2019年02月05日

春望国見山 (深野から大谷(おおがい)から国見山を上る)

春望国見山 (深野から大谷(おおがい)から国見山を上る)
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鹿島の寺内からも見えた二つ山
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親子石という感じ
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春の日に二つ山見ゆ鹿島より
春日さし石五つここに落ち着く
春の日に海を望みて国見山
春日の国見山に映え我が登る  
春日さし根づきし石や国見山
見上げれば春星満ちて希望かな
大谷村戸数少なく春来しも空家となりし家一間り
国見山去年(こぞ)の落葉を踏みにつつ一歩一歩と我が登るかな
国見山今登る人無く我一人去年の落葉を踏みて下りぬ..
posted by 老鶯 at 21:01

2018年01月15日

深野の俳句やユッサの湯の正月

深野の俳句やユッサの湯の正月
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深野の隣は大原冬深む
大原に知る人眠る冬深む
深野に大原村や冬日没る
冬の日や長野に古りぬ墓あわれ
石五つつ庭に変わらず正月に活けにし花は葉牡丹なるかな
深野とは名前も関係していて気にいっている,ふこうのであり深野ではないのだ
その雰囲気も何かいいとういうか独特のものを感じる
外から見たらたいした変わらなくなるしその土地のことはわかりにくいのだ
日本では村が生活の基本の単位だった
だから村には歴史がありそこに本当は日本..
posted by 老鶯 at 10:24

2014年02月05日

飯館村には人の記憶は残りつづける (牛がいなくなっても臥牛石が残る)

飯館村には人の記憶は残りつづける (牛がいなくなっても臥牛石が残る)


冬日さし飯館にあれ臥牛石牛も鳴かずにここに残りぬ 十頭の牛の名覚え仮設にそ暮らして長く雪の積もりぬ 石ふたつ動かざるかなともにあり寒さに耐えし高原の村 北風の唸り吹きつつ石五つ離れざるかも山の村に住む 鹿島より佐須は遠しも久しくも我は行かじも春また行かむ

人が消えた飯館村の夏 http://musubu2.sblo.jp/pages/user/search/?keyword=..

posted by 老鶯 at 22:05

2011年01月31日

北風と石


北風の唸り吹きつつ石五つ離れざるかも山の村に住む

飯館村のあいのさわにある石はいい、一つはかなり大きい。大きなのが五つくらいある。老人になったら山の村が住みにくいといっても離れにくくなるだろう。やはり同じ村で長く住んだこと暮らしをともにしたことは一つの代え難い価値を作り出している。それは金では変えられないものだろう。長年住んだ仲間と一緒にいたいというのが人情である。昔なら生まれたときから死ぬまで同じ村でなじみの仲間と暮らして死んでいったのである。それが人間的にも自然なことだった..

posted by 老鶯 at 16:16

2010年11月24日

晩秋(原町の路地裏の石五つ)



晩秋や街の路地裏石五つ


five stones
at a corner
in the back of street
in the late autumn


晩秋や石の色合い深まりぬ


晩秋や信頼の石五つかな


病院にたれこめにけり冬の雲


原町に無線塔あり冬の暮

あそこには江戸時代昔の宿があった。ただそこに石五つ置いてあるだけどそれでもやはり庭になっている。石を置いただけで庭になるのだ。その石も個性があり色がある。石も良く見れば趣深いものがある。石はみんな実際は違っているのだ。石は信頼を示している。..

posted by 老鶯 at 16:36