2017年06月08日

尽きる線路、消滅した村 (山形鉄道フラワー長井線の終点まで)


尽きる線路、消滅した村


(山形鉄道フラワー長井線の終点まで)

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記憶の中の線路

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終点の荒砥駅をおりて菖蒲という地名が二つもあるのもいかにも
山の奥という感じになる

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線路尽きてその奥なれや住む人のありしも消えて夏草うもる

蚕桑駅おりる人あれさみしきや線路はつづく終点までに

織機駅その名に思ふ昔かな機を織る音そ聞こえて石の鎮まる

夏菊の駅に映えにつ高校生おりるときのみはなぎにけり

一度のみ乗りし線路の尽きにけりその果てゆけば村の消えにき

終点の荒砥駅におり夏の日や菖蒲の地名残りあわれも

かつて住む貧しくあれどともる灯や消えにし村を惜しみけるかな


日本でこういうローカル線がまだ残ってるのが不思議だとなる、ここには確かに夏に一回乗った。すぐに終点になってそのあとは線路がない、調べると機織駅とか蚕桑駅とかある機織駅の名は機織川があったからだという。蚕桑駅は養蚕でありそれはどこでもそうだったからわかる
手で機織りしていた人は戦前までいた。その女性は明治生まれであり母の実家で機織りしていたのである。家の中に機織り機があったとなる、そういうことはつづいていたし珍しいことではない、大量生産する前はそうだったのである。

古事記によりますと、天孫ニニギノミコトが笠沙の浜を歩いていたとき、海辺に八尋殿を建てて中で機を織る美しい機織女を見つけました。衣は魂を包むものとして神聖なもので、霊魂のシンボルとされていました

河内女(かはちめ)の 手染めの糸を 絡(く)り反し片糸にあれど 絶えむとも思へや
  〜作者未詳 『万葉集』 巻7-1316


機織り石(はたおりいし)の伝説
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これは日本だけではない世界的に機織りの歴史があり古い、人類がはじまって以来この業はしている。
その後自分の母親が原町の紡績工場で働いたけどその時は大量生産になっていた。

まずその線は乗り降りが少ない、一日駅でも50人以下だから良く維持できると思う
常磐線は減っても何百人駅で乗り降りがまだある、原町とか相馬市は4,5万の人口があるからだ。スーパーヒタチが急行が走っていた路線でもあった
それに比べるとこうした線が残っているのが日本である。

自分は車をもっていないから車で旅していないから車で旅する感覚がわからないのである一方鉄道を利用しなくなった人は車だけ利用する人は鉄道の乗り方さえわからない人が多くなっているのだ。これも時代である。
この線に乗った記憶も薄れている、それで記録したものを読み記憶をだどる
この線を思い出したのは限界集落で消滅したという村があるとインターネットで発見したからである。それは終点の荒砥駅からさらに山に分け入って所である。
平田村でありそこはすでに人は住んでいないと報告がある。

こういう限界集落が消滅してゆくのがすでに増えてきているのだろう。
山形というのもやはり奥深い知られない場所がある、そして線路が尽きると自分には車がないのだから行くことができなくなる、すると何か道が尽きたという感じになり遠い感覚になる、鉄道で旅しているとそうなるのである。それは車で旅していてはわからない心境である。

当時、村では、水田耕作、青苧( あおそ) 栽培と麻布作り、養蚕業が盛んで
あり、冬は炭焼き、女子は機織で生計を立てていた。その後、出稼ぎが盛んに
なっていった。大瀬集落と平田集落を結ぶ道路は、1962 年度に車が通れるよう
に改良され、1966 年から林業構造改善事業が導入され改修が行われた

農山村集落の消滅メカニズムと再生可能性

ここは二十数戸あり200人くらい住んでいたが2000年くらいに消滅した。
山形市の方に教育も便利だとか道路ができて移るようになったのも皮肉である。
交通が便利になるとかえってこうなるのである。
他にも白鷹町では消滅した村がある。

何かこういうふうに消滅する村というときこの辺でも浪江駅までは常磐線が開通したがそこが終点でありつながらない、するとその先がやけに遠く感じられるのである。
別に道路は通じているから車だったらそうは感じないのである。
終点で線路が尽きることは何か特別の感情をいだかせるのである。

飯館村とかでもこうして蕨平の人と鹿島駅であったが40軒があったのが一軒しか残らなかったというときもそうである。
すると草野で小宮とかへ分かれ道がありそこから蕨平でも通じていた。
それは人が住んでいる家があるという感覚で別れ道があった
もしそこはこのように消滅するとここの先には家がない人が住んでいないとなり感覚的何か自分の書いた童話のようにはならない、地名とは人が住んでいて活きているからである蕨平となると草野の中心地域から相当に離れているから余計にそうなる
もうそこは原野化して森になってしまうかもしれない、飯館の中心地域は避難区域になっても頻繁に川俣や福島市に通じる道路は車が通っていたから違っていたのである。
飯館村はそれだけ広いからそうなった。

いづれにしろ何度も言うように旅でも記憶が大事である。記憶が消えるとそこは存在しなかったと同じなのである。だからホームページで20年前から自分は記録しとて書いてきたのである。それを参考にしてまた書き直しているのである。
何か自分の書いたものも忘れている、こんなこと書いていたのかと自分が読んで新鮮に感じているのである。人間はこれほど忘れやすいのである。
旅をしても忘れやすい、どこを行ったのか近くすらわからなくなるときがあるのだ。
そして老人になるとみんな記憶をたどる旅になってゆくのである。

廃村を旅している人もいる、インターネットに写真も出している、これからさらに日本では増えてくる、それはこの辺が飯館村でも小高でもそれとにたようになったから関心をもったのである。ここは特殊な事情でなったのけど全国的なものとしてもそうなる場所が増えてくるということである。

白鷹町(フラワー長井線の旅)

童話-山道の藤の花(平和な時の飯館村へ)


 山道の藤の花(平和な時の飯館村へ)


その山の道は通って行く人は本当に少ないのでありました。この坂を越えれば山の村はありましたが人が行くのは一日何人といほど少ないのでした。

風にぷらりぷらぷら藤の花
この山の道行く人まれや
一日ぷうらりぷらり藤の花

その藤の花に誰かが話しかけてきました。
「藤の花さん、藤の花さん、今日は誰がこの山道通りましたか」
「ええ だれですか、ああ お月さんですか あなたがいたのですね」
「いましたよ、いましたよ、・・・・」
「誰が通っていったですって・・・誰が通ったか・・・まあ 何人かは
通りましたよ、覚えていませんよ 私は関所の役人でもないですから」
「まあ まあ そう怒らずに 誰が通ってもかまいませんよ」
「そうですよ、あなたも無用の暇な方ですね」
「あなたも そうして風に吹かれてぷうらりぷらり 暇な方」
「おたがいさまですね でもこの道を行く人は少ないにしろ毎日働いている人ですよ、ごくろうさんというくらいいう気持ちがあってもいいのでは・・・」
「まあまあ よくいいますね あなたのようなこの世とはまるっきり関係なくぽっかり浮かんでなんにもしないでこの世をながめているばかりの・・」
「まあ そうしたらおたがい重苦しいものになりますよ おたがい責めるのはよしましょうや」」
 その時一羽の黄色い蝶がその藤の花にとんできてまつわりました。
「蝶さん どこへ行くんですか」
「どこということはない、山越えた向こうの村にでも」
「山の向こうに村があるんですか」
「ええ ありますとも 幸いの村がね、山のあなたに幸いが住むという村がね」
「なるほどね、山の向こうにも村がありますか、それはいい、行ってらしゃい」
「行ってきます」

黄色い小さな蝶は一瞬まぶしく光り藤の花にまつわりまた風に流されて山の向こうの村に飛んで行きました。そして藤の花やっぱりのんびりと風にふかれて垂れているだけでした。

風にぷらりぷらぷら藤の花
この山の道行く人まれや
一日ぷうらりぷらり藤の花

お月さんがぽっかり光りさみしい山の道は今日も行く人も本当に少なく暮れるてゆきました。そして蛙が鳴いていました。

「山の向こうにも村がある、ケロケロケロ
 山の向こうでも仲間が ケロケロケロ
 山の向こうの村にも行ってみようや ケロケロケロ」

その蛙の鳴く声は向こうの村にもひびいていったようです。
そして夜になり月が明るく山の道を照らしていました。そしてお月さんは輝き出したお星さんにささやきました。

「この道を確かに人が今日通りましたね、くっきりとその人の影が残影としてこの淋しい山道を行くのが見えます」
「ええ、確かに人の影がゆっくりと行くのが見えます」
その人影はいくつかの坂をこえ曲がる道を行くのでした。そしてなぜか分かれ道でその人影は歩みを止めました。
「どっちの道をゆくかな 右か左か・右は小宮 左は・・・・」
そこは淋しい山の村の別れ道でした。人の影はさらに山の道を移動して行きます。
「ここは二枚橋、家はニ三軒・・・・・」
その人影は独り言をいいつつさらに淋しい山道を移動してゆきます。月はこうこうと明るくその先を照らし出していましたので道に迷うことはありませんでした。



これは前のホームページに書いた童話だった、忘れていた、これは震災前のことであり飯館村が平和なときだったのである。
それがもうそういう感覚はなくなった、別れ道でももう人は住んでないのである。
だからこういう感覚は今はないのである。
やはりそこに誰かが住んでいるときこういう童話もできたということなのかもしれない
たいしていい童話とも言えないが飯館村が平和なときに書けたものだともなる
そういうことがなくなったからである。
栃窪から助の観音を通り上萱(うえがや)に出て八木沢峠に出る塩の道である。
その途中に山藤が山の斜面に一面に咲いていたのである。

これは津浪で被害にあった所でもそうである。村自体が消失したからその村があった街があった平和な時は失われたのである。
つまり平和な時代と今の時代とは違ったものとなったのである。
江戸時代から明治維新後が変わってしまったように一時代が終わり新しい時代ともなったとなる、または古い時代のものは消失してしまった、でもそこに新しい村があるのかとなるとまたわからない、それでも飯館村には住む人がいて明かりがともるとき
なんかほっとするというか昔の村に帰るのかともなる
でも実際は昔の村に帰ることはできない、牛も飼えないし農業もなかなかできないとかソーラパネル工場になったとか変わってしまったからである。

第一ケロケロと鳴く蛙の声が聞こえない、それは田んぼがないからである。
田んぼは無惨に土が削り取られているからだ、この辺でも最初は田んぼがないから蛙の声が聞こえなかった、その後徐々に田んぼが増えて蛙の声が聞こえるようになったのである

posted by 老鶯 at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2017年06月07日

メールで質問がありました (高村光太郎の詩について)


メールで質問がありました

(高村光太郎の詩について)


高村光太郎の牛の詩について

批評の中の水牛の歩みというのは自分の作品です
これを高村光太郎の詩か他の人の詩と間違えたようです
確かにそういう誤解がある文でした

何かインターネットは誰が書いたのか明確にならない
だから誰の作品かわからず引用したりする
引用は許されていても創作物は著作者を明記しないといけいない

ただリンクというのは著作者が誰かよりその文でも詩でもリンクするとその作品のみに注目して作者は注目されないのである。
インターネットにはそういう傾向がある、本だったら作者に注目しているからだ

著作権でもニュースとかその他創作物でいないものには著作権はない
それはその人の独自のものではないからでありそれは公共的に知られるべきものなのである。そういうものはリンクしても引用しても著作権があるとは限らないのである。

ともかくインターネットは何か他者のものが引用しやすいのである。
だからその他者の書いたものはまた個々人が解釈して書くことが多くなる
それで本や映画やテレビでも他を批評するものが莫大に増えたのである。
それは気軽に書けるからでてある。今までのメデアは書けなかったからである。
だから個人でも膨大なもの書くことができる、それは別に電子空間に記録されたものであり負担にならないのである。
本だったら膨大な数となり保管するだけでももう保管しきれなくなるが電子空間では無限に保管できる、でも負担にならないのである。
ただ一瞬にして消えるということが電子空間での記録の怖さなのである。
それでも何カ所かに記録されていればアイカーブされれば残るとはいえる

詩のプログも開設したがそこには手が回らず更新していない
詩は実際は毎日のように書いている、それを日々の感想とかその他の文に出している
詩とかなるとあまり読まれない、評論するものがありそっちに力を入れている
詩は詩でまとめねばならない、それがまたたまっているから苦労になる
「評論と鑑賞」でも無数に書くことがある
今まで書いたものをまた読んで追加することもある
そういう作業をしているときりなくなるのである。

インターネットは他者のでも一部を読むことが多くなる、するとその一部の断片を読むだけであり作者のことも注目しないのである。
断片化された情報になってしまうのである。
要するにインターネット上では誰のものというより全体が一つのものとして機能しているのである。種々雑多なものでもくだらないものもありとあらゆるものが混在しているのである。本だったらそれが一つの世界となり提供されているがインターネットは部分の膨大な集積なのである。
そこに誰のものかわからなくなってしまう危険がある。

ともかくこの高村光太郎の詩はかなり読まれているようです
アクセス解析できていないのでわからないですがまちがいないでしょう


2000ルネサンスというのがホームベージの目次となっているのでここも読んでください
ここに詩が分類されています





原発事故は理系が起こしたもの (理系と文系を原発事故から考える)


原発事故は理系が起こしたもの

理系と文系を原発事故から考える


●文系大学廃止論の問題

「戦時日本は、・・・・理系の応用的な学問を中心に戦争遂行に総力を挙げて、大學の知を動員し、・・・その結果全てが灰燼に帰し、・・・」と記している。まるで、理系の人間が、文系人間が押しとどめるのを振り切って、無謀なアメリカとの戦争に邁進し、その結果敗れ、すべてが灰燼に帰してしまったが、それを改めて新しい価値観を文系人間が与えたとでも言いたげな記述である。これは著者による理系に対するとんでもない誹謗である。
対米戦争を発案し、推し進めたのは、当時の日本国政府であり、その構成員の恐らく9割以上は文系人間であったはずである。即ち文系人間が実権を持ち全てを支配していたのである。中には冷静に状況を判断する理系人間もいたはずであるが、それらの主張は「天皇陛下万歳」「鬼畜米英」「満蒙はわが国の命綱」などといった文系支配者の声にかき消されたのである

「文系学部廃止」というレビューの一部である。この本は読んでいない
この論議をつきつめると原爆を作ったのは理系であり理系の責任だとなる
ところがこの人の論は文系が原爆を作らせたのであり文系の言いなりになったのが理系だとなる、これも何か変な議論である。
科学技術の発明は負の面ももたらしている、公害とかはそうである。
すると理系が悪いのだともなる、そんなこといったら何も科学技術の発明は起きないのである。それで原爆を発明したアイシュタインとかがヒロシマの原爆で反省している
理系の人でも責任を感じていたのである。
このことはレオナルドダビンチもいろいろな発明、大砲なども武器の設計図を書いたが
戦争のためには使ってはならないとか言っていた、これは殺傷道具だから危険だと自覚して警告していた、そういう自覚があった
レオナルドダビンとなると理系でもあり文系でもある天才である。
そういう人はまれである。日本では宮沢賢治くらいだろう。文系には理系の素養が欠けているのだ、もしかしたら実は文系でも学問は考えるということが基本にあるとき共通なものはある

●原発事故は理系の責任か文系の責任か?

例えば原発が全く理系的なものとして考えられていた、でもそこにも文系的なものもかかわっていたのである。
まずなぜフクシマに建てようとしたのか?それは理系の人はどう考えたのか?
東京より遠くに建てた方が安全だというときそこには理系的合理的根拠があったのではない、それはかえって東京に事故が起きるとまずいからフクシマに建てたのである。

フクマシに原発を作った理由は何か?

科学的根拠は何もなかった、東京では反対されて建てられないとかでありその根拠は理系的に理詰めで決めたものではない、そこからして間違っていた
では理系の人はフクシマに建てることを反対したかとなるとしない
フクマシに建てたのは文系の政治家などの言いなりになったとなるのかもしれない
それは北朝鮮でミサイルを作ったのは理系だけど命令したのは文系の政治家であり軍隊であるとなる、理系がただ従っただけだとなる
すると理系の人はただ文系の政治家に軍隊であれ従うだけだとなるのか?
そして理系には責任はないのか?
原発でも不思議に理系の科学者や技術者は責任が問われないのである。
「安全神話」というけどそれは文系だけではない、理系も加担して作られていたのであるそれで御用学者の科学者はメルトダウンしたときしていないと主張しつづけていたのである。その責任は明らかに理系の技術者にもあったのだ

ただもともと原発を建てる時、高い場所に建てる予定だった、それをわざわざ削って低い場所に建てた、電源が近い場所に建てた、それはなぜなのか?
安全性を考慮すれば高い方が良かったのである。そうしていれば津浪の被害からまねがれた、それをしなかったのは清水社長など文系の社長でありコストカッターとしてのしあがったというときそこにコストを考慮した、それは経済学が入ってくる
コストというのは経済学であり文系の分野なのである。
物を作るのは理系でもコストが必ずかかわってくるのである。
コストが高くなれば採算がとれないから中止もありうる、津浪を防ぐ壁も作らなかったのはそのためである。
では文系の社長が決めたから文系が悪いとなるのか?
理系の人はそれに反対することができなかったのか?文系のせいで事故になったとなるのか?つまり理系には責任がないのかとなる
そういうことは社長だけで決められるのか?理系の幹部もいるのだから合議で発言権をもっているから社長だけでは決められないだろう。
ただ東北電力では副社長が理系でありその人がこの辺では津浪がくるということで女川の原発を10メートルくらいでいいというの15メートルの高さにして辛うじて助かったのである。理系の副社長がいて助かったとなるのか?
副社長も幹部であり社長もいたしどうしてそう決定されたのか?
副社長はこの辺での津浪の伝説を知っていてそうしたというとき伝説とかなると文系の分野なのである。

東京電力は24日、福島第1原子力発電所に最大10.2メートルの津波が来て、押し寄せる水の高さ(遡上高)が15.7メートルになる可能性があることを2008年に社内で試算していたことを明らかにした。東日本大震災後、東電は福島第1原発を襲った津波の大きさを「想定外だった」と説明してきた。試算を踏まえて対策していれば原子炉が炉心溶融するという最悪の事態を回避できた可能性があった。

●津浪も東電では理系が予測していだが備えられなかったのはなぜか?

こうして理系では計算していたことはやはり東電では予想できる科学力があった
文系だと伝説とかなりあいまいとなるからこの予想は科学者が出したのだから信頼できるとなる、もしこのことが大々的に発表されていたらこの辺では津浪が来ないと確信のようになっていたものが警告となっただろう。
でもこのことが広く知られないというのは文系の責任だったともなる
マスコミは文系でありこの重大な研究成果が発表されても大きく伝えられないから警戒もしなかったのである。

戦争でも神がかりにするのは文系であり理論的に考えれば兵器の差とか経済力とか理系的な統計とかで考えればアメリカとは国力に差があるから戦争するべきではないと理系は結論したろう、でも神がかりになり文系の指導者によって理系は戦争に狩り出されたとなる
何かを予測するとき科学的な予測の方法と文系的なオカルト的な予測の方法がある
津浪でも神からの罰だとも考えるが一面長い時間で考えれば400年500年さらに1000年間隔になると必ず津浪が来るというのは法則として見れる、それは理系的な見方である。
東電の調査では理系がそれを割り出したのである。
それからボーリング調査などで津浪の痕跡を見つけているのも理系の科学者なのである。
今はそうした理系の方が信用される、オカルト的なものはまさにオカルトなものとして信用されないのである。それは確実にそうなると言い切れないからである。

しかしいくら優れた科学者でも未来は予想できない、その未来を予想できれば世界の支配者にもなれる、邪馬台国の卑弥呼が日食を予言して王の権威を作ったというのもそうである。マヤ文明が天文学が発達したのも未来を予測するためである。
そしてマヤ文明が2015年9月3日滅びると予測する記録を残して消滅した
それも何か象徴的だった、予測することが文明にとっても大事だからそうなった
「聖書」も予言の書ということで仏教などとは違っている
予言とは将来確実に起こることなのでありその未来を決するのは人間ではない、神だとなる、未来を予測したり決めることが人間にはできないという思想があるためである。
それは理系が理詰めで考えてもできないからそうなる

いづれにしろ原発一つとってもこの世のことは理系的なものと文系的なものが相互作用して成り立つ、そして科学でも未来は予測できない、キューリー婦人とがが放射線のことを発見したのは偶然だったのである。科学の発見には偶然がつきまとっっていることも予測できないことなのである。
ただすべてが予測できないとなるのかというとならない
現実に理系の科学者が15メートルの津浪を来るということを予測した
としたら高い所に原発を建てるということは理屈にかなっていてもできなかった
それはコストがかかるとしてわざわざ高くして整地していたのに土地を削り低くしたからである。
その時の決定をしたのは文系の社長だから文系が悪いとなる、文系は役にたたないとかなる、結果的に悪いことが起これば文系が悪いとなり理系は責任がないともなる
これも理にあわないのである。

●理系の責任は明確にされていない

例えば原爆でも理系だと物理学からそのもののために追求する、でもその物が作られたとき社会的にどう影響するのか?それは文系的な思考であり学問だともなる
だから原子力などそもそも危険だからそんな研究はするなと文系が警告することもできるそうなれば悲惨な事故も起きなかったとなる、でもそのことを決めるのは理系なのか文系なのかとなると明確ではないしわからないのである。

大学でも本当に文系は独学できる、だから文系大学はいらないということは言える
自分も遊んでいただけであり毎日マージャンして終わった人もいる
何のために大学に来ているのかもわからないのである。ただ大学という名があるだけなのである。理系のように目的がはっきりしないし何を学ぶのかもわからない
語学と法学ははっきりしているかもしれない、語学だったから外交官になると役立つし法律は検察や弁護士としての道に仕事に明確に通じているからだ。
他の文系となると経済学とかは何なのだろうとなる、その応用範囲は広すぎるからだ。
実用的になるかとなるとそれも明確ではないのである。

でも銀行とか証券とか株とか投資金融関係は多少役にたつのかもしれない、そこにも理系と文系分野がある、良く予測するためにチャート図をみる、これは上昇曲線にあるから買いだとかすすめられる、それは理系的手法なのである。
でも予測となるとこれも政治的変数があり何か世界的事件が起きると急速に下落するのである。それは予測できないことなのである。
予測するということで理系も文系も確実にはできないのである。
ただ原発に関しては予測できていたのである。ではその予測に備えることができなかったのはなぜなのか?コストがかかるから科学的予測を無視してそうしたのである。
ではそれは誰の責任なのか?理系の技術者なのか科学者なのか、学者なのか?
それもすべて文系の社長が悪いのか?その責任は一体誰にあったのかとなる
理系はただ原爆を作れといえば作る、例えばオウムでもサリン作れといえば作る
それが人を殺すことでも作る、では理系の技術者には責任がないのかとなる

科学技術でも何かを作り出すものが責任がある、普通の人はできないからだ。
何か権力をもつというとき権力をもつものに責任がある。権力とか権限はそれが実行できる力を与えられているからだ。だから地位あるものは責任が重くなってくる。
理系はただその専門分野だけを研究して責任がないともなるのか?
だから金をもつものともたないものがいてもっている人は責任があるとなる
いくら遺産だとか金がなんであれある人はない人より責任が生じる
その金を有効に使わないと責められる、その金はやはり社会があり国があり得たものだからそうなる、金も公共的なものとしてあるからだ。


この議論は「文系大学廃止」の批評ではないです、本は多すぎて読みきれない
文系大学廃止の本はまた別に読んでみないと批評はできないです
やはり部分的な発言で議論するようになるのがネットである。
その発言が多くなると議論は活発になる
ただ多すぎるからもう議論しきれないともなっている
posted by 老鶯 at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

ゴミ集積場のトラブル (これも民主主義の自治が関係していた)


ゴミ集積場のトラブル

これも民主主義の自治が関係していた


隣接地がゴミ集積所になっていることを分かっていて土地を購入しましたが、想定し得ない近隣の住民が増えたことで、ゴミの量が圧倒的に増えました。」「仮にこちらが「もう、自宅前はゴミ集積所としては提供しない!」「清掃局は戸別回収に応じるを言っている!」と近隣へ主張した後でも従前の場所にごみを捨て続けられたら、不法投棄で訴える事は出来ますか?」といった相談が見られます。離婚・男女問題分野に「近隣 ゴミ集積所」に関連する相談が多く寄せられています。


10年前、土地の一角にコンクリートのゴミ置き場(不動産会社所有)が隣接している家を中古で買いました。当時、ゴミ置き場があるから安かったという事はなかったです。今までは、収集日にカラス対策として網を被せていましたが、最近ゴミを捨てている近所の方達が、そこに固定式のゴミ箱を置きたいと言いに来ました。景観や不法投棄の心配から反対していました


においの問題はゴミ集積所までの距離と言うより、風向きがかなり影響すると思われます。
幸いうちのゴミ集積所は、まれにですがカラス等でゴミがばら撒かれても、近所の人が率先して片付けをしてくれるので虫とかの被害もありません。


「自ら処分しない一般廃棄物については、その一般廃棄物処理計画に従い当該一般廃棄物を適正に分別し、保管する等市町村が行う一般廃棄物の収集、運搬及び処分に協力しなければならない。」

もし何の法律も条例もなければあなたはあなたのお住まいの市や町のどこのゴミステーションに持ち込もうがあなたの自由になってしまいますね。でもそれは許されませんよね。と言うことは何らかの法律か条令が存在していると考えるのが妥当ではないでしょうか。


自分の家の前がネットをかぶせたゴミがカラスとか猫に食い荒されて道路一面に広がった自分の家の前なのでそのつまにしておけず掃除した、車も震災以後は通る場所になったので困る それが度々そうなっているから困る
このゴミ集積場の問題はなんかめんどうだった

●利用している人が明確ではない

●組が四つくらいに別れている

●設置する場所が問題

●市では金の援助はするがあとは地域で決めろという

ここのゴミ集積場は誰が利用しているか明確ではない、組の人が数人はしているが他の組もしているしそれが三つ四つくらいの組に分かれている
車で遠くから捨てに来る人もいる、その人は組の人で遠くに移った人である。
だから組の問題でもない、近隣の問題なのである。
それよりゴミを捨てる人の問題である。利用者の問題である。
でもその人たちが誰かわからないのである。

そしてなぜここにゴミが増えたかとなると近くの空家に外から来た労務者が住むようになったからである。九人も住んでいるという、となるとゴミの量も増えたのである。
これもこの辺がまだ工事関係者入ってくることの問題だった

市の環境課に相談したが設置する場所とかはゴミを捨てる人たちで決めてほしい、その場所に問題がないなら費用の九割は支払うという、でもその設置場所が問題なのである。
街中ではそういう場所がなかなかない、それで網をかぶせるだけとなる
するとカラスとか猫に荒らされるのである。

道に設置しようとしたらそれも所有者がいるとか人に迷惑になるとかで問題だった
道でも通行権はあるとかの法律も学んだ
このゴミ問題はそれを利用する人たちの自治が要求されているのである。
住民の自治がないと市の方では金は出すがなにもしないとなるからだ
これこそまさに自治が要求されるから民主主義だとなるのかもしれない。
でも自治となると住民の合意になるからその手続きもめんどうだし誰かまとめ役が必要になる、自治といってもみんな勝手なことを言っていたらまとまらないからである。

つまりゴミを捨てる人に責任がある、その責任を果たす必要がある。ゴミ捨てる一人一人に責任がある、その責任を自覚することからはじめねばならない
それは確かに民主主義になる、一票が平等に与えられているがその権利はあるが責任も生じているのである。
ここではそれが具体的な問題として現れているのだ
だからゴミを捨てる人を特定しなければならない、なぜならその人たちが利用しているから責任が生じているのである。

なぜこれほどゴミ集積場でもめているのかとなると明確なルール、法律がないからであるまたそれも決めにくいからだろう。そこには様々なその場その場の問題が生まれているからである。だからルールが作りにくい、するとゴミを捨てる人たちでルールを作り監視してくれとなる
でも組という明確な組織もないからめんどうになる
何かここにも法律問題とか政治とか民主主義の問題がある
政治というと国政になるが卑近なところにも政治があり民主主義がある。
そこで学ぶことがかえってある、法律も具体的な問題の中で身につくしわかりやすいのである。
自分が理論好きである。だから法律も勉強すれば興味をもったかもしれない
社会の問題もこれも学問としてあるからだ
具体的な社会の中で活きる学問があるからだ

民主主義はともかく自分たちの利益、権利を主張することに傾きすぎた
ゴミを捨てるとしても何かを利用する権利があるとしてもそこに責任が生まれる
それはささいなことでもそうである。
漁業権にしても海を東電に売り渡す権利があるのかと書いたがそれだけの権利が生じるとなると責任も問われることになった、だから今になると漁業者への反発が大きくなったのである。今までは知らないし何か被害がないから感じていなかったのである。

責任というときだから国政を担当するとなるとその権限も大きくなると権利も大きいと責任もそれに比例して重くなっているのである。
何か権利があるというとき必ず責任が付随している、その責任を誰が負うのかとなる
それは原発事故でも問われてきたのである。




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2017年06月06日

延命治療の中止の判断のむずかしさ (人間は意識があるうちは生きている)


延命治療の中止の判断のむずかしさ


(人間は意識があるうちは生きている)


それでは機械の「認識」と人間の「認識」との違いは何かと問われると、それは正に「意識」を定義できるかどうかという問題に帰着するのではないでしょうか。

コンピュターではどうしても意識をもたせることができないという、そこが人間と機械との根本的相違である。意識があることが人間であり機械はその意識をもつことができないそもそもでもこの意識と何なのかというときまたむずかしい。

私の意識が大宇宙を感じ、地球を感じ、妻や子を感じ、親兄弟を感じればこそ、それらのものは存在できたのです。その意識が無くなれば、その瞬間すべてのものは消え去ってしまうはず・・・!?

意識のなぞは死んだら意識がなくなる、死者は意識をもっていない、灰となり原子となり消えたとなる、死者が生者を見守っているというとき生者がそうして死者に意識をもたせているともなる、死者が果たして意識をもって見守っているのかとなる

自分の肉親の死で感じたことは認知症の不思議は以前として意識をもっている
時々正気にもどる、正気の意識をとりもどすということである。
誰か息子でも娘でも意識できないこともあるが意識することもある
記憶障害になっても意識は存在して誰かを認識する、それが死ぬ前に正気になることがあるのが不思議なのである。

身内を二人を看取ったが一人は典型的なアルツハイマー型認知症だった、激情的な人だったから暴力的にもなった、そういう人でもその人が意識を失った訳ではない、ずっと自分が誰かを意識していた、ただいろいろなことがわからなくなっていた。
そして最後に意識不明になる前に何かこれまでの事情を察してうなづいたのである。
いろいろ暴力的になったりして身内でも不信感をもっていたが敵対的な感情がなくなり
しゃべらなかったが何かを察してうなづいた
そしてすぐに一カ月間意識不明となり死んだ
意識不明となったときもう何も通じない、完全に死んでいたと同じであった
ということは意識があるうちは人間は生きているのだ
意識がなくなったとき人間は何であれ死んでいるのである。
だから植物人間は意識がない、体が生きていても意識がないから死んでいる状態なのである。
もちろん植物人間から生き返ったというとき意識を取り戻したということである。
植物人間の状態ときは死んでいるのである

もう一人は百歳まで生きたけどひどい認知症ではなかった、だいたい90以上になると半分は認知症になる、認知症の症状も様々ななのである。
そして死ぬ一カ月前とかに孫が一人いてその人に金をやれと自分に大声で言ったのであるそれには驚いた、離れているから自分は関心がなかった。
でもそれが遺言であり孫には言われた金は払ったのである。
最後の言葉は重いものとなるからだ、払わないとしたら死者に恨まれるともなるからだ

ともかく人間の最後をどうするかとなると家族でも死ぬ人自身も苦しむ
死の側面は社会関係とか家族関係とかの中の死がある
それと同時に死そのものがある、人間が死ぬということは社会関係とも家族関係とも関係ない絶対的死がある、これはまねがれないのである。
もう一つは社会関係としての死がある。社会的に一個の人間が消滅するということである家族関係の中で親兄弟と息子娘と孫とかと永遠に別れることである。

不思議なのは社会関係とか家族関係とかの中での死というときすでにそういう人が生きながらいる、天涯孤独の人はすでに家族関係がないのだから家族関係の中の死はないのである。社会関係でもすでに社会から見捨てられた人はもう社会関係の中で見捨てられて死んでいる、そして孤独死となる、だから何々の関係、人間関係の中ですでに生きながら死んでいる人はいる、それとまた絶対的死は別なのである。
この世の人間関係が切れることが死なら生きながらそうなっている人は結構いるからだ

だから死とは何なのかとなる、それは明らかに意識の消滅なのである。何かを意識することがなくなる、それが死なのである。人間関係でも親兄弟があり娘息子がいて孫がいて友達がいて意識できなくなる、何か花を見ても意識できない、自然を見ても物を見ても意識できない状態が死なのである。だから逆に意識がある限りは生きているとなる
つまり社会関係や家族関係がない仙人のような人がいたとしてその人は以前として生きているのである。自然でも意識をもって見ているからである。ただそういう人も意識がなくなれば死んでいるのである。

この人もう生きていても苦しむだけだから死なせた方がいいという判断をするときむずかしいのは苦しんでいても意識があるうちは生きているからだ
だから意識がなくなったら死なせても何の問題もないのである。
自分の身内の一人はうなづいた時は言葉を発しなくても意識があり生きていたのである。でもそのあとは目は死んで意識不明になったのである。何にも意識もできない状態になったのである、この時は死んでいたから延命治療しても無駄であり死なせても良かったのである。

いづれにしろ人間の最後をどう迎えるかはむずかしい、ただ全体的死から救われるとしたら信仰しかないのである。人間は死なないという永遠の命のあることを信じる
それがキリスト教だったら根本にあるからだ、肉体は死んでも必ず蘇るという信仰である絶対的死はまねがれえない、ただ社会関係家族関係の中での死は死そのもの絶対的死とはまた別なのなのである。
結局死は社会関係家族関係からの離脱でもある、いくらこの世の関係に執着しても遂に死をもって断たれるのである。

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2017年06月05日

南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)


 南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)

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 ●橲原(じさばら)に右田の人が集団移転

 ●寺内の発掘した場所に相馬市の養護施設が建つ

 ●新しい消防署を建設中

 ●駅前に仙台からくるリホーム会社の事務所を開設

 ●近くに風力発電会社の駐車場

 ●大東建託のアパートが二カ所建設中

 ●新しいツルハドラッグが元のスーバーキクチを改装して開店


橲原(じさばら)の大原へゆく新しい道の方に右田の人が集団移転するという、
すでに家が相当建っているという
なぜそこに家を建てたのかというとそこは右田の人の土地であった
入会権をもって山を所有していたのである。
一〇町くらい山を所有していた、そこで草を刈ったりして右田に運び飼料とか肥料に利用していたのである。
それを運ぶのに苦労したことを復興団地にいる右田の老人が語っていた
あのころは車もないし道も舗装されていないし橋が土と木の橋でゆれて怖かったのである右田から橲原(じさばら)だと馬車やリヤカーで草を運んでもかなりの距離なのである。あの老人は復興団地は狭くて嫌だ嫌だと言っていた
9つくらい小屋がある広い土地に住んでいたという。そういう所が右田には普通にあった馬も飼っていたし牛も飼っていたからである。

この辺の農家は広い土地と家に住んでいたから狭い所に住むのは嫌がる
小高の人は50畳もする部屋があったというから驚きである。
そこで集会などが開かれていたのだろう。
右田の人は他に小池に集団移転して家を建てている
ただ海側から山側に移り住むというのも同じ地域で感覚的にはまるで違ったものとなるだろう。そこで田などは作れないだろう。
何をして生活するようになるのかはわからない。

 寺内で古墳を発掘していたのはそこに相馬市の養護施設を建てるためだった、
養護施設となると確かに鹿島にはない、アサガオの障害者の工場などはある
養護施設がないとあるでは違うものとなるだろう。
鹿島にはデイサービスの厚寿園とかも新築された
消防署も新築しているから公共的な施設がいくつか建った
大東建託のアハートが二カ所まだ建設中である。15くらいできているかもしれない

スーバーキクチの隣には元の建物を利用して新しいツルハドラッグができる
駅前には仙台のリホーム会社が事務所を開設する
リホーム関係は仙台からも来る、自分が頼んだユニットバスも仙台のリホーム会社だった100万だったから安いと言われた そうゆうけんという会社だった
今度は台所をリホームをしないかとと電話があったが断った

風力発電事業も開始されてその駐車場があった
これもどういう事業なのか?そういう関係の会社が入ってくる
駅でドコモインに泊まる人が駅からタクシーで行った
その人は友伸エンジニアの人だった
この友伸エンジニアは元からあったから震災とか原発とは関係ない
でも鹿島にホテルができたということが変わったのである。
鹿島に宿泊所は民宿一軒しかなかったからだ

鹿島区は震災前より良くなった、新しい家が何百軒とたった、その数が多いのである。
小池などは都会の風景のようにもなった、こんなに変わるとは思いもよらないことだった海の風景もまるで変わった、ソーラーパネルとか今度は風力発電の風車の風景になるからである。景観がこれだけ変わるとまるで違った世界になったような気になる
未来のSF小説の世界が現実化したような感覚になるのである。


posted by 老鶯 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年06月04日

破獄」のドラマを見て・・犠牲となる看守と介護殺人 (子供の貧困は高齢化社会の問題でもある)


破獄」のドラマを見て・・犠牲となる看守と介護殺人

子供の貧困は高齢化社会の問題でもある


「破獄」というドラマだけどそれはまさに現実に起きていた「昭和の脱獄王」をドラマ化したものだった、たからリアリティがある
ドラマでもそれを見る目は一部でもいいからリアリティを経験から感じることである。
このドラマでリアリティを感じたのは看守だった若い人がこの脱獄王を見張るために
労力を費やしていた、それで家族ともゆっくりできないとかなにか大きな不満があり
その脱獄王に襲い殺そうともした
「お前のために犠牲になっているんだよ」とか叫んでいた
この看守は戦争になり死んだがこの脱獄王は戦後も生き延びたのである。

お前のために犠牲になっているんだよ」

このことが他でもある、それは介護でもそうである。介護殺人が起きるのは親でも子が犠牲になるからである。何かしたいことがあってもできなくなる
脱獄王を殺そうとした看守もそうだった、お前みたいもののために俺の人生は犠牲になっていると殺そうとしたことは介護殺人でも起きているからである。

こういうことは障害者をもった親にもある、その負担はあまりにも大きいからその家族はお前のために犠牲になっていると殺したくなる
そうしして実際に障害者を家族でなくても世話する若者が大量殺人にいたった
それはあまりにも凄惨なものである。

何かそこには俺の人生がこんなもののために犠牲になっていいのかということがある
こんな何も役立たないもののために労力が費やされることに耐えられなくなった
看守でもこんなろくでもない犯罪者を看守するだけの仕事が嫌気がさしていたのである。
こういうこもNHKで放送していたけど子供の貧困とかでもある
なぜ老人のために子供に金が回らない、すると老人は早く死ねと若者は叫んでいるからだ子供の貧困とか教育費に金がかかるとかは実は高齢化社会がもたらしている側面がある
団塊の世代でも今までは生産する側であったからよかった
それが今度は大量に非生産的なものとして社会の負担になるからだ

だから今度は老人のために俺たちの人生が犠牲にされる、老人は死ね

こうなっているのだ。もし60代くらいで老人が死んでいれば新陳代謝が行われこういうことはなかったかもしれない、その分年金をはらわなくてもいいからだ。
すると若者の負担もないわけである。
それは結局高齢化社会がもたらした負の面なのである。
中国ではすでに親は子に捨てられて自殺している人も多い、社会保障もないからだ。
その息子娘でもその子の教育に金がかかると親には手がまわらないのである。
それで親が捨てられてゆくから高齢化社会の問題は世界共通なのである。

正直自分も10年間介護して時間がたちまちすぎてしまった
ただ自分は親を恨んでいない、やりたいことをやらせてくれたし恩返しでできて良かったと思っている、でも若いときに介護させられていたらこうはならなかった
親戚の人が病気になったとき自分は輸血を頼まれたりしたが断った
その時登山に行って異常に疲れていたからである。その人は自分を恨んで死んでいった。でもその時激しい運動である登山をして良かったと思う
そのあとなかなか登山でもできなくなることがあったからだ
介護とか看病であれ何かしたいことができないということは若いときだったらその時にしかできないことがあるからその機会を逃してしまのである。
介護の問題は最低でも五年かかるし二人だと十年になる、もし一年くらいの看病とかだったら耐えられるかもしれない、その時間の長さの犠牲が大きいのである。

まず普通の社会だったら子供優先である。若い世代が優先になる、なぜなら未来を作るのは若い世代だからである。老人はもう死んでゆくだけだとなるからだ。
その老人に国の予算で費やしていたら国自体が衰退してゆくのである。
それは生物の理にかなっていないのである。
ただ高齢化社会は人類で今はじめて直面した問題なのである
だからその解決方法は今模索されているのである。
それが今子供の貧困とか若者の負担となっているが高齢化社会はこれからも続くし人類的課題なのである。
人類はどこの国でも高齢化する、そのことを否定はできない、それで高齢者は死ねということはその課題の解決ではない、なぜなら今の若い世代も同じ課題に直面するからである

だから高齢者は高齢者でどうして子供の貧困をなくすか、若い者の負担を減らすかを考えねばならないのである。そういうことが高齢者世代にもないことも問題なのである。
いづれにしろ医療でも進歩するしますます人間は高齢化するからこれをとめることはできないしこれも進歩だとなる、高齢者を抹殺しろと言ってもそれでは人類はその進歩をとめることになる、これからもずっとやはり長生きする時代だからどうしても高齢化社会が常態になるとしか思えないからである。
90くらいが女性で平均寿命になるが男性もやがてそうなる
だから人生90年として生きる心構えをもつことが必要なのなのである。
それは若いときからそうである。自分は60で死ぬと良く若い人が言うけど今の若い人は確実に90まで平均的に生きる、癌でも病気も治すことができくようになるというからそうなるのである。それは悪いことではない、ただ社会全体の歪みをもたらしていることでその課題を解決する必要がある。それがどういうものか模索される時代なのである。



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スリランカ人二人と北海道の帯広から一人 (駅は情報が集まる場でもある)


スリランカ人二人と北海道の帯広から一人

駅は情報が集まる場でもある


色が黒いなと見ていた、二人の外国人の若者である。どこかと聞いたらスリランだった
スリランカ人とは前にもあった、その人はあんなに色が黒くない、インド人は黒い系統は原住民のドラビダ族系統なのだろう
あとから入ってきたのはイスラム系で中央アジア系統で白人系統である。
それらの混血もいる、インドは多様だからわかりにくい、一人は中国人の顔である。
その人がどういう人かわからなかった、三人ここで働いている
日曜日で遊びに行くみたいだ

スリランカ人は英語がしゃべれる、すると二言三言しゃべってもそれで会話のきっかけになる
今日は風が吹いて遅れた、5分くらいだったからたいしたことがなかった
それで英語で遅れたことを伝えた、何かもう簡単な英語は今は必須である。
そしてスリランカとかネパールは貧乏でも英語がしゃべることが有利なのである。
何か英語がしゃべれるとインド人でもそうだが共通語となり何か文化人のような感覚を日本でもつから得である。

中国人は実際は今では日本人より豊かな人がいくらでもいる、でも中国語は全くわからないから話しようがないのである。漢字を書いて伝えあうのもめんどうになる。
世界の共通語が英語であるというときそれは英語が必要ないとか必要だとか言う前にそうした現実がある。だからこれだけ外国人が来るとなると片言でも英語をしゃべる訓練はしていた方がいいとなる、それを十年間外国旅行で自分はしてきて良かった
ただ自分の海外旅行は失敗の連続でありもう二度としたくないとまでなった。
その後今度は10年間介護になり何もできなくなった

もう一人は帯広から来た人だった、北海道の人は良くくる、北海道はほとんど回った、
ただ帯広は回っていない、それでも美瑛から十勝岳が見えてその向こうが帯広だということは知っていた、富良野-美瑛-旭川線にのって美瑛におりた
根室本線は一部しか乗っていない、帯広までは行っていないのである。
北海道はそれだけ広いということである。

どういうわけか自転車で十勝川が流れる平野がありそこは一面のジャガイモ畑でありちょうど雨がふっていて休んだところが小さな神社だった、こんなところに小さな神社があることはそぐわなかった、北海道には神社がにあわないのである。
その広さがそぐわないのである。風土にあうものとあわないものがある。
美瑛から十勝岳が望む風景はすばらしい、富良野はラベンダーでありラベンダーメモリーとかなると詩的になる
ただ人間はとうしても30年前とかなると記憶が薄れてしまうのである。
北海道だって20年くらい行っていないからだ
だからまた旅したら新鮮なものとなる


寺内の人がいてスーパーキクチの近くに社がある所に養護施設ができるという、それは相馬市の関係らしい、その養護施設がどういうものかはわからない。
あそこを古墳が多いから発掘していたのはあそこに養護施設が建つからだった
他にも消防所も作っているし鹿島には次々に新しい家も建ったしスーパーも新しくなったり二つできたし都会化しているのである。


量より質の時代へ (AI化で仕事の価値観が変わる)


量より質の時代へ

AI化で仕事の価値観が変わる


プログはコメントとかより訪問者とかページビュー数で決まる、数を集めたら評価になる、宣伝するにも効果ある、自分のサイトは最近あがってきている、10万ページビューとかなっている、ほとんどブックマークからでありこれだと常時読まれているとなる
ただ10万ページビューとかなると本当にプログでアクセスされるとなると大変である。
どうしても数をかせぐには大衆向きにすることになる
すると質は追求できなくなる、そもそも自分はアクセス数よりずっと読まれた人にも関心なく質を追求してきたのである。
だからむずかしくなってもそうしてきた

第一芸術とか宗教とか哲学が量を追求することはできない、ただニュースの解説とかなると量が必要になる、多くの人に読まれれば影響力が何でもでてくるからだ
それでマスコミは大衆向きに量を得るための報道をしてきた
結局は今は芸能人を集めて漫談しているだけの低俗番組化してかえって嫌われたのであるそういうもの一過性で終わる、本当のものを芸術でも創造すれば何世代にもわたって読まれ見られ音楽でも聞かれつづけるのである。
本当に価値あるものはそれだけ寿命が長い、ニュースとなるとその時その時で消えてゆくから不変的な価値とはならない、でもそのニュースを解説するとき人間の変わらぬ真実がありそれを書けばあとあとまで読まれることはある
ただ一過性に消えるものがあまりにも多いのである。


戦後は貧乏であり食べることが最大の問題であり衣食住が満たされることのために働いただから大量生産システムを作りともかく作れば売れるという時代だったのである。
そこではあまり質を追求していなかった、大量生産のための労働というとき労働の質も追求されない、それでもその時団塊の世代などは人数が多いから大量に人手も供給されてきたのである。その時あまり労働の質などは追求されなかったのである。
賃金を高くすることは追求されたが労働の質は追求されない

今になると労働することそのものの価値が追求されるようになった
一体自分の労働にどういう価値があるのかということである。
それで働く動機が賃金もあるが何か労働自体に満足する価値を求めている時代になる
だから趣味に時間を費やしたいという人が増えるのもそのためである。
理想的なのは趣味と労働が一致して収入になることである。遊びと労働も一致して収入になることである。
出世とか賃金だけではないもの、何か人生として充実する労働をしたいとなる

そもそもそういうことは別に今だけではない過去にもあった。
江戸時代の職人は質を追求していた、量ではない、一つのものを作るのにも質を追求して最高のものを作ろうとしていた、それで職人気質ヴ生まれたのである。
刀を作るにも精根こめて最高のものを作ろうとしていたのである
それは大量生産ではない、手作りでありその技を究めようとしていたのである。

人間の仕事はworkでありそれは作品の意味だからこれは東西の文明にかかわりなくそういうことはあった、作品を仕上げることが仕事なのである。
大量生産にはそういうことはなかった、大量に同じものを提供することが豊かになることだった、そういう時代は貧乏なときはやむをえていことがあった
でもこれからはそうした大量生産というのはなくなる、AI化によってそうした労働は機械やロボットやコンピュターがする、すると労働もそうした流れ作業的なロボットができるような仕事はなくなる、では人間はどういう労働をするのか?
それが今後問われてくることになる

それは教育などにも影響してくる、今までのような受験競争とかでいいのか、社会でこれから通用するのかとなる、労働の質が変わるというときそれがどうなるのか明確ではない

野村総合研究所によると、「芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など抽象的な概念を整理創出するための知識が要求される職業」や「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業」は、人工知能やロボットで置き換えるのが難しい職業になる

こういうことになるとすると暗記ばかりの受験のための勉強は役に立たなくなる
語学でも翻訳機械が飛躍的に進歩している、翻訳にも創造性が必要なのだが機械的に翻訳できる面ができるから変わってくる、ただ詩などはとても機械ではコンピュターでは翻訳できないだろう。そういう分野は以前として人間がすることになる
でも何かAI化というのは仕事でも機械にできないものとなると相当に高度なものになる
そこまで人類は進化しているかとなるとしていないだろう。
まず暇が多くなるとき一般的に何しているかとなるとギャンブルが多いことでもわかる
暇の有意義な過ごし方をしている人がどれだけいるのかとなる
これは高齢化社会の大きな問題になっているのだ。
なぜなら暇を有意義に過ごすことを訓練されていないからである。

質を追求するというときこれからあらゆる面で起きてくる、それは卑近な所でも起きてくる、料理でもそうである。料理となると実際はその材料が良くないといくら料理人の腕が良くても活かせない、ではその料理の材料を良くしようとしたら農家がやはりいいものを作らねばならない、そこにも質が求められているのである。
AI化機械化されることは人間の質を実際は追求することになる
人間にしかできないものが仕事として残る
それは介護分野とかでもそうである。そこにコミニケーションとか愛とかが必要になり追求される、それはサービスをする方にもされる方にもいいことなのである。

政治とか経済とかは高度成長時代ではGDPが指標になってきた、どれだけ生産量があるかでありその質は計られない、その量を増やすことが目標になってきた
カルト宗教団体でもそうである。ひたすら数さえふやして政治力、経済力をもち権力をもつことが目標である。
そもそも宗教とは本当は質の追求である、もともとそんなに数はいらないのである。
そんなに数を増やすとなると大衆化して低俗化する、それはマスコミが視聴率を稼ぐ方法になる、芸能人の漫談の場を提供するだけになる

ただAI化というのがどういうふうに影響するのかわかっていない、それは知能部門でも仕事が変わるからである。すでに翻訳部門では変わっている、まず翻訳者は機械翻訳してそれを直していることでもわかる
ビッグデーターでもAI化されて分析される、AI化がコンピュターが知能をもつということがわかりにくいのである。
ただこれからの時代はそうしたAI化に備える勉強も必要になる
それは仕事の質が変わるから今までのような仕事がなくなるからである。
それは高齢化社会というものにも影響しているのだ
高齢化社会というとき老人はもう人生は終わりだから関係ないともなるがそうでもない
高齢化社会は60で退職しても70でもそれからの人生の時間があることなのだ
するとそこで何か有意義な時間を過ごそうとするとそれに備えねばならない

それが今までの将棋とか碁とか何か老人の趣味も変わる、将棋でも碁でもすでにコンピュターが人間に勝ったというときもう将棋でいくら15歳くらいの天才が出ても驚かないのないのである。コンピュターが人間に勝ったという方が驚きなのである
そのソフトを作り出した人こそ将棋の人間の天才より驚きなのである。
第一将棋ソフトに勝てる素人はいないのである。将棋でもコンピュター相手にして勝てないのである。だから将棋がいくら天才が出ても驚かないのである。
それはもう計算されつくされた世界であり人間はコンピュターに負けているからだ
ビッグデーターをコンピュターは解析して買っているからである。

人間が進歩するというときやはり機械的な奴隷的な仕事はしたくない、手伝いさんでもそうである。その女性は皿洗いなどはしたくない、でも庭の手入れとか花を植えたりすること育てること野菜を作ることにははりきってしている
その方に生きがいを見いだしている、家事には見いだしていないのである。
第一家事は機械化しているからもう手伝いさんでも職業として必要ないのである。
そうして人間としてしたくないものはAI化して機械化する
では人間は何をするのか?それが問題になる、それは暇をどう有意義なものとして使うかということになりそれは人間の進歩だとなる



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2017年06月03日

駅の燕の巣の問題 (駅の自動化無人化でも問題が起きる)


駅の燕の巣の問題


駅の自動化無人化でも問題が起きる



駅前ツバメの巣駆除、ヒナ落下死…利用者の前で 

 相模原市緑区のJR相模湖駅前で先月27日、バス・タクシー乗り場の屋根にあったツバメの巣を、駅職員が利用者の目の前で棒を使って壊し、落ちたヒナ1羽が死んでいたことが2日、わかった。 

 鳥獣保護管理法違反の可能性もあり、JR東日本は「配慮が足りなかった」と認めている。 

 同社などによると、巣は高さ約3メートルの屋根の下にあり、「フンが汚い」という苦情を受け、職員2人が周辺の蛍光灯や壁の汚れを清掃した際、ツバメを追い払うために巣を壊した。 
 巣は半分ほど残り、今もツバメがやって来るという。 
 
増える無人駅、障害者不安 後絶たぬ転落事故  

2017/2/16 1:11日本経済新聞 電子版

 目の不自由な人が駅のホームから転落する事故が相次ぐなか、各地で進む「駅の無人化」の見直しを求める声が広がっている。鉄道会社はコスト削減のため有人駅の絞り込みを急いでいるが、障害者団体などは「安全性への不安が高まり、移動範囲が制限される」と反発。鉄道会社に改善を求める要望書を提出する動きも出始めた。


 
 完成する前に壊せば別の所に行く 
それは誰からも攻められない

JRは鳥の巣に関しては一番よく知ってる会社 
メンテ関係の仕事してる友人いるがJRから巣をみつけたら 
卵と雛を確認していたら絶対に触るなと周知されてる 
運行に危険な場所の場合は専門の駆除業者に頼みそれ以外は 
巣立つまで待つがスタンス 


うちにもつばめの巣つくってほしいけど 
民家じゃなく商家に作るんだよな 
人の出入りが多いから 
賢いな、つばめ


今駅で困っているのが燕が駅舎の中に巣を作り汚れることである。すでに三つ巣を作り壊した、今日も駅員が来て壊した、それを自分が連絡したのである。
乗客は連絡していない、ただ駅員が見回りにきて壊した時もあった
そこで巣を作れないように網などをかぶせたが監視カメラの上に作ったり今度は壁にまで作った、それを今日壊したらまたその壊した壁の所に作ろうとしていた

駅舎の中は安全である。人が出入りするし建物の中のだから安全なのである。
壊して掃除した駅員はしきりにかわいそうなんですよと言っていたのと燕の巣は害になるからといって壊せない場合があると言っていた。
「鳥獣保護法」で燕は守られているからだ。

燕は巣を作る場所に苦心していることは確かである。あそこに三回巣を作りそれでも巣を作ろうとしていたからである。
この解決方法は戸を閉めることである。でもそれができないと駅員は言っていた。
乗客は開けたままにしておく、駅員がいないので無人駅になると誰も管理する人がいないから困る、だから無人駅とか無人化を何でも目指しているが必ず何か困ることが起きる
だから自動化しても機械化しても人間の労働がなくならないと思えないのである。
労働の質が変わるだけなのである。

こういうニュースはインターネットで読めるからいい、同じことで困っている人が必ずいるから探せる、これはただ偶然に見つけたのである。

ともかく駅というのは公共的な場でもある、人々が集う場であることもわかった。
それが実は子供から老人から男女関係なく集う、行き交う場所である。
障害者も交じる場でもある、現実に盲目の人が通っていて案内したからである。
それから外からくる人とも交わる場でありそのことを書いてきた

今日来たのは新潟の人であり新潟は低い土地が多いから津波が来たら被害が大きいと言っていた。新潟の潟は湿地帯であったところである。そういう地名がついているから低い土地であ。新潟の人はこの辺からも避難した人が世話になり待遇が良かったとみんな言っていた。それは新潟で地震があり被害があったとき助けられたからだと言っていた
そういう経験するとそうなる、この辺もそういうことがあるから経験を積んだから外で災害があったりすると助けるという意識が生まれようになったかもしれない。
でも新潟はそもそも情がある場なのかもしれない、新潟に避難した人が多かったこともある。

現代に欠けているのはこうしてあらゆる世代の人とか外部の人とか障害者でも集まる場がない、子供が年代で学校に隔離されるし老人も老人ホームに隔離される、障害者は障害者で隔離される、何かみんな別々に分類されてあらゆる人が集まる行き交う場所がないのである。何かそれが現代的非人間的ものを産み出している。
駅では燕であれ動物まで関係していたということである。

無人駅でも自動ドア化すれば燕が入れないようにできるかもしれない、今は夏であり開けたままにすることが多いからである。それで半開きくらいにしておいた。
でもまた開けるから同じである。
無人駅でもこうして何かかにかやることがあり問題が起きる、だからこれは何でも自動化できないことなのである。そこに人間の手が加わり人間の愛が加わり活きてくる
だからAI化で仕事を失うことはありえないと思う、人間の仕事の質が変わってくる
それはより人間的な仕事になる

野村総合研究所によると、「芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など抽象的な概念を整理創出するための知識が要求される職業」や「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業」は、人工知能やロボットで置き換えるのが難しい職業になる

この辺はどうしても人間でしかできないのである。自分のやっていることはとても機械ではコンピューターではできない、ただ抽象画はコンピューターがしているから芸術の分野でもAI化は影響するのである。

「他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業」

この部分は人間の仕事として残る、例えば医者でもコンーピューが診断すにしても患者とのコミニケーションとか大事になるし看護師にしてもいたわる心が必要とされるからその仕事の質が変わっても残る、別にAI化は悪いことだけとはならないのである。
情報はこうした卑近なものでも拡大している、このニュースに関心をもった人が多かったということである。

盲人の人が通っていて自分が乗車するのを助けた、自分で案内してみて電車にのことは盲人にとって危険なことを知った、だから盲人団体から無人駅の見直しを求めるというのもわかる、ただ盲人はこの辺では本当に少ない、自分が目にしたのは一人だけである。
人一人駅員として置くだけでもコストがかかる、だからJRでもコスト削減するから無人駅が増えるのである。
でもこれでわかるように人間は何でも自動化無人化できないのである。



原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ (福島民報は県が50パーセント出資している官報だった)


原発安全神話の洗脳に加担したマスコミ

福島民報は県が50パーセント出資している官報だった


日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ
日本は戦争に勝つ

日本は戦争に負ける

原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない
原発事故は起きない

原発事故は起きる

ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ
ヒラリークリントンは勝つ

トランプは勝つ


人間の心理として何か常に洗脳されることがある、それはメデアを通じて成される
カルト宗教団体でも洗脳が常に行われている、それは宗教とは関係ない、洗脳なのである嘘も百回言えば真実になるとか洗脳として行われる
それでナチスがゲッベルスがその洗脳を担当したのである。

洗脳というときむずかしいことは言わないことである。大衆を洗脳するにはむずかしいことを言っても通じないからである。
戦争が悪いとか戦争がしていいのかとかそうした疑いをもたせない
ただ戦争は勝つと唱えさせていればいいのである。

原発で安全神話が形成されたのもその安全の中味については問わせない洗脳だったのである。
それはマスメデアを通じて成されていたのである。

福島民報が県で50パーセント出資しているとかでもわかる、県は国と結びつきその安全神話を作った側だったのである。福島民報は聖教新聞も刷っているから全く権力側につくから国とか県側につく洗脳メデアなのである。
なんか自主避難でも福島民友は同調しているが福島民報は県の方針に国の方針にそって帰還するべきだと言うだけだとなっている
別に自分は自主避難は何なのか?放射線量がそれほど高くないのになぜ避難するのかのみこめないことがあった、だから自主避難には疑問をもっている
ただそれでも自主避難はだめだということがあってもそれ一方になることがメデアの問題なのである。だから福島民報と福島民友で違った意見になることはいいことなのである。それが常に民主主義なのである。必ず賛成するものと反対するものがある
その両方を取り上げることが民主主義だからである。

ともかく大衆を操作するには洗脳が効果的なのである。だからナチスがラジオによって洗脳されたという時もそうである。ラジオがそんなに効果があったのかと今では思う
テレビはそれより効果的だからである。
テレビで原発が安全でないとか放送されていただろうか?
例えば本は原発は安全ではない、危険だと警告する人がいた、原発は東京に作るべきだという本を出した人がいた、なんかその時自分は近くに原発があるのに関心がなかった
関心をもたされなかったともなる
その本をなぜ自分はSF小説のように見ていた、空想の世界だと思っていたのである
それもそういうふうに洗脳されていたからだともなる
原発が危険だと言う人はいたし本も出されていても関心がない注目されなかった
それは科学的にも科学者でも原発の安全性に疑問をもつ学者はいたのである。
でも「安全神話」は権力で持って強固に作られていたから洗脳されていたから疑問をもつことさえゆるされなかったのである。

マスメデアは全部左寄りでも朝日新聞でも東電に事故が起きたとき幹部が招待されていたように安全神話に加担していた、福島民報も民友もそうである。
ジャーナリズムとは何か?そのことも原発事故で問われた
ジャーナリズムは本当は権力を監視するものがベースにある
常に本当は反権力の立場にたたなければならない、なぜなら権力をもつものを監視するものとして三権分立が生まれた、マスコミもまたその権力を監視するものとしてあらねばならない、権力は危険なものだからそうなる、権力をもつと人間はその権力に魅せられる
なぜなら権力によって人を支配できるからだ、それで裏で金を操作しでこの世を支配しているのがロスチャイルドとかロックフェラーだとかユダヤ人とかなんとか陰謀論になる
それは現代の最大の権力が金になっているからである。

例えば反権力というときカルト宗教団体も実際は監視しなければならないものである。
なぜなら創価でもそうだが政治家して権力を追求しているだけだからである。
会員を増やすのも権力をえるためでありそれ意外なにもない、宗教的改心とかそんなことを言っていたら誰も入らないだろう。そんなめんどうなことではない、ただ得しますよ、ご利益がありますよという利益を説くだけだから入るのである。
だから宗教団体はみんなうさん臭いのである。政治にかかわりそこで権力を操作する側になり利益を得ようとするだけなのである。政治家もただそこが票になるから利用するだけなのである。

マスメデアにしてもそうした巨大な権力側につく、監視する側ではない、国とか県側につき大衆を洗脳する操作する側につくのである。だからそこにもうジャーナリズムとして期待するものは何もない、ただの官報にすぎないのである。
実際に県が50パーセント出資しているのだし聖教新聞も刷っているし東電などからの宣伝費も入っているとなるとそれは何なのだとなる
だから県民でもそんな新聞に何を期待するのか?
原発事故を起こした原因はマスメデアにもあった、そのマスメデアはもともと大衆洗脳のためのマスメデアだったのである。

まずニュースとしてもとりあげるものととりあげないものがある。
原発では度々小さな事故があってもその報道は小さいものとなり何か危険を喚起しない
みんなもの関心をひかないのである。
要するに原子力のことがわからなくても

原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ
原発は危険だ

こういうふうに見出しでも目立つようにしていれば大衆でも危険を感じるようになったかもしれない、そういうこが心理的にあるのだ
それがただ安全だ安全だというものしか目にしないし危険だということはおさえられていたのである
マスメデアが宣伝費が成り立つとき出資者が県が50パーセンとなのだから当然だとなる
だからみんなのための報道というとき何なのかとなる
そんなものを作り出せるのかとなる、でもそういう報道がないとするとどうなるのか?
前の戦争のように300百万人死んだとか、今回のようなとりかえしつかないものとなる
その被害が民衆に及ぶ、それを今みんな実際に被害者となっているからこの辺ではなぜ原発事故が起きたのかを真剣に考えて反省せざるをえなくなっているのである。

その責任の大きなものがマスメデアにもあったからだ
マスメデア側にしても自分たちはただの民間の一会社でしかない、だから利益をあげて穏便であればいいともなる
つまりマスメデアでもメデアは民衆の側でそうした権力の監視を真実の報道を望まなければ生まれないとなる、だから民主主義でも民衆側が賢くならなければ機能しないのである
技術的にインターネットなどが生まれてそういう反権力の報道も可能になっているが洗脳メデアとしてまだマスコミは力をもっているのである。
だからトランプがどうであれマスコミがあれだけ批判していたのに大統領に当選したことは画期的なことだったのである。
何かその後のトランプ大統領を弾劾するとかのニュースでもアメリカの方が権力を監視するということではその機能を発揮している、日本では非常にそうしたマスメデアの自立性がないのである。

2017年06月02日

遊牧民と航海民 (交通の発達による変化)


遊牧民と航海民

(交通の発達による変化)


遊牧民志向というときモンゴルとか中央アジアとかイスラムなどの地帯である。
そこは砂漠であり草原だから遊牧民の世界でありラクダを使う隊商が生まれた商業が発達した地域である。シルクロードの地帯である。
そもそも遊牧民は常に移動しているのだから商業に貿易に向いている
またモンゴルのようにジンギスカーンが必然的に生まれる、騎馬民族国家である。
境界がない世界に生きているからだ、日頃の生活が移動に向いているから軍隊を編成していると同じである。だから中央アジア地帯がもともとそういう地域であり商業の役割をになったのである。

イスラムで小切手が生まれそれが貨幣に紙幣になったというのもうなづける
商業民族がイスラムでありイスラム教の創始者のモハメッドが商人だったことでもわかるそしてイスラエルは半分は砂漠でありキリストはそういう場所で生まれた
イスラエルまで交易がありラクダが通っていたのである。

中央アジアとか遊牧民の国家は常にその領土が変動するのもわかる、境界がない世界だから変動しやすいのである。それに比べるとエジプトとか中国とかは農耕民だから国家が変動しないのである。牛と馬があるとき牛が農耕民の神となる
そして国家とか都市は遊牧民が農耕民と接して生まれた、中国の最初の国家は西安(長安)に生まれた、始皇帝の秦である。兵馬俑は騎馬民族国家である。あれだけの騎馬軍団があって国家が統一できたのである。それで日本でも騎馬民族国家論が生まれたのである。
その後長安は唐が生まれ大帝国となったのである。
阿倍仲麻呂など遣唐使が行ったのは長安だったのである。

この遊牧民が航海民になったというときフェニキア人が生まれ地域がポエニであり今のシリア辺りでありその位置が遊牧民が航海民を生んだにふさわしい
なぜなら中央アジアの砂漠地帯から遊牧民が移動して地中海に出る地域だからである。
フェニキア人がアルハベットを発明したのも商業に便利だからである。
それまではエジプトのヒエログリフとか楔形文字とか文字があってもそれがむずかしいものだったからである。アルハベットは世界共通の文字となり言語となったのもわかりやすいからである。漢字がならないのはむずかしいからである。

オデュッセウスは筏の中に腰を据え、匠に家事を操ってあやまたず船を進めたが
その瞼に眠りも落ちず、ひたすらにプレイアデス(すばる)の星群、沈むに遅い「牛飼座」また「車座」の異名を持ち、同じ所を旋回しつつオリオンをうかがい、ただ一人オケアノスの水につからぬ、アルクトス(大熊座)にも彼はじっと目を凝らす
常に左手に見つつ海を渡れと教えた星である。

航海には星座は欠かせない知識である。北斗七星は韓国を通じて日本に伝来して妙見信仰になった、これは相馬藩の神である。野馬追いの旗も北斗七星が描かれている
これは中国の遊牧民から韓国を通じて伝来したのである。
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イスラムが果たした役割は世界史的にみればいろいろあった、そこはヨーロッパより先進地域だった、だから建築とか化学とか代数とかが発達した、それはヨーロッパに取り入れられたのである。イスラム文明の方がその時文化的には優れていたのである。
ただイスラムは世界史的には橋渡し的役割になった
そもそもなぜイスラムがあのように混乱してテロしかイメージできなくなっているのか?
何か文化的にも学ぶものがもうないとなっているのか?
ただ橋渡しの役割を果たして終わったともなる
ただ日本も東西文明の橋渡し役と見る人もいる、東西文明の融合する国だと明治維新で見なされた、中国とアメリカの狭間にあって政治的にもそういう場所にあった
西欧文明の概念を漢字で取り入れたの日本でありその漢字を中国が利用していることでもわかる、確かに橋渡し役を果たしていたのである。

遊牧民が航海民になれたのも地中海があったからである。ここは航海の訓練する場所となったのである。もし太平洋とか大西洋だと航海するにはまだ未熟だったからできなかったここで航海の訓練の場となりのちにコロンブスがアメリカに到達したのである。
ともかく文明は繁栄して衰退するというときそれは常に文明がグローバル化する運命にあったからである。それは技術でも必ず伝播して応用されるのとにている
そうした技術の伝播を止めることができないからである。

航海民というとき日本でも海の道、海道があったという、それは古代からあったという。東北の太平洋岸まで航海できたのかとなる、それは鎌倉時代にもあったことは小高が蔵院とかあり湊があったことで知られている
でも古代となると航海ができたのかとなる
でも海の記録は喪失しやすい、海を見て感じることは新地から駅が高くなって金華山と牡鹿半島がはっきり見えた、するとこんなに金華山と牡鹿半島が近いのかと直感的に見る
まずこれなら航海しても迷うことはない、確実に近くに島と半島が見えているからであるすると航海しても方向に迷うことがないとなる。
だから意外と貧弱な船でも行けたのかなとイメージできるのである。
それはあくまでも直感なのだけど歴史的な証拠もないのだけどそう思うのである。
陸を回るより船で行けば近いと見えるのである。

阿武隈川も道のように利用されていたというとき古代には道ができていいなから川とか海でも交通路になりやすいからである。道は人工的に作らねばならないからである。
道を作ることはローマの道のように文明が発達しないと作れないからである。
川とか海は自然の通路になりやすいとなる
中国やヨーロッパや中東でも大きな河があり長い河がありその河の辺り文明が生まれたというときそこはまた交通路として川が利用された面があったためである。
エジプトでもナイル川の岸辺からピラミッドへ通じる、神殿に通じていた
あれだけの大きな長い川があるからこそ商業が発達したのである。


津浪によって破壊された常磐線の移設工事の発掘調査で山元町坂元地区の熊作遺跡から
「信夫郡安岐 里」の4人の名前が記された木簡が出土し
701年から717年の間に推定できます

躍動する東北「海道」の武士団 七海雅人

この木簡から阿武隈川を通じて製鉄関連の仕事に従事する人がいたとこの本では解釈している。となるとやはり阿武隈川も古代には道としての役割があったのかとなる。
ここに製鉄遺跡も発見されているからである。

また相馬地方に熊野神社が多いというとき鈴木という姓が多いのも熊野信仰をもってきた人たちが移住したからである。

島隠り我が漕ぎ来れば 羨しかも 大和へ上るま熊野の船

(巻第六 雑歌 944・新949)

浦廻漕ぐ 熊野舟着き 珍らしく 懸けて思はぬ 月も日もなし                                                    (巻12/3172)

熊野の船は有名だった、山が迫る海であり森林に恵まれて造船に適していた
だから海洋民として太平洋沿いに移動したということもある
ただ海というのは歴史に残りにくい、船は海に沈んで証拠を残さないからである。
津浪でもわかったように村ごと壊滅して全く何も残さないようになる
すると語り伝えられることもなくなるのである。

いづれにしろ交通に興味をもったのは自分は一生旅してきたからだとなる

新地駅から金華山が見えた驚き




posted by 老鶯 at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論

2017年06月01日

駅は街の玄関であり関所の役割もあった


駅は街の玄関であり関所の役割もあった


昔は関所がいたるところにあった、白河関はみちのくに入る関所として有名だった
関はもともとは防御のためにありやがて通行人を検めるものとしてできた
そして通行税を寺社がとるためにも関所がもうけられた、それで淀川には300の関所があったとか港でも税金をとっていた
それはライン川でも城が多くそこで通行税を払わなければならなかったとかにている
つまり商業するにも旅をするにも難儀していたのである。

だから鉄道ができて切符一枚で全国を旅することかできることは画期的なことだったのである。アメリカの鉄道もそうである。

東部と西部の間を数ヶ月かかって移動していたのが、3日強で済むようになったのですから、とても有用なものであったのは確かです。

関所にはまた犯罪者を入れないようにもうけられた、「入鉄炮出女」入り鉄砲というとき今でもグローバル社会となったときテロリストが入ってくるから困る、どこの国で世界で行き来できるというときまた犯罪もグローバル化するからである。
それで鹿島駅で監視カメラに振り込め詐欺の人が写っていてつかまったということでもわかる、全国手配の犯罪者の写真もはられているのもそうである。

そして同じ車両に見知らぬ人が同席していることに違和感を感じたというのもわかる
江戸時代ではまず見知らぬ人は常に警戒されていた
それで箱根では関所守り村というのが各地にあり監視していたのである。
与那国島で自分が木陰にいるだけで警察に通報されたようにあのような島では誰か見知らぬ人がくると目立つのである。
江戸時代はほとんど狭い村の世界で同じ人と暮らしていたのである。
見知らぬ人と交わることはまれだった、その時今のように世界のことを知らなくてもすんでいた、狭い村のことを知っていれば良かったのである。

関所があるというとき関所を通ることは別な世界に入ることである。相馬藩でも三春藩とは家の作りが違っていたとか藩が違うと生活も違ってくる
だから江戸時代の旅は今より刺激的だった、食べ物でも言葉でも何でも違ってくるからである。今はどこでも同じになっているからつまらないのである。
どこでもハンバーグを食べている、世界でも同じである。
郷土料理は別に金をかけた贅沢なものではなく貧しいなかで工夫したものが多い。
江戸時代はみんな貧乏だからそうなっている、今は郷土料理はその土地に行ってなかなか食べられないし馬鹿高くなる場合がある

なぜ現代の旅がつまらないのかとなるとそうした土地土地の特徴が一様化されたためである、関所は不便でも今になると関所があることは旅をするなら一つの刺激的な場所になるヨーロッパだったらユーローがない時代はそこで貨幣が変わり両替するからその国を意識する、ヨーロッパの面白さはいろいろな国があり文化が多様なことにある
その多様性の故にヨーロッパにはルネサンスが生れたのである。

自分が駅でボランティアして感じたことは駅は関所の役目もあるのかと思った
なぜなら鉄道は切符を買い改札しないと入れない、自動化して駅員がいないとしても監視カメラがあり見ているとなる、そこはやはり関所のように区切られた場所なのである。
車だったらそういうことはない、どこでも自由に入れる、ただ高速だと料金を払うために関門がありそこで監視カメラがあり誰が入ったか記録されている

いづれにしろ関所ではどこから来た人なのかまたどこへ行くのかなど調べられる、職業まで調べられる、だから関所は人間臭い場所になる
自分も駅でどこから来てどこへ行くのかと聞いたがそれともにている
ただ嫌がれば答えないし今は一般的にそうしたことを聞かれのを嫌がある
それで道案内でも何でもスマホを見てすまそうとしているのである。
それでも見知らぬ土地に来ると簡単なことがわからないのだ
タクシーの番号を書いてあるのだがそれがわかりにくいのだ
それで駅前の店屋に聞いたりしている、食堂もすぐ近くにあるからわかないのである。

駅はその街への入り口、玄関であり関所の役割もあった、そこでいろいろな人が出入りしていたのである。だから駅は不思議な人間臭い場所だったのである。
ただこれも大きな駅になるとどういう人が出入りしているからわからない
仙台駅などでもそうである。いちいち聞くわけにもいかないからである。
ともかく駅は一つの関門なのである。その関門が人間臭い場所になっていた。

ただこう感じたのは自分が旅したときは駅で感じなかったのである。
ただ通過してゆくだけとしか感じていなかったのである。
だから人間は立場が違えば感じ方が変わる、旅として客となるのと旅人を客として迎えるのとはまるで違ったものとなるようにである。
それは医者でもそうである。医者と患者がもし立場が逆になる経験したら違ったものとなる、ただ医者にはなれないから医者のことが理解できないのである。
それはあらゆるところにいえる、農民になって作物を提供するのとただ買うものとはまるで違う。農民が作物を作る苦労などわからないからである。

鈴が音(ね)の 早馬駅家(はゆまうまや)の 堤井の 水を給へな 妹が直手(ただて)よ(巻14)

駅備え付けの駅馬によって早馬を走らせて手紙や荷物を運ぶ役割を果たした。大化の改新の際の詔や大宝律令で重要事項として駅や駅に置く馬などの規定に触れており、実際に『延喜式』では各駅に配置する馬の頭数が事細かに記されている

万葉集の時代からすでに駅があり水を直手で与えてくれというときそこに器で与えるより情がこもるからそう言った、今は何でも機械でしているから情がはぶかれるのである。
スマホを見て人とかかわらないというときもそうである。そこで一言でもしゃべれば情が生まれるのが人間なのである。情報というのは情がかかわり活きてくることもあるからだ

福山市のJR福塩線に「駅家(えきや)駅」がある。これはこの駅周辺に山陽道の駅家(うまや)があったからではなく、福山市駅家(えきや)町にある駅だからである

この駅は面白い、ここに駅家があったのではなく駅家町があったからこの名になった
それは古代に万葉集時代に由来したものだったのである。

秋風や薮も畠も不破の関 芭蕉

この句なども関所であったところが特別であったためにできた、なんでも関所に見えたということである。それほど関所の影響が旅人にあったからである。

かの人のいづこよた来ていづこ行く我が見守りつ今日も駅にいる

関所の俳句十句 (旅には関所も記憶する目印となっていた)

2017年05月31日

さまよえるボランティア老人 祭りを見るために来ているだけの老女


さまよえるボランティア老人


祭りを見るために来ているだけの老女

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今日駅に来ていたのは猫背になりいかにも老人という女性だった、何しに来たのかと思ったらボランティアだという、何のボランティアだと思った
猫背であり歩き方もよろよろなのなのである。
ただ話してみると知的な女性なのかもしれない、祭りに興味をもっている、
石巻の雄勝では全く知られていない祭りがあるという、男だけの祭りで女性は入れないという、何でもフランス人がそれで見れなかったと怒っていたかという、それは別の場所でだろう。日本の祭りは女性だけが集まる祭りがあるし男だけの祭りもある
日本を知りたいなら祭りを見ることである。
それでフランスの人が何カ月もかけて民宿に泊まり歩き祭りを見る旅をしていたとのを知っている

その老女はボランティアとして来ているのではなくただ祭りを見たいためにボランティアを名乗っているだけなのである。
第一格好から見てももう力仕事もなにもできない、やっと歩いているのである。
ただ頭はまだボケてはいない、知的なところがあり祭りとか歴史に興味をもっている
歴女なんかが話題になったがそういう人にも前にあった。

その老女は年は71歳とか言っているけどもう80歳にしか見えない、ただ顔はきれいな顔している、その女性はもうボランティアなどできないのだ、実際は70だと若い人がいる、人によって十歳とかの差がでるのも老人である
この人はただ祭りを見にきてただ泊めてもらうだけである。
ボランティアの宿が前は用意されていたからである
ボランティアでは自転車の旅の途中によった若者もいる、それは無料で泊まる場所が提供されたからだとその人は言う
右田の方にそういう津浪の被害にあった家が一時ボランティアの宿になっていた
だから自転車旅行の途中による人もいたのである。

その人はだから祭りだけを見る人はいらないとボランティアを断られたのも当然である。祭りを見るために来てそして宿を無料で泊めてもらうのだからボランティアではない
その人は何もできないのである。
川崎から来た人は男性で74歳だけで若い、だから引っ越しの手伝いなどができるからボランティアとして役立つのである。

何かこれも高齢化社会で見られるようになった変な人なのかもしれない
東京の人で何もすることがなくボランティアにこじつけてふらふら全国を回っている
何か彷徨っている感じなのである。つまり老人にはそういう人が増えているのだ
ボランティアで生きがいを求めるのもそうだが何か暇をもてあましふらふら祭りでも見て歩く人もいる、いろいろな老人がでてくる
ボランティアにこじつけて全国の祭りを見るために彷徨っている老女なのである。

駅には変な人もくる、昨日来た人も杖ついて新幹線できた、その人には世話になった人の墓参りに来たということで目的があった。
この老女は別にボランティアするというのではなくそれにこじつけて祭りを見るために全国をふらふら回っているのである。
だから断られたというのもわかる、祭りを見るために来ているだけだからである。

なんかおかしな老人が増えてくるきも高齢化社会なのである。それは老人が邪魔な社会であり活かされない、老人のいる場がないからである。家族のなかでも孤立している老人もいる、独居老人も増える、そして暇をもてあましている
するとふらふらとボランティアにこじつけて祭りを見るために全国を歩く
ただその老女はそういうものに興味を持っているのだろう。
歴女なのかもしれない、ただなんか変な老人も増えているなとなる

一応この辺の歴史を説明したが何かその老女は変だった、その人は今度は浪江に行った
浪江にも前にも行っている、飯館村から鹿島に来て今度は浪江に行くのである。
でもそんな人が来てもボランティアなどできない、かえって接待させられるだけだとなるだからボランティアにもおかしな人がいるのである。
そしてボランティアには老人が多い、暇だからそうなる、勤めている人は土日くらいしかボランティアはできないからである。そして老人は居場所がなとか相手にされないとかある。それは家族と同居してもそういう人はいる。何かそういうことで放浪するような老人もでてきているかもしれない。
ともかくこの人にも高齢化社会の一端を見たのである。

駅は監視カメラの上に燕が巣を作っていた、そこにも網が張ってあった
駅の中にも監視カメラがあった外にも二台あり中にあるのは知らなかったのである。
今やどこかで必ず監視カメラで見られていることは間違いない
だからここで振り込め詐欺の人が一人つかまったというのもわかる
監視カメラはどこかで見ている、それが意外とわからないのである。


生きがいが無いと悩むシニア

ここのプログは面白い、いろいろ老人のことを書いているから参考になる
自分も介護なくなりこういう状態になったからわかる
自分はやることはあるが一人でいることが今までと相当に違ったものとなったからだ

白藤(鹿島区小池の道)


白藤(鹿島区小池の道)

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石すえて菖蒲を奥に庭成りぬ

これは最近できた庭である。いい庭である。

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山高く迫りし朝や夏雲雀

故郷の昔を語る緑陰に

石すえて菖蒲の奥に庭成りぬ


白藤の散りてひそけきこの道に倒れし墓や名をとどめけり

白藤のさわに咲きける小池なるこの道今日も行きにけるかな

一本の木陰に菖蒲ここに咲き白き山藤咲きつづくかな

我が庭にまだ色づかぬ薔薇の花咲きしを見ゆかな朝の一時



白藤の花

白藤の花の散るかも
ありとしもなくあわれ
この道や小池の墓地へ
倒れし墓一つ名をとどむ
いづれは誰も墓の中かな
ただここに生きしと
墓に名をとどむもかな


この辺の山には高い山がない、でもなんか朝に高く見えた、それは気持ちで高く見えた
山は実際に気持ちで高く見えることがある、自然も人の気持ちが影響して見え方が違っている
健康であれば自然も力強く見える、病気になると気弱になると自然も萎縮するのである。

小池の脇の道は静かでいい道である。でもここを今はダンプが通るからまた田舎の良さがそこなわれてしまった。ただコモドインとかのホテルができたのは何もないところだから良かったとなる、まずいつになったら工事が終わるのかわからない
ダンプが裏の道でも突然来るから危険である。

だから詩にしたような感じは今はない、ただあそこの道があれだけ白い山藤が咲いているのはめずらしいと思った、この山藤は結構咲いている
ダンプが通らなければここは何か木陰になっていていい道だとなる
詩にしたのは家の庭の藤棚に咲いていた白藤である
その白藤と山藤は違っている

この道を行くと墓地がありそこに倒れた墓があったのもあわれだとなる
小池というとき古墳が多い、だから古墳を今も発掘していたし古墳を見に外から来た人もいたのである。
何かどこにでも町でも田舎で面白いのはさらに村ごとに地形的にも特徴がある

橲原(じさばら)村になればもっと奥になる、そのじさばらはジサの木に由来していたのである。
なぜここにこんなに山藤が咲いているのか?
もともとこうした森があり咲いていたのだろうか?人工的に植えたとも思えない
数が多いからである。

万葉集にでてくるこの「やまぢさ」はエゴノキのことだという。

 木材は緻密で粘り気が強く、各種の木工細工 に適しているため、「ろくろ木」とも呼ばれてい ます。 薪炭にも使用される。

エゴの木というのは多い、エゴの花は良くみかける、

橲原(じさばら)の名前はここに由来していた。やまぢさのぢさである。


なぜぢさとなったのか?万葉集を知った人がなづけたのか?めずらしい名前だから不思議だとなる、地名には何か古い由来がある。寺内などもなぜなのか?
寺があったからなのか、あそこにホトケッポという村の埋葬地があった
それも関係しているのか、寺内は古い場所でありそれから小池の方に広がった
小池はどうしてその名がついたのかこれもよくわからない、池とか関係しているのか?
小さな池があったからなのか?堤のことなのだろうか?

わかっているのは橲原(じさばら)はもともとエゴの木の森であり開けていなかった
ただ江戸時代には木材の供給地として村としてあったのである。

いづれにしろどこでも田舎の面白さは地形が違っていて村ごとに特徴がある
海側と山側では根本的に違っていることもある
この村ごとになると相馬市でも原町でもわかりにくくなる
大原とか深野はわかりやすいが他はわかりにくくなる
浪江とかなると村ごとにはさらにわかりにくくなる、細部がわからなくなるのだ。





タグ:白藤 山藤

2017年05月30日

札幌から新幹線で来た年配の女性 新幹線ができて遠くから来る人が増えた


札幌から新幹線で来た年配の女性

新幹線ができて遠くから来る人が増えた

老いてきぬ鹿島駅かな恩あるとはるばる遠く暑き日なりしも


最初あったのは40代くらいの女性だったか、何か買いたいということで大岩菓子店によった、ちょうど留守でお菓子が買えなかった、何でも十三年前はそば屋もあり弁当も売っていたという、ええ、13年前はそうだったのか?
もっと前ならわかるけどそんなときまだソバ屋があり弁当売っていた?
そのソバはうまかったという、13年前というとそんなに昔のことではない
その頃まだ駅前に今と違って店があったとなるのか?
駅前ではコンビニとか何か軽いもの買う店がないことが問題なのである。
大岩菓子店だけであるが前にもその女性は買っていたのである。

もう一人の女性は杖ついて歩いていた、タクシーできた、墓参りに来たという
鹿島の親戚の人に戦時中なのか戦後なのか食料をもらって助かった
そのお礼にきて墓参りしにきたという、魚をとっている漁業関係者で魚ももらったのかもしれない、今頃世話になったときているのはよほど苦しいときで食料が貴重な時だったからだろう
自分の家の人にも戦後仙台に買い出しに行ったということは聞いている
その女性はこの辺に住んでいたのか、あとで北海道に移ったのか?
話す時間は短かった、すぐに電車が来たからである

ただつくづく駅にちょっとの間いてもいろいろな人が来ると思った
そこに駅の魅力がある、例えは会社でも学校であれ公務員であれみんな決まりきった人とつきあっている、農家でも農家の人とか他の人と接する機会がないのが現代である。
駅にはいろいろな人が一時でも交わるのである。
そういう場所は今はなかなかないだろう

その女性が札幌から足が悪くても来れたのは新幹線ができたからだとなる
それと常磐線が開通したので乗ってみたいと来る人も多い
だから仙台を往来する人が3倍に増えたのである。
新幹線効果が大きい、足が悪くてもここまで来れる
ただ函館まではいいにしてもそれから札幌まで遠い
自分も乗ったことがあるから遠いなという記憶がある。
函館までなら相当に近くなっていることは確かだがそれから札幌までとなるとやはり遠い
前も函館から来た人はいた、やはり新幹線にのって来てみたいという人がくる
新幹線効果というのは確かにローカル線でもある
新幹線とつながってローカル線も生きてくるからだ
新幹線の収入と他の駅の売店とかホテル経営で95パーセントの収入があり今回の常磐線の復興は400億円かかったがそれでまかなえたのである。
まずここのローカル線でそんな金が出せないからである。

駅からいろいろわかることがある、今日見たら燕が入ってきて糞をして壁とか汚れていたそれで巣を作れないように網をしたりした、あの被害は結構大きいかもしれない
ガラスだとふきとれるが壁だとふきとれないからだ
小さな駅でもなにかかにかある、自分が行っているのは一日の内一時間かくらいである。でも何かあるし用があることが不思議なのである。
全く用がないとつまらないともなるからだ。


タグ:札幌 新幹線

豪華列車「四季島」に乗りたいか? (旅がなくなった現代-何でも金では買えない)


豪華列車「四季島」に乗りたいか?


(旅がなくなった現代-何でも金では買えない)


人間は何か常に金で計られるのが資本主義社会である。金がすべての価値基準になる
例えば最近「四季島」という豪華な列車で旅する、三日間くらいで百万くらいする
それが人気だという、たいがい金持ちで老人が多い。
自分はそれに乗りたいともうらやましいとも思わない
普通はやっぱり金持ちだからあんなぜいたくできるからうらやましとなる

そもそも旅というものを今の人はわからなくなった、今旅するとしたら移動と保養なのである。旅するというとき金がなくてもできる
旅は時間と体力があればできる、こっちの方が大事なのである。
自分が旅の俳句とか短歌を今になって思い出して書くとき鉄道の旅はなかなか思い出せない、景色でも早く過ぎ去ってしまうからだろう。
人間が記憶に残すには時間が大きく関係している
そこに長くいれば記憶に残る、だから敷島で三日間くらい旅して記憶に残るだろうかとなる、そんな豪華な旅をしても旅したことになるだろうかとなる

旅は楽する旅はこれも車のことで批判しているがいい旅とはならない、例えば峠を越えるときそこを苦労して歩いて越えればその峠を越えて新しい世界へ入る、視界が開けるという感動を得られる、でもあまりにも楽に簡単に峠を越えると感動が得られない
だからあまりにも便利になったとき旅はなくなりただ目的地にどれだけ早く着くかが旅になってしまった。そしてうまいものを食べるとかが目的になる
それは旅ではない、ただ早く早くと移動しているだけなのである。

結局人間は今の世の中金からのみみる、金さえあれば何でもできるとなる
でも旅に関してはむしろ金より時間と体力なのである。
ただ金が全くなくていいということではない、金はそんなになくても旅はできる、時間と体力があればできる、そっちの方が大事だということである。
本当に旅するとなると時間がかかるしかけないと本当の旅はできない
旅をしても今や何か感動しないというとき決められた観光コースを行く、でも旅とは本来何か未知の世界へ行き発見することである。道は未知なのである。

だから近くでも旅はある、気ままに近くでも自転車でも歩いて行くとする道が別れているするとこの道はどこに行くのだろうとなる、春の日にそうした気ままな散歩でもいい
それが旅にもなる、ただ車だと早すぎてそういう感覚がなくなる
バイクでも早すぎるのである。ただスピードを出す快感だけになる
だから車とかバイクは旅にならない、ただ目的地に早く着くということだけである。

日永きや道の分かれていづこへと

こんなふうになる、鉄道の旅とかではこういうことはありえない、決まったレールを走るだけだからである。
現代の人間の経験は何か機械を道具を通して媒介として経験することが多い、そのことがまた老子の言うように本来の人間の持っているものを奪っているのである。
自分も鉄道は好きだけど鉄道の旅も記憶に残りにくかった
鉄道の旅も早すぎることが問題なのである。
各駅停車でゆっくり走っていれば記憶に残るかもしれない、人間が記憶に残るのは不思議に閑散とした所である。だから混雑した都会は記憶に残らない、どこに何があったかもわからなくなる、でもそれは別に旅をしなくても人間が記憶に残るのはそうした閑散とした場所なのである。

するとビジネスと旅や観光は違ったものである。ビジネスは早く目的地に着くことだから新幹線のようなものがいい、でも観光とか旅となるとむしろ普通列車でゆっくり行った方がいいとなる、でも実用から考えると鉄道も観光のためにだけあるのではない
もともと貨物列車で石炭を運ぶために鉄道が作られたというのが多い、それは世界的にそうなのである。観光とか旅はそのあとに生れてくる
まず観光用にだけ作られる輸送機関はないからである

でも旅とか観光面からすると実用とビジネスとその目的が根本的に違ってくる、実用とかビジネスになれば早く目的地につくことがいいのである。
だから何か観光もビジネス的に考えるとそれが思い出とはならない
つまり観光と旅は実際は別ものだということである。
旅にはだから金より時間と体力だとなる、峠を越える体力と時間である。
それが老人になると体力がなくなるからできなくなる、時間があっても楽な方を選ぶ、
それで豪華列車の旅になったりクルーズになるのである

人間が贅沢というとき金があるだけではできない、そこに時間や体力があってできる
なんかここ十年が介護で遠くに旅もできなかったし今は体力がなくなり遠くに行く気力もなくなる、そんなふうにして金があっても人間は何でもできるわけでもないしうらやましいともならないのである。
老人になってみんな後悔している、そうして体力があるとき自転車でも歩いてでも旅していたらなとかふりかえる後悔する、その穴埋めが豪華な列車でしてもできないのである。そんな豪華なものに乗るなら豪華なホテルに泊まっていい景色を眺めていた方が記憶にも残るからそっちの方が老人にはいいと思う。
自分は一万以上のホテルに泊まったことがないからそういう贅沢はしてみたいとはなる


2017年05月29日

高齢化社会で買物難民が深刻になる (移り住んだ小高の老人が買物に困っていた)


高齢化社会で買物難民が深刻になる


移り住んだ小高の老人が買物に困っていた

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ここは空家ではなかった

買い物弱者、全国で高齢者700万人と増加。栄養状態の悪化も・・



街中の空き地が多いなかにあった家はてっきり空家だと思ったが空家ではなかった
手押し車に座ってばあちゃんがその前で二人話していたのである。
それで聞いてみてわかった、寺内の方に一時的移り住んでいるだけでありここにもどってくるという、だから庭の手入れに来ていた
それでも6年すぎたとか本当に空家の感じになっている
ただ庭は手入れしていたから荒れなかったのだ
こういうふうに空家でも時々帰ってみている家が近くにもある、だから荒れた感じではない、他にもまだそういう空家を知っているからだ。
でもこの家はいかにも外の壁がはげ落ちたり空家だと思った

そのばあちゃんが二人で話していた。一人は最近この辺に新しい家を建てて移り住んだ人だった、小高の人だった、家族で移り住んだ、だから家が狭いというとき曾孫とかいて五人いるからである。でも庭はもう一軒家が建つくらい広いのである。
その人が言うには買物に困っているという
近くに店もなく困る、シシドスーパーまで手押し車でも行ったという
そうなるとかなり遠いのである。それで買物に困っている
近くの食堂でオカズだけ売っているというのも意外だった
回りには買物する場がない、魚など売りに来るんだよとかも言っていたしキクチスーパーで頼めばもってきてくれるよとか言っていた

小高の人の話を聞くと七回転々として移ったという、そういう人は多い。
そうなると老人にとっては負担になっていて体を壊した人もいるかもしれない
関連死というものがかなりあったからだ
小高のばあちゃんは何か風呂に入るときなど気をつかって嫌だという、そのことをしきりに言っていた。家族と一緒にいるからいいとういものでもないらしい。
何か家族でも外孫だとかなんか気を使う事情があるみたいだ
家族と一緒に暮らしていても今は老人は暮らしにくい事情がある
そうなると家族のなかでも孤独だともなる

あそこにいたばあちゃんは土地の人だからくわしい、駅の掃除をしているんだよとも言っていた。商工会関係でしているんだよと言っていた。駅とかかわる人がいる
この前は花を植えていた人がいるから地区として駅にかかわっているのである。

あそこの空家と思った地域は五六軒家がなくなり空地化したけど実際は土地を求める人が多いから家がまた建つらしい、つまり鹿島区では外に流出した人はそれほどない
鹿島区内を移っているならそうなる、それより小高とか他から移り家を建てた人もいるし今は浪江などの人たちが復興住宅に移っている
だから人口は減っていないだろう、むしろ多少は増えている

小高のばあちゃんは携帯電話を持っているのだが使いにくいとか台所でも電化しているので使いにくいと言っていた、それもわかる、年寄りは機械の操作が苦手になるのだ。
でも携帯などないと今の生活はできなくなる、それで自分の母親も九二歳で携帯を覚えたのである。もう一人の地元の人は九二歳の人だった、郵便局に勤めていたとか言うことがまだはっきりしている、頭の回転が早い、ただ今は九〇歳などざらにいる
その二人は十分に話できる、近くのことでも自分も老人だから話して通じていた
お互いに古いことを知っているからである。

いづれにしろ買物難民が意外とこれから深刻になる、街内に住んでいても近くに店がないすると手押し車で行くとなると例えスーパーがあっても遠いのである。
だからその人は小高にいたとき九人乗りのタクシーとか予約して買物などしていた
何かそういうものが明らかに必要になってくる、配達してくれるのもいいがそれではたりないからである。
これは全国的な問題である。老人が増えてくるからそうなる
都会ですら東京のようなところですら近くに買物する店がないのである。
高齢化社会というのはだからかえって昔のように近くに店があるのが暮らし安かったのである
結局度々書いているように車社会になった結果として近くに店がなくなりそれが高齢化社会になり不便なものとなって老人にしわ寄せがきている

買い物弱者から栄養事情の悪化

生鮮食料品店までの距離が500m以上 かつ自動車を持たない人を買物困難者としている。
(METI/経済産業省参照)

さらに75歳になると、多くの場合、体力がより低下し始める。団塊世代は、10年後、75歳以上となり、自ら運転できない人口が一気に増え、先に述べた行動範囲が狭くなってしまうのだ。

コンビニがその代わりになるとしても五〇〇メートル以内にはない、その付近にはコンビニはない、パンなど売っているところがあるにしても生鮮食料品となるとつまり野菜とか果物とか魚類がない、魚屋がなくなっているからだ
ここには一軒魚屋があるが遠いのである。
要するにこれも車社会の歪みが生れてこうなってきたのである。

何か高齢化社会でかえって重要になってくるのが近隣なのである
近隣に買物ができて用をたせれば暮らし安い、昔はそうなっていた
そして隣近所で助け合うとういこともあった
一人暮らしとかでも隣近所がみていてくれると助かるとかある
介護でも隣近所が少しでも気づかってくれるとかだと助かる
特に認知症の人のいる家族はそうである。何かと迷惑になるが近くで見ていてもらうと助かるとなる

結局高齢化社会で今までも車社会の構造がかえって不便なものとする、老人には生きにくいものとなる、それは車社会というのはもともと高度成長で若者向きの社会だからであるバイクでも何でも吹っ飛ばし快感を得るのは若者なのである。
それが老人になると全く違った感覚になる、歩いて行ける範囲が便利だといいとなる
第一手押し車なのだから500メートル範囲内でも遠いとなるからだ
自分は十年間介護したから老人を世話したからそういうことを身にもって感じていた
車社会は車をもっているものでもそれが使えなくなったとき社会的弱者に転落するのである。
だから老人に住みやすいとなるとき車を使う社会ではなく歩くと近くで暮らしやすいことなのである。それはまた昔は不便だというけど昔にもどるということにもなる
それは江戸時代のことを書いてきたがここでも同じなのある。

タグ:買物難民
posted by 老鶯 at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 老人福祉医療問題

原発事故と老子の教え (原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


原発事故と老子の教え


(原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


《老子・第六十四章》
「安定しているものは保持し易く、未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い。物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

老子と原発事故が何か関係あるのかともなる

未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い

病気とかでもそうだろう、必ず何か兆しがでてくる、その早い兆しを察して治療すれば軽くてすむ、でも病気が顕在化したときはすでに時遅しということになる
原発事故でも実際はいろいろな小さな不具合があった、ただそれが大きなものとして報道されなかっただけなのである、それは「安全神話」を作るほどの権力をもつものによってそうさけられていたのである。
何かあってもたいしたことがないでかたずけられていたのである。
「安全神話」になるほどだからそうなる
おそらく内部のものもその安全神話が宗教のようになっていたのかもしれない、外部でもそうである。日本人の技術は優秀だからチェルノブエリのようにはならないとか思っていたのである。原子力など自分などもむずかしいからそういうことが信じやすいのである。

物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

これは今の原発事故周辺を見ればわかる、もう乱れに乱れて収拾がつかなくなっている
廃炉でもそうだし避難区域の復興にしてもそうである。
補償金の対立もあったしいろいろな問題が噴出して顕在化したとき収拾がつかなくなっいるのだ
病気だったら顕在化してもう手遅れでありあとは死を宣告されるだけだとなる
ある意味で文明崩壊現象を見る感じになる
これだけの問題が顕在化したときこれを解決することがもう絶望的だとなる

そもそも老子は2000年前に今日を予言していたのである。
道具を使うなとかまで言っている、道具とは原発も道具である
その道具故にふりまわされて収束がつかなくなる

最善のものは水なり、無味を味わうというとき現代ほど様々なものを味わっている時代はない、貧乏人さえ昔から比べれば考えられないほどグルメなのである。
でもいろいろなジュースを飲んでもその元は水なのである。水が最善のものなのである。ジュース類は飽きるが水は飽きないからである。その水さえ飲めなくなったのがこの辺なのである。

馬酔木なす 栄えし君が 掘りし井の 石井の水は 飲めど飽かぬかも 

水は飽きることがないのである。だからある一面様々なジュース類を生産して飲んでいるがそれも実際は老子流に言えば無駄だとなる、無為がいいというとき無駄なことをしているのが文明なのである。文明の労働には膨大な無駄がある
そのジュース類を生産するために費やされる労働も膨大なのである

多く貯めれば貯めるほど失うものは多い

金持ちが安泰かというとそうでもない、その金の心配をいつもしていなければならない、金がなくなるということを常に恐れているのである。
多く持っていれば失うものも多くなるからである。何ももたなければ何も失うものがないというのも逆説である
何かこうした教えはキリスト教とか仏教とかの教えと共通しているのである。
それはすでにそれだけ文明化していたからその反発から生れたのが宗教だからである。
今だけが文明ではなくすでに2000年前にも文明化したためである。

いづれにしろ原発事故は文明崩壊の現象だったのである。バベルの塔の崩壊のように終始がつかない状態なのである。右往左往して何か解決策もなくふりまわされているだけだとなる、バベルの塔が崩壊してあちこちにその破片が散らばり未だ収拾がつかない

終始がつかなくなっている、それは神から天から下されたカルマだったともなる

そのカルマはプルトニウムが二万年消えないというカルマをここに残したのである。

小国寡民の理想郷というのもそうである。それは実は江戸時代に実現していたのである。隣の村とは境がありそれぞれが自給自足して交わらないのである。
だから隣の村が麦踏みに来た若い男は大蛇とされた伝説がこの辺に残っている
もしかして江戸時代が300年も平和を維持したのはそうした村が基本にあり争わない生活だったかもしれない、それが今になるとグローバル社会になったとき地球の裏側とも関係する、村の規模から地球規模になったのである。
そういうことでどうなったのか?明治以降は世界大戦があり膨大な人間が死んだのである小国寡民ならそんな戦争しなくても死ななくても良かったのである。
グローバル社会にもプラス面があっても大きな負の面がある。
それが歴史で証明されたからそれもすでに老子によって予言されていたのである。

小国寡民というときこれも現代的に解釈すれば一万くらいの町がある、小高とか鹿島とか新地とか結構全国的にある。すると町の単位は一万くらいが適正規模なのかとも思う。
この辺だと原町だと回ってみると知らない所があり大きいなと思う
鹿島駅からいろいろ考察したが一万くらいの町は身体的にも一体化できる
身体的感覚で一体化できる、これが4万5万の人口になると相当に規模が違って一体化できなくなる
老子の考えた小国寡民は日本の村くらいの規模なのである。
だから今の感覚では一万の町さえ大きいのである。

いづれにしろ2000年前に今日の状況は予言されていた、キリストであれシャカであれ老子であれ同時代に生れている、それが鉄の生産がはじまったときだというときそれが文明を作るものとなったからである。
木の鍬から鉄の鍬になったとき生産力が飛躍的に増大したからである。
老子が鉄の鍬使わないで木の鍬を使えといったことでもわかる
その道具や機械によって素朴なものが失われるからである。
車社会のことで自分が追求したようにである。
その時社会も大きく変わりそれに反発する思想家が生れたからである。
それより古いとなると聖書のバベルの塔でありまさにそれは文明崩壊なのである。
この辺で起きたことはそうした文明崩壊の現象なのである。
だからもうその混乱を書いてきたけどどうにもならないという状態になったのである。
内部でも補償金で対立したとか争い混乱状態が収束しないのである。

バベルの塔は崩壊した
人々は言葉も通ぜず争う
そして散り散りに民はなり
ばたばたとなおその破片が落ちてくる
その災禍は限りない
百年後もまだ落ち着くことがない
ばたばたとなおその破片は落ちてくる

これくらいの災禍なのが原発事故だったのである。



posted by 老鶯 at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連