相馬郷土史研究(小林勇一)

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市町村でも全体が喪失したことが深刻だった (復興には個々人ではなく全体が一致協力しないとできない)
(老鶯 at 09/02 10:38)
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うことに懸命になる。でも不思議なのは全体の市町村を見て復興させようとする人はまれなのである。日々の生活のなかでも全体を見ている全体のために働いている人はいない、会社に勤めていれば会社に尽くして月給高くしてもらいたいと考える、市町村全体を見て良くしようとする人はまれでありそれよりそうした大きな全体は意識しにくいのである。家のために尽くそうというのはわかりやすいけど市町村のためとなると意識しにくいからである。そういうふうに全体を意識をすることができないことが人間の盲点なのである。だから国とかなるとますます意識しにくい、戦後は特にそうであり民主主義はただ個々人のあくなき利益の追求になったのである。戦前は過剰に国というものを意識していたから全体を意識したが戦後は反動として個々人のエゴがむきだしになる社会になったのである
全体というとき景観問題でもそうである。景観は全体だから日頃意識しない、でも一部が自分が指摘したが土をとるために近くの森が切られて土がむき出しになったときいつも近くで見るから嫌だなと意識する、山でも一部がはげ山になっているとそこを集中的に意識するのである。景観を乱していることを意識する、景観は全体だからそこで一個人の所有になっている森であり山なのだから勝手にしていいとなっているが全体から見ると個人の勝手にしていいのかとなるのだ。今回の津波で原発事故でも深刻だったのはこうして全体を失ったことなのである。津波では村でも町自体が喪失した、何もなくなったのだから驚きである。津波の被害地で商売はじめようとしたが誰も買うものがいないとなりはじめることができない、飯館村でも商売はじめるにも買ってくれる人やお客さんが来るのかとということでなかなかはじめられないのである。補償金問題でも自分さえ補償金をもらえばいいとは考える、でも全体を市町村の全体を復興させようとする意識が少ない、だからもう全体が喪失したとき若い人でももう復興はできないと外に流出する、補償金もらって外でやり直した方がいいとなったのである。個
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