世界にしたらほんの一部だとなる
いろいろ本を買ってもそれを理解する方がむずかしいからそうなる

ただ知識を整理するというとき例えば物だったら四角のものは四角とか丸いものは丸いものとか同じ種類のものを集めて整理する,知識はなかなかそうはいかない,全然関連しないようで知識はみんな関連しているところがある
そういうふうに知識の組み合わせは無限なのである。
だから知識は創造的に利用することがむずかしい,整理もできないのである。

自分の場合は詩に関したもの短歌とか俳句に関連したものとか文学関係は集めた
アマゾンの古本で安いから買い集めた,これはいい方法である。
詩を書くとしたらやはり参考とするものが多いといいのである。
詩は詩でみんな関連しているからである。
最近集めたのは原発関係とか津浪関係であった,これもみんな読み理解すると容易ではない,第一これらは知識として追及していないかったから今になり追及するとなるとむずかしくなる,知識はやはり積み重ねだからそうなるのである。

新しい知識は吸収しにくくなる,若いときからテーマをもって積み重ねたものは理解しやすいが新しいものとなる理解しにくくなるのである。
だからAIとかでてくると理解しにくくなる,新しい機械も操作しにくくなる
それで新しい電気製品を買ったが使いなのが多くなり失敗したのである。
使い慣れたものは使い安いが新しいものは使いにくい
パソコンのソフトでもそうである。これは多機能だから新しいソフトは使いにくいのである。それがいいものでも使いないのである。

情報化社会とか知識社会になってくるのはコンピュターが一般化したとき予想されていたのである,自分はワープロで富士通の親指シフトを使っていたから今も使っている
これで文章が早く打ちやすいから書いている
ローマ字シフトだと遅くなり文章を書くのが嫌になるからだ
知識社会になるとあまり暗記とかは重要でなくなる,創造性とか考えることが大事になる
そのためには暗記中心の教育は受験などは知識社会には適合できなくなる

なぜならAI化すると機械のやれることと人間のやれることが区別されるからである。
翻訳などは相当に進歩したことでもわかる,機械の方が優れてるのである。
それはどういうことなのか?人間にしかできないこと創造することがより重要になるのである。創造することは子供のときからしていなとできない
才能があるないという前に暗記だけの教育ではもう知識情報社会には適合できないからだ今のアナログ的な教育は前時代的なものになっているし変わらることが望まれているのだ暗記中心の教育はAI時代には取り残されてしまうのである。
だから考える訓練を子供のときからしている必要がある

2017年11月03日

「消された王権・物部氏の謎」関祐二を読む (伽耶がいかに大和朝廷の前にかかわっていたかがわかる)



「消された王権・物部氏の謎」関祐二を読む

(伽耶がいかに大和朝廷の前にかかわっていたかがわかる)

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●ツノガノアラシトとは

関裕二氏は「消された王権・物部氏の謎」

「日本書紀」垂仁天皇2年の条に、「一書にいわく」、という形で次のような記述がある。
「額に角有ひたる人、一の船に乗りて、越の国に泊まれり。
彼、そこを名づけて“角鹿”(つぬが)という」

これによると崇神天皇の時代、“額に角を生やした人”が舟にのって「越の国」に着いたという。
その人物に角が生えていたことから、この場所を“角鹿(つぬが)”→“敦賀(つるが)”と呼ぶようになったというのである。

どこからやってきたのかを問うと、「おお加羅国」の皇子で、名は「ツヌガアラシト」であったという。
日本に聖君がいると聞きつけて、こうして帰化しに来た、と語ったことが記録されている。

一説にはこの人物が王子であったところから、王家出身のしるしとして冠をかぶっていたのではないか、
あるいは「ツヌガアラシト」という名称が、“角のある人”と聞こえることから起こったとも言われるが、これは素直に“鬼”と解するべきであろう。
ツヌガアラシト個人だけではなく、「加耶」という国の有り方自体に“鬼”をめぐる問題が隠されていたためである。


(中略)

「日本書紀」の「ツヌガアラシト」説話の直後には、「アメノヒボコ」なる人物が半島のもう一つの国「新羅」から渡来した話が載せられるが、 (「古事記」の中で「アメノヒボコ」はなぜか「日本書紀」の「ツヌガアラシト」と同一視されている。)
通説でも、加耶皇子「ツヌガアラシト」を神格化したものが新羅の「アメノヒボコ」であるとされている。

紀元節(建国祭)の起源となたった祭りに、(園神の祭りと韓(から)の韓(から)の神の祭りがあってそれぞれの祭神が園神(国の神)大物主神と韓神(伽耶出身の神)少彦名彦神であった
そして第二に「出雲の国造(くにのみやっこ)の神賀詞(かみよごと)」のなかで、出雲を代表とする四柱の神の一つにカヤナルミの名が登場する、カヤナルミは伽耶の姫の意味である、これを全く日本書紀では無視している

任那日本府は鬼の府ではなかったか、物部−蘇我−伽耶−新羅を結ぶ反天皇家、まつろわぬ者どもの思惑と一致するのである

なぜ大物主神は伽耶の女性と結ばれたのか、伽耶の少彦名神≪ツノガノアラシト,天日槍)との間に起きた鉄の利権争いとその後の和解が大きなヒントになっている
伽耶と出雲の和解の証(あかし)として婚姻関係が結ばれた、この和解の申し子が事代主神−蘇我氏が物部、伽耶双方の血を受けた正当な鬼であった

日本建国の成り立ちが複雑なのは朝鮮半島から始まっているからである。朝鮮半島の争いが日本本土にももちこまれたから複雑になっている
ここで抑えておきたいのは大和朝廷が物部−蘇我−伽耶−新羅の連合軍と対立していたことなのである。蝦夷というのは大和朝廷に対立するものであり野蛮人とかではない、蝦夷とエミシは違っている
蝦夷は広範囲に大和朝廷と対立するものの意味であるからだ、その対立は朝鮮半島から始まっているから複雑になったのである。

●須恵器の歴史

日本書紀に雄略朝のとき、百済から新漢陶部高貴渡来したと伝えられる、新羅の王子とされる天日槍(あまのひぼこ)とともに多くの工人が渡来して近江の鏡谷で朝鮮式陶器を焼いたとある
鉄は朝鮮語で〈スエ)とういう、そこで鉄のように固い焼き物であるから「須恵」と呼んだのだろう、いまでも残る須江、陶、末などの地名はその須恵器の生産に深くかかわったのだろう
最近では仙台でも窯跡が見つかっている
窯跡では3基の須恵器専用の窯が発見されている。製品の供給先については明らかではないが、東方約2.5qのところにある郡山遺跡T期官衙(かんが)との関連が推定される。
http://www.sendai-c.ed.jp/~bunkazai/isekidb/k0000000079.html

昔須恵器を作った部落には今でも陶、須恵、末、主衛などの地名が残っている所が多い
また須恵器の窯跡が集落として場所は近くに古墳群や、府中、国分寺のあっことこやすが多く地方文化の中心地だったところと密接な関係があったようである
須恵器は縄文時代の土器とかとは相当に違ったものである。韓国語でスエは鉄のことだから固いものとして使われていた
中国の黒陶という陶器である。だからその技術はエジフトの古王朝時代にもさかのぼるのである。
すでに轆轤を使われていた、エジフトは先進の文明国だったのである。
「轆轤の起源は車の発見とほぼ同時で,車を縦にしたものが轆轤だ」こういうとき技術は必ず転用されることを古代から示していたのである。

考えてみると縄文時代の火炎土器はどうしてあのような文様になったのか?
それは野で火で土をそのまま焼いたからかもしれない、そのとき火が燃え上がるからである。その火を見て焼いたから火炎土器となった
縄文土器は非常に原始的なものだったのである。だから原始の力をそこに感じる
須恵器となると洗練されたものとなる,縄文土器のような荒々しいものはないのである。
陶器の生産の効率の上昇は、出土する陶器の数や種類が前の文化に比べ増大したことにもみられ、鼎や鬲、9宦A高柄杯など、調理器や食器として使われた多様な黒陶・灰陶の陶器が出土している。

陶器のほか、石包丁など石器や骨器などの武器や道具、ヒスイなどの玉なども出土している。龍山文化の後期には青銅器も出現しており、殷代・周代(あるいは殷の前にあったとされる夏代)の青銅器時代に入る過渡期であったと考えられる。
龍山文化の社会に現れた大きな変化は、都市の出現である。初期の住居は竪穴式住居であったが、やがて柱や壁を建てた家屋が出現した。また土を突き固めた城壁や堀が出土しており、特に山西省襄汾県の陶寺郷の南で発見された陝西龍山文化の遺跡・陶寺遺跡(紀元前2500年 - 紀元前1900年)は龍山文化の都市遺跡の中でも最大級のものであった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%B1%B1%E6%96%87%E5%8C%96

須恵器は韓国経由で日本に伝わった、そのオリジナルは中国にあるのが普通である。韓国独自のものは少ないと思う、なんでも韓国起源にするけど元をたどれば中国になるのである。
すでに紀元前2000年ころにそういう技術があったことに驚くのである。

●須恵器の窯があった場所が福島県では棚倉と浜通りである

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須恵器の窯跡の分布図(森浩一編)

この地図で須恵器の窯跡があるのは福島県に注意すると浜通りと棚倉である。棚倉は古代にヤマトタケルの伝説がある場所である。

この地に八人の土知朱(つちぐも)が居た。一を黒鷲、二を神衣媛、三を草野灰、四を保保吉灰、五を阿邪尓那媛、六を栲猪、七を神石萱(かむいしかや)、八を狭磯名という。それぞれに一族があり、八ヶ所の岩屋に住んでいた。この八ヶ所は皆、要害の地であった。だから皇命に従わなかった。国造(くにのみやつこ、律令施行以前の時代、朝廷から一国の長官に任ぜられた現地の豪族)の磐城彦(イワキヒコ)が敗走した後は、人々を奪い去る事が止まなかった。景行天皇は日本武尊に命じて土知朱を征伐させた。土知朱は力を合わせて防戦した。また津軽の蝦夷と共謀し、多くの鹿や猪を狩る強弓を石の城柵に連ねて張り、

ここに神石萱(かむいしかや)がいる、これは伽耶に由来するのだろう
それは須恵器の窯跡があるように須恵器の技術を渡来人が伝えたのである。

そして浜通りにも末続駅があり真野地域がある、須恵器が福島県ではこの二か所に伝わった、それは考古学的な発見と残された伝説が一致しているからち信憑性が高いとなる
伝説でも何かしらの事実があって伝えられているからである。
万葉集の真野の草原(かやはら)地域にはほかに唐神堤という地名がありこれは唐は韓なのである。なにかしら仏教がこの辺に伝わり地名化したのである。
地名化することはそれだけ定着して住んだ人がいるということになるのだ

出雲には

唐川という地名、これは韓川であり韓窯神社や新羅系統の韓国伊太神社(いたて)
野だだ時代の自然送風神をまつる都武自(つむじ)神社、フイゴによる送風神を祭る伊布伎神社や剣神を祭る都我利(つがり)神社などなどがある
(古代朝鮮と日本の旅(朴春日))

伊太神社(いたて)というとき伊達氏の由来がここにある、するとこれも渡来系に由来するのかとなる
そして気になるのが都我利(つがり)である、つがはつがるにもなる,京都には津軽という地名もある、このつがはツノガノアラシトにも通じている
これは渡来系に由来するのかもしれない、ただ津川とかなると川のことだから関係ない
不思議なのはつがの地名を集めると何か須恵器のある窯跡と一致するのである。

津賀 (つが) [茨城県鹿嶋市]
都賀 (つが) [千葉県千葉市若葉区]
津荷 (つが) [和歌山県東牟婁郡串本町]
笏賀 (つが) [鳥取県東伯郡三朝町]
津賀 (つが) [高知県高岡郡四万十町]
継鹿尾 (つがお) [愛知県犬山市]
都加賀 (つがか) [島根県飯石郡飯南町]
津賀町 (つがちょう) [三重県鈴鹿市]
都賀西 (つがにし) [島根県邑智郡美郷町]
津金沢 (つがねさわ) [福島県耶麻郡猪苗代町]
津金沢 (つがねざわ) [山形県山形市]
都賀の台 (つがのだい) [千葉県千葉市若葉区]
都賀本郷 (つがほんごう) [島根県邑智郡美郷町]
都賀町家中 (つがまちいえなか) [栃木県栃木市]
都賀町臼久保 (つがまちうすくぼ) [栃木県栃木市]
都賀町大柿 (つがまちおおがき) [栃木県栃木市]
都賀町大橋 (つがまちおおはし) [栃木県栃木市]
都賀町合戦場 (つがまちかっせんば) [栃木県栃木市]
都賀町木 (つがまちき) [栃木県栃木市]
都賀町富張 (つがまちとみはり) [栃木県栃木市]
都賀町原宿 (つがまちはらじゅく) [栃木県栃木市]
都賀町平川 (つがまちひらかわ) [栃木県栃木市]
都賀町深沢 (つがまちふかさわ) [栃木県栃木市]
都賀町升塚 (つがまちますづか) [栃木県栃木市]
都賀行 (つがゆき) [島根県邑智郡川本町]
都賀行 (つがゆき) [島根県邑智郡美郷町]
津軽町 (つがるちょう) [京都府京都市中京区]

なぜこれほど栃木県に多いのか?何か関係があるのか?
福島県の猪苗代は別に須恵器の窯跡とは関係ないだろう
いくつかは渡来系と関係しているのか、京都に津軽町があるのはそうなのか?
これも関連性があるものとしてのせてみた
津軽(つがる)はツノガノアラシトであり出雲の都我利(つがり)神社も同じ系統だろうともかくこうして追求してゆくと真野の草原(かやはら)という万葉集の歌は渡来人と不可分に結びついたものだということが積み重ねたもので限りなく伽耶に近いともなる
伽耶ではないにしろ渡来人が関係していたのである



自分は学者ではないし学問というとき研究となるとやはり研究の仕方がわからない、またはできないのである。勉強も実は勉強の仕方がわかればすすむのである。
今回は今まで買った本をさっと読んでつなぎあわせて書いた
相当に本も集めないと研究はできない,でも本でもある目的をもって読むと頭に入るし活きてくる、漠然と読んでいてはダメなのである。
自分のテーマと万葉集の真野の草原(かやはら)の歌の謎に迫ることでここまで研究してきたのである。一つの目的があるとその線にそった情報を集めるから情報も活きてくるのである。

もらっていい金とそうでない金がある (金もカルマとなり後で苦しむ人がいる)


もらっていい金とそうでない金がある

(金もカルマとなり後で苦しむ人がいる)

金に人々の感情がこもりカルマとなる (親の因果は子に報うはさけられないカルマである。)

金はもらっていい金ともらってはいけない金が確かにある
もらってはいけない金はそれがカルマになりあとで悪い影響がでてくる
自分の経験では自分がもらったのではないが親が交渉でもらった金はもらうべきではない金だった
それは人の不幸によってもたらさこれた金だったからである。
交通事故で死んだ結果もたらされた金だったからである。

その金をめぐってもめた,そのとき弁護士を頼んだが弁護士は何もしなかった
百万払ったが何もしなかった、実際に交渉したのは保険会社の人だった
結局弁護士は漁夫の利を得たのである。実際に本当に何もしない,交渉すらしない、裁判にもならなかったからである。となると一体弁護士はそんな金を受け取っていいのかとなる?
それは悪い金でありそれがカルマとなる、弁護士は何かそうしした紛争になるときにかかわる
だから弁護士という職業もなにかブラックなものとなりやすいかもしれない。

それはどこにでもある,医者でも金持ちから礼金をもらうことは普通にあるし普通に良くしてもらいたいと金を払うことがある、第一医者になるには莫大な金がかかる、だからこそ医者は跡を継がせるために金が必要となる医者は今やいらない薬を与えたりいろいろと患者に無駄な金を使わせる、子供に跡を継がせるだけに金を使うとかなるのもどうかなと思う
なぜなら医者に向いていないものもいるからだ、そうした人も無理やり医者にするのは社会にとっても良くない、それは政治家にも言える、二世議員が多くなるのとにている、職業の適正はそこで損なわれ社会にとっても歪めたものになる
そうしてもうけた金がいいものかどうか疑問になる、医者は仁術だというとき何か人助けがありそうなったが今は医者は算術なのである。あらゆるものがそうなっているから医者だけには言えないがそれで社会が歪んだものとなってしまったのである。

ともかく金はすべていいものではない,何か怖いものがあるのだ、でも人は自分でもそうだが金はあればあるほどいいものだと思っているのだ。金があればこしたことがないしなければいいことはない
現実社会ではそうである。だから金をいらないとか否定しにくいのである。
でも明らかにもらってはならない金はある、人を殺してまで得た金だったらもうそれは恐ろしいカルマとなってゆくだろう。
百万でも拾った金だとそれもどういう金かわからないから危険がある
得たいの知れない金だからである。

例えば株でもうけるというのは資本主義社会では容認される、だから悪いとはならない、でもそれが巨額になると何か悪魔的になる、現実に資本主義社会では極少数のものに巨額の金が流れている、それで世界を支配しているのはそうした金持ちだという陰謀論になるのである。
その金はどうして得られたのか?ただ株に投資して得られた、一方で汗水垂らしてわずかの金を稼いでいる人もいる、それが社会の大半である。そしてグローバル社会では貧乏な国が富裕な国のために低賃金で働かせるとかなりそれが国のカルマともなる
カルマは国だけではない組織とか団体にもカルマとなる、会社でもそうである。
カルト宗教団体でもそうである。そういうところに属しているだけでカルマとなっている
おかしなのはそういう団体に属しているからこそ救われるとか成仏する信じている人たちがいる
でもいづれはそれがカルマとなりその悪が暴かれるときがくる、その責任が問われる
責任が必ず問われる、カルマとは責任のことだからである。
団体にいればみんなでいるから安心だと思っていてもいづれは一人一人がその責任を問われる
みんなが入っているからいいものなんだよとはならないのである。

原発事故でもそうだった、これほど重い責任があるとは思っていなかったろう、原発を金のために誘致した
地元の人たちもそうである。それを運営した政府とか東電とかでもそうである。そこにはあまりにも大きな責任が課せられていたのである。その責任はとらされるが政府でも官僚でも東電の幹部でもとっていないのである。でも誰かが責任をとらされるのである。責任をとらされたのは地元の人だったのである。
空気も水も土地も放射能で汚染されて住めなくなったからである。遺伝子も傷つき子孫すら残せないとかなったからである。
責任は必ず責任があった人がとらされるとは限らない、全然責任もない関係もない人だってその被害を受ける
人間は責任から逃れられないようにできているのである。

ただ地元の人でも金になればいいと政府と東電からも金を受け取ってきたのである。
だからそうした金はカルマとなり事故となり責任が問われた、そして地元の人たちも責任を言われる
お前たちは恩恵を受けていたのだから責任をとれとなるのである。
つまり金ならなんでもいいとはならないのである。
でももう金ならなんでもいいとなるのが今の社会である。
つまりもらっていい金ともらってはならない金があることは確かなのである。
そこに金の怖さが隠されているのである。

この辺では今は船主が批判の矢面にたたされている,原発事故前から補償金で潤っていたからである。
事故後も船主には一番補償金が手厚いのである。だからいち早く立派な家を建てたのは船主だったとなる
でもまわりの人たちは良く思っていない、それは事故前もそうだったのである。
みんなが船主ではないからである。
金をもらっているときは漁業関係者はもらって当然の金だと思っていたのである。
それは海が汚されたら魚も売れなくなるからだ、そのときは周りでも文句も言えないのである。
それは当然の権利だったからである。でもその金はいいものではないもらってはならない金でもあった
だからこそ今になると批判されるのである。

金はともかくなんでもいい、悪い金もいい金もないとかありえないのである。
もらってはならない金は確かにある、それがカルマとなり後で苦しむことになる
それは自分がもらわなくても親がもらっていたりしたらそのカルマを受ける、自分がそうだったともなる
別に親が不正してもらった金ではないにしろ何かそういうものが一部あったことは確かである。
自分もは恩恵を受けているのだから金は怖いものがあると感じたのである。

でもこんなふうに金に敏感になったら金はたまらないだろう、どうしても貧乏になる
金そのものが不潔なものになり金に触れたくないともなる、そうしてインドの修行者は暮らしている人がいる
金をいちいちそうして悪い金だといい金だとか区別しにくいからである。
小さい金はそういうことはない、大きな金になるとそうなりやすい、遺産関係などがそうである。
だから必ずもめるのである。
そんな大きな金をあなただけがもらう権利があるのか?
それもそうなのである。だから親がどうして遺産を残したのかも問題になるのである。
自分の遺産は親が店をやったりこつこつ働いたものである。でも母は年金を一銭も払わないのに月3万もらい
60歳から百歳まで40年間もらって一千万以上になっていたのである。その金は一銭も使わなかったがその大半は盗まれたともなる,だからこれも何なのだったとなる
それはもともと国の金でありみんなが働いて出した金ともなるからだ

ともかく金はもらっていい金ともらってはならない金がある、これは間違いない、でもそんなことをいちいち考える人はいない、でもそうでも後でそれがカルマとなり親でなくても子とかそのほかの人を苦しめることがあるのだ、濡れ手で粟のように入ってくる金はいいものではないのかもしれない、そこには呪いが隠されているかもしれない、そこに金の怖さがある
ただカルマはつぐづくある、その人は子供のために使う金を親が使っていた、今度は子供が親になったときやはり子供のために使う金を親が使うようになったのである。何か間違いなくカルマとは人間が繰り返される業なのである。
ともかくこの世の問題の多くは金にまつわるものである。それだけ金の力が大きくなったのである
タグ:金の呪い

2017年11月02日

秋も終わる?(俳句十句) (俳句は単純でも深い読みで鑑賞するもの)


秋も終わる?(俳句十句)

(俳句は単純でも深い読みで鑑賞するもの)

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加工はしたけどやはり写真が基本である。
どういうふうに撮るかが問題である。
ここで木を写真の中に入れたことで活きた
乳母車の母と子はねらってとった
こういうふうに変化するのを写真にとるのはむずかしい
隠れてなんとか気づかれないようにとった

川上の巌の硬く水澄みぬ

晩菊や牛数頭のここにいる

卵生み鮭の命の尽きにけり

一区画畑の手入れや秋の暮

誰が座る公園のベンチ落葉かな

労務者や仮設のプレハブ秋あざみ

灯のともり空き地にかすか残る虫

晩年に秋夕焼けの色の濃し

帰るとて待つ人なしや冬の来る

田舎駅遠くの人や曇る月


俳句は短いからむしろ鑑賞する方が深い読みをしないと鑑賞できない
「川上の巌の硬く水澄みぬ」この句などなんなのだろうとなる
自分の場合,石と巌とかテーマにしてきた
石でも巌でも山でもそこで人間化する,巌が硬いというとき穢れをよせつけない
真実の巌となりそこに水が澄むのである。
一見単純でもそこに深さがある,ただそれを読み取るのがむずかしいのである。

「晩菊や牛数頭のここにいる」この句でも本当にあまりにも単純なものでありこれが俳句なのかともなる,ただ晩菊屋か咲いていた,そこに牛がいたというだけだからである。
でもこの単純さの中に俳句が活きている,単純だから活きている

今日は原町の歯医者に行ってきた,原町には買い物があり行く,必ずパンを買う,それは鹿島では売っていないからだ,それで困っている,相馬市にもパン専門店がある,焼きたてのパンを売っている,自分はパンは好きな方であり朝はパンを食べている,簡単であり楽だからパンにしていることもある
原町だとまだ近いから自転車で行けるが相馬市となるとなかなか行けなくなった

道の駅に公園がありベンチがある,何かそのベンチには人が座る,でも原町だとまだ都会であり人が往来するから結構人が座るかもしれない,鹿島とかになると公園があってもほとんど利用されていないのである。
あそこの公園は子供でも外からの人も利用しているのである。結構にぎやかな場なのである。だから公園らしいともなる

今日は秋夕焼けが美しかった,秋夕焼けの色はまた独特である。晩年は秋夕焼けがふさこわしい,ただもう冬が来る,今年の天気は変則的だった,秋が来たと思ったら冬のようになりまた秋になりとか季節感がまともではない,だから俳句の季語もうまく使いないのである。

月がでているけど雲にかかり光っている,一応月は出ている,微かに虫の音も聞いた
でも秋も終わりなのか?まだそうでもない,これからが紅葉なのだろう。

立冬は11月8日頃(2017年は11月7日)とあるからやはり冬なのである。
ただ何か秋が普通は長く感じられて晩菊とかの季語があったのである。
それが短く感じられるから季節感が狂ってしまった

今日は月も出て光っているが雲がかかったりしている,駅に遠くから来た人は一時出会う知らない人である。だからこそ気楽にちょっと話して去る,でも何か駅にはそうして外部の人が何かを残してゆくというのは確かである。
駅は何か本当は人間臭い場所なのである。人間が出会い別れる場所でもあるからだ
ただ今はスマホを見てそればかりに集中している人が多くなった

あれはその場の雰囲気を味わうことがない,人との出会いもなく,ただスマホばかり見ているのは何か感覚的にも残るものがなくなる,便利なのことは確かだがスマホだけでは
本当の情報には接しられない,なぜなら情報とは情に報いることだからである。
情報は情を通じ合わせることなのである。それは一時の出会いでもそうであり道を教えたりしてもそうなのである。そこで見知らぬ人でも情を通わすのである。
ただ自分も旅のときそういうことをしていない,何か旅だと次がどこに行くとなりその次の旅先に心が向いて落ち着かないからだったかもしれない,迎える方になると落ち着いているし余裕があるから話しかけたり自分がしているのだと思う

いづれにしろ家には誰も待つ人がいないのも淋しい,それが何なのかまだ良くわからないつまりそういう一人の経験をしていないからである。
家に家族がいないことはそれが家なのかという疑問が常にあった
家とは何なのか?ハウスとなると建物のことでありホームとなるとそうではない
そこには何かあたたかく迎える人がいる,それがなくなったときハウスがあってホーム
がなくなってしまったのかもしれない,ホームは人間の帰るべき場所だがハウスはただの建物なのである。だからそこはホームではない,つまり自分にはホームがなくなってしまったのである。

でも本当にホームがあったのかとなるとそれも疑問だった,今家族も冷たいという人も多くなった,この世に本当にホームがあるのか?キリスト教では天国にしかホームはないのである。この世は異邦人としてありこの世がホームになりえないのだ
家族だって愛がない家族だってあるからだ,そこがホームとはなりえないのである。
ただ自分には理想的ではないにしろホームがあった,待つ人がいたのである。
それがいなくなったとき家はただのハウスであり建物である
それでも家があるというだけでもいいとかなる

山の変容(Change of mountain)

山の変容(Change of mountain)

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山の断面

Cross section of mountain
タグ:Mountain

自分のプログの「検索方法」


自分のプログの「検索方法」

検索の窓でキーワードを入れてそれからそのタイトル,題名をグーグルの検索で探す
するとたいがいそのタイトルの全文が出てきます

量が膨大なので何を読みたいのか調べたいのかとなると結構むずかしくなっている
自分自身が自分の書いたものを忘れて探している

何らか整理しないとならないけどそう簡単にはできない

ホームページの方で整理したいがこれももう長い間書き込みしていないので使い方が良くわからなくなっている

インターネットの問題はいかにうまく効率的に検索するかにある
それが意外とむずかしい,そのノウハウがわからない,どこに自分の探すものがあるのかヒットしない,どこにあっても知らなければ価値もないということである。

ともかく今も整理はしている,今は一日二回アップしている
午前中に一回午後に一回である。

プログは書きやすいので書いている,でもまた読み返してそのつづきを加筆することができる,それがプログとかのインターネットのいい点である
完成したものとはならない,死ぬまで書き続けることになる

実際にそうして「心の青雲」の著者の都築詠一氏は死んだことに驚いたのである。
それは未完のまま終わったのである。途中で突然死んで途切れてしまったとなる
今やそういうこともある
プログはホームページでも自分の世界を作りだすことができる
本とか雑誌は紙のメデアだと普通はこんなふうにできないからである。

時系列だとここで自分のプログがタイトルごとに読める
タグ:検索

2017年11月01日

一本の樹(詩)から考える (飯館村などの避難区域のこと)

    
 一本の樹(詩)から考える

 (飯館村などの避難区域のこと)
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一本の樹

この道の辺に
一本の樹
秋の夕日のさして
ここに立ちて久しも
そは何を語るや
ここに根づきて
ここにありしことの尊さ
何ごとのなけれど
ここに長くありしがゆえに
人は去りしも
ここに立ちて動かざれ
ここにありつづけるもの
その意味と尊さを知れ
一本の樹
かくもここに長くもありて
その土地の標(しるし)となりぬ
この道を歩みてまた暮るるかな
 
   
 野の樫

野にひともとの樫立つ
冬の日の老いた幹と枝は
いま光る緑につつまれて
野の道のほとりに立つ
行き還りその傍らをすぎるとき
明るい悲哀とものしずかな勇気が
ひとの古い想いの内にひびく
(伊藤静雄)


飯館村でもどこでもそうだがこうした木はある,それは日ごろ意識しない、でも村の中でもどこでもそういう
木は人間化した木になる、だからこそ村に人が住まなくなったとき余計にさみしく感じるのである。
空き家になった庭の木でも石でもそうである。

人間はこうしてしただあるものの価値を感じない、でも一旦この辺のように原発事故で人が住まなくなったときこれは一体何なのだろうと常に考えるようになったのである。
村でも町でもどこでも一本の木はある、そういうものはまるでその村の目印のようにあった
だから一本松とかが地名になり残された、それは意識しないが常にあったものでてある。
人間も生物の一種だから老人になると定着志向になる、その土地に根付きやがてその土地に朽ちてその土地の養分ともなる、それは生物はそういう循環を繰り返してきたからである。
人間もまた同じように自然の中に生を繰り返してきたのである。

ここで見直されたのはただあることの価値である。そこにあるだけで価値あるものがあった
そして長くあるものは価値があった、木とか石とか自然は長くあるから価値がある
人間は変わりやすいから価値が消失してくる
そこにいつまでもあるものはやはり価値を帯びてくる
本当の価値はそこに長くあるものでありそこに価値と意味と尊さが生まれる

それが現代では常に変化して新しいものを求めて古いものが捨てられる、
常に人間の社会は古いものがあって新しいものがある野だが技術の面では常に変化してしそのスピードが早い,
だから老人は技術的には追いつけないから無用のものとされる
でも精神的な価値を求めると老人的な価値がむしろ社会の価値を作ってきた、成熟しなけければ本当の価値は生まれない、
若者的なものが必要でも騒々しいものになる、
自然でもなかなか若いときその意味と価値を会得でとないのである。
それで自然と同化するアイディンティティ化するには時間がかかるから老人にならないと自然でも人生のこともわからないのである。

老人は人生をふりかえるから誰でもそれなりに人生とはこういうものだったのかとわかる
ただその時は時遅しとなっているが老人はそういうことで若者とは違った見方をしている
ただ本当にあるというだけで価値が帯びてくる、そういうものがあるということに気づく
そして原発事故で人が住まなくなった町や村はそこに住む人の担(にな)うものが大きくてなった
村でも町でも市でもそれがなくなるということはイメージもできなかった

そこで意識したのは村全体のこと町全体のことだったのである。
普通村全体でもなかなか意識しない、常に個々人とか家族は意識して暮らしている
でも村の暮らしをどうしようかなどは意識しにくい、飯館村辺りはそういうことが震災前もあった
でもやはり避難区域になったとき人々は補償金をもらい家族だけは守ろうと帰らなくなった
それはやはり村全体を意識することがなかったからでてある。
村があり町があり市があり家族もあり個々人もあると意識しなかったのである。
そういう全体は意識しにくいのである。ただ今回のように村でも町でも人が住まなくなり村自体が町自体が消失する危機となり意識したのである。

木でも川子の農家の二本の木は変わらずにある、ますますそこに結び合い離れないようにある二本の樹である。この辺では木もかなり切られた、ここの木は残っている

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 the twined trees
 in stability 
 the faithful ones
 
それは老夫婦のようでもある、何か顕密に結びあっている、無言ではあるが互いにもの言わずも信頼して結び合っているという感じになる 

二本の樹

常にここに
二本の樹
もの言わずとも
互いにここに
長くしあれば
信頼し結び合ふ
そは離れざるかな
秋の日はさして
秋は深まり
ここに静かに
二本の樹は変わらずに
今日もありしも

この二本の木も変わらないことによって価値が帯びているのである。その意味を深めているのである。
それを感じるのはやはりこの辺が変わりすぎた結果なのである。 

俳句になると

晩菊や牛数頭のここにいる

飯館村は牛の村だった、牛は定着的な価値の象徴なのである。 牛がいるということで定着を示唆している
そこに落ち着きがあり生の充実がある、こころがここの意味というときまさにここにあるのが牛なのである。
とにかく避難区域に帰って住むことは今までは村とか町の価値はその人口分で維持していた、でもその一割とか二割しか帰らないとなるとその減った人の分を村や町で負うことになる
価値が何倍にもなるのである。そしてそこで村や町に継続された歴史を担うことになる
だからそれを思いばやりがいがあるともなる、ただこんなふうに考えるのは思想的哲学的詩的に考えるのは普通はいない
みんな利益からしか考えないからこそ原発だって建てられたのである。
そのあともやはり補償金でもめてもう不便な土地は嫌だと帰らなくなったのである。

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人が減ると同じ地域でもになうものが大きくなる
百人いたのが10人になったら十倍にになうものがふえる
それは生活でもそうだが精神的なものでもそうである。
村や町には歴史をとして残されたものがあるし死者も墓に住んでいたり
他に歴史として生き続けているものがあるからだ

それを人がへれば担うことになり重いものとなってゆく、でもそこに住むことは
価値あることになる
でも不便だからその不便さもになうことになる
それで村や町を捨てるとなるが残る者には前より十倍もの負担があっても価値があるともなる
いづれにしろ村や町がその全体が消失することがいかなることがまだ自覚されていないのだと思う
posted by 老鶯 at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

黒人はなぜアメリカの国旗に起立しなかったのか? (グローバリズムで国家が問われる時代)


黒人はなぜアメリカの国旗に起立しなかったのか?

(グローバリズムで国家が問われる時代)


人の痛みはわかりにくい,それは自ら経験してないからだ,今回の警察による駅で職務質問はそんなことたいしたことがない,みんなされていることだとなり関心もない
警官自体が相手がみんなの前で職務質問されたことにどんな気持ちでいるかも無関心なのである。

それで黒人が良く警官に殴られたとかそれでひどい傷を負ったとか死んだ人もいる
そのことを考えるときやはり警官というのは暴力を行使できる権力だということを身をもって感じるのである。
その時権力を露骨に感じるのである。普通社会にいてそんなに権力を直接感じることはない,社会での権力は金があるかないかで感じる
金がない人は常に底辺で余裕もなくきつい労働もさせられる,だから奴隷だというとき金がないということなのである。
別に金があかば働かなくてもいいからである。

黒人がアメリカンフットボールの黒人選手が国旗に礼をして起立しない,膝をついて抗議した,それは黒人が警官などに暴力をふるわれたからだという
それでアメリカの白人が怒ってフットボールを見ないとなった
日本でも国歌を歌わないと国旗に向かって起立しないとかの問題があった
左翼系統の教師がそういうことを指示する
それは日本であることだから外国でもあるとなる

でも黒人差別問題は古いし根深いのである。アメリカの分断を考えるとき国家とは何か?
そういう根本的問題になる,誰が国を作ったんだ,白人だとなる
移民ではない,その移民が多くなることは白人の国家でなくなるということでトランプ大統領が指示されたのである。オバマ大統領が黒人だったということで反発がでてきたのである。

ところがアメリカを作ったとなれば黒人も奴隷としてアメリカができたときから国を作ってきたともなるから黒人は他の移民とは違っている,特にヒスパニックとかとは違っている,アメリカで暮らせば日本人などより黒人が人種的には上になる
黒人はアメリカでそれだけ古くから暮らしているからである。
ただなぜ黒人が本当はアメリカの階級でもそれだけ長く住んでいるのだから上のクラスになっていいのにならない,それは人種的な問題なのか黒人そのものの能力のなさによるのかわからない,ただ確かなことは警官が権力の手先となり白人の手先となり黒人を差別して暴力をふるう,そのことに黒人が凄く怒っているのである。


こういう痛みは外国になると余計にわからない,でも明かにアメリカは人種差別の国なのである。例えばなぜ武田邦彦氏などがあれほど白人嫌悪になったのか?
あれだけの学者で世界的に仕事していても差別があったのかもしれない,まちがいなくアメリカで暮らすと差別を受けるからである。
それは観光旅行でも差別を受けることがある,そういう国がアメリカなのである。
人種差別の根が深いのである。だからアーリア人種批判になったのである。
日本人で差別されるとしたら金があるかないかしかない,アメリカでは人種で差別される国なのである。

ただその痛みを共有することは外国になるとむずかしい,ただあれだけ警官に反発しているのは警官が権力の手先であり暴力装置でありそれで直接的に権力を身をもって感じるからである。それは警官が支配しているのではなく白人が支配者であるからそうなると感じるのである。
権力を一番直接的に感じるのは警察と軍隊である。だからぎりぎりになると軍隊が国を支配するのである。暴力で国を支配することになる
共産主義国家は軍隊や警察を幹部で勝手に動かすことができる体制である。
だから権力が一部のものによって使われる体制なのである。

人間はともかくいろんな事件があっても人の痛みを感じないのである。
すぐ隣でも困っている人苦しんでいる人でも直接接しないとわからないのである。
そんな貧乏しているのかとか今では貧乏も見えないのである。
ただ自分が苦しむとその痛みを理解できるのである。

自分は家族で認知症の人を介護したからその痛みを理解したのである。
認知症にはいろいろな誤解がある,それは認知症の人を介護しないとわからないのである自分は認知症はどういう病気か理解した,その苦しみと痛みを分かち合うことになったからである。
つまり介護することは人の痛みをわかちあうことになる,それは介護する人もくるしいのである。認知症の場合は特にそうでてある。また障害者をもつ人でもそうである。
そういう人を介護することは介護する方も同じような苦しみを背負うことになるのである
ただ黒人の苦しみに外国人が共有することはむずかしい,日本は部落差別などあったが差別がない国だからである。ただ人間の歴史をみると差別は常にあった,戦争に負ければ劣等民族とされて奴隷にされるのが普通であった
それでスラブ民族とはスレーブであり奴隷のことだったのである。今でも東欧諸国は遅れているの出稼ぎに出ている,そういう歴史が普通にあったから黒人だけの問題ではないのである。

いづれにしろ国家に忠誠を誓うというとき黒人が古くからいる人達なのに差別されるとなると嫌だとなるのもわかる,国家とか日本なら江戸時代なら侍は藩に忠誠を誓うとなる
藩が国家だから侍が支配者だからそうなる,外国でも貴族が支配者だから国家に忠誠を誓うのである。黒人は奴隷だったから国家意識がないというのもわかる
ヒスパニックでもそうである。アメリカにただ金が欲しくてかせぐために来ている
それは移民はみんなそうである。ただ金がほしい,楽したいために来ているからである。日本国家がどうのこうのとはみんな関係ないのである。
だから一旦そうした移民はもし戦争になったりしたら日本からでも逃げ出すのである。
日本のために死ぬという人はいないのである。

だから国家というとき何なのか?それが今アメリカでも問われているのである。
アメリカの問題はまた世界の問題にもなる,なぜならグローバリズムが否定されてナショナリズムに回帰するというときそれは世界的傾向だからである。
グローバリズムは国家をなくす多国籍企業が支配することである。
そのグローバリストとナシャナリストが世界的に争うようになったのである。
だから国家とかは何かというときグローバリズムで起きてきたことでもある
だから世界的問題となったのである。

国家とは何かというとき単なる利益共同体ではない,多国籍企業は利益共同体である。会社もそうである。国家は歴史的に作られてきたものであり利益共同体という側面があっても違ったものである。そこに軋轢が生じる,グローバリズムが今批判されるのは国家が何なのかそのものが問われているからである。
だからアメリカでは退役軍人が国旗に経緯を払わないフットボールの黒人の選手に怒りを覚えたのである。俺たちは国のために尽くして仲間も死んだとして怒っているのである。それはただ利益共同体ではない,国家を維持するためには死ぬこともあるから言っているのである。ただ今度は世界的に見ればアメリカが世界でアメリカのために戦争して死ぬとういことが世界で認められるかとなるとならない
そこにも国家間での国家とは何かが問われているのである。
世界的に意義がある戦争だったのかともなるのである。本当に正義があったのかとなると国家間ではそうではないからである。
posted by 老鶯 at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年10月31日

今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


山口より来る老人我が駅に立ち寄り去りぬ秋のくれかな

木枯らしの駅に吹きにき季(とき)めぐる人も変わりぬ行き交ふ人かな

病より立ち直りしもその人の老いしやあわれ同じ街に住む


今日駅に来たの山口県から来た老人だった,何かぶらりと寄る人が結構いるのだ
今は老人が暇で金があるから自由な旅行をしている
退職して旅行する人はかなりいる,自由な時間が退職すると得られるからである。
それで驚いたのは鹿児島から歩いて青森まで行くとうい人だった
その人も退職したからこそそんなことをはじめたのである。
これからは退職してからの人生が長くなる
するとその時間をどう生きるのか問題になるのである。
自分は旅はあきるほどしたかから何かそんなに旅はしたくなくなった
それより介護十年間して家族もみなん死んで気がぬけたようになってしまった

どういうわけかこの前も山口から来た人がいた,その人は鉄道マニアで写真をとっていった,鉄道マニアは何気ないものを駅舎でも必ず写真にとる
結構この鉄道マニアもたちよるのである。
別に今回その山口から来た人から何か聞けるこはなかった
この辺のことをこちらで説明して終わりだった
親地駅が津浪で高きところに作られて金華山き牡鹿半島が見えるから行くといいと言ったら新地駅に向かった

でもこうして遠い所からふらっとたちよる旅人がいる,ここでの印象は何なのか?
その人は右田の一本松を見てきたという,これは宣伝なのか?テレビでも写したからか
見に来る人が多い,テレビに写るとそれだけ宣伝効果が大きいのである。
ただあの一本松も枯れてしまうと何か見るものもなくなる

最近は良く自転車で運動している同級生とあう,今日もあったので話した
なんか老けた感じに見える,脳梗塞で入院したとはかなりの衝撃だったのだろう。
この年だと急激に老ける人は老ける,自分だって病気で一カ月入院したり介護で苦しみ老けた,でも自分は歩くこととかスイスイ歩けるし姿勢からはまだ老けては見えない

老けたというとき前かがみになったり歩く姿がよぼよぼになったら本当に老けた老人とみられる,何かしゃんしゃんと歩いていると老人に見えないのである
ただ病気になったら60以降は急に老いることは確かである。
だから60以降は健康でるかないのか差が本当に大きいのである。
どんなに金持ちでも老いるとよぼよぼになったら人間としての価値が急激に低下してしまうからだ,だから本当に60以降は健康が大事になるのである。

ともかく駅は外部の人を迎える場所なのである。自分は旅ばかりしていたから迎えられることだけだった,今は迎える人となっているのも不思議である。
鉄道の旅が長いから何か駅員のまねをして盲人の安全確認して車掌に手をふったりするとき駅員になった感じになる
鉄道が好きな人は鉄道で旅するだけでない一日でも駅員になると鉄道が別な角度から見えるようになるのである。
人間はそもそもいろいろな仕事ができない,だからいろいろな仕事のことがわからないのである。鉄道員に一日でもなれるたとは鉄道好きなものにとって得難い経験となるのである。ただ現実の場ではむずかしいが自分が無人駅で駅員のまねをして案内したりしたことは本当にいい経験だったのである。

常磐線俳句十句 (新地-相馬-鹿島-原町-小高-浪江-いわき)


常磐線俳句十句

(新地-相馬-鹿島-原町-小高-浪江-いわき)
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原町                                               相馬市

(新地駅)

暑き日や新地に海見え道しるべ

新地町海風そよぎ沙羅の花

金華山駅より見えてて夏の海

駅に見ゆ雪の蔵王や境かな

(相馬市)

城下町夕暮れあわれ藤の花

(鹿島)

田舎町草むら深く月見草

田舎駅待つ時あれや合歓の花

(原町)

ひまわりや原町機関区電車来る

(小高)

街道の道の辺の碑や草萌ゆる

(浪江)

大堀の左馬茶碗と柿なりぬ

(末続駅)

畑に人末続駅や菖蒲かな

(いわき)

なでしこやいわきの海の朝明けぬ



静心相馬の城下長々と藤の花垂れ暮れてゆくかな




何かその村であれ町であれ市であれその雰囲気にふさわしいものがある,花でもそうである。
相馬市というと中村神社の藤の花が印象的になる,相馬市の不思議は何かしんみりとする街なのである。そのことは何回も書いた,城下町の雰囲気が一応あるとなる

原町(原ノ町駅)はもともといわき市は平機関区があり原ノ町機関区があり大きな駅だったのである。だからこそ原ノ町は近代化して発展した,無線塔も建ったり相馬市の城下町より発展したのである。駅前通りがにぎわったのもそのためである。
相馬市は街が駅前通りではなくもともと城下町のままだったのである。
だから今でも細い路次が碁盤の目のようになって残っている

城下町だったところは近代化したとき発展しにくくかった,それは外国でも歴史区がありそこはもともと古い場所である。その周りが近代化したビルの立ち並ぶ都市として発展した,会津でも会津の北にある喜多(北)方が商業が発展してあれだけの蔵が建ったのである会津の城のあるところは侍の街だから商業に向いていなかったのである。

駅には市町村でも何か他と違った特徴がある,それはやはりその土地土地によって違ったものが歴史的に作られているからである。
特に地形が変わるとそうなりやすい,これは歴史がわからなくても峠を越えたり海が見えたりするとその土地の変化が肌で感じる

関が原では必ず春でも雪が残っている,その関が原を出ると近江となり何か景色がなごむとういかおだやかに感じて春の山々が見えた
仙台と山形の境の面白山トンネルをぬけると春でも山には雪が残っているから山国を感じる,そういう地形的境が節目となる
新地は宮城県の伊達藩に属していたが外から来た人は常磐線に乗った来た人はそんなに変化を感じない,でも地形的には一番海に近い,だから駅が津浪で流されて新しく高くなったので牡鹿半島とか金華山が駅から見えるのである。
新地の特徴は海が近く山が迫っていることである。

陸前浜街道があるが小高辺りで碑がありその時は草もえる時期だった,相馬から小高まで来るとそれなりに遠いなとなる,浪江は相馬焼を庶民化した大堀があったが原発事故で消失した,でも水戸黄門で左馬茶碗のことをドラマ化したのは面白かった
庶民化した茶碗であり走り駒というのを描いてはならないものだったのである。
相馬藩御用の窯が相馬市の城下にあり田代家が受け継いでいたからである。

こうして何か市町村には駅々でも特徴がある,ただ外から来るとこういうのはわかりにくいのである。
いわきは古殿から峠を下り海に出てテントを張りとまった,その朝になでしこが咲いていたのである。だからなでしこが何かいわきにふさわしいとなった
その場にふさわしい花がある,それは人によっても感じ方が違ってくる
また旅の仕方でもそうである。古殿から御斎所街道を下って遠野を通りいわきの海に出たからこそ一段と海を感じる,山から海へと何か解放感を味わうのである。

何か自分は今は介護十年して旅はしていない,でもこれだけ旅すると旅しなくても旅しているのである。これも不思議だとなる,旅は意外と後から思い出す旅が大事になる
いかに記憶をたどってゆくかが大事になる
人間は最後は旅でもそうだが記憶だけになる,記憶をたどるのが老人だとなってしまうのである。だからこそ原発事故で避難した人は故郷を失った人達はその記憶の場を失ったから悲劇だったのである。
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2017年10月30日

風で常磐線運休二本 (駅ではお土産を買いたい人が多い)


風で常磐線運休二本

(駅ではお土産を買いたい人が多い)

今日は風で常磐線が運休していた,仙台行きに乗る人はちょうど乗ることができた
次の仙台行きが運休になった
インターホンで連絡してみればいいと言って原町駅に問い合わせたら仙台行きは出る
その後は運休になった

その人はお土産買いたいといってテレビ画面の宣伝の映像を見ていた,そしたらネットで買うからいいと言っていた,パソコンの話をしていたから詳しいらし
原町駅でもチーズのみそ漬けは人気である。
あそこの売店にはお土産を売ってるからいい,ここでも売ればいいのにと言っていた
前もお土産を買いたいという人がいた,わざわざ六号線の香の蔵まで行った人もいる

何か駅ではお土産を買いたいということがある,だからお土産の需要はある
ここにお土産が売っている,菅野漬け物店はこの辺では有名である。
近くで世話になった人がここでずっと働いていたのである。
あの女性が働いていたなと時々駅から思ったりするのもここは狭い町だからそうなる

みそ漬け処 香の蔵

駅はまた自転車置き場を広げる,八重桜の木を切ったところを自転車置き場とする
その他また工事する場がある,この前はスイカの自動改札の機械を点検する人があった
無人駅でも人が来て保線とか電気系統の点検とか駅の建物とかその前の広場とかを見ている

鹿島駅前はJRの土地である。だから駐車場にはなっていない,一時的にとめるのはいいのだが駐車場ではないのだ,それで車をとめるところがないかと前の自転車屋の人に聞く人があった,キクチスーパーにとめるのがいいと教えたという
駐車場がないことが駅では困るのである。
地元の人は指定した駐車場を借りている,そこは停車できないからである。

いづれにしろこれから風が吹くと必ず遅れる,それが問題になるのだ
今日は木枯らしであり時雨たりした,風は冷たく冬になったのである。
もう冬なのか,秋がなくて冬が来たともなる,何か変則的になり変わってしまった
秋はもっと長く感じていたからである。
だから秋の季語には秋深いとか秋に関しては季語が多いのである。

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
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2017年10月29日

強すぎる司法権 (検察官僚が実質の支配者)


強すぎる司法権

(検察官僚が実質の支配者)


今回の小池百合子の排除の言葉でもそれを良しとする人達と悪いという人達がいる
良しとする人達は右寄りの人に多く悪いという人達は左の人達に多かった
そしてマスコミは悪いとして小池百合子を攻撃したのである。
希望の党を民進党が乗っ取り小池百合子にあやかりあわや政権交代をも目指したのであるだからマスコミにとって民進党の候補者の排除は許されなかったのである。
ただマスコミはみんな中立として見ていたのである。
自分もそうだったしみんなもそうである。でもネットでそうした右寄りの意見が多く出ているので考えるようになったのである。
マスコミは左によって占拠されていてかたよって報道していたのである。
だからあれほどの小池百合子の攻撃になったのである。

だから考えさせるというときかえって反対のことを言うとき考えさせる,考えるきっかけになる,同じようなことを同調することを聞いていたら考えることはないのである。
だから議論することデベートすることは考えることになるから有効なのである。

いづれにしろ民主主義社会では自ら考えることが不可欠な社会である。
でもそれが教育でも社会でも成されていない,考える訓練が成されていない
するとただ同調することだけになりファシズムへと容易に転換してしまうのである
ファシズムは人間を考えなくさせるものだからである。
カルト宗教団体ではそうなっている,そしてマスコミも考えさせないメデアなのである。
なぜならマスコミはただ事実を報道するのではない,何を報道するかも選んでいるし自分たちの主張を通すために報道している,そして巧妙に報道を操作している
記者クラブでも一部の左寄りの人達だけをクローズアップして写していたという
記者クラブ自体が官報であり利権団体化しているにすぎないというときそれは政府の権力側の都合のいいものとして使われているだけだとなる
こうしてテレビを見ている人にはわからないように操作しているのである。
だから知らない間にテレビを見ていると洗脳される,テレビは考えさせないメデアなのである。
ただ自分は今回の選挙では比例は希望の党に入れた,なぜか?

別に排除することはいいことだとネットで右寄りの人達が言っていたからである。
排除を嫌ったのはマスコミであり別にそれなりに筋を通したものだったのである
だから小池百合子は謝る必要がないというのもうなづけたのである。
自分は右でも左でもなく,民主主義社会には政権交代があるべきでありそれは保守の二大政党のようなものの方がいいと思ったからである。
民主主義社会には政権交代があって成り立つのでありなければ一党独裁であり全体主義社会ファシズム社会となるからだ

ネットではいろいろな情報がでてくる,それを読んでいた方が真実に近づける

官僚独裁国家・大日本官僚帝国の官僚の恐怖政治を支える2本の柱が、 
「警察と検察と裁判所が役人の同士として完全にグルになった司法暴力」、 
「記者クラブという報道情報独占利権と平均年収1500万円の特権階級を保証された 
日本の御用マスコミの第4の腐敗権力」だ。 

日本国民が官僚を潰そうと選挙でどんな反官僚の政治家を当選させようと、 
事実上、「司法暴力」と「第4の腐敗権力」を支配する官僚権力が、 
「国会議員の立法権」も「総理大臣の行政権」も脅しをかけて従える事ができる。 

「国民の意思」である選挙も、 
「司法暴力の国策捜査」と「御用マスコミの偏向報道」で 
官僚に都合の悪い政党や候補者を悪徳政党や汚職政治家に仕立て上げて落選させれば、 
幾らでも官僚権力が操ることができる。 

この国の実態は「民主主義国家・日本」ではなく、 
「官僚の恐怖政治が支配する警察国家・大日本官僚帝国」なんだよ。

なぜこれほど司法権が強いのか?それは警察という暴力装置と密接に結びついているからである。議員とか行政でもそうした暴力装置とは結びついていないからかえって司法の力が強いとなり自治体が警察に脅されたことでもわかる
権力の実体は警察権力に露骨に現れているのである。誰でも警察とはかかわりたくないというときもそうだし議員でも行政でも警察を恐れているからだ
それは警察は逮捕することもできるし実行する権力をもっているからである。

現代社会は権力を持っているのが露骨に見えにくいのである。
それで本当は議員などは何の権力ももっていない,もっていたのは東電の幹部のような目立たない人だったというのもそうである。検察官僚も天下りしていたからである。
警察でも必ずしも現場の警官が権力をもっているとは限らない,検察官僚が司法を司る人が実際の権力をにぎっている,警官ばかりに注目するが実際の陰の権力者は検察官僚だとなる,そうなると社会を支配する側に立ちたいなら法律を勉強して検察官になれともなる警官はただ上の検察官に従うだけだとなるからだ。



社会の仕組みがどうなっているのかわからない (民主主義社会に生活ししていてもわからない)


社会の仕組みがどうなっているのかわからない

(民主主義社会に生活ししていてもわからない)


人間はつくづく社会に生きることが何なのか,どういう社会に生きているのかわからない基本的にそういうことがわからないとしたら生きることがむずかしくなる
学校ではなぜあれほど勉強しろとか受験競争とかなったのか?
それは今の社会を生きるために楽して生きるためにそうなった
親が底辺だったのは学歴がないからだとか地位が得られないのは月給が安いのもそのためだとかなる,それで大学でもいい大学に入れば大企業に入れて楽して金になるとなる

勉強の動機は明治から福沢諭吉の立身出世主義になったのである。学問とは立身出世のためであり学問して得した楽な生活を送りたいということでそうなった
何か真理の追究とかもともとあった学問は功利主義の学問になった
利を得るためのものであり利にならない学問はいらないとなったのである。
それで文系はいらないともなってきたのである。

警察のことを取り上げたが警察というのがどういう仕組みになっているのか?
一番トップにいる人は検察でありその人たちは法律家であり司法試験に受かった人なのである。司法試験を受かるということ自体がすでに警察のトップになれるということであるそれは腕力とか体力でとない法律に通暁した人がトップになり警察を支配するのである。侍の時代だったら腕力であり武力がものいう時代だった,力持ちが村でも能力あるものとして認められていた,なぜなら機械がない時代は力仕事をするのに米俵でもかつげる力持ちでないとできないからである。

警察でも現場の警察官は体育系の体力がある腕力が強い人がなる,それは現場では腕力が必要になる,犯罪者を体力で力で捕らえることが必要になるからだ
体力で威圧する必要がある,でも現実に警察を支配しているのはそうした腕力あるとかの人ではない,法律に通じた人なのである。その資格を持った人なのである。
すると社会を知っていれば上に立ちたければ法律を勉強しろとなるのだ
密接に警察と結びついていて警察官僚になるには法律の資格が司法試験を受かっていなければなれないからである。そこで東大閥とかが形成される

上に立つというとき今は腕力でない,頭脳であり知力であり腕力は低いものにみられる
それで子供の時から勉強しろ勉強しろとなるのだ
例えば建築現場で働くものは肉体労働だから辛いことがある,体力がないとできないことがある,でも設計とかしていればそれは肉体労働ではないから楽だし給料を高いとなるのが現代だからである。
そして機械によって肉体労働は価値なくなる傾向にあるのも現代である。
すると機械を作る人間の方が価値あるとなる

また逆に体力がないものは勉強した方がいいとなる,体力があるものは建築現場でもどこでも一応働けるから食べていけるが体力のないものはできないとなるからそういうことを自分自身のことがわかっていれば自ずと勉強するようになっていた
自分も体力がないからそうして勉強すれば良かったとなるが自分のことがわからないと
社会に出て苦労することになるのである。

こういう社会の仕組みを知っていれば自ずと勉強した方が得だとなる,警察でも上にたつの上で命令するのは司法試験を受かった人達であり体力があっても上には立てないからだそんな理屈ばかりを言う人を無視しろというのもある,でもその人は現実社会をわかっていないのである。その人が警察官だったとしたらそうした上の人に命令されて動く人だからである。

民主主義社会に生きていて民主主義のことがわからないのである。
三権分立があり司法,議会,行政に分かれている,司法は法律で決める場所であり議会は法律を決める所であり行政はその法律を執行する場だとなる
そしたら法律がいかに重要な役割を果たしているかとなる,法を決めて法で動いている社会だともなる,その法を無視して民主主義社会は成り立たないのである。
法律が絶対ではない,ただ一応法律に基づいて社会を運営するとなるのが民主主義社会なのである。

特に文系の場合はどういう職業と結びつくのかわかりにくい,ただ法律関係だと警察という官僚組織にトップに立つというたとがイメージできているしわかりやすいとなる
でも経済学部とかいろいろあるけど文系はどういう職業につくために勉強しているのか社会と直接結びつかないのである。だから遊んでいるだけの無駄だとなる
ただ人間は無駄にも効用がありそれですべていらないとはならない

そもそも学問自体何なのかとというときそれは広範囲な人生全般にかかわるものである。大学とかないと時代は境界とか僧院とかが学ぶ場だった,そこでは社会で得するために学ぶとかではない求道心があって学んでいた,修行する場だったのである。
そこは実学の場所ではなかった,そういうものがなくなったとき大学が就職のためにとかなったのである。

いづれにしろこの社会がどういうものなのか?その仕組みもわからない,民主主義社会といっても言葉だけであり現実に社会の仕組みもわからない
だから警察官でも法律を知らないし法律を無視するような発言になる
でも現実は警察は法律を無視してありえないのである。第一警察機構を支配しているのは司法試験を受かった検察官だからである。法律を知っている人が警察官を動かしているのである。

「法秩序を守るための仕事をしている人」は、「法の番人」に入ると思います。
役所用語で「法執行機関」というと、だいたい捜査や調査をしている機関のことで、警察海上保安官や国税査察、税関、証券取引等監視委員会、公正取引委員会も入ります

法の番人が警察であり警官であるときその人が法を無視していたら法治国家も民主主義も成り立たないのである。

2017年10月28日

法律は理由である、いかなることにも理由がある (理由を拒否するものは民主主義を否定している)


法律は理由である、いかなることにも理由がある

(理由を拒否するものは民主主義を否定している)

警察官から職務質問を受けることが
そんなに不愉快ですか?
私も今までに数回、警察官から職務質問を
受けたことはありますが、普通に応じたら
すぐ終わりました。何の不都合もありませんでしたけど。
正当な理由(犯罪に関わっていると疑われる相当な理由)がなければ、そもそも職務質問に応じる義務はない?
小賢しい法律知識を盾に不必要に警察官を
挑発する必要がどこにあるのですか?


この人がいかなる人かわからない、警察官かもしれない、全くこの人は理由そのものもを拒否している
つまり法律も否定している!この人は民主主義社会を否定する人なのである。
小賢しい法律知識を盾に不要に警察官を挑発するのか?
この発言にも強権的な警察の体質が露呈しているのである。

物を売り買いするのでも理由がある、物がリーゾナブルだというときreasonがあるからそれを買う方でも認める人間生活はあらゆるところで理由づけがなされているのである。
この前家の樋を直してもらおうと思って頼んだら高くなるというときそこは危険な場所だから高くなる
そういうことで理由が常にある,鳶職は危険だから給料が高いとなる

人間にはあらゆることに理由がつきまとっているのだ。別に難しいことでなくてもそうである。
金をくれと親に頼むとき何に使うのだなる,その理由も聞かれる
ただ金が欲しいから金をくれということで納得する者は親でもいないのである。
人間社会は一見理由など考えない,そんなめんどうなことを考えたくないとして生活している
だから法律などめんどうなものは関係ないとも思うし必要もないとも思い生活している

ところが法律と関係しなくても人間は理由から逃れることができないようになっている
例えば力があるものは力で押し通すことができるし暴力で通すことができる
なんで俺を殴るんだよとか言ってもお前が気にくわないから殴るんだとなっても力ある者はそれで通る
これが戦争になる時でも通用する,アメリカだったら理由なくても圧倒的な軍事力で戦争して国を破壊できる
それでは世界の人が納得しないので化学兵器をもっているとか難癖つけてイラクを攻撃したのである。

権力をもっていてもそれだけでは攻撃できない,理由が必要になるからである。
警察の危険は権力をもっているから押し通すことができることである。
職務質問でもあやしいと通報されたら駆けつけるという,それは決まりだからという
それを県の公安委員の人も相談したら言っていたのである。
その人はいろいろ親切に説明してくれた、でもあやしいというだけで職務質問する権限がどうしてあるのかが今も疑問なのである。

要するに自分もその理由に納得できないのである。そこに理由がないのである。
あやしいというだけでどうして誰でもその場もわきまえないで職務質問できるのか?
例えば劇場のようなところでみんなが集まるところであやしい人がいると警察に連絡したらその劇場に職務質問にくるのかとなる
その時と場をわきまえないことができなるのか?
それは極端にしろそういうこともあやしいと通報があればかけつけなければならないとはいうのはおかしいのである。
あやしいとあればそのあやしいという理由は聞かないというのも納得いかないのである。
つまりあやしいという理由が欠如しているのである。
だからここでも理由がともかく必要がとなる

与那国島では土地の人に木陰に休んているからあやしいとして警察に連絡されて職務質問された
その理由が木陰に休んでいるからだとなる、それには納得いかないにしろ理由は理由だったのである。
今回は一切その理由がない、ただあやしいというだけでかけつけてきたのである。
この辺では別に職務質問を受けやすい,避難区域になった所で自分は何回も職務質問を受けている
こういう事情だからしょうがないとなる,それも理由なのである。
でも今回はそうした理由がなかったとなる,ただ外部の人が入ってきているのであやしいと地元の人が通報したのか?それも理由にはなるがそれは言わないのである。

そもそも理由に関係なく怪しい通穂あればどこでも関係なく駆けつけると言っていたからである。
警察官らしい人がそんなに職務質問にこだわるのはおかしい、そんなの普通のことであり理屈を言う必要はないとコメントがあった、つまり警察官は職務質問に関しては強制的にどんな人でも場合でも理由もなくできることになっているしそれをやめないのである。
警察の方にしたらそんなことで理由を聞いていると犯罪者を捕まえられないということはある
だから数うちゃ当たるということで強制的に職務質問しているのである。
それが権力でできるのである
別にこのことは警察だけのことではない、人間のすることには必ず理由がありその理由が正当なら納得して認めるというのが法の起源なのだろう。目には目を歯には歯をというときそうである。目がつぶされたら目をつぶすとなる、復讐を正当化する法律だったのである。

ともかく法律とかは特にその理由の正当性がないと認められないのである。
学問自体もみなそうして理系でも理由を求めている、なぜそうなるのかという理由を求めているのである
これは一つの例にすぎない、人間社会のあらゆるところで理由が大事になる
株だってただ奨めて買わない、もうかる理由を言わなければならない
ところが銀行でも投資信託な説明されてもその理由を理解できないということがある
するとその理由知らない頼んだ人が悪いとなるのである。
自己責任になり銀行では責任をとらない、でも株とか投資信託の仕組みをしることはむずかしくて不可能だったのである。とするとそんな理解できないものに手を出すのが悪いとなり自己責任になるのである。

人間社会は特に民主主義社会はこの理由の追求である。一党独裁とか中国のような社会ではいちいち理由を言う必要がない、権力者が理由にこだわらず権力でもって通すことができる社会なのである。
法治国家というとき法で治めるのだから理由が大事になる、理由なしで権力があるからと通る世界になったら法治国家にはなりえないのである。
警察はこの法と深く関係している場である。暴力で治めるのではない、法で治めるとしたらそうなる
だから法を無視する警察を許していればもう法治国家ではないのである。
ただ法律というのはむずかしい、でも日ごろ日常生活で常に理由が追求される、だからそこで考える習慣をもつことが民主主義社会を生きることになる
理屈を嫌がる人がいるけどではささいなことでも子供に金をくれるとかでも理由なしでくれる親はいない
他にも何かしら理由がないと認めないのである。人間の行為には必ず理由がつきまとっている
それを否定できない、それが法治国家となっている故なのである。

駐在所勤務の警察官は地元に密着 (自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


駐在所勤務の警察官は地元に密着

(自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


最近駐在所勤務の警官を良くみかける,自転車で横断歩道を横切ったとき注意された,それは自分が悪かったからしかたがない,また職務質問かと思って嫌だった
その警官は最近地元を回っているからみかける
仮設の食堂で自転車をとめていたら倒れた,それを教えてくれた,なんかまた嫌な感じがしたがそうではなかった,それでありがとうと礼を言った

駐在所勤務のお巡りさんは地元をいつも回る警官である。この前駅で職務質問した警官は駐在所勤務のお巡りさんではなかった,原町の警察署にあやしいと連絡されてかけつけた警官である。
それがなぜプロ野球の試合があり駅が混んだとき来たのか謎である。
外部の人が通報したということもありうる
そういう場で職務質問されることは周りの人が何なのだとあやしいと見られるのである。つまり名誉棄損になるとき公の場でみんな見ているとなるのである。
もしみんなが見ていない場だったら名誉棄損にはならないのである。

みんなが見ている場で職務質問することはそういうことがありうる
でもあやしいと通報されれば警官が関係なくかけつけて職務質問する
持ち物の検査とかいろいろ強制的にするのである。
それは害悪の告知としても問題になる,通報した人も罪を問われる問題にもなる
なぜなら害悪の告知というとき害悪をしないのに通報したからである。
通報した人が名誉毀損として訴えられるのである。人権侵害なのである。
これを警察では軽く見すぎているのである。そういう事情など全く考慮しないのである。あやしいと通報があればかけつけてどんな場でも職務質問するのである。

ただ駐在所勤務の警察官はの場合は違っている,「何をしているんですか」とか聞いてコミニケーションをとるのは別にその土地の人のことを知るためでありいいのである。
職務質問とは違うのである。職務質問はすでにその人が何かしらあやしいということでしている,犯罪者ではないにしろそういう疑いの眼でみる
それは公の人が集まる場でしたことは明かに人権侵害だったのである。
それ以後自分は駅に自由に出入りすることができなくなったからである。

この辺は外部から警官が入ってきている,駅前でも今日は長野県の警官がパトロールしていた,遠い所からも来ている,それでそういう人が職務質問したのかもしれない。
ただ駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にも尽くしたとして表彰されたのは地元の人とコミニケーションをとっているからである。
地元の人と親しくなっていればそういうことはないのである。

これは一見たいした問題ではないように第三者からは見える,でも自分にとってはショックだったとなる
結局なんでもケースバイケースでありあやしいと通報されたから問答無用で職務質問するそれも人が集まる公の場でしたことが問題なのである。
それも警察では全然反省しない,権力があるから何でも通ってしまう
そこに権力の怖さがある,抵抗もできないからである。
一人の個人のことなど力がないのだから考慮しないのである。

そしてみんな自分がこんなことをいっても誰もとりあわないのである。
警察とかかわることをみんな誰でも嫌がっているからである。
スネに傷をもたない人はいないし警察とかかわらないという人が多いからである。
駐在員はいつも地元をまわりみかける人なのである。コミニケーションもとれる人なのである。
でもそうでない警官もパトロールしている,この辺では外部から応援でまだ来ているのである。そういう警官は駐在所勤務のお巡りさんとは違うのである。
だから通報あれば職務質問する,その人の立場など考慮しないのである。
そしてその被害は大きいこともある,でも権力によって通すことができるから警官を信用しなくなった人も多いのである。
ただ地元に密着する駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にしたわれたりしているから違っている
それは地元の人とコミニケーションもとれているからそうなる
そこに長くいればコミニケーションがとれるから問題は起きないともなる

2017年10月27日

こころ(心)はここの意味だった (原発事故で失われた心となる場)


こころ(心)はここの意味だった

(原発事故で失われた心となる場)

こころは
ここ
ここに生きる
ここに根付き
ここに生き抜く
ここに受け継がれる
代々の命
ここを離れて
こころはない
こころは失われる

こころとはどこにあるのか?まさにここあるとなる
こことはその人が住んでいる場所のことなのである。
そこに心は育ちはぐくまれる
言葉には何か意味がある、それが意外と見逃されている

人間のアイディンティティはどこで作られるのか?
それはそれぞれに住んでいる場所しかありえないのである。

人間の思考とか生物でもその土地土地に生きることが宿命づけられているからである。
だからその生きる場所を失うことは致命的だとなる
原発事故で避難区域になったところはそうしたこころになる場所を失ったのである。

ただではそこで心となるものを育てていたか、価値を知っていたかとなると知らない
正業(なりわい)を失ったというけどその生業にどれだけの価値を認めていたかとなると
ほとんどない、別にそれは意識されないものだからである。
たからそもそもその価値がどうだこうだと考えないし意識もしない
ただ避難してその心となる場を失ったとき意識したのである。

それで不思議なのはそうして心がある場所が失われたからこそその心があった場所強く求めるということも起きてくる
奇妙だけど自分の心はどこにあるのだろうともなる、それがほかの場所でありうるのか?
それが若い人なら他でその心を育てる場所をもつことができるけど老人になるともうできない
だから老人は心のある場所に帰りたいとなるのである。
その心はもう金では買えないものだった、取り戻せないものだった、第一その心がどういうものか気づいていなかった

人間はなんでも失ったとき意識させられるのである。
失ったときその存在を強く意識する、空気のようにあるものは意識しないのである。
故郷に住んでいるものは別に故郷など意識しないのである。
それは当たり前にあるものだからである。故郷がなくなるなどイメージすらできなかったからだ
心とはまたここで代々受け継がれる命のことでもあった、なぜなら故郷には先祖代々の死者もいるからだ
故郷がなくなればそういう死者の霊も代々継がれてきた命も失われる

つまり町であれ村であれその全体が消失するということなどイメージできなかったから対処できなくなっている
津波だったら被害が大きいにしろん一部でとどまって全体は維持できたのである。
原発事故は全体を喪失したから回復することがむずかしくなったのである。
どうしてどこから手をつけていいかもわからないような状態になったのである。
ともかく心がはぐくまれる場所はそれぞれが生きているここでありほかにはありえないのである。
だからこそここを失ったことがもう心もない状態になったのである。
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小耳にはさんだこと (避難区域での農業のこと)


小耳にはさんだこと

(避難区域での農業のこと)


昨日原町のレストランでで聞いた,詳しい内容はわからない,何か原発の避難区域で農業している人の話である,一千万で農機具を借りてしているがその一千万が収入となるという,そこにはからくりがあってそうなる,詳しいことはわからない

それで霞が関ではうまく仕事をつくるんだよな
そういったので良く「心の青雲」でそのことを言っていたのでそうかなと思った

原発はもの凄いた利権を生むものなのである。第一こんなに補償できること自体驚きだった,東電がこれだけ大きな会社ということともわからなかった
それは船主とかでは原発前も多額の補償金をもらって原発御殿が建てたとか周りで話題になっていた,ただそれは港近くに住んでいる人達がわかっていたのであり離れていればわからなかったのである。

だから農業関係でもそうした利権化して復興という名のもとに国から金がでる
もともと農業には補助金が出ていたりしていた,その詳しい内容はわからない。
でも何かこの辺はそうした補助金頼りになっていることは確かだろう
浪江の室原の人はヘリポートできる,そこが自分の土地に入れば土地代が入るとか言っていた,なんかみんなそうして帰って復興する気がなくなっているのだ
だから補償金をどれだたけもらうかということが最大の関心事となる

そういうことで復興というのはむずかしくなっている
何かこういうとき苦しいのだけど人間的ドラマが生まれるとういこともある
みんなで団結してがんばって苦難を乗り越えようとかなる
それは奈良の十津川部落で水害で集団して北海道に移住したとき起きた

ここでは何かそうしたことがない,ただ補償金をどさだけもらうかが問題になった
それは30キロ圏外になった自分の住んでいるところでもそうである。
そのしこりは今でもあり南相馬市の一体感は失われたのである。

結局避難区域では双葉大熊などでも帰ることをあきらめた人が多いだろう
するともっている土地を生かし土地代をもらうのがいいとなる
放射性物質の廃棄場になってもその土地代で暮らせればいいとかなる

だから何か避難区域になった所は復興がむずかしい
大切なものうを失った,精神的損害が大きかった
でもそれが何なのか?そのことを自分は追及した

それは金で代えられないものだった,日常の生業であり普通にあった日々の暮らしであるでもそういうものの価値は普通は意識しないのである。
人生でも老人になると思い出がいかに大事になるか?でも思い出などいくら金を積んでももう作れないのである。青春など帰ってこないのである。
それと同じように避難区域になった所で暮らした思い出はとりもどすことができなくなったのである。それは補償しようがないのである。

原町のイオン近くにまた三階建ての復興団地が7棟くらいできていた,原町は広いからすでに4カ所くらいできている,それも一大団地なのである。
そこには入っている人は半分くらいである。だからまたこんなに復興団地を建てる必要があるのかともみる,そして主に浪江の人達だと思うがその人たちは浪江に帰るのか?
もう帰らないという人が多いような気がする
だからその後の暮らしはどうなるのだろうともみる,いつまでも補償金をもらえないからである。

ともかく原町は広いから都会である。原町だとなんとか自転車で行ける,でもこの頃相馬市までは自転車で長い間か行っていない,倍の距離があるし疲れるようになった
原町には用事があるし自転車で行けるうちはいいが行けなくなったら不便になる
そういう不安が自分にはある
posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年10月26日

秋薔薇-鮭上る(鵜の大群来る-原町へ行く)


秋薔薇-鮭上る(鵜の大群来る-原町へ行く)

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この樹は変わらずにある
他では樹が切られた家も多いからだ
ここでも近くの家の杉は切られたのである。
何かこの辺ではこうして変わらないものが貴重だともなる

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これはイオン近くの牛越の農家である



イワヒバに木の葉一枚秋薔薇

優雅かな紫式部に秋薔薇

散りゆかむなお光あれ秋薔薇

鮭上り鵜の大群や朝の川

蔵ありて農家二軒や柿たわわ


我が家の朝の静けし秋の蜂一羽飛びきて花にささやく

我が庭に静かに開く一輪の秋の薔薇隠れて咲くやあわれ深まる

我ありて一室静か夕べにそ月ののぞくも移りけるかな

俳句は写生である。イワヒバに木の葉一枚がついていることで秋を見る
写真からだけでは秋薔薇とわからない,紫式部も見えるからこの写真の中に語るものがすでに写っているのだ。だから写真と俳句は相性がいいのである。

朝に鮭が上流まで上ってきた,台風で水が出て上ってきたのである。浅瀬がありそこに卵を生んで親は死ぬ,その卵などを死体などをねらっているのが鷺であり鵜の大群だった
鮭は大きいからごちそうになる,鵜は鯉だって丸飲みする
これだけの鵜が来ることは鮭がそれだけ上ってくるということである。

今日は原町の歯医者に行きイオンの方によったら牛越であり農家が二軒あった
その辺は変わった,仮設がまだあり復興団地が7棟くらい建った
原町は大きいからその数も多いのである。
もともと牛越にあったのは写真でとった農家である。
でもこれもわからなくなる,原町では農家があっても市街化してわからなくなる
ただ農家があると蔵があり庭があるから落ち着くのである。
タグ: 秋薔薇

白鷺の詩(2) (自然から離れた文明の醜悪 )


白鷺の詩(2)

(自然から離れた文明の醜悪)


天から優雅に舞いおり
地に汚れることなく
白い衣を着せられて
何ものもまとわない
ただ純白の白い衣の映える
光の中に、緑の森に,大空に
何かたりぬとそから聞こゆることなし
その水辺に,野に、大空に・・・・
ただ日々神にありて神に養われる
そにに付け加えるもの一つとてなし
神の造られしそのままに変わるらじ
人よ、そは何故に醜しや
美服を飾りしもそは醜し
汝より純粋な美は生まれじ
汝は営々と働き努力せしも
しかるに地は汚れゆくや
神の成す業は永遠に美し
天より白い衣着せられて
その身は軽やかに地におりて
また天に舞いたつや
地を汚すことなく神の園生にあり
その身は軽く浮上して飛翔する
そに誠の太陽は輝き映える
そは一枚の白い衣を残して
天使のようにかなたに去りぬ
人よ,何を遺さむ
財を遺せば争いの種
一編の詩を遺して去るべしかな

都会と田舎の問題は一つの歴史的にも人間のテーマである。文明とは田舎のことではなく都会のこと都のことだからである。
ただ逆に文明という大きなものではなく文化は田舎から生まれた、civilizationとcultureは別物だからである

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」と語られています

キリストがこう言ったとき一輪の花とは自然にあるものの全体である。だから一輪の花とは限らないのである。自然全体のことでありここで詩にした白鷺のことでもそうである。

常に疑問なのはなぜ東京のような所に人は住んでいられるのか?
それが田舎に住んでいるものには解せないとなる、満員電車に家畜のようにつめこまれてビルの谷間で混雑する人でひしめく都会に住めるのかとなる、しかし現実には東京に日本でも人口の一割は住んでいるし大阪でもあれだけの人間がひしめき住んでいるのである。
確かに都会には都会の良さがある、しかしその良さは自然からかけ離れた世界であり美はない
東京のようなところが文明の成果なのかとなる、文明というときエジプト文明とかローマ文明とかキリスト教文明とか仏教文明とかマヤ文明とかあるけどそれは明らかにやはり自然と融合した文明である,自然と調和した文明である。
エジプトのピラミッドでも砂漠という自然と調和して生まれた、そして動物を神としたアニミズム文明だったということは今の文明とは違う,動物が現代文明では排除してきたからである。
文明は自然の生態系と分離しているのが現代文明の特徴である。それを可能にしたのは石油とか原子力によるエネルギーの創造だったのである。そこから電気も造れたからである。
一面現代の文明は電気文明なのである。だからこそ電気がない社会は考えられないのである。そのために原発事故も起きたのである。

人間は営々と社会を良くするために働き努力してきたのである。その成果がなぜ東京のような大都会でありそれが労働の成果なのかとなるときまさに

栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった

それは花というのではなく自然が映えない、自然はすでにもうそこにはないてのである。
でも文明の恩恵は田舎でも受けている、都会と同じような暮らしをしているしむしろ飯館村などは一軒が森につつまれていて暮らしていた、それは田舎から比べると贅沢である。でもそのほかは病院がないとか不便だったのである。
だから本当に住みやすいとなると中都市である、そこでは田舎的なものと都会的なものが融合するからである。
ヨーロッパでは中都市が多くそこから文化が栄えたのである。

美というとき何が美なのか?それが人間には見えていないのである。女性の美にしても性欲的美でありそれは美ではない,人間の美は虚飾の美なのである。それに比べて自然の美は神そのものが造った純粋な美なのである。
だから鷺など当たり前にいるものであり注意しないものもいる、田舎に住んでいて田舎の人自体が別にそうした美を見ているわけではない、そこに価値を認めていないのである。
要するに田舎の人でも都会的なものに憧れているともなる、なぜなら田舎の価値を知って住んでいる人とは限らないからである。
だからこ原発事故発は金になるとして受け入れたのである。

そうなると都会と田舎でも変わりないとなる、その価値観は変わりないとなれば都会に住もおうが田舎に住んでも同じだともなる
ただなぜ人間は美に関して鈍感になってしまったのかということである。まず景観などに注意する人は少ない
だからこそ東京のような都会に住んでいても平気なのである。そこで文明の贅沢を享受すればいいとなるからだ

過去の文明は仏教文明でも美を創造している、今の仏教文明はカルトであり宗教とは何の関係もないから美など創造しようがない、
物質的なものだけを追求しているから別にほかの人何の変りもないのである。むしろ宗教によって欲が刺激され深くなっているか異常なのである。それは都会から生まれた宗教だからそうなっている
宗教は砂漠から森の洞窟から山岳か生まれているからである。そういう宗教は健全だったのである。

人間は物質文明の奴隷になると公害が随所に発生する,足ることを忘れ欲望のままに動いていますと大気は汚染され太陽は見えなくなります
汚れた空気が私たちの肉体をおびやかすようになる
人の心もこれと同じです,生まれたときの美しい神の心のままに生きていれば問題ないのですが五官,煩悩にふりまわされ欲望のスモッグを心に作り出してしまう
(悪霊-高橋信次)

原発事故は必ずしも科学だけの問題ではない,人間の心からも生まれた問題なのである。農家の人が親から農業など金にならないからやるなと殴れたというのは極端にしろそういうことが田舎であった,その人は原発で働き工事現場を渡り歩いたのである。

いづれにしろ鷺が津浪や原発事故六年すぎてもどったのはには感激した,それはやはり田んぼが回復したからである。そこに餌があるからもどってきた,人間が避難区域になったところにもどらないのは餌がなくなったからだともなる
なぜなら田んぼがなければ畑がなければ食料もないしそこで暮らせないとなるからだ
そこでの暮らしは廃炉作業とかの街になる,それは故郷とか田舎とは言えないものとなるつまり田園あってこそ田舎だからである。
風力発電とか太陽光発電とかドローンとか何かそうた工業だけの世界になると都会と何ら変わりなくなるからだ。

田舎でも田舎の価値を求めて生きていたとは限らない,都会的価値を求めて生きていたともなる,田舎の良さを何か気づかないで生きていたともなる,だからこそ容易に自然でも破壊されたのである。ただ原発を廃止できないのはそれが労働組合でも一体となりものすごい利権となっていたからである。
官僚でも検察でも天下り先としての利権がありそこが利権の温床になっていたのである
だからこそ原発にかかわっんた官僚でも東電でも誰一人として罰せられないのである。
そもそも罰する人間が利益にあづかっているからできないのである。

posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

2017年10月25日

認知症の人の対処方法 (プライドを維持させる)


認知症の人の対処方法

(プライドを維持させる)

認知症の人を介護して何か謎が残った,一体何が病気なのかわからなかった
ふりかえると

認知症の人は痴呆になったわけではない

痴呆になったとしたら人間として扱いないという恐怖になる
それがなぜ恐怖になるかというと家族だからであり家族として尽くしてきたし長く一緒にいたからであり愛し合う関係でもあったからだ
それが人間ではなくなるということは恐怖である。
そういうことを一時思ったから恐怖だった,気がふれたのかともなる
そうなると人間として接することができなくなる
親であり兄弟とかそうなったら恐怖でありショックである。

ただふりかえると認知症の症状は人によって違うから一概には言えない
自分の経験では認知症の人は何もかも人間としてわからなくなるとは限らない

認知症の人は最期まで強いプライドをもっている

認知症の人の最大の特徴というべきものがプライドを強くもっている
それは死ぬまで消えない,自分が何をしてきたか,その家族でどういう役割を果たしたかそういう自負をもっている,だから忘れるという症状があるとしてもそれを馬鹿にすると怒るし暴力にもな
今までのように親として普通の人として扱ってもらいたいとなる
軽い精神障害の人も普通の人と同じように扱ってもらいたいと言っている
ただ生まれつき精神障害の人と認知症の人はどこが違うのか?

認知症になっても自分がしたことにプライドをもっているから軽蔑したりすると怒り暴力になる,つまり忘れるとういことでその人格が異常として否定されると怒るのである。
それで扱いがむずかしくなるのである。
だから演技しておだてるといい気分になり症状が良くなることはある
ただ演技してもその人に対して家族でどう思うかが問題になる
例え認知症になってもその人を功労者として扱えば満足するのである。
自分の家ではそういうことがあったので今まで同じように家で持ち上げていたのである。そのために犠牲があったのだがそれも二年間くらいで終わったから助かったとなる
長くなるとそういうこともつづかなくったろう。

ともかく認知症になったとき家族でもその人のプライドを維持させることができるのかがかなり重要な問題にな,施設ではなかなかそれができないから症状が悪くなるかもしれない。その人のことと家族でもないからそんな扱いはできないとなる
自分の家で家族が犠牲になったがしかたのないことだった
それはやはり家にも自分にも尽くしてくれた人だったからである。

ただみんながそうなるかとなるとならない,別に認知症にならなくてもひどい親がいてそのために苦しんだ子供は親のことなど恨んだりさえしているからだ
毒親は子供はめんどうみない,死んでからも墓参りもしないとまでなる
だから認知症になったりしたら無惨なものになる
それも結局カルマだともなる
やっぱり日頃の行いが人間は大事になる,そして人間は突然良くなったりしない
日頃の積み重ねで人間は作られてゆくからである。
だから原発事故で避難した人達でも日頃ちゃんと仕事していた人は避難先でも仕事しているということがある,大工などはそうである。
人間はそもそも老人になって何かすぐに新しいことはできない,日頃していたことならできるのである。
認知症の人でも今までしてきたことはできるのである。

そして認知症の不可解なことは

正気にもどる時がある

これは不思議である。一人は最期に自分のことをわかってくれてうなづいて死んだ,その時言葉がなかったが何か察して死んだのである。
もう一人は最期に

孫に金をやれと大きな声を張り上げて言った

それは死んだときから一カ月前のことだった。その時まで金に無頓着になっていた,金のことがわからないと思っていたのだ
正常なときは金にこまかくこだわっていた人だったからである。
大金を盗まれても笑っていたから驚いたのである。
まず一円にもこだわり働きためるだけの人生だったからだ
それが金額まで指定して金を払いと大きな声を張り上げたのでびっくりしたのである。
だからとにかくその約束は守ることにした
最期に遺言のように言い残した言葉は重いし怖いと思った

認知症は不可解であるが完全に痴呆になった,人間でなくなった,何もわからないとはならない,それで扱いが余計にむずかしくなる
だからよほどの動機がないと介護しにくいとなる,それが施設では介護する動機がないからさらに]むずかしくなることもある,ただ施設で症状が良くなった人もあるからいちがいには言えない

結局これも日頃の生き方が最期も認知症になっても影響するのである。
だから日頃から家族でも尽くしていないと子供でも認知症になったら余計に見放されてしまうのである。
ただ正直認知症の介護はそうはいってもこんなふうには普通はできないだろう。
あまりにも負担が大きすぎるのである。自分も最後は鬱病になったし限界だったからだてある。ただ意外と早く死んだので救われたのである。
やはり人間は死ぬときに死なないと自分自身も家族にも社会にもただ迷惑かけてやっかいな奴が死んでくれて助かったとなってしまうだろ。
そうしてまで生きることは子供にも恨まれるとまでなるのが認知症だとな

2025年段階で認知症患者だけでなんと800万人を超えると推計され、都市が徘徊する人であふれるという“認知症パンデミック”が起きるという懸念も示されています。

この数字は恐怖である,イギリスでは認知症の患者が減った,

「心臓病の治療、心血管リスクの予防、減塩」です。心臓病の治療が認知症の予防に繋がるという標語をつくり、禁煙キャンペーンを展開し、業界団体にも協力を仰いで10%の減塩を実現したのです。

これもわからないにしろまず90すぎたら半分は認知症になる,90以上生きる人が多くなれば当然その半分は認知症になるのである。それはどうにもならないのである。
posted by 老鶯 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人問題

古殿からいわきの浜へ(俳句連作) (御斎所街道を行く)


 古殿からいわきの浜へ(俳句連作)


御斎所街道を行く

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(夏)      

小名浜に鰹一本朝の市

熱帯魚黒潮にのり波立に

朝つばめテントをたたみ旅たちぬ

テント張り明日も旅路や夏の星

六号線ハマヒルガオや朝走る

潮風や夏の旅路の六号線

風となり夏のライダ−すれ違う

(秋)

市の立つ古殿遠く秋の暮

鶏頭や一路下りぬいわきへと

街道の一路遠きも秋の朝  

秋の峯古殿去りていわきへと 

秋日さし馬頭観世音山の道

落鮎のここに死ねるや水清し

旅人の遠野を去るや刈田かな

街離れ遠野の里や稲架の立つ

なでしこやいわきの海の朝明けぬ

旅たつや波の音ひびく秋の朝



御斎所街道


いわきまでは夏にもで行った、小さな熱帯魚が波立海岸の岩礁に来ていた、それを見に千葉県から来ていた人がいた
熱帯魚が来るということはいわきは暖かい海であり黒潮の海だとなる

今回は秋に古殿からいわきの浜に御斎所街道を下ったときを俳句にした
記憶が何か消えてゆく、でもあの御斎所街道は急な坂であり下ってくるだけだから気持ちよかった
かなりの距離があったと思う、ここはいわきからは塩とか魚を馬で運び古殿からは木材とか炭とかを運んだ道である。

日本ではこうして海と山はつながっているのだ,いわきの浜から古殿を通り白河まで通じていた
塩が運ばれたとなる、それは相馬市の松川浦からはるばる飯館村まで運ばれた塩の道と同じである。
二本松までも運ばれたかから同じである

何回も言っているが旅は記憶に残らない旅をしないと後で思い出せなくなる
ここは地形的に記憶に残っている、坂が急だったことと坂をおりたところで川がありその水が澄んでいて落鮎が食べられる場があったその水は澄んでいて鮎が死んでいたのである。

そこから遠野にでた、農村風景でありそのとき稲架を立てていた、今は稲架をたてているのが見えない、機械ですぐに刈り取ってしまうからだろう。遠野の地名はどこから来たのか、いわきの市街から遠いからと今ならイメージする、でもそんなに遠くから遠野など地名をつけない,原町の大原に遠田とあるときそれは大原の前田から中心地からそれほど離れていないからである。
遠野とはそうした村の中心地から離れたところであり意外と近い場所になる
ただ今の感覚だといわきの市街から遠いので遠野とかイメージするのである。それだけ人間の距離感覚は広くなってしてまっいたのである。遠野市とかもあるがこれも別に遠くにある野ではない、村近くある野のことだろう。

いづれにしろ古殿の山からいわきの海へ行く途中に川があり遠野を通り海に出たことは記憶している
阿武隈高原になるとまだこうして海と結びつくのである。
そしていわきの浜でテントをはり寝た
朝明けたら撫子が咲いていていわきらしいともなった

ともかく旅はもしここを車で行ったら記憶されないだろう、急な坂を一心に秋の朝を自転車で下ることを体で覚えている
そして海に出た時の解放感も覚えている、それが旅なのである。
自分の体で地形を感じて覚えるのである。
人間は今車などで体験が浅薄なものになっている、だから一見広域的に動いても記憶されないのである。

現代では旅人はいなくなった、ホテルで豪華な食事するのは旅ではない、旅はかえって泊まるだけの粗末なものでいいのである。
長く旅するとなるとそうした宿が必要だからである。今は旅はただ移動するだけであり旅人もいないのである。
時々国道を歩いている人がみかけるけどそれも車の洪水の中を歩いているから旅人のように見えないのである。
とても江戸時代のような絵になる旅人にはならないのが現代なのである。

便利になるのはいいとしても必ず人間は何かを失う宿命にある、旅というのもなくなっいたのがそうである。
石川の竹貫とかの山の中の万屋(よやずや)で味噌汁とかご飯をごちそうになった、あんなことは今時ありえないのである。
江戸時代だったらそういうことがあっただろう、なぜなら山の中だと今のように何もはないから農家で何か食べさせてくれとかなる
そういうことができた時代だったかもしれない。
今はとにかく人間味がない社会なのである。

自転車だとあの時走っていたなとか体で感じて思い出すことがある。それが後で心を豊かなものにしているのである。
車だったらそういうことがない、ある地点にいった記憶だけになる、ある地点からある地点の間がぬけてしまうのである。
地理を知るには体で知らないと実感できない、グーグルの地図をみても坂のことはわからないのである。
坂とう峠をしるにはやはり体で経験しないと実感できない、車でも実感できないのである。
タグ:いわき 古殿

2017年10月24日

進む情報化社会の現実 (買い物から学習でも芸術でも情報化社会になっている)


進む情報化社会の現実

(買い物から学習でも芸術でも情報化社会になっている)

●家事は買い物が一番大事

もはや情報化社会は現実である。未来のことではない今進行している現実なのである。
それはインターネットも関係しているがあらゆるものが情報化してゆく
自分は介護をはじめてから十年間家事をしているがその最大の問題が買い物だったのである。
何を買っていいのかわからない,商品の数が多いからである。

何かを料理することではない,料理するもの買うのが仕事になる,それがわからないのである。最近けんちん汁が好きなので食べたいと思っていた,そしたらスーパーに売っていたのである。これがうまかったからうれしかった
それは意外とわかりにくい場所にあった,でも発見したのである。

それから昆布醤油がいいと言われ買った,味噌は地元で作ったものを売っている,近くに味噌屋があってもダシつきでないから買っていない,なにしろ時間を節約したいのである家事に追われたら何もできなくなるからだ
するといかに買い物上手になるである。
失敗したのはレンジで3万円の買ったがそれは一万のと何ら変わりないものだった
それは量販店で買って失敗したのである。
でもアマゾンのレビューを見て買うと意外と失敗が少ないのである。
電器店の人にすすめられるのはその店で売りたいものをすすめるから問題なのである。

●今までの十倍くらいの情報を摂取する時代

最近はDマガジンを読むようにした,これは便利だった,週刊誌でも雑誌が一月400円で読めるのは安い,一冊一冊買っていたら金がかかるからでいないがこれはできるのだ
そして自分の読みたいものを読めばいいとなる
だから効率的なのである。そしてパソコンだと本をめくって読むのとは違う,さーと眼を通すという読み方である。すると読むスピードが早くなる
つまりパソコンで本を読むのと普通に本を読むのとは同じ活字も読むのでも違うのである週刊誌とか雑誌はそうした早く読む必要がある,日々変わるものを話題にしているからである。

ともかく情報化社会は進んでいる,インターネットで国際化するというとき機械翻訳が前より相当精密になり使えるようになっている,これは明らかに機械翻訳から英語を学ぶ時代にもなっている,翻訳家も使っているからだ,かなり正確であり間違っていないから外国人にも通じるだろう。
これもやはり情報化社会の進展に役立つ,言語の壁がなくなってくる

そして自分のしている抽象画というのも我ながら不思議だと思う
インターネット上にある写真や絵をパソコンのソフトで変化させて作っている
ただ化学実験のように変化させるだけだから量産できるのである。
それは絵の才能があってしているのではない,自分は絵は何一つ描けないからである
ある程度絵の鑑賞はできても描く能力はゼロだからである。
だからこうして抽象画を作っているもパソコンがありインターネット社会になったときできたことなのである。
一定数のアメリカ人が見ていることはそれなりに注目されているのかともなる
インターネット上には膨大な写真があり絵画もあり抽象画もある
するとそれを変化させる芸術となると無限になるのである。

●情報のデジタル化でもアナログ的な旧来のものも必要

ではすべてが今までもデジタル化の情報がすべてになるかというとそうでもない
電子本は自分にあっていなかった,読みづらかった
今は古本の安いの一カ月に十冊は買っている,それも全部読むのではない眼を通すという読み方なのである。ここが重要でありそれを引用するのである。
本だったら最初から最期までさーと目を通して要点がわかる
電子本ではそれができなかったのである。

電子本はまた記憶に残りにくいのである。インターネットでもキーワードで調べるのはいいのだがどこにそれが書かれていたかわからなくなることが多い
すると記憶することでは本の方がいいと思った
ただ今までのような一冊を詳しく読むことはもうできない,年になり時間もないから読めない

でも記憶という観点からすると本の方がいいと気づいたのである。
記憶というときどうして人間が記憶するのかこれは本当に不思議である。
その場と関係しているというのも不思議である。
自分の家は部屋が多い,するとその部屋を変えて本を読むと記憶される
寝室で読んだものはそこでの記憶が残り廊下で読んだものはそこでの記憶が場と共に残っているのだ。
そこに記憶されるにはどうするのかというヒントがある

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二階に広い廊下がある
そこに分厚いワーズワースの評論の本
ページをゆくりなくめくる
その一ページに冬の日がさす
そのページに書かれた詩が記憶に残る

ワーズワースの部厚い本のページを廊下でめぐる,そこには冬の日がさしている,するとそのページに書かれていたものを記憶するのである。
本は読んでも忘れるものがまた多いけどこうして不思議に場所と季節とか光とか関係して覚えているのである。記憶はこうしてその場とか季節とも関係しているのである。
これがインターネットとか電子空間ではできないことだった
本が物になんているからできたのである。

記憶するということでは本が優れている,インターネットではビッグデーターとして使うの優れいてる,つまり本は必要ないというが必要なのである。
ただ書店はどうしてもなくなる,とてもアマゾンのような本をそろえることができないからである。

いづれにしろ読むものも今までの十倍とかなりまた自分で書くものも膨大なものになる
今までなら本には出すことはできない,インターネットならいくらでも出せるのである。そしてプログでも他者が読むということもあるが自分で書いたものを記録してあとでふりかえりまたつづきを書くということができる
そういうことがインターネットではプログなどしやすいのである。
だから自分の図書館を形成できるのである。

今なぜ本が問われるのか(2) (インタ-ネットにはない本の特徴)
タグ:情報化社会

小池百合子の失敗 (臨機応変に対処できない)


小池百合子の失敗

(臨機応変に対処できない)

人間が生きることがむずかしいのは常に変化するからである。
小池百合子の失敗は都議選で大勝利したことである。
そのとき慢心した,自分の力を過信してしまったのである。
その人の政治の能力があり支持したのではせなかった
都議会議員に不満があったから支持したのである。

今度は国政選挙になり野党連合という新しい事態が生まれたときそれに対処できなかった
それは都議選とはまるで違った状況になっていたのである。
でも小池百合子は都議選と同じように自分の人気で風が吹くと思っていたのである。
そこちる慢心と誤算えあり対応できなくなった

この世とは絶えず変化している、その変化に対応できないのである。
信長が勝利したのは臨機応変だったからである。桶狭間の急襲で勝利したのもそうであり長篠の戦いで武田軍を鉄砲隊で勝ったのもそうである。
秀吉は明智光秀の謀反を知り四国から兵を引き上げて明智を撃った、その速さは奇跡的だったのである
つまり臨機応変に対処できたから勝利したとなる
つまりそのときどういう状況かのみこむだけでも大変である。
でもとっさに行動したからこそ天下をとったとなる
その変わり身の早さは信長と共通していたのである。

当時土佐藩士の間では長刀をさすことが流行していた。あるとき龍馬の旧友が龍馬と再会したとき、龍馬は短めの刀を差していた。そのことを指摘したところ「実戦では短い刀のほうが取り回しがよい」と言われ、納得した旧友は短い刀を差すようにした。
 次に再会したとき、旧友が勇んで刀を見せたところ龍馬は懐から拳銃を出し「銃の前には刀なんて役にたたない」と言われた。納得した旧友はさっそく拳銃を買い求めた。
 三度再会したとき、旧友が購入した拳銃を見せたところ龍馬は万国公法(国際法)の洋書を取り出し「これからは世界を知らなければならない」といわれた。
 
これは史実ではないにしても幕末にはそういう急激な時代の変化があったからこんな話が残されたのである。
何か時代の変化は急激に起きる,それに臨機応変に対処できないのが人間なのである。
今回の選挙でもそうである。急激な解散に野党は対処できなかった
でも小池百合子が臨機応変にく対処していたら首相にもなれたチャンスでもあった
そしてチャンスは何度も来ない、小池劇場は終わってしまったとなる

臨機応変ということは本当にむずかしい、だからこそ急襲が効果があるのである。
阿部首相の戦略が功を奏したというのは結果的にはなった
まず個人的に急激に起こることは対処しにくいのである。
民進党の希望の党への合流にしても簡単にできない、何になんだとすぐには理解できないのである。
だからそれに無理があった、でもチャンスでもあった
そのチャンスを小池百合子は逃したのである。

臨機応変とともに人間社会はケースバイケースなのである。同じケースがないということである。
怪しいと通報があり職務質問するのすべてしいいのかとなるといくら決まりになっていてもしてはならないケースがある、それで被害を受ける人もでてくる
でも警察の場合は権力があるからできる、そして市民はそのために被害者になり警察不信になる人もいる
そういうことはあらゆることで起きている、医者にしても本当は人間の体もみんな違っていてケースバイケースに対応が迫られる、認知症の人などは特にそうである。みんな症状が違うし家庭環境も違うからである。
そのために失敗するのが人間なのである。

政治のむずかしさは国際情勢が日々変わるから対応できなくなる
中国が遅れているとみていたらすでに日本より技術的に前に進んでいたとなる
すると前のような対応では失敗するのである。
ともかく今回の小池百合子劇場でもこういうことが起きた、都議選のときとは状況が違っていたことで対処誤ったのである。成功体験でかえって次に失敗するものそうである。
同じ状況ではないから同じように成功するだろうとはならなかったのである。
臨機応変,ケースバイケースに対応できない、それで失敗するのである。

洛陽城東桃李花  洛陽城東 桃李の花
  
飛来飛去落誰家  飛び来たり飛び去って誰が家に落つる
  洛陽女児好顔色  洛陽の女児 顔色好し
  行逢落花長歎息  行くゆく落花に逢うて長歎息す
  今年花落顔色改  今年花落ちて顔色改まり
  明年花開復誰在  明年花開くも復た誰か在る
  已見松柏摧為薪  已に見る 松柏の摧けて薪となるを
  更聞桑田変成海  更に聞く 桑田(そうでん)の変じて海と成るを
  古人無復洛城東  古人無復洛城の東に無く
  今人還対落花風  今人還た対す 落花の風
  年々歳々花相似  年々歳々、花相い似たり
  歳々年々人不同  歳々年々人同じからず
  寄言全盛紅顔子  言を寄す 全盛の紅顔の子
  応憐半死白頭翁  応に憐れむべし 半死の白頭翁
  
  
  桑田(そうでん)の変じて海と成るを
  
この辺が津波で本当に桑田が海になったのである。このように人間社会は変化が激しいのである。
だからこそ臨機応変に対処すること変化に対応することがむずかしいのである。
人は同じではない,常に変わっている、親戚もいつまでも親戚でとはない、結婚したりして音信も途絶える
近隣の人でも変わりやすいのである。いつのまにかに知らない人になっている
現代は特に人間関係は変わりやすいのである。
この辺は特に原発事故で故郷まで失ったからその代わりようは信じられないとなる
posted by 老鶯 at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年10月23日

抽象画ができる過程 (The process of creating an abstract pictures)


抽象画ができる過程
(The process of creating an abstract pictures)

それは決まったソフトの使用で作られる
(It is made with the use of fixed software)


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Forest of the morning light

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Moonlight Forest


Autumn forest

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Phantom waterfall

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抽象画できるのはソフトの一部の使用で決まる
例えば

森を作る過程

A(オリジナル作品)→B(ソフト)→C

川作る過程

D→F(ソフト)→J

山を作る過程

H→H(ソフト)→I

この過程の操作は決まっている,ソフトでもある一つのソフトが有効になる
あとは使いないものが多いのである。

だから抽象画を作ることは創作とも違う,化学変化とにているのだ
だからこそ大量に生産できる,何かイメージが湧いてきて創作しているのではないからだそれでこんなことが芸術なのかという疑問がある

ただ材料はインターネット上で写真でも何でも豊富だから変化するものも無限だとなっている


The process of creating an abstract pictures

It is made with the use of fixed software


It is determined by the use of a part of software that can abstract
For example

The process of making forest

A (original work) → B (a part of software) → C

River making process

D → F (a part of software) → J

Process of making mountains

H → H (a part of software) → I

The operation of this process is fixed, one soft software is effective
Many things are not used afterwards.

So making an abstract picture is different from creation, and it is based on chemical change
That's why we can produce in large quantities, because some sort of image has not gotten up and created, so there is a doubt whether this is art or not

However, since materials are abundant in photographs on the Internet, things that change are becoming infinite

急な解散で混乱して野党が負ける (急(せ)いては事をし損じる)


急な解散で混乱して野党が負ける

(急(せ)いては事をし損じる)


今回の選挙ではいろいろな見方がある。やはり希望の党が今回は中心になり小池百合子がクローズアップされた,台風の眼となった
それで小池百合子のことがいろいろと一番言われたのである。
その人格とか人となりも言われた,それが何か違っていた

小池百合子が東京都議選で大勝したことで奢りになったとか慢心したとか言うのは本当だろう。それが私が政治家として有能であり選ばれたと勘違いしたのである。
東京都議選では東京都議会の腐敗を一掃するということで選ばれたのであり小池百合子が優秀だからでもなかった,それを自分が政治家として優秀だから勘違いしたのである。
そして何か自分への人気投票のように錯覚したのかもしれない,私の人気は抜群なのね,これなら衆議院選挙でもやっていけると勘違いしたのである。
そこで自分には何の力もバックも組織もないのに東京都議選と同じ結果がでると思ったのである。

それで「排除」の論理も生まれた,私には力がある,私の力だけでもできると慢心した,政策を中心にして排除したのは理解できる,ただ私が中心なのよ,私の力で勝てると慢心したのである。
それから何か必ず諺というのが活きてくる「急(せ)いては事をし損じる」であった
あまりにも急な解散は急襲だったのである。それで野党陣営はまとめられなかった
それも小池百合子は最初は自分の人気で勝てると思ったのである。
小池百合子中心にすすみまるで小池百合子の人気投票のように自分自身が思ったのかもしれない,テレビのアナウンサー出身ということで芸能人だからそういう感覚があったのかもしれない,小池百合子にはそうした指導力はなかったのである。

選挙というとき何か一人物のことがまるで信長と秀吉とか家康とかのように影響することはないと思っていた
今回は小池百合子の動向で決まったということもある,それほど一人物が注目されたのである。だから小池百合子は都議選で大勝して慢心していた
私への人気投票のように選挙結果を見ていたのである。
人間は何でも奢るとかおかしくなってくる,それは国全体とか会社でも個々人でもそうである。

民主主義は一人の人間を偉大な物として祭りあげたりしない,一人一人の投票の結果として選ばれるのだから主権が国民にあって選ばれた人にはない制度なのである。
だから中国のように習金平のように自分の功績を延々と言って自分が王様のようになる共産主義とは違うのである。共産主義下でもまず政治は自分の力で何でもできるものではない,そういう奢りが必ず権力者にはもたらされるのである。

いづれにしろ「急(せ)いては事をし損じる」というとき最初から大勝して首相をねらうということではなく小さくても希望の党の基盤を作ってから首相になることをねらうべきだったというのもわかる
人間はまた何でも人はあせるのである,文学者でも何でも早く賞をもらって有名になりたいとか常にある,人間は待てないのである。

ただ小池百合子の場合年でありもう待てないとういことが急いだことにもなる
そして人生の中でチャンスは一回逃したらあとは来ない
それで小池百合子は東京との知事をやめて阿倍の対抗馬として希望の党の先頭に立ち国民に首相の選択させるべきだったというのもかる
おそらくもう首相になるチャンスは来ないと思って決断するべきだったともなる
人間はワンチャンスで未来が決まる,そのワンチャンスを逃すと二度とチャンスは来ないのである。もう小池百合子にはそれだけの時間が残されていなかったのである。

人間はここが勝負時だというとき賭けなければあとはチャンスがない,小池百合子にはそのチャンスがめぐり与えられたが逃したともなる
だから何か今回は小池百合子の人間的ドラマだったのかともなる
そしてそのドラマも終わったのかともなる
posted by 老鶯 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年10月22日

雨の中で投票してきた (田舎では車がないと投票もできない)


雨の中で投票してきた

(田舎では車がないと投票もできない)

街内であり投票所が近くにあるから行ってきた,田舎ではこの雨では街から離れたら車がないと投票もできない
街内でないと一人暮らしは不便であり車がないと現代の生活は不便になる
田舎では一人一台車をもっているのだ

別に自分は投票もしたない,棄権したいのである。特別入れたい人も党もないからであるでも棄権したことがないのは何か具体的に選挙のとき政治を考えるからである。
やはり一票をどこに入れるかは大勢には何の関係ないにしても政治を直接に具体的に考えるものとしてあるからだ

だからどうせ一票など何の影響もないともなるが選挙は具体的に政治を考える場として投票しているのである。
この辺ではどうしても原発は反対になる,それは理屈でもなんでもない,もうこれだけの被害にあったらこりごりだとなってしまったからである。
だから自民党には与党には入れにくいのである。

選挙も蓋をあけてみなんと結果はわからない,今回の天候の影響がどうでるか?
悪天候のありには前より投票率がいいみたいだ
やはり関心があったのか?投票率がいいことは浮動票が反自公の票になるのか?
希望の党はずいぶんたたかれたけどそれはマスコミの恣意的操作だという人もいるからわからない

自分は公明党には納得がいかない,創価をやめた人は普通は票は入れないたろう。
やめたら地獄に落ちるとなっているからだ,でも創価でも今回は票が割れるかもしれないそうなれば宗教で決めないから政教分離だとなる
ただ創価も高齢化している,勢いがなくなっている
それはすでにずいぶん前から頭打ちになっていたのである。
選挙と信仰を結びつけるのは限界になるだろう

ただ野党には政権担当能力がないのである。なぜなら政権担当を経験していないからである。だから民主党は失敗したのである。
政権担当にもノウハウがあり積み重ねがある,するとそういう経験がないのだから失敗に終わった,つまり自民党しか政権担当能力が日本にはないのである。
アメリカだったら民主党と共和党が交代してもどっちも政権担当能力がある
日本で野党にはないのである。
だから一党独裁のような政治が延々とつづいてそれに代わるものがないのである。

確かにアメリカでもこのように支持基盤があり二大政党が成り立っているというとき日本にはないから自民一強政治がつづいている
イギリスでも資産家とう富裕層と労働者層が分かれているから二大政党制が成り立つ
それはもともと貴族階級と庶民階級は言葉も違うほど分かれていたという歴史が反映されているのである。
アメリカの民主党でも共和党でも南北戦争がありその継続としてもある
日本にはそうした地域の対立とか階級の対立がないのである。
労働者でも組合となるとかえって資本家寄りだとかなる,組合にも入っていない人が多いからである。

もしこの悪天候で投票率があがったら現政権にやはり不満な人が多いことがわかる
どうしても一票を投じてその不満を現したいということで投票率があがる,浮動票が入るからそうなる
だから前の選挙より投票率があがったら確実にそうである
こんな悪天候でもこれだけの投票率だとなるとその評価は違う,今回は悪天候を考慮した評価が必要になる。
天候は政治にも歴史にも影響するのは現代でも同じだった
それも天の采配とかなる,この天候だけは人間の力ではどうにもならないからである。
posted by 老鶯 at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層