2021年03月07日

春の日、梅の香、紅梅、春の鴨(近くを回る)


春の日、梅の香、紅梅、春の鴨(近くを回る)
                            
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金沢の一番星


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東風(こち)吹いて桜井古墳や海近し

春の雲ふらりとよりぬ喫茶店

蔵ありてここに休むや松と梅

春の空高速より見ゆ鹿狼山

平穏に日がな匂いぬ梅満開

紅梅や山鳩来たる庭広し

紅梅や牧に馬かな草もゆる

ふるさとの墓地に眠るや春の山

                        
春の日や若き女(ひと)あれ我老いて昔を語る人となるかな

隠されて溜池ありぬ春の鴨あまた群れいてここになごみぬ
      

先日は桜井古墳をまわり金沢の一番星の喫茶店に行った、あそこは松と蔵なのである
今回のその松の隣に梅が咲いていた
そこで火力発電所がある前に私は砂浜がつづいていて歩いていたとか話しした
でも右田の松原は流された、金沢にも松原がありそのマツは太かったのだ
それは津波でなくなったのではなく火力発電所ができたりしてずっと前になくなっていたのだ
あそたでキャンプする人もいたのである
松が太いということはそれだけ古いということである
金沢は元禄時代に開拓された場所だから実際に古いのである
松と蔵があるから松倉珈琲店なのである

今日は寒いけど晴れていたから鹿島の高速のSAに行く食事した
あそこは鹿島では一番にぎわう場所である、街中とか鉄道の駅は閑散としている
でも車時代だからあそこは一番にぎわっている
そこから鹿狼山が見える、あそこもすでに三年以上すぎるとなじんでくる

紅梅も咲いた、山鳩が飛んでくる、牧場に馬がいる、野馬追いに出すために飼っている
この辺の風景である

それから小池の奥の方に溜池があった、そこは行ったことがない
一回くらい行ったのか忘れていた
こんな所に溜池があったのかと新しく発見した感じだった
意外とこの溜池は多く知らないのがまだある、それだけ溜池が日本では多いのである

そこに鴨が群れていた、隠されて群れていた、鴨は秋の季語であり冬の鴨があり春の鴨がある、こんなところで鴨が群れていたというのは意外だった
何か隠されていることが神秘的だとなる
飯館村はそうした隠された村だった、それが原発事故以後は様々なことで醜い場所になったのである、これまでは問題があるにしろひっそりと隠されていたから良かったのであるそもそも人間は醜い、でも自然の中に隠されているとその醜さが現れないからいいのである

ただ今回は鴨がこんなにここに群れていたことは発見だった
ただ水が相当に少なくなっている、雨がふらないからだ
今日は春と言っても寒い、春寒しだとはなっていたが天気がいいから出かけたのである







2021年03月06日

震災から10年―復興できない避難区域 (住民を帰還させることは無理?)


震災から10年―復興できない避難区域

(住民を帰還させることは無理?)

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飯館村は建物は立派でも人は住んでいない
(人が住まない村では復興はない・・・・)
http://musubu.sblo.jp/article/187349335.html


どうみても双葉とか浪江町とか大熊とか富岡とか飯館村とか原発事故の避難区域は復興できないとみる
なぜなら高齢者が多かったが10年過ぎてさらに高齢化進んだことである
双葉町の牛を飼っていた人は67才とかであり夫も事故後に死んでいたのである
生き残っていた牛はその飼い主を覚えていた
でも家は取り壊すほかなくなっていた、10年間洗濯物が干されていたのも不思議だとなる
飯館村では長泥でも避難区域で未だに解除されていない地区である
そこへの思いがあってももう帰ることは不可能だとみた
もう一つの原因が高齢化なのである
60過ぎたら農業するのは苦しくなる、農業は結構な重労働にもなる
それで70才になるの女性は畑をやっていたがやめた
腰が悪く病院通いが仕事なのである

もともとこうして地方の田舎は少子高齢化で後継ぐ人が減っていて維持することがむずかしくなっていたのだ、それに追い打ちをかけたのが津波とか原発事故だったのである
だから本当に津波で死んだ人の慰霊碑に刻まれた人でも高齢者が多いのである
それは漁業でも同じであり第一次産業の割合が一割とかに下がってきたのが日本の経済である
農業ではやっていけない、漁業ではやっていけない、林業もないとかなって地方の農山村は衰退して限界集落化するところが増えてくる
つまり跡継ぎもそういう場所では育たない、それが原発事故で極端な過疎化から無人化した町村になった
ただ老人は長年生きた場所に愛着があり帰りたいとなるが若い世代はそういうこともないのである
すると多額の補償金をもらって都会にでも出た方がいいとなる
実際にすでに家を建てて移った場所で仕事を持ち子供はその都会の学校に通っているともなる、だからその子供たちにとって飯館村でも故郷ではなくなる

でも飯館村とかなると愛着があるから福島市であれ外に家を建ててもなつかしいからと家は残している、その古い家があったところにこじんまりした家を建てている
それは新しいしゃれた家でありそれは別荘でありたまに畑の野菜をなどを見に来ると言っている
これも不思議なの光景である、軽井沢の金持ちになったのかともみる
別荘となればそうなる
ただ長泥は放射性物質に汚染された土を利用する工場を作っている
それでまた農業を再生させようと努力している

いづれにしろ10年過ぎて避難区域に帰ることはもう無理に見える
何か人のつながりも希薄化したとか人のつながりがなくなったという
その人のつながりは場所を共有して仕事をしていることでありえた
田舎だととくに農業している人は人のつながりは濃密なのである
だからその土地から離れて十年とかなり仕事を通じたつながりもなくなるとそうなる

それで外人の文化人類学者の人が墓地がつながりをもつ場所だと言っていた
何か不思議なのは津波の被害地域でも高台に墓地が残っているのである
でも人が住まなくなると他に移りすむとその墓も移動するのである
子供が移り住んだ場所に移動するからである
そうなるとその場所とのつながりも消失してゆく
でも飯館村だと別荘としてたまに昔をなつかしむ場所として行く
ただそんなことがこれからも成り立つのかとも思う
軽井沢のような地域ではないからだ

10年過ぎてむしろ元の状態の復興はかえって遠のいた、そしてもうあきらめる他ないとまでみる、政府では全地区避難解除してもどすというけどそれは今の現実をみたらその政策は合わない、ただそうしないと政府で補償金を払い続けることがありそうしようとしているのかともみる
でも現実的に元の状態にもどすことは無理だとみる
現実は他に家を建て子供たちはその土地の学校に通い十年もすぎたからである
この十年の時間の重みがありそれで元の状態の復興はもうできないとまでみる
それをしようとすると何かかえって徒労だともみる
金をつぎこんで立派な施設を作ってもそこに肝心の人が住まないし活きないのである

学者がふるさとは場所と人間があるが人間があって場所があるのであり人間がいなくなれば人のつながりも消える
歴史も場所と密接につながっているのだが人間が住まなくなるとその歴史も途絶える
神社とか古碑とかも埋もれてゆく、しばらくは廃墟として残るがいづれ草に森に埋もれてしまうのである
そして新しい歴史が移った場所ではじまる、そうして先祖は忘れられる

要するに時間は貴重なものであり十年一昔になる、それは昔のことだとなり関心もうすれてゆく、何か地元でも津波の被害を語っても関心がなくなる
ただ原発事故は依然として継続したものとしてあるがこれも忘れられてゆく
今の関心はコロナウィルスになり津浪とか原発事故でもそれは昔のことだとなってしまうそして今に生きることで精一杯になっているのが人間なのである

だから政府のいうように避難解除して元の町や村にもどすことは不可能だともみる
その政策自体が間違いである、となればどうするのか?
一つの解答が飯館村の別荘化だったともなる、そこで場所とのつながりを依然として一応持ち続けるとういことである
ただ将来的にそういうことがつづくのかはわからない、それがいいともならないがそれも一つの解答だとなる、ただ村でも人が住んで暮らしがあって村だとなる
それで風力発電を見えない場所にしろと隣の川俣町から言われた
川俣町は避難区域ではないから人が住んでいるから景観を気にしてそう言ったのである
人が住んでいると毎日そこから見えるものが気になるのである
人が住まなければ気にならなくなり放射性廃棄物の処理場になろうがソーラーパネル工場になっても抗議する人もいなくなるのである
むしろ土地を持っている人は金にしようとするから余計に景観のことなど考えなくなる
こうして人が住まないと荒廃してゆくのである

災害で村人が助け合った江戸時代の話に共鳴
(原発避難民は補償金で町も村も家族もばらばらに分断された)
http://musubu.sblo.jp/article/187785463.html


3月6日のTBS 報道特集を参考にしました

posted by 老鶯 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

1日6万円をもたらした「協力金バブル」の闇 商店街に軋轢発生も (原発事故の補償金でも同じ事が起きていた)


1日6万円をもたらした「協力金バブル」の闇 商店街に軋轢発生も

(原発事故の補償金でも同じ事が起きていた)

元の商店街関係者からは、飲食店には手厚い補償がなされるのに、衣料品店や雑貨店への補償がないのはおかしいと声が上がり、にわかにバブルに湧く飲食店経営者に「商店街の運営費用を渡せ」という主張する人もいる。飲食店主とそれ以外の商店主の間に軋轢が発生し、長く続いてきた人間関係が崩壊したという例もある

飲食店は良い思いをしてきたと攻撃される可能性もあるし、商店街では白い目で見られるかもしれない。以前のように堂々と元気に営業できるのか、

1日6万円をもたらした「協力金バブル」の闇 商店街に軋轢発生も

これも原発事故でこの辺が補償金でもめたのと同じだった
本当に30キロ以内は政府の補償が手厚かったのである
10年間医療費無料、高速無料だった、でも同じ相馬市でも鹿島区は30キロからはずれた地域では半年で医療費無料はなくなり高速はもともと無料でなかった
そして10年過ぎても医療費無料が延長されるとか聞いた
このために南相馬市は分断された、ただ補償金ではどこでももめたのである
必ず多くもらえる人たちとそうでない人たちがいるからだ
それで親戚同士でも口を利かなくなったというのも聞いた

つまりコロナウィルスでもこうして補償金によって商店街でも一体感がなくなり分断されるのである
飲食店だけが被害ではない、それに関連する業者も被害を受けている
なせ飲食店にだけ手厚いのかとなる
そのあとでも心が分断されて協力できないとまでなっている
原発事故の補償金ではそうなった、市町村が分断されてしまったのである

そして必ずしも補償金がいい方向に働かないのである

飲食店はいい思いした

こういうことがその後の生活にかなり影響する、一日6万もらった人と全然もらえない人の差が大きすぎるからである、この辺でも30キロ内は手厚い、でもそれ意外わずかでありもう同じ放射線量でも全然もらえない地域もある
そのために一体感が消失する、だから人間社会はなんでも金で解決できるとはならない

何かとにかくこのコロナウィルスの不思議は原発事故と同じようなことが起きていることである

放射能がうつるから来るな!

こういういじめが原発事故の避難者にあった、今回も東京からコロナウィルスがうつるから来るなとなった
これもカルマなのかとなる、カルマとは人にした行為がまた同じ行為となって返ってくるということである
人を苦しめたものはやはり同じ苦しみを受ける、それがコロナウィルスでも起きている
特に東京中心に起きている

だから個々人にもカルマがあり社会自体にもカルマの法則があてはまる
人間は繰り返し感染症では苦しんできた歴史があり津浪でもそうである
それで昔の人の苦しみを身をもって知るようになる
そして補償金でももらえる人はもらえない人のことを思わないのである
何かその補償金でレクサスを買ってまた家族で旅行とか遊んでいるというのもそうであるそれはこの辺でも補償金でそういうことが起きたからである
それで車を傷つけられたとか聞いたからである
周りの人がどう思っているか考慮しないのである

そして原発避難者は外部からかわいそうだと援助がつづいたのである
仮設住宅には毎日ボランティアが来ていた、でも周りの人は関係ないのである
原発避難者様になってしまったのである
すると俺たちは被害者であり援助されるべきだとなる、同じ市内でも特別なものとして扱われる、つまり俺たちは何もしなくても助けられるべきだとなり自助努力をしなくなるということもあった、ただ遊んでいた人いたからである

とにかくコロナウィルスが終息してもその後遺症はこうして残る
何かみんな苦しんだから一致協力するということもないのである
かえって協力できなくなさせたのが補償金でもあった
だからこの世の中のことがすべて金で解決するということはない
かえって金によって人の心は分断される、兄弟でも遺産争いとなり骨肉の争いとなる
だからもしかしたら安易に金を与えるということは問題なのかもしれない
実際に原発避難区域では多額の補償金をもらった結果若い世代はみんな外にでて家を建て帰ってこなくなったからである
それはそれだけの補償金をもらったためにそうなったからである
そうしてしそれはもう修復できなくなったからである

いづれにしろ人間公平に対処することはできない、必ず不平等になり不満な人がでてくるそれで一体感が消失して心でも分断される、すべて金で解決しようとしてもできない
そこに人間の心の問題がありできない

ただみんなで商店街で協力して助け合い乗り切ろう

こういう気持ちになるとまた違ったものになっていた
それは原発事故の被害地域でもそうだったのである、補償金でかえって人間の心はばらばらになり家族もばらばらになった、それでインフラとかは整備したが肝心の人間の心は分断されてずたずたにされて復興できなくなったのである

posted by 老鶯 at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年03月05日

まず困ったら市民課の相談へ (弁護士に直接頼まない―相談だけで百万とられたことがある


まず困ったら市民課の相談へ

(弁護士に直接頼まない―相談だけで百万とられたことがある

5年前にかかわった通信会社のTOPPAとかから何故か一万だけど請求書がハガキでくる
それを払わないと延滞金が月ごとに増えてゆく
だから少なくても恐怖になる
それでこまって消費者相談にインタ−ネットで相談した
その政府の消費者相談は南相馬市の市民課で相談しろと言われそうした
要求されているハガキをもっていって相談した
そしたら後日弁護士が電話で相談すると言われた

それで事情を話しした、まずネットで契約が成り立つのかと聞いたら成り立つという
文書ではその時契約しなかったからだ、それで契約は成り立たないと思っていた
でもネットでも売買しているから契約は成り立つ、口約束でも契約は成り立つ
ただすでに時効になっているから払わなくてもいいとしても請求されて裁判になるかもしれないと言われた

それで払いますから待ってくださいとか言うと相手は録音してそれを証拠とするから気を付けろと言われた、確かに借金でも請求されたとき一回でもわずかでも払えばそれは借金を認めたことになるからしない方がいいとは聞いていた
相手は悪徳会社でも弁護士でも雇っているからなかなか素人だと勝てない
それで大きな会社とかを訴えて裁判で勝つことは不可能だという人もいるのもわかる
個人になると裁判では相当に不利になるのである

ただ一万くらいだからめんどうだから払っていいとも考えた
相手が通信会社であり怖いということもありそうしようかと思った
でもそのままにして一応聞いてみたのである

そもそもがその相談が市の市民課で相談できると思っていなかった

インタ−ネットの消費者相談は国で運営しているものと思ったからである
何か市民課ならすぐ近くで直接行けるし相談できるから安心だと思った
ただハガキを直接もっていったが相談を受けたのは電話である
でもその弁護士は的確に答えてくれた

それも相談は無料だった

でも兄の交通事故の時は仙台市の方へ親戚の人が相談に行っただけで百万もとられたのである
その親戚の人がまず何もできない知らない人だったのである
何か弁護士を知っているからといったので頼んだ
本当に何もしないのに裁判にもならないのに相談に行っただけで百万とられたのである
普通だったらそんな金を払わないのである
頼んだ人は本当に世間のことも何も知らない人だったのである
ただ金は交通事故で賠償金が払われるからそこから出したとなる
このことは私自身の家の落ち度でもあった、私の家の者がかかわったからである
ただその時は何か理解できないものだった

でも今ふりかえると何かおかしいと気づいたのである

何もしないの相談するだけで百万要求し払った!

今回は一万の要求だけど市民課では無料で弁護士を通じて相談にのった
何か困った時、まず市民課に相談する、すると安心だと思った

直接弁護士には相談するな!

南相馬市の市役所が仲介して弁護士に相談すると安心だとなる

とにかく意外と社会の仕組みとかわからないとかで人間は失敗する
何か自分自身が学者肌であり実際は社会のことがわからないのである
現実社会と理論は違うからである
それが家のことで家族が全部死んで様々なことを一人で処理するようになり責任をもたされて社会とかかわるようになって困りそうなった

ただ家族が認知症になったり介護になったりしたがそういうことは相談しても実際引き受けるのは家族しかない、誰に相談しても認知症などわからないからだ
だから四苦八苦して介護したのである

人間は何か困っても相談には限界がある、金で解決するとしてもそれを自腹で払えるかとなるとねずかしい、だから相談されるのも困るとなるからだ
だから市民課に相談しても解決するとはならない、でもその窓口がありそれすら知らなこともある
意外と市で行政サービスがどういうものがあるか知らない場合がある
コロナウィルスの支援金のことでもわからないということがある
ただ最初市民課に相談してみることである



着手金の問題(弁護士費用について)                                    


依頼者と弁護士との契約は「委任契約」です。

委任契約は家を建てることを大工さんに依頼する「請負契約」と異なり、依頼内容の実現を目的とはしません。

大工さんは家を完成させなければ契約内容を実現したことになりませんが、弁護士との委任契約は依頼内容の実現に向けて働くことそのものが契約内容なのです。

つまり、着手金には活動の対価としての意味も含まれているのです。


見極めるポイントはずばり「見積書」です。

これまで弁護士が見積書を出すことは少なかったのですが、最近では多くの弁護士が見積書を作成します。

私も昔に比べて見積もり提示する割合が大分高くなりました。(基本的には提示します。)

また、見積もり提示のタイミングも以前より早くなりました。依頼者がそれを求めるようになったと感じているからです。


兄は交通事故で死んだ、そこでもめたのがそこに勤めていた会社だったのである
会社の人が賠償金を得ようとして画策したのである
その弁護士は仙台市の人であり見積もり書など出していない
相談を引き受けるとしても最初から百万必要だとしたのである

でも実際に交渉したのは保険会社でありその弁護士は何もしないないのである
だから何か着手金として払うことはわかるにしてもこの場合は成り立たない
法外な金をとられたとしか思えないのである

見積書というとき家のリホームでも家を建てるにも見積書を出すのが常識である
そうしないと後で金を多く要求される
ユニットバスは仙台市の会社で見積書を示してくれた、そこは本当に良心的だったとなる実際は百万ではできない仕事だった、他だと二百万以上はかかるものだったからだ
とにかく見積書を示さないと仕事は頼めない
なぜなら後から法外な請求をされてもそれが言えなくなるからだ
そういう大工さんがいたからそういう人には頼めないとなる





2021年03月04日

日本の農業も地形と風土にマッチして形成された (日本の農業を見直して日本の国土の再生を計る時代に)


日本の農業も地形と風土にマッチして形成された

(日本の農業を見直して日本の国土の再生を計る時代に)

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これはいい本である
日本の農業がどういうものかわかる


日本は外国の文明でも文化でも取捨選択して取り入れた、奈良時代でも宦官制度などは取り入れなかった、日本に合ったように取捨選択した
それは海を隔てているからそこでそれができたのである
陸続きだとそれはできない、全部強制的に変えられてしまう、その圧力が強烈だからである、だから今中国でもイスラム教でもウィグルとかが弾圧される
言葉でも中国語をしゃべれとか漢字を使用しろとかになりモンゴルでもそういう圧力があり民族独自の文化は否定される

日本だと海に遮られているから一挙に民族移動のように戦争もなかった、異民族が侵略できなかったのである、それが幸いして日本は独自の歴史を作って来た
大陸で作られてきたものがすべていいものとは限らなかったのである
日本は日本独自のものを作ってきた歴史がある
それは島国であり平地が少なく山が多い、そういう中で長い時間をかけてその風土を巧みに利用する文化を作ってきたのである

縄文時代が一万年つづいたとかいうのもそうである
それは日本を深い森が覆っていてそこで採集生活があり縄文土器が発達した
狩猟もあったが牧畜は発達しなかった、日本には牛、馬、羊がいないと魏志倭人伝に記されているからだ、これが日本の特徴なのである
大陸は牛、馬、羊を家畜化して暮らすことが基本だからである
それは最古の文明でもそうである、エジプト文明でもそうであり小麦を作っていたというのもそうである、すでにビールも作っていたからやはり大陸文明は食生活でも共通しているのである

小麦と肉食は必然的に一体化したという、小麦にはタンパク質がたりないとなり肉を食べる必要があった、麦だけはたりなかったのである
日本では米が主食だとするとき米だけ栄養がたりることがありそれに野菜とか魚とかまた味噌とかなど発酵食品でまかなった
世界ではめずらしく漁労民族なのである、海の幸に恵まれた国だった

人間の歴史をみるときいろいろあっても人間の基本が食べることにありそこから文化が生まれ歴史でも作られて来た、だから食生活が大事なのである
体自体が長年の食生活で作られてきたからである
穀物類を主食として多く食べる日本人は腸が長くなった
また肉食中心の欧米人は肉を消化する酵素を体が出すというのもそうである
だから日本人には本当は肉食は向いていないのである
そのために何か日本人の体に異変が起きてあるガンが増えたというのもそうである
それは食べ物の影響なのである

とにかく日本でもやはりその国土に風土にマッチするように営々と努力して来た
日本ははにかく山が70パーセントがあるとか山国の地形である
それで野とあるときもともとこれは傾斜地の意味だというとき納得する
平坦な地ではないのである、それだけ日本は平坦な地が少ないのである
また山というとき谷間にもなる、高い山を意識するより谷間として意識する
その谷間とは山の間から水が流れる場所でありそこが生活の根拠となる


「上農の構え」

上農の住居は背後に山をひかえ、前に水田が広がり、左側に水の流れがあり、右側に畑を配置して先祖伝来の田畑を家の周囲に多く配置するように造るものでそうしないと耕作は思うようにできない

「清良記」によれば

第一に五穀を適宜に栽培しこまごまとした野菜の畑を上手に管理して妻子に野菜や山菜の採り方などを教える

第三に手のかからない木や竹類を植え付けその実を収穫したり、家を修理したりする材料にする

第四に耕作に使役したり肥料をとったりできる、田畑の宝というべき牛馬を飼育し、犬、猫、鶏を飼うこと



これが日本の古来の農家だったとなる

第一こうなったのは日本の風土と地形から必然的にそうなったのである
その文化とか歴史を作るのはその国々の風土であり地形である
それを無視するとき不自然なものとなり何か災いが生まれてくるのである

日本の風景をみているとこの辺でも背後に山がありそれも高くない山である、小山であるそして水が流れているという時小川のようなものが流れている、この辺だと屋形とか大内だとか真野でもそうである
小山にそって農家がありそこには古くから人が住んでいたとなる
台地とかである、日本の平地は原始時代になると平地は湿地帯が多いからである
だから小山を背後にして台地に住んでいたのである

そういう場所は原町の大原ではそうである、背後に山があり脇に新田川が流れている
そこで山の資材を利用できる、山菜などもとれるとなる
そこに前田とあるときそこはその土地の草分けが住んでいい場所だったのである
その大原に住んでいる人を病院で知り合った、でもその人は死んで今は空家になっている
ともかくこうした日本の風土に国土にあったように人間の生活は作られてきたのである
だから自給自足経済が基本である、まわりにあるものを利用して生活していた
何か買うということはあまりなかったのである、それで農家では納豆まで作っていたのである、農家という時そこは何か外から買わなくても自給できる場所としてあった
だから戦後焼野原になったときそこには食べ物があり紙幣は紙屑になり高価な着物と街の人は交換するほかなかったのである

ともかく食生活が基本だという時農業が基本だともなる
だから農業のことを知らなければならないのだが田舎に住んでいても知らない人が今は多いのである、その理由は第一次産業に従事する人がすでに一割にもみたなくなったからである
農業とか漁業とか林業とか第一次産業は衰退産業であり跡継ぎがいないとなりそれで高度成長時代は見捨てられ原発が誘致されたのである
電気工事関係者が千人も原発で働いていたというからそれだけの巨大な会社が東電であり原発だったのである
そのことによって原発事故になり生態系が汚染され住めなくなったのである

なぜ原発事故が起きたのか?

これはこうして日本の歴史をふりかえらないとわからないのである
ただ今農業など一次産業を見直すべきだということである
全体のしめる割合が一割に満たないとしても何かそこを見捨てたというかなおざりにしたというかそれが原発事故の原因にもなったからである
原発に頼りすぎてしまったのである、ある意味で原子力文明にもなっていた
その暗黒面として日本が唯一の被爆国になっていた、そして原発は平和利用と見ていたが実際はそれは生態系を汚染して人を住めなくさせる怖いものだったのである
それが権力者によって「安全神話」が作られて見えなくさせられていたのである
吉田所長が爆発した時、日本の半分に人が住めなくなるとか言ったのは本当にそうなると思ったからである、ただそれは幸運がありとめられただけなのである
そんな危険なものを日本に作ったこと自体が大問題だったけどそれは国民の議論にすらならずアメリカの圧力とかまた読売新聞の正力松太郎などの私益のために作られたから罪深いとなる

このことは被害にあったこの辺だけの問題ではない、日本全体の問題である
それで依然としてこれだけの被害にあっても原発再稼働するとか画策しているのが信じられないのである、それは別に電事連とかでもそうである、左が属する組合でもそうなのである、それはそこで飯を食べているからどうしてもそうなってしまうのである
これだけの被害があり日本にすら住めなくなるという危険なものをまた再稼働してようとしていることはもう国賊である、日本を滅ぼすのかともなるからだ
だから右が原発再稼働とか核武装しろとかいうのも恐ろしいとなる
なぜ原発がやめられないかというと何か背後に核兵器と結びつけるものが原発にありやめられないともなる、プルトニウムが核兵器に利用できるからだともなる
別に原発がなくても石油があり天然ガスがあり電気は作れるからである
それは枯渇しないとされている、だからなぜ原発にそんなにこだわるのか解せないのである




2021年03月03日

経済の錯覚ー第一次産業から工業化へ (原発事故もその変化で起きた)


経済の錯覚ー第一次産業から工業化へ

(原発事故もその変化で起きた)

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南相馬市の地域特性
https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/3/04_3shou.pdf

経済というとき田舎に住んでいると回りは田畑である、するとそれだけの面積を占めているから農業中心のように未だに見ていることがある
つまり農業となると土地が基本になり土地から生産物を産みだすから土地が広ければ広いほど生産高はあがる
土地が二倍になれば二倍の収穫になり三倍になれば三倍の収穫になる
その土地でも平地があると田畑にしやすいのでいいのである
日本では米がとれる平地が多い場所があって大きな力をもつとなっていた
何万石とかの石高で米がとれる量でその国の力を計っていた

ただそれが戦後の工業化により高度成長時代になると農業の生産にしめる割合が極端に減ったのである、全体の一割とかになっていた、それは地方でも田舎でもそうなのである
でも田舎に住んでいると依然として田畑に囲まれているから農業のしめる割合が多いともみるのである
でも現実は農業に従事して生活している人は一割くらいだとなる
それもこの辺だと梨農家とかトマト農家とか花栽培の農家とが専業農家として成り立っているとなる、米だけでは成り立たなくなったのが農業である
そして田舎でも地方でもみんな会社に勤めている人が多いのである

でも人間はいくら数字で示されても現実と合わないのである
ただ明らかなことは戦前までは養蚕農家が多かった、いたるところ養蚕農家であり
そのために養蚕のために作られた兜型の屋根の家が今でも多く見られるのである
でも養蚕は今はしていないのである
相馬農業学校は養蚕学校から始まったことでもわかる
農業は養蚕が主なものであり絹が輸出産業となっていたからである
でも養蚕とは農業が拡張化したものでありそれも農業だったのである

グラフで見るようにいかに第一次産業の割合が急降下しているからわかる
それでも依然として田舎の風景を見ると田畑に囲まれているから農業が主体なのかとも見てしまうのである
そしてまた漁業は実際は農業よりそのしめる割合はさらに少ない
全体の一割が農業だとすると漁業はまたその十分の一くらいかもしれない
そうなると漁業は確かにこれも漁港はある、でも現実には経済活動の割合では微々たるものだとなる
第一魚にしても必ずしも地元でとれた魚を食べているわけではない、魚でも今ならどこからでも入ってくるからである、そうしてグロ−バル化して広域化した経済で地元のしめる役割りがまた小さくなっていた
ただ魚は活きのいいのがうまいからこの辺では石鰈は贅沢であり年取り魚として大晦日に食べていた贅沢品だったのである

やはり魚。特に「めでたい」に通じるタイが好まれますが、ブリ、サケも人気もので、“東日本ではサケ、西日本ではブリ”といわれるほど「年取り魚」の定番として定着しています。

こういうことが各地でもあった、だから地元で石鰈を食べれるのは漁港があり漁師がいたためであるその恩恵があったということである
ただ高度成長時代になると工業化すると農業もそうだが漁業もさらに遠洋漁業や広域化グロ−バル化で外部からも魚が入ってくるから地元だけで売り買いするものでなくなった
その全体にしめる割合が農業より縮小化していたのである

そこでどうなったのか?

漁業権は残り大きな権利となった

原発に漁業権を売りそれで成り立っていた

漁業だけではもう成り立たなくなっていた、だから後継者もいないのは農業とも同じである、ただ実質では漁業だけでは成り立たなくなっていても漁業権がありそれを東電に売るその方が大きな収入となり原発御殿が建っていたのである
漁業では成り立たない、農業でも成り立たない、後継者もいない、でも東電からの補償金はある、それで十分だとなっていた
グラフで見ればわかるようにそもそも第一次産業は急降下するばかりだったからだ

飯館村でも林業とかで木材やまた石材とかを東京とかに売っていたときは地元にあるものが資源となり村でも成り立っていた、原町機関区はその資材を東京に運ぶために作られた森林鉄道がそこから伸びて葛尾村の落合とかまで通じていたからである
それがグロ−バル化して外国からそうした木材でも資源を輸入するようになったとき衰退したのである
そういう時代の変化があり東電に頼るようになったのである
東電は巨大企業でありその経済にしめる割合も地元では大きなものでありその他は縮小化されたのである

ただこうして工業化して高度成長時代に公害問題が起きた、自然破壊が起きた、水俣病がそうだった、環境破壊の歪(ひずみ)が生まれた
それは日本だけではない世界でも中国でも経済成長すると起きた問題である
原発もまた環境破壊するものだったのである

これまでの経済は第一次産業が主体だった、農業であり林業であり漁業でもそうである
それもグロ−バル化していないから地元にあるものでまかなう経済だった
それはその土地の生態系に基づいてありえたものだったのである
だから公害とかはありえなかった、なぜなら農業でも田んぼでも水が汚染されたらやっていけない、漁業でも海が汚染されたら魚を食べられないからである
貧しくても生態系に基づいて生きるほかなかったのである
そこでは公害は起こりえなかったのである

ただ原発事故ではそうした生態系自体が汚染されると空気まで汚染されると住めなくなった、ということはここあるものをすべて失ったとまでなる
現実に多額の補償金をもらってみんな外に出て残されたのは老人だけだとなる
そしてやがて限界集落のように消滅してゆくとなるからだ
そうした大きなリスクを背負っていたのは原発だったがそれが金になるということで見えなくされていたのである
だから確かに一概に漁業者だけを責めるのは酷だともなる
ただそこに一番矛盾が露見したのである

トリチウムを海に流すなというときそうである、そもそも海で魚をとるということは自治体にしてもその割合が微々たるものになる
松川港にしても漁船は多いにしても現実は火力発電とか天然ガスの供給所とか他にも船が出入りする機能としてあり漁業は縮小化されていたのである
魚にしても現実的には外国からでも他から入ってくる
農業でも米でも外部からいくらでも入ってくるから地元だけに頼るとういことはない
そういうグロ−バル化広域化経済の中でも農業や漁業が縮小化されて東電に頼るになったのである

生業を返せという裁判があった

でもこれもその生業自体では生活できないとなりこの辺では原発に頼っていたのである
生業というとき何なのか?
それは第一次産業になる、その第一次産業のしめる割合が急降下してきた
だからいくら回りが田畑でもその田畑が重要なものでなくなっていたのである
そして次は荒地化した土地はソーラーパネルになった
それも原発に頼るとも似ていた、自然破壊していないようで景観は破壊されている
それで飯館村に風力発電ができると風車を見えないようにしろと川俣村から抗議されているという、飯館村でもそうして自然破壊されてゆくようになった
なぜ川俣村でそういうのか、それは川俣村では元のままでありそこに相当数の人が住んでいる、そうなると風力発電の風車でも見えるのが嫌だと抗議したのである
やはり人がそこに住んでいれば景観を気にするからである
だから人が住まないことは危険になる、人が住まない避難区域は放射性廃棄物の処理場とかソーラーパネル工場とか風力発電地帯とかになりやすいのである

原発事故の最大の被害は生態系が汚染されて住めなくなったことである
この住めないということは最大の被害であった
それで大熊の人だったか家族と故郷に一緒に住めるならロウソクでもいいと言ったことが印象に残ったのである、それは何が幸福なのかを示唆していた
そこまで極端化したことを言わせたことが原発事故がいかに家族でも自治体でも破壊してしまったかを示していたのである






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Japanese hall


Japanese hall

fusuma111.jpg

木の組子格子の表裏に絹や和紙を張り重ねた障子が衾障子あるいは襖障子と呼ばれた。

Shoji made with kumiko-goshi (a lattice made of fine materials) with silk cloth or a paper pasted on the both sides were called fusuma-shoji (衾障子 or 襖障子).

目が届かず、

手で詳しく知る事ができない」、「奥」の意味)から、身体の形を覆い

隠す服「皮衣(かわごろも)」を意味する「襖」という漢字が成り立ちました。

I can't see

Covering the shape of the body from "I can't know in detail by hand", meaning "back")

The kanji for "fusuma", which means "Kawagoromo", has been established.

goldenway11.jpg

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dim light

2021年03月02日

衰退した漁業をテーマにしたドラマ (漁業は衰退して観光とか原発に頼るようになった)


衰退した漁業をテーマにしたドラマ

(漁業は衰退して観光とか原発に頼るようになった)

1970年代には、各国の200海里宣言で漁場が狭まり、遠洋漁業画が打撃を受けました。1980年代後半からは、日本近海の水産資源が減ってきたことなどから、沖合・沿岸漁業の漁獲量も急激に減少しました。

漁獲量も減り、とった魚の値段も上がらず、収入に繋がらないこと、また自然相手の危険で厳しく、そのうえ長時間労働の仕事であることから、特に若い人が漁業から離れていきました。

現在、漁業者は約20万人と過去40年間で3分の1以下に減り、現在働いている漁業者の約30%が65歳以上の高齢者となっています

漁業が最大の生活手段である離島では、人口の減少が問題となっています。例えば長崎県の五島列島では、1960年代に14万人いた人工が、今では半分近くに減り、高校卒業者の約8割は、進学や就職のため島を離れています


漁業もグロ−バル化して衰退した、つまりグロ−バル化経済というのは全般に社会を変えてしまったのである
それが一次産業を駄目にしたのである、漁獲量も減り跡継ぎもいない、それは農業と同じだった、林業でもそうである、カナダとからの外材で家を建てる
すると江戸時代とか戦前は山持ちとかがいて山村でも金持ちがいた
それでこの辺では飯館の大倉で相馬女学校に通っていたという人がいた
親戚の家に寝泊まりして通っていた、相馬女学校は本当に極わずかの人しか入れなかったのである

漁業というとこの辺では相馬市がと漁船も多く盛んに見える、でも相馬港は天然ガスなど輸入する港に震災以後なっている、だから漁港としてあっても漁船以外で船が出入りする港ともなっている、漁業が衰退するとそっちの方が港の主な機能となっているともなる
漁業だけどだとジリ貧になる、もう漁業だけでとか専業ではやっていけない時代である
そしてどうなったのかというとドラマの舞台の伊勢志摩では観光が主要な収入となりリゾート開発が行われた、それで寝屋子として育った子供が観光開発会社の社長となり育った寝屋子の父親と争うようになる
漁業は衰退して観光に重きを置く時代になったのである
そこで観光化することに寝屋子の親は反対するドラマである

これでわかることは漁業を通じて結ばれていた共同体が時代の変化で破壊されてゆく物語でもある、それは農業でも林業でも同じである、グロ−バル化した結果起きたことなのである、その時寝屋子という共同体を維持する風習も壊されてゆく
相馬市の松川浦漁港は大きいが漁港は零細である、そういう零細な漁業でも成り立っていた、それは遠洋漁業とかに変わった、すると地元で魚をとってだけでは暮らしていけないとなる
漁業だけでは暮らしていけないとか原発があった地域でも双葉や大熊でも原町市とかいわき市から離れているから仕事がないともなっていた
それで出稼ぎ地帯になっていて出稼ぎしたくないからと原発を積極的に誘致した
それは漁業関係でも同じである、漁業だけでは生活できないとなっていた

ところが浜通りではこの辺の烏崎村には漁業をしていたがそれも零細である
東北電力の火力発電所ができたとき補償金をもらえた、それで烏崎では景気がいいと高い着物でも売れたのである、また呉服屋が旅行に招待されたりした

日本人の海外渡航自由化は、1964年4月1日のこと。この日に観光に観光目的のパスポートの発行が開始され、1人年1回、海外持ち出し500ドルまでの制限付きで海外への観光旅行が可能となった。

海外渡航の自由化から1週間後の4月8日にJTBが主催した、ハワイ9日間「第1回ハワイダイヤモンドコース旅行団」の旅行代金は、当時の国家国務員大卒初任給(1万9100円)の19倍という36万4000円。1965年4月10日に出発した「ジャルパック/ヨーロッパ16日間コース」は67万5000円だ。

これらを現在の物価に換算すると、JTBのハワイツアーは400万円、ジャルパックのヨーロッパツアーは700万円に相

このくらいの値段の時烏崎の人は海外旅行していた、ヨ−ロッパにも行っていたことに驚いた、私自身はとても海外旅行は高いから行けないと思っていたのである
それから安くなってみんな行くようになった
この時漁業関係者には補償金が入りさらに原発でも事故前からも多額の補償金が入ったのである、だから二回も大きな金が入ったとなる
実際は零細漁業は一応形だけでは漁業していてもそうした利権にあづかるためにあったのかともみる、だからこそ跡継ぎもいないのである
漁業だけで生活が成り立たないのである

ただその矛盾が原発事故であからさまにされたのである、事故前でもそんなに補償金をもらっているなど知らなかったからだ
それで原発御殿を建てていたというのもそうである
確かにこういう事情があり一概に漁業関係者を批判できないこともわかる
でもここに原発の極端な矛盾が現れたのである

漁業というのはもう漁業をしている形だけでありそれで漁業権を持っていて東電に補償金を要求するために海があったとまでなっていた
それだけ漁業が苦しい状態に追い込まれていたのである
それは農業でも林業でも同じである、それで農業していた子供が親に農業は継ぐなと殴られた、それは苦しいからそうなったのである

寝屋子とは漁業を受け継ぎその土地に生きるものとして自ずと形成された伝統である
それも結局伊勢志摩の場合は観光化してリゾート化してその土地を買い上げられるとかで問題になった、高度成長時代はこうして海外旅行ブームがあり国内の観光ブームが起きた時代だからである
つまり漁業の衰退とともに観光や火力発電所とか原発で補償金をもらうということに生活が変わったのである

ただそれが原発事故でその矛盾が露骨に現れたのである
トリチウムを海に流すなと東電に要求してもそれはまた補償金をもらうための交渉なのかとまで見られる、なぜなら漁業はこのように零細化して生活が成り立たない
ただ形だけが漁業者であり実質は東電からの補償金で成り立っていたからである
要するに魚をとらなくても東電からの補償金で生活がまかなえるとなっているからである事故後もそうである、漁業関係者は生活に困ることはないのである
ただそれは全部ではなく船主などの一部かもしれない、でも漁業組合が交渉する時、やはり補償金をもらうためなのかと見られてしまうのである

だからそもそも東電に漁業権を売りわたすということ自体それが本当にそういう権利があったのかとなる
今になるとこれだけ広範囲に被害があり別に他の人たちは補償されないからである
なぜ漁業組合関係者だけが補償されて安泰なのかとなるからだ
もちろんこのように事情があり言い分はある
ただ漁業権というのは大きな権利でありそれが零細な漁業組合のものになっていることが疑問なのである
水揚げ高でも福島県は宮城県からすると十分の一であり零細なのである
ただ事故が起きなければ問うことはなかった、第一知らなかったからである
だから知らないままで終わっていたのである

ともかく寝屋子という昔からの漁業を成り立たせるための伝統が失われというとき
それは江戸時代から明治から社会が変化して共同体が分解していったのが歴史である
原発事故ではそれが極端化したのである
一挙に限界集落化してもう町や村が消失する危機になった
それも多額の補償金をもらった結果としてグロ−バル化広域化した社会で起きてきたことである、現代の生活はもう一地域で農業や林業や漁業をして生活しているのではない
グロ−バル化であり広域化社会であり一地域でも外部からの人が入り仕事して成り立っている、だから隣の人が何をしているかわからないのが多いのである
それだけ仕事が広域化してグロ−バル化しているからである

昔だったら近くでも何の仕事しているかわかっていた見えていた
今は見えないのである、それで簡単に原発事故で広域化社会で補償金をもらって町や村を復興させるより個々人が家族でも外に出た、仙台市に出て成功した人もいる
だから時代の変化で元のような町や村に復興させることは不可能だとなった
でもこんなに簡単に共同体が崩壊することには驚いたのである
一つの町や村に住んでいても実際は共同体は喪失している
そこで力をもつのは金だとなってしまったのが現代社会なのである
だから市町村でも一時的にありそれも簡単に何かあれば崩壊するという社会なのかとなる代々住んでいてもそれが維持できない、簡単に崩壊するということである
もちろん放射線被害とかあり維持できなくなったということがあってもそういう社会になっているため起きたのかと見るのである



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2021年03月01日

金は具体的責任でありカルマとなる (そのカルマは苦しみとなり現象化するー世界恐慌にもなる)


金は具体的責任でありカルマとなる

(そのカルマは苦しみとなり現象化するー世界恐慌にもなる)


武田邦彦】ついに特定!メディアが一切報じないSTAP細胞事件の真犯人が判明しました!
やはり小保方さんは…


武田邦彦氏が小保方さんには責任がないと言っている
その理由は無給だったからだとしている、研究者として無給で参加させていた
だから小保方さんには責任がない、雇った方に責任があるとしている
それで上司の人が自殺したというのはそのことだったのかとなる

何か責任とかカルマとなると金でみるとわかりやすいのである
借金は明らかにカルマとなる、カルマとは何かとなるといろいろあり複雑だからその人のカルマを知ることはむずかしい
でも金から見るとわかりやすいのである、カルマとは借金を背負っていると同じだからである、だからその借金(カルマ)を払うことを強いられるのである

親戚で叔父にあたる人から墓を守ってくれと300万もらった人がいる
私でも叔父になるが交渉はなかった、でも今になるとそんなこと頼まれなくて良かった
墓を守れというけどそれも簡単なようでそうでもない
墓とは何か良くからないからである、そこに何もないとなればない
でも何かあるのかもしれないとかなりわからない
でもいづれ墓を捨てることにはなる、墓を捨てても別に誰も何も言わない

でも墓を守ってくれと言って死んだ人から呪われるかもしれない
「300万墓を守ってくれと頼んだ、あなた守りませんでしたね、私はあなたを呪うでしょう」何かこんなふうになったから怖いとなる
もし半分づつで分けて墓を守ることを自分がしていたらその責任が生じていたのである
だからそんなこと頼まれなくて良かったとなる
ただその頼まれた人は育ての親すら生前に捨てたような人である
だからそういう人がどうして墓を守れるのかとなる
世話になった親すら捨てた、その墓は別にある
いづれにしろそれもカルマとなってその身にりかかる

一見金をもらうことは無条件でいいように見える、でもそれがカルマとなる
ただそういうことを意識しないのである、後でなんらかカルマとなり災いとなる
弁護士に何もしないのに相談するだけで百万を払ったというのもそうである
それは何のとかめられることもない、しかしそれが具体的な金としてもらったことで後でカルマとなって苦しみとなって現れる
金は具体的なカルマとなるからである

原発事故にしても漁業組合の船主などは多額の補償金を事故前からもらっていた
もし金をもらわなかったら責任はないし東電でも政府でも責められる
でも金をもらったことが責任となる責められないのである
事故周辺ではそうして金をもらい恩恵を受けていたから東電を責められないというのもそのためである
ただ事故後に補償金でももらうのは当然だとなり批判はされなかったである

それでドラマでたいした金でもないのに江戸時代のヤクザが殺人に手をかしたとかある
それは金をもらった責任を果たすためにそうなったとなる
そこまでしなくてもいいとなるがそれでもそこまでしなければならないとなるのがカルマだともなる、だから借金を軽く考えるのは疑問なのである

また借金した人はすでに負い目をもっているのだから人を愛すことはできないとしているだから私が介護て苦しんでいる時来た親戚は助けることもできない
借金で苦しんでいるからまず金を要求してくる
負い目をもっているのだからその時点で何も助けることはできないとなる
借金は大きなカルマなのである
そのために自分は苦しめられただけなのである、ただ相手はそのことを意識していない
でも多額の借金で苦しんではいる、たいだい犯罪の動機は借金が多いのである
それがカルマとなって苦しみ犯罪になる
だから借金することはすでに犯罪に近いともなるのである
ただ借金にもいろいろあるから一概には言えないにしろ借金そういうふう怖いものなのである

いづれにしろ金の怖さは具体的なカルマとなるから怖いのである
そして親のカルマが子に残されるという時何か不正であれ子に残された金は得た金はまたカルマとなり子を苦しめる、それが自分にあったと思う
遺産にしてもどうしてその金が残されたかが問題になる
それで金のことで親の介護から死で問題になり苦しんだとなる
だからどうしてもコロナウィルスで苦しんでいる時株が上がりもうけて笑っているという経済の仕組みは必ずカルマとなりそのもうけた金が呪いともなる

つまりそもそも今の資本主義のシステムはもうまともなものではない、だから巨大なカルマとなって恐慌とか起きて破綻する運命になる
国際金融資本家がギャンブルのようにして世界から金を集めている
その金がカルマとなり呪いとなってゆくのである、そのカルマが巨大な重荷となりそれで破綻してゆくのである
金には責任が課せられている、もしそうした巨額な金をもっている人がいたとしたらそれを世界的に有効になるように使わないとカルマとなり呪いとなってゆくのである
だからアメリカは衰退してゆく、世界から過剰に金を集めて豊かになったからである
ただ何かを世界の利益になるものを与えたということもある

そういう責任が大国には覇権国になると課せられている
そのために金が集められるからである、でもそれができないときカルマとなりその国に責任がのしかかりそれが果たせないとその国は衰退してゆく
それがアメリカの超格差社会の現実でありアメリカはもう衰退するほかないとなっているそれは中国でも同じである、覇権国となると世界から金が集まるからである
すると世界的責任が生まれるからだ、それが一部の支配階級のみに金が集まりすぎる格差社会になると中国では必ず革命が起きてきたのである
つまりカルマが積み重なりそれで自壊してきたのである

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2021年02月28日

権力側の歴史と民衆の歴史 (歴史を作るもの)


権力側の歴史と民衆の歴史

(歴史を作るもの)


歴史の見方となると常に権力闘争の歴史でありそこに欠けているのが民衆の歴史である
津波のことでも相馬藩で700人溺死と二行だけ記されていた
でもそれも忘れられていて津波の後に発見されたのである
そこに誰も注目していなかった、この辺では野馬追いがありまだ殿様が活きている
歴史を伝えている、それはいいとしても津波のことで大きな歴史の欠落があった
それは歴史と言ってもいろいろな見方があり一様ではない
歴史として記されるのは権力側から権力闘争の勝者によって記されたものである
そこでの一番の関心は相馬藩でもいかに相馬氏がこの地を支配したかということであり
戦争の記録は事細かに記されている
でも津波のことに関しては700人溺死しても関心もほとんどなかった
むしろこの辺では海側に旧勢力がありかえって津波でそこが打撃を受けて好都合になっただから相馬藩政期には二行しかた記されていなかったのである
その時戦国時代であり戦争が主な関心事だったからである
戦争に功績があったものが記されても民衆が津浪で700人死んだことより大事だったのである

歴史は一般的にそうして権力側から勝者から記されたものである
民衆からは記されていない、民衆からの歴史は公式な文書に記されないことが多い
ただ万葉集などには民衆の歌をのせてあり民衆の息吹を感じるものがある
でも歴史は一般的に権力者側から記されたものであり民衆側から記されたものがない
例えばなぜ明治維新で会津藩の悲劇が語られるがそれはあくまでも権力側からみる悲劇である
それを象徴していたのがその侍の悲劇と関係なくヤーヤー一揆を民衆がその時起こしていたことである
つまり侍が悲劇的に死んで薩摩長州に負けても民衆には関係ないものとして見ていた
かえって税金を高くとられていて不満がありそれでこの時とばかり一揆を起こしたのである
民衆と侍は一体ではない、侍は税金をとるものとしての侍でありそれで不満だったから一揆になった、なぜなら薩摩長州が攻めてきたらその土地の民衆も一緒に戦うはずだからである、それがかえってなかった、会津藩内に住んでいても侍と民衆は別々だったのであるだからあれだけ語られる会津の悲劇も別にそこに住んでいる農民などにとってはそう見ていないのである

民衆側にたって歴史を語ったのは柳田国男である、そこでは権力側のこと織田信長とか秀吉とか家康でも支配者のことは語られない、民衆の生活を探求したのである
そこで民衆は文書で歴史を残さない、だから口碑として言い伝えられたこと伝説でも重んじた、直接民衆から話を聞いたものから歴史を説いたのである
そういうことは今までになかったことでもある
権力闘争の歴史ではなく民衆の生活を歴史として発掘したのである
そういうことは地味でありドラマにもなりにくい、つまりドラマとして面白いのは取り上げられる、歴史となれば信長とか秀吉が主役となりドラマとして面白いとなる
でもそこで暮らした民衆のことは語られない、でも人間の歴史は営々とそれぞれの土地で暮らしてきた民衆の歴史が基になっている

それで会津藩があったとしてもヨ−ロッパのような市民というものが日本では発達しなかった、つまり会津藩ならヤーヤー一揆があったことでもわかる
もし市民共同体があれば市民が敵から責められたら一緒に戦ったはずだからである
市民はシテズンシップであり仲間である、侍と農民は別々のものとしてあり共同していない、そこにヨ−ロッパの歴史との大きな相違がある
それでパスポートに住んでいる市を書くのである、でも日本だと市としても市のもっている意味が違うのである、日本で市が生まれたのは明治以降だからである
市の門があり市長が市の鍵をもって市壁の中に許可がなければ入れないというのもそうである、市長の権限が大きいのである
歴史とはどうして共同意識を培ってきたかでもある
日本だったら村という単位でありヨ−ロッパだと市という範囲である
だから市を取り囲む市壁がある、それはがヨ−ロッパの歴史の特徴である
歴史的に作られたものでありそれがアイディンティティになる 

そして明治までは江戸時代には国民というのはいなかった
それぞれの藩に属していて国民というのはいなかったのである
それで西南戦争で明治政府の国民軍と西郷隆盛の侍集団の戦いがあり国民軍が勝って国民意識が生まれたのである、侍が支配する国ではない、国民が主役となる社会になったのである、その国民は対外的にもグロ−バル化した結果として国民がどこでも意識されるようになった、そして結果的には国民同士の熾烈な全面戦争となって何千万人が死んだとなる
ともかく歴史は作られるものでありそれぞれの一人一人が作ってゆくものである
それが今までは侍の歴史が歴史となっていたが柳田国男は民衆側にたった歴史を発掘したそこに功績があった、現代は逆に民衆が力をもったというとき民衆に国民一人一人が主役ともなるから責任は国民一人一人にあるともなる
でも依然として権力側と支配される者がいる、それは原発事故でも明らかになった
「安全神話」はあくまでも権力を持つ者立にらって作られたからである

現代の権力者とは官僚であれ学者(専門家)であれマスコミであれ組合であれ別なものに変わったからである、ただ現代では社会が複雑化してそうした権力が見えないのである
なぜなら民衆自体が権力化するということもある
民主主義は数がすべてとなるときそれが力となる時社会は歪められる
多数がすべてとなればただ数を集めればいいとなる、そしてナチスとか大衆ファシズムとかポピュリズムとかになりやすいのである
だから田中首相は数と金で決まると言ったのである
民衆と大衆は違ったものである、ギリシャのポリスとかヨ−ロッパの市民共同体とかは今の大衆とは違ったものとしてあった、市民として自覚は別なものとしてあった



会津世直し一揆(あいづよなおしいっき)は、明治元年10月3日(1868年11月16日)から同年12月1日(1869年1月13日)に旧会津藩領内で発生した世直し一揆。ヤーヤー一揆(やあやあいっき)とも。会津藩が降伏したことで起こった、溜まっていた会津藩への不満から起きた農民の反乱。明治政府は積極的に鎮圧せず、会津藩の元役人に交渉させて一揆勢は要望をいくつか実現させた

2021年02月27日

歴史として後世に伝えるもの (後世のために原発事故でも真実を伝える)


  歴史として後世に伝えるもの
  
  (後世のために原発事故でも真実を伝える)
  
歴史でも真実が伝えられない、それはなぜか?
その時代を語るにしてもそこにく権力があるものが歴史を伝えるからである
それで相馬藩で400年前に津波があってもわずか二行だけ700人溺死と記された
それも津波の後に発見されたのである
だからこの辺で津浪が来ないとしていたのである
津浪が来ない場所だとなっていた

でもその時代に津波があって被害かあった
それが記されなかったのは何故かとなる
その理由はその時相馬氏がこの辺に進出して土地の勢力者と戦っていた
それでその戦争のことは事細かに記されている
でも津波のことは二行しか記されなかったのである
関心は戦争のことにあったからだ 

つまり権力者が権力争いに没頭していたからである
そしてなぜ津波に関することが残されなかったのか?
それは権力がなければ記すこともできなかった
文字として記すには第一支配された民衆はまだ字を書けていないともなるし
石碑一つ建てるにも金がかかるからその記録を残されなかったとなる
伝説は残したとしてもそれは文字に記録されるものとは違っているから信憑性がないともなる、もちろん文字に記されても権力者の都合のいいようにも記される
要するに歴史は勝者の歴史ということであり歴史には権力者の都合のいいように作られるともなる  

だから日本の戦争でアメリカに負けた時もそうである、アメリカが勝者となりアメリカの都合のいいように語られて負けた日本人は裁判までされる
それは必ず不公平なのである、アメリカにも必ず非がある
戦争とは両方になにかしら非がある、だから一方にだけ非があるとするのは勝者になればそうできるからそうなっているだけなのである 

私は地元だからなぜ原発事故が起きたのかを追求し来た?

それはいろいろな原因があり複合的に起きたものである
責任は権力をもったものが起こしたことは確かである
その権力でもアメリカという巨大な圧力がありそれが権力となり古い型のマーク1の原子炉を売りつけられたとかある
また権力のトライアングルが形成されて強力なものとなり安全神話を作った
官僚ー御用学者(専門家)ーマスコミとかが一体となり形成して逆らうことができなくなった

そして地元にしろ漁業組合の漁業権を東電に売り渡して事故前十分な補償金を得ていたとかある、そのことを指摘しないが地元でもただ金になればいいしかないということでその原因を作ったし責任はあったのである
地元で地元の責任を言えば嫌われるし表に出ないがそうなるとやはり真実がわからなくなる、後世の人も何か事故の原因で真実なのかわからなくなる
つまり真実が伝えられないことでまた同じような事件が事故が過ちが起きるということである
それは戦争でもそうである、どうして戦争を起こしたのかと未だに不可解なのである
いろいろなことを言うにしてもなぜあれほどの戦争の犠牲があっても不可解になっているそれはやはりその時代を生きた人たちが真実を伝えないからだともなる
何か隠されて真実が出ないということがあり不可解になった
それは日本だけに火があるとは限らない、でも真実は闇の中になり解明できなくなった

私の証言は真実を伝えるものとして価値あるともなる
地元だからまたインタ−ネットがあり発言できたからだともなる
マスコミではやはり今でも真実を伝えないからである
原発のことでも他の重大なことでもマスコミは伝えない、権力側についたりして伝えないのである、そこで真実がわからなくなるのである

とにかく原発事故でも津波でも歴史的事件である、だからやがて時間が過ぎて歴史となるでもその真実は時間がたつにつれてやはりわからなくなる
そしてやはり権力の圧力により曲解されたりする 
するとそれが後世のものにとってどうなるのか?
事実があってもそんな事実はなかったとか何か誤って解釈される
すると同じ過ちがまたくりかえされるのである



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2021年02月26日

テレビの時代劇で善人顔の俳優まで悪い人に見えた (情報社会ではみんな人を疑い悪い人に見られる)


テレビの時代劇で善人顔の俳優まで悪い人に見えた

(情報社会ではみんな人を疑い悪い人に見られる)

必殺仕事人を見ているとそこに悪役の俳優がでる、顔まで悪役として一目見てそういう役を演じている、いかにも悪い奴だという顔なのである
でも今回の大きな店の旦那の妻は別に悪役に女性ではない
役としては普通の女性役であり顔でも悪役ではない、女性はあまり悪役の俳優はでないしわかりにくい
でもその女性は店の旦那の妻となりその店をのっとろうとしていた
そこの番頭とか役人もからんでいた
それを見ていたらその旦那を裏切る妻の役をしている女性が悪人に見えた
顔までそうではないのに悪人に見えた不思議がある
その女性は役ではそうなっていてももともと顔にしても善人役でしか見ていない
それが合っているのである
でも悪役になったら回りが悪人でありその女性でも顔でも悪人に見えたのである
善人面しても悪人だと見えた不思議がある

それはあくまでもドラマであり架空のことである
でも人間をみると特に現代では常に事件が報道される、すると何かこの世は悪い人ばかりかともみる、子供への性の事件もありそういう悪いことばかり興味があり報道される
そういうことをまた知りたいというの視聴者にある
この人は善人で普通の人ですよという人は興味をもたないのである
だから常に報道するのは悪人であり犯罪人なのである

それがどういうふうに社会に影響するのか?

人間はみんな悪人だ、疑ってかかれとなる、人を見たら泥棒と思へとなる
それは確かに現実にある、だからこそ疑い警戒する、それで近くのコンビニに入ったら
手までとりあげられて盗んでいないか調べられた
そんな強引なことを大人にしていいのかともなる、それ以来そこのコンビニには入らないそこでは監視カメラをつけて警備会社が監視もしている
その店にすれば盗まれることが多いからそうしているのである
つまりそうしないと被害が大きくなり店もつづけられないともなるからだ

警官になればまず疑うことが商売なのだから人間はみんな悪い奴だ、犯罪人としてみる
だからみんな犯罪人と見て調べるのである
現代は情報社会になった時、テレビでも絶えず事件になること犯罪の報道する
すると何かみんな犯罪人に見えるのである
それが極一部でも全体が全員が犯罪者のように見えて来る
そして過剰に警戒するようになる、他のコンビニでもそういうことを経験しているからだまた駅でボランティアで案内したときも警察に通報されてみんなの前で職務質問されて
こいつは怪しい奴だと公衆の面前でされた

つまり今やこうしてみんな人は悪人だと見ている、犯罪者とも見ている
そういうことがテレビの報道とかで助長された時代である
犯罪や事件は報道する、それが狭い範囲で情報も噂くらいの時代なら全国に起きることはわからない、するとそんなに犯罪がないとなる
全国規模で世界規模で犯罪を報道していたら当然世界中の人が犯罪者なのかとまでなる
世界でも常に犯罪の報道はされるからである

また犯罪報道すると遠くても危険を感じる、自分の身に及んでくるのではないかと危険を感じる、実際は遠くならそういうことがないとしても危険を感じるのである
だから世界で起きる犯罪でも自分の身に及んでくるのかとまでなる
そのためにマクルハーンが世界が村になったと警告していた
世界で起きる犯罪も村で起きたのと同じように見てしまうのである
それはグロ−バル化して現実に外国人でもいくらでも入ってくるから、外国人労働者でもそうである、するとその外国人でも恐れるようになる
でも実際は日本人の犯罪の方が多いし怖いのである
そして犯罪率は実際は低下している、でもそういうことは全然感じないのである
人間は統計の数字とかで全体を見るより一人でも悲惨な犯罪に合えばそのことに注目するその犯罪によってベトナム人が犯罪を犯せばベトナム人全体が犯罪者集団のように見えて来る

幼児とか子供は人間をこのように犯罪者には見ないのである
悪を知らないから見ないのである、それは悪が心の中にまだ芽生えていないからだとなる大人になると中学生からでも悪が生まれてくる
心の中に悪い心が生まれて来る、その心の悪が生じるから人間はみんな罪人だともなる
現実に悪いことをしなくても心の中で悪いことを思っただけで実は犯罪者だというときそうである
悪は犯罪でもまず心から起きて来る、憎いとかまず心の中で起きて現実にそれが最悪は殺人となるからだ、だから人間はみんな善人を装っていても悪人だと見ることもできる
まず心で悪を犯さないことはないからである、だから人間をみんな悪人と見ることが間違っているわけではない、そして人間の欲は消えることがない、その欲からも悪が生じて犯罪にもなるからである

だから人間社会とはこの世とは罪の世界であり悪い想念に充ちている
それはそうであってもその悪に興味を覚え絶えず悪を犯罪を報道して興味をそそる
そういうことがテレビとか情報社会になって余計に過剰化したのである
だからみんな警官になってしまった、それが江戸時代とか戦前でもその情報は限られていた、今は悪でも犯罪でも全国でありグローバルになっている
すると世界になれば何十億も人口があるのだから世界は悪で満ちているとなる
そうなるととこかで何か犯罪が起きる、凶悪な犯罪が起きている
それをいちいち見ていたらきりがなくなる

だから本当は犯罪をすべて報道していいのかも疑問である、知らなければ犯罪はないともなるからだ、その時幸福だったともなる、人間の暗黒面ばかり見せられているとそもそも安眠もできないとなってくる
いつ犯罪に逢うかとなりまともに歩けなくもなる、でも情報化社会で流通するのは逆にそうした悪であり犯罪や事件なのである
当たり前に平和に暮らしていますとなると話題にもならないし見ないのである

ともかくこの世にいる限りこうしてそもそも心で罪を犯しているのが人間である
するとその想念で犯罪にならなくても汚れることになる
天国では一切そういうことはない世界である
何かを悪く見たりしないのである、それは幼子とか無垢の子供の世界なのである
だからそこで悪い報道は一切ないのである
犯罪者もいない、心で罪を犯す人もいない世界なのである
だからそこでは悪いことは起きない犯罪者もいないし報道もされない世界である
つまりそこでは善いことしか起きないのである
悪は生じることのない世界なのである、それが天国なのである、神の国なのである

ともたく引きこもりになっているとき不思議だが社会とかかわらないとき悪は見えないということがあった
どうして出家したりして社会から離れて生活する僧とかが生まれたのか?
それはこの世が悪でありそれにかかわらないためでもあった
とうしても社会にあれば悪とかかわるし自らはそうでなくてもかかわるし悪を見るからである
その後私自身も社会とかかわり社会のあまりにもどす黒い人間の悪に接する見たとなる
その悪は人間の欲望から起きる、その欲を人間はたつことができないからこの世は欲で滅びると言っている
人間の欲は本当に恐ろしいものである、自分の欲のためには簡単に他人を殺すからである
たとえ殺人でなくても心の中で殺人を犯すからである
それは技術が進歩しても変わらない、人間そのものの欲は消えることがないからである、個々人はエゴてありそれが消えないからである

震災から十年ー(復興予算は何に使われたか) (復興とは何かー補償金をもらうことだけになった?)


震災から十年ー(復興予算は何に使われたか)

(復興とは何かー補償金をもらうことだけになった?)

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“国民1人あたり25万円” 復興予算はこう使われた
〜人口減少時代の災害復興〜(クローズ゙アップ現代)

インフラに建物や道路などで三分の一くらい使われた



復興とは何なのかというとき町を元の状態にもどす、前よりもいい町にする、創造的復興をするということで国の税金を一人当たり25万円も出した
でも結果的に復興はすすまない、原発避難区域はその補償金で故郷を出て行った
そして立派な家を建てそこで仕事をもち定着して子供も育てている
そうしたらその人たちは故郷には戻らないし復興など関係なくなっているのである

ただ残された親は老人は子供たちに帰って欲しいとなる、元の町にもどしてほしいとなるこうして内部でも心も分断しているし現実生活でも分断してしまったのである
それで復興とは補償金をより多くもらうことであり肝心の町の復興はみんなで一致して考えない
そのことは家族でも子供世代と親世代で分離してしまったことでもわかる
親たちはいくら戻って欲しいとしてももう生活が別々になったのだから帰らない
すると残された親世代は元の町に戻してほしいという切なる願いがあっても
老人だけではもう町自体成り立たないのである
それで少子高齢化であり人口減少が前からありそれも影響したのである
だから老人だけの町、シルバータウンが成り立つのかということである

また子供世代が帰らないとしても残された親世代の老人は帰って元の町にしてほしいとなっても現実に世代間で分断している現実があり修復はもうできないのである
それが外部の人を入れて復興しようとしたがこれもなじめず定着しないというのが多いという、だから国民一人当たり25万円もの復興予算をつぎ込んでも道路とか建物とかは立派になり復興したとなるが肝心のそこに住む人がいないのである

それで奇妙なのは飯館村である、農家でもこしんまりした新しい家が建っているので住んでいるのかとみたら住んでいないのである、それでそれはそこに住んでいた人が時々帰ってくる別荘だという、また施設とか学校でも50億とかかけて立派にしても肝心の生徒は5人でそれも村内には住んでいないのである
おそらくたいがい福島市であれ村の外に出て家を建て住んでいる
テレビでも見たが浪江の人が本宮町にあたらしい家を建てて住んでいる
でも時々浪江に来て自分の家をみたり田畑を見たりしている
でもそういう人はもう浪江町に帰らないのである

そしてもっと補償金をくれ!

これが最大の関心事であったし町自体の復興ということは外部の者がすることであり
そこに住んでいる人たちは補償金をもっともらいその金で仙台市とかに移り成功した人が話題になった、補償金を資本として事業を始めて成功したのである
その人は町の復興とか関係なくなっていたのである
そして親は老人は残されていて帰って欲しいとなっている

補償金をもらった⇒町を出て行く資金となった⇒故郷には帰ってこない

立派な施設や学校や道路は作った⇒肝心の利用する住人がいない

ただでは外に出て行った人を責められるかとなるとそれもできない
なぜなら武田邦彦氏などは十年過ぎて心筋梗塞とか甲状腺ガンが増えていてとてもそこには住めないとしているからだ、ただそれは明確にはなっていない

不思議なのは復興というときもともとそこに住んでいる人が中心になり復興がある
でも肝心の中心になるべき復興の主体となる人たちが流出してしまった
それで復興とは一体何なのかわからなくなった
南相馬市でも小高はやはり三分の一くらいは帰っているとしてもほとんど老人なのであるだから車が街中を通らない、もともと人は街を歩まないにしても車はひっきりなしに通っているからである、それが車が通るのが少ないのである
だから静かなのである

ただ正直自分が何か言うと批判になる、だから最初は復興してもらいたいと思っていたが今は無理だともみる、かえって最初から帰ることをあきらめた人が賢いともされる
見切りをつけて土地が安い時に買って家を建てた
土地の値段が原町とか鹿島とか相馬市とかでも上がったからである
それだけ原発避難区域から移住した人が多いからである
だからいわき市には二万とかの人が移り次々に新しい家を建ててひんしゅくをかったのである

でも十年すぎてインフラとか宮城県とか岩手県でも防潮堤とか建物とか道路は復興した
それで石巻市でも立派な会館を作ったがその維持費が高くなるので困っているとなる
そんな立派な建物が必要だったのかとされている
でもそれは市民の要求だったのである、だから市政が悪いともならない
では維持費を誰が出すのか、市で出すとしたら市民の負担にもなる
国では復興予算は減らすからである、原発事故の国からの援助も十年過ぎて縮小される
その額も大きい、そして医療費でも高速無料化も終わる
それも南相馬市だと30キロ圏内は十年もつづいたのである
でも30キロからはずれた地域は医療費補償でも半年で打ち切られたのである

それで意外と補償金をもらうにしても個々人で差がある、土地とか家をもっていたとか財産があった人は補償が大きくなる、でも浪江の復興住宅に住んでいる人は夜でも電気を消している、相当に苦しい生活をしている、それは意外だったのである
なぜ双葉の人がコンビニ強盗したのか?
これも不可解である、双葉だったらまだ避難解除されていないから確実に補償金が入っているから生活に困るはずがないと見たからである
ただその辺の詳しい事情はわからないけど意外と補償金にしてもそれだけでも生活できない状態になっている人も増えたともなる
外に生活を移してもそうなるとまた金がかかるからである
復興住宅では家賃が今ではとられている、それも負担なのである
その他そうした大きな金が入ると浪費しやすいことである、何か女遊びとかに使ったり浪費した人も多いのである
それでギャンブルに狂った人もいた、仮設に入った人たちは何もすることがないのでパチンコ通いだったのである
それで外から来たボランティアが馬鹿らしいとなったのである
モラル的にも荒廃したのである、被害者自体がそういうふうになっていると外部の人も本気で助けるのかとなる
そしてただ補償金をもっとよこせとか被害者意識のみが残る
すべてが原発事故のせいだとなる、事業に失敗してもそれせ原発事故のせいだとなり責任がないともなる

ともかく南相馬市では国の支援金が縮小される、それは相当に影響する
だから生活保護でも最低限保障されていない、医療費くらいが無料だとかなっている人がいる、生活保護でもそうなっている、それで市の財政も苦しくなっているからそうしているのかともみる
復興というと国民一人25万もの税金を投入しても必ずしも復興にはならなかった、かえってその補償金で自治体が分断されたりした、家族もばらばらになり住むようになった、それは立派な建物であれ施設であれ道路ができたとしても回復しないのである
だから金だけですべて解決するとはならない、かえって金で人の心は分断されたとなる
それで水俣病でも補償金でだめになったというときここも同じなのである
公害になったら終わりだと言っているからである
補償金をもらう闘争が復興であり肝心の町の復興とかはなくなる
だから今は自分はかかわりたくない、ただ南相馬市だと小高もそうなのだから市の財政とかで影響してくる、だから復興してもらいたいとなる

でも復興の主体になるのは誰なのか?

小高の人にとってみれば補償金を多くもらえるのは当然であるとなりそれを言うと怒る
そしてもっと補償金を出せとなる、でももう国でも打ち切りであり市の財政でも苦しくなる、つまり小高区は死にとって負担になってくるのである
そこは老人だけの町だとなれば福祉でも負担が増える、それで介護士がいないので青森の施設に送られているのである
これはここだけではない、限界集落がインフラとかで80倍の負担がかかるからもうつぶした方がいいとか都会の人が言う時もそうである
少子高齢化でもう維持できないからである、するとそういう場所に金をつぎこんでも無駄だとかなり、三陸の津波被害の時、官僚がじいちゃん、ばあちゃんの町に金をつぎこんでも無駄だと言ったのである
そのことは批判されたけど現実問題として何か解決方法がないからそう言ったのである
日本全体が少子高齢化で人口が減り空家が800万軒になるというのも驚きである
そういうことが津波や原発被害地域で極端なものとして現象化したとも見るからである
posted by 老鶯 at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年02月25日

陸奥の真野の草原が地質的にも境目だった (鶴岡から相馬地域は共通した地質を形成)


陸奥の真野の草原が地質的にも境目だった

(鶴岡から相馬地域は共通した地質を形成)

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歴史に見る東北の方位(東北学文庫1)


陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを ...

笠女郎(かさのいらつめ)の大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)に贈れる歌三首
陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

ここは確かに地形的にも地質学でも鶴岡から相馬地域で区切られた場所である
その自然の境界がまた歴史的境界ともなっていた
南限の地としてマルハシャリンバイ自生の知とされるのもそうである
ここは照葉樹林帯の南限の地だともなるからだ

こうして真野の草原は自然の境界でもある、気候とか地質でも境界になっている
だから石巻説になると遠すぎるのである
不思議なのはここでも地図を見るとなぜぴったりと相馬地域まで明確に地形や地質の差があり境界になっていることなのである

ここは気候でもそうだうし地形でも地質でも境界になっていてそれでこの場所が西から来た人々に意識されるようになった
境界というのは意識されやすいのである
大陸では大きな川である、ライン河をローマ帝国をはばんだ、そこは異民族のゲルマンの地だったからである、ライン河を境にして風土も文化も歴史も違っていたからである

ここでは河ではないが地質的にも気候的にも境となっていて真野の草原として知られるようになったのである、草原(かやはら)は地名なのである
もし草原(かやはら)だったら別に萱などはどこにでも日本では茂っている
もし植物相でも変わったものになっていたら別である
草原が萱は南でも西でも東でも関係なく日本ならどこでも茂っているからそれが何か特別の目印にはならないからである
ただこれは本当にまぎらわしいものとなっていたのである

2021年02月24日

会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する (古町があり新町がある)


会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する

(古町があり新町がある)

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古津に対する新津で、船着き場として発生、鎌倉時代には豪族新津氏の存在が知られる。近世は新発田(しばた)藩の新津組の大庄屋(おおじょうや)町として六斎市(ろくさいいち)でにぎわった

その名の通り船着き場として発生した新津は江戸時代は新発田藩領の在郷町・大庄屋町として六斎市で賑わい、街道が分岐する交通の要衝の町として発展していた[1][2]。その後明治・大正期に入り、新津油田を中心とした石油の町、新津駅を中心とした鉄道のまちとして栄える

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B4%A5%E5%B8%82


新津にて線路交わるここよりし雪の覆いし会津の山見ゆ

電車の旅となると全国を行っている、その記憶をたどる、旅しているときはその地理がわからない、それで記憶をたどり地図を見てふりかえる
会津から磐越西線を来て阿賀野川の船運の港があった津川により新津駅により
そこから会津の雪の山が見えた、その時は冬だった

新津駅は

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した

もともとここは最初は川が交通路になり最初は古津があり新津に移動した
必ず古町があり新町ができる、それは意外と狭い地域でも古町と新町がある
繁華な町でも交通が変わると変化するのだ
それは原町が原町機関区として発展した、駅前通りができた、そして浜街道の宿場町が古町ともなり次に自動車時代になり六号線ができて駅の東側に新しい町ができた
そこはもともと原町であり原っぱであり江戸時代までは雲雀が原で野馬追い祭りが行われていた、つまり人家はなかったのである
それが駅ができて駅前通りになったのである、そういうことが日本には多い

新津駅は鉄道の要所となり路線が交わる、ただ海が見えないから新潟市でも広いからなかなか地理がわからない、新潟市というとその名でも新しい潟(かた)のことである
湿地帯だった、日本海側も最初は湿地帯でありそこから日本海を通じて交通があり江戸時代でも北前船があり阿賀野川があり船運があった
津川には川の港があり一時期栄えたのである

津川にそ川の港や雪深くつもり我が踏み帰りけるかな

「イザベラ・バードの阿賀流域行路を辿る」そのB津川の河港から出航し阿賀野川の船旅へ
https://aganogawa.info/archives/18398

会津がなぜ古代から大きな国だったかというと日本海側からの交通があり吉備とかと交流があった、なぜなら大塚山古墳の三角神獣鏡は吉備のと同はんのものだったからである
日本は最初出雲でも日本海側から発展した
それは韓半島と近いから国引き神話が生まれた、それも交通の便からそうなったのである地理が影響してそうなった、出雲が大きな勢力となり日本海を通じて東北地方に進出したそれで出雲が蝦夷だったというのもわかる
大和朝廷に出雲でも国譲りがありふがて長野県の諏訪とかに逃れて蝦夷地へ逃れたのである、それでとにかく諏訪神社が多いのである

地理と歴史は一体であり地歴となる、そして地理を知る時、地名も一体のものとして知るべきだとなる、なぜなら新旧を知るには古津があり古町があり古田とかあるからだ
それで新旧を知ることになる、まず地域でも新旧を知ることが大事たというのはそのためである

『新潟古町 隠れ家居酒屋【月ひかり】

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こういう地名もありそこに居酒屋の月ひかりがあるのは名前からして詩的だともなる
古町ー隠れ家ー月ひかりが詩的にもなる
だからこの命名が良かったとなる

それは相馬市の田町通りの居酒屋でもそうだった、何か詩的なイメージになる
そこではなじみの客がいて集まる人は年配の人なのかともなる
ただそれはあくまでもイメージであり現実は違っている
場末のごちゃごちゃした飲み屋とかともなる

とにかく旅をしても地理は本当にわかりにくい、例えば阿賀野川でも実際にその川を会津若松まで船で来れば地理が実感できるのである、それが電車だとわかりにくくなる
川で下ったり上ったりして知る地理と電車で知る地理は違っているからだ
日本が山が多くて地理がわりにくいのである、大陸だと長大な河がありその河かち地理をしるからわかたやすいともなる、一本の長大な川を中心にして地理をしる
そこが文明の発祥地だというのもわかりやすいのである
ナイル河とかガンジス川とか揚子江とか黄河とかなる
とにかくガンジス河でも上流でもその幅が広いことに驚くのである
それでインドではガンジス河中心の神話が生まれたことも理解できるのである

新潟県から会津へ阿賀野川を通じて交通があった、それで北前船が交通があったとき
江戸時代末期にコレラも伝染したのである、つまり交通があれば必ずウィルスは伝染するのである、これはもう避けられないのである
伝染しなかったのは交通がなかった秘境の桧枝岐(ひのえまた)だったとなるからだ
歴史は地歴であり空間軸と時間軸から成り立つ、空間軸は地理である
その地理がわかりにくいのである、時間軸でもこれも過去のことだから想像力が地理より必要になるから理解するのがさらにむずかしくなる
地理だと古代でもその前の古生代からも地理は変わらない、でも空間軸でもと広いし複雑だからわかりにくいのである


人生は何に時間をかけたかで決まる (時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


人生は何に時間をかけたかで決まる

(時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


時間というのは意識しにくい、時間の貴重さを意識しにくい、でも確実に時間は消失してゆく、時間が消失してゆくことは金を使うのとは違う、金だったら十円で損すると損したという気分になる、でも時間はそうはならないのである
だから時間の貴重さを意識しにくいのである
でも時間は確実に日々消失して最後はなくなる、その時は死ぬ時だとなる
老人になればわかる、みんな後悔している時何かをしなかったとか時間を有効に使わなかったことの後悔なのである、時間を無駄にしたことの後悔なのである
そして人生とは何に時間を費やしたかが人生になってしまう

仕事にしてもその人の資質とかは関係してもある仕事を覚えるにしても時間がかかる
あらゆることに時間をかけることはできない、すると人間はあることに時間をかけたものがその人を作りそれが人生だったともなる
職場でもそうである、そこで時間を費やせば時間をかけたのだからその職場の仲間であれ仕事であれ人生だったともなる
ともに仕事をしたとかもあるが貴重な時間をともに過ごしたということでもある
だからあまり転職をしない方がいいというのは会社でも仕事でも覚えるのに時間がかかるそれで転々として職場が変わるとスキルも身につかないとなる
ある仕事を覚えるのにも時間がかかるからである
そのために派遣と非正規の仕事はスキルが身につかずに終わるからいい働き方ではないとなる

例えば

100=A+B+C

とある、100が時間である、すると100の時間があってもABC に時間を分散していたら何か一つにAに100を費やすのと30とかに時間を分散させるのでは相当に結果的に違ったものになる、才能とか資質があっても問題はどれだけ時間をかけるかで決まる
いくら才能があってもあらゆることに通じることはできない、時間をかけることできないでも才能がなくても一つのことに時間をかければそれなりのものになる
結局人生は何に時間を費やしたかで決まる、そして最後はみんな時間切れになっているのだ、もう何かに費やす時間がなくなるのである
そしてみんなこれぽっちで終わりなのかとショックになる
おそらく百才生きてもそうなる、時間はみんな限られているし平等にしか与えられない
ある人には200とかある人は100だとかならない、金を不平等に与えられても時間は平等に与えられている、だからいかに時間を活かすかで人生は決まるとなる

自分のように定職もなく旅ばかりしていたら旅が人生ともなる、でも現代に旅人はいないということを書いてきた、すると旅人となることは特殊なことでありみんなが経験できることではないともなる
現代の旅は移動するだけである、車で移動してうまいものを食べるとかになる
旅人とはなれないのである、それはアウトサイダーになってしまうのである
でも旅人になることは旅に時間を費やすこともその人の人生だったとなる
それで芭蕉の俳句が生まれたりしたのである

だから何十年も一緒に生活して離婚することである、晩年になって夫が退職したりして
離婚する、それが理解できないのである
では新しい人間関係とか互いに理解するにはまた時間がかかる
人間は何をするにも時間がかかる、人間でも親しくなるには信頼を築くには時間がかかるそれで使用人でも十年とか勤めていると信用されるようになる
それだけの時間がそうさせたのである、時間が限られているのだからまた別な人とやり直すのは時間がかかる、だから離婚することはもったいないとなるが現実は三人に一人とか離婚しているのである

つくづく自分は若い時から株をしていれば良かったとなる
でも団塊の世代とかその下でも別に貯金していれば利子がついたのだから投資をする必要もないし学ぶ必要もなかったのである
だから今の老人は貯金していれば安全だという意識がありしないできないのである
経験がない株に時間を費やした時間がなかったからである
株に詳しくなるにしても時間がかかるのである
だから株は長期的にみれば上がり下がりがあってももうかるとなる
でもそのスキルを会得するには時間がかかる、それで銀行の営業の人がすすめられたらまかせるとなってしまう、それで損したのである

つまり何でも習熟するには時間がかかり経験も必要であり簡単に覚えられないのである
それは個々の仕事でも簡単な仕事でもそうである、仕事を覚えるのには時間がかかるのである、それで自分には合ってないと思っていても一つの仕事に時間をかけてしていればその仕事に詳しくなる、プロになるともなる
まず家事でもこれを習熟するには時間がかかると思った、未だに料理ができないことでもわかる、それだけ習熟するには時間がかかる
そして人間はいろんなことに習熟できない、時間をかけるものは限られているから最後はこんなわずかなことしかできなかったのかと驚くのである
若い時は何かを成しうると思っていたのは無限に時間があるかと思っていたからである
また暇に感じるのもそうである、でも確実に時間は消失してゆく
最後は老人は金より時間が黄金のように価値あるものとなる
なぜならそもそも生きる時間が消えてゆくからである
日々何であれ見納めだとかなってしまう、末期の眼で見ることになるからそこにいるということだけでも貴重な時間になってゆく
その感覚が若い時はわからないのである

もし老人のような境地になっていたら時間を絶対に無駄にしなかっただろう
でも若い時は時間の貴重さがわからないのである
最後になってわかる、それでみんな後悔しているのである
そして最後はお別れだけが人生だともなる
本当にこの世で人間が逢うということは何なのか?
これ自体不思議だとなる、なぜならこの世で逢ったとしても永遠に死ねば逢わなくなる
家族もみんな死んでもう会えないとかなる、死んで逢うことの貴重さを知る
でもみんな逢うことの貴重さを自覚する人はいないし何か逢うということが何か意味を見出していない、ただ通りすぎてゆくだけだとかしかない

とにかく人生でも最後になるとあっという間に終わりだったとなる
それが否応でも自覚させられるのは老人になってからである
これぽっちで終わりなのかと驚くのである、そして信仰でも若い時汝の神を知れというときもそうである、若い時求道しなければあとは神を知ることができないというのもショックである、悟りとか信仰は老人になってからでいいとかなる
でもこれも老人になってからは時すでに遅しとなっているのである
要するに神を知る機会を失っていたのである
そしてその時間をがもう取り戻せない、失われた時間を取り戻せない

それはあらゆる面で言えるのである、こうしてみんな後悔しない人はいないとなっている
だから若い時は実は老人をみることである、老人を知ることだともなる
老人の言っていることを参考にすべきだとなる
同世代では人生がどういうものかわからないからだ
時間が貴重だとか同世代では感じないからである
人生の結果が老人に現れる、ではどうしたらいいのかとなると老人を知り老人の言うことに耳を傾けることだともなる
説教を聞くのが嫌だとかではなく、それは自分自身のために聴くのである
つまり若い人もみんな老人になるからだ、だからその時みんな後悔するけどなるべく後悔しない生き方をする、それは時間が消失してゆくことが一番の人間の問題だと知ることなのである、時間を浪費することが最大の後悔となるからである



2021年02月23日

読めない株の変化ー経済は壊れている (自分で判断できる人が株をやるべき)


読めない株の変化ー経済は壊れている

(自分で判断できる人が株をやるべき)

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なぜ自分自身が株をしておかしくなったのか?

それは銀行の仲介者に営業の人に頼ったからだ

株も投資信託もわからないが地銀の営業の人にまかせた、まためんどうだし時間もないからそうした、それでもともと株は複雑なものでありまたその営業の人を頼った結果としてさらに複雑になり混乱した

最初石油があがるからカナダ国債を買った
実際その頃石油が上がっていて石油がとれる国の株は高くなるとふんでいたのである
でもこれも
急激に石油が急降下したように下がったのである
つまり石油が下がるということを見込めなかった
営業の人は適当にカナダ国債をすすめただけだったのである

次にUS-reitを買った、それがトランプ大統領になったとき急激に円安になりもうかった
その時すぐに売ったからである
でも為替差益がありこれが怖いと言うので日本のJ-REITを買った
これは安全志向でそうなった

でも一番の問題はその時、もっていたリーマンショックで半分になった株が上がって来たのに銀行の営業の人が売ってJ=REITに回したことである
これは一番の失敗だった、その時上がっているのに売ることに疑問だったが説明もなく売ったのである
それ以来銀行の営業の人を信じられなくなった
つまりなぜそうしして銀行では転売するのかというと売ったり買ったりして手数料が入るからである、その手数料金も額が多いと大きなものになる
こうして私の場合は株自体よりそれを仲介した銀行の営業の人に左右されて失敗したとなる

結局株自体複雑で予想できないものでありそれが銀行の仲介が入って余計複雑になり失敗したとなる
だから株はとにかく自分でもうけるにしろ損するにしろ自分で判断できる人がやるべきだとなる、それができる人がやるべきだとなる
だから若い時から株で少額でもいいから訓練していることである
でもまたその時間もかかるからめんどうだからまかせることになる
そこに落とし穴があった、これだけ変化するとなるともはうついていけないのである
さまざまな条件で株は変わるからである、最近その変わり方が激しいのである
確かなことは地銀とかは株の専門家ではない素人と同じである
支店長でも株のことは知らないと言っていたからである

では銀行の営業の人がすべて悪いものかとなるとそうでもない

なぜなら数か月前に株のチャートを見せて上がった時、買わないかと言われた
でもコロナウィルスとかいろいろありその営業の人を信用できなくなったし買わなかったそしてJ-REITを去年の一月に売った、それからコロナウィルスが増えてJ-reitは急激に下がったのである
その判断をしたのは銀行の営業の人が信じられなくなったからである
でも実際は別にその営業の人が悪いというのでもない、そもそも株は自己責任の世界だからである、でもその自己責任になるにしても仲介が入るとその仲介になる人が責任者にもなる、だからその責任を問うことになる、ただ銀行では一切責任はとらない
まず銀行の利益を優先するから転売をしたり銀行の都合で売買するのである

でも素人でもわかるのはチャートである、上り調子の時はやはり上がってゆく
そういう時売るべきではない、だからリーマンショックの株が元にもどして上がった時売るべきではなかったのである
ここから営業の人を信用できなくなったのである
それは株を冷静に見て判断したのではない、銀行のもうけのためにそうしただけだからである
だから自分で判断できない人は株はするべきではないともなる
結局自分の判断なら自分の責任だからである
そこに仲介者が入るとどうしても仲介者が責任にもなる
でも一切銀行では責任はとらないから頼るべきではないとなる

そして株でもうけるには長期的にみろということである、リーマンショックから8年すぎたくらいで元にもどりこんなに上がるとは思わなかったからである
倍にもあがりそのまま株をもっていたら大儲けしていたのである
株でも十年単位くらいで見ているともうかりやすいことである
そうなると若い時から株はしていた方が良いとなる、老人なると株は向いていないのである、つまり先がないから向いていないのである、十年後となると死んでいるかもしれないからである

でも昨今貯金は資産として危険であるということが常に言われる、でも老人は投資する
株でもうけようとすることは危険である
だからといって貯金でももっていても今は不安になる
いろいろ投資があっても理解できないしわからないから貯金しているほかないとなる
そもそもなぜコロナウィルスでこれほど騒いで苦しんでいる人がいるのに株が上がるということがどうしても理解できないからである
その理由は金が余っている、資本主義とは常に投資が必要である、投資先があって発展する、これまではグロ−バル経済が遅れた国でも中国のように巨大な投資先があると発展する、それも行き詰まると投資先がなくなり金が世界的に余ってくる
その金がバブルになる、資本主義はそうしてバブルが崩壊して恐慌になる歴史がある
つまり今は余っただぶついた金が株に回っている、株バブルである
何か特別成長している会社があって投資されているわけではない、政府でもコロナウィルスでも金をつぎこんでいる、それで景気と関係なく金が株に回っているだけだとなる
だから株が暴落すると言われるのである

いづれにしろアメリカは衰退する、金をもつことも巨大なカルマとなる
その金は世界から集めたものであり独占したものである
それを国際金融資本家が一手に集めるとかなる、つまりその金には世界の人々の労苦の賜物なのだがそれが極わずかの人によって独占されている
アメリカの富は数パーセントの人が50パーセントももっているというときそうである
それが巨大なカルマとなってアメリカ自体が衰退してゆくのである
一見金をもつことはいいように見える
ところがその金がカルマとなり悪く作用することがあるのだ
それは自分自身が経験している、なんで金のことでいろいろな問題が生まれ苦しんだからである、たいした金ではないにしろ金をめぐって争うことになる
遺産争いもありまた原発事故では補償金をめぐってこの辺はもめて分断された
それも金が悪く作用したからなのである
つまりアメリカは巨大なカルマを背負って自滅してゆくともなる
中国も同じである、中国の歴代王朝がつぶれたのも必ず貧困に苦しみ格差社会となり農民が主体となり反乱して王朝は倒された歴史がある
つまりやはたここでも大きな格差が生まれそれがカルマとなって王朝が倒れるのである
中国共産党もその歴代の王朝と同じであり倒れる危機になっている
それで社会は70年くらい過ぎると社会に歪が生まれ制度疲労が生まれ時の政権でも倒れる、そういう時期が今なのである

常識的にコロナウィルスでみんな苦しんでいる時なぜ株が上がってもうけているのか?
このこと自体経済が歪んでいる、経済の意味は

「経世済民(けいせいさいみん)」という言葉を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか? これは、6世紀ー10世紀頃にいくつか残された中国の古典に記載のある語句で、「世を経めて(治めて)民の苦しみを済う(救う)」という意味があります。

これが経済の意味であるけどそうなっていない、株はそれを反映していない
苦しむ人がいて株で大儲けして笑っている人がいるというのはまさにもう経済そのものが壊れているとなる、だからこそ何か大きな破綻が株の暴落が起きて恐慌が再現されるともなる、そしてその巨大なカルマは苦しとなって現象化するのである
それは個々人でも同じであり社会でも世界情勢でもカルマがかかわっているのである
つまりカルマにより大きな苦しみを受けるのである

中国・習近平が恐れている、米中貿易戦争より「ヤバすぎる現実」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59597

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2021年02月22日

の日に鹿島区の古墳、新田川ユッサから大原による


春の日に鹿島区の古墳、新田川ユッサから大原による

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ふるさとの古墳に根付く木冬深む

家の脇古墳いくつか春の山


春日さし石あたたかや五つほど

春日さし寄り合う人や石五つ

石五つ変わらずここに春の暮

春日さし老いゆくものや石五つ

春の雲ぽっかり浮きて昼の月

ふるさとの小径を行きて梅にほふ


広き庭いぬふぐり咲くも廃屋や遊ぶ子もなくさみしかりけり

大原に春田やあわれ知る人のここに眠るも残る廃屋

大原の暮らしを語る人のあれ廃屋淋し春の日暮れぬ


鹿島区は古墳の町とされる、古墳がやたらと多いのである
原町区は大きな桜井古墳だからそこがこの辺の中心だった
そこに二人が葬られた棺があるというときそれは同時代に葬られたのではない
二人の天皇が葬られた古墳があり時代的にずれている、時間差があって葬られたのである桜井古墳は大古墳だが鹿島区は小古墳がやたら多いから古墳の町とされる
その古墳に木がねづいているのも古墳の町らしいとはなる
歴史が継続しているという感覚になる、祖先がそこにいて継続しているという感覚にもなる
歴史は継続である、それが原発事故でふるさとの歴史は断たれる危機になった
他に移れば歴史の継続はなるなる、他ではまた一から歴史を作ることになるからだ
つまり移り住んだ人たちはこことは別な歴史を作ってゆくことになりここではその歴史の継続はなくなるのである、墓すらやがて子どもたちが移動した場所に移るからである

新田川ユッサによった、あそこの庭は貧弱でも一応庭である、庭に関心がある
石が好きであある、だから日本庭園のいいものを見たい感じたいとなるがこの辺にはない博物館でも庭がうまく作れていないのである
日本庭園がある旅館に泊まりたいともなるがそこは相当に高くなる
ただ泊まらないにしろいい庭を見たいとなるが見れないのである

ただあそこで風呂に入り休む場所としてはいい、石が五つというときそれは人間でもあるそしてそこに変わらず同じ場所にあるというとき落ち着くのである
というのは余りにもこの辺は変わりすぎたからである
それから年取ると変わることが苦手になる、変化に弱くなる
それで変わらない方がいいとなる、いつも親しい人が同じ人がいた方がいいともなる
それで心の安定がある、石五つつくらいありそれが仲間だともなる
ぽっかり春の雲が浮き昼の月もでていた

何か廃屋がある、その庭は広い、いぬふぐりも咲いたが人がいないので淋しい
そこで遊ぶ子でもいれば活きてくるがいないからそこが死んだ空間になる
何かそういう廃屋が増えてくる、日本で800万軒が廃屋化するというからそれは全国的なものである、第一原発避難区域になったところは廃屋だらけだからである
そこに残されたのは老人だけである、つまり極端な現象として限界集落になったのであるだからそういう老人を誰が世話するのだろうとなる、なぜなら子供の世代の人たちは補償金をもらって仙台市とか隣の市とかに移住して帰らないからである

大原の前田とうところに住んでいた人と南相馬市立病院に入院していてあった
その人は猫を飼っていてその猫を心配していたのである
子どもの世代は原町市街に移って住んでいて家だけがあった
そして死んで家は残ったが誰も住んでいないのである
墓も大原にありそこに眠っている、何か農村でも山村でも空洞化した
それは原発事故で余計にそうなったのである
春になれば春田になるのがでもそこで農業を受け継いで暮らす人は減った
だから子供は農業を受け継がないのである





2021年02月21日

文系大学学部廃止論はなぜ (原発事故でもコロナウィルスでも文系と理系の対立)


文系大学学部廃止論はなぜ

(原発事故でもコロナウィルスでも文系と理系の対立)


コロナ禍で加速する「理系専門家の教祖化」にダマされてはいけない
https://news.yahoo.co.jp/articles/ffec6ff44a23a7b952ea6d33e3017bce6c47602b


原発事故でもそうだった、放射線量が常に言われた、それは数字なのである
それで武田邦彦氏が年間一ミリシーベルを主張したとき一ミリシーベル男として批判された、つまりすべてが数字で計られる世界が理系である、だから数学がその基礎にある
コロナウィルスではやはり感染者数が毎日発表されてその数字に一喜一哀する
これは共通している、感染者数とかですべてが判断される世界では共通している
でもその数字がごまかされていることもあった
モニタリングポストの放射線量は低くされていた、その下の土を掘って捨てて設置されていた、だからその周りを計ると倍とかなっていた
それは自分で計ったからわかった、自分は文系だけど放射線量を計る機械があり理系でなくても計ることができたのである

文明が生まれたのは数量化すること数値化することである、それで麦の生産高を計る書記が神の様な力をもつようになった、それは官僚が今ではそうである
国の仕事は税金をとりそれを配分することである、それで財務省が一番力をもっている
学者でも予算を出すのはその財務省なのである
その研究が有効なのか価値があるのかを判定するのは研究者ではなく政府てあり官僚なのである
だから科学者が力をもっているようでも実際はその上に政府とか官僚とかがいる
するとその人たちは文系が比較的多い、すると理系より文系が上になるのかとなる

何か似ているのはいろいろな物つくりとか何か作り出すものが理系だとする
でもその理系が経営者として適しているかというと必ずしも適していない
経営者となると社会全体を相手にするし人を雇いモチベーションを与えるとか何かモラルとかとも関係して来る
経営者になるとまた人間そのものも問題にされる、人を使うことは機械やロボットを使うのと違うから複雑になる、それで会社でも必ず派閥争いがある
それは政治の世界でもそうである、つまり何か泥臭い人間の世界である
物を分析したり機械をロボットを作ったりするのとは違った生々しい人間の戦いがある

その人は理系である、一級の免許も持っている、でも技術者として雇われるているときは問題なかった、優秀とされた
でも経営者になったとき事業に失敗した、経営者になることは機械とかばかりに接しているのとも違う、様々な人と交渉したり営業をすることにもなる
それはまた商売にもなる、でもその人は営業とか商売の面で失敗したとなる
それは技術者というだけではない、人間相手でありそれでうまくいかなくなった
他の人でも社長になった人が仲間に裏切られて事業に失敗して原発事故の作業員としてここに来た、そういう人が事業に失敗したような人が原発事故以後かなり来ていたのである経営者になるとそうして人をまとめるということもしないとうまくいかない
利益配分などでももめる、それは戦国時代の殿様とかにもあてはまる
人を指導するとかなると機械だけに接しているのとは相当に違った世界だからである
それで経営者は文系も多いとなるし政治家でも文系が多い

何かどうしても上に立つ人でもただ自分の利益と出世とか地位とかばかり求める人に人はついてゆくのか?それが疑問なのである
その人は経営者だけど他人のために荷物一つを持つことも嫌がっていた
その人はただ経営者となり社長となり偉いとして世間に示すことで経営をはじめたともなる、自分は技術者として優秀だからはじめたが経営者になることは違ったものだった
経営者とは社会のためになることを必要なことを見出して援助することにもなる
そういう謙虚な心も必要である、経営者の人間性も問われる
あんな社長とは一緒にやっていられないというときそうである
その人間性まで問われているのである
雇い人を奴隷のように思っている人がはたして経営者になれるのかとなる
ただそういうことを実行すると雇う人が雇われる人と変わりなくなる
自分自身がそうなったことでもわかる、雇われる人が次々に要求して来る
そうなると自分自身が雇われるていると同じになる

そもそもなぜシャカであれキリストであれ社会の指導者になったのか?

その人は何か理系の専門家だったのか、その人たちがなぜ社会を導くものとしてありえたのか、それはモラルの模範としてあったからだとなる
何か理系として技術者として優れていたからではない、モラルの模範としてありそれが社会を導くものとして歴史的に重要なものとしたのである
モーゼの十戒とかでもそうである、それは法律にもなった
だから法学部とかが検察とか他でも上に立つのが現代だとなる
社会の規範として重んじられたのである

江戸時代はその模範となっていたのが侍だったとしている
でも侍は貧乏だった、庶民と変わらず貧乏だったのである、でも敬われていたのはモラルを示す模範としてあったからである
モラルの模範となる人は自己の欲ばかり追及する人では困るのである
それでシャカは洞窟で悟りを開き何ももっていない、家も家族もなかったのである
キリストも同じである、枕することなしであり寝る場所すらなかったのである
でもそういう人を社会の模範としたのは人間にとってモラルが一番大事だからそうなったそれでヨ−ロッパの大学では神学部と法学部と医学部しかなかった
そこから大学がはじまった、神学部はまさに宗教でありモラルである
法学部もモラルと深く関係している、医学部は今の理系だとなる

原発事故がなぜ起きたかを追求して来たけどそこにもモラルが関係していた
そもそも嘘ついていたからである、「安全神話」などありえないのに権力によって作られたからだ、嘘ついていたということである
もしそれでも安全のために尽力していたらいいとなるが安全のためのコストを省くために安全神話を作った、事故が起こらないとなれば安全のために努力する必要もないからだ
現実にはコストをかけないためにそうしたのである

一旦高い場所に作るのもわざわざ削って低くして作った

十数メートルの津波が来ると科学者が警告していたのに備えなかった

それはコストがかかるからしなかったのである、もしそういう安全の備えをしていたら
責められない、でもただ「安全神話」を作り肝心の安全計ることはせずコストを減らして利益をあげるためにそうしていたのである
不可抗力だとするが津波でも備えなかった、それは金がかかるからしなかったのである
そういう備えもしないのにただ「安全神話」のみ主張されたのである
そして一挙に崩壊したのである
日本のように地震が頻発するような国土に必要なのかとかも議論されない
アメリカでは西海岸には最初原発は作らなかった、地震があり東の方に作っていたのである、アメリカには竜巻がありそれで電源を地下に設置した
それを日本でまねたのも日本がの風土を地震や津波を考慮しなかったからである
でも科学者が十数年後に津波か来ると警告していた、でもまもらなかったのである
それは一見技術的問題のようにで理系の技術者の問題のようで根本的にモラルの問題だった、嘘をつくなという簡単なことを守れ無かったのである
それが御用学者は百万年に一回くらいしか起こる確率がないと言っていたのもそうである専門家がコロナウィルスでも40万人が死ぬとか科学的合理的でない判断をする

核の問題でもそもそも核が人間に必要なのもかどうか?
それが議論されただろうか、そんな危険なものそのものを作るべきではないということも主張されても良かった、でも科学技術は何であれ是認されるのである
そんな危険なものを作ってそれが武器になったらどうするのか
それが広島長崎の原爆となり現実化したからである

そして武田邦彦氏が言うには機械とか物質の研究ばかりしている人は頭が冷たくなるという、それもやはり本人が理系の研究者であり学者だからそう感じたからだろう
つまり人間の情を失うから頭が冷たくなるとなる、もし感情が豊かで愛とか情愛でもそうはならない、心が良心にはじなければそうはならないのである
そして現代は知、情、意があるとき知が巨大化して頭でっかちになり情が喪失した時代である、機械マニアのような人もは必要である
ただそうなると情を失う冷たい人間になる、人間を人間とみない、物体とみて医者なら研究材料にさえみる、現実にそういうことがあったからだ
それで昔せ馬で曲がり屋とかで家の中で飼って一緒に暮らしていた
動物と接することは情が育まれる、機械と違って動物には情が通じるからである
だからペットブームにもなる、現代の社会が情が枯渇しているからそうなったのである

機械化ロボット化数字化がグロ−バルになる、無人駅も増える、何でも機械化ロボット化数字化数値化して計られる、そこにはもう生きた血の通う人間はいなくなる
病院でも機械に囲まれロボットに囲まれて情なき世界で死んでゆく
一つの物体数字として処理される、非人間的世界である、そういう社会がナチスを産んだというのもわかる、人間が人間ともならない、ただ大衆であり群衆であり数字となる

病院で議員すら番号で呼ばれたということに怒ったというのもわかる
つまり人間はもう数字であり番号なのである、選挙なども非人間的なものでありただ数として人間を処理しているだけである、数がどれだけ集めるかが問題になるだけである
それは規模が大きくなりすぎたからそうなる、ギリシャのボリスはせいぜい一万であり
直接投票である、その規模があまりにも違っているのである
だからもう選挙自体機能していないのである

ロボットに機械には情がもてない!

これが致命的なのである、ロボットには感情がもてない、
感情がもてないというとき限りなく悪魔のようにも人間の大量殺戮にもなる
またロボットには愛情ももてないし良心もてないし善悪もない、だからロボットがAIにでも支配されると
冷酷に人間を殺戮することにもなる、そこで良心の呵責とかも感じないからである
そういう恐ろしいSFのような世界が生まれるかもしれない、そして人類は滅亡するとかもありうるのである、科学技術にはそうした恐ろしい危険なものも潜んでいるのである

不思議なのは認知症の人が人間でなくなったのが知能が低下して馬鹿になって人間でなくなったのか?
そのことを介護して考えた、でも感情はある、悲しいかうれしいとか感じる、そして愛も感じる
介護する人が冷たい人とかも感じる、だから感情的なものは通じている、すると知的に低下したが感情は正常であるから人間だとも見るようになょた、そして最後はそのことをわかっていて感謝して死んだのである

明治以降富国強兵で武器を作るために理系が優遇されて研究所ができて国の予算がを与えられた、戦後は高度成長時代になりやはり理系中心主義となった
グロ−バル化で技術競争に勝たねば日本は凋落するということでそうなった
それで文系大学廃止論がでてきたのである
戦争でも理系の学生は学徒動員されなかった、それと同じように文系廃止論がでている
確かに文系は遊びだというのも本当である、別に大学に行かなくても文系だったら勉強できるからである、だからそこに金を投入するのは無駄だとなる

でもコンピュターとかインタ−ネットにITに技術が変化した、これは何か今までのバードな機械とは違うのである、人間の知的なもの頭脳とか関係してくる今までにない技術である、機械翻訳でもそうなように人間の知的な頭脳的なものをアシストして人間の頭脳の代わりをしてくれるのである、こういうものは今までありえないものだった
それでAIの開発が進むと本当に人間の頭脳にもなる、それも人間より優秀なものともなる膨大な情報処理ができるからだ、それで将棋でも膨大な譜面を記憶して対抗できるから
プロの棋士に勝ったのである、でもAIが万能というと万能にはならない
その癖を読み取り弱点を見出して引き分けにしたという、つまり人間の知で対抗できたともなる

ITの世界はハードな物つくりとかの世界とは違う、人間の頭脳とも心とも関係して来る
だからこれは必ずしも理系のものではない、物つくりは機械は理系のものである
でもコンピュターとかインタ−ネットは理系だけのものではない、プログラムを作るのはそうかもしれないがそれを利用するのは文系とも深く関係している
それで私自身がインタ−ネットでまたソフトで膨大な写真とかを変形して作っている抽象画がそうなのである、全然絵の才能がないのに創作しているという不思議である
またコンピュターを使って小説まで作ったというのもそうである

なぜそれができるのかというと膨大な情報にアクセスしてそれを組み立てると創作品になるからだ、私自身が抽象画を作っているのとも似ている
知識でももう天文学のような知識にグロ−バルに拡大した
するとその膨大な知識から結びつけるとか編集するとかするとそれがまた独自の創作品のようになるのである
ただコンピュターが俳句とか短歌を作れないということはやはりコンピュターの限界だとなる
何か科学技術には無限の可能性があり宗教にもなったのが現代である
ただそうみせかけるのでありそうはならないのである、むしろどこかで原発事故とかなにか大きな挫折がくる
それが核戦争のように人類絶滅ともなりうる恐ろしいものである、そういう警告もあり科学技術万能理系のみ必要だというのは問題がある

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2021年02月20日

春の風、春北風(はるきた)春の雲ー震災から十年過ぎる


春の風、春北風(はるきた)春の雲ー震災から十年過ぎる


冬芒根ずき離れず故郷に

寒もどるともに耐えなむふるさとに

春寒しなぐさめあわむ老二人

津波跡十年過ぎて春の雲

春北風(はるきた)に向かいて走る苦ならじも

春風に揺すらる樹々や走るかな


津波と原発から十年過ぎる、やはり十年一昔になる、それで感覚的に自然の見方も変わってくる、最近まででも津波の恐ろしさは消えなかった
海は本当に怖いものだった、それも想像を越えて怖いものとして印象付けられた
今でもそうである、でも十年すぎてやっと何か春の雲が浮かんで平和だとみる

それで十年ということでテレビでもいろいろ企画して被害を言うかそれに関心がもてなくなった、地元でもそうだとすると外部からでも余計にそうである
今やコロナウィルス一色になり津浪や原発の被害が忘れらさてゆく
私のプログのアクセスも半分くらい減った、そのアクセスは津波と原発関係だったことがわかった、つまり外部の関心も減ってしまったからである
ただ原発の被害は避難区域ではつづいている、人は帰らないし回りが草ぼうぼうだからである、それで復興したということはない、ただそれ以外は地元でも復興しているのである
今日は風がいているけどあたたく春になっている
それで原町とか回ってきた、ただ風が強いのですぐに帰ってきた
その風でも春北風(はるきた)であり北風とは違うから楽である
ようやく春になってきたと思う

寒戻るでありストーブから離れられなかった、男女一組でロードで走る人がいた
原町の人だった、原町ではロードに乗る人に良く出会う、原町はそういう仲間がいる
この前は70近くの人がロードに乗って飯館村まで行っていた
ロードとなると老人には向いていない、その人はずっと乗っていたからできるのである

ただ自転車は老人にも向いている、まず登山はきつい、途中て休むにしても自転車のようには休めない、自転車だと途中で休んで飲み食いもできる、店でできる
それで北海道に行った時は一日休んでは進んだ、時間をかければ老人でも行けるのであるだから趣味としてはいい、老人になってもできるからである  

天災は忘れた頃にやってくる、、、先日の地震が大地震を思い出させた
それも十年目だった、忘れつつあるとき思い出させたのである
だから怖かった、それだけまだ記憶から消えるとはなっていないからである

2021年02月18日

塩の道から歴史を考える (千国街道ー相馬藩(飯館村)への塩の道)


塩の道から歴史を考える

(千国街道ー相馬藩(飯館村)への塩の道)


人間は時代が変わるとその時代を生きることが実感できない、するとそこに相当な誤解が生まれる
それで冷蔵庫とか洗濯機がテレビがない時代をイメージすることがむずかしくなる
団塊の世代などは戦後十年くらいは水道もない、洗濯機も冷蔵庫もなかった
洗濯は裏の堀でしていたがそれも今になるとイメージもできなる
堀もなくなっているからである
そこで一番生活を変えたのが冷蔵庫だったということをyoutubeで聞いた
その理由は冷蔵庫がないと新鮮な食料を貯蔵できないからその日に買ったものを食べる
それはかなりの手間になる、そのために近くに店が必要だったとなる
近くの店でないといちいち貯蔵できないからそうなる
街自体もそのために小さな店が並んでいたのである
農家になると納豆とかすら自前で作っていた、自家生産していた
そして常に新鮮なものを食べていた、冷蔵庫がないから今とったものを食べていたのである

この貯蔵するということが文明を作ったともなる、魚で塩漬けで保存するといつでも食べられるとなる、だから塩漬けの技術は人間の生活を変えたのである
他にもなんらか保存するということは人間にとって文明を作る基礎技術だったともなる
例えば米は蔵にある年数保存できる、すると保存できるから貨幣の役割りにもなる
保存食となり米をもっている人は権力をもつことにもなる
災害などがあったら米があれば高く売ることもできるからだ
保存する貯蔵する、貯えるということは権力を持つことであり神殿は食料の貯蔵庫としても機能したというのはそのためだともなる
食料があればそれを配ることができるから力をもつことになる
その人に従うとなるからだ

塩というのは塩自体の効能も大きいが塩漬けで食糧を保存するということで貴重なものとなった、塩の道があり塩は山の村に運ばれた、塩は塩自体を利用して料理するが塩漬けにして保存できる、貯蔵できることで価値があった
塩なしでは人間は生活を維持できなかった、だから世界中で塩が貴重だったのである

死海などの塩湖があった地域では古代オリエント文明が栄え、ヨーロッパ文明の礎になったともいわれています。

 サラリーマンの語源はラテン語のsal(塩)といわれています。 古代ローマ時代、兵士の給料は塩(sal)だったそうで、英語のsalary(サラリー:給与)はここから由来しています。    

 金属は交換貨幣として使われる唯一の材料ではなかった。塩もしばしば基本的に個人的な重要性を持つ話題として特別に重要な日用品として述べられた。個人の収入またはローマ兵士の‘サラリー’はしばしば塩(サラリウム)で一部支払われ、そのことからサラリーと言う言葉が生まれた。

 アフリカではサハラで岩塩が産出し、イスラーム商人(ムスリム商人)の手でアフリカ内陸に運ばれ、サハラ南方のガーナ王国で産出する金と盛んに交易されていた。ニジェール川上流域の都市トンブクトゥは塩と金の交換などの交易で繁栄し、イスラーム教のモスクやマドラサが建てられた。 

 中国では、前漢時代より塩の専売が行われており、2000年にわたる皇帝支配の財政的基盤となった。『塩鉄論』のように、塩の専売制度を巡る議論は前漢から行われている。一方で、王朝による高額な専売塩より安く塩を密売して、巨額の利益を上げる者(塩賊)もおり、その中でも唐を崩壊させる黄巣の乱を起こした黄巣は有名である。

塩と黄金が対価で交換されるほど塩は貴重だったのである、それほど塩は貴重だった
黄金はあくまでも装飾として価値があったが塩は日常生活に欠かせないものとしてあっただから人間の生活にとって黄金より塩が価値があり貴重だった

塩の専売という権利は大きな権利だった、近くで塩を売る専売権をもった家があった
それで自分の家でも店を出していたので争ったことがあった
煙草も専売なのである、その専売権を得ることは大きな利権だったとなる

ともかく塩の道は相馬藩でも松川浦で塩田を作りその塩が鹿島区の栃窪を通って運ばれた栃窪の山の中を通る塩の道があったがそこは馬が通るには細い道であり危険なのである
ちょっとずれると谷底に落ちるような杣道なのである
そこでそき山中を通る時,助の観音堂がある、ここに茶屋があり泊めた
丁度この辺が相馬市の松川浦から来ると一日かかって来れる場所だったとなる
塩だけではない、魚でもは海産物が運ばれた、それは山では貴重なものだった

SOLTHISTORY.jpgュ殿様道

塩の道を行く-殿様道(歴史春秋出版)

飯樋では60人も塩の番屋で働いていた、相馬藩は塩をとることでそれが財政を助けた
また飯館村は木材資源がありそれで伊達藩との関係があり争った歴史がある
塩と木材は当時では最も大事なものだった、なぜなら木材でもそれを燃料として炭として利用していたからである

助の小屋というのがありそこで一夜を過ごしたということある
一日で運べないからそういう小屋が必要になった
とにかく塩の道は世界でもそうだが各地にある、塩がなくては生きていけないからである有名なのは長野県の塩の道である、松本城から日本海の千国街道は有名である
そこは牛で運んだのである、山道を運ぶには牛の方が適していた 
途中に牛宿がありそこで牛を休ませて人も泊まったとなる
そこで山中に牛繋ぎ石とか松本市内にもある、塩の道を回想するにはその塩の道がいい
そして上杉謙信が武田信玄に塩を贈ったというのは日本海側では塩がとれたからである
それで敵に塩を送るという諺が生まれたいてある
それだけ塩が貴重だから塩にまつわる話が伝説でも多いのである  

千国街道

黒々と牛繋ぎ石落葉踏む

秋深む山中踏み入り塩の道

馬ととも塩を運びし苦労かなゆえにともにし家族ともなる

曲がり屋でも馬小屋でも家の中にあった、つまり馬は家族の一員のようになっていた
それで馬と娘が結婚したとかの伝説が残る、それは家族の一員になっていて馬に親しんでいたからである、現代はこうしして動物との交流もなくなる、でも今は猫とか犬がペットとして家族の一員になっている
相馬地域は野馬追いがある、でもその馬は軍馬だったのである、ただ耕作にも使っていた馬と人間の関係は深いものがあった、でもそれも自動車社会になると喪失した
そこでも失われたものがある、馬とか牛と接していると情が養われで情深い人間になるいうこともある、相手は動物でも機械ではないからである

その情が動物に通じるからである、それで名前で呼ぶ、飯館村では牛を飼う村だったが
原発事故で避難して十頭の牛に名前をつけていた、それをみんな覚えていたのである
何かこうして人間の生活が変わると時代が変わると失われるものがある
それは人間の心にも影響してくる、何か現代人がかえって便利な生活しても殺伐としている、それは情を失ったからである、この情は機械にはないからである
何でも機械化ロボット化コンピュター化すると情がなくなるのである
駅でも無人化するとそこに情がないものとなる
だから時代が変わると人間の心に影響する、そこに失われたものがある
つまり機械化とかコンピュター化でもそこに必ず失われたものが生まれて来るのである

子供の家から機械ばかりに接していると子供からも情が失われる、それが大人になったとき情のない人間になる、何か戦前とかは貧乏でも情が深い人がいた
それはそういう環境にあったからだとなる、だからその時代がわからなくなる
ただ不便なものとして遅れた社会としてみる
でも時代が変わり失ったものがあることを知るべきである、それは人間にとって最も大事なものだったともなる、機械に囲まれて病院に治療するがそこに情が欠けているのである人間も物体のように扱われる、確かに医療は進歩しても殺伐としているともなる
人間はそこで死んでゆくにしても物体のように扱われるとなるから家で死にたいとなるのである
私も病気で二回入院したりした、でも病院は嫌なのである、そこに情が欠けているということがあるからだ、これは今やどこでも全般的にそうである
情がなくなった世界では便利でも効率的でも科学技術の恩恵を受けても何か情がないからどこでも殺伐として社会になっているのである



ABSTRACT CHINESE PAINTING


ABSTRACT CHINESE PAINTING


caveriver1newend2.jpg

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ENLARGE

私のしていることは合成写真でもある、上の画は著作権違反になる
洞穴の山水画はコピーしたものだからである
でも下の絵はその山水画を変形したものでありわからなくなる
すると創作したものになる
私の場合は絵の才能は全くない、でもパソコンでこうして創作できることが不思議だとなる

What I'm doing is also a composite photo, the above picture is a copyright violation
This is because the landscape painting of the cave is a copy.
But the picture below is a modified version of the landscape painting, so I don't understand.
Then it becomes what you created
In my case, I have no talent for painting, but it's strange that I can create in this way on a computer.

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2021年02月17日

生活保護の女性死亡で検証求める(関西 NEWS WEB) 菅首相「最終的には生活保護がある」


生活保護の女性死亡で検証求める(関西 NEWS WEB)

菅首相「最終的には生活保護がある」

去年2月、八尾市のアパートで、生活保護を受けていた57歳の女性が24歳の長男とともに死亡しているのが見つかりました。
警察によりますと、女性の死因は不詳で死後1か月が経過し、長男は栄養失調などで死亡したとみられています。

生活保護が必ずしも保障しない、最低限の生活の保障もしない、医療費しか払わないとかありまた医療費でも全額払わないとかある
自治体でも国でも生活保護は許可したくないから申請しても受け付けないようにする
これから財政が厳しくなればますます生活保護が厳しくなる
生活保護がみんな働かなくてもいいからとかうらやましがる人もいるがその内訳は一律ではない、最低限の生活が保証されていないのである
交渉力があっても受け付けないとかあり受けてもその後も最低限暮らせる支給がされていないのである
だから生活保護が最後のセーフティネットとなっていない、これからますますそうなる
菅首相がコロナウィルスで困ったら生活保護があるじゃないかと言ったが生活保護の実情を知らないからそういったのである

何か良くわからないけどアメリカだと意外と貧富の差があっても老後が保障されていたり生活保護でも手厚いと暮らした人が言っている
車も持っていて大きな家に住んでいるという、だからとても貧乏には見えないと言っていた、老後でも保証があり日本よりいいとされている
ただこれはアメリカ国籍を持っている人であり他は日本より少ない
でもアメリカでは比較的生活保護は簡単に受けられるのか、その数が多いのに驚く

現在アメリカの生活保護者は3,500万人で掛かる費用は50兆円に及びます。 日本の3.8兆円とは比較にならないほどの膨大な額です。 アメリカの黒人の中には、155年前の奴隷解放以来、3代4代に亘って仕事をせずに生活保護だけで生活してきた連中がごろごろいます

フードスタンプの受給者は増え、13年3月で4767万人。
総人口約3億1400万人のうちの約15%になる。
09年の3300万人から約4年で1300万人も増えた

アメリカはこのように超格差社会である、湖の数には驚くからである
5パーセントくらいの金持ちがアメリカの富の50%もっているとか
そんな社会がまともはずがない、それでいづれ破綻するとされている

それで車をもち大きな家に住んでいるということもありうるのか?
そもそもアメリカでは大きな家に住んでいるのが普通だからである
ただ黒人というとき差別されているとかあるが逆に手厚く優先的に保障されていることもある、つまりメキシコなどからの移民とは違っているからである
その辺は複雑だからイメージできない
日本とアメリカを比べてもその背景が違うから理解しにくいのである
ただ黒人暴動があったが黒人そのものにも問題がある
ただ単に差別されているというより自助がたりない面もあるのだろう
それでごろごろ生活保護で生活している人がいるとなる

「アメリカでは、債権者からの保護を求めて、破産を申し立てる高齢者がこれまでになく増えている。1991年以来、破産を申請した人の割合は世代によっては200〜300%増加している」調査報告書は指摘した。

これは日本と同じ状態にあるのか、その背景はわかりにくい、

生活保護というとその本人に問題があることも確かである、でもどうにもならない人もいる、アメリカのように老後が保障されないのは日本ではこれだけ高齢化になっているのに厳しいとなる、それだけの財政負担ができなくなっている
だからますます厳しくなる、支出を減らそうとしているからだ
だから一概に自治体が役所の人が悪いとも言いきれない、なぜなら常に生活保護を断り
支出も減らそうとしているからだ
現実にもう飢え死にする人がいても支払わないのである
それで実際は生活保護だけに頼ることは危険だとなる、そんなにんどう見ない、これからはますます見ない、見捨てるとなる

おかしなのは親でも子供がいてもその子供が親を世話しない、完全に縁が切れている
そうなると親でも子でもないとなる、でも誰かがめんどうみさせられる
それが福祉であり社会でめんどうみるとなる、だから家族とは何なのだろうとなる
家族遺棄社会というのもわかる、でもそうして捨てられた人は他人がめんどうみるのである、そうすると手間もかからない、金も払う必要がないから楽だとなる
でも誰か他人がその負担を引き受けざるをえないのである
もちろんすべてを家族が負担するのは苦しいとなる
でも家族がいても子供がいても一切何もしない、あとは誰かがしてくれとなるのもまた無責任だとなる、それなら楽である、でも誰かがその負担を強いられるのである

この親子は頼る人がいないから生活保護に頼ったけど援助してもらえなかった
そういうことは結構これから増えてくる、それはもともと生活保護は政府でも自治体でも減らそうとしている、したくないからそうなる
私は食べるものがないんですと訴えてもわずかなものしか支払われない
そうして他に家族でも頼るが家族も頼れないとなると飢え死になる
この家族はそういう家族だったとなる

日本では財政が苦しくなると福祉の支出は減らされる、でも老人が増えるし病人も増えるから余計に支出をおさえるようになる、そこで生活保護でも支払われないとなる
そして餓死する人もでてくる、そして高齢化で働けない人が増大するのだからますます深刻になる、そこで最後は餓死になる
日本が豊かなのに餓死する人がんのかとなるとそれは最後の頼りだ生活保護しかなくなっている、近隣の人が助ける訳てもない、すると生活保護に頼るがそこでも最低も保障されないから餓死するとなる

ただ昔の不作で飢饉になり餓死するということはありえない、食料も余っている
だから餓死者がでるといのうは社会の仕組みに問題があるともなる
そういう人を出さない仕組みを作れば餓死までにはならていとなる
でも生活保護はこれから意外と支給されない、すると他に頼ることができなければ餓死になる、おにぎり一個食べたいと死んだ人がいた、それは近隣でも無関心社会であり助けてないからである、いくらなんでもおにぎり一個くらいなら与えていた
昔はオカズをりとりしたとかありそういうことはできたのである
孤独死もあるが社会から孤立して死ぬ人も増えている

ただ自分の隣の人は本当に餓死したのである、家を貸していたが戦後まもなく餓死した
その人には子供がいたが子供が助けなかったのである、そして餓死したのである
その家を貸していた自分の家でどうみていたかわからない、汚れた手でわずかの銭をもってきたりした、ただ幼児の時なので事情がわからない、戦後は今と違い相当に貧乏な人が多い時代である、また生活保護も整備されていなかったのである
おにぎり一個くらいならやることができるが貧乏人とかかわるとかなり損になるからしないともなる

ただこれから飢え死にするとか何か貧困な人が日本で増えてくる、老人でも今や保証できない、そして家族からも捨てられる頼る人がいないとか餓死とかが増えてくるかもしれない、でもまだ豊かな社会だから餓死者が出るということは人間が非情になっているからだともなる、だからそれをすべて役所が悪いともならない
近隣でも完全に無関心だとなるからだ
ではそれが自分の問題になったときそういう人にかかわりたくないのは負担が大きくなるからである、おにぎり一個くらいなら与えてもいいがもし同情して助けるとなると相当な負担になる、金銭でもそうである、自分の財産でもそういう人に与えると見返りはないからてある、利益を産まない投資になるからである

今の社会は他者に無関心である、それで孤独死も増える、家族遺棄社会にもなる
家族から捨てられて餓死する人がいる、私の隣の人がそうだった、そういう人に金を貸しても返してもらえないからである
だから今は家族とは何なのだろうという根本的な疑問が生じる
それだけ負担を負いたくないのもわかるがそうして家族を捨てるとしたら家族でありえないとなる
なぜなら全く親のことに関心もなくなっているのも理解できないからである
その代りに他人が世話しているともなるからだ、生活保護は他人の世話になるということだからである
ただ正直かかわらないのは負担が大きすぎるからである
自分の時間とか金とかその負担のために奪われるともなるからである
だから近くでそういう人がいて知っていても助けないのである、無関心なのである
一旦かかわるとその負担が大きく耐えられなくなるともなるかである
それもおにぎり一個を与えるのではない、継続的に支援をせざるをえなくなる
その負担が大きいのでかかわらないのである

2021年02月16日

チャートは正しかった、株が上昇する時買っていれば良かった (銀行の営業に頼ってしまい失敗)


チャートは正しかった、株が上昇する時買っていれば良かった

(銀行の営業に頼ってしまい失敗)

私は株のことなど全くわからないから銀行の営業の人にまかせた、銀行員だからプロだったと思っていた、本人も東京の証券にかかわり働いていたというから詳しいと思いまかせた
それがそもそも失敗だったのである、その人は株式についてのプロではない
そもそも株は機関投資家のプロでも運営がうまくいかないのである
ギャンブル的なものがあり訳わからないのである

銀行の営業が一番気にしているのは自分のノルマを果たすことである
銀行の利益を上げることである、それが常に頭にあり客をもうけさせることではない
第一に客のことは考えていない、自分のノルマを果たすことと銀行の利益をあげることが第一なのである
でもそのことで客は損するのである

それが象徴的だったのは一旦半分まで下がったリーマンショックの時の株が元にもどしさらにこれだけ上がったことに驚く、その理由がわからない、景気はコロナウィルスで停滞しているしとても株が上がるとは思えない状況だからである
実体経済と離れているからである、だからこんなとき株が上がるとして買う人は普通いないのである

でも確かなことはその営業の人はチャートを常に見せていた
でもそのチャート通りに投資していない、それより自分のノルマと銀行の利益を優先するだからリーマンショックで半分に下がった株を元にもどしチャートで上昇しているとき
それをJ=REITに回したのである

なぜそうしたのか?

チャートでみれば上昇しているのだからそのままにしているのがいい、上昇している時は売らないからだ、ただ営業のノルマを果たすことと銀行の利益を計ることしか頭にないから転売して手数料とるとなる、自分の利益と銀行の利益が優先されるのである
だからその営業の人はチャートを常に見せるがそのチャートに従うわけではなかったのである、もしそのチャートに従っていたら損しなかったしこんなに株が上がっていたら大儲けとなっていたのである
ただ自分のは場合は不安になるから途中で売っていたともなる
たた上り調子の時は売るべきではないことは確かだったのである
それはただ営業の人と銀行の利益を優先するからそうなったのである

その後J-reitはコロナウィルスで急激に下落した、でも損しなかった

それは銀行の営業の人を信じられなくなったからだ!

そのために一月に売って損をまねがれたのである
ところが何カ月か前にその営業の人がチャートをみせて株を買わないと来た
私はコロナウィルスでとても景気が良くなるとは見えなかったら買わなかった
その営業の人も信じられなくなったからだ
つまり自分の場合自分の判断よりその営業の人に頼ったことが失敗だったのである
そうしたらその営業の人の判断ですべて決まってしまうからである
そして営業の人は自分のノルマと銀行の利益を優先するからもうかることは少ないともなる

ただチャートを見せることは正しい方法である、ただ銀行側でも営業ではそのチャートと通りにはしないのである、そこに誤算が生じる
だから銀行の営業マンよりかAIの判断の方が株ではもうけられるともなる
そうした私的なことは機械には働かないからである
銀行をもうけさせようとか自分のノルマを果たすとか機械は考慮しないでただ株の上昇を冷静に計算して答えを出すからである
ただコレかすべてに正解とはならい、常に不測の事態が起きるからAIは万能ではない
でも銀行の営業の人のように私的な都合が働かないので公平だともなる
ただ株はチャートが大事でありそれを見ていると何か間違えない方法だとなる
ただその銀行員はチャート通りにしなかったということである

銀行員の営業には頼るな!

それで判断が誤る、そしてその営業の人を恨んだりするし裁判にもなる
銀行というのが今危機になっているのはメデアとなるもの仲介するものは必要なくなっている
それでマスコミの新聞とかテレビが衰退しているという、銀行も仲介業者であり苦しくなっているという、新聞でもテレビでもまた出版でもメデアは仲介するものだからそうだという

今は別に新聞社に頼まなくても自らインタ−ネットでも発信できる
出版さえアマゾンで電子化すればできる、ただ出版社とか書店ではできない
そういう会社はメデアなのだがこれまでは力をもっていたのである
でもインタ−ネット化して衰退して新聞などは十年後に消失すると言われている

つまり今このメデアを発信する人がもつことは大きな変化なのである
このプログなとほとんど無料である、でも表現がこれだけできるものだと自分自身がかかわって理解した
自らメデアを持つことはそれだけ情報社会にとって大きなことになっていたのだ

だから既存のメデアに頼らずとも自分の創作をプログですら展開できる
それは個々人がメデアを持ったことによるのである、それでこれだけプログで書いてきたのである

投資でも最近わかったことは個々人が物を作ったり売ったりする人に直接投資する
それがインタ−ネットでしている

クラウドファンディングとは、「群衆(クラウド)」と「資金調達(ファンディング)」を組み合わせた造語で、「インターネットを介して不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達する」ことを指しています。

資金調達といえば、一般的に金融機関からの借入や関係者・ベンチャーキャピタルによる出資などがあげられます。クラウドファンディングは、そういった資金調達にはない「手軽さ」や「拡散性の高さ」、「テストマーケティングにも使える有用性」といった点が魅力的な新たな資金調達の仕組みとして近年注目されています。

中でも、「こんなモノやサーヒ゛スを作りたい」「世の中の問題をこう解決したい」といったアイデアや想いを持つ人は誰でも“起案者”として発信でき、それに共感し「応援したい」「モノやサービスを試してみたい」と思った人は誰でも“支援者”として支援できる、双方にとっての手軽さがクラウドファンディング最大の特徴といえます。

これが新しい投資なのである、これこそ投資の原点だったともなる
そこに仲介するメデアがないからである、銀行は仲介するメデアだったとなる
みんなから金を集めそこで銀行がその金で投資して利益をだす
でもこれだと直接物を作る売る人に投資できる、これはグロ−バル経済の世界的市場でもない、何か小規模の個々人の人を支援するものである
こういうのが本来の投資だったのかもしれない、そこでは投資する人と物を作り提供する人と直接結びつくからであるこれが新時代の投資形態となりメデアー仲介業者はいらないとなるから銀行は役割を失い危機となっている
でも新しいビジネスモデルを銀行は作れるのか、それができないと銀行はなくなるという危機なのである
これもインタ−ネットで変化したことなのである

そして今銀行は福島銀行もSBI証券に合併させられその配下に入ったように大東銀行も
SBI証券が株を20パーセント近くもっているのは驚きである
だからこそSBI証券と合併してその配下に入ると雑誌で書かれたのである
銀行は新しいビジネスモデルとか投資方法を作らないと瀬う経営はできなくなっている
時代に合わず消えてゆくともなる、何か時代が変わる時それを良く理解できないのである金融でも複雑だから理解できない、自分自身も理解できない、ただインタ−ネットにかかわっていたからそれで全般的に社会をインタ−ネットがかかわり変えられていることを知った、技術の変化は進歩はそれだけ影響が大きいのである

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株主を見ると東北電力が東邦銀行の株主になっているのはいかにも東北らしいとなる
東北では一番大きな会社となるからだ
そして大東銀行の株主が東邦銀行になっている
やはり東邦銀行と大東銀行は合併しやすいとなるのか?

一番の問題はSBI証券がすでに20パーセントの株主になっていることである
だから将来的に大東銀行はSBI証券に買収されてその配下に入る
SBI証券は外資でありそき資金がアメリカに流れるとかその仲介者が竹中平蔵だともしている
ただ金融の仕組みは複雑である、カステデイ日本銀行というのはわかりにくいからである金融が常に陰謀論になるのはこうしう金がどう操作されているのかわからないからである

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クラウドファンディングの例

走行距離が短いのが問題である、でも50キロだと長いともなる、もっと長いのもある
そうういものが欲しいというときこのように直接インタ−ネットで投資して買うとなる


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posted by 老鶯 at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

忘れられる東日本大震災から十年 (でも原発事故被害は継続)


忘れられる東日本大震災から十年

(でも原発事故被害は継続)

人間は本当に忘れやすい、第一一週間前でも何が起きたか何をしたか何を考えていたかも忘れる、覚えていないのである、それでプログでもこんなことを書いたのかと自分で書いたのにこんなこと書いていたのと新たに発見する
それが十年過ぎると十年一昔であり昔のこととなってしまう
だから地元でも自分自身も被害でも関心がなくなる、テレビでも最初の家は食い入るようにしてみていたけど今はいろいろその当時の被害を言っても関心が持てなくなったのである

ただ地元だから津波の跡は家がなくなり回復していないし原発事故の避難区域には人が戻ろないし回りは田畑が回復しないから草ぼうぼうでありそれを見るから地元では復興していないと見て外の人が見るのとは違うのである
そういう現実をいつも見せられているからだ
それでも原発避難区域ではそうでも他はそういうことはない、かえって原町とか鹿島とか相馬市とか新地とかは前と変わりない、前より人口が増えて新築の家も増えた
新しい街が二つくらいできた感じなのである
だから自分の住む所で原発事故の被害は感じないのである
そして今はすべて仮設住宅は取り壊された、原町の道の駅の仮設も今年になって壊されただから仮設住宅はもうないのである

復興というとき原発避難区域になった小高とか双葉とか浪江とか富岡とかは復興していない、帰った人も一割二割とかである、小高は三割とかでいい方だとなるが街自体はさびれている、人の行き来もない、通りを歩いている人はまれである
でも通りはもともと人が歩かない時代である
でも車は通る、その車が通らないのである、だから人の行き来は相当に少ないのである
ここならひっきりなしに街中でも車が通るからである
なぜか自分の脇の道路は前はほとんど車が通らなかった
でも震災以後が車がかなり通る、だから危険にもなる
それはどうも小学校がありその送り迎えとかあり朝には混むのである
この道路をそのために学校に行く道路となりこむようになったということもある
だからここは前よりにぎわっているという感覚にもなる
そして田畑も全部ではないにしろ回復している、海岸の工事も終っている

そして原発避難区域がどうなっているのか?
若い世代は仙台市とかに出て行き帰らない、それで祖母も息子の所に行き残されたの祖父だとなる、そして一人になると祖父といっても60代では若いから女を引き入れているのが意外と多いように見るのである、一時は仙台市の方にフィリンピン女性にスナックとか店をださせてやったとか言う人もいた、それだけ補償金が入ってきたからである
補償金バブルになったからである
また飯館村の不思議は一割くらいしか帰っていない、それも老人である
でも新しい家が古い家に代わってあるので住んでいるのかと見たら住んでいないのであるそこは地元の人は別荘だと言っているという、つまり時々帰ってきて畑などで野菜を作っているともいうから不思議なのである

何かこうして家族がばらばらになりモラル的にも荒廃している、そうした廃墟のような町や村に住むというのも嫌だとなる
ただ復興していないのは南相馬市だと小高区であり原町とか鹿島は田んぼも回復したし復興している、そして南相馬市は30キロ内で補償金が三倍も違っていた
30キロ内の原町は三倍の補償金をもらい、高速も無料で医療費も十年間無料だったのである
30キロをはずれると鹿島区などは半年で医療費の補償も打ち切られてあとは補償金は一人70万もらった、これもいい方だったのである
相馬市などは一人6万で終わった、放射線量はほとんど変わらなかったのである
この差も大きかった、かならず補償金は差がでてくる、今回のコロナウィルスでもそうだったのである
でもこれも十年過ぎて打ち切りになるし国から支援金もなくなる

そこで市では相当に財政的に苦しくなる、現実に生活保護も厳しく医療費くらいもらって支給されない、最低限生活する金が支給されないのである
わずかな国民年金があるとほとんど支給されないのである
それはやはり市でも財政が苦しいからかとみるのである
本当にその人は支給されてかったら飢え死にするような状態なのに支給されないのである
また避難している浪江の人の復興住宅に住んでいる人も夜電気を消しているという
補償金を相当もらっているとしても働かないから金も枯渇してきているのか?
何かこの辺てコンビニ強盗がありその犯人か双葉の人だったというのは驚いたからである双葉となると手厚い補償金を避難解除されていないからもらっていると見たからである

ただ意外と浪費した人も多い、遊びに使った人も多いのである
人間は大金が入ると浪費しやすいのである、手にしたことかない金が入るとそうなりやすい、遺産などもそうなり安いのである、
ただ老人は相当に貧困化しているのが多い、第一まともに年金をもらっている人は少ない国民年金が4,5万の人も結構いる、その人たちはどうして生活するのだろうと思う
それで東京の老人が住むようになった団地では夜に灯が消えているというのだ
現代の貧困は見た目ではわからない、必ず月末に電気が水道、ガスが止められることでわかる、そこで待ってくれととか必死になっているのである
やがてはそうして払えないとアパートでも追い出されるとなり住むところがなくなるのである,今コロナウィルスでそういうことが起きていることでもわかる

原発避難区域に住んでいる人はほとんど老人である、それでも60代だと老人とは今はならないから何かしら働くことはできる、でもほとんど何もしていないのが実情である
そして問題はそもそも老人だけの町が成り立つのかということである
シルバータウンとなり成り立つのか?
南相馬市では介護士がいなくて施設も維持できないから青森の介護施設に入れている
立派な建物があっても働く人がいないのである
立派な学校を建てても飯館村では生徒が5人がむらの外部から通っているとなる
子供の親でも住んでいないからそうなる、小高区では原町に移り住んでいる人が多い
結局あのように荒廃した町に住みたくない、原町がいいとなる
そこの住人すら一旦あのように荒廃すると住みたくないとなるのだから外部でもいろいろ言っても無駄だともなる

私自身最初は復興してくれとなり書いたが今になると何かそれも無駄なのかとみるようになった、でも南相馬市だから小高でも復興してくれないと困る
財政的にも困るから関心はもくつづける、津波の被害への関心はなくなったが原発の被害は変わらないから関心を地元では持つ、復興してくれとなる
でもその内部でも一体として復興へ向かっていない個々ばらばらになり家族もばらばらになりモラルも荒廃している
ただモラルというとき原発事故前からそういうことはあった
すべて金になればいいとしかなかった、その欲がかぎりなく拡大してゆくのが現代であるそれで原発は積極的に誘致されたからである

農業していた親が農業だけは継ぐなとして子供を殴ったという
その子供は原発で働いた、そして今度は親になり子供は故郷を出て行った
でも別にその子供が親不孝というのではない、なぜなら移りすんで建てた新しい家に親の部屋まで作ったからである、でも親は故郷を離れたくないとして住んでいる
つまり原発事故は家族もその住民もばらばらにしたのである
補償金はもらったとしても住民はばらばらになり家族もばらばらになったのである
飯館村でもそうである、補償金をもらって外に出る組と残る組で争ったからである

そしてそんなところに復興として道とか建物でもインフラをハードを整備しても人が住んでいないのだから無駄だという意見もわかる
そのインフラの維持にも金がかかる、その金は被害者が出すのでもないからだ
それで限界集落はつぶせと都会の人が言う、それは今は電気水道でも維持するのに金がかかるからだ、限界集落とかでも80倍の金がかかるからそれが税金になるから都会の人も払うからそういうのである
もし自前で炭焼きのようて暮らしをしていれば都会の人も何も言わないのである

ただこれは日本の将来の現実なのかもしれない、少子高齢化で空家が800万軒になるとか日本の人口でも縮小してゆく、すると自治体タでも住民サービスができなくなるとか生活保護でも支給できないとか福祉サービス医療でもまともにできない、そして自治体崩壊も言われているからである、ただこの辺は津波原発事故で先取りして極端化した地域として現れたともなる
そしてこうした地方では原発に頼るのである、そこに大きな問題の根があった
正直地元の人では立派な家が欲しい、車が欲しい、うまいものが食べたい・・・切りなく欲望がふくらんでゆく、そのために原発が誘致された、また上級国民の天下り先として利権として原発はあったからである

そして今でも地元の人でもなぜこんなふうになったのか理解していない
そういう際限のない欲望の追求に原因があったと思わないのである
そういうことを言ったら怒る、何か原発事故の原因がなんであったのか良く反省していないのである、そういうことを地元で言えば嫌われる
だから自分は今は言いたくないのである
でもそういう原因を追究しないとまたすでに原発再稼働とかこの辺でもそうなるかこともありうる、経済的に苦しくなればそうなる、それしか救いかないともなるからだ
それは相当にに怖いことだとなる

だから不思議なのは山尾三省なのである、でも誰もパンが贅沢だというような人についていかない、それは現代では変人だからである、でも何かこの辺では共感するものがあったのだ、そういう人はこの辺でもわずかでもいたからである、部落とかでそういう人がいたのである、そういう人か原発事故で見直されたということがある
なぜなら原発事故の結果としてそういうことがリアルなものとして想像の世界ではない
現実化したからそうなったのである、つまり空想のことではなかったのである
現実に根ざしたものでありそれが原発事故でわかったからである

根本的に間違っている帰還困難区域対応

政経東北二月号

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除染費用となると7兆円かかったとか途方もないものだった、それならここで述べているように一世帯に一億円補償金を支払えばいいとなる
南相馬市なら全体で除染費用をゼネコンに回すのではなく公平に配分できたのである
そしてときたま故郷がなつかしく思って帰る人はにはそれを用意する
それが飯館村の別荘だったのである、結局それが現実的になるからだ
復興にしても余りにも莫大な金がかかりすぎてそれが地元の金でやるならいいが税金だから問題なのである、ただ飯館村は他と事情が違うのだから補償金が手厚いのはやむをえないとなる、つまり原発は距離に比例して地元にも責任があったとなるからだ
飯館村は別に原発の恩恵を受けていないからである

posted by 老鶯 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年02月15日

旧街道の旅の思い出 (車では自然を感じないー風も雨も感じない)


旧街道の旅の思い出

(車では自然を感じないー風も雨も感じない)


街道の細道を行き梅香る


相馬市までの道は昔の道である、日立木から城跡まで行くと昔を偲べる
それにしても狭い細い曲がりくねった道である
あのように細く曲がりくねっていたのである
そこは歩く道だからそうなっていた、その道もとぎれて六号線に出ると国道になる
そこでは頻繁に車が行き来する現代の道となる

細い道を行くと梅が咲き始めそこはかとなく香りが流れた
それは細い道を行ったから感じたのである、それは街道の細い道が歩く道だったからである、そこも車が通っているが狭いのである
車にはふさわしくないのである、車は情緒を壊すものなのである

車で行くとこうして梅の香とかを感じない、鋼鉄に覆われた車が外界の自然をさえぎる
風も感じない、今の時期だと海から東風(こち)が吹く、そしてまた北風になったりする季節である、この東風が吹いて原発事故で放射性物質が飯館村から福島市まで運ばれたのが不運だった、風に影響されたからである
もし北風だったら海の方に流されたから意外被害が少なかったかもしれないからだ
実際に請戸漁港からは原発の煙突が見える、近いのである
そこで放射線量は0・5マイクロシーベルトとか低かったのである
それが不運だったのである、何でもいくら科学時代でも自然の影響をうける、それはさけられないのである

私は自転車で行くから歩くとはならないがそこで自然を感じる、風とか光とか感じる
暑さ寒さも感じる、でも車というのはそうした自然を感じないのである
中は鋼鉄に徒おおわれた空間だから暖房もあり寒さも感じないのである
だから風流がないのだ、風の流れを感じないのである
自転車に乗っていれば風で季節を感じるのである、それがないから快適な空間でも自然を感じない、すると風流がないから俳句とか短歌でも作りにくいとなるのだ
ただ車がだけではない、鉄道の旅も電車の旅も風は感じないのである
だから鉄道は好きでも自転車の旅に乗り換えたのである

バイクは風は感じるから、車よりは自然を感じる、でも車と同じく早すぎるから風景に自然にとけこむとはならない

春光や南へ飛ばすバイクかな

こんなふうになるから自然の中で走っているという感じになる
つまり車だと風を全く感じない、自然を遮断した空間なのである
それが快適でも自然を感じないから旅しても旅ともならないのである、ただ早く目的地に着くという旅になる、その目的地に行くことでは便利なのである
便利なもの科学技術は必ず自然に反するものをもっている
それでソーラーパネルでも風力発電も水力発電でも自然破壊があるというのも納得する
なんらか回りの環境に影響するのである

ともかく街道を旅するには歩くことが一番いいが自転車もその次にいい、その次がバイクになる、ただバイクは車とおなじスピードだから通りすぎてゆくだけになる

みちのくの街道行くや野菊かな

こんな風に道の辺の花に目をそそぐことができないのである
ただ今の時代は本当に旅すること自体演出しなければならないからかえって大変だともなる、何か歩く旅をする人がいるがそれが車の洪水の中を行くから広重のような絵にもならないのである

百輪の椿や往来六号線

この往来とは車であり人ではないのである

とにかく昔を偲ぶとしたら
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松一本茶屋に休むや秋の暮

この風景は秋なのだろうか、稲刈りは終わっている、海も見える、淋しい風景である
ここは二つの宿場の中間であり茶店がない、出茶屋である、道端で店がないがそこで茶屋となる、相の宿でもあるが建物はないのである
なぜこうなるかというとコンビニとか便利なものがない、でも旅人をもてなす需要がありここで店もないのに出茶屋になっている
これも歩いている旅人かいるからである、やはり休む場所が必要でありそこでお茶を飲んで一服することで疲れを癒してまた歩いて行くからである

花咲きておこん茶屋かな旅人の遠くへ去りぬ今はなしかも

庄野という東海道にあった茶屋である、ここに名前をつけいているのがいかにも江戸時代だとなる、江戸時代は何か下駄を作っても簪(かんざし)を作っても手作りであり名前がついている、作った人の名前がついているから人間的だとなる
庄野の白雨は広重の絵で有名である

私は雨の時も旅をした、その時御堂に雨宿りしたのである、御堂には旅人を休ませる機能があったのである、御堂は無料の宿にもなっていた、そこで寝れるからである
だから時代劇には良くでてくるのである

雨宿り御堂をたつや夏燕

こんなふうにして旅をしてきたのが自分だった
そして今は思い出す旅をしている、それがインタ−ネットでしやすいのである
何度も言っているけど思い出す旅、記憶に残る旅をしていないと回想の旅もできないのである、だから人間は便利なもの科学技術ばかりに頼っていると何も残らないとなる
つまり精神的に豊かになれないとなる、それで現代では旅人がいなくなったのである
現代はいかに早く移動するかになってしまったのである
それはかえって貧しいとなってしまうのである

広重の絵が秀作なのはそういう風景が江戸時代にあったからである
今はそういう風景がないから描きようがない、まず歩いて旅している人はいないからである、歩くことは特別なことになってしまったからである
そして田舎で車をもたないこと自体変人になっている
実際車もないのかとなり見下されるのである、そこで自転車に乗っている人は仲間になりやすいのである、自転車仲間になる、退職したトラック運転手は近間を自転車で回ることが仕事になっている、それで良く合うのである
人間回復するには歩くことだともなる、本当に人間は歩かなくなったからである
歩くこと自体貴重な経験になり歩く旅を企画するともなる
つまり現代には移動する人がいても旅人はいなくなったのである


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坂のぼる牛や茶屋にそ休む人旅の疲れを癒しまた行く

これはいつの季節かわからない、牛が坂を荷をつんで登る、人間もまた上ってきた
そして茶屋に休みまた歩いてゆくのである
まず坂を歩くのは疲れる、日本は山が多いからどうしても坂を上る、だから坂が多いから峠があるから峠の茶屋が生まれたのは自然である

2021年02月14日

春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)


春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)

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パノラマ写真ークリック拡大

遠くに霞む山と海が見える


曙に明星輝き目覚めかな

二階より春の曙我が家かな

広き廊春日のさすや家を継ぐ

春の山一村の墓地ともに眠る

船の行き遠山霞み波ひびく

春光や南へ向かうバイクかな

百輪の椿や往来六号線

城跡のお堀に写る春の雲

松川浦鴎飛びつつ船あまた

昔なれ百間橋や春日没る

急がじや春の夕暮れ我が帰る


春の鴨波紋広がる静けさや細き月しも池に映しぬ




家というのは人間に相当影響する、精神にも影響する、狭い家に住んでいると心まで狭くなる、そもそも日本人の家は狭すぎるからだ、それで茶室が文化になったのである
それは日本人の家がもともと狭いからそれを活かしたものとして文化となった
でも実際は広い家の方がいいのである
その家の広さが人間の精神まで影響するからそうなる
広い家でゆったりしていれば心にも余裕ができる
私の家は土地は最悪である、街で一番低い土地にあり水害にも二回あっているしこの前も水があふれて家に入ってきたからである
家自体は大きいのでゆったりする、二階には広い廊下がある
そこを歩むと気持ちがいいのである
そこから毎日春の曙を見ていると気持いいとなる
家というのは家そのものも価値もあるが景観がいい場所にあると価値が増す
私はそれで喫茶店とかでも景観のいい場所にあるといいとなる
外の景色を見てコーヒー飲むのは価値がある、せせこましいところだと嫌なのである

相馬市は地震で道の駅でも店も休んでいた、商品とか地震で落ちた、相馬市では数軒屋根の瓦に被害があった
どういうわけか南相馬市は震度6強にはなっていない、相馬市と新地はなっていた
それで相馬市に多少被害がでた
ただ今回の被害はわずかだった、死んだ人もいない、だからこうして俳句とか短歌も出せる、これが東日本大震災のようになったらそんなところではない
ただ八沢浦が美しい入江に戻ったというときはひんしゅくをかった
その時実際にそこで死んだ人が結構いたからである
ただ自分としては入江になったことが先になりその風景に驚嘆したのである
それはここが入江だったらなとイメージしていたからである
それが実際そうなったときほど驚いたことがない、奇跡だと見た

浜通りの風景は太平洋が見えて山が見えることである
春となり山が霞む、一方で大平洋が広がり船が見える
岡山から転勤してきた人が瀬戸内海は船が常に行き来しているからいいとか言ったら
こちらの海も広いからいいと言った
つまり瀬戸内海の海をいつも見ているとそうなる
こんなに広い海もいいなとなるのである
人間は同じ場所にいるとその景色にも飽きるのである
人間はその住んでいる場所から見える景色がある、それそれぞれ違った原風景となる

相馬市の城跡のお堀には春の雲が映っていた
それから松川浦に行き小泉川の百間橋を渡り帰ったきた、橋は新しい橋を作り工事中だった、百間橋とは当時は長い橋だったから名付けられた
それだけ長い橋を昔は作ることが難儀だったからである、それで百間橋と名付けられた

夕暮れに溜池に波紋が生じて春の鴨が池にいた
森には細い月が光っていた、自然はこうして調和する、乱れることはないし静けさのうちに暮れてゆく、
ただ地震も自然の作用だとなるがこれだけはあってほしくないものである
天国には海はないというとき海は何か怖いものであり落ち着かないものだからである
ただ浜通りは海が原風景になっている

とにかく今回の地震は怖かった、その余震も大きいのが来た、だからまだ大きなものが来るかもしれない、ただ被害は少なかったからやはり春を楽しむとなる
これが被害が大きかったら楽しむとはならない、それで短歌でも俳句でも出せるとなる

今回の地震は被害が少なかったので安心? (今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


今回の地震は被害が少なかったので安心?

(今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


【地震警戒】2021年は地震頻発する1年なので世界各地で要警戒と備蓄と防災!   

東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆 (雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か


2月3日から2月13日頃に時読みのyoutubeで大きなことを起きると言っていた
自分の場合は去年に地震が起きると予兆していた
ただ2月に起きる、それも10日くらいしかずれがないということは当たったと言える

ただ今回回りを見ても瓦が落ちたとかない、畑のヤハな小屋も壊れていなかった
意外と被害がないなと回りをみて回った
ただ家の内部では棚から物が落ちたとか倒れたとかあった
とにかく強い地震では立っていられないからすぐに逃げることができない
それにしても揺れは東日本大震災と同等に感じた
あの時も本がばらばらと落ちた、私の家の瓦屋根が壊れて直した
そして壁にひび割れが入ったり家の内部が歪んだようになりまだ修理していない
今回はそこまでの被害はなかった
でも感覚的には同等の被害があってもいいくらいだった

大きな余震が来るという時、確実に十年以内には来るというのは言われていた
それが丁度十年過ぎて本当に大きな余震が来た
ただ津波にならなかったのは深度が深いからであった
それで海水に影響しなかったのである

私も去年から地震が来る予兆をしていた、それは余震は過去の例からも確実に来ているからだ、それがぴったりと十年過ぎて襲ってきた
それも福島県沖が震源地だったのである
だからつくづく福島県の浜通りに原発を作ったことは大失敗だったのである
もちろん日本に原発を作ること自体失敗だった
これだけ地震があるのに原発を作るというのは無謀だったともなる
でも原発を再稼働しろとか右でも言っているのは理解できない
それは原発を核兵器を使う燃料として保持するためだとしている
核武装するためにそうしているとしている

ともかく天災は忘れた頃にやってくる、それは確実である
地震でも喉元すぎれば熱さ忘れるになる、人間は忘れやすいのである
コロナウィルスとかでも過去に疫病は常に起こっていたけど忘れていたのである
ただ東日本震災から十年目の節目で起きたことでまたあの災難を思い出したのである
今や地元でもあの災難の関心が薄れている、コロナウィルス一色になったからである
それで復興がどうなったかとか外部になると余計に関心がなくなっている
その無関心さが危険につながる

今回は大きな地震でも被害がすくなくてすんだ、津波も来なかった
でも深度6となるとこれは怖いと思った
もっと被害があっても不思議ではない、でもこの辺ではなかった
なんか春を迎えて浮かれる気分にもなれなくなった
それでもこれも喉元すぎれは熱さ忘れるとなる
日本人は何かこれだけ地震とか災害があるのに忘れやすい民族なのである

それにしてもなぜこんなに災害がつづくのか?

これはどう考えればいいのか?自分の一身上でも災害続きなのである


家族が認知症になる

津波で原発事故

親の介護で苦しむ

自分が病気になる

盗難にあう

コロナウィルス渦

こうして災難がつづくのはなぜだろうとなる
その他にも自分には災難が災いがつづいているのである
駅でボランティアしていたら駅長から回りから責められるだけだった
そしてコロナウィルスで鉄道も被害を受けた、今はコロナウィルスで駅に来た人と話すこともできない、こも何なのだろうとなる
この他にも隣の市の自転車屋に行ったらお前は来るなといわれたりコンビニではパン二個盗んだとして責められたりずっと何かいいことがないのである
だからここに住めなくなるとさえ思う
現実に原発では故郷に住めなくなったからだ、何かこの辺は本当に呪われた地域なのか?もう脱出しないと命が危ないのかともまで危惧する

何か自分一身上だけではない、社会全体でも世界全体でも実は大きな異変が起きている
これは何かの前兆なのか?コロナウィルスもそうである
これから経済的破綻とか株の暴落とか飢饉が来るというのもそうである
飢饉にならなくても食料危機が来るというのも現実化するかもしれない
神が人間の心をみてみな悪しきものであるとして大洪水を起こしてノアの箱舟が作って助かった                                                                  

そのことは何を意味しているのか、大災難に備えることだとなる
箱舟となるともうその時代にそんな大きな船が作れるのかという疑問になる
それはおそらく比喩なのかもしれない
津浪でも実際はこれで大丈夫だとした防潮堤でも破壊されたからである
つまり大災害に備えるにはもしかしたら荒唐無稽のようなものでも作られねばならないとなる、ノワの箱舟はそれを物語っているのかもしれない
災害は結局予想外のものとして常に起きているからである
これで備えが十分だとしても結局その備えを越えたものとして容赦なく襲ってくる
ノアの箱舟でもそんなものを作って何になるんだと笑われるようなものでも備えていろと神が命じたのである
原発だったら二重三重に安全を計らないければできないものだった
でもなんの安全も計っていなかったのだから人間は危険に無防備なのである

今年がどうなるのか?予想はつかない、でも今回の地震もまた暗雲になる
ただ東日本大震災を思い出すものにはなった
とにかく地元でも忘れる、いろいろ語っても何か関心がなくなったのである
それでも依然として原発避難区域では田畑が草ぼうぼうであり荒れ果てている
なんら復興していないのである、その現実の中で生きていれば原発事故からなんら復興していないのである、だからオリッピックなどで騒ぐのを中止させられたのは天罰だったともなる、そんなことより復興に力をそそげともなるからだ

posted by 老鶯 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

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この地震は怖かった、下の本箱が倒れた、本が散らばった
パソコンとテレビが倒れた、狭い部屋の方だった
安定していない棚でありそれが一部壊れた
ただ感覚的に東日本大震災を思い出した
その時は二階にいた、今回は下にいた
この地震の大きさは相当なものである、家が倒れ壊れとも感じた

パソコンは机の下に落ちて倒れた、その後ろのテレビが倒れてその上にのった
でもパソコンは壊れなかった、落ちても低いから助かったとなる
これが高い机から落ちたら壊れていた
そしてすぐに停電した、でもそれは瞬間的でありすぐに回復した
これは余震もあるかもしれない

23時53分・・・また揺れた

これでは今日は眠れなくなる

福島の原発が心配だ、これは何か影響がある、相当な揺れだったからだ
youtubeの時読みというのが2月3日から何か大きなことが起きるというのは当たったのかもしれない、何か本当にこの辺で起きることは不安になる
呪われているという感じにもなるからだ
なぜ原発をまた再開するいうのもどういうことなのか理解できない
これくらいの地震が来たら確実に原発が壊れる
女川の原発は停止していたから良かったのである
丸森町では停電している

今日はあたたかく春だった、でも何かその雰囲気が消失した、この地震は恐怖だった
どうしてもこの辺が狙い撃ちされている感じになる
10年後でもあれだけの地震だったから余震がつづいているのだ


posted by 老鶯 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係